血液由来の所長   作:サイトー

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 ミコラーシュが話すゴースあるいはゴスムですが、個人的にはゴースが海岸で死んでる海産物で、その赤子がゴスムと言う名前と言う説が好きです。二人共上位者で母親か赤子か、ロマにどっちが瞳を渡しのか分からないので、ゴースさんかゴスムさん、どっちでも良いから瞳くれぇと言ってるのでしょう。
 ついでに作中で人形遣いはミコだけですので多分、人形ちゃんはミコの作品なんじゃないか説も推してます。ゲールマンが学友の操り骸の神秘を持つミコに、死んだマリアの為に作ってと頼んだっぽいですよね。あるいは、人形は赤子を受け入れる母親代わりでもあるのか。悪夢にいるほおづきはミコが破棄した人形に悪夢に住まう眷属っぽい使者らが取り付き、月のフローラである使者の苗床になって愛くるしい姿となったのでしょう。人形が動くのも、使者でもミコが捏ねて血液にでもして詰めて、動力源である白い血液にでもしたのかもしれません。あるいは、そもそも使者が何処かしらの上位者の白い血液から湧いた眷属なのかも。
 ついでに、ゲールマンの死体をゴースの胎内にいれ、狩人を赤子の上位者に深化させた説も好き。故に、遺子は赤子の老人となり、戦闘も古狩人並にスタイリッシュな技術を生まれた時から啓蒙されていた。狩人の夢と狩人の悪夢が対比になっていて、夢にはゲールマンの意志とマリアの肉体があり、悪夢にはマリアの意志とゲールマンの肉体がある。マリアが漁村に隠していたのは、赤子を母親を殺して奪う狩人の罪であり、また上位者化したゲールマンの遺体を眠ったままにしたから。倒すと出て来る黒い陰が、遺子とゴースを結ぶ臍の緒であり、胎内で死んだゴスムの意志でもある。
 そんな妄想する時間が楽しいこの頃です。


啓蒙36:黒い炎のコジロウ

 ジャンヌにとって、佐々木小次郎が最期の敵として立ち塞がるのは、許容できるものではなかった。ジルを止めるために命を捧げたジークフリートが、ジャンヌの代わりに死ぬことを受け入れて終わりを頼んだ戦士。

 殺さねばならない。だが彼は魔女を斬首し、されど救った男。フランスの為に命を賭けた侍を、ジャンヌは最後に闘わないとならなくなった。

 

「佐々木小次郎。私は貴方を―――殺したくない」

 

 動く気配のないジャンヌの横を通り過ぎ、殺気もなく侍はカルデアと相対する。敵であれば相手を選ばず人を斬る侍であろうが、敵でない娘を斬る剣を彼は持たず、斬るべきではない者へ背を向けることに躊躇いもなかった。しかし、暗い火より憐れみが焦げ始める。赤子の竜血は、佐々木小次郎の魂に黒い色彩を描き、魔女が何を思って復讐を行い、何を想うことで憎悪が生まれたのか知ってしまった。

 鞘から抜かれた刀を振い、彼は自分の(カミ)を斬り落とす。

 武家の生まれでなく、武士でもなく、だが剣の業を人生へ捧げた侍として、小次郎は握る髪の一房を暗い火で灯し、死した水子への手向けとして燃やす事にした。

 

「聖女よ……」

 

 魔女の魂が物干し竿に宿り、侍は与えられた聖杯によって霊基を繰り上げられた。その上で、黒い炎が心身に纏わり付き、暗く燃える人間性(ヒューマニティ)を明鏡止水の精神でついに悟れてしまった。

 正真正銘―――魔女の騎士。

 魔女の胎の中で冒涜された聖杯は、内側に人の膿を溜め込み、だが宿主を汚染することなく祝福する。灰の炉の穴から漏れた暗い魂は、人間としての肉体を亡霊に過ぎないサーヴァントの魂を物質化することで与え、拠所を持たない不死ならざる人間として、その存在を確かな者とする。

 

「……もはや言葉は不要であろう。しかし、尚も決心が付かぬならば、お主はお主の意志を見定めよ。

 だがな聖女、貴様を斬りたくないのは魔女の意志を継ぐ私も同じこと。故に私は、悪の為に善を斬ろう。一の為に全を斬ろう。世界の救いを願うならば、この身を殺すが良い。

 ……カルデアよ。

 我が秘剣―――どうか、御照覧ありたまえ」

 

 嘘偽りない、最後の宣告。聖女を背後にし、敵となる者共だけに暗い笑みを浮かべる。

 本来の侍ならば、魔女に告げた言葉以外に語るべき想いなどないが、それでも剣士としてではなく、それ以前の剣士を志そうとした人間としての責務がある。

 他の者共は愛すべき強敵に過ぎず、だがジャンヌはそうではない。聖女が健やかに人生を送って欲しいと言う願いを、侍は魔女から魂と火の聖杯を継いだ事で理解し、ジル・ド・レェが壊れた狂気の根源が善意から生まれた望みだと言う事も記録として知ってしまった。

 侍は敵をただ斬るのみ。ならば―――佐々木小次郎は、主に仕える侍に在らず。

 この特異点で竜と人を斬り、剣士として経験を積んだのだとしても違うのだろう。彼は戦場で生きた剣士ではなく、無敵無敗の剣豪でもなく―――名無しの、剣神に過ぎない。

 そこにあるのは、純粋なる主義と信条。

 血に穢れなかった秘剣のみに生きた唯の人間の道理。

 神域に至る剣の業を得た百姓の意地なのであろうそれは、矜持ではなく、夢想であった。故に佐々木小次郎は一切の余分を持たず、自分の秘剣にのみ仕える侍で在った。

 

「火剣―――」

 

 放たせない事が、宝具を封じる最善。剣技の構えと共に殺意の鎮まりを察した所長は水銀弾を放ち、忍びが手裏剣を放つも、敢えて侍は何もせずに受け入れた。

 回避や受け流しよりも、場合によっては有効な強引さ。灰が魔女に与えていた経験則も、聖杯と共に受け継いだ侍は、衝撃に備える事で気合いで我慢した。つまるところ、誰にももう止められない。

 

「―――竜落し」

 

 物干し竿はワイバーンのソウルで鍛えられた火吹き竿となり、そして斬首した魔女のソウルによって黒い炎の剣と変ずる。

 黒い炎は刃となり―――ただ、伸びた。

 槍のような刃渡りが脅威となる物干し竿は、聖杯を内蔵する侍の魔力に許される範囲に過ぎないが、迸る黒炎が神速の刀身となって当たる障害物を熱断する。

 

〝ぁ……死―――死、駄目!”

