血液由来の所長   作:サイトー

5 / 91
啓蒙3:忍殺

 アサシンのサーヴァント――隻狼は街を駆け抜けた。霊体を得たことで生身の枷から外れた身体能力を発揮し、彼は余りに軽い体を動かし、目的地へ急ぐ。忍義手から出した鉤縄はコンクリートだろうと食い込み、忍びは宙を自由自在に舞いながら、一瞬で数kmの道程を踏破した。

 

「―――マシュ!」

 

「先輩ッ………!」

 

「ふふふ。弱い……弱いですね。とても同じサーヴァントとは思えない」

 

 ビル崖下の敵。地上数十メートル上空へ躍り出た忍びは、その忍びの目にて、二人と一体を視認。戦闘中であることも確認し、正に絶殺の好機にして、忍殺の機会。戦闘に意識を割いている相手を不意打ち殺すなど余りに容易く、こうして忍びが落ちているのにも気が付かない。

 ―――邪念は不要。

 ―――気配を殺せ。

 無念によって殺意さえ死に、殺気も風へ融け消えた。

 一切の音なく落下し、同じく鞘から楔丸を抜く。体は風を切りもせず、一直線に目的へ迫った。

 

「――――――」

 

 ―――忍殺に専心する無念。

 最初に殺意が漏れ出す刃を振えば、達人相手であれば落下途中に気付かれる可能性有り。忍びは右手に刀を持ちながらも、忍義手を鎌を持つ女へ差し向ける。直後、流れるように首へ絡み巻き、相手に一切抵抗する素振りさえさせず、気管と血脈を抑えて身動きと同時に意識さえ動かせぬよう、まるで屠殺する鶏の首を捩るかのように締め上げた。

 察知も出来ず、殺意さえなかった一瞬の出来事。

 鎌を持つサーヴァント――ランサーは何事が起きたかも判断出来ず、忍びを軸に首から回転し、視界が一回転させられる。意識が漸く事態に追い付く頃には、後頭部より地面へ叩き付けられた。

 

「―――カハ……!」

 

 その場にある隙間など、衝撃で吐息が漏れる合間のみ。仰向けに倒されたランサーは気が付けば、橙色の衣を纏う男に押し倒されており――――その認識と共に、一太刀の刃が首元を串刺しにしていた。

 

「――………御免」

 

 死を労わるかのように、忍びは優しく刀を引き抜いた。流れ出る命に向けて一握りの慈悲を言葉にし、忍びはただただ殺した相手の死を怨嗟が宿る忍義手で拝む。

 幾度―――忍びは人を殺し、死へ拝んだのか。

 仏と呼ぶに相応しい供養の姿でありながら、殺したのは忍び自身。

 正にその姿、人を斬る鬼の仏。命を殺し、死を拝み、自らの業へ供養する。忍びは義父から伝授された教えのまま、矛盾を飲み乾す無念の境地を忍殺へ体現し続ける。

 

「っ―――――………」

 

 怪物になった自分を殺しておきながら、地上で生きる誰よりも真摯に自分の死へ祈る男。仮初の命であるとランサーは狂った理性で自分の存在を理解しておきながら、まるで人喰いの怪物ではなく、今を生きる一人の人間として殺されたようだと思ってしまった。

 ……死ぬべき時に、死ぬ。

 こんな言葉は死に酔った狂人の戯言に過ぎないと直ぐ様死ぬだろう彼女は考えていたのに、確かに今の自分にとってそれが今なのかと納得してしまった。これ以上の醜態を晒すよりかは、良いのかもしれない。女子供甚振って殺して、その魂を愉しんで喰らう化け物として退治されず、ただただ殺されて死を悼まれる。

 

「…………」

 

 無言のまま残心する忍びを掠れた視界で見ながら、ランサーも同じく無言のまま息絶えた。良くはないが、悪い殺され方ではなかった。そう思いながらも、彼女は忍びを何故か恨めずに、そのまま首元の苦痛も薄れて亡くなって逝った。

 そして忍びは、それを見守り続けた。

 刀を無形の型で構えながら、最後の一片まで命が散るのを拝み続けた。

 そうして、彼は音も無く鞘へ納刀する。義手もダラリと下がり、その忍殺を動く事なく見ていた二人の少年少女へ向かった。

 

「―――何者ですか!?」

 

