取り敢えずの問題は解決した。今の段階で解決可能だった問題についてだけではあるが。
中でもカルデアのコフィンで眠る危篤状態のマスターたちは直ぐ様に冷凍保存し、延命することが何とか出来てはいる。レイシフトしたメンバーの使われた魔力の補充も霊脈から行い、付いた傷も癒し、互いに現状も把握した。
「うーん、盾ね、盾。大盾。これが盾の英霊、シールダーってそう言うことなのね。体もスキルも盾相応に頑丈と。
―――……成る程。良いわね。
私のパピーが態々マシュのデミ先英霊に彼を選ぶ訳よね。
英霊との相性も親子レベルでピッタリだし、サーヴァント化の負担も理論値以内。身体機能の向上も過不足なく、マシュの肉体に適した数値と」
「あ、あの……えっと所長?」
「ん? 何?」
「その……いえ、何でも有りません」
マシュの体をベタベタと触りつつ、うんうんと所長は頷いている。ロマニの代わりに所長はマシュを検診し、悪いところがないか調べていた。
こうは言いたくないが、結果は異常。何時ものマシュと違って頗る健康だ。まるで、先の寿命を前借りした様な状態。肉体の健康さに反比例して、霊体の方はもう導火線に火が灯っている。死にそうなのではなく、もはや確実に死ぬしかない。眼前の危機に足掻く程、終わりの死に近づくチキンレースとなった。これでは時限爆弾と変わらないだろう。とは言え、想定通りなので、ファースト・オーダーには問題ない。結局の所、このまま任務を続けるしかない。
所長はその結果をロマニ以外に黙っておいた。彼女の主治医はロマニ・アーキマンであり、余計な横槍は趣味でなし。患者へ何を告げるのか、決めるのは彼の仕事であった。
「成る程。シールダーですか。ええ、やっぱり戦いに盾を持たないとか、舐めプ過ぎますものね。良いクラスですよね、シールダー」
その表情をマシュは見たことがなかった。芸術作品を楽しむ画家のようでいて、あるいは玩具を横取りしたい悪ガキのように、ディールはマシュが持つ大盾を見詰めていた。
「え、でも所詮は盾でしょ。さっきのバーサーカーみたいな獣が相手じゃ、そのまま押し潰されて終わりじゃないの?
やっぱり攻撃は避けるのが一番よ」
「―――は?」
急にマジギレモードになるディール。情緒不安定と言うより、確固たる信念を穢された戦士の如き気迫である。だがしかし、相手の地雷を明らかに踏み抜いたと言うのに、所長は全く動じず。彼女はちょっとメンタルが強過ぎた。
「え、いや。え? 何を言っているのですか?
戦場では盾こそ命綱ですよ。強靭なる守りは相手が何者であれ、その身を城壁に作り変えるものですから」
「何言ってるのよ。盾なんかで防ぐ位なら、銃で零距離射撃した方が戦術的じゃない。直ぐにカウンターで攻撃も出来るものね」
「ふふふふ。可笑しな所長、先程のバーサーカーのような相手でしたら、銃なんて効かないでしょう。受けて、避けてのバランスが大事なんですよ?」
「えー、効くようにすれば良いだけじゃない。触媒で色々強化すればね、Aランク宝具並の貫通力程度ならば、まぁそこまで難しい魔術じゃないわ。魔力はカルデアから補給されているんだし」
「いやいや。それでしたら、それこそ攻撃を盾で逸らせば良いだけじゃないですか。まぁ私でしたら素手で弾き流せますけど、それでも盾を使えば確実ってモノですから」
「はははは。不思議なディール。あの暴力の受け弾きなんて技、私の忍びだから出来る技巧なのよ?」
「嫌ですね。そもそも、一手で受け流せば良いんですよ。連続的に命を晒すなんてこと、私は余りしたくはないですね」
「「………………」」
「ス、ストップですストップ!! お二人共、ヒートアップしないで下さい!?」
