―――宇宙は空にある。
星の娘が泣いて祈る先に星歌隊が思索の途を見出したのならば、輝ける星の瞳が覆われる脳内に宇宙はあった。故に空とは、悪夢において一つではない。だが悪夢の宇宙は、遥か空に浮かぶ星の領域であることに違いは無い。
だから、思索の進化によって上位者も上位者足り得る瞳を得る。
古都の啓蒙とは内なる瞳によって白痴の蒙が啓かれる脳の進化。
求め続ける事に意味はある。進化には価値がないのだとしても。
目覚めを得た方のオルガマリー・アニムスフィアにとって夢からの覚醒は死に等しく、夢見る脳こそ思索の道具。彼女は眠りに落ちて夜から目覚める度に、悪夢から戻って来ているのだろう。
「…………」
なら、今日の目覚めは最悪。獣に生きたまま臓腑を食べられた後の目覚めと同等の嫌悪感。夢を覚えているからか、視界の色が褪せて見える。瞳から色を失い、啓蒙される情報に感動を覚えられない。反乱軍残党の基地である女神の島に用意された一室で、彼女はベットに横になりながらも自分の意志に失望している最中だった。
カルデアの所長になった後、ヤーナムよりも悍ましい真理を啓蒙されるとは考えもしなかった。
いや、そもそも彼女にとってカルデアでの日常も、ヤーナムの業より伸びる延長線上の悪夢でしかなかったという現実的な絶望だ。悪夢に囚われるのは肉体ではなく、獣血と啓蒙を血として活力を得た意志。
自分の正体――ヤーナムで心が折れたオルガマリーが、狩人として生きる活力を得るための第二人格。魂の無い感応する精神であり、少女の妄想が見えない虫として受肉した存在。
魂から湧き出た寄生虫。
血の意志でしかない者。
灰がフランスで生み出したジャンヌ・ダルクの娘。今なら所長も理解できる。彼女は、灰がオルガマリーを模して創造した赤子であった。
謂わば――血の姉妹。
用意した聖なる子宮の中で、精子と卵子の反応融合させただけの赤ん坊。愛などなく、上位者が赤子を作るような機械的生殖活動に過ぎず、はっきり言えば神秘によるクローン人間か、あるいはホムンクルスに近い……だが、何ら特別でもない人間である。
「気分は飛び出た臓物以下だけど……」
しかし、既にオルガマリーは自己完結した狩人である。そもそも正体になど、欠片も興味はなかった。意志が確かであれば、狩りの血に酔って啓蒙に気が狂う今の自分に感応出来れば良い。
だが、自分の意志がオルガマリーの遺志であることが無念であった。自分が最初から始まった意志でなく、オルガマリーを継承した遺子だと今まで啓蒙出来なかった自分の瞳の不出来さに失望してしまった。
「……悪夢でなければ、明けない夜はない」
けれども今は、望みが増えたことを喜ぼう。母親と呼べる意志が、まだこの自分の器ではない魂に宿っている。
何より、魂など狩人には無用の存在。
そんな惰弱な器など、確固たる意志を持てば夢の中に存在可能な人種である。
〝返せば良いものね。それにこの私は……別に、ヤーナムにまた帰っても良いし”
所長で在るべきなのは、どちらなのか。彼女は狩人で在れば構わないと決め込み、この暖かな居場所を魂に返す責務があると決心する。
今の彼女なら、実感できる―――ジャンヌが、聖女のためにフランスを焼いた意志を。
自分と言う赤子を孕まされた何て、余りにも悲劇過ぎて獣のように叫びたくなる。確かに、殺さないと気が済まない。いや、殺し尽くしても足りない位に酔い潰れる。殺し尽くさないと意志が獣性に暴れ、何でも良いから瞳に映る生物全てを狩り殺したくて堪らない。復讐とは血に染まる精神であり、血を啜ってこそ憎悪に意志が焦がれるならば、殺戮も虐殺も故人を悼む故の葬送の儀式であった。
餓えてしまう―――誰かの意志を、血にしたくて。
求めてしまう―――意志を継承し、手に入れたい。
「だけど、私は――――」
オルガマリーそのものから生まれ出た彼女は、卵子も精子もオルガマリーの脳と血から作られた彼女自身。自分のために自分を憎むなど、不毛な上に意味もない。瞳より啓蒙した意志であれば、その血を継承するのも必然だった。
狂気など、生温い。
正気など、血腥い。
繰り返される死の目覚めを尊ぶのならば、彼女はもはや今の自分以外の何者にも為れやしないのだから。
「―――オルガマリー・アニムスフィアで、良いのですか?」
啓蒙されない真実。それは彼女の意志より願われた祈りである証。祈りに答えはなく、きっと空にも星はなく、瞳で見えないのなら手探りで足掻くしか術はない。
だからこそ、その無様さが人間である証でもあった。答えなどなく、今この瞬間から自分の意志で手作りする真実を、瞳が啓蒙する道理など上位者の思索に存在する訳もなかった。
「ねぇ、そうでしょう……オルガマリー。知ってしまった今はこんなにも、起きて欲しいのに」
救いを求めるように、所長は右手を空に向けた。それは無価値な祈りに過ぎず、虚空に人を救う神など存在しない。
