血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙42:真性森林神域

 皇帝ネロを殺さんと元老院が反逆し、復権した彼女が帝国の裏切り者を粛清し始めて数ヶ月。そして、反乱軍を瓦解させて数日。ローマは魔都と化し、地方は皇帝が住まう帝都へと反乱を開始し、だがもはや人界は闇の底へと堕落しつつある。

 此処は地獄の奥底の、更なる深淵。

 地形が流れ蠢いてスリ鉢状になった帝都は、その一番深い中心に黄金劇場と、皇帝が住まう宮殿が移動されている。今はもはや集まる闇の重さで土地が凹み、封じる為に周囲を森林神域で覆われ、暗い雲海が天蓋となって日光に照らされることもなくなった。

 

「―――ローマッ!」

 

「太陽万歳―――!」

 

 心が折れそうだ……と、ローマと敵対する全ての人が膝を折りたくなる風景。帝都最深部の宮殿の中、出会い頭に決めポーズ合戦を神祖と灰は唐突に行っていた。余りにも動きの切れが良すぎ、ネロはポカンと口を開けて見守っていた。陳宮などまだ二人の思考回路が全く理解できず、見て見ぬふりをするしかないと戦術の思案に脳内のみで耽ることにした。

 ―――ロムルスとアッシュ。挨拶は大事。

 出会ってはならないジェスチャーマニアの語り合いが、特に意味もなく始まろうとしていた。

 

「良き筋肉……素晴らしき、鍛練の成果です」

 

「ふ……(ローマ)讚美(ローマ)に追随するとは。

 お前もまた信心深い人間性(ローマ)の持ち主と分かっていたが、召喚された後の日々、小マメな挨拶を(ローマ)にするのは良き心掛けだ」

 

「これでも聖職者でしたからね。祈りとは心の発露であり、その想いを体で表現するもので在らなくては、人は人を説く意志を抱けないものです」

 

「人らしく、実に端麗(ローマ)な祈りだろう」

 

「ふふ、有り難き讚美ですね。神祖さん、ありがとうございます」

 

 と言いつつ、一回転した後にブレイクダンスをしたと思ったら開脚し、飛び上がった直後に太陽万歳。対するロムルスはバク転とバク宙をした後、着地と同時に三回転スピンのローマ。

 ―――感極まった二人。語り合うのに言葉など不要。

 必要なのはダンスバトル。答えとは人生の想いを込めたジェスチャーなのだ。

 

「なにこれ……だが、何故だろうか。余の心に、響く余韻が存在する―――」

 

「勘違いかと。まともになった方が、ネロ殿の為になると思いますが?」

 

「何と言う罵倒を、超外道軍師……!

 貴様が語った我が戦車の改造案を実装するのに、徹夜した故にこうして蜃気楼が見えてしまっておるのだ!」

 

「いえ、幻ではないです。貴女が見ている光景は、ただの現実ですねぇ」

 

「嘘だろう……なぁ、嘘だと言ってくれ。

 神祖殿と余の女神が、まさかあのように愛を交わす仲だったとは……余も、混ざりたい!」

 

「―――愛……?

 いえ、これもまた異文化交流ですからね。無理に理解することもなかったです」

 

 デーモンナックルより学んだ戦技で回転独楽となり、灰は炎を纏って踊り回り、火の粉が美しく虚空に散り漂う。それに抵抗するべく、神祖は建国の樹槍を回転させながらも自分も回り、漂う魔力が木の葉となって風に舞う。そんなダンシング空間に割り込んだネロは、クルリクルリと華麗な舞を踊りながらも、情熱を表現するべくバトルを挑んでいた。

 テンションマックス。良く見ると頭上に光る球が、ミラーボールみたいに浮いている。

 踊っているのは三人だけなのに熱気が凄まじく、常人なら見ただけで気狂いのように踊り出してしまうお祭りの中毒性。

 

「―――おや、ついに来ましたか」

 

「我が子が落とした大帝国(ローマ)に、人理を救いし者が来てしまったか……」

 

 なのに瞬間、三人は一斉に動きを停止させた。宙に浮かぶ小さな太陽も消え、宮殿を行き成り騒がせた熱狂も、急に鎮まってしまった。それを一から十まで傍で見ていた軍師は、余りの変わり具合に気色の悪い恐怖を覚えた。

 生前から戦争狂で、召喚されてからは倫理観を砕かれたが―――恐怖は、不理解から生まれる。

 軍師はその高度に発達した思考回路でも、例えその身に闇を与えられた霊基だとしても、分からない思想は手に入らない。生温かくドロリとした優しい狂気が、軍師がいる場に満ちていた。

 

「おぉ……―――ふふふ。あは、ははははは!

 あぁぁあああはっはっははははははははははははははははははははあっはははははははははははははははははひゃひゃはははあああああはははははははははははははははははははは!!!!!」

 

 悶える深淵の澱み。深みの憎悪。生への執念。死にたくないと言う願望と、怨念となった自らの殺意が蝗の群れとなって魂を蠢かせる。

 暗帝は、帝国殺しを嘲笑った。

 それだけの戦力を揃え、世界を殺すべく人理を救う彼らを祝福したかった。

 

「陳宮……良い、良い。実に良き采配だ。反乱軍を砕く軍師の刑罰戦車に、余の女神が加護を与えし双頭黒馬の御披露目のチャンス。

 こうも見事に我が大帝国を砕く怨敵共が襲来するとは、最高の好機であったではないかぁ!?」

 

「―――は、ネロ殿。黒き薔薇殿。ローマ大帝国皇帝。暗帝陛下。

 兵器とは人を殺す為に存在します。人殺しの道具であり、戦争を飾る死の凱歌。大勢を虐殺する程、その性能に価値が宿ります」

 

「ふふふふ……まるで此処は演劇の舞台。ローマのチャリオットに女神の業を宿らせ、更に古代中華技術の結晶か。実戦では如何程か?」

 