自分の凄く格好良いナイトシールドの所為で、上司と同僚が喧嘩を始めてしまった。マシュに責任など皆無だが、それでも負い目を感じる責任感の強さが彼女らしいのだろう。
「いやね、マシュ。私はカルデア所長よ、ただ部下の話を上司として聞いていただけよ」
「そうですよ、マシュさん。別に私は何とも思っていませんから……ええ、本当に何とも」
「ほ、本当ですか……?」
「「本当本当」」
「そうですか。良かったです……!」
『…………そういうの、どうかとボクは思いますよ。そこのお二人さん』
自己紹介と情報交換。そのどちらも終えた皆は、外側から視線を遮ることが出来る廃校舎で休憩時間を過ごしていた。まだまだ設備復旧が終わらないカルデアも、特異点F修復終盤に入る訳にもいかず、緊急事態に対応出来ない可能性がとても高い。またキャスターも他のサーヴァントを殺すのに魔力をそれなりに消耗していた。だが、今はもう問題はない。
理由は分からない。原因も未だ不明。何故か、この特異点Fでは神代に近い魔力濃度である。豊富な太源に満ちた隔離空間であり、キャスターはサーヴァントではあるが、太源から魔力を吸い込んで自己回復が出来る状態にある。その上で、藤丸立香とキャスターは仮契約を結んでいる。現世と強い楔を持てたため、キャスターも回復に専念出来る訳であった。
「……はぁ」
一呼吸を吐く程度には一段落。藤丸は色々と溜まった心底の澱を、溜め息にして吐き出した。
「溜め息なんてついてよ、どうしたんだ坊主?」
静かな空間にて、座り込む立香へキャスターのサーヴァント―――クー・フーリンが声を掛けた。それは不安の余り思わず漏れ出た音であり、誰かに聞こえてしまった。その声が勇気も戦意もない心折れた腑抜けならば、面倒なのでキャスターも聞こえない振りもしようが、この男は恐怖心を抱いたまま生きる為に足掻く人間性を持つ。
そんな懸命さから漏れ出る不安ならば、キャスターはその不安を解消する手間は惜しまない。こう言うのは、そもそも話を聞いて貰えるだけで心理面も整理整頓され、これから挑む死闘に悔いなく没頭も出来るというものだ。
「色々とあったから、ちょっと心が追い付かなくて。本当、何もかもが初めてだからさ」
「成る程、初陣か……ってなると、人死にも初体験か?」
「はい……」
命有る者は、死ぬ。人はどうしようもなく、ただただ死ぬのだ。家族と笑い合っていても死に、恋人と共に居ても死に、友人に囲まれていても死ぬ。そして、寿命を迎えて死ぬ。そんな絶対に来る死を、彼は生まれて初めて実感した。
死ぬのが怖い。これもまた、初めての感情だ。藤丸立香にとって、死の恐怖なんてただのフィクションに過ぎなかった。しかし、それが目の前で現実の出来事となってしまった。
もはや、生き足掻く以外に生きる術はない。生へ渇望を抱く意志がなくば、あの鎌使いが見詰めて出来上がる石ころのように葬られるだけ。
「……俺は、無力な今の俺は何をすべきなのか。やるべき事をドクターから言われても、それは人としての責務に過ぎない。
けれど―――すべき事が分からないんです。
何かをしないとと思っているけれど、思うだけに留まってしまって……―――」
言われたのは、生きろと言う一点。死なない事が最も重要なのだと、それは分かっている。分かっているが、その生きる為にすべき事が自分には有る筈であり、出来る事を見付けなくてはならない。つまるところ、藤丸立香にとってこの現状こそ、正に生き地獄である。
ただの人間が、首元に死神の鎌を添えられたまま、ただただ生きろと言われているのだ。
何もしない事など出来ようか。例えそれが最善なのだとしても、生き地獄で呼吸をするにはまだまだ彼は若過ぎる。
