血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙29:仕切り直し

 剣は重く、技は鋭い。

 旗は鈍く、声は遠い。

 

「殺し合いの最中、台詞を話す舞台で演じる役者ではないが……そうだな、気も狂っている。ならば、信条に逸れた気紛れも有り得よう。

 魔女ならぬ聖女、ジャンヌ・ダルクよ。

 他者からの助けが無くば、お前は此処で死ぬ。今行っている時間稼ぎが最適解の戦術であり、そしてお前の死は戦線の瓦解を意味する」

 

「はぁ……はぁ……それが、何か?」

 

「なに。このような無駄極まる会話は、お前にとっても良き流れの筈だ。そうつれぬ態度を取るでない。だが分かっていよう。

 あの魔女は、存在しない者。

 憐れな水子にお前が勝とうとも―――誰も、救われぬ。

 特異点の出来事は無かったことになろうとも、失った命は世界が戻っても調整されるだけよ。聖女も、魔女も、生きる事そのものが人理には赦されておらんだろうに……―――いや、しかし道理はまたズレた。

 あの灰なる女が炉の源を灯したならば、それ以降の惨劇は人間の範疇に非ず。

 焼かれた魂は、あの闇の孔から全て解放されたとも言えるだろう。カルデアの勝利によって特異点が消えた後、さて燃えた魂と失われた命が如何なる末路を辿るかは、正に神のみぞ知ると言うことだ」

 

「―――貴方は、何を……知っているのですか?」

 

「今や、この身は炉の契約霊。肉を持つ亡霊よ」

 

 殺気を出し、お前を殺すと宣告。その後に聖女の生首を狙って物干し竿を振い、故に彼女は侍の一閃を防ぐ事が出来る。殺さぬように、侍の殺意は啓示を刮目させたのだろう。

 だが、既にもう一閃が放たれている。狙いは首。

 彼女は刃をまた防ぐも、また直ぐ様に死が翻って刃が閃いた―――死ぬ。如何凌いだ所で、侍の心眼を越える攻撃手段を持たないジャンヌは死ぬしかない。旗で身を守り、啓示に身を任せ、神域を踏破した剣士の斬撃の中を生き延びる事だけに専心。気の遠くなる臨死を幾度も超え、首に何本もの斬り傷を作りながら、それでも霊核を斬り落とされることなくジャンヌは逃げ切った。

 その姿を称賛しない侍ではない。相手が剣士ならば、あるいは闘争を尊ぶ戦士ならば話は違う。彼は深く息を吐き、剣戟をまた一旦中止した。後もう少しの時が過ぎれば、彼の思った展開に運ばれる。

 

「死ぬ為に死力を尽くし、世界を救う為に命を捧ぐ……あぁ、そうだとも。既に死した英霊ならば、それも良い自己犠牲だろう。

 ……だがお前は、今を生きる人間だろうに。

 人を救う英雄を求める民衆の声に、死ねと人理に求められるジャンヌ・ダルクが応える必要なし」

 

「呪われた身で、哀れんでいるのですか―――この、私を」

 

「宿命は祈りかもしれん。だがその運命は、死の呪いだろう。

 私も憐れだが、貴様もまた哀れ。その首を落とすのも、告白すれば気が滅入る……」

 

「ならば此処で倒れなさい!」

 

「すまぬな。まだ死ねんのだ」

 

 再開される殺し合い。話した通り、会話など侍の気紛れだ。だからまた始まるのはジャンヌの首が弾け刎ねるまでのチキンレース。どう足掻こうとも闇に汚染された佐々木小次郎の技巧はジャンヌ・ダルクの遥か上を行き、啓示による先読みがなければ一閃も防ぐことは出来なかったことだろう。

 しかし―――聖女の読みは違えない。

 時間稼ぎが最適と悟ったように、助けが来るのが間に合うのも必然でもあった。

 

「ボエーェェェエエエエエエエエエエ!!」

 

「―――――ッ」

 

 大気を振動させる凄まじい音痴(ゼッキョウ)。だが小次郎は音よりも遥かに迅速な刃を振い、振動音波を一振りで切り捨てた。

 彼は鼓膜が破れ、脳が内部破裂する状況を容易く回避し―――

 

「まだだね!」

 

 ―――麗しい音が、小次郎にまた迫る。

 騒音を放ったエリザの隣にはアマデウスが立ち、振ったタクトより音撃が走った。しかしそれさえも、大気を断つ小次郎の刃からすれば、切れない道理が存在しなかった。

 

「ほう、三対一から。いやはや―――」

 

「―――竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)ッ!」

 