「試作の実験結果は宜しかったです。故、貴女の宝具は奴らを殺し尽くすのに十分でしょう」

 

「自爆装置は?」

 

「勿論です」

 

「実に完璧(ローマ)なるロマンな心意気だ、陳宮」

 

「有り難きお誉めの言葉」

 

「うむ。良き仕事だ!」

 

 軍師は恭しく、礼節に満ちた一礼を暗帝に行う。彼女も盟友である灰の部下の仕事ぶりに大満足し、可愛らしい満面の笑みを浮かべている。

 暗帝ネロは名に相応しい笑みを浮かべ、神祖が作った箱庭を囲う神域への侵入者を感じた。実に残念なことであり、ローマ側にとって好都合な場所であり、カルデアが転移した場所は地獄よりも悪辣な森林地帯。それも神の古樹が植えられた囲いの森であった。

 

「女神よ、そなたはどうするのだ?」

 

 ネロのその質問に、灰は少し悩む。フランスで作成した赤子の魂――魔女の狩人、ジャンヌをこの手で殺してみたい。灰と同じく、自分自身の渇望だけを原動力とするあの啓蒙狂いの狩人はオルガマリーの夢に潜み、だがまだ幼年期を越えぬ混血児の蛞蝓に過ぎず、それ故に魔女の意志が狩人に流れるのを阻害しなかった。狩人が必要としたならば、魔女はきっと上位者の故郷に必要な赤子だったのだろう。

 そして、サーヴァントの殻を得た魔女の意志が―――カルデアには存在している。

 不死の霊体や悪魔のファントムと似たカタチの在り方で、それでも灰は手を出して見たい。聖女から這い出た悪夢の子の意志を、貪ってその思い出を自分の“孔”に融かしたい。

 

〝けれど―――魔女は、まだカルデアですか”

 

 藤丸立香が連れてこなかった事を残念に思い、だが戦神のソウルが流れたマシュとエミヤには少し興味が湧く。

 

「私は様子見ですかね。姿を念入りに消して、ネロさん達との殺し合いを見ていたいです。あの後、所長らがどのような雰囲気に成長したか、生き穢い小物らしく観察して戦術を練ろうかと考えています。

 初見は慎重に、が座右の銘(モットー)ですのでね。

 待ち伏せ諸々、こそこそするの好きなんですよねぇ……フフ、御武運をお祈りしています」

 

 効率的に同格の灰らを殺す際、人数差を覆すのに戦術は重要な兵器。王殺しであり、英雄殺しにして神殺しの大英雄の部隊に正面から突っ込むとなるば、灰狩りを極めた灰でなければ試練にさえならない困難だ。

 つまり――灰殺しこそ、理想の灰。

 だが最初の火を最盛期に戻した今の灰でも、技巧はまだまだ灰の業を越えられていない。

 

「ふはは、女神の声援があれば怖いものなどない。余の勇姿を刮目して欲しい。そして、神祖殿もカルデア迎撃の為に出撃を?

 正直な話、皇帝として情けないが……余は一人だと不安で」

 

 立場として、そもそも建国王と暴君では英霊としての魂の重さが違う。生前の死なない前のネロであれば尚の事、灰の闇で変異しようとも神祖ロムルスには畏敬の念を深く抱いている。灰の黒い涙によって祝福された故に力量としては並んだと言える強さをネロが持ったとしても、その想いは違わない。灰を女神と思おうとも、神祖はやはり偉大なる建国王であった。

 しかし、今はネロが従えるサーヴァントの一人。

 そして、ロムルスもまた人間性を受け入れた人器。

 子供たちの敬愛の想いは有り難く、されど資格を失ってしまった。暗帝となったネロから敬われる事を拒み、それは他のサーヴァント化した皇帝にも同じ。彼はもう、神性を完全に克服してしまったのだから。

 

「我が子、ネロよ。お前の敵は(ローマ)の敵だ。まずは(ローマ)が跳び、その一撃を様子見すると良い」

 

「先制は神祖殿と。ならば、余は―――刑罰戦車(チャリオット)で出る!」

 

「陳宮さんは、これからどうしますか?」

 

「反乱軍残党から帝都を守る為、少し見張っていようかと。我が主君は自分の趣味に没頭するようですしね」

 

 軍師はカルデアに興味はない。出るとすれば、残党として合流することで反乱軍となり、戦争を愉しめる戦力となってから。

 彼は戦争を愉しむ為に倫理亡き闇を受け入れた。それも戦略を吹き飛ばす戦術で遊ぶ為に。

 それらを娯楽として楽しめるならば、ローマ市民が何人悶え苦しもうが何も思わず、何も出来ることもない。

 

「残党だからと甘く見てはいけませんよ。まだ主力サーヴァントは数体生き残っていますし、帝都に叛逆する人間が絶滅した訳でもなく、地方都市を須く殲滅した訳でもないので、残党がまた戦力補充することも充分に可能な状態ですから」

 

「貴女はお人が悪いです。殺し合える敵もまた、我ら戦争狂にとって一興です。そして、呪詛は人間から生み出され、地獄で育まれる魂の感情だと考えれば……それらは一体、この特異点ですと何処に吹き溜まるのでしょうかね?」

 

「さて……しかし、神祖さんの森がなければ、この特異点の闇は広がるばかりでした。深めるには、何か特別な細工が必要だっただけだと思われますね」

 

 窪まれた魔都に、特異点から何かが吹き溜まる。それを知るのは、皇帝とその従者だけ。

 

「アッシュ、悪巧みは程々にすると良い。この特異点が生まれた時点で、お前の願いは叶っている。四つ目の悪神は巨体を得て、赤子として産声を上げる未来は変わらない。

 お前が闇と孔を与えたグノーシスの魔術師は、深淵に潜む絵をもう描き終えているのだから」

 

「神祖さんは……―――いえ、だから私の掌で踊るのですか?」

 

