血液由来の所長   作:サイトー

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 最近のインスタントのカレーは美味しいですね。


啓蒙63:暗帝宮殿

 神の鞭、アッティラ。つまるところ、遊星の尖兵の端末――アルテラ。

 灰によるソウルの業により、魂を暴かれた彼女は封じられた情報もまた暴かれている。本来ならば、英霊として知るべきではない真実。だが、秘密とは甘い蜜。好奇心が赴く儘に舌で舐め、甘露を味わうのが人の業というものだ。

 ソウルを暴かれるとは、人生を観測されると同義。灰は一切躊躇いなく深淵を覗き込む貪欲な探求者であり、覗き込まれたアルテラも自分の魂に眠っていた筈の深淵を強制的に目覚めさせられた。

 

「セプテム! マグヌス! ローマッ!!」

 

「くっ……!」

 

 アルテラはローマを相手に苦悩する。同時に、暗帝が肉に染み込ませた悦毒に苦悶する。

 霊長抹殺を企んだ遊星の尖兵の、その端末の死後の写し身……―――そう思い返せば、自分も遠くまで行き着いてしまったと、彼女は人理を守るこの戦いに挑むこの境遇の数奇さが面白かった。

 

「悩んでおるな……だが、その不始末は(ローマ)らローマによる行い。だがお前の裡にもローマが秘する故、やはり悩み進むこともまた邁進(ローマ)である」

 

 両刃剣(宝具)を巧みに操り、鞭の様に撓る三色の光剣を防ぎつつ、神祖は攻防を一方的なまで有利に進めていた。

 神祖(ローマ)は、何もかもが強かった。

 視線が強い。呼吸が強い。膂力が強い。骨格が強い。技術も強く、魔力さえ強い。

 回転するような両刃剣の乱舞。軍神の剣は攻撃こそ重点とするも、その利点を一切生かせない程の力量差。

 

「神祖、ロムルス……ッ―――!」

 

良い(ローマ)ぞ、良い(ローマ)ぞ。正にこの、臨死の瀬戸際こそ戦士の真骨頂(ローマ)である」

 

 絶妙な均衡による鍔迫り合い。この間で真名解放など以ての外。千分の一秒が生死の境界。武器と四肢に魔力を込めると言う思考さえ邪魔であり、攻撃を見てから脊髄反射ですら鈍間である。だが戦意は言葉となり、相手を殺すと言う人の意志がなければ、疲れ果てた脳と神経に電流を走らせる気力は僅かばかりも生まれない。

 もはや戦術の読み合いであり、且つ先見の潰し合い。

 直感で相手の直感を第六感で共有し、戦術眼でお互いの戦術を批評する。

 刹那の後に訪れる互いの死を、まるで一秒間に何十何百と答え合わせをする思考戦。考え続ける脳髄が発火して溶け落ちる地獄を、どちらが先に脱落するのか競い合う悪夢的な殺し合い。

 

〝―――……ぐ、何だ。この技巧、この膂力……神祖、お前は何になった?”

 

 両刃剣は扱い難い面妖な武器だが、その上で神祖の宝具は重く鈍器ような破壊力も有する故、更に使いこなすのに業が必要となる得物。上面から振り下され、それを防げば即座に下方から反対の刀身が振り上げられ、それを防いでも即座に連続的二撃斬が途切れなく繰り返される。

 廻る様に、と言う例えが嘘ではない圧倒連斬。

 アルテラは今この瞬間、樹槍に細切れにされていない事が奇跡だと理解していた。

 それでも彼女に恐れなど有り得ず―――しかし、その業に畏怖は覚えた。それは全盛期も幼年期も老齢期も関係なく、ただただ人が魂を殺し続けて、死なせ続けて、滅ぼし続けて、魂で己が魂を鍛え、極め、究め、窮め、時間と言う概念が枯れるような長い年月が可能とする正真正銘―――魂の業。

 今の神祖は、自分の業を“人間”の業に呑み込まれてしまった。

 アルテラが垣間見るのはその本人ではなく、使い魔に過ぎないサーヴァントの魂に流れ込んだ業の一断片に過ぎず、しかしその魂が紡ぐ殺戮の人生が、人の一生では絶対に不可能な領域。

 

〝借り物の、業……”

 

 本当に僅かな合間しかない攻撃の機会に、アルテラは絶妙な瞬間に剣を振うが―――弾き流され、即座に返し切りの嵐。

 覚醒した星の紋章が彼女へと第六感を振わせなければ、一瞬にて両断。数瞬後にはなます切りのように細切れに割かれ、斬撃の渦に沈んで霊体を霧散させるのが必然。これ程の頂き、今を生きる人間には不可能な業。そして暗い人の意志でなければ、到達出来ない業でもある。

 

〝如何凌ぐ……如何超える、如何勝てる―――!?”

 

 勝てない。勝る点が一つもないと言う悪夢。運命力を極めた暗い魂は超越した幸運によって因果律を支配し、偶然による勝利を相手に赦さず、運命や幸運と言った偶発的な逆転も有り得ない。となれば、灰のソウルを植え付けられた神祖の魂に勝つ為に何が必要なのか。

 答えは恐ろしく単純―――魂、ただ一つ。

 神祖に勝つには、彼の魂にアルテラの魂が勝たねばならない。

 共に残った筈のエミヤと清姫は、固有結界「無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)」の中へ閉じ込めたカエサルとカリギュラを倒すべく救援はなく、一人で神祖を倒さねばならない。

 

「―――おお、それが希望(ローマ)なのだ。憐れなる流れ星の落とし子、神の鞭と謳われた英霊、大王アッティラ。

 ローマなりしローマこそ、お前の絶望を絶つ希望の終わり。望みが叶うのは希なこと」

 

 ドン、と轟音と共に神祖は一歩進む。地面は罅割れ、市街地は陥没し、ローマが震える。アルテラは地面に一瞬だけ足を滑らせ、その隙に皇帝特権(魔力放出)による魔力の波動を掌から放射し、彼女を容易く吹き飛ばす。

 そしてアルテラを飛ばしたその皇帝特権(魔力放出:A)を超える皇帝特権(魔力放出:A++)で神祖は魔力のジェット噴出で高速移動を行い、吹き飛ぶ彼女よりも更に跳んで先回りをし、樹剣の宝具を相手を両断せんと躊躇わず振った。

 

「―――ぐぅ、ヌッ……!」

 

 光剣で何とか防ぐも、それはフェイント。前蹴りによって足の裏がアルテラの腹部にめり込み、そのまま神祖は地面を踏み付けるように彼女を地面に蹴り落とす。地面と挟まれ、傷付いた内臓から血反吐を吐き出すが、神祖は止まらない。彼は頸を狩る軌道で樹刃を振い、アルテラは光剣で怯みながらも体を動かして防ぐ。

