血液由来の所長   作:サイトー

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 少しだけ、性的にセンシティブな内容がありますので注意して下さい。百合っぽいかなぁ……と、思います。直接的な行為は全く無ないので問題ないとは思いますが。青年誌な18禁にはならない程度の表現ではありますが、苦手でしたら後半を飛ばして下さい。
 しかし、青年誌も中々にエロ本より過激ですからね。FGOの妖精編で、ベルセルクの妖精編をまた読みたくなりましたが、凄い天才じゃないと描けない物語ですよね。人間ごっこ、とか単語の表現が的確過ぎて好きです。大人攻撃とか、良く妖精(もどき)さん同士で遊んでるのを思い付けるなぁと。
 ブリテンの妖精は何と言うか、一部を除き、自分の生涯に純真で子供っぽいんですよね。人間ごっこをエンジョイ&エキサイティングしてる雰囲気で良かったです。人間以外にあんな風に楽しめるなら、確かに化け物としか言えないです。


啓蒙55:囚われの戦闘王

 孔明とアレキサンダーが基地に帰還した瞬間、聡明な筈の軍師は凄まじく表情を歪めさせて叫んだ。出来れば、二度と会いたくないと思っていた狂女と不意打ち的に再開し、魔術世界の狭さに思いっ切り絶望した。何かの因果で特異点に擬似サーヴァントとして召喚されると言う奇天烈摩訶不思議な事件に巻き込まれた上、自分の魔術工房がある南極に行って時計塔で遭遇する事がない筈の魔術師なのに、何故その女が目の前にいるのか。

 彼は、聡明な天才軍師の頭脳でも理解出来ない現実に混乱中。眼前の光景に一切納得出来ず、ならばもうはや叫ぶしか選択肢は残されていなかった。

 

「ゲェ……ッ―――オルガマリー・アニムスフィア!!

 クソッタレめ! 何故なんだ! 意味が分からん!! 

 運命は死んだ! 神も死んだ! むしろ死に腐れ!!

 カルデア云々を抑止力の情報で召喚時に知らされた時は嫌な予感しかしなかったが、まさかこの姿になって、特異点でさえお前に会う破目になろうとは!?」

 

「あらあら、まぁまぁ。魔術世界の運命は巡るのが常だけど、何と言う事かしら。

 お久しぶりねぇ……―――エルメロイ二世。美少女趣味のロリコン野郎。まさかまさかのサーヴァントになってまでアニムスフィアの事業に協力して貰えるなんて、時計塔のロードとして嬉しい限りね」

 

「サノバヴィッチ!! マザーファッカー!!」

 

「時計塔で一番抱かれたいとモテまくってるのに、血質低過ぎて赤子はノーサンキューされちゃう先生にそこまで褒められるなんて。

 オルガマリーはぁ、本当にぃ、腸がハミ出る程に超嬉しいみたいな?」

 

「やめろ、その顔で笑うな。近付くな。クソ、鳥肌が立つ」

 

「そういうの、ぶっちゃけ今は良いから―――協力、してくれるよね?」

 

「―――ッ……!」

 

 心の底から恐怖する貌とは、正に孔明の今の表情であるのだろう。

 

「あれ、先生。彼女、知り合い?」

 

「近付くな、アレキサンダー。あの女はな、ちょっくら地下潜るとかほざいた数日後に、時計塔への手土産に死んだ神の首を持って来る狂魔術学者だぞ。私も見るだけ見たが、あんな見るだけで感性の鋭い魔術師を発狂させた扁桃型の頭の生物なぞ、何処の神話形態なのかさっぱりだったぞ。

 それをあの地下奥深くから持って来るとは、本気で意味が分からない人間辞めた化け物なんだぞ!

 しかも―――なんだ、その……私は霊基を得てサーヴァントになった筈なのだが、何でお前の方が遥かに強い?」

 

 もう神の首は時計塔から消えてしまったが、通称―――アミグダラの頭蓋骨。

 所長個人の偉業の一つ。どの神話に記された神秘なのか分からず、だが現実を容易く歪める神性が凝固していたのと、凄まじい呪詛が零れ落ち続けている事から、善神でも悪神でもない神性として邪神の遺物と呼ばれていた何かであった。

 

「向こう側で何か落ちてたから、偶然拾った神の首を協会に渡しただけだからね。見たかった真理は啓蒙されたし、神の頭蓋とか別に私は要らなかったし。

 それと強いのは鍛えたからよ。探索大好きな地底人稼業は、そもそも私は病み付きですし?」

 

 その頭蓋によって地上に呪詛が向こう側より持ち込まれ、更にとある封印指定の魔術師がそれを強奪したことで獣血教会を名乗る学術集団を立ち上げ、とある田舎の村落が異界常識に呑み込まれて廃村になった騒ぎがあったのだが、オルガマリーが当主になってからアニムスフィア絡みの事件はそれなりに起きており、その事件さえロード関連の限られた魔術師しか知らない真実。

 はっきり言って地下の神域を暴けばどうなるかなど、ヤーナムの惨状が未来のロンドンが辿る姿を証明している。行き過ぎれば剪定事象に選ばれるだろう未来の一つを見た所長は手早く時計塔に、時代と共に魔術が廃れるよりも遥かに危険な、本当の魔術世界の滅びを最低限の犠牲で魔術協会にこれでも善意で啓蒙しただけだったのだが、結果として他の魔術師を恐怖のどん底に叩き落としただけ。

 しかし、無理にでも所長が神性の生首を持って来た理由がある。

 邪神の正体、それは憐れなる落し子―――アメンドーズだった。

 時計塔の遥か地下で、何故か上位者が他の知性体の意志を素材に悪夢を創造し、霊長以上の知性によって繁栄しており、時計塔に警句として持って来る必要がロードの一族として彼女にはあった。

 当時の所長は知らない啓蒙的思索の記録であるが、実は獣の苗床を探す悪魔が古都を訪れた際、残留する濃霧が偶然にも門となり、ヤーナムの悪夢から漏れ出た一柱がいた。その上位者は向こう側で妖精や幻想種を発狂死させ、捕食し、繰り返し貪り、邪神となり、数を増やし、自分達の悪夢である失楽園の使徒として領域を広げている状況となっており……この星も、厄介な者共に内側から寄生されているようだった。所長が向こう側に行かなければ、ヤーナムの二次被害で手遅れになっており、密かに世界滅亡の危機を救っている事件でもあった。

 

「強いと言えば上級死徒を返り討ちにしていたな、そう思えば……―――いや、だとしても可笑しいだろう?」

 

 まさか現代の魔術師で神狩りをする者がいるとは想像も許されず、時計塔の魔術師達にもカルデアの秘匿には絶対に手を出すなと言う暗黙の了解がある。偶然にも弟子の募集をしに来た魔導元帥が、無言でそっと目を逸らす程であるので、特に所長と同じロード間では特に厳守されている不文律だった。