 マシュにとって、忍びは見たこともない人物。気配殺しで空気に融けていた彼は、同じカルデアの職員でも知らぬ者が多い。カルデアの所長がアサシンのサーヴァントを使役していると言う事は全ての職員が知ってはいても、そのアサシンを見たことある者は限られていた。言わばカルデア七不思議の一つであり、所長も態々部下に自慢するつもりもなく、隣に居る時でも紹介することはなかった。無論、気が付けた特定の人物には、その存在を知らせており、アーキマンやライノール、また同じサーヴァントとしてダ・ヴィンチにも姿も周知させてはいたが。

 よって何も知らぬ彼女にとって、忍びは凄まじい脅威である。あのランサーを容易く暗殺する技巧を見れば、戦いは死を意味した。何よりも、後ろにいるマスターを命を賭して逃がした所で、確実に殺されるのだと。ここで自分が勝たねば、何も意味がないのだと。

 

「…………天文台の、忍び」

 

「「―――はい?」」

 

「主の命より、助けに来た……」

 

「フォウ……!」

 

「フォウさん!?」

 

 駈寄る小さな動物。猫か、犬か、見た目では判断できないが、フォウさんとマシュから呼ばれた者は、一切の警戒なく忍びへ近寄った。

 

「……フォウ殿……暫く」

 

「フォウ、フォフォフォーウ!」

 

「…………は。良く分かりませぬ」

 

「フォーーゥ……」

 

「――……すみませぬ」

 

「フォウ!!」

 

 気にするなと言わんばかりに片足を上げるフォウへ、忍びは目だけ意志を伝える。どうやら人の言葉を理解してはいるのだと分かるが、彼では獣の言葉は理解出来ない。精々がどのような感情を持って接して来ているのか、それが察せられるのが限界。しかしそれでも接し方が今一分からない忍びは取り敢えず何時も通り、ロマニの隠し棚からくすねた美味しいおはぎでも上げようかと思ったが、懐に隠している和菓子全てが爆発で吹き飛んだのを思い出した。無念なり。非常食として何時でも食べたいので補充しておこうと、そう思う忍びであった。

 とは言え、ファインプレーと言えばそうなのだろう。マシュもフォウの親し気な態度から、この男が天文台の忍び―――つまりは、カルデアのサーヴァントであることが嘘ではないと判断した。立香も同じく、鬼神を超えて鬼仏にも見えた忍びに対し、警戒心を解きそうになっていた。

 その時、唐突にププーと立香の腕から音が鳴る。

 どうやらやっと無音を貫いて役立たずになっていた連絡装置が機能し始めたようだ。

 

『ああ、良かったやっと通信が繋がった!!

 藤丸君聞こえるかい、こちらロマニ・アーキマンだ、返事をしておくれよぉ……!!?』

 

「「「「…………」」」」

 

 無言のまま彼はボタンを押し、ピッと立体映像を映し出した。勿論、他二人と一匹も無言であった。

 

『映った、映ったよ皆!!

 ……って、あれ? でも何でそんな無言なの?

 まぁ良いや。でも無事で良かったよ藤丸く―――って、マシュも無事だったかって、えー!? その破廉恥な格好ってどういうことなの!!?』

 

「「「……………」」」

 

「フォ……フォーウ!」

 

 しかし律儀に返事をする人が、いや獣が一匹。彼は多分、凄く良い(ヒト)なのだろう。だがフォウの声で場が仕切り直され、話もそこそこに、カルデアと特異点で情報交換が成された。サーヴァント、特異点、英霊、その修復など、知識不足の藤丸立香は現状をそれなりに把握し、自らが生きる為に必要なことを知った。

 

『それでマシュ、調子は大丈夫かい?』

 

「ええ、ドクター。何時もより万全です」

 

『……そっか。うん、良かった。でも何か異常を感じたら、直ぐにボクへ報告するんだよ?

 些細な事でも、体を守る為には大切な情報だからね』

 

「はい。分かりました」

 

『うん。お願いだよ。それで……そうだね、此方は既に壊滅的打撃を受けている。援護は出来ない状況だと思ってくれていい。

 出来る事も、周辺の状況を監視し、異常を見付けて教える偵察が限界だろう。

 礼装さえ揃えておけば、マシュの盾で抑止力を利用して、特異点での英霊召喚も出来たんだけれども……あぁ、それか所長が居れば――――って、そこに居るの狼君!?』

 

 混乱を収まり、場を見渡したロマニは何故か何時も通り気配殺しで存在感零な忍びを発見した。映像で判断はできないが、バイタル状況を見る為の探査をした際、そこに何かが居る事に気が付いた。そして、その存在を違和感として察すれば、姿も自然と浮かび上がり、まるで幽霊を見付けた人のように驚くのも自然の流れ。

