血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙47:逃走海路

「……来るかな、マシュ?」

 

「来ると思います。あの執拗さからして、海に出られたからと諦める訳がありません」

 

 甲板で悪魔から人参を貰い、恍惚した馬面で食べるライダーのサーヴァントをボンヤリと眺めながら、二人は疲れたように呟いていた。

 馬車ごとダイナミックに乗船した経緯を思えば、水平線の彼方をゆっくり見る余裕も生まれない。

 

■■■■■■■(人参、旨いのか)?」

 

「何を仰る我が主君。あの呂布が、人参を嫌う訳がありませんから。もう全く……本当に嫌ですね、本物奉先は。

 兎も角、疑問でしたら貴方も是非、この悪魔産人参(キャロット)を食べてみます?」

 

■■(無用)!」

 

「ヒヒン、辛辣!」

 

 とある主従の種族交流を見つつ、これからのこの特異点について藤丸は考えた。

 

「………うーむ」

 

「先輩?」

 

「あ、うん。なに、マシュ?」

 

「いえ。ただ、そうですね。深く悩んでいたみたいでしたので、なにか相談があれば私にと」

 

「何と言うか、うん……そうだね。俺はマスターとして、今だからこそ考えないといけないことを、全く思い付けないんだよね」

 

「それは……っ――その、仕方ないことかと。

 私もデミ・サーヴァントの1人として、何をすべきか思い付きませんから」

 

 考えたが、答えなどなかった。対峙するだけで気が狂う怪物。空飛ぶ戦車に乗る黒い女。そして、もはやサーヴァントとして全能と錯覚する半裸の神なる人。

 フランス特異点でも、アレら程に濃いサーヴァントは余りいなかった。強いて言えば、清姫レベルの存在感だった。

 

「後、何でバーサーカーなのに、この特異点のサーヴァント達は清姫みたいに何処か理性的なんだろうね?」

 

「私も、それは疑問です。何ででしょうねぇ……」

 

「「……はぁ」」

 

 特にすることもなく、今は陸地を警戒する程度しかやることはない。この時代の軍艦は帆船なので速度も出ないと思っていたが、どうやら魔術が施された帆であるらしく、向かい風だろうと構わず猛スピードで進行方向に直進していた。

 

「この帆、神代の魔女の作品ね。ほら、よく視ると神言が使われてるわ。この匠の腕前、恐らく船乗りをしていた魔女でしょうね」

 

 そんな二人の疑問を察し、所長は平然と現代の魔術師なら一欠片も理解できない神話の魔術理論を見抜いていた。

 

「あれ、所長?」

 

「もしかして、所長もお暇なのですか?」

 

「暇よ、暇。エミヤがマストの上から見張ってるし、奴らが来るまで待機よ。後、水中の方も取り敢えずは、私の隻狼に見張って貰ってる」

 

「水中……え、どうやって?」

 

 それなりの速度で海面を移動する軍艦である。サーヴァントと言えど、水中での行動はそれなりの制限があり、マシュは忍びがどうやって移動しているのか気になった。

 

「縄に繋いで、海の中を泳いで貰ってるの」

 

 原始的過ぎて、マシュは一瞬だけ思考が宙に登った。まるで宇宙空間に放り出されたフォウのような、例えようがない呆気に取られた表情となる。

 

「……それ、もしかしなくても拷問なのでは?

 海賊の処刑方法で、そんな残虐なものがあったと思います」

 

 マシュの脳内で忍びは今、海中を網に掛かった魚のように引き摺られ、ぶつかる水圧で頬が震えて凄い表情になっていた。

 

「大丈夫、大丈夫、隻狼だし。何でもヤオビクニって言う尼の破戒僧から、水中で呼吸する業を盗んだんだって」

 

 人魚の肉を食べた不老不死の僧侶。だが葦名にて虫に取り憑かれ、宮の貴族より疎まれ、破戒僧として宮の門番を務めていた。元より女は人外を食したことで不死となった者だが、土地神と神なる竜の神秘が混ざり合う葦名の水は人魚を食べた肉体に寄生虫を宿らせていた。

 

「狼さん……そうやって、所長の言う事は安請け合いしちゃって」

 

