血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙59:暗い、暗い空

 眼下には、炉に焚べる薪の狂宴。

 眼前には、死ねなかった女の姿。

 

「皆さん、来ますねぇ……ふふふ」

 

 魂を黒くする程、人は救われた。

 命を泥に浸す程、人は導かれた。

 

「何だ? 此処に誰か来るのか?」

 

 ポカン、と暗帝(ネロ)は灰を見詰めた。

 そして、憐れな人形(サーヴァント)を微笑んだ。

 

「あの反乱軍残党共が……あぁ、間違いました。アルテラさんを取り戻しましたので、今はもう反乱軍でしたか。そろそろ決戦が始まりましょう」

 

「ローマに攻めて来るのか……クハハ―――無駄なことを。

 此処へただの人間が攻め入れば、ローマ市民へなる闇の窯の底である。むしろ、それ以前の問題。神祖の森に招き入れれば、反乱軍兵士は樹木の栄養源になる」

 

 ロムルス(ランサー)による神祖の妖精樹海。

 異界常識による暗い都(ローマ)の囲い蓋。

 

「はい。ですので、反乱軍は野戦を誘っています」

 

「野戦? なんだ、ローマを相手に釣りか?」

 

「健気ではないでしょうか。反乱軍は自分達の命を釣り餌にし、殺してみろと挑発しているのですから。

 とは言え、乗る必要もありませんけどねぇ……ふふふ。各地に散らすしかなかった帝国軍も、カルデアのマスターとサーヴァントらと協力した反乱軍によって随分と減らされてしまいましたが、そもそもローマ市民は擬似的ですがローマ内部であれば不死の化け物なのです」

 

「ハァ……―――等と言いつつ、貴様であれば打って出るのだろう?」

 

 胡散臭く、露悪的に嗤う灰へ暗帝は溜息を吐く。今はそういう気分でもあり、正しく気が乗らない陰鬱な夜明。

 時はアルテラを忍びに奪還され、二日後の早朝だった。後宮のハーレムで酒池肉林を丸一日過ごしても、美の女神の如く麗しかった彼女の肉が全く忘れられない。二日目はぐだぐたと酒に入り浸る時間を過ごす。

 正直、灰の優しさを暗帝は生暖かくも感じている。一切嫌な雰囲気を出さす一晩中愚痴を聞き、全てにおいて本人が言って欲しい的確な助言をする人間の感情に対する理解の深さ。

 しかし、その話題も切られてしまった。暗帝はアルテラと楽しめないストレスからある程度は解放されたことで、逆に興味がなかった反乱軍に対する執着が生まれている。灰のその言葉を無視は出来ず、むしろ更に聞き掘りたいと思っている。

 

「勿論です。野戦となれば、ローマの方が有利なサーヴァントが多いですから。それに反乱軍のサーヴァントを何名か市内に誘い込んだ方が、ネロさんの計画も上手く運べると思いますからね」

 

「それよな。余らローマ皇帝を殺せる程の少数精鋭を送り込むのが狙いなのは明白。そもそも、ローマの外側で最終決戦をする訳にもいかぬ。

 ―――おぉ、まことに良い運びではないか!

 野戦に乗ってやれば、のこのことローマの戦力を裂いたと反乱軍は正しく判断し、神祖の樹海を突破出来る者共で一気に攻め込んで来ると言う訳だ」

 

「そのようです。陳宮さんとカエサルさんも、同様の判断をしておりますから」

 

「ふふふ、うふふ……ッ――フハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 暗帝は妖艶に笑った。見る者の意識がネロ一色に染まる狂気であった。ネロだけが正しく人間性を尊べる人類だと錯覚する魂の強さであった。

 ―――美しい。

 ―――麗しい。

 貌と体と同じく……いやそれ以上に、暗帝の魂が狂ったように美麗だった。

 

「なるほど。ならば―――虐殺だ!

 殺戮による蕩けた人間の喝采だ!

 あぁ、戦争が出来る。情け容赦のない、只管に殺すだけの戦争が。

 こんなモノは最悪の外交手段でしかないと考えておったが、だが戦争が強くなければ市民に平穏はなく、戦争を求めなければ市民に幸福さえない。

 しかし、同じくローマも血を流さなければならぬ!

 肉が削げ落ち、骨が砕き折れ、臓腑を撒き散らす!

 ―――そうだとも。

 そうであったのだ!

 ずっと人間はそう在り続け、その果てに文明を腐らせる。

 有り難き叡智だった。正史の余の死より凡そ二千年間の地獄、素晴しい最期であった。英霊を拒絶した余だからこそ、心より別れの言葉を言わないとな。

 達者に燃えてくれ―――人類史!