 ある意味でこの娘は、父親の期待を凄まじく超えた完璧な影響力を個人の業でのみ達成させていた。

 

「秘匿は破られるまでは秘密なのよ。甘い香りに惑わされて、アニムスフィアの神秘を暴こうとした連中がどんな様で果てたのか。

 時計塔で、それを知らない魔術師はいないって言うのにね?」

 

 邪神となった小アメンを所長が狩らねば、ロンドンは見えない彼らの巣と成り果てていた。現代に濃い神秘である神や魔獣は存在不可能な人理(テクスチャ)ではあるが、そもそも上位者に星の機構は機能しないため、彼女がいなければロンドンはヤーナム化するのも時間の問題だった。

 だが、それを人に言う価値はない。誇る必要を感じられない。

 所長にとって魔術世界とはその程度の価値しかなく、魔術師に名誉など無用だと正しく理解していた。

 

「……………まぁ、マリスビリー・アニムスフィア史上最悪のやらかしがお前だ。

 時計塔のお偉方の悉くをカルデア発展の餌食にしたその手腕を考えれば、穴蔵暴きの巧さも大した秘密ではないか」

 

「でも、今は貴方もアニムスフィアの協力者だからね。知りたいのなら、教えて上げでも良いのだけれども?」

 

「―――止めておこう。

 死が安楽に感じる程の辛い目になど、私は進んで受けたくないのでね」

 

 孔明の鑑識眼でさえ、所長は何も分からない。まるで悪夢が人の形をしたような存在で、魔術師と言う人類種の範疇に考えて良いかも判断不可能。

 

「で、だ……――――反乱軍の拠点の一つが、攻撃されたのだが?

 実際に見た事はないが、あれはまさか核兵器……いや、だが有り得るのか?

 そう見えるだけの破壊力を持つ宝具や魔術とも考えたが、どうも孔明の知識が私の記録からそれが正解だと判断しているのだ。

 だが正直な話、ローマの召喚者を裏切って抑止力側に付いたが、この展開を私でも論理的に現状から一切も結び付けられない」

 

「………………」

 

「しかし、お前ならば見通していると考えてな。核兵器を宝具に持ち込める英霊など……いや、作れる者が英霊になっている可能性はあるが、あれらはそもそも戦術核兵器だろうと英霊の座に反する現代兵器の極点だ。

 原因はこの特異点であるローマ以外だと推測するのが正しく、カルデア所長のオルガマリー・アニムスフィアなら既に謎は解けていると期待している」

 

「あー……そのね、カルデアから裏切り者が出ましてね。貴方も知ってると思うけど、レフ・ライノールとアン・ディールの二名」

 

「いや、その話が今回の惨劇とどう結び付……ッ―――――お前、まさか。

 元凶がそうなのであれば……いや、いやいや。本気で冗談であって欲しくて堪らないのだが、オルガマリー・アニムスフィア?」

 

「確実に、カルデアの原子力関連の技術で作られてるわ」

 

「――――ファック!!

 それは駄目だろう。有り得てならんだろう。悪夢だぞ。人理焼却を行った敵側が、人類史の技術で更に特異点を焼却する気か!?

 私は現代文明を良しとし、人間社会をある意味で放置する選択を選んだ魔術師であるから、ある程度の許容範囲があるが……それ程、人間が人間に対して悪辣に成る必要も、何より魔術師だろうとそんな兵器を錬金術も使用して作ったところで……」

 

「聖杯に余裕があるなら、カルデアに隠れて現代文明の何処かで、製造工場のある国でも特異点化すれば良いだけよ。多分、特異点から特異点に物を運搬するのも、不可能じゃないんでしょうし」

 

「――――成る程。

 だからか、お前たちが知人の突然の葬式よりも暗いのは」

 

「ええ。その通りよ」

 

 本当の、本当に、空気が―――死んでいた。

 雰囲気など、奈落の底の方が明るいだろう。

 

魔術師殺し(メイガスマーダー)を思い出す手段の選ば無さ……いや、それ以上の人間的邪悪を極めた合理性だな。

 魔術師、魔術使いと言う話ではない。通常なら、そのような発想さえしない」

 

 その名を聞いてエミヤが少しだけ反応したが、孔明は意識的に無視した。何事にも要らぬ御節介と言う名の助言がある。それに人が集まっているこの場でするべき事でもない。

 

「現代社会も余計な戦略をあいつに啓蒙したものよ。でも、核兵器を敢えて使うなんて。まぁ、そこまで発展したから、黒幕に焼却されたってのもあるんだだろうけど」

 

「そうか」

 

「へぇ、あの炎って核兵器って言うんだね?」

 

 現代知識に基づいた会話を赤毛の美少年は今一理解出来なかった。だが、地面に大穴を開けた武器の名前はしっかりと聞き取れていた。

 

「そうよ、アレキサンダー。中でもカルデアの原子炉技術は本当に未来を先取りしていてね……元々、サーヴァントを千騎以上契約しても十分余裕を持ちつつ、カルデアスなどの施設もフル稼働出来る超大型炉心でね。正味な話、それが爆弾として爆発すると、地球の環境が激変するレベルなのよ。宇宙から巨大隕石が衝突したレベルと変わらないもの。

 そう言う一瞬で世紀末なヒャッハーワールドに人間社会を様変わりさせちゃう技術を、敵側の裏切り者が好き勝手してる雰囲気で、それを伝えたら皆がこんな雰囲気に」

 

「あー……そう思えば、そうだったな。カルデアには様々な装置が揃っているのは聞いていたが、それらを全て動かすには国家規模の動力源がいる。

 人理保証機関とは言い得て妙……まぁ、魔術工房が国際的な権力を持てばそうなるのだろうが。となれば、原子炉関連の技術力はどの国家よりも優れているのも必然であったか」

 

「私、折角の施設を完璧に動かしたかったから。原子炉関連の技術は、かなりスカウトに力を入れてしまったの。

 そもそも、カルデアスがエネルギー消費が激しくてね……その為に危険な橋を渡って、新型原子炉を個人保有する破目にもなっちゃったし。

 ほら、時計塔の連中にはその辺の事はしっかり説明したし、核技術の云々は魔術協会もノータッチだったじゃない」

 

「それは、そうだろう。あいつらは何処まで行っても、所詮は魔術師だからな……はぁ、同僚のロードが科学に疎い事を良い事に、お前はやりたい放題好き勝手に、魔術も科学も研究を推し進めていたと?」

 