「然様。お前はローマではなく、我が愛も届かぬが……されど、(ローマ)と同じ人間に過ぎん。ならば、お前の魂はローマに通じず、同時にローマである(ローマ)とまた同じ存在と成り果て、それさえも超越(ローマ)の果てに到達してしまった。

 理解を求めず人を救った末路を、確かにお前は知っている。

 だが人の魂(ローマ)が滅びずに廻ることもまた理解し、それが救済と絶望であることも実感しているのだろう」

 

「そんな女は、もう死にましたので。所詮、火の無い灰でありますから……不死の願いも、また灰へ還るのが相応しいのでしょう」

 

「―――ふ。ならば、今は共にカルデアを討つとするか?」

 

「結構ですよ。今回のカルデア狩りは、ネロさんとロムルスさんでお願いします。

 姪好きな嗜虐皇帝がネロさんの出撃に勘付き、来てしまうかもしれませんがねぇ………徒歩で」

 

「それもまた暗い狂乱(ローマ)に相応しい」

 

 闇により狂気が裏返り、だが月光より知識が啓蒙され、発狂者の狂気は正負を巡る。彼の放つ月明かりの狂気が反乱軍を共食いさせたように、カルデアに対しても良き祝福となることだ。灰はその地獄をきっと皆が乗り越えられると悟り、だがそれこそ必要な踏み台であることも察している。

 掌の上とは、そう言うことだ。神祖は準備を怠らないことで未来を丁寧に構築する灰の手腕が、そもそも社会性と言う生態系を持つ生物の模範となる周到さだと知っている。頭の良し悪しの前に、人間が魂を持つ時点で何もかもを見抜かれてしまうのだろう。

 例外となるのは―――あの甲冑姿の騎士と、感じ取れたカルデアにいるあの二人。

 恐らく騎士の悪魔(デーモンスレイヤー)所長と忍び(例外の二人)は、この灰か自分でなければ勝機は掴めないと神祖は密かに答えを得てもいた。暗帝と至ったネロも可能性はあるもまだ力量不足であり、しかし生きた人間であるので成長次第。それを考えれば先制は神祖が適任。

 

「では―――行くぞ」

 

 帝都で一番深い場所にある宮殿の屋上。そこに上がっており、跳び去る彼を皆が見上げる。一番手を願った神祖はサーヴァントとしても強靭な脚力により、すり鉢状に変形した帝都ローマを一気に見下ろす位置まで飛び上がった。しかし、それだけではまだカルデアの場所に跳ぶには、飛距離が全く足りない。

 その不足を補う為に皇帝特権が技能(スキル)が具現し―――魔力放出が、神祖に備わった。

 Aランク相当であれば、令呪などの十分な魔力供給により、ライフル弾より素早く長距離跳躍が可能なスキル。

 宮殿を足場としたと直後、神祖は空中を足場に全身から魔力の一斉噴出に成功。音速を容易く超えて跳んだ彼は更なる加速で宙を飛び、一瞬で超音速の速さで雲を突き抜けた。数秒で宮殿から四千メートルまで一気に上昇し、天より暗き帝都ローマと周囲の森林神域を見下ろした。

 

「………………―――」

 

 千里眼の発現―――超越神性に相応しき、皇帝特権の万能性。いや、もはや全能に近い有能性。あろうことか、人間の極みとして英霊の幻想(スキル)を使いこなす彼は、彼自身が至った技巧と共に、灰炉の人間性に汚染された人間としても彼女の業を引き継いでいる。

 不可能だろうと出来ない訳がない。それを理解可能となった、人の業。

 魔力放出を維持した儘、千里眼によって感知したカルデアの侵入者を上空より視認し、元より高度な思考回路を心眼(真)で補強した上で、未来を即座に察して対応する為の直感まで、神祖ロムルスは自在に行使出来てしまう。本来ならば魂が制限されてしまう業の境地を、灰は容易く枷を外して可能にしてしまった。

 

「―――ローォォォォォオオオオオオマッッッ!!!」

 

 空間が爆散し、天空が捻れる。魔力放出が全開され、神祖は怨敵を討ち滅ぼす天罰の落雷となり得よう。故に帝都を覆う暗い雲海が一瞬で晴れ渡った。太陽の光を遮り、魔都を薄暗くしていた蓋に穴が空き、数週間ぶりにローマは日の光を浴びることが出来たのだろう。

 神祖(ローマ)の構え―――両手には、建国王の樹槍。

 雲海を晴らす天上の槍は、侵入者共を滅ぼす一番槍となり―――刺し落ちる。

 柄の両端から刀身を生やす両刃剣はドラングレイグを生きた不死だった灰にとって、使い慣れた特殊な武器形状であり、神祖よりも人を殺し慣れた武器であり、彼よりも両刃剣による殺戮技巧は上である。元より担い手であった神祖に、その業が熔け混ざり、どのような状況であろうと最適な使い方が体に馴染む様に啓蒙されよう。

 

「ッ――――――――――――――」

 

 頭上へと伸びた両手の槍が、空気の壁も大気の太源(マナ)も切り裂いた。魔力放出による加速は一秒で倍になり、二秒で四倍となる。人類が地上で許された移動速度ではなく、焼かれた人理の文明では辿り着けない人間の飛行速度となって尚、槍は貪欲に力を増し続ける。

 ―――宙を飛ぶ、一筋の創造槍(ローマ)が世界を切り裂いた。

 国造りの槍と共に、神祖ロムルスもまたローマを生み開いた偉大なる一つの槍。ならば雲海を突き広げ、大地を突き穿つ事さえも可能な人間の絶技。自分が穹穿つ槍となり、その槍を先端に掲げて刃と化し、神祖はローマの構えの意味を体現する。

 その姿はまるで、フランスで元帥の邪神に立ち向かったジークフリートと同じ。

 サーヴァントと言う殻を意志で打ち破り、英霊の限界も超え、更なる可能性を手に入れた人間の魂が抱く頂の在り方。

 

「――――――――――――ッッ!」

 

