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既に、各地にメディアが魔法陣よる転移門を作成している。女神の島の霊脈と、各地の霊脈を利用することで魔術転移網を作成すると言う神霊並の術式を作り合え、サーヴァントを各地の反乱軍を率いる将軍として即座に使える状況になっている。
今はもう反乱軍残党に過ぎないが、だからこそフットワークの軽さは凄いもの。藤丸やマシュも作戦に参加し、ブーディカなど共に戦局を斬り開くべく先陣に加わって、ローマの占領区域を解放していっていた。
『どうかした、所長』
「いえ、ちょっと相談を。一人の魔術師として、かなり現状がきな臭くて」
『成る程。分かったよ……―――オルガ』
そんな中、悪魔も英霊ネロに付き添うことで女神の島から離れている。あの悪魔がその気になれば、通信を逆探知することでカルデアの位置を察知し、濃霧より転移することも容易い自称。あるいは、既にもう把握している可能性は非常に高いが、だからと言ってカルデアの指令官と臨時副司令官が危機感を失くす訳にもいかない。
よって今はカルデアと所長が通信する数少ない好機となり、ロマニと相談事を話し込もうとする貴重な瞬間である。それもカルデア所長としてではなく、一人の魔術師として、この人理焼却に関するカルデア以外の思惑についてであった。
「貴方にも相談したけど、私って幼い頃の思い出が今一なくて……結構重い記憶障害があるのよ。ほら、魔術儀式の失敗で脳に後遺症があるって貴方にだけは言ったじゃない」
正しく言えば、オルガが勝手に英霊召喚の術式を試し、とある上位者がサーヴァントと言う匣に取り憑いて召喚されたことによる惨劇が原因であった。記憶障害と言う括りではあるものの、実際は更に悍ましい病魔による忘却であり、どんな神秘の医療でも治し様がないのだが。
取り敢えず、オルガが知っている最も知恵深い男―――ロマニ・アーキマンならば、と治療を申し込むのは悪い選択ではなかった。現状は何故か魔術回路を持った魔術師ではないが、彼が非常識な領域まで踏み込んだ学術者であること程度は簡単に察していた。
『聞いてる。カウンセリングもしたしね。
まぁ……自分を客観視してちゃんと現状を理解し、感情も制御出来るオルガに必要かは、医師であるボクも疑問だったけど。でも、どんなに治し甲斐のない患者でも病から治って欲しいのが、ボクと言う医者の信念でもある』
「それは良いのよ。でね、パピーから言われるアニムスフィアの冠位指定も実は虫喰い状態でして。魔術師としてやるべき事はわかるのだけど、魔術師マリスビリーが何をしていたのかは、このカルデアと言う組織の現状から予測するしか私には術がない訳」
『え”……いや、そこまでの重症患者だったの?』
痛恨の誤診。ちょっとした意味記憶の損害であるも、家系を継ぐ魔術師達としては致命傷。魔術師であることを考えれば、自分の家族のことを全て忘却したようなものてある。
しかし、ロマニも魔術師の命題に治療のためとは言え、あのアニムスフィアから聞くことは流石に出来ない。ある程度は感情も付随したエピソード記憶の発掘に協力できたので、治療には十分と判断していた。
「うん。それが私の脳味噌、ホントにさっぱりしちゃって。正直、学術者としてテーマさえあれば、自分なりに探求出来れば良かったから。父親がそこまで真剣に私に対して継承させようともしてなかったから、私は私なりに世界に秘匿された神秘を暴ければ魔術師として満足だったもの。
父も突然死んでしまって、ちゃんと遺言も残してないから……恐らく、私が知らなくて良いことで、あるいはもう終わらせているアニムスフィアの事業だったんでしょう。
カルデアに来てから、それは確信したし、だったら好き勝手に私好みの学術組織に再建しちゃえば良いやと愉しみまくってたのよ」
ロマニも、オルガが所長を始めてからのカルデアの様変わりの好む一人。魔術師として、技術者として、医療者として、誰もが何かしらの業を修める学術者として自分の職務を好きになれる環境になったのは事実。
やりがいと言う実に曖昧な、だが人間が仕事を好きなる重大な実感。
根源狂いでしかない魔術師が組織の所長をすれば、組織全体が理想を求める理念によって、人間性と倫理が目的の為ならばと腐るのが必然だとロマニはマリスビリーの人格を正しく理解した上で悟っていたが、その娘がここまで面白可笑しい“人間”だとは思いも出来なかった。
『……オルガは、根源に興味ないからね』
魔術師ではあるが、その前に今のオルガは学術者だった。探求そのものを楽しみ、それを魔術師としても神秘を暴く活力としている。
本質的に、根源が到達地点ではない。それの為に、あるいはアニムスフィアの理想の為だけに、彼女は魔術を極めている訳ではない。