「はい。狼さんは少しその、所長の無茶ぶりを何でもあっさり叶えてしまう傾向にあります」

 

「何を言ってるのかしら、貴方たち。隻狼は私の、私だけのサーヴァント。彼が求めるモノを私は全て与え、私の望みを彼は全て完遂させる。

 それが、理想的なマスターとサーヴァントの主従と言うものじゃない?」

 

 夜空の星々のように、所長は爛々と瞳を耀かせる。

 

「……独占欲、強いよね」

 

「自覚はあるわよ、そりゃあね。でも藤丸、貴方だってマシュがカルデア職員じゃなく、サーヴァントとして私の言うことを聞いたら、やっぱり面白い気分にはならないでしょう?」

 

「―――それは、まぁ……ノーコメントで」

 

「素直ねぇ……いえ、そう思えば清姫がいるんだもの。嘘の臭いを嗅ぎつければ、背後からボアっと丸焼けだったわね」

 

「――嘘と聞いて」

 

「ほら、凄い嗅覚」

 

 アサシン並みの気配遮断。殺意より尚も禍々しい愛情を隠蔽して行動するストーキング技術は、別の悪夢に侵入する狩人狩りとしても見習うべきだろう。

 

「しかし、やっと一呼吸出来ますね。この清姫、旦那様の安珍粒子を中々摂取できず、思わず敵を焼くのに必要以上に焚けてしまいました」

 

 神祖をコンガリ焼く際、頭部が竜化したのはそのためだった。

 

「アンチン、粒子……?」

 

「はい、安珍粒子です。マシュ的には、先輩粒子ですかね」

 

「先輩粒子――成る程、なるほど……?」

 

「へぇ。藤丸ってば、コジマ粒子みたいなのを放射してるの?」

 

「俺、そんな珍人物じゃないっす」

 

「嘘はいけません、旦那様。貴方は何だかんだで、奇特で素敵で罪な御方。罰として特に意味もなく、大好きホールドとかしてみます!」

 

 と言って、清姫は何時も通りにマスターに襲い掛かるも、何故か直前で動きが止まった。そして、顔が熟した林檎のように真っ赤となり、唇がわなわなと震え出す。

 

「あ、あー……と、清姫?」

 

「ま、旦那様(ますたぁ)……す、す、すすす――」

 

「――好き?」

 

「ひゃ…う、うぅぅ……そうなんですけど、そうなんですけど!?」

 

 何度も言われた言葉を藤丸が言うと、言い慣れている筈の清姫がまるで初恋を自覚した思春期の少女となってしまった。

 

「カワイイ」

 

「可愛いです」

 

「使者並みにプリティー」

 

「何なのですかコレ!?」

 

 何もかもが混乱し、清姫は狂化ではなく、普段なら愛の狂気に呑み込まれている筈の羞恥心で狂いそうになる。

 何時も通り狂えないことに、彼女は狂ったように混乱していた。

 

「すみません、所長。何故、自分は恐怖を感じずに、キヨヒーを可愛いと思えるのでしょうか?」

 

 思わず、素の敬語で藤丸は真顔になってしまった。

 

「カリギュラの宝具の副作用よ。あれは人に狂気を植え付けて狂わせるけど、最初から理性にデメリットがあるバーサーカーの狂化に対し、それを狂わせることでまともな理性と感性を甦らせるのでしょうね。

 スパルタクスや呂布も、狂化ランクの割には結構理性的でしょ?」

 

「確かに」

 

「所長の言う通りですね。私たちの精神にとって猛毒ですが、バーサーカーの方々には逆に良薬となるということですか」

 

「そん、そんな……そんな馬鹿な。我が愛の全ての、旦那様に向ける極限愛(らぶまっくす)に限って、まことに有り得ません! 