 しかし、忍びが本気で気配を殺せば、それでも見付からぬもの。彼は自然体のまま、気配を隠蔽している訳であった。

 

「……は」

 

『それって―――え!? 嘘、所長生きてるの!?』

 

「……は」

 

『だって、あの場所でしょ!!』

 

 爆破地点の中心部分。あのカルデア所長オルガマリー・アニムスフィアとは言え、木端に爆散して生き延びる道理はないとロマニが思うのも無理はない。

 

「問題ありませぬ。我が主は、死なず故……」

 

『嘘だぁ……!』

 

「……真でございますれば、此方へも向かっておりまする」

 

『――――』

 

 所長のサーヴァントが忍びなのだとロマニは聞いている。実際に見ており、日本人の英霊だからと和菓子のおはぎを上げた事もある。実は結構な食道楽で、無愛想なのに愛嬌がある不可思議な男だとも分かっている。

 だから、それなりの信用は持っていた。彼が居るのならば、所長もまたこの特異点にいるのだと。

 

『―――……うん。そうだね。確かに、そうじゃないと、狼君が生きているのも変だしね。それに合流も出来るなら、君たちの安全度も上がるんだし、良い事だらけだ』

 

「……は」

 

『じゃあ、まずは合流しようか』

 

 取り敢えずは現状把握を完了させた。ロマニは悩みつつも、今最もすべきことを思考する。その彼に一人、同じく悩む少年が声を掛けた。

 

「それでドクター、俺はこれからどうすれば?」

 

『…………藤丸君かい?

 君はマスターだ。君が死ねば全て終わる。絶対に死ぬな。マシュを信じて、支えてくれ』

 

「でも、それじゃあ―――!?」

 

『これは、今の君にしか出来ないことなんだ。良いかい、カルデアが特異点を観測出来ているのも、君が生きているからだ。マシュがサーヴァントの力を維持出来ているのも、君がそこにいるからだ。

 藤丸君は……その、言い方は悪いけど―――要なんだよ。

 本当なら他に47人もいたレイシフト適応者のマスターたちがすべきこと、それを今は一人で背負わないといけなくなった。カルデアが必要とした人材の仕事を、一人に任せなくてはいけなくなった。

 ……こんなこと、プレッシャーにしかならないから言いたくなかった。けど、まだ所長とも合流出来ていない現状、君は絶対に死んではならない。

 出来る限りで良い。だから―――臆病になって、生き残ってくれ』

 

「分かり……ました。ドクター」

 

『ごめんね。藤丸君』

 

「いえ。大丈夫です」

 

『じゃあ、まずは移動しよう。霊脈をポイントにすれば、そちらでの補給活動が可能になる。所長もこっちに来るみたいだし、狼君が居れば場所も随時把握出来てるから、まずは皆の安全確保といこう』

 

「はい、ドクター!」

 

『良い返事だよ。マシュ、じゃ急ごうか!』

 

「……っ―――否。二人だけ、急がれよ」

 

 突如として刀を引き抜き、忍びは何時もと違い、無形の型ではなく、刀を人斬りとして構えた。感じた気配は、この特異点で感じた中で最上位の怪物だと囁いていた。

 ……ついでに、その巨大な怪物に追い駆けられている二つの気配。

 つまりはそう言うことか、と内心で事実を認める。念話で直ぐ様に主と連絡し、だが繋がらない。外部の何者かがジャミングをオルガマリーと隻狼をピンポイントに狙ってしていることを、忍びは悟ったのだ。

 

『そ、そんな……敵性反応、五時方向から急速接近中。みんな気を付けて、凄まじい魔力反応だ!!?』

 

「お早く……」

 

「―――ッ……出来ません!

 私もカルデアのサーヴァント、一緒に戦います!!」

 

「俺も同じく!」

 

「フォーーウ!」

 

「………………」

 

 忍びは、静かに思う。侍でもなく、忍でもなく、当たり前な人である少年と、守る力を与えられただけの無垢な少女。忍びが与えられた命は、この二人を危機から助けること。其れを為すには、此処に居て貰っても困るだけだ。

 だが―――それが、二人が自ら決めた心構えなら。

 人は、自らに定めた己が掟に逆らえぬ。戦うと決めたのならば、もはや忍びにとって言葉は無用。

 

「……承知。

 しかし、フォウ殿はお隠れを」

 

「フォ……フォーウ……?」

 

「はい、ありがとうございます!!

