血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙41:腐臭に重蓋

 反乱軍にいた女神の貌をした者。戦場で見たそのサーヴァントが気になって仕方がない。木目細かい褐色の肌に、面積の少ない女を強調する服と、何処か幾何学的な紋様の刺青―――実に、素晴らしい。

 何と言う、麗しき美女だったか。

 奴隷として手に入れて、思う儘にずっと触っていたい。彼女は自制が聞かない欲望が魂に空いた孔から沸き出し、じっとしているのが辛かった。美女の尊厳を暴き、快楽を拓きたくて堪らなかった。

 

「アルテラ……あぁ、大英雄アッティラか。ふむ、確か未来にてローマの地を蹂躙する戦闘王。唯一なる神に縋る異端者の国を踏み潰す……―――神の鞭。

 そやつが、抑止の尖兵を統べる者。

 余のローマを滅ぼさんと足掻くのは良いが、何と言う麗しさだったか。

 しかし、名を聞くだけで、美女の詳細が分かるのは便利よな。英霊の座より、英霊には歴史の叡智を与えられるが、読書や講師の話を聞く面倒が省けて良い」

 

「ええ。ネロ殿……ふふふ。その者、我が飛将軍を思い出す益荒男ぶりでした」

 

「飛将軍……―――おぉ、あの名高き呂布。

 貴様から見た反乱軍の将の雄姿は、嘗ての主君を連想させる程か!?」

 

「はい。実に良い自爆弾頭になって頂けるかと」

 

「その評価は……流石の余でも、どうかと思う」

 

「何故です? 私にとって最も見るべき点であり、最高の褒め言葉であるのですが。

 しかし、軍師とは孤高で在る者。成果を上げるまで、誰にも意図を察して貰えぬので、まぁ別に構わないのですが」

 

「なぁ……その、アッシュ・ワン。そなたが呼んだサーヴァント、本当に大丈夫なんだろうか?」

 

「どうなんでしょうね?」

 

「悲しいことを言わないで頂きたい、我が主君(マイ・マスター)。召喚者と似た思考回路を持つ私が、貴女自身の合理的思考を触媒として召喚されたまでのこと。

 おぉ……全く、以心伝心とはこのこと。奇遇にも話し方も似ております。

 なればこそ僥倖にして、運命の出会い。この私が無限弾頭を手に入れ、仙郷を超える結晶機関まで開発し、まさか生前以上に戦場を蹂躙する火力を手に入れられるとは」

 

「すみません。ネロさん……彼、本当に駄目でしょうね。

 自分のマスターを無限ロケットランチャーとしか考えてないですから……はぁ」

 

 ついついカルデアでロマニが持っていたゲームを例えに出してしまう程、灰は頭が亡者になりそうになっていた。一日の死亡数はここ二千年で断トツに高い。その気になれば軍師の宝具にも奇跡や気合で我慢、あるいは指輪の加護で何とかなるも、態々そこからエスト瓶や奇跡で回復するのも面倒であり、そもそも抵抗しないで死に身を委ねた方が宝具の威力も高まる。

 謂わば、人の手を借りた連続自殺。不死になり損なった人間の屍を爆弾にする灰だが、自分が生きた爆弾となるのは逆に斬新だった。何より自分が貪って溜めたソウルを全て使い潰さず、自分の生命と大元のソウルで“絶頂”するような気分でもあり、闇術と相性が良い火の簒奪者からすればちょっと癖になる死に方でもあるのだろう。

 

「まさか、そんなことは。しかし、命の煌きがこう……ひゅーと戦場を飛んで行き、ふわぁー爆散して散り逝く眩き花火は―――正しく、美しき生命の炸裂だ。

 戦場における魂の炸裂。

 戦火を拡げる命の恒星。

 我らが戦地、この戦場の舞台劇となったローマに相応しきロマンであるかと」

 

「そ、そうか……いや、何も言うまい。実質、あれは神話の再現だった。

 そなたを使ったそなたのサーヴァントが暴れ回り、サーヴァントが数十いた戦場を一気に蹂躙したものな」

 

「まぁ、そうですね。私が宝具になることだ、と言う気分でした」

 

「ええ……―――最高(サイッコゥ)な気分でしたねぇ」

 

 灰に仕える軍師が、ニコニコと凄くご機嫌な笑顔を浮かべる。

 

「良いですけど。別に、死に慣れてますし。

 私も自分の従者に、戦術的な我が儘は言いませんからねぇ……」

 

「はっはっはっはっはっはっは!」

 

「アッシュよ。この者は確実に、マスターであるそなたを殺すのを―――愉しんでおる」

 

「気にしないで下さい」

 

「まぁ……良い。いや、我が太陽の女神が死ぬのは心が痛いが、余もそこは我慢しよう」

 

「太陽の女神……―――え、何処です?」

 

「…………」

 

 その咋な男の態度に、横っ腹にセスタス連打を叩き込みたくなるも、彼女は心を灰にして沈黙を選ぶ。しかし、魂の恩人を笑う軍師を素通り出来る皇帝ではなかった。

 

「いや、貴様のマスターだが」

 

「はははは。女神とは……なるほど、マスターよ。まさかまさか、在り得ないとは思いますが、貴女がそうネロ殿に呼ばせているので?

 女神、よりにもよって我が主君がそんな……太陽の、女神……っ――――」

 

「陳宮、余の女神に何か文句でもあるのか?」

 

「いえ、別に。しかし、アッシュ殿……恥ずかしくないので?」

 

「過剰演出し過ぎただけですよ。私も好きに呼んで貰って良いのですが、女神はちょっと誇張がですね……」

 

「―――何を言うか!!

 あの時のそなたは正しく太陽、そして煌めく涙の女神であった!!

