血液由来の所長   作:サイトー

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 ゲームが濃密でしたね。オリュンポスを走りながらラクーンシティでサバイバルしつつ、ミッドガルで興味ないねと決め台詞。そんな日々でした。
 それはそうとアノール・ロンドと小ロンドとロンドール。英語だと小ロンドの小はニューですので、ロンドのLondoがどう言う意味かで色々と考え方が変わりますよね。個人的にはロンドと呼ばれる場所があって、そこからアノールとニューが付く都市が出来たと考えると面白そうですよね。やっぱり怪しいのは、指輪物語に出て来そうなでかい塔だった最初の火の炉をロンドと名付けていたとか。そこにアノールを付けて神都アノール・ロンド、大王が人間に王のソウルを与えて神側に作り変えた公王の国をニューロンド、世界蛇が神を生み出した火を奪還した亡者を王とする国がロンドールなんですよね。
 そう考えると、ロンドは火に関連する造語なんかなぁと言う雰囲気。
 でも、やっぱり指輪物語っぽいですよね。でかい塔の灯火から世界の時代が始まるとか似てるので、ある意味で王道なファンタジー要素も含まれてると考えれば、指輪物語が参考にしてる神話とかからも詳しくないとフロム脳出来ないのが面白くはあります。



啓蒙25:浮かぶ混沌

「皆、急ごう!」

 

「先輩……―――でも、いえ。私たちが諦める訳にはいきません!」

 

 街中の空き家で待機していたが、事態は急な運びとなった。藤丸は準備を整え、マシュはもうある程度は所長の態度で察してはいたが、諦めない彼の姿を見ることで奮起する。

 絶対に―――間に合わない。

 その確信を聡明に過ぎる知性で得たとしても、憶測について何も言わなかった。彼女はサーヴァントとしてある意味、その精神性は完成された人間であった。

 

「無駄だよ。間に合わない。囮としての戦力が足りないからデオンも残っていたけど、あの二人ではもう助からないだろうね。

 そんなことより、もっと慎重に動くべきだ。

 町中に奴等の斥候がいても不思議じゃないんだぜ?」

 

「―――アマデウス」

 

「おっと。穏やかじやないね、清姫?」

 

 炎に狂う扇子を畳み、一切迷わず彼女はアマデウスの首元に向ける。清姫の激情が焔となり、次の瞬間に彼の頭部が火達磨になっても何ら可笑しくない状況。

 

「貴方はマリーに恋をしたと言いました。そこに嘘はなく、なのに先ほどの発言にも嘘はありません。しかしこの場面であの発言はすれば、不信にしかならないことは貴方ならば重々承知の筈。

 真意を語りなさい―――アマデウス。

 でなければマリーと、そしてデオンの友として躊躇いなく焼き殺します」

 

「―――おいおい、急いでいるんだ。狼とエミヤ。君らもこんな問答をしてる暇があるって思ってるのか?」

 

 既に万全な状態となっている二人に彼は問う。急いでいるのもあるが、余り言うべき事ではないとも思っていた。

 

「お主が語りたいならば……それもまた、必要なことであろう」

 

「私は構わないぞ。急ぐがな。どちらにせよ、目的は変わらない」

 

「意外だな。ここで無駄話かい?」

 

「そうだな。だが、此処から向かうにはマスターに馬がいる。ここでの少々の会話では、全くタイムロスにはならんだろう。加え、私が一人で用意した方が早い故、皆はまだこの空家で準備を整えておくと良い」

 

「すまぬ。エミヤ殿、俺は残ろう……」

 

「ああ、狼。番を宜しく頼む」

 

 そう言ったエミヤは颯爽と立ち去り、忍びは目を瞑って周囲を警戒。この空家だけではなく、周辺一帯を全て知覚下に置き、気配遮断をしたアサシンのサーヴァントだろうとその意識を彼は容易く察知する事が出来るだろう。

 

「あの男、キザですね。しかし、まずはアマデウス……理由次第では今直ぐ燃やします。好きではないのですか、マリーのこと?」

 

「彼女に対する情熱はもうない。僕にとって特別な分岐(・・)ではあったけどね……」

 

 生まれた時から囁く魔の呼び声。切り捨てたのは、果たして何時だったか。音楽に対する情熱と渇望があの使命を上回ったのは、何が原因だったのか?

 正しくあの瞬間こそ―――アマデウスの人生が進む分岐点だった。

 

「……マリアが現界して、最初に会ったサーヴァントが僕だった。その時、この聖杯戦争が歪んでいることを、少しだけ喜んでいた」

 

 その表情は穏やかだった。マリーの死を理解した上で、それを尊重する者の貌だった。

 

「自分が殺し合い……願いを叶える為ではなく、人を守る命として呼ばれた事に。今度こそ間違えず、大切な人々と大切な国を守る為に、正しい事を正しく行うのだと。

 そう……―――マリアは、誓ったんだ」

 

「生前の死とは……違うと言うこと、ですか?」

 

「さてね。例え同じものだとしても、マリアは同じ選択をするんじゃないかな?」

 

 そんな男の言葉を聞き、恋に燃える女は炎の扇をパタンと閉じた。

 

「悲しいですわね。恋ではないなんて」

 

「そんなことはないさ。愛ではあるからね……」

 

 会話は一旦止まり、しかしまだ話すべき事はあるのだろう。僅かばかり彼の独白も続くも、だがその時、まるで見計らったようにエミヤから念話での連絡があった。念の為この街に訪れる前に、彼らは道中で飼い主を失った騎馬を拾っていた。マスターや自分達が魔力を消費せず、敵の魔力探査に引っ掛からないようにする策であった。

 その彼が、馬宿に預けておいた騎馬二匹をもう引き受けた。後は中間地点に行き、そこで合流すれば良いだけ。だが、それでもマスターである藤丸は無力。騎馬一匹満足に操れず、馬で急ごうにもマシュがいないと振り落とされるだけだろう。

 

「……早く行こう。マシュがいないと、馬も俺は乗れないからね」

 

「先輩……」

 

 だが、マシュも自分に憑依したサーヴァントのスキルによる恩恵。野獣レベルの乗り物は乗りこなせないが、訓練された騎馬ならば達人並の腕前を持つ。そして、だからこそ藤丸はマシュがいなければ離れた敵地に急ぐこともまだ出来ない。