 そうですね、フォウさんは隠れてて下さいね!!」

 

「―――フォ?」

 

「ああ、フォウは俺に任せて!」

 

「……フォウ?」

 

 藤丸はフォウを抱き持ち、マシュの背後へ回り込む。忍びは脅威の暗殺よりも、まずは生存を優先する。あの怪物の雄叫びが鮮明に耳に入り込み、互いに罵り合いながら仲良く走る主とあの女もまた、遠くを良く見る忍びの目で確認出来た。

 言葉にはしない。しないのだが……本当にどう反応すれば良いのか、忍びには全く分からなかった。

 

「◆◆■◆■■――――ッ!!!」

 

「ディール、ちょっと。もう少しは上司を守ろうって気概は湧かないの!?」

 

「すみませんね。そう言うのはちょっと、あれですかね。予定通り、私のサーヴァントを召喚させて頂いてから命令して貰えませんか?」

 

「無理に決まってるじゃない!!」

 

「では、一緒に逃げるしかないですねぇ……―――あ。じゃあ、こう言うのはどうでしょうか。次のタイミングで私が右、所長が左に走り抜けるってのは如何ですか?」

 

「い・や・よ! あの巨人、最初はディールの方を殺そうとしてたのに、今は如何見ても私の方を先に殺そうとしてるじゃないの!!

 しかもなんであんなに激怒してるのよ、絶対バーサーカーの狂化だけの所為じゃないでしょうに!!」

 

「…………ちょっと。まぁ団子を少々ですね、はい」

 

「はぁ!? 団子に何の関係が!?」

 

「ははははは。神の類を見るとつい癖でして。いやはや、巻き込んですみませんね。

 視るからにバーサーカーで狂っていますし、少し当てただけなんですよね。それなのに、まさかあんなに怒るとは思いもしませんでした。スマヌスです」

 

「だから団子って何なのよ!?」

 

「うーん……そうですね。人間でしたら、毎日しているモノですよ。命の巡りと言いますが、成れの果てとでも言えるかもしれません。でも、この星で懸命に生きるってのは、どんなに汚くてもそう言うことですから。太陽万歳ってことで、納得して下さいな」

 

「いやだから何なのよぉもうー!!?」

 

 所長の様子を端的に言えば、本気で怒っていた。凄まじい速度で疾走し、アスリートよりも綺麗な姿勢で障害物を乗り越えながら、街中を一瞬たりとも止まらず走っていた。完璧なスタミナ管理であり、ディールの方も同じく罵詈雑言を厭味に皮肉を混ぜながら返しつつ疾走中。

 しかし、自らの決意を新たに構えたマシュと立香にとって、その光景は色々と気が抜けた。

 凄まじく美しいフォームで走る女二人と、その背後で怒り狂いまくってる黒い巨漢と言うこの世のモノとは思えぬ地獄の如き一枚絵。これを見て、果たしてどんな感想を言えば良いのやら、と。

 

『えぇ~……と。つまり、どう言うことなの?』

 

 ついついロマニが無言のままでいられないのも無理はない。

 

「「―――あ」」

 

 そして、忍びとマシュと立香に気が付く逃走者二人であった。

 

「あ、隻狼よ! 助けて勝ったわ特異点F完!!」

 

「ほら、見て下さい。やはり私の目に狂いはありませんでした」

 

「最初から最後まで、全部貴女の所為でしょ!?」

 

「あ、それと。こう言う場面でネタを入れるのって、結構不謹慎ですから気を付けて下さいね」

 

 瞬間、所長の蛞蝓脳髄に稲妻走る。そもそもな話、カルデアで部下とコミュニケーションするために便利だからと、サブカル文化を布教してきたのは横で全力疾走しているこの女だ。アン・ディールこそ、オタク知識の根源だ。魔術と関係ない日常会話でネタを挟むのが癖になったのも、全てこの女の仕業だ。カルデアで数少ない友人になったこの聖職者崩れが、オルガマリーを愉快な怪人にしたのに、この仕打ち。

 もはや、何もかもが許せない。

 後ろの危機的状況以上に、頭から瞳が飛び出そうな憤怒を感じた。

 

「ハァーッこれ、職員と親しみが持てるようにって、御節介な貴女に言われたことを実践してるだけなんだけど!」

 

「すみません。嘘です。今謝りますね」

 

「な、なんですってぇ……!」

 