宇宙は空にある―――だが、救いが宙にある筈もないのは、狩人であれば誰もが啓蒙された真実である。其処にあるのは罪科と罪業だけ。広がっていたのは、血染めの悪夢だけだった。
〝だったら、良いわ。人を喰らう獲物共……貴方達は問答無用で、私の血の意志に沈めてやる”
ならば、救いを握り潰してこそ―――星見の狩人、オルガマリー。彼女は右手を力強く閉じ、拳を地面に優しく降ろした。
最初から救いなど空に求めてなどいない。求めているのは、数多の獲物が住まう異空の悪夢への切符だけ。
〝でも上位者の意志をもう笑えないわね。赤子が欲しいなんて渇望が、ここまで狂おしいとは。
そして、赤子の上位者が自分の親を求める帰郷の念もきっと、私が彼女に抱いている思考と同じなのだから。メルゴーもペイルブラッドも、エーブリエータスも……私みたいに誰かと血で繋がりたかった”
それを理解して尚―――狩人は、上位者狩りの血に酔う存在。オルガマリーも同様に、その想いを啓蒙された上で、だが奴等に対して一切の同情なく狩り殺す意志を抱く者。
自分の願望は、自分だけの思索で在れねばならない。
特別な想いでないならば、死んでも忘れてはならない。
「―――だから、おはよう。
今日も何時も通りに、良い目覚めにしないとね」
自己完結とは、この様だった。自己貢献であり、自己献身だった。オルガマリーはその在り方を良しとする。徹底して他者を必要としない精神構造を持つ為、狩人として完全無欠の思考回路に至っている。何があろうとも、心が折れる機能を持ち得ず、絶望に屈する選択を取れない。初心を永遠に忘却出来ず、答えがない迷路を最果てまで無傷で彷徨う心を持っている。
きっと、そう在れと生まれた意志で在る故に。
生み直された末の超越者であり、血の意志として人格は完成し、今はもう完結してしまっている。
〝まぁ、こんな様だから、あの師は私なんかに執着してるんでしょうけど”
師の瞳の輝きが意味するのが、自分に対する憧れだとオルガマリーは悟っている。そうでなければ、今まで御姫様をあやすようにヤーナムの地獄で丁寧に苦しめ続け、何をしても壊れないと分かっているからこそ、本当に終わりのない永遠の繰り返しを彼女に夢見させたのだろう。
だが、ヤーナムから彼女の意志は帰還した。それを意味するのは、古都で知るべき全ての真理を啓蒙し尽くしたから。永遠も、悪夢も、オルガマリー・アニムスフィアの脳内に存在しているから。
「…………」
ベットから抜け出し、扉を開ける。今日から如何にローマを攻略するか、反乱軍残党との作戦会議が待っている。大陸で戦線を広げている孔明とアレキサンダーも戻り、情報も統合する必要もある。
その瞬間―――特異点が、揺れた。
島が地震で揺れたのではない。本当に、特異点と言う世界自体が揺れ動いた。
「……そんな、馬鹿な真似を―――」
確かに、教えた。契約だった。父からの約束だった。所長だったマリスビリーは、アン・ディールをカルデアに呼ぶ為、この魔術工房が持ち得る知識の業を全て偽りなく渡す契約内容だった。実物は渡さないが、それを作る技術は彼女の業となっている。
奴は理解している。フェイトも、レイシフトも、カルデアスも、ペーパームーンも、ロゴスリアクターも、知識を蓄えている。時間さえあれば、カルデアそのものを一から建築可能な業を持っているのもわかっている。その気になって簒奪者の火を使えば時空も操り、特異点も異聞帯も全てをそのまま吹き溜まりのように一つの異界に確立することも可能だろう。
しかし、それは―――神秘の業。
神の権能も焦げ滅ぼす絶対の業。
カルデアの神秘だけでなく、その科学技術さえも己が業として利用する精神構造こそ灰の―――否、更なる魂の原罪を知りたいと希う探求者の業だった。
「―――この揺れ、死の臭い……あの女、ヤりやがった」
許されない惨状を、所長は瞳で見詰めている。
島から遥か遠くの街の残骸。いや、瓦礫一つ残さず死の灰が降り積もる光景を理解し、カルデアが灰に許してしまった業の罪を観測することしか出来なかった。
◆◆◆◆◆
朝早い時間。ローマから離れた街。其処を見下ろせる丘の上で、とある三人が実験の為に集まっている。正確に言えば、新兵器の実験を行うのは灰唯一人であり、他の二人は何もしない見学者に過ぎないので、ある意味で灰の兵器実験の発表会と言う雰囲気である。
「デイビー・クロケットって知っていますか?」
「ええ、アメリカの英雄でしたか。デイヴィー・クロケット……確か、そうですね。政治家兼軍人のだったかと」
「あら。座に登録されている人なのですね?」
「それは知り得ませんな。知識として持っているだけですよ……ですが、その口ぶり。どうやら、貴方の質問の答えではなかったようで。
ですので宜しければ無知な私に、貴方のその知識を教えて頂けても?」
「勿論です。そうですね……現代において、最も火力を持つ歩兵用の火器とでも言いましょうか」
「ほう、ほう……―――ほうほうほう!