 

 直感も反射も、何もかもが許されない神域の剣速。マシュは走馬灯と錯覚する思考速度で死を垣間見て、だが水中のように動き難い肉体を無理矢理に動かし、十字盾を構える事だけは出来た。常にマスターを護る為、藤丸の前にいることを意識していたから盾で守れたが、そうでなければ一歩も動くことも許されない剣技であり、彼女の先輩は真っ二つに焼き斬られていた。しかし、火剣の一斬の威力は凄まじく、その場に耐える事は許されない。

 即ち、横薙ぎ、斜め払い、振り下し―――同時三閃の、火剣なる囲い斬り。

 一本だけで軍勢を薙ぎ払う火剣を、平行世界から呼び出す秘剣・燕返しの剣技。

 黒い火剣の真っ先は、ただでさえ空間を捩り歪める刀身を更に伸ばした事で、もはや神の目であろうとも見切れないだろう。

 

「―――そんな……」

 

「……構えられよ、ジャンヌ・ダルク。なければ、去れ」

 

 ガコン、と要塞が焼かれながら崩れ始める。要塞の材料となった石材が蒸発し、魔力の火炎が燃え上がり、背後を振り返ったジャンヌが見たのは―――何も無い、玉座だった場所。

 要塞は、魔女の剣技によって崩落した。

 崩れ出す石材が床や壁に当たり、建物のバランスも崩壊し、刃の断面が滑るように上層階が地面に落ちて行く。

 

「わたし、は……―――私は……ッ!」

 

 何故、この足は立ち上がれないのか?

 何故、死した己は何も喋らないのか?

 何故、焦げた瞳が黒い涙を流すのか?

 ジャンヌは拷問によって焼かれた瞳が人間性に逆らわず、感情の儘に血を流すのを止められなかった。英霊に憑依されたから視界を得ているが、人間としての視界は闇に染まり、自分の瞳を焼いた熱の明かりが、彼女が最後に見た光景。

 肯定してしまえ、と彼女となった闇が聖女に囁いた。

 侵略者共は醜かった。自分を犯している時の口の臭い、体液の悪臭、手付き、目付き、腰の動き、嫌悪、性器、仕草、笑み、何もかもおぞましい生き物だったではないか。それを否定する事なんて、幾ら自分を誤魔化しても出来ないではないか。人の不幸を貪る獣で、人の苦悶を蜜とし、人を穢すのを喜ぶのが人間だった。拷問をさも愉し気に行っていたではないか。なら殺しても良い命で、あの灰に貪られるに相応しい邪悪だった。人間だから、なんで救われないといけないのか。人々を思う儘に区別し、感情を叩き付ける事が悪である訳がない。死後の自分から垣間見た記録も、火刑になる時に視た民衆共の貌は、侵略者共の表情は、娯楽を愉しむ幼子と何が違うのか。焼かれて死んだ後、服も焼かれて、焦げた裸体を晒し者にされて、そんな奴らの善性を信じて、何で人理なんて醜く、汚く、下衆で、蒙昧で、おぞましく、穢れた犬畜生が幸福を得る世界の為に、自分が汚れて死なないといけないのか。善く生きることに価値なんて何処にもなく、悪く生きることに罪科なんて何処にもなかった。

 結局、人間が為した因果が巡るだけの結末。

 仕込まれた悪意を紐解けば、母親の為に赤子が復讐をしていただけだった。母親を犯して殺そうとした侵略者を焼き殺し、母親を利用するだけ使い潰して見捨てた薄汚い国家を焼いた復讐劇。聖女と魔女の真実とは、本当にそれだけでしかなかった。

 

〝なにも―――無い。私は結局、何も出来なかった”

 

 だから―――魔女は、こうして生まれた。

 故郷が自分を捨てたから、この子宮から憎悪の子が誕生した。

 死ねば、良い。人間は最期に必ず死ぬのだから―――死ねば、良い。

 膿が、黒い人の泥が、視界のように魂を染めてしまう。目の前で死んだ魔女の姿が、そんな暗い闇の中で炎みたいに揺らいでいる。

 

「ううう、うぅ……ああ」

 

 生まれながら持ち得た聖人の意志。善を信じながらも、悪を為し、罪を受け入れて、人を信じる精神は、万人がそう在りたいと願う形であり、しかし彼女は自覚を持たぬ。

 だが此処は、人間性に満ち溢れるフランスだ。聖人で在ると言う欠落が許される訳がない。善悪を兼ね備え、個人の選択で天秤は傾かないとならない。

 悪を知りながら、悪意を抱けない何て余りに―――憐れではないか?

 

「ああ、ぁぁ……」

 

 人間性(ヒューマニティ)は、人の魂(ソウル)に平等だった。悪意を抱けぬなら、器を満たして人として完成させなければならない。

 憎悪を、ジャンヌ・ダルクは知ってしまった。

 後悔も、聖女は自害を渇望する深みで知った。

 懺悔は、神に祈るまでもなく腐れてしまった。

 ずっと彼女は耐えていたのに、魔女の死が引き金となった。生まれながら欠けていた筈の悪性を、人間性の祝福により啓蒙されてしまっていた。

 

〝誰も、救えなかった”

 

 床が、崩れた。

 

〝何も、変わらなかった”

 

 落ちる。

 

〝だから母さんは……竜の魔女に、何も知らない孫娘の手で殺されたのに”

 

 落ちる。

 

〝もう良い。私はもう、これで良い。これが私の、人を殺して人を助けた罰なんだ”

 

 闇に、落ちる。

 

「なのに―――どうして……?」

 

「―――そうか。

 なら聖女よ、最期を舞台に死合おうか」

 

 魔女を殺した侍に、ジャンヌは旗の矛先を―――突き刺した。小次郎は何もせず、背後からの攻撃を察していても受け入れた。

 赤ん坊を殺した彼なりの贖罪なのか、あるいは聖女の決意を讃えたのか。

 笑み一つ浮かべず、悲痛な顔もせず、彼はジャンヌに向けて黒く燃える刃を神域を超えて振うのみ。

 

「クッ……!」

 

 その一閃を辛うじて防ぐジャンヌ。崩れる要塞の中、地面に落ちながら死闘は始まった。直後、所長は崩れる足場に構わず、全力で跳んだ。跳ぶしかなかった。ジャンヌが作った隙を逃す程に余裕はなく、所長は啓蒙された狩人の業を存分に使う事に専心。

 何故ならば―――左足を、火剣にて斬り落とされたのだから。

 構えるのは―――葬送の刃(メルシー・ブレイド)。脳と繋がる悪夢から月明かりを刃に宿らせ、魔物が照らす淡い月光が隕鉄の曲刀から放たれ、狩人の鎌は真なる業を解放。

 

「シャァッ――――!」

 

 ゲールマン以上の脚力を得た狩人は片足であろうと宙に届き、仕掛け鎌を構える事も容易い。淡い波動が血管のように脈動し、オルガマリーは獣の奇声に似た叫び声と共に刃を振り抜いた。

