何時も通りに衝撃波を出すだけでは無意味だと解し、魔力を斬撃にして放つだけでも無価値だと悟り、霊体、霊基、霊核を余す事なく、自爆させなければ何事にも届かないと未来が見えていた。
「まぁ―――無駄なのですが」
その決死を、灰は優しく微笑んだ。
「御無事ですか、レオニダスさん?」
「――――……あぁ」
「貴方程の殿方が血反吐を流すとは……いえ、英霊の人間性を侮る方が愚かな人類種でしたね。基本的には座の皆さん、素晴しい意志を持つ魂でありました。ですので、まっさらな魂で私は信じていましたよ。
貴方の盾であれば、必ず私と陳宮さんを守りぬけると。
あの英霊の宝具の、その余波から護って頂けますから」
「そうですな……ッ―――あぁ、そうでしょなぁ……!!」
「怒らないで下さい。私からの、惜別の涙と言うものです。ほら、霊核が無事でしたら、魔力が潤沢にあれば霊体の回復も容易いのがサーヴァントなのですからね」
盾の槍兵はローマ帝国を狂わせた諸悪の根源に振り返る。灰は、人間らしく笑っていた。温度のない灰色の笑みだった。その女の貌には、冷たさも温かさもない。本当の意味で、感情が尽きた灰の微笑みであった。
その瞳が、レオニダスを見詰める。
恐怖も畏怖もなく、気色悪さもない目。普通の人間の黒眼だ。
だがまるで黒い太陽が煮え滾っているような眼光で、暗い闇が世界を焼くように燃え上がっていた。
〝しかし、ダレイオスさんは盛大に、派手に、木端微塵となって大爆死ですねぇ……ふふふ。これでは人型より異形化した脱落市民で編成した傀儡兵士だけが残ってしまいました。
残念ですね。無念ですね。
では―――もう、滅ぼしましょうか?”
灰は戦場を一瞥しただけで把握する。敵陣のソウルを目視する。サーヴァント反応を察し、アレキサンダーとエルメロイ二世は健在で、荊軻、ステンノ、エリザベート、タマモキャット、メディア、赤兎馬が奮戦している。
その気になれば灰の奇跡で、戦場に溢れた死体で全てを爆散させることも容易い。そして葦名で簒奪者共とお互いに最初の火を貪り合ったことで、闇から始まった神々の権能も、あの三匹達よりも巧く使いこなせるよう神秘も鍛えた。
フランスの戦場で行った黒い死の霧風をより広く撒き散らすことも、地面を溶岩地帯に変えて焼き融かすことも、空に投げた雷を電球に変えて数多の雷撃を降り注ぐことも可能だった。甦った最初の火を動力源に動くソウルだからこそ、火の時代で起きたあらゆる地獄が不可能ではなくなってしまった。
〝―――いえ、いいえ。
どうせ、そうなるのでしたら構いませんか。もっと、もっと、人間として魂を燃やし、苦しみに足掻いて貰うのが有意義でしょう。
人は人で在る時点で、絶望を永劫に耐えられるのですからね”
フランスにて最初の火による権能実験は成功に終わっている。神の力でソウルを奪う利益は灰には無い。
〝実験は、結果が出るまでが楽しいもの”
神を疎むも所詮、その火の力はもはや灰の
最初の始まりからして、相容れないことは分かってはいる。灰は灰となる前、闇に抗ったが闇でしかない己が魂を受け入れ、ならばこの世の人も根源から生まれた自分の魂を受け入れるしか道はない。
冠位の千里眼こそ、最も憐れで残酷な力であった。世界に生まれた瞬間から命が運ばれる道が定まっているならば、魂は生まれた時から自由はなく、既に敷かれた道筋を進むだけの地獄。終わりに辿り着く以外に人の魂が救われる手段はなく、それを見えてしまう千里眼の持ち主が人間を憐れむのも必然。そして、そもそも終わりに至っても、その救済は魂にとって錯覚だった。
獣か、人か、選ぶのは本人たちの意志に委ねられるが、灰の瞳から見れば獣性もまた人間性の一部分。
だが根源が世界の外側にあるのではなく、この世界が根源の内側にあると言う事実。まるで宇宙が箱庭みたいだと悟るのに時間など必要なく、何かしらの人ならざる人が機構を制御し、人間の命と魂を管理する運命が支配された小さな世界。
闇の始まりから救われなかった不死のように。
きっと―――根源から生まれたヒトの魂も救いはないのだと。
何故、救われたいと願う事が許されないのか。善悪以前の求道の最果て。その間違いを正す事が、灰と作り変えられる前の、呪われ人だった不死の一匹が抱く一番強い決意だった筈。
だがやはり、所詮は灰の一匹。その葛藤と苦悩さえも、既に燃え殻の灰となって消えていた。
〝いやはや、どうもいけません。そう言うのは、寿命があった頃より心底嫌いだった筈でした。だけれども此処まで行き着いても、所詮は運命を克服出来なかった呪われ人でしたか。
灰となって、心まで空っぽな灰となり、何も感じない空の器へとロスリックの外道共の思惑で深化させられ、結局はこの様ですか……ふふ、良かったです。
所詮、灰など不死の人工物。ソウルと心身を作り替える人間性は便利でしょうが、やはり灰の使命に溺れられません。そう在れかしと墓から蘇りましたが、原罪を克復する使命もまた簒奪者となって蘇りましたしね”
その箱庭の中で、更に生まれた
火だけは、終わり無き永遠の中でも愛せるように。
まるで自らを薪の如く燃やす為、炎へ飛び込む哀れな蛾のように。
これでは心を灰にした価値がない。苦しみに無感情となれる空の器が、自分で自分に呆れ果てるなど無様極まりない。
せめて選んで邪悪へ堕ちた悪人らしく、己が魂から生まれた悪意を愉しまなければ。この戦場は人理の人間が繁栄の為に作った地獄ではなく、それを真似た灰による営みであるならば、本人が否定しては尊厳に背く行いだ。とは言え、魂の尊厳や人の在り方など、灰からすればただの人真似に過ぎず、模倣でもない唾棄すべき贋作であるのだが。
「―――……」
さて、と灰は熱を失った。結果は見えていた。反乱軍は大事な生贄の、有益な人身御供。ローマ本拠地を精鋭が潰す為の駒に過ぎず、異形の軍勢を引き付けるだけのもの。同時に灰が欲する悪性情報の素となる原材料であり、惨たらしく殺される事が、全人類の魂にとって利益となる死に様でしかなく。
だからきっと灰に対してレフ教授は吐き気を堪える貌を向け、このローマで最後を見届ける為に獣の一匹としてまだ残っているのだろう。
〝そろそろ、混乱に落しましょうかね?”