 余は、余のために女神の人が涙を流し、その泪が余の凍り切った魂を優しく溶かす温かさが、情熱を忘れる程に嬉しかったのだぁ……あぁ、神であろうとも、あの感動は否定させまい!」

 

「だ、そうで。我が主君」

 

「まぁ、私も女です。悪い気はしませんとも」

 

「ブフゥー……あ、すみません。つい、少し」

 

 気が付くと、灰の右手にダガーが握られている。一瞬で軍師の背後に回り、背中からの刺殺が可能な準備が終わっていた。とは言え、指輪で隠しているため誰にもバレてはいない。

 今の灰が備えるソウルの人格にとって、あの台詞は死にも等しいらしい。

 

「………人選、間違えましたね」

 

「余だけの女神を笑うでないわ、陳宮!」

 

「仕方ありますまい。何故なら主君も、私に殺されるのをちょっと気持ち良く感じてますので」

 

「――――エ〝?」

 

「ネロさん、気にしないで下さい。不死と言う生き物は、ソウルが絶頂でもありますので」

 

「えっ…………?」

 

 何もかも失う感覚は、亡者の深淵へ繋がる魂の快楽――それが、闇術の在り方。

 闇を住処と安寧に浸るのならば、暗い穴が広がる絶望が渇望に転じるのも事実。

 

「言い得て妙。死に芸ですな!」

 

「そこまで珍しい趣味でもないと思うのですがね。とは言え此方の人間からすれば、異文化過ぎるかもしれませんが。

 しかし、座の本体を持つ半ば不死の貴方から見ても、変態的に見えるのですかね?」

 

「まこと、その通りかと。サーヴァントは自らを蔑ろにしがちな存在ですが、死の恐怖そのものは生前と変わらず持ってるので。

 私でも少々ドン引きでしたから勿論……えぇ、ネロ殿はそれ以上かと」

 

「我が暗い太陽の女神が……余の、魂を救ったそなたが、ローマ皇帝並の性癖多重苦?」

 

「暗い太陽と言うのは、そのまま陰の太陽ですので……その、人喰い腐肉に貪られてる女装野郎を思い出しますから、ちょっと止めて貰って良いですかね?

 私でも流石に……いえ、装備を選ばないので男装しますし、同じ灰の男でも女装好きな変態も多くいましたし、女物の冠を頭に付ける凄腕魔術師の男って結構一般的でしたし、そこまで嫌という訳でもないですが……あれ、ネロさん?

 私の言葉、聞こえてますか?

 もしかして、もう変態認定しているのですか?」

 

 陰の太陽(ダークサン)にして、暗月(ダークムーン)の隠された神性。太陽を偽った女神として育てられた神にして、太陽を司るグウィンの影であり、月光を司るシースの影でもある魔術師の男。

 余りにも憐れな……日の無い落とし子としか呼べない―――奇形の神。

 火の時代である日月の陰は死ねない不死から見ても、その死が救いからは程遠いと彼女は思う。だが灰にとっては数え切れないほど殺した薪の王、神喰らいエルドリッチの喰い残しの未消化物でしかない。そしてソウルを殺し奪うだけでなく、肉体と言う器まで薪の闇に融かそうとされた、あの末路は神に相応しい姿でもあった。

 

「成る程。成る程……―――成る程。余は暗帝ネロ、狼狽えん。

 うむ、仲良きことは素晴しい。陳宮は、正しく余の女神に相応しいサーヴァントであろう!」

 

 思わずとある皇帝のように、同じ台詞を三回呟いてしまう。彼女は深く考えず、感じることにした。灰は神としての威厳など欠片もない唯の人間で、英雄のような存在感も皆無だが、それでも女神以上の太陽の輝きを持つ女だ。

 ネロとしてはやはり特別扱いをし、特別であっても欲しいとも思っている。

 

「有り難いお言葉、ネロ殿。新称、暗帝の名に相応しい御正眼であられます」

 

「ふはははははは、やはり世辞は気持ちが良いな! もっと余を褒めよ!」

 

「暗き死の闇から甦った皇帝……でしたか?

 それで暗帝を名乗るのは、少し拗らせ……いえ、何とも言えませんかね。貴女の魂を甦らせた蘇生者である私が言うのもあれですが、暗帝の名は情熱の薔薇が似合うネロさんには余り良くない称号だと思います」

 

「アッシュ……ふむ、そなたは優しいな」

 

「いえ、単純にセンスの話をしているのですが。ほら、聞き方によっては暗君みたいな響きですからね。私としても、深淵の箱庭を作り出す手伝いをしましたので、暗帝の名が貴女の魂と合うのも分かってはいます」

 

「ならば瑣末事よ。人理に刻まれた我が名は―――暴君、ネロ・クラウディウス。だが、既にこの魂は闇を愛する情熱に溢れておる。

 暗君にして暴君……あぁ、そう在れかしと望まれた英霊の余の魂。故に暗帝!

 そなたに救われぬ奴をこの身に呼び出し、余の深淵で貪り尽くし―――ローマに通じぬ人理を、死後の英霊になる生前に余は理解した」

 

「ネロさんの考えは良き判断だと思われます。英霊ネロ・クラウディウスとの相性は、貴女の魂が証明しておりますからね」

 

「そして、余に魂を捧げた宮廷魔術師……彼の者もまた、そなたと同じく余の為に働いた。目的を隠していようとも、心身を賭けるその忠誠を無碍にするは皇帝に在らず!

 故に、魂を引き継ぐ余は―――暗帝こそ、相応しい。

 黒く染まった人の薔薇であろうとも、全てを闇よりも深く愛し尽くし、情熱を止まらず煮え滾らせ、ローマを永劫なる我が箱庭としよう!」

 

「決まりましたねぇ……ふふふ。その迫真な演技を、舞台でも出来れば良いのですけど」

 

「ふぅはははははははは……ッ――――!

 おい、そなた。もしかして、余の演劇をつまらないと思っていたのか?」

 

「全然、まさか。ネロさん監修の、ネロさん主役の劇なんで、プロローグからエンディングまでクライマックスですよ。

 ……ですよね、陳宮さん?

 今度は貴方も私と共に、黄金劇場へと観に行きなさい」

 

「すみません。私、軍師ですので。カエサル殿と答弁する予定が」

 

「なんと、陳宮よ。自爆芸だけでないとは……貴様はちゃんと、本当に軍師として働いておったのだな?」

 

「………勿論ですとも。

 ネロ殿も皇帝の職務の合間に、演劇やらコロシアムを愉しんでいるだけでしょう?」

 

「―――当然であろう!