 目視不可の、真空ではない上位次元より飛来する刃は侍に直撃。

 崩れる周囲の足場を瓦礫に変えて吹き飛ばし、崩壊する要塞に止め以上の死体蹴りを行った。

 

「―――ふ……」

 

 だが、あろうことが月明かりの波動を、侍は黒い炎を刀身に纏わせることで、悪夢の月の光を斬り止める。更なる悪夢的神秘を、刃に纏わせていた。

 技の名を、纏い斬り。膿の聖杯には、灰が集積した業も必要に応じて込められており、魔女には出来ぬ芸当であったが、明鏡止水にて無に至る佐々木小次郎が不可能な訳がない。

 彼こそ、生まれながらの―――剣神。

 隻狼を物真似た業を灰は技とし、それがまた次の者へと継承させた。

 そして、猛る火吹き竿を身ごと回転させることで鎮め、侍は舞うように宙へと跳んでいた。無論、無造作に宙に跳んで隙を晒す間抜けには程遠く、その気になれば大気を足場に蹴り動くも出来、黒い炎をジェット噴射として利用することも出来るのだろう。

 

「……ッ――――――」

 

 伸びる黒き刀身に月炎の波動が纏う。射程は視界の限界地点。その気になれば、元帥が召喚した海の邪神だろうと真っ二つにする空中剣技が、宙にまだ滞空する所長を襲った。

 

「―――グォ!!」

 

 目前に迫った刃を見た所長は思わず、腹から唸り声を出した。まだ無事な右足のブーツに鉤縄の爪先が刺さり、彼女は強引に地面へと引っ張られていた。瞬間、所長の鼻先を掠めるような黒炎剣の払いが通り過ぎ、顔面が上下に真っ二つになる惨劇は回避される。

 忍びが放つ鉤縄による緊急回避が、間一髪で間に合った。

 元より神域に至る男が、黒い炎と淡い月を利用して振う斬撃など―――狩人だろうと、対処は難しい。片足がなければ、尚の事。

 

「私の隻狼ぉぉお本気で死ぬかと思ったよ!!」

 

「主殿、お早く」

 

 情けない泣き声のような感謝を受けつつ、忍びは空中で所長と交差するように侍へと斬り掛りに跳んで行った。

 その頼もし過ぎる従者の背後を見つつ、所長は崩れる足場に落下中。血液を骨肉へと作り変えることで肉体再生を開始。生きようと足掻く生命の意志が削れて逝くが、戦う為の肉体の方が重要であり、落ちながら施した輸血液による血の感覚は意志を増幅させ、生命力もまた直ぐに甦ろう。

 そして、落ちたと同時に全ての回復作業を終えていた。勿論、落下による損傷もない。

 脳裏に刻んだ数多のカレル文字(ルーン)の一つ―――(ビースト)の秘文字。獣性を上げることで血に酔い浸り、狩人の業による殺傷能力をオルガマリーは密かに上げているが、肉体の内部構造が獣に似通うことで衝撃にも強い造りとなる副次効果を持つ。それにより落下死の危険を抑え、サーヴァントのように無茶な三次元立体駆動も可能と言えば可能であった。

 瞬間―――壮絶な爆音が、響き渡った。

 オルレアンの要塞が所長による不可視なる鎌の一閃と、反撃に行った侍の月光返しによって、完全崩落してしまった。

 

『所長、マシュと藤丸君はッ!?』

 

「バイタル情報をそっちで見なさいよ!」

 

『反応無いんですよ!! あの暗い炎の所為で、観測情報が斬り焼かれたみたいにグチャグチャになってます!?』

 

「………………………うわぁ、どうしよ」

 

『本当に、本当に所長は肝心な時にオルガマリー!!』

 

「はぁ! このロマニ、帰ったら貴方凄い悪夢に叩き落と―――いたぁ!」

 

『何処です皆、何処!?』

 

「…………………………………」

 

 所長の行動によって助けられたジャンヌは、勿論だが所長の姿をその時に確認した。そして彼女の左足がないことに心が凍る思いをし、要塞も完全に崩れ落ち、負傷した彼女が瓦礫に挟まれない様にかなり急いで助けに向かったが、実際は無事以外のなにものでもなかった。

 心配したあの焦りを返して欲しい気分になったが、ジャンヌは人間性が凄く出来た聖女である。無言のまま、先程まで死ぬ程焦っていた雰囲気を出さず、だが藤丸とマシュが心配なのはジャンヌも同じなので、急いで駆け付けていた。

 

「あら、ジャンヌ。貴女が無事なのは分かってたけど、ちゃんと会えて良かったわ」

 

「……そ、そうですね。遅くなりました」

 

 心が折れていようとも、戦える人間がいることを所長は知っていた。だからジャンヌがもう魂に挫けて、戦う理由も燃えて消えているのに、それでも最期まで戦ってしまう女であると分かっていた。所長は、だからもう戦わなくて良いとは言わないのだろう。そう誓ってジャンヌ・ダルクが自分の戦争を始めたのなら、どんな事実が悲劇となって聖女を襲おうとも根本的に問題はない。

 ジャンヌは―――ジャンヌ・ダルクを、裏切れない。

 オルガマリーは出会った最初から、聖女が持つ意志の強さを察していた。

 

「それで、お二人は何処に?

 早く助け、敵を倒しに戦線に戻らなくては。狼だけでは危険でしょう」

 

『その通りだよ!』

 

「エミヤも向かったから、まだ時間はあるわよ。それに、私の隻狼だけでも十分倒せる相手……まぁ、あの佐々木小次郎がこの特異点で一番危ない敵なのは、否定しないけど」

 

 話ながら所長は瓦礫を除く作業を行い、ジャンヌもまた所長を手伝って崩れた城塞を腕力を生かして退かしていた。

 

「―――所長、此処です!!