 自らの悪性に結局は自滅するしか途がなかった我らの旅路。

 ならば、この闘争を最後の足掻きとせん。このローマによって、人理存命の希望を暗黒の深淵に沈めよう!!」

 

 灰は、暗く美しい女に微笑んだ。そうして貰わなければ、暗い魂の血を流し込んでも良い炉の薪にはならない。酷く効率が悪く、燃料の質が薄まってしまう。フランスでそう在ったように、ローマでもそう在らねば人が死ぬ価値がない。出来るだけ惨たらしく、可能な限り悍ましく、命を終わらせなければ死ぬ意味もない。

 悪性情報に満ちる人間性が、本来は無色である筈の星幽界から流れ落ちる魂を色付けする。それだけではただの魂でしかないが、黒く淀んでいなければ血に染まっても、ダークソウルの栄養源にはなり難い。

 

「はい。戦争です。ずっと続いた反乱軍との、最後の戦争です。貴女が望んで、貴女が作り上げる、人理を賭した美しき戦争です。

 ローマが圧倒的な力で踏み潰す反乱軍と、そのサーヴァントと、彼らに協力するカルデアが放つ命の煌きは、きっと貴女の瞳を焼く価値のある輝きとなって燃え尽きましょう」

 

「あぁ……―――良いな、それ。

 美しき人間の命が炸裂する瞬間は、きっとどんな演劇よりも愉しい悲劇だろう」

 

「ええ、人は様々なモノに命を賭けて戦います。しかし、ローマと殺し合うのは明日を生きたい人類の為に戦う皆様ですから、綺麗な花火となって燃え弾けます。

 なので、どうか………どうか、人類史が生んだ獣性には負けず、挫けず、諦めず、善き人間の未来を救う人類愛に至ったカルデアは戦い続けて貰いたいですね。

 だからネロさんも、これより殺すカルデアを祈りましょう。獣に堕落した皆さんのように、己が使命に心が折れないよう、人間として人の未来を祈りましょう」

 

 祈りに価値がないことを知る灰だからこそ、彼女は人間を祈らずにはいられない。そして、笑みを浮かべずに祈るなど、況してや無表情で人間を語る空虚さなど灰は持ち得ない。

 笑みとは、面白いから溢れ落ちる。幸福だから浮かび上がる。真理を理解した魂であれば、人間性を啓蒙されたその意志に狂った笑みを与えてしまう。故に灰の笑顔は、太陽のような全てを焼き尽くす熱量があった。

 

「人類愛が人類悪に変わってしまうのは、一人の人間として実に勿体無いですからねぇ……ふふ、うふふふ、うふふぅふふふふふ―――アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!

 ―――あぁ、そうだとも!!

 こんな程度の悪意に魂を見失うのは、余りに意志が弱過ぎる!!

 人間が無価値に死ぬ繰り返し程度で魂を諦める等、人間で在る資格などない!!

 生死の輪廻など当然! 見苦しくて何が悪い!! 滅んだ程度で人は決して終わらない!!!

 持って生まれた魂を塗り潰す程の渇望とは闇に等しく、ならば魂が営む人類史は永劫に続くとも!!

 姿を変えようとも、魂は変わらず、そして魂から生まれた意志が―――あらゆる無価値な使命と運命を、最後は必ず克服する!!

 この私が苦悶しか存在しない世界を明日へ導き、人間が未来を生きられる世界としたように。

 だから魂を持って生まれてしまった我ら人間は終われず、命を終えても何も終わらず、世界が滅んでも永遠に苦しむしかないのだよ。

 なぁネロよ、貴公ならば人の命を理解出来るだろう?

 まだ不死の因果へと挑む前であろうとも、人類の希望に勝った貴公ならば、何も無い暗い明日を啓蒙されることだろう」

 

 何の為に、人は命を賭けるのか。人間は人間の数だけ、命を賭す訳を持つ。ならば、善悪など命の証明には為らず。人に罪は重なるが、命は無力だからこそ価値がある。

 しかし―――人の(ソウル)には、色彩がある。

 人生を歩めば色が付き、命を賭す程の願望や使命によって更なる輝きを宿す。

 だが罪は更に重なり、闇が深まるのも道理。強ければ強い魂で在る程、輝きと暗さが強くなる。どちらだけでもなく、偏りはあっても、どちらとも生きているだけで魂に刻まれる。

 故に自分の魂を見限っている灰は、だがその魂から生まれた己が意志だけを自分とする。彼女にとってソウルなど人殺しの道具に過ぎず、同時にこの世で最も信頼する兵器でしかなかった。

 

「アッシュよ、その心が枯れた笑み……興奮しておるのか?」

 

「はい。こう言う時は、昔のように声高らかに笑うのが感受性のある人間の姿ですから」

 

 だが所詮は人真似。灰は、その心まで灰だった。

 

「余たちのローマは、貴様にとって良き国であったか?」

 

「はい。どの国であれ人は死ぬものですが、特異点では私が描く理想的な黒い人間性を見せて頂けました。ソウルの闇ではありませんが、私の血を通わせば貴女方の絶望は炉の火を焚く良き薪となりましょう。

 悪性情報でソウルを黒くする外法は、この度のローマで完成致します。

 それは何とも素晴しい結果です。とても僥倖でしょう。炉の火種を煉るのにこれ以上の殺戮を重ねる必要はなく……とは言え、更に暗い外法で殺せば火種作りは完璧に近付きます。後は我ら簒奪者が互いを貪り合うことで、炉の火力を燃焼させれば人間である私達に幸福も不幸もありません。何時も通りの人の世です。いやはや、人間万事塞翁が馬とは正にこの有り様でしょう。

 フランスの皆様も善き死でしたが、ローマもまた同様に人間にとって非常に有意義な命の使い方でしたとも」

 

