血液由来の所長   作:サイトー

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 ガーゴイル冬月「素晴らしい……世界を再び我らに跪かす神の光だ」


啓蒙27:オルレアン

 数日後、カルデアは生きていた。しかしマリー・アントワネットが死に、別れた二班がオルレアン郊外で合流し、ゲオルギウスは避難民を安全地帯まで護衛する為に離脱していた。そして、瀕死だったジークフリートの解呪にも成功。

 よって、皆は僅かばかりだが猶予期間があった。ジークフリートにとって漸く得られた快調であり、救われた命を再確認する数日でもあった。佐々木小次郎を犠牲にして生き残り、そしてこの度もマリー・アントワネットを犠牲にして生き残った事実。何が英雄かと彼は迷うも、しかしその悩みも英霊で在る故に自己問答で解決してしまう。同じくマリーを失ったアマデウスも、決戦までの期間は悩まずとも葛藤はあった。しかし覚悟していた離別であり、その葛藤も自己解決してしまった。故に悩める藤丸とマシュを見た二人が、自らの疑念と解答を語り、命を預け合う戦友として会話を行うのも必然の流れなのだろう。その結果、仲間を失った二人はただ決意を深く沈める。

 ……最終決戦の前とは思えない静かな最後の時間だった。

 エミヤは忍びを釣りに連れ、ジャンヌはあのジャンヌに思いを募らせ、所長は銃器と仕掛け武器の手入れを念入りに行い、清姫はエリザと喧嘩をしつつも嫁入り修行の料理と洗濯に勤しんだ。

 

〝まぁ、結果だけは良くしたいもの。御父上の冠位指定など興味はないけれど、この状況は好ましくはないのは事実。

 ―――悪い獣は、最後の一匹まで狩らないと。

 しかし、此処まで遠かった。やっと第一特異点の最後かぁ……”

 

 最後の戦地にて、皆の先頭に立つ所長は表情を一切変えずに内心だけで溜め息を吐く。既に視界には魔女共が住まう有り得ざるオルレアン城が存在し、そしてジャンヌ・ダルクが逃げ出した奴らの本拠地でもあった。

 

〝はぁ……活力が足りない。血、ちょっと入れとこ”

 

 袖を捲り上げ、腕に自家製の厄性輸血液を注ぐ。コジマ粒子を混ぜた所長特製の劇薬であるそれは、無論の事だが所長以外が使うと発狂死する。魔術回路が活性化し、神秘が流動し、精神覚醒を行うも、時間を置かないで二度目の薬物を混ぜたこれを輸血すれば、魂が啓蒙され過ぎることで気が狂い果てること間違いなし。サーヴァントの霊基を発狂させる薬品をエナジードリンク感覚で摂取する当たり、アニムスフィア家の担当医であるロマニからすれば即座に止めさせたい所存であった。

 ……ついでに、隠し持っていた煙草も一本。

 指先から発した火をライター代わりに、口で銜えた煙草の先端を発火させた。そして、白い煙が視界を覆った。

 

「………はぁ」

 

 溜め息を煙と一緒に吐いた。獣狩りは人間も人外も焼き、あの街は肉を焼く煙で何時も覆われていた。そんなヤーナムの悪夢を過ごした毎日を思い返し、だが狩りを思い出させる煙草の白煙が好きだった。先端から段々と燃え落ち、灰となって地面へと落ちる工程も好きだった。

 根元しかない燃え殻を地面に落とし、穢れた虫を殺す様に踏み躙る。

 既に焼け野原になったオルレアンの荒野。煙草のポイ捨てをした所で咎める者は皆無であり、焼けた人の死骸が転がる地獄。所長は叡智に溢れた瞳で周囲を見渡し、まるで肉片を焦がし続ける大きなフライパンの上みたいだと無邪気で残酷な幼子のような感想を思い、しかし言葉にせず白煙をまた溜め息と一緒に吐き出した。

 

「所長……」

 

「ん。どうしたの、藤丸?」

 

 狩り装束に着替えた所長の背後で呟かれた男の声。

 

「いえ、意外に思いまして。煙草、吸うんですね」

 

「レフとロマニからは止められたんだけどね。ただ……私のパピーが、私が煙草を吸ってる姿を凄く微妙な顔をしながら見てくるのが、何故か楽しくなってしまってね。気が付けば、趣味になってしまいました」

 

 カルデアにあるちょっと広めな喫煙ルーム。藤丸はそこに行った事もなく、そんな暇もなかったが、カルデアで生活する職員は所長が意志が宿らない胡乱気な瞳で静かに、まるで白痴になった薬物依存症患者みたいに一服している姿を見たことがあるだろう。

 

「それはまた。でも、吸ってたのっていくつからです?」

 

「始めはウィッチクラフトの製薬実験だったから……十四歳くらいだったかしら」

 

 なので、正確に言えば煙草ではない。自家製の薬物であり、ロマニもその薬効を理解しているモノではある。常に血と贓物を欲求する所長からすれば気休めかもしれないが、それでも精神が少しでも“普通”の感覚に安定するならばした方が良いのも事実。

 

「あぁ、成る程。中学二年生程度の時から……―――成る程。

 でも、その歳なら仕方ないですよ。人間が、この世で最も愚かな生き物になる時期ですものね。皆、多分そんな感じですから」

 

「―――……………貴方が、私にどんな印象を持ってるのか、凄く良く分かったわ」

 

 だが、それを否定するつもりはない。オルガマリー・アニムスフィアは神秘を見出す魔術師であり、魔術師など所詮は外れ者。独善的に自分を普通を超えた特別だと認識し、人並みに生きる事が出来ず、社会に適応出来ない存在不適合者。同時に魔術師と同じく自分の思考回路を愛する哲学者や思想家との大きな違いは、形を得ない妄想を実践的に形にすることが出来ることなのだろう。

 無益な思考実験にしかならない有り得ざる超常を、現実に再現してしまうこの世の歪み。

 そんな行いをする為ならば、オルガマリーは思考を超越させることも厭わない。瞳を得た脳より魂が受ける啓蒙とは、知識に蕩ける魔術師をより悪辣な神秘学者に作り変える劇薬でもあるのだろう。

 

「それで、どんな状況なんですか?」

 

「んー……」

 

 遠くに見えるオルレアンの要塞。つまりは、此方側から見えるとなれば、向こう側も見ているということ。啓蒙を導く所長の瞳は要塞の壁も見透かし、そして見詰めた灰と戦神の二人に視線を見返された。

