血液由来の所長   作:サイトー

33 / 91
 ちょっとした設定ですが、現段階における藤丸の戦闘能力は、トリックの上田教授が奥義「なぜベス」に覚醒する前程度にしています。


啓蒙30:墓王

 兵士を殺し回る黒騎士。忍びはマスターである所長の指示通り、アッシュの殺害から作戦を始める予定ではあった。しかし、人骨の大太刀で兵士を虐殺する灰を見たゲオルギウスは忍びに申し出て、黒騎士を素早く殺害後に援護してくれるように頼んでいた。

 戦術として、理には叶っていた。ゲオルギウスが時間稼ぎに成功すれば、一対二で灰と戦闘する事が可能となる。彼の主である所長も念話で聞き、その賭けに打って出る事も許可。結果、黒騎士は本気を出した忍びから奇襲を受け、兵士を殺している間にて、空中からの忍殺を受けていた。

 

「―――御免」

 

 ランスロットは幾度か忍びを見たが、狂っている彼の行動を逆に忍びは見切っていた。完全に理解した、とでも言える領域で黒騎士の技巧を忍びの目で悟っていた。そして、忍びは外法も外道も良しとする。

 兵士を殺し回っていた黒騎士に対し、正面から仕掛ける気はなかった。敵が囮となる敵と戦っている姿は、彼からすれば殺してくれと言っているサイン。命じられたまま狂い踊る狂戦士は余りに無防備で、心技体が狂いながらも如何に一体化していようが、周囲を警戒する意識の隙間をすり抜けるのは容易だった。

 

「アー……サァァア――――!」

 

 ずるり、と首に刺さる楔丸の刃を引き抜いた。即ち、暗殺成功。直後、強引に兜を剥ぎ取る。そのままランスロットの頭蓋骨を指で突き破り、脳髄に幻術を直接流し込む。

 それこそ忍殺忍術、傀儡の術。もはや黒騎士(ランスロット)は狼の操り人形。狂乱しながらも赤目を灯す男は忍びの背後に従い、彼の指し示す殺意の先を敵と定め、そのまま追走を開始した。

 ―――だが、上手く事を運んだのは魔女陣営も同じこと。

 ダークレイスの装束を着込んだ灰は、炉に内蔵された最初の火より、闇の生物が見出した権能を取り出した。元より火の神性全てを獲得していたが、ソウルを得た残り火から燃え上がった炉の篝火は嘗ての勢いを取り戻していた。

 闇の鎧の上から黒靄の衣を纏い、右は墓王の剣。左は暗い手。

 

「貴女は一体―――黒い神性……その姿は!?」

 

「――――」

 

 言葉は不要。殺意とは声で示すものではなく、相手の魂を砕く意志である。されど彼女が聖者に向ける殺意は、人の意識を遥か超え―――死と化した。

 空間を汚染する暗い死風。

 人骨の大太刀に纏わり付く橙色の死剣。

 火と闇がまるで混在されたと見える暗光を放つ死手。

 そして髑髏仮面の兜の奥からは、深く煮詰まった黒い太陽のような死瞳が聖者を観察している。

 

〝私は此処で―――死ぬ。

 あれは本物の、不死ならざる英霊では勝てない人型の闇……!”

 

 彼は理解してしまった。聖人として徳が高い魂が相手の魂を悟り、彼我に如何程の差があるか分かってしまった。あの黒い靄は不死をも殺す死であり、不死性を持つ神さえも逃れられない命を燃やす火であり、魂を再誕する理外の存在でなければ触れる事も出来ない。そしてそんな理外の不死だろうと、黒靄との接触は生命の終わりを意味しよう。だが、それだけならば死を覚悟などしない。英霊の規格からも超越した超常の神秘と権能を持とうとも、ゲオルギウスには祈りと剣技がある。

 しかし灰は、人間には許されない殺戮技巧を持つ魔人。

 一太刀だけでも剣戟を交えれば、例え守護騎士として絶対の守りを持つ聖人だろうとも、果たしてどれ程まで耐久する事が可能なのか。

 

「―――がぁ……!」

 

 グルリと回る大曲剣を前に彼は、宝具の聖剣で防ごうと構える。だが直前に骨剣の斬撃軌道が捻れ曲がり、刀身が弾き逸らされ、巧みな剣技によって体勢を崩される。そのまま押し込まれ、胴体を一気に斜め斬りにされた。しかし、その結果に何の頓着もせず即座に斬り返し、心臓の上を横一閃。何とか剣を合わせたことでゲオルギウスは致命傷を受けたが即死はせず、距離を取る為に後退し―――地面から生えた無数の剣舞に、突き上げられた。

 悲鳴も苦悶も、もう漏れない。10m以上は真上に吹き飛ばされる。

 そんな好機を灰が逃す訳もなく空中に一瞬で跳び、死の光(オーラ)を纏う剣を振った。まるで隻狼が空中で隙を晒す相手を殺すように、灰は学習した我流の対空忍殺にてゲオルギウスを両断した。