「ならば、良かった。無意味な罪など、一つもなかったのだな」

 

「それは勿論ですとも。魂が永遠ならば、魂が抱く罪もまた永遠です。ローマの罪が人の礎となりましょう」

 

 人の魂が最も必要とするものを灰は理解していた。何時だろうと、人間は自分以外の他人を必要とするものだ。罪も悪も他者がいて成立する精神情報であり、他人のソウルが自分を色塗る絵具となる。

 

「しかし、人類種とは難儀な魂です。悪魔殺しもあれだけ苦しむならば放っておけば良いものを、進んで人身御供になるとは、自己犠牲の意志も考えものですね。

 古い獣の災厄は悪魔殺しが人の世を守るのに嫌気が差した瞬間、その心が人の魂を見限ったその僅かな隙間によって、遠い未来に訪れる知性体の完全なる絶滅です。あるいは、明日にも訪れる滅亡でもありました。

 後回しにしたところで必ず訪れる魂の死ですからねぇ……ふふ。尤も贄となる要人は特別に選ばれた訳ではなく、強き人間ならば誰でも良かったのでしょうが。

 それに私も只の人間として、同じ魂を持つ人間種として、悪魔を愛した憐れなあの男を見捨てるのも灰としては間違いでしたから。

 助けられるソウルに手を差し伸ばすのが、闇深き人間性の在り方でもあります。善悪はどうでも良く、救える者は無価値でもまずは救ってみるのが不死を生きる秘訣ですよ?」

 

「うむ。では、良いのだ。明日を思って善き未来を目指すのも、ローマ皇帝の務めである。市民の営みと、我らの子孫が良き国家で生きる為、今を生きる皇帝が己が信念へ善悪を問うては為らぬ故な」

 

 滅亡も繁栄も生きた人間の記憶へ残ってこそ。死ぬべき時を見誤った暗帝は、もはや地獄しか作れない自分のローマを逝く末を思えば、綺麗に咲き誇った薔薇のような笑みしか作れない。既に土から引き抜かれ、茎を剪定され、花束となればどれだけ美しい薔薇も死体である。

 ならば、新生したローマ帝国も同じこと。

 自分と同じく、死に損なった己が帝国も美しい屍に過ぎないのだと。

 だが、それでも尚―――死ねない。

 何処までも、星の様に生きられる。

 灰が見せた永遠(ニンゲン)の在り方とは、それが真実だった。暗ければ暗い程、人は太陽のように輝ける矛盾した怪物である。

 

「まこと、善き生き方でしょう。ネロさん、どうか闘争を御愉しみを」

 

「あぁ……余は―――滅びを得た。

 だがな、死は終わりではないのだ。ならば、我らローマは人類史の為に戦うカルデアと、自分達の未来を得る為に戦う反乱軍を滅ぼそう」

 

「はい。どうか全力で」

 

「うむ―――」

 

 終わりでもなければ、始まりでもない。不死にとって、人がどれだけ死のうとも日常の一齣(ヒトコマ)。あらゆる悲劇を見慣れてしまった。悲しいことを悲しめず、悲しい出来事がまた起きたと知識で判断しているだけの人間だ。

 その様が、暗帝(ネロ)にとって救いだった。暗帝はこの度の戦争へ壮絶な決意を持って挑むが、灰は常にその決意を持って人間を徹底して殺していることを分かってしまった。啓蒙とは、全く以ってそれで良い。新しい人間の感性を覚え、常に魂を太陽で焦がしている苦痛を何でもない日常とする人間性が、暗帝にとって灰を女神と崇める最大の原因でもあった。

 だから、人で燃える太陽は賛美される価値があった。

 薪として燃えるよりも苦しみ悶え、未来への望みを断たれる暗い現実。

 地獄を焼き尽くす地獄以上の絵画こそ、人間と言う死ねない生き物に許された結論だ。

 この世で最も魂を苦しませ、人を殺せば殺す程に苦しみは増し、葦名に住まう簒奪者全員が同じ絶望と苦悶を日常としている。これを尊ばずに悲劇を作るなど、人間性を持つことが人間には許されない。

 

「―――野戦の準備を始めよ。

 余の暗い太陽、我が女神よ……そなたより、戦争の始まりを告げてはくれまいか?」

 

「はい。私だけは喜びましょう―――彼らを殺して下さい、ネロさん」

 

「ふ……フフフ、ふっはっはっはっは……ハハハ。

 ―――フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハッハ!!」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 正しい意味での絶望。戦況を打開する望みを断たれ、如何足掻いても戦場を支配され、出口がないと察してしまう詰将棋。

 軍師諸葛亮孔明(エルメロイ二世)は、己が死を理解した。

 同時に、この度の召喚で付き添い続けた大王の死も分かってしまった。

 

「アレキサンダー……―――これは……」

 

「うん。死ぬね、先生。分かってはいたけど……ハハハ、負け戦を勝ち戦にするのはキツイね。

 抑止に召喚されて反乱軍にいたって言うハンニバル・バルカもいれば、指令官も足りていたんだろうけど」

 

「無い物強請りだぞ、それは。だが、精鋭を帝都に送り込む囮にはなれた。特異点での勝敗に必要なのは、私たちが如何にローマ帝国を滅ぼすまでの時間稼ぎが出来るかと言う点のみになった」