誰も信じられないロマニがオルガを信頼“してしまった”のは、彼女が人間として本当に、血腥くとも輝ける星の如き強烈な意志を持っていたからだと、今なら溜め息混じりに納得出来た。
「私の生まれは魔術師だけど、生き方はちゃんと一人の人間としてこの世界を生きて、私の業による目的を決めてからじゃないとね。
―――何を生かし、その為に何を殺すのか。
そう言うのを、先祖からの命題で決めるのとか私の魂に申し訳ないのよ。せめて、生きる意志は自分自身で在らねば人じゃなくなってしまうじゃない?」
『当然だね。人なら、そうじゃないと人生を全う出来ないよ……まぁ、出来れば殺生に関わらない人生の方が、良いんだろうけど』
「そこは諦めてるわ。ほら、アニムスフィアなんて魔術師の家系だとね。生まればかりは、最初からそう在るのだから仕方ないし、自分の意志で生きようと思索出来る年齢になるまでは、どうしても環境に決められた在り方から逃げ出す意志も得られないものね」
『まぁ……それは、ボクも良く分かってるさ。人生、人それぞれだもの。
最初から周囲の人達にそう在れと当然のように望まれちゃうと、それに気が付けるまでの人生って人間としての意志を持てないから……あ、オルガがそうだと言ってる訳ではないからね』
「別に良いわよ。今はどんな難業や面倒事も心から愉しめるし、背負ってる苦行や苦痛も好きで全うしてるから、幸せな人生だとこの魂に胸を張れるわ。
苦しみ一つない人生だと、折角手に入れた自分の業も鍛えられないしね」
『それを幸福な人生だと言えるから、オルガはオルガマリーなんですけどね。ボクもその在り方は素晴しいと思うから、それなりに見習いたいな』
「良いわよ、もっと褒めて。そうすると、自分でも如何かと思う程に承認欲求が強い私の気分が良くなるものね!
でも仕方ないわ。それを愉しいと感じる心の在り様が、私が自分の業で獲得した自分の意志なんだから」
『いやぁ……はははは。相手に自覚があると、
「褒められる為に頑張ってるのも事実。独りよがりで他人に興味関心がない私だけど……そう言うのを楽しめる様に、私なりに人間らしさを頑張ってはいるのよ。
だから……まぁその、此処までの倫理観を腐った私が得るのに、貴方の医療はとても素晴らしい業だった。一人の患者として感謝しています、ドクター・ロマン」
『そう言われると、アニムスフィアの専属医として鼻が高い。うん…‥そうだね、ボクも嬉しいな』
ロマニにとって、彼女の精神は見ていられなかった。苦しむことも、悶えることも出来ず、重圧を察するまともな感情も亡くなっている。
どうしたものかと思い、マリスビリーからカルデアに何れ来る娘を頼まれたと、嘘ではないが軽口に等しい言葉を出汁にし、思い切ってカウンセリングの必要性を訴えてみた。相手が人の言葉を聞かないヒステリックな部分があれば、逆に失礼な相手として冷遇したかもしれないが、このカルデアではそうならなかった。
だからロマニにとって、彼女は上司である前に、特別な―――患者だった。
オルガが人間性を取り戻す様子を見て、まるで自分の人間性が育っていくような感覚を味わった。
『で、オルガの相談事って。多分、こう言う心境的なものじゃなく、今のこのカルデアに纏わる状況についてだろ?』
「特異点発生の、その順番よ。ある程度は見えてきたから疑問を得たのだけど―――最初の特異点、あれって人理焼却と関係ないじゃない?」
『あー……あ! まさか……今回の黒幕とは別件、なのか?
冬木特異点の元凶はレフ教授だと誤認していただけで……セイバーの聖杯は、特異点を維持する為の物でしかない。カルデアが特異点を発見出来たのは特異点を守っていた彼女の御蔭で、そもそもの発生原因は別問題だったのか!?』
「そうなのよ。まず、カルデアスによる未来観測で人理保証が出来なくなった。原因だと予測された特異点を発見した。その特異点に行く為に準備をし、レフの爆破テロを受けた結果、何とかレイシフトをしてあのセイバーを撃破した。その後、悪魔が襲来し、裏切り者を撃退し、特異点が崩落した。
そもそもフランスみたいに、特異点の解決となる事を行ってないのよ。
セイバーを撃破したのがトリガーじゃない。彼女が聖杯を守護していて、大聖杯も存在していたけど、あの冬木が特異点化した元凶を壊していない。隠れて聖杯を持ち逃げするレフが退去する際に何かを行って、カルデアも特異点崩落から逃げる為にレイシフトを行って脱出しただけ」
『セイバーが持っていた“聖杯”も、教授がどさくさに物質転移の魔術で持ち逃げてたから。後で映像記録で確認した際、デーモンスレイヤーがセイバーを殺した時に破壊されたと思ってたけど……後で見たあの魔術反応、死んだ時に空間転移で回収してた』
「私もあの悪魔の所為で目が曇りまくって、レフの裏方働きを見逃しちゃったもの。相変わらず、良い仕事をする男よね。今のカルデアにとっては不利益なんだけど。