「まぁね。今回の騒ぎの元凶であるアン・ディールだって今はマスターとして再雇用したんだけど、そもそもカルデアでの本職は研究者よ。

 あいつ、私よりも学問に奥深いのよ。カルデアのカルデアスだって、色々と私が所長になってから細工したし、その為にもっとエネルギーも必要になっちゃったから。その手伝いだってあの裏切り者にやらせてたもの」

 

 所長は元々、星の魂を見るカルデアスの個人的な使用目的は未来保証などではない。百年よりも遥か先を観測し、やがて人類が星を殺してでも生き延びて繁栄する瞬間、その時に星がどう人類に働き掛けるのか観測するのが最も重要な思索である。

 星の魂を解するのであれば、星が人類抹殺に動く前に殺し尽くせる。

 死した大地に寄生虫のように生存すれば、惑星が人類を殺戮するのに躊躇いはないだろう。

 人理保証にとって最後の敵は人類が住まう星そのものである事など所長は、カルデア所長になる前から当たり前のように理解していた。同時に、人理が自滅因子で滅んでしまうのも今回の人理焼却のように有り得る危機ではあるも、本質的な人理の敵は獣ではなく、そもそも違う世界に住まう人類の人理であるのが必然。

 獣は人理を喰らうも、それは敵と言うより人理の内側に広がる癌細胞なのだ。

 人理の敵となる物を、カルデア所長が間違える訳にはいかない。あの灰もどうやら、魂の滅亡と言う危機に抑止力から後押しされているようで、所長は一切の迷いなく、この世界以外の人理が自分達が救うべき人理の敵として灰を援護している状況なのも今はもう見抜いていた。

 

「私の父であるマリスビリーとの契約もあって、アン・ディールにカルデアと言うアニムスフィアの魔術工房の技術を教え、互いに共同体として研究していくと言う内容だったし。

 私だって、あいつから箆棒に有益な真理を教授して貰ったから、そりゃ対価に原子炉技術を教えるのも安い授業料だったし……別に、そこまで特別な科学知識でもなかったものね」

 

 とは言え、人理関連は灰の核攻撃とは関係ない。オルガマリーが所長となった今のカルデアは、コジマ博士によるコジマ粒子などを代表に、現代文明にとって激毒となる最先端技術が眠る研究機関である。元カルデア研究職員の裏切り者がそれを知り得ているのは甚だ危険極まり、実際に開発して特異点で実験しているなど、人理焼却の阻止がもし成功すれば後に提出する報告書には絶対記載出来ないカルデアの汚点であった。何が何でも隠蔽し、改竄し、特異点でそんな事は無かった事にするしか、カルデアは国際社会で生き残る手段は残されていないだろう。

 

「それを、お手軽に使用できる化け物に知識を与えるとは。実際、お前はどうする?」

 

「この特異点でどうにか仕留めないと、先の未来が完全に真っ暗になってる。何が何でも、私が一人になっても齧り付くつもり」

 

「成る程……―――未来視の魔眼か?」

 

「お生憎様。千里眼のような、そう言うパパっと分かり易い神秘じゃないの。分割思考と高速思考と、それによる未来演算のエミュレートのプラスアルファをした思考の閃きってヤツ。

 魔眼と言うよりも、脳内に瞳を持つ独特の第六感覚。才能とか、素質とか、別に要らないから誰でも出来るけど……興味あるなら、エルメロイ先生にも教えて上げても良いわよ?」

 

「で、対価は問答無用で毟り取られると?」

 

「勿論。今度、思索してる新規発展の魔術理論に対するアイデアを頂戴。そこそこ完成はしてるけど、違う視点の思考論理も知っておきたいのがありまして」

 

「ふん……この特異点解決後、そちらで私を召喚したらな。それと、お前の秘奥は要らん。魔術協会でもお前のその思考回路を暴こうとした魔術師が、鼻から脳液を垂れ流して発狂死したのは忘れていない」

 

「結構。取り敢えず今は、中々に良い境界記録帯(ゴーストライナー)をカルデアで観測出来たと満足しましょう」

 

「本来ならば、根源を目指す際に魔術師の怨敵となる抑止力と、それらに使われる英霊の座。魔術師の魔術工房がそれを模すなど眉唾の極みであり、ある意味で根源の渦を開くよりも困難であり、それが出来るならカルデアなど設立せずにとっとと向こう側に渡れとも考えていたが……人理焼却は、お前らアニムスフィアにとって自分達の魔術理論を立証する最高の後押しだった訳だ。

 お前は七つの特異点を観測することで、カルデア自体を記録帯として成立させようとしていると」

 

「大正解です。ちゃんとカルデアで召喚されたサーヴァントに秘密は少なくしたいから説明してるけど、カルデア式英霊召喚は観測が根底にあるのでね。

 即ち――抑止により、更なる抑止へ進化する。

 故にその名は英霊召喚フェイト。貴族の魔術師らしい洒落た術式名通り、運命で以って滅びの運命に抗う術。だから特異点を解決する度に、カルデアの英霊召喚は加速的に成長する。あらゆる驚異に対する為の、人理を脅かすあらゆる病に対する特攻性を保有する」

 

「良く言えば、サーヴァントと深めた縁がカルデアを助力すると。中々に悪辣な嗜好だよ、アニムスフィア」

 

「私のパピーが冒涜的にまで、人類種について知識が深いのよ。良くも悪くも、極めた先は人類愛へ辿り着くのが人類史の業ってことなのよね。

 人間そのものに対する嫌悪感ってのは、英霊も魔術師も死徒も関係なく、人間として誕生した生命なら誰もが普遍的に抱いてるけど、霊長が持つ獣性も結局は人間性だから」

 

「となれば相手が例え、人理であっても……―――いや、だが人間なら仕方がないのか」

 

「勿論。剪定されるとなれば、全力でその運命にも、我らの運命で以って克服するだけ」

 

「ふん。成る程……人理焼却がなければ、英霊がカルデアに手を貸す運命には至らなかったと言うことか」

 

「でしょうねぇ……本当、マシュの憑依した英霊が善人過ぎるって雰囲気ね。私が英霊の立場だったら、私の父が運営するカルデアになんか絶対に手を貸さないし、死んでもそんな気にさえならないし……いえ、まぁ今は関係ないんだけど。

 だから、カルデア式英霊召喚術式にフェイトなんて命名するなんて……我が父の事ながら、何処までそんな運命を見通していたのやら」

 

「ならば、お前が所長になった事で、ある程度はクリーンになったと?」

 

「いやね。所詮、魔術師の魔術工房よ。英霊の皆様が関わる人理関連は義理も人情もあるので真摯でいようとは思うけど……兎も角、個人的には悪の組織の極みである学術組合を目指しています。協会も教会も利用して、人間社会を裏からそれなりに干渉することも吝かではないですよ。