 

「……こっち見てるわね。ま、向こうも向こうで準備は終わってるみたい。後はせーので、どっちが先手を出すかってだけ。不意打ちをしてもいいけど、今回は集まって一点突破の殲滅戦」

 

「それでも、出来る事はしておいた方が良いじゃないですか?」

 

 そんな会話中に向こう側にいる灰と戦神が太陽万歳のポーズをしたので、所長は対抗して交信のポーズを取った。俯瞰的に世界を見る神の視点を得た千里眼持ちならば、灰と戦神と所長が決めポーズ合戦を急に始めたのを認識出来るのだろうが、そんな都合のいい瞳を持つ者など限られている。しかし居れば余りに意味不明な光景を前に、宇宙に放り出された猫みたいな表情を浮かべても不思議ではない。

 Y字とL字の神秘が意味もなく、互いに互いの祈りを祈っていた。だがそれでも火は神と人に崇められ、悪夢の高次元暗黒より心理波長が意志を狂わせるのだろう。

 ……裏側で意味不明な闘争が起きている事を知れず、藤丸はそのまま会話を続行した。突如としてオルレアンの要塞に変なポーズを示す所長を、藤丸は何時もと変わらない光景として脳内で処理していた。彼の心は、どうしようもなく珍事に動じず、そして強く鍛え上げられていることだ。

 

「バレてるし、逆効果よ。罠に誘導されて、各個撃破がオチってところ。まだ計算し易い戦術の方が安全でしょう」

 

「そうですか」

 

 しかし、ポーズのキレの良さは互角と判断。灰と戦神は所長に微笑み、所長が二人に微笑み返し、互いに視線を切り、特に意味がない勝負は引き分けに終わる。そんな二本目の煙草を吸い始めた所長に、やっと藤丸は自分の本心を明かす決意が決まった。その為に、多分彼女は彼がする決戦前の世間話に応じてくれていたのだろう。

 

「勝てますかね?」

 

「勝つのよ。戦力は十分揃ってるし、皆のやる気も十分以上。それは、貴方も同じことでしょう?」

 

「そうですかぁ……―――いえ、そうですね!」

 

 部下の様子など手に取るように理解出来る。それは戦争に対する死の怯えであり、失敗を恐れる臆病さであった。だがそう在る事を所長は藤丸に望み、未来を生きる為にそれでも戦おうとする彼の姿が、英雄であるサーヴァントにとって自分が守るべき人間のマスターとして相応しいと思われる要因の一つでもあろう。

 でなければ―――声に、意志は宿らない。

 藤丸立香が話す言葉に嘘がないのは、常に生きたいと全身全霊だからだ。生きる為に世界を救おうとする少年の足掻きは、誰かに望まれて呼び出された死後の英霊からすれば、存在意義そのものと言っても間違いではない願いである。

 だから、藤丸立香はそれで良いと考える。

 オルガマリーからすれば召喚したサーヴァントにそう思わせてカルデアに協力させる事こそ、彼だけが出来る本当の職務だと密かに本心を隠していたのだから。

 

「それと、藤丸。言おう言おうと思ってたんだけど、別に私には敬語じゃなくて良いわよ」

 

「え、そうなので……そうなの、所長?」

 

 順応性が高過ぎるなぁ、と思うが思うだけに止ませる。そもそも臨機応変にそう言う対応が出来るからこそ、自分が世辞や冗談でそう言ったのではないと判断出来る能力を持つ男だからこそ、藤丸を彼女は許したのだから。

 

「私は、私の隻狼と翻訳を介さない素の日本語で話す為に、日本語をマスターしました。なので、魔術翻訳しないで貴方が話す日本語で会話してるから、カルデア式の即席翻訳を挟まないの。よって面倒な意訳とかもないし、ぶっちゃけ馴れ馴れしい方が、貴方は話しやすそうだったからね。そのまんま、藤丸立香の素の口調で良いです」

 

「そんな……嘘、あの所長がデレた!」

 

「なによ。自分で言うのもあれだけど、私は基本的にチョロいわ。そもそも私に優しい人と、私の指示を守る部下にはデレまくりじゃない」

 

「そうだったね。ごめん」

 

 気を遣わせるのも心理的負担になる。サーヴァントとの交流だけでも疲れる立場である藤丸に対し、彼女はカルデアの所長として完璧に近いコミュニケーションを取っているとも言えた。所長からすれば過度な信頼は邪魔となり、自分の言葉を信用して指示を守って貰えれば良い。尊敬や義務感は部下に不要と思い、だが指示に従い続ける事で人は自然とそれが習慣となる。重要なのは、自分の仕事を全うしたいと言う責任感だけだった。

 そう接している所為か、オルガマリーは歪で不可思議なカリスマ性を持つ。藤丸も、彼女が普通なら付き合い難い神経質な貴族らしい雰囲気を持ちながらも、話してみると見栄も飾りもない素直過ぎる奇妙な尊大さが嫌いではなかった。

 

「……あ、そろそろ来るわね。藤丸、礼装と令呪の準備をきっちりしておきなさい。それとエミヤ、どんな雰囲気?」

 

「はい!」

 

「ワイバーンに乗る騎士団が見えるな。サーヴァントも紛れているのだろう。

 ただ……そうだな、少し様子がおかしい。前回の邂逅時と違い、闘争を愉悦する殺戮者の気配がない。まるで、ロボットのような機械的な進軍に見える」

 

「そうなった理由は分からないけど、変化点は留意した方が良いわね。戦う事に違いはないけど、何が起こるかは最後まで分からないのだから」

 

「つまりは、それぞれが各々の作戦実行の為に臨機応変に、と言うことか」

 

「正解。まぁ、サーヴァントって全員がそう言う面だと優秀だから、一通りの作戦以外は自由に行動して頂戴。後、ロマニ、そっちの計測はどう?」

 

『うん、ワイバーンだ。今この瞬間、敵性反応を観測出来た。ボクらを殺すと、そう決めて飛び立ったのは確実だろうね』

 

「分かった。何かあれば、即座に連絡するように」

 

『了解したよ、所長』

 