なので、本質的な問題は冬木にあったあの巨大魔術炉心―――大聖杯。
もう崩壊したからレイシフトで詳しく調査出来ないけれども、特異点発生にはそれが関わっているのよ。それで、その特異点を何故かそのまま維持するのにセイバーは大聖杯の前で戦っていた」
『だとすると……あれ、何か問題で――――そうか、問題しかない!』
「気が付いた? そもそも黒幕による人理焼却で特異点の空に光帯が浮かんでるけど、冬木にはその異常はなかった。
フランスとローマでこの光帯を私は観測したけど、人理焼却に関わっている特異点に浮かんでる。関わっていない特異点には光帯は存在しないでしょう。これはこれよりカルデアが解決する数多の特異点を観測し、その調査結果から更に精密な情報で答えを得られるわ」
『それだと冬木で何かあって、そこから問題は発生した。原因と元凶、そして黒幕はそれぞれ別件。いや、でも……これは気が付けても、まずは人理焼却を乗り越えないと』
「そうね。だけどカルデアの人理保証の作戦はね、そもそも冬木の特異点の崩落がトリガーとなって始まったのよ。でも、一番最初にカルデアが観測した人類史の消滅と、この人理焼却は無関係とは言えないけど……多分、何かを利用されたのよ。因果関係はあるが、密接した関係性ではない。
しかし、それを基点に世界消滅の危機のルートが観測から切り変わったから、この事件を防げばまた人理継続の保証は可能。百年後の未来も、直ぐに観測可能となるでしょう。
けれど、根本的な見落としが私達には存在してしまってる。
一番最初の発生原因を叩かないと、連鎖する人理の自滅因子を狩り尽くせない」
『―――アン・ディール! いや、今はアッシュ・ワンだけど……彼女なら、黒幕側の事情にも詳しいじゃないかな。どうにか聞き出せない?』
「説明したけど、あいつはあいつで更に別件なのよ。いや、本当に面倒事のオンパレードなんだけど。善の反対は悪だけど、正義の敵はまた別の正義って言うのは良い例えで、人理の敵は違う世界の人理ってこと。
人理を滅ぼそうとする者もどうやら、この人理から生まれた知性体みたいなのは間違いなさそうだし、そうだと結局は癌細胞みたいに母胎を病死させる自滅因子が今回の原因。カルデアにとっては敵なんだけど、人理からすればカルデアを血清として扱って始末するべき病原菌。サーヴァントとして召喚されてる英霊も、言うなれば白血球のような自浄作用として運用されてるの。
逆に、今のアッシュ・ワンはこの人理にとっても敵。
裏側の抑止力を自分の探求に利用する為、また違う人理を救う為に人理焼却を程良く利用している。でも、この人理以外の世界にとって、彼女は平行世界の数だけ存在する数多の人理を導く救世主でもある」
『うわぁ……いや、うわぁ――――人類種、信用出来なくなりそうじゃないか』
カルデアで、オルガから正確な情報を得ているのはロマニだ唯一の人物。悪魔と灰が何故、こうしてローマにいるのか理解しているのも、カルデアだと所長とロマニだけ。
人理焼却の先の事を、乗り越えた未来に待ち受けるものを何となく察した儘、今のカルデアでは戦い抜く事は不可能だと所長は寸分も狂いなく理解している。真実を明かすことが、人の意志を挫く激毒になることも理解している。
とは言え、貧乏籤を引いた一人には、地獄まで所長に付き合って貰うのだが。
「でしょう? 本気でカルデア所長って言うのは、汎人類史にとって罰ゲーム並の苦行なのよね。誰が何を救うのか……その違いで、人理に生きる人間同士で殺し合う破目になってるのよ。下手したら、違う平行世界の人理を守ろうとするカルデアとも、このカルデアは殺し合うかもしれない。
せめてもの救いは、灰も私も自分達が殺し合う事に嫌悪してないって事ね。
裏切り者にどんな目論見があろうとも、全部叩き潰して、逆に焼き返し、私はあの女を狩り殺ると誓いましょう」
はぁ、と医師は溜め息と一緒に匙を投げる。獣が人理を侵す病魔であれば、彼がすべき責務も医師の医療行為と同様の命を救う他者への献身。
為すべき事を―――為す。
忍びが呟いた決意を聞いたことがある医師は、その意志の真意を理解した。地獄に堕ちるしかなかった救われない誰かを救う術はなく、だが地獄に堕ちる最中の誰かなら手を伸ばせば、あるいはまだ届くかも知れない。
『―――人の運命を狩るんだね、オルガマリー・アニムスフィア』
既に匙は投げている。だから医師は、その意志を掴むべく現実から目を逸らさない。
「それが、我らカルデアが守るべき人理の為ならば―――……絶望を、焚べましょう」
だから、星見の狩人はこの世で最も適任なのかもしれない。しかし、ただの不死では人理を守れない。オルガマリーでなければ、魂さえ死に切れない不死の極点である奴等には決して届かない。人類の魂の為に、自分の魂の為に、平然と世界を幾度も繰り返す事が出来る無限に耐えられるなら、滅びと終りを悲観する人間性を得られない。