 働かざる者、喰うべからず。即ち、皇帝は皇帝であるだけで、宮廷で飲み食い自由なのだ」

 

「なるほど……はぁ、成る程。この陳宮、まだまだ勉強不足のようで。となると、やはりカエサル殿との戦略会議を怠けるなど許されまい」

 

「それは仕方ない、残念だ。余が女神のために捧げる情熱の歌を聞けば、きっと貴様も感動の余りアンコールの絶叫を上げていただろう」

 

「それはそれは………あぁ、実に残念です」

 

 断末魔の間違いでは、と疑問を返さなかった自分の自制心が軍師は恐ろしく思える。

 

「ネロさんの歌唱力は、竜の雄叫び並にスペクタクルですからね……いやぁ本当に、竜体の私以上です。まさか自分の顔に音無しを施すことになるとは、夢にも思いませんでした」

 

「照れるではないか、女神よ!」

 

 そろそろ女神呼びを止めて欲しい灰であった。その度に軍師の肩が笑いを堪えるので揺れ動き、その尻に致命の一撃を刺し込みたくなる。

 ……気が付けば、隠し持つ右手のダガーに暗月の剣がエンチャントされていた。超越者の幻影指輪で透明化していなければ、この空間を暗い月光の輝きで充たしていたことだ。

 

「ですがネロ殿、私に良い考えがあります。ふと思ったのですが、孔明とアレキサンダー殿を招待するのは如何ですかな?」

 

「確かに。ローマのために働いている皆を労うのも、皇帝たる余の務め。そして赤毛の美少年が、あの大王なのだからなぁ……にしても、良き美人だった。目か覚めるとは、このこと。

 欲しいなぁ……――チラ」

 

 男がすれば性欲に塗れた欲深い目付きなのだが、自分の美貌に自覚があり、且つ皇帝特権による魅了により、愛らしさしかない表情で灰におねだりをしていた。

 それなりに整った顔立ちの灰も女だが、確かにネロが天性のアイドルなのを実感した。しかし、この皇帝はアイドルとして致命的な欠点があることも知っていた。

 

「あぁー……あれはレフさんの駒なので、ハーレムに入れてプレイしたいなら、彼に言って下さい。孔明やらと、その他諸々も彼の管轄ですからねぇ」

 

 アレキサンダーの貞操は、彼の意志と全く関わりない場所で運命が決まろうとしていた。率直に言って、灰と軍師は最低な分類に属する社会人だろう。ついでだが、孔明は軍師からの純粋な嫌がらせである。

 

「なん、だと……美少年とあの美青年を侍らしているのか、あのモジャめ。

 余も……余も、混ざりたい!

 たまには気分転換に、何時もと違うハレムで酒池肉林だ!」

 

「でしたら、そこのその外道軍師を貸して上げます。好きなように肉体を開発し、皇帝陛下のハレムメンバーにして良いです。この男、見た目は良いですから、女装でもさせてみるのも愉しそうではないですかね」

 

「マスター、貴女がネロ殿の玩具になって下さい。死ぬのが快楽でしたら、尊厳のない奴隷になるのも一興でしよう。何より、そっちの方が見映えが宜しいかと」

 

「なんと、女神とか……ふっふーふう。太陽を落とす悦楽とは、果たして如何程か」

 

 マスターとサーヴァントが、相手をネロのハーレムに叩き落とそうとする姿は、この世の醜さの現れであった。何故、互いに危機を乗り越えようと協力しないのか、人間性の浅ましさが実に残念である。

 

「しかし、もう三十路だと言うのに、ネロさんは精力が満ち溢れてますね。ハーレムの維持は金銭だけでなく、毎日相手を遣り繰りしないといけませんから。諸々が枯れた身としては、羨ましい限りです。

 斯く言う私も男と最後に交わってから………っ――あれ、思い出せませんね?」

 

 不死となる前の記録はあるが、もうソウルの記憶はない。死ねる人間だった時、恋愛したような覚えが僅かにあるかもしれないと全てが朧気。不死となった後の思い出は絶望と殺戮に溢れ、原罪の探求者となって世界中を彷徨ったが色恋沙汰など皆無であり、灰として甦った後も特に何も無かった。亡者の王となるべく、その場合はロンドールの手で婚礼の儀を行った程度。

 灰は―――女を、棄てていた。

 むしろ、ロンドールのお見合いセッティング能力に、彼女は感謝しないといけない。

 

「マスター」

 

「何ですか?」

 

「私は既婚者の子持ちでしたので、同類とは思わないで下さいね」

 

 気が付くと、左手に呪術の火が宿っていた。無意識の無拍子で、サディストを浄化しようと準備万全となっていた。しかし、それも克服者の幻影指輪で隠しており、軍師とネロにはバレていなかった。

 

「太陽の女神よ、どうだ……余と結婚するか?」

 

「いえ、これでも婚儀は結んだことはありますので。ただあの結婚は独特でしたねぇ……暗い穴の入刀式」

 

「なんで、そこで断るのだ!」

 

「恋愛は男女平等主義ですが、もう誰とも結婚はしないと決めてますので」

 

「女神よ、それではモテぬ……だが、それがそなたの信条なら仕方ない。余の后となる前に、互いを知るのも良いかもしれん。

 試しにで良いので、ハレムの生活はどうだ?」

 

「そこに、愛はあるのですか?」

 

「情熱的にな!」

 

「ふむ、じゃあ御断りです」

 

「じゃあ御断り!?」

 

「まだネロさんでは、私のディープキスに耐えられませんから」

 

「そ、そんなに……この余がダメな程に、そなたは過激なのか?」

 

「ええ、勿論。魂が抜き取れるほどに。私は貴女を大事にしたいのです」

 

「魂が抜けるほどの、愛の接吻……」

 

「まぁ、はい。それで良いと思いますよ。虚偽ではないですからねぇ……」

 

 深淵の箱庭、ローマのその中心部――暗帝宮殿。新生された王の城は伏魔殿となり、人理に反する者共の巣窟であるが、身内同士でいがみ合う場所ではなかった。

 その日常が殺戮と呪詛で成り立っていようとも、当たり前な日々が過ぎているだけだった。

 

「……それでネロさん、今日はこれから如何に過ごす予定でしょうか?」

 

「うーむ。そうだな、コロシアムの興行視察をしようと思う。人員が補充されたとか何とか言っておったが……ふむ、今日は開催されるらしい。

 捕えた反乱軍の剣闘士と我ら深淵の魔獣が、命を賭けた生存競争を行うのだ。暗き人にならぬ愚か者が、生き足掻く姿はローマ市民にとって最高の娯楽。猛獣と人間の異種格闘技戦に熱狂しない者などおらん」

 