 

「あ、ごめん。弱気なった……さ、急ごう!」

 

「はい!」

 

 空家を出た五人。藤丸の走るペースに合わせ、四人のサーヴァントが彼を守る様に付いて行く。街の通りは戦時中とは言え、まだまだ人通りは多く、走り難いがそれでも五人が駆け抜けるスペースはある。通り抜ける度に、藤丸やマシュは気になってしまう。

 暗い顔、希望のない顔。死を体験して生き延びたが、大切な何かを失った人の顔。

 避けられない現実を突き付けられる。自分達が街にいることで、この通りの人々がドラゴンによって焼き殺されていたかもしれない。あるいは、竜血騎士共によって面白半分に虐殺されていたかもしれない。それとも、精神を狂わされたサーヴァントによって殺戮の地に街が変わっていたかもしれない。

 

「……っ―――」

 

 藤丸にとって、それは傲慢なのだろう。レイシフト可能なマスターである事以外、彼に特別な能力はない。この現実を前に、何か出来る機能を有していない。親が死んだ子供、子供が死んだ親、伴侶が欠けた夫婦の片割れ、家族が死んだ誰かに、何をする事も出来ず、する事が許される状況ではなかった。

 自然と、そんな誰かが視界に入った。例えばそう、壁に背中を預け、へたり込み、生きる気力が全く無い老婆。もう立つ事も出来ないのではないかと思える程に存在感がなく、他の街の住民もそんな彼女を当たり前な状況でしかないと無視して歩く。

 だから藤丸は、全く以って理解出来なかった。

 それは本当に、前兆さえもなく―――唐突だった。

 

「―――――」

 

 生気を亡くした―――老婆の顔面。

 ニタリと言う擬音が相応しい邪悪にほくそ笑む暗く貌。ふとした瞬間に気になって視界に入っていたあの老人が、何故か藤丸の前に現れていた。直後、透明化したサーベルが無拍子のまま突き放たれている。

 キィン、と甲高い音が鳴った。

 ダァン、と鈍い銃声が轟いた。

 暗殺でありながらも、正面からの―――奇襲。

 しかし、藤丸には死ぬ事を直前で察知されながらも、藤丸を守る全ての者の死角を突いた致命の一撃であった。

 

「何じゃあ、見抜いておったか……」

 

「……―――」

 

 しかし忍びは何ら澱むことなく、藤丸を襲った凶刃を弾き逸らす。そして、その老婆の左手に握られた短銃から撃たれた弾丸も更に弾き防いだ。恐ろしいのは、この男にとって何ら特別でもない攻防に過ぎないと言うこと。藤丸と、他三人を守るように忍びは老婆の前に立っていた。

 

「透明な……―――剣の刃!?」

 

「防がれるかよ。とっておきだったんじゃがなぁ……だが、そこな娘。アタシとしても、スパイのドッキリに驚いてくれて有り難い」

 

「貴女は、シュヴァリエ・デオン!」

 

「おうとも。じゃが隙を晒さずに構え、短絡的にアタシに襲い掛からないとは見事な精神力」

 

 透明化させたサーベルをクルリと手首で回し、同時に短銃を振って銃口から出る煙を掻き消す。一秒後、グニャリと言う擬音が似合う変貌が始まった。デオンは無音無言のままであったが、肉と骨が潰れて削れる音が聞こえるように顔面の変装が解除されてしまった。

 その顔は―――老婆のまま。

 生気が枯れた死ぬ寸前の亡者の様でいて、しかし爛々とした殺意だけが瞳を輝かせていた。それは凄まじい殺気であり、藤丸は見られただけで口から泡を吹いて意識を失いそうであった。カルデアにおいて、所長特製地獄のVR訓練がなければ、敵の前に立つだけのその精神力を得ることは出来なかったことだろう。

 

「うわぁああああああああああああああ!!!」

 

「敵よ、魔女の尖兵よ!!」

 

「助けて、誰か早く兵士をぉ!!」

 

「誰か早く何とかしろぉおおお!!」

 

 故に、周囲の住民がその殺気に耐えられる訳がない。近場では余波だけで気を失った者もおり、遠くの者も容易く発狂してパニック状態を生み出していた。ヒステリックな叫びを放つのも当然であり、自分が今は何をするべきなのかも見失わせる混乱を、心の所作だけで老デオンはあっさりと作り上げてしまった。

 剣士が放つ重厚な―――殺気。

 それは、それだけで人間の心を狂わせる剣術である。処刑台に立たされる恐怖さえ超え、眉間に銃口を突き付けられる危機感を凌ぎ、もはや恐怖の虜になってしまう。

 

「カカカカ、愛い愛い。憂いる程に愛い奴らよ。

 アタシの一睨みでこの様じゃ……ふふ。実際に斬り殺される直前の、奴らの悲哀ともなれば、まこと剣士冥利に尽きる達成感よ」

 

 血生臭い殺気が街の一角を覆い始める。老デオンは更に殺気を練り込み、相手に剣を振わず気殺する剣聖の気配を醸し出す。

 刹那―――背後の木箱に化けていた灰の奇襲。振われるは、残り火の双剣。

 同時―――市民にと変化した騎士が放つ斬撃。振われるは、無毀なる湖光(アロンダイト)

 もはや何も出来る事も無い。老デオンは足止めの囮であり、その殺気が敵の暗殺を見事にカモフラージュし、カルデアの攻撃予見システムであるシヴァの敵性反応さえ欺く隠蔽行動。老いた騎士と対峙するカルデア陣営の背後と、その側面から来る宝具クラスの奇襲剣技。

 巨大な火の斬撃と、刃となった湖の煌きが迫り来る。

 だが―――狼は全てを忍びの目で全てを見抜いていた。素晴しい観察眼だが、敵対する者からすればおぞましい眼力だ。礼装によって互いに念話による隠蔽会話を可能にしていた彼らは、その警告を忍びから聞かされていた。無論、既にエミヤにも即座に奇襲の連絡が行われている。