灰では全てを焼き尽くすことしか出来ない。人の魂が本質的に、人理を焼却する程度の火力で燃え尽きる訳がないと人類種を魂の底から信じてしまっている。燃え殻になろうと、残り滓になろうと、魂がどんな成り果てになろうとも、魂が滅んでも人の魂から生まれた心は永遠だと全人類を信じている。自分がそう在り、自分の国のロンドールがそう在るのならば、そう存在出来ない魂は人間ではないのだろうと。闇の中で生まれたのならば、尚の事。
同時に悪魔では何もかもを濃霧に呑み込むだけだった。もはや魂を救う為に手段を選ばず、文字通りの悪魔と成り果ててしまっている。そんな悪魔が、全てが無駄だからと人の魂を救わない選択など取れず、やがて悪魔の獣と成り果てるのが必然の選択肢。何時かは獣の中の異界を魂の楽園であると悟り、むしろ魂が濃霧に沈むことを良しとするのも時間の問題。どうせこの宇宙から全ての魂が消えるのであれば、終わらない不死の眠りに誘うのだろう。
そしてオルガマリーを悪夢に誘った狩人では、この世を目覚めぬ悪夢へと眠らせてしまう。結果的に人類を古都の学術者共が望んだ通り、上位者と言う次世代の霊長に進化させることで人理そのものを不必要な運営機構とし、単独で宇宙の空を生きられる知性体に全人類を再誕させるだろう。人の意志は宇宙の何処までも続き、全てを人類の進化した先の悪夢とするのが進化の到達地点。上位者が夢見る空想の中で人の意志は永遠となり、思索を繰り返す。
救いと言えば救いだが―――人類に価値はあっても、人理には無意味だった。
そう言う土台ごと破壊する救済方法しか選べず、結局は不死を耐えられる魂しか生存出来ない世界。あるいは、根源より流れ落ちる魂さえも自分を存在させる道具とした完璧なる“人間”の世界。オルガマリー・アニムスフィアがカルデア所長を諦め、心が折れた瞬間―――その様が人類種の未来だと、瞳が脳裏に強烈なまで啓蒙した。
『まぁ、これからも頑張りましょう。やるべきことをやって、為すべき事を為す。結局、出来ることを全て一つづつしっかりとクリアしていくしか、人間には出来ないんですから』
「そうよね。お互い、変な運命背負ってるみたいだし……藤丸とマシュも私達と似た者同士の境遇だし、仲間もいればそれだけで励みになる。
頑張るしかないわよねぇ……頑張るしか。あぁ、でも言葉にすると頑張るって鬱になるわ。頑張っても頑張っても、前より頑張っても、更に頑張るしかどうしようもないだもの。
一人で獲物を狩るだけで良かったなら、本当に死んで頑張り続けることも全然だし、ぶっちゃけ苦じゃないのになぁ……」
『はいはい。愚痴はカルデアでどんなに長くても聞きますから、特異点攻略を今は一番に考えて』
◆◆◆◆◆
「はい。お疲れ様、立香とマシュ。反乱軍と一緒のローマとの戦いは、どう?
肉体的な疲労は大丈夫そうだし、戦いも危な気なく順調だけど、戦歴は新兵を卒業してないじゃない。何か思うところは絶対にあるからさ、何でも言って欲しいな?」
「戦力的には楽かな。でも、彼らが死ぬ姿を見るのは何時までも慣れない……いや、多分ずっと慣れられないかもしれない」
「そうですね、先輩。
…………私も、全員を守り切れる訳ではありませんから」
「そうなんだ。でも、痛いのは優しい人の証だから、それを自分の弱さだって思っちゃ駄目だからね。自分から進んで、人道を踏み外した修羅になることもない」
ローマ兵など、千匹屠殺しても心が痛まない。今のブーディカはそう言う復讐の化け物なのに、死に行くローマ兵と味方の反乱軍の兵士が死ぬ度に、表情に浮かべなくとも苦しそうな気配になる二人には心を痛める。
余りにも惨い矛盾だ―――と、本人は己の憎悪に絶望する。
ローマを焼く業火に幾ら焚べても、ローマ兵の死を何度も踏み砕いても、魂は癒されず、憎悪は死が焚かれる度に燃え上がる。
絶望など、焚べても罪が燃え上がるだけ。
人間性を捧げて悪魔となり、血に飢えるだけ。
女王の玉座はローマに破壊され、帰るべき国も消えた。
「だから、良いんだよ……―――魂が穢れる事なんて、本当はするべきじゃない」
「すみません。ブーディカさん、わたしは……でも、それでも戦うのです。わたしが、カルデアの盾になりたいと願っているんです」
「―――……誰かに、そう教えられたの?」
しかし、綺麗過ぎる水は鏡にもなる。無垢なマシュの想いは、ブーディカの暗さを映すには余りにも悪辣な姿映しでもあった。
守って上げたいけど、女王にとってそれは自身の正気を削る行い。
狂うことで理性を維持しているのに、守るべき者など既にローマが滅ぼした―――と言う現実を、彼女はマシュの姿を見て、マシュと会話する度に思い返している。