 迫り来る光の槍。剣の刀身から発射された竜殺の宝具だが、それを察知出来ない小次郎ではない。心眼の持ち主である彼は攻撃される前に危機を察し、真名解放される前に回避行動に移っていた。

 

「三対一ではありません。今から四対一となりましょう……―――小次郎殿」

 

「おぉ、ゲオルギウス。久方ぶりだな。このような邂逅は心が痛むが……なに、今や痛む心も失った身。殺し合うだけならば聖者の剣技、存分に味合わせて頂きたい」

 

 難民の避難を終わらせ、そしてフランス陸軍の説得に成功したゲオルギウスは、急いで戦地にこうして戻って来た。目立つのはファヴニールと戦闘をしている最前線であったが、その通り道で敵に襲われていたジャンヌを見捨てる事は出来ない。また戦力も味方側が揃っており、ゲオルギウスが加勢すれば、勝敗も素早く決める事が出来よう。

 

「だが、こうも数が多ければ多勢に無勢。

 我が空中殺法、刮目すれば―――その身、その命、一振りにて、貴様ら四人を四散させよう!」

 

 小次郎は跳んだ。剣を構えたまま全力で空に上がり、全員が彼を見上げた。空中殺法と言うその名を聞き、剣士が対地魔剣を持つ事を少しだけ疑問に思うも、そもそも相手は剣技だけで平行世界の壁を超えた剣神に他ならない。斬撃を飛ばそうとも不可思議ではなく、空中剣技なるものを会得していても可笑しくはない。

 魔剣士―――佐々木小次郎。

 男は跳んだ空の上で、自分の下を通過した飛竜に着陸。そのまま何をする訳でもなく、平然とそのまま飛び去った。

 

「―――逃げたぁぁぁぁああああああ!?

 あいつ逃げた超逃げた、なにそれウッソマジ有り得ない!!!」

 

「マジかよ、そこで逃げるか普通!!」

 

「あの優男……!!」

 

「流石、小次郎殿。英霊をも殺すその殺気、見事に騙されました」

 

「言ってる場合かしらオジサマァ! なんかちょっとアレな格好良いポーズをサムライが空中で決めて、素知らぬ顔で行っちゃじゃないのよ!!

 あいつ、精神汚染でもされてんじゃない!!?」

 

「あのエリザから見てもそう思われるとなりますと、やはりあのアサシンも―――」

 

「―――ちょっと、ジャンヌ。それ、どう言う意味?」

 

「いえ、別に」

 

「ふざけている時ではありません。急ぎますよ!!」

 

「そうだよ……ったく。ドラサバと聖女様も、早くあいつを追い駆けるんだよぉ!」

 

「分かっています……あ、それと―――助けてくれて、ありがとうございました」

 

「良いのよ。だって、仲間じゃない?」

 

 ワイバーンの上で両手を上げ、何かを賛美するかのような姿で此方を見下ろす群青色の侍。優雅に微笑みながらも、何か善からぬモノに精神を汚染されたとしか思えない行動と仕草。強いて言えば、侍は何故かYの字でポーズであったのだ。

 

〝しかし、このポーズ、太陽万歳とは全く。あの女、良からぬ知識しか与えんよな。明鏡止水に至らねば、発狂は必然であろう。その上、この気を抜くと自然と相手を煽る精神性、ある意味感服出来よう。どのような地獄で死に続ければ、こうなるのやら。

 南無阿弥陀仏(なんまいだー)南無阿弥陀仏(なんまいだー)……南無阿弥陀仏(なもあみだぶ)。念仏も効果なし。死なねば取れん類の魔物か”

 

 暗く汚染された自分の脳髄に心中で小次郎は嘆息し、咄嗟に取っていた決めポーズを解除。気配はまだ後ろから途切れていない。勿論のこと、小次郎と戦っていた四人も驚愕の余り要らぬ会話を挟むも、行動を止めず喋りながら彼を追って疾走を素早く開始していた。逃がす訳にはいかないが、それを邪魔するようにワイバーンに騎乗した竜血騎士が道を妨害する。

 侍の視線の先、そこは最前線の激戦区。竜と竜殺しとその仲間たちが命を削り合い、灰と雷神を相手に狩人が痛めつけられている。しかし丁度、侍が最前線に撤退し始めた頃、エミヤと忍びが殺される寸前で平然と持ち堪え続ける所長の援軍として到着。戦場の混沌模様が更に上昇しているようだった。