 脳が瞳に啓蒙され、その事実を認識する。オルレアンの要塞から飛び出た魔女の軍勢を視認し、籠城する敵を討つ対城攻略戦は回避された。とは言え、別に所長はそれならそれで良かった計画を立ててはいた。此方には城を滅するに相応しい宝具の持ち主を藤丸が召喚可能であり、エミヤも無理をさせればエクスカリバーの劣化投影も可能。そして、ジークフリートの宝具は対軍宝具に属するが、そもそも城を吹き飛ばすには十分な破壊鎚となる魔剣であった。無論、オルガマリーが為す高次元暗黒招来による隕石召喚もまた有効。

 しかし、それでもやはり、相手もその条件を知っている。

 それ相応の対応が可能なのも事実。籠城する敵を相手するには戦力は足りても時間が掛り、だが相手も野戦ではないとワイバーンやファヴニールを有効に使う事が出来ない。

 

「―――やはり野戦か。

 オルガマリー・アニムスフィア、貴女の言う通りになったな」

 

「引き摺り出す為の策もあったのけれどね。でも、挑発するまでもなく、あっちが態々こっちの思惑に乗ってくれたみたいね。

 だから、頼りにしているわ。竜殺しの勇者ジークフリート」

 

「期待には出来るだけ応えよう。我が魔剣の伝説に賭けて」

 

「うん、宜しくね」

 

「ああ。共に、生き抜こう」

 

 ワイバーンと、それを操る竜血騎士団を前にし、ジークフリートは一番戦闘に立った。藤丸立香と契約することで魔力も充足し、鎧と剣の宝具も万全。

 何よりドラゴンを相手せず、何がドラゴンスレイヤーか。

 オルレアンに満ちる邪竜の軍勢。既に距離は竜殺しと十分に近付いた。宝具使用に有効なレンジ内に収まり、最大火力で以って殲滅戦を開始する。

 

幻想大剣(バル)―――……天魔失墜(ムンク)ッ!!」

 

 滅びの黄昏に光る蒼い魔力。いや、古き世界に満ちた真エーテルの極光だった。宝玉より溢れた第五真説要素は、例え真エーテルが枯れた世界だろうと絶大な力を示す。その輝く光に触れた邪竜は一瞬で蒸発し、竜血騎士もまた細胞一つ残さず焼き消されて逝く。

 勇者に慈悲はあれど、振われる幻想大剣に慈悲は無し。

 薙ぐように放たれた魔剣の光帯は空飛ぶ竜騎士軍勢を破壊し尽くし、殲滅を容易く成功。

 

「第一陣は滅ぼせた……けど、魔女共も戦力を小出しにするわね。あいつら、ジークフリートの宝具威力の測定に、味方を囮に使い潰したみたい」

 

「だろうな。まだ邪悪な気配が、あの城で蠢いている」

 

 数百人の騎士と、数百匹の飛竜を殺したと言うのに、ジークフリートは汗一つ掻かなかった。人を虐殺したと言うのに表情一つ変えなかった。それは仲間を守り、世界を守る戦いなのだとしても、確かな正義の味方に相応しい偉業なのだとしても、戦争とは殺人を積み重ねる営みに過ぎない。

 これが伝説を有する英雄なのだと―――マシュは、誰にも気付かれないよう畏怖していた。

 自分にあれが出来るのか、否か。あの破壊が可能なカルデアの大量虐殺兵器を手渡せたとして、それを平常心を保ったまま使い、人を殺すことが出来るのか、否か。先輩の為、人類の為、カルデアの為、そんな言い訳を思わず、何かを守れる自分で在れるのか、否か。

 

〝やはり血に酔った吸血鬼なのだとしても―――私は、私は……ッ!?”

 

 実際に怒りのまま敵を殺したと言うのに、手がまだ震えそうだった。戦闘が始まれば収まるのに、戦いの直前は恐れと怯えで心が凍り付くのが止められない。震え続ける恐怖心を闘争心で無視する事がまだ出来ない。命を奪い取ると言う殺害行為を職務とするカルデア職員に、そう望まれた人造兵士に、心身を作り変え始める事が許されていない。

 だから内心では早く戦って、先輩(マスター)と仲間を守りたかった。

 戦いさえ始まれば、自分もサーヴァントに〝成り果てる”ことが許可されている。自分で、自分の感情を塗り潰すことが出来るのだから。

 

「マシュ……――」

 

「え、はい。何でしょう、ジャンヌさん。もう戦いは始まりましたよ?」

 

 英霊を憑依させた所為か、本能的にジャンヌに内心を見破られたことを彼女は察した。しかし、口から出たのは誤魔化しの言葉。

 ジャンヌも、この光景が痛ましいのは分かっている。本来ならば、マシュのような人が見るべきモノではない。とは言え軍人として喜ばしい戦果だとは分かり、ジークフリートを兵士の一人として素直な気持ちで讃えてもおり、どちらかと言えば今は其方方面の気持ちの方が大きい。

 仲間としてジークフリートの行いを肯定し、けれども仲間としてマシュが心配なのも本当である。

 

「―――慣れる必要はありません。

 辛いことは辛く、痛いものは痛くて良いのです。何時か、何処でも良いですから、貴女は誰かにその気持ちは告げなさい」

 

「……ッ―――――それは、けど……良いのでしょうか?

 人でなしの怪物だったとしても、人が死ぬことを許した私は、人に許されるのでしょうか?」

 

「許します。これから先の未来、どんな悲劇に出会って、何が起ころうとも。ジャンヌ・ダルクがマシュ・キリエライトを―――赦します」

 

「……はい。ありがとうございます、ジャンヌさん」

 

「友達……―――でしょう?」

 

「はい!」

 

 肩に置かれた手が暖かい。初めて出来た友人なのかもしれない。カルデアでは話をする人は多くいたが、気持ちを語り合う事はなかった。カルデア特異点攻略Aチームに組み込まれ、仕事の同僚として関わり合う事は“皆”と多くあったが、マシュにとってそれだけでしかなかった。仕事を共にするだけの同僚でしかなかった。ドクターとはマシュも良く会話し、レフとも良く話をし、自分の心の内も明かしてはいたが、友人ではなかった。オルガマリー所長も面白い人ではあったが、友達には程遠い上司であった。三人共、信頼出来る大人の保護者であった。

