血液由来の所長   作:サイトー

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 また読んで頂き、ありがとうございます。
 それと後書きでちょっと第二部の5.5章と6章で疑問に思い、ギリギリ変更が間に合ったので説明を。作者はウィキや考察サイトや考察動画を見てますので、それらを更にごちゃ混ぜにした妄想ですので、興味がなければ飛ばして下さい。むしろ、ウィキに詳しく書いてあります。


啓蒙58:反乱軍

 都市部から汚泥が漏れないように植林された神祖の領域。だが忍びは、全力疾走を気配をなるべく殺しながら行い、アルテラを安全に運び切る。稀に森林内でも徘徊する人樹もいたが、鉤縄を使って空中を闊歩し、あらゆる障害を通り抜けて森林区画を踏破した。

 目的地は、直ぐ其処。反乱軍残党より派遣されたサーヴァントが、アルテラを救助した忍びを待っている筈。メディアの魔術により、森の近くでもローマ側にバレるこもなく待機している予定だった。

 

「ヒヒン。迎えです」

 

「……………………」

 

 無言の頷き一つ。相変わらず忍びは無愛想だが、妙な雰囲気がそれを許している。淀みない動作で、アルテラを背負う忍びは自然と馬車へと向かって行った。

 そんな不自然さがない事が、アルテラからすれば凄く不自然な光景に映るのだが。

 

「おい……おい、なぁアサシン。私がお前に助けられた立場なのは重々承知している。

 だかな、流石に黙ってあのナニカが引く馬車に乗り込むのは………人として、如何なのだ?」

 

「すまぬ。あれは、良く……分からん」

 

「そうか。そうだな、そうだよな。いや、すまない。私も気が動転していた」

 

「お二人とも、ブルルンとお早く!」

 

 忍びは最初から作戦内容を分かってはいたが、迎えが赤兎馬(UMA)だと無愛想な顔が更に無表情になる。アルテラなどポカンと言う擬音が、本当にもうこれ以上ない程に似合う呆気に取られた顔となっていた。感情が虚無となり、脳内の思考回路が宇宙のような超次元暗黒となっているのだろう。

 忍びに背負われたまま馬車の中に入り、直ぐ様に「ヒヒンヒンヒン!」と嘶きと共に大疾走が始まったと言うのに、今のアルテラはまるで宇宙空間を茫然と漂うフォウのようであった。

 

「こんばんは、アルテラ。無事で良かったわ。

 ――……ちょっと、カルデアのニンジャ。早く彼女を背中から外しなさい。私が診るのですから」

 

「あ、あぁ……わかった」

 

 既に魔都ローマからの離脱が始まり、メディアの自律移動式隠蔽結界によって馬車の安全は確保されている。本来ならば結界は土地に張る要塞のようなもので移動など出来ないが、彼女に掛れば結界魔術の移動要塞化など不可能ではない。馬車の高速移動に合わせ、常に結界レベルの隠蔽工作が為されている。

 

「…………―――?」

 

 とは言え、今のアルテラにそれを察しろと言うのが無理な話。暗帝ネロの尊厳を削り取る壮絶な調教を受け続け、狂宴を繰り広げて終わり無き不死の日常を謳歌する市民達の中を抜け、神祖の人面樹が練り歩く森林区域を忍びが鉤縄で跳び回って逃げ終え、此処に漸く辿り着いたらこの超スピード展開。

 ……何が何だか、今のアルテラはもう分からなくなってしまった。

 そんな事はないと分かっているのに、寝て起きたらまた暗帝の寝室かもしれないと言う悪夢を見てしまいそうだった。

 

「それそうと、あれは……――馬、なのか?」

 

 背中から外され、忍びに抱えられているアルテラは、自分を支えている彼に真顔で疑問をぶつけた。自分達を今もこうして運んでいる正体を、何故か問い質しておきたかった。

 眉間に皺を作って真剣に考え込む忍びを、それまた無表情な真顔で見詰める破壊の大王。

 ついでに、その妙な緊迫感を少しだけ気になってしまい、魔女もまた様子を如何でも良い雰囲気で見守っている。

 

「……言えぬ」

 

「えっ……?」

 

「……………」

 

「……………」

 

「………‥…」

 

「そうか……」

 

「………あぁ」

 

 物凄い真顔で深く悩む忍びを見て、アルテラは理解できないことそのものに納得するしかなかった。

 

「もう、あのねニンジャ。とっととアルテラをそこに、寝かせて上げて頂戴」

 

「すまぬ……」

 

 地味に忍びが何と言うか気にしていたが、メディアは喋る通りにとっとと準備を終えている。馬車の中で簡易的に用意した診察台にアルテラを寝かせ、更に魔術によって移動時の揺れを最小にまで抑え込んでいる。魔女がその気になれば外科手術も可能であり、ライン越しで豊富な魔力源も得ているので霊媒手術も万全だった。

 

「――――では、診察と治療を始めます。

 主な内容は、ローマと貴女を結ぶ霊的ラインの破戒よ。それで良いわね、アルテラ?」

 

「あぁ、頼む。お前に任せたい」

 

「仕事は完璧に行います。安心して頂戴」

 

「…………」

 

 無言で頷くアルテラを確認し、作業を開始。まずは触診だった。視るだけもある程度は把握出来るが、霊体で相手の霊体に触れる方が、視えないものがより可視化される。

 

〝うっ……――なに、この生々しい魔力。

 人の本能を励起させた挙げ句、性欲を爛れさせて、色魔の化け物にする情念じゃないの。呪いの方がマシね、マシ。オリュンポスの神々の下半身だって持たないわ。

 この有り様で、良く自我を保ってたわね?

 英霊が持つ魂の強さなんて、知性がある時点でこれの前には無力なのに”

 

 余りの甘さに吐き気がした。メディアは自分を構成するエーテルを吐瀉したくなる。眩暈がするように視界が回る錯覚に襲われ、体中から体液が漏れ出る性的快楽に肌が痺れる。魔力自体が猟奇的な媚薬の効能を持つなど、暗帝がどのような魔力でアルテラを染め上げたのか容易に想像出来てしまった。

 

〝私の宝具で彼女を縛る術式は破戒出来る。けど……―――難しいわね。

 深く深く、人の魂を蕩かす暗い愛。霊体から暗帝の魔力を洗い流すのも出来なくはない……けれども、魔力を総入れ替えしないと治らないかも。

 そこまでしても、霊基と霊核にまで汚染してるのはどうしようもないわ”

 

 ―――シャキリ、と宝具をメディアは取り出した。真名は破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 これをメスの代わりとして使い、アルテラの霊体の中から不必要な異物(ジュツシキ)を排除する。

 

「取り敢えず、要らない魔術式を壊します。少し痛むけど我慢しなさい」

 

「…………あぁ、わかった」

 

