血液由来の所長   作:サイトー

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 宴会回です。御酒を呑んでいるだけの話になります。


啓蒙50:帝国会議

「おぉ! 良く来たな、余の女神よ!」

 

 広い一室。灰と軍師がそこに入ると、暗帝は咲き誇る黒薔薇のような麗しい笑みと共に歓声を上げる。尤も女神と呼ばれた人間は、この世で最も女神から程遠い闇女ではあったが。

 

「いえいえ。今の私は、雇われの国仕えですからね。国家元首の命を無視するなど、この国で愉しく生活するローマ市民の一人として、実に不義理でありましょう」

 

 だが、対する灰は営業職にこ慣れたオフィスレディ……略してOLの如き営業スマイルで、何の感慨もなく暗帝の歓声を受け流す。

 

「官僚どもとそっくりなお役所な微笑み……―――だが、それが良い!

 何時か余の魅力に気が付かせ、素敵抱いてとメロメロにしてやる気概が湧いてこよう。情事の神もローマの休日を祝福する故な」

 

「ネロさんは何時も情熱的で、生きる事が相変わらず楽しそうで羨ましいですねぇ……ふふふ」

 

 何時もと変わらない笑みではあるも、灰の瞳は何処か焦点が合っておらず、暗帝をぼんやりと眺めているようであった。

 

「はぁーはっはっはっはっは! それは当然のことだ!

 人間、百年は生きられぬのが常ならば、今この瞬間を全力で燃え上がる薔薇のように謳歌するのが、この世に生まれた者の義務であろう」

 

「はい。確かに、その通りです。私も見習わないとなりませんね」

 

「素直であるな」

 

「事実は事実ですからね。何より真理なんてものは、ヒトの魂の数だけあるのものです」

 

 会議室として併用も可能な程に広い皇帝専用観覧室―――処刑演劇場(コロシアム)の豪華絢爛な、ソファやベッドまで揃える最高級特等席。

 既に、暗帝の部屋には灰と軍師以外の全てが揃っていた。

 即ち、全員が雁首を揃えて非道な処刑を見下ろしていた。

 

「―――我が子、ネロよ。人間なる太陽(ローマ)も来た。皇帝(ローマ)たるお前の従僕は揃った。ならば、今を進める会議(ローマ)の時だ。

 罪人の処刑に鉄槌を下すのもまた、ローマを統べる君臨者(ローマ)が担う責務ではあるが……今は、それを眺める公務(ローマ)の時間に非ず」

 

「その通りです、神祖殿。我がことながら、失礼を。

 このネロ、このローマを統べる皇帝として、戦争に人民と国費を惜しまず励みましょう!」

 

「為政者の鏡ですね。呪われ人の不死の私から見ても、貴女は素晴しい魂の意志を持つ女性であります」

 

 過去を振り返る灰は、その精神性こそ今を生きる人間の生き様だと笑みを浮かべる。国家を運営するとは、人命を人間と混同しない人間性がなくてはならない。そう在らねば、人間を使って他国に暴力を振う事など出来ないだろう。

 

「はっはっはははーは! 照れるぞ余の女神、もっと褒めよ!!」

 

「ネロさん超可愛いです。ローマ史上最高峰のナンバーワン美女です」

 

「当然の事よ。余こそ、ヴィナスに並ぶ美貌の持ち主故な!」

 

 自害の死から逃れる為に灰より人の呪いを受け、更にローマを呪う特異点全ての憎悪が暗帝と化したネロのソウルに罪を積もらせる。それにより、美しい金髪は光沢が一切ない闇に塗られ、瞳もまた暗い穴のような黒となるも、だからこそ今の彼女は背徳に染まった暗い麗しさを誇る。

 生身の人間ながらも、ネロの魂がヒトの闇に裏返った事が良く分かる。人格はそのままに、価値観が歪な形で違っていた。

 

「んっんー……では!」

 

 そんな見惚れる微笑みのまま、暗帝は仕切り直す為に一声挟む。この間にいる超人魔人の視線を受け、まるで舞台役者のように声を高らかに上げる。

 

「これより第十三回目……―――新生ローマ帝国軍事会議を開始する!」

 

 飲み喰いが可能な立食式の軽い雰囲気であり、それに応じた暗帝の重々しさがない宣告ではあるが、だがローマの行く末が確かに決まる立派な会議ではある。

 尤も、所詮は皇帝独断の独裁政権下。

 根回りさえ不要な、彼女の政治的決定を告げる場に過ぎない。呼ばれているのも新生したローマ帝国に必要な、抑止殲滅の能力を持つサーヴァントだけ。つまるところ、全員が暗帝ネロの傀儡でしかない。

 

「では我が麗しき姪……あぁ、暗き美のネロよ。余の方からは別段何もなし。戦局も変わらず優勢よ」

 

「そうであるか……うむ。叔父上、奴隷兵の補充は?」

 

「要らぬ。不死故に減ることもなく、戦線維持には十分である」

 

「ならば、良し!」

 

「全てが順調。全く以って、ローマの儘よ」

 

 大仰に月明かりの男(狂気の皇帝)はうむうむと頷く。戦線と同じくこのローマでの私生活も順風満帆であった。ビジネスもプライベートも完璧となれば、反転した狂気は理性となる事も考え、彼の嬉しそうな気配に狂いはないのだろう。

 正しく、月光の導きに他ならない。

 狂った後の生前と同じ様に、彼は血肉塗れの戦場以外は酒池肉林の日常を繰り返すのみ。

 ネロ主催のコロシアムでの処刑劇をローマ市民と共に楽しみつつ、狂帝(カリギュラ)は面白可笑しく死後に誇張された無価値な醜聞さえも、英霊の逸話に過ぎないと死後のこの人生で愉しんでいた。白竜の月光をソウルに混ぜられ、その人間性は元の形を維持したまま狂気そのものを愉しんでいた。彼の魂は怒りに満ち溢れ、特に意味もなく人を殺し、気紛れに女や男と性交を行い、奴隷を玩具にして愉しんでいた。

 だが、人命を浪費してこそ―――君臨者(インペリアル)

 そうあるべしと、英霊の魂に刻まれた信仰でしかない。

 人道を踏破する事で英雄は真名を獲得し、邪悪な所業も所詮は強過ぎる輝きに掻き消される陰に過ぎない。

 

「ほぉほう、ローマの儘か。成る程、成る程……――成る程。

 それはまことに良いことだ。素晴しいことだ。喜ばしいことだ。この間に来たカルデアの撃滅は出来なかったが、戦局上この戦争は我らの思うが儘ではないか。

 それでネロ、実際に戦ったカルデアは如何か?