 ……落下する守りの聖者。

 死体が地面に落ち、そのまま転がり、しかしサーヴァントは息絶えれば魔力となって霧散して死ぬが道理。つまるところ、まだ霊核を完全に砕いた訳ではない。

 

「―――……」

 

 無言のまま、剣を持つ右手を掲げ、下へと一気に降り下す。目を黒く輝かせる灰の女は、橙色に光り続ける死の刃(オーラ)を纏う剣を、躊躇いなく地面に突き刺した。

 その直後―――ゲオルギウスの頭部が爆散。

 地面から前触れなく飛び出た死刃が、聖者に避けられない致死の一撃を加えた。

 

〝死に体でも気合いで此方を殺すのが英雄の真髄であり、肉体が死んだままだろうと絶対に己が意志を貫き、敵と最期まで戦おうと足掻くのがゲオルギウスと言う男の強靭なるソウルの在り方。あの聖者に油断も慢心も要らないです。

 それにこの世には因果応報なんて奇跡もあることですし、離れた所から確実に死体を抹消するのが一番でしょう”

 

 そして、灰は相手を完璧に殺したと言う最終確認―――ソウル(魂魄)の吸収を確認。闇の炉となった空の器に、ゲオルギウスと言うサーヴァントの記録情報が流れ込んで来た。つまるところソウルとは、記憶と記録の情報である。聖者ゲオルギウスの人生と、この特異点における活動を空の器に貯蓄し、それとは別にソウルから特別な魂を見出した。錬成炉による特別な武器か、あるいは呪文か、後の愉しみが増えたことを喜びつつ、彼女は新たな敵に向かって疾走した。

 狙いは―――エリザベート(ランサー)アマデウス(キャスター)

 ランスロットの死と、それを傀儡する忍びを殺すには佐々木小次郎(アサシン)の援護が重要。ならば、不意打ちでエリザとアマデウスの即座に暗殺し、二人と殺し合う小次郎と合流することが分かり易い勝ち筋。指輪によって姿を隠し、足音も消し、灰は手慣れた動作で殺害に移行。

 

「さぁ、リサイタルの始まりよ!!」

 

 隣で爆音の音痴を披露する竜の歌姫を死んだ魚のような目でアマデウスは無視し、だが敵となる侍からは目を逸らさない。勿論、鼓膜ごと脳味噌を破裂させようと大声を上げるエリザも観客(テキ)に集中し、音撃を躊躇わず放ち、空間ごと振動させていた。小次郎も対応手段は変えず、その長刀を振うことで音波を切り捨て、遠距離攻撃に徹する二人に接近をし、だがまたエリザとアマデウスは距離を離そうと攻撃しながら後退する攻防を繰り返す。

 その背後、灰は静かに佇んでいた。

 伸びる暗い手の先には、音楽家アマデウス。エリザの音波を増幅し、巧みな音楽魔術を使う彼はサーヴァントとしては並以下だが、補助役としては厄介極まり、こと音を武器とするサーヴァントの宝具を何倍にも強く補強しよう。灰が初手で彼の抹殺を狙うのは当然であり、そして――忍びの手裏剣が間に合ったのも必然であった。

 

〝吸精、失敗ですか……”

 

 後、数ミリと言う所でダークレイスの接吻は阻止。自分と同じく趣味の良い仮面を被る男は嫌いではなかった灰だが、狂戦士を外法で洗脳した忍びを無視する訳にもいかず。灰はあっさりと回転する忍びの手裏剣を、暗い闇を纏う左手で白刃取り、そのまま握り潰す。

 

「――――」

 

 だがもはや、雄叫び一つ上げなかった。傀儡の術によって完璧な殺戮人形に作り変えられたランスロットは、無言無音のまま堕落した聖剣を灰に一振り。暗い湖光の澱みが輝き、その刃を灰は手裏剣を潰した後の素手で受け逸らす。

 手裏剣の暗殺に動じず、更なる奇襲にさえ臆さず―――鎧で守られた狂戦士の胴体に入り込むは、暗い光を纏う骨作りの死剣。灰は味方だった筈の男を淀みなく殺し、その刃から死が溢れた。恐らくは、即座にランスロットの霊核を完全に停止させたのだろう。

 

「――――ッ」

 

 それさえも忍びにとっては戦術の範囲内。殺して傀儡化した屍の使い途もその程度が関の山。串刺しにされたランスロットを捨て駒に使い、縮地の一歩。敵の背後より忍びは、自分に気が付いている灰を狙い、大忍び刺しが放たれた。

 しかし、狂った騎士は串刺しにされたまま。

 迫り来る忍びを前に、灰は骨剣の真っ先を向けた―――騎士の屍を、盾にして。

 同時に灰は呪術の火を暗い左手より発し、呪術である罪の炎をエリザとアマデウスに向けた。灰を攻撃しようとした二人は自分達がいる場所に突如として炎が渦巻き、このままでは焼かれ死ぬと退避。その炎上を気にせずに忍びはランスロットの死体を楔丸で突き、その屍を踏み台にして上空へと跳び上がった。