 世界に色が付き始めたのは―――藤丸立香(センパイ)に救われてから。

 ジャンヌに友人と呼ばれて嬉しく思えるこの感情も、マシュはマスターから行動で教えて貰った人の心であった。

 だから、今はそう在りたいと願っている。

 自分のような人間性が希薄な女を、笑顔で友達だと言ってくれる人の期待に応えたい。

 彼女から友達と言われ、普通に生きる人間なら普通に出来る人間関係に過ぎないのかもしれないが、マシュにとっては特別だ。

 特別だから―――マシュは、不安に襲われても普通の儘でいられるのだろう。

 

「ファヴニール……っ――!?」

 

「本丸が来たわね。試しに宝具でも撃ってみる、ジークフリート?」

 

「無駄だろう。この距離で、更に壁役の竜血騎士団もいる現状、奴の息吹で掻き消されるだけだ。あの竜は作戦通り、俺が出向いて討とう」

 

「そうね。じゃあ、皆―――これより、竜の魔女撃滅作戦を開始する!!」

 

「「「「「――――――――」」」」」

 

 返事はなく、けれど戦意はあった。頷き、全員が走り出す所長に続いた。そして、走る所長はそのまま魔術の詠唱を開始。嘗て、あの冬木の洞窟で使われた神代以上の叡智が世界を侵食する。

 唄う言葉は―――宙の神秘。

 突如として焦げた荒野が広がるオルレアンの暗い空が、より黒い宙に生み変わった。高次元暗黒に繋がる門を開き、星の小爆発を呼び出す秘儀であろうが、啓蒙されて更なる叡智を得た所長は上位者の神秘なる寄生虫を理解していた。

 彼方への呼びかけ(アコール・ビヨンド)が、今これより―――降り注がれる。

 宇宙となった空は、暗黒となりて星を落とす神秘となった。何故ならば、宇宙は空にある。星そのものが宙より墜落し、空を飛ぶワイバーンと騎士を狙い、そして要塞ごと全てを破壊せんと闇より煌いた。

 

「―――――……火よ」

 

 宙に対する煌きは、地より昇る雷。大王グウィンは火より雷を見出したのならば、最初の火を残り火から甦らせた亡者の王は、その火より何を見出せるのか?

 ―――太陽の光の槍(サンライト・スピア)

 為された奇跡の名前として相応しい神の物語。だが、そうではなかった。奇跡の名として、その雷槍はそう在るべしと光輝くが、もはや雷神の権能を火は超えた。物語の名の通り、火の雷となった炉の奇跡であった。強いて言うならば、炉の槍とでも呼ぶべきなのだろう。

 まだ宙より出でず、空に星が落ちる前―――強い光が、高次元暗黒を穿つ。

 目映さを超えた壮絶な閃光。瞳の網膜を焼き焦がす雷撃の太陽は輝き、空に浮かぶ宇宙は一瞬で恒星の光で満ち溢れる。

 

「最初の火よ……在るが儘、我らに見出し給え」

 

 暗い宇宙が広がる空に飛雷する権能の奇跡。空に在る宇宙と雷光がぶつかり、そして炉から生まれた雷の槍が地表を揺るがす程に爆裂。

 ―――空が、裂けた。

 とある神話体系の主神が為した雷槍の如き権能の規模。

 暗い宙を焼き尽くす程の雷鳴が再度響き、宇宙となった黒い空が焦がされる。

 無論、本当に宇宙を崩壊させる火力を持つ訳でもない。そこまでの熱量を持つとなれば、太陽系が蒸発することだろう。だが、それでも世界を攻撃する対界奇跡に他らない。星を襲う宇宙からの脅威に対して聖剣は光り、あの冬木の洞窟にてオルガマリーの宇宙は裂き滅ぼされたが、この不死は聖剣に並ぶ何かを隠し持っている事を周囲に理解させた。

 

〝またね。また防がれた。

 私なりに啓蒙させた彼方への呼びかけ(アコール・ビヨンド)だけど、相手が毎回ねぇ……”

 

 どれ程の虐殺性を持っているのか推測は出来るが、まだこの秘儀を実戦で試せたことはない。あわよくば相手の本拠地ごと隕石で皆殺しにするのもまた良かったが、宇宙を撃退する対抗手段をアッシュは有していると判断。今回はそれが分かっただけも良かったと、情報収集の成功を喜ぶべきと自分で自分を納得させた。

 何故ならば、雷鳴が何も有さぬ―――無を、壊す。

 空に開闢された宙を壊すとは、大いなる無窮の天に人の手が届いた事を示していた。

 

「オルガマリー、空が……?」

 

「どうやらあいつがいる限り、私の最大魔術は発動前に封じられるって訳ね。ジャンヌ、あの女と一人で戦っちゃ駄目よ。攻撃を防ぐのも止めておきなさい。

 面倒だけど策通り、あいつと戦神は私か隻狼が何とかしておきましょう」

 

「お願いします。あれは少し、我ら英霊とは……強さが異なってますから」

 

「そうね」

 

 魔術でもなく、魔法でもなく、権能でもなく―――理解出来ない神秘と奇跡。英霊の座における知識を得ているジャンヌではあるが、亜神となった自分を宿す聖女でも真実は啓示されなかった。

 あるいは、神だろうと知り得ぬ領域なのか?

 それとも、人では辿り着けない悪夢なのか?

 おぞましきはそもそもな話、この地獄を作り上げた二人――所長と灰がカルデアであると言う点。

 ジャンヌは初めて見たオルガマリーの暗い宇宙を……悪夢の夜空を見て、脳を掻き乱す狂気を感じ取れた。それは敵側の灰が宇宙を穿つ雷と同じ魂を狂わせる恐怖であり、英霊としてある種の使命感を抱かせる脅威でもあった。

 ……この者共は、世界を滅ぼす因子であると。

 世界を焼却した事件とは別種の、人の魂を焦がす闇であると。

 それは悪でなかった。人類悪には程遠く、況して人類愛な訳がなかった。

 けれども、それでもオルガマリー・アニムスフィアは信じたい。いや、信じなければならないと彼女の人間性が訴えていた。カルデアは話をして分かったが、ジャンヌから見て良き人だと悟る事が出来た。何より所長はマシュと藤丸が信頼するに値する人格者であり、通信越しで聞く男も怪しいが、確かな使命感を持って世界を救おうとしていた。

 そして、エミヤと言う男が協力している事実。

 恐らくはアラヤと契約した守護者だと判断可能な彼がサーヴァントとして、この世界を守る戦いに挑んでいるならば……―――と、思い悩むもそんな思考を斬り捨てた。

 悩んでいる時間など、ジャンヌにはもうない。最後の戦いが始まる前に、既にこの暗い夜空は教えられていた筈。だがそれでも尚、疑念はベタ付く粘液のように心へと張り付いてしまう。