 マシュもいるけど、気絶してる!!」

 

 一分もせず、瓦礫の下からそんな藤丸の声が聞こえて来た。大きな瓦礫が邪魔なので、押して動かすと下にいる人も臼で潰すように傷付けてしまうかもしれないと思い、ジャンヌは作業する手を止めた。なので左手で右肩を軽く抑え、力を溜める為に肩の柔軟性を確かめようと、肘を曲げた右腕をグルリグルリと大気を斬る様に回した。

 聖女として英霊となった者。サーヴァントの身体機能を駆使すれば、並の数十倍の腕力で、人間の骨肉の数十倍は頑強な拳を放つ事も当然の芸当。瓦礫の岩も気合い一発、粉々に破壊することだ。

 

「ちょっと、ジャンヌ?」

 

「はい? どうしました、オルガマリー?」

 

 さぁて、と気合いを込める聖女の後ろには―――右腕にパイルハンマーを装備する所長がいた。

 

「同時にいくわよ」

 

「成る程、良いでしょう」

 

『頭良過ぎて、結局脳筋が手っ取り早いと悟るパターンじゃん!!』

 

 奇しくも啓示された解決手段は、啓蒙された叡智とまるで変わらなかった。

 

「ぬおぉぉおおおおお!!!」

 

 しかし、そんな気合いが凄まじく籠もった声が瓦礫の下から聞こえた直後、何トンもある岩が転がり退いてしまった。

 

「先輩、フォウさん、ご無事ですか!?」

 

「ごほ、ごほごほ……助かったよ、マシュ」

 

「フォウ~……フォ」

 

 助けなど、そもそも要らなかった。マシュは佐々木小次郎の一閃からマスターを護り、衝撃で気を失いつつ、反射的に藤丸を守っていた。しかし、天上から落ちて来た瓦礫から彼を身を呈して守り、胡乱気な意識は周囲の危機を第六感が察しても思考回路では判断が鈍り、頭部に落ちて来た岩の礫によって完全に気絶してしまっていた。

 結果、降って来た瓦礫の雨を、マシュと大盾が藤丸を守る事になった。

 藤丸とフォウは気絶したマシュが防壁となることで、この崩落から何とか生き延びる事が出来ていた。

 

「それと……ごめん、マシュ。何も出来なかった」

 

「そんなことはありません!

 先輩が戦場にいなければ、私はサーヴァントとして力を存分に震えないのですから」

 

 だが、それでも完全に藤丸も無事だった訳ではない。令呪が宿る腕の骨が折れ、青白く鬱血してしまっている。とは言え、それを見逃すマシュではなく、義手ではない何時もは十字盾を持つ右手で藤丸の骨折した箇所に触り、オルガマリーがAチームメンバーとしてマシュに教えた霊媒医療を使う。簡易的だが痛みを和らげる麻酔の効果を施し、骨と骨を歪みもズレもなく接骨させる事に成功していた。そして、その早業をジャンヌは遠い目で見てしまった。

 人を効率的に壊し、素早く殺す為の機械義手。

 人を大盾で守り、傷付いた人を癒す生身の手。

 意図してそうしたのか如何かは、正直彼女には分からない。だがジャンヌは、オルガマリーの人間性を理解しつつある。恐らくは、相反するその二つをマシュに与えたのは、英霊が矛盾する善悪を人生で為してきたように、彼女がカルデアの生きた英雄となる為に必要な苦悶だからと考えたからなのだろう。ジャンヌが人殺しによって国を救ったように、戦争や闘争に生きた英霊の功罪とはそう在るのが自然であれば―――人造の英霊の在り方もまた、自然と似通う存在となるのも不可思議ではない。

 

「ありがとう、マシュ。もう痛くない」

 

「―――はい。

 お役に立てて良かったです」

 

 啓示されてしまった狂気を、ジャンヌは誰にも告げず飲み干した。そうまでしなければ、人理焼却は防げないのかもしれない。

 

「アナタたちが無事で良かった……本当に、良かったです。

 それにマシュ、人を守る勇気を持ち、誰かを癒す貴女がいれば……私も、もう何も恐れずに戦えましょう」

 

「ジャンヌさん……―――はい!

 安心して下さい、所長印の腕前ですから。手足が取れても治して見せますとも!」

 

 デモンスレイヤーに左腕を斬り落とされた所為か、マシュは左腕を義手にするしかなかった。しかし、これから更に鍛錬を積めば、腕を生やすのは厳しいだろうが、切断された箇所同士を繋げる事は可能となるだろう。詳しくは分からないが、ジャンヌはマシュのそんな言葉が真実だと理解した。

 作られた破壊の左腕と、鍛えられた守護の右腕。人造人間にして、人工英霊。彼女を見ると、何故か分からないが知識が自然と脳内で何度も啓かれる。マシュ・キリエライトの存在は、即ちカルデアと言う組織の業の深さを表す基準だとジャンヌはここ数分で正しく分かり、だがどうしようもなく、今は言うべき事でもないのだと自分を押し殺す。

 しかし、マシュだけではなかった。オルガマリー・アニムシフィアの啓蒙も、ロマニ・アーキマンの思考も、狼の滅私も、エミヤの理想も、焦げた瞳から入り込んでくる。

 そして、藤丸立香の生きたいと言う渇望が、終わりに惹かれるジャンヌを強く引き止めた。

 

〝私の啓示も、ついに焦げてしまいましたね”

 

 邪神の深淵で狂った後、鎮静剤を飲んでから、頭が冴えて仕方が無い。啓蒙された啓示が狂ったように認識した事象と存在を解き明かし、今を見通し、未来と過去までが現在に混ざりつつある。

 ……故に、あの宝具の使い道もジャンヌは、聖杯を前にしてやっと理解した。

 誰も彼もが死んで逝く中で、自分が最後まで生き延びた理由も、魂で悟ることが出来たのだ。

 

「じゃあ皆さん、戦線に行きましょう。その前に私から策がありますので、少しだけ時間を貰っても良いでしょうか?」

 

「―――宝具ね」

 

「はい。皆さんで如何にか、私が接近して宝具を使う隙を作って下さい」

 

「オーケー。色々聞きたいけど今は―――」

 

 瞬間、黒い炎が舞い上がった。ある程度は離れた場所にいるジャンヌ達が、まるで火山の火口に立っているかのような熱量を感じた。

 空間が歪む程の質量を持つ闇なる焔の揺らぎ。

 宙高く、刀身が宇宙を斬り割るように伸びる光景。

 それは花鳥風月を体現。即ち、花を殺め、鳥を落し、風を斬り、月を裂く―――火剣の刃。

 この世を超えた業に辿り着く剣の理。何処か遠い世界にて、星に堕ちる月を迎え討ったような馬鹿げた剣戟であった。

 

「―――あ、ヤバいわね。ちょっとイエないね。急ぐわよ!」

 

 加速の業を遠慮なく使い、所長は一瞬で最前線へと消え去った。彼女は背後から急いで追い駆ける仲間の気配を感じつつ、自分に蕩けた精霊たる軟体動物を使役し、魔力と血液と水銀弾を加減無く消化した。

 翔けるオルガマリーと共に、空間が塗り潰されて逝く。

 宙とは上位者の、誰もが故郷とする悪夢。感応する精神が夢見る意志の呼応。

 

〝黒い炎……暗い魂を薪とする火、啓蒙される人間性が燃えた色。底無しの泥沼が人間達が集まる最後の扉にして、魂は獣より啓蒙された生命根源の理。

 即ち―――宇宙。

 これこそ、深海。

 魂の意志が世界を否定し、悪夢を燃やす為の願われた宇宙深淵の輝きよ!”

