血液由来の所長   作:サイトー

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 即ち―――宇宙は空にある。





啓蒙5:シールドバッシュ

 カルデア初の特異点での英霊召喚。本来ならば座にいる本体の複製存在として、サーヴァントと言う霊子と魔力の匣を用意し、分裂することで別個体となった新たなる使い捨ての魂を呼び込む降霊術の一種。亜神とも呼べる英霊を魔術師が御する形で使役する魔術となり、こうして成功すれば死者蘇生にも等しい奇跡となる。

 黒法衣の男―――アルターエゴのサーヴァント。

 明かした名―――ローレンス。

 それがカルデアAチームマスター、アン・ディールに呼び出されたサーヴァントの正体だった。

 

「―――……して、そちらは何者で?」

 

「ええ。そうですね、今はカルデアのマスターをしています。その前は魔術を少々嗜んでいましたが、聖職者をしていました過去もありますよ」

 

「成る程。我が主も元々は聖職者か。実は私も生前は聖職者をしていてな、それもまた縁なのかもしれん」

 

「そうでしたか。でしたら、奇縁もまた奇縁ですね」

 

 一通りの自己紹介は終わり、彼と彼女は相手が嘘は吐いていないことは確信する。しかし、凄まじい隠し事をしていることも確信した。

 そして、感じた雰囲気からローレンスは召喚者に対し、生前に世話になったウィレーム先生を相手にするように、その尊敬の念から畏まった話し方をしそうになる。だが彼が尊敬すべきはビルゲンワース学長ウィレームただ一人であり、尊ぶのは自分以上の神秘学者として高い啓蒙を持つ賢人のみ。例え相手が上位者本体であろうとも、語り合う学者の叡智がないのならば、全てがただの実験生命体に過ぎない。そして、あの小さな学び舎で共に知識と技術を磨いた友人以外に、彼は自らの心を晒すような真似をするつもりは全く無い。

 しかし、そうではないのかもしれない。違うかもしれない。

 アン・ディールと名乗る聖職者の女からは―――学び舎(ビルゲンワース)の学友と同じ探求者の気配がする。

 

『うーん……でも、アルターエゴか。ローレンス……さん、でしたか?

 カルデアではまだ見つかっていないサーヴァントのそのクラスが、実際に召喚された身として、どう言うものか分かるかい?』

 

「―――ほう。中々確かに……あ。いや、失礼。其方の名前を聞いても?」

 

 映像越しではあるが、優男に見えて、恐らくは自分以上の智慧者だと目の前の男を見抜く。あの頭蓋の中に埋まった脳髄には、果たして如何程の神秘と叡智が眠っているのか、実に興味深い。暴きたい。手に入れたい。嘗てそうであったように、頭蓋骨に穴を開けて直接見てみたくて堪らない。人間に血液を与えて調整した後、遺跡の眷属に倣って軟体生物を孤児の脳に寄生させて作ったあの脳喰らいのように、彼の啓蒙を吸ってみたい。

 ……等と言う啓蒙的渇望を抑え、ローレンスは紳士然と対応。

 彼は中々に出来る血に飢えた神秘学者なのだ。知的好奇心のまま行動する倫理観のない学者なのは事実だが、社会性に富んだ極悪富裕層である。

 

『ああ、ごめんごめん。ボクはロマニ、ロマニ・アーキマンさ。そちらの所長から任されて、臨時的にカルデア指令部部長をしている者だ』

 

「成る程。カルデア……―――星見屋か。しかし、その組織が、何故このような悪夢の世界に?」

 

「それはカルデア所長である私が後で説明するわ……―――あ。後、名前はオルガマリー・アニムスフィアです。覚えてね?」

 

「ほう、成る程。承知したぞ。お前が所長か……成る程、成る程。

 ならば、私のような者が呼び出されるのも分かるな。これ程までに業深い魔術師など、人間の領分では許されるものではないからな」

 

『言われてますよ、所長』

 