 皇帝にとってコロシアムは国家事業であり、市民を愉しませる娯楽の一環。それが正常に稼動しているか、否か、視察する意義が十分にある公務と呼べた。

 

「楽しみだなぁ……あ、それとな。奴隷商に売り出された没落貴族の娘が、大勢の剣闘士らと戦うらしい。選ばれぬ若い娘にとって、我ら帝国選民に辱められるのは名誉な事であり、且つショーを愉しむ市民の鬱憤をよりよく解消する事だ。

 全く、良き趣向だ。事業主にはしかと褒美を与えねばな。

 それでどうだろうか、余の女神。暇ならば、一緒に見に行かぬか?」

 

「良いですよ。陳宮さんも今日はカエサルさんと戦略会議と言う飲み会に行くようですし、反乱軍を宝具になって爆殺する日課もない訳ですから」

 

「飲み会とは……はははは、良いことではないですか。煮詰まってばかりでは、良き思案は浮かびませんので」

 

「程々にして下さいね。生前は二人共に妻子持ち何ですから、死後だからと気を抜かず、節度ある大人の男として行動するようにお願いします」

 

「そんなことより、コロシアムデートと洒落込もう!」

 

「三十になる女性のはしゃぎ方ではないと思いますよ?」

 

「女神よ、女は恋する限り、夢を見るもの。それが分からぬと、現実に則した愛に呑まれ、一瞬でオバサンとなるだろう」

 

「ほーう……成る程、分かりませんね」

 

「ならば、余に付いて来るが良い!」

 

 黒く濡れた髪に、狂気に赤く光る瞳。暗帝ネロは自身から湧き出る生温かい意志の、その人間が人間共に向ける感情の儘に、新生したソウルを自分だと疑わなかった。彼女は今日はもう面倒事は何もしないと決め、反乱軍掃討作戦もすっかり忘れ、ローマの休日を満喫するだけだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 幾度、死のうとも忘れない。

 何度、殺そうとも拭えない。

 

「あ、ぁ―――貴様ら……ローマ……」

 

 その時、人道を踏破した。

 そして、倫理が崩壊した。

 

「悲鳴一つ上げないとは、中々に気が強い妃様だよ。

 本当に、良い母親なのだろうなぁ……ふふ。実に感動的な話ではないか、君?」

 

「そのようで」

 

「褒美を上げないと。せめて、気持ち良く犯して上げ給えよ」

 

「……は、隊長殿」

 

 服を剥ぎ取られた。

 

「いや、やめて……もう、やめてぇ!?」

 

「助けてお母さん―――!!」

 

 それは、今でも夢に見る。縄で縛られ、柱に結ばれ、ローマの獣に鞭を打たれた。何度も何度も、肌を打ち裂く激痛に耐え、服を剥がれた羞恥にも耐えた。叫び声を上げずに、奴等の下劣極まる行いに耐え続けた。渡された理不尽な罰を、残された家族を守る為に受け入れた。もう皆が傷付く姿を見せ付けられていたとしても、更に悲劇を上塗りさせるつもりはなかった。

 なのに、何故――二人の娘が、目の前で男共に犯されているのか。嬲られているのか。大勢の薄汚いローマ人に、汚されているのか。

 ……無論、もはや彼女自身も奴等の玩具にされている。

 貞淑な妻として、王の伴侶として、誇りを持って生きていたが、全てが穢れて分からなくなった。だが、それはまだ我慢できた。殺意を、国や家族のために抑えることが出来た。

 

「ぐぅ、うぅぅ……ッ―――!!」

 

 憎悪で、全てが狂い壊れる。復讐に心が沈んで逝く。

 

「蛮族共の女だが、悪くはないようだ。娘の方も、流石は王族と言った良さ」

 

「そのようですな。隊長殿、こやつらは全く、法の何たるかも理解出来ないオツムでしたが、あちらは中々の具合ですぞ。

 見た目も中身も……ふぅ、実に素晴らしい。飼うには丁度良い奴隷でありましょう。所詮、聡明だったあの王がいなければ何も出来ない者共です」

 

「原住民は、貴族だろうと奴隷だ。王族は、罪人として我ら帝国選民が愛玩する。実に愉快痛快、最高のショーじゃないか?

 見世物は、こうじゃないとな。

 あっはっはっははははははははははハハハハハハハハハ!」

 

 ―――殺す。

 

「―――お母様!」

 

「見ないでぇ、わたしを……見ないでぇ!」

 

 ―――殺したい。

 

「財産は没収だ。領土など、貴様ら奴隷民族には似合わない。重税を課し、精々その最期まで、我らがローマ帝国の為に苦しんで生き給え。

 その死で以って、ローマの礎となれ。

 なに……もう穢れた女が三匹いるだけではないか。

 そのような薄汚い王家に、果たして如何程の価値が有ると言うのかね?」

 

 ―――奴らの為の、虐げられる苦しみ。憎悪が溢れてしまう。

 

「反乱も煩わしい。見せしめに、奴隷共を幾人か処刑するか。貴族や女子供でも八つ裂きにされる姿を見れば、原住民も少しは静まることだ。

 とは言え、原住民と言う商品を使い潰すのは勿体無いがな。だが猿と馬は使い様だ」

 

「ですなぁ……あ、本土に売る奴隷は良い値段でしたか?」

 

「原住民は民度が低い。我ら上位民族からすれば、な」

 

「こんな原住奴隷共よりも、もっと良い商品が土地にあれば……やれやれ。貿易やら、商売やら、政治経済は面倒なことです」

 

「所詮は消耗品よ。赤子も、増やせば良いだけだ」

 

 ―――圧政。暴虐。処刑。イケニはローマの娯楽品。

 

「あぁ……駄目だった。駄目だったんだ。裏切られたよ。プラスタグス」

 

 ―――殺して、殺して、尊厳を取り戻す。

 故郷を取り戻す。家族を取り戻す。文化を取り戻す。矜持を取り戻す。

 殺し尽くした果てに、嘗ての日常は戻って来る。裏切り者は一人残さず鏖殺し、兵を捕虜も取らずに殺戮し、民は女子供も区別なく虐殺する。

 

「あはは……はは、あっはっはははははははははははははは―――!!」

 

 殺戮の都市。皆殺しの戦場。奴隷など有り得ず、人身売買も許さず、大勢をこの手で殺したい。ただただ、誰もかもを殺したい。

 