 敵本軍を叩き潰し、残るは反乱軍残党。それに彼奴らが加わったと仮定した場合、貴様はどう考えている?」

 

「カエサル殿……―――それは……余の予想で良いか?」

 

「無論だとも。我らローマ皇帝を従がえる暗帝陛下。この身が魔術に支配されたサーヴァントでしかないならば、大局はマスターである貴様の戦略を知らねば話にならんからな」

 

 一瞬、暗帝は殺し合った者共を思い返す。だが、その思考回路は常人の数百数千倍か、あるいは時間停止に等しい迅速さであり、じっくりと一人一人の顔と名と姿を考えるには十分以上。

 

「危険である……――酷くな。

 油断をすれば今の戦局を覆されるやも……いや、このまま対策を練らず戦えば、必ずローマが敗北する。あれらは、そう言う類の星の導きを得た者共であった。

 何より反乱軍との闘争で、我らローマは幾人か皇帝を失った。

 この中にはカルデア狩りに有能なサーヴァントが多くおり、それはまるで―――」

 

「―――アラヤの抑止力、か……下らん。何と下らん。実に下らん理由だとも。

 もはや幸運や運命ですらなく、俯瞰する神の筋書きを(なぞ)るだけの行いではないか。しかし、そうだと分かっていれば、我らローマが裏を突くのも容易い……いや、まさか?」

 

 既に、ネロに召喚された数多の羅馬皇帝(サーヴァント)抑止力(サーヴァント)に殺害された。同時に、反乱軍側のサーヴァントも数多く羅馬は殺害した。

 だがカエサルは、その戦局こそカルデアに好都合だと一瞬で悟る。

 聖なる血の槍を持つ聖遺物コレクターの皇帝(エイレイ)も、薔薇風呂の圧殺封印を好む性欲超人の皇帝(エイレイ)も、カルデアと遭遇することはなかった。敵側にも不死性を持つ者がいると教えられた彼は、即座にその不死封じの戦術を思い付き、しかしもはや手遅れである現状を嘲った。カエサルはこの二人の英霊であれば、ネロを暗帝に転生させた元凶である灰を名乗る不死の女(アッシュ・ワン)さえも、あるいは封じ込める事が可能ではないかと内心で画策をしていた。

 しかし、その密かな計画も抑止側のサーヴァントが台無しにした。

 カルデアの不死にも有能であるも、いざという場合の裏切りの手段も消えてしまった。

 まるで抑止力さえも、この灰なる女の思惑を邪魔する存在を排しているようだと、カエサルは英霊として有り得ない深読みをしたくなる。これではもうローマ陣営がアッシュ・ワンを排する事は、このローマでは不可能に限り無く近いことだろう。きっとカルデアは反乱軍の手で抹殺されたサーヴァントの真名など知る事もなく、フランスでそうしたようにローマもまた抹消するのだろう。

 

「そうだ、カエサル殿。敵側にそれを理解し、読み切った上で戦局を操る者がおるそうだ。あらゆる特異点での犠牲者を把握した上で、人理崩壊の限界を見切って原因を排除する悪意と頭脳を持った、な?」

 

 ならば、カルデアの中にそれを読み切る怪人がいるのも必然。悪夢のような世界へ、邪悪な意志が染み込むように、特異点(ローマ)は誰かの手で描かれた絵画でしかないのだ。

 その気付きを得た時、カエサルは発狂した。

 だが既に、彼の魂は闇黒へ暗く沈んでいた。

 未来がもう描き終わったしまったのなら、サーヴァントがこの地獄を苦悩する事さえ、絵画(ミライ)を描く為の――暗い絵具でしかない。

 

「ふふふ……ふはは、あーっはっはははははははははっはは!

 おぞましい……あぁ、おぞましい。実に、実におぞましい!

 それでは、そもそも知略も軍略も、策略も戦略も無駄はないか。我らがどう足掻こうとも結末は既に決まっている。特異点である故に人類史のレールがなくとも、ローマが挑まねばならんのは、生きようとする燃やされた数十億の全人類と……そして、文明が焼却されるまで死に続けた数百数千億を越える無数の、我ら人類の屍が積み重なる遺志に他ならぬ。

 無論、それは焼かれし現代にて滅んだローマ帝国全ての遺志も含まれよう。

 何より我ら英霊、今を生きる者の未来を願う魂の結晶であれば、心身を尽くして全力で世界を生きるカルデアの味方になるのが本質である」

 

「分かっておる、カエサル殿」

 

「ネロよ。貴様はそれでも――戦うのか?」

 

 英霊の本質こそ、ネロに召喚されたサーヴァントの敵。カルデアだけが敵なのではないのだ。同時にそれは、特異点で抑止力(カウンター)として召喚された英霊(サーヴァント)の戦う理由でもあった。

 カエサルは、悲しみを覚える。

 ローマがローマで在る為に―――皇帝は、悲劇に没する。

 

「余は――死にたくない。

 生きるために、この邪悪を人生の価値とする」

 

「おぉ……おぉぉ、おおぉお―――ッ!」

 

 皇帝(ネロ)に召喚された意味を、カエサルはこの瞬間に実感した。

 

「ならば……ならば、貴様がそう決めたならば、私は怨敵を―――殺し尽くそうぞ。

 与えられた人間性の儘に、ローマの儘に、軍人の儘に、灰色の脳髄より湧く叡智を尽くして、この血濡れた悲劇を存分に愉しもう」

 

 故に、灰は最初からカエサルの秘された想いを暴いていた。いや、この場にいる全てのサーヴァントと、既に殺されたサーヴァントらの心も暴いていた。

 何よりも―――夢幻の瞳を、頭蓋骨の内側に得ていた。

 人の意志とは啓蒙されるものなのだろう。灰は悪夢で殺し回った上位者と狩人に感謝し、その夢のような業を少女みたいに夢見心地で耽溺する。とは言え、そんな少女の如き人間性も、何処かの誰かから奪い取ったソウルより再現した感性に過ぎず、愉しいと言う感情も自分以外のソウルから生まれた意志でしかないのだが。

 