 

「ジャンヌ。悩んでも、その疑念に価値はないの。無意味とは言わないけど、葛藤の時間は大切だけど、敵も味方も感じたまま決めるべきよ。

 だって、そもそもね……―――人類なんて、何処にもいないから」

 

「――――それは、どういう?」

 

「世界が一つ滅んだところで、人類にとって取るに足りない贄に過ぎないんだもの。犠牲とは、そもそも全体の利益の為に生まれた人の営みですから。

 ならせめて、自分が暮らす世界は守りたい。

 贄に選ばれようとも守るのが、人類として生まれた知性体の定めとあれば厭いはしないの」

 

「では、貴女は何の為に……この戦いを?」

 

「勿論、人類の為に。そして、未来を啓く黄金の時代を」

 

「オルガマリー・アニムスフィア……ならば、カルデアは―――」

 

「そこは別段ねぇ……まぁ、選ぶのは世間の皆様だから。

 魔術師である私はこの危機から守るだけで、未来をどうするかは文明にお任せよ」

 

「信じて良いのですよね?」

 

「見張るのが目的だろうと、別に貴女ならカルデアに来て良いのよ。

 むしろ、来て欲しいわ。尤もそれだってこの特異点を解決した後だし、人理焼却の阻止を共にしてくれるならだけど。

 一つ言えるのは、我らカルデアは貴女を歓迎しますってこと……盛大にね」

 

 それはどちらの“ジャンヌ・ダルク”に対して言ったのか。問わずとも、彼女は理解していた。恐らくは、もう未来を“見”えてしまっているオルガマリーの精一杯の誠意であり、自分が為せる最大限の助けであるのだろう。

 

「そうですか……」

 

 一言だけ、ジャンヌは呟く。そのまま戦線まで走りながら、二人は息一つ乱さず疾走。即座にジャンヌの疑問を垣間見て、それを解決して迷いを消す所長の手腕は恐ろしく、それを通信越しで“視”ていたロマニは彼女を恐ろしく思う。神や魔物、超常の存在は数“視”れど、ロマニからしてオルガマリー・アニムスフィアは精神的超越者だった。言うなれば人並みの精神性を持ち、だが超人を超えた上位存在の知性を持ち、そして叡智を渇望する狂人でもある。

 尤もそれらを別として、人格は信頼していた。

 故にその発言に何も言わず、戦場の観測に彼は一意のまま専念する。

 

『皆、敵性反応―――サーヴァントだ。

 接敵後、最初にぶつかる騎士と竜に紛れて、奴らが来る筈だ』

 

 カルデア陣営の全員に最後の警告が下った。これより先は、個人個人の戦闘が勝敗を左右する。

 

「ジークフリート……!」

 

「了解した、マスター」

 

 敵先陣。蝙蝠の翼を広げ、音速を超えて飛行する吸血鬼(ヴァンパイア)―――ヴラド三世。

 その彼を騎士団長とする精鋭部隊となる竜血騎士団がワイバーンに乗って追飛行し、何かに狂わされた声を洩らしながらカルデアを襲撃する。

 

「殺して……―――殺してくれ。

 余は罪を犯した。オスマンと人を断じ、人を喰い殺したのだ。カルデアよ、どうか慈悲を。死の慈悲を。余と共に、罪を犯された我ら竜の穢れた血に、どうか死の裁き!!」

 

「殺し、殺してくれ……―――許されない、我らは決して許されない」

 

「人なんて殺すつもりはなかった。人の血を、呑みたくなんてなかった!!」

 

「地獄に落としてくれぇ……俺は、この手で、妻と子を犯し、殺し、魂を貪った。貪ってしまったんだぁぁあああああああああああ!!」

 

「死なせてよ、死なせてくれぇよォォオオオオおああああああああああああああああああ!!!」

 

「死んで、我らは神から去る。地獄だ。この世は地獄だ……殺せ、ころせよォオオ!!!」

 

「死んで神になる。死んで神になる。シンデ紙になる。真で髪になる。真で死んで、死んで真でシンデしんで死んでカミにナル」

 

「殺してくれぇ殺してくれぇ殺してくれぇ殺してくれぇ殺してくれぇ殺してくれぇ殺してくれぇ殺してくれぇ殺してくれェコロシテクレェエエエエ」

 

 悪を失った亡者の群れ。腐った魂が浄化された悪鬼ならざる人の群れ。もし、もしも……邪悪に堕ちた人間が清められ、腐れを失い、善なる心のみが残されたとしたら―――罪は、何処に在る?

 その答えが、彼ら竜血騎士団の正体である。

 悪罪の具現とは即ち、贖罪の顕在で在った。

 犯してしまった罪科を滅ぼしたいならば、もう魂を焼く以外に亡者は救われない。

 人を殺して愉しんだ人でなしに転生させられ、人が人に行う凡そ全ての悪を実行したが故に、もはや竜血騎士に悪性は不要となってしまった。彼らの善性を麻痺させていた灰の絶望(ソウル)は最初の火に焚べられ、炉の燃料となってしまった。

 ―――殺して、欲しいのだ。

 闇は燃え殻となって残るのに、悪だけが灰も残らず消えてしまった。

 竜血騎士を動かしているのは、人に対する親しみに他ならなかった。

 生み出された闇は意志を持ち、伽藍の魂に入り込んで体を動かした。

 

「これが邪竜の血から生み出された本当の……―――私の、竜血騎士団」

 

 魔女は、慈しみを覚えた。憐憫の感情を獲得した。狂っていれば、腐っていれば、此処まで哀れにはならなかっただろうとほくそ笑んでいた。

 所詮は、ブリテンの残党。

 喰らい残しのフランス人。

 吸血鬼にさせられた奴らの大元を考えれば、哀れみは覚えようが、その末路に救いは与えない。死んで終わる事が救いだと思わせる程に絶望し尽くし、世界を救いに来たおぞましきカルデアの手で殺されてしまえば良い。

 

「でも憎悪って……本当に、始末が悪いわね」

 