「捕虜は要らない。奴隷も要らない。私が全て許す―――殺せ」

 

 敵も、味方も、戦場では全てが混じって屍の山が出来た。血の河が流れた。死の空気だけが満ち溢れ、尊厳を陵辱された王家に従う軍勢が、殺戮の喜びに酔っていた。

 

「奴らには死だけを与えよ。家族も、友人も、知人も、全てを灰にしろ」

 

 帝国に見捨てられた都市。あるいは、帝国軍が守り抜く事が出来なった都市。だが、見逃す気などない。殺さない訳がない。住民は全て殺し、帝国の民であるだけで死罪に相応しい。

 

「処刑せよ。女神アンドラスタへの生贄である」

 

 絞首刑―――並べたローマ人の首を括り、一斉に吊り下げた。

 火炙り―――女や子供は良く燃えた。都市を焼き払った様に。

 磔の刑―――限界まで苦しませる。十字架は死の象徴なれば。

 帝国から移民してきた軍人の妻を、如何殺したか。その娘をどんな風に殺したか。

 同じ女として、最悪の死に方と言うものを良く知っている。何故なら、それがローマの趣味趣向。奴らは住民を奴隷にし、圧政を引く事を娯楽とするのだから。

 

「殺せ。殺せ。殺せ。より多く、より惨く―――殺せ。

 我らがそうされた様に。我らもまた邪悪(セイギ)暴虐(サバキ)を為し、復讐を。底無しに、報復を」

 

 乳房を引き千切り、それを口に詰め、股間から杭を刺し込み、先端が頭上に飛び出る光景。弓矢の的となり、体中から矢を生やした老人と、そんな家族を見て絶叫を上げながら死ぬ人々。女王が率いる軍勢の兵士らが、苦しませて殺す為に男共の前で女を犯し、あるいは死んだ家族や知人の前で犯し、その果てに処刑する。

 女神に捧げた―――正義の証。

 人は人を殺す程に、人を辞め、だが人となる。

 もはや欺瞞は焼失して、貪欲な獣となって獣性を解き放つ。

 女王は復讐の輪廻を止める気などない。自分がそうされて、自分がそうして、やがてまた自分達に憎悪が返って来るだろうと分かっていたのに、人を殺さない選択など取れる訳がない。復讐すべき大帝国(ローマ)を滅ぼさなければ自分が惨たらしく死ぬ程の所業を帝国市民に行い、だがローマを打倒することなど不可能とも理解していた。

 

「あぁ……」

 

 結末は―――分かっていた。

 

「…………」

 

 復讐の果てに辿り着いた未来は、娘の死体。女王に殉じた屍の山。

 姉はローマ兵に槍で刺殺され、妹は戦車の下敷きになって潰れていた。他の戦士達も、戦場を墓場として惨たらしく死んでいた。

 ローマが他国をそう蹂躙し、そんなローマを報復に虐殺し、今度は自分達が殺戮の怨讐を還された。

 

「……じゃあ。死ぬとしよう」

 

 幾度でも、罰のように悪夢を見る。眠る必要がないサーヴァントである故に、そもそも夢を見ることもないのだが、眠る度に彼女は憎悪が湧き立った。悪夢はもう、脳細胞となって彼女の中で息をしていた。

 殺さなくては―――……その義務感の理由を、夢見るように確認する。

 結局は誰も救えず、無念も晴らせず。なら怨霊とならない方が非人間的で、且つ心無い獣。穢れた獣性とは、憎しみに狂う人間性がなくば現れない。

 

「………あー」

 

 現実逃避に思い出を掘り返しても、脳裏に浮かぶは憎悪ばかり。目の前の狂気から目を逸らしても、自分の狂気が怨念を駆り立てる。

 今を生きる女王は、ローマと戦うしかないと言うのに。

 

「圧政に反抗を。圧制者に、死の刃を。おぉ、ならば我らこそ尊厳を取り戻す尖兵なり」

 

「うん。そうだね。だから、今は少し落ち着こう。ね、スパルタクス」

 

「否! 正しく、否だとも!

 貴殿は私よりも尚、叛逆に狂いし女なれば……だが、自制を良しとする。ならば、血塗れの猛獣として、代わりに私が圧制者に叫ばなければなるまい」

 

「そーだけど……いや、そうなんだけど。そのね、キミにそんな風にされると、逆にあたしって冷静になると言うかね?」

 

「気にするな。私は気にせん」

 

「良いから……良いから、ね。落ち着いて、ね」

 

 これからローマ帝国を狂気の儘に殺し尽くしてやろうと、民衆を何十万人も屠殺するに相応しい殺意と気合が十分だった筈なのに、ブーディカは自分以上に狂気に満ち溢れた男共の面倒を見る破目になっていた。

 

「だが、ブーディカよ。呂布殿が、圧政者を討ち取りにもう一騎抜けしているぞ」

 

「――――――はぁ!

 いや、キミちょっと、スパルタクス、何で止めなかった!?」

 

「復讐の女王よ。常識で考えて頂きたい。私が、反逆者を圧政するとでも?」

 

 その真理両断(マジレス)な返答に、彼女は脳内で枷の外れた音がした。

 

「ははは……もぉー良い。如何でも良い。そもそも、何か、どうにでもなってしまえって良い気分なの」

 

「だが、アルテラ将軍は怒ることだろう。反乱者が、反乱軍に叛逆していると」

 

「ねぇー……スパルタクス。分かってるならね、もう少しあたしに楽させて?」

 

「それは、私に枷を嵌める圧政かな?」

 

 凄いニコニコした笑顔で、何故か筋肉も同時に膨れ上がる。笑顔と筋肉が連動するサーヴァントは、英霊は数いれどスパルタクスのみだろう。

 呂布は裏切る兆候が見え隠れ。

 スパルタクスは反逆が最高潮。

 ブーディカ自身も復讐の女王。

 ロボット飛将軍とマッスル剣闘士とクイーン復讐鬼は、実は結構そこそこ似た者同士であった。

 

「あ”ぁぁあああああ!! もう良い!もう行く!