 (わたくし)ともあろうものが、あの月光程度の発狂で、自分の愛情表現に羞恥心を持つなんて!?」

 

「信じられないの?」

 

「当然です!」

 

「じゃあ、藤丸に好き好き大好き愛してるって言いなさいな」

 

「良いでしょう!」

 

 むしろ、そんな馬鹿みたいに恥ずかしい台詞を真顔で言う所長の心理状態が、藤丸とマシュは全く理解出来なかった。如何程の修羅場を潜れば、表情を変えずに羞恥なく言えるのか、不思議で仕様がない。

 

「す、すす……すす好好き、(ずゅ)き、大好ギィ……」

 

 だが、煽られた清姫は余りにも悲惨。汗が大量に湧き、滑舌は鈍り、瞳が藤丸の姿を映せば脳が麻痺した。

 

「……あ、愛、愛し、愛、あ、あいあああ、愛してるぅゥ―――!」

 

 結果、清姫気絶。蒼く澄んだ海の果てまで、愛の悲鳴は届いたことだろう。

 

「これが、トキメキ……?」

 

「そう思えば、清姫さんって12歳でしたね」

 

「いっそ、このままにしたい位だわ」

 

 とは言え、羞恥による気絶も一瞬。白昼夢だと錯覚したい彼女であったが、眼前の藤丸を直後に視認し、全てが現実だったと再認識する。

 

「―――っは!?

 私は一体、どうしてこんなにも!」

 

「清姫。狂愛に蕩けぬ甘酸っぱい恋がね、それなのよ。普段は愛も狂ってしまってるけど、今の愛情こそ等身大の少女が持つべき感覚。貴女は今、天を越えて積み上げられた金貨よりも尚、素晴らしい感情を手に入れた。

 実感しなさい。

 感動しなさい。

 歓喜しなさい。

 カルデア所長として認めます――ユー、キスしちゃいな、ヨー!」

 

「ほ、ほ、ほほほ―――ほぇ……」

 

 その脳内妄想(イメージ)だけで脳が湯で煮え、思考が沸騰してしまい、清姫は四つん這いとなってダウンした。何時もなら望んでいることなのに、今は果てしなく破廉恥な行為に思えて仕方がない。

 愛する儘に、愛に狂えないギャップ。清姫はサーヴァントとしての狂化だけでなく、生前から継ぐ愛憎の狂気が弱まっているのを実感していた。

 

「……殿方へ、無理矢理に接吻を迫っていたとか、端から見てどうなのでしょう。性欲が強目だと思われても仕方ないのでは?

 私は……あぁ、わたくしは―――!」

 

 藤丸は何時もなら押せ押せな少女が、自分の今までの行為に羞恥する姿を見て、ちょっと満更でもない感情が湧くのを抑えられなかった。

 新手のギャップ萌え、と彼は新境地を啓蒙された。

 性癖とは深めるばかりではなく、また高め続ける思考だけでもない。見えない部分に日の光を当て、(ひろ)く知ることも大切であった。

 

「そもそも、旦那様の前世が安珍様な訳がないのです。魔女のダルクが喋ってた通り、恋に狂った女の病気だったのですね。

 清は何処まで……死んでまで夢を見続けるなんて、私ってば本当に馬鹿」

 

「え、今更?」

 

 所長の何気無い一言が、狂気から素面になった清姫への止めになった。しかし、船に乗るのはカルデアだけではない。

 土気色の顔で穏やかな笑みを浮かべる白い装束を纏ったサーヴァント――荊軻が、清姫の背中を酷く優し気な手付きで撫でていた。例えるなら、路傍で口から吐瀉しそう酔っ払いを介抱するような雰囲気で、ちょっと場違いではあったが。

 

「あ”-……どうした、竜の少女? 倒れているのを見ると、貴殿も酔ったのかい? 一緒に、海に吐きに行くか?」

 

 しかし、残念。荊軻の中では、清姫は船酔いでゲロを我慢していると思われていただけだった。そして、酒気の酔いか乗り物酔いかの違いはあるが、荊軻視点だと今の清姫はゲロを根性で我慢している仲間だと思われていた。

 

「―――違いますから!」

 

「なんだ、違うのか。では、一杯如何?」

 

「はぁ……ぅ――いえ、今は我慢します」

 

 一瞬、呑んで全てを忘れてしまえと考えた。だが、寸前で何とか清姫は踏み止まった。その会話を聞いていた所長は、少しだけ嫌な予感がしたが、念の為に荊軻へと注意することにした。

 

「荊軻…‥ちょっと良い?」

 

「あぁ、どうかしたのか?」

 

「今は海に吐くのは止めてね。私の隻狼が偵察の為に海中に潜ってるのよ。別に吐瀉しても隻狼がゲロ塗れになる訳じゃないけど……ほら、精神的にね?