 けれども、少しだけ暗い心が晴れて()く。魔女はただただ命令を。救われたいなら死にに逝けと、竜血騎士団に命じるだけである。

 ―――黄昏は、そんな彼らに対する終焉となろう。

 全てを竜殺しの勇者は理解していた。同じく竜血によって人を超越した彼は、騎士団の絶叫を心で解していた。その想いを込めて再度、ジークフリートは魔剣を掲げた。柄に仕込む宝玉を露出させ、刀身に真エーテルが凝固する。

 輝くは、竜の死―――バルムンク。

 罪人が相手なのだとしても、その罪が無理に背負わされた悪なのだとしても、勇者は乞われた死から逃れる事を良しとはしない。

 

「終わりにする、幻想大剣(バル)―――天魔失墜(ムンク)……ッッッ!!!」

 

 光の呑み込まれ、騎士団長ブラド三世と、その彼に従がっていた竜血騎士が消滅した。一切の抵抗をする気もなく、宝具を発動させる時間もなく、魔剣は魂を光で焼き切った。

 直後―――ジークフリートの背を狙う矢。

 弱点となる葉の形をした痣を狙う魔獣の黒矢は、しかし飛び出た触手が絡め取る。掌の先に出現させた異空の孔より所長は何本もの触手を召喚し、それを自在に操り、狩人による暗殺狙撃を防いでいた。その触手が掴んだ矢を圧し折った後、するりと暗い穴へと戻って空間から霧のように消滅する。

 

「狂ってるっぽいけど操られてる所為か、理性的なのも確か……」

 

 異形なる神秘の発露。対物狙撃銃に匹敵する矢に追い付き、空中で掴み取る絶技。一目で人を発狂させるナニカがあの穴の先に存在していると周囲を戦慄させもしたが、当の本人である所長は平然としていた。

 とは言え、他の者はもう慣れた雰囲気。助けられたジークフリートが一番驚愕してはいたものの、ああ言う魔術もあるのだろうとあっさり理解を示していた。

 

「……総力戦になるわね。でもその為に、まず暗殺は目障りだわ。すまないけどエミヤは、あの女狩人を仕留めなさい」

 

「成る程―――フ。ああ、了解したよ。では行ってくる、マスター」

 

「頼んだ!」

 

「任せ給え」

 

 直後―――ヒューマニティ・サーヴァントがカルデアを襲う。カーミラがエリザベートを襲い、小次郎がジャンヌに斬り掛り、サンソンがアマデウスの首を狙い、老デオンが忍びに発砲。既にエミヤはアタランテとの狙撃戦に移行し、一気に各個分断されてしまった。

 所長の計画通り。

 だが、危機でもある。

 

「あっはっはっはっははははははははははははははは!!」

 

 何も面白くはないが、嗤わざるにはいられない。一匹のワイバーンに立ち乗る魔女は、嘲笑の声を恥もなく意識的に上げ、戦場に黒い炎の雨を降り注がせた。竜血騎士に当たろうとも、何も構わなかった。

 どうせ、殺すべき怨讐の屑。

 此処で死ななかった騎士も最後は殺すだけ。

 この国ごと、人の営みを否定して焼け野原にするだけ。

 

「あぁぁあああああああああ!!」

 

「魔女、魔女ぉ……―――魔女ぉぉおおおおおおお!!」

 

「焼ける、焼けるよぉ……死ねるよ。ありがとう、殺してくれて、ありがとう!!」

 

「殺してくれ、俺も早く焼き殺してくれぇ……!!」

 

「あーひゃっははひゃはああああああああ!!」

 

 日照りが何週間も続き、水を失った人々のように、騎士らは火の雨を喜んだ。サーヴァントは巧みに火炎弾を避けるも、騎士はむしろ喜んで火達磨になり、進んで灰となって死んで逝く。

 元凶は燃え、ソウルは焚かれ、だから何なのか?

 強制された。無理矢理だった。知らなかった。分からなかった。理解出来なかった。洗脳されていた。それら全てであろうとも、記憶として魂に罪が記録されていた。

 

「この魔女めぇ……この、魔女め……カルデアめ!!」

 

「お前も死ね。みんな死ね死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね、早く俺も死なせて死ねぇ!!」

 

「貴様も死んで、皆死んでしまえ、カルデアもフランスも死ん死んシシシイんで、死んで殺してくれてありがとうぅううぅ!」

 

「ジャンヌぅうううううああああカルデアァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「虐殺者、人でなし、カルデア、ありがとう。俺らを、オレラを、もっともっと早く殺して救ってくれぇ!!!」

 

 燃えてしまえば良い。焦げてしまえば良い。カルデアは、竜の魔女によるそんな業の営みを見てしまった。正しく魂が呪われる人間共の惨劇であった。

 だから、盾で斬った。叩き潰した。

 そして、マシュはこの瞬間―――悟った。

 吸血鬼じゃなかったんだと敵の正体を理解してしまった。彼らは自分と同じで、何かを魂に憑けられ、力を与えられ、だがしかし悪性の意志に染まっていただけ。元から邪悪を喜ぶ人間も吸血鬼にされていたのだろうが、その悪性も暴走された結果に過ぎなかった。

 ―――人殺し。

 ―――虐殺者。

 ―――殺戮者。

 化け物にさせられて、人殺しをさせられ、今は魔女にもカルデアにも殺される。

 

「あ、あぁ……ぁああああああああああああああああ!!」

 

 魔力防御を術式で刃状に変化させ、その盾を振り回す。一振りで騎士を纏めて五人は両断し、離れた場所で飛ぶワイバーンを仕込み貫通銃で銃殺。更に義手のマナブレードを高出力で振い、自分を襲って来た騎士をその剣と鎧ごと真っ二つにして殺した。

 だが、それでも相手は吸血鬼。人間だった怪物。

 死体は肉片一つ残らずに灰となる。人間だとマシュは思ったのに、殺したヒトが灰になった。

 それは人の死に方ではなかった。資料に書かれていた通り、生命を失った吸血種の死に方だった。マシュが幾ら彼らに慈悲と憐憫を覚えたとしても、もはや吸血鬼は人間ではなかった。人と同じ善なる精神を甦ったのだとしても、殺戮を行う闇の意志に操られる血袋人形でしかなかった。