 診察台で仰向けになるアルテラから見ると、刃物を逆手持ちした美女が自分を見下ろしている状態になる。少しだけ言い澱んだが、目の前のサーヴァントが自分を救うことに真剣なのは最初から理解している。

 だから、安堵した――――ローマから、解放されると。

 眼前の宝具が真名解放された瞬間―――自由になるのだと。

 胸元に少しだけ刃が刺さり、霊体の枷が崩れ落ちる。霊基を雁字搦めにしていた重石が砕け散る。

 

「さて、ローマとの繋がりはもう断ちました。後は霊基の修復と、霊体の魔力汚染の除去ね」

 

 神代の魔女の腕前は完璧である。いざと言う時に愛する者を救えない呪いを持つも、治療行為に間違いはない。何よりこの宝具は魔女の在り方(デンショウ)が具現化した神秘であり、人と人の縁を裏切ることに失敗など有り得ない。

 その事実に僅かばかりの仄暗い笑みを浮かべ、メディアは治療を行い続けた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 反乱軍残党占領地―――フロレンティア。戦場の最前線。

 士気は高まり、戦意は熱くなり、翌日にでも戦争を行える極限状態。地方領地に対して暴虐的圧政で死をばら撒いたローマへの反抗勢力は、決戦に向けてこの地に集結していた。

 

「久しぶり、アルテラ。無事でよかった」

 

「あぁ……そうだ、実に久しいな。数週間前だと言うのに、懐かしい思いだ

 我が将、ブーディカ。私が死んだとしてもお前が生きていれば、我が軍の存続を信じていられたぞ」

 

「―――良いんだ。でも、キミがいないとキミの軍は、ただの残党軍だから。

 でも今日からは違う。総司令官が復活したんだ。これよりあたしたちは、破壊の大王が率いる本当の反乱軍に甦る」

 

 ならば此処は、今より―――反乱軍最前線都市、フロレンティア。

 そう呼ぶべきなのだろう。神の鞭が戦線へ帰還した今、ローマを襲う破壊の大王がまた軍神の剣を振うのだから。

 

「すまなかった。ブーディカ……今まで、良くぞ耐え忍んだ。感謝する」

 

「当たり前さ。打倒ローマを誓い合った仲じゃないか!」

 

「そうだった。思い出すまでもない。

 勝利の女王を前に……あぁ、この私が弱気になどなれんからな」

 

 残党より甦った反乱軍のサーヴァントは、総司令官アルテラの帰還を出迎えた。これより決戦を始める土地の視察もあったが、それ以上に彼女の奪還を目にする為に殆んどのサーヴァントが集まっていた。

 だから、残党軍を総大将の代わりに指揮していた女王は喜んだ。

 これまでは生き残る責任がある戦いをしなければならなかった。

 だが指揮官の奪還が為された。決戦も始まる。終わりは近く、もはや抱くのはローマ殲滅の祈りのみ。特異点の崩落まで命が保てば良く、ローマを滅する為に遠慮なく死に逝ける戦局までやっと運び込めた。

 

「そうさ。だから……―――おかえり。キミをずっと待っていたんだ」

 

 魂より、ブーディカは微笑んだ。決意と安堵に満ちた英霊の、戦場でこそ輝く笑みであった。

 

「おぉ、破壊の大王よ。やはりお前程の圧制者であれば、あの程度の圧制者に下る訳もなし。何よりも、今は共にローマの闇へ抗う叛逆者であるのだから」

 

「ああ。なら、これより我ら反乱軍、ローマへ叛逆の狼煙を上げようか」

 

「―――是非も無し!」

 

 総司令官(アルテラ)の戦意を確認出来れば、スパルタクスは十分だった。共に戦線に立ち続ける仲間を疑う無駄な機能もなく、その叛逆の意志を見間違う道理もない。

 

〝狂ってる……―――此処は。

 上位者を求める学術者が狂わせたヤーナムなんかよりも……人間そのものが、どうしようもなく”

 

 焼かれた汎人類史より魂に映される悪性情報の坩堝となった魔都。

 あそこは外側に人類史が犯した悪が閉じ込められた永劫回帰の檻。

 邪悪と、嫌悪と、醜悪と、極悪と、最悪と、暴悪と、陰悪と、積悪と、毒悪と、姦悪と、拙悪と、害悪と、凶悪と、梟悪と、巨悪と、逆悪と、獰悪と、猛悪と、至悪と、罪悪と、小悪と、俗悪と、大悪と、諸悪と、濁悪と、旧悪と、宿悪と―――憎悪と。

 五悪になど、人の歴史は収まらない。

 故に意志が渦となり、魂に重さを与え、暗い思念が唸り捩り、都市が深淵へ沈み逝く陥没の奈落だった。

 

〝神祖の植林で妖精巨樹の森が魔都を覆っていなければ、とっくにこの特異点が重さを得た悪性情報によって……その悪に染まったローマ市民の重さによって、特異点の外側へと地表の肌理は落ちていた筈。カルデアが来る前に特異点の文明圏は沈んでいたかもしれない。

 ……あるいは、凝固させることでより濃い意志にしたかったのかも。

 どちらにしろ神祖ロムルスの森がなければ、そもそも反乱軍を結成してローマと戦うなんて悠長な戦略を組む環境さえ、この特異点によって破壊されていたのだけど……いや、でも結末は一緒ね”

 

 残党から甦った仲間同士が再会する光景を見ながら、所長は思索の深みに沈んでいる。

 

〝思惑は分からないけど、あの森はカルデアにとって最高の時間稼ぎになっている。そして、ローマにとっても有効な策でもある。

 あの神祖は……多分、黒くなってたから断言は出来ないけど――――”

 

「―――所長、良かったですね!」

 

「え、あ…‥えぇ。そうね、マシュ。

 アルテラと反乱軍の皆が無事に合流出来て、良かったわね」

 

「はい!」

 

〝まぁ、マシュが喜ぶのも無理はないわ。だって憎悪で苦しんでるブーディカも大概だけど、彼女以外の残党軍サーヴァントだって、バーサーカーだったり、ローマの狂気で酒に溺れていたりと、幾らリーダーがカリスマ持ちでも率いるの凄い難しい状態だものね。

 挙げ句、新入りがローマの裏切り者と、外側からニュルっと来たカルデアと、滑り込みの勢いで仲間になった英霊ネロとスレイヤーに加えて―――呂布を名乗る怪馬(UMA)

 何だかんだ、ブーディカの心理的負担は大きかったでしょうし……‥特に馬とネロ。

 サーヴァントじゃない生身の人間で復讐に狂いながら責任感も背負って、更にあのローマと戦争するなら、どうしたってブーディカは自分の心身を壊しながら戦うしかないもの”

 

