血液由来の所長   作:サイトー

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 今回の夏、一番はキアラさんの第二再臨じゃないかと思います。


啓蒙44:カルナバル

 戦況が理解出来ない。所長は誰と誰がいるのかは把握しているが、互いの敵対関係が咄嗟に見通せなかった。啓蒙された神秘に血涙を流した所長は両目を狩り装束の袖で拭い、ローマ陣営をピンポイントに襲った隕石群の破壊痕を眺めていた。

 しかし、土煙りが酷い。声は聞こえたが、まだ姿は見えない。

 爆音が鳴り響いた後の現状、第三勢力と邂逅したものの、それより如何すべきか今は把握出来ない。

 

「ロマニ、ヤバい。ガチで頭割れる……どうなってるのよ?

 特に意味もなく、部下に八つ当たりしたくなるほど、理解できそうにないわ!?」

 

『脈絡が無さすぎて、全て唐突過ぎて、ボクらも解析するけど、戦闘中に終わるかは分からない……!』

 

 一つ一つ考えれば、所長も道理は分かる。樹に神祖の因子を入れて人化させたのは、人間性による檻を作るため。妖精の因子を入れたのは、この森を固有結界の特性を与えるためであり、特異点とも違う異界化した領域として独立させたから。その固有結界の概念により、樹を巨人として機能させる魔術理論・世界卵。

 その時、ふと所長は禁忌に気が付く。

 神祖ロムルスの宝具と、人間性の特性だけでは説明出来ない謎。

 そもそもこんな都合良く、こんな悪夢染みた複雑怪奇な心象風景を持つ者がおり、そして固有結界を具現させる魔術回路を持つのか?

 何より、異界化は宝具の概念だけでは説明出来ない。神祖の宝具による神秘が関わっているが、正確にはまた別の元凶が森の形成を維持している。

 

「待て、待って……だから、妖精なの?

 心象風景を具現させて、その魂の形を神秘にする固有結界なら……っ―――いや、いやでも、態々そこまでするの?」

 

 灰の外道を越えた冒涜的悪夢が、ついにカルデアに追い付いた。所長の呟きを聞いたロマニは、この森の正体を理解した。

 

『ウソだろ……有り得ちゃ駄目だ……駄目だ、それは。人間と言う生命以前に、ボクら人類の魂を冒涜した所業だぞ!

 森を作るために、欲したこの地獄の心象風景を作るだけの為に、人の心を塗り潰して固有結界を量産したのか。あいつは洗脳した神祖の宝具まで汚し、人間の魂を材料にこんな魂を作り上げたのか!?』

 

 現代では死徒や魔術師の神秘ではあるが、元より固有結界は妖精と真性悪魔が持つ異界の常識を現したもの。才能がない魔術回路だろうと妖精のソウルで改竄されるとなれば、もはやその人間は妖精と同じ固有結界を持つ存在となる―――と仮定した場合、神祖の森は辻褄が合う。

 

「―――妖精の因子は、その心象風景を固有結界として成立させる為のもの。神祖の宝具は、心象風景に指向性を与える概念。

 この魔術は、ローマ市民の固有結界。

 それも神祖の人間性と国作りの槍を絵具にし、心象風景を強制的に描かれた魂の絵画……!」

 

 それはつまり、魔術回路を持っていた大勢の人間の魂を、ソウルの業で妖精化させて中身を同じ心象風景に存在ごと作り替え、元の原型がないソウルにしたと言うこと。そのソウルを人間性に溶かし、神祖の樹に流し込んだ。そうすれば、木々の一つ一つが帝都を覆う固有結界を展開する術者となる。

 簡単な話、固有結界を運営する異界常識をローマ繁栄に必要な“設定”にし、それを森林地帯で量産していたのだ。そして、灰が思う儘に色彩した異界常識であれば、そもそも自動的に神祖の樹を増やすと言う固有結界の法則も追加するのは容易い。後は放置すれば、森林異界(神祖の森)は勝手に増幅し続ける。

 ……もはや、これは転生ですらない。魂そのものが別存在に塗り潰される。

 可能な技術を持っていても、考えついてはならない。それは理の範疇を越えた魂の冒涜だった。

 

「正解だ。狩人と賢人よ、見事に我らローマの邪悪を見破った」

 

 空より来た隕石を槍で切り砕いた神祖は、悠々とした足並みで所長に近付く。気配遮断によって爆炎の中に潜み、誰もが神祖が何処にいるのか察知出来なかったが、カルデアの誰もが魔術による隕石落下の奇襲で神祖が死ぬとは考えていなかった。

 しかし、ああも無傷な姿を見れば、所長は狩り殺せる気が萎えてしまう。

 所長は“失敗作”を思索することで啓蒙された我流の秘儀、彼方への呼びかけ(アコール・ビヨンド)が神祖に通じるか如何か、疑問に思った。業の性質上、暗殺運用は不可能であり、使用即座に対処可能な神秘に過ぎない。隕石と言う大質量を撥ね返す相手には、ただのテレフォンパンチと同等の攻撃なのだろう。