 バケツとかなら、エミヤにでもパパッと投影させて準備させるし」

 

「―――すまない。本当に、すまない。

 私は共に戦った仲間に対して何と言う仕打ちを……ック、英霊として無念だ」

 

「……そ、そう。そうなの。それ、隻狼には黙っててね。マスターとして、何も言えないもの」

 

 狂帝の月光対策として、自分のスキルである傍若無人と悪酔いを使う荊軻に文句など所長は言えなかった。好きで此処まで酔っている訳でもなく、二日酔いの辛い状態でも更に酒を呑み込んで戦い続けている事を考えれば、素晴しい戦士の戦意に敬意も示す。

 なので、彼女は黙秘を選んだ。

 別に衛生的にも忍びには被害がないことを考えれば、取るに足らない出来事だ。心情的には別だろうとも。

 

「―――エイメン」

 

「間が、いけなかったのです。全ての間が悪かった……それだけの、ことなのです」

 

 全てを悟った藤丸は自然な動作で十字を切る。そしてマシュは、沈痛な顔で人間と言う生命体の摂理を呟いた。正しく、真理開眼。ローマの森から逃げ切れ、あの嫉妬と羨望に狂った月光にも耐えたのに、マシュは何故か世界が悲しくて仕方がなかった。

 それと藤丸が思わず基督教的な反応をしてしまったのは、新しい家族だと錯覚している可能性が捨て切れないカルデアの姉なる存在の為であった。彼女の言葉が、日常レベルにまで汚染している証拠でもある。弟や妹の無知蒙昧な白痴を開くと言う意味において、啓蒙とは全く以て其れで良いのだ。

 

〝まぁ、良いかしらね……カルデアに害はないし”

 

 バレたら外道の謗りは間逃れないことを考えつつ、所長は悪魔とネロの様子を盗み見する。

 

〝……ウーム、速さか?

 いや、鋭さだな。相手と精神の呼吸を合わせる同調作業、と。

 しかし、本音を言えば暗銀の盾を使いたい。魔術や宝具、あるいは魔力放出などのあらゆる魔力的干渉を完全防御出来るのだが、獣の写し身と同時装備するとソウルの業が弱体化するからな。

 あぁ、戦術の選択は何処までも実に悩ましい……ふむ。とは言え、考え事はこの程度。盾は無に専心せねば上達せぬ”

 

 何か、盾で素振りをしていた。ブンブンチャキチャキ、と効果音が鳴っている。所長の見た雰囲気、敵の攻撃を受け流すパリィの練習だろう。そして、相手の体幹を崩す為の弾き防御も取り込んでいる。

 攻撃し続ければ、体幹を一瞬で崩される。

 見切られれば、パリィで体勢を崩される。

 どうやら、技術吸収は順調な様子。所長も所長で、霊的ラインで繋がる忍びから業を学んでいるので、悪魔の気持ちも分からなくはない。

 

「貴様、また珍妙なことを」

 

「日々の鍛練が、人間を人間として成長させる。それだけのことぞ。そう言う貴公は、船の操縦は良いのか?」

 

「自動運転だ」

 

「ほう、またハイテクノロジーな」

 

「中々の魔術で運営されているようだな。使う程に面白い。船乗りの使い勝手の良さを考え、隅まで手の届く魔術式(システム)で構築されておった」

 

「成る程。それは……―――ふむ。面白いと貴公が言うのも理解出来る。

 私もまだまだ学が浅く、無知を開拓し、見識を広めたい。参考にさせて頂こうか」

 

「反乱軍は壊滅したと聞いたが、噂は当てにならん。装備も良いのが揃っておる。

 残党をまた軍勢にするのも、まだまだこれ程の魔術師のサーヴァントがおるならば、難しくは有れど不可能ではないやもしれん」

 

 皇帝特権(騎乗:A)で乗り物を完璧に扱うネロは、反乱軍に鹵獲され、改造された帝国軍艦に搭載される機能に少しばかり興奮していた。焼却された人理における現代文明の高速船以上の速度で海面を走り、波紋を足跡のように残してローマから遠ざかっている。