何もかも、思惑から外れない。思えばコフィンからの蘇生を断ったあの神へ糞団子を投げ付けてから、全てがまるで火へと沈むような阿鼻叫喚。あるいは底抜けの闇に堕ちるように、人理が繁栄するための地獄を進んで作り続けた人間共の過程こそ、今のこの獣を産み出す儀式にさえ感じられる。
その感慨を何も無い灰色の心で、ソウルから錬成した人の感情を使って味わいつつ、殺人行為を愉し気に灰は準備する。
狙いは一匹。ローマを裏切った天才軍師―――諸葛亮孔明。
指輪の加護によって目視不可となり、ミルウッドの大弓を手に持ち、その太矢の束を背負って移動する。誰の目にも一切映らず、葦名の鉤縄がないと満足に道も進めない不便な街で過ごしている所為か、帝国兵と戦っている反乱軍兵士とも、反乱兵を貪り喰っている帝国兵ともぶつからず、まるで忍者のように軽やかな足並みで疾走。あるいは、自分を殺した霧壁の向こうにいる強大なソウルを殺す為、道中の敵を無視する灰の人か。どうあれ灰に忍びたちの業を与えた人物は、狂人に核弾頭を渡したような事だと理解した上で、数多の簒奪者共にも要らない事も含めて全てを教えたのだろう。
正に、鬼に金棒。
カルデア風に言えば、騎士王に聖剣。英雄王に財宝庫。農民に物干竿。灰からすれば、闇霊に大弓。
彼女は静かに闇霊として最も信頼するミルウッドの大弓を構え、大矢を備えた。これによる暗殺狙撃で爆散し、落下死する灰を見るのが最大の悦楽だった頃を思い出すと、貌が自然とほくそ笑む。王の首集めにもソウル集めにも飽いた灰が、灰狩りの殺人作業に終わらない人生の喜びを見出すのも道理である。
「―――――」
正直な話、灰は実力伯仲の殺し合いは大好きだが、一方的な狩りの味は甘くて蕩ける気分でもある。極めた理力で奔流を狙撃するのも良く、姿を隠して極めた肉体と技巧で大弓で狙撃するのも良い―――否、もはや何でも良いから狙い撃ちたいだけだった。
命中時に味わえる快楽―――あぁ、人の命を奪うのには充分過ぎる。
ソウルを奪うのに理由を必要としないからこそ、灰は灰。ならば目に入った魂を味わうのも灰の習性。その営みを愉しく感じると言う能力が、灰が灰らしく成長する為に必要なソウルの在り方だ。
〝この特異点を計画した設定通りに作るのに、中でも帝国に抗う反乱軍を作るように誘導するのは苦労しましたが、人間の文化が壊れるのは何時もあっと言う間の惨劇です。
ですよねぇ……―――アレクサンドロス大王。
生前の貴方は面白い人間でした。とてもとても、人間らしい英雄の王でした。ですが、王は玉座に座るものですのに、王本人である貴方が自分の国であるギリシャの玉座に興味無しですものね”
灰が来た時代―――バビロン虜囚が起こる百数年前。ソロモン王が死去してより、約二百年後。死海付近に流れ着いたのが、この人理世界での灰の始まり。
それより後の人類史を人間性と共に見守って来た故、
〝夢を見せ、魂を魅せ、貴方は多くの人間を虜にしました。良いですね、素晴しいですね。隣にいるその霊体も、きっと貴方の為に死ねる男なのでしょう。なにせ諸葛亮孔明のソウルを持つ彼の魂は、貴方に惹かれて大人となった人間性。
ですから、実に簡単でした。
アレクサンドロスのソウルを反乱に導けば、その男も都合良くローマ虐殺に加担します。
そうなれば、あらゆる策謀によって反乱軍は生き残り、時間と共に前よりもより強大な反乱勢力に成長する希望の星となって頂けるのが必然の導きです。
努力して頂き、ありがとうございました。
頑張って貰い、魂から感謝致しましょう。
もう不必要ですので―――魂、頂きます。
此処まで本当に本当に、計画通りに手順を踏んで貰って嬉しい限りです”
弦より指を放す。軍師へと死が進む。ミルウッド騎士の仇敵である深淵の竜に対する殺意こそ、この大弓に宿るソウルの本質であれば、射手の力と祈りが矢に込められる念となる。その念を矢へ煉り込み、命が死に揺らぐように大矢を射った。
百発百中―――とは、灰が相手では難しい。
しかし、死に慣れていない人間が相手なら話は別。
まるで爆発四散して死んだ反逆者の如く、ミルウッドの大矢は命へ突き刺さった。
「アレキサンダー……ッッ―――!!?」
「―――がぁ……!」
軍師を庇った少年大王を貫き、そのまま大矢は刺さったまま肉体へ止まる。命中した相手を吹き飛ばしつつも、矢を射止めた状態にする技量は悍ましく、どれだけの数の獲物を殺したのか、狂気的な努力が垣間見える殺戮技巧である。
直後―――震えた。ミルウッドの大矢は不穏な振動音を鳴らしながら、アレキサンダーの生命の終わりに導くべく死に揺らぐ。
「この、大馬鹿野郎ッ!! 何故、私を庇った!?」
しかし、まだ助かる。軍師がそう勘違いするのも無理はない。腹部を貫通された程度でサーヴァントは死なず、肉体の欠損程度の怪我なら治癒は容易い。矢に治癒阻害の呪詛が込められても、死なないようにするのも不可能ではない。
同時に、アレキサンダーは自分の状態を理解していた。揺れる音を聞き、死へのカウントダウンがもう終わるのだと。
「来るな、先生!! これは――――!!!」
揺らぎの凝縮。矢の揺れが止まった瞬間、アレキサンダーは―――爆発した。
軍師に血肉が撒き散った。数秒後には魔力となって消える霊体の破片であろうとも、軍師は敬愛する男が惨殺される光景を眼前で見せ付けられた。
「はぁ……―――美しいですね。
自己犠牲とは、英雄らしい決断力です。人間賛歌にして、正しく人間惨禍。
私が貴方に与えた心に迫る感動はどうでしょうか、軍師諸葛亮孔明さん。あるいは、ロード・エルメロイ二世さん?」
ふらり、と灰は
「アン・ディール……!!」
「ローマより数週間ぶりの再会ですと言うのに、鬼の形相とは悲しいですねぇ……ふふふ。時計塔で築いた信頼関係も、この特異点によって一瞬で崩れてしまったようです。
まぁ無事に人理が修復されてしまえば、ここでの記憶も貴方の記録から消えて、人理の世で生活する貴方は甦りますので問題は全くないのですが。
あ、それと今はアッシュ・ワンと名乗っています。名前を借りていた本人を召喚しましたので、是非とも此方の名前で宜しくお願い致しますね」
「知るか! 何より貴様、やはりその類の魔物だったな!」
「神秘に腐心する哀れな貴方たち魔術師程度では、人の魂までは見抜けませんからね。人間にとって一番大切なのは神秘の濃さでも、魔術回路の量でも、魂の重みでもなく、意志の強さとなりましょう。
故に、現代の魔術師はとても可哀想でした。愛らしい程に、です。
運命を捻じ曲げるのは、何時だって諦めない心。理に定められた途を棄て、人の途を己で作る探求の旅を進み続ける者こそ―――正しく、人間となれるのです。
だから貴方に問うましょう……―――その様で、貴方は人間だと胸を張れるのですか?