 

 野戦の始まりに合図などなかった。ローマ帝国は突如として現れ、魔王の軍勢として熱狂と共に殺戮を開始した。

 

「だけど、奇襲とはね。僕らの先読みを、先読みしてくるなんて……化かし合いは、そもそも悪手なのかも」

 

「だが、敵側の将で釣れた人数は少ない。陳宮、呂布、ダレイオス、レオニダス。そして、あのアッシュ・ワンか」

 

「呂布一人で、野戦だとこっちは壊滅的悲劇を受けるけどね。門番に丁度良いレオニダスを外に出すのは良くないと思ったけど……いや、逆にあの使い方は巧いと思うな」

 

「そもそも、ダレイオスが軍勢を嵩増しするからな。数で戦ってはならないが、だがあの髑髏部隊は奴一人を殺せば壊滅させられる」

 

「未来の僕のライバルか……実感は余りないけどさ」

 

 合戦は神祖の森の外側。反乱軍を生餌にするしか帝国崩壊の手段はなく、突入する事も許されない絶対守護の囲いを前に、彼らは耐えるしか道はない。

 ―――死ぬことが、既に定められた戦場だった。

 サーヴァントは自分たちの役目を理解した。そして、サーヴァントのカリスマによって統率される反乱軍の兵士は、自分達が死兵であることを受け入れてしまった。分かってしまっていた。ローマから生きるには、死ぬと分かっても戦わなければならず、徹底して平和を蹂躙された過去が戦場から逃げる意志を剥奪した。

 如何足掻いても、生きているだけで―――死ぬしかない。

 生き延びたい明日の為に―――死ぬしか、もう道はない。

 死ぬ。死ぬのだ。今を生きる故に死ぬのだろう。昨日は良い日だったと死ぬのだろう。

 正に地獄。命の坩堝。それを今、捨てがまる。家族の為に、矜持の為に、復讐の為に。

 希望とは―――麻薬。

 未来とは―――酩酊。

 憎悪とは―――活力。

 ローマに家族を殺され、化け物に生きたまま喰い荒された仲間を見て、反乱軍は決死と言う意志を抱いている。生きる為に、此処で死ぬしかないのだと決心してしまっている。

 安住の地が消えた暗帝の箱庭と化した邪悪な帝国支配領域から逃げる事は出来ず、人間社会によって食肉加工される豚のように淡々と殺される日々に戻るなら―――此処で、皆で一緒に死んでやる。

 

「続けぇぇーーッッ―――――!」

 

『『『『うぉおおおおおおおおおおおおおお!!』』』』

 

 一人一人に人生がある。歩むべき未来がある。捨て駒に相応しい人間など誰一人としていなかった。誰もが生き足掻く為に、明日を生きる為に、死地を踏破せんと戦いに挑んでいた。反乱軍はローマに何もかもを奪い取られた者達の、本当に最後の最期の足掻きであった。此処が人生の最期だと見定め、命を燃料に魂を炸裂させ、自分よりも遥か強大な怨敵に立ち向かう。

 だが―――死ぬ。死ぬ。死ぬ。ただ死ぬ。ただただ死ぬ。

 造作もなく、容易く死に尽くす。藁を燃やす様に、雑草を刈り取る様に、虫けらを踏み潰す様に。

 

「ヒヒン……―――あぁ、此処が私の死地ですか」

 

 赤兎は、反乱軍兵士を一切勢いを落とさず殺し回る嘗ての主人を見た。

 

「赤兎よ。お前は、向こう側に付いて行っても良かった。その資格があった。何故、此方に残る?」

 

「いえ、いいえ。何を仰られるか、スパルタクス殿。貴方こそ、あのローマを本心では誰よりも討ち倒したいと考えているでしょう?」

 

「その理屈に、言葉は無用だ。既に、もう無いのだよ。もはや私の狂気は消え去った。

 嘗て、私は一体何の為に戦いを始めたのか……その一番最初の―――最悪の憎悪を、奴等は私に思い出させたのだ」

 

「そのようで。ならば、私も答えましょう。

 今、この場で人を殺し回るあの男だけは……生前と変わらず敵兵を撫でるように鏖殺するあの英雄だけは―――呂布奉先だけは、嘗ての相棒である私がせめて殺さねば」

 

「是非も無し!!!」

 

「何より、頭が可笑しくなった同僚の目も醒まさねば!」

 

 とは言え、生前から見慣れた光景でもある。赤兎と共に戦場を生きた同僚の超軍師――陳宮が、人間を燃料に人間の軍勢を爆散させる血みどろの鏖殺技巧。

 

「爆裂四散こそ、兵士の鉄火。ならば、犠牲者の命に区別なく―――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!」

 

 声高らかに叫ぶ真名解放が、また戦場で轟いた―――直後、反乱軍の一陣が灰となって消し飛んだ。赤兎からすれば実に見慣れた光景ではあるが、敵陣から見るのは初めてでもある。

 命の価値に差別無し。皆須く平等に死すべし。

 あろうことか、自分のマスターを爆薬にして行う大虐殺。宝具を解放する度に一人を贄とし、多くを屠殺する鬼畜外道を超えた邪悪の所業。

 

「まさか、まさかの―――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!」」

 

 何人死んだか。

 