「それはそうと……いやぁ皆さん、この度は民族浄化と英霊率いる反乱軍殲滅の為の戦争でありましたが、召喚者であるネロさんの代わりに感謝の意を表します。

 本当に、本当に―――心の底より、御苦労様でした。

 ネロさんに仕える軍師の一人として、真心を込めて民衆を丁寧に殺し回って頂き、感動の限りで御座います。魂が震える程の歴史的大偉業でした」

 

 心の底から、何の感情も宿らない瞳で灰は広場の全員を見渡した。集結するは、暗帝とその彼女に使役される魔人たち。

 暗帝(ネロ)暗い神祖(ロムルス)扇動屋(カエサル)超軍師(陳宮)月の狂帝(カリギュラ)魔神柱(フラウロス)門番(レオニダス)不死将軍(ダレイオス)改造将軍(呂布奉先)。そして、瞳で見詰める闇の王(アッシュ・ワン)

 

「とのことで、私が運営する特異点の特産品を特別に振る舞おうと思います。英霊の皆さんなら、とても気に入ると思いますよ」

 

「おい。貴様、それはこの酒か?」

 

 灰が褒美を見せた直後、レフ教授は死んだ魚類の目になった(瞳が宇宙を覗き込んだ)。見てはならない正気が沈没する品物が、何の前触れもなく眼前に現れ、やはりこの世は地獄だと思い直す。

 

「はい。高貴な方々が飲める希少な地酒ですよ……―――葦名の」

 

「む……あ、あし……な?」

 

「ええ、葦名です」

 

「葦名か……―――え、あの葦名?」

 

「はい。あの葦名ですよ」

 

 どのような魔術基盤の魔術理論か、全く以って意味不明な神秘法則によってテーブル上に具現する酒瓶。まるで投影魔術の如き唐突な一瞬の早業。灰でなければ見逃してしまうことだろう。

 何よりその酒瓶、現代チックに“狂の水”……否、〝京の水”とロゴが記されている。だが、それで良いのか葦名特異点。まさかそんな魔性の聖水ならぬ精水が一般販売でもされているとでも言うのか、と教授はとても論理的である為に頭蓋の内側が混沌に満ち溢れる。京の水を狂の水と読み間違えてしまうのも無理はなく、むしろ呑んだ者を発狂させて異形の人竜に転生させる精霊的薬効を考察すれば、強ち間違った読み間違えでもないのではないか、と教授は特に意味もない混乱で思考回路が(バグ)った。

 正しく、(バグ)による狂気だ。人の内側には蟲が寄生する。

 何せこの光景が現実のものなのかさえ、彼にはもう何の実感もない。

 人間を忌み嫌う魔神の柱であろうと、人血に潜むナニカを知ればきっと正気に価値など見出せない。

 

「◆■■■!!」

 

 何か、ダレイオスが喇叭呑みをしている。教授の素直な感想を言えば、完全に中毒患者(ジャンキー)狂態(ソレ)だった。

 

「おい、アッシュ・ワン。貴様、どう言うつもりだ?」

 

 ローマがローマらしく宴会を始めつつも会議に没頭する中、教授は苛立ちを隠さずに灰の隣に佇んでいた。勿論、その手に酒杯はなく、食事にも手を付けていなかったが。だが逆に、灰は愉し気な微笑みを浮かべて酒を呑み始めていた。

 

「いえね、まぁ在庫処分とでも言いましょうか。私は葦名にて火の簒奪者(御同輩たち)を大量に召喚したのですが……あいつらは、本当にもう思考回路が滅茶苦茶な血に飢えた殺戮者過ぎて手に負えませんし、私が一人で纏める何て不可能なのですよ。

 一人一人がそもそも今回の騒動の大元になった人類悪の、更に連鎖召喚されてしまう七柱を単独で殲滅する奇人変人怪人の集まりとなると正直な話、たった一人でも離反されると特異点とか一瞬で滅んでしまいます。そのようなのが百人以上もいれば尚の事です」

 

「つまり……それが、どうしたのかね?

 貴様は、相変わらず話が回りくどくて苛立つよ」

 

「個性も人間性の一部ですので、その程度は我慢をして下さい。まぁ、それで私は御同輩の燃え殻共に、私の葦名へ愛着を持って貰うにはどのような利益があれば……と、思いましてね?

 聖杯探索や血晶石集め等の、新世界で敵を殺戮して冒険する娯楽などもソウルに刺激的でした。私も実際、原盤で完成させた数多の武器を血石で鍛え、血晶石を仕込むのは愉しく、夢の中での狩人狩りと上位者狩りも一興でした。

 ……ボーレタリアの霧より、デーモン溢るる葦名での日常生活もまた然りです。忍びの業も、剣聖の業も、殺人の業は奥深く、灰の一匹として実に面白かったです。闇の白竜が記録された古い夢も、外より来た暗い塔の探索もまた同様です。

 だがしかし、こう言う人間性に程良い普遍的娯楽と言うものもまた……新しい生身を得た彼らには、人間として充分以上に愉しいと思いましたから」

 

「イカれているな、どいつもこいつも……」

 

「使命さえ亡くした無限と永劫の狭間を彷徨う暇人共ですからねぇ……ふふふ、実に簡単でした。ちょっとした娯楽であろうとも、未知に飢えた好奇心の塊でしたのでね。この身がそもそもそうですし。

 私が二千年間練磨した業と、あの悪魔が旅した世界への途を前に、火を簒奪する程のソウルを持つ渇望の化身が耐えられる訳がないのです。

 勿論、美味しい御飯と素晴しい御酒も……そして、それらを愉しめる人なる生身まで揃っているとなれば、葦名にはあいつらが欲する全ての御愉しみが詰まった夢幻郷(ドリームランド)に深化すると言うことです」

 

 即ち、記憶(ソウル)より描かれた夢幻(セカイ)

 

「人の生身……―――あぁ、キリエライトシリーズか。

 本当に、人間と言う動物は何時まで経っても変わらずに……悍ましい」

 

「何を今更ですよ。霊魂(ソウル)を憑依させる素体としての、唯一の実験成功例の遺伝子配列ではありませんか。

 私がマリスビリーに協力した報酬の一つとして、カルデアが持つ技術の提供があります。

 オリジナルのマシュさんからしても、カルデアの技術者共に作られて殺された家族達以外に、新しい姉妹が増えるのはとても喜ばしいことかと思いませんか?」

 

「ならば、あの戦神もそう言う事か」

 