 だが直後、震脚と同時に足の裏から皇帝特権(魔力放出)で魔力を噴射。

 傷付いた内臓を内側からも外側からも爆散させるエネルギーが、アルテラの腹部に凝縮した。

 

「―――――――!!!」

 

 二撃は耐えた。だが、三撃目を受ければ上半身と下半身が別れる確信。彼女は光剣に魔力を込め、まるで灰や悪魔が放つ神の怒りのように周囲全方位へ向けて衝撃波を噴射。あろうことか、神祖はそのエネルギー放射以上の速度で彼女から離れ―――即座、両刃剣をブーメランのように投擲。

 地面を切削する縦向きで迫る両刃剣を前にし、アルテラは防ぐのではなく回避を選択。彼女の直感が防いではならないと訴え、それは正しかった。受け止めれば最期、刃はヨーヨーのように斬撃回転をしながら止まり続け、アルテラはその場から動けなくなっていた事だ。

 尤も、だからと言って神祖は止まらない。

 避けたその先―――パンクラチオンの構えをし、ローマに伝わって更に洗練された神代由来の格闘技を神の鞭へと受けた。

 ローマ皇帝の皇帝特権は、英霊の視点から見ても反則級の技能。

 神祖が振う皇帝特権(パンクラチオン)となれば、正しく皇帝級の膂力と技巧を誇る人体破壊の一撃となる。

 

滅殺(ローマ)―――ッ!」

 

 右拳が抉り込まれる寸前、それを光剣で焼き弾く。しかし、神祖の手は軍神(マルス)の剣に直接触れたにも関わらず無傷であり、だが父の愛が我が子へと傷を与える方が不自然。とは言え、皇帝特権(魔力防御:A+)で五体を守る神祖に損傷を与えるには、高ランクの宝具であろうと困難極まる。

 そして、左拳も瞬きの間もなく振われた。思考戦においても、神祖は相手に一呼吸の休みも許さない。アルテラも同じく左腕に魔力を込めて防御をするも―――霊体の骨格に罅が入る。

 だがパンクラチオンは殴るだけの、相手に怪我をさせて終わる武術に非ず。殴れば同時に掴み、必ず相手の体を捻り壊すのが道理。殺せなくとも全ての攻撃を、殺人の最期の一手に繋げる布石とする致死致命の統合格闘術。

 

「……ッ――!?」

 

 罅の入った左腕を掴まれ―――握り、潰される。

 その上で捻り曲げられ、間接が腕にもう一つ出来上がる。だが、その苦痛で動きが止まれば即座に死へ繋がる。それを解さないアルテラではなく、ならばと拉げた左腕に構わず右手の光剣を首を撥ねる軌道で鞭のように振い、神祖はそのアルテラの覚悟の程さえソウルで見通していた。

 

「―――あ、顎……と、首?」

 

「当たらねば、剣は安泰(ローマ)である」

 

〝いや、当たっているぞ……何なのだ、これは? どうすれば良いのだ!?”

 

 眼前の光景に脳が混乱する。三色に輝く鞭の光剣にその道理が通じるか如何か、アルテラは甚だ疑問に思ったが、実際に目の前で魔力の光刃を白刃取りされたとなると何も言えない。むしろ、驚愕で思考回路が強引に停止させられる。とは言え、そのまま顎と首だけで軍神の光刃を止められる訳がなく、皇帝特権(魔力防御)による種と仕掛けもあるが、それでも鞭剣を容易く白刃取りする技量は狂気を超えた魔人の巧みさ。

 ―――ニィ、と見た者の魂を恐怖させる神祖の微笑み。

 臓腑の底から怖気に全身をアルテラは振わせると同時、彼女は折れた左腕から一気に上空へ投げ飛ばされた。そして乱回転しながら飛ばされることで三半規管をグチャグチャに乱され、幼子に振り回される虫籠に入った虫のような状態にされ、アルテラは天地がどちらかも分からない程に空間把握が出来なくなる―――その時、空気と太源を切り裂く脅威を聴覚と第六感が感じ取る。

 神祖が投げた後の両刃剣が、アルテラが上空に来るのが予め決まった未来であったと言うのか、彼女が飛ばされる軌道上へと丁度重なるように回転しながら飛んでいた。

 

「ここまで狂えるか―――怨敵、ローマ!!」

 

 気合の咆哮と共に、アルテラは乱回転する自分の状況を利用し、光剣を鞭の如く乱舞させた。周囲には三色に煌めく惨殺空間が発生し、飛んで来た両刃剣と、それによって挟み打ちにせんと飛翔した神祖を同時に斬り弾く。

 ―――直後、神祖は何時も通りにポーズ(ローマ)を構えた。

 端から見れば空中でYの字にジェスチャーする神祖はふざけているように見えるかもしれないが、彼を知る者からすれば絶望を覚える圧迫感に襲われ、胃の中身を吐瀉する程に震え怯えるのが当たり前だろう。

 

「ローマ!!!」

 

 彼の背後より魔力が灯る。むしろ、決めポーズの儘に微笑む彼へと光が灯る。

 それは赤色の追尾式魔力閃光(ホーミングレーザー)。現代の魔術師が見たところで魔力的エフェクトが光っているとしか分からず、原理も理論もまるで意味不明だろうが、ローマの神祖であるならば出来て当たり前の神秘。

 だが神祖が攻撃するその間にて、アルテラは魔力を放出して自分の体勢を何とか空中で整えた。そして、光剣より彼女も同じく魔力弾を発射。

 赤色魔力光弾(ローマンレーザー)三色発光魔力弾(カラフルレーザー)が宙で衝突。

 爆散した魔力光で荒れ果てたローマの暗い市街地が照らされ、神祖(ロムルス)大王(アルテラ)の二人は衝撃波によって遠くに吹き飛んでしまった。

 

「はぁ……はぁ、はぁ……っ―――!」

 

 しかし、アルテラに転がっている暇はない。光剣を地面に突き刺し、両脚で何とか立ち上がる。そのまま荒れる呼吸を直す余裕もなく、彼女は複雑骨折した左腕を右手で強引に握ることで固定し、余剰魔力を左腕が弾ける寸前まで流し込み、それを霊体の治癒へ一気に消費した。

 

〝自分から、単独で彼奴の相手をするとは言ったが。これは……足止めに専念しても、危ないぞ”

 

 彼女が睨むその先―――神祖(ローマ)は、微笑みながらYの字(ローマ)でアルテラを待ち受けている。そして、ズドンと言う音も同時に彼女の耳に入って来た。どのような思考で計算したのか、遥か上空より落下して来た両刃の樹剣が神祖の背後に突き刺さった。

 中々に、神の鞭と恐れられた彼女としても心が折れる光景だ。

 霊体は所々砕け、霊基も全体が罅割れ―――だが、神祖(ローマ)は戦闘前と変わらず健在(ローマ)である。

 そして軍神の子(ロムルス)は、軍神の敵(アルテラ)を憐憫する。それこそ、文明が生み出した獣性を愉しむ根源的な人間性。その害悪でもあり、逆に慈愛も抱く正邪善悪全ての生みの母。