 とは言え、アルテラの代わりに背負っていた重責から解き放たれた復讐鬼が望むのは唯一つ。殺して、殺し続け、殺し尽くし、殺し果たした末の未来。

 反乱軍に助けられたブーディカは、直接の恩人であるアルテラの前では狂気を隠す。

 渦のように深海まで廻り深まる獰猛な殺意は、魂を飼い主にする利口な狂犬である。

 

「善き哉。叛逆の志す我が友よ……―――時が、お前の魂に追い付いた。

 解放の瞬間は近い。手に届く程に、戦場で怨敵に抗う程に、欺瞞の導きを喰い破るその終わりが到来する」

 

「分かってる。分かってるよ、スパルタクス。だから、アルテラ無くして反乱軍に価値はなかったんだ」

 

「ならば、良し。お前の叛逆は、私にとっても喜びの傷痕のであるのだから」

 

 しかし、怒りを薪に魂を燃やすのは復讐の女王(ブーディカ)だけに在らず。彼女に従い続けた叛逆の剣闘士(スパルタクス)もまた、このローマを徹頭徹尾、一人残さず許せない。

 許してなるものか。あれを許して良い訳がない。

 ―――死んだ国を漁って人々を奴隷にし、玩具として処刑する圧政者共を。

 

「おぉ、アルテラ……ハハハ。無事に帰って来て良かった」

 

「相変わらずだな。しかし我が将、荊軻……深酒は体に悪いぞ?」

 

「まぁまぁ、酔わなきゃ正気もやってられない」

 

「そうか。確かに、月に酔うよりかはまだ遥かにマシだった」

 

「うぅーん……その通りだとも」

 

 赤く上気した酔っ払いの儘、荊軻はアルテラの帰還を大変喜んだ。嬉しくて、また酒を呑んだ。美味かった。ならば月明かりは陰り、現実を酔う程に見通せる。狂気と正気の境はなく、荊軻は酔えない儘に酔おうと酒を呑むしかない。

 それでも、アルテラとの再会に安堵した。反乱軍を逃がす為に殿となり、自分達が残党軍になっても戦い続けてくれると信じてくれた過去の記憶を掘り返し、その信頼をやっと返せる機会に巡り合えた。それに応えずして、無頼の侠客などになりはしない。そう思いつつも、無事な姿が見れたことを幸福だと自分に言い聞かせた。もう出会えないと思っていた戦友を良く見ながら、そのまま感傷に彼女は浸った。

 ……目を凝らせば凝らすほど、視えないモノも見えてしまうというのに。

 段々と雲に隠れていた月が地面を照らすように、荊軻はアルテラの過去を狂気より啓蒙される。理屈など存在せず、彼女を侵す月光とはそう言う輝きであった。

 

「だが、良かった。思ったより元気そうだ。

 その様子では、あの皇帝共もそこまで貴殿を酷い拷問に…………っ―――」

 

 ドロリ、と蕩ける情念を見た。

 

「―――あいつら、全員殺す。何だそれ、どう言うことだ。

 もはや酔いは醒める有り様だ。ローマ共め、狂気ばかりか憎悪もばら撒くか。久方ぶりに、心底から煮え滾る」

 

 月明かりが覗き込む。狂気とは、全ての感情を後押しする。喜びであれ、悲しみであれ、それが怒りであろうとも。

 正しい怒りなら、尚の事。

 英霊であろうとも割り切ってはならない罪悪がある。

 

「荊軻、その怒りだけで十分だ。そして、もう終わった傷痕だ。お前は気にするな。

 もはや今の私は“神の鞭”として在る事を忌諱せず、あのローマを出血させることを厭わない」

 

「む。貴殿が言うなら、私も強くは言うまい。だがな、念入りにローマの皇帝は殺すとも。皇帝の命を狙った一人の侠客として、丁寧に真心から殺意を込めて殺めて見せよう」

 

「期待しているぞ。お前の刃はとても頼もしい」

 

「任しておけ、アルテラ」

 

 そして、呂布を名乗る珍生物が引く馬車より降りたのはアルテラだけではない。医療者として馬車にいたメディアは心底疲れた雰囲気で、まるで悪夢の漁村で狩人に狩られて死んだ半魚人みたいな瞳であった。死んだ魚の方がまだ生気がある。

 同様に、忍びも疲れた様子。霊基を取り戻したアルテラから橙色の忍び衣は返して貰っており、彼はそのままマスターの下に戻って来た。

 

「主殿……只今、帰還の程に」

 

「御苦労様、私の隻狼。ローマ中心部での情報収集に加えて、総司令官奪還作戦も素晴しい結果よ。完璧な戦果よ。

 やっぱりカルデアには隻狼がいないと、私は駄目なマスターって事が良く分かったわ。こんな無茶ぶりを気安く振れるのも、貴方しかいないものね」

 

「は……有り難き、賛辞でありますれば」

 

「はーっははははははは! 畏まっちゃって、私のサーヴァントならもっと偉ぶりなさい!

 ヤバめの任務の報酬にロマンのおやつ程度なら、遠慮なく何週間分だろうとブン取っちゃって全然構わないのよ?」

 

「御意……」

 

 悪魔対策に所長はカルデアと直接通信はしていないが、隠蔽術式で音声情報は向こう側へ届いている。無論、その他の情報も相互受信は万全。

 なので「御意じゃなくない!」と管制室で一人の男が叫んではいたが、特異点の誰にも聞こえてはいなかった。

 

「フォウ‥…フォフォウ、フォウ!」

 

「フォウ殿も、労いの良き鳴声。実に、忝く……」

 

「フォーウ」

 

「は。では……懐で温めていた、これを……食されると」

 

「フォーウフォフォウ……フォー!」

 

 完璧に餌付けされた小動物の姿である。柿を器用に抱えて丸齧りするフォウは、熟した果実の甘みの虜に堕ちてしまった。

 そして忍びは持つのは、カルデアの食糧区画で作られている果物でもある。中でも星見の忍びが手を出している果樹園のそれは、誰が呼び始めたか太郎柿とも呼ばれていた。

 

「どうして……どうして、狼さん。貴方はどうして、フォウさんには美味しいモノをちゃんと渡すのですか?」

 

「マシュ殿。その瞳の濁り具合……疲れが、癒えておらぬようで」

 

 しかし、その光景に絶望の眼差しを向ける少女が一人。傍から見て彼女は闇へ堕ちていた。

 

「―――話を逸らさないで下さい!

