血液由来の所長   作:サイトー

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 メルゴーのチェイテピラミッド姫路高楼とか書いてみたい。悪夢の主もニッコリ笑い声を上げてくれるでしょう。
 後、最近は対馬に襲って来たモンゴル・中国・朝鮮の連合帝国軍を撃退していました。


啓蒙35:赤子らの魔女

「そろそろ所長たち……いえ、カルデアの皆さんが来ますね」

 

 玉座の間から、戦場の方を見ながら灰は呟いた。

 

「竜血騎士団は囮に使い、飛竜も消費し、英霊は殺され、邪竜は墜ち、戦神は討たれました。そして、邪神と成り果てた我らの元帥は、星に還りました。

 いやはや、使い潰しましたねぇ……フフ。ジルさんが殉死するのは想定外ではありますが、まぁ勝てば良いだけです。負けても死ぬのみで、失う魂なんて最初からない我らは敵にとって、全く以てインチキ極まりましょう」

 

「構うものですか。元から、騎士も飛竜もフランス人から量産した成れの果て。英霊は、そもそも死人。使い切るべき消耗生物だもの。

 ジル達は……そうね、私も彼は無念に思いましょう」

 

「ふふ、そうですね。でも、彼方も彼方でまだまだ休憩中ですし……私たちは、それまでどう致しましょうかね?

 今が今生最後になるでしょうし、扉が開くまでお喋りしますか?」

 

 既に籠城戦となり、だが戦える人員は少ない。今からサーヴァントやそのシャドウを召喚しようとも、灰が人間性を与え、それに適応させる時間がなければ、所長の瞳が容易く敵対するサーヴァント共の意志を発狂させることだろう。

 レフを狂わせた瞳を見た灰は、人間性を備えさせなければ、オルガマリーに戦力を蹂躙されるだけなのは理解していた。人間性なき人間など、容易く狂わされて死ぬだけだ。故に人間性を特異点にばら蒔くと言う発想が、そもそも上位者になった狩人から啓蒙された対抗手段である。

 その副作用として、人間性由来の現象を検証出来た為に、灰にとっても善き困難でもあった。そして、狩人も殺した相手の意志を奪い、その人間性を血として得ているのだろう。

 

「良いわよ。好きなことを話してれば良いじゃない。聞くべき事は聞きましたから」

 

「では、そうですね。貴女が何故、そもそも竜の魔女であるのか……それを、告げておきますか」

 

 最後の無駄話。それを聞く魔女は会話を拒否しても良いが、ただ待つのもそれはそれで面倒臭いと考えた。

 

「聖人から反転した魔女だからじゃないの?

 ……あれ、でも違うのよね。私は聖人の血を持つだけの赤子だったわ」

 

「そうですよ。まぁサーヴァントの霊基的には、私のソウルの業と降霊魔術で、聖女が反転した魔女っぽい本物の"人"造人間として体裁は整えています。何せ、今の貴女は受肉していますしね……あぁ、また脱線しましたね。では、話を戻しましょう。

 貴女が支配していた竜は二種類です。

 暗い邪竜のファブニールと、そのファブニールの黒鱗を材料にした擬似子宮炉より生み出したワイバーンです」

 

「知ってるわ。そして適当な人間共や、サーヴァントの霊体も材料の肉にした自動誕生機関でしょう。あんなのを考え付くなんて、本当にアンタは魂が腐ってるわ」

 

「魔術と神秘は勉強しましたので。英霊はあちら側とそもそも繋がっていますから、彼らの革の内側が一種の異界として成立しました。何よりも、ドラゴンの生態系は全て理解済みですよ。竜のゴーレム作りも面白いものです。

 ……あぁーと、また脱線しました。いけませんね、無駄話は愉しくて。

 それでファブニールが貴女の言う事を聞いていたのは、意志疎通がそのまま出来ていたからです。高次元の思考形態と、サーヴァント以上の魂がありますので、言う事を聞かせられれば、言った通りに動いてくれると言うことです」

 

「成る程。あんな危険なドラゴンが、私がそう望まれた魔女だからって指示を聞いていたのは不思議でしたが、そんな絡繰になっていた訳ね」

 

「頑張りました。ジルさんと四苦八苦しつつ、仕掛けを練り込みましたからねぇ……いやはや、どうもです。雰囲気だけ若い学徒の気分に戻れました。

 では、そもそもワイバーンとは何か?

 私は火の炉として熱を捧げる為に人の魂を燃料に、人間性を薪にしましたが、この特異点ではその人間性の濃度を薄める無垢なソウルがそれなりにいました。炉に焚べても良かったですが、どちらでも良いのなら、もう少しだけ有効活用出来る使い道がありそうとは思いませんか?」

 

「…………子供」

 

 既に必要分の量産を超え、更に作らせ、竜の生まれる炉は廃炉となった。最後は呆気なく、炉の燃料である人間性の毒と、薪を燃やす火の増幅により、腐った末に燃え尽きた。

 そんな胎もどきから誕生した生命は、やはり歪んだ被造物。純粋な竜種ではなく、ソウルの業より創造された人造生命種――ゴーレムである。そして、生命体としては本物よりも自然に近い完成された幻想種でもあった。

 

「その通り。ワイバーンは私の炉の薪にならない人間……即ち、ソウルも少ない薄味な人間性の持ち主です。焼いたところで薪の旨みもなく、むしろ可燃性が低下する恐れのある者。淀みもなく、暗くもないソウルの群れ。