 神祖は分かっていた。灰にソウルを侵された自分と渡り合えると判断した相手の戦術眼を嘲笑うのではなく、英霊の霊基として備わる技能と宝具が、相性と決定打を与えるとなれば、最初から勝敗が有る程度は決まっているのがサーヴァント同士の殺し合いのそもそもな本質。

 

「アルテラよ……―――せめて、ローマを抱いて眠れ」

 

 勝機無し。千回戦い、万回殺し合い、一回の偶然も許さない慢心無き絶対君臨者。

 戦闘王を冠する大英雄であろうと、勝ち目全てを敗北に塗り潰す神祖は果てしなく悍ましき存在。

 文明を破壊する普段通りに、冷静沈着な戦闘機械に化そうと徹して尚、あのアルテラが見た目通りの少女のように恐怖と不安を魂から湧き出てしまうのを止められない怪人。

 

「諦められるか……諦める、ものか。

 私は……私が、私が破壊であるッッ――」

 

 耳の中、神祖の言葉(ローマ)が残留する。

 そのまま脳髄へ思念(ローマ)が汚染する。

 何故、この魔人に勝てると驕れる。足止めを全うする未来など無く、一筋の光さえない絶望。それを覆すには、命諸共全てを賭す必要がある。

 

「―――軍神の剣(フォトン・レイ)………ッッ!!」

 

 光剣に三色の輝きが渦巻き、虹色の魔力光となって刀身は流星と化す。アルテラは何故か神祖が真名解放をするのを許した隙に十全に魔力を溜め終え、虹の極光となって全身全霊の突進を敢行した。

 地上全ての物体を破壊する美しい滅び。

 当たれば最後、マルスの怒りによって霧散する広範囲殲滅宝具。

 

「それもまた、ローマであろう……」

 

 なのに――――片手で、戦闘王を止めていた。皇帝特権は万能を超えて全能に等しく、神祖(ローマ)皇帝特権(魔力防御)はマシュの十字盾を思わせる堅牢さを誇る。

 魔力光(ローマ)を纏う神祖の様子は穏やかとも言え、実に優しい手付きでアルテラの突進が停止する。

 

「オオォオオォォォオオオオオオ――!!」

 

 アルテラの雄叫び。噴出する虹彩極光の螺旋魔力。止められようとも、彼女は諦めない。いや、諦める事を自分に許さない。

 

「ローマ!」

 

 ローマの意志はローマの地面を揺らし、ローマの壁が盛り上がる。更に此処がローマそのものならば、そもローマがローマを為すのに真名解放など不要。

 此処は神祖(ローマ)箱庭(ローマ)

 すべては我が愛に通ずる(モレス・ネチェサーリエ)ならば、神祖の愛が此処(ローマ)には満ちている。

 アルテラの足元から、何の脈絡もなく城壁が噴射された。まるでギロチンのような鋭さで、胴から切断せんと神祖の宝具(ローマ)が具現化する。

 

「――――」

 

 圧縮された時の中、時間停止に等しい思考速度でアルテラは走馬灯と共に最後の選択を取らねばならない。

 このままでは―――切断死。

 二つに分かれた胴体から内臓を溢して、惨たらしく絶対絶命。

 既にこの段階、カウンターによる宝具解放によって回避不能。

 受けるにしても宝具の突進中で体勢を整える暇など一切皆無。

 

「―――ガ……ッ」

 

 選んだ戦術は単純―――耐える。その一択。光剣より渦巻く虹彩の魔力を思念の速度で自分に纏わせ、その結界宝具に対する守りとした。

 しかし、余りの衝撃に意識が一瞬だけ飛ぶ。そして、その刹那の隙が神祖を相手にした場合、欠伸をする程の絶望的時間。

 そうなのに―――死ななかった。

 意識を取り戻したアルテラは無事に宙へと舞い上がり、そのまま地面へと頭から落下。神祖は先程と変わらず、何故かローマの構えで佇んでいるのみ。

 

「ぐ、う……ごほ、ゴホッ……おぇ―――グ、う」

 

 肋骨が数本砕け、他の部分も罅が入る。背骨も折れ、神経が断絶する。足に力が一切入らず、アルテラは血反吐を口から撒き散らし、立ち上がる事も出来ずに転がる事しか今は許されていなかった。

 直感は何もかも正しかった。

 勝ち目など、何一つ神祖を相手に存在しなかった。

 だがそんな事、アルテラも理解していた。その上で神祖は彼女の悲観的未来予測を上回る絶望であったのだ。

 

「此処は(ローマ)箱庭(ローマ)でもある。我が子ネロの世界であると同時に。しからば、我が愛も暗く染み犯し、この街は(ローマ)寵愛(ローマ)に満ちている。

 出口など―――無い。

 ローマを破壊する捕食の申し子よ、星の涙を流すが良い。

 せめて、ローマがお前の終焉となろう。この度の召喚は悪い夢であったのだ」

 

「黙れ。戯言はそこまでだ―――神祖、ロムルス!」

 

「ならば、素早く霊体を直せ。骨を繋げ、神経を元に戻し、立ち上がるのだ。

 諦めが英霊の魂を殺す。折れる心が英雄の意志を穢す。絶望こそ―――人間(ローマ)を強くする。お前もまたローマを抱く者である故に、(ローマ)と言う試練を破壊せよ」

 

「言われる、までもなく―――ッ!」

 

 肉体を治癒し、アルテラは立ち上がる。もう意志だけが両脚を支え、戦意一つで霊体を稼動させている状況。

 その人間としての姿こそ―――人間性(ローマ)

 人理の為。人間の為。人類の為。何より―――自分の為に。

 神祖は感動した。元より人を殺す為の戦いなど求めず、ローマの為の、ローマを求める故の、最後の殺し合い。彼は簒奪者の灰に狂わされたのではなく、根源から生まれた己が魂を灰のソウルで啓蒙された故に、暗帝のサーヴァントであると同時にソウルの“霊体”としてカルデアと戦わなければならなかった。

 

「―――ローマッ!!」

 

 神祖は大きく口を開け、雄叫び(ローマ)と共に皇帝特権(竜の息吹(ローマ))によってマナの奔流が放射された。宝具ではない技能による攻撃だが、もはや並の宝具を遥かに超える概念の濃さによって、サーヴァントの霊核を容易く燃焼する神秘である。

 死―――何と、分かり易い止めの一撃。理屈はアルテラにも全く分からない魔力攻撃なれど、直撃すれば死ぬのは理解出来た。

 

「―――転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)―――」

 

 その奔流(ローマ)砲を、亜空間から突如として首を出した蛇頭が竜の咆哮(ドラゴンブレス)で掻き消した。直後、宙から落下する男は弓の弦を引きながら矢の真名を解放。

 

「――――――偽・螺旋剣(カラドボルグ)

 

 眉間を狙い、超音速で迫る螺旋状の剣型太矢―――カラドボルグⅡを、神祖は拳で真っ向から殴り、拉げ、壊し、太源へと霧散した

 射手の精神と完全な融和。

 矢に備わる神秘との統合。

 拳に宿った創造樹の魔力。

 そして、螺旋剣の軌道を完全に見切る眼力は究極(ローマ)と呼べ、神域の反射速度によって秒速2000mを超過するエミヤの投影宝具を生身で破壊する魔技を可能とした。

 

「当たらなければ、矢は安泰(ローマ)である」

 

「「―――?」」

 

〝どう言うことだ……私の狙い通りではないが、拳には直撃しているぞ?”