 

 啓蒙が止まらない。聖杯と交わり、魂は薪となって燃え、聖女の子の血は焦げることで暗い血となり、無を知覚する侍は世界を超越する故に、暗い炎は黒よりも深淵となる宇宙の暗黒でもあり、外側へと理が業によって斬り啓かれてしまった。

 オルガマリー・アニムスフィアは―――新たなる高次元より、瞳が脳へと悪夢を啓蒙した。

 

彼方への呼びかけ(アコール・ビヨンド)――――!」

 

 何もかもを吹き飛ばし、瓦礫となった要塞を砂塵へと粉砕するであろう隕石群。小惑星の爆発など生温く、人を超越した上位者よりも尚、宇宙を解き明かした人間の狂った暗い魂は暗い宙へと昇り、闇へと沈み、高次元暗黒より生まれた星が暗い炎を掻き消さんと降り注ぐ。

 その上であろうことか、オルガマリーの瞳持つ頭脳は隕石による精密墜落とする。

 彼女は視認するまでもなく脳内から瞳で位置を把握し、忍びとエミヤと小次郎の意志に感応し、黒い炎を宿す男だけ狙うように墜落軌道が修正された。

 

「火剣―――」

 

 だが―――星々の青い光を前に、佐々木小次郎は魂を暗く燃やすのみ。

 

「―――竜落し」

 

 伸びる刃は衝突する隕石を焼き断ち、抵抗なく燃やし捨てる。更に次元を超越して二重の黒い刃は平行世界から呼び出され、炎が絵画を薪とするように―――暗い火は、空を斬り焼いた。

 元より、剣技のみで高次元へ至る剣の化身。

 神域を知るのに神秘など人間は要らぬのだ。

 人間の儘、血も、火も、闇も持たず、人を辞めずに人を超え、人となって業を得る。

 

〝あっははははははははっはっはっははははははっははははは!!!

 アン・ディール……否―――アッシュ・ワン。灰の女の、亡者の王の、暗い炉の魂。これが見たくて、是の為に、貴女はこの佐々木小次郎を殺さなかった!!

 実験か……人間の、人間性が至れる―――我ら人が持つ可能性の、実験か!?”

 

 脳が瞳で啓かれ、宙は剣で啓かれた。高次元暗黒と繋がる神秘は、暗い火を知った唯の人間が至った剣の業に秘匿を破られた。

 星見が夢見た悪夢への門は―――次元を断つ侍により、斬られてしまった。

 狩人の業が上位者と悪夢を狩る技術となるように、剣士は暗い神秘によって届くならば、瞳が啓く宙さえも断ち切る境地を抱くのだ。

 

〝ノコギリ鉈では、獣狩り特化の鋸じゃあ……少し、侍には遅いわね。

 素早い獣や狩人にも、加速する古狩人にも先手を取って狩り易い仕掛け武器じゃないと、あの魔人を殺すのは手間が要る”

 

 新たな仕掛け武器を手に持ち、刃を内側に折り畳む。

 

〝狩人―――……成る程な、あれが星見の狩人か。

 これが聖杯より備えられた他者の魂を知るアッシュ・ワンの感応能力である訳だな。成る程、成る程……獣狩りの曲刀とは如何程の業を振う仕掛け武器であるか。

 無限に引き伸びる刹那の間にて、存分に堪能させて頂こう。オルガマリー・アニムスフィア”

 

 互いに互いの戦闘論理を理解し、理解された事も理解した上で、神速の剣士と加速の狩人が衝突する。

 

「――――ッ……!」

 

「ふ―――――――」

 

 隕石群を宇宙の夜空ごと、平行世界より呼び出した火剣三閃で斬り破る剣士だと思えば、所長にとってこれ以上ない神域の―――いや、神の境地をも斬る剣士だと言える。狩人が狩る獲物としては最高にして極致であり、生前は有り得なかった死合を小次郎が愉しまない訳もない。

 三秒も経たない二人の世界では、幾度の死線が交わる刹那が起きたのか。

 曲刀は火剣に受け流され、黒い炎を纏う斬撃を狩り装束を焦がしながら避け、水銀弾を風で揺れる柳のように避け、燃える炎を逆に曲刀に纏わせて振い、だが無形にして無心なる構えに隙はなく、悪夢で養われた狩人の業は、灰の記録を継ぐ剣神の技巧によって尽くを破られてしまう。

 啓蒙されたのは、灰がそんな舞台劇を作り上げた諸悪の元凶にして、至高なる仕掛け人だと言うことだけだ。聖杯によって灰の経験則を全てではないが還元された佐々木小次郎は、天賦の才能を無限の生死を繰り返して鍛えた魔人もどきとなったと言えた。

 到達した無の境地を今この時―――打ち破った。

 剣の業が、宇宙を切り裂く無限の剣に深化すると証明したならば、彼の精神は深海をよりも深くなり、深淵よりも暗い境地に辿り着こう。

 

〝だが……所詮、聖杯と灰による夢幻。

 されど、暗く沈んだ魂より生まれた我が意志の証明。

 斬れてしまうのであれば、一夜の悪夢の虚ろな業であるが、それさえも火剣にて斬り啓かん”

 

 キィイイン、と高い音が鳴り響く。ぶつかる曲刀と物干し竿が撓り合い、互いに距離が大きく離れる。所長は躊躇わずエヴェリンより水銀弾を放ち、だが侍は自分に当たる水銀弾を平然と受け止めて我慢する。そのまま一気に走り出し、踏み込みと共に物干し竿を突き出した。

 直撃―――抉られる、(ハラワタ)の臓腑。

 掌握―――獣化した手で、刀身を締めて固定。

 発火―――黒い炎が彼女を内臓から焼き焦がす。

 

「ア”ァァァアアアアアアアアア”ア”ア”ァァアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 ただの炎であれば耐えられようが、黒い炎は魂を焦がし、狩人の意志さえも焼き尽くす。人間性が燃えた暗い火は魂を薪とする故に、血液より意志を抱く不死の狩人であろうとも、その血液が燃料となって蒸発して焦げ付いて逝く。

 魂から唸り出る意志の絶叫であった。

 あらゆる死を経験したオルガマリーが今直ぐ死にたくなる苦悶だった。

 

「―――お主……」

 

「離すものか、佐々木……小次郎!!」

 

 右より、双剣を構えながら走る弓兵。

 左より、居合の肩を構えて進む忍び。

 

〝狩人の業か……―――ククク。灰め、余計な叡智を。

 魂を見ただけで理解するとなれば、この身が抱く渇望など分かり易かった事だ。

 我ら剣士は己が業のみを尊び、殺し合いの間を貴ぶが、貴様ら狩人は仲間を使うのも業の一つ。そして、葦名を駆けた竜の忍びも、正義の味方を目指した錬鉄の英霊も、敵を殺す手段に拘りも誇りもありはせん。

 勝てば官軍、敗北者は骸となるのみ。

 結果なくして正義無く、だが理念なくして意志はない”