「◆◆■◆■■――――ッ!!!」

 

「ヒェ……ほらぁ何かもっと怒ってるじゃない!?」

 

「そうでありますねぇ……」

 

『これは酷い』

 

 ロマニはオルガマリーの性格を良く知っていたつもりであったが、あれが所長ではない素の彼女の狂態なのだと雰囲気で察した。歳相応、と言うよりも更に若い感じであった。それをこんな非常事態であろうとも引き出すAチームメンバー“アン・ディール”の姿も、初めて見ることになった。

 とは言え、ここまで愉快な女性たちとは想像も出来ないのは当然。

 何時もAチームの中でも尚更に特異な存在感を持つ人物で、本人は聖職者崩れだと言っていたが、自動車並の脚力を見ると元代行者であったとしても不思議ではない。

 

「隻狼、早く手助けお願い!!」

 

「―――御意」

 

 だが、忍びに迷いなどない。黒い巨体を忍びの目でしかと観察し、その体幹を把握し、膂力と敏捷を理解。敵に向かって疾走し、一瞬で接触範囲に到達。振われるは、黒い巨人の一太刀だ。

 ガギイィン、と鈍く轟く剣戟音。

 一番前に忍びは立ち塞がり、あろうことか巨人の進撃を一閃で食い止めた。

 だが岩の斧剣は全く動じずに再度振るわれ、それもまた弾き流す。理性のない暴力は一切止まらず振るわれ続け、しかし忍びの刃もまた一切澱みなく弾き逸らす。その場から動くことさえせず、完全に凶暴性のまま剣を振って振って、振るい続ける削岩機のような暴威を流し切った。

 瞬間―――巨人が尚更に力んだ一刀を、忍びは大きく弾き飛ばした。

 合気道にも似た受け流しは巨躯を支える体幹を完全に崩し、忍びは何ら迷わず敵の心臓へ楔丸を串刺した。

 

「―――っ…………?」

 

「■◆◆■――ッ!」

 

 しかし、先端が皮膚に刺さらず。肉を貫き、臓腑を抉るに及ばず。相手がそう言う類だと一太刀で悟った忍びは迷いなく、義手に仕込んだ忍具を起動。巨人もまた刺される事を何ら躊躇することなく、次の一手を迷わず振った。

 斧剣の直撃―――

 

『狼君―――!?』

 

 ―――燃える忍び。

 鴉の火羽を舞いながらも、忍びは巨人の上空へ舞い上がっていた。義手忍具、ぬし羽の霧がらすは忍びを焔の幻とし―――だが、それで終わる忍びでもなし。

 背中に負う二振りの内、赤き諸刃の刀を抜刀。空中にいる状態で刃に凶悪なまでの怨嗟さえ感じる念が込められ、黒い瘴気が諸刃から溢れ出す。巨人を殺しは出来ぬが、燃えるぬし羽は巨人の両目を熱し、一瞬とは言え確実な隙を生み出した。

 ―――秘伝、不死斬り。

 空から落ちる力のままに赤き諸刃は巨躯を切断し、だがそれで終わらず。忍びは更に念を込め上げ、もう一度諸刃を巨人の背後から一閃させた。

 

「…………―――」

 

 そして、忍びに油断はない。命を拝むにはまだ早い。並の生物ならば、不死斬りの黒い瘴気で二度も両断されれば死ぬが、忍びはそう思えず。確実な死を与えるべく、その手に握る刃で忍殺せねば残心からも遠く、己が業にも反する殺し方。死体となった巨人へ一切迷いなく、彼は更に赤の不死斬りを心臓へ刺し込んだ。

 刹那――巨人を押し倒し、足で抑え込み、赤き諸刃を頭部まで疾走。

 そのまま不死斬りは二度も両断された巨人を、心臓から縦に真っ直ぐ切り裂いた。例え不死であろうとも、心臓と脳髄を甦れぬよう断たれてしまえば、後はもう死ぬしかない。

 

「◆◆■……◆■■!」

 

 やはり、巨人は生きていた。不死を見極める隻狼の目は、忍びの中でも特別優れた眼力を持つ。生きているか、死んでいるか、拝むべきか、穿つべきか、その判断を間違えることなど有り得ない。そして愛刀二振りで感じた切れ味からして、その気になれば楔丸の血刀にて巨人の肉は裂けれども、その不死を断つことが不可能だと手応え有り。

 念を込め、死なずの不死断ちを行う。

 黒い瘴気は出さずとも、命ごと不死の呪いを―――断ち切った。

 