 だが空に逃げた忍びに対し、灰は串刺し状態の死体を骨剣を振うことで投擲。忍びはその死体を蹴ろうと空中で体幹を整えたが、狂戦士の死体が爆散。

 死の神を真似た灰は、自分が学んだ奇跡の物語を骨剣の光に仕込んでいた。その呪いは死したランスロットを汚染し、サーヴァントの霊基と霊核を爆薬に変え、まだ霊体に残っていた魔力も即席火薬に作り直していた。

 

「……ぬぅ―――!」

 

 外法には外道を。しかし、所長が従えるカルデアの忍びが、神秘を用いた外道の策を見抜けない訳がない。彼は仕込み傘の忍具により死体爆弾から、身動きが取り難い空中であろうと容易く守っていた。

 しかし、油断は出来ない。

 敵が晒す隙と言う隙を徹底して狙うのが忍びの怨敵――原罪の探求者(アン・ディール)。忍びたる狼はこの女がアッシュ・ワンと名乗る前の段階から、その姿と業を良く知っている。戦い方も、冬木にて観察した。だから、分からない。

 

「大丈夫でしたか、佐々木さん?」

 

「無事よ。だが、何故(なにゆえ)に?」

 

「面白そうだから、ですかね。面倒な厄介事に首を突っ込むのが、魂が死ぬ退屈を癒すのです。我らのような存在にとって人類種の命運をあっさり左右する馬鹿騒ぎこそ、死ねぬ当たり前な貴い日常となるのです。

 だからですかね、実はこう見えても私は仲間思い出してね……いやはや、見知った人を見殺しにするのは心が痛みます」

 

「嘘臭いな。人死にに一喜一憂するような心など、貴様にあるとは思えんが」

 

「魂に中身がないですからね。けれど如何でも良い誰かから奪い取った人の心性、つまりは人間性の情報は私の魂には残りますから。

 心の中には何も無い……なのに何故か善行にも悪行にも、私は価値を感じずに感動してしまうのでしょう」

 

 まるで味方を颯爽と助けた良き仲間のように、灰は小次郎の傍にいた。忍びにとって余りにも不気味で、怖気をも感じる印象との差異だった。強いて言うならば、水生のお凛が道を素通りさせてくれるような気色の悪さであろう。

 

「無事か?」

 

「助かったわ、ニンジャ(ピー)!」

 

「感謝するよ。でも、これが座の噂で聞いたニンジャって奴か。ニンジャマスターだわって、マリアのテンションがハイになる訳だ」

 

「……そうか」

 

 とは言え、小休止は忍びにとっても有効な時間稼ぎ。まずはこの二人を立て直し、改めて侍と灰と対峙する必要がある。

 だが―――死は、より色濃くなる。

 怖気が背筋を凍らせる。忍びは葦名の土地で邂逅した人外の魔性を思い出し、だがそれ以上に強大な死霊の気配を灰から感じ取った。

 

「―――……」

 

 両手を空に掲げた灰。彼女は無言のまま、何も語らず、ただただ最初の火の持ち主のみが許された奇跡を為していた。それは余りに唐突な動作であり、何の予兆もなかった。何時の間にか大盾を渡された小次郎さえも気の抜けた表情を浮かべ、灰を見ている事しか出来なかった。

 ―――暗い風が、吹き抜ける。

 フランス軍と竜血騎士団が互いに殺し合う戦場の中心から、死の瘴気が溢れ出したのだった。

 

「ぬぅ……ッ―――!!」

 

「なに……これぇ!?」

 

「ちぃ―――……これは、本物の死神かッ!?」

 

 二人を守るように、忍びは鳳凰の紫紺傘を忍義手から展開。通常ならば亀の甲羅のように使って自分の身を万全に守るが、今回は大盾のように広げ、そのまま一気に回転させ続ける。なのに、それでも威力を押せえ付けられない。エリザとアマデウスの二人は咄嗟に忍びの背中を二人で支え、しかし暗い死の風は尚もまだ吹き続けた。仕込忍具の防御は強靭であるが、瘴気の毒性はそれを更に超え、敵対する三人の生命力そのものを侵食し続ける。命が死に削られ、生物が生存出来ない世界が作り上げられる。

 正しく、今のオルレアンは地獄。並の人間ならば呼吸一つで魂が腐れ枯れる死者の神域。だが、如何な死臭も永遠に続く訳ではない。

 ―――十秒後、灰の瘴気は収まった。

 目を瞑り、歯を食いしばり、耐えていたエリザとアマデウスはまだ周囲の状況が分からなかった。瘴気を止めたと言うことはその攻撃を行った理由がなくなった事を意味し、三人を殺す為にしたものでは元よりなかったと言う訳であった。

 

「――――あ、あぁ……!?」

 

「嘘だろ……!!」

 

 鏖殺とは、正にこの所業。神の如き力ではなく、それは神としか呼べない理の具現。空気中の微生物が完全に死に、土の中で生きる細菌やウイルスさえも無慈悲な死を与えられ、大気が完全に浄化されていた。周囲の空間全てが、生ける者何一つ許さずに死に耐えていた。