 交差する戦局―――瞬時、縮地と似た忍びの一歩で狼は消えた。

 灰の火刃を防げるのは自分だけと判断し、しかしそうすれば老デオンが自由となる。よって動き出す老婆を前に清姫とアマデウスが出た。火炎と音撃を前方へと壁を作るように出し、容易に超えられない障害を作り出す。

 

「―――ぬぅ……!」

 

 殺し過ぎた忍びは、怨嗟の炎を身に宿す。それは狼も同様であり、忍びは炎を纏い斬る。迫り来る灰の残り火を楔丸で切り裂き、その上で炎を刃で絡め取った。巨大過ぎる双剣を重ね合わせ、その二重の刃が放つ火炎斬撃は、あっさりと刃に吸い込まれてしまっていた。

 ―――素晴しい。

 声を出さすに無言で灰は感嘆。そしてその業を欲し、限り無く零に圧縮された体感時間の中、ゆったりと舐め取るように盗み見た。原理を一目で悟り、炎以外にも奴は力を纏わせる事も理解した。

 

「Aaaa■◆◆◆■AAaaaaaaaaaaa!!!」

 

「はぁ――――!!」

 

 同じ時、危機はもう一つ。黒騎士によるアロンダイトの一閃。マシュは大盾を構え、受け止め、弾き逸らした。生きた人間である彼女は学習した技術を自分の業に変え、その上で我流盾術として習得可能。観察した盾を使う灰やデーモンスレイヤーの体術は、マシュにとって金貨を幾ら重ねても得難き技巧。

 隙を晒すは――狂った黒騎士。

 だが敵の技量を、何故かマシュは悟るように把握出来てしまった。マナの剣(ゲッコウ)を展開して一振りすれば、あの騎士に対処されると未来を予測。仕留めるなら、即座に穿つ一工程でないと確実ではない。ならば、それこそ殺すべく選んだ手段は容易い。

 マシュは十字盾による弾きと同じく、魔力砲門(カラサワ)に義手を変形―――瞬間、発射。

 

「◆◆◆■AAaaaaaaaaaaa!!」

 

 しかし、黒騎士とて修羅の一柱。マシュの動きからどんな脅威が迫るか心で認識し、自分にエーテル弾が当たるまでの時間稼ぎにとバックステップし、その間に湖の聖剣を挟み込む。刀身の腹で砲弾を受け止め、しかし勢いを殺さず敢えて吹き飛ぶことで距離を取る。

 何故ならば――灰が身を捩らせ、跳んでいた。

 空高く舞い上がり、火炎の巨大な双剣を振り下ろしている最中だった。

 宝具にしてAランクに匹敵する剣技と剣圧。そして同じくAランクに匹敵する魔力の高まり。だが忍びからすれば、A+ランクの宝具に並ぶ残り火の剣技だろうと、通常の攻撃を捌くように弾き流せてしま得るだろう。そして、地面に当たった刃は衝撃波を撒き散らし、地面を粉砕しながら周囲を破壊する。そうすれば他の仲間が被害を受け、生身の人間である藤丸に多大なダメージが与えられてしまうことだ。

 同じく忍びも飛んでいた―――楔丸に、残り火を纏わせたまま。

 

「――――ッ……!」

 

「……――――――」

 

 最初の火から燃焼させた双剣の炎で在る故、サーヴァントであろうが―――否、より強い存在である程に火は力を増して魂を焼く。神霊は抗おう事も出来ず死に、神ならば魂魄が一塵も残らない。そして、その火を纏い斬りの業に使う忍びの技巧は神域を超えたとさえ言える領域であり、そうでなければ灰に立ち向かう事も許されず。

 そんな力と技が互いに衝突し―――爆ぜた。

 火剣の爆散は凄まじく、マシュが咄嗟に藤丸を守っていなければ、人間の肉体など一瞬で蒸発していたことだろう。事実、まるで核爆発でも起きたと錯覚するほどの熱量が膨れ上がり、石作りの道や建物の壁が溶けてしまっている。

 

「あぁ……これが火、これこそ日―――太陽万歳!」

 

 腐った魂が焦げる熱をソウルの暗い穴から発し、灰は躊躇わず感動を言葉にした。そして天使の物語が書かれた奇跡を部分的に唱え、その力で灰は宙に浮かぶ。忍びは地面に落下し、火達磨となって全身が燃え上がったが、そう言う状態には慣れていた。無の境地で痛みと火傷に平然と耐え、瓢箪と薬物を同時に摂取し、肉体を回復させた。

 

「――――ディール殿……それ程の力があり、何故?」

 

「私自身に理由なんてありませんよ。望まればこそ、その行いにおける善悪は平等となります」

 

「承知した。もはや、言葉は無用」

 

「ええ。私は話を聞くのが好きですが……けれども、もう不要」

 

 その言葉が真実だと忍びは察し、カルデアに召喚されたサーヴァントとしての疑問を消した。召喚者である主を思えばこそ、斬り合いの最中に殺すべき相手へと信条を曲げて問うも、やはり結果は同じこと。忍びはカルデアでの生活を思い返すも一瞬で脳裏から消し、ゆったりと息を殺すように刀を構えた。灰も忍びを仕留めるべく双特大剣を構える。

 だが、灰が敵対しているのは忍びだけに非ず。探知した危機は遠く、視界に見える建物の屋上から。

 

〝不意打ちの狙撃ですか……―――ふむ。まぁ、良い腕前ですね”

 

 素晴しい狙撃だと灰は考える。敵はあのアーチャーだろう。しかし殺傷能力を考えれば、巨人の射手が上であり、数発ならば無防備のまま受け止められるとも判断した。宝具を使われるとなれば、また話は別であるが。とは言え、そのまま受ける灰ではない。オルガマリーや隻狼、あるいはあの時に殺し合ったデーモンスレイヤーの動きを自分の業に取り入れ、縮地に匹敵する歩行で地面を滑るようにステップを踏む。瞬間移動としか思えない迅速さであり、射られた直後に灰はもうその場には存在しない。そのまま彼女は巨大な双剣を構えつつ、距離を取った。

 

「来てくれ、ランサー―――!」

 

 危機を前に藤丸は礼装を起動。契約した英霊の写し身であるシャドウの召喚を開始し、襲撃して来た敵三体と対峙する。つまり、灰の人(アッシュ)老騎士(デオン)黒騎士(ランスロット)がカルデアのメンバーを取り囲んでいた。