 つまり――赤子を含めた幼子たち。

 彼らは、そもそも竜の魔女をオリジナルとしたデッドコピーな訳でありました。

 英霊の皆さんも、カルデアの皆さんも、ワイバーンの正体も知らずに、まこと酷い所業でした。竜殺し等と全く、愚かにも程がある名誉の極みでしょう。己の手を何者かの血で汚しているのかも解せずに、道理を知らぬ白痴で在る故の達成感。

 人を救う為に、人喰いに落された無垢なる子を鏖殺するとはねぇ……ふふふ。魂の悲鳴が聞こえないと言うのは、人理を護る為に死んで逝ったサーヴァントにとって幸運なる無知としか言い表せません」

 

 ワイバーンは、竜の魔女を手本にされた量産品。無垢な魂を炉に入れ、火と闇に掻き混ぜ、竜の魂として生まれたソウルの孵化した存在。灰の炉の燃料にも為らない透明なソウルだからこそ、転生の素材としては最適である。

 

「嘗て犠牲者だった加害者である騎士団。無垢故に破棄された赤子の飛竜。使い捨ての従僕である英霊。聖女を救った為に正気で復讐を誓った狂人。弔いの戦火を炉の燃料に変えた愚者。そして、人理に生存を否定された女から生まれた火の落とし仔。

 これより死ぬ貴女が知るべき事柄は、この程度でしょう。謎解きも終わりです。

 どうか、疑念なく母との決着を迎えて下さいませ。その最期に、暗い導がありますように」

 

「―――ヒ、ふふ……くくく。ひゃははははは……フフフフ。

 あっはっははははははははははははははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 魔女は、大笑いを上げた。加減なく魔力を練り上げ、それが赤ん坊の泣き声のように特異点を震わせた。歴史の染みであるこの異空間を作り上げた聖杯は彼女の内側にあり、無尽蔵に湧き上がる憎悪の正体を赤子の魔女は全て悟れてしまったのだ。

 丁度、城に入り込んだカルデアにも聞こえただろう……子供が、泣き叫ぶ唄だった。

 

「竜の魔女……―――竜の魔女、竜の魔女!

 それはその通りでした。それしか有り得ませんでした。なんて分かり易い道理ですか!!

 聖女から流産した憎悪の赤子が、竜を操る力を与えられ、自分と同じ存在である飛竜の赤子に人喰いを行わせていただけなんですもの!!?」

 

 聖女の子、復讐者、暗い血の赤子。しかし、その前にジャンヌ・ダルクは竜の魔女である。そう在れかしと祈られ、赤子から生み出された人間に過ぎなかった。

 そして、ワイバーンの鳴き声は、親と死に別れた子供の泣き声だ。魔女と同じ魂を持たされた哀れな竜血の落とし子だった。

 

「ひっひっひ、ひ、ひ、ひ、ヒィ……あはははは」

 

 難しい謎など、この特異点には存在しない。考えるまでも無く、答えから悲劇が始まっていた。脳髄を憎悪で掻き混ぜ、臓腑が神秘に煮え立ち、視界が暗い火で染まって逝く。自分が生まれた瞬間に人生が終わりを迎えていた事実を知り、笑う度に魂を嘲った。

 竜の魔女と呼ばれただけの赤ん坊は―――真実、竜の魔女となったのだろう。

 

「来たぞ、竜の魔女。似合わぬ高笑いは、そこまでにしておくが良い」

 

「ははははは……はぁ、そうね。ごめんなさい、佐々木小次郎。竜の魔女なんだもの。敵が誰だろうと、ちゃんと殺さなきゃね」

 

「………」

 

 刀を抜いた最後の従僕と、自分を理解した魔女の赤子。灰はそんな二人を何時も通り顔だけで笑い、何も無い心が殺戮技巧の儘に思考を展開し始める。

 玉座の間の扉が開いたのは、丁度その瞬間だった。

 魔女と、侍と、灰の三人はこの特異点を護る最後の砦として、焼かれた世界の為に否定された世界を破壊するカルデアを迎え討たねばならない。

 

「竜の魔女……もう一人の、ジャンヌ・ダルク。私はこの手で、貴女の命を奪いに来ました」

 

 揺ぎない瞳を持つジャンヌが、開いた扉からジャンヌを見ていた。

 

「酷い言い草ね、聖女様。

 でも、だからこそ、私はこう言いましょう……―――おかえりなさい。ずっとずっとジルと私は、貴女がこの城に来るのを待っていました」

 

「――――――ッ……」

 

 万感の想いが込められた魔女の真実。復讐者は、どう足掻いても人の温もりそのものを否定できない。目的を忘れて安寧に浸る自分の日常を拒否出来ても、幸福を与えてくれる想いの対象を存在しないことには出来ない。魔女は故郷を焼く為の我が家に、やっと救われた女を迎え入れる事が出来たのだ。

 

「……貴女は、死なねばならない。

 私と言う、歴史から逸脱した生者から生まれた死人として」

 

 だからこそ、それは万感の想いであるのだろう。

 

「そうね」

 

 確かに、ジャンヌは救われたのに。

 

「死なないといけない。私が生きていると世界は焼かれたままで、貴女が生まれた事を否定されないと……火は消えず、人が住まう星が燃えたまま……」

 

 そして、此処はジャンヌ達にとって暖かい家だった。

 

「……―――人々の為に、私は貴女を殺します」

 

「だから……アンタがそんな様だから、彼は血と復讐に狂ったのでしょう。処刑される貴女を牢獄から救ったと言うのに、ね?」

 

「それでも、私は……ッ―――!?」

 

 言葉を遮るように、魔女は米粒程の肉片が入った瓶を取り出した。胡乱気な瞳は闇に染まり、焼かれる狂気も疲れ果てた。

 