人理に己が運命を管理される様を尊ぶ人間性など、あの獣のように燃やす意志の在り方こそ、本当は人間と呼べる尊厳だとは思えませんか?」
「―――戯けが!!
それはもはや怪物なのだ!!」
「はい。それもまた道理です。私たち灰もまた、人間性より誕生した魔物の一匹でありますれば。人理と言うモノが個人の意志で揺らいでしまう程度の強さでありましたら、全人類を自分自身より優先する道理もまたないかと思われます」
「……所詮、貴様も魔術師だったか。
此処で何を欲する、魔術師アン・ディール?」
「魔術師の非人間性も、所詮は人間性の一部分です。その効率性も、非人道的観点も、神秘と同様に形なき脳内でのみ存在する虚構の理であります。この人理を生み出したホモ・サピエンスと言う人類種が、自らにサピエンス等と名付けた傲慢な意志表示も、他の人類種を神代以前の太古で絶滅させた故の戦利品であります。
私のような霊長類が、貴様らのような人間種に排斥されるのも道理でしょうね?
神と言う虚構を己が魂より祈ることで、星の触媒として形作る事により、星の
きっと神より神秘を啓示された魔術王が、人間達へ
根源より新たな魔術基盤を啓蒙された魔法使いと言う人間が、
この惑星に生まれた魔術師と言う人間種も、人間が人間の為に作り上げた霊長類でありますれば、人理と言う機構もまた人の魂から型が作られる形を不要とした虚構の記録機関とでも呼べましょう」
「―――貴様、何を言って……それが人理の為に召喚者を裏切ったアレキサンダーを無意味に殺し……いや、いやいや……ッ―――貴様、馬鹿なのか!?
魔術師ですらないぞ、それは!
馬鹿正直に根源を探求する外道の方がまだ人間だ!!」
真相に僅かとは言え思考が掠った軍師に灰は微笑んだ。その気付きが人間性を成長させる起爆剤となるのだと。
「やはり、素晴しい洞察力です。戦場での会話と言う無価値な贅沢を浪費する意味が、貴方の頭脳には存在しています。
なので理解出来たのでしたら、とても良いことです。
魔術師と言う人類種で在りましたら、魅力的にも程があると思えますが?」
「―――断る、愚か者が!
おまえは此処で絶対に死なねばならん!!」
「残念です。私としても興味はないのですが、貴方達のソウルも保険が欲しいと思って画策した慈善事業でありましたのに。ですが、協力者になって頂けないのでしたら仕方ありません。
本当に、本当に、高度な知性の無駄使いなど勿体無いのですが―――」
最初の火を火種にする錬成炉により、複合変質強化させた騎士直剣を灰は握っている。限界を超えた己がソウルに呼応して、直剣に宿るソウルもより良く、深く、暗く、鋭く、重く、熟練者にとって冒涜的進化を遂げ、もはや魂が魂であるだけで死ぬしかない存在抹消の武装と化している。その上で、古都探索で拾った血晶石が組み込まれると言う啓蒙的狂気の所業。
全てを極めた亡者の王が振うに相応しい剣であり、灰が持つ武装は全てがそう成り果てていた。このロスリック騎士の直剣だけが特別なのではない。葦名に住まう簒奪者達にとって、それが普遍的な武器の在り様だった。
「―――
騎士直剣が突き刺さるその直前―――天才軍師の命を救ったのは、超軍師の雄叫びだった。
軍師と灰とは僅かに違う方向へ宝具の爆裂矢が放たれ、それによって贄にされた灰が死ぬことで行動を無理矢理止められてしまった。物の序でに爆散された反乱軍の肉片が辺りに飛び散り、それがまた軍師にも降り掛る。
「あのー……あれ、何故今ですか?」
「愚かなり、我が仮初の君主。その男は私の獲物、私の怨敵、私の侮蔑。
何故、マスターでしかない貴女にインチキ軍師の命を譲る道理が在ると言うのですか!? いや、全く以って有りませんね!!」
「えぇーナニソレですよ。命を譲れとは傲慢極まります。
無理に気分を上げて処刑チックな雰囲気を作って、死んだ彼の死体へ糞団子を投げるのも我慢していたと言うのに、その仕打ちは我がサーヴァントだろうと許せませんよ?」
「―――………え、糞団子とな?
いえ、籠城戦では城壁の上からグツグツ熱した糞尿を敵の先陣へ落とすのも立派な戦術ではありますが、野戦で態々行う戦術ではありませぬよ?」
「灰なりの礼節ですよ。殺された灰の殺意を高めるのに丁度良い煽りなのです。また何処かで再会した時、どちらも心の臓腑より本気で殺し合いに没頭出来ますからね」
「余り良い文化ではないようで。我がマスターでありますれば、最低限の清潔さを持つように」
「心得ました。糞団子は我慢します」
「宜しいです。私がそこの詐欺軍師をヌッ殺した後でしたら、好きなだけカルデアでも煽り倒すように」
「いえ。カルデアの元同僚へ投げるのはちょっと倫理的に。神の類でも丁度良く戦場に紛れ込んでいれば……あ、凄い美少女の神霊がいましたね、そう思えば。
女神へ糞団子を投げ付ける御同輩は珍しくないですので、人間として外聞も気にしなくとも良いでしょう」
敵を前に談笑を行うマスターとサーヴァント。逆に言えば、油断をしているぞと孔明に態と態度で教える侮辱でもあった。
恩人の少年を殺された。敵に舐められた。味方の兵士を好き勝手に爆死させられた。
その上で、怒りに満ちた残虐非道な策力を自分達に見せてみろと、人の死で戦場を魅せてみろと、戦争狂らしい論理的狂気で天才軍師を煽り倒す皮肉である。勿論、他意は有り過ぎる。
「―――
瞬間、軍師は灰と超軍師へ宝具の真名を解放する。魔力によって具現化した巨石が空中より降り注ぎ、舐めた態度を取る二人を覆い囲む。もはや持ち歩く魔術工房に閉じ込めたような所業であり、超軍師が戦術などではなく仙術に等しい反則だと罵るのも正当化される伝説に残る程の超絶的陣形だ。
迷い込めば、問答無用で死ぬ軍師の策謀。
だが人間を極めた灰にとって、宝具が英霊の魂が持つ力である時点で素晴しい“だけ”の神秘でしかない。
「――――」
呪文さえも不要。燃え上がる呪術の火を宿す左手を地面に突き刺し、混沌の嵐が周囲全てを呑み込んだ。火炎柱が燃え上がり、自分を中心に地面を何もかもを融かす溶岩地帯へと作り変えた。火に耐性のあるサーヴァントであろうと、例えそれが太陽神や火の神性であろうとも、その魂を融かし沈める魔女の混沌が溶岩であり、どんな概念を持つ宝具だろうと最初の火より湧き出る地獄には逆らえない。
いや、最上級の神秘を誇る神の権能だからこそ灰の前では徹底的に無価値であり、より強い神秘に負ける宝具ならば一厘程の勝機もなし。
「おお、流石は我が召喚者。人間を辞めておりまする」
「いえいえ、これが人間の魂が持つ当たり前の神秘と言うものです。人ならば、誰しもが私になれます。否、誰でも努力すれば超えられます。この程度の火であれば尚の事、篝火の輝きにも届かない熱さです。
そうでしょう、陳宮さん?