 スパルタクス、あのバカの後頭部を殴り飛ばしに、ローマ帝国軍に突っ込むよ!!」

 

「それでこそ、我らを率いる女王である」

 

「待て、お前たち。作戦を忘れたのか?」

 

「荊軻……―――あ」

 

「おお、荊軻ではないか。お前も共に反逆にいざいかん!」

 

「駄目だ。後、呂布はアルテラが付いて行き、七色の剣鞭で帝国兵を一緒にシバキ回してる」

 

「なんだと。はははは、それは愉快痛快。あの圧政者共を鞭で躾をするとは、見かけ通り圧政の女王だと言うことだ」

 

「あたしが言うのもあれだけど。アルテラ、露出が激しい民族衣装だね」

 

「あぁ、ブーディカが言える素肌面積ではない。とは言え、呂布の暴走もアルテラ将軍の策の内だ。こっちはこっちで、帝国軍を横から叩くぞ。

 その後は、何時も通りに祝杯さ。あいつら、良い物資も持ってれば良いのだけど」

 

 尤も見た目がある意味一番セクシーなのは、アルテラを鞭を振う女王と称するスパルタクスであろうが。

 

「―――ふははははははは!!

 奪い、奪われ、殺し、殺される。しかし、それが人が作る戦争の本質。呂布はそれを知る故に、我らと足を揃えず思う儘、あの殺戮兵器を振るうのだ」

 

「まぁ捨てるよりかは良いけど。でもあたし、ローマの酒は不味くて酔えないよ」

 

「構わん。私の話を聞いてくれればな」

 

 人理に仇為す新生帝国軍と、新たな帝国の圧政と殺戮に抗う反乱軍。この特異点は分かり易い構図であるようで、だが更なる邪悪が暗躍していることを女王は察していた。市民が深淵の者に変貌し、暴走した徒は魔物となり、暗い穴から黒い泥を吐き出す地獄の中で、奴らはそんな化け物をローマ市民として普遍的に統治している悪夢。

 反乱軍の中―――ブーディカだけが、古樹の森林に囲われた深淵の箱庭を知っている。

 アルテラ、呂布、スパルタクス、荊軻、そしてブーディカ。まだ形ある島に何名かの協力者はいるが、戦えば戦う程、大勢のサーヴァントが反乱軍の軍勢ごと虐殺された。しかし、反乱軍狩りの為に一度に出て来る帝国のサーヴァントの数は少なく、一気に全てを皆殺しにしようともせず、戦力を小出しにしてジワジワと甚振るように削り取るのみ。歴史に名を刻んだ軍師が召喚されたなら、あの深淵の箱庭で倫理崩壊することで合理的殺戮者となり、有効となるあらゆる手段で冒涜的な大虐殺をするのも容易い筈。

 

「どうした、ブーディカ?」

 

「なんでもないよ……うん。ちょっとした考えごと」

 

「そうか。だが、悩み過ぎると毒になる。内側で膿む前に相談しなよ?」

 

「ありがと。気を付ける」

 

 帝都は深淵の箱庭。あるいは、奈落を掘り進める魂の深み。深まるばかりで広がらず、暗い闇が漏れるのを神祖の神域樹海が封じている。帝都は魔都に転じ、地形が流動し始め、何も無い穴に沈んでいくような、宮殿を深みとする歪な形状。

 それをもう女王は反乱軍には伝えたが―――誰も、理解は出来ない。

 見なければ、あの地獄は実感出来ない。帝都の外に展開された帝国軍を幾ら殺した所で、打撃は与えられない。戦略的に無駄となり、人間の補充など帝国帝都にとって容易い。生け捕りにされた反乱軍の兵士が、あるいは持ちら去られた兵士の遺体がどうなっているのか、想像するだけで末路が思い浮かぶ。

 

「……でも、アルテラがね。あの子、単独の遊撃を囮にしてた筈なのに」

 

「見抜かれていた。奴らからすれば、我らの戦術など掌の上なのだろう。囮に誘われ、大軍がこっちにおり、実際は呂布の一騎駆けがないと総崩れにされていたかもしれない」

 

「そう……ふぅん。飛将軍の狂気的直感なら、流石に外道共も予想できないと。でも、アルテラの動きを読まれたのは、良くない。

 こっちで一番の軍略持ちが、踊らされる。

 虐殺者、陳宮。謀殺者、孔明……―――殺すしかない。出来れば、早目に」

 

「戦場に居ればな」

 

「だが、一度(まみ)えたアレキサンダーと孔明は叛逆の意志を抱いていた。私でなければ見抜けぬ程に、小さく隠しておったが。挙げ句、我ら反乱軍に真名を名乗り上げ、態と正体を明かす不始末など、本来ならば有り得まい。

 おぉ……ならば、我が戦友に相応しい英雄だろう。

 圧制者に隷属された今を嘆く信念こそ、圧政を打ち砕く人の意志!」

 

 走りながら、帝国軍を粉砕せんとスパルタクスは疾走を速めた。その姿を見たブーディカは宝具の戦車を具現させ、隣を走っていた暗殺者も乗せ、更に死へと疾走する剣闘士に手を伸ばした。

 

「スパルタクス。ほら、乗って。早いよ?」

 

「ふ……―――叛逆の女王よ、忝し!」

 

 自分の足で大地を踏みしめ、敵陣に斬り掛り、斬られながらも笑って砕く。それが彼の信念である故に断ろうとしたが、相手は自分以上に憎悪に染まった叛逆と暗い復讐心を持つ女王である。彼女の言葉は狂える剣闘士の狂気に響き、悩むまでもなく一言で了承した。

 

「狭いぞ。おい、ブーディカ」

 

「三人乗り用だけど、ちょっと一人大きいかも」

 

「ふはははははははははははははは―――ッッ!!

 さぁ、いざ行かん。我ら叛逆の勇士、無辜の民を苦しめる圧制者を討ち滅ぼさん!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 魂の在り方について、神の教えが記された書物。彼女が来た時には神代は残り滓であり、もはや神など僅かな残留物しか確認できなかった。その名残や、まだ神秘残る地域に神霊ではない生きた神もいたが、西暦が始まったあの瞬間、それらは人間にとって前時代の遺物と化した。

 

「…………」

 

 パチパチ、と薪が火の熱で弾ける。暖かい不死の故郷。

 薪の王が振る螺旋剣が焚き火に刺さり、薪となっているのは人骨だった。

 

「…………」

 

 古い言葉で記されたバビロン虜囚より昔の神官が持つ聖典。そして、神聖帝国より前の帝国時代に記された使徒の聖典。

 啓示の聖典――旧約と新約。

 人道の真理――進化と退廃。

 人間は死ぬと神によって生前の業を裁かれるらしい。何を持ってそんな理の評価基準を定めるのか、彼女はその者らと出会えれば問い殺してみたかった。

 

「…………」

 

 良識を抱いて生きる人の理が記された教え。啓示の聖書だけではない。もはや現存していない古い時代の、様々な聖典を読破し、また何度と読み込んでいる。魔術や神秘を強欲に学習して業とするように、彼女は人道と道徳も渇望の儘に手を出した。

 だが彼女の心に、安らぎとなる納得はない。

 不死となる前は良識を持ち、灰となる前は信念もあった筈なのに、もはや彼女は人道を失った人間として在らねばならない。

 

「……ジークバルトさん、聞こえてますか?