 

「何よ、悪趣味ね。盗み聞き?」

 

「すまぬ。我が皇帝特権を、(ローマ)を汚染した灰の意志が効率的に自動運営するのでな。目も、耳も、鼻も全てが常に効いておる。

 しかし、お前のような効率重視の狩りに腐心する殺戮者が、無駄な会話に思考を裂く。

 成る程……やはりアレは、そう言う者か。その高次元を超えた思考回路が鈍る程にあの悪魔は、お前たちカルデアにとっても悪魔となる存在であったか」

 

「―――貴方達とも敵対してるんだったら、とっととローマが何度も殺し尽くせば良かったのよ」

 

「それが出来れば、帝国の繁栄(ローマ)も遊戯の如き容易さなり……―――だろう、星見の忍びよ」

 

 カキィン、と金属音が一瞬だけ響く。会話中に隙を狙い、神祖を背後より忍殺せんと迫ったが、忍びの一刺しは回転する双刃槍に弾き逸らされる。

 

「………………」

 

「良いわよ。気にしないで、隻狼。油断していると見せ掛けるのが、あいつも得意みたいだし。次の殺し手、考えておいて」

 

「……御意」

 

『所長、皆を所長と同じ魔術で助けたあいつは……多分、そうとは思いたくないですが―――』

 

「―――分かってる。でも、交渉事は藤丸に任せるわ。

 ああ言った手合いとの会話に必要なのは、ネゴシエートじゃなくてコミュニケーションだもの。魔術師を騙すほうがまだ楽ね」

 

 忍びの刃が奔り、所長の瞳が光り、神祖の槍が回る。悪魔の魔術、彼方への呼びかけ(フォールン・ビヨンド)で焼き払われた森も本質が擬似展開された固有結界である故、直ぐ様に異界は再生され、死んだ木々から漏れ出たソウルの人間性が違う樹に吸収される。そして、その樹からまた分身が分裂具現する。

 ……異界常識とは、名の通りの便利な絡繰だ。其処に仕掛けなど存在しない。心象風景を持つ者が目覚めた固有結界は、その異界常識を自らの法則として世界を運営する。そう言う異界だから、その様に機能するのみ。

 だが、それでも尚―――世界を潰す神秘がこの世には存在する。

 戦局は変わらないが、神祖の領域(キングズフィールド)は悪魔の手で僅かな時間だけだが崩れ去った。

 

「――――」

 

 そして、全身甲冑を着込む悪魔の騎士(デーモンスレイヤー)は静かに戦場を見渡した。ネロからの願いを聞き、カルデアは破壊範囲に巻き込まないで他全てを薙ぎ払ったが、敵性個体は誰一人として殺せなかった。とは言え、それは計算の内。

 火を宿す灰―――即ち、火の簒奪者は“最初の火”を持つ。

 古い獣と並ぶ魂の化身が背後にいるならば、それ相応の備えをサーヴァント共にも与えていることだ。それも、フランスで見出せた新たな業の思索実験ともなれば、死に難い連中であるのも予想し易い。

 

「くうぅ……――駄目か。あの悪魔がカルデア襲来に合わせて来るとは!?

 超軍師の結晶中華ガジェット式電磁(トニトルス)バリアでも、流石に隕石(メテオ)はキツイなぁ……いや、本当に」

 

 自害の果てに暗帝となり、無駄に長い呼称を好むようになったネロだが、本人は余り言葉の意味を理解していない。何となくそう言う台詞を言いたくなる気分であり、言い難い台詞をスラリと言うのが舞台役者として快感を得られるだけだった。

 カリギュラは狂っているのに、ネロのそう言う部分を愛らしく感じる。尤も、その愛も既に狂い捻れてしまった感情。実に歪んでいる。

 

「月光を前に、星々の輝きなど掻き消される。おぉ、だが狂気は現実を啓きはせん。

 我が愛しき姪、ネロよ。神祖の偽樹が生み出される神祖殿の森にて、我ら皇帝が永劫に眠るなど、不敬極まる失態となることだろう」

 

「しかし叔父上、隕石って少し以上に反則過ぎるのだ!」

 

「星々が大地に降り注ぐのも……また、優美に浪漫(ローマ)なる光景だとは思わぬか?」

 

「――ハッ……確かに」

 

 雷気を電流のようにバチバチと漏電するネロの戦車。騎馬の方が無傷ではないが無事に生きており、宝具としてはまだ十分に使える状態。そして、カリギュラは月光の奔流を狂気と共に頭上より落ちる隕石に当て、自分に衝突する全ての星礫を弾き砕いていた。

 そして、土煙りの向こう側から―――光の筋が奔った。

 暗帝の額を狙った射殺。放たれた神秘の名を、ソウルの光と呼ぶ。

 

「ぬぅわ!?」

 

 咄嗟に顔を暗帝は下げ、その勢いで地面を転がった。しかし、身に染み付いたオーバーリアクションは忘れない。

 

「おぉ、我が姪よ。頭が星屑のように光り輝く所であったな」

 