 無論、それは―――人間であろうとも。

 忍びたち三人は瘴気によって竜血騎士とフランス軍が戦う戦線まで吹き飛んだと言うのに、そこは全くの無音であった。

 それも当然。もはや周囲の戦場に、生きる人は皆無。

 敵も味方も、一切合切に区別なく、鏖殺は為された。

 初めから死人であり、その上で霊体であるサーヴァントならば、直撃を受けても距離が離れていれば助かった可能性はまだ存在していたが、墓王の瘴気は相手が吸血鬼であろうとも容赦はない。生命を持つ時点で神であろうとも―――否、生きる神ならば、死を得た墓王の熱からは決して逃げられないのだろう。

 尤も、悲嘆を与える程に灰は慈悲を持ちえない。そもそも灰にとって死の瘴気は攻撃ではなく、攻撃する為の準備に過ぎない。全ての不死者にとって誰かの死体など、所詮は不死の為り損ない。生きる事に心折れた落伍者である。そしてロンドールの頂点に至る亡者の王が、残り火となった最初の火を甦らせた不死が、命を終わらせた人間“もどき”の屍など、奇跡を作る為の道具になれば丁度良いとしか思わないのも当然であった。

 

「―――死者の活性(デッド・アゲイン)

 

 オン、と生物にとって無害な暗い波が戦場に広がった。死体の生死が捲れ、そこから闇が膨れ上がり―――暗い死が周囲に吹き荒れた。

 死だった。

 風だった。

 死の爆風は連鎖的に広がった。

 荒れ狂う瘴気の破裂に当たった死体もまた爆弾となって死を撒き散らし、そして生命の抜けた死骸が爆破され続けた。戦場に逃げ場はなく、瘴気で死体となった全身が闇の炎によって爆散し、結局は死体も残らない最後を迎えた。

 勿論、死骸に囲まれた忍びも、エリザベートも、アマデウスも、死から生まれた暗い火によって爆裂してしまった。死に浄化された戦場に動く者は誰もおらず、サーヴァントの死体も爆薬となった死骸諸共粉々となったのだろう。

 

「仕事は終わりですね。生きていますか?」

 

 灰は侍に貸した大盾を取ってソウル内に戻し、感慨深く周囲を見渡した。

 

「―――いや、これは……これでは、はは。あはははははははははは!

 なんだこれは、なんて無様なのだ。所詮こんな様……英霊が、化け物が、人間が……皆が命を賭した戦場がこの様か!!」

 

「成る程。しっかりと生きているようですね、佐々木さん。そこまで死に感動出来るのでしたら、まだまだ命を捨てる時期ではないでしょう」

 

「貴様はなんなのだ―――アッシュ・ワン?」

 

「人間性を受け入れたのでしたら、分かっているでしょうに。ただの―――人間です」

 

「あはははははははははははははははははははははははははははははははは!」

 

 確かに、と笑うしかない。行使された神秘こそ、神としか言えない力であったが、それで行った事など所詮は人類の悪行。強大な生命体を倒した訳でもなく、英雄譚の頁になる戦果でもなく、分かり易い虐殺。大勢を一方的に殺戮した結果、眼前に広がるのは何も無い戦場。敵も、味方も、本当に何もかもがなくなった空白の大地。遠くでまだ戦っている者以外に誰もおらず、竜血騎士団も元帥が率いた陸軍も完膚無きまでに消え去った―――灰の、その空の器の中へと。

 ソウルは、亡者から逃げられない。

 灰に殺された者は、いや灰の近くで死に絶えた魂に、死後の自由など有り得ない。

 

「皆、死んだよなぁ……ック、くくく」

 

 呪われた侍は命が消えた死骸から、彼らの魂が何処へ向かうのか瞳に写ってしまっていた。この世から消える事なく、風に吹かれた霧のように流れ逝き、髑髏仮面を被る灰の口へと流れ込むのをはっきりと目視していた。

 

「死にましたね。残念ですが、囮作戦は無事成功となりました。後はジャンヌさんの方へと合流するだけでしょう」

 

「確かに残念であはるが……なに、了解した」

 

 敵は爆散した。エリザベートとアマデウスは爆弾化した死骸によって粉々の肉片となり、狼もまた生きている気配が何処にも存在しない。炭化した肉片が土と混ざり、悪臭も消えた死に満ちた清浄なる戦場跡から、侍はもう魔力の反応さえも感じてなかった。

 

〝まぁ……狼さんは生きているでしょうが、これでは何処に隠れているのか分かりませんね”

 

 しかし、灰は内心で警戒していた。恐らくは状況的に爆風で捲れ上がった土を利用し、まるで忍者のように土中に潜んでいるのは分かるが、また再殺するには絨毯爆撃をするしかないだろう。となれば、残された手段は限られている。

 奇跡、敵意の感知。敵意を持つ者に向かう兆しを放つも、上空に上がるだけ。

 