「はいそこ、お口をチャック。減給します、もうします」

 

『お、横暴だ―――ッ!』

 

「はいはい、今は黙ってて。減給はするけど。で、そのアルターエゴってヤツの詳細、出来る限り喋ってくれないかしら?」

 

『―――ちょっと!』

 

「あ、ああ。構わんよ」

 

 まだまだ学生程度の年齢だった時、ビルゲンワースで親しくした学友達の悪いノリを思い出しつつも、彼は自分のクラスについてその詳細を瞳で覗き込んだ。サーヴァントとして夢の写し身となったが、やはり何事も初めてから始まるもの。自分自身が未知になった知的好奇心を表情に出すことはせず、念入りに情報を収集した。尤も、得られた知識を如何程まで話すかは、彼の匙加減次第ではあるが。

 そうして、それを見守るディール。だが彼女は、もはや全てを見抜いている。文字通り、ローレンスのその全てをだ。

 

「アルターエゴとは……そうだな。もう一つの自我らしい。本体から分かれ生まれた別個の存在だな。インド神話で言う所のアヴァターラのような状態で座に居る英霊を、そのような霊基に当て嵌め、クラスの匣で運営するそうだ」

 

「ふーん。だから、分身の英霊。アルターエゴのサーヴァントね。けれど、アヴァターラっぽいってだけで、貴方はインド出身の英霊って訳じゃないんでしょ?

 ぶっちゃけ、インドしてるほどにインドっぽくはないし。英霊って、そのらしさが自然と上辺まで出るものだもの。生前の魂を核に、その前世の魂に色々と信仰やら伝承が雑多に混ぜ込まれて、死後の英霊って存在に転生させられるような存在だしね。

 まぁ……あれね、人間から英霊に輪廻転生するのは、インドっぽい阿頼耶識の構造ではあるんだけど。そう考えれば、ある意味サーヴァントはサーヴァントってだけで、アルターエゴ(分身存在)で在る訳だもの」

 

「……ふ―――あぁ、その通り。

 生前と違う魂に作り変えられた来世とでも言うべき英霊ならば、違う魂へ阿頼耶識に生み直されたとしても、やはり前世の業は捨て切れない。いや、それ以上に業も人々の信仰によって強引に深まり、その者らしいとでも言う気配を纏うものだ」

 

「そうそう。でも、貴方はそうじゃない」

 

「無論だとも。聖職者ではあったが、奇跡には程遠い男さ。私はな」

 

 むしろ生け贄を捧げる邪教徒だったがな、と内側で嗤いつつも、ローレンスはオルガマリーを観察し続けていた。

 結果、どう見ても狩人だと判断。

 顔立ちや性別は兎も角、狩り装束がヤーナム製で、気配が明らかに遺跡で上位者狩りをしていた者よりも禍々しい。こんな存在は、あの悪夢で自分を狩り()った奴以外にはいないだろう。しかし、だからこそ違和感が強いのも事実。

 

「まぁまぁ……お二人さん、今はその辺で良いでしょう。所長も実のところ、アルターエゴについては察しが付いているのでしょう?

 それをこうやって本人に聞くとなりますと、それはまるで嘘と真の間違い探しをしているかのように見える事ですから」

 

「え、そりゃそうよ。このサーヴァント、生粋の詐欺師よ。まだ嘘は吐いてないみたいだけど、隠し事はしてるもの。それか、人に嘘は吐かない人生縛りプレイでもしてるかね。

 まぁ兎も角、結果どちらでも構いません。

 それは私に見抜かれるって賢しく悟ったから、こうやってノラリクラリとしているに過ぎませんし」

 

 正解である。ローレンスは嘘を吐いた瞬間、頭蓋を銃弾で吹き飛ばされた直後、内臓を素手で丸ごとゴッソリ抉り取られる未来を予感していた。有言実行な上、やらなくても良い時でも構わずヤルのが所長である。

 

「だからこそ、です。貴女は、貴女のアサシンが話したくない事を私が無理矢理誘導尋問で聞き出そうとしましたら……その、どう思います?