「本当になッ……全く、叔父上は呑気になったものだ」

 

 獣の御守が放つそれの速度は、不意打ちでサーヴァントを十分に殺せるもの。そう悪魔は考えていたが、流石にあの深淵に適応した暴君と、月光に魅入られた狂人では、通常の敵を殺すように手早くとはいかなかった。

 不意打ちの先制攻撃(ソウルの光)は、ボーレタリアを彷徨った悪魔にとって挨拶。知覚外からの速攻は急所に当たれば霊核を粉砕する有効打。

 敵の技量の高さを嬉しそうに彼は観察し、また殺意を抑え込む。そうして藤丸とマシュと清姫は、自分達に視線を向けたこの男と相対することになった。

 

「……―――?」

 

「貴方は……ッ―――デーモンスレイヤー、でしたか?」

 

「そうだが。貴公は……あぁ、あの時の健気な少女だったか。その腕を奪ったのは、良く覚えているぞ」

 

「――――っ!」

 

 身が震える。心が凍える。恐怖の具現であり、マシュにとって騎士姿の悪魔は絶望だった。どう足掻いても、自分の技巧ではマスターを守り切れないと分からせる死。宝具も決意も無価値にし、サーヴァントとしての無力を教えた敵。

 ――カルデアの義手も、この絶望がなければ受け入れなかったかもしれない。

 切り落とされた時の激痛と喪失感が、段々と甦って来る。最初に問うだけで精神が疲労して、この騎士を相手に何をすべきなのか一つも思い浮かばない。

 

「……あ」

 

 そんな彼女の肩に、誰かの手が置かれた。それは温かく、乱れた心を鎮める優しさを宿していた。

 

「マシュ……今は、下がってくれ」

 

 義手を握り締めながらマシュは後退り、その分だけ藤丸が前に出た。清姫もマスターの判断を尊重し、現場を大人しく見守っている。そして藤丸はマスターとして雰囲気的にではあるが、敵の戦力と言うものを察する第六感が成長しつつある。眼前の悪魔の強さを理解し、そもそもこの男がローマと共に敵に回れば命がないのも分かっていた。

 しかし、あの奇襲でカルデアは襲われなかった。むしろ、助けられた。

 本音を言えば、マシュの腕を斬り落とした悪魔の顔面を殴り飛ばしたくはあるが―――マシュと、自分たちが生き延びる為には敵対行動を取ってはならない。

 

「何だ、何だ、スレイヤー。貴様とカルデアには因縁でもあるのか?」

 

「そうだ、ネロ。嘗て邂逅した世界にて、その者共のソウルを奪おうとしてな」

 

「―――……それは、貴様が悪いのでは?」

 

「そうだろうな。故、こうして殊勝な態度をしているのだが」

 

 敵と同じ顔、似た姿―――だが、その存在感は真逆。真名は恐らく、ネロ・クラウディウス。何よりそのネロの隣に立つ悪魔からは、冬木で遭遇した時に感じたあの絶望的な殺意がない。

 藤丸は会話を行うのが吉と見込み、同時に所長からも念話で指示を受けた。状況証拠に過ぎず、また所長の所感でしかないが、第三勢力として参加して来た二人はカルデアの戦力に取り込める可能性があり、それが出来るのは藤丸立香のみ。

 

「助けてくれた……って、言うことで良いのですね?」

 

「そうだ、カルデアのマスターよ。

 このローマを討ち倒すべく、余には貴様らが必要だったのでな」

 

 暗帝と同じく、何処か尊大に頷く薔薇色の少女。しかし、背丈や顔立ちだけ見れば、暗帝の妹か、あるいは娘と言った所だろう。

 

「デーモンスレイヤーも、ネロさんと同じだと?」

 

「その少女からの頼み事である。乞われた身として、断る理由もなし。何より、この世界で私がすべきこともなく、貴公らと遇ったあの世界とではまた事情が違うのだよ。

 今となっては苗床を探す必要もなく、魂を持つ人々を霧の化身として殺める道理もない」

 

 油断なくローマ側の動きを見つつ、悪魔は事務的ではなく、何処か人間味のある声色で藤丸に対応していた。共に戦え、とネロに言われたからカルデア救出の為に開発した魔術で以って蹂躙し、こうして全員を問題なく助け出し、戦果としては十分以上。

 つまり、悪魔は藤丸らの様子を今も見ているだけだった。

 助けたと言ったが、これから先もその助けを必要とするのか否かは、カルデアが決めるべきこと。悪魔は問われれば答えるが、何も乞われなければもう手助けをする気はないのも事実であった。

 

「―――分かりました。

 どうか、俺たちを助けて下さい。お願いします、ネロさん、デーモンスレイヤーさん」

 

 それはただただ、真摯な想いが込められた人間だけが出来る一礼だった。彼は自分が助かる為に、自分達がこの戦況を打破して前に進む為に、本当なら憎むべき悪魔と、敵と同じ貌をした信用出来ない少女へと、彼はカルデアのマスターとしてすべきことを選択する。