 

 凝縮され過ぎて止まった体感時間であれば感傷に浸る思考の余裕を持ち、しかし侍の肉体は動くのに思考回路さえ不必要。最善最適にして、無形故の万全の型が明鏡止水より稼動する。

 刀が振えぬのなら―――暗い炎より、刃を出せば良いだけ。

 剣士である筈の彼は所長に刺さる火吹竿から手を離し、魔女が炎で作る炎剣を両手にそれぞれ握った。

 

「―――貴様ぁ……!?」

 

「―――――!」

 

 双剣ごと鉄の体は焼き切られ、楔丸をすり抜けて炎が担い手を焼く。実体があると見せかせ、それはただの火炎の放射に形を与えただけだった。しかし、身の焼かれる激痛にエミヤは耐え、忍びは咄嗟に纏い斬りの奥義を敢行。

 尤も、所長が作った隙は無駄となる。侍は何ら躊躇わず、回転する身の儘に所長も二人ごと焼き払った。そして、手を僅かに放した所長の隙を見逃さず、侍は火吹竿をソウルの霧に変え、自分の手元に召喚する。

 

「温いな、英雄諸君。そこらの百姓一人、満足に討ち取れぬとは……いやはや、失望も極まり堕ちる。これではまるで道理を知らぬ幼子が行う、世界を救いたい英雄ごっこではないか?」

 

 即座に立ち上がり、隙なく構える三人に対し、剣を振う前に挑発を一つ。気配からして、ジャンヌ・ダルクら三人が近付いているのも侍は察しており、その三人に対しての挑発の言葉でもあった。内心で思ってもいないことを、彼は受け継いだソウルより吐き出した。

 火剣となった秘剣を披露し、誰も死んでいない事実こそ―――本当は、喜ばしい。

 何故ならば、まだ成長の余地が剣技に残されている。受肉したこの肉体で経験を重ね、精神を更に深め続ければ、更なる業の深みに到達出来るのだと魂が悟れている。

 戦いの中で、より鋭く、より迅く、より強く、より多く、剣士は成長するのだろう。

 燕を斬り落とすのに生前は三本で満足したが、これより先の深みを知覚した故に、正しく無限に広がる剣戟の選択は、同時に果たして如何程の刃を振う事が出来るのか。

 

「―――何故、まだ戦う……佐々木小次郎!?」

 

「カルデアのマスターよ、もう言葉は要らぬと言った筈。そこな娘が我が剣に斬り倒れた時、それでも尚、お主は斬殺者が人を斬る動機を問うのか?」

 

 辿り着いた三人の中、藤丸だけが侍の欺瞞を感じた。彼自身、問いなど無為に終わると分かっており、義務感で人を殺すだけなら不必要。

 しかし、欲望を出すのを侍が自分に許す訳もなく、返す言葉は挑発だけで良い。

 

「―――――――――っ」

 

「そうだ。怒りの儘、敵を殺すが良い。令呪にて、貴様の下僕に命じるが良い」

 

 生前に臨めなかった死合。そう終われなかった死に今此処で辿り着くことこそ、彼の願望。しかし、生きたいと足掻く少年に語るべき本心は有らず。

 

「頼む、皆!」

 

 力が溢れ出したマシュとエミヤは、彼が死力を尽くした援護を受け、損傷した肉体でも一時的に万全な状態となって動くことが可能となった。

 瞬間―――隻狼が、目を赤く輝かせた。

 オルガマリーの令呪の後押しを受けた上に彼は、夜叉戮の御霊降ろしを行った。遺魂が宿る偶像の構えより、不死をも一方的に抹殺する怨念の膂力が臓腑から湧き上がる。

 無論のこと、その援護を行った彼女もまた、遺骨より神秘を引き出し、魔力を際限なく稼動させ、肉体を未知なる高次元の加速領域へと一気に引き上げる。

 

「―――――――」

 

 業の果てにある技巧と、神域を破る速度。音速が愚鈍となる空間には気合いの雄叫びもなく、魔人共の技と技が交差する。

 本来ならば、一対一でも勝敗が分からず、苦戦の果てに勝つ可能性がある相手。

 侍が戦っている相手は、その領域の使い手。そんな者共を複数相手にすれば勝てる訳がない―――等と、諦める訳もない。彼の心意気もそうだが、彼が経験を継いだ灰にとって―――同じ程度の技量を持つ敵を複数相手をするなど、ただの日常。

 無論、無策なら嬲り殺しに遭うのみ。

 囲まれれば死ぬのなら、囲まれなければ良い。攻撃は受け流して反撃し、場合によれば即座に得物をソウルより変え、迅速に致命打を与えて殺害。それとも紙一重で避け、敵の知覚外から致命傷を入れるだけ。戦技やソウルの業、ないし奇跡や周囲の敵らも扱えば可能性は無尽蔵。謂わば、慣れでしかない。仕方ないと心折れた不死は、自らの性能に失望して逃避に走る。

 故に不死殺しで一対多は当然で、ダークレイスから受け継がれる闇霊の真髄は其処にある。どんな不死が敵だろうと粘り続け、負けず、諦めず、殺害を虎視眈々と思索する。

 同等の技量を持つ使い手と闘争に明け暮れ、飽きずに殺し合い、薪の王を超えた灰達の軍勢を単独で屠り、闇霊は別世界の自分達にとって初めて脅威となる。群れて敵を殺戮する神殺しにして王殺し、そして英雄殺しの偉大なる大英雄共を如何に殺すか、その策と手順が肉体に染み渡り、死闘が常識となって灰は闇より生じる霊体として完成する。

 

〝―――これこそ戦場(いくさば)、私が夢見た合戦の肌触り”

 

 黒い炎が付与された火吹く物干し竿は、担い手の歓喜に応じて暗く猛るのだ。隻狼が繰り出す防御不能の大忍び刺しを見切り、あろうことか弾き流し、だがそれさえも忍びは策に乗せて義手より斧を振うも侍は回避。侍が出す斬撃刺突も全てを見切った隻狼は当然のように弾き流し、踏み込みからの突きも忍びの足技で対処出来たが、黒い炎によって刀身を踏むのは危険。

 そして、隙を狙ってエミヤが双剣を投げ放つも、伸びる黒炎の刃が熔ける様に切断。同時に所長による獣狩りの曲刀の連続斬撃さえ、彼は寸分違わず連続で受け弾き、途中で横槍を実際に仕込み槍で放つ忍びの忍術にも対応。

 忍びも所長も、侍のように一対多の戦術も行えるが―――こうも、華麗に華麗に捌けるかと思えば難しい。

 ジャンヌはその戦闘を何とか知覚し、啓示にて情報が脳裏に啓かれる。しかし、侍に接近する余裕はなく、火剣なる絶技に対するまで、彼女は好機を直感する僅かな間を信じて我慢するしかない。