「いいえ。でも、人の在り方は教えて貰いました。勿論、良い話だけではなく、人類が行って来て……今も、世界の何処かで行われている罪の所業も」
カルデアと言う組織は、オルガマリーが所長になって変わってしまった。人類史を救う兵器として運用される少女に、在りの儘の人類史を教えるのは酷にしかならない。綺麗なものを守る為に戦っていると教えた方が使い易く、マリスビリーは徹底して情報操作した育て方を行っていた。
だが、そんな在り方をロマニが許容できる筈もない。オルガマリーは、自分の部下を使い捨ての道具にする意志など抱かない。
記録されたあらゆる邪悪の所業を、歴史の授業として彼女は理解していた。人間とは、こうして人類史を今に至るまで積み上げてきたのだと。勿論、そう在るだけの人類ではないことも。
「そう言うこと。無垢で在れば良い筈なのに、そんなキミに善悪の選択を教えるなんて、カルデアはそう言う組織なんだ」
女王は、己が直感の正しさを知る。マシュを見た時、カルデアの歪みも悟れたが、同時に今はそうではないことも何となく分かっていた。彼女が優しい人に育てられた事を、一人の母親として分かっていた。
「はい? あの、すみません。それはどう言う意味なんでしょうか、ブーディカさん」
「何でも無いの。ただ歪みのない愛し方なんだと思って。きっとマシュの事を信じているし、マシュが何かに絶望して裏切っても……多分、キミを育てた人は納得して死んでくれるでしょう」
「――――それは、その……でも、意味が分かりません。わたしは、カルデアを裏切りません」
「もし、藤丸立香が殺されても?」
「え……―――」
「もし、オルガマリーが敵の手で惨死しても?」
「―――……それは」
「キミは、今の内にあらゆる残酷な未来を想像しておいた方が良い。必ず、そんな絶望が追い付く時が来る。来ないかもしれないけど、そう考えを止めてると恐怖には打ち勝てない。
……あたしは憎悪に狂って良かった。
敵を思う儘に、残虐な殺意で惨殺して良かった。
でもさ、マシュは多分そう言うの、信じた人に裏切られても出来ないから」
「分かっています。それは、ちゃんと分かっているのです……」
思いやりからの言葉だと藤丸は分かっている。マシュに対するブーディカなりの助言であり、血生臭い戦場で生き延びる為の心得でもあると。
残酷で在れ、と言っている訳ではない。
人間は残酷な生き物だ、と彼女は言っていた。
特異点を巡るとは、人のその在り方も否定せずに戦い抜く苦行でもあるのだと。だから、藤丸も女王の想いに応えないといけない。
「ブーディカ。俺もそんな未来は思いたくもないけど……何時だって、そうなる不安に襲われている。本当は、夜を眠るのだって怖い時もある。
冬木はまだ実感がなかったけど――――フランスは、人の地獄だった。
人間が、人間を愉しそうに殺していたんだ。人間が吸血鬼になって、子供が飛竜に生み直されて、人を狩って食べていたんだ」
その言葉は恐怖に震えていて、だがブーディカを映す彼の瞳も畏怖に震えている。それを見た彼女は、ある意味で酷い納得を得ていた。
「―――復讐の為に、かしら。
フランスで人を殺し回っていた、君たちの敵となった人の目的は」
「…………………………」
「そう……まぁ、そうだったら、キミがあたしに恐怖するのも仕方がないね」
その勘違いを、藤丸は許せなかった。彼は女王を怖くはない。その憎悪が恐怖の対象の一つであるだけで、だが否定することもしたくはなかった。
「違う。怖くはない。それは本当だ。けど……もう、憎悪で誰かを苦しそうに殺す人を、俺は見たくないんだ」
憎悪は、容易く人の狂気に呑みこんでしまう。あのジャンヌだって、きっと聖女の幸福を祈れる子供だったのに。誰かの為に祈れる人であるのに、憎しみは魂を暗く染め上げる。
敵同士だと殺し合うしかなかった。しかしカルデアに召喚された後なら、言葉で通じ合えた。
彼が日々の報告としても良く会話をする所長はとても嬉しそうに、そんな藤丸の話を聞いて“良く頑張った”、“私も嬉しいわ”と子供みたいな笑って褒めてくれた。
「だから―――見てるだけなのは、諦めだ。
自分に出来る事が目の前にあるなら、人に恨まれても逃げたくない。俺はこのカルデアの中で、そう生きていたい」
彼は決して孤独なマスターではなかった。誰かの為に戦い、同時に何処かの誰かもまた藤丸の為に戦ってくれる。
繋がる縁が、藤丸立香と言う少年の心となる。意志を両脚で立ち上がらせる力となる。
だからオルガマリーは、彼一人さえ居れば自分と言うマスターが人理保証機関カルデアと言う組織にとって―――不要であると、正しい意味で啓蒙されてしまったのだが。
「そっか。全く、オルガマリーが羨ましい。こんな仲間がいると、ついつい頑張っちゃうもの」