戦いをサーヴァントに任せるマスターと言う立場。
無力な人間がそんな立場に陥り、戦場で立たされるなど狂気さえ生易しい。何時自分に死が落ちて来るかまるで分からないギロチンや電気椅子に、ずっと目隠しされて拘束されているのと何も変わらない。これを真っ当な精神性でやり続けろと言う人間がいるならば、脳味噌が腐れ膿んだ蛞蝓に過ぎず、誰の心も理解出来ないイカれた異常者であり、その人間こそ人外の鬼畜生となろう。ロマニはそれが分かっているから、何も言いたくなかった。しかし、藤丸立香の生命を守る為に言わざるをえなかった。彼は人の為ならば、鬼となれる人だった。
そして、これが続くならば―――人は、狂わずにはいられない。
戦う手段を一切持たされず、生きる意志のみを胸に抱き、命を賭した戦いを続けれるモノではないのだから。
「なんだ、じゃ話は簡単だぜ?」
「――え?」
「まずは生きろ。この地獄を生き抜け、坊主。何を為すにも、何かを為そうとするのにも、それが出来なきゃ悩めもしねぇからな」
「でも、それじゃあ……それじゃ、駄目なんだ。駄目になりそうなんだ」
「―――……ああ、分かってるさ。此処に居るヤツは、その気持ちを分かっている。
中には分かった上で何も想わない腐った外道も居るにゃ居るが、そいつもそいつなりに要の坊主を気遣っている。けれどよ、それでも生きるのさ」
「生きる……―――俺、が?」
「ああ。アンタが、だ。
……そのなんだ、オレも英雄と呼ばれた戦士。戦いは好きだし、殺し合いは得意分野だ。別に頼ったって構いやしねぇぜ?」
「生きる為に、頼る……でも―――」
マシュに守られている。その実感があり、それが彼が自分の命を握り締める一本しかない綱である。生きるには誰かを頼るしかなく、そして頼った誰かを死地で戦わせると言うことだ。
焦りしか、ない。
あの少女を傍から見る事しか出来ないなんて、それこそ生き地獄。でも―――
「―――ああ。頼るだけじゃあ、生き残れやしねぇ。それが戦場ってモンだ。
でもよ、それをどうするのかばかりは、やっぱ坊主が死に物狂いに生きなきゃ手に入らねぇものだ。オレのそれを言葉にしたところで、アンタには意味がないしな。
んでよぉ……そこの、アサシン。アンタも何か、坊主に言いたそうにしているが?」
「……俺が、か?」
「おうよ。気にしてるって顔、すげぇ浮かべてるぜ」
「むぅ…………そうか……」
忍びは、そも言葉を受けて熟達の忍びになった訳ではない。殺し合いで業を覚え、殺して技を得た。師の教えはあれど、それは絶対の掟。その掟を言葉にする事は実に容易いが、それはクー・フーリンが言った通り、悩める藤丸立香には意味がない。となれば、そのまま思ったことを口にすれば良いのだろう。
「藤丸殿。我ら忍びは……背負う者。しかし……お主も、背負う業を持つやも知れぬ」
忍びは―――いや、人間に過ぎなかった狼は、そう決めて忍びと名乗る。背負うべき業を背負い続ける。それは自らが定めた掟以前の意志である。そして背負うことから逃れるには、死あるのみ。そして、死んだ者の業も背負い、薄井の忍びは只人には見えぬ浮かぶ形代として死者の業を得る。
故に、狼は全ての死を背負った。
掟を貫く忍びの意志は、そう在らねばまず得ることはないのだ。
「だが……自分で、それは決められよ」
「それは、どうして……?」
「自らを縛る掟は、自ら選ぶのだ……人として、そう在れ」
「ハ―――ハハハハハハ!!
そりゃそうだよなぁ、アサシン。全く以ってアンタの言う通りだぜ。我らケルトの戦士も同じだ。生きる為に戦うにしても、その生きる理由がきっちりなけりゃな?