「―――これが、私の正体なんですって……母さん?」

 

 ゆらゆら、と指先で掴んだ瓶を揺らした。中に入っている死骸が溶液の中で舞い、人になる前の水子がくるりくるりと回転する。そして水中で泳ぐように上がり、また沈む。

 

「………ぅ、ぁ」

 

 引き攣った声が漏れ出るのを、聖女は何とか喉に抑え込んだ。けれど、耐え切れない感情が貌に現れていた。どんな思いで自分と同じ貌をする目の前の少女が、自分を母さん等と呼んだのか理解出来ないジャンヌではない。

 

「もう、やめよう……竜の魔女。こんなの、もう沢山だ」

 

 藤丸の祈るような声を聞き、魔女は心が停止する。直後、顔面に亀裂が入り、頬が裂ける様な狂おしい笑顔となった。

 

「あはぁ……クヒヒヒ。ふふ、うふふふふふふふふ。本当に可笑しなことを言うのね、カルデアのマスターさん。

 やめようだなんて―――馬鹿らしい。

 アンタが私の立場だったら、生きる事を止まれるの?

 そう在れかしと望まれ、そう生きた人生を否定出来るの?

 世界が焼かれるから、聖女が母親だから、死ぬかもしれないから……それは、確かに大事です。だけど、私が自分の生き方を変える理由にはならない!!」

 

「復讐は否定しない。でも俺は、自分を否定する貴女を許さない!」

 

 彼からすれば、人を殺してでも叶えるべき願いなどなかった。だが今はもう、誰かを殺してでも世界を助けると言う目的と、この世界で生きたいと言う願望がある。

 ―――心の底から、藤丸立香は願うのだ。

 復讐者とは相反する献身者であり、けれども同じ人間である。

 そんな少年の横で盾を構えるマシュは、無垢ではあれど、高度な思考力で現状全てを把握していた。藤丸の心も、魔女の憎悪も概念として理解し、だが共感は出来なかった。

 

〝でも、魔女は……―――止まらない。先輩では、止められない”

 

 だからか、暗く燃える魔女の瞳を見た時、マシュはどうしようもない程の悪寒に襲われた。口を閉じさせる為に突撃しようとも思えず、最適な解答は翻って直ぐに戦場を逃げ出す事だと直感する。

 

「……ええ。えぇ、良いでしょう。無力のまま、死の恐怖に耐えて戦った貴方には、私を罵倒する権利がある。その言葉に価値が有るとも認めましょう。事実、貴方だけが世界を救う事が出来るのでしょう。

 でもね、私の人生に口を出す言葉は、私の魂を背負う無償の愛を持つ者だけに許された家族の心情。私が生まれる事を望んで育てたジルと、魂の造物主であるアッシュと……そこの、女だけよ。

 それ以外にいるのだとすれば、私が思う儘に激情を叩きつける復讐相手のみです」

 

 言うつもりはなかった。無意味な行いでしかない筈。秘匿は、隠してこそ意味がある。復讐すべき相手は侵略者と故郷の人間共であり、カルデアは唯単なる敵に過ぎず、抑止力に利用されたジャンヌ・ダルクは取り戻す相手。

 しかし、藤丸立香は踏み込んだ。敵ではなく、人として魔女に憤った。

 殺すだけの敵ではなく……竜の魔女に憎まれたとしても、自分の意志を告げる善き人間であった。その魂を暗い血の赤子として悟れてしまった魔女は、復讐者として憎悪を藤丸に表さなければならない。

 

「ですからね、本当の事を言いましょう。私は復讐の為に侵略者を故郷から根絶やしにし、その後にフランス人を殺し回りました。けれど、そこの女……アッシュからすれば、私の復讐はただの手段でした。なので、とても効率的な鏖殺の心得を私に教えて貰いました。

 アンタらが殺した騎士団は、ただの人間です。

 サーヴァントも、心を狂わされただけの英霊です。

 そして、人々を生きたまま喰い荒したワイバーンはね……私と同じ―――人の子供だったのよ」

 

 その口を閉じさせないといけない。エミヤも、忍びも、清姫も、そう思って本当は飛び出したいのに、灰の威圧が全てを封じさせていた。隙を晒せば、どんな死を迎えるか分からない。

 邪魔する者もなく、魔女は怨敵となったカルデアのマスターを追い詰める。

 

「―――は?」

 

「殺した子供を使いました。ワイバーンの魂として利用して、死んだらまた炉に戻る循環機構。使い道が他にあるのなら、そうするべきじゃない」

 

 思い返してはいけない。考えてはいけない。映像を浮かばしてはならない。藤丸はそう思うごとに、自分の目の前で死んだワイバーンの姿が思考回路の中で点滅する。

 

「殺されて、可哀想に。竜の鱗と革を引き剥がせば、そこにあるのは小さな人間の魂だったと言うのに。皆、私と同じで親と別れた幼子だったのに、貴方達はさも英雄然と飛竜を殺し、人々を救ったと言う達成感に酔っていました。

 ねぇ藤丸立香……どうか、色んな死に方をしたワイバーンを思い返して御覧なさい?

 竜血の落とし子ちゃん達が上げた雄叫びが、何を望んでいたのか分かるわよね。色の薄い幼い魂が竜血の本能に狂わされても、最期に上げた断末魔が獣の呻き声なんかじゃなくて、人の温もりが恋しいだけの―――親に会いたいだけの、純粋な願いの祈りだった」

 

「俺は……―――」

 

「貴方が命じて、英霊達に子供を殺させた。世界を救う為に、私と同じ犬畜生に堕落した。復讐心なんかなくともね、人は無知な獣である事に変わりない。

 知らない儘、子供の血肉に汚れておめでとう……おめでとう、おめでとう!!