 

「良く信用出来ぬ我らへと、仲間の為に頭を下げた。

 カルデアのマスターよ……余は人理を守る一人の英霊として、貴様の決意を尊重しよう」

 

「積もる話は生き延びてからで良いだろう。その時、乙女の腕を落とした外道として、貴公らの罵倒を反論なく受け入れるとしようか」

 

 礼節とは、人間社会を知る人にとって確かに重要だった。元より文化も時代も違う者らが関わり合うなら、サーヴァントと人間の差も大きいが、相手の理解力に甘えるのは無知無能の証。藤丸がカルデアで関わった人々の個性や人格は千差万別であり、そんなサーヴァント達との絆が彼を善き人へに成長させたのだろう。

 

「それとな、カルデアの諸君。私のことは好きに呼べ。

 悪魔を殺す者(デーモンスレイヤー)と無色の霧になった(ソウル)へ銘が刻まれてしまったが、もはや私が殺戮すべきデーモンは一匹もこの世に残っておらんのでな」

 

 まるでマシュと藤丸と清姫を守るように前に立つ悪魔から、そんな気安い言葉が降り注いできた。藤丸にとって絶対に許せない敵だと言うのに、どうしようもなく安心感を得られてしまう力強さが宿っていた。所長に大丈夫だ、と言われた時と同じ魂や意志を振わせる強烈な言霊だった。

 それはマシュも同様で、だが清姫だけが真実を見通している。

 嘘も偽りもないが、それは視界に映る全ての命に価値がないと断じている故の正直さ。清姫は自分の狂気が冷める無感情な冷酷さを味わってしまい、なのに冷徹さは欠片もなく自然体で人を勇気付け、優しい台詞も感情的に抑揚がある声色で話す人間味。

 正しく―――人間性(ヒューマニティ)、なのだろう。

 この男は人間らしく成長し続け、あの冬木で殺し合った時よりも確実に強くなっている。気配や存在感に疎い藤丸でさえ、初めて邂逅した時より増した圧迫感を理解出来る。その暗い人間性も、何処かの世界で自分のソウルに取り込み、新たな神秘としてソウルの業に取り込んだ。

 即ち、この男は世界を渡る度に魂が進化し、殺し合う度に業が深化している悪魔の人間だった。あるいは、悪魔の化身となった人間であるのだろう。

 

「―――マスター……彼に、気を許してはなりません。

 この世には、自分を偽らずに自分の命も他者の命も容易く潰せる……そんな人間性の持ち主もいるのです」

 

「そうだね、清姫。分かってる……うん。俺でもそれは良く、分かってるよ」

 

「……っ―――」

 

 マシュは清姫の言葉を聞き、無言の儘に自分の使命を悟る。何時かは、自分一人で必ず超えなければならない壁。全ての業を鍛え上げ、この悪魔の騎士よりも強くならなければ自分の左腕が斬り落ちたように、未来の戦場で彼女の先輩(マスター)は命を斬り落とされて死ぬ事になる。

 

「―――スレイヤー、今は信用します。でも、決して貴方を信頼はしません」

 

「ほう……―――成る程、強くなったな。

 良い人と出会えたと見える。自分の死に方に、意志を抱いた人間の瞳だ」

 

 だからこそ、マシュは悪魔を殺さないといけなかった。こんなにも人の心に響く言葉が出せるのに、あらゆる命に価値を見出せない殺戮者は騎士の風上にも置けないのに、どんな騎士よりも騎士らしい姿。あらゆる騎士よりも、邪悪な悪魔を倒すのが巧みな騎士。

 故に、悪魔を殺す者(デーモンスレイヤー)。その心強さを、ネロが一番知っていた。

 暗帝と成り果てた生前の自分と対峙するのに、ネロが不安を覚えても絶望をしないのは、隣にこの悪魔が立っている御蔭であることに間違いはなかった。

 

「あー……駄目ね、駄目、全然駄目だったわ!

 あの神祖ロムルスからは距離をちょっと巻くだけで精一杯。そう言う訳で、此処からは全員一塊になって逃げますから」

 

「良いのかね、所長?」

 

「だって仕様がないでしょう、エミヤ。貴方だって、カルデアの術式と護符がなければ、咄嗟に精神防御系の宝具を投影する間もなく気が狂うような状態じゃない。

 あの月光の狂気伝播は、ちょっと特殊な訓練や護符がないと発狂者になるわ。私、人間を共食いする仲間を処分するのとか、絶対にやりたくないもの」

 

「そう言われると、私の立場はないな……ふぅ―――確かに、此処では勝機が薄い。

 マスターの礼装である影霊の呼び出しも出来ず、相手に有利なフィールドで戦い続けた所で、此方が先に消耗するのは目に見えているか。

 狼、君も同意見か?