 この世界は美味しいものが沢山ありましたよ。腹に溜まらず、味も分からないので、私は食べたふりですが。だけど色んな人が、人に幸福感を得られるように生活しています。人が人らしく、食文化を楽しめる日常が広がってました。

 貴方はきっと、この人間性がとても好ましいと思うでしょう。笑顔が溢れていると、喜ぶでしょう」

 

 夜の中、古い言葉で記された何かの書物を、焚き火の光で彼女は読み耽っていた。

 

「それに文明がとても進化しました。その人間共が生活する縄張りの長が、意図して民衆を苦しめようとしなければ、飢饉で死ななくて良いほどに、大多数の人が毎日満腹を得られる世界です。

 飢餓が私たちの世界では普通で、少し前はこの世界の人々も飢饉で呆気なく大勢死んでましたけどね。でも、人間のソウルを貪り合う私たちには関係ない理屈です」

 

 しかし、もう暇潰しに何度も読んだ聖人君子の真理解明。彼女は奇跡を祈る宗教という文明を、不純物なく正しく読み込んでいた。 

 

「けれど逆に贅沢品の食事も発達して、砂糖など色々な食料が毒物になって糖尿となり、凄い大勢の人が肥満になって、世界中で年間に何万人も死んでいるようです。もうそれでは、死因が逆になっただけですよ。端から見ていると、実に面白い生物です。でもそのお陰か、遺伝子上その病気になり易い人は、燃えた文明ですが医療技術が発達して長生き出来るのです。

 餓えを克服した文明は、次は肥えを解消しないといけませんね。

 食事のできない私たちは、やはり食べ過ぎで死ぬのが常識な世界になってしまうと、何故か魂が捩れるほどに奇妙です。ソウルと人肉の喰い過ぎで蕩けたエルドリッチが珍しくなく、けれど彼のような信念を持って自分を腐肉にする者は皆無です。とは言え、色々と時代が進んでいくと面白い思想が増え、人間は膨れた肥満も興行にする娯楽文明も発達しています。

 けど、世には大食いなる職業があるのですよぉ………ふふふ。ソウルを幾ら貪っても満たされない我らからすれば、本当に多様化した人の世は輝いています。結局、燃えましたけど」

 

「なにを……独り言を、貴様は話しているのかね?」

 

「焚火に話し掛けているのです。可燃物になった遺骨は、灰の人の寄せ集めでもあります。きっと使命を果たした彼のソウルに、私の声が届いていることでしょう」

 

 そして、焚き火の上には鍋が一つ。スープ作りを極めた彼女は、温まる正確な時間まで待っているのであった。

 

「つまりは帝都宮殿の屋上の真夜中にて、独り言を呟きながら、焚き火に黄昏つつ、その灯りで古書を読み耽り、鍋料理を嗜んでいたと?」

 

「はい。その通りです、レフさん」

 

 グツグツとエストスープを煮込む。それを掬い、用意した皿へと上から垂らす。レフにそれを灰は渡そうとするが、明らかに飲んで大丈夫な色をしていない。

 

「飲みますか?」

 

「いらんよ。飲めば、生命が焼かれて死ぬ。不死の貴様らに飲み許された嗜好品だ」

 

 レフ・ライノールではなく、獣の眷属と化した―――フラウノスとして、彼は灰を嫌悪と蔑視を抱きながら施しを拒絶した。なので、そのまま灰はそれを一気飲み。

 

「んー…………瓶よりか、温かいですね。でも、また失敗作ですか。やれやれです。

 まぁ、味は無いですからね。死に難いだけの命持つ生物に、お勧め出来る毒物ではありませんでしたか」

 

 試しにローマで売られていたスパイスやハーブを混ぜてみたが、味に変化はない。そもそも味覚がない青ざめた舌でもあり、料理の味など覚えてもいない。だが、人骨を可燃物に燃え上がる火は生命そのものである為、味覚を持つ普通の人間が飲んでも味がするかどうか分からず、更に言えば元となるエストの味も不死は分からない。

 

「……で、灰よ。貴様、何を読んでいた?」

 

「凄く昔の聖書になる前の聖典ですよ。実にタメになります。確か書かれた時期は、バビロンの民族移動前だったと思います」

 

「西暦以前の書物か。そんな神代の残り滓がまだ残っていたとはな」

 

 レフが読みたいと灰は思ったのか、それもまた渡そうとしたが、彼は同じく拒否。読む必要もない。人間が人間に説く為の教えなど、獣にとって次元が低過ぎる論理なのだろう。

 

「二千年と数百年前でしたか……とても親切な神官さんが、私に教えを説くのにくれたのです。私もまだこの人理なる世界を知りませんでしたし、そもそも神話が世界中に幾つも樹立していると言う混沌とし過ぎた何を見るべきかも分からない世界でしたので、取り敢えず神の奇跡を片っ端から簒奪してやろうと、躍起になってましたからね。

 勿論、そんな中で人々の営みも学習しようとしていました。

 この世界の人間が、果たして神々から何を学び、どんな未来を築こうとしているのか、と」

 

「その果てが、この様さ」

 

 溜め息を彼は吐き、何故か惹かれる焚火の光に寄せられ、灰と対面の位置に座った。

 

「そんな酷いです。此処は良い世界でしたよ。私は別に腐っていても、その世界の人々が自分達を腐らせても良いなら、膿み苦しめば良いと考えていました。

 好きで苦しむのですし、結局は死ぬのだから幸福でしょう。

 ですので未来の先を超えた果てまでは見守り、辿り着いた最期まで見届け、人間から人間全てを教わろうとは思ってましたしね」

 