根源と言う場所から生まれた貴方達ならば、あらゆる人間はそう在れる生命体なのです。何でもない私が人間を生んだ闇を超えられたように、人理の皆さんも終わりに至れば―――必ずや、最初の絶望を乗り越えます」
「……いやはや、あなたはこんな世界の人間に期待し過ぎですぞ?」
「まさか、それこそ見当違いなのです。魂とは、誰もがそう在れる器なのです。例外は存在しませんし、私がそのような魂を認めません。誰一人、そのような例外など魂が始まる場所は生み出しません
魂とは、そう在るだけで―――何よりも、強い力へと至れます。
苦しめば苦しむ程に。絶望が深い程に、魂は強い力を渇望しなければなりません。故に人理の生きる人間が今でも弱い儘と言うならば、まだまだ苦しみが足りないのです。人は何処までも、何時までも、自分に決して負けずに頑張れるのです。苦しみ続けて、努力を続けて、絶望に打ち克つまで永遠に苦しみ続けなければ、その魂が生まれた価値を持てないではないですか?」
魂を融かす混沌の溶岩に燃えながら、灰は優しく微笑んでいる。自分をただの人間に過ぎないと喜び、人間は誰もが魂を強く出来るのだと理解している。
その様を、陳宮は隣で目を逸らす事も出来ずに見る事しか出来ない。
「マスターからすれば、そうなのでしょうな。ならば、そう在れない者はどうなのですかな?」
「人間ではなかったのでしょう。その魂が、きっと“人間”として誕生出来なかったのです。
強くあろうとする意志を永遠に抱き続けられないソウルでは、我ら人の証である本質的な運命の在り方―――そう……我らが持つ人間性を理解出来ず、どうせ最後は世界が用意した運命に呑み込まれてしまいますからね」
足掻く者。抗う者。進む者。総じて、諦めぬ者。灰にとって人間とは、その意志で魂が死んでも生き抜く心そのものである。
人理焼却、大いに喜ばしい。
何故なら、カルデアには人間が生きている。
障害なくして魂の深化はなく、苦しんで貰える程に人類は進化する。
「すみませぬ。折角の神秘の披露とその解説、私では理解に及びません。マスターには申し訳ない限りでありましょうぞ」
「良いのですよ、我がサーヴァント。素晴しき超軍師、陳宮公台。
その霊体が死した時、貴方の魂は私の器であるソウルの食餌になります故、本体の座より離れた分霊の貴方そのものは英霊の座が消え去っても永遠に私となって存在します。まぁ正確に謂えば、魂と言う情報の熱的質量が溶け込むと称した方が正しいのですが」
「なるほど。ならば、無問題。今はあのペテン軍師を追い詰めしょうぞ!!」
「ふふふ、愉しそうで何よりです。貴方が相手ですと、ずっと無駄なお喋りを戦場の真っ只中でも続けたくなっていけません」
「ですが、あなたはもうお断りです」
「エ、あー……そう言うことですか。まぁ、サーヴァントのお願いでしたら、そう言う趣向も宜しいですね」
「物分かりが良過ぎるのもつまらない。とは言え、説得する労力が要らないのは喜ばしいですな。
あなたからの指示通り―――この“私”が、不要となった反乱軍は戦争によって撃滅致します故。まことの事ながら、この事実を告げるのは心苦しいのですが……―――灰よ、あなたは戦争を愉しむのにお邪魔です」
優しく柔らかな、水浴びをする赤子を見守る母親のような笑みだった。灰はただの人間として、眼前の“人間”の魂を慈しんでいた。
「素晴しい意志であります。一人語りならばお好きなだけ時間を浪費すれば良いですが、人間へ人道を語る資格を持つ者は、己が魂を実感する者だけしか許されません。
ならば、闘争もまた人の道です。人間が、この星で人間で在る為の営みです。それを解する貴方は、魂が歩むべき一個人の人道を解するソウルとなりました。
それを阻む資格を私だけは持ち得ません。貴方のマスターとしてその魂を利用する私は、私の意に反せず人の世を謳歌する貴方の人生を魂の底から尊びましょう」
だから、灰のそれは一人語りでもあった。人を説くことに価値はなく、その言葉は既に厭きさえ失う程に見た過去の罪科を思い返しているだけなのかもしれない。
人道とは―――灰からは、余りに程遠いのだが。
しかし、灰が歩んだ過去は人道としか呼べないのも事実。
それを繋がった魂で夢見た
意志さえ確かであれば、人間ならば誰だって永劫となれるとは―――まこと人類種の未来は輝かしい。
「では―――宜しいのですな」
その万感を一つにし、灰が最も喜ぶ選択が彼の幸福でもあった。
「はい。私が許しましょう―――皆殺しです。
徹底的に、誰も許さず、貴方自身さえも例外無く、一切合切を灰へ還して下さい」
「有り難き……っ―――おぉ、有り難き幸せ。どうか御照覧あれ、我が君主。
私の最高傑作、私の最強兵器。サーヴァント、バーサーカー―――呂布奉先と共に、あなたの魂に暗い澱を捧げましょうぞ」
軍師は灰に一礼し、その顔を上げた時にはもう居なかった。
即ち―――好きに殺せ。自分が殺されるまで、延々と殺せ。
「ふふふ……ふふふ……ははははは―――あっはっはっははははははははははははははははははははははは!!!」
◆◆◆◆◆
「あはっはははははははははははははははははははははは――――!!
―――宇宙よ! 超次元暗黒よ!!
それは輝ける星の炸裂! これが星の瞳! これこそが新しき星見の神秘!