 苦い薬に、高純度アルコールの御酒に、激辛調味料! ここまでくれば、ちょっと人の想いに鈍いわたしだって分かります!!」

 

「は……?」

 

「なんで、そこで意味分からないって貌で惚けるのです!?」

 

「我ら忍びの業は……人心に、無慈悲でもある」

 

「心底からわたしを揶揄してます! そんなところはマスターの所長に似なくて良いんですよ!?」

 

「申し訳なく……無用な気遣いが、マシュ殿を傷付けてしまわれたか」

 

「あ、あの……そんな顔で反省されると。

 いえ、いえですね……わたしも本気で言っている訳では―――」

 

「―――戯れ言を」

 

「何がですか!?」

 

 無愛想な忍びであるが、何処か憎めない愛嬌がある男。所長が篦棒に贔屓しまくるのを周りの職員たちは見ているも、誰も忍びに悪い感情をカルデアでは向けていない。生き残ったカルデア職員が善き人々なのも理由ではあるが、彼の人間性も多分に理由に含まれる。

 

「マシュ。俺だって嬉しいけど、狼さんが無事に帰って来たからって、そんなにはしゃがないで」

 

「せんぱぁーい!!」

 

 日本のバラエティー番組を密かに忍びと見ている藤丸は、彼が鍛練するボケの切れ筋が鋭くなっているのを内心で称賛する。マシュは確かに天然ボケをする相手としては純真で楽しいだろうとも思い、ついつい悪ノリする藤丸は悪いマスターでもあった。

 とは言え、忍びが悪いのも事実。藤丸の言葉を何でも頷き、彼の趣味な話に無愛想な顔ではあるが、嫌な気配一つも出さずに興味も示す。所長は職務中以外の時間、カルデアでは研究と鍛練にのめり込んでいるため、念話では良く会話をしているものの、何だかんだで接点は藤丸やマシュが多いのであった。

 

〝ローマに溢れる死。獣が空に浮かべた光帯への……人類史への捧げ者。燃やすのが好きなのよね、基本的に人間って"

 

 外側の顔は嬉しそうに頷き続けているが、内心は忍びの目から視たローマの情報を脳内に取り入れ、脳に生じる瞳で更なる奥底の真実を啓蒙する。

 ―――古い獣を焼くための、暗い薪。

 燃え殻に何とか灯る残り火に過ぎない最初の火を燃やすには、絶望を焚べるしか他にない。暗い魂を火種にして燃え上がったのなら、そうするしかなかった。

 

〝古い獣を焼くのに必要な火が、人を燃料とする炉の太陽。

 それも無色では無価値。深淵のように暗くなければならない人間性の魂ねぇ……”

 

 絶望と憎悪を燃料の薪として光が生まれ、希望と平穏が幻想の世として映し出される。元より、薪となる暗い魂こそ太陽の熱量となる。

 故に暗ければ暗い程、獣を焚く燃料となる。

 惨い地獄を深める程、良質な薪へ進化する。

 特異点で薪として蒐集されるソウルは、人類の悪性によって暗くなければ、人の世を呑みこむ古い獣に対抗出来ない。闇より生じた魂ならそのまま火の原動力となるが、根源より流れ落ちる魂は無色なれば、薪色に染めてから炉に焚べる必要があった。

 

〝けれども、そこまでして……人の魂って救われないといけないのかしら?”

 

 罪悪感のない魂。心まで灰にしなければ、人は人の魂を救うことなど許されなかった。悪行を為さねば、獣を焼く薪を用意することも不可能だった。

 何より救われないのは、灰に目的と手段が逆になった自覚があること。

 魂自体が無価値だからと、その面倒事から逃げる意志を持たないこと。

 フランスとローマで、無駄な死など一つもない。人類が悪を為すことに価値があり、重ねた罪で闇へ堕ちることに意味はあった。

 即ち――悪より生じた闇を抱かなければならない。

 色のない魂が薪となる為には、悪性情報によってソウルを黒く染め、汎人類史の罪悪によって暗い魂に類似する必要がある。その上で灰の暗い魂の血に交じり、薪のソウルとして炉となる闇を深める。同時に燃料にもなる。

 

〝しかも、効率の権化。一石二鳥なんてもんじゃなく、特異点一つでダース単位の目的を達成してる。挙げ句、邪悪な人間を仕立て上げ、そいつらが人を愉悦の儘に殺し回り、特異点内部に作った加害者と被害者をダークソウルのエネルギーに変換するとは……あぁ、そういやカルデアが人助けに悪党殺すのも、アン・ディールの思惑って訳。人理を守る為に召喚されたサーヴァントも、敵対サーヴァントを殺せば薪を得て、彼らも死ねば薪になり、特異点での全ての死が炉の薪になる暗い魂の栄養源って話か。

 ……何だかんだ、あいつは人殺しには完璧な無感情。

 人工知能よりも遥かに無駄がない。だから殺しに価値はなくて、同格との殺し合いじゃないと命を実感出来ない。ソウルを吸い込むのも呼吸と同じで、心が名の通りに灰。燃え殻の魂に相応しい意志の容。

 フランスの時は殺戮とか愉しんでいるタイプかもって考えたけど、自分以外の魂を捏ね繰り合わせて、それを娯楽としても集中する悪辣な思考も他者の魂から運び込み、より良い策謀を練る為のものっぽいし。そう言う思考回路に寄せてるだけなんでしょうね”

 

 ――ダークソウルが、灰には足りなかった。

 この世に迷い出た灰しか、此処ではダークソウルを持ち得なかった。燻る火種を燃やす手段は有りながら、薪が手に入らなかった。

 特異点での殺戮と暴虐は、人類史に必要とされた悪意でしかない。オルガマリーは隻狼より視たローマの在り方より、秘匿された一つの真実を啓蒙されてしまう。灰が人類史に啓蒙された悪意の儘に悲劇を特異点で演出するほどに、人の魂が獣より護られる救世の道を進んでいるのだと。

 

〝あぁ……だから、違和感があった。フランスで見た小さな(ヒズミ)はこれ。

 獣から人々の魂を救いたいと悪魔の希望を叶える為に、そもそも誰かの為に誰かを残虐な地獄に落とす燃え殻が、人の世が腐ってるから獣に賛同して人理焼却なんて無価値な行いをするものかよ。

 人理は腐ってるかもしれないけど、アン・ディールの魂からすれば―――ただの腐れ始めた絵画だ。

 現代程度の世界だと燃やすには早過ぎる。もっと死に絶えて、末期状態まで腐り果て、本当にもう燃やすしかない不死が死を望まなくなる程の遠い……遠い、どうしようもない程に腐った筈の枯れた魂が更にまた腐り出して……そんな、燃えるのが希望の未来になるまで歴史を完成させてから”

 

 灰は、何一つ嘘は言ってはいない。全てが本音であり、事実。腐った絵画を燃やすように、人理も腐れば燃えるべきだと考えている。しかし、剪定事象のような短絡的な計り方ではなく、あらゆる苦難と絶望を何度も繰り返して、死ぬに死ねないようになってからの―――火が導く、一つの答えである。