 カルデアが転移した直後の空間が吹き飛ぶまで―――後、一秒。

 暗きローマ帝国の一番槍は誰であろうとも、このローマの大地で防ぐことは絶対に不可能。誰であろうとも、神であろうとも、神祖の槍は何処までも障害を突き開いて届くのだろう。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 ―――レイシフト。既に幾度が行うことで安全性も上がり、今回も無事に転移が行えた。

 カルデアのメンバーは前回のフランス特異点よりも一人多く、所長、忍び、藤丸、マシュ、エミヤに加えて清姫が参加していた。戦力と言う戦略上の備えを想えば、清姫は決してエミヤのように万能でもなく、ヘラクレスやクー・フーリンのような大英雄でもない。

 しかし、藤丸の魔術回路を考えれば、彼女こそ最適であろう。

 魂レベルで何故か、前世が夫婦ではあったのではないか、と思えるくらいに相性が良かった。あるいは、そう思うだけで清姫が自分の霊基をマスターの魔術回路へと最適化させたのか。原因は分からないが、事実として清姫は竜種のサーヴァントと言う破格な存在の割に、藤丸からすれば実に馴染み易いサーヴァントであると言えよう。マシュとエミヤとの契約やシャドウ運用を考えると、清姫以外のサーヴァントを常時増やすと、彼はフランス特異点以上に戦闘毎で血反吐を垂らすことになる。

 

「…………」

 

 唯一人、マシュだけが藤丸に対する清姫の密着度が高いことにモヤモヤしていたが。とは言え、清姫はマシュにも十分以上に心を許しているので、気安さと言う意味ではマシュともかなり近い間柄。明らかにマスターである藤丸に恋心を抱いている姿だが、だからと言って他の仲間を蔑ろにする気配は一切存在せず、マシュにとってはある意味で理想的な友人関係である。

 何より燃費の良い火力系宝具と考えると、そもそも守りに特化したマシュとの相性も抜群。

 戦術上、藤丸をマシュで守りつつ清姫で自由に敵を焼き払い、藤丸が召喚したシャドウで回路を消耗するも即座に危機にも対応。更に万能型のエミヤもいれば、並の危険ならば容易く打ち払えることだ。

 

『特異点、転移の無事を確認。そちらはどうですか、所長?』

 

「森ね……それもかなり深部。いや、本当に森なのかしら?」

 

 空気が重く、太源が濃密で息が詰まる。まるで人類文明が生まれる前の古い世界の樹海で、木々の生命力が人間が呼吸をして森の中で生存することを圧迫している。

 

『可笑しい。念の為に都市部から少し離れた場所にしたけど、そこが平原地帯だった筈』

 

「主殿。此処は、死地……―――おぞましい何かが、蠢いております」

 

『狼君がそう察したなら、本当に危ないぞ。所長……まずは森からの脱出をし、情報収集をしましょう』

 

「賛成ね……っ―――」

 

 ―――瞬間、オルガマリーは死を悟る。一秒後の惨劇。

 

「―――――」

 

 言葉を発する暇がないと理解する。転移後で緊張が緩んだ皆に警告を呼び駆ける間もなく、避けろと言った直後に全員が吹き飛ぶ。粉々になる。全滅する。狙われたマスターである藤丸は天上から突き落ちる槍によって爆散し、肉片さえも衝撃波で砕け散って消滅し、エミヤと清姫は契約の消失で座へ還るしかなくなる。

 マシュの宝具ならば守れるが―――真名解放など、許されない。

 そもそも唱える前段階の、魔力充填の間に死ぬ。真名解放無しに藤丸を守ろうと盾を構え、槍の前に立ち塞がっても、彼女ごと槍は藤丸を殺すだろう。マシュが一瞬で肉片と変わるだけ。

 

「―――――――!」

 

 その危機にオルガマリーは所長ではなくなり、一瞬で狩人に意識を変革。

 空を裂きながら落下する何かを人型の敵(サーヴァント)だと察すると共に、愛用する血族の短銃(エヴェリン)を狩り装束に備えたガンホルダーから引き抜く。

 だが―――撃ち落とせない。

 そのような隙を晒す程度の技巧ならば、そもそも飛来して襲撃などするものか。

 

「………ッ―――――!?」

 

 エミヤも、マシュも、そして清姫も所長より数瞬遅れて死を察した。遠くより爆散した魔力と、宙が落ちて来ると錯覚する殺意の重さ。マシュが真名解放が間に合わないように、二人の宝具も既に手遅れだった。地上にいる全員が死に、生き延びても致命傷は間逃れない。

 隻狼だけが―――神祖(テキ)を見ていた。

 一秒もあれば奥義は万全。皆にも気を配るオルガマリーとは違い、敵のみを意識する。忍びは即座に落雷の如き速度で迫る人間を見切っていた。

 

「ッ―――――――――」

 

「―――――――――ッ」

 

 地上に落ちる前の障害。忍びは一瞬で生前以上のサーヴァントの脚力で跳び、更に鉤縄を古樹の枝に引っ掛けて宙を一気に飛び上がり、森の木々よりも高い場所へと舞い上がった。まるで地面から吹く風に乗り、空中を飛ぶかのような神域と呼べる忍術。

 忍びが神祖を察知してから一秒後――特異点で、彼は人の神と邂逅する。

 神祖は武器を鞘に納刀し、その構えを維持した儘に迫る剣神と見える。

 此処で人神を殺さねば主が死に、その仲間も死ぬ。此処で剣神を討たねば敵は生き延び、ローマ崩壊に一歩近づく。

 

「――――――――」

 

 だが不可能を可能としてこそ―――御子の忍び、その極致。でなければ神域に住まう雷神の桜竜を、単身で討ち取ろうなどと覚悟する事さえ烏滸がましい。最盛期の義父も全盛期の葦名一心も刹那の間を見切り、勝てぬ相手を殺めて来たのだから。