 注視するのは、やはりどうしても―――天文台の忍び、隻狼。小次郎からしても、狼の技は限界を超えた業。血の滲む剣術と言う次元を超え、死が滲み出た殺戮を鍛錬とした技巧。殺し合いたい、斬り合いたい、と渇望するのが自然であった。そして、灰が召喚した槍使いの雷神と闘う姿を見れば、神殺しであると言う事も一切否定は出来ないだろう。

 ……どうやら、敵陣営も戦力が集中している様子だと小次郎は察する。そして殺されたのが、自分が所属する魔女陣営側だけだとも理解した。状況的にゲオルギウスがフランス陸軍をこの戦場にまで援軍として呼び込んだ事も見抜けており、そのような報告が念話で知らされてもいた。

 

〝しからば……稀には、アサシンらしく隠れ潜むのも一興”

 

 騎乗するワイバーンから飛び降り、上空から肉体を一刺しに貫通するのも良いだろう。小次郎の落下地点は一つ―――オルガマリー・アニムスフィア。敵の中であの女が一番厄介であり、誰よりも強い確固たる“意志”を有している。それはまるでドロリと濃厚で、心臓を握り潰す絶望的なまでの存在感。正しく血の様に鮮烈な狩人の発露。

 戦意を刺激する女の気配。侍は躊躇ない。

 飛び降りた直後、本当に千分の一秒もしない間―――絡む視線。

 明鏡止水の暗殺が行われる前に悟るには、果たしてどれ程に奇襲と暗殺を潜り抜ければ良いのか分からない。だが、小次郎は宙を落ちる自分に銃口が向けられている事実自体が喜ばしい。

 

〝あのサムライ―――虚無の心得ね。実に啓蒙深い。

 だから、瀉血しなければ発狂死させる我が瞳の眼光をも防ぐ灰の人間性(ヒューマニティ)を受け入れても、まだ個別の意識を消滅させない”

 

 特異点冬木にてレフの脳髄を狂わせ、しかし瀉血によって防御された血の啓蒙汚染。灰による人間性は血液さえも啓蒙させ、だからこそサーヴァントは気が狂う程に、炉となったソウルの闇から魂を祝福されていた。脳味噌が蛞蝓となり、脳髄が上位者に寄生されている所長は、言わば半人半魔。人域で可能な啓蒙の先を進み、故に上位者だけが宿せる神秘なる虫を持ち、その寄生虫が嘗て狩人と呼ばれた赤子の上位者でもあった。

 寄生した狩人の瞳が魔物と同じ無貌の暗い孔であるように、脳から飛び出た所長の瞳が魔物の月光であるのだろう。

 その気になれば一目でサーヴァントを狂い殺すオルガマリーは、本来ならば自分と同じヤーナムの狩人にしか狩り殺せない化け物である。例外があるとすれば、あの冬木で出会った霧を宿すデーモンスレイヤーか、闇の炉を持つアッシュ・ワンか、瀉血による発狂自動防御を持ったレフ・ライノールか、それくらいだった筈。

 だが、この特異点の敵は全て炉の人間性を持つ者のみ。

 ヤーナムの狩人と同じで、この特異点は灰によって所長を狩ることが可能。

 

〝―――おぉ……秘剣の煌きで垣間見たこの世の理。

 それと似た無意識からの目覚め。成る程、成る程、あの灰なる女怪が言った事は、真実そう言う領域であった訳か!”

 

〝魔法の理を知った者の瞳。人の業によって無なる夢を啓蒙された侍。貴方は、私と同じ人の身でそこまで辿り着き、そして我が啓蒙を受け入れる闇さえも、その精神にて受け止めた”

 

〝しかり。血濡れた妖魔の女よ。

 だが、もはやこの身も亡霊ならぬ邪霊。一手、この地獄にて―――死合おうぞ”

 

〝狩りの御誘いなら―――喜んで”

 

 その短い時間。光速を超えた零秒の間にて、侍と所長は互いの思考が繋がったような錯覚を得たが、斬り合いと狩り合いに専心。

 

「「―――――ッッ!!」」

 

 パン、と銃声が鳴った。

 キン、と刀身が奏でた。

 上空の侍に向けた所長の攻撃。その衝突を利用し、侍は宙を舞い、次弾もまた回避。

 

「……フッ―――!」

 

 そして風を足で踏み込む事も、音を斬殺する侍には不可能ではなかった。空気も物質であり、人が水中を泳ぐように、サーヴァントとして備わった魔力操作による放出技術も応用し、彼は素早く地面に降り立った。戦力比率は魔女側に偏り、所長が侍を抑えるとなれば、エミヤと忍びで灰と戦神を抑えなければならないだろう。

 

鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)―――!」

 

死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)―――!」

 