抑止のサーヴァントではないブーディカに、人理を守る使命など一切ない。彼女にとって、この特異点こそ今を生きる現実。暗帝ネロと同様に、この瞬間に生命を燃焼させて駆け抜ける只の一人の人間だった。
だが、そのブーディカに―――英霊ブーディカが憑依させられた。
宝具や技能を保有するのはその所為であり、自分を捕えてローマで英霊と人間の聖体実験した魔術師による思惑だった。名の通り、境界記録帯から神秘を下した亜神を作り出す“聖体”の作成方法の思索であった。
「だけど、謝っておく―――ごめんなさい。
一緒に戦う立香とマシュには、もっと酷くて、惨くて、人でなしの世界を見せる。あたしの伝承をマシュは知ってるようだけど、それをローマでも繰り返す」
ローマ、死すべし。ネロ、滅ぶべし。この特異点で憎むべき怨敵は一人しかいないが、冒涜的殺戮者に過ぎないローマもまた許されない大罪人共だ。
「あたしは―――……殺すわ。
女も子供も、ローマと言うだけで皆殺しにする」
「―――どうして、ですか?」
言葉は無用であると察するのに、マシュは一秒でも考える必要がなかった。あのブーディカが自分達にそうなるべきではないと言った修羅に堕ちているのだと、あっさりと見抜けてしまった。
「あたしは殺さないといけない人間がいる。だから、その理由をキミたちには告白しよう。あたしの憎悪を真剣に悩んでくれる二人になら、あたしも真剣に考えたいからさ」
マシュは、暗いジャンヌの瞳に宿る炎と同じ色を幻視する。憎しみと恨みと、愛すべき家族のために復讐鬼となった人間の色合いだった。
止められない―――と、ただそれだけを理解する。
だが悍ましいとマシュに恐怖させ、心を壊しても正気を失えない真性の憎悪など、彼女には理解出来なかった。まだ赤子だったあのジャンヌは生まれながらにそう在るしか選択肢はなく、その意志さえ用意された憎悪の器であったが、ブーディカは人間として生きた今までの生涯がある。
どうして、そんなに―――憎むのか。
殺して、殺して、それでも憎悪の呪いは魂から無くならないのか。
本当は優しい人だと、こんな人に人殺しはして欲しくないのに、本人と戦乱がマシュの祈りを踏み砕く。
「理由の一つは今の暗帝ネロを作る為に、あのローマの魔術師はあたしを聖体と呼び、自分の屋敷で人体実験をしたから。そして、ローマが今のこの特異点となることで、宮廷魔術師シモン・マグスはネロの霊基となってアイツの中で眠ってる。
……あの魔術師は全部、全部、知っていた。
拾った聖杯によって汎人類史の未来を知ったアイツは、死後は境界記録帯の素材となるからと、人間のあたしの魂を実験素材にしたんだ。ネロを今の暗帝に作り替える為、それを実証する確実な情報資源をあたしから取りたかったんだろうね」
「……………え?」
「ウソ……………」
藤丸もマシュも、それを聞いて理解する。その魔術師は、人理と言うシステムによって特異点で惨劇を引き起こした事になる。つまり、悪用したか、人理修復に利用したか、その部分しか魔術師とカルデアには違いがない。
彼女の故郷は―――蹂躙されなければならない。
勝利の女王は―――復讐をしなくてはならない。
人類史の未来を知った者が英霊となる者の人生を歪ませ、結果的に歴史の軌道を変えれば、特異点となってしまう。
その本質的な部分を、二人はフランスでジャンヌを殺したことで理解出来てしまった。
滅ぼすべき者が、滅ぶべき者を殺し尽くす。そうやって、現代まで人理は存続しているのだと。因果律と言うものからすれば、命や魂は人類を繁栄される為の消耗品でもあった。
「あいつは分かった上であたしの故郷を放置した。あぁ、別にそれは人類史にとっては善行だろうね。それにローマと言う国家にとって、別にどうでもいい外交だったんだろう。既に未来まで観測された場所から過去に聖杯が流れてきたって言うのならさ、確かに―――ブーディカは、復讐に狂った末に死ななければならない。
あるいは、死ななくても、歴史の舞台から消えなくちゃいけない。
カルデアと言う組織から見ても、あたしの人生ってのはそんな程度の価値しかないんだろう?」
「「―――――――――――――――――」」
「良いんだ……―――ごめん。酷いことを言った。
マスターである立香を責めてる訳でも、カルデアのサーヴァントであるマシュに苦しんで欲しい訳でもないんだ。オルガマリーのことも、あたしは悪く思ってないよ。
でもね、この特異点で生きてるあたしにとって、それが人理って言う現実の正体なんだ」
いっそ、ローマに向けるように恨んで欲しい。
だって、特異点を解決するってそう言うこと。
「だから、あたしはあたしのことをもう少しだけでも言っておくよ。多分、今を過ぎれば……そうだね、改めて言おうとか。そんな楽に考えられるほど素直な人間じゃないからさ」