「―――御免」

 

 その姿を拝み、命散る巨人を忍びは見守る。例え狂化されて技が鈍り、その上で呪われて業も穢れ、ただ動くだけの死体人形に成り果てた肉塊なのだとしても、忍びは彼から魂を感じ取れた。この巨人が何かを守りたくて戦っていたのを理解出来てしまった。その守るべき幻影に狂わされ、もはや無敵の不死であるだけのモノに落ちてしまっていた。本来ならば容易く忍殺を行える大英雄であらずとも、最初の一手さえ行えれば殺せてしまえる程に、彼はもう呪いに疲れ切っていた。

 御免、と一握りだけ慈悲を忘れず。

 せめて呪いなく不死から逃れられよ、と隻狼は太源に融けながら死に行く狂戦士を見送った。

 

「わぁ……え、凄い。うん、ねぇディール、ねぇねぇ、私の忍びって凄いわよね?」

 

「そうでありますねぇ……いや、本当に」

 

 ―――英霊殺し。忍びの業を初めて見た所長は、興奮の余り螺子が一つも嵌まっていない脳味噌が蕩けそうになる。巧い、強い、素晴らしいと知っていたが、啓蒙で見抜いた以上の業が渦巻いている。隻狼は忍びであるが、神域と言える剣士でもあった。剣聖を超えて、剣神の境地に至り、おそらくはその先にまで辿り着いている。剣神を殺し、その上で更なる技を求め、長い時に埋もれて業を深めた。

 例え大英雄(ヘラクレス)だろうが、武の境地を失くした狂戦士(バーサーカー)である時点で、不死斬りを持つ忍びに勝てる道理など最初からなかった。理性無き不死であるだけの怪物など、諸刃を以って断てば良いだけだ。

 

「でしょうでしょう、そうでしょう。

 アレって、あのね―――私が召喚したサーヴァントなのよ!?」

 

「はぁ……まぁ、でしょうね」

 

 死、そのもの。そうとしか形容出来ぬ黒い巨人―――ヘラクレス。

 啓蒙された叡智を脳の瞳が見詰めた時には、既にもうオルガマリーは手遅れだった。神が英雄に与えたのだろう呪われた祝福はおぞましく、ヘラクレスと言う大英雄を不死の化け物に作り変え、狂戦士の狂気が最強を具現するだけの暴力装置に生み直し、黒く染まった泥の呪詛が脳髄の奥まで犯し尽くし、醜い化け物へ仕立て上げた。呪いに呪詛が重なり、恨みに憎悪が合わさり、狂いに狂気が積まれ、尊厳など一切破却されたのがこの黒い巨人(ヘラクレス)だった。

 ―――綺麗だったんだろう。

 冒涜的なまでに魂を犯された一人の英霊の末路が、オルガマリーにとって啓蒙的未知に見えてしまった。そして、それを全て見抜き、理解し、だからこそ隻狼は一切の無駄なく彼を殺め、拝み、業へ供養した。これ以上苦しむことなきよう、理不尽な神が与えた呪いがまだ死ねぬと彼を苦しめぬよう、その不死を断ち切った。

 人斬りの鬼であり、死なずを不死から断ち切る仏―――それを正しく、オルガマリーは理解した。

 

“狂ったヘラクレス。それでもね……”

 

 ……確かに、所長でも殺せない事はない。技巧を持たぬ暴力に過ぎぬ故、仕留めるのは容易かろう。黒い呪詛の所為か、あの宝具の防御性能も劣化し、魔力も十分でなく、動作も感じる威圧感よりかは見切り易くはなっている。

 神秘が薄れた今の世であっても、あの黒化したバーサーカー程度ならば、まだ倒せる神域の怪物。その怪物狩りを行える生きた英雄も現代にいない訳ではない。非常識なまでに優れた魔法に届くだろう素質を持つ魔術師ならば、巨人の頭蓋を魔力の奔流で吹き飛ばせよう。しかし、それでもヘラクレスは不死身の大英雄なのだ。判断を一つも誤らずとも、僅かに鈍い動きをすれば木端に叩き割られ、足元の地面に赤い染みがこびり付くだけとなる。

 近くにカルデアで最も強いサーヴァントがいれば、その忍びに頼るのは必然だった。何よりも、自分一人で特異点F攻略作戦を強行しようなどと、所長は己惚れた事は一欠片も考えてもいなかった。

 