死にそうなら誰だって、まずは生きる為に戦い抜くもんだ。
そこから更に這い上がろうってんなら、自分で決めるのが一番ってことだよな」
「………そうか」
「んだよ、アンタ。自分で言ったことだってのに、自信なさげだぜ?」
「功徳は積むも……俺は、人徳を得ぬ。正しさなど……――有り得ぬ」
「は――――!
なに言ってやがる。んなことは、オレだって同じさ。ゲッシュを誓って戦士の信条ばかり貫き、他は何でもかんでも蔑ろにし続けた。自分がそれで死ぬのもどうでも良かった戦狂いだ。けどよ……ま、良いじゃねぇの。他に道なんて無かった口なんだろう?
アンタもオレも正しさを、正しいなんて思う程、殊勝なヤツに育てられた訳じゃないんだからな」
とは言え、子供時代のクー・フーリンをまともに教育出来る大人など、そもいなかったのだが。正味な話、自分流で自分勝手に成長した男である。影の国にて師匠と出会いもしたが、教育者と言う柄には程遠い腐った魂の持ち主であり、見習う所も反面教師とするべき所も多い人……と言うより、生きた女神であった。
生前を思い返せば、積もる思い出も二十数年分。
命短く駆け抜けた人生は、本当にアッと言う間だったのだろう。
「む……」
「はっはっはっはっは! 暗殺者なのに、嘘を吐きたくねぇってダンマリか。その境地に至ってるつーのに、存外まともな精神なのな、アンタ」
「…………」
正直な話、二人の話は参考にはなったが、何かを決意するまでには至らなかった。立香にとって、やはり直ぐ様に何かが変わるような事はまるでなく、只人としてコツコツと何かを積み上げる事で手に入る志が、彼が生きる意志の核となるのだろう。
「……それじゃあ、参考までになんだけど、何をすれば良いと思います?」
なので、この質問は不意に出てしまったもの。
「そりゃあ、まずは鍛えるんだな」
「……ああ」
「え、筋トレ?」
「それだぜ」
「まずは、藤丸殿……その血肉、鍛えられよ。生きる意志も、自然と湧き出よう」
「万国共通の鉄則だもんな。戦士なら、自分の肉体に自信を持つもんだし、鍛え抜けば愛着も湧く。体が心に追い付かなけりゃどんな危機も、それがなきゃ死ぬのが道理ってもんさ。
……なので、そうする為にもよ、話は最初に戻るが生きなきゃなんねーってこった」
「―――成る程。まずは、筋肉。意志も湧くか」
啓蒙が花開く。狩人のそれとは違うが、やはり無知の精神からは程遠いもの。白痴では生きたいと願う意志も抱けぬものだ。
『皆、英霊召喚の準備が整ったよ!!』
しかし、立香の思考もそれで途切れた。ロマニの声を聞いたことで、彼の意識もこの現状に集中される。
『いやぁ助かりましたよ、所長』
「当然よ。私ってば、カルデア所長なの。この程度の術式、もっと良い感じに改造済みよ」
準備万端と言う訳ではないが、一通り召喚準備は整う。異常なまで優れた魔術師である所長がいることで、マシュの大盾を触媒にすれば、この特異点限定で英霊召喚が行える魔法陣が血液と魔力で描かれた。これで人理崩壊に対するカウンターとしてサーヴァント召喚がこれから可能となる。だが召喚は、一回が限定だ。リソースがまだまだ不足している今、準備出来たのも緊急用即席術式に過ぎず、召喚者にも負担が大きく掛ってしまう。
となれば、召喚する人物は一人しかいない。サーヴァントと契約しておらず、そもそも最初からサーヴァントを現地で召喚する予定だった者。
「では、ドクターさん。私の方も準備万端です」
ドバドバ、と血を流したのに一瞬で治癒し切った所長を白けた目で見つつ、アン・ディールはロマニに返答する。魔力は十分溜まっており、後は呪文を告げるだけで良い。既に呪文は“記憶”されており、何時でも万全に詠唱可能。今直ぐにでも唱えてしまえば、その魂と相性の良い魂を持つ英霊を呼び出せてしまうことだろう。