 故に大地へ足を着く必要もなく、楔丸の業は忍び故に万全だ。

 抜刀、一閃。直後に振われる―――死の一閃。葦名の剣士は敵を斬り殺す為、例え居合で一閃したとしても、追加のもう一閃で絶命を必ず果たす。

 

「――――――――」

 

 されど対処不可能な絶技を凌駕してこそ―――神祖の建国王、その精神。でなければ灰の暗黒を飲み乾す事もなく、その業を自らの業とすることもなかった。ローマを建てる偉業も出来ずに、人の身で神となる存在へと至ることも有り得なかった。

 故に空中であろうとも迷わずに、国造りの樹槍は振われた。

 振われる上部の刃が最初の一閃を弾き逸らして、直後の二刀目を下部の刃が受け止める。皇帝特権は例え空中であろうと、ロムルスを万全にした。

 

「ぬぅ……――――――!」

 

「―――おぉ、ローマ!?」

 

 限りなく零に近い刹那の邂逅で抜刀二閃を振う忍びは剣神に相応しく、同時に神祖が同じ領域の槍神であること証明している。本来ならば冠位と呼べる超越者の技巧は、人理を守る忍びを討ち取らんと今は振われるのみ。

 しかし、業と技の衝突は凄まじい。周囲に巨大な古樹を揺さぶる程の衝撃波が出る。

 忍びは握り持つ楔丸から、神なる竜が持つ巨剣の一閃を弾き受けた時か、あるいはそれ以上の力を刀の柄から全身に味わった。神祖も同じく、国造りの槍が真っ二つに成る程の剣気を味わった。

 

「……ック―――」

 

 空中を無傷の儘に忍びは高く吹き飛び、そのまま百メートル以上に彼方まで飛んで行きそうになったが、下の古樹に鉤縄を引っ掛けることで戦線離脱を阻止。逆に神祖は落下軌道を強引に逸らされ、神域の古樹に衝突し、魔力をたっぷり含んだ“自分”の木をクッションとすることで体勢を整える。

 だが―――オルガマリーは、呼吸を整える暇を許さない。躊躇わず、水銀弾を発砲。

 自分のサーヴァントを信じた彼女は空より迫って来た神祖ではなく、忍びによって攻撃を弾かれた神祖を撃ち殺すべく、その隙に狙い定めていた。

 

「ム……―――鋭き、良い殺意だ」

 

 カルデアの敵は余りに容易に、その銃弾を槍の刀身で受け止めていた。呪腕のハサンが全力で投げる投擲短刀や、エミヤの投影矢と同じく、対戦車ライフルを超えた物理的破壊能力がある筈だが、その天性の肉体は余りに剛力で、獣の動きを止める衝撃力も問題ないようだ。

 敵を前に、要らない感想を述べるその減らず口を黙らせる。オルガマリーならば情報収集を考えなければ迷わず狩り殺しに挑む。しかし、その狩人の狩猟精神を抑え付ける何かを、敵が持つことも彼女は察している。

 

『なんなんだ、一体!?』

 

 敵の着陸後、通信からロマニの悲鳴が上がる。管制室が観測した瞬間、全ての工程が終わってた敵の奇襲。

 

「ランサー……神祖、ロムルス。ローマの建国王―――!?」

 

『そんな大物が、ボクらの転移を見張ってたのかッ!!』

 

 知名度が神秘に影響するサーヴァントであるならば、彼はローマにて最も強大な英霊にして最強の英雄。同時に、国と文明を啓いた原初の王にして、人間と言う生物の中でも最高位の在り方に至った者。

 英霊が何かしら究極の一を持つように―――ロムルスは、座における究極の一つ。

 それは国が始まる英雄譚。例えるならば、ウルクのギルガメッシュ、中華の黄帝、ナイルのナルメル、日向の彦火火出見、バベルのニムロド、モンゴルのチンギス・カンと同じく、自分が築いた土地で召喚された場合、国と等しい存在となる英霊。

 

「―――如何にも、星見の狩人よ。

 お前は抱いた悪夢と同じく、我が子と我が大地(ローマ)を狩りに来たと見える」

 

 無造作に神祖は、だが隙など欠片も無く双刃槍を一振り。何かしらの閃光が奔った。だが所長は危機を事前に察し、無様だろうと地面で回転回避(ローリング)して泥塗れになって逃れ、膝立ちになって銃を構えた。直後、発砲と同時に自分が居た空間を遠隔破裂されたと察する。

 瞳を持つ所長ならば、その攻撃が槍化した大樹より溢れた神秘であり、真エーテルに近い濃厚な魔力が皇帝特権の魔力放出を応用する事で行使されたと理解する。しかし魔術師程度では、映像作品のエフェクトにしか見えない理解不可能な発光があったとしか認識出来ないことだろう。つまりは、魔法使いに届く魔術師が魔力だと察する事も出来ずに死ぬ瞬間攻撃。

 悪い冗談で、魔術師だろうと妄想でしか許されない神秘の極致。

 権能に限り無く近い技能は、正しく神の腕と等しい神域の絶技。

 敵は万全―――挙げ句、神祖一人である訳もない。更にこの森は、化け物の胃袋の中よりも性質が悪い。

 

「―――逃げるわよ!?」

 

 水銀弾が再度弾かれ、敵の力量を悟る。勝てはするも、此処は恐らくは神祖の宝具領域(フィールド)

 自分や隻狼が生き残るかもしれないが、死んで離脱する可能性も高い。即ち所長の勝算とは、初見で絶対に倒せると言う確信ではなく、幾度か死んで全てを見切れば確実に何度でも殺せるだろうということ。だが最初の一戦目で敵の力量を上回らないと、戦場に残る他の者は確実に死ぬだろう。

 

「ふ……―――」

 