 

〝エミヤの矢、直撃でしたよね……?”

 

 そんな疑問をエミヤと清姫は口にする余裕はない。一難去って、また一難。固有結界内部での短期決戦は二人の魔力を消耗させ、剣士(カエサル)狂戦士(バーサーカー)を宝具の飽和攻撃によって撃破したものの、アルテラが足止めする神祖は文字通り存在規模が次元違い。

 あれで神祖(ローマ)は―――人間(ローマ)だった。

 受肉した霊体。召喚された時と変わらない通常のサーヴァント霊基。

 冠位でもなく、神霊と化してもおらず、神域も魔域も所詮は人域の範囲内に過ぎない―――と、傲慢極まる最悪の人間賛歌によって()み直された人理への惨禍。

 

「二人共、早かったな。助かるぞ」

 

 吐いた血反吐と頭部からの流血で血塗れになってはいるも、まだ何とかアルテラは生きている。間に合ったことを幸運だとエミヤは思う。だがその幸運を、彼は冷静冷徹な戦術家として疑念を覚える。

 神祖程の力量があれば、即殺を狙った短期戦闘も容易かった事だろう。何故、神祖がそうしなかったのか不審に思うが、結果としてその慢心で戦局が有利になるのなら別に如何でも良い敵の嘲りと判断した。

 

「清姫のドラゴン無双の御蔭だ。むしろ、敵が気の毒な有り様だったよ」

 

「エミヤ。ま、まま旦那様(ますたぁ)……には嘘と誇張なく、伝えますように。月光で頭が狂った今の私だから嘘にも理性的に対応出来るだけでして、好き嫌いが変わった訳ではありませんよ?」

 

 この特異点で愛を恥ずかしがる様になった清姫だが、それによって己が狂気を魂で正しく理解している状態でもある。

 狂えば最後―――殺したい、と愛に溺死する。

 反転衝動と混沌衝動がぶつかり合う事による悍ましい均衡。劇物二つが混ざることで中和し、その化合物として理性らしき思考回路が生じているだけ。だが、狂気と理性が交じり合う混沌もまた人間性。

 

「すまない。反省しよう」

 

「嘘はありませんね。でしたらエミヤ、貴方を許しましょう……ふふ。しかし、この私が嘘吐きを許そうだなんて―――本気で、脳が狂いそう」

 

「お喋りは此処までにしよう。あの男は会話中に不意打ちはせんだろうが……時間がないのは此方側だ」

 

 エミヤは陰陽の双剣を投影。清姫は四肢を竜化させ、人間形態の儘でドラゴンの神秘を備えた。そして、アルテラは応急的に肉体を癒して光剣に魔力を回す。

 対する神祖は変わらずYの字(ローマ)で微笑んだ。

 人間は、諦めてはならない。人間は、心が折れてはならない。人間は、立ち止まってはならない。人間は、過去に囚われてはならない。

 人間は―――未来(ローマ)に生きねばならない。

 その人道を見失った時、人は魂が膿み、意志が腐り果てるのが人理と言う世の宿業。

 今は駄目だとしても、最後まで無理なのだとしても、そう自分は在れるのだと戦い続けて初めて人間はヒトと呼べる魂を獲る。

 故に、神祖(ローマ)は絶望を善き未来と微笑んでいる。

 殺してみせよ。倒してみせよ。この屍を踏み越え、人間性(ローマ)を証明してみせよと、彼は人理の抗いが強いことを英霊の一柱として尊んだ。

 

 

 

 

 

◆◆<◎>◆◆

 

 

 

 

 

 暗い城だった。陥没した帝都の虚の底。擬似生成された人間の(ダーク)ソウルと言うエネルギーが集まる杯の最下層部に開いた孔。

 

「ふむ―――久しいな、カルデア。それと余の宮廷魔術師が玩具にしたブーディカではないか?

 その節は実にすまなかった。少し時間がある時に考えを改めてみてなぁ……余、反省。貴様がまだ暴力を嫌うのであれば、カルデア成敗の後、きっちりと裁判でもして決着をつけよう。人間は理性の生き物故に。

 そして……おぉ、英霊と化した余ではないか!?

 貴様の腕は美味かった。もう片方の腕も寄越しに来たとなれば、とても殊勝な考えだ。死人となった余が、今を生きる余の糧になるのは道理だろうとも」

 

 その内部。最下層に玉座の間。その中心には更に奈落に繋がる穴が開けられ、底には溶岩が溜まっている。暗帝は玉座からその溶岩を見守っており、聖杯を投げ入れた混沌の錬成炉でもあった。

 溶けるのは―――人か、魂か、死か。

 生まれ出る者を観測は出来ず、シュレディンガーの猫と同じく未来は蓋を開けるまで決まらない。

 

「ローマ皇帝、ネロ! 貴女を止めに来た!!」

 

「分かっておる。だが、歓迎しよう。盛大にな」

 

 グツグツ、と混沌が孔の中で煮溜っている。だが実質、それは逆だ。聖杯を投げ入れたことで、聖杯はデーモンと化した。しかし、そのデーモンは既に殺され、また聖杯に戻され、錬成され直されている―――今の、この炉へと。

 暗帝が、敵が来たと言うのに余裕なのも当たり前なこと。

 既に儀式は完了を終えていた。今はもう、完成したそれに更なる人間性を捧げている段階。しかし、それももう終わりを迎えても良かった。

 

「何せ、貴様らの到着が儀式完了の合図だからな。我がローマも悪魔によって崩落が始まってしまっては、悪性情報を集める為の都市全体に張り巡らせた人造巨大魔術回路も、もう既にズタズタに切り裂かれてしまったおってな?