それはあれですかな、私が作る太古の超技術による中華ガジェットを超える程の?」
「超えてますよ。しかも、魔術回路も要らず、誰でも簡単に引き金一つで発射可能です。いやはや、現代兵器とは使用者の殺意さえあれば、意志一つで何でも殺せるのが悍ましい在り様です。
……まぁ、カルデアで勉強した知識から私が自作したものですがね。
本家も見た事は興味本位でありましたけど、それも超えられていると思います。とは言え、今回の実験は弾頭部分の起爆実験ですので、実際に引き金を引いて発射する訳ではありません」
「何と。英雄の名が兵器に使われているとは。さすれば、その英雄の戦果に相応しい殺戮性能を、その兵器は持つのでしょうな」
「いえ、それ以上でしょうね。正に、神々の王インドラの奇跡と呼べる光景でした。
そう言うのは人間性を尊ぶ私からすると、非常に宜しくないですね。
人でなしなら人でなしらしく、罪科の分は己が魂を苦しませないと次の進化には至れません」
「ほぉ……それはそれは。ならば当事者が逃避する程の、英雄の所業を超えるものだと?」
「はい。人類史の太陽であり、神の王が下す雷の天罰を連想させて頂けます。ですから私なりに、あの悪魔が滅ぼした一つの世界より名前を啓蒙されまして―――オーバード・ウェポン、とでも呼称致しましょう」
生きなければならない者が死んでしまった世界の群。悪魔にとって先のない世界を濃霧に呑み込む事が、せめてもの古い獣に対する抵抗手段だった。不必要と切り捨てられる前に、古い獣が定着することで消滅する事を逃れられ、だが最後は獣の餌として消滅してしまう。灰が啓蒙されたオーバード・ウェポンも、そうした世界の業であった。
「オーバード・ウェポン―――……ふふふ、愉しみですな。貴方も愉しみで?」
「さぁ。しかし、個人的な感想としてましては、神域を手に入れた人間共の姿と言うものは、私が知っている神々よりも浅ましいものでして……はぁ、どうして中々ですよ。嘗ては欺瞞を尊ぶ神と、その教えに縛られた死ねる人間だけを軽蔑していた筈だったのですがね。
人間であろうとも、不死ではない者が太陽を簒奪する答えを見れたので、それはそれで充分な結果ではありました」
「ですが、貴方はこの人類史の業を模倣致しました。ならば、軽蔑以上に思う理念がお在りであったと言うことですな」
「それはこれからです。まずは燃やしてみなければ―――」
「―――また、そのような下らぬ事を。企み事を好む癖して、実は何も考えていないな?」
その主従の会話に、耐え切れないと教授は割り込んだ。このような人間的な会話など聞きたくもなかった。
「はい。取り敢えず、やってから考えてみる主義ですからね。善悪関係無く、人類の挑戦的姿勢は見習うべき考え方かと思います」
「貴様は……いえ、止めておこう。結果は見えている癖に、そうワクワクと子供のようにしているのを見ると、罵倒する気力も失せる」
「学術者とは、愚かな好奇が意志の活力ですから。子供並の好奇心がなくては、未知を暴く魅力に取り憑かれはしませんよ。
予想は立てていますし、そうなるのは把握もしていますが―――思い通りの結果を得た時、真理の開眼がソウルに啓蒙されるのですからねぇ……ふふふ」
「ほぉ。相変わらず下劣な思想ですな、マスター」
「すみませんね。この思想は絵画から抜け出す前から、原罪の探求者として元から持つものでして、この世界の人類の魂は全く関係ありません。業を魂に啓蒙して頂けたのは人類史に感謝致しますが、その業を向ける事も他の人理を救うことで許して貰いたいものです。
少数の死が全体の繁栄に繋がるのでしたら、歴史がその素晴しき人類愛を証明していることですからねぇ……―――ふふふ、下らない在り方ですが。
とは言え、だからこそ私の道程は運命に愛された英雄譚や神話のように、人理を運営する皆様の集合無意識が一生懸命に人命を清算し、ご都合主義的展開で道筋を整備して貰えるので有り難い話です。やりたい放題を人様の世で許して頂いている状態ですからね」
口ぶりと違い、灰は心の底から下らなそうに感謝を吐き捨てる。あらゆる命を無価値と考える灰にとって、人類が自分達で人命へ価値を勝手に観測し、選別し、剪定する在り方を只の一度も好ましく思った事はない。単純に、灰は自分の業探求に利用出来るから、自分の魂を利用されることを良しとしているだけに過ぎない。己が運命を誰かに遣われて良いと選んだのは自分のソウルであり、使命として果たすべき目的を持つ事はソウルにとって悪くない存在理由だと灰も理解している。
故に―――死ぬべきなら、死ねば良い。
不死になれない魂は、最期は必ず滅びるのだから仕方がない。
それでも繁栄と生存の為に、何が何でも生き延びようとするのであれば、やり方程度は灰の探求心の儘にしなければ最大限の魂を救い上げる事も不可能になってしまう。
「いやはや、それなりに嫌っておきながら、まるで全てを好んでいるような考え方を見せるものですから。この陳宮、中々に勘違いをしていました」
軍師は灰の嫌悪感が本物だと、ライン越しの感覚で把握する。数多の誰かの魂の塊である為か、それが本人の感情だった名残りか、奪って得た感情なのか、あやふやなソウルではあるが、そもそも灰の感情無き意志は一つきり。そう感じることを良しとするのは、灰の意志による取捨選択でしかない。
「本来は腐った絵画を焼く手伝いのつもりでしたが、全く……あの悪魔の希望のためとは言え、新たな魂の為の人理焼却を利用する羽目になるとは思いませんでした。
魔神の皆様には、逆にその事業を人間らしく裏から使うこととなり、申し訳ないと思っています」