「私の仲間を責めないで欲しいですねぇ……ふふふ。しっかりと、コピー品のソウルは灰の中の炉に焚べられています。

 ソウルを貪る事に罪悪などない人々ですし、他人の魂と自分の魂に境界線など本来はありません。元より、この世全ての魂は根源より漏れた集合体の一欠片なのですから、融け合わさった在り方こそ真なる魂の姿とも言えるのです」

 

「だが、それが禁忌であると……この人代を生きた貴様は知っている。それは神でさえ許されない魂への冒涜である」

 

「嫌ですね。だからこその英霊召喚です。我々は元から魂に重みがある故、重力に引かれて落ちる林檎のように、他の魂を吸引してしまうのです。闇とはそうでもある訳です。魂が法則を歪めるのです」

 

「成る程。貴様は、我ら魔神の柱以上に魂に関しては博識であったな。カルデアでの研究は、その要らぬ学習意欲を更に加速させたと言うことか」

 

「カルデアの英霊召喚は、私にとって馴染み深い神秘でもありましたからね。本来なら霊体を呼ぶ儀式の印を素体に刻み、最初の火を通じて簒奪の灰を篝火より呼び寄せます。そうすれば、召喚された灰は自動的に受肉して召喚されます。しかし、最初の火を持つ灰のソウルを人が宿せば、魂は一瞬で焼却されてしまい、意志の無い死灰のソウルに転じるのが必然です。

 しかし、その肉体ごと魂に作り変えられますので、むしろ好都合な実験結果でしたね。重要なのは、この世界に属した生身を有し、キリエライト素体が生死の基点となる徴になることです。

 デミ・サーヴァントの作成方法を応用すれば、霊体の受肉など容易いことでした。そして、第二要素と第三要素も複製されるキリエライト素体は、英霊召喚の寄り代として……私が用意可能な遺伝子配列の中でも、素体に相応しいソウルの中でも、最も優れた材料に成ると言う訳です。

 ……まぁ、私は学んだ知識を道具として使わせて頂いたまで。

 魂を亡くした程度で己が意志を失くすのでしたら、それは元から人の意志を持たない魂と言う名の、ただの消耗品に過ぎなかっただけです。霊体の素体になるのだとしても、所詮は粗製の肉細工だったと言う訳ですね」

 

「彼女を、粗製扱いするのか……貴様は」

 

 ――怒り。

 人類史を焼却した者共の一柱とは思えない……それはまるで、個人を思い遣り人間性の発露。そして、憤怒は殺意でもあった。

 

「いやはや、勘違いですよぉ……うふふ。オリジナルの派生クローンが粗製であるだけでして、マシュさん自身はただの未完成品です。

 けれども、確かにその怒りは間違いではないですよ。魂と精神も肉体と同様に全く同一の存在ですので、謂わば平行存在とでも言えますから。

 あぁ、でも……悲しむ意味も哀れむ価値も、キリエライトさんたちにはありません―――」

 

 ただただ、灰は魂を掬う聖人君子の微笑みを浮かべるのみ。眼前にいる怒りに満ちた魔神を宥める為、道徳的な人類の真理を説くだけだ。

 

「―――死んだ人々の魂は、消えずに私達の心の中に今も存在しています。私の魂となって、亡くなった人々の遺志は生きています。

 一人だけでも生きている人間が死者を忘れなければ、きっと誰もが永遠の思い出になれるのですからね」

 

「呪われ人、アン・ディール……否、アッシュ・ワン。現実を知らぬ愚者の戯言に過ぎない綺麗事だが、貴様の戯言(ソレ)は嘘偽りのない真理。言葉通り、貴様の魂となって死人は永劫の業と成り果てる。

 だがな、綺麗事ではない綺麗事ほど―――(おぞ)ましい現実はない。

 綺麗事がこの世の真実となれば、人間は個別の意志を失う事となるだろう。

 業と言う名の思い出となってまで、貴様ら人類種は決して永遠を求めはしない。永遠に苦しめない。人間だから……その業に届けば、そも魂が耐え切れない」

 

「ふふふ……―――良く人間を御存じですね、レフさん。

 とても残念な真実ですが、人間達はその通りですとも。

 結局は全ての思い出が私になってしまいました。絶対に何もかもを諦めない精神こそが、魂を凌駕する魂から生まれた力ですのに、人々はそれを手に出来ずに死を諦観してしまいますから」

 

「人間の屑め……」

 

 レフ教授からすれば聞くに堪えない綺麗事。死人が生者の中で記憶となり、それを大切にして生きよう等と言うのは、未来と現実を正しく理解出来ない人間特有の、道徳と言う無価値な規範から生み出た下らない妄想である。戯言と呼ぶことさえ烏滸がましく、教授にとって唾棄すべき愚者の妄言だ。

 しかし、それが本物の人間にとって真理であるならば?

 妄想の綺麗事が、魂と言う概念にとって現実であるならば?

 その答えが、眼前の女である。もはや、その魂―――死んだ人々の思い出(ソウル)の集合体。まるで死人の思い出が細胞となって人型の魂の塊となった存在こそ、火の無い灰。いや、その真実を正しく理解してヒトの業を辿り着いたからこそ、火の簒奪者。

 やがて、火を宿す炉になるが故―――灰は、灰なのだ。

 そして、炉と成り果てた簒奪者は、だが灰である故、灰以外の在り方を理解出来ないのだ。

 

「屑ですともぉ……ふふふ。それもまた、ソウル(人間)ですのでね。まぁ、召喚しました御同輩の燃え殻共と比べましたら、赤目ばかりの葦名では聖人君子ですけどね。あ、抜ける前のカルデアでしたら清楚枠の代表でしょうか。

 ……全く本当に、愉快な面倒事ですよ。

 程良い観光の為にローマまで来ましたけれども、葦名に帰ることを考えると憂鬱になります」

 

「―――……はぁ。毒気が抜けるよ、貴様は。

 その冗談、本心から話す感情である時点で気色が悪い。人の魂を持ちながら、人の為に涙を流せぬ輩に、私のような人外の人でなしが人道を問う事が大間違いであったよ」

 

 全てが既に自己完結した存在。未来などない灰に、怒りを抱く価値などないことを教授は思い出す。それは溜め息となって吐き出た諦観であり、同時に魂が不死不滅となった正真正銘の最果てがこの女である事を、自分達魔神の柱が認めてはならない抗いでもあった。