 ならば言葉は要らず。そして、言葉を発する時間もないとロムルスは槍を構えた。僅かに呼吸を整えて、それだけで肉体を戦闘用に万全な状態に作り変えた。

 瞬間、頭上より忍びの足が振り下される。草鞋に仕込んだ鉄具は、彼の脚力を考慮すればサーヴァントの頭蓋骨を弾け砕き、防がれたとしても仙峯寺菩薩脚は無形の型。直ぐ様に楔丸の連撃を繰り出し―――だが、視覚外からの奇襲を神祖は初手で察知し、あろうことか足首を鷲掴む。

 神祖も忍びの絶技は初見の筈―――しかし、狼の忍術を暴いた灰の業が、魂に熔けた闇に蕩けている。忍びは自分の業を悟られていると分かった次の瞬間、古樹へと全力で投擲される。

 

「お、狼さん……!?」

 

 マシュが悲鳴を上げ、潰れた彼を見た―――その視覚外、双刃槍がブーメランのように曲線投擲。

 

「―――マシュ!」

 

 咄嗟に清姫が放った火の球が本当に運良く壁となる。正確には投げられる前に誰が狙われているのか、マシュの名を叫びながら女の勘で当てただけ。その速度は見てからでは遅く、清姫が間に合ったのも奇跡。だが爆散によって風が吹き荒れ、双刃槍は僅かばかりに軌道が逸れ、マシュの義手を削って通り過ぎる。

 神祖は徒手空拳―――隙が、それでも欠片も無し。

 ガトリング銃に切り変えた所長の砲撃を、皇帝特権によって魔力放出と強化魔術で両腕を振い暴れ、水銀弾の嵐を生身で弾き飛ばしながら敵へと突進。

 それをエミヤは見抜いていた。並のサーヴァントならば即座に蜂の巣にする暴力を、この神祖は技巧だけで容易く攻略すると。

 彼は絶死を眼前に飛び出した。

 全ての魔術回路を投影に絞り込み、大英雄の必殺に専心する。

 

「――投影(トリガー)装填(オフ)

 

 心眼が可能性のある投影を選択。敵の移動速度と、所長のガトリングを弾く敏捷性を考慮した場合、遠距離から攻撃したところで回避される。投影宝具の一斉掃射も初弾が届く前に離脱され、追尾型宝具も力業で捻られる。

 故、大英雄の経験が憑依された。

 黄金の両刃斧剣を片手で構え、迫る神祖を迎撃せよ。

 

全工程完了(セット)―――是、射殺す百頭(ナインライブス・ブレイドワークス)

 

 それをロムルスは微笑んだ。正に英雄(ローマ)だと。

 

「――射殺す百頭(ナインライブス)羅馬式(ローマ)

 

 全く同時に、同じ基本骨子で練られた絶技が放たれた。模倣された大英雄の業を、神祖は受け継がれたローマの業で凌駕する。

 迫る九刃を、奔る九拳が―――殴り弾く。瞬きの間なく、逸らし崩す。

 あらゆる幻想種が一瞬で肉片となって絶命する大英雄の奥義。エミヤの繰り出す投影宝具は本人ではなくとも、英雄殺しの本物であったのに、軍神の子ロムルスにとっては生前に会得した技巧でもあった。

 

「セプテム―――!」

 

 体勢が崩れた相手は致命の好機―――殺し方など、思う儘。

 気合いの雄叫びは魔力の炸裂であり、神祖の神秘をより強く世界に具現させた。樹槍の加護を受けた拳は輝き、躊躇うこと無くエミヤの頭蓋を粉砕する―――十字の聖盾が、塞がなければ。

 所長のガトリング砲撃を受ける神祖にエミヤが挑んだ時、マシュもエミヤをいざという場合に守ろうと彼の影に隠れて潜み、結果としてその判断は正しかった。

 

「ッ……ぁ―――――」

 

 だが、神祖の攻撃性はマシュの予想を大きく超えた。打撃は凄まじく迅速であり、二連撃目がもう放たれた。それは小型ミサイルを幻視する右ストレート。藤丸が修得したカルデアの魔術式――対契約サーヴァント用補助魔術は問題なくマシュの身体機能を強化し、令呪使用程のブースト程ではなかったがステータスのランクは上昇した筈。しかし、幻想種の頸を捥切り、地面に大穴を開ける程に凄まじい唯の魔力を込めた一撃……だけであれば、衝撃は受け逸らせたことだろう。

 エミヤを殺せずとも、誰かが危機を助けようとするならば―――良き囮になることだ。

 握り締めていた筈の拳が広がり、掌がマシュの盾に張り付き、巧みに盾とマシュの運動状態を操作することで体勢を僅かであるも歪ませた。直後、腕を動かさずに神祖は全身で零距離打撃を行い、盾越しに衝撃波がマシュの全身を砕かんと浸透する。

 

「―――ぅぐ、あッ……!?」

 

 サーヴァントが口から内臓が飛び出る威力の打撃は、大盾の向こう側にいたマシュを一瞬で機能停止に追い込む。

 

「――――っ……!!」

 

 所長が助けに一瞬で狩人の踏み込み(ステップ)で移動し―――古樹の双刃槍が、所長の首をギロチンにかけんと背後から襲い掛っていた。マシュを襲撃した神祖の槍が見計らったように、このタイミングで森の奥から戻って来たのだ。所長はまた森の湿った地面を咄嗟に転がって避け、だがそれはマシュの援護を阻止されたことも意味する。

 しかし、清姫の炎撃は間に合った。接近戦では指先一つで殺害されると一目で理解した彼女は、戦場から去るマスターの背中を守りながらも援護に専念する。

 

「ヌゥ―――ハハハハハッ!!!」

 

 その火炎も笑いの雄叫びと共に、神祖から放たれた魔力放出の波動で吹き飛ばされる。所長は自分が放つ秘儀である獣の咆哮を思い返したが、清姫の火は愛憎から生まれた火炎であり、英霊の魂を焼き払う。それをああも容易く気合でとなると正しく獣に相応しい。

 神祖ロムルスは―――五体、無事。

 切傷と火傷が全くない無傷ではないが、その僅かな損傷も一瞬で完治。

 