 貴方は無自覚の儘、子供殺しの殺戮者に仕立てられました。同じ人殺しとして貴方にも、そしてカルデアにも罪が無い事だけは認めて上げる。だって、悪いのは子供の魂を利用した我々だもの。けれども血に染まるアンタらの意志は、人の獣性から逃げられない。

 これで―――私を憐れむだ何て愚考、二度を思うことも出来ないでしょう?」

 

 人間の生物的強さとは、底無しの悪意。それこそ進化の秘訣。魔女もまた人間らしく、人に仇なす悪性が挫けそうな心を奮わせる。

 

「―――竜の魔女。なんで、そこまでする?

 血の涙まで流して……人殺しが痛いなら、そう望まれたからって、良いじゃないか。自分の為に人を、そうまでして殺さないといけないのか!?」

 

 暗い血で彩られた魔女の魂が憎悪に燃え、熔けた闇が瞳から零れ落ちる。復讐者で在る彼女からしても、臨界点を大きく超えた感情が魂の中身を掻き混ぜ、何もかもが憎悪に熔けてしまう。

 どろり、と生温かい深淵で貌が穢れる。

 暗い穴である灰の炉から与えられた人間性(ヒューマニティ)とは、人間の全てが融けた正真正銘、人の魂の原型となる暗黒。無垢だった赤子の魂を“人間”にする黒い闇。それらは藤丸立香の言葉に対し、心身が石化するほどの刺激を受け、蕩け流れる黒泥となって溢れ出た。

 

"魔女よ、泣いているのですか。だが、それが人です。人である為の魔であり、総てが人の内から生まれたモノなのです。暗さを拒み、内側に呪詛にも怨念にもならぬ魔を持たない人間は、人としての可能性を狭めるだけ。

 聖女の母と言う救済と、魔女の子と言う罪悪。良くぞここまで、私が与えた人間性を育て上げました。魂の果てに自らの魂を棄て、それでも尚、自分と言う存在を至らせる強さ。その起点となるソウルの歪み。

 ――もう、充分ですねぇ……ふふ。

 死んで頂きましょう。魔女に対する救いとして、聖女の手で終わり、特異点より生まれた暗き人類の赤子として完結する時が来たのです"

 

 闇が人なのではない。人は、闇でもあるだけ。魂が闇から生まれたのだとしても、同一視するのは魂に囚われた全知全能を喜ぶ偶像であり、貪欲な人知無能にならねば未来はない。何もかもを知ろうとも、それでも未知なる業を求めねばならない。人は他の何かに変貌する可能性を持つも、やはりそれは人間だ。魂も何かしらの理から生まれた存在でしかなく、心身から生まれた思考を囚われないことが、原罪の探求者で在る為の基礎。

 故に火で焦げた赤子の魂であろうとも、人の為に魂から涙を流す生物が、人と呼べる人間性を抱くのだ。そこに強弱はなく、善悪もない。

 在るのは、当たり前なソウルの感情。

 あるいは、それが不死に転じる程の闇なのか?

 この世全てを憐れんだ獣の世界より、獣性を克服する赤子を作るためにも、灰はジルの救いを自分の手段に貶めた。

 

「私の意志が叫んでいるのよ……もっと――憎悪を、と」

 

 魂から生まれた憎悪は、灰の望む限界のない可能性に進化する。何物にも縛られぬ想いこそ、人をヒトにする原動力。

 しかし、魔女には明るい記憶がある。数日だけ過ごした普通の日常。それを自分の憎悪から守るならば、血を代価に意志を捧げ、己が魂を焼かねば殺戮を尽くした過去さえも否定してしまう。

 

「だからね、ちゃんと亡骸は燃やしましょう。

 愚かな聖女が私の憎悪を生んだ母なら……これはこの世には、もう要らない」

 

 復讐を求める憎悪以外の何かが、魂に空いた暗い穴から漏れ出てしまうのだ。それを消し去る事こそ、ジャンヌ・ダルクが復讐者として死ぬ為に残された唯一の手段。

 パキリ、と硝子が割れた。

 まるで心が折れる音のようだった。そんな声にならない悲鳴が、瓶を握る魔女の手元から聞こえた。

 

「私は―――今、生まれた。

 生きていてはいけない人間の子供で、人理に存在を否定された赤子であろうとも、魂の屠殺場となった特異点が私だけの揺り籠」

 

 自分だった小さな肉片が入る瓶を割り―――暗い炎が、赤子の亡骸を焼き尽くす。

 

「そして、これから―――死にましょう。

 私が貴方たちに勝ったとしても、この特異点も人理の道づれとし、死ぬべき人間共を一人も残さず焼き尽くす」

 

 聖女は何も望んではならない。許しも、救いも、赤ん坊に求めてはならない。

 

「私は、もう止めろと貴女に求めません。私が貴女にとって……そして、貴方が私にとって何者なのか知るのが遅過ぎた。

 何よりも、貴女たちは殺し過ぎた!