『……ふぅ。敵性反応、完全沈黙。お疲れ様、狼君』

 

 そのロマニの声で、他の者も安堵の声を漏らす。しかしマシュと藤丸からすれば、行き成り出て来た黒い巨人が、頼りになる忍者が凄まじい早技で真正面から暗殺したので、何が何やら分からない状況に過ぎない。詳しいことを聞こうとあの三人に近付くのも自然な行動であり、不安を抱えたままなのは些か気持ち悪い心境だろう。

 

「ありがとうございました……」

 

「ありがとうございます! その……あの、狼さん?」

 

 立香とマシュに眉を動かして反応を示すも、しかし体は動かさず。何よりも彼は、騒がしい主とその友人にも態度で反応していなかった。

 

「――――――……」

 

 故に、忍びは殺しに心を置いたまま。如何な不死とは言え、この黒い巨人の脅威は完全に去り、警戒する必要はない。

 ……ならば、他にまだ脅威があると言うこと。

 

「いやー、強い強い。見ていたけどよ、オレが手を出すまでもなかったな!!」

 

 それは実に快活でありながら、見計らったような計算高さもある声。 忍びは自然と立香とマシュの前に立ち、その蒼い男を静かに視界へ入れた。

 

『サーヴァント反応だって! 一体何時から!?』

 

「あん、ルーンだよ。ルーン。軟弱そうな声のヤツ」

 

『軟弱……―――え、ボクってそんなに軟弱?』

 

 ロマニへ雑な対応をする青フードの男は、何ら警戒心も無さそうに装いつつ、何時でもルーン発動が出来る状態で忍びへ進む。まるで久方ぶりに出会った知り合いに挨拶するかのように、軽い足取りだ。即ち、殺し合うことが生前から日常だった名残であり、戦士と戦士が殺し合って生き残る闘争が当然だと言う認識の人間。

 ……まるで昼下がりの休憩時間(コーヒーブレイク)と同じ気分なのだろう。

 挨拶をし、冗談を言って笑い合い、相手の武を讃え―――殺すのだ。それが出来てしまえた時代の戦士であり、その地獄で日常を謳歌し、人を殺して名を上げた英雄である。

 

「何奴……」

 

「見た目通り、キャスターさ」

 

「……戯れ言を。その業、槍であろう」

 

 しかし、忍びはそこまで敵対心はない。この男は確かにずっと監視していたが、命を拝む自分の邪魔はしなかった。しかし彼はそう思いながらも、もし黒い不死の冥途を拝む間に不意を突こうものなら、このキャスターへ確実な忍殺を決めるつもりであった。

 忍びにとって―――親は絶対。

 生前に人として己が掟を決めた身で在れど、忍びの業は死後だろうと引き継がねばならない。一握りの慈悲さえ要らぬと笑う鬼ならば、その修羅へ落ちた心へ慈悲を示すのもまた、葦名へ仕えた薄井の忍びで在らねばならないのだから。

 

「ハッ……ちげぇねぇ、その通りだとも。だがよ、それでも今のオレはキャスターのサーヴァントなのさ。

 ―――で、そう言うアンタはアサシンかい?」

 

「……言えぬ」

 

「おいおい、こっちはクラスを言ってるんだぜ。ならよ、そんな見え透いたことなんて隠さずに、情報交換といこうや、な?」

 

「……明かせぬ」

 

「――……くぁー。本気で見た目通りお堅いヤツなんだな、アサシン!」

 

「……」

 

「認めらんねぇからって、今度は無視か!

 成る程、成る程。こりゃまた分かりやすい男だな。面白いほど糞真面目なアサシンってところか!」

 

「……――」

 

「ちょっと、そこの青フードのサーヴァント。私のアサシンをネチネチ苛めないように。

 ……見たところ、私たちも貴方と協力するのも有益だって言うのはわかる。けど、そのままアサシンをからかうなら、話し合いにも応じないわよ」

 

 全力疾走をしていた後だと言うのに、まるで疲れた様子がない所長は、息も切らさずにキャスターを名乗る不審な青フードに近寄る。無論のこと、忍びよりも前には出ないが。その横でニコニコと綺麗な笑みを浮かべつつ、実は腹の底でニヤニヤ嗤うディールもまた、興味が溢れて堪らないと言う足取りでその皆へ近寄った。

 

「ほらな。やっぱりアンタ、アサシンじゃねぇか、な?」

 

「………主殿。お戯れを」

 