 全く……遠見で見ておったが、ドラゴンの神を手軽に召喚とは反則だろうに。

 あのビックサイズはローマ並みだ。カルデアの科学力とやらで余の女神が作った戦略……戦術、なんたら核弾頭とやらをつい撃ち込みたくなった」

 

 戯れ言が人の精神を乱す。その言葉を無視出来ないなら尚の事。玉座の間の孔は光り、光の柱を上に発し―――暗帝は、デーモンの聖杯を手中にもう収めている。

 目眩ましにもなった極光は暗帝以外の視界を全て光色に塗り潰し、その輝きによって誰も攻撃をすることが出来なかった。暗帝の不意打ちを逆に藤丸たちは警戒するも、その心配は無用。

 暗帝は、今はただただ感動している。

 如何でも良いと言う感情が彼女を支配している。

 彼女は相手を下に見ている訳ではなく、例え殺されても自分にとって死は無害。苦痛も情報と化し、心臓を貫かれたとしても、痛いことをされたとしか感情が動かない。

 

「―――聖杯!?」

 

「無論だ。この特異点を維持する基点にして、このローマを悪夢に落とす起点となった呪物……さて、余から言うべきことは特にない。

 貴様らも語るべき事が無ければ、今より我らの殺し合いを始めようではないか?」

 

 藤丸立香、マシュ・キリエライト、ネロ・クラウディウス、ブーディカ。今の戦力はこの四人であり、エミヤと清姫とアルテラは三柱のローマ皇帝の足止めをするべく、宮殿へ突入する前に分かれている。そして聖杯を混沌の底から降臨させた暗帝は神々しく、だが禍々しくもあり、対峙する四人の魂を振わせるには十分以上の存在感を纏っている。

 その女が色に蕩けた瞳で微笑んでいる貌。

 悍ましく、生々しく、艶やかな肉の美麗。

 謂わば、人のカタチをした欲得の暗い獣。

 これが自分のなのか、とネロは己が魂の有り様に絶望を覚える。

 何を間違えたのか理解することを拒む。死ぬべき時に死ねなかった亡者だとネロは生きた自分をそう断じるしかない現実が恐ろしく、あの失意の内に自害した最期が救いだったなんて真実を、英霊となった事で理解させられるこの歴史が怖かった。

 

「何故……そんな姿で……余は―――余はッ!?」

 

「憐れである。やはり死に逃げた末の余では、己が本性より生まれたカタチを認められぬよなぁ……」

 

「―――黙れ!

 貴様は狂っている。いや、あの灰に狂わされたっ!!」

 

「セイバーと言うサーヴァントの匣……その弊害も、貴様には有ろう。一側面しか呼べぬとなれば、その若い頃の姿は……あぁ、そうだったよな。うむ、まだまだ綺麗な人間性を保っていた頃のネロ・クラウディウスだ。

 まだ母の毒で脳が狂わされる前であり、まだ皇帝となってローマの闇を正しく知る前の余だ。

 記録は最期まで揃っているのだろうが、今の余が見ると痛々しくも懐かしい感傷を覚えるな。

 しかし、これが貴様の正体だ。剥き出しなったネロの魂こそ、今の暗帝たる余。灰なる余の女神が死より我が命を救うことで自分自身の全てを悟れたのだ」

 

 いっそ、暗帝の顔は穏やかな聖女とも見えた。あるいは、駄々を捏ねる幼子を見守る母親のような―――

 

「気色悪い。自分さえ、愉しみの対象だなんて。暗帝、キミは狂っているんじゃない。

 どうしようもなく、自分自身の運命に憤っているだけだ。あたしが、ローマに狂わされた自分の運命を魂から呪っているように」

 

 ――――ブーディカと同じ、親子の愛を知る貌であった。

 暗帝は生みの母親に利用はされど愛された事はなく、だが灰に母親の愛を感じてもいた。だから暗帝は死から救われた時、きっとまたこの世に生まれ直ったのだとも感じられた。

 

「ふ……ふふ、ふははははははハハハハハハハハハハハ!!

 分かってくれるのか、ブーディカ。そうよな、貴様なら理解してくれると分かっていた。見ろ、そこの余を!!

 あの場で死ぬことが自分の魂にとっても、この人類史にとっても―――正しかったと!! 死ぬことが、余にとって正解の人生であったと!!!

 まるで人生に満たされたような貌をして、人理を救うと召喚される有り様だ!

 英霊だと……死後の魂だと……ふざけるなよ、人間、霊長、人類種!!

 生きたいと足掻くことが無意味だと、この余が認められるか。苦しみ死ぬ最期を良しと、この人理は余の命を嘲笑ったのだ」

 

「そうだね。キミは生きていることが間違いだよ、ネロ。足掻く資格なんて無いし、その命に価値はない。あたしと等価の存在だね。

 だから―――死ね。

 真っ直ぐに、死ね。

 あたしがローマを殺す死神となって、死ぬべき時を見失った亡者の貴様を殺すんだ」

 

「あぁ、分かっている。分かっているとも。貴様もまた、死に場に迷う亡者の一匹に過ぎんからな」

 

 家族は死んだ。殺したし、殺されたし、死に尽くした。暗帝も女王も、家族が死んで一人残され、最後の一人になったのは自業の因果の末路。自分の戦争に巻き込んで死なせてしまい、自分の政争に巻き込んで殺してしまった。挙げ句、人類史にさえ見捨てられた最期も通り過ぎ、なのにまだ生き長らえている。自殺して死ねば終えられるのに、まだ生きようとそれでも足掻いている。

 戦え――と、魂が止まらない。

 前へ進む足を立ち止まれない。

 死にたくないのでない。二人はもう、最後まで死ぬ訳にはいかないのだろう。ここで死ねば、人理と言う運命に敗北することを意味する。

 それは、駄目だった。

 善悪正邪が無価値であるように、運命と因果を認める生前の遺志が無意味だった。

 

「あたしは一匹の復讐者で良い。キミをこの手で殺せれば、それで良い」

 

「余は暗帝のローマとなる前の、ただの皇帝として生まれ変わる前のローマの罪を償おう。人理を否定したこの余だからこそ……ブーディカ、貴様が戦いを望む限り、幾度でも余は闘争を愉しむのみよ。

 貴様が憎むべき邪悪の皇帝として。

 ただの、欲望に狂った人間として―――」

 

「うん。それで良いさ。あたしも復讐に狂った一人の女として――――」

 

 暗帝が握り締めるのは、暗い隕鉄の片刃大剣。

 対する女王が持つのは、偽りの黒い勝利の剣。

 

「―――余は、そなたを殺めよう」

 

「―――あたし、キミを殺したい」

 

 憎悪とは―――殺したい、と言う負の愛情。

 魂を愛玩する喜びが、人を人殺しを貴ぶ獣に変生させた。

 

〝これが、こんな様が……余の魂だと―――?”

 

 英霊(ネロ)暗帝(ネロ)にソウルが共鳴してしまう。暗いネロから思念が流れ、灰から与えられた魂の祝福の欠片を僅かばかりとは言え実感してしまう。

 ―――深淵。

 ―――悪性。

 ―――愛憎。

 ―――献身。

 積み重なった人類史を観測したソウルの重み。そしてソウルが世界を認識する人の記憶でもあるならば、人類史を見詰め続けた灰が存在する限り、そもそも人理が霧散することも有り得ない。人が生きる世界を観測する人間性の光こそ、太陽となった暗い魂で有る故に、何もかもがソウルとなって永劫の記録となる。何度も、幾度も、そもそも最初からやり直せるならば、本当は間違った道程だろうと結末は正解と等価であり、全てが平等に人間の途である。

 そんな(モノ)が僅かにでも流れれば―――ヒトは、己が魂を諦められない。

 暗帝は絶対に、諦められない。心が折れない。間違いなのだとしても、その間違いを欲するから人は人間である事が許される。

 

〝ローマの―――全てが……あの余の中に……いや、あの魂を満たしているのか……?”