分かっていた筈。だが、分かっていただけだった。カルデアの使命を背負うと言う事は、特異点で見知った誰かを、人理の為に死に追いやる苦行である。所長は、必ずそうなると説いていた。二人が戦うのならば、明日を迎える為に、生きたいと抗う為に、それだけは逃れられない罪なのだと。
人理の為に罪を犯すことが、カルデアの使命。人理焼却と言う災害を阻止するには、特異点で生きる人々の死を見届ける罪人になるしか道はない。カルデアを指揮する所長が背負う咎であり、だが彼女一人に負わせるなど人としての尊厳が許さない。藤丸は責任者が為すべき罪科と理屈は分かるも、彼は理屈だけで納得はしない感情を持つ人であり、そんな馬鹿な事は間違っていると叫びたかった。
「生前の……いえ、人間のあたしがローマ人を復讐心の儘に虐殺することで、それが英霊の座に召される英雄の逸話になるって、あたしたちの国がローマに奪われる前からあの魔術師は分かっていた。だから、あたし達から尊厳が奪われるのを黙っていたし、復讐でローマ人が虐殺されるのも人理に利益になる大罪と、それが素晴しい善行だと……良い行いだったと、あいつは善人みたいに嗤っていたんだ。
あたしが英霊の座に召される事が決まって、だけど只の人間で捕まえ易い実験体だから、本当に丁度良いだけだったんだろうね」
「―――魔術師、シモン・マグス。
その人物が特異点の、本当の元凶なんですね」
「うん。マシュはアイツを知っているんだね」
「はい。ローマの宮廷魔術師です。逸話は少ないですが後の未来にも伝わってます。それにグノーシスと言う思想の、開祖に位置する魔術師でもあると。
しかし、確かに聖人と神秘で競い合う伝承はありますが……そこまでの、魔術師だったのですか?」
「どうだろうね。魔術師だったって言うんだし、外法で神秘を探求出来るなら、躊躇わずそうするんじゃない?
でもあの感じだと、そうは見えなかった。見るからに、あいつは狂ってた。多分、元からそう言う素質はあったんだろうけど、聖杯で開花したんだと思う。
だけど聖杯に呪われたと言うより、その知識と神秘に発狂したんだろう。呪詛で終わっていたようじゃなかったと思うけど」
「発狂ですか?」
「瞳がどうとか、暗い魂が……とか、良く呟いてた。危ない時は目玉を穿りながら再生魔術を掛けたり、腕を取っては外したり、首をずっと回転させたり、内臓の位置を変えたり、増えた内臓を取り出して自分で食べたり、脳味噌に指を突っ込んで掻き混ぜたり、色んな奇行をあたしの前でやってたから」
その光景をブーディカは思い出しのか、瞳から人間味が一瞬で色褪せた。暗くどんよりと憎悪と狂気で濁り、表情が段々と死んで逝く。彼女は魔術師の屋敷の地下で行われていた神秘的啓蒙活動を思い返し、神秘に取り憑かれた人間の狂気で正気が削れる毎日で精神が狂い、同時に憎悪と憤怒がブーディカの自我を守っていた。ローマを殺し尽くしたいと願う負の感情がなければ、彼女も魔術師同様に発狂していた事だろう。
しかし、藤丸とマシュはそれがこの特異点での現実だったと―――今、思い知らされる。
聖杯は起爆剤であり、特異点は人理を滅ぼししても構わない願いや望み、あるいは願望を求める餓えから作られる。獣性もまた人間性であり、ある程度の力があれば個人でも世界を容易く滅ぼせる故に、聖杯一つで人類史は罅割れてしまう。
「アイツは―――人理を、探求の実験場にしてたんだ。根源を魔術師らしく最終的に目指してたのかは、あの狂いっぷりから分からなかったけど、それも求めてはいたんじゃないかって思う」
「聖杯か……―――」
「先輩。フランスと、同じなんですね」
「そうだね、マシュ。すまないけど、ブーディカ。話しても良いんだったら、出来ればどんな魔術師だったのか、話せるところまで聞いたおきたい」
「良いよ。あたしも本当は、死ぬ前に一度くらいは……過去のこと、喋っておきたかったのかもしれないしね」
もはや聖遺物のイメージなど藤丸には一切ない。今のその言葉には汚物と見做した物に対する嫌悪と蔑視が含まれている。それはそれとしてカルデアにとっては膨大のリソースとなり、特異点から何が何でも簒奪しなくてはならない使命感はある。
だから、僅かな情報でも知れるなら知っておいた方が良い。手を抜いて良い仕事など、カルデアの数少ないマスターには存在しない。藤丸が手を抜けば、その分の負荷は同じマスターである所長が背負う事になる。ただでさえ今この瞬間にでも過労死しても可笑しくない激務の合間に特異点を攻略していると言うのに、藤丸は自分も辛い状況だからと、所長に自分が出来る事も押し付けるのを酷く嫌っていた。
「アイツはあたしの脳を実験の記録媒体にしたいんだ、とか言って……アイツは己の所業を動けないあたしに見せて、覚えさせていた。正直、この時代のあたしじゃ良く分かんないけど、そっちで言うビデオとかカメラとか、そう言う類だね。
それにしても気色が悪かった。気持ち悪いほど、何か本当に色々やってたよ。