虛の空いた心より、灰は謝罪する。教授は嘘のない言葉を受け、しかし人理焼却に興味を持つが、その後の世界に関心がない灰の人間性を嫌悪する。
人間ではなく魔神が願う理想郷など、灰ら人間にとって無価値であると彼女は瞳で語っていた。
「どちらでも良かった貴様が、我らに謝る義理はない。どうせ、我らの悲願である死の無い惑星の生物の魂も、サンプルに食す予定だったのだろう?」
「はい。そもそも、その魔神の設定で構築される新世界に興味はないですから。見届けましたら、貴殿方から教わった魔術基盤で平行世界を移動する予定でしたしね」
「何と言う様なのか。その不死性は、魂にとって失敗である。誰よりも強く在ることを虚しく感じたのは、貴様程度だよ」
「まさかです。弱い私の魂が、未だに求める業に届かないのが無様な在り方の正体です。強さの果てを見る為に、私は手に届く全てを利用して進化しなければならないだけです。
まぁ、もう好き嫌いの判断も消え失せましたが。レフさんも、こういう人間のカタチが嫌いなのですものね?」
「貴様と一緒にするな、灰。そも、それはそれとして足掻く姿を尊ぶのも貴様の思想だろうが」
「否定はしませんけど。いや、こうやって今も私は足掻いていますし、業の探求が人生ですものね。実際、人の魂に宿る原罪は探求し終えてしまいましたし、火も簒奪してしまいましたから」
「だが、その答えより更なる疑念が浮かぶのが貴様ら人間の罪科であろう?」
「勿論ですとも。故に、好奇は愚かな思索でもあるのです。その先にある業によって、人が更なる罪を犯すと理解しているのに。
まるで救われない自分達を罰して正してくれる何かを、必死に求めているようでしょう?」
「―――神か。無様だよ」
醜い生命体の群衆が望み、願われた
「ええ。だから人は―――神も、その業も、魂へと喰らうのです」
神に絶望した男の教え。灰にとって珍しく、ヒマラヤで邂逅したあの宗教家は本物だった。だが、それも灰を変えることはなく、しかし魂に響いた故、世界が霧散した後も忘れることは永遠にないのだろう。
「愚かな人間だよ。その様を晒すから、貴様は自分のサーヴァントに下劣と呼ばれる。正しく人間の業を使える者など、此処では暗い貴様しかいないと言うのに、その在り様を人類史に求めてどうすると言うのだ?」
「死ねぬと生き足掻けば、誰しも永遠に探求を――――いや、駄目でしたね。しかし、今は同類の愚か者が葦名には大勢いますから、人類史を無念に思う罪を背負う必要もありません」
思えば、本当に思う儘に計画は進んでくれている。灰は極限まで深い人間性の闇により、本当に貴い力である絶対的な幸運を有するが、因果律を歪めはすれど自由自在に操れる訳ではない。運命を強制出来るも、書き換える事は不可能だ。
そんな
フランスで強めた最初の火を持つ灰が、その簒奪者共と殺し合ってソウルを奪われることで火は伝播し、更に殺し合うことで全ての火が強まる。簒奪者は葦名特異点を密閉された壺代わりにし、誰もが死ねずに貪り合う最悪の蟲毒を常に行っている。
灰がローマで画策している最中も、数多の簒奪者らは何時も通りに殺し合い、ソウルを貪り合い、業を極め合い、闇は深まり、火は高まる。しかし、王の故郷が漂着するロスリックでは只の日常でしかない為、その状況を誰もが楽しみはすれ、疑念も感じずに苦しいと言う実感は皆無であった。
〝闇は深まるばかりですから……いやはや、無念など思う暇もありません”
その闇深き極性の幸運を、灰は全ての簒奪者から間借りしている。もはや特異点と言う不安定な世界なら、彼女がそう思うだけで因果律が歪み、こうしたいと求めるだけで未来への途が具現化することだろう。本来ならば、闇なき人理の世なら尚の事。
この兵器も、葦名で抑止力に召喚されたサーヴァントから奪い取った業を使えば容易いもの。いや、そもそもソウルを喰らうことで強くなる簒奪者を相手に、サーヴァントを送り込んだところで食餌にしかならず、実際に全ての火の簒奪者が技能を共有する始末。
葦名撃滅にカウンター召喚は逆効果であり、彼女らが殺したキャスターなどが保有する道具作成とは、簒奪者達からしても実に有能な
「偶然選んだだけですが、此処は実験に丁度良い街でした。既に兵器は地中に埋めてありまして、後はスイッチ一つだけです。しかし、あの日見た太陽の惨劇をこの手で再現する機会が来るとは思いませんでしたが、本当にカルデアは……いえ、恩恵を頂いた私が言える悔恨ではありませんでしたね。
なので、どうか……マリスビリーさん。この魂らの叫びが、貴方のレクイエムになることを願います」
「ほざけ。あの男が、そんな人間性を持つものか……」
「嫌ですね、レフさん。人間性から逃れられない故、魔術師は旧き故人の意志に縛られ、根源を渇望するのです。
ならば、その効率的悪行を良しとする精神こそ、人で在らん事を深めた非人道的人間性の証でもありましょう」
「マスター、真実であれば良いと言う訳ではありません。所詮、話す本人にのみ価値が分かる理屈など、魔術回路が無ければ動かぬガラクタでしかありますまい。
そんな事よりも―――見届けたい。
我ら古き戦士が戦い抜いた戦場より、更に進化したこの人類史の貴き成果を!」
「ええ。それでは、実験を始めましょうか―――」
そして一切の感慨もなく、手に持つ電波機器の非常用解除装置を解き、起動スイッチを押し込んだ。左手に悪魔殺しのデモンズソウルより錬成した最も古い獣の御守を握りながら、右手に持つ最新鋭の殺戮装置の“触媒”を起動させた。
普遍的精神性ならば禁忌とするそれに対し、灰は何の躊躇いも罪悪感もない。愛用する家電製品を利用する人々と変わらない態度で、日常の一動作と同様に終わりを始めてしまった。