〝死んでますねぇ……はぁ。確かに、死んでいれば、敵意も殺気もなく、どのような気配遮断にも勝る偽装なのでしょうが、気軽に死ねる忍びだけに許された気配殺しと言う訳ですか”

 

 となれば、魔女の権能を墓王の代わりに使えば良いのかもしれない。嘗て繁栄した古竜をも焼殺し、その不死不変の肉体を燃やし、薪の火種にする魔女の火炎ならば、戦場跡地を溶岩地帯に塗り替える事も充分可能。その気になれば周囲に混沌の嵐を撒き散らし、地面を抉りながら走る事も出来なくはないが―――いや、と灰はその戦術を否定した。

 今は火の熱――即ち、命を温めて老化させる死の権能を顕現させている。

 まだ復活させたばかりの最初の火に対し、複数神性の過度な権能行使は火力低下を引き起こす可能性も少なからず存在する。これから更に成長させた後ならば、火と薪を有する炉の権能を完璧を得られようが、最初の火は何時か必ず残り火となる定めである。この人理か、あるいは人理が切り捨てた世界でも薪に変えれば、と思うもまだまだ未来の話となろう。

 

「では佐々木さん、私は行きましょう」

 

「そうか……」

 

 小次郎の眼前で、灰は姿も気配も音も消した。明鏡止水の精神で集中したが、それでも小次郎は灰が何処にいるのか一切把握出来ない存在感の隠蔽であった。

 

「………………」

 

 数秒、本当に自分以外が消えた戦場で侍は残心した。皆殺しにされた死骸も消滅した戦場跡地は、まるで明鏡止水を会得したばかりの佐々木小次郎の心境と良く似た風景でもあった。だが名残惜しむのはもう止めようと思い直し、彼は疾走を開始した。敵はまだ存在し、洗脳されたとは言え、主と呼べる女がまだ生きている。まだ戦う理由が残っている。

 一瞬で消え去った灰と侍。

 最後の生者も消えた跡地にて――桜色の光が一筋、地中から僅かに溢れる。直後、盛り上がる土から手が飛び出た。そのまま上半身が浮かび上がり、土を被る全身が外に出た。忍びは爆風で埋葬された地面から、墓場の中の屍のように蘇生した。

 

〝俺は……迷い、敗れるか”

 

 竜胤の不死性―――回生による黄泉返り。生命の何もかもが消し去った戦場を見回し、忍びは敵が消えたことを確認した。よって彼はアサシンのサーヴァントらしく気配を深く殺し、敵意が溢れるまだ無事な戦線へと向かう。隙だらけの背後から忍殺を行う好機ともなろう。彼もまた静かに走り始める。

 しかし、幸運な事に―――いや、悪運の強い事にまだ辛うじて死んでいない者がいた。

 灰の敵意の感知にも反応しない程に心折れ、もはや呼吸するだけの死骸にも等しい姿となっていたが、その騎士は確かに生きていた。

 

「馬鹿な……馬鹿な……―――そんな、馬鹿な!」

 

 須く部下が皆殺しにされた。聖者ゲオルギウスの願いを聞き、聖女を救うべく邪悪が犇めく戦場に立ち向かい、志願した皆が死を前にしても戦うと決意した人々だった。故郷を侵略者共から救いたいと勇敢な意志を持つ兵士達が、まるで神の裁きを受けた罪人のように木端微塵と為りて死に果てた。

 何の為に?

 どんな理由で?

 全てが消えた戦場に返答など有りはしなかった。

 

「有り得ない―――何故、どうして神よ!

 我らが一体何をしたと言うのだぁぁあああああああああああああ!!!」

 

 フランス陸軍最高司令官、元帥ジル・ド・レェは絶叫した。憤怒と絶望が心を支配し、血の涙を流して慟哭の泣き声を上げていた。

 死が爆散した戦場で生きている現実。それこそ、阿頼耶識による加護とでも言うべきか。当然の事だが、危機に対するカウンターを一つだけに限定する程に悠長な人類の無意識ではない。生前のジャンヌが死後の聖女を憑依してしまったように、生前のジルもまた反英雄ではない英雄としてのジル・ド・レェの霊基が憑依していた。それによって死人でも生者とも言えない彼は、彼個人を狙った死熱の瘴気ではなかった為か、命を奪い取る死への抵抗は出来ていた。あるいは、宝具として持つ旗の御加護もあったのかもしれない。

 だが、守られたのは彼個人のみ。元帥以外のフランス軍が皆殺しにされてしまった。しかし、再度の危機である死者の活性による爆風によって傷付くも、術者から離れた屍の活性化爆弾であったので、屍が爆散していく光景を見ていたジルは防御態勢を取れていた。

 

「まだ、まだだ……見届けなければ。私はまだ―――此処に、居る!」

 