 ―――パン、と銃声が鳴る。

 戦闘再開の合図は老デオンによる短銃の発砲。標的は忍び。奴の注意を万分の一秒でも引く。黒騎士は自分なら容易く殺せるアマデウスと清姫の両名に斬り掛かり、空から奇襲を仕掛けたエミヤが何とか引き受ける。その直後、藤丸によるランサー:クー・フーリンの召喚が完了し―――刹那に近付いた灰が、双特大剣による二重の刺突を為していた。

 

「なッ……!」

 

 召喚直後の硬直。まだ肉体を呼び出す前段階の、五感と第六感が機能し始める前の内。灰は、そんな隙間を狙ってランサーを容易く仕留めた。挙げ句そのまま身を捻り、双剣を周囲を巻き込むように回転させる。ランサーは穿たれた上に二刀で三断され、マシュは大盾でマスターを守るも凄まじい衝撃。だが、それだけで止まる灰ではなく、双剣を上に掲げて跳ぶ。

 狙いはマシュとその背後にいる藤丸。

 死だ。どうにかせねば、諸とも斬り焼かれて終わり。

 

「―――く、ぁ!!」

 

「マシュ……!?」

 

 ダイナマイトが炸裂したと思える爆音。回転斬りからの連撃によってマシュは体勢を崩されて吹き飛び、藤丸もまた飛んだ。

 絶死の危機。だが――その為の、忍び。

 彼から放たれた瑠璃の手裏剣が灰を襲い、それを双特大剣を盾に防ぐも、手裏剣は回り進み続ける。その場に灰は縫い付けられ、一瞬で敵まで踏み込んだ忍びが楔丸の刃を一閃。しかしもう片方の双剣を振い、互いに剣戟が衝突。刀身が身長程もある片刃剣を双剣として振うとなれば、戦うだけでも難しいが、剣神を超える忍びの剣術と渡り合う魔技を平然と披露した。

 

「これは、中々……ッ―――!」

 

「―――くぅ……!」

 

 そして、藤丸を執拗に狙う老デオンとランスロット。狙撃戦では守り切れぬとエミヤも白兵戦に参加し、この二匹の獣を灰を相手にする忍び以外の皆で何とか抑え込む。しかし、召喚からの即座消滅のフィードバックが藤丸を襲い、魔術回路が溶岩を流し込まれ様に熱し、頭蓋の上から足の爪先まで鋭い激痛に襲われた。今の状況では英霊の影を呼び出すのは不可能ではないが、それは魔術回路の崩壊を意味する。此処から先、人理修復の旅は不可能となり、それは即ち人類滅亡を意味した。

 命を賭けては絶対にならない場面と、命を賭けて戦わないといけない場面。所長は藤丸に魔術を教え込む際、それを徹底して教え込んだ。その知識を理解する彼は激痛に耐え、その上で怒りの余り精神が痛みを緩和した。だが力を込め過ぎて食いしばった為か歯茎から出血し、口の端から流血する。

 無力な一般人ではあるが、誰よりも戦わないといけない矛盾。

 それでも戦う為に与えられたカルデアの技術―――シャドウ・サーヴァントの召喚。

 藤丸にアン・ディールと名乗ったあの裏切り者は、彼の役目さえも蟻を踏み潰すように容易く破壊した。憎悪も浮かびそうになる感情を宥め、マシュに守られながらも何とか全体を俯瞰しようと試みる。

 

「―――――ぁ……?」

 

 そんな彼と、他のサーヴァント達は絶句した。今戦っている瞬間でさえ藤丸立香と同じ人間の存在感しかなかった灰が、突如として並のサーヴァントを遥かに超えた気配を膨張させた。前兆もなく、忍びと戦いながらも女は人も英霊も超え、神の如き何かへと変貌。

 ―――(フォース)の奇跡。

 断片化した物語が声無く唱えられ、物理的な衝撃力持つ突風が灰を中心に解き放たれる。

 忍びは爆風を受けて空中高くに吹き飛ぶも体勢を自在に整え、そのまま着地。藤丸はマシュに守れるも、真空波による衝撃は脳と一緒に内臓まで細かく揺さぶる。エミヤとアマデウスと清姫も同じく吹き飛び、だが何とか藤丸とマシュの近くに着地する。そして何時の間にか、彼らの周囲から枯百合と黒騎士は消えていた。

 悪寒。絶好の機会の筈。何故?

 疑念は一瞬、答えは眼前。あの灰がまるで、敬虔な聖職者のように祈りを捧げていた。

 

「………―――――」

 

 チリン、と鳴り響いた神会黙契な聖鈴。言葉なくとも音色が教える。

 

「―――神の怒り」

 

 ポツリ、と唱えられた正体不明の聖句。破壊の白い風が吹き荒れる。

 

「……ぁあああああああああ―――!」

 

 マシュに十字盾の真名を唱える暇はなかった。しかし、藤丸と、エミヤと、狼と、アマデウスと、清姫が背後に居た。そして、狼とエミヤがマシュの盾を共に支え、彼女の背中を他の者が同じく支えとなった。

 一秒後―――街並みが瓦礫に変わる。

 人が惨たらしく死んでいた。あの灰による衝撃を生身の人間が受けたとなれば、バラバラに砕け散るのが当然。建物は倒壊し、地面が捲り上がり、大穴が穿たれた。エミヤの投影宝具による壊れた幻想と連想させる破壊痕であり、だが破壊規模は灰が上回る。

 マシュと藤丸は、冬木での悪夢が思い返された。

 デーモンスレイヤーと呼ばれた男―――黒い騎士王を不意打ちで殺し、所長達四人を一瞬で壊滅させた魔人。あの悪魔と同じ奇跡を、何故かあの灰が行えていた。

 

「浮かぶ混沌―――」

 

 同じく理解出来ない言語で何かが唱えられた。灰にとって火を操るのに言葉など要らぬが、他者の魂魄からソウルと共に奪い取った膨大にも程がある曼荼羅の如き魔術回路が、ソウルの業ではないこの世界の神秘さえも灰の魂は学習していた。数え切れない起源、全ての元素を支配する魔術属性、あらゆる概念を持つ魔術特性。もはや彼女は神秘に不可能がない魔術回路の化身であり、しかしそれを超えたソウルを貪る亡者である。