「――――おぉ」
「っ―――……」
軍師は目を輝かせ、教授は視線を逸らすように帽子を深く被った。こんな光景をもう二度と見たくないから人理焼却を行った彼にとって、ある意味で人の世を焼いた獣に対する灰からの重罰であり、逆に軍師にとって人類史の兵器が如何程までに進化したのか肉眼で観測出来る最高の舞台であった。
……そんな冒涜的殺戮者とは関係なく、街には人の営みがあった。
今日と言う日に疑問を持たず、当たり前の生活を送る人々がいた筈だった。
此処が特異点であろうとも関係なく、今此処にいる人達にとってこの街での生活が人生だった――――なのに、熱が全てを燃え上がらせる。
「―――――――………」
周囲数kmを熱波が焼き吹き、燃やさずに蒸発していった。何kmも離れている筈の三人がいる丘にまで灼熱が届き、空気が一瞬で数千度まで熱せられる。肉体の殆んどが水分で出来ている人間が耐えられる訳がなく、灰の手で神秘が込められているのでサーヴァントだろうとエーテル全てが熱却処理され、魔力の残滓も残さず、魂が座に還ることも出来ずに消滅する程の悪夢である。
灰は、その熱い火の風を魔術一つで防ぎ切る。彼女の後ろにいる二人は、そよ風一つ当たらない。
簒奪者として暗い孔を持つ彼女であれば、巨人の王より暴いた術理―――反動の闇術は、本当に全てを遮断する暗い孔として機能した。文字通り、灰であれば己が闇によって魂さえも遮り、時空間を破壊する現象にさえ対応可能だろう。
〝……人のソウルが、死の灰に”
きのこ雲が一瞬で空高く昇り、天使の環が幾つもきのこの周りに浮かぶ。この世の何よりも、灰は白くて綺麗な茸が悍ましい。
これを思い付いた人類史が、汚らわしい。
繁栄の名の下に、人類愛に徹する社会が醜いと断じるしかない。
だが古い獣を狩る為の罪科を積み重ね、もはや絶対に後戻りは不可能となった。
カルデアの知識を使い、カルデアの目の前で、神秘の関わらない本当に唾棄すべき人類史の汚点を見せ付けた。
貴様達カルデアが助けようと足掻く人理も、皮一枚剥がして内臓を覗き込めば、この悲劇を繁栄として反転させて罪を愉しむ世界に過ぎないのだと。
灰は問答無用で獣狩りに、人類史の繁栄を喜ぶ悪しき人類愛さえも徹頭徹尾、利用し尽くすのだとオルガマリーに啓蒙した。人類悪など所詮、人類が克服した罪科でしかなく、これより更に積み上げられる普遍的な人類愛に押し潰される弱者に過ぎないのだと。
〝さて。焼かれたソウルの
けれど、これを二回も繰り返すとは……いえ、あの国の人間共からも業を学んだ私が言える話ではありませんか”
戦国時代より数百年後の葦名にて、神域と神秘の後始末と経過観測で日本に訪れた際、灰自身も第二次世界大戦の戦火に巻き込まれている。
だから―――見た。空襲で生きたまま焼け死ぬ人間も。
この人類史が辿り着いた最も強力な兵器による刹那の輝きと、人の作った太陽の炸裂を。
〝使わない手など全くありません。人の魂が至る全ての業を探求するのが私の使命であれば、人類史で最も破壊に優れた兵器も学ぶべき業。獣のソウルに人類史が有効かどうかは分かりませんが、誰かがやらなければ全てが消えてしまうだけの結末です。
あぁ……だけど、本当に果てには届きませんね。
我ら不死の暗い絵画から、こんなにも遠い世界にまで旅路を進めてしまいました”
灰は信条を持たないが、それでも古い獣を狩るのに最善は尽くさないといけない。そう自分に使命を科し、最短距離で駆け抜ける。必要ならば何でも幾らでも殺し、人の魂を無駄にすることを極端に嫌っている。大量虐殺を行うだけなら手段など幾らでもあるが、彼女とて人類史の業による殺戮は他の外道作業よりも乗り気ではない。この手で殺すのではなく、考えた策で殺すのでもなく、ボタンを押すだけで遠くにいる人々が機械的に殺される。
死ぬ事には変わりないのに、何故か灰として満たされない。
外気が安全になるまでの間、彼女は何も喋らずに“
〝こういうのは初めてでしたが……はぁ、私に為政者は向いてませんね”
古い獣狩りは世界を救うのに有益だが、灰は偽善者にはなれなかった。大勢の為に少数を殺す行いは人類の繁栄にとって善行だと汎人類史が証明しているも、灰はまた一歩人類が救われる道を進んだと言うのに一欠片も達成感がなかった。
悪行に罪悪感がないように、善行にも満足感はない。だが灰自身も含め、彼女の中の全てのソウルが、人類史の業を嫌悪していた。
「いや、実に良かったです。ソウルに対する熱処理実験は大成功です。焼かれた魂が如何なる反応をするのか見ておかなければ、いきなり古い獣を対象にすることも危険でしたから。
それに焼けたソウルが一度にこんなに沢山もあれば、様々なパターンの回収も可能でしょう」
しかし、灰にとってそんな感慨も総じて無価値。人の魂にとって、為すべきことを為すだけだ。悪魔の希望を叶える事が灰にとって最も迅速に進化する近道だと分かり、結果的に獣狩りが為され、灰の行いを誰も称賛することなく全ての魂が勝手に救われる。そもそも人理焼却には賛成も反対もせず、どうせ繰り返されるだけと理解している為か、世界一つ程度の終わり方に興味関心もないので、死ねる人間に個人的な思いを寄せることもなし。
本人も自身の罪を知る故に、人理の人間になど一切感謝される気にもならなかった。無論、罵倒を受けても弁解はしないだろう。尤も相手のソウルの在り様によっては、反応を愉しむ為に敢えて人道に対する説法を行う場合もあるのだが。
「――――おぉ……おおお、おおおおおおおおおおお!!!