アニムスフィアの異端たる我が魔術こそ! 血塗れた夜空の朱い月明かりより啓蒙された成功ならば! 失敗作の頭蓋が無い脳の瞳は恒星の爆裂に等しき奇跡であったのよ!!」
オルガマリー・アニムスフィアは瞳を見開き、脳の眼球が星色に光り輝き、脳髄が頭蓋の外側へ裏返る程にあらゆる理を直視する。
人理も、真理も、原理も。きっと宇宙の理も。
「―――アニムスフィアの魔術……これが、カルデアの魔術師と言うものか」
身体に刻まれた“遊星の紋章”が疼くのをアルテラは感じられた。本来ならば現世の人間の魔術程度の神秘など、対魔力によって完全な無力化が容易い筈なのに、あの魔術師は文字通りに次元が違う。異次元領域の、それこそ地球とは違う惑星の生命系統樹と呼べるような、
あるいは、もはや魔術とも呼べない別系統の技術なのかもしれないが。
妖精や真性悪魔が持つとされる異界常識。それより為される神秘―――固有結界。
魔術理論・世界卵による“魔術”でもあるそれのような現象ではあるも、アルテラはそれと似て非なる冒涜的な異界を垣間見てしまった。
「空が、暗い。あぁ……暗い、暗い空だ」
塗り潰されるのは空間ではなく、見上げた先の―――空の一面。まだ明るかった筈なのに、ローマの森を夜空の星々だけが照らしている。
そして―――星たちの雨が降り注ぐ。
神祖が魔都を封じる為に囲い植えた樹林が焼き払われている。
余りにも美しい惨劇だ。何処までも神秘的な殺戮だ。文明を破壊する暴力で在りながら、神の権能を冒涜するような宇宙の奇跡であったのだ。
「さて、結果は如何かは解らないけど。
まぁ、挨拶程度には十分な破壊力ね」
進化こそ――尊厳。
探求こそ――習性。
狩猟こそ――本能。
星見の狩人は完成された血液由来の娘。赤子が生んだ血の子供。
人を救う為に人理を守ろうとする意志を抱けた事が、もはや奇跡であるのだと本人だけが自分を理解している。本当ならば、この神秘を人理を保証する為に使うことなど全人類に対する冒涜だと悟っているのに、それでも尚も戦うのは彼女の意志が確かである証。
血に酔うも、もうそれだけの導きでしかない。
獣にも堕ちられず、上位者にも昇れず、人間の儘にも在れない。
だが、それが―――狩人の在り方であればこそ、その全てを狩る意志を抱けば良いだけのこと。化け物にとっての怪物が狩人であり、人類種にとって人でなしの天敵であり、英雄にとっては最期の名誉を守る葬送者。
「貴様は―――……人間の、魔術師なのか?」
「いやね、アルテラ。そう言う話じゃないの。
人間じゃないと、此処まで魔術に人生を見出せないものよ?」
あやふやで、儚気な情報が、アルテラの脳へ流れ込んでくる。余りにも情報量が多く、眩暈にしか感じられないが、体の紋章が一人でに蠢き、眼前の人間へ恐怖するように第六感に対して最大限の警告を行っている。
直感を信じるならローマよりも、この女を―――殺すべき。
アルテラは生前でも覚えのない悪寒を、所長から味合わされていた。
「おい。ネロ、オルガマリーとはあぁ言う手合いなのか?」
ヒソヒソ、と誰にも聞こえない様にアルテラは隣にいるネロに聞いた。神祖の森林地帯を突破する初手は所長がどうにかするとは聞き、魔術を使用するとは予め分かってはいたものの、想像を遥かに超えた魔術であった。恐らくは、今の魔術世界に分類する概念がない魔術であり、例えるべき既存の神秘がこの惑星にはなく、故にアルテラを何故かどうしようもなく懐かしい気分にさせる星々の煌きである。
「うむ……―――うむ?
正直、余も良く知らん。考えてもみたが、思考が曇る程の未解明なのよな。神代生まれのキャスター並の神秘の濃さであるが、どの神話体系から生まれた魔術基盤なのかも察せぬ」
「そうか。あるいは、神代も関係ないのかもな……」
サーヴァントにとっても地獄以上の死地が、まるで道を開くように魔都まで焼け野原と果てていた。Aランク宝具を何回『
だが、それも当然である。最初の特異点「冬木」で聖剣にして星剣である騎士王の宝具に敗れた己が術式を、より宙高く改竄する余地を啓蒙されるのが古都で神秘を拓いた学術者と言うもの。所長としてでも、狩人でもなく、神秘を探求する学術者としてオルガマリーは素晴しい輝ける星に敗北した。ならば根源に対する探求心以上の神秘を見出した彼女は、もはや魔術師の貴族などと呼べず、本質的に叡智に狂う学術者でしかない。同時にそれは、狩人として素晴しい狩りの得物を見出す閃きでもある。
「オルガは、相変わらずの熱狂ですね。その様子では、まだまだ恋愛に興味はない訳です。好きな殿方でも作れば宜しいのに。
とは言え、旦那様は貸せませんので……あ、エミヤ。あなたがお相手して上げるのも良いかも」
「なんでさ――っ……ではなく、それは私に死ねと言っているのかね?」
「まぁ、酷い。何となくではありますが、自分で言うのもあれなのですけど、貴方って私やオルガのような女の相手に慣れている雰囲気がありましたから。
尤も、ただの恋する乙女の勘でしかありませんがね?」
「勘かね?」
「はい。勘です」
「そうか。勘か……そうか、そうか。私は、何処でそんな隙を君に見せたのかね?」
「え、本気で言ってます? 川にでも頭を冷やしに飛び込みます?
特に料理を彼女に作っている時の貴方は、恋する乙女に匹敵する
「フッ――――……良し、死ぬには良い日だ」
魔都ローマに突入するその日、エミヤはキッチンで自分が働いている時に何故かカルデアでの周囲の視線が妙に生温かい理由を理解してしまった。
「エミヤ……―――ガンバ!
俺も応援してるって。何時か円卓の騎士がカルデアに召喚されても、俺はエミヤの味方さ」
「エミヤ先輩、私も先輩と一緒に応援しています。
それにエミヤ先輩の料理を食べているアルトリアさんを見ていると、わたしの霊基になって頂けている人も喜んでいるように思えるのです」
「安心したまえ。私も彼女も、カルデアでは私情を挟まんよ」
「それは、宜しくありませんね。既に実った後の愛ですのに、当人の御二人がそれでは周りの私たちがモヤモヤ致します。
しかし、この清姫が馬に蹴られて死ぬ訳にもいきません。応援するだけに留め、出歯亀的な行為は致しません」
「清姫、君はマスターに対しても出歯亀化するのは我慢すべきだが、まぁ……マスター以外に被害がないなら良いかもな。
せめてこのカルデア生活、女難とは無関係でいたい」
凄く良い笑顔でサーヴァントを揶揄する悪いマスターと、そのマスターを先輩と慕うデミ・サーヴァントは純真な本心から彼を応援していた。死にたい、と色々な意味でエミヤが内心で悶絶するのも無理はない。
そして、清姫は理性があればあればで厄介な女である。マスターに対して照れ屋になっただけで、恋愛一筋なのは悪い意味でも変わらない。
「―――ちょっと。ねぇ、ちょっと!? あれ、私の大魔術見てなかったの?