 ならば―――可能。ソウルの業と言う名の自分一人だけがこの世界で保有する魔術基盤。そして、そんな業に神秘を混ぜ込む為に作り上げた二千年を超えた研鑽の証である魔術理論。

 

「―――燃えよ」

 

 故に灰の燃える手から火球が浮かび、そして何個も燃える玉が浮かび上がり、周囲の太源(マナ)を吸引機のように吸い込んだ。

 直後、新たに苗床となった混沌が膨れ上がる。

 嘗て吹き溜まりで殺したデーモンの王子が放った混沌の呪術。あの魔女共が生み出した赤子が、世界の最期で灰を殺すべき敵として立ち上がった足掻きの炎。そして、太陽の光が届かない暗い場所で生まれた火である混沌は、闇にも近しい性質を持ち、ソウルを溶かす溶岩でもある。

 追う者たち(アフィニティ)と言う闇の魔術と同じく、浮かぶ混沌は人の生命に引き寄せられる。灰が作る混沌にはデーモンの意志が宿っている。幾つもの巨大な火の玉から人間大の火球が解き放たれ、ソウルを燃やすべく自動追尾し、街に住む人々へと襲い掛った。まるで人間だけを燃やして浄化する炎であり、人の心身を融解させる火であった。

 

「―――そんな、そこまで……アッシュ・ワン!?」

 

 盾を構えるマシュの眼前にて、地獄が広がった。

 神の怒りで街は瓦礫となり、浮かぶ混沌が人を薪とした。

 

〝世界を燃やす教父の火……そして、最初の火。

 デーモンを生み出した魔女共の混沌はその名のままに、かく在るべし”

 

 人を襲う火は、必然的にカルデアの皆にも襲来。そして、退避していた老デオンとランスロットも戦線に駆け戻る。

 ……まるで、あの冬木の街みたいだと藤丸は目を見開いた。

 本当は目を瞑ってこんな光景から視線を逸らしたかったが、現実から逃げれば命にも逃げられる。そう教えられ、彼は所長の言葉が如何程に本当は厳しいモノだったのか身を以って実感し尽くした。

 

「―――Aaaaa■◆■■aaaaaAAAaaa!!」

 

「死に晒すと良い」

 

 既に敵陣に斬り込む仲間を見た灰は、腐った魂から蠢く思念のまま邪笑を浮かべる。今の灰からすれば抑えられる程度の些細なこの世全ての人間を容易く呪い殺す怨念ではあるが、ソウルはソウルのまま在るべきだと決めている。

 ―――それは、燃え上がる混沌の刃であった。

 自分と唯一渡り合える戦闘技巧を持つあの忍びを相手する武器として、デーモンと言う望まれなかった生命と似て、故に混沌の炎が満ち溢れたこの地獄に相応しい。

 魔剣をソウルの内側から捲り取った直後、灰も疾走。

 本来ならば呪術の火に無理が掛るが、最初の火によって鍛え直された呪術は、混沌を宿す魔剣を更に炎によって強化された。混沌は更に闇を深め、振う度に担い手も傷付ける邪悪な刃は、より灰の生命を深く呪うことだろう。しかし指輪の加護によって攻撃する度に回復し、時間が経過しても生命は回復し、祝福された武器を仕込むことで常に止まらぬ自動回復効果を自分に持たせている。混沌の魔剣によるデメリットなど、灰からすればあって無い様な呪詛に過ぎない。

 そして、生命を融かす混沌はもう飲み乾した火である。

 振われる刃は躊躇わず灰を焼き、熱し、裂き、けれどもそれ以上に相手を炎で呪う刃であるのだろう。

 

「っ――――……!」

 

「――――ふ……!」

 

 弾き、流し、ぶつかり合う楔丸と混沌。灰は嘗ての世界、東の国より来た騎士アーロンや黒装束の忍者を思い出し、しかしそれらを超える眼前の忍びの技巧こそ思い馳せる。サーヴァントとして召喚された狼は覚えているか、記録にあるのか分からないが、灰は生前の忍びと殺し合った過去があった。

 間違いなく、人理の世界に来てから最強の技巧。

 原罪の探求者として灰はダークソウルを求めてソウルの業を各地に神秘として仕込み、幾つものこの世ならざる地獄を作り上げ、そんな土地で生まれ育ったのがこの忍びである。オルガマリーの脳内に潜むあの寄生生命体もまた、灰を自称するこの探求者が作った地獄から生還した一人の人間だったナニカであった。

 

「………ふふ」

 

 彼女本来の魂が、それを愉しんでいた。それはソウルの腐れではなかった。この地獄ではなく―――自分を殺し得る強き不死が、こうして自分と戦っている現実が、どうしようもなく楽しかった。

 その忍びの業。剣術、体術、忍術。

 強くなれる。まだまだ自分は強くなり、自身そのものであるソウルをより強くさせられる。

 人より自分が至らぬ部分がまだこの魂に存在している事実が、灰を不死としてソウルへの渇望を駆り立てる源泉である。

 

〝巧い……”

 

 達人を斬り、不死を斬り、神なる竜を斬り、大忍びを斬り、剣聖を超えた剣神を斬った。その忍びからして、灰はこれまで生前に戦った誰よりも強かった。人間の延長である自分自身とは立ち位置が異なる技巧であり、それは何処か忍びにも似た死中で鍛えられた剣術でもあった。

 幾度も刃を弾こうが、敵の術理を崩せぬ。

 しかし、それは敵である灰も同じ道理だ。

 突破するにはやはり忍義手による仕込み忍具か、あるいは―――奥義たる秘伝か。

 

〝…………――――――――”

 

 一瞬でもなく、刹那でもない。零の間にて、空の心へと至る無念の境地。忍びは刺突の型を取り、一歩にて間合いを縮ませる。

 ―――大忍び刺し。

 義父上である大忍びによる奥義である忍びの技、そして追撃による大忍び落としは、確実に命を奪う葦名無心流の秘伝である。それこそ薄井の忍びである狼が、御子を守る竜の忍びとして鍛えた忍術の極みに他ならぬ。