 これが根源に居場所がない(死を持たない永遠の)魂が歩む途の答えである等と、教授(フラウロス)は考えたくもなかったのだ。

 

「……人の涙など魂と一緒に亡くしました。己の死に慣れると、何故か血しか流せなくなってしまいますのでね」

 

 ソウルが融ける暗い涙は流れても、もはや涙を流す為の感情は存在しない。人ではない魔神の徒にその事実を指摘され、灰は少しだけだが“本当”に驚いた。渇望以外の意志を確かに実感するも、だが()の内にある最初の火に焚べられてしまった。もはや絶対に折れない心として得た業でなければ、灰としてではなく、亡者となる生前の人としての心が内側に在る事も許されない。

 

「そして、下らない嘘は人間関係に罅が入りますから。糞団子がお似合いな神のように、人を欺くのは人間性に悪影響が出てしまいますから。

 ですので道徳的良心から、知らなくても良い真実を人の目から隠す位が、常識人の私が行える善意の限界です」

 

「ほざけ、魂の汚物が。中身のない燃え殻の貴様に……そも、そのような善悪の価値観などない。人の魂から簒奪した感情を模倣するだけだろうが」

 

「実に哀れですね。価値観など知性体に不必要です……―――分かるだろう、フラウロス。

 このローマを、その邪悪な瞳で見回し給え。全ての事柄がローマと言う価値観に染まり切り、しかして此処ではローマである事に価値など皆無。

 人間とは、あらゆる事象の前に個別の人間でしかないのだよ。

 魂の儘に生きるとは、餓えると言うこと。私の闇がローマを狂わせたのではなく、より良いローマが欲しいと皆のソウルにその飢餓を自覚させたのみ。

 ほら……ならば、そも価値観とは基準が逆さであるのだよ。

 人は学習によって今の価値観を得るのではなく、学んだ知識から理想とする基準に合わせた価値観を手に入れる。善悪の始まりとは所詮、欲望より湧き出た幻想の認知に過ぎん。個人個人が有する利益と幸福の基準である」

 

「やはり、貴様は戯言を好むらしい。その思考さえ、貪った如何でも良い誰かの魂から簒奪した意志でしかない」

 

「その通りですねぇ……ふふふ。私の魂が持ち得る意志は一つだけですので、他の価値観は奪い取れた魂にとっての真実でして、アッシュ・ワンと言う灰からすれば借り物の理想論です。

 ――ふぅ……しかし、葦名の酒は美味しいです。

 朽ちた肉体ですので味も酔いも無駄ですけど、ソウルにまで染み回る桜の酒気は例外なのでしょう」

 

「やれやれ……私が長々と聞かされたのは、酔っ払いの戯言だっと言う訳か―――」

 

 そして、教授(レフ)は灰から視線を切った。意志を貫徹する諦めを理解出来ない女に、頭脳戦を挑んだ所で何ら意味はない。結局、最期がないために最後は必ず目的に辿り着くのなら、灰の思惑を挫いても直後に再挑戦されるだけ。そして、それを無限に繰り返され、絶対に灰は渇望を満たすのだろう。

 目的を奪い合う競争相手にしてはならない―――と、命ある魂を持つ獣は理解していた。

 

「―――あ。そうだったな、客将ライノール。すまぬが気分が良く、最初に言い忘れていた事があるのだ。

 余たちローマから離反した貴様の召喚せし捨て駒……あー……っと確か、アレキサンダー大王と、諸葛亮孔明と……メディアであったか?

 その三名が反乱軍残党と合流したのが確認された。暗帝であるこの余に、何か貴様から申し開きの弁があっても良いと思うがな?」

 

「……っ―――」

 

 突如として、宴会混じりの軍事会議から教授に話を振った暗帝の質問。彼は何とか舌打ちをするのを我慢し、自分が召喚した三匹のサーヴァントへ無能の塵屑共と内心で罵った。

 

「まぁまぁネロさん、此処は落ち着いて待って下さい。我らが暗き帝国の繁栄はそもそも、人類を薪代わりにしたレフさん達の大偉業が端を発しています。

 その功績はとても大きく、更にローマに敗れた反乱軍の総指令官―――アルテラの拘束は、彼の魔術による多重結界の封印で行われています」

 

「うむ。余とて、その事は重々承知だ。だがな女神よ、それはそれとして手駒が裏切る隙を見せ、挙げ句に残党共の追加戦力になってしまった。

 それをなぁなぁで無視することはローマ皇帝として出来ぬ。出来ぬのだが……なぁ?」

 

「―――……業突く張りめ」

 

「ぬぅわっはっはっはっはっはっは! 皇帝を前にして良き悪態であるな、異郷の魔術師!!」

 

 手に持つ杯の酒を暗帝は一気呑みし、どんよりとした瞳で教授(レフ)をドロリと見詰めた。輝きがない暗く蕩けた目はまるで黒い穴のようであり、見ているだけで魂が吸い込まれそうな不気味さしかない。尤もそれは灰が出した禁忌の神酒を呑んだ全員に共通することであり、恐らくはある意味で一番まともな存在であるのが、自分の隣に立つ不死者(オンナ)だけなのが教授にとって一番狂った事実であった。

 そして暗帝以外の化け物共も、暗帝と同じ暗い瞳で教授を見ている。

 玩具人間(ガラクタ)に改造された筈の半人半機(呂布奉先)でさえ……いや、魂の中身を刳り抜かれた抜け殻からこそ、注ぎ込まれたナニカは鮮明に瞳へと浮かび上がるのかもしれない。

 

「余のローマは寛容である。個人の失態に意味はない。貴様の無礼な態度も、手駒を御せなかった不手際も同様に無意味だ。

 その意味を理解出来るか……魔術師、ライノール?」

 

「さて……私はまだまだ勉強不足でね。貴様のような人類の思考回路は読み取れないな」

 

「そうかそうか。ならば、教えよう。何故ならば―――貴様が、無意味である(ローマでない)からだ」

 

「―――は?」

 

 教授は、この女の言葉の意味がまるで分からない。ローマでない等と言う事は当たり前の事実であり、だがその言葉が何故か二重になって聞こえる。

 とは言え皇帝特権(何でも有り)の為、その不可思議も不思議な事柄ではない。故にこそ、理解不能。教授はただ混乱するばかり。

 