 しかし、既にレンジ内。遠距離火力支援による音撃砲門の轟き。所長による音響防御の術符が皆には配られており、味方の鼓膜に多少ダメージが出ようとも構わず、戦場全てを激震させる爆音が鳴り響いた。

 霊核の崩壊まではいかないが、脳を揺るがし、血反吐を漏らすには十分。

 対策を立てていない魔女陣営の者共は、鼓膜を破られ、行動を封じられることだろう。

 

「―――吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)

 

 ワイバーンより戦場に飛び降りた魔女の宣告。遠距離から放たれた音波の前に、黒い竜炎が立ち塞がる。酷く落ち着いた静かな真名解放は、怨讐に染まった言霊そのままに火が焚かれ上がる。更に味方が死ねば死ぬ程に火力が上がる復讐者の火炎は、既に味方の騎士団と飛竜を虐殺された魔女の憎悪のまま最大限まで高まっていた。魔女たちを襲った音階の壁は、しかし黒炎が逆に飲み干し、救援に来た四名を焼却せんと猛り狂う。

 

「はぁぁあああ……ッ―――!」

 

 とは言え、相手は啓示持ちの聖女――ジャンヌ・ダルク。

 その程度の危機を先読み出来ない英霊憑きの人間である訳がなく、既に真名解放をして準備万端。聖なる旗が黒い火を遮り、背後にいる仲間三人を当然の如く守り抜いていた。

 

「聖女ジャンヌ・ダルク……―――そう、そこまで生き足掻くのね」

 

 佐々木小次郎に聖女の四肢を斬り落とし、生け捕りを命じたのは魔女自身。戦闘中の小次郎は首狙いではあったが、それは相手の隙を作り出す為であり、防御姿勢が崩れれば即座に達磨となる手筈だった。しかし念話からの報告通り、その作戦は失敗だったと目視で確認が出来た。

 

「Gigyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

「クッ……貴様、ファブニール―――!?」

 

 振り落とされる黒い巨竜の前足をジークフリートは剣技と堅牢な肉体で抑え込み、だが勢いは殺せず地面に二本の足跡を残しながら後退。衝撃波は凄まじく、隕石落下によるクレーターを思い起こさせる破壊痕であり、後ろにいたマシュと清姫と、そしてその二人に守られていた藤丸も吹き飛んだ。

 バーサーカー――ランスロットは、その好機を見逃さない。四人に迫る。

 しかし、竜騎士狩りを行っていた英霊の影――ヘラクレスが空間を粉砕する程のフルスイング。ランスロットはその一撃を受け流すも、威力を殺し切れずに地面を転がる。他にも召喚されていたアルトリアとクー・フーリンも戦線に戻り、騎士や飛竜の相手をゲオルギウスの説得に応じた“ジル”元帥率いるフランス陸軍が勇敢にも行っていた。

 戦局は更なる混迷を極めた。誰がどうなるか読み切れない混戦となる。

 混沌とした戦場が生み出され、誰もが一秒後の死を疑問に思わず、だがそれでも尚と敵を倒す為に足掻き続けるのだろう。

 

「何と言うことでしょうか……―――此処まで、此処まで来ましたか。ついに、こんな所まで追い詰められましたか。

 我が聖女ジャンヌ・ダルク、何故ですか?

 何故、自らが救われた筈のこの世界を拒むのですか?

 我らの魔女となった貴女自身の言葉を―――何故、貴女は否定するのですかぁ!?」

 

 血涙を流し、狂気を垂れ流す魔術師の英霊(サーヴァント)。灰の人間性(ヒューマニティ)を受け入れながらも、しかし自己の魂から生まれる感情に汚染された胡乱気な瞳。

 キャスター――ジル・ド・レェ。

 魔導元帥ととある者に命名された救国の英雄の成れの果て。そんな彼は人革の魔導書を握りながら、自分の仲間である騎士や飛竜を生贄に捧げ、どんな人間でも聞き逃せない悲痛な叫び声を上げていた。

 

「―――ジル、もうやめなさい!!

 過去を変えても、何も変わらない。我々は、無かったことになんて出来ないのです!」

 

「それは違う。違う、違う違う。断じて、貴女だけはその正論は言う資格はない。何故ならばジャンヌ、今の貴女は未来を知っただけの……今を立派に生きる―――ただの人間だ!!

 生存を求める事は罪な訳がないでしょう!?

 自らの幸福を願うことが許されない訳がないでしょう!?」

 

 男は、確かに信念を持っていた。重い意志を抱いていた。暗く狂っているが、そこには信仰を捻じ曲げても貫きたい人の想い―――人間性が、確かに存在していた。

 

「貴女が人として生きることこそ我が望みであり……ジャンヌが幸せに生きる世界を求めることに、一体なんの間違いが有ると言うのですか?