 

〝――――――――――”

 

 だからこそ、空の器である灰の精神に戻る。魂の腐れも火の熱さも消え、闇の温さも分からない。何も理解出来ず、何にも成れず、何かもを貪る虚ろな人の業。

 何もかも亡くした無こそ、灰の人(アッシェン・ワン)である証。

 原罪の探求者は、忍びのその業もまた自分にとって愛しいソウルの到達地点であり、自らが強くなる為に絶対的に必須となる秘剣の技に他ならぬ。

 

““――――――””

 

 極致の無がぶつかり合う。一心を超えた無心の技が交差する直前、その二人を観測可能な存在はこの世には存在しない。もはや空間に認識さえされない忍びは突きを放ち、混沌の刃を鞘に収めた灰は居合の型で迎え撃つ。

 ―――交わった無と空の刀。

 向かうは絶殺の刺突。迎えるは焼殺の居合。

 目視だろうが、第六感だろうか、その一瞬を第三者では誰も理解は出来ず。だが一瞬にも満たない交差は確かに零の内にあった。

 キィン―――と僅かに擦れる刃の音色。

 大忍び刺しは確かに弾かれ、混沌の居合は楔丸の刃を受け流し―――

 

「―――――!!!」

 

 ―――灰を踏み台に、忍びは宙へ飛ぶ。

 元より弾かれるのを予見し、体幹の平衡を跳躍に整えていた。だが、自分を超えた忍びをまた凌駕するのも灰の業。先読みを先読みし、相手の技術を悟り、その上で灰は奇跡を予め唱えていた。

 行われた戦術は先程と同様―――フォースの物語。

 居合と共に灰が唱えていた奇跡は、今この瞬間の危機を脱する為に解放される。

 

「……ぐぅ―――!」

 

 先手の取り合いに敗北。神なる物語が放つ衝撃波は、しかし忍びからすれば神風も微風でしかない。神が放つソウルの魔術だろうと弾き飛ばす波動を逆に忍びの足はまた踏み台にし、更に上空へと跳び上がった。

 兜で視えぬが、灰は無表情のまま瞳だけで―――笑った。

 彼女は意志だけで街全てに向け、強敵の忍びを讃える為に火を闇の裡より燃え上がらせた。己が喜怒哀楽の感情を意識ある全ての生命体に知らしめた。

 取り出す触媒の杖、唱える呪文は―――ソウルの奔流。

 だが、それはより理論を深化させた魔術ではない。膨大な数の巨人と人間が実験台にされた生贄の館にて、あのアン・ディールが生み出した本来の奔流。ソウルの槍が同時に幾本も一気に展開され、宙に浮かばされた忍びを四方八方から槍が襲い掛った。そして、白竜の理論を既に全て解明し尽くした灰は、その槍を全て結晶化させていた。

 灰の為す魔術は、自分と同格の不死を死滅させるソウルの業。

 体感時間を零に縮めた忍びは臨死を垣間見て、だがしかし空中殺法こそ忍びの極意。自分が貫かれる時、霧からすの忍具によって忍びは幻となって消えた。

 

「…………!?」

 

 灰にとって、この危機を脱する忍術こそ喜ばしい業。そして空中を疾走する火炎の道。忍びは消えたまま此処では無い世界を走り、灰を焼きながら背後から現れた。

 忍義手の仕込み忍具による忍術―――連ね斬り。

 神隠しのように異空より襲来する忍びは敵まで一歩で踏み込み、そのまま火を纏う楔丸で斬った。だがそれをまた見切るのも灰の眼力。竜紋章の盾を出し、斬撃を防ぎながらも盾の裏から刀を刺突を行う。本来ならば槍や刺剣で好む戦法だが、他の武器で万全に出来ぬ技巧ではなし。だが、見切られた事を灰は瞬時に察する。刺突による剣術は忍びに通じ難いと理解し、事実あっさりと軌道を変えた楔丸が混沌の刃を弾き逸らす。

 がしゃん、と新たな義手忍具が取り出される。

 忍びは刀による攻防を片手で行いつつ、瑠璃を素材とする仕込み斧を構えると同時に振った。

 

〝神気……―――成る程。

 あの神なる竜の力を得た神器の忍具ですか”

 

 だが今は良いと判断。炸裂する浄化火炎を発する斧の衝撃力は高く、ならばと灰は敢えて真正面から受け止める。そして、大型の獣であるドラゴンなどの攻撃を受けた際にするように、吹き飛びながら体勢を整える。同時に混沌の刃を刺突の型で構えた。

 そのまま疾走。対する忍びは居合を構え、敵を迎え撃つ。それは再度の交差。

 混沌と楔丸は互いに刃をぶつけ、衝撃で弾き合い―――忍びは一瞬の間、居合の加速を維持したまま無数の斬撃を繰り出した。

 超高速を超え、それは空間をも歪み断つ剣の絶技―――秘伝・一心。

 真空も斬る刃は世界の時間軸も切り、狼が行った抜刀直後の剣戟はもはや目にも映らぬ神域と成り果てた。逃げる時間はなく、避ける隙間もなく、対峙するにはそもそもこの剣術奥義を放てる程の技量がなくては斬撃に対応は不可能だと言う矛盾。剣神を超える技巧を誇る忍びならば、真正面からあらゆる秘剣を打ち破る術理と剣術で踏破するのだろうが、灰の業はそこに届くが剣術では一歩届かず。

 故に灰は咄嗟に盾を構える。

 時間と空間を跳躍した刃を見切る事は不可能ではなく―――ただただ、耐えた。

 一刀一刀を知覚し、一斬一斬を受け止める。人間を無数の肉片に斬り変える奥義を前に、その業を愛で学び、一瞬の連撃を永遠に思える程に自分の思考速度を加速させた。

 

「―――くぅ……!」

 

「――――――」

 

 直後にて再び楔丸を納刀する忍びを灰は見た。あれ程の秘剣魔剣が、この止めの為に行う布石に過ぎなかった。既に体幹の平衡感覚が崩される寸前だと把握している灰は、相手の居合を見切れようとも次の手を受ければ自分が死ぬと判断。