 故国の為に犯した殺戮の罪が消えない様に、貴女にとっても罪は―――……消えては、ならない。だから……だから私は……哀れみではなく、貴女の魂を祈る為に殺します」

 

 その言葉を吐き出す為に、心の中に在る何かをジャンヌは今、魔女の為に棄てた。同時に、聖女が捨てた想いをジャンヌは拾い上げる。恐らくは今生において最初で最後、聖女と魔女はジャンヌとして、互いを善悪なく思い遣ったのかもしれなかった。

 

「本当にその通りです、ジャンヌ・ダルク。知るべきではない事だったなんて、知った後になって初めて理解する。だからせめて、こんな短い人生を復讐に使い潰した赤ん坊がいたことを、その目に焼き付けて、親子で最期の殺し合いを致しましょう。

 どうか、一緒に死んで欲しい。

 共に死ぬ私だけを―――憎悪して」

 

 憎悪の黒い炎が燃え上がり、死の障気が溢れ、刃の鋭さが煌めいた。三匹の悪鬼に対するカルデアも、迫り来る化け物共へと疾走する。

 そんな中――清姫だけが、死場所を見出だしていた。

 会話などする必要もなく、敵となる相手の心情を理解した上で、彼女はこの特異点で芽生えた意志総てを初手の火焔に込めていた。

 

〝潮時、ですわね……”

 

 既に彼女も霊核が砕ける寸前で、霊基も焼失間際。火を放つ度に自らの炎が自分を焼き、内側から焦げて消えそうであった。灰に与えられた人間性の炉由来の火は、魂を燃やすのだろう。それでも構わず、あの灰が気に入らないからと、清姫は自分を含めた誰もを偽らず、全力で焼き殺していた。

 

「……―――」

 

 覚悟を決めた清姫の隣で、藤丸はマシュとエミヤに魔力を回すだけで限界だった。彼の目前で行われる殺し合いに手出し出来る状態ではなく、マシュの守りがなければ一瞬で細胞一つ残さず蒸発していることであり、それは清姫も同じこと。

 違うとすれば、命を賭して宝具が使えるか、否か。

 所長は灰に立ち向かい、ジャンヌはジャンヌと一騎討ちとなり、エミヤと忍びが二人掛かりで侍を討たんと戦闘が始まっている。

 

「――っ………」

 

「……―――!」

 

 真に、雑念も余念も挟めない殺戮空間。言葉を発するなどあり得なく、戦闘以外の思考がもはや赦されない。音よりも遥かに迅速な技が、言葉らしき概念にも似た作用を持ち、相手の業に宣告する。

 ――勝つ、と。

 極限の果てに研ぎ澄まされた闘いの意志のみが、この場を支配していた。

 

〝やはり、オルガマリー所長は殺り難いですねぇ……ふふふ。私が藤丸さん狙いで動くことで、注意を集めたかったのですが。

 だからこそ、闘い甲斐が生まれると言うもの"

 

 音速を常に超過した踏み込み(ステップ)で動く為、声に出して煽る暇はないが、戦略を思考回路で練り込むことは出来る。つまるところ、端から灰は全開。死の障気を纏い、墓王の力を振るうも、死の神の怒りを放とうとすれば、自分が死ぬだろう。銃撃を受け、即座に内臓解剖される未来を容易く察知出来た。

 大技は赦されない。

 サーヴァントで例えるならば、真名解放封じと言った所か。

 しかし、灰の相手には足手纏いがいる。藤丸に戦闘能力も、逃走能力ない。本来ならばマスターとして有益な戦力であろうが、必要だからと戦地に引っ張るべきではなかった―――と、無能ならば判断しよう。

 マシュやエミヤへの魔力供給や、いざと言う場合の令呪使用などの戦術性が藤丸がいる理由であろうが、所長だけは密かな理由があった。無力なマスターは弱点であり、敵のサーヴァントがマスター狙いなのも当然であり、なにも言わずとも自然と意識が集中される。囮役とするまでもなく、彼に意識が反らされる。マスターを狙うのは道理であると同時に、戦術的には狙いがあからさまで動きが読み易い安直な手でもある。

 もし、灰を所長が自分に集中させるには……佐々木小次郎を忍びとエミヤの協力で素早く殺し、ジャンヌがジャンヌとの一騎討ちに邪魔な横槍が入らないようにするには、これが一番なのだろう。

 

〝見え見えですねぇ……―――乗りますか?”

 

 相手の陰湿な敵意を瞳で見抜き、所長は自分の企みが看破されたと気付く。

 

〝秒で気付かれた。腹黒具合じゃ、アン・ディールには数段劣るけど……ま、別に良いわ。乗ってくれるなら、死ぬ前に狩るまでのこと。

 ―――殺してやる。

 薄汚い裏切りの不死に、どうか悪夢を。我ら狩人の裁きを”

 

 所長は、忍びとエミヤが侍を殺すまで耐えれば良い。ジャンヌの果たし合いに、灰を介入させなければ尚も良い。マシュもこの特異点で大幅に技巧と思考が成長し、サーヴァント並の戦闘技術が養われつつあるも、まだ灰と殺し合わせるには早く、援護の手助け程度に抑え、藤丸の守りになるべく徹するように指示。清姫の火炎攻撃の援護もあり、所長が有利にことを進めている。

 暗い手(ダークハンド)獣狩りの散弾銃(ショットガン)を防ぎ、墓王の剣とノコギリ鉈が互いを削り合う。幾度も死線が交じり合い、常人では残像も目に映らない世界の中、所長と灰は戦闘に没頭した。

 

「―――藤丸立香、マシュ・キリエライト。ここで、お別れを」

 

「え……?」

 

「清姫……さん?」

 

 時間がない。清姫は二人に別離の意を示し、崩壊する霊基を抑えるのを止めた。本当は喋る余裕はないが、清姫は構わず霊体を燃料に発火する。

 

「そして、旦那様。短い恋でしたが、私は私を裏切れません。想ってしまったなら……サーヴァントが、生きた人間を守りたいのなら、致し方ないのでしょう。

 ―――愛しています。心の底から!」

 