「更に連続―――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!」

 

 この戦場にて、最も多くの人命を奪った個人。

 

「ふふ、ふはは、あっはっははハハハハハ―――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!」

 

 もはや絨毯爆撃に等しい殺戮行為。軍師が矢を放つ度にマスターは死に、帝国に逆らう憐れな反乱軍は吹き飛び、肉片が周囲に爆散する。

 何の感慨もなく敵兵を殺し尽くす戦争狂の愉悦。

 飛将軍が内心で如何かと思う程の真性加虐嗜好。

 笑みしかない。哂いしかない。人の命を心より尊ぶ軍師の喜びに偽りなし。何せ擬似サーヴァントと言えど諸葛亮孔明を殺せる好機を愉しめないのならば、そもそも戦国乱世の戦場で日常を謳歌し、あの呂布奉先になど進んで仕えるものか。

 

「何と言う喜びでしょうか!!

 此処まで闘争を愉しめるとは!?

 辛抱堪らんとは正にこの有り様!!

 私はもう……もう、もう……もう我慢出来ませぬぅ――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!」

 

 脳味噌が散らばった。腕が千切れた。内臓が弾け飛んだ。足が吹き飛んだ。顔面が陥没した。生きた人間に宝具を炸裂されるとなれば、この無惨な有り様こそ英霊の性根であり、英雄が過去に行った罪科の現れでもあった。

 

「あのですね……貴方、何回自分のマスターを殺すつもりですか?」

 

「無論、魔力が尽きるまで!!」

 

「そうですか。まぁ、そうでしょうねぇ……はぁ」

 

「溜め息とは、情けない。マスターも、まだまだ殺し足りないでしょう!?

 ですので陰鬱な声など……おっと、あの部隊は怪しいですね。軍師の直感を信じて、全員殺しておきましょう――――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!」

 

「また死にましたが?」

 

「最高ですねぇぇえええええエエエエ!! あーはハハハハハハはっははははははははっはっはっはっはっはっは!!!

 ―――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!」

 

「聞いてないですね。別に良いですけど」

 

 この度の戦場にて、死に絶えること十七度目。灰はマスターを玩具にして宝具を楽しむサーヴァントを、まるで水遊びをする幼子を眺める母親のような顔で見守る。何の価値もない自己犠牲の精神で、灰は自分の命を宝具の素材として捧げ続けていた。

 不死の命に価値など欠片もない。

 もはや亡者となって自我を失う事も出来ないのならば、尚の事。

 

素晴(スッッンバラ)しぃぃいイイイイイ!!

 何と言う痛め付け甲斐のある敵陣なのでしょうか!?

 あぁ我がマスター、見て下さい。まるで命が埃のように舞い上がっています。生前も一方的な鏖殺を幾度か行いましたが、この度は本当に塵のようで!!

 では反乱軍諸君、諸共死ね―――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!」

 

「これで十八回目の死亡です。体内での魔力暴走程度なら死なずに耐えられるのですが、こうして貴方の要望で一々死んでいるのです。

 まぁ常に最初の火で魂を内側から焼かれている苦痛に比較すれば、死ぬ程度は何ともないと言えば、そうなのですがねぇ……はぁ、相性が良過ぎるサーヴァントも考えものです」

 

 残り火を得た火の無い灰のように、一瞬だけ彼女は燃え上がる。確かに死んだと言うのに、何でもないかのように自分を殺し続けるサーヴァントに対して笑みを浮かべている。

 一分間に、幾度も放たれる超軍師の宝具。

 味方の死を以って為される奇策冷血の鏖。

 決死の覚悟でローマ帝国に戦いを挑む反乱軍を、軍師は悦楽に染まった笑みで歓迎する。

 

「フッハハハハハハハハハハ!!

 堅きスパルタの守り―――我らローマのレオニダス殿の盾が健在である限り、私の自爆殺法に死角なし!」

 

「自爆しているのは、貴方のマスターなのですが?」

 

「良いから死ぬのです、我が主殿(マイマスター)! より良く死ぬのです!!

 あなたが死ぬ度に、その太陽で魂を熱却して蘇生する度に、全人類が悶死する苦痛を味わう度に、甚振り甲斐のある貴い命の炸裂を見れるのですからねぇ……――掎角一陣(きかくいちじん)ッ!!」

 

 土煙りが上がった。血煙りも上がった。そして、英霊の宝具として振われる英雄の業とは正しくこれが真理である。

 人を殺さずには、いられない。

 どうしても、殺さずには堪えられない。

 理想の為、信念の為、野望の為―――人は英雄となって、人間を止めて、この有り様に辿り着く。善悪、秩序、混沌、中立、中庸、関わらず、虐殺者にならねば人は英雄として記録されない。

 

「―――戦争です。これが、戦争なのです!

 主殿、全てが須くあなたの御蔭なのですから。人間の殺意があの殺戮兵器(コウケイ)に辿り着くのでしたら、我が殺戮など御飯事でしかなく、ならばより良い帝国繁栄の為に人を殺す程に……あぁ、あれが正しい未来で在るならば……!!