「まだ分からぬか……やれやれ、愚鈍だな。そも人間とは―――ローマである。

 ローマに住まう者が人間として存在出来るのではなく、魂を帝国に帰属させた者がローマ人となれるのだ。でなければ奴隷であり、奴隷の為の国も、奴隷の為の神も世界には存在せん。

 理由は簡単……人類種(ローマ)がそんなものを―――求めぬ故に。

 余が異郷者の貴様を客将と認めたのは、余の女神の友人だからでは断じてない。貴様がローマと言う我らを理解した人外であったからだ。人間(ローマ)を内心で見下しながらも、だが我らの帝国がなくば貴様はこの特異点(セカイ)に居場所もない。

 ならばこそ―――外交は、皇帝の務めである。

 貴様と言う獣の肉片を拒む理由を人類種(ローマ)は持たず、故に奴隷ではなく来客として交易するのがローマの人道と言うことだ。

 まこと、人間はローマだけで良い。ローマでなければ人ではない。

 ローマの眷属となることが、同じ人の形をした奴隷の幸福だ。さすればローマは、終わりの無い完璧な恒久的世界平和を実現する」

 

「成る程な。良くある選民思考だよ、貴様のそれは。しかし、二千年後の未来でも何ら間違いでもない現実だ。その結論は文明の答えであった。

 ……だから、貴様ら人間は無様に燃やされる。

 結局、その醜さだけが残された存在価値となる」

 

「そうだとも―――……残念ながら、な。

 邪悪を為さねば、歴史は争いが消えた平和と言う結論へ辿り着けぬ。人間は全滅する前に人類史を終わりに出来ぬ。故に生まれ変わったローマ人は例外一人なく、自らの悪性を正しく理解した上で魂にローマを抱くのだ」

 

「あぁ、確かに。貴様のそれは、確かに正論だ。全てが死に絶える前に人類史に答えを出せば、人が今以上に死ぬこともない。

 歴史が幸福に到達すれば、そうか……――成る程。流石は、暗帝を名乗るだけの人間だ。その思想を持つならば、ローマでない私の失敗など無意味だな」

 

「その通りだ。ローマにとって失敗は悪でも罪でもない。その過失で何万人が死のうとも問題なし。故意に失敗を隠せば邪魔者として処分するが、弁明と報告をすればローマの協力者として罪などないのだ。

 どうせこの世は、平等になる。結果的にローマの世界は奴隷も人外も人間となり、全ての者が人間性を満たす幸福な人生を永遠に謳歌する」

 

 羅馬人でなければ人道を歩めない。ラテン語だけが唯一の人語である。即ち、ローマでない者は国家が飼育する畜生。

 レフは客人ではあるが、人間ではない。アッシュは皇帝が崇める女神だが、人間ではない。

 

「しかしなぁライノールよ……ほら、分かるだろう?

 人間と人外を問わず、互いに平等な関係を結ぶのであれば、善悪や権利は余り関係ない。その前の、必然的な事が存在する」

 

「やはり、貴様は……―――我が儘な、意地の悪い業突く張りだよ」

 

「はぁーっはっはっはっははははははははは! 欲深くなければ、このローマ全てを統べる皇帝など勤まらんわ!!

 ……で、余の要求は勿論のこと理解しておろうな?

 このローマが貴様ら獣へ与えた利潤を思えば、それ相応の利益を我らに提供せねば……果たして国賓でなくなった貴様をどう扱うべきなのか、分からぬ程に思考の次元が低い訳でもあるまい?」

 

「ふん。アルテラに対する令呪の追加、だな?」

 

「―――その通り!

 あやつは真に余の寵愛に相応しき女でなぁ……言う事を聞かせるのも、高くついて愉しいのだ!」

 

「やれやれだよ。私の魔術は、貴様の娯楽品として消耗される訳か……」

 

「光栄なことだ。この皇帝たる余の愉悦を満たせるのだからな」

 

 暗帝(ネロ)は名の通り暗く嗤った。魂を穢す事に愉悦を見出た者の邪笑である。その悪しき貌をカルデアのエミヤが見れば、まるでアルトリア(セイバー)を前にしたギルガメッシュ(アーチャー)のようだと嫌悪する事だろう。あるいは、教会の地下で孤児を食材にしてサーヴァントへと餌付けしていた神父でも良い。そのエミヤからすれば、まるでギルガメッシュが女になったような悪夢を錯覚するのだろうが、全く以って正しい嫌悪感である。

 人の尊厳を貪る者に慈悲を与えてはならない。

 ましてや魂を咀嚼するなど決して赦されない。

 しかし―――人の魂に喜びを見出すのも、否定出来ない人間の証であった。

 同時に、暗帝はその人間性に疑いを持ち得ない。灰から与えられた機能(ソウル)に疑念を抱かず、暗い悦楽に罪悪感など欠片も覚えず、逆に魂から湧き出る喜びを背く事に後ろめたさを覚える程だ。

 

〝ならば、それは悪ではないのでしょう。疑念も後悔もなく、魂の飢えを満たせる者……正しく人間です。理想的な人間の存在理由です。

 そのソウルにとって、誰にも否定不可能な善行に他ならないのです。

 他の魂を持つ人間の瞳が邪悪に見えたのだとしても―――その魂にとって、それが善なのです”

 

 火の簒奪者(アッシュ・ワン)は、生まれ変わった(魂が転生した)ネロ・クラウディウスの有り様を嬉しい人間性の進化の一つだと実感は出来なくも、それが喜ばしい実験結果であると思考で結論した。

 原罪を亡くした魂―――……それが、必ず手に入る。

 灰の炉の中へと、また新しい感情(ソウル)が焚べられる素晴しき未来。

 フランスで生贄に捧げられた人々の感情と記憶は新鮮で、彼女の魂に相応しい燃料(マキ)となったが、きっと更に格別な火の温もりを与えてくれるに違いない。善と悪も、火も闇も、神も人も、簒奪者からすれば等しく薪でしかないのだから。

 

「けれどもネロさん、御愉しみの為の令呪欲しさにレフさんをそこまで長話で脅迫するとは……お喋り好きな私から見ても、とても好ましい欲得の深みです。

 そこまで皇帝陛下に愛されるとなれば、アルテラさんはとても幸福な女性でありましょう。勿論、ネロさんもまた幸福です。暗く燃え尽きる愛こそ人間性が恋愛感情に生まれ変わった証明となり、魂を燃やす素晴しき情熱は人生の尊厳と成り得る業となります」

 

「ふぅふふふふ……分かっておるわ。情熱の愛は宮殿を満たす程に積み上がる金銀財宝よりも尚、人の魂にとって価値ある幸福そのものだ―――否、違うな!