「魂が焦げる情熱的(ローマ)な火炎。まことローマの闇を焼くに相応しい愛憎(ローマ)だ」

 

 戻って来た双刃槍を優しく握り、神祖は愛しき敵共に微笑んだ。そして、清姫の火炎を双刃槍で絡め取り、愛憎の炎が刀身に付与された。

 所長はトゥメルの双剣使いを思い出す神祖の悪辣さを苦く思い、集団相手にエミヤの双剣投擲の必殺性を兼ね備える戦闘方法を恐ろしく思った。この男はサーヴァントとして強いのではなく、技巧を振るう戦士として戦いが巧いのだ。

 

「清姫、貴女が藤丸を守りなさい。後、機会があれば援護も」

 

「承知しました」

 

「マシュとエミヤは藤丸と清姫の護衛をしながら、随時攻撃」

 

「はい」

 

「了解した」

 

「藤丸は戦線離脱」

 

「……っ―――分かり、ました」

 

「後は―――あの男を、押し返せ!」

 

 本音を言えば、マシュは藤丸の護衛に専念させたい。しかし、カルデアで強化されたエミヤと、神域の剣術と忍術を持つ忍びが上回れたのを考えれば、そもそもマシュのサポートは自分達殿にこそ必須。マスターである藤丸は、出来る限り戦場から離脱させるべきであり―――それを、所長は不可能だとも理解していた。

 何より藤丸がシャドウ・サーヴァントを召喚する余裕はなく、この森が召喚術式を阻害している。此処では、藤丸と言うカルデアの戦力が使用不可能となるらしい。既に念話にて、彼から所長は礼装と術式の状況を聞いていた。マシュの盾で特異点の霊脈と繋がり、より強くカルデアからの観測を受けることで、森林内でもあるいは……と言った可能性がある程度。

 

〝あの男の機動力……駄目ね。逃げ切れるものじゃない”

 

 カルデアのサーヴァント――セイバー:アルトリア・ペンドラゴン。ランサー:ロムルスの移動能力は、魔力放出を十分以上の魔力で使いこなせる彼女に匹敵する。あるいは、このローマの中ではそれ以上。

 神祖から逃げるには千里眼の範囲から離れ、更に魔力放出で跳べるロムルスの攻撃範囲外にまで逃走する必要がある。つまりは、この絶対羅馬領域からの完全離脱を意味し、それが出来なければシャドウの召喚も出来ずに敗北する。

 

(隻狼、死んだふりからの不意打ち……頼むわよ?)

 

(御意)

 

 戦場は濛々。戦局は怏々。とは言え、主従の悪巧みは万全。忍殺は確実に。念話より、マシュのサポートをこっち側に引っ張り出し、敵の隙を無理矢理に作るのでそこを狙えと所長は神祖狩りの手順を練り込んだ。

 

「来ぬのか?」

 

「ふん。貴方、凄いジャンプするじゃない。守りが薄まると、抜かれちゃうでしょう?」

 

「ほう……お前は実に、悪い意志を持った娘である。時間稼ぎの会話も煩わしいと、本心では(ローマ)を殺したいと殺意を抑え込んでおる。

 ……狩人の娘よ、こうして好かぬ敵との無駄な問答を行い―――(ローマ)の隙を見出せたか?」

 

 両刃槍を持たない左手を神祖は向けた―――倒れた忍びの死体へと。

 

「――――――っ……!」

 

 ボン、と土煙りが上がる。木々を薙ぎ払う衝撃波が周囲に撒き散らされる。所長の貌が狩猟欲求で歪み、瞳が殺意で蕩け出す。

 

「フ……愛らしい顔だ。国の長として、まだまだ未熟な腹黒具合よ」

 

 そんな悠長な台詞を言う前に、神祖の掌から黒色の重い波動が放たれてしまった。暗殺の為の死んだふりは完璧であり、神祖も本当に忍びが死んでいると思ったが、ふと一つ思い浮かんだ。戦術として忍びが死んでいなければ、死亡偽装からの奇襲をする可能性があるかもしれない。

 如何に忍びの忍術が完璧だろうと、死体が生きているかもしれないと考える相手には無駄。

 そのような合理性を超えた神祖の直感的戦術思考回路もまた、灰の人間性によって魂が暗くなった影響である。

 

「こんの……ッ―――貴方、絶対狩り殺す!!」

 

 飛んで来た魔力の閃光を獣の咆哮で弾き返し、同時にそれは狩人の叫びでもあった。忍びは鉤縄で木々の枝を利用して立体移動を行い、手裏剣を投げつつも接敵するが、回転する双刃槍が全て叩き落とす。エミヤの放った矢も同様に対処され、マシュの義手によるカラサワの魔力弾も通じず、清姫の火炎も通らない。所長が放った強化済み教会砲だろうと、清姫の炎を纏い斬った双刃槍が完璧な砲弾返しを行い、明後日の方向に飛んで行った。

 大英雄だろうと、既に三十回は死ぬ爆撃。自身の技巧と神秘だけで対処し、攻撃しながら神祖から逃げようとするカルデアをジワジワと追い詰める。

 

「ローマとは、浪漫(ローマ)なり。

 ならば、この森もまた舞台劇(ローマ)となるだろう!」

 

 だが絶望(ローマ)とは、宙より舞い降りる恐怖でもあった。神祖の愉し気な雄叫びを聞き、皇帝特権の気配遮断で隠れていた極大を彼女は露わにした。

 空気が砕ける騒音乱舞。魔力が弾ける不協和音。

 逃惑うカルデアを確実に轢殺するべく、不死刑場より甦った青い双頭が唸り声を上げる。 

 

「―――ふぅははははははははははははははは!!!

 我が名はネロ・クラウディウス、大帝国を守護する生きた皇帝――余こそ暗帝!