 もう先生だったら、穴潜りで血に酔うこの私がそんな善人じゃないことは理解してるでしょう?」

 

「同時に、誰よりも強い意志で人理修復に望んでいるのかも……な。

 だが、時計塔を黙らせたお前が率いているのなら、人理焼却事件もそんな悪い終わり方を迎える訳でもないだろう。マリスビリーの意志を継承したのなら信用も信頼もないが、オルガマリーの意志で戦う組織であるとなれば、召喚者のローマを裏切った甲斐もあると言うことだ」

 

「別に。思考の内側まで信用も信頼も求めませんし、カルデアに協力して貰えればそれで須く良しとします。とは言え、私には良いけど必死な職員の善意と決意まで否定するようなら、そんな協力者もどきは神霊だろうが冠位だろうが、全力全開で私からドブ底へ切り捨てますが。

 身を削って戦う姿を見て、疑いの念も呑み込めないなら要らないもの。

 私とその想いを共有出来ないなら、そもそも私のカルデアに魂の意志が相応しくない。

 明日を生きる為であり、その行いが自分以外の誰かの為になり、そうやって生き足掻く人の“意志”を嗤う輩こそ、カルデア所長にとって本当に狩るべき人類史の汚点。

 それで人理が滅んだとしても、そんな程度の人間性しか最期まで人理に残らなかったのなら、そこまでの知性だったと好きに滅べば良いだけのこと。内側で罵り合って、内部崩壊して、意志まで腐らせてまで、部下の皆に戦えとは私は死んでも命じません。私は私の職務を、私として全うするだけですからね」

 

 だから、孔明は時計塔で出会った魔術師の一人として、オルガマリーのことを信頼はしているのだろう。何を考えているのか本当に理解出来ない怪人なのは事実だが、同じ様に彼女の示す決意は非常に分かり易い。

 

「――――安心した。

 お前のカルデアであれば決して、召喚された英霊の尊厳を穢すことはないだろう」

 

 孔明はマリスビリーのカルデアなら、一切の信用がなかった。召喚された英霊は徹頭徹尾、サーヴァントと言う殺人兵器として利用されるに決まっている。マシュ・キリエライトと言う生贄が、その在り方を正しく証明してしまっている。魔術師として何処までも正しいが……正しいだけの愚かな末路が、この人理焼却と言う事件を引き起こしている。

 そして―――魔術師(マスター)でさえ、カルデアが派遣する星見の尖兵だろう。

 彼は憑依元になったエルメロイ二世として、悪辣な政治手腕も振るった軍師として、今の全てを統合した諸葛亮孔明の思考で以って、オルガマリー・アニムスフィアのカルデアを“正しい”と判断した。

 

「はぁ……? しないわよ、折角のお客さん相手に恥知らずな。

 英霊の座に何時か戻った時、カルデアって言う組織は最悪だったってサーヴァントに思って欲しくないしね」

 

「その辺が分かり易いのだよ。人の意志を決して蔑ろにせず、そうする自分を死んでも許さない」

 

「そりゃ、礼節あっての人間でしょう。合理性や計算高さって言う脳味噌で使う人殺しの道具に酔ってるだけじゃ、人間の形をしただけの醜い獣でしょう。

 そうしなくちゃ全てが無駄になるのなら仕方ないかもだけど……その前に、為すべき事を為す。言い訳する前に、個人としてやるべき事は多くあるもの」

 

 個人だけで戦うのなら、オルガマリーも己が獣性に酔うのも愉しい。むしろ、血に酔って獲物を虐殺する類の狩人である。

 しかし、今はカルデア所長。彼女はオルガマリーとしてだけでなく、所長としての責務がある。狩り場では放し飼いにする血に酔う意志を、鋼と化す人の意志で抑制する立場にある。一度、そう在れと自分に決めたのなら、蕩ける瞳を確かにし、知識を貪欲に求める渇望を脳内の思索に止める義務がある。

 

「アレキサンダー。どうやら彼女は、私が知っている儘の魔術師であるようだ」

 

「そうかい。だったら、僕も先生と同じ様に戦友として、戦っていく内に信頼出来るようになるだろうね」

 

「観察してたようだし、私も正直でいたわよ。嘘を吐く必要がある人生を歩んでないもの。我らが先生、グレートビッグベン☆ロンドンスターもそうして欲しそうだったものね?」

 

「それを言ったら意味がないだろうが……」

 

「そうかしら?」

 

「そうだとも!」

 

 血腥くも、高潔な意志を輝かせる者。アレキサンダーは確かに、戦場を駆け抜けた英霊ならば惹かれる何かを彼女が持っていることを実感した。

 無理にそれを言葉にすれば、心が折れない意志とでも言えば良いのか。

 狂気にさえ屈しない意志は、組織の長として信頼に値する人物だった。

 

「オルガマリー・アニムスフィア。僕もカルデアと敵対するだけなら召喚者の意をある程度は汲み、サーヴァントとして君たちと戦うのも悪くはなかった。所詮、この身は魔術師の魔力がなければ存在出来ない使い魔だからね

 けれど、あのローマに使われると考えたら、その考え方は英霊以前に人間として甘過ぎたよ。

 あの帝国は―――人の、国家じゃない。

 魔王でさえない暗い女が君臨している。

 メディアには悪いと思ったけど、何が何でも協力して貰い、反乱軍側に彼女も道連れにして寝返った」

 

「そう言うことね。だとしたら、ローマ側の情報もたんまり持ってることでしょうし……メンバーも揃った様だし、作戦会議を始めましょう」

 

「ああ。人類史の業である核技術も人理焼却に悪用する大馬鹿が敵側にいるとなれば、練りに練り込まねば一歩先で容易く詰みの状況に持ち込まれる。

 私はこの与えられた諸葛亮孔明としての知識も全て使い、お前たちに協力する事を約束する」

 

「お願いします。どうか御力を、Mr.ベルベット」

 

「あぁ、Ms.アニムスフィア。全力で戦い抜くことを、魔術師として契約しよう」

 

 女神の島に待ち人来たり。汎人類史を学んだカルデアの業が、人理焼却の基点となった特異点を更なる業火で焼却せんとする。

 世界は―――悲劇で在れ。

 人類史で以って汎人類史に因果を返す灰の策謀を前に、まずはローマを攻略しなくてはならない。

 反乱軍残党に過ぎない今の抵抗勢力を、残党からまた反乱軍に立ち直させるには、反乱軍を率いた英雄を暗黒帝国から取り戻さなくてもならない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 例えるならば、食虫植物の内側。心を甘く腐らせ、精神を消化する毒壺だ。空からの日の光は入らず、数本ある蝋燭の灯火だけが光源だった。