 財貨を燃やすことになって惜しくない感情こそ―――人の愛(アモル)

 ならば、余の情熱は相手の愛さえ燃やし尽くさねば我慢出来ず、自分の魂を焚く程に我が情は昂るのだ!!」

 

「私が見込んだ通り、人として徳の高い女性です。捕えた奴隷を愛する心をお持ちになるとは、身分に囚われない自由な価値観(ローマ)でありましょう」

 

「良い良い良い……ふふ、はははははははは!! もっと褒めよ!!!」

 

 完全に酒気で逆上(ノボ)せている暗帝は、高笑いをしつつも葦名の清い水より醸される御酒を一気呑む。うむ美味い、と内心で竜のような歓喜の咆哮上げ、それに比例した深みを持つ笑顔をアルコールで酔った貌で浮かべる。

 よって呑み干されたその杯に、灰は手に持つ瓶から御水の神酒を注ぐ。暗帝の手に、暗い魂(ソウル)を満たす素晴しい酒精が溢れる寸前となる。

 

「さあさ、ぐぐいと召し上がると良いですよ……ふふふ」

 

「無論だとも!」

 

 ソウルを理解する呪われ人(アンデット)は、武器や道具の記録(ソウル)さえ読み取れる。なので、その台詞は葦名の酒飲み(簒奪者)共にとって誘い文句の一つであり、まるで統一言語で喋られたような強制力を相手の魂に与えるのだろう。

 あるいは、既に灰は学んでいるのかもしれないが……だが、最初の火を持つ簒奪の灰たちからすれば只の言葉。根源に居場所のない魂は、本当の意味で孤独である。

 

「自らを救うため、貴様のような存在さえ利用する人間共(アラヤ)の浅ましさ……つくづく魔神の一柱として、人理焼却は必要な事業であると実感するよ」

 

 そうして、暗帝はローマの輪に戻る。相手をされていた教授は溜め息を重く吐き出し、何故か楽し気に隣で立飲みする灰に因縁をつけた。時計塔で過ごした人間時代に身に付けた話術であるが、灰に通じるかは良く分からず、しかし魔神柱は灰と違って無感情な『人間性』などない。そもそも人間に無関心でいられるのなら、人理焼却など行わない。

 

「もうレフさん、素面で人間性を語ってしまうなんて。本当、人類に拗ねてしまうとは可愛らしいおじさんですね」

 

「干物貌の貴様に、おじさん呼びされる謂れはない!」

 

 邪悪さと醜悪さも、人類史にとって進化に必要な栄養源。それを正しく理解した為に王の魔術式(ハシラ)は焼却式となり、この女の業が人類の魂にとって絶対的正義だと理解してしまった。

 フランスでの灰の所業も、教授からすれば何時もの人類でしかないが……あらゆる時間軸の世界に住む全人類からすれば、きっと否定することが誰の魂にも許されない有益な悪行である。

 その蒙昧な在り方は被造物(ホセイシキ)の意志で焼き滅ぼされて当然の罪科なのだろうが、だからこそ人理修復を行うカルデアは灰の火で焼かれずに済み、時間神殿も灰の闇に沈まずに住んでいる。

 

「えぇ~本当ですかぁ?」

 

 人類にとって、そのままの意味で――必要悪。本来なら絶望で魂が塗り潰れる程の哀れな役回りを、異邦人に過ぎない灰は醜い人理に託されている筈なのに、だが灰からすれば何ら問題もない些細な不利益である。

 僅かばかりとは言え、教授は灰を理解しているからこそ、こんな風に人を揶揄して楽しむ人間性が残っていることが許せない。彼ら魔神はその間違いを正すために人類と決別すると決めたのに、灰はまるで日常を謳歌する一般人と変わらない態度で、そんな魔神たちを隣人のように扱うのだ。

 

「そのカルデアでの煩わしいノリを、この私にするのだけは止めたまえ」

 

 よって、教授の返答は本心より。所詮、燃え滓の人真似である。関心を寄せると虚無に落ちるだけ。

 

「ふふふ。我らの所長様は貴方にベタベタに甘えてましたから……そうですねぇ、嫉妬心から涌き出た私の可愛らしい嫌がらせだと思って諦めて下さいね」

 

「そうかね。ならば、丁度このローマにいるオルガにしろ」

 

「もうしましたよ。オルガマリーさんは私を殺せる程に強くはなっていますけど、まだまだ私を愉しませる程に殺人が巧くはないのです。

 出来れば、我ら簒奪者を相手に灰狩り生活を数十年も続ければ……あ、成る程!」

 

「また思い付きかね……」

 

「良きアイデアは日常に潜んでいるものですから。唐突な発想こそ、啓蒙される魂の感覚と言えるのではないですかね」

 

「――ッチ。瞳を話題にするな。オルガの血が、まだ抜け切っていない」

 

 それを聞いた灰は、ニチャリと気持ちの悪い笑みを浮かべる。まるで無力な幼児を虐待死させる事に愉悦を覚えた人間の屑に近いが、実際は戦神を全裸のまま笑いながら拳でジワジワと殴り殺す変態戦闘狂である。

 被虐を極めた末の加虐であるも、しかし灰の鍛練とはそう言うものだ。拷問趣味の虐待家と比較すれば、気持ち悪さも高次元暗黒に辿り着いていることだろう。

 

「嫌ですねぇ……ヒヒヒ。女の血に疼くなんて、人間臭くて良い変化です。いや、もはや変貌でしょうか……いえいえ、あはぁ……そう言う訳ですね。

 そうでしたら、マシュさん……――殺しても良いですか?」

 

 唐突な話題の変換だが、話を振られた教授からすれば確信を突かれた問いであった。だが、心を読まれることを不可思議と感じる程に灰は普通ではなく、魂を見られていると最初から理解していれば、相手の灰を恐怖する未知ですらない。

 

「――……ふん、好きにしろ。元より、カルデアは皆殺しにする。私の手で、そもそもマシュ・キリエライトは爆死する予定であった。

 だがな――」

 

「――魂は、喰らうなと?」

 

「――っ………」

 