 聖女が死ぬ筈もない。今度こそ救いたい、助けたい。全てを失った訳ではないジルは、最後の最後に残った希望から目を逸らさない。折れた心がそれでもまだ死ねないと足掻くのは、ただただその一心のみだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 死が溢れた戦場だったが、此処は全く別の戦場であった。剣の丘か、剣の墓標か、古今東西あらゆる刀剣が並ぶ夕焼けと歯車の世界だった。

 そして、炸裂する爆破音。ファヴニールに騎乗する戦神に百近い魔剣と聖剣が軍勢を為して向かい、だがその全てが雷撃と火炎によって撒き散らされる。

 

「―――――――フン!!」

 

 戦神が放つ渾身の雷槍投げ。その矛先が向かうのは、自分達と同じく空中に飛んで戦う竜騎兵となった二人――ジークフリートと清姫であった。

 

「おぉおぉおおおおおおおおおおお!!」

 

「ガァァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 バルムンクから迸る黄昏の光と、清姫の口から吐かれた火炎によって戦神の大槍は弾き返された。ファヴニールが更なる吐息による追撃を仕掛けるも、その頭部に幾つもの投影宝具が衝突して火炎の射線が逸らされた。

 その光景、正しく神代に行われたであろう剣と魔法の世界の再現だった。

 英雄達が持つ個人の力が、国家を覆す遥か太古の奇跡の物語に他ならなかった。

 即ち、ファヴニールに騎乗した戦神に対抗する為に―――ジークフリートは竜化した清姫の頭部に立ち、同じ竜乗りとして邪竜と戦神に立ち向かっていた。その上でエミヤが固有結界を展開し、皆が戦う戦場から切り放ち、自分達が有利となる異空の世界を新たな戦場とさせていた。

 しかし、有利なフィールドを作れるのはエミヤの特権に非ず。神性を捨てた戦神とは言え、彼もまた灰によって人間性を抱く者。ならばグウィン大王から始まったその神の血には、闇の薪となる暗い魂の血が流れ込み、人間と同じく成長する不死者と成り果てていた。

 戦神こそ半人半神にして、半闇半雷。

 その彼によって電撃を大地に落とす暗い雷雲が空に轟き、嵐が剣の丘で吹き荒れている。

 

「ぐぅ……―――ぁぁあああああ!」

 

「先輩!?」

 

「大丈夫、まだまだいけるさ!」

 

 余波だけでも人間は黒焦げるまでもなく、細胞一つ残さず蒸発する雷嵐の中、藤丸はマシュに守られることで何とか生きていた。藤丸が召喚していた英霊の影は邪竜の吐息か、あるいは戦神の雷撃で既に蒸発し、だが彼らの犠牲によってエミヤの固有結界は無事に展開出来ていた。

 しかし、堕ちた雷は地表を走る。マシュの加護と守りによって藤丸は大部分は防がれるも、僅かばかり彼の体内に雷が伝播するのは阻止出来ない。雷鳴が鳴る度に、人間の藤丸は体の中が焼ける激痛に耐える必要があった。

 

〝このままじゃあ……――どうすれば!”

 

 マシュの焦りは尤もだ。如何に盾を構え、地面に突き刺し、マスターを守る避雷針になった所で限度がある。地面を溶岩(マグマ)化させる超高音の吐息も危険だが、逃げ場がない雷撃包囲網は徐々に藤丸の生命力を削りつつあった。

 何より、マスターの死はサーヴァントの死。

 しかし、藤丸が近くにいなければ、魔力供給のラインが薄くなり、戦神と邪竜には勝てない。エミヤも本当ならマスターは固有結界の外側に置いて安全圏内に居て欲しかったが、それでは皆殺しにされるだけだろう。

 

「投影、完了―――――」

 

 故にエミヤ(アーチャー)は自分自身が矢となった。空中に投影した剣を踏み台にし、空を駆け昇り、そして踏み台にした投影宝具は即座に射出。彼が一歩づつ進む度に宝具爆撃が行われ、そして右手には日本刀が握られ、左腕は何故か鉤縄が巻かれていた。

 

全工程完了(セット)―――是、楔丸(くさびまる)

 

 所長に仕える星見の忍び、隻狼の戦闘経験が投影された。それが彼に憑依され、エミヤは忍びの殺戮技巧を仮初の技術とし模倣。

 ならば――可能。

 忍義手に仕込まれた鉤縄の技もエミヤは模倣し、投げたその投影忍具が邪竜の尻尾へと引っ掛かった。

 

「――――ッッ!」

 

 気合いの雄叫びも放つ余裕なし。エミヤが殴り込むその戦場は、竜乗り達の空中決戦(ドッグファイト)

 全身が燃え上がる火竜の清姫に乗れる人間などジークフリートのような防御能力を持つ者に限られ、そして暗い邪竜ファブニールを完璧に乗りこなせる化け物などこの戦神以外に存在しないことだろう。

 

「エミヤさん……!!」

 

 地上より、その光景をマシュは見た。ドラゴンとドラゴンが爪牙と吐息で殺し合い、ドラゴンライダーとドラゴンライダーが大槍と大剣で斬り合う神話の具現の中、味方の援護に向かうたった一人の英雄。しかし、模倣するのが忍びの技巧となれば、技術が劣化しようとも空中戦が出来ない道理なし。