 寝台の中、絡み合う獣と人。蜜の濃い匂いに満ち、鼻が蕩けて、脳が融けそうな空気。

 麗しい雌獣(ケダモノ)獲物(ビジョ)を貪り、白く粘つく何かが体中に張り付き、人の本能が尊ぶ獣の宴が行われている。それは生命の神秘であり、人が文明を続ける根底の営み。

 知性体の抱く命を慈しむ愛が―――赤子を求める根源だった。

 だが、愛の形は魂の数だけ存在しても良い。獲物を貪る雌の人獣はそう生命誕生の仕組みを啓蒙され、魂より湧き上がるあらゆる愛の形を情熱的に恋している。

 

「……っ―――――ん、フゥ」

 

 染み一つない白い裸体。蝋燭の光を照り返す汗と、それによって飾られる甘美にして妖艷な姿。ローマ帝国の支配者である女―――暗帝ネロは、聞いた者の性欲を問答無用で滾らせる吐息を吐き、何も身に纏わないからこそ美で飾られた裸体を誇る。

 紅く上気した顔。汗で肌に張り付く黒髪。

 陶器よりも張りのある胸と、目が逸らせない赤い頂き。

 すらりと伸びる足と、丸みはあれど一切の弛みがない綺麗過ぎる尻の型。

 部屋の暗い帳によって影に隠され、しかし蝋燭の光で見えそうになる生命の神秘たる蜜が溢れる穴の途。

 

「貴様は―――麗しい。まるで、美の女神ではないか」

 

 そして、そんな何も飾らぬ暗帝は、一人の女性に対して陵辱の限りを尽くした後だった。

 

「………―――」

 

 彼女もまた暗帝と同じく、美しい形をした女である。だが、身動きが出来ないように後ろ手に縛られ、だが足は自由に動けるように縛られてはいない。

 

「黙り込んで、それでどうする?

 余の唇を押し当て、舌を絡め合わせ、喘ぎ声をまた捻り出させるだけだ。あるいは、身体中を愛撫し続け、痙攣しても余の手と舌で愛し続け、気絶する間際の掠れた叫び声をまた出したいのか?

 ……全く、無垢なカタチをしている癖して、誘い上手にも程があろう。

 良し、ならばまだ遊ぼうではないか。幾ら夜を過ごそうとも、余はまだまだ満足から程遠い」

 

「………私は、破壊である。ローマを壊す神の鞭であれば、今は良い。故に貴様の変態趣味など、理解出来ない」

 

 本来なら嫌っている筈の名であろうとも、暗帝の底無しの性欲を抑えるワードになるならば、と彼女は今の自分の出来る限りの強気な姿勢を取るしかない。

 

「おぉ……」

 

 褐色の肌を隠す布は一枚もなく、白い紋章が全身に描かれ、どうしようもない程にそれが彼女の美しさを際立たせている。近くに寄ればその紋様に沿って指を滑らしたくなり、ネロもある日はそうやって遊んで時間を潰したこともある程で―――白い髪と合わさって、瞳を蕩けさせる美の色合いだった。

 思わず、暴力的に扱いたくなると暗帝は自分の衝動と戦っていた。

 被っていた頭の飾りも含めて剥ぎ取り、生まれた姿そのままこそ……いや、両腕だけは身動き出来ない様に縛り上げた姿が、暗帝にとって最高の飾り付けだったのだろう。

 

「……ツレないではないか。あんなにも愛し合い、体液を交換し合い、何日も交じり合った中だと言うのに。

 余は、実に悲しい。だが、確かにまだ情熱を出し尽くした訳ではない。我が霊基となった魔術師、シモン・マグスが開眼したグノーシスは中々に冒涜的で、且つ背徳的な神秘も揃っておってな。

 女でも、男のシンボルを―――生やせるのだ。

 しかも、不死身の絶倫超人としてな。好きなだけ絶頂を極められるとは、ローマ至高の魔術師と認めざるを得ん。

 それを身を以て知らされていると言うのに、その強気な台詞。貴様は本当に、余を喜ばせる最高の美女ではないか!」

 

「……ッチ、ローマめ。

 お前たちを滅ぼした生前の私は、正しい文明の破壊を行ったと見える」

 

「ふはははははは、神の鞭の伝承か!

 軍神アレスの剣を継いだ貴様が、あろうことかローマを破壊するアッティラだとは。余も、さすれば理解も出来よう。

 未来にてローマは、滅ぶべくして滅んだのだとな。

 人類史が歩んだ未来の歴史は、このローマ帝国を永遠とする余にとっては耳に痛い物語ではあるが、同時にそれは人の性癖の進化をも記している」

 

「うん……? いや、お前は何を言っている?」

 

 屈辱的なまで尊厳を、英霊としても、女性としても、徹底して辱められた後だと言うのに、反乱軍総司令官だった神の鞭―――アルテラは、ネロに対する反骨精神も忘れ、反射的に質問してしまった。

 

「全く……あの獣も、それを焼くなど勿体無い。実に、実に勿体無い。麗しき我が妻となる予定の貴様も、余との褥の夜を繰り返せば、人類史に刻まれた貴い営みを理解出来よう?」

 

「お前は、その……全裸で何を語りたい?」

 

「貴様も全裸ではないか。そんな姿で凄まれても、余の中の余と余のソレが興奮してしまうだけなのだ……ふぅ、これがローマの休日だな」

 

「………」

 

「おいおい、黙るな。強いて言えば、だ―――性癖自由都市、ローマ。

 抑制なき欲望の都としてでも、この暗い帝国は存在している。もっと格好良く、欲望解放都市なんて言うのも良いが、ローマ市民全ての欲望を自由にする訳にもいかんのでな。

 やはりある程度の法律を守る節制の精神も、皇帝として市民には求めねばならぬ」

 

「悪い文明だな。私が見なくとも、他の者でもそう見えるだろう」

 

「―――何を言うか。性の自由とは、素晴しい事であるのだ!