「―――っ……俺は」

 

 答えは聞かなかった。聞く必要もなかった。嘘を吐かないマスターを困らせる気はなく、清姫は自分に嘘を吐きたくなかっただけ。

 

「待って下さい、清姫さん!?」

 

 死んで欲しくないと願う仲間の言葉が、清姫にとって今この瞬間に死んでも良いと思える理由となった。そして、真にマシュは清姫が死に逝く姿を悲しく想い、彼女はそれを受け入れた上で自爆する決意を持ってしまった。

 灰は人間性に呪いと術式を込めたが、それもまた魂のカタチで変容する。それが―――人間。

 人間性が人間性(ヒューマニティ)である限り、呪われようとも変わらないことなど赦されない。狂気の熱に脳が茹だろうとも、愛は愛。

 誰かの為の自己犠牲もまた、人間性の本質を示す―――在り方だった。

 

「転身―――」

 

 そんな灰が齎した魂の業が、清姫の魂を炉に変えた。最後の最後で彼に愛を―――一目惚れをしていた事実に、やっと気が付けた彼女は魂の儘に燃え上がる。灰に対する憎悪と殺意も、彼女を動かす熱情によって焼却され、灰となって心象から吹かれて消えた。

 所長は、その暗くも燃え上がる火を感じた。

 灰さえ、愛情より焼かれる魂の輝きを見た。

 ジークフリートがそう在った様に、清姫も滅びる世界を護ろうとするカルデアの為、あるいはマスターである彼の為にならば、と霊核を躊躇わず自分の意志で砕くのだろう。

 

「―――火生三昧」

 

 黒い炎の竜は、吼える間もなく虚空を翔けた。

 

「……―――」

 

 だが、余りに温い。死そのものと呼べる灰にとって、人間性の暗い火など薬にもならない。しかし、人間を極めたと言える灰は、愛の力を見縊るような愚行をする女には程遠く、清姫の竜炎を侮ることもまた絶対に有り得ない。

 彼女は一瞬だけ清姫の宝具の調べる為に思考で注意し、それが致命的な隙となる。

 所長は視線だけで眼孔より隕石を悪夢の空より招来し、超速の飛礫が額へと衝突。

 

「―――――!」

 

 虫が蠢く夜空の瞳。それより出る隕石は、弾速の限界を超えた悪夢的発射速度。灰の耐久性と髑髏の仮面兜を考えれば、頭蓋の中身をミキサーに掛けられてスープになった程度に過ぎず、常人なら鼻と耳から脳液を吹いていたとしても、エスト瓶を使うまでも無い。リジェネ効果を持つ道具によって十秒もせず全回復しよう。

 だが蛞蝓が脳に寄生している女は、脳だけに精霊(ムシ)が憑かれている訳ではない。血に意志が溶けるように、肉体へと完全に神秘が蕩けている。蛞蝓の狩人が寄生するとは、上位者でも有り得なかった精霊と呼ばれた軟体生物との完璧な同一。

 謂わば、神秘なる寄生虫の闇鍋にも似た状態。あらゆる秘儀が常に発動寸前。

 サーヴァントの領域を容易く超えた“加速”は無を逆行する業となり、灰の視界からさえも姿が消失する速さを超えた迅さとなる。縮地とも形容出来ぬ狩人の業より、新たなが仕掛け武器が踏み込みと共に繰り出された。

 

()った―――!”

 

 怨念回る車輪の轢殺。ローゲリウスが唄う―――処刑の無慈悲。

 

〝無様。届きませんねぇ……”

 

 しかし、ダークハンドが容易く弾く。まるで合気柔術で絡め取られた様な、完璧無慈悲な受け流し。知覚外の攻撃程度ならば、経験則より編まれた技巧によって相手の行動原理から思考回路ごと見切ってしまえば良い。根本的に灰は、動きの読み合いで勝負をしてはならない武芸者である。

 そのまま墓王の剣で串刺し、腸から死神の怒りを爆散させる。そうすれば、勝ちは確定。そして、所長の死体を清姫の宝具の盾にも応用可能。

 

〝―――エーテル砲、ですか?”

 

 それを、マシュの機械義腕の一射が防いだ。灰は自分の頭部を迷わず吹き飛ばす義手の砲撃を防ぐ為、ダークハンドでエーテルの弾丸を鷲掴み、そのまま握り砕く。それにより、僅かばかりとは言え、所長は体勢を整える時間を得る。

 灰にとって、彼女の助太刀は想定外。そもそも完成されていないデミ・サーヴァントが、二人が戦闘を行う思考速度に追い付ける筈がない。それでも人類の知覚外で攻防を広げる灰と所長を認識出来たのは、内側の英霊の力か、それとも彼女が自分とカルデアの力で倒した戦神より引き継がれた魂の残滓か。

 

〝マシュ・キリエライト程度の子供が何故……―――成る程。竜狩りの王子様、面白い手土産を。

 私と言う……いや、我ら亡者の王となったダークレイスもどきを理解していますね。カルデアの事を甚く気に入った御様子です”

 

 時間停止した思考回路で浮かんだ疑念を一瞬で灰は解消し、だが所長に離脱されたのを悟った。

 同時に、灰の眼前には黒竜と化した愛の化身が顎を拡げ、焼き砕かんと迫っていた。

 

〝見切られてるわね。どう言う真理を手に入れてるのだか。

 空間跳躍を超えて因果律から脱する程度の速度じゃ、あいつには通じないと……いや、その時点で意味分からないんだけど。

 ま、瞳持つ狩人なら出来て当然だもの。あの女も出来るのでしょう”