ここは人間辞めてる私に怖がったり、大魔術師っぷりに流石所長滅茶凄いって褒め称える場面なのでは?」
「流石は、主殿でありますれば……言葉もありませぬ」
「私の味方は何時だって私の隻狼だけね」
「……は」
「そ、そんなことはないですよ!
流石はオルガマリー所長です。わぁスゴーイ、わたしあんな魔術初めてみました!!」
「マシュ……良いヨイショなお世辞。私のポケットマネーから、ボーナスの追加手当オーケーだわ。勿論、QPの追加報酬も増し増しでね」
職権乱用にも程があるが、何だかんだで特別扱いしているのはマシュと藤丸程度なので職員からの反意は皆無。そもそも給料明細の記載としては、特異点活動における特別手当の追加に過ぎず、一種の所長ジョークでもある。
「やりましたよ、先輩。チョロいもんですね。これでカルデア闇市で良い素材が買えますよ!」
カルデアに召喚されるサーヴァントの霊基は完成体ではない。そして、サーヴァントの霊基を補完するのもマスターの仕事。
―――で、あるだけならばまだ良かった。
そう、藤丸立香は取り憑かれてしまった。
召喚したサーヴァントの霊基を強化する愉しみに。素材集めとQP集めをサーヴァントを連れて行い、そしてそれらを他のサーヴァントもマスターに連れられなくても手伝ってくれる者もいる。
カルデア闇市とは―――正に、マスターを闇に引きづり込む市場。
「―――良し。素材もQPも足りなくて、四苦八苦してるからね。
まぁ、何だかんだマシュは本心で本当に言ってる。多分、俺が言ったら減給されてた可能性大」
「先輩。所長に嘘を言うと、その嘘を悪用されてネチネチと追い込まれるんですよ?
わたしがいたAチームの皆さんも、その場凌ぎの嘘を吐いた人は良く所長に苛められてました。ペペロンチーノさんと所長の共同作業でカドックさんが女装メイクされる破目になった場面は、本当に悪魔的な話術でしたね……あぁそう思えば、ベリルさんが激辛マーボーを食べる運びになるのも自然過ぎて今思うと怖い話でした」
こんな様子なので、基本的にカルデア組は所長の異常な魔術の腕前に対してそこそこ無反応だった。反応すれば面倒と言う訳ではないが、どうせ内心を簡単に見抜く洞察力の持ち主なので、自分達の驚愕具合など端からお見通しである。
「カルデアって、何時もそう言う空気の組織なのね。復讐の悪鬼を皆の前でするの、酷く疲れる」
今からローマ殲滅に向かう為に鬼気満ちるブーディカであり、所長の大破壊魔術は戦意を大きく上げるパフォーマンスであるも、それはそれとして同時に力み過ぎないリラックス出来る雰囲気もある。怨讐に狂いながらも、月光の狂帝によって狂気が理性にもなる呪いを受けたことで、完全に狂い切れない故に彼女は“まとも”な倫理的な意志も失えない。
殺したいが、本音は人殺しなどウンザリだった。
復讐は愉しいが、内心は人の命を奪いたくない。
相反する憎悪と倫理が互いを相克し、カルデアと共に居ると自分が“今を生きる人間”だと実感出来てしま得る。
「同感だ。嘗て襲撃した私が言えた筋ではないが、良く私のような悪魔を背後に置いて歩けるものだ」
「いえ、今のキミを警戒するのも同じように疲れるよ?」
憎悪の儘に殺戮に狂うことに疲れてもいるブーディカは、その疲れも失う程の地獄の果てに生きる悪魔を無視出来ない。現状を絶望する真っ当な人間性もない理性的な人間となれば、誰もが永遠の中で悪魔殺しの悪魔となれる。
それをソウルで分かる彼女にとって、きっと悪魔の精神構造は理想的でもあった。ならば、それを知る為に言葉を交わす機会を棒に振る必要はないのだろう。
「成る程。確かに……うむ、考えたが良く分からん。
信用も信頼もされる要素が何も無い。自分で言うのも恥ずかしく、だが真実なので言うのだが、我がソウルはこの場で最も強き人間だぞ。
その気になれば、どうとでも展開を運べる者に気を許し過ぎと思うが?」
「だからじゃないの?」
「ほう。それは?」
「嘘を吐く必要がないってこと。だって、キミには無意味な行為でしょ?」
「…………ふむ。納得は出来た。狂わされた貴公が月明かりに侵された魂で私と僅かに共感出来た如く、オルガマリー・アニムスフィアからすれば私の人間性など単純明快な構造だろう。
確かに、この特異点において私には利益も不利益もなし。思う儘に行動する故、嘘を自分にも他者にも吐く意味もなし。あの灰に協力する価値が何一つ無い事も見抜かれているのも自然な道理であったか」
だが、そんな人間的感性も既に模倣。葦名に召喚された簒奪者を殺してダークソウルを奪うことで人間性を手に入れ、その闇をデモンズソウルの中で捏ね繰り返し、悪魔となる前の自分の過去を形作っただけのこと。
何より不様なのは、その醜悪な模造品の心を星見の狩人は最初から理解している点。人間性とは闇から生み出たモノではあるが、何処まで行っても本質は暗い魂より漏れた人間の性でしかない。悪魔からすれば、人の意志を思い返すだけの嘗ての自分の滓である。
「スレイヤー、盗み見は良くないわよ?」
感慨深く人間観察を行う悪趣味は悪魔に対し、夜空の輝ける星を落とした所長は苦々しい半貌を向ける。口元は襟で隠れているが、恐らくは笑みに良く似た邪悪なカタチに歪んでいるのだろう。
既に
探求心だけで動く学術者としては如何でも良いが、やはり所長も本質は生まれ変わったと言えど魔術師を捨てるつもりはない。自分の魔術を一目で看破して即行で学習された上、世界卵を使う自分の心象風景となる悪夢の一側面をあっさり模倣されるのは屈辱極まる。同時に、それ程の神秘の腕前を持つ悪魔の魂から流れ出る血の意志を喰いたい狩猟衝動も湧き、中々に所長は息苦しくて堪らない。
「星見の神秘を倣うのは……――そうだな、言うなれば性だ」
「じゃあ、仕様がないわね。好奇を敢えて抑えない愚者じゃなくちゃ、頭脳に成長はないんだもの」
「真にその通りだろう。貴公も我が魔術を、自分の精神が狂う事も愉しんで学んでいる故にな」
「……ッ――――むぅ、乙女の隠し事を直ぐ見破る。