 英雄の魂を貪るネクロマンサー共、カルデアめ。護国の為に得たライダーの霊基により、余の宝具が貴様らを血飛沫へと容赦なく粉砕しよう!!」

 

 所長の咆哮に匹敵する宣告の唄。実際に、魔力で喉と肺が強化され、更に音楽魔術によって音波拡張された大音量。そして自分の所業を棚上げするネロの口上だが、棚上げは政治家の基礎スキル。クラス名を名乗り上げているのも、既に双頭黒馬に引かれる戦車で突撃し、また神祖から自分に注意を引く為だ。

 ならば、空飛ぶ戦車を撃ち落とすのは弓兵の役目。

 エミヤは真名を遠慮なく叫んだ女を射殺さんと弓から投影矢を連続狙撃。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄であーるッ!

 ローマが召抱える超軍師の電磁バリアの前では……―――余の女神が授けし原始結晶炉の前に、その程度の神秘は通じんわ!!」

 

 故に―――暗帝のチャリオット。不死だった灰が記憶より錬成炉で甦らせたソウルは、こうして真におぞましい乗り手と出会うことが出来た。

 だが雷気で魔力障壁を作り上げ、電磁バリアを魔術的に可能とした技術力を持つ陳宮もまた、古代中華文明の叡智を植え付けた結晶(キョウキ)より何処までも深く啓蒙されてしまった。尤もあの灰でさえ、白竜の狂気が軍師とそこまで馴染むとは思わなかったのだが。

 今の彼はもう、滅び去った仙郷の文明技術を超えている。

 その証拠がネロの乗る刑罰戦車。灰はソウルの業と結晶の神秘だけでなく、現代文明で学んだ科学技術も陳宮のソウルに描き込んでいたのだから。

 

「では―――死ぬが良い」

 

 ジグザグと宙を超高速で移動し、精密狙撃による対軍宝具さえも回避可能な機動力。そして、勢いはずっと加速し続け、ネロはカルデアを轢き殺さんと神祖と同じく落下を開始。

 

疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)………ッ――――!! 」

 

 暗帝ネロの眼前に現れたのは―――巨大な魔法陣。そのまま突進を止めない暴君のチャリオットを、マシュが前に出ることで強引に停止させた。だがマシュは真名解放をしないと防げないと直感して宝具を展開し、逆にネロは戦車の真名を解放する必要もないと理解した。

 皇帝特権より――グノーシスの魔術が行使される。

 灰の闇で汚染された暗帝の魔力と相性は素晴しく高く、純粋な魔術強化で戦車の突進力が更に上昇。追加で、雷気による電磁障壁は結界要塞に進化し、マシュごと盾の守りを呑み込もうとしていた。

 

「耐える耐える、素晴しい。可憐で健気な盾の乙女よ。だが……どうだ、もう死ぬな」

 

 戦車に乗る暗帝は、安らかささえ感じられる微笑みをマシュに向けていた。身一つで皆を守るマシュと違い、彼女は唯単に魔術をそこそこの力を込めて使っているだけだ。

 

「―――ぐ、ぅ……」

 

「貴様は余が屠殺し続けた雑兵らのように、ローマ大帝国軍と共に余が狩り殺したそこらのサーヴァントと同じように……何の価値もなく死ぬのだ。

 あぁ、可哀想に……だが死ね。

 藁の様に死に、人に潰された虫けらの様に死ね。

 余の力に怯えながら、段々と力が失せる自らの無力に絶望して死ね。

 殺した後に―――奴隷として甦らせ、余が存分に可愛がってやろうではないか!」

 

「……ぅぁぁああああああああああああああああああ!!!」

 

 盾の向こうから死が囁いてくる。心を折らんと邪悪の声が耳を通して脳に入って来る。何十秒も防ぎ続けているのに、敵の勢いは収まらず、自分の力が弱まって行く。

 マシュは暗帝と名乗った女―――ネロ・クラウディウスを知っていた。

 歴史上では暴君と悪名高きローマ皇帝であり、弾圧者であり、芸術家であった。カルデアが転移してきた西暦68年はネロが自害した時であり、特異点にもし存在していれば、歴史においる悪行を為した後の姿であった。

 

「まだまだぁぁぁあああああ!!」

 

「本気で関心する頑丈さだな!?」

 

 敵の根性と気合に驚愕する。ネロは思わず賞賛の言葉を発し―――頭上の雷気防壁が、忍びに斬り破られたのを同時に察した。

 

〝陳宮の中華兵器が魔力より編む雷気を……容易く、一撫でだと!?”

 

 しかし、神なる落雷を見切る忍びが、人間の兵器が発する雷気を見切れない訳がない。神域を破るには、神域の業が必須。

 そのまま戦車に乗る自分に落下串刺しを敢行する忍びを見たネロは、咄嗟に腰に携えていた片刃大剣で迎撃。雷気を相手が切った事で忍びの忍殺前に気が付き、ネロは戦車から撃ち払うことに成功した。そのまま騎馬を思う儘に操り、上空へと退避する。

 

「余は愉しい……愉しいぞ! 成る程、これがカルデアであると!?

 我がローマで開催した英霊狩りの獲物共とは、一味も二味も違うではないか!!」

 

 そして、ついに森の奥底から狂気が具現する。

 

「ネェェエエロォォォォォォォオオオオオオオオオオ!!!」

 

 姪思う叔父の叫び。狂った月光を背負い、月光に満ちた大剣を握る皇帝―――月明かりの男。

 人の瞳を鈍らせる淡い輝きこそ、灰の暗き業の一つ。彼女が実験として与えた狂気のドラゴンウェポンは、狂える彼をそのままに発狂させ、姪の帝国を滅ぼさんとするカルデアに発狂を与えようと雄叫びを上げていた。

 






 イタリア・ローマの建国王ロムルスって日本神話で例えますと、日本国奈良県の神武天皇と似た立ち位置なんですよね。共に建国神話の中心人物。ですので、灰の手でカルデアに対する加減が全くなくなった神祖様をイメージして貰えると、この作品の知名度補正カンストした戦闘能力に対する違和感はないと思います。
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