 忍びの戦術眼は私以上に鋭いからな、聞いておきたい」

 

「ああ。相手が一人ならば、森の中でも殺められるが……この儘では、誰か死ぬ」

 

「成る程。勝機そのものは、ある訳だな……」

 

 離れていた三人も此処で合流。悪魔と皇帝ネロに守られた藤丸、マシュ、清姫の三人を見て安堵するも、何一つ気は抜けない状況。

 

「ふぅーん……人理になんて、糞程も興味なさそうだったのに。貴方、カルデアの味方側に回るなんてどう言う気かしら?」

 

 尤も、所長は即座に狂気を垂れ流しにして悪魔を睨み付けていたが。左腕にはエヴェリンが握られ、千分の一秒も掛らずに銃弾が早撃ちされる状態を維持している。あるいは、もはや無の境地で行われる狩人の業なので、時間と言う単位が無価値なのかもしれない。

 

「その都合も付いただけだ。故に、頼まれた願い事を今は果たしているのみ」

 

「あっそ。じゃ、良いわ。変な真似したら、その尻に腕を突っ込んで内臓をグチャグチャにした後、中身を全部刳り抜いてやるから、そのつもりで」

 

「斬新な脅し文句だ。だが、構わんよ。似たような死に方は、過去に幾度か味わった」

 

「……奇遇ね。私もよ」

 

「だろうな。そんな気配を持つ女だよ、貴公は。何処となく、奴等と似て内臓臭いものな」

 

「はぁ? え、いや―――はぁ? 嘘でしょう。協力も何も、こんなんじゃ会話に意味がない挑発じゃない。死ぬの、狩られる?

 それとも今直ぐにでも、私が素手で内臓解剖しましょうか……?」

 

「ふむ。内臓男女交流会か……成る程。貴公らの社会は珍しい文化が発展しているのだな」

 

「脳味噌腐ってんじゃないの、アンタ」

 

「有り難い話だが、逢引きは夜に予約して欲しい」

 

「その前に貴方を、合挽きにして上げましょうか」

 

 所長の右手が黒く血に染まり、爪が鋭く肥大化する。悪魔の腸が欲しいと五指が蟲のように蠢いている。返答で煽り返す悪魔は、実に悪魔らしい思考回路で人の神経を逆なでする言葉選びに長けていた。

 どうやら、相性は致命的に悪いらしい。

 信頼関係以前に、互いの人間性が相手を否定したくて堪らない。

 悪魔はその悪感情も刺激的で愉しいが、所長にとって人生で初めて出会う類の不死であった。更に言えば、マシュの左腕を奪った男なので、彼女の敵意は常に臨界まで高まっていた。

 

「オオオォオォオオオ……――ネェェエロォォオオオオオッ!」

 

 その直後、月光の奔流が天に向かって昇り上がった。周囲の者を全て狂気に陥れる狂気が空間を伝播し、隕石落下で舞い上がっていた土煙りも全てが晴れ渡った。

 狂った皇帝(カリギュラ)は爛々と瞳を輝かせ、天を照らす地上の月となる。

 森に漂っていた土埃を月明かりの波動で払う様は、まるで空を覆う雲海を吹き飛ばす月光の奔流であった。

 

「はぁ、全く駄目な騎士だ。余は悲しい。

 尊ぶべきローマ皇帝に空から奇襲を行うとは、名乗りを上げる余裕もないか?」

 

 黒髪赤目の女――暗帝(ネロ)はネロと全く同じ顔立ちをしつつ、暗い情緒が浮かび上がる貌で歪に笑った。

 

「憐れなる死人、ネロ・クラウディウス。生前の自分を皇帝だった時のように、不意打ちの暗殺で仕留めようとは、英霊とは斯くも腐り果てた魂だと見える。

 ふははははははははははは……―――はぁ。愚か過ぎて、いっそ嗤えるな。

 いや、もう一度だけ余は哂おう。クハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 

 暗帝(ネロ)の後ろには二柱の魔人。双刃槍を持ったまま両手を天に向ける神祖と、月光を掲げて神祖と同じポーズを取る狂帝。そして、真顔で笑い続ける暗帝。

 

〝何故こうも、芸人みたいなトリオ感を……”

 

 現代の大衆文化にも関心少々ある所長は、暗帝(ネロ)を先頭にするローマ皇帝三人衆を遠い目で見ていた。強敵であることは間違いないが、今までで最もシュールな敵であることも間違いなし。

 

「はははははは……ッ―――ふぅーやれやれ、笑い疲れた。

 憐れな余の残骸よ、また我らローマに腕を引き千切られたいと見える。無事に右腕も生えているようだが、まこと英霊は人間からは程遠い。貴様の腕を余はまだ、腑の中で消化し切っておらんのに。

 そして人理の為と大義名分を得れば、敗走しようと懲りずに挑む。あの死から運命を克服して生き延びた自分を問答無用で殺すとは……貴様、性根からも生きる情熱が消え果てたか」

 

 そして、暗帝は侮蔑の視線をネロに向けるのを躊躇わない。凄まじい圧迫感を三柱は纏い、カルデアとネロ達の間には蝗の群れみたいに殺意と敵意が混ざり渦巻く。

 だからか、ネロは暗帝に同じく侮蔑の目で口を開く。

 あの自分ならばやりかねないと判断し、実際にそう行動した生前の自分がおぞましくて仕方がない。

 