 とは言え、忍びの無愛想な面が変わることはないのだが。そして、自然な様子で所長が一番前で男と対峙した。最高責任者兼現場責任者兼カルデア所長として、現地サーヴァントとの交渉の場に出るのは全く以って道理である。

 

「―――で、見た雰囲気。そっちの嬢ちゃんが……いや、姉ちゃんが頭ってことで良いかい?」

 

「そうよ。後、別に私のことは嬢ちゃんでも良いわ。そう言う扱いされたことないし、結構新鮮で良いわね。うーん、でも私が嬢ちゃんかぁ……」

 

「いや、オレはまぁどっちでも良いんだけどよ……―――ま、だったら嬢ちゃんって呼ぶのは止しておこう」

 

「え、何でよ?」

 

「雰囲気的になぁ……いや。なに、そっちの姉さん方、バリバリの戦士タイプじゃねぇかよ」

 

「―――あら。分かりますか、流石はサーヴァントですね」

 

 話題になったので、ディールは自然な態度で口を挟む。この特異点で戦闘行為を誰にも見せていない筈だが、このサーヴァントが相手では無駄らしい。

 

「アンタも相当な狸だな……――やれやれ。魂の腐り具合はウチの師匠を超えてるようだ」

 

「素敵な褒め言葉ですね。そうですか、そんなに私のソウル()って腐って見えますかぁ?」

 

「いや、そこで何で喜ぶんだよ。オレ、結構な辛口評価したんだぜ」

 

「ふふふ。何ででしょうかね」

 

『―――ちょちょちょっと、ちょっと良いかい?』

 

 この話が横へズレていく感じ、所長の悪い癖だった。ついでに、愉快犯が酷いディールも同じ傾向が強い。それを修正すべく、ロマニは入り難かろうとカルデアから交信し、その自称キャスターと話すべく声を掛けた。

 

「あ、なんだよ。優男」

 

『だから、何でそんなに辛辣なのさ………いや、良いけどね』

 

「……―――さぁ。いや、そう言われると、何でなんだろうな。オレもわからねぇが……ま、良いじゃねえか。

 第一印象は今一信用出来ない優男って思ってたがよ、どうやらそっちのブレインは雰囲気からしてアンタみたいだ。身内から信頼されてるって言うんなら、オレの話もアンタが聞いて纏めて聞いてくれや」

 

『―――う! いや、けどなぁ……所長?』

 

「貴方がやりなさい。所長として認めます。貴方がその場に居るってことは、カルデアから指示を出せるのは貴方しかいないって事なんだし。情報を纏めるのもお願いします。

 まぁでも……やっぱり、レフはそっちで死んだのね?」

 

『はい。所長の近くに居ましたので』

 

「………そう」

 

 瞳を瞼で覆い、血塗れな所長は一息だけ洩らす。

 

「―――レフ教授……………」

 

 マシュにとって彼は先生だ。魔術を教えてくれた恩師であり、カルデア職員になった後も先生であった。その彼が死んだと告げられたとなれば心穏やかになる事も出来ないだろう。況してや状況的に、恐らくは多くの知人も死んでいる。

 そして、親しい人が惨たらしく殺された過去を持たぬ藤丸立香には分からない苦悶。声を掛けようとも思ったが、今は止めておこう。彼はマシュを見るだけにし、この状況そのものに集中する。

 

『貴方はキャスターのサーヴァントで、良いんだよね?』

 

「おう……で、アンタらどうすんだい?」

 

『うん。其方の申し出に感謝するよ。取り敢えず、ボクたちで自己紹介としよう』

 

 










 バーサーカーについて。
 森の中→レフの幻影でイリヤのハートキャッチ場面を見せられる→狂気を吹き込まれる→雄叫び→市内へ誘導→レフの目的じゃないがアン・ディールに遭遇→素手で一回殺す→ソウルが吸えない→蘇生→面倒になって逃げる→追われる→何時もの癖で逃げる時に火炎瓶を投げるのだが、間違えて糞団子を背後へ投げた→当たる→更に暴走→全力疾走だ!→ディールの気配を探知したので様子を見に来た所長に遭遇→半裸の巨漢に追われる知人女性を街中で発見→ギリシャ怖い→啓蒙的逃走→ディールが逃げた所長を追い駆ける→一緒に逃げる→本編。

 全てはレフってヤツの所為です。千里眼を見返しされ、バーサーカーを所長に送ってやろうとしたら、完全な手違いで進路途中に居たアン・ディールと合わせてしまいました。




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。