 男が男を愛し、女が女を愛する自由恋愛。浮気など有り得無く、誰とでも何人とでも愛し合える情熱的恋愛模様。年齢も関係なく、種族も関係なく、人形だろうと愛して良い。隠さなくとも被虐趣味は満たされ、路上で加虐趣味を満たしても理解される。

 まぁ……そう推奨しているのだが、何故か今のローマ市民はそう言う変態性を満たせる今の好機を利用しないのだ」

 

「だろうな。漏れ出た黒い呪いで、人間のその手の、余裕のある夜の文明に耽っている場合ではない。それが分からないお前ではないだろう」

 

 アルテラから見ても、今の狂乱とするローマでは夫婦や恋人同士で夜の営みを楽しむ精神的余裕など皆無。むしろ暗い呪いによって人間性から生命の営みなど削除され、今となっては人間的な性欲を謳歌している者など、この暗帝以外に存在しないことだろう。

 あるいは、暗帝が愛娼として後宮で飼っている奴隷も愉しんではいるのだろうが、もはや彼女らも魂が狂ってしまっている。暗帝の指示通りに快楽へと狂い、己が魂を暗帝の為だけに喜ばせる肉細工でしかないのだろう。

 

「辛辣だな。だが、流石は神の鞭。きっと夜の鞭を振わせても余は気持ち良くなり、毒舌の鋭さも鞭に匹敵する精神的苦痛を余に与え……ふふふふ、やはり妻として完璧だな。

 どうだ。貴様がその気になれば、貴様にもグノーシス魔術で絶倫を生やさせ、余を愉しむ権利を与えても良いのだが?」

 

「――――……いや、いやいや。要らん。そんなもの、要らんからな!」

 

「本当に、ツレないな。だが貴様も段々と余の暗き魂に染まって来ていると見える。その証拠に、その桃色な性欲な高まりからくる……あれ、別にそれも気持ち良いかも、と言う欲望が湧き出ていよう?」

 

「うぅ……ッ―――私は、破壊である。そう在るべき、一人の英霊なんだ」

 

「気の強さも麗しく、余を狂おしくする程に美しいな……はぁ、可愛いヤツめ。凄く、凄く、輝ける星よりも眩しく、何よりも可愛い女だ」

 

 その暗帝の惨いほどに性的な美しさを魅せる貌が、アルテラの精神を更に苦しめる。

 

「お前は、あの灰と言う女に狂わされている。本来ならば、こんな冒涜を犯す英霊ではない筈だ」

 

 暗帝は自分を凌辱した憎い敵を前に、そんな意味の分からない信頼を示すアルテラが不思議だった。信用されることは一つもせず、こうして肉欲で愛玩しているだけだと言うのに、憎悪と殺意を向けるような瞳を向けて来なかった。戦意はあるが、暗い感情をアルテラから感じられなかった。

 

「そうか? いや、余って普通に背徳的な人生を楽しんでいたと思うが?

 憑依召喚した英霊としての余も、母親に薬物で頭を狂わされた後は倫理観も狂い、可愛らしい美少年を去勢して飼っていたからな」

 

「ちが……っ――そうではない。そうじゃ、ないんだ」

 

 苦しそうな美貌の表情。暗帝は思うが儘に喜ばせたいのであって、精神的な苦痛を与えたい訳ではない。自分が灰の闇で魂を啓蒙されたように、アルテラも何かしらを啓蒙されたのだろうと暗帝は予想はしているも、それを聞くほど野暮ではない。

 愛によって、信頼と言う宝箱を抉じ開けるのも愉しそう。更に愛を深めることで、魂を互いに蕩け合い、心を融かし合えば自然と理解出来る真実だった。

 

「むぅ……余の快楽に酔うのは良いが、そう言うのは見たくない。

 だが、それが疑念でもある。貴様は、この様の余に何を期待している?」

 

「……何も、ない。私が、今のお前になど」

 

「嘘が下手すぎる。うむ、良い夫婦になれる素質だな」

 

 まるで、信頼していた親友に裏切られたような表情だと暗帝は感じた。今を生きる暗帝としても、憑依させた英霊としても、アルテラとは面識はこれまで無かった筈だが、相手はそうではないらしい。

 

「……そうだな。ならば、好きに私を貪れば良い。

 だがな、私の意志は決して破壊されないぞ。お前程度の欲望を受け止められぬようならば、破壊の化身などと自称する訳もなし」

 

「ほぉ、成る程なぁ……ふふ。そうかそうか。確かに、英霊のサーヴァントだものな」

 

 だが、暗くなろうともネロはネロ。より艶やかな欲求を滾らせる淫乱のソウルとなったが、灰に命を救われる前から元々の在り方でもあった。聡明であり、寛大でもあり、同時に冷酷で、且つ非情な女でもあった。必要ならば、肉親を殺し、妻も死なせ、恩師を自害へ追い詰めた。戦争も営み、より良い明日をローマが迎える為に、他国でも自国でも躊躇わず流血を良しと選んだ。

 無能からは程遠い万能の怪物、それが―――ネロ・クラウディウス。

 暗い人の性を得た今となれば、全能にも届く美貌の黒き人の化け物。

 

「しかし、情熱的な欲得も魂を癒して救う心の薬だ。余は先程に美少年を去勢して愛人としていたと言ったが、今はマグスの神秘によって女の形に転じている。そして、余の性器も自由自在の娯楽品に進化した。

 分かるだろう……?

 男や女など、愛の前では些細な差である。

 女である余が男として、男だった女を存分に愛で上げる。逆に男だった者が女として、男を生やす余に喜ばされる」

 

「…………………」

 

「む。なんだ、分からぬのか?」

 

「分かるものか。だが愛を語るのであれば、その前に私の腕の拘束を解放しろ」

 

「分かっておらん。全く駄目だ。余が愛なる情熱を啓蒙してやろう」

 

 暗帝は寝台に横たわるアルテラに乗り掛り、騎乗するように跨り、胸元に赤く滑らかな唇で口付けする。その触感に心臓が舐められた錯覚を彼女は覚え、霊核の芯から弄られた快楽に襲われる。全細胞が暗い女の愛に震え上がり、悦楽の叫びを上げたくなるのを唇を噛むことで我慢した。

 破壊の化身でなければ、愛情の熱さに脳が溶解する気持ち良さ。

 弄られていると言うのに、心底から愛されて、魂そのものを必要とされる充実感。

 

「それ即ち、相手の人格も、精神も、性欲も、愛情も、性癖も、全てを焼き尽くす―――情熱!」

 

「ッ―――!」

 

 舌で胸元を舐め、そのままアルテラの皮膚の上を滑らせ、耳元にまで暗帝は自分の口を運んだ。ついでに耳を舐め、その耳の穴に舌先を入れ、汚い部分など何一つないと行動で愛情を示した。

 

「全てが、余に染まると良い。余の情熱に蕩けると良い」

 

「――――断る。

 お前が愛を語るなら、私がそれを破壊する」

 

 感極まるとは、正にこの感情。喜びと歓びと悦びを薪にし、暗帝は魂を暗く更に燃え上がらせた。

 

「は、ぁ……ぅ―――クゥ……分かる。分かる。これが人類。正に、これが、これこそが人類愛を焼く人の愛」

 

「今のお前は何故……何故、なんだ? そこまで、欲するのか?」

 

「貴様なら、破壊の限りを尽くした闘争を、己が率いる臣下と共に行った大王なら理解していよう。破壊の為に戦火を拡げた際、貴様の部下である者共が敵地で何を行っていたのかを?

 兵ならば、女子供を犯すだろう?