何と言う、何と言う……これ程までに、兵器を進化させるとは人理は正気なのですか!!?」
彼の眼前には広がる光景は―――穴だった。何も無い虚だった。死んだ人の痕跡などなく、語るべき終わりの姿もなく、あっさりと全てが蒸発してしまっていた。
軍師に、その末路を描写する精神的余裕などない。
人類史最強の破壊力を持つと言われ、愉しみにしていた己の想像力の無さに吐き気がする。
これが、人の作った兵器であるなど信じたくは無い。神の精神を持たず、だが神のように人々を粉微塵に破壊する。人類種が同種の魂を持って平和に暮らす無辜の民に、繁栄を喜ぶ人間の精神を持った儘、こんな地獄を向けてしま得るようになったなど英霊として一欠片も信じたくなかった。
「はい。人理の英霊、陳宮公台。彼らは彼らなりの、健常なる精神で汎人類史を進めています」
「ならば、大国の戦争とは即ち滅亡ではありませんか!?」
「はい。ですので、現代だと小国をマネーゲームに使って戦争遊戯に耽っている状態です」
「馬鹿な……有り得ん。クソが、駄目だろう。
こんな様、我らの血が流れた戦場が―――ふざけている!!」
闇に祷られた儘、軍師は温かくも暗い涙を流した。灰の魔力が全身に融けた彼女のサーヴァントである彼は、もはや幾ら悲しくとも“人”の涙しか流せなくなっていた。
「悲しいことはありません。人間社会はこの様を見て、自国の繁栄だけを求める戦争が自滅因子だと気が付けたのですからね。
獣に焼かれてしまった現代ですと、人類滅亡に繋がらない国の土地で、程良く無辜の民が機械的に人命を数えながら虐殺されている程度には平和です。幸せな国の国民は貴族となり、不幸な国の国民が奴隷となり、国家間で貧富の差を敢えて作り、富める国の民衆が平和を望んで代表を決めます。そして、その国同士の話し合いで生贄になる国の人間達が、幸福を剪定されて死に絶える立派な世界です。
全くそれをふざけているなんて……その貴い平和に貢献した兵器の一つがこれですよ。
抑止力に召喚されれば汎人類史の為に戦い、人理の為に立ち上がる英霊である陳宮さんであれば、この在り方は喜ばしいものではないのですか?」
「こんな世界、確かに燃えてしまえば良いでしょう!」
「だから、獣に燃やされました。人間がそうやって繁栄した様に」
「クククク―――ッ……確かに。まこと、そのようで。
ははは、あははははははっはっはははははははははははははははは!!!!」
カルデアか、ビーストか、どちらでも灰は良かった。カルデアが人理を救おうとも、結末はそれでしかない。だから、どちらからも業を学んだだけだった。
「これが、この世に生きる人類史が辿り着いた人類の殺し方となります。陳宮さん、焼き滅ぼされた人類が作り出した星を焼く太陽の火が―――ただの、爆弾でした。大きいだけの火炎壺でした。
人は人を効率的に大量虐殺する為だけにここまで文明を進め、文明と言う殺戮宗教に魂を捧げました。そして、その技術は更に文明を豊かにし、人類種を繁栄させる立派な舞台装置に進化し、この星を殺す猛毒をばら撒きました。
この有り様で、この様なのです。
本質的に、星を貪り殺してでも人間は進化し続けます。
汎人類史を成立させる為に、人間はそう在らねば存在価値がない知性体となります。
ですので何処かの誰かがそんな知性生命体を、汚く、醜く、穢れ、無知蒙昧な下衆であり、文明と歴史に価値無しと断じるのも道理なのでしょう。
人間が人間の作った道具で多くの命を歴史の歩みとして焼き殺したように、繁栄のために燃やし貪ったように、全ての人々が同様に焼かれて、栄養源として素晴しい新たな世界に進化する為に滅ぼされるのも、結局は人間と言う存在価値を充分以上に満たす立派な最期です。
こんがりと人類史ごと焼かれ―――獣の餌になるのが、我ら人間の相応しい末路であったのかもしれません」
燃え上がる核融合の炎―――カルデアの火。
南極に立地する基地を運営する炉心の技術。
別名、水素爆弾。核分裂よりエネルギーを作り出す核爆弾を遥かに超える現代文明の結論であり、地上を焼き滅ぼすのに十分な火力と、生命体が生存する環境を破壊し尽くす不可視の猛毒である。
灰が得たカルデアの技術の一つが、これだった。人類社会にとって一般常識化した技術体系に過ぎないが、専門知識はまた別物であり、魔術さえ併用されたその最新技術となれば話は別。何事であれ学びを止められない灰は“知る”ことを永遠に諦めず、作り上げた己が業を試さずにもいられない。
戦火の業も同様だ。人を殺したいと願った人々と、そのような人間が作った国に住まう人々が、きっと灰の魂に素晴しい人間の業を啓蒙したのだろう。
「人の底無しの悪意―――……あぁ、だがそれこそ人間でしょう!
戦場に生きた戦士であり、軍師である私は、知略戦略で敵軍の悉くを殺戮しましたが……そこには、確かに人間として抱いた一つの意志がありました。英霊と言う来世の魂の素材となった生前の私から続く、誰かの命を奪ってでも届きたい渇望がありました。
しかし、我らが歩んだ戦場の果てがコレであるならば―――英雄など、もはや現代に無用!
英霊に存在価値など欠片もなく、神など住まう意味さえなく、神域が経済活動の延長線上に浮かび上がる貪欲なる世界。星の終焉を、全人類が殺し合うことで達成される未来予想図」
「ええ。まこと、その通りでしたよ。あのきのこ雲の下に、何万人もの人々が生活していました。何の意志も残す事も出来ず、命が蒸発し、魂が霧散していました。
二千年以上もこの世で私は生活していましたけれども……人の魂が、あのような真理を文明によって得られるのならば、果たして私が蔑んだ神とは何であったのか…………結局、魂など逝く着く先は同じ結論に過ぎないと分かっていましたが、あのような人造の権能まで作れるのに、尚も愉し気に人を殺す人間共の姿に失望も落胆もすることが出来なくなりました。
人の為に人が作った神になど我ら灰は興味などありません。
しかし、文明を作った意志は宗教を作った意志と差など何もなく、その魂が人の儘で在ろうとも、魂が産んだ人の力が権能や神域に届いてもまだ……いえ、自らが作った道具によって神の夢見心地へと堕落した儘で在るならば、やはりヒトは焼かれるのに相応しい薪なのです」
そんな自分のマスターが漏らした感傷を、サーヴァントは一笑する。
「まさか。良くもまぁ、そんな普通の感性を語れますね。貴女がこの世の邪悪を全て見た普通の人間でありましたら、そのような結論に至るのも仕方ありますまい。復讐を願い、憎悪に狂い、何故かどうしようもなく、良く理解も出来ない何かへと償いたくなるのも自然でしょう。
……だがマスター、それは貴女にとって戯言の真理でしかない。獣の理でしかない。
そも貴女では―――実感など出来ますまい!