ただ彼女はこうも思うのだ―――呪文を告げねば霊も呼べぬとは不便よなぁ、と。
殺し合いの最中、彼方から仲間を呼び続ける哀れな召喚師を、その仲間の目の前で殺戮する悦びを思い出しつつ、ディールは脳に保管した呪文を思い返した。
『こっちはオーケー。所長の方は?』
「大丈夫よ、問題ないわ。やって良いわよ、ディール」
「ええ。分かりました。では―――」
ロマニと所長の言葉を聞き、他者から自分の霊体へ喰らい奪った後天的“魔術回路”を起動させる。アン・ディールにはそもそも霊体に魔術回路など存在しないが、必要となれば誰かの魂から奪い取れば良いだけの話。彼女にとって、この世界の魔術と言う神秘文明は実に面白く、最初は探求者として魂が疼いたもの。けれども、それもとことん研究し尽くせば、行き着く所はどんな場所だろうと変わらぬのだが。
普遍的な魔術師からすれば、喰らって回路を増築するこの女は神以上の魔神だろう。
だが別段、アン・ディールが暮らしていた国では珍しいことではない。人間は人間の魂を喰らい、自らの魂を思う儘に暗く深化させる渇望の闇を備えた生き物。認識してしまえば、光となって開いた口へ吸い込まれるのも自然な現象だ。
「―――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が火継ぎアン・ディール。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
今はそう名乗る
しかし、だからこそ、その探求者が届いた火を彼女は継いだ。
最初の火などに価値を見出せず、闇の世に答えを求めず、因果を探す為に炉を去った。聖職者に生まれた女の亡者は、旅路の終わりに残った最後のその一つを諦められなかった。
「
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。
――――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
そんな女が、求める者。英霊などとは嗤わせる。嘗て、腐っているからと描かれた世界を焼いて滅ぼした亡者が、聖杯などに願うものか。寄る辺など、あるものか。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
されど汝はその血に暗い魂を宿らせるべし。汝、人間の檻に囚われし者。我はその因果を澱ませ沈める者―――」
求めるは、貪り続けたソウルに他ならない。英霊の座と言う神秘有る世界ならば、その中に居る可能性があった。彼女が世界に蒔いた種を引き継ぎ、何かを成して座へ昇った者が。あるいは、反英雄として強引に召された者が。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
光る。回る。魔法陣が、何かを讃えるように光り回った。マシュ・キリエライトに力を貸す英霊の宝具は、為すべきことを為し、今この場に彼方の誰かへ呼び掛ける触媒となったのだ。
「―――あぁ。まさか、悪夢に召した私を呼ぶ者がいようとは」
茫然と、男はそれだけを呟いた。とても静かな声だと言うのに、静まり返った室内には良く響く。英霊の座と似て非なる外側の異界にて、門を開く“彼方からの呼びかけ”を男は確かに聞いたのだ。だから、その男は女の前に呼び出され、まるで人間のような形を無理矢理に強いられている。
―――獣のような、歪で希薄な存在感。
そんな男は自分の内側から湧き出る使命感に戸惑い、だが酔い痴れる。
狩り殺され、討ち捨てられ、あの悪夢に融けて死んだ自分を呼び出すような事など、この世に存在することが有り得ない。いるとなれば、それこそあの悪夢だけの筈。だが、分かるのだ。この女は我らの上位者よりも尚、深い宇宙の深淵より来た存在であると。男はそう考え、あの悪夢さえ焼き滅ぼす何かを持つヒトが、遂に夢を諦めぬ我ら探求者を呼び出したと信じてしまった。