「ふざけるな、外道―――カルデアを初手で潰すか、ネロ・クラウディウス。

 英霊となった身として、救済に狂った余を、余は自らの手で貴様は殺さねばならん。己が死から逃れる為に、貴様は人類の未来を見限った!!」

 

「無様だな、死人。人類など何処にもおらんよ。況してや、人理を祈る人間など。

 求めるべきは現在だ。見るべき世界も、生きている今である。故に死から救われたならば、この命だけは決して見限らん。ならばこそ……あぁ、未来の為になど死ぬものか。生き足掻く者として、容易く死ねるものか。

 人理など余の帝国に、そも不要!

 ならば―――我らが人理に変わるローマの理へ深化し、人類を存続させるだけよ!!」

 

「そこまで堕落したか、貴様ぁ!?」

 

 この世の全てよりも、暗帝は自分の人生を選んだ。生物として何処までも正しく、人理が焼却されたならば、後は単純な生存競争。生きる為に、他の者には死んで貰うだけである。ローマ帝国が国家繁栄の為に周囲の国々を滅ぼし、文化を飲み乾したように、この特異点(ローマ)も違う世界を貪って文化を永続させる。

 理屈は真っ直ぐで、だが歪み切った生前の自分にネロは絶望した。

 堕落と叫ぶも本心ではない。あれはもう沈み果てた末の、救われたことで死を厭う無様を形にしたもう一人のネロ・クラウディウスだった。

 

「死人が余の未来を囀るな。未来の為に今を生きる余を殺しに来た死神め……―――屑め。

 我が女神は人理とそれが辿る未来の光景(ビジョン)を余に教えた。その上で、余は女神によって救われたこの命と魂を選んだのだ。

 ローマは決して、貴様の終わった過去ではない。余は―――わたしは、此処で生きている!

 全人類の為に、全人類から死ぬべき暴君だと裁かれたとしても……それでも尚、女神は余が生きていても良いと命をくれたのだ」

 

 ローマは、時代の中で潰える。ローマの意志は残ろうとも、帝国は瓦解する。過去が確定した未来の視点を理解したため、暗帝はその末路が人理にとって定められた運命だと言うことも分かっている。

 その果てが、人間の叡智が作った存在に哀れまれ、憐憫の意志でもって絶滅された。

 無様極まりない終わり方だ。どうせこの世が一万年も続かないなら、人類をローマが永続させて構わない。

 

「分かるか、カルデアよ。貴様らは余と同じ邪悪。生きる為に人の生命を否定する所業を行い、そもそも邪悪で在らねば生きることも出来ないのなら……我らの魂に、何の違いがある。人類の為の未来などと騙されるものか……それは、その未来を生きていた貴様らカルデアの現代に過ぎんのだ!

 ならば余と同じ、これは生きる為の闘争!

 どちらの意志が強いのか、ローマとカルデアで比較するのみだ!

 ならばこの特異点の今を生きるネロ・クラウディウスが、カルデアが殺したジャンヌ・ダルクのように死ぬつもりなど毛頭ない」

 

 人理になど大帝国(ローマ)を委ねない。暗帝(ネロ)は例え全人類が敵に回ろうとも、今を生きる人間としてこの生存競争を全力で挑むのみ。

 同時に彼女の女神から見せられた未来には、ローマの魅力などなかった。文明は進んだが、生物として何一つ変わらない群体。人理と呼ばれるものを運営する総体、即ち阿頼耶識から無性生殖して増えたように、ヒトの意志は何も進化していなかった。

 人間は―――救われなかった。そのまま文明は終わりを迎えた。

 もう人類史に結論は出た。暗帝はその答えで十分満足し、否定する気もない。そこから先はローマが引き継げば良いだけのこと。

 

「生きる為の邪悪か。成る程な、私にも良く理解出来る感情だとも。

 殺人の罪科を積み重ね、人の魂を貪らなければ、一歩も前に進めない。人間ならば尚の事、呼吸するだけで死にたくなる苦行……あぁ、そうだとも。同族を嫌悪などせん。むしろ、大好物と言える」

 

 苦しみ悶えることを悪いと悪魔は判断しない。そして悪魔殺しの悪魔(デーモンスレイヤー)ではなく、嘗て一人の人間として霧に覆われる寸前の故国を救おうと足掻いた志願者であり、国に仕える貴族の魔術師でもあった彼はローマと言う王家が嫌いではなかった。

 同時に彼は、帝国の残骸であるサーヴァント(ファントム)暗帝(ネロ)に偽ること無く悪魔らしい率直な欲望を見せる。

 

「悪魔殺しの悪魔として、ローマの在り方は非常に好ましい。

 ならばこそ、貴様らローマのソウルは私の食餌に相応しい。

 簒奪者―――……あの薪の灰から、霧と闇を与えられ、火で焦がされたのだろう。故に、その霊基は薪の闇を宿している。貴様ら本来の魂が、灰色に暗く澱んでおるぞ」

 