「私が貴様を説得していなければ、その為に―――我らの王も、我らの神殿も、そこの焚火と同じ末路となっていた訳だ」

 

 燃える人骨が、魔神柱になっていただけ。

 

「私がカルデア生活で、まだ人間だった頃のレフさんとお喋り仲間になっていなければ、話を聞く事もなかったですしね。あるいは、そもそも私がカルデアにスカウトされていなければ人理焼却に巻き込まれ、殺した相手は問答無用でしたねぇ……ふふふふ。まぁ、それまた一興な結末でしたでしょう。

 しかし、あの死体の王様との仲を、レフさんは取り持って頂けました。

 結果として私は、私がより強く進める学術を手に入れ、世界を渡り歩く視野を教えて貰えました。進化の果てを目指す兆しを確認し、フランスの特異点では炉の火力を強く出来ました」

 

「相変わらず、貴様はお喋りが好きだな。話が長くていけないよ」

 

「退屈ですか?」

 

「いや、嫌いではない。続けてくれ」

 

「では、自慢話の続きをしましょう。結果的に私は、あの絵画での神話を手に入れました。好きな様に光で世界を描き出し、生物ですらない存在に熱を与えて命を宿らせて殺し、絶対に砕けない鱗を一方的に砕く雷の刃も見出しました。

 火の光。火の熱。火の力。始まりの神が見出した力の、その根源を火の薪が統一しました。

 試しに死なずのビーストへ、死の瘴気の後に炉の雷を投擲したらどうなるか……魔術師である貴方であれば、その結果を愉しめそうでしょう?」

 

「やめたまえ。普通に死ぬし、だから貴様を協力者とした。で、火力の次は何を欲する?」

 

「炉となる闇の重量……とか、ですかね。深淵の主よりも尚、粘り重い闇が欲しいです」

 

「―――……貴様のそれは、実体を持った虚数と言う有り得ない存在よりも、更に理解出来ない魂由来の何かだ。元素でもなく、要素でもなく、物質でもない。

 そんな闇を魂が生み出すなど、この宙の神では理解出来ない理であろうよ」

 

「しかし、古い獣が生んだ霧こそ……恐らくは、闇も火もない最初のソウルだと思うのです。

 獣と……あの獣の従僕でありながら管理する悪魔を、私が超えるには更に進化し、その果てに着かなければ強くなったとは言えません」

 

「その為の箱庭か。貴様が此処まで悪趣味とは思わなかったよ」

 

「……まぁ、物真似ですよ。

 独創性が欠落してしまったので、人間から知恵を借りているだけです。何より戦うにしても、知恵となる戦術と、殺害できる道具がなければいけません。学ぶべき業を足とし、初めて今よりも進化の歩みを踏める訳ですから」

 

「そうかね。だが、今まで隠していたその渇望を、良く私に見せたものだ」

 

「フランスは覗き見されてましたしね。手段は現場を見れば直ぐに露見するので隠す必要もないですが、私の目的は誰にも正解を指摘されない限り言う必要がない渇望です」

 

「素直だねぇ……はぁ、気色悪くもあるが。知られているなら、開き直って話相手にし、その聞き手から更に知識を搾取しようと言う考え方か」

 

「無論ですとも。それに焚火は一人で想い耽るのに慣れただけでして、別に一人ではないといけない拘りもありませんですから」

 

「成る程。つまり私との会話は、読み飽きた書物と等価値な暇潰しと言いたい訳だ」

 

「否定はしませんが……――――あ?」

 

 瞬間、灰は急に機能を停止させた。人型の機械が電源を落とされたような姿をレフは不気味に思い、だが灰は理解出来る訳がない存在なので不可思議には感じなかった。

 

「どうしたんだい?」

 

「世界が歪みました。カルデアのレイシフトかと思いましたが……余りに、静かな侵入です。気が付けたのは、恐らくは私だけのようです。魔神柱のレフさんでも、深淵纏いの神祖さんでも察知出来てないですしねぇ……ふふふふ。これはとても面白い展開です。

 ―――あの騎士さん、好奇心を抑えられませんでしたか?」

 

「おい、おいおいおい。貴様、それは契約違反だぞ!?」

 

「契約は、古い獣を葦名の地下に縛り付ける協力です。獣の従僕であるアレの行動は、私は別に管轄外だと思われますが?」

 

「―――ふざけるな!?

 奴が行く先の文明社会は悉くが滅亡し……このローマも、カルデア以前の話になる!!」

 

「ですが、不死とはそういうものです。前の世界で仲間だったとしても、違う世界では殺し合うのもまた一興でありましょう。

 ……とは言え、私とてこれは想定外です。

 この裏切り者の悪魔め、とそれなりに罵ってみます。止まってくれれば僥倖とでも思って下さいね?」

 

 重く溜め息を彼は吐き出す。今日は正直、もう何も考えたくなかった。

 

「……本当は帝国が放置する反乱軍への対応と、私のサーヴァントを強請る我が儘女の対処に、担当者の貴様に文句を言いに来ただけだったのだが。

 面倒事が、こうも嵐となって襲い掛かって来るとは。

 やはり貴様は獣にとって厄病だよ。死ねない人間の相手など、気苦労ばかりだ」

 

「それが人の世の常です。良く知っていることでしょう?」

 

 頭を抱える友人に微笑み、灰はスープをまた掬って飲み始める。悩める教授の心の闇を晴らす為、大昔に誰かが考えた有り難い説教でもしようかと考える。読書で学んだ思想か、あるいは自分が聞いた説法か、それらを混ぜながらも自分の意志は一切混ぜず、機械みたいにレフへ喋り出そうと口を啓いた。















 儀式で結婚イベントした火の奪還者ですので、そう思えばエルドリッチは伴侶の父親、まぁ義父なんですよね。狼にとっての梟が、灰にとっての神喰らい。蕩けた腐肉スライムの子として、火の簒奪者はらしいのかもしれませんが、ロンドールが深海へ辿るかは分かりませんよね。
 それと超軍師陳宮が無限ロケットランシャーを手に入れました。最初の火を簒奪した灰がロケットになって飛んで擬似絶頂アタックしてきますので、サーヴァントの皆様はクリア特典の武器でラクーンシティをむしろ自分から核爆撃する陳宮にお気をつけ下さい。
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