「いけませんねぇ……ふふ。灰である私にとって、殺人行為は食事でもあります。でも、宜しいでしょう。

 ソウルを貪るなと言うのであれば、そもそも私にとって殺人動機も消えてしまいます。マシュさんは生きたまま、ネロさんに渡しましょう」

 

「なんだと?」

 

「そこからは、貴方がネロさんと交渉して下さい。マシュさんのソウルが欲しいのであれば、ね」

 

「……屑が。あの性欲が肥大した女に渡せば、強くも無垢な少女をどうするかなど、それが分からぬ貴様ではないだろう」

 

「私はプレゼントって好きなんですよね。何と言いますか、コレクションを貢ぐのが苦手な灰は、より良く強くなれない灰だと思うのです。

 私が宝具を砕いて裸に剥いたアルテラさんと同じくらい、きっとネロさんはマシュさんを大変喜ぶと思いまして」

 

「まるでペットに餌付けする飼い主だな」

 

「あるいは無駄飯喰らいに育った大人になれない子供を、自分の手で間引けない哀れな親の気持ちでも良いですよ。情と言う感性もまた価値観の一つであり、厄介で不利益なものでもあります。

 ですが……あぁはい、例えばそうですね。千年位前に知り合った友人の暗殺者さんは、自分と同じ信仰者を堕落したと、その手で実の息子だろうと首を斬り落としていました。自分の子供を一人二人と殺す程の信仰心がなければ……まぁ教義への執着心とも言えますが、それらが無ければ、そもそも人は魂に足掻く意志は抱けません。鉄の秩序を尊ぶ為、誰かに対する情を棄てるとは……いえ、魂の尊厳を守るには人はそう在らねばなりません」

 

「あの存在は……――いや、確かにな」

 

「そう言うことです。きっと彼は今でも自分が愛した女性が産んだ子供や、自分と同じ神に対する意志を持つ同志を殺した剣を握り締め、死の淵で刃を振るい続けて己が魂を錬磨していることでしょう。

 鋼の意志で人を殺せるとは、正にそう言うことです。カルデアのサーヴァントとして召喚されたエミヤシロウさんしかり、アルトリア・ペンドラゴンさんしかりです。血塗れの暗い魂で、真っ赤な血の意志を抱き、その結果として英霊の皆さんは英雄と言う理想の人間性を、人道を踏み潰して得たのです。

 理想に生きるとはそう言う訳でして……アナタ方が夢見る世界も、そうしなければ辿り着けない理想郷となるのでしょう。正しく、この世の人間性による魂の業ですね。ですので、私がネロさんの魂を憐れむのは道理であり、また甘やかすのも尊い人道である訳です」

 

「不死人、呪われ人、灰の人……火の無い灰。いや、火の簒奪者。

 あの捕えれてた哀れな飛将軍を、面白吃驚サイボーグに改竄したのも、そのソウルの業と言うわけだな。この変態共が」

 

 教授は何の違和感もなく、嘗て自分の部下でもある超軍師と葦名の酒を呑む男を見た。気色悪い光景であり、あろうことか彼は笑みさえ浮かべ、バーサーカーだと言うのに言葉さえ喋っている。

 

「ついでですが、カルデアの技術を結集した作品でもあります」

 

「カルデアの変態技術も使い、呂布の改造を行ったのか……」

 

 胡乱気な死んだ魚の瞳で、教授(レフ)は灰の瞳を見た。そんな彼女もまた人の感情を宿さない無機物的な両眼であり、呪詛塗れの眼光を放つ教授を何も気にせず見返した。

 

「えぇ、まぁ……そうですね、レフさん。貴方が爆破テロをして頂けた御蔭で、とても良いソウルを御馳走する事が出来ましたから。

 爆死したカルデアの技術者達は、アトラスの錬金術師とは別の……そこそこ真っ当な科学文明の最先端ですからね。それを盗み食いする形で思わず味わってしまいましたので、結果として素晴しい技術の記録として蒐集しました。勿論、葦名でカウンターとして召喚された英霊の中には科学知識を持つ人もいましたので……一つの魂が独占するのも悪いですし、灰の皆さん全員とソウルを貪り合うことでカルデアの技術も共有しております。

 今度このローマで葦名ですると一心さんに怒られそうな兵器実験もしますので、カルデア製の最新鋭大量殺戮兵器でも見学致しましょう」

 

「薄汚い人喰いめ。貴様らのような不死こそ、我らは最も忌み嫌う」

 

「いやですね。所詮、我が魂など、平々凡々な魂喰らいですよぉ……ふふふ。私が人肉や神肉を美味しく食べ続ければ、蕩けた腐肉のスライムになってしまいますから。

 けれどです、人を食べるのはアナタ方も同様でしょうに。焼いて、燃やして、温めて、美味しくなぁれ……と、全人類を食材に調理を行ったのですからね」

 

「相変わらず、口だけは達者だな。我らに隠れ、こそこそとしている狸女は言うことが違う」

 

「獣と悪魔と上位者の諸々な関連の事柄ですよ。貴方は使い魔の獣の使い魔と言う無駄に面倒な存在理由で、レフ教授と言う人間を演じているので感じ難いのでしょうが、獣で在る故に魂を貪る獣狩りには向かないのです。

 貴方達……人理に仇なす七柱の獣にとって、古い獣の一柱など百害あって一利なしなのです。

 ソウルの獣を狩る役目など、人間である私に任せておけば良いのです。元よりこの世の面倒事を解決するのは人間の役目なのです」

 

 そう微笑み、素面の教授を同時に嘲笑いつつも神酒をまた呑む。灰は彼と普段ならしない如何でも良い無駄な長話をしつつ、酒の席で有益な話など何時までもするものではないとも思う。

 

「古い獣か……―――あぁ、本当に頭が痛い」

 

 その元凶を、レフ・ライノールは蔑んだ。灰からすれば無駄話だろうが、獣である筈の魔神にとってその獣こそ絶対悪。人類史以前の、あらゆる魂にとって害悪となる本当の悪魔(デーモン)であった。

 ……だから、本当に頭が可笑しくなりそうだった。

 教授は自分の意志(ソウル)を駄目だと分かっているのに酔わせたくなり、誘惑に負けたのか……テーブルに置かれていた自分の分の神酒を一口だけ呑み込んだ。












 偉大な漫画家に、私にとって一番面白い世界を描いた漫画家に、深く感謝します。ありがとうございました。
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