この特異点が解決したら、カルデアに連れ帰って尋問するわね?」
「あぁ、自由に他者の人権を奪えば良い。
尤も、私にそのような権利はないがな」
何処で学んだかは所長には分からないが、悪魔が人理として繁栄する現代社会についても見識があるのは瞭然。でなければ、人権などと言う概念は理解できない。
サーヴァントの霊基を食すことで得たのか、はたまた生活をしていた過去を持つのか。手っ取り早く知るには、デモンズソウルの意志を狩人が喰わねばならないのだろう。
〝やっぱ、悪魔は狩らないと駄目ね。次の特異点からはデビルハンターに転職しよ。何より私の脳髄から叡智を盗むとか、やりおる悪魔め。まぁ、脳液を擬似的に吸われる感触は悪くないけど。
何と言うか、鐘を鳴らして
人としての領域を超えた趣味をヤーナムで覚えたが、それを外側には洩らさない
とは言え倫理を守る意志など、魔術師の貴族として育った人間性の残滓に等しい僅かな破片なのだろうが。
「―――さて諸君、雑談はこれで最後。
私たちの為に囮となった反乱軍が、そろそろ帝国軍と衝突する時間だわ」
星見の狩人は全て見通せてしまう。数分後には反乱軍が帝国軍と衝突し、皆が諸共死ぬことになる。帝国に対する反抗作戦を共にした現地のサーヴァントも、誇り高く意志も強い兵士達も―――死ぬ。
何故なら―――囮にしたから。
全てを承知した上で、彼らは自分達が餌となる未来を許した。
その絶望感を意志の動力源とし、彼女は人を闘争に狂わせる血の意志を魅せる。カリスマ性に近いが、何処か聞く者に罪悪感にも似た高揚感を与える声であった。
「これより、私が夜空を落とし開いた活路から―――ローマを、叩く」
隕石で焼かれた樹林の先、石作りの暗い魔都が見える。同時に、それは反乱軍の壊滅も意味していた。この時刻を以ってお互いの殲滅戦線が衝突する。
「私が指示します。私が、命じます。私の意志で、皆の命を預かります。
―――狩りなさい。
徹頭徹尾、あの人間共を狩りなさい。
私たちが戦う相手は、人の魂を抱きながらも、人の心を失った人間より生まれた魔物。理性と言う精神の皮を剥ぎ取られ、本能さえも塗り潰す剥き出しの魂の衝動と化した真性の霊長」
既に情報伝達は十分。ローマ侵攻に隠し事はなく、魔都内部の地獄を皆が知っている。藤丸も、マシュも、フランスに負けない現実が先に存在している事を知って尚、戦場を進むと決めている。
「人理焼却を行った黒幕と、それに協力する灰によって作られた犠牲者だとしても、倒さなければならない。それでもカルデアは、ローマ帝国を狂わせる者達を殺さなければ生き残れない。
罪は全て、私と私のカルデアにあります。
人理を守ると言う私の願望の為、自分の運命に抗う暗帝ネロを殺さねば―――人は、生きる選択さえ失った儘となる」
故に、正当性も建前も不必要だった。未来を選ぶ功績も罪科も奪われたのならば、その権利をまた人類は自分達の運命へ奪い返さなければ人類史は燃え殻となって終わるのみ。
「カルデアの所長として告げます―――狩りの時間だ」
反乱軍と帝国軍が衝突する瞬間、魔都殲滅作戦も始まっていた。ローマを守護する異形市民の軍勢の陽動は成功し、これよりカルデアの英霊狩りが始まる。
「敵の襲撃が予測されます。まずは藤丸、簡易召喚の出番よ。貴方が埒を開けなさい」
「了解しました、オルガマリー所長!」
◆◆◆◆◆
「了解しましたけど、ネロさんはそれで宜しいのでしょうか?」
「構わぬ。なにせ、あんなにも夜の空は―――美しいのだ」
魔都に戻った灰は、焼かれた森の方向を酔い蕩けた瞳で見詰める暗帝に問うていた。暗帝は輝ける星の美しさに瞳を焼かれ、星が堕ちる宙の美麗さで脳髄が神秘に啓蒙されていた。
「あぁ、それですか。確かに、オルガマリーの悪夢は美しい世界ですからね」
「ふぅむ。あれは、そのオルガマリーと言うサーヴァントの魔術か、その宝具なのか?」
「いえ、人間です。私と同じく、ただの人間の魔術師です」
「なんと。あれを為せる者が人間か……いや、星々の宙にあの美しさを見出せるのもまた人間だな―――欲しい。欲しいな、凄く欲しい。
余の魂が蠢いて仕方がない。
反乱軍共も所詮、異形化した市民の食餌にしかならぬ娯楽品。そして、余は全てのローマ市民を導く皇帝であれば、差別なく、区別なく、国家指導者として市民の趣味を規制する圧政など赦されぬ。
ならば、アレは余の娯楽として手に入れよう。皇帝特権である。
魂から芸術を愛する余にしか、そのオルガマリーと言う人間の美しさは理解出来まい」
銀河のように瞳を輝かせ、暗帝は童女のように笑みを溢す。
「はい。とは言え、彼女はとても強いですからね。私を狩り殺せる程に」
「なんと……二度目の驚きだ。余よりも強いのか?」
「残念ながら、そうなります。ネロさんが特異点を生き延び、長い年月を闘争に明け暮れる生活を送れば、彼女を倒す技巧も身に付けられるかと思いますよ」
「ふははは。尚、欲しい。きっと、全てが美しいのだろうなぁ……」
嘘偽りが一切ない人間。灰とは、誰のソウルにも正直である。暗帝が勝てないのも事実であり、オルガマリーが灰を殺せるのも事実。
「……だが、貴様の不死を破れる訳ではなかろう?」
「どうなのでしょうかねぇ……ふふふ。死ねれば、それはそれで喜ばしいのですがね?
結局の所、魂の死とは私がこの世界の一員になれた証となります。行き着く魂の先が皆さんと同じでしたら、根源に在ります星幽界より魂を管轄する全ての魂の無意識たちが、そもそも私を受け入れるのか、否かと言う問題になりますから。
それに魂から己の意志を失って、その魂の儘に次世代へ転生は出来るとは思いませんが、そもそも無と為る全てに融け込めるのかも疑問です」
「ほぅ……――成る程な。
消滅、と言う安息すら人間の魂には許されんのか?」
「そうですね。それは、私だけが特別罪深いからと言う訳ではありません。彼是数百年前の昔、聖堂教会と言う組織……あぁ、ネロさんからすればローマの国教を無謀にも批判する民間宗教でしかないのですが……まぁ、そこの埋葬機関と言う者達と戦いましてね?