 正に今こそ……―――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!!」

 

「戦争狂ですねぇ……まぁ、人を使うのが好きなのですから、これもまた己が魂に従った業の姿とでも思いましょう」

 

「勿論ですとも! 故に狂い果て、殺し尽くしなさい。

 我ら羅馬帝国最新技術にして最高傑作―――無敵君主(むてきロボ)、超飛将軍よ」

 

「◆■◆■■―――ッ!!」

 

 魔力を伴った雄叫びが反乱軍の陣地内で上がる。人間を細切れにした上で、血飛沫となって爆散させるに十分以上の破壊力を持った凶声であり、文字通りの鏖殺絶叫。鼓膜を破る等と言う常識的な領域でなく、人間の肉体を木端微塵にするなど呂布でなければ不可能だ。

 軍神五兵(方天画戟)を一突き―――幾人もが武装ごと串刺し霧散。

 軍神五兵(大鎌)を一振り―――幾つもの頸が戦場の空を舞う。

 軍神五兵(双篭手)で一殴り―――何人もの胴体が内臓ごと爆散。

 軍神五兵(大旋棍)で一廻り―――兵士たちが原型なく四肢四散。

 軍神五兵(青龍刀)で一払い―――地面ごと薙ぎ払われ真っ二つ。

 軍神五兵(大弓)で一射ち―――敵陣を一筋の光が一瞬で両断。

 誰も止められない。誰も妨げない。超軍師によって改造され尽くされた呂布奉先は疲れも知らず、倫理も感情も失い、完全無欠の大量破壊兵器と成り果てた。その手に持つ宝具と同じ人間を殺す為だけの兵器に生まれ変わってしまった。

 

「圧倒的ではないですか、我が帝国は。フハ、ハハハハハハハ!!

 無敵君主(むてきロボ)を量産の曉には、人理の抑止など纏めて皆殺しに致しましょうぞ!!」

 

「え……あれ、作るのですか?」

 

「主殿の召喚魔術があれば、英霊の座の本体よりサーヴァントなど量産し放題ではないですか!!

 好きな兵器を好きなだけ呼び出し、好きなだけ改造人間に転生(カイゾウ)出来るとは……ソウルの業とは、正に言葉通りの魂を陵辱する外法の極点!!」

 

 ふむ、と灰は葦名特異点で殺し尽くした抑止力(サーヴァント)の能力を思い浮かべる。有能な神秘を持つ者しかおらず、それらのソウルを吸収して簒奪者達は自分達のソウルに霊基と言う新しい魂の容を改竄していったが、その神秘を思う様に呼び出せればどれだけ有益なのか?

 例えば、そう……暗い孔に収めた最初の火を鍛冶の種火にし、永遠の中で延々と武器を鍛えてコレクションする簒奪者の武装群を、あの英霊の宝具のように撃ち出せればどれだけ面白そうなのか?

 あるいは、あの劇作家の宝具のような心的外傷を抉る劇場空間を生み出し、捕えて拷問に掛ける相手のソウルから苦しみ悶える人間性を抽出すればどれだけの娯楽になるのか?

 それとも、あの半神半人の肉体のような蘇生魔術を重ね合わせた神の奇跡を具現し、更に防御魔術も施して面白可笑しい不死身の化け物を生み出せば、どれだけの絶望となるのか?

 彼女は気が付く―――サーヴァントの数だけ、運命が揃えられているのだと。

 この人理焼却から始まった聖杯戦争は、その運命をカードゲームのように揃え直し、世界の運命をベット(賭博)して未来を描く神秘の営みであるのだと。

 

「成る程……あぁ―――成る程です。

 その考え方は目から鱗です。思え至れば、いやはやその手がありましたか。材料になるソウルなど、自分から呼んでしまえば良かったのです。

 抑止力が呼ぶのをランダムに捕食するだけでなく、むしろ自分から食べ放題な訳ですよね」

 

 始まりの原理(アイデア)こそ、人間の知性の種。灰はこのサーヴァントを召喚した事が、人類種に愛された運命だったと察してしまった。葦名に帰れば、きっともっと面白い責務(ヒマツブシ)に没頭することが許されるだろう。

 

「そうですとも、そうですとも。

 主殿も人間を使って戦争をする愉しみ方を、段々と理解して頂けたようで」

 

「そうですかねぇ……ふふ。

 でしたら、是非ともお手本を見せて頂きたいと思いますよ?」

 

「無論。何故なら―――命に区別なく、戦場にて綺麗な(ハナ)を咲かせましょうぞ。それが今の私に許された唯一の存在意義ならば!

 我らの業は血染めの魂を花咲かす―――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!」

 

 反乱軍も殺されるのは分かっていた―――だが、此処まで絶望的とは予想をすることも許されていなかった。ローマが、これ程までに人間性を終わらせてはいないだろうと侮っていた。

 兵士は、羅馬の英霊(サーヴァント)だけに非ず。

 人の坩堝より生まれた闇の毒(ヒューマニティ)に汚染された羅馬軍人も、反乱軍からすれば怨敵であり強敵。

 

「げひゃっひゃっはっはははははははははははは!!!」

 

「あーはっはっひゃっひゃっひゃっはははははは!!!」

 

「げっげっげはあぁははははげぇははははははは!!!」

 