 

 時間軸からも消える加速の業による悪夢歩行。移動中は誰にも干渉されずに無敵となるが、見切れる者からすれば唯の素早い踏み込みに過ぎない。しかし、速度は本物であり、所長は煙のように即座に消え、清姫の宝具範囲から逃れる。

 血族の短銃(エヴェリン)で灰に狙いを定めつつ、骨髄の灰を秘した。敵の動きに合わせて行動しようと後の先を見定めるのみ。

 

〝―――……さて”

 

 時を止める体感時間によって灰は、千分の一秒後に訪れる危機を思考。迎撃手段は数あるが、されど場に好ましい手は限りが有る。

 だが所長は、右手からスローイングナイフを投げ放っていた。

 その投擲に対応する灰に合わせ、骨髄付与する水銀弾を発射。

 僅かばかりの隙を晒す敵を清姫は逃さず、自分の魂を燃料にして喰らい付く。

 

「グゥオオオ――――ッ!!!」

 

 左手に灰は触媒の杖を出していたが、時既に遅し。所長とマシュの足止めは成功し、灰は暗い炎の竜に呑み込まれる。焼かれながら巻き付かれ、全身を焼却されていく。

 

「―――清姫!!」

 

 藤丸の声はもう彼女には届かない。彼が戦闘の行く末を認識出来る段階に入った時、決着は着いてしまっていた。

 魂を薪として犠牲にし、怨敵の―――魂を焼く。

 清姫が灰を殺すにはそれ以外の手段を持たず、それさえも灰が与えた人間性由来の神秘。そして、宝具を当てるには所長とマシュの協力がなければ不可能だった。

 

〝黒色の暗い炎……”

 

 魂が燃える色。人間性の持ち主ならば、当然の闇。マシュは幾度もこの特異点で人間が焼かれる光景を見て、その度に自分自身が軋む音が脳裏から聞こえ、だが自分に火を着けて仲間が燃え死ぬ姿を初めて見て、絶叫を我慢するだけで精一杯だった。

 啓きそうになる口を閉じ、唇が震えてしまう。

 何を思って清姫が死んだのか分かる所為か、衝動的に自分もあの黒い炎の竜渦に飛び込みたくなってしまう。

 

〝逝ったのですね、清姫さん。今まで、ありがとうございました。私は絶対に、貴方達の献身を忘れません。絶対に、特異点を解決します”

 

 炎は一瞬で消え去った。マシュは仲間が一人一人死んで逝き、その度に自分が生かされる事実に心が折れそうになり、だが心の中で踏み止まった。

 だって―――焦げ融けた床の上に、もう何も無かったのだ。

 灰は塵一つなく消滅し、清姫は灰も残さず霧散した。マシュは血塗れになった手で盾の柄を強く握り締め、強敵が一人減った事を複雑な感情で認める。同時に、殺された灰を僅かに哀れみ、清姫が逝った事実を悲しんだ。

 ―――刹那、オルレアンの玉座は燃え上がった。戦場は止まらない。

 互いに語り尽くし、もう言葉なく相対していたジャンヌとジャンヌは衝突する。既に魔女は宝具を展開し、しかし全てを聖女の旗が防ぎ切っていた。

 

「―――竜の魔女!」

 

「旗の聖女―――!」

 

 魂に途を示す啓示が、冷徹なまで聖女を導いていた。人間であるジャンヌに、英霊ジャンヌ・ダルクが憑依した一種のデミ・サーヴァントもどきである今の彼女は、英霊である前に生身を持つ人間。啓示とは、果たしてどちらに囁くのか。あるいは、どちらの魂も啓き示されるのか。

 即ち―――人血は、獣性の萌しであった。

 霊体のサーヴァントならば効果は分からないが、ジャンヌは肉を持つ今を生きる人間。

 オルガマリー・アニムスフィアは何もかもを理解した上で、悪夢的副作用が無い様にしただけであり、虫の湧く獣血となる可能性を持つ人血由来の鎮静剤が、狂気を治めるだけの効果ではないのが自然。

 

〝―――これは、私は……一体?”

 

 古き空の支配者の狂気は人間性を啓き、人血は獣の本性を啓く。

 ならば、その二つが心身で内的衝突を起こしたジャンヌに変化がない訳もなく、サーヴァントの力を引き出す事もなく“狩人”に並ぶ身体機能と体感速度を獲得するのも不可思議な道理に有らず。輸血されたばかりの、成り立てに過ぎない狩人が銃弾を容易く見切れるように、聖女は魔女の動きを圧倒的思考速度で認識する事が出来てしまった。

 蒙が啓かれた脳を、瞳が啓き示す。

 互いに相克する螺旋のように、啓示と啓蒙が啓き合う。

 今を全て見通し、そして幾十手先の攻防を何故か同時に理解可能。

 そんな人間に英霊が憑依したとなれば、如何程の高次元生物に辿り着く可能性を抱けるのか、理解出来ないオルガマリーではなかった。だから魔女相手にジャンヌ・ダルク一人を向かわせれば十分以上だと、所長は最初から知っていたのだ。

 

「――――ぁ……」

 

 脳が思考に支配され、肉体が思考回路に侵食された。思わずともあらゆる行動が思い浮かび、刹那の間もなく肉体が思考速度で稼動する。

 振われる黒竜の瞳を持つ魔女の魔剣を、ジャンヌは真名解放を行わない聖剣で打ち下した。魔女が僅かに悲鳴らしき声を漏らすのも無理はない。ジャンヌは戦場で剣を抜かずに旗を振い、だが魔女を殺す為に宝具としての顕現ではなく、ただの殺人兵器として聖剣を振ったのだ。