 その為の特異点。その為の我らと―――我らの魔女、ジャンヌ・ダルク。私と同じ死者である彼女は貴女自身から生み出た成れの果てであり、生前のジャンヌ・ダルクこそ母親でもありましょう。侵略者と故郷の復讐を願いながらも、だからこそジャンヌは私がジャンヌの幸福を願う事を許して頂けました。

 血と贓物でそんな未来を作り上げてこそ、最高のCOOL(クーゥゥゥウウウル)!!

 魔女裁判で火刑に処されたジャンヌ・ダルクにとって、魔女となったジャンヌにとって、有り得ない幸福な未来を生前のジャンヌに与える事が、最高の報復に違いないのだと!!」

 

 救いたいと求める献身が地獄の根源。今を生きる人間一人の未来を守る為だけに、この男はこんな地獄を作り上げた。狂気に汚染された精神だろうとも、綺麗な願いは綺麗なままだった。悪に落ち、罪を犯し、だからこそ願望だけはずっと変わらなかった。

 仲間となってくれた灰に助けられ、その灰の助言を聞き入れ、彼はこの特異点(セカイ)を守る為だけに戦っていた。

 理解者は―――唯一人。

 アッシュ・ワンと名乗る灰だけが、ジル・ド・レェの人間性を受け入れていた。

 

「故に分かっている筈です。人では無くなった英霊の聖女に憑かれただけの、生きた人の魂である貴女は、救われなければならない。

 だから、殺した―――救国ではなく、個人の救済の為に。

 だから、救った―――人理ではなく、呪いの焼却の為に。

 世界など捨てなさい。故郷も棄てなさい。ジャンヌ・ダルクよ、死んで英霊になったジャンヌ・ダルクなどに耳を傾けるのはもう止めるべきなのです!」

 

「――――ぁ……ダメ、駄目です。

 アナタたちは、母さんを殺した。家族も皆、私が助けたかった皆を殺した。死ぬ筈だった私なんかのためにぃ……!!?」

 

 啓示とは、ジャンヌの脳を啓いて示す。何かもが真実で、嘘が一つもないことを彼女に悟らせた。それでも尚、ジャンヌはジルの想いを否定しなければならない。生前のジャンヌを救う為に思った、魔女となったジャンヌの復讐に込められた怨念以外の感情も拒絶しなければならない。

 何故ならば――彼らは虐殺を行った。

 侵略者を皆殺しにした後、故郷であるフランスで人々を殺し回った。

 

「安心して下さい。甦らせましょう」

 

「ぇ……――――?」

 

「復讐を我らが終えた後、この地獄は貴女に差し上げましょう。聖杯も思う儘にすると良いでしょう。我らが殺した死人を、貴女の意志であの世へと呼び掛けなさい。

 そして記憶を失くした貴女は、生きるのです。

 聖女などと唄われる前の、血に濡れる前の貴女に戻り、人生を謳歌するのですから」

 

 ―――嘘ではない。

 それを理解したからか、ジャンヌは思考回路が完全に停止した。

 

「死者が、戻るのですか……?」

 

「はい。聖杯は無尽蔵の魔力を生み出すだけの炉であり、理論がなくては大雑把にしか望みが叶いません。だが私は、とても良い仲間に恵まれました。

 我が友、アッシュは魂の全てを理解した探求者。

 死者の復活など、そもそも彼女は聖杯も必要としていません。故に聖杯を使えば、国家規模の蘇生を行えるのは道理でありましょう?」

 

 だが、ジルは隠し事をしていた。混乱しているジャンヌは思い付けないが、そもそも殺した者共に慈悲などない。復讐相手として戦争を仕掛け、報復として惨たらしい死を与えた。

 必要なのは―――ジャンヌ自身が向ける個人への慈悲だった。

 彼女が今も名前と姿を覚え、幸福な日常に甦って欲しいと思った個別の人間の魂だけを甦らせる。

 元帥も魔女も、生前のジャンヌ・ダルクの為ならば―――と、僅かばかりの慈悲を、ジャンヌの幸福の為だけにその魂から生み出しているに過ぎなかった。

 

「……わた、しは……私は―――」

 

「ええ、ええ、勿論、心優し過ぎる貴女は心を痛めましょう。だがしかし、人に焼けれた貴女を世界を焼かねば救われないと言うのならば、致し方なかったのでしょう。

 ならばこのジル・ド・レェ……喜んで、人理焼却に協力させて頂きま―――」

 