 

 羅馬を、暗帝は決して諦めない。彼女のソウルが特異点を観測し続ける限り、この暗帝が寵愛する箱庭が消える事はない。

 ぶつかり合う刹那の合間―――戦闘女王(ブーディカ)暗帝(ネロ)の刃が当たり重なり、花火が散るまでの短な時間の流れ中、ネロがこの暗い羅馬の正体が啓蒙されてしまった。

 

「ふっはははははははははははははは―――!

 ローマである。それもまたローマなのだ!!

 そうだとも! ローマの犯した罪から生まれた貴様の憎悪もまた、我らローマが作り出した素晴しき人間性に他ならぬのだ!!」

 

 ―――悪性情報。罪科の邪悪だからと、それを無価値と断ずるのは人類史において有り得ない。

 娘と共にローマ人から陵辱されなければ、女王は英雄とならなかった。怨讐に燃える勝利の女王は生まれなかった。

 罪から、新たなる咎が生まれた。

 悪から、素晴しい邪が生まれた。

 ローマの罪から作られた英霊を暗帝は魂の底から尊び、そもそも特異点でなければブーディカは、今を生きるローマ皇帝本人へ報復する本当の機会を得ることも不可能であった。

 

「ローマ共! 私の娘を良くも殺したな……良くも、泣かせたなッッ!!

 それを哂うと言うならば―――おまえたち邪悪を殺戮する新たな罪科を、あたしの正義として裁き殺す!!」

 

 黒く燃える互いの剣。

 赤く焼けた人の意志。

 怒りと憎しみ。

 恨みと愉しみ。

 一刀の交差後、力量差は余りにもはっきりとしてした。暗帝は神祖と同様、人間で在る故にサーヴァントの領域を凌駕していた。

 

「ふっはっは!! 良い殺意だ、良い憎悪だ……しかしな、余の怒りはそんなものではないのだ!!」

 

 ブーディカと同じく、暗帝とて憎悪に燃えている。

 そして暗帝と同じく、彼女もまた今を生きる人間。

 

「だったら、この魂―――もっと、もっと、もっと!! おまえらローマを殺す憎悪を燃やすまで!!」

 

「その怒りが人類史にとって無駄なのだ!!

 そして、人間の未来に無価値なそれこそが―――人の遺志(ローマ)である!!」

 

 だが凄まじい―――技巧。ソウルに侵された暗帝の皇帝特権(殺戮技巧(剣):EX)は、憎悪に燃えるブーディカに一切の希望を与えない絶望。

 神祖よりも純度は落ちるが、悍ましいと称するに値する剣技の業。

 そして魔力も暗帝は人域を遥かに超え、幻想種だとしても高過ぎるが、聖杯が持つ魔力量にしては少ないもの。つまるところ、それは暗帝の人間として強まった魂が持ち得る力である事を意味した。

 

「―――ぐぅ……!」

 

 ブーディカに一刀が入る。白兵戦において勝ち目は皆無。憤怒の儘に突撃した彼女は冷静にバックステップで逃げるも、胴体が別れなかっただけでも儲けものな結果。

 直後、マシュの仕掛け大盾(ギミックシールド)より機関銃が放たれた。

 追撃に移行する寸前に暗帝を止めた妙手であり、逆に追い打ちを狙った暗帝は悪手を無意識下で選ばされていた。

 しかし、全て弾かれる。まるで扇風機の羽だ。暗帝は片手で握る片刃大剣を手首だけで回しまくり、弾丸の一発一発を切り捨てる。マシュが撃ち終わるも、一発も通らず。その上で皇帝特権(魔力防御)を応用することで弾丸を刀身に張り付かせ、それを地面にズラリと並び落とす。

 

『そんな―――所長の狂った理念が生み出した機関銃だぞッ!』

 

 悪魔の瞳がないこの今ならば、とロマニは通信を藤丸にだけ繋げていた。それによって通常通りに詳しい特異点情報をカルデアの通信室は得ており、この悪夢的な光景も監視している。ロマニはマシュの大盾に仕込まれた機関銃の火力と神秘を理解している為、並のサーヴァントでは見切れない弾速と捌き切れない物量で近中遠距離に関わらずに圧殺する対()兵器であるとも分かっていた。

 しかも、それの魔力全開放射。それがこの様。その気になれば旗艦の重機関銃の掃射に耐えられる最高位の幻想種さえ、一瞬で蜂の巣にする化け物銃器が殺戮の設計思想。

 射線から回避するならば兎も角、人域の剣技で対処可能な兵器ではなく、況してや暗帝は今を生きる人間の筈。

 その疑念。その悪寒―――ふ、と彼は背筋を凍らせた。過去に魔術師だった頃の知識と記憶はまだ魂と脳に残っており、そこから嫌な解答が導かれるも……否、だからこそ有り得ないと思考を断絶する。だが、あの“人間の女”には冠位も獣も下らないこの世の理なのだとも察してもいた。

 人理と言う人の世を運営するカラクリこそ、ある意味で神以上に神らしい欺瞞の権化。数多の神さえも人間の奴隷として縛り付ける人類種の傲慢なら、それこそ神嫌いの人間として“(ヒト)”の為の殲滅するのも暗い魂の在り様。

 それが冠位や獣を利用するなら兎も角―――人間として、絡繰装置に変えて死から救うなど。

 そんなロマニの思考も一瞬。あの女の人間性を僅かに知る彼は疑念を振り払い、戦局に意識を戻した。

 

「良い武器だ。余もこの宝剣の改造案が湧いてくる作りよな」

 

 暗い女は、一目でマシュの兵器に込められた設計者の狂気を瞳で見抜く。それが愉しく、微笑みを浮かべずにはいられない。元はきっと違った筈なのに、今は見る影もない人理の汚泥に塗れ、だがもはやそう在らねば使い手を守れないのだと、その盾に宿った“ソウル”が受け入れるしかない矛盾した存在理。

 獣狩りの理念だったのだろう。使い手が獣に堕ちない様、人として命を殺す為の装置。

 使命で以って殺さなければ、人殺しは人を殺す為に何時か人を殺す現象と成り果てる。

 だが、そうなだけならまともな狂気。その悍ましい人間性の闇に侵されても尚、マシュ・キリエライトに白亜の貴さを失うことを許さない魂の矛盾を強制する最高にして最悪の“矛”と“盾”である。そんな醜く汚く邪なる中に煌く姿は、まるで淡い月の光のように暗い夜の中で輝く様でもある。