 

「貴公……―――そうか。乗り込む度量の持ち主か」

 

「……ッ――――――!」

 

 それを見逃す戦神ではなかった。密かに邪竜の背中に立っていた赤い外套の男を、戦神はいっそ穏やかとも言える口調で迎え入れた。だが彼は無言のまま投影日本刀(クサビマル)を構え、敵の動きのまま迎え討つ。

 刹那―――雷速の薙ぎ払い。

 直後―――最速の弾き返し。

 しかし余りにも強大な膂力はエミヤを吹き飛ばし、そのまま邪竜の背中から消えてしまう。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)ッ!!!」

 

転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)………ッ!!!」

 

 逆に言えば、戦神に隙が生まれたと言う事。そして、二人の攻撃範囲内から味方であるエミヤが離脱したことも意味していた。

 

「ゴォゥオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 邪竜の吐息が咆哮と共に熱せられた。燃える黄昏の光を前に、暗い火炎流が衝突し、虚空の中心点で余りにも大規模な爆発が起きる。固有結界全体に激震が起こり、その世界に亀裂が一気に走り刻まれた。しかし亀裂自体は既に衝突の度に幾本も刻まれ、だがエミヤがまだ何とか強靭な意志で世界を維持しているだけに過ぎない状態。

 ……二体の竜は、空中浮遊を維持出来なかった。

 爆風によって巨体だろうと吹き飛ばされ、空中を回転しながらも何とか姿勢を再び立て直す。

 ジークフリートは清姫から落下するも空中で彼女に拾われ、戦神は嵐を纏うことで邪竜の上に平然と飛び戻っていた。

 

「―――……!」

 

 よってエミヤは魔力爆風に姿を隠す。赤い外套が保護色となり、空中に投影した剣を足場として跳躍。そのまま再度来た機会を逃さず鉤縄を邪竜の鱗に投げ、引っ掛けた勢いのまま彼は空中で跳躍軌道を変更させて宙を飛び上がる。彼は投影した忍びの技巧によって気配殺しも再現し、誰にも気付かれず火炎と粉塵の中を移動することに成功した。

 瞳に刺さる楔丸―――邪竜は片目を失い、血の涙が流れ出た。

 だがそれだけでは終わらず、即座に反対側の頭部に回って両目共に串刺した。入り込んだ剣先は脳に達していたが、そもそも頭蓋骨を割られて脳味噌が斬られた程度で死ぬ軟な生命体ではない。

 

「おおぉぉぉおおおおおおお!!」

 

「がぁぁあああああああああ!!」

 

 瞬間、ジークフリートと清姫の雄叫びが響く。対するは戦神唯一人。

 

「ぬぅぅう……」

 

 戦神は邪竜の手助けは出来ず。蛇の竜に乗る竜殺しが放つ真エーテルの光を、戦神は竜狩りの剣槍の真っ先で突き受け、黄昏の剣気を刺し貫かなければならなかった。そして、その光には清姫の竜炎も含まれ、強大なサーヴァントの宝具の相乗真名解放を防御しなければ、邪竜はエーテル一欠片残さずに死ぬことだろう。

 だが真におぞましいのは、雷嵐の付与だけで宝具の神秘を防ぐ戦神の技巧と膂力。

 神性を捨てた人の奇跡が、英霊二体を相手に同等以上の底力で立ち向かう防御力。

 真正面からの対決において戦神に勝てる存在はいないのだろう。彼が持って振うだけであの槍は、竜殺しが宿した血鎧をも容易く突破してしまう。

 

「邪竜よ、我らの終わりが近いと見える……」

 

 甘く見ていたと戦神は反省した。数千年に及ぶ実践と鍛錬で叩き作られた戦術眼を見直し、想定が外れた戦略を再構築し、この男(エミヤ)がカルデアにおける鬼札(ジョーカー)だったと理解した。

 灰と戦神に勝る技巧を持つ者が、あの狩人と忍びだけだと侮ったのが原因。

 邪竜が盲目になったのは自分達の所為であり―――何も、戦闘には問題がないのも事実。邪竜はその巨体故に外界識別を魔力反応でも十分に可能であり、戦闘行動もまた同じ。しかし、それを見過ごすエミヤに非ず。彼は瞳を突き刺すと共に投影した宝具を眼球内に残しており、呪文一つで炸裂する遠隔爆弾を頭部内部に設置。

 

壊れた(ブロークン)……―――幻想(ファンタズム)ッッ!!」

 

 地面に落ちながらも唱えられた呪文は確かに唱えられ、血の涙を流す竜の瞳は爆炎を上げた。涙と言う量を超え、もはや脳味噌から血の滝が流れているような光景であった。

 故に邪竜と戦神の体勢が崩れるのは必然。

 踏ん張りが効かなくなった戦神の剣槍は幻想大剣と火炎吐息を抑えられず、一柱と一匹は剣気と火炎に呑み込まれて―――墜落し始めた。

 翼を羽ばたかせる事も一切出来ず、落ちることしかもう出来ない。

 