 それを果たして、サーヴァントではない人間の兵士だからと―――人類だと、認めて良いかは全くの別問題だったのだ。

 赤い目。肥大化した肉体。腐った膿が孔から吹き出る異様。

 異形にして奇怪。奇形にして異端。全く別の深化をしてしまった人の型。

 目玉の数が合っていない。四肢が既に四肢と呼べぬ数。首が長いのもいれば、胴体に埋まっている者もいる。フランスで見た吸血鬼の方がまだ人間らしい怪物だろう。

 だが―――兵士であった。

 鎧を着込み、盾を持ち、剣を持ち、槍を振う羅馬軍人だった。

 一騎当千と呼ぶも悍ましい強さを誇る奇形の兵士であり、故に何処までも彼らは全員が人間に過ぎなかった。

 

「うわぁぁあああああああああああああ!!」

 

 また断末魔が一つ上がり、命の灯火が一つ消えた。この様を見届ければ、陳宮の宝具で死ねた反乱軍兵士は幸運だろうと納得する。

 生きた儘、内臓が飛び出て死ぬのは辛かった。

 死ねぬ儘、手足が捥げ落ちるのは精神が死ぬ。

 生々しく、臓物の腐臭が満ちるのが戦場の常。

 彼らは肉体を齧り、血肉の呑むことで魂を食していた。魂さえも逃がさず、人間が人間の魂によって消化される絶望の末路。

 そして、反乱軍に参加した兵士の故郷は、そうやって皆が惨殺されていった。だから、そうして死ぬのも理解していた。相手は人食の為に戦場に出る悪鬼怪魔の成れの果て。むしろ、そうして人を食している背後から殺すのだと理解もしていた。

 

「ぬぅぅううおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

 キャスター、メディア―――私を、霊基の限界を無視して強化せよ!!!」

 

「この筋肉ダルマ、簡単に言ってくれるわね!?」

 

「出来ぬなら、私に代わって死ぬが良い!?」

 

「……ッ―――チ。

 これだから、英雄らしい男って生き物は……!?」

 

 魔女に叫んだスパルタクスは、もはや我慢の限界を超えている―――否、その程度の憤怒などもはや燃え殻となった後。我慢など召喚された直後に超過した。

 最初は、激昂だった。次は、怨讐だった。最期は、狂気だったかもしれない。

 何故、これを許せる? どうして、我慢して戦える? 

 スパルタクスは、叛逆者の英雄(スパルタクス)だから怒りを抱くのではない。生き抜いた一人の人間として、有り得てはならないから狂える程に怒っている。

 

「このローマは暗い。そうとも……暗い、暗い空に覆われている。

 自由なき圧制者の箱庭などと言う皇帝の欲得、断じて―――私だけは、断じて認めぬ!!」

 

 攻撃を敢えて受け止める―――何て、無駄な悠長さを彼はとうに捨てていた。だが同時に、攻撃を防ぐと言う保身も捨てていた。

 攻撃、攻撃、ただ攻撃し―――殺す。

 一秒でも早く斬り、一人でも多く潰す。

 羅馬兵士に斬られ、裂かれ、突かれ、なのに一切止まらなかった。止まれなかった。

 彼が一秒でも動かねば、その間に誰かが死ぬ。志しを共にする反乱の戦友が、ローマの餌として消化される。

 決意に漲る戦場の星―――それを、陳宮が見逃す訳がない。殺さずにいられる訳がなく、戦士として殺したくて堪らないのが当然である。

 戦場の英雄殺しこそ―――英雄にとって、最大の誉れである。

 英雄が、英雄を討つ―――伝説となる殺し合いこそ、勲章だ。

 

「なら、木端微塵となりなさい――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!!」

 

 狙いを無論、スパルタクス唯一人。だが、炸裂すれば周りの人間も多く死ぬ。

 

「ふん――――ヌゥゥウウウウウウ……ッッ!!」

 

 反逆者は跳んだ。弧を描く撃滅軍師矢(ガジェット)を睨み、一秒後の死に挑む。裏切りの魔女の加護を受け、周囲の戦友を対軍宝具に巻き込ませる気など一切なく、空中にて全ての破壊を受け止める。

 ―――爆散。死の音。

 暗い空を、より暗くする命の花火。

 焼かれる反逆者の燃え殻から灰が戦場に降り注ぎ、反乱軍は誰よりも兵士を守った男の最期を見上げ―――

 

「―――まだだ、まだ死なぬ!」

 

 彼は、何時も通りに笑っていた。ローマに反逆する皆の痛みに比べれば、まるで取るに足らない死の苦悶。死ぬほどの痛みなど、もはや今のスパルタクスにとって痒みにしかならない。

 

「素晴しい、何と素晴しい英霊か……ッ―――掎角一陣(きかくいちじん)……ッッ!!」

 

 ならば、その精神を見抜けずして何が呂布の軍師か。あろうことか、超軍師は既に第二射を備え、空中で弾け飛ぶ反逆者に向けて宝具を射っていた。

 第二射の爆裂。命が弾ける轟音。

 灰が雨となって戦場に降り、燃え上がる彼を見上げるしか反乱軍には出来なかった。

 

「まだ、まだ……まだだ。まだまだぁ―――!」

 

 再生する。焼かれた肌は甦り、砕けた四肢が胴体より生える。心臓と頭蓋だけは守り、その上で“痛み”を存分に蓄える。彼の意志が宝具を止めず、ならば英霊の意志を具現する宝具が魂を裏切ることなど有り得ない。