我ら人間がそう在ることこそ、人間性に相応しいのだと、貴女だけは魂から理解しているのですから!」
所詮、人の魂が為す業。灰にとって、自分のソウルを鍛える業でしかない。故に、世界を汚すあらゆる悲劇が灰の魂を強める栄養となる。
「勿論、その通りですとも。どう転ぼうとも、人は人でした。この様に絶望して世界を滅ぼし、新世界に逃走するなど所詮は獣の業です。この様の儘に夢を抱いて今の世界を破壊し、希望の為に新世界を目指すのがこの世界に生存する人の証です。
自分達の救われなさに諦めない意志こそ―――人理の人間性です。
死んで死んで、死に続ければ、それだけで良いのです。死に続けられる世界を維持し、そこで無限に死を繰り返し、生きても死んでも救われないと理解した上で死に続け、人は人間を続け……その果てに、我ら呪われ人と同じ不死なる暗い魂に至る事が可能となりましょう」
「あぁ……ッ―――それでこそ、我が主に相応しい!」
軍師は感極まった。人は皆、こうなれると言う答えが目の前にあった。あらゆる絶望を人は踏破し、どんな罪科であろうと背負い続け、心が折れても魂を諦めない意志が其処には在った。
「ならば、所詮―――業です。人の全てが力に替わり、己が業になります。
ならば我が主よ………どうか永劫の果てまで、我らが人類史の業を極めなされよ。魂の死を踏破し尽くした永遠であるマスターであられば、この悲劇さえ貪り尽くし、他者の魂に感応して世界へ偽りの感動を覚え、されど自分自身には感傷も感情もなく力とするでしょう。
どうか、全てを己が業とするが良いでしょう。
人類万歳と私の魂は、貴女と言う暗き太陽に焼き尽くされましょう!」
軍師は暗い涙を流した。火によって焼け焦げた血が、太陽を啓蒙された瞳より流れ出てしまった。軍師は自分の技術を存分に使うべき主君が何処まで突き進めるのか見たくて生前は戦い抜き、だが英霊となったこの今の魂は人理に対する使命も覚え……しかし、それでも尚、今は灰に呼ばれたサーヴァントの一匹。
この業がもし永遠に生きる誰かに引き継がれ、この意志もまた永劫に継がれるならば―――と、軍師はこの灰に召喚された事を幸運だと思ってしまった。
魂の全てを肯定するならば、無価値で無意味な技術だとしても、学べば―――灰の為の業。
「ありがとうございます、陳宮さん」
そんなサーヴァントのソウルを全て理解し尽くした上で、灰は灰らしく微笑んだ。自分の感情が完璧に枯れた笑みであり、貪った誰かの魂を薪代わりに燃やして、自分以外の感情を何時も通りに偽った。
「どういたしまして、我が主。貴女に召喚された事そのものが、正に僥倖であるのです。
人々が殺し合いを営む戦場が行き着く進化の、その最果てを見れたのならば……私の技術が行った古い中華での殺戮もこの歴史の結論に行く着く為の一頁であるのだとすれば、命のやり取りを尊んだ我ら英雄も存在意義があったのでしょう」
そして軍師は、悲しそうな貌で大穴を見た。正しく生きる神だけが為せる神秘の光を、人間の文明が至った成果であった。
「しかし、文明が英雄を不要と切り捨てる程の、殺戮文明に至ったのならば……真の意味で、全力で殺し合える戦場が地上から消えたのと同義です。国家と国家が本気で殺し合えば、人類文明が滅ぶ程にブクブクと人間社会が超え太ったのなら、人と人のぶつかり合いなど経済演出の為の茶番劇へと堕落します。銭と資本は戦争運営の根幹でありましたが、そうだとしても戦い合うのは命同士であった筈。
成る程………―――我らは徹頭徹尾、人の世に不要となりましたか。
人理は英雄を切り捨てた果ての文明を、良き未来と選択しましたか。
だが、英雄の魂を素材に作り変えた英霊を、英雄を不要とした未来を守る為に……悪しき獣を狩り殺す為に、人類種はそうまでして生きることを渇望する訳ですか」
「はい。正しく、英雄など無用です。個人の業にもはや価値はありません。何時の世も人を動かすのは人でありましたが……人が人を辞めた末に至る英雄を、人は求める事もなく、それになる必要もなく人は人を動かせます。
ですので現代知識としてではなく、生の魂でこの様を見て貰いたかったのです。
私が見た人類史の太陽……輝ける星の炎……これ程の悲劇を、間違っていると否定出来ない人間共が作り上げた文明の救われなさを、どうか人理の英霊に一人だけでも実感して頂きたかったのです。
灰でしかない私では道理を理解は出来ても、獣の皆さんが味合わされたこの救われない無知蒙昧の有り様を、悪意と供に感じる事がどうしても出来ませんでしたから」
「はははは……ッ―――くく、ははははハハハハハハ!!