 だから灰の人(アッシェン・ワン)となる前の、原罪を求め終えた呪われ人の頃の魂に生じた本当の自分の意志を曝け出してはいない。オルガマリーには灰ではない意志を見せた過去はあるが、獣に賛同した原罪の意志を啓蒙することは決してないだろう。

 

〝術式の王……ソロモンの死骸に寄生する者―――憐憫に値する節穴ね。

 千里眼で灰の魂は見抜けてもそんなのは所詮、一番上の表層部分の説明文程度。軟体精霊のような寄生虫風情に、自分の魂を無用とする程に折れない心を見通せるものか。

 寿命を得てから、死を自覚し―――人間を啓蒙されてから、人間の焼却を出直して来い。

 その上で終わりに辿り着けない不死となれば、悪魔と灰が何を思って無価値だと真理を悟りながら、永劫の人生で己が業を鍛え続けるのか理解出来るでしょう”

 

 とは言え、ローマに潜む灰が外法を極める探求者で在る事に違いなし。

 フランスで語ったように、自分が進化するため行っているに過ぎない。

 

〝―――統合した魂の意志……かしら、ね?

 悪魔殺しが話した御蔭でそれなりに理解は出来た筈。死に切った簒奪者の灰としては魂を進化させるべく強くなり続けたいだけで、死に切れない呪われ人としては人の因果へ挑むために原罪を探求し続けたい”

 

 と、そこでオルガマリーは思考を切った。他人の人格解剖は得意な思索の一つだが、まだ思索を深める為の事実を瞳が啓蒙し切れていない。そして、魂をあらゆる真実で満たす灰の精神構造は、真性悪魔の異界常識が幼児の遊ぶ迷路のように見える程に奇奇怪怪。まだ理解からは遠い。

 そもそも古い獣より人類の魂を守護する事で、灰は何の因果を果たしたいのか?

 灰として蘇生されたことで、あの探求者は自分から失った何かをまだ取り戻していない。

 

〝絵画世界……残り火の時代、ロスリックと最初の火。簒奪者が導くロンドール。

 ロスリックが企てた外法の一つ……枯れて墓に眠る不死の蘇生……―――火の無い灰。

 ここまでは何とか私の瞳で啓蒙出来たんだけど。更に深く思索を実行するには、人間をより極めた上位者に進化しないと駄目かしらね”

 

「―――お前が、オルガマリー・アニムスフィアか?」

 

「ええ、初めまして。無事で良かった」

 

 思考の渦から抜け出せず、外面は真面目な雰囲気を醸しながらも思索に耽る所長に、サーヴァントが一人声を掛けた。

 それを聞き、ハッとした表情など出さない。啓蒙的思索による高次元思考は常に動いており、それが止まるのは狩りに全機能を没頭させる場合程度だ。

 

「アサシンにはとても助けられた。一人の女として感謝するぞ……―――ありがとう」

 

「あぁ……そうね、どういたしまして。お会いできて光景だわ、反乱軍総司令官アッティラ。

 私がオルガマリー。カルデアの所長で、アサシンのマスターで、ただの魔術師よ。隻狼には私が命じたけれども、ブーディカたちからの頼まれ事でもあったからね」

 

「アルテラで良い。お前からは、そう呼んで欲しい」

 

「あら、そうなの? 可愛らしい響きね」

 

「ふふ……そうだろう。私はその真名よりも、此方の方が気に入っている」

 

 藤丸はよく所長にコミュ力激高、英霊誑し、鯖キラー、カルデア召喚式に最も愛された男、と揶揄されているが、この雰囲気を見ればコミュ力云々を言われるのは甚だ疑問である。サーヴァントに限らず、初手でパーフェクト・コミュニケーションを可能するあの眼力があれば、そんな英霊ともある程度は信頼関係を築けることだろう。

 彼がそう視ていると、見目麗しい美女二人は笑みを浮かべ、自然な空気で握手をする。所長はある意味、第三者視点から見ると気味が悪いほど理想的な人格だと言うことに藤丸“だけ”がカルデアで気が付いている。まるで誰かかにそう在って欲しいの望まれた様な、人から慕われるべき人間性で在る。

 

〝俺は所長を見て……何を、考えているんだか。誰だって、他人と接する時はそう言うものじゃないか。可笑しな話じゃないし、俺だって人に合わせて会話をするのが自然な空気だ”

 

 不自然ではない不自然さに、藤丸は何故察せられたのかは分からない。しかし、所長が相手を騙していないからこそ、詐称なき望まれた人徳を見抜けたのかもしれない。あるいは、誰かにそう設定してから構築されたような、思考回路に靄が掛る一種の狂気的カリスマ性。

 偽善でもないのなら、善性に見えるそれが何なのかは……―――どうも、考えが深まる程に思考が鈍り、藤丸は答えにまで手が届かないのだが。

 

「初めまして。藤丸立香です。宜しく頼みます、アルテラ」

 

「わたしは先輩のサーヴァント。マシュ・キリエライトです。宜しくお願いしますね、アルテラさん」

 

 とは言え、それとこれとは話は別。反乱軍総司令官にまずは顔を覚えてもららないとならない。

 

「道中、忍びからカルデアについて聞いている。大変優秀な、マスターとサーヴァントだと。

 こちらこそ、力を私たちに貸してくれ。あのローマを倒すには、どうしてもお前たちのような者が必要となる筈だ」

 

「はい!」

 

「うん、頑張ろう」

 

 カルデア所長は、何故か胸騒ぎがして仕方がない。自分のサーヴァントが現地の協力者であるサーヴァントを、地獄と呼ぶ事すら冥界の神に対する冒涜となる人間性の地獄から救い出し、こうして彼女が最も期待する最後に選らばれたマスターと、カルデアが生んだ最高傑作のサーヴァントが、心を通わせて人理焼却へ挑もうとしている。

 喜ばしいことだった。嬉しいことだった。

 戦略通りの素晴しい現実で、思った通りの展開だった。

 何一つ問題がないのだ―――どれ程、灰が邪悪を特異点で為そうとも。

 カルデアが特異点を解決する障害にはなるが、達成不可能な困難には何故か奇跡的にならず、実に上手く所長が考えた通りの展開を運び込める。その結果、フランスでは聖女ジャンヌ・ダルクを積極的にカルデアと協力させる要因となり、ローマでは反乱軍と言う最大戦力と一瞬で友好関係を結べている。

 

〝人理焼却―――そも、私が狩るべき獣なの……?”

 

 悪夢のように滑らかな拍子抜け。地獄を見届けるも、カルデアの手で地獄を作り出すような事態にはなっていない。

 戦争をするとなれば、現地協力者がいない場合、所長はカルデアだけでも宝具による敵軍殲滅作戦を実行する意志があったが、そのような大量虐殺を人間相手にする必要性はまだなかった。医療教会の外道共と同じく一般市民に対するホロコーストも、敵側が悪辣な策を用いるとしなくてはならない場合もあったが、そうする局面に立ち会っていない。

 

〝ある程度、道筋が仕組まれているのかしら?