 

「汚くも、だがら美しい―――……くく。あぁ、カルデアめ。貴様らでなければ、人理は救えん。

 余とて、人の子。藤丸立香にマシュ・キリエライトよ、そなたたち二人が背負なければならない未来の責務を思えば、憐憫を抱くのが正しい人の心であろう」

 

 ボウ、と火が灯った。地面に並べた銃弾も赤く熱した。

 

「ほれ、御返しだ」

 

 皇帝特権(魔力放出(炎))で炎を纏った上で火炎を発する隕鉄の鞴――原初の火(アエストゥス・エストゥス)を振って地面ごと抉って機関銃弾を打ち放った。

 対人地雷(クレイモア)の炸裂破片を数十倍に広げた火礫が皆を襲う。

 その脅威をマシュは大盾によってマスターを守り、そのまた背後のブーディカも守った。そして、ネロは天上に跳び上がり、暗帝の頭上から制空権を奪っていた。

 頭蓋をカチ割る最速一閃。だが暗帝に死角なし。剣戟を見切るだけに止まらず、ネロの一斬を生身の左手で握り止めていた。

 

「―――な!?」

 

「手緩い。その様では、余の麗しい軟肌一枚切れんよ」

 

 刀身を握られたのならそのまま強引に斬ろうとネロは力を込めると、暗帝の左手はピクリとも動かない。皇帝特権(魔力防御:A)で守られた暗帝は生身で宝具に比する堅さを持ち、同時に発動した皇帝特権(怪力:A)で筋力を上昇させている。

 そして、胴体に優しい動作で剣を無音で突き刺した。例えるならショートケーキにフォークを刺す手軽さ。暗帝はその後、デザート食す前の少女のような喜びで貌を歪ませた。

 

「ぐ、ぁぁああああああああああああ!!」

 

 直後、炎を出さず刀身を熱した。ネロは叫ばずにはいられない。人の内側から臓物で焼き肉をする暗帝はただ熱するのではなく、ネロの全痛覚神経に熱した魔力を流し、気絶を許さない地獄の苦痛を鏡映しの自分に与えていた。

 

「ドクター……!?」

 

『簡易召喚、選別完了した! 何時でもいける、藤丸君!!』

 

「分かった!!」

 

 カルデアの原子炉をフル稼動させた魔力が迸り、大英雄ヘラクレスが瞬間召喚された。手に握るのは黄金巨斧であり―――その影の中、呪腕(アサシン)が忍び込む。

 今のカルデアにおいて藤丸が召喚可能な最強の暴力と隠密。本来なら瞬間的な呼び出しは限界があるが、その上であろうことか既に宝具発動が可能な状態でサーヴァントを現界させる暴挙。

 

「◆◆■■◆――――」

 

 射殺す百頭(ナインライブズ)―――もはや、加減無く。ヘラクレスは躊躇いなく、暗帝に絶技を披露。流石の暗帝もヘラクレスの殺気には対処しなくてはならず、その意識の動きに乗じて呪腕のハサンは容易くネロを影から助け出していた。

 あるいは、それも暗帝の戦術であったのか。女は表情を一切動かさず微笑んだ儘、宝剣をヘラクレスに向けて構える。

 

「――――――」

 

 竜のそっ首叩き斬る初手の一刀。弾く。同様の二刀目。弾き逸らされる。三、四、五、同じく連続して弾かれる。後の百まで容易く暗帝は追随し、その全ての斬撃を真っ向から撃ち破る。

 暗帝が振うは皇帝特権の剣技―――射殺す百頭・羅馬式。

 神祖より学んだ絶技宝具の継承である。万能の天才など生温い。不可能を己が業にしてこそ人間の証。

 

「余は―――万能の天才!

 そして、今の余の全能なる超人である!」

 

 ヘラクレスは―――心臓を串刺しにされた。同時に剣は燃え上がり、彼の霊基を瞬間焼却。暗帝はカルデアへと大英雄の魂を叩き返す。

 

「まだまだぁ……!!」

 

 藤丸から暗い黒炎が立ち上がる。ヘラクレスが送還された時と同じく、呪われた聖女が召喚される。暗帝の上空に燃え上がる炎剣と炎槍が形成されて降り注いだ。

 間の無い連続的なサーヴァントの攻撃。

 特異点で聖杯を得た敵対サーヴァントを確殺する為の、カルデアマスターが許された絶対戦術。

 

「人間は―――だから、素晴しいのだ……!

 生きる意志こそ、余は誰よりも称賛しようとも!!」

 

 結晶の呪詛で塗りたくられた双頭騎馬の馬車、暗帝の宝具『踏み砕く刑罰戦車(フンゴール・クッルス)』が虚空より召喚された。

 暗い聖女――ジャンヌ・オルタの怒りを騎馬戦車が踏み砕く。

 その光景を喜ぶ暗帝の後ろから暗殺者は忍び寄る。隙を晒す相手に躊躇うサーヴァントではなく、だが死を恨む暗帝が死を運ぶハサンが相手となれば警戒せずとも魂で察してしまう。

 宝剣を振うまでもない。神祖と同じく、暗帝は素手で対処が可能。呪腕のハサンが伸ばした宝具『妄想心音(ザバーニーヤ)』をその左手で握り締め、腕に宿った邪霊の呪詛ごと己がソウルで以って粉砕。その上で右腕を千切り取り、シャイターンの遺志を魂で貪り喰らい、そのままハサンの首を右手で引き抜いた。

 サーヴァントの霊体を素手で解体する威容。それを生きた人間が行い、挙げ句に魔力を貪り喰らう異形の所業。

 

「暗帝、ネロォォオオオオオオ―――!!」

 

 ブーディカは召喚した戦車に乗って暗帝に突進。彼女は暗帝の異常な強さを既に理解していた故に、この眼前の惨劇に一切躊躇わず、むしろ誰かを殺した隙を狙おうと宝具の解放。

 マシュは―――その恐怖を前にし、だが所長程ではないと安堵もしてしまった。

 カルデアの狂気に親しみさえ覚えるマシュは即座にブーディカの戦車へ乗り込み、藤丸の守りは簡易召喚されたマスターのサーヴァントに託す。

 激突する戦車と戦車。ブーディカの戦車を暗帝の戦車は完全に抑え込み、マシュは―――跳んだ。彼女は空中で仕込み機関銃を暗帝に乱射しながら落下しつつ接近。暗帝はもう銃弾の威力を剣で受けることで精密に解析し、皇帝特権(魔力防御:A+)で作った魔力の膜で全てを自分に接触する前に停止させていた。

 

「はぁぁああ―――っ!」

 

 しかし、マシュは悪魔を知っている。本物の、人間が成り果てる真性以上に異様な悪魔だった。もし相手があの“人間”の悪魔だと仮定した上で敵に挑めば、あらゆる非常識が当たり前の自然な状況に堕落する。