 最期になる居合一閃―――混沌が、受け逸らす。

 しかし、その動きを忍びは見切っている。相手が刀で対処しようとしていたのを理解し、義手忍具を作動。仕込ませていた瑠璃の火吹き筒を相手の至近距離で発射。怨霊などの霊体に高い殺傷力を持つ神なる竜の瑠璃仕込みはサーヴァントに対して高い効果を持ち、生身の“人間”である灰であろうとも、普通の火で焼くよりかは浄化の火の方が霊的損傷は高いと判断。

 だが、灰もまた同じであった。盾の裏に呪術の火を隠し、火吹き筒の発射と同時に黒炎を発火。物理的干渉能力が高い闇の火は相手を吹き飛ばし、殺すのではなく次の一手に繋げる為の妙技。それを最大火力にて発動。

 

「「――――!!」」

 

 浄化の火と闇の黒炎。衝突した青と黒の火炎は交じり合い、魔力を喰らい潰し、大爆散を引き起こす。爆心地で対峙する忍びと灰は、その衝撃を互いに直撃してしまい、一気に吹き飛ばされた。

 

〝我流で鍛えた東の国の、刀の剣術……いやはや、この忍びが相手では及びませんね”

 

〝黒い炎、か。これは……怨霊と似た、怖気である”

 

 笑みも苦悶もなく、灰は過不足なく忍びの強さを再確認。忍びの業を学習するのに混沌の刃を使うも、これからはダークレイスとして良く愛用するダークソードを取り出した。左手に中型の盾を持つも、素手にダークハンドと呪術の火を仕込み、何時でもソウルから触媒を召喚する準備も万全。

 ……扱い易さを考えれば、ロングソードや騎士の直剣が良いのだろう。

 だが拘りとは複雑な心理状態を作り出す。何故か分からないが、ダークレイスが性に合う彼女にとって絶妙なバランス感覚を与え、殺すも斬るも、壊すも砕くも、暗い剣(ダークソード)こそ自由自在だった。他の直剣を使った方が扱い易い剣技も、彼女からすればダークソードによる剣術に適応させ易かった。

 

「………む」

 

 その暗い諸刃の剣(ダークソード)に忍びは見覚えがあった。揺り籠となって頂けた変若の御子を守る旅にて、この不死と出会った記録を思い返す。

 この女こそ―――呪われた暗い血。

 サーヴァントとなって未来に甦りを為した忍びと違い、あの不死たる者が生きたまま現代に居る事を始めて彼は察した。だが戦闘に驚愕も動揺に不要であり、無念の境地が男を忍びのままに維持し続ける。

 

〝では、燃やしましょう”

 

 宙に浮かぶ混沌。自分に当たる可能性もあったので忍びと灰の戦場に降らしていなかったが、問答無用で味方や自分に当たる危険があろうとも敵を狙って火炎弾が無数に降り注ぐ。無論、灰は自分が近くに居ると言うのに忍びを狙って炎を追尾落下させた。

 火の雨が吹き荒れる中、互いにまた殺し合いを開始。

 灰を独りで抑える忍びなれど出来ぬ事もある。敵を殺さない限り、彼は仲間を助けられない。カルデア陣営にも更なる火雨が襲い、その上で老デオンとランスロットも攻勢を苛烈に加速させた。

 

(―――アッシュ。もう良いわよ)

 

(ジャンヌさん……?)

 

 そんな念話が告げられ、灰は潮時を悟った。どうやら自分の娯楽(しゅぎょう)が時間切れになったと判断。

 

(そうですか。ならば、去りましょう)

 

(謝罪はするわ。けどね、けれどね……そいつらが死ぬのは、ジャンヌ・ダルクの前じゃないと駄目ね)

 

(それはまた、何ともです。鬱憤、それだけ溜まっていると考えても良いですか?)

 

(別に。ただ、あんな綺麗な女を囮にしてまで逃げたんですもの。心を折るには、それだけの事をしないといけないみたい)

 

(まぁ、従がいましょう。ただ最後に一撃、これを生き延びられたらですが)

 

(どっちでもいいわ。これは命令じゃなくて私のお願いですから。じゃあ、宜しく)

 

(分かりました)

 

 念話を行いつつ戦闘を行うも、それを相手に一切漏らさず。忍びも敵から感じ取れる精神の動きに僅かばかり違和感を覚え、何となくに過ぎないが戦術的に逃げ腰になっているのを察する。だからと言って戦闘動作に澱みなく、隙を見せれば即座に死ぬのは変わりない。

 

「Gaaagyaaaaaaaa―――!!」

 

 そうして、咆哮と共に混沌より高い場所からワイバーンが飛来した。ならばと忍びが灰に迫るも、上空より混沌の火弾が彼を集中狙い。絨毯爆撃のような弾幕を前にし、咄嗟に忍具である朱雀の紅蓮傘を展開し、火雨を傘にて全て弾き飛ばした。

 しかし、そうなれば灰の逃走を許すことになる。彼女はそのまま老デオンとランスロットに念話にてカルデアから距離を取るように指示し、直後―――混沌の火球を全身全霊で投擲。脅威的な身体能力で投げられた溶岩塊は直進し、マシュは皆を守るように十字盾で防御。

 だが、混沌とは溶岩の火炎だ。衝突すると共に液状に戻り、粘着物質が撒かれたように弾けてしまう。盾で爆破は防げたとしても、液状火炎を消し飛ばす事は不可能。それを一目で見抜いた清姫は、炎を防いだマシュを咄嗟に自分の背後に回した。息吹の火炎を使う所為か、火の性質には実に目聡く、それによって混沌の溶岩塊を頭から浴びてしまった。

 

「ぐぅ……っ―――」

 

 それは燃えるのではない――――熔けるのだ。

 ただの溶岩の川ならば単純な物理干渉が通じないサーヴァントは、それこそ泳いで向こう岸まで泳いで渡れるだろう。そして、混沌はそうではない。清姫は自身を燃焼させることで防ぎはしたものの、泥がへばり付くように混沌で焼かれるのみ。

 骨まで届く熱を感じ、それでもまだ清姫は膝を地に付かず。

 むしろ、その混沌を喰らうように全身から炎は更に発火させることで、その混沌と自分の火を混ぜ飛ばした。

 

「き、清姫さん……ッ!?」

 