 支離滅裂な狂った言葉なのに、そこにあるのは感謝のみ。

 死に向かわせてくれる魔女に、殺してくれるカルデアに。

 竜血騎士は終わりに辿り着き、惨たらしく絶命する末路。

 マシュ・キリエライトはこの時にやっと、自分が何者なのか悟ることが出来たのだろう。後悔があり、罪悪があり、それでも尚、彼女は震える心のまま戦えている事実。

 誰かを守る盾ならば、人を害する武器となる。

 自分の願望を持たずとも、与えられた使命感のみで闘争を臨む者。

 マリスビリー・アニムスフィアに人造された半人半魔にして、オルガマリー・アニムスフィアに運営される人工兵士。考えるまでもなく、矛盾など欠片もなかった。

 人を殺し、魔を殺し、何時かは―――神をも殺す。

 こんな作られた英雄モドキをジャンヌは赦し、そして友人だと偽りなく告げてくれた。ならば、この十字盾を持つ自分が迷ってはならないとマシュは鉄の決意を歩み出し、重い凶器を理性的に振い抜く。マスターを殺そうと走り寄りながらも泣き叫ぶ吸血鬼の頭蓋骨を狙い、血塗れた英雄の盾で敵の兜ごと粉砕した。

 ぐちゃり、と脳漿が飛び散る。

 死体ごと地面に踏み込み、また違う吸血鬼を殺す。

 

「―――――……」

 

 そんな光景を、藤丸は背後から見るしか出来ない。守られる事しか出来ない。戦場には風が舞って、吸血鬼の騎士が死ぬ度に灰が吹き荒れた。その灰は罪人にさせられた犠牲者の断末魔であり、どんな叫びよりも軽かった。無機質なただの灰塵だった。

 戦いから目を逸らさず、その上で藤丸は見た。

 ワイバーンに乗る竜の魔女。何もせず、見下すだけの灰と戦神。そして、一番後方で飛ぶファヴニール。

 

「……え―――?」

 

 オォオン、とその邪悪なる巨竜は現れた。雄叫び一つ上げず、あろうことか上空に空間転移を行って襲来。つまるところ、高速神言による魔術が可能な程の知性を持ち、尚且つそれは竜種の魔術師であると言う事を示していた。

 魔術師(キャスター)を喰らって得たのか、あるいは元より神に並ぶ魔術師だったのか?

 真相は分からないが、邪竜の魂は全盛のソレと成り果てているのは事実。唯一人だけを睨み、闇を喰らう邪竜は咆哮さえせず暗い炎を瞳から撃ち放った。

 

「ぐぅ……ッ―――ぉぉおおおおおおおおおお!!」

 

 正に閃光。睨みの竜眼が、竜殺しを狙撃する。ジークフリートは正面から魔剣で受け止め、上空に弾き流す。余波の熱波で肉体が大火傷をするのが通常であるが、血鎧により全て無効化。だが、黒い騎士が隠れていた。狂い果てた狂戦士が雄叫びを上げて……いや、それは罪に悶える悲痛な嘆きか。だがどちらにせよ、悲鳴と絶叫を混ぜた狂気の声は構わず響き、ワイバーンから飛び降りることでカルデアを上空から襲撃する。

 狙う背中、竜殺しの――弱点。

 しかし、それを見抜けぬ所長に非ず。敵となる的を視認せずに曲芸撃ちを披露し、空中で気配を消しながら落下する黒騎士を撃墜。されど超常の絶対技量を誇る男は、手に持つ剣で水銀弾を弾く。吹き飛ばされるも宙で体勢を整え、着地と共に刺突の構えで突進。

 

「はぁぁああああああああ!」

 

「Aaa■■◆◆◆aaAa――!」

 

 ギィイン、と剣と盾が鈍い金属音。

 けれども、衝撃がお互いを襲った。

 刹那と短く硬直する間。マシュが義手を仕込剣にし、コジマ式魔力光波(ゲッコウ)を一閃。とは言え、その仕掛(ギミッキ)動作(モーション)黒騎士(ランスロット)は学習し、あっさりとバックステップで回避。

 

「来てくれ……ッ―――!!」

 

 そして、藤丸は全ての準備を終えていた。白熱する令呪は、即ちカルデアの大規模動力炉心と連結するエネルギーライン。それは原子力発電所を遥かに超える力と、何でもない人間がたった一人で繋げらているのと同じ。

 余すことなく神経に電撃が疾走。

 細胞が溶解する熱量が彼を襲う。

 既にアーチャーは召喚済みなのを思考し、決戦用に三騎へ呼びかけた。

 そのカルデアより来たりし英霊の影は、セイバー:アルトリア・ペンドラゴンと、ランサー:クー・フーリンと、バーサーカー:ヘラクレス。

 一瞬だけ動き止まった狂戦士を前に、所長とロマニは計画通りと思考。あれの正体が分かれば、知人を出せばその者によって戦意が落ちるか、もしくは戦意が向かうかのどちらか。理性を失ったバーサーカーであるならば尚の事。狂気に精神汚染されたランスロットは、アルトリアの影を見てしまった。

 全て思い出し、彼は更に狂い出す。生まれ故郷であるフランスで積み上げた所業と、生前に犯してしまった罪科が混ざり合い、回り巡り、狂い溶け―――発狂した。何もかもが混沌に落ちて逝った。

 

「―――Arrrrrthurrrrrrrrr!!!」

 

「―――◆■■■■◆■ッ!!!」

 

 ならばと、大英雄の勇猛なる咆哮が轟いた。

 

「藤丸。良いのね、なんてもう聞かないわ。命じます……―――戦え、貴方の契約と共に」

 

「―――――――ッ……!!」

 

 思念にて影を命じた。竜と、英霊を、吸血鬼を倒せ、と。心の中でも殺せとは言えなかった。だが、四肢を捥いでも戦闘を続行するワイバーンと竜血騎士を倒すには、生命活動を停止させる以外にない。殺すしかない。

 人間でなく、人間を食料にする化け物なのに―――人間にしか、今はもう見えない。

 殺して欲しいと贖罪を求め、死なせて欲しいと懺悔を吐く人外を止めるには、手段は一つしか残されていないのだと分かっていた。その人生を救うには命を奪うしかないのだと、藤丸立香は心の底から理解(ケイモウ)させられていた。

 

「強いな。皆、強い……」

 

 千切れる吸血鬼。落ちる飛竜。カルデアの策通り。騎士王は攻防自在の鉄壁で、光の御子は獣も騎士も構わず瞬殺し、大英雄は一振りで敵を纏めて鏖殺した。契約者である藤丸が感じるのは、血飛沫を上げて死ぬ敵の姿と、断末魔と、嬉しそうに贖罪を受け入れる感謝の言葉。