 憎むべき相手。いや、今も尚、尽きぬ憎悪を向ける暴君。ブーディカはそんな女に自分達の軍艦の操縦を任せ、甲板に置かれた荷物を椅子代わりにして座り込んでいた。

 

「はぁ……何だかね、この状況。世界はもう、とっくの昔に壊れてるのかな」

 

「問われるまでも無し。ならば、人間を圧政する世界に叛逆するまでのこと」

 

「キミはシンプルだ、スパルタクス」

 

「逆行に抗い、敵を打ち破り、勝つ」

 

 敵との殺し合いで傷付いた肉体を確かめながら、その痛みを何時か解放する次の戦場を喜びつつ、半裸の巨漢は笑みを常に浮かべている。

 

「我らがやるべきことは、戦局が如何あれ何も変わらん。将であるアルテラが暗帝に囚われ、反乱軍が残党となり、多くの仲間が惨殺された。

 だが希望は……必ずや、生き延びたその先に存在せん。

 失われようとも、足掻くことこそ人間の証明であれば―――叛逆者は、決して勝利を諦めぬ」

 

「そうだね……うん。まぁ、ローマに負けたけど。でも足掻いた結果、こうしてまた未来への目途も立ったしね」

 

「そうだとも。ならば憎悪に呑まれたとしても、お前はせめて人間で在れ」

 

「―――人間。ふ、ふふ……ふふふふふ。忘れていた。あたしはまだ英霊じゃなく、人間だったね。全部ぐちゃぐちゃになって、もう何年もずっとわからない。

 けれど、こんな体になって……こんな様に堕ちて、本当に哀れじゃない?」

 

「あぁ、哀れだ。お前も私も哀れである。しかし、それが人間だ。そして、自他に憐憫を抱く人間性からは逃げられぬ、決してな。

 故に我ら人間は、奪われた魂を圧政者から取り戻せるのだ」

 

「あぁ、憐れね。あたしもキミも、奴らから奪い返したくて堪らない」

 

 呼吸をするだけで憎悪が胸の内(ソウル)から湧き出る。復讐の女王は、ドロリと生温かい闇が薪と焚べられ、怨嗟の炎が燃え上がるのを実感している。

 

「アルテラは取り戻す。もうローマ共から、これ以上何も奪わせない。皇帝共も、一人も残さず皆殺しだ。この特異点に魂も残すものか。

 そうだとも、これは―――叛逆。復讐の闘争だ。

 死んでしまった者を思い返す為の、尊厳を殺された我らが唄う怨嗟の叫びだよ」

 

 その復讐心は生々しく、死後の英霊では持てない憎悪であり、魂を燃料に燃え上がる怨嗟であった。フランスがそうであったようにローマもまた、その今を生きる人が人を殺すのだろう。そして、殺戮によって怨讐が生まれない訳もなく、戦場で復讐鬼など何一つ珍しくない。

 家族を殺され、仲間も殺され、憎悪する相手の何を――赦せと言うのか。

 彼も報復に燃えるブーディカと同じだ。叛逆の英霊(スパルタクス)は圧政者を何一つ赦さず、また他者にそれを求める事も許しはしない。弱者を救う為に立ち上がった解放者で在るからこそ、ローマが憎いと叫ぶ女が救われる為に圧政者(ローマ)の死が必要であるならば、喜んで奴儕を討ち殺そう。

 

〝……うぅーん、憎悪の怨嗟が混じった殺意。ネロを百度殺しても晴れないわね、あれは。

 英霊だったら確実に怨霊化してるけど、観測した情報から……ジャンヌ・ダルクと同じで、憑依された生身の人間のようね。

 でも、抑止の手回しじゃないわ。そっちは多分、英霊ネロの方でしょう”

 

 この特異点における相関図は見通せた。誰が敵で、味方で、仲間に出来るのか。所長は、カルデアの所長として全体を把握し―――危機を、脳の瞳が目視する。

 同時に、見張りをしていた弓兵と忍びの二人から知らせが来た。

 カルデアの全員がそれを受け取り、一瞬で戦闘状況に移行。他の仲間もそれを察し、周囲に感覚を研ぎ澄ませる。

 