 我が師、月の狩人の御意志。いや、あの狩人の上位者が……獣の人理焼却を見抜けずに、偶然にも私の呼び声に応えたとでも?”

 

 最初の特異点以外にも、致命的な見落としがある。なのに、所長の瞳が暗い奈落を見付けられない。まるで一寸先を霧で隠されたような、視界が曇る深い森の中を彷徨う迷い人の心境だ。

 

〝―――駄目ね。まずは狩らないと。

 私は星見の狩人だものね、殺してから考えましょう。

 不死だから魂を殺せないとしても、アッシュ・ワンを狩り()って、血の意志を瞳から吸い込まない駄目みたい”

 

 短絡的だが、真理だった。狩人とは、狩れば全てを解決してしまう者。情報が欲しければ、その意志を狩って血として自分に流し込めば良いだけの話。

 しかし、本当に所長でも分からないことだらけ。ローマを見た事で、新しい事実から疑念がまた生まれる。

 カルデアのメンバーとアルテラが会話を深める最中も、所長は思考の迷宮から抜け出せず。エミヤや清姫もアルテラと話し終え、戦力として紹介が終わっている。彼女は所長としての外面を保って仕事は行っているも、実際は脳内の啓蒙的思索に集中し続けている状態。

 

「お前が英霊――……ネロ・クラウディウス。

 あぁ、そうだったな。奴はもう、別の魂を持つ人間。お前こそ、薔薇の皇帝らしい在り方だ」

 

「そうか……このローマでまだ余を、薔薇と呼んでくれるのか。心遣い、誠にすまないな。それとな、話はもう聞いている。

 貴様が、破壊の大王……英霊アッティラ。初めまして……で、良いか?」

 

「……っ―――そう、だな。

 初めましてで合っているぞ、ネロ。そして、私の事はアルテラで呼んでくれ」

 

「そうか。では、そう呼ぼう」

 

「あぁ」

 

 事の大まかな詳細は所長より説明をネロは受けている。現在のローマの惨状と、皇宮で行われていた営みを知れば、アルテラの余所余所しい反応も普通だとも考えている。生前があの様となる女が、英霊のサーヴァントで別人と言えど、被害者が身構えるのは当然の反応。

 

「少しだけ、良いか……?」

 

「構わない。何だ、ネロ?」

 

 だが実体は逆。アルテラはネロに友情に近い思いを覚えている。その原因は、灰の臨床実験ではあるが。

 暗帝を作り出した探求者(アッシュ)は、そも知識に貪欲。英霊に対する関心は深く、宝具を構成する神秘を暴くのも探求の一環。そんな探求者が遊星の端末に関心を抱かぬ道理はない。少しだけでもソウルを見てしまえば、もう暴いて欲しいと言わんばかりに甘過ぎる匂いがする好奇の塊。

 結果―――境界記録帯(ゴーストライナー)の情報を、アルテラは魂が壊れない限り穿り返された。

 本来なら思い返せない平行世界で召喚された記録もある。あるいは、まだ生きている自分の情報も反映されてしまっていた。

 

「そうよな…………あぁいや―――」

 

「―――構わないと私は言った。

 安心しろ、ネロ。今の私はメディアのおかげで万全だ。そして、赤兎が引く馬車の旅も快適であった。休息は十分にもう取っている。私の体調を気にする必要はないぞ」

 

 故にアルテラは―――嬉しかった。

 知っている儘の姿でネロが居てくれている。暗帝はもう闇へ沈んだ黒き薔薇となって枯れる事も出来ないが、こうして情熱に燃える赤い薔薇がまだローマに咲いていた。

 

「…………」

 

 だからネロは決心をすることが出来る。恨まれていても、憎まれていても、共に戦うのならばケジメは着けなくてはならないと考えていたが、既にその必要もない。だが、必要ないからと話さない訳にもいかない。

 ブーディカからは、特異点での憎悪は特異点のキミから貰い受けると言われて拒絶されたが、何であれ責任を背負うのが皇帝の職務であった。

 

「この時代の余が、貴様には酷く迷惑を掛けた。謝って済むとは思わぬが……それでも、余は貴様に謝りたい。頭を下げたい。

 ……すまなかった、アルテラ。

 暗い狂気に酔う余を許さないでくれ。あやつに敗れ、腕を捥がれた余も許さないでくれ。

 だがどうか、これから皆と共にローマと戦うことだけは……どうか、余の我が儘を―――許して欲しい」

 

「―――構わない。私は所詮、破壊の化身である。

 だが、お前の決意を壊すような破壊者では……何故か、在りたくはない。壊したくないと、そう思っている」

 

「―――――――――ッ……」

 

 我慢出来たのは、奇跡的な偶然だった。ネロは一瞬、人の温かさに本気で涙が出そうになった。しかし、涙が流れるのは一瞬だけで張り詰めた精神が崩壊した隙間からだ。

 此処までの地獄、魂が悶え苦しむ毎日。

 想像も許されない悪夢、正気が削られる日々。

 魔術師や学術者としての頭は良いが実は天然気質な悪魔殺しや、何時も自分を呂布と勘違いしている赤兎馬が、この特異点で仲間になって行動していなければ、ネロとて特異点にいるだけで強まる自分の悪性に耐えられなかったかもしれない。暗帝ネロが君臨する故に、英霊ネロは存在しているだけで合わせ鏡となって邪悪に侵され、理性のない獲物に堕落していたかもしれない。

 

「……そうか。感謝する、アルテラ。

 正直な、言うべきではないと分かっておるが……もう本当は人を殺すのも、人の死を見るのも……余は、疲れていた。

 だが貴様が率いるのならば、まだまだ頑張れる気力が湧く。

 ローマ帝国を誅する反乱軍に皇帝がいるのも、随分と可笑しな話ではあるがな!」

 

 ネロは仲間に恵まれた自覚があった。あの怨讐を誓うブーディカでさえ理性で狂気の手綱を握り、英霊ネロを心底から憎悪しながらも、特異点の暗帝ネロだけを恨み尽くすと殺意を逸らしてくれていた。カルデアも善き人間であり、反乱軍のサーヴァントも同様で“悪い人間”からは程遠い。

 暗帝に奪われた腕が疼くが、殺人衝動を抑えるだけの意志はまだ残っていた。

 いや、魂を貪る為の殺戮をしたくて堪らないとソウルが餓えるも、ネロはその殺意を一点に凝固する強靭な意志で戦い抜いていた。

 

「ヒヒン! おや、ステンノ殿。

 人間に無関心な貴女が何故、此処にブルルン?」

 

「唾が飛ぶから、余り昂奮しないように」

 

「あぁ、レディに何と言う粗相を……ッ――すみませぬ!!