 ―――月の光(ムーンライト)が右腕の義手より輝きが迸った。

 所長の思考した魔術世界に在ってはならない血塗られた聖剣の導き。

 悪夢にて血の遺志(ブラッドエコー)啓蒙(インサイト)で複製したそれを煉り捏ね、堅め凝り、カルデアの魔術学者が開発してしまったエーテル―――コジマ粒子を発動燃料に燃え作られる狩猟機械。

 

「流石、余の女神が褒めるカルデア。おぉ、何と言う悍ましさか……」

 

 月明かりの光剣(ムーンライト)の手刀を宝剣で暗帝を受け止め、眼前にいる魂さえも兵器に作り変えられた少女を尊んだ。

 そうまでして―――いや、そんな様にされてまで純粋に世界を救おうとする姿に、ただの人間として正しく感動してしまった。涙が出る悲しさであり、だが敵として暗帝はマシュの有り様を良い戦士だと笑うしかない。

 

「まだ、ですッ!!」

 

「うむ、励むが良い。同じ人間の女として、貴様の姿は素晴しい!」

 

 人体を切断する勢いで大盾(鈍器)が振われ、暗帝は生身の左手で容易く受け止める。マシュの機械義手の炉心は回転を始めれば常に熱し、そのままムーンライトを連続して振うが宝剣で同じくあっさりと弾き逸らされる。即座に魔獣の四肢を抉り取る威力の蹴りをマシュを放ち、暗帝が姿勢を崩さず気合の頭突きで弾き返した。

 直後、暗帝の前蹴りがマシュを襲う。直撃を許せば頭蓋骨が消えて無くなる一撃。

 盾は間に合わないと義手で受け止めるも、余りの威力に抑え切れず、顔面を義手ごと蹴り抜かれた。

 

「ぐぅう―――!!」

 

 だが、それが如何したと言うのか。耐えられるのなら、耐えるだけ。マシュは魔力防御を抜かれて肉体にダメージを受け、鼻血を垂らすが気合でムーンライトを即座に暗帝の胴体に振った。

 

「かっ……ッ―――」

 

 直撃。暗帝は肉体を焼き払われ、呻き声を上げた。生身の人間であるため、蛋白質で構成された細胞がムーンライトの超高温に耐え切れる訳もなく―――なのに、皮膚が焼け焦げただけだった。

 服が燃え、皮が焼け熔け――だが、切断には及ばず。

 内臓も零れず、臓器の内部破壊も行えていなかった。

 暗帝は道化のような勘違いをしてしまった。確かにマシュ・キリエライトは暗帝が憐れむ対象なのかもしれないが、本質はあのカルデアが作った人造兵器。そして、その戦術眼はオルガマリー・アニムスフィアが編み出した独自の殺戮技巧に他ならない。

 守りの、盾の騎士。藤丸や人理にとってはそうなのだろう。

 しかし、彼女を育てた狩人にとって獣狩りの道具となる矛。

 矛盾した存在だと暗帝は理解していた筈なのに、人の本質が一つしかないと錯覚したのが月光を受けた原因である。

 

〝―――は”

 

 刹那にもならない思考時間にて、暗帝は脳内で己が無様さを哂う。そして、魔力ラインで繋がった戦車を思念操作することで超軍師が製作した戦車機関銃を操り、狙いを定め、敵の背後へ目掛けて連射。

 しかしマシュは暗帝を斬り払った瞬間に悪寒を感じ、後ろ手で背負うように大盾を回していた。敵から視線を外さず、その上で自分の第六感を信じて巧みに防御態勢へ移行する。魔力防御の守りもあり、戦車から放たれた結晶化魔力弾幕をマシュを傷付ける事は出来ず、全てが弾き飛ばされた。

 そのまま義手の機能を変形させ―――カラサワ(魔力砲撃)を発射。

 ムーンライト(魔力斬撃)との瞬間的な変形攻撃こそ本質とする仕掛け武器の義手。製造理念はカルデア製のレイテルパラッシュとも呼べ、正しくサーヴァントの武装化(アーマード)であった。

 

〝暗帝には、通じませんか……!”

 

 マシュはこの義手の破壊性能を知る為、ムーンライトの直撃に耐えた暗帝の危険度を理解する。自分一人では絶対に勝てない相手であり、高ランク宝具も通じないかもしれない怪物とも察していた。

 だが―――受け止めた上、剣の刀身に付与する(エンチャント)とは理論が解析不能。

 忍びが行う纏い斬りを模倣するとは、皇帝特権と言う技能を超える何かが暗帝の魂に潜んでいるとしか思えない。

 

「ムーンライト……だった、よなぁっ!!」

 

 カラサワの魔力光線(ビーム)を宝剣に纏わせ、あろうことか暗帝はマシュに向けて斬撃光波を払い撃った。だがそれだけでなく、あれは概念そのものに対する斬撃効果を有する。

 呪いだろうと、祈りだろうと、暗帝は容易く刃一つで切り裂くだろう。

 神域に至った戦士が持てる高次元精神だが、それを可能とする業を与える灰の境地は“人間”の極みであった。

 

星馳せる終幕の薔薇(ファクス・カエレスティス)―――!」

 

 その月光刃をネロは、宝具と皇帝特権を複合利用した擬似真名解放による剣技で受け止める。

 

「ネロさん……!」

 

「すまぬ。遅くなったな、マシュ!」

 

 暗帝は戦車を停止させ、自分の近くに呼び寄せる。眼前の敵を見据え、焼け焦げた腹を撫でながら笑みを浮かべる。

 彼女は敵戦力を推測。藤丸立香(カルデアのマスター)が召喚した英霊の影(シャドウ・サーヴァント)が複数。一度に維持出来る数に制限はあるようだが、命を削れば召喚回数に限りはない。そのマスターと本契約を結んだマシュ・キリエライトに、己が死の映し身である英霊ネロ。そして、宮廷魔術師シモンが実験体にした人間ブーディカ。

 その全てを敵に回しても勝機は確定した戦い。混沌の聖杯を使えば更に勝利は確かになるが、あれは贄を捧げる悪魔の炉。今直ぐにでも決着をつけられるが―――

 

「くはっはっはっは!! この様になって、初めての痛みだ!!

 あぁ、余は今を生きている……まだ生きていたい。死んで堪るか、人類史の尖兵共!!」

 

 ―――人生は、ただそれだけで素晴しい。

 暗帝は自分自身の未来の為、人理を救おうとローマを滅ぼさんとするカルデアに人間性の憎悪を向けた。











 読んで頂き有難う御座いました。
 神祖の強さは、例えるなら神祖卿と言った雰囲気にしています。何をされても基本的に安泰で済まされます。観測可能な霊基は受肉した通常サーヴァントではあり、人域でもあるのですが、そもそもソウルの業でそうとしか観測出来ない存在になっています。
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