「―――来たわね。

 藤丸、エミヤとの連絡宜しく」

 

「了解!」

 

「マシュは守りに徹しなさい。船が撃沈すれば、もう逃げ場はないわ」

 

「マシュ・キリエライト、了解しました!」

 

「……ほら、それと清姫。自分の思い人(マスター)は自分で守りなさいよね?」

 

「と、とと当然です。分かっていますとも!」

 

 そして、ブーディカとネロ達が所長の方へ近寄って来る。今はまだ互いに互いを完璧にフォローし合う連携は取れないだろうが、必要な情報が交換するのが人理を守護する兵士の義務。

 

「あたしと呂布はまた戦車で出る。空から来る暗帝は何とか抑え込むけど……うん、そっちの援護に結構頼るよ?」

 

 ブーディカは酷く冷静だった。憎悪の儘に殺気立つも、自他に対して冷徹なまでに理論的。戦力差を理解し、暗帝を殺す為にカルデアの戦力を存分に利用する所存である。同時に、カルデアにとってもそれは勝利に近付く利益でもあり、目的を共有するも志しが違う利己的な関係(ビジネスパートナー)となっている様子。

 しかし、今はそれで良い。エミヤにも対空防御による制圧射撃は任せており、ブーディカの戦車もカルデアには必須な戦力である。

 

「エミヤが対処するわ。彼なら十分以上でしょう」

 

「そうだね。あのアーチャーだったら、申し分ない戦力だ。じゃ、またお願いするよ。連携も、さっきよりかは取り易くするつもり。

 後、彼は船に置いとく。狂化持ち(バーサーカー)だけど、ちゃんと話を理解して協力してくれる」

 

「おぉ、カルデアよ。この世界を焼く圧政者共に、叛逆の一撃を与えよう」

 

「わかった。じゃ、呂布とエミヤの射撃でクロスファイアとします」

 

◆■■■■◆◆■■(我が武勇、刮目せよ)!」

 

 無駄な会話をせず、作戦は一瞬で決定する。適材適所であり、且つ作戦成功への効率的手段。いざという場合の奇策も用意してあるが、今は殺害よりも撃退が優先される。

 既に、目立つ程の魔力の波動が大気より伝達されていた。

 遥か数km(キロ)は上空、戦車は海上から雲に隠れて見えないが、禍々しい存在感が轟いている。確かなことは、暗帝と神祖(あの二人)が船をもう発見している事実のみ。

 

「うむ。空中格闘(ドッグファイト)はそちらに任せよう……だが、叔父上は何処だ? 向こう側の余の戦車には乗っておらんのだろう?」

 

「アレは下よ。潜って来たわ。いやはや、私だったら上空から戦車を飛ばして囮にし、海中から気配遮断して不意打ちするって作戦を相手側だったらするから、奇襲に備えて警戒したけど……ふふ、ドンピシャリ。

 ――あぁ、狩りはやっぱりそうだもの。

 人狩りを行う狩人は、そうやって戦術を練るのが醍醐味だからね」

 

 爛々と瞳を光らせる所長は蠱惑的で、心臓を握り潰す圧迫感に溢れている。味方である筈のネロでさえ、自分の心臓の鼓動が早まる音が鼓膜まで伝わり、掌から汗が少しだけ掻く。しかし、一切その表情を出さず、むしろ頼りになると笑みを浮かべた。

 

「そうか……で、叔父上はどうやって? 泳いでか?」

 

「ええ。鯱や鯆みたいに海中を泳いで来てるって、私の隻狼から報告が」

 

「余が言うのも何だが、皇帝特権はまことに便利よな……」

 

「私らを静かに狙う海の殺し屋ね。(オルカ)の真似事とは、洒落の効いた皇帝様だわ」

 

「当然ながら余も出来る故、不可思議ではなかろう。それと暗帝と神祖は最優先抹殺対象だ。決め手は多い程、此方が有利となる。

 対空戦は余とスレイヤーも参加するので、叔父上の方は―――」

 

「―――成る程。じゃ、あれはこっちで狩っときます」

 

「うむ。任せた」

 

「とは言え、臨機応変に宜しく頼むわよ?」

 