 

「主よ、この身を委ねます―――」

 

 ならば、抉じ開けるのみ。

 

〝炎に終わった聖女の走馬灯。それを宝具とし、英霊化した女の魂に与えるとは……人間共、阿頼耶識。所詮は人間、魂が巡る全体としては不滅故に、我らも灰と全く変わらぬか”

 

 戦闘の勝敗には余分な知識が、侍の魂は聖女のソウルと感応して理解してしまった。即ち、それが灰が持つ魂の視野であり、自我境界の崩落でもあり、自己が闇に熔ける実感でもあった。故に暗い火が魂を薪にし、太陽に沈み燃える苦痛だけが佐々木小次郎を人のカタチに保っていた。

 

〝憐れだよなぁ……因果が巡っただけか。

 火刑を逃れた聖女が、火刑に処された死後の自分の持つ神秘によって、その炎に至るとはな”

 

 かとうじて所長と忍びとエミヤの攻撃を連続で避け、捌き、流し、侍は連続して訪れる臨死を愉しんでいる。だが、聖杯に熔けた筈の赤ん坊の絶叫が、小次郎の魂を臓腑の底から憎悪で煮え滾らせる。復讐者の復讐心は、明鏡止水の儘に狂わせる。

 あの火刑だけは、否定しなくてはならない、と。

 

「っ――――」

 

 炎が魂を燃やして舞い上がるならば、侍は常に焼身の激痛に耐え、しかし痛む程には火は強まる。世界を焼く熱が広がり、不死が安らげる死の温もりが蕩け出す。

 ―――膿の聖杯。もはや製作者の理念から乖離した汚濁の器。

 魔女の魂が宿る火吹竿より燃える黒泥が垂れ流れる。そして、神の怒りの如き奇跡にて、黒い泥波を空間を爆裂。

 

「……っち―――!」

 

「ぬぅ……――――」

 

 離れていたエミヤとマシュは無事であったが、忍びと所長に波動が衝突する―――寸前、対処に間に合う。サーヴァントが即死する上に可燃性燃料に変える暗い火に対し、所長は波動と同じ速度で後退し、忍びは仕込傘にて致命傷を防いでいた。

 そして―――ジャンヌは、炎を身に纏う。

 魔女の魂から生まれた黒い炎は、聖女の紅蓮が優しく受け止めていた。

 

「火剣、竜落し―――」

 

 無尽蔵の刃渡りを誇る黒い炎の一閃。燃え上がる火吹竿が振われる瞬間、次元を超越して二閃が虚空より放たれた。

 同時、三振りの―――囲い斬り。

 元より剣神の類稀なる才能で編み出された黒い炎の秘剣だが、戦闘にて幾度か振われ、その完成度は高まるばかり。つまり今この瞬間、聖女だけを殺すべく、世界を焼く対界秘剣が完成された。 

 

「―――紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)

 

 無駄だった。勝てる筈が無く、神秘としても劣るのが必然。もやは一閃だけで上位のAランク宝具を打ち破る秘剣が、高次元より三閃振われる剣神の絶技にて放たれるとなれば、聖女の魂を燃料に燃える炎だろうと斬り裂かれる。

 世界と魂を焼く斬る―――無限の剣。

 それこそ暗く燃えた燕返しが辿り着く人間性の答え。

 もはや、其処には死あるのみ。黒き聖剣の極光を防いだマシュさえも、燃える剣神の宝具と向き合う気にさえなれないのだから。

 

「―――ぁ」

 

 逃げて下さい、と叫ぶ余地がない。マシュは絶望と恐怖で身が一瞬で凍り、自分に火剣が振われる以上の絶望を味わう。

 何せ、どちらにせよ―――死ぬ。宝具の炎を見て分かってしまう。

 ジャンヌ・ダルクは火剣に勝とうが敗れようが、炎に炙り殺されるしかないのだと。

 

〝聖女の最期。炎の中から見た世界……っ―――けど、駄目だ。佐々木小次郎は、紅蓮の炎さえも切り裂く剣神”

 

 しかし、藤丸の予想に反して彼女の紅蓮は、火の三閃を押し止めていた。黒い炎だけでも分が悪い筈なのに、世界を超える剣技を止めていた。

 憎悪の炎が焼けぬ祈り―――聖女が想う、火への心象。

 オルガマリーは瞳で以って答えが最初から決まっていた殺し合いを、渦巻き混ざる紅蓮と黒い炎を見て啓蒙されることが出来たのだ。

 

〝世界を焼く憎悪でも……魔女は、その紅蓮を否定したくて復讐を決意した。

 あぁ、だからジャンヌ・ダルクが召喚されたのね。聖女を焼いて、聖女が許した火刑の炎だけは、憎悪の暗い火は燃やせないのだから”

 

 無尽蔵に伸びる無限の選択肢を誇る秘剣は、魔女の想いから深化した。故に刃は、紅蓮の乙女だけを殺せない鈍らと成り果てる。神を殺し、世界も殺し、人間を殺せるのに、聖女の想いだけは焼けなかった。斬れなかった。

 ―――あぁ、と侍はその結末を納得する。

 憐れな魔女への良い供養となろう。あの炎で焼け死ねるならば、どう足掻こうとも勝てない相手だったと、憎悪に満ちる魂を復讐の舞台から解き放つ事が出来るだろう。

 

「さようなら、佐々木小次郎」

 

 紅蓮の炎に、黒い炎が燃やされる。

 

「良い最期を、ジャンヌ・ダルク」

 

 互いに互いの身を焼く二色の火炎渦の中、火のうねりが声となって二人に届いた。サーヴァントとして霊体を構築するエーテルも火の粉と共に霧散して、炎の中で霊基が灰となって舞い去って逝く。

 侍は、もはや思い残す事もない。魔女の無念を振う結末を良しとし、勝負の答えを笑い、自分が負けた事実を悪しと許す。戦友となれたジークフリートとゲオルギウスの為に洗脳され、従僕に作り変えられ、しかし戦いそのものに不満はなかった。とは言え、後悔がない魂の在り方と言うのも、灰の人間性によって歪められたカタチだと言う自覚はあるのだが。

 

〝さようなら、佐々木小次郎”

 

 ジャンヌの中のジャンヌが、消える彼にそう呟いた。霊体を失って魂だけになった侍は、意識だけが残る最期の時に何かを想い、しかし何も伝えずに元の居場所へと巡り帰った。

 

〝ごめんなさい。此処まで、貴女には辛い目ばかりに合わせました”

 

 聖処女は、聖女に告げねばならない。最期であるならば、尚の事。

 

〝それは、良いのです。覚悟はしてました……でも、それ以上に苦しかった。本当に、本当に、心が焦げてしまいそうだったけど……―――悪い旅じゃ、なかったです”

 

〝……ジャンヌ・ダルク、お別れです。私となる人間の貴女の魂を、共に座へと連れて逝くことは出来ません。それはとても酷なことで……カルデアの皆さんにも、残酷な事ですが……あぁ本当に、何故なんでしょうかね?”