 呂布であれば、美少女に対する礼儀もヒヒンと完璧でありませねばな!!

 まぁ馬的な美的センスで言いますと、ステンノ殿はもう少し顔を細長くして馬面になってイタダキタァイのですが。

 あ、勿論、呂布としての好みの話ですよ。ほら私、超軍師の軍神五兵を使えますのでブルルン!!」

 

「―――……そうね。本当、そう」

 

 女神的なエフェクト効果を魔力の後光で作り、飛んで来るソレに対する守りとした。サーヴァントになることで戦う力を得た為に可能となったことで、生前の儘なら無防備で浴びていることだろう。あるいは、メドゥーサバリアを張ったことだろう。

 

「おぉ、声だけは良いお馬さん。任務ご苦労、こんにちワン。褒美に我輩の人参をやろう。そこの悪魔が魂からにゅるっと出したやつニャけど」

 

「ヒヒン、美味!」

 

「褒め言葉を有り難う、形容し難き呂布もどきの馬。私が鏖殺したデーモン共のソウルを栄養源にした私の神殿産だ。

 魂喰らいのサーヴァントには、実に丁度良い餌になるだろう」

 

「其処はかとなく嫌な予感が致しますが、(ウマ)ければ良し。(ウマ)だけに、ブルルン!」

 

 ボーレタリアだと人間もそうだが、馬の扱いも酷いものだった。悪魔は死骸になった馬に良く他のデーモンを殺す者がサインを残しているのを見掛けたが、内臓を晒す馬の屍の表現方法としては逸脱だと思った。

 とのことで、ボーレタリア時代だと生きている馬は非常に珍しく、基本的に生き物は殺意剥き出しで襲ってくる化け物。正直な話、赤兎馬位の珍妙さだと可愛らしさしか感じられない悪魔の感性が、少し可哀想になるだろう。

 

「啓蒙高いわね……いや、本当に。ミコラーシュが喜びそうな悪夢っぷり」

 

 それを傍から見ている所長の呟きを、偶然にも近くに居たエリザベートに聞こえていた。と言うよりも、彼女に聞かせたのだろう。

 

「島だとこんな雰囲気よ。あの悪魔、堅物真面目キャラっぽいだけのボンクラ貴族じゃない。気配も、貴女や藤丸と変わらない人間でしかないし……本性知らないと、何だかんだで接し易いのよね」

 

「長く生きてるから、人間と言う知性体そのものを神よりも理解してるんでしょう。それこそ魂の隅々まで。

 ……ま、あの悪魔は如何でも良いのよ。この特異点じゃ、無害だって理解してるし。

 私が気になってるのは、貴女達。女神の形ある島から出て来ないって思ってたんだけど、何で心変わりしたの?」

 

「え、今更ね? むしろ、反乱軍と協力した時から、最終的にはカルデアとも全面的に協力する予定だったのよ?

 各地での反乱行動は消極的だったけど、最終決戦にはちゃんと全力で力を貸すもの」

 

「へぇ……あの、血の伯爵夫人が?」

 

「そうよ。その伯爵夫人がね。まぁぶっちゃけた話、(アタシ)はあんな様になったライバルを見てられないってだけだけど。

 とは言え、英霊としての本人もいるから……手助け程度は、して上げても良いかもねって」

 

「友情とは。何だかんだ英霊も死後に結んだ縁で、それなりに人類史って言う営みを愉しんでいる訳ね」

 

「―――そんなものじゃない。

 はぁ…‥貴女、貴族生まれにしては少しデリカシーがなってないじゃないかしら?」

 

「反省してるわ。でも、忘れっぽくて。

 けれど……―――成る程。あの女神様が本気になってくれるのなら、反乱軍も助かるわね」

 

「デリカシーがないって言ったばかりなんだけど……フン。そうよ、やる気出し出んのよねぇステンノ。

 一人のアイドルとして、ステンノはブタ共から愛される原始のアイドルだから尊敬はしてる。けれどもね、それとこれとは別問題なの」

 

「あくまで自分の意志で戦うと。でも召喚されたのなら、そりゃそうよね。

 それでしたらカルデア所長として、どのような理由であれ、共に戦って頂ける貴女には最大限の感謝をしています」

 

「気にしないで。キャットもそうだけど、好きに戦って、好きに死ぬだけ。結果的に誰かの為になるんでしょうけど、人を理由に死ぬ気なんて更々ないもの」

 

「同感。人理の為に戦うけど、私だって人理の為に死ぬ気は毛頭ないわ」

 

「―――……あぁ、そう言う。貴女、やりたいからやってるだけなんだ?」

 

「カルデアだと多分、私だけはそうなんじゃないかしら?

 藤丸やマシュは他の選択肢がないから違うし、カルデアの職員もやるべき事をしてるんだけど」

 

「あのマスターニンジャもそうっぽいけど?」

 

「……私の隻狼のこと? まぁ、そうね。

 一人の忍びとして、為すべきことを為しているのよ。私に仕えているけど、私の為に仕えてる訳じゃないから」

 

「堅物ねぇ~……マスターの貴女も、息苦しいんじゃないの?」

 

「まさか。私が自分勝手な女だから、あの位が丁度良いわね」

 

 フランスの時のエリザベートとの違い。記録の残滓はあるかもしれないが、記憶がそのまま続いている訳ではない。特殊なカルデア召喚式で呼べば、特異点“本人”のエリザベートも混ざった英霊召喚も可能であるも、抑止による召喚となれば別人だ。

 

〝―――白い巨人の端末の、そのまた成れの果ての……サーヴァントと言う使い魔”

 

 女神ステンノは、嘗ての先史文明時代においてオリュンポスの神々を食べ尽くした文明の破壊者セファールを神の知識として知っている。あの遊星の尖兵のそのまた人型端末が一人の人間として生きた末、英霊となった事実自体も知ってはいる。ギリシャ神話に逸話を持つ神霊であれば、オリュンポスの神性もまた遊星と同じく他惑星からの外来種族であり、星に由来しない神性でもあることは知ってはいた。

 既にセファールに破壊されてはいるが、本体は人間に神と崇められた巨大機械。あるいは、移民船団にして宇宙艦隊。即ち、神とは機神戦艦である。

 

〝特異点、ねぇ……フフ。ハデス神の冥界が慈悲深く感じる。此処にメドゥーサがいなくて、本当に良かったわね”

 

 しかし、それでも因果な世界だと女神として笑みを溢さざるを得ない光景だろう。本質的に、神と魔は紙一重。人食いの神性を加味すれば、人間にとって化け物でしかない神性も数多い。