転生批判も、黒い銃身も、命は奪えても私の魂には無害でした。
どうやら、神の裁きだろうとも人間は許されないのでしょう。その人間が作り上げた禁忌だろうと、私の暗い魂の方がより悍ましい存在だったようです」
死、とは何なのか。灰は全く理解出来ない。本当に死ねないので、命を失うことで擬似的な死亡経験を繰り返すも、魂が人生のその先に至る終局へは永劫に届かない。
だが、この人理世界の人間は神の様に終わる権利を得ていた。人間なのに、人間の癖に、闇ではなく、根源たる無の領域を起源とするソウル共。
無には程遠い灰に、死が赦されないのは道理。ネロを自分と同じ死なずの暗帝へと転生させた行いが如何程に罪深いのか、正しく罪悪を理解するのも灰只一人。
「アッシュ・ワン。その思索は無駄だ。六芒星の神の裁き……いや、裁きと言えばローマ滅亡も裁きだが、それは人類全体の選択。大元はこのローマによって、大工の息子が救世主と化したこと。遊星から続いた憐れなる生き残りが継いだ神代をローマは殺め、そのローマが殺した救世主が止めの安息を与えた。西暦の節目となる原罪が、人類史から神の子へと死を与えた。
即ち、原罪より生じるビーストを人理定礎に封じ込めたのだよ。
後の世にて、人理が保証される限り人類悪は、人類史に生まれることも赦されぬ。しかし、定礎が穿たれた西暦以前に潜んでいるとは、敗れ去る運命しか許されない獣も小賢しい」
「そうですね、ネロさん。ゴルゴダの
本来ならば、人理の到達点までの繁栄が汎人類史には許されていたのですがねぇ……フフフ」
「おぉ、遥かなるカルデア人の魔術を解する灰の人よ。星見がそなたには備わっておらず、故に空の星など無用である。奴等はソロモンと同じく神と契機する人類の裏切り者であれば、その占星術こそ唾棄すべき魔術。我が魔術基盤たるグノーシスは神域の否定にして、無より命を生み出す権能の否定。
星の魂など、人類史最後の怨敵だろうに。
だが、憐れなことだ。まさか、人類に打ち倒されるしか道がない獣の匣を喜ぶとは。
故、理解もしたくない。狂おしきカルデアめ。自らが呼び起こし、自らが殺した獣の霊基を収集するなど、何故なのだ?」
「グランドオーダーが使命だからでしょう。しかし、あの狩人さんが先手を打ち、オルガマリーがカルデアスに吸収されることもありませんでした。マリスビリーさんの星見は素晴らしいですが、観測すればその星そのものから覗き見されるの致し方なき事です。人の世から原罪を封じた救世主も、救おうとした人間の愚かさで人理焼却と言う報われない結果となりました。
しかし、獣は必然的に七柱が人類史より孵化します。
遠回りな儀式ですが、七つ揃うことが大事なのです。
けれども、レフさんは七発の弾丸を棺に封じました。
獣狩りに使う筈だった魔銃はカルデアになく、星見に協力するあの錬金術師が大事に保管しております。刻まれた令呪で人のソウルを打ち出す魔術兵器とは、私と仲良くなれる絶頂具合と言う雰囲気です」
「人身御供など……」
「まぁ、その思惑も私がいれば無用でしたがね。とは言え、今は古い獣が優先です。それに必要な特異点と言う人理の隔離システムはとても有能ですよ。人類史も、人類種の皆さんが良く考えを練り込んで作られた機構でしょう。
カルデアスも良い品物です。あれの御蔭で私のソウルも、特異点と人理には詳しくなれましたからね」
「星見の末裔に、誑かされた真似をするとは。そなたの人真似は魂が騙されてしまう。いや、実際に本音である故に、騙される訳ではないのか。本当に己が意志で魂を好きに在れるとは、原罪も所詮は人間性なのだろう。
だが、神罰の代行を王国へ行ったカルデアのネブカドネツァル。
魔術王の死後、末裔は王国を荒廃させた。その王国に止めを刺したのが、カルデアの王」
空中庭園の
「いやはや、皮肉極まる。その星見を継ぐアニムスフィアが魔術王をサーヴァントとして利用し、彼の王国を滅ぼしたカルデア王朝の名を冠する人理保証機関を作り上げるとは。
千里眼とは、やはり憐憫に値する。
全ての可能性を視る故、己が運命を憐れまぬ。
再度、歴史は繰り返され、そして人理はこの様だ。
灰の人よ。そなたからすれば、この運命こそ―――正しく、原罪の現れよ」
「私が克服すべき原罪と、人類史の原罪は相容れませんがね。しかし、ネロさん……貴方の中にはまだ、シモンさんが居られるのですか?」
それを聞いた暗帝は雰囲気をがらりと変える。
「うむ。余の中に、そのソウルの残滓がな。魂そのものは別の器に収めておるが、
あやつは正に不死身の
ラテン語のマグスは、メイガスの語源。山の翁がアサシンの語源となったように、起源を辿れば意味合いも違ってくる。そして、シモンは名にマグスを冠する宮廷魔術師。その腕前は神代の魔術師にも匹敵し、生命をも自在とする不死性と創造性を持っている。
―――
魔術協会・時計塔の魔術師達と同様に、独占すべき神秘を金銭で売買しようとした男。
「ふふ。では我々は、彼のグノーシスを火種に致しましょう。器にいる本人もその中から、ネロさんの願望を祝福していることかと。
ソウルの化身―――デーモンスレイヤーは、私が止めます。
カルデアと抑止力の捨て駒は、貴方がお好きな様にローマの礎へと生贄にして下さい」
「―――……余の女神よ、あの生物兵器を使っても良いのだが?」
「そうですねぇ……ふふ、確かに。アン・ディールの魔術実験で色々と作りましたが、その兵器での実地実験はまだでしたから。
今のカルデア相手には私のペットは強過ぎず、弱過ぎず、丁度良い苦痛を与えるでしょう。市街地の大規模破壊を起こしてしまいますけど、宜しいでしょうか?」
「それは全く構わん。だがな、貴様がカルデアの科学力で作った戦術核兵器は駄目だ。ローマが消えれてしまう」
「使いませんよ。聖杯も含めて、何もかも吹き飛ばしてしまいますから」
「自重と自制は頼むからな……本当に、本当にな!」
「はいはい。ではそちらも、聖杯の調整後は戦争を御愉しみ下さい」
「うむ!」
そして暗帝は、聖杯が眠る深淵へと潜って行った。灰はその背後を見送り、カルデアを待伏せするべく宮殿から街へと歩き出した。
脳裏に準備するのは―――召喚術式。
何を呼び出そうかと灰は悩みつつ、あの竜もどきが良いと笑みを浮かべた。
読んで頂き有難う御座いました。