 本質的に、悪魔は魂を貪る捕食者。灰もそうだが、彼の方がグルメであった。何より、灰によってデーモン以上の深化を施されたこのローマ皇帝三柱は、悪魔からしても自分の命を棄てる価値のある獲物。ソウルの業を求める悪魔にとって、魂の収集こそ日常の営み。底無しに貪欲な悪魔殺しの悪魔として、魂を持った生物が服従する根源的恐怖を保有する。

 そして恐怖もまた人間性。根源から零れ落ちた魂が、そもそも悪魔に抗えない。

 悪魔は一人の魔術師としても、灰の行うこの特異点の実験は横槍をしたくなる程には魅力的だった。貪欲な渇望と知的好奇心に満ちた悪魔の瞳は、強靭な魂を誇る英霊だからこそこの男から逃げられない絶望に襲われた。

 

「ふはははははははははは、ほざきおるわ!

 此処はローマの森、貴様だろうと自由は有り得ない……であろう、神祖殿?」

 

「……………我が子、ネロよ。断言は避ける。だが、味方を過信し、敵を侮ること無かれ」

 

「愛しき姪よ、ネロよ。油断は愚か者がすることだ。皇帝ならば、皇帝らしく狡猾な蛇を潜ませておくのだ」

 

「おっと、余、何故か叱られてる」

 

 そんなローマの日常(コント)を見ている所長は、少しだけ自分達の罪科を思い返す。

 

〝死後の儚い夢だけど、ジャンヌはカルデアでちょっとダメな方向に弾けたからなぁ……いや、流石に説明しようがないからローマ共には何も言わないけど。

 それにもう一人の自分とどう接して良いか、相談しに来たジャンヌに家族みたいになれば良いじゃないと助言して、娘とまでは出来なくともそれとなく妹ならチャンスがなくもないとか……うん。気の迷いで言っちゃったし。

 魔女には悪いことをしたわ……―――傍から見ていて、最高に面白いけど。

 ジャンヌの件はカルデアの罪ではあるけど、根っこが精神的超人の出鱈目聖女様だから、こっちもこっちで助かって入るけど……はぁ、辛い。

 カルデアの責任者として瀉血土下座しようとしたら、凄まじい聖女の威光で止められたし。

 引き摺りたいのに、あっちはあっちでもう許してくれると言う苦痛。分かるわぁ……ランスロットが狂戦士(バーサーカー)になった気持ち、凄く分かるわ。罰してくれた方が、気持ち楽になる。その所為で、マシュは自分の霊基の正体を知らず、さり気なく彼女を慰めるランスロットと凄く仲良くなってたものねぇ……”

 

 瞼を閉じてまた開く本当の瞬き程の間で、所長は長考を終える。そして誰に似たのかしらないが、罰して貰えない事を凄くマシュは引き摺っている。いっそのこと、バーサーカーになって贖罪の感情を叫びたい程に。

 聖女本人がもう気にしていないと、カルデアの善き人々を想ってカルデアの日常生活を楽しんでいる。魔女と仲良く“姉妹”の真似事をするのは、カルデアの為でもあった。だが、逆にカルデアと人理の為にジャンヌを殺したマシュは、そんな楽しむ聖女を見ると罪悪感で発作的に自殺したくなる気分に陥る。

 

〝―――ぁ……う、殺すの?

 またわたしは、また……私のために?”

 

 暗帝の言葉で、マシュはトラウマを思いっ切り掘り返されていた。思考が罪科に渦巻いていた。罰せられず、許されたから、ジャンヌ本人が幾ら楽しそうな姿をカルデアでマシュに見せたところで、むしろ幸福そうな顔が彼女にとって善良な人間をその手で殺したと言う罪に苛まされる。

 マシュ自身、人理修復の旅で人殺しをする事になるとは予感していた。しかし、覚悟など所詮は人の死で覆る。暗帝を見るとジャンヌが死んだ時の、体から温かさが消えて逝くあの冷たさが甦る。

 

「…………!」

 

「まぁ、今はそれで大丈夫ですよ。マシュは、頑張っていますから」

 

「……ッ―――ぁ、ありがとうとざいます……清姫さん」

 

「いえ。だけど、今は前の敵に集中を」

 

「はい……」

 

 しかしながら、清姫は容易くマシュの心情を見抜き、言葉を掛けた。強き心がそのまま盾の防御力となるマシュは、怯えでも良いが挫けてはならない。膝を折ってはならない。所長が必要だと思ったからこそ、清姫はレイシフトのメンバーに選ばれている。戦力以外の、本人だけが可能な何かを理解しているから、その人選は所長にとっても正しい選択である。

 

「―――ふぅ……」

 

 瞬間、特に前触れもなく―――閃光が暗帝を襲った。溜め息と同時に、悪魔は人殺しを敢行。

 

「うおぉおお!! え、まだそんな雰囲気ではなかったよな!?」

 