 

「………ッ―――!?」

 

 そして、邪竜の紋章が描かれた旗もまた、聖女の旗によって弾き飛ばされた。旗の矛先で魔女は手首が斬り落とされ、思考が空白となり―――聖剣が振われ、もう片腕を斬っていた。

 旗と剣の―――二刀流。

 魔女独自の戦闘スタイルであった筈が、聖女はそれを模し、それ以上に洗練させ、子供を遇う大人のように魔女を仕留めてた。

 

「ごめんなさい……」

 

 ―――心臓を、聖剣が串刺しにしていた。

 旗で内臓を抉り貫かれ、動きを封じられた魔女は止めとして、心の臓腑の鼓動を火刑の聖剣で停止させられた。ジャンヌ・ダルクが焼け死ぬ最期が許せないからと、故郷を焼いて復讐した竜の魔女は、その聖女自身が火炙りの死を結晶化させた宝具で霊核を砕かれたのだ。

 皮肉であり、因果応報とも言うべきか。

 復讐者は結局、憎悪が生まれた根源によって死を齎された。

 

「迷っていたのは、私の方。殺す殺すと、息巻いて―――ゴフゥ……貴女を、殺せる程の憎悪を、見付けられなかった……ゴフ、ごほごほ……どうしようもない、何も知らない餓鬼だった。

 なんて無様なのかしら……ね、母さん?」

 

 口から血液が逆流するのも構わず、魔女は聖女に笑みを浮かべた。

 

「……―――ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 火炙りの聖剣を握り締める自分の手を、聖女は俯きながら見るしかない。心の中で止めておきたかった自分勝手な謝罪が口から洩れる。

 

「ごめんなさいぃ……」

 

 ジャンヌは、魔女が自分を殺せないだろうと啓示されていたにも関わらず―――人の心があると分かっていたのに、そんな人間性ごと竜の魔女を世界を救う為に殺めた。

 戦えば、確実に自分が赤ん坊を殺すのだと知っていた。

 自分一人だけで戦えば、悲劇の元凶を殺せる事を最後まで黙っていた。

 焼かれた世界が救われる事をカルデアが……燃えるフランスの民が、求めていたから、聖女は自分の心を火に焚べて、人の為に人を殺す。

 相手が例え、自分を火刑の最期から救ってくれた―――友と、娘であろうとも。

 

「だから、これが最初で最後の親孝行……」

 

 後ろに退くことで内臓と心臓から、槍と剣が抜け落ちる。魔女は胴体に空いた穴から血を吹き出し、焦げた瞳から暗い血の涙を流す母親を、穏やかな笑みで見詰めている。

 

「……聖女、ジャンヌ・ダルク。

 貴女を子殺しにだけは、させません。私を殺したことを……罪になど、させません」

 

 暗い炎が竜の魔女から舞い上がる。それは魔力を燃料とはせず、死を前にした魂を薪として燃え上がる魔女の火炎であった。炎はまるで壁のように聖女と魔女を遮り、ジャンヌは旗を振えば魔女の火炎を振り払って近付けるが、咄嗟に体が動く事が出来なかった。

 ―――いや、追い打ちをかける気力がなかった。

 彼女の脳には数多の策が啓示され、直感も動けと囁くが、既に死んでいる赤子を更に殺すことなど何故出来ようか。

 直後に、魔女の令呪が輝いた。

 もはや、一人しかない彼女だけの従僕。

 そして、抑止力として召喚されたフランス最後のサーヴァント。

 エミヤと忍びを二人相手に防衛していた侍は、魔女の背後に呼び出されていた。力無く膝を折り、炎の中で座り込む魔女は、まるで首を差し出す死刑囚のようだった。

 

「斬りなさい……佐々木、小次郎―――」

 

 全てを理解した上で、彼は血濡れた物干し竿を振り上げる。

 

「―――さらば」

 

 その一言のみ侍は告げ、魔女の首を切断した。

 

「………ぁ」

 

 首が床に墜ち、魂は闇に堕ちる。生きる意志を亡くしたジャンヌ・ダルクは、頭部も胴体も霧となって薄れ逝く。佇む聖女は、斬首された我が子の最期を見るしかない。口から漏れた小さな声は、果たして何を言おうとしたのか分からないが、音にならず思考の中に言葉は消えた。

 そうして、魔女の残骸である霧は黒く発火した。

 大気に霧散する筈のエーテルは侍に纏わり付き、魔女の胎内に隠されていた聖杯もまた、殺した彼に引き継がれた。

 

「泣き疲れた幼子よ、その短き人生の最期の頼みだ。介錯を承った一人の人斬りとして、侵略者をこの黄昏にて殺めよう。

 哀れな奴隷としてではなく、魔女の憎悪を継ぐ亡者として誓わねばなるまい」

 

 憎悪とは、周囲に撒き散らす感情ではなく、相手に差し向ける激情だ。魔女の侍は、命ごと復讐を使命として施されてしまった。

 

「なればこそ、カルデアの徒党共。この怨念を振るい、貴様らを私が切断せん」

 

 黒い炎が侍に―――灯った。

 













 感想、評価、誤字報告、お気に入りありがとうございました。そして、また読んで頂きありがとうございます!
 おまけですが、料理好きなエミヤがカルデアより参加している第一特異点でしたが、実は定番のワイバーンステーキを出していないんですよね。飛竜が人間を食べていたから、その肉を食べると人蝕じゃねと言う雰囲気を察した所長が止ていました。
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