例えばさ、急に攫った人の首を取り外したと思ったら、首なし犬の胴体に人面を付けたりもしてたね。勿論、違う人間の首同士を変えてたり、真っ二つにしたまま動いてる人もいた。人間を材料に目玉が一杯生えた脳味噌の肉塊を作ってたし、人語を喋る巨大な人面蟲を作ってた。首のない生きた人間や、頭に蛭みたいのに寄生されたのもいた。木の根っこの塊みたいなのに人を寄生させてたり、作った寄生虫を生きた人に植え付けて蛆の蛞蝓みたいな軟体生物にしてたりもしてた。色んな拷問器具で破壊した人間に液体を掛けて、それで治しては、また拷問して壊して、結局は死体で組み立てた狼みたいな化け物の部品にするためにバラバラにしてた。妊婦に変な液体を呑ませて、血も流し込んで、軟体の赤ん坊を出産させて、その赤子を母親に更に寄生させて、肥大化した頭部に目玉が一杯ある昆虫みたいな生物も作ってた。無頭の動く蒼白い人間もいて、顔面がない肉塊の頭の人間もいて、肉の頭だけで生きてるのもいて、でも全員が化け物なのにあたしと同じ人間だった。
全員……あたしに、救って欲しいと瞳が……あぁ、涙を流していて―――殺すしか、もう魂は……救いなんてなくて、終わらせるしかないのに……なのに、あたしは何も最後まで出来なかった」
「―――――ぅ………はぁ、はぁ……っあ……」
マシュはブーディカが言う残酷な現実を想像しておけ、と言う忠告を本当に正しく啓蒙されてしまった。理解などしていけない正気を削り取る過去の惨劇であり、ローマ特異点が生まれた余りにも惨たらしい誕生の理由。
脳の中に、復讐を誓った女王の光景が浮かび上がる。
魔術師は非人間であるが、非人間でさえ許されない魂の罪科であり、狂気とは―――正気では目的を為せないから、人は自分で自分を狂わせる。
理解してはならない。
分かってはならない。
認知してはならない。
英霊や、人間や、そう言う括りをして良い
「ブーディカさんは、皆を救って……っ―――あぁ、ごめんなさい。ごめんなさい。もう終わった事にこんな言葉、意味はありませんでした。
―――――……ぎ、犠牲者の皆を………殺して、上げたんですね?」
その言葉が正しいとマシュは理解し、それしか言うべきではないと分かり、だがその言葉の重さに耐えられる自分が信じられなかった。
何故、ブーディカに殺したのかと聞けるのか。
だが、答えには簡単に辿り着く。きっと―――ジャンヌを殺した時と、同じだったんだろうと。
「そうさ。もう殺して欲しいって、魂を終わらせて欲しいって……―――願っていたから。
アイツに実験材料にされたのはローマ人や、ローマの奴隷たちだったけど。家族を奪われたあたしが憎むべき奴等だったけど、それがあたしの為すべきことなのは分かってたから」
「――――復讐だけど。憎悪もあるけど、それだけじゃない。
ブーディカはそれと同じくらい、ローマを終わらせないといけないんだ」
「―――……ええ。あたしの原動力は、前からずっとローマへの憎しみ。それは消えない。
でも、それと同じように魔術師の狂気から始まったこの特異点も、あたしは絶対に許せない。邪魔をするのなら、あの暗い呪詛で可笑しくなったローマ人だろうと構わない。相手が女子供でも、踏み砕いて今のローマを人類史から消し去るのよ」
聖杯を拾った魔術師が蘇生したネロの霊基となり、特異点から消滅し、自由になったブーディカが最初にすべき事はそれしかなかった。聖杯によって狂い出した特異点の元凶の、人の罪とさえ言えない狂気の産物を消し去る為に、救われるべき魂を
その後は、ブーディカはローマとの戦争を繰り返した。
暗帝に敗れた後も生き延び、反乱軍と合流し、それでも反乱軍は総大将が敗北し、今は残党に成り果てた。
「だからね、カルデアは何が何でも生き延びて欲しい。特異点をもう一個解決キミたちなら分かるけど、他の五つの特異点もきっと地獄なんだ。英霊として召喚されたサーヴァントなら、こんな頼みは出来ないし、あたしの中のあたしも言うべき事じゃないって考えてる。
どうかね、救われなかった人を、少しでも―――助けて欲しい。
救えなくても、救われなかった人々の終わりを見届けて欲しい」
「っ………………」
「…………―――」
願いだった。憎悪の底に残った僅かな光であった。憎しみだけで動くブーディカにとって、カルデアの藤丸とマシュに託す幽かな希望の一筋だった。それさえ消えれば本当に、彼女は復讐者ですらない殺戮者になり、人間の形の儘に人を喰らう化け物へと堕ちるだろう。
「きっと、そうすれば―――キミたちの旅は、楽しくもある筈だから。
悪いことも、辛いことも一杯ある。でも逃げなければ、最後は皆との出会いは良い旅だったって、思えるかもしれないからさ」
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