 と言うより、どんな行動に移ります?」

 

「撃つわよ、ズギュンと。まぁ、サクっと避けられるでしょうけどね」

 

「…………―――まぁ、良いです。

 聞かなかったことには……うん、無理ですね。聞いてしまいましたけど、ちょっと横に置いておきます。それでしたら、私が言いたいこともお分かりで?」

 

 怨、と空気が澱んだ。

 

「―――貴女は、私を信頼しているのよね?」

 

「―――はい。ですから、貴女も私を信頼して下さいね」

 

 返答を間違えれば即、死に繋がる。ディールにとって何ら思わぬそよ風のような優しい危機ではあるが、その向けられた意志は余りに血生臭く、邪悪に歪み切った瞳の視線であった。それこそ、内側に飼い殺している火が揺らめく程に魂が震えてしまいそうだった。

 

「いいわよ―――信頼する。だって、私はカルデア所長だもの。

 それに部下に一々裏切られて殺された程度じゃ、この不死身の所長は欠片も死にませんから。不死鳥のように何度でも目覚めるもの。今日から不死鳥のオルガマリーと呼んでも良い程よ。略して、不死ガマリー」

 

「まぁ、頼もしいですね」

 

 不死ガマリーとか死ぬほどダサわぁと思いつつ、ディールは表情に出さない良い大人であった。

 

「うわ、如何でもよさげな返答ね……けれど、別に良いわ。そのサーヴァント、貴女がキッチリと手綱を握っておきなさいね。

 ……ホントよ?

 その男、人理保障の為に召喚されたから、こっちだって本当は信頼したいのよ?

 他の召喚方法なら兎も角、今回は私達が特異点で作用される抑止を利用する形での召喚だから、そのサーヴァントも守護者の役割を持ってる筈。阿頼耶識が人理救済の為に選んだ人材でもあるの。それに幾ら強い意志を持つ英霊だからって、現世の人間に疑われたままじゃ、世界とか別に救いたくなくなっちゃうし……義務感だけじゃ、やっぱ働く気力も長続きしないし、いや……うん。騒ぎがこれで収まれば、気にすることでもないんだろうけど」

 

「……はぁ、心配性に過ぎますよ?

 人理を保証する同意する意志を持つからこそ、そもそも彼は私に召喚されたのですから。その前提を忘れてはいけませんよ」

 

 鋭いな、と感心するディール。そもそも人理を守る守護者共になど興味はなく、見出だす価値もなく、呼び出す意義さえない。彼女は徹底して、集団の望みを排除し、それに行使される人間を無意味だと断じる。

 価値があるのは、個人が行き着く人間性の果て。

 限界に到達しても戦い続ける渇望の闇を願う者。

 ならば、その血に暗い魂を宿らせるべし。彼女はそう呪文詠唱の時に呪いを混ぜ込み、更に呪文をカルデアと周りの魔術師に認識させない秘匿の言葉でサーヴァントを召喚していた。

 

「そうかしら?

 でもね……いえ、まぁ仕方ないか。悪行を畏れられた反英雄も、私のカルデアだと召喚対象になっているものね」

 

 なので、所長の心配もまた事実ではあった。発言に間違いはない。カルデアが持つ守護英霊召喚システム・フェイトは英霊とマスター双方の合意があって初めて召喚可能であり、即ち特異点解決の意志を持つ英霊のみがカルデアに召喚される。それがマスターの意志に合意する為に必須なサーヴァントの契約内容となる。