 脳が、一秒経つごとに麻痺を深める。現実を、受け入れる。

 しかし、全て分かっていた事。認識すべきなのは、暴れるランスロットを抑え付けた結果であり、要であるジークフリートや皆がファヴニールに集中出来るこの状況。それでもワイバーンに乗る竜血騎士は与えられた“使命”のまま、藤丸らに襲い掛かった。

 

「藤丸、気を付けなさい!」

 

「……清姫。あぁ、そうだね。ありがとう」

 

「――――ッ……!」

 

 騎士の乗るワイバーンから吐かれた火炎を清姫は火で防ぎ、逆に彼女の火炎に呑み込み、敵の軍勢を一気に熱波と噴流で焼却。笑いながら清姫に感謝して死ぬ騎士は見ると、彼女はどれだけの理想と大義名分が此方側にあろうとも、人が人を殺すと言う単純明快な真実を無理にでも啓蒙させられる。

 そんな清姫が咄嗟に守った藤丸は完璧だった。周囲を警戒し、サーヴァントに思念で的確な指示を出し、マシュや他の仲間も気を使い、藤丸はその能力と五感と第六感をフルスペックに使い潰す。文字通り、命を賭して命を削り、命が潰れる間際を見極めている。

 チキンレースを超えたデッドレースを平常運転する心理状態。生を渇望し、死に恐怖し、危険を厭わない。藤丸はマスターとして、ある意味で完璧なのかもしれない。精神的な面ならば、素質があり、不幸なまで才能もあった。

 冷静なのは良い。気力もあり、使命感もある。

 けれども、藤丸は現実を受け入れ過ぎていた。

 嘘を見抜く清姫は、手に取るように少年の精神状況が分かってしまった。愛に狂わぬ彼女は冷静に、あるいは冷徹に、まるでオルガマリー・アニムスフィアのように精神解剖を行えてしまった。

 

「現実を拒絶しなさい。貴方は、貴方のその諦観に抗いなさい!」

 

 このままだと拙いと実感する。恋人でも、旦那でもない少年ではあるが―――それなりに、好ましくはある男。愛してなどいないが、無垢な善き人のマシュが好ましく思っている殿方が相手。このまま見て見ぬ振りし、心が崩壊する最初の切っ掛けを踏ませるのは目覚めが悪い。

 忙しい戦闘中ではあれど、清姫は藤丸を守りながらも言葉が必要だと感じていた。

 

「駄目だ。罪は受け入れないと……駄目なんだよ」

 

「いいえ。罪はありますが、けれど誰も貴方に罰は与えられません。貴方自身でも」

 

「それは、何故?」

 

「酷な言い方でありますが……結局のところ、誰かがやらないといけない事だからです。そして、聞いたカルデアの状況からして、それは貴方にしか出来ない役目でした。望んでしている事ではないでしょうが、それでも生きたいと望むのでしたら、その選択は決して間違いではないのです。

 ……これは生存競争でもあります。

 規模は違いますが、例外なく全人類がしていること。

 生きる為に戦う事は、この星に生まれた生命の在り方なのですから」

 

 藤丸の前で彼を守り、人と竜を焼きながら、執念と愛憎で竜となった女が彼を肯定した。それでも強引に焦がされながらも近付く敵には、炎の扇で火風を煽ぎ、全身を一瞬で灰に変えて焼却する。

 

「そうそう、清姫の言う通り。お金を払って雇った職員に人殺しさせてるのは、そもそもカルデア所長である私、オルガマリー・アニムスフィア唯一人。

 悪事を働いた奴ら以外に罰を受ける何者かが必要なのだったら、カルデアの責任者が全ての責任を負うのが道理ってものですからね。貴方が血に汚れていると感じてるのなら、それはもう酷い勘違いって話ですから」

 

 左手のガトリング銃で敵を薙ぎ払うように蜂の巣に変えながら、何時もと同じく獲物を狩り続ける所長は笑った。 

 

「……そうだね。まだまだ未熟。

 俺はまだ、迷える程に苦しんでない。戦場を、生き抜いていない!」

 

 守られながらも、少年を叫ぶ。そして、宙より彼の信念を称賛する拍手が響いた。戦場の轟音の中、小さく聞こえない筈の音なのに、脳髄と神経で繋がる耳の鼓膜に良く鳴る拍手であった。

 

「血を棄てた戦神さん、見えますか……―――あれが、人間ですとも」

 

「………」

 

 まるで天使のようだった。光る柱が舞台を照らすスポットライトのように灰を輝かせ、彼女はワイヤーで吊るされた舞台俳優みたいにゆっくりと地上に降り立った。隣にいる戦神も嵐を纏い、木の葉のよう静かに舞い降りた。

 

「アナタ達は私が相手をするわ、アッシュ・ワン。凄く面倒臭いけど!」

 

「―――ええ……オルガマリー」

 

 ガトリング銃から瞬間的面制圧が行い易い散弾銃を所長は敵に向け、しかし灰は貴族よりも貴族らしい華麗とも言える動作で一礼。さながら中世の特権階級でもある騎士の姿であり、誰もが憧れる守護者(ナイト)の幻想を体現するかのようだった。パラディンの一人と言われても不思議ではない。だが逆に、戦神は不動明王の如き威圧のまま身動きせず、敵全てを見定めているのみ。

 オルレアンの焼け野原。最後の戦い。

 竜狩りにして、神狩りの戦が始まろうとしていた。











 読んで頂きありがとうございました。
 との事で、前書きの続きとしてネオ・アトラン!とオリュンンンンンンポスのちょっと感想を。ンンンンン、バリツビーム!
 ぶっちゃけ、原作者の世代的に海底2万マイル、ネモ、ノーチラスと来れば、ネオ・アトランティスでホーミングレーザーは子供の頃に見たアニメの浪漫じゃないかなと懐かしみました。むしろネモやらノーチラスと揃って行って、アトランティスに行くとなればやるしかなく、そして宇宙から来た古代超テクノロジーとかなると、もうそれしかないじゃんと思いつつ、自分は最高に面白かったと感じました。バベルの光役もありましたし、あのBGMもあの雰囲気にあってましたから。なので知らない世代からすれば新鮮で、知っている世代だとノスタルジーを感じられる舞台設定だったかと。
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