 ―――パン、と台詞を遮る様に銃声が鳴る。

 誰もいない空に向け、オルガマリーは空砲を鳴らすように血族の短銃(エヴェリン)から水銀弾を撃ち放った。

 

魔術師(キャスター)、ジル・ド・レェ。貴方のその世界を焼く狂気に敬意を称し、我々はジャンヌに語り掛ける時間を許しました」

 

 念話にて敵が攻撃してくるか、ジル・ド・レェの告白が終わるまで待つようにと指示を出したのは所長だった。仕切り直しは所長としても都合がよく、戦線は整えられた。敵側も同じ条件を得たが、此処からは更なる耐久戦となろう。

 しかしそれ以上に、ジャンヌは知らないといけないとも思っていた。

 世界を焼く程まで、あの男はたった一人の女を救いたいだけだった。

 所長は、そんな狂気が好きだった。理性も、獣性も、人間性も、外装の何もかもが剥ぎ取られた意志が狂気であった。個人が人生の答えとして、たった一つの想いに殉じる姿こそ、狂った意志に他ならなかった。

 一人の狂人が得た真実。

 目には見えない人の意志が、オルガマリー・アニムスフィアに啓蒙された。

 

「けれど、けれどね……――隠し事はいけないわね。

 ジャンヌが、その魔女にとって母親のような存在だと言うのは事実でしょう。けど、それは正しく本質そのものじゃない。

 聖女と魔女。貴方が願った復讐は、そもそも貴方が求めた魔女に対する―――」

 

「―――黙れぇぇええええええええエエエエエ!!

 貴様こそ本物の魔女……魔女め!

 狂った星見の詐欺師風情が、訳知り顔で我が魔女(セイジョ)を品定めするなど万死に値する!!」

 

 ジルは汚染された精神を、更に暗く染め上げる。これ以上、あの女に喋らせる訳にはいかないと殺意を浮かばせた。

 

「アッシュ殿―――!!」

 

「では、その様に致しますか。ジルさん?」

 

「勿論ですとも!!

 ……では我が魔女(セイジョ)よ、宜しいですかな?」

 

「戦争ですもの。侵略者を大砲で木端微塵に変えた様に、フランスを守る彼らをそうしなさい」

 

 直後、ランスロットと佐々木小次郎は跳んだ。着地点は空飛ぶ人喰い獣、魔女のワイバーン。素晴しく高い敏捷性を誇る二人は正に目にも止まらない速さであり、また敵の不意を衝く行動も巧みであった。

 

「あいつら、まさか兵士(ブタ)達を狙って……なんて卑怯な獣豚(ノブタ)!!」

 

 騎士団と飛竜と戦闘中のフランス陸軍に、黒騎士と侍が向かう。エリザが危惧したように更なる地獄がオルレアンで生まれ、腥い血塗れた虐殺が行われる直前の光景であった。

 助けに行こうとするも、だがそれは仲間の見殺しを意味する。

 そもそも敵として対面しているのは、灰の人(アッシェン・ワン)戦いの神(ゴッド・オブ・ウォー)。フランス軍の増援をするならば、自分以外の誰かに死ねと命じている事だった。

 

「戦神さん、では」

 

「……あぁ」

 

 しかし、事態はそれだけには止まらず。雷鳴が轟き、視界が一瞬だけ白色に染まった直後、ファヴニールの頭上には男が一人。

 戦神が、乗り手がいない竜に騎乗した。

 竜狩り(ドラゴンスレイヤー)にして竜乗り(ドラゴンライダー)―――太陽の王子とは、竜を友とする竜殺しであった。

 

「―――――――――!!!」

 

 もはや声として認識出来ない竜の雄叫び。全身に雷が走り、人間性の闇と交わり、雷撃は黒く染まった。人間性による闇色の青ざめた雷が竜から発せられた。

 

〝あぁ……―――暗い雷ですか。

 暗い魂を貪った奴隷騎士が至った奇跡。その物語を、学ばせて貰いましょう”

 

 余りにも強大なソウルの存在感。邪竜と戦神の二人組は互いの神秘が相乗し、霊基の桁が一つ上昇する。使い魔(サーヴァント)として契約を結ぶラインから、灰は彼の霊基を詳しく把握し、新たな神秘もその魂で学習。

 しかし、それはそれ、これはこれ。戦いの最中、神秘に夢中になれば油断と慢心を呼ぶ。

 

「戦神さん。彼らの御相手、お願いしますね。私の方は……そうですね。仲間にだけマラソン(虐殺行為)を任せるのも酷い話ですからね。

 私も―――殺し回りましょう。

 故郷を救いに来た勇敢な兵士達を歓迎しなければなりません、盛大にね」

 