「はい。私が貴方を此処へ呼んだのです」
「成る程……―――確かに。
その知識を今し方、我が脳へ啓蒙されたぞ。しかし、あれこそ正に彼方からの呼びかけ……か」
笑っているのだろう。黒いフードを深く被る男は肩を揺らし、寒気がする敵意でも殺意でもない邪気が、少しずつ漏れ出している。
「あら、どうされましたか?」
「いや、なに。自分で開発した術にも似たようなものがあってな。まぁ、此方から呼びかけるばかりの失敗品を、無理に再利用したものに過ぎなかったが……」
懐かしみ、省みて、生の実感を味わい……――いや、そうなのだろう。懐かしいなどと、そう思い浮かべるだけの人間性を、彼はずっと喰い殺されていた。悪夢の赤子に囁かれた老いた泣き声が、心を狂わせる獣性が脳の瞳を曇らせていた。
つまり、それを晴らす太陽のような女。
悪夢を呵責なく焼き払う程の暗い火の光が、呼び出された従者として繋がった
「……いや、すまない。
これがサーヴァントになると言うことか、なるほど。少しばかり、感傷的になってしまったよ」
まるで、その光景は女王に跪く下僕のようであった。黒い法衣を纏う男は、神を崇める信仰者のように、悪夢を彷徨う狂信者のように、アン・ディールに頭を垂れた。
サーヴァント―――その名の通り、従僕だ。
黒い男は死して悪夢に目覚め、悪夢で殺され眠りに落ち、こうしてまた人に立ち戻った。嘗てのように、
「我が名は、ローレンス。
悪夢に朽ちた身、我が主のお好きなように」
堪え切れぬと笑った声が、空気を振わせた。嘗てそうだったように、悪夢より夢の住人は降りて来る。しかし、この邂逅も必然である。
何故ならば―――宇宙は空にあるのだから。
「ええ。こちらこそ、私のアルターエゴ―――ローレンス」
アン・ディールは喜んだ。
暗い魂の血が、その血に宿る人間性の意志が、ローレンスを祝福していた。
婦長さん、イラストが美人過ぎるサンタ様だった。嬉しい。しかし、蛇腹剣は浪漫武器ですよね。浪漫聖騎士集団のシャルルマーニュ十二勇士が使っていない訳がない。
後、皆大好きローレンス登場です。
一般的には、医療教会を作り上げた開祖の聖人君子です。所業として古都を実質支配した地方新興宗教の支配者でありましたが、彼こそヤーナムの悲劇全ての元凶にして、正体は腐れ外道が腐って死ぬレベルのマキシマム狂人。学び舎で血液由来の力を見出して狩人を作り出し、教会設立後は何も説明せず志願者の一般人に上位者の血液を流して狩人を量産し、嘘吐いて輸血が病の予防になるとか言い、普通の一般市民も実験に使います。オドンが人間の女性を相手に赤子を孕ませ易いよう、血の聖女として人類種の品種改良もする立派な聖職者です。また実験棟では人間の頭を瞳の苗床にするべく大きくしつつ、赤子が産める女性患者にゴースの虫を子宮に注ぎ、眷属の赤子を孕ませて出産させていたあたり、察して下さい。しかも、生ませた赤子が瞳がない無頭児だからと失敗作呼ばわりし、でも秘儀開発にリサイクルするかと開き直るヤバさです。殺した上位者を材料にし、自分が作った眷属さえも実験材料ですね。また孤児院の経営もするボランティア精神溢れる健常者でして、誘拐とかしなくとも実験材料は自分が流行らせた獣の病で両親を失った多くの子供を合法的にゲットして皆ハッピー。そのヤーナム的健全な神秘学者観点から、彼はマシュとか大好きです。逃げて。ビルゲンワースにはロクな奴がいませんね。
しかしフロム、相変わらず登場する狂人がエゲツないですよね。
後、タイトルの人理への呼びかけは失敗しました。明後日の方向の、悪夢への呼びかけとなりました。