「いいですからマシュ、敵に集中してなさい!」

 

「――――ッ!」

 

 その間にも浮かぶ混沌は火雨を降らせ、だが老デオンとランスロットは混乱に乗じて跳び去った。灰も同じく、味方の下に走る忍びを見送り、空高く跳躍してワイバーンに騎乗。

 ―――灰は、呪術の火から更なる混沌を浮かばせた。

 上空には浮かぶ混沌がまるで戦隊のように並び、そして一つの太陽へなるように集合。幾つかの混沌は雨雲のように火雨を降らせつつ、その間に大球の混沌が凝固する。また両手に装備された灰の呪術の火からは火炎が噴流され、その火が太陽に纏わり付き、巨大な火の玉に進化させ続けていた。

 

「ッ――――こんな、どうすれば……いや、違う。マシュ、エミヤ!!」

 

「ああ、マスター。分かっている。やるぞ、マシュ」

 

「―――はい!」

 

 燃える巨大な太陽。対峙する―――マシュとエミヤ。

 ソウルの奔流を防いだように盾を構えるが、溢れる魔力と神秘は文字通り桁が違った。騎士王の聖剣に匹敵する圧迫感であり、しかしその脅威は止まることなくまだまだ膨れ上がっていた。

 ……本当に、それは太陽であったのだ。

 限界など知らぬと与えられた火を餌にして成長する恒星の輝き。

 

「―――太陽万歳!」

 

 騎乗したワイバーンより混沌の封じられた太陽を見下し、更にその下の仲間だった者共を見下ろし、焼け焦げた廃墟となった街を哀れんだ。そして人々の魂が、思い出と精神が溶けたソウルが、灰の口へと入り込む。カルデアの皆に太陽を堕落させる前に、彼女は今この時に殺した人間共の全てを咀嚼していた。

 太陽を賛美する祈りこそ―――処刑の合図。

 嘗ての灰の時代、岩の古竜に殺し尽くした墓王と同じ死への祈り。

 何故ならば、太陽は何かを贄とした一種の墓である。あれは光輝く墓所と同じだ。始まりは、あの神共が始めた信仰なのであろう。

 

「―――疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)……――!!」

 

「―――熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)……――!!」

 

 堕ちる太陽に立ち向かうは、十字盾と七重の盾。しかし、それでも守り切れないと分からせる重圧があの熱気には存在する。最後の一手として令呪による後押しをしようにも、今それをすればまだフィードバックから回復し切れない藤丸は、全身の神経が千切れて死ぬだろう。清姫も混沌の溶岩による火が魂を熱し、宝具の展開など不可能。アマデウスは既に音楽魔術を酷使することで魔力が尽きかけ、指先を動かして音色を出すので精一杯。

 

「……人を照らさず、地を焦がし給え―――混沌の太陽よ」

 

 だと言うのに、灰は加減をしなかった。魔術を追加で詠唱し、最初の火から見出され、この人理の世界で生み出された呪術は、その輝きをもっともっとと増し続けた。

 グゥオン、と膨れ上がった直後に凝縮。

 だが臨界を超えた太陽は、球体から力を抑えられずに放射した。

 一気に地表はイザリスの惨劇の如き混沌に覆われ、マシュとエミヤが守る一帯以外が溶岩に作り変わった。熱波だけでサーヴァントを焼却する地獄が生まれ、その太陽は英霊が触れる前に霊基が蒸発することだろう。

 

「く、ぁ……ぁぁああああああああああ!!」

 

「……おぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 その上で―――太陽はついに弾けたのだ。

 

「――――――――――」

 

 死ぬ。確実に、死ぬ。灰によって手段は分からないがカルデアとも連絡が付かず、この太陽の火は通信魔術など火の粉だけで焼却する。即ち、藤丸立香とマシュ・キリエライトだけのレイシフトによる緊急退去さえ許されない。

 隻眼の忍び―――隻狼は、主の命は絶対だ。

 その為に邪魔だった。あの太陽が、火の地獄がどうしようもなく邪魔だった。

 故に一切の躊躇いは無く、忍びはマシュの十字盾を踏んで跳び上がった。盾となる二人が守る領域外が火炎地獄となっているにも関わらず、忍びは燃えながらも太陽と対峙した。

 

「―――――」

 

 驚愕するも声はなく、言葉はなくとも死を色濃く見える。そんな背後からの気配に意識は一切向けられず、鞘に収める楔丸に全身全霊の魔力と形代が捧げられた。そして空中で弓張る背は、そのまま強弓に他ならず。ならばその斬撃こそ、火断つ矢で在った。

 ―――竜閃。

 忍びの心は無を極め、無心の刃が鞘より放たれる。

 楔丸より飛ぶ刃は太陽とぶつかり、素通りし、そのまま天高く昇り斬って逝った。

 

「―――御免……」

 

 カチン―――と納刀する静かな音。

 燃えながらも忍びは慈悲を呟き、混沌の太陽は―――二つに断たれて霧散。

 彼は、その形代と同じ気配をする太陽が何なのか理解していた。そして、同じと言う事が太陽の正体を感覚的に示してもいた。

 熱い輝きは……人の、無念であった。

 斬り捨てる故の慈悲こそ、燃やされた人々の魂を供養する思いだった。灰にソウルを喰われたこの街の人々の為に、忍びは静かに祈りを捧げるのだろう。

 

〝人の業だけで、そこまでとは……あぁ―――暗い魂よ、見ていますか?

 あれが人間なのです。人間は出来るのです。人間性に関係なく、ソウルに果てなど無いのです。我ら不死は、その為に死なぬのです。

 だから、私は死ねぬのです。

 何処までも、誰よりも、私は使命の儘に、まだまだ――――”

 

 魂が揺さぶられる業。最初の火でさえも、亡者の一匹に過ぎなかった自分が喰らい尽くしたように、あの忍びなればこの世の果てで斬ってしまえるのかもしれない。そしてデーモンから学び、この世で体得した術が破れ去る。その事実こそ、灰が期待した敗北。

 ワイバーンは自分に乗るそんな怪物に恐怖し、だがその化け物に操られる儘に飛ぶしかない。結末を見届けた灰と二人は、カルデアを置き去りにして飛び立って行った。






















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