 占領の度、人間の尊厳を貴様(ワレ)らは犯し尽くしていた筈だ。

 文明が進んだ現代と言う未来世界でさえ、人間は人間を陵辱する営みからは抜け出せておらん」

 

 アルテラには、それに会話のテーマが切り替わった理由は分からない。しかし、囚われの身で凌辱され続けている現状を考えれば、暗帝の話を遮るのは良い選択ではないとは分かる。同時に、何がネロを暗帝にしてしまったのか、僅かでも事実を知りたい。

 そう思い、彼女は王として草原を駆け抜けた記録を掘り返し、自国の兵が戦場で獣性を解き放つ当たり前な光景も思い返した。

 

「それは……―――そうだった。私も軍隊を完全に統制など出来ず、それでも破壊で在れば良かった。褒美として恐らくは我が将共も、王である私の目から隠す様に、兵士にある程度は羽目を外すのは許していただろう」

 

 英霊が、英雄で在る故の付き纏う罪科。殺戮と闘争に生きた大王なら、その光景を必ず見て来たのが道理である。敵地がそうなると分かった上で、英雄の名誉を持つ人間は、繁栄と明日の為に残虐で在る自分を良しと出来てしま得た。

 

「清廉潔白なあの騎士王とて、臣下全ての欲情を制御出来る訳もなし。闘争を必要不可欠とする国家を運営するには、己もまた獣性を良しとしなければならない。

 故に貴様は、暗帝である余にとって最も高潔なる―――贄なのよ」

 

「お前は、愛に……狂っていないの、か?」

 

 蕩ける瞳の奥底に、暗い魂が潜んでいる。アルテラは暗帝があの灰なる不死に呪いで汚染されたと思っていたが、勘違いだと今この意志を見たことで真実を啓蒙されてしまった。

 呪いではなく――魂に、目が醒めただけ。

 アルテラは、もうどうしようもない事実を認めてしまった。狂っているのではなく、魂がもはや転生しているのかもしれない。

 

「お前は、もうネロじゃ……ない、のか?」

 

「フフフフフ。英霊が生前の本人の魂を素材にされ、更に伝承と逸話を混ぜ込まれ、境界記録帯(ゴーストライナー)となるように、余の魂も英霊と同じく混ぜ物だ。

 貴様も、もはや余と同じで、そうでしかないので在ろう?

 死する前の貴様は、今の貴様ではない。だが、確かなアルテラであり、今の貴様の魂に生前の意志は継承されている。余も、それと同じである。魂は作り変わったが、この意志だけは確かなネロとして生きている」

 

「それは、そうだが――……だが、違う。お前が、認めてはならないんだ」

 

「人理と抑止が、それより派遣された尖兵が、余の魂を救った女神を非難する正当性は皆無なのだ。そう在らねばもはや、ネロと言う人間は存在できない。

 既に余は、自害した後の―――死骸人形。

 人理に死を観測され、だが人間性によってソウルを獲得し、蘇生の魔術で再度の命を吹き込まれ、この特異点で存在することを許された」

 

 英霊とはただそれだけで人類に―――愛されている。

 人類史に印された物語の記録に―――祈られている。

 即ち、魂を想いで犯されることで産み出され、意志だけが新たな魂に継承された存在。

 生きた儘に魂が産み直された暗帝から見れば、英霊とは灰の代わりが座になっただけ。

 

「―――あぁ、そうだな。

 私も、この魂は随分と遠い処まで来てしまった」

 

「貴様の魂と、その由来を余も教えて貰った。だから、英霊であるその霊魂は美しく、同時に暗く憐れであった」

 

 馬乗りの儘、体を密着させ、暗帝は耳元で小さく囁き続ける。互いの体温で暖かく、汗で湿り、まるで蕩けるような深みの安堵を味わえる。それが人間の温かさであるのだろう。

 

「だからどうか、分かって欲しいのだ。余のローマは、これより先の悲劇を無くす情熱の愛に溢れた国とするためのもの。

 全てがローマの愛に埋まれば、人が殺し合うこともない。誰もが自由に隣人を愛し、魂が融け合い、満たされるまで情熱に蕩け合う理想の帝国を」

 

 魂から愛によって犯され、疲れ果て、自分が馬乗りになっているアルテラに、暗帝は聖人君子のような輝ける星の笑みを浮かべる。

 正しく、人に愛される薔薇の微笑みだった。

 

「人の魂が犯されない国家。あらゆる愛の形が拒まれない社会。誰もが尊厳を汚されない世界。

 そなたに、私は教えたいのだ―――暗い、この魂を!」

 

 爛々と暗く輝く闇黒の星。ブラックホールのような瞳で戦闘王を覗き込み、魂が吸い込まれる恐怖を覚えさせられる。

 

「この情熱の愛で、余は世界を変える。良い未来も、悪い未来も、もはや関係ないのだ。余はただ、あの未来を良しとする人類史を赦せない。

 ならばこそ、余の愛によって、より良い愛に満ちたローマを繁栄させるため、この人理の全てを否定する」

 

 ――何もかもを、自分の暗い愛で押し潰す。

 ネロは、本気であった。ローマこそ人類を救う最適な答えだと判断していた。

 魂が歩みの果てに辿り着くのは、救済か、絶滅か。

 どちらにせよ、社会は終わり、平和は消え去った。

 善意より、世界を作り替える罪は産み出るのだと。

 

「暗黒皇帝である余が生きるとは、そう在らねばならぬのだ!」

 

 世界を焼く熱い愛。アルテラは、余りに暗い情念に自分の魂が愛され尽くされ、暗くて重い愛の想いで意志が折れるまで犯されるのだと未来を悟ってしまった。

 魂の化け物であり、愛の怪物。

 人間ネロの遺志こそ、暗帝ネロの意志。

 本当の、本気で、魂より美しい心を愛しているからこそ、彼女は子を成せないサーヴァントであるアルテラで在ろうとも―――赤子が、欲しいのだ。

 

「お前の愛は、そんなものでは無かった!」

 

 闇に堕ちた友を見たような、悲痛な叫び声だった。

 

「お前は、お前の情熱は……そんな愛のために、燃えてはいなかった」

 

「――――あぁ、そうだろうとも」

 

「ネロ……?」

 

「そして、その女は私となった。アルテラ、もう諦めよ。余の愛に溺れ、気持ち良くなれば、異郷より来たその魂はこの星のローマに回帰する。

 肉を得た今ならば―――人間として、余と愛に生きよう」

 

 ―――狂おしい。

 ここまで求められ、必要とされ、愛されたことなど一度もなかった。弟のような彼や、自分を王として祝福した臣下はいたが、人間の女としての自分を意識したことなど有り得なかった。

 ―――溺れたい。

 何故、ここまで頑なに愛を拒ねばならない。王の矜持も、戦士の信念も、全てを蕩かしてしまえば心が深みに沈み、愛される安寧の日常を送れるだろうに。魂を一つにしてしまえば良い。

 

「わた、し……は……わたし、は―――」

 

 堕ちる。堕ちろ。堕ちてしまえ。

 

「―――私は、破壊である」

 

 暗帝は落胆した。こんな程度の愛で、アルテラが自分に蕩ける等と言う低俗な妄想をした自分の恋愛観念に。

 故に、絶頂した。更なる愛を求めるアルテラの堅き意志こそ、愛する価値のある人間の在り方であるのだと。

 

「そうか……――くく、ふふふ、ふははははは!!