「勿論だ!」

 

 立て掛けておいた悪魔お手製の古代人の弩(クロスボウ)を取り、ネロは即座にエミヤが昇ったのとは別のマストに登る。そして、悪魔もネロと同じマストの天辺まで上がった。

 

「ネロ。それの反動による落下は気を付け給え」

 

「分かっておるわ! 余はまだ死にたくない故な!!」

 

「そうか。ならば良し」

 

 取り敢えず、馬車と同程度に船のマストが頑丈ではないと、反動で折れるかもしれないと悪魔は考えたが、言わなくても分かるだろうと判断。まるでラトリアの細道で待伏せされてストームルーラーで吹き飛ばされるファントムやデーモンを殺す者の一人みたいに落下するだろうが、その時はその時で良いかと割り切った。サーヴァントであれば、高所から落ちても死にはしない。

 静かにそう思考する彼は古いルーンが刻印された呪術儀式用の小型直剣(クリスナイフ)を、一瞬で腰に付けた幾本もの鞘に全て備える。そして、他の武器と同様に限界まで鍛え上げ、自前で更にルーンを刻んだ特別製(それ)を右手に持つ。序でとばかり、欠月強化した道具や、魔術行使に有益な指輪も揃えている。

 そして―――古獣の御守(ビーストタリスマン)を左手に持ち、神の写し身へ祈るのだ。

 これこそ、移動砲台と化した魔術師としての完全武装。能力と補助する道具は互いに効果を高め合うことで、悪魔本来が持つ神秘以上の理力を強引に引き出すことだろう。

 

「来たか、暗帝―――!」

 

 皇帝特権(千里眼:C)でネロは、雲を突き破って襲来する―――自分自身(ネロ・クラウディウス)を見た。

 

「ふぅふははははははははあはははははははははははは!!!

 余がローマの敵を……ッ―――否! この世界を滅ぼさんとする悪鬼羅刹共を逃すものか!!」

 

 大気を振わせる嵐の雷鳴(シャウト)と錯覚する大音響。皇帝特権による発声スキルではあるが、演者としては大根役者であり、歌手としても音痴な声であり、しかし宣告としてはこれ以上ない威圧感。重力が増したような圧迫を聞く者に与え、意識を硬直させる冒涜的な声。

 狂気とは、こう轟かせるべきもの。殺意がうねり、敵意が声となって具現する。正に天罰を与える皇帝の言葉であった。

 

「―――ローマ。その名は始まり(ローマ)なり!

 (ローマ)の愛より建国されし大帝国(ローマ)こそ狂気(ローマ)を永続させる根元ならば、我ら皇帝(ローマ)は愛と人の浪漫(ローマ)をこの世界で叫ばねばあるまい!!!

 それこそが……我らこそが、人間(ローマ)であるのだと――――ッ!!」

 

 戦車に乗りながら両手を上げ、ワイ()の字のジェスチャーをする神祖。そして、彼は樹槍を虚空に浮かばせ、建国の加護を暗帝の戦車と騎馬に与えた。

 永続狂気帝国(インペリアル)―――即ち、七つの丘より建国された世界。

 ならば、建国王である神祖もまた同様の存在。愛し子を祝福するのは当然であり、暗帝は神祖と樹槍の愛を受け入れるに足る(ソウル)に至っていた。

 

「―――まこと、その通りかと!」

 

 等と言いつつ、実は神祖(ローマ)が叫ぶ言葉(ローマ)が何を意味するのか今一分かっていない暗帝は、だが勢いだけは理解して鹵獲された帝国軍艦に突っ込んだ。そして周囲にソウルの結晶を浮遊させ、戦闘機の自動誘導ミサイルのように準備。戦車に搭載された原始結晶を魔力炉心にすることで、鱗の無い白竜の吐息に匹敵する殺傷能力を持ち、その上で今は神祖の加護が施されている。もはや、一つ一つが巨人の弓兵が放つ竜狩りの矢に並ぶ突破力を持つことだ。

 高まる結晶の魔力。放たれるのは―――狂った結晶槍(クリスタル・ソウルスピア)

 眼下の軍艦を撃沈するべく、帝国の暗い狂気はまた空の彼方より襲来する。










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