「投影、完了―――!」

 

 その上で、エミヤは全く以って慢心をしなかった。千里眼は神と竜を認識し、その生命力がまだ残っている事を見抜いていた。地面に落ちて逝く邪竜達に向かって投影された幾十もの聖剣と魔剣が突き刺さり、邪竜がハリネズミのような姿へと変えていった。

 そのまま抵抗することも出来ず、ついにドラゴンは地面へと落下した。

 

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)―――」

 

「―――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 止めの一撃は、確実にせよ。真名解放は静かに唱えられ、だが神秘は相手を全壊する。竜の全身に突き刺さった投影宝具は爆散し、清姫から飛び降りた竜殺しは落下攻撃と共に宝具を解き放った。

 

「ォォ―――オォオォォォオオ……」

 

 生命力が尽きた邪竜は呻き声を上げ、そして活動を停止させた。嘗ての宿敵にまた殺された彼の心境を誰も分からないが、その声に恨みと憎しみが込められていない事を何故かジークフリートは分かっていた。そして、その言葉を正確に理解出来るのは、邪竜と共に戦った相棒である戦神一人だけなのだろう。

 嵐はまだ止まらず―――戦神は、生きていた。

 暗い邪竜ファブニールの隣に佇み、敵対者全員を光の宿らぬ瞳でじっと観察していた。

 全身が焼けた。鎧も傷付いた。だが何一つ問題はない。この男は人間性の深淵に堕落した戦いの神であり、まるで闇の不死共と同じに“エスト瓶”の中身を一口飲んだ。生命力は無事甦り、消費した奇跡の根源も復活。そして命を取り戻した戦神の眼前には五人だけ。嘗て何百体もの古竜と戦った戦場を思えば敵の数も、その力も劣っていようが、相手は“人間”と言う世界最悪の魔物にして化け物。神にとって抗えぬ闇の怪物である。油断も慢心も有り得ないが、戦術を上回れた現実を思えば、為り振り構わず殺害すると言う必死さと冷酷さが足りず、より冷酷非道になって戦いに徹する必然性がある。

 殺すべき戦神だけの怨敵達。

 大剣を構える竜殺し。竜から人に戻った火の娘。世界を作る赤い外套の騎士。大盾を構えた不退転の意志を持つ少女の騎士。そして、血反吐と血涙を流す何ら変哲もない一人の少年。戦神はこの中で、最も身を削って戦いに臨んでいるのが、何もしない少年であることを理解していた。あの様子では味方が武器を渾身の力で振う度に、全身に雷撃が走る激痛に襲われていることだろう。

 

「―――見事なり、赤き騎士よ。

 貴公の手管、実に人間らしい業の塊であった。学ばせて頂こう」

 

「貴様、それ程の力を持って―――何故、このような所業に手を貸した?」

 

 何の因果か、忍びの刀で以って邪竜の赤い拝涙を為したエミヤ。語り掛けて来た相手に対し、彼は珍しく皮肉を混ぜず疑問を発していた。

 

「神を捨て、人となる為に」

 

 無表情のまま戦神は僅かに語り、剣槍を振り上げた。だが何も握らない左手は、理由は分からないが彼の隣で横たわる邪竜の屍の頭部を撫でていた。労わるように、あるいは力及ばず助けられなかった事を謝るように、戦神は一時の相棒だった邪竜に、確かな感情を表していた。

 マスターの呼吸を休ませる為にもう少し時間稼ぎはしたかったが、そこまで。藤丸に従うサーヴァントの皆が臨戦態勢となり―――剣槍が、邪竜の頭部に向けて降り落ちた。

 戦神と向き合う皆は何も出来なかった。

 意味も分からず、彼が仲間の死体を穿つ理由も分からなかった。

 頭部に刺さった剣槍より発した雷鳴の一瞬で、邪竜の死骸が消え去った原因も見当が付かなかった。

 

「―――――――――」

 

 理解出来るのは―――戦神が、その竜を喰らったと言う事実だけ。

 暗い炎の闇。闇黒の雷嵐。邪竜のソウルは朽ちず、腐らず、戦神は竜の同盟者としての使命を全うするのみ。そして、彼はただただ邪竜との契約を果たしただけだった。不死で在れぬソウルとは受け継がれてこそ、魂を渡す相手が一時の戦友だろうとも無念なく死ねるのだろう。

 竜狩りの戦神が―――カルデアの前へと立ち塞がった。


















 そう思えばここの灰の人って不思議空間に拉致られた際、異星の神に糞団子投げ付けてクリプター拒否してたんですよね。やはり不死って頭可笑しいですね。あんな美少女ビーストになる筈の神様に対し、取り敢えず糞投げちゃう当たり、あの世界は本当に人間性が捧げられた世紀末です。
 感想、評価、誤字報告、お気に入り登録ありがとうございました。またこの話まで読んで頂き、ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。