 良し! ならば、良しとする! 破壊である貴様を我が愛にするため、余も人理抹殺の情熱が煮え滾ると言うものだ!!」

 

 爆笑を越えた大笑いで暗帝の腹は捩れ、愉しすぎて苦しかった。そのまま彼女はアルテラを横抱きにし、寝台から運び出す。横抱きの起源を考えると、ネロがアルテラを現代だとお姫様抱っこの形で部屋から持ち去るのは皮肉極まるも、しかしそれもまたローマの歴史。

 

「ピロートークが長くなりすぎたな。とは言え、そこまで完璧にしてこそ、褥の悦びだ。やってはい終わりではマナー違反故な。

 だから、今日は露天風呂に入ろう。少し汗をかいてしまったからな!」

 

「は? お前……と言うより、あれが睦言か?」

 

 ただの自分語りでは、とアルテラは驚いた。

 

「次は貴様から睦言を聞くための布石だ。己を晒し出さねば、相手の想いを聞けぬのは当然。だが、それはまた明日の、愛の営みの後のお楽しみである」

 

「…………」

 

 暗い愛とは、名の通り闇色の愛情だった。人の温もりを求めている癖に、己の愛で相手を焼き尽くすとは本末転倒。アルテラほどの超人的意志の強さを持たねば、あっさりと暗帝の愛に蕩け、奴隷の魂に落ちていることだ。

 それに魂の強さは関係ない。あらゆる英霊が暗い想いに耐えられず、人間では呪いではない善なる闇に抵抗など許されない。

 暗帝が見た麗しき盾の乙女、マシュ・キリエライトのような聖なる心を持つ者であれば、心の守りに一切の価値はなく、愛に蕩けて堕落する。何故なら、悪性の呪いではない為に、そもそも親愛から心を守る全性の守護などないからだ。

 

「……ふん。好きにしろ」

 

「無論だ。余は暗帝、ローマの全てを好きにする!」

 

 より良い明日を否定し、幸福な未来を閉ざし、絶望に魂を躊躇いなく沈められる者で在らねば、暗帝の愛に抵抗など出来ない。

 恐らくは、破壊の化身でなければ恋愛と言う舞台に上がることさえ許されない。暗帝の愛で心が溶けながら、全人類に必要とされるより貴い愛を拒めない。

 

「――――っ………」

 

 一度なら、耐えられるかもしれない。

 だが、常に消化され続けることに人の魂は耐えられない。

 

「愉しい。余は、本当に―――生きていて良かった。救われて良かった。

 先の未来が分からぬ暗い闇の世の中でこそ、魂が地獄より深い奈落の底に堕ちたとしても、人の意志は輝ける星になれるのだと。

 あの灰の女神は死ぬしかない余に―――いや、命の価値に失望した私に人間の強さを、人が在るべき魂の在り方を、このローマに教えてくれたのだから」

 

 温かい。闇は、本当に温かかった。

 

「……それは、お前の情熱ではないのだぞ?」

 

「うむ、そうだとも。だが、暗き余はそう在れねばならぬのだ。それで貴様と出会えたのなら、これもまた運命であったのだと喜べるだろう?」

 

「――――――――」

 

 完膚無きまでに終わっていた。暗帝は、そもそも既に人生を到着させている。今のこの特異点は、ネロと言う女の因果が完結した先の、終わった女の物語。あるいは、人間が作った地獄に堕ちた先の後日譚。

 在るが儘に。

 為すが儘に。

 良心の儘に。

 欲望の虜となって、魂に悦びを。

 悦びと歓びに縛られた幸福な暗い楽園。喜ばしい日々の失楽園。

 アルテラは、もはや自分が何時まで喜悦と歓喜に耐えられるか分からないが、それでも尚、どうしようもなくなるまで耐えるしか選択肢は存在しなかった。








 実は世界各地に二千数百年前にやって来た灰によるソウルの業の実験の所為で、魔術世界だと封印都市やら禁断区画やら物騒な異界混じりの絵画もどきな土地があるのですが、しっかりと現実世界のテクスチャを汚染しないように灰が火の封によって異界ごと後始末をし、実験がどうなったか経過観測もしています。なのでヤーナムや葦名とかだけではなく、型月世界が持つ厄介事以外にも灰由来の違法建築が凄い村や静岡な町みたいな異界常識によって異界化した場所とかも結構点在しています。とは言え、人理を考えると、一瞬で特異点化オア剪定事象になるヤベェの尽くしなので、しっかりと封印はされてはいます。それなのに悪魔が獣の苗床探しで色んな場所にも来ては結構荒しているので、平行世界からの余波もあって、今回のようにヤーナムの悪夢から現実のテクスチャにアメンドーズが、悪魔の濃霧を門として侵略してくるような事も結構あったりします。その辺の更なる後始末は、何か未確認のヤバい魔術師が魔術世界で大昔から暗躍しているのは分かるが、どうしようもないので魔術協会や聖堂教会も含め、世界各地の神秘結社が頑張って世界を維持している状態でした。悪魔が獣の苗床探しをしなければ、灰による異界を閉じ込める火の封も完璧でしたが、フロムな人々が型月世界に厄種を撒きまくってる雰囲気です。
 また暗黒帝国在住のネロさんはあんな風に、自害後に堕ちた地獄のような特異点を、自分なりに楽園として愉しんでいる雰囲気です。とは言え、完璧にダークな失楽園模様になっていますが。それと一番最初に特異点の聖杯を拾ったのはシモン・マグスでして、ネロが灰から直接渡された訳ではないんですよね。グノーシスを修めていた魔術師の所為もあって、ローマは結構狂ってもいます。
 それとアルテラさんが死んでも良い様に記憶を失った儘で、人理修復の抑止力に使われているのを灰は理解しています。なので魂は自由で在れと思い、ちゃんとネロに捕えられた後はソウルの記憶を“人間”として解放させています。その所為でネロを憎めない状態になってしまいましたが、それはそれでソウルにとっては欺瞞の無い状態ですので、人間的には正しい形だとネロを灰は助言一つ残して見守っている雰囲気です。
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