 

〝選択肢はなかったのです……――分かっています。

 私は分かった上で……ジャンヌ・ダルクが、宝具によって死ぬと理解して、自分の為に真名を唱えたのですから”

 

〝そうですか。我が事ながら、儘ならない終わり方です。責務を残して死ぬのが、こんなにも苦しくて……だから、カルデアと貴女には後悔ばかり。

 押し付けて、ごめんなさい。最期ま……で、共にいられ……なく、て……”

 

〝でも、貴女もまた私。その後悔も、ちゃんと終われますから”

 

〝……あり、がと……ぅ……ジャ……ン、ヌ……”

 

〝ええ、どういたしまして。さようなら、ジャンヌ”

 

 そして、ジャンヌは永遠に聖処女を失った。契約していた少女の魂が、自分の魂から完全に消滅したのを感じ取れた。

 ずっと一緒に戦って来た相棒。

 死んで英霊となり、だがまだ聖処女だった頃の姿をした自分自身。

 聖処女ジャンヌ・ダルクの祈りなく、聖女は魔女に鎮魂の祈りを捧げる事は出来なかった事だろう。

 

「―――ジャンヌさん、ジャンヌさん、ジャンヌさん……」

 

 眠る聖女を起こすのは、誰の声か。

 

「ぁ……―――私は、あれ……マシュ?」

 

 気が付けば、火で焦げたジャンヌはマシュに抱き止められていた。何時もの十字盾を投げ捨て、人殺しの義手で聖女を支えながら、必死に生身の右手で火傷を霊媒治癒で治している。

 本当なら死んでいても可笑しくない火傷の範囲で、暗い火の癒えぬ呪いもあったが、聖処女の祈りが呪いを浄化していた。火傷自体もマシュの治癒が間に合い、サーヴァントではなくなったジャンヌを生かしている。

 

「……ジャンヌさん!?」

 

 何度も、何度も、呼び掛けて、でも瞼を開かなかった。マシュはジャンヌが死んだと思って、しかし諦めずに傷付いた体を癒し続けた。

 けれども、こうして意識は戻る。片腕は敵を殺す兵器に作り変えたとしても、マシュは残った右手でまだ誰かの命を守ることが許されている。

 

「良かった……あぁ、良かったです。ジャンヌさんが生きて、生きていてくれて……良かったぁ………良かったよぉ」

 

「すみませんでしたね、マシュ……」

 

 流れ出るマシュの涙をジャンヌは指先で拭い、彼女に助けられながらも立ち上がった。なのに、所長はどうしようもなく苦い顔をして、だが精一杯の安堵を笑みとしてジャンヌに浮かべていた。

 

「人間の体に戻ったようね」

 

「そのようですね、オルガマリー」

 

「――――そう。貴女、覚悟は出来ているのね」

 

「はい。でも、貴女がマシュを止めなかったのは……正直、意外でした」

 

「どうしろって言うのよ……こんな私に、何を。それに火傷の傷は致命傷だったけど、直ぐに死ぬ程じゃなかった。十数秒の間、気絶していただけ。治さなくちゃ、痛いだけ。

 はぁ……本物の間抜けね、私。

 最初から分かってたのに。決心するのに遅れて、マシュが貴女を直ぐに助けてしまったわ」

 

 オルガマリーの表情を見たジャンヌは、許されない最期を同時に決心した。

 

「ごめんなさい。ですから―――」

 

「――――駄目よ。それは、駄目。

 貴女は自分が信じた祈りがあるのですから……人間の貴女が、それを選んではいけません」

 

 血を吐く貌をしてオルガマリーは、ゆったりと左腕を構えた。手に握るのは銃火器であり、射線の先は―――ジャンヌの眉間だった。

 何度も悪夢で死んだ彼女自身の経験上、脳を一瞬で破壊されるのが、最も痛みなく死ねる終わり方。

 

「―――――――」

 

 マシュ・キリエライトは、何もかもが理解出来なかった。藤丸立香は、訳も分からずに凍りつく事しか出来なかった。エミヤは何もかもを納得して心を鉄に作り変え、隻狼は静かにその終わり方を認めていた。

 

『オルガマリー・アニムスフィア……何を、貴女は何をしているんだ!!?』

 

 それは駄目だ。それだけは駄目だと、何かに追い立てられる罪人のような気迫で、通信越しに絶叫が聞こえる。

 

「ロマニ・アーキマン、特異点は崩壊しそう?」

 

『何を言っているんだ!? 聖杯はもう回収して……して―――ッ……馬鹿な。そんな馬鹿な!!

 有り得ない、こんな結末が許されて良いのか?

 確かに歴史を戻すことがそうだからって、ボクたちは自分達の手で、そうしないといけないのか……?』

 

「聖杯の、本当の所有者は―――ジャンヌ・ダルクよ」

 

 何もかも、特異点に来た時からカルデアは手遅れだった。マシュは思わず、ジャンヌを救った右手を見た……―――自分は一体、何を救った気になっていたのか?

 結局―――殺すだけ。

 震える。凍えて、臓腑から竦む。心の底から、人間を救う重みに彼女は恐れる。涙さえも枯れる。こんなことが、自分が為すべきことなのか。

 

「始まりは多分、ジル・ド・レェ。彼女を火刑から救う為に使われ、その祈りが特異点を作り出しているの。聖杯を壊したところで、聖杯の奇跡によって生存するジャンヌが死なない限り、フランスの特異点は壊せない」

 

『―――所長。ボクは……』

 

 ロマンの諦めに満ちた声が、答えだった。マシュも藤丸も、在り得てはならないこの悪夢が、現実に過ぎないのだと理解した。

 

「良いわよ。誰にも何も、私は命じません。これは所長である私の―――責務」

 

「貴女になら……私も―――」

 

「―――そうね……ごめんなさい、ジャンヌ」

 

「―――はい」

 

 動け、とマシュは自分に絶叫しているのに、体が全く動かない。藤丸は声を出そうとし、何を叫べばいいのか分からない。しかし、引き金が引かれてしまう。銃弾がジャンヌを殺してしまう。

 疑問だけが、二人を支配している。

 だが、分からなくても動かなければ。

 足が一歩前に出たのは二人同時。手を伸ばし、駆け出し、声を上げて―――

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお―――――!!」

 

 ―――ジャンヌが、震えてしまった。決意した筈なのに、恐れてしまった。

 一人だけ生き残ったフランスの軍人―――ジル・ド・レェの雄叫びだけが、オルガマリーの指先を止めていた。











 次回、過ぎ去らぬ者。



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