 そこに英霊の善悪は関係ない。召喚された後に行われる所業に対し、英霊は正義と邪悪を問われない。

 だがそれでも尚、カルデアが行うべき人理保証に協力するのであれば―――いや、カルデアを総べるオルガマリー所長は、守護の意志持つ英霊を拒まない。

 そのシステム開発は前所長のマリスビリーであり、オルガマリーもまた術式に改良を加えている。

 自分で作り上げた魔術式を疑う訳ではなく、このローレンスと名乗るアルターエゴは確かにカルデアとの契約を合意したからこそ、マシュの盾を触媒に召喚することが可能になっているのだと、所長は魔術師として知識では理解はしている。無辜の民を様々な理由で虐殺し、更に鏖殺を愉しむような生前の持ち主だろうと、所長のカルデアは人理保証に必要とあれば躊躇わず利用する。

 このアルターエゴのような存在感を持つサーヴァントも、召喚されても問題はなかった。その存在を維持しているのはカルデアであり、アン・ディールのような優れた魔術師であれば、前所長からシステムを引き継いだ“所長”が念入りに開発した令呪で以って自害も容易く行えることだ。その気になれば、反英雄が持つ人間性を令呪で捻じ曲げることで善行だけを強制させるのも不可能ではない。

 

“けれども、ローレンスねぇ……―――”

 

 悪夢で眠っていた燃える獣。あるいは、教区長(ヴィカー)ローレンス。知っているのは聖職者の獣になった初代教区長の姿のみ。同じ名前なだけかと思えば、本人だ。名前を啓蒙された時は殺意なく短銃を早撃ちし、水銀弾で頭蓋を吹き飛ばしそうになるも、無意識の殺戮技巧を強引に所長は抑え込んだ。サーヴァントである時点で、そもそも問題にならない。彼の肉体の支配権はアン・ディールの手の内にあり、つまりは所長が部下に下す命令次第。またいざという時に所長独自の安全対策として、カルデアのマスターが持つ令呪は所長が発動させる権利を持ち、アン・ディールの令呪を使って今直ぐにでも殺せてしまうことだろう。

 だから問題はないのだ―――召喚者(アン・ディール)が裏切らない限りは。

 所長が問題視しているのは、その点だ。一体何処に、あのローレンスとアン・ディールに縁が結ばれるような事があったのか。遠く曖昧な縁であろうと、召喚される因果の有無が重要だ。そして、召喚されたと言うことは、何かしらの召喚触媒となるようなナニカがあるということ。

 それが意図的であった場合、あの医療教会創設者を態々この場に召喚させる理由が不透明。アン・ディールが曖昧な触媒だけで他は相性で召喚したのだとしても、つまりはアン・ディールとあのローレンスが近い人間性の持ち主となる事が推測できてしまう。

 

“―――いや、いやいや……どっちにしろ、大問題。ディールが悪い奴だって言うのは雰囲気で分かってたけど、ローレンスを相性で呼べる程ってなるとね”

 

 どっちにしろ、少しばかり不穏である。希望的観測はしないでおきたい。だが―――サーヴァントを信頼する部下を、カルデア所長が信頼するのも重要な責務である。裏切られた場合、責められるのは自分自身に他ならない。何時裏切られても良いように備えるのも必要で、裏切りの刃が他の者に及ばないようにするのも当然で、その上でアン・ディールの仕事を信用する。

 所長にとって裏切り者は、カルデアを裏切るまで裏切り者ではないのだから。恐らく今回の事件の犯人であろう裏切り者も、死んで詫びれば心情的には赦してしまうだろう。尤も、その在り方と責務から、所長は許しながらも相手を殺すのだけれども。

 

「ところで、他の者の紹介も宜しいか?」

 

 その雰囲気を一切気にせず、ローレンスは所長に問う。まずは知るべき事を知らねば、共に戦うことも出来ない事は、彼も良く分かっていた。狩人同士ならば言葉は不要なのだろうが、狩人でもない人間が相手ならばコミュニケーションは連携に必須である。

 

「オレはキャスター、クー・フーリンだ。宜しくな」

 

「ほう。アイルランドの偉大な英雄殿か。確かに、その勇猛な存在感、頷けるものだ。

 私では精々が野良犬であろうが、其方は正しく気高い狼と言った所か