 無詠唱の即時発射。盾に隠した獣の触媒から魔力が光り、咄嗟にまた暗帝は回避。特定の動作(モーション)など、ソウルの業を鍛えた悪魔にはもう必要なかった。その気になれば、全力疾走や白兵戦闘中でもあらゆる魔術行使が可能になる程に、悪魔は自分の能力を神秘の深淵まで鍛え上げていた。

 

「いや、すまぬ。これから殺し合うぞと、声を掛けるのも面倒でな。私なりの名乗りの挨拶だと思ってくれたまえ」

 

「この悪魔め!」

 

「ム、悪魔だぞ」

 

 と言いつつ、また閃光。敵との会話も情報収集であり、そもそも殺し合いで敵を煽るのは悪魔にとって当然の戦術であり、言葉と言うのも立派な武器である。馬鹿にした雰囲気でヤレヤレと呆れた動作をすれば案の定、暗帝の殺意が凄まじく高まり、悪魔に殺気が限界まで集中し出した。

 そして暗帝は、そのソウルの光を切り捨てていた。深淵を燃料とする火で再度鍛えられた黒い片刃大剣は、悪魔の魔術にも対抗することが可能。宝具で考えれば神秘の濃度はAランク以上にもなっていようとも、今の暗帝には問題ない事柄だ。

 

「おのれ、貴様……この―――浪漫なき似非騎士が!?」

 

 復活した双頭黒馬と中華ガジェット式戦車を出現させ、暗帝は迷わずそれに飛び乗った。所長は構わず水銀弾を暗帝に向かって発砲し、それは突如として地面から出現した黒き城壁が容易く弾き返す。

 

「此処は―――我が城(ローマ)なり。

 妖精樹の尊き森ではなく、(ローマ)の愛が満ちる深淵の帝都だと思うが良い」

 

 闇色の壁。即ち、神祖の宝具――すべては我が愛に通ずる(モレス・ネチェサーリエ)の具現である。

 

「流石は、我らローマとローマ市民全ての祖、我らが頂くべき原初の御人――神祖ロムルス殿!!

 余の狂気がその威光を受け、更なる月光を放ちましょうぞ!!!」

 

 宙に浮かぶ狂帝から月の光は溢れる。気が狂う圧迫に満たされ、脳髄がイカれて捩り回る。焼き払われた空白地帯を埋めるように、周囲の木々がこの場所に集まり出す。カルデアが逃げられないように城壁が生み出され、だが神祖妖精樹は巨体を活かし、容易く壁を攀じ登ってくるだろう。

 だから、此処は―――絶対羅馬領域。

 逃げ場はなく、退路など最初から存在せず、そもそも神祖が思う儘に迷宮化する森林地帯。本当に正真正銘、加減など一切せずに全てが込まれた神祖樹林の檻。

 

「これは……―――ここまで、用意周到とはね」

 

 その上、まだ灰自身は参戦していない。それを考えても、今は危機的状況だ。それも、一人も逃げられない全滅の危険。

 

「どうすれば……っ――!?」

 

 何もかもが、おぞましい。藤丸立香は、恐怖も狂気も猟奇も混ざり捏ねった想念が脳髄内で渦巻いた。何故なら、眼前の光景を理解してはならない。これを妄想した者が、何を理念にしたか考えてはならない。しかし、オルガマリーは今この時になり、知能が現実を超えて理解した。

 世界の描き方――固有結界。

 澱から湧く命――神祖の森。

 深淵による魂――皇帝たち。

 白い竜の狂気――結晶月光。

 此処は、フランスと同じ造られた世界に対する思考実験。

 誰からの理解も必要とせず、誰にも神秘を理解させるつもりがない彼女だけの暗い絵画の檻。あるいは、オルガマリーやデーモンスレイヤーのように、何故と言う疑念を愉しめる思考の思索者だけが真実を見詰める事が出来る異界。

 

〝作用し合う神秘がどんな干渉するか、最後まで見てみたいけど……ッ――一体何を、アッシュ・ワンは考え付いたっていうのよ?”

 

 魂を絵具に世界を描く画家の業。心象風景を量産すると言う暴挙に走り、こんな森を“描いた”となれば固有結界など自由自在な画布となる。それも絵が描かれた画布はコピー機で印刷されたように、自動的に何枚も作り出され、異界の上にまた異界が折り重なる。

 まるで同じ固有結界の外側に同じ固有結界が生まれ、マトリョーシカのようだ。

 数多の異界が一つの世界の人為的土台となったと彼女は考えたが、それ故に此処まで灰は好き放題出来る特異点の土壌を作ったのではないかと更に思い付く。

 

〝……でも、考え事はまだまだ後じゃないと!?”

 

 囲う城壁。侵入する樹人。空飛ぶ暗帝。空浮かぶ狂帝。襲来する神祖の双刃槍。対するカルデアに、ネロと悪魔。

 絶対包囲は完璧だ。

 所長はそれを打ち払うべく秘儀に集中し、更なる敵の奥の手を破壊するべく思索の海へと戦術を探さなければならなった。

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