 

「分かっていますとも、スパルタクス殿……―――掎角一陣(きかくいちじん)……ッ!」

 

 陳宮は霊基が燃え上がる痛みさえ魔力にし、自分自身を加虐する快楽さえ覚え、血反吐を吐瀉しながらも真名を叫び上げる。自分を召喚したマスターを生贄として殺す最大の喜びに背中が震え、あの英霊が燃え上がりながらも戦う意志を手放さない勇士に、一人の戦士として最高の感動を覚えた。

 だから―――戦争は、止められない。

 この様を見るために、人の命を使い潰す理由が生まれる。

 

「おぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 故、反逆者は死ねず。此処で死ねば、痛みが無価値になる。耐えなければ意味がない。立ち上がり、進まなければ打克てない。

 進め、戦え、殺せ―――抗え。

 逆らうのだ。命を笑った全ての圧制者へ。

 

「あっはははははははははははは!!

 挫けぬ男は最高ですねぇ……―――掎角一陣(きかくいちじん)!!!」

 

 人の命で撃つ宝具は愉しくて堪らない。彼は、最も理解ある召喚者(マスター)に恵まれた。思う儘、考える儘、ここまでこの宝具を使い潰せる好機など二度と回って来ないと軍師は分かっている故に、自分の霊基を崩しながらも宝具を放つ。

 

「あぁー、陳宮さん。ほら、やり過ぎです。スパルタクスさんのあの姿、もう準備万端になっていますよ?」

 

「ならば、殺し切るまで……―――掎角(きかく)一陣(いちじん)……ゴホォ」

 

「まぁ、良いでしょう。どうせ弾けるのでしたら、綺麗な方が花火は美しいものです」

 

「まこと、その通りかと!」

 

 しかし、本来ならば宝具の効果ごと殺し切れている筈。それでも英雄が戦えるのは、これまでのローマの悪逆を見届け続け、それに抗う人々の戦いを見て来たからだ。今までの抗いが、力を失うことを決して許さない。戦う意志を失くさない。

 最高の一撃でなければ、反逆への突破口を作れないと―――狂気を失くした男は、分かってしまっていた。

 

「行くのですか、スパルタクス殿」

 

 しかし、それでも挫けそうだった。肉体の再生が間に合わず、手を地面に突きそうになる。膝が崩れそうになった男を、その勇志を見ていた呂布の軍馬が腕を掴んで横から支えていた。

 

「あぁ、行ってくる。しかし、おまえはおまえの道で逝け」

 

「無論、ヒヒン。では、さらばです……―――おさらばです!」

 

「―――(オウ)ッ!」

 

 赤兎馬の声に応え、抑えていた膨大な魔力で肉体が膨れ上がる。狂戦士(バーサーカー)のサーヴァントの狂気に相応しい異形の怪物となり、巨人よりも悍ましい肉の塊と男は成り果てる。そして、彼は怒りと抗いと恨みの魔力を練り上げ――――瞬間、一気に凝縮した。

 彼は人の形に戻り、その型で極限の反逆(マリョク)を練り果てる。

 人の雄姿―――反逆の剣闘士なり。

 その全て―――スパルタクスなり。

 月明かりが、きっと狂気さえも狂わせたのならば、男はもう狂える正気も失くしてしまった。

 

「それだけは、感謝しよう――――月光の圧制者(インペラトル)!!」

 

 狙いは一人。しかし、もはや爆裂範囲は巨大。敵幹部全てを巻き込むのに十分な破壊力を蓄えている。ならば、もう考える必要もない。奴の眼前で全てを解放すれば事足りる。

 男は、跳ぶように走る。

 英雄は、戦車のように奔る。

 反乱軍を守る為に最も必要にして、最善の一手―――あの黒い巨王より溢れる、骸骨兵士を一掃する。

 

「―――掎角一陣(きかくいちじん)

 

 溜めた魔力で異形となった男を軍師は嘲り、良い的になったと笑ったが、その侮りは即座に塵屑となった。一瞬でも憐れだと思った自分自身に哀れみを抱く。

 英雄とは、正にその様。このカタチに人生の結論を出せる人間へ、戦士は最大の敬意を抱く。

 その尊敬の念を込め、軍師はとても静かに真名を唱えた。だが、もはや殺意と呼べる意志ではない。文字通り、必殺の一矢である。灰の命を使った究極の破壊である。

 

「―――――――――」

 

 既に、雄叫びも無し。男は、走らねばならぬ。メディアに強化され、霊基を崩落させながらもサーヴァントの限界を超えた強靭な肉体で以って、男は軍師の一矢を片手で掴み止める。

 

「なんとッ―――!?」

 

 驚く軍師は、更なる驚愕を得た。男は矢を握り潰し、その破壊を全て一気に自分へと注ぎ込んだ。ボコン、と肉体が膨れ上がるも、それもまた直後には人型へと修正された。

 反逆心(マリョク)が昂る。もう止まれない。

 邪魔な帝国兵士と骸骨兵士を轢殺しながら、男は無心で突進し続けた。

 

「我が信念、ここで燃えよ。

 ―――疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)ァァァアアアアアッッ!!」










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