我が主がそう望むのであれば、私は存分に人理と文明を蔑みましょう!! なにせこの身こそ、今は獣の理を全うするだけの狗に過ぎないのですからなぁ!!!」
「はい。そして、貴方がカルデアの皆さんに殺された時―――そのソウルは、我が魂となります。故に今この瞬間、貴方が抱く絶望と失望も、世界から失われる事がない永遠の思い出となるのです。
だから、どうか心より怒って下さい。恨んで下さい。憎んで下さい。
貴方の魂が築き上げた業を永遠にしてしまう私を、どうか魂より呪って頂ければ幸いでありましょう」
「まさか、不要でありましょう。貴方の知識から剪定事象について知っておりますれば……汎人類史の人理から、英雄と言う機構が剪定されただけのことです。
我らを不要と切り捨てた文明の未来の為、貴女に召喚された私が貴女を恨むなど、どのような死に様であれ在り得ますまい!!」
「本当に、本当に―――有難う御座います。
陳宮公台、我が暗い従僕。戦場を愛した貴方でしたら、きっとこの絶望を戦火に焚べて、より大きなローマに燃え上げてくれることでしょう」
感謝を。灰はそう思ったのみ。実験も成功し、ただ良かったと考えただけだった。
「とのことで、レフさんもお付き合い頂いて感謝します。見せたかった結果を貴方に紹介出来ましたので、次の特異点からはカルデアを本格的に初手で滅殺しようかと考えています。
確か、海が舞台になると思われますし……ざっと海中に数百の核機雷を沈める為、どこぞの現代文明が特異点になった場所で生産工場でも作り、核兵器でも聖杯を利用して量産でもしてみようかと。孤島一つ一つに仕込むのも容易いですよ」
技術と資源がある場所に聖杯を送れば、特異点での行動など自由自在。究極的なまでな合理性とは、人道も人徳も燃え殻となった
教授は自分たち獣に残っている人間性の大切さを、灰を客観視することで理解する。
この女は自分の異常性も、合理性も、探求の道具として鍛え上げ続けている健常者なのだと。
「…………成る程。その手が、あったな。
我ら獣は汎人類史の業を心底より嫌悪しているが、適当に特異点を現代文明で作成すれば、大量殺戮兵器を違う特異点に運んで使用可能になる」
「はい。この出来栄えですから、任せて下さい。葦名では幾らサーヴァントの技能を簒奪して作成を試みても、材料やら施設やらで、量産には向きませんからねぇ」
「殺すのに、サーヴァントなど無用であったか。いや……だが、英雄が無用であると答えを魔術世界に啓蒙したのは、そもそも汎人類史の人理そのものだ。
火の無い灰、アン・ディール。暗い人間の最果てよ。
貴様が此方に付いた時点で、如何足掻いてもカルデアに勝機は最初から無かった訳だ」
「暗い魂の血がヤーナムに流れ、その上位者を更に私が喰らい……このソウルも
啓蒙的思索と言うある種の論理的第六感覚ではありますが、こう言う使い方も出来るのです」
「自分で蒔いた種が成長するのを待ち、自分で収穫して業として探求する。その闇が深い思索の業が相手であれば、人類愛でもある我ら獣が敵わないのも肯ける」
「とは言え、カルデアが人類史の業で消えるかは、所長の選択次第ですがね。彼女ももう、カルデアに次がない事を啓蒙されていることですから」
既に、灰はローマでの仕事を終えている。残っているのは、自分が魂を救ってしまった暗帝に対する責任。灰個人として全うすべき責務のみ。
何より、その気になれば兵器一つを秘匿した状態で灰はカルデアに転送可能。
獣がカルデアの場所を探れないからと、この灰も探れないと考えるのは早計。
アッシュ・ワンは、それを理解出来ない所長ではないことも知っている。最初から灰の思惑が外れる異常事態はなく、彼女の思う儘に事は進んでいる。
「だから、急がないといけませんよ―――オルガマリー・アニムスフィア」
数多の世界を滅ぼしたデモンズソウルに啓蒙されたダークソウルに、濃霧に呑まれたあらゆる人の業が積み重なってしまった。神秘も技術も、既に灰は解明し尽くしてしまった。思う儘、求める儘、だがまだまだ探求には届かないと。
そんな灰の渇望に応えられる不死は、この世界ではもう一人しかいなかった。
型月世界の現代に英雄が不要となるのは、誰もが世界を滅ぼせたり、それを誰でも阻止出来たりとあるのですが、やっぱり戦場で戦果を上げることに何の意味もない経済社会になったのも理由なんじゃないかとも考えています。なので英雄であるサーヴァントにそもそも戦場で生きた英雄が、こんな殺戮兵器で用済みになって英雄と言う機構が汎人類史の文明に剪定されたと見せた場合、その人理の英霊のソウルがどう反応するのか観測したかったと言うのが灰の探求心だったりもします。
原罪の探求者である灰は、ぶっちゃけソウルの業だけに拘っていませんので、魔術の神秘と同様に汎人類史の業を何でもかんでも修得していまして、不死の思考回路と同時にサイコパスな合理性も持っています。何がどうなるか探求し尽くさないと分からないと、不死を良い事に何でもかんでも知識を取り入れ、時間があれば鍛えている女です。そもそも特異点を作成出来るなら、現代兵器工場でもある場所を特異点にし、そこの兵器を他の特異点に運び、使えば良いじゃんとが切嗣並の掟破りな事も平然と考えます。その前に自分の火を簒奪した暗い魂を進化させる探求が大前提ですので、そろそろ古い獣狩りに用済みだし、カルデアを皆殺しにしても所長は生き残るし、結局は所長が居れば人類悪の獣狩りは全うされるのも分かっているので、どっちでも良かったりしますが、取り敢えず行動する派なのでカルデアにとって傍迷惑な不死ではあります。