「では、此方の方はお任せを。どうかごゆるりと、アッシュ殿」

 

「頑張って殺しなさいね、アッシュ」

 

「ええ。勿論、とても頑張りますとも。虐殺行為(マラソン)を避ける不死など、塵以下の、クズ底の住人ですからね」

 

「……そう。じゃ、宜しく」

 

 パチン、と指を魔女は鳴らす。マラソンって一体何だろうと疑問に思いつつ、それを口に出さない様に空気を読み、彼女は二匹の小さめなワイバーンを呼んだ。翼を羽ばたかせながら、二匹は灰の両腕をそれぞれ足で掴み、無駄に素晴しい絶妙なバランスで飛び上がった。

 隣で真の意味で竜騎兵(ドラグーン)となった戦神とファブニールの世界一つ破滅させる程の殺気と殺意に牽制され、不用意に手を出せなかったが、何とも言い難い妙な光景だった。しかし、所長は空気を読まなかった。邪竜と戦神が醸す気配さえ気にしなかった。

 

「なにあれ。汚いフランダースの犬か、何かなの?」

 

「所長。お口をチャック」

 

「あ、ごめん。気を付けるわ、藤丸」

 

〝パトラッシュとネロさぁん……―――あ、いけません。マシュ・キリエライト、作戦に集中しないと!”

 

 カルデアの電子蔵書には、本と絵本とアニメと映画、全てが揃えられていた。幼かった頃、ドクターと一緒に号泣しながら見た思い出を脳裏に思い浮かべる。目の前でワイバーンに掴まれて飛んで行った灰みたいに、ネロとパトラッシュが天使に連れられて教会の礼拝堂から天に昇って逝く映像を思い出す。

 ……しかし、今は戦闘中。

 決意を新たに、マシュは傷付いた体で十字盾を構え直した。何故なら自分のマスターが決死の覚悟を超え、死を乗り越えると決めた瞳をしていた。覚悟と言う英雄らしい言葉が似合う程、敵だろと茶化す余地がない程、少年は眼前の死に立ち向かうと意志を固めた。

 

「ジャンヌ……もう良いよ。貴女は、貴女の為にも―――魔女を」

 

「立香……?」

 

「あの戦神と竜は、俺達が倒す。だから、所長―――」

 

「―――良いのね、藤丸?」

 

「はい。所長は、ジャンヌを頼みます」

 

「分かったわ。では、命じます―――あの神と邪竜を殺しなさい。

 それとマシュ・キリエライト、絶対に貴女は貴女のマスターを守り抜きなさい。それだけは、貴女にしか出来ないカルデアの職務ですからね」

 

「―――はい、所長。マシュ・キリエライト、了解しました!!」

 

「うん。任せたわ。それと隻狼、兵士狩りに向かった外道共を殺しなさい。出来れば、エリザベート、アマデウス、ゲオルギウスも……」

 

「……御意」

 

「任せない。このスーパーアイドルに!」

 

「オーケーだとも。業腹だけど、僕とこのドラサバは宝具の相性が良いからね」

 

「お任せあれ。守護こそ、我が信仰たる騎士道であれば!」

 

 四人は一斉に立ち去った。魔女達はそんな彼らの後ろ姿を見つつも、手を一切出さなかった。理由は単純明快、全てが灰の計画通りであったから。

 全員、死ぬ。確実に、終わる。

 何人釣れるか分からなかったが、この四人は灰の手で死ぬだろう。それを理解する戦神は、たった一言だけ告げれば良かった。

 

「―――行くか、ファブニール」

 

「グゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――ッッ!!!」

 

 飛び立つドラグーン。羽ばたき一つで突風が生まれ、砂嵐を出しながら宙に浮いていた。暗い雷雲が天から呼び降ろされ、豪雨が降り注ぎ、落雷が周囲に落ち始めた。

 何処からか、聞こえない筈の鐘の音が響いた。

 人を見下ろす戦いの神。邪竜はその神気を受け取り、神なる竜と成り果てる。

 

「「いってきます!」」

 

 召喚したシャドウを連れ、そして仲間と共に藤丸とマシュは神に向かって走り去った。ジークフリートはジャンヌと所長の方を向いて頷き、エミヤは背中越しに手を上げて励まし、清姫は綺麗な御辞宜をした後に付いて行った。

 

「どうか御武運を、皆さん!」

 

「ええ。エミヤと清姫とジークフリート、どうか二人をお願いね」

 