 神にとって―――否、神だからこその地獄と言うものがある。

 あのローマと言う魔都はあらゆる神性にとって劇物。人間を狂わせる災厄の悪性地獄だが、本質は人間以外を容易く発狂させる人間性の坩堝。見なくとも神霊ならば、同じ特異点に存在しているだけで死よりも悍ましい終わりを啓蒙される。まだ内臓を曝け出して死に絶えた方が数百倍も倫理的で、惨たらしく轢死した方が人道的な死に方だった。

 だからステンノは、メドゥーサも召喚されなくて本当に良かったと魂から安堵する。きっとヒトの闇に蝕まれた末、見るも無残な異形の魂に変質される。結果、三柱が融合した人間が望む以上のゴルゴーンが誕生していたことだろう。

 

「あんな場所から良く無事に戻れたわね、破壊の大王アッティラ。

 私の真名はステンノ。貴女が破壊衝動が感じる通り、ギリシャ神話由来の女神。そして今は、貴女の反乱軍の協力者をしているサーヴァントの一柱となるわ」

 

「そうか。宜しく頼む、女神ステンノ」

 

「ふふ。えぇ、よろしくね」

 

 だから、喜ぶべき状況だった。王を失った反乱軍は残党軍へと失墜し、だが各地で勢力を更に掻き集め、こうしてまた反乱軍へと再誕する。

 計画通り、と神らしく女神は笑う。

 何の為に協力したのかを思えば、此処が分水嶺。

 尤も星見の忍びを見た時点で、救出が不可能ではないと分かってはいたが。

 だが、抑止力が白い巨人の端末まで使ってローマ滅殺を企むとは、確かに神の鞭となってローマ帝国に破壊を齎した大王とは言え、本当にもう後先考える猶予がない証拠でもある。

 

「…………」

 

 フ、とステンノはカルデア所長を盗み見る。何故かは全く分からないが、気分良く煙草を一服していた。

 

「すぅ……はぁー……――ん、吸う?」

 

「吸わない」

 

「…………体に、害はないわよ?

 実質、有害性を排除した健康嗜好品だし。ただ少し……えぇ本当に少しだけ、瞳に光の筋が奔るのよ。淡く眩い、まるで神秘的な……謂わば、光り輝く導きのような……思考を誘う蛍のように」

 

「吸わない。絶対に―――吸わない」

 

「セットで、鎮静剤も付いてるわよ?」

 

「それ、完全に私を底無し沼に引き摺りこもうとしてるわね?」

 

「そう……なら、残念」

 

 赤兎が馬面にしたがっていたので、少しばかり聖剣遣いを思いながら啓蒙深く一服する。発狂すれば、馬の様な醜い獣が出来上がるだろう。とは言え、本当に健康嗜好品で無害なので問題はないのだが。そして所長はヘビースモーカーの肩身が広い特異点では優雅な喫煙生活を送り、休憩には火と灰と煙がなくてはならない。

 

「スレイヤー殿、人参もう一本ありますかな?」

 

「中毒だな、貴公……有るが。欲しいか?」

 

「口の中が寂しくて堪りませんので」

 

〝あー……傍から見ると、喫煙者ってあんな風に見えるのね”

 

 人参を口からしゃぶり“憑”く馬の姿を見るが、非喫煙者から見た自分の姿も似たようなものだとは分かりつつも、だが止められないのが中毒症状と言うもの。所長は酒、煙草、輸血液を止められない習慣になってしまったが、そもそも心身に対して不健康な部分など欠片も無し。狩人の嗜みだ。

 開き直り、更なる一服。相手が受動喫煙をしないように気を付ければ良いやと思い、しかし霊体のサーヴァントが相手だと神秘的啓蒙活動は問題ないだろうと平気で吸っていた。

 

〝決戦まで三日。さて、どう狩りましょうか?”

 




 人類愛は人類悪となる。人類愛がないと、人類悪の獣にはなれない。人類悪だけでは、ビーストの霊基は得られない。多分、ギルガメッシュ王とか安部さんとかの台詞を聞くとそんな雰囲気。
 となると、人理補完式ゲーティアの人理を見守り続けると言う人類愛は憐憫を抱いたことで、人理焼却式と言う人類悪となった。地母神ティアマトの人間と言う子供を愛すると言う人類愛が回帰を抱いたことで、新人類ラフムによる自分の子供による現人類の鏖殺と言う人類悪となった。ゼパる前のセラピスト殺生院は無償の愛で人を差別なく癒す救世主の資格を持つ人類愛が愛欲を抱くことで、羽虫のように足掻く人間で気持ち良くなりたい人類悪となった。カーマは何か、愛の神が普通に愛欲で変わったんじゃねって言う人類悪かも。フォウも元々は善き人々が大好きっぽい人類愛の持ち主だけど、善悪色んな人と人を比較することで人類悪を抱き、プライミッツ・マーダー化してヒャッハーするんじゃないでしょうか。ネガスキルもビーストとして否定したい人類愛に対する人類悪のパゥワーみたいな。キアラさんとかまんま、救世主になれた筈の自分への否定で分かりやすい。
 なので古い獣は、サーヴァントの霊基を得てもビースト霊基は無理っぽい設定です。ビーストにしてみようかとも思いましたが、ドーマンで思い止まり、オベロンで成る程と思いました。人間に最初から期待も興味もなさそうですし、それならまだ月の魔物とかの方が人間寄りの善き冒涜かもしれません。ちゃんと人類を愛した心を持つ知性体ではないと、その人類愛をビーストの霊基に変換する素材に出来ないのかもしれません。そして、英霊とは境界記録帯であり、それのサーヴァント化はソロモン王の決戦魔術・英霊召喚がオリジナルであり、ビーストもサーヴァントの霊基を持つとなれば、正にゲーティアこそが一番最初のビースト霊基に相応しいと考えられます。そもそもオリジナルの召喚術式ですし、カルデア式召喚も元々はソロモン王の決戦魔術の派生術式。ゲーティアの一部だった式とも呼べます。
 よって、DOMANがビーストになれる道理はなかったと言う風に考えています。そもそも彼の中に人類悪はありましたが、ビースト霊基に変換されるべき人類愛が存在していなかったのでしょう。オベロンとドーマンはそう意味では同類の、人類愛を持たない普通の人理に迷惑な「悪」だと第六部の妖精國で思いました。
 なので人類悪とは人類愛と言うギルの台詞は、文明に対するある種の絶望によって人類愛をビーストクラスによって霊基変換された自滅因子かなぁという感じに思ってます。文明より生まれた人間の獣性ですので、その文明を滅ぼす自殺機構と言うのがビーストたちに通じる本質なのでしょう。人間の罪より生まれた悪が、人理を滅ぼすとなりますので、それを灰が理解した場合のゲーティアに対する対応を考えると……と言うのが、所長が啓蒙された情報の一部分となりました。

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