 藤丸とマシュ、ジークフリート、清姫、エミヤの五人はジャンヌと所長の言葉を確かに聴き、勢いそのまま戦いを挑む。

 残ったのは四人だけ。魔女と元帥と、聖女と所長。

 魔導書を片手で構え、血走る瞳でジルは腥い魔力を垂れ流す。所長も負けず劣らず血臭の酷い魔力を発し、だが星の輝きにも似た瞳で観測する。人間性が煮え滾る炉のような黒い太陽の眼を持つ灰とは違い、所長は理解の範囲外である怪しさに満ち溢れ、汚染されたジルだろうとも脳が寄生虫に犯される悪寒に襲われた。

 

「…………」

 

 空想の神性。何処か遠い外なる宙と繋がった鍵。あの海魔は、違う惑星の概念法則による生物。一目見ただけで所長は啓蒙され、刻まれた狂気を理論と知識で理解してしまった。

 ゴース、あるいはゴスム。

 悪夢の深海から流れ着いた遺子の母に近い何か。

 養殖人貝、瘤頭、魚人の村人。胎持つ老人の赤子と、空浮かぶ漁村の深海。海広がる悪夢の底である古都。空想の夢から飛来した―――

 

「良いのですか、オルガマリー。戦神がアッシュと別れた今がチャンスじゃないのですか?」

 

 ―――狂い巡る悪夢の啓蒙思考を、ジャンヌの一言が止めた。

 

「その為の隻狼よ。まぁ……どう転ぶかは、歩の合わない賭けだけど」

 

「すみません。でも、嬉しいです」

 

「私は………いえ、そうね。まずは勝ちましょう」

 

 そんな所長の言葉を聞き、魔女は邪悪に微笑んだ。ジャンヌと同じ貌をし、だがこの世の悪徳を詰めて煮込んだような嘲笑であった。元帥も同じく、目玉を飛び出そうなまでに狂った笑い顔を浮かべていた。

 

「我々に勝つ?

 あらそう、脳に寄生虫が居るだけの貴女が?」

 

「そうよ。だって貴女―――雑魚だもの。

 弱そうで、意志も大した事ないし、狩り甲斐も今一っぽい雰囲気。ねぇねぇ、良くそんなので私ってば最強ねって気配を醸し出せるわね。やだ、恥ずかしい!

 私だったら、復讐だぁ、殺してやるぅ……だ何て、羞恥心の余り発狂死しちゃいそう」

 

 死ぬ程に腹が立つ挑発のジェスチャー。やれやれ、と所長は両手を上げて呆れてますと仕草だけで訴えていた。仲間である筈のジャンヌでも自分がやられた訳でもないのに顔面を思わず殴り飛ばしたくなるような、腹底から煮え滾る苛立ちを与えるモノだった。同時に、聴いているだけでまともな精神状態を維持するのが難しい程に、聞くに堪えない罵詈雑言でもあった。

 

「き、キキキ、キサキサ―――貴様、キサマきさまぁぁああああああ!!」

 

「ジル。やめなさい」

 

「ハッ……すみませぬ、我が魔女(セイジョ)

 

 一瞬で冷静になる男。情緒不安定なのは確実だが、根底にあるのは魔女に対する絶対的な忠誠心なのだろう。

 

「下らない挑発ね……―――で、それってアンタの言葉じゃないでしょ?

 誰かにでもされて、それが戦術で有効な皮肉だったから、そのまま私にしてるだけじゃない?」

 

「なんだ、つまらない。後、それも正解。絶対に相手をぶっ殺して、何処までも追い駆けて狩りたくなるのよねぇ」

 

 贓物みたいな腐臭する瞳をし、魔女の眼を所長は見詰めた。魔女も見詰め返し、敵もまた悪意の権化だと一目で理解いた。

 

「根が腐ってますね。生前の私、お友達はちゃんと選んだ方が良いわよ?」

 

「――――貴女が、止まればそれで良いのですが」

 

「馬鹿ね。だったら、殺してみなさい。

 我が復讐は決して誰にも、例え生前の自分自身(ジャンヌ・ダルク)だろうとも―――否定させない!」

 





















 とのことで、人間性が与えられた戦術的理由がこれとなります。所長は皆に黙っていますが、眼光で即死攻撃が可能です。ヤーナムの狩人には脳の栄養にしかなりませんが、レフみたいに瀉血で狂気を体外排出しないと発狂死します。死なない場合は完全な異形となります。簡単に言えば、上位者の狂気に対する免疫ないようなものにしています。
 もし灰が人間性による汚染をしていなければ、所長が一目で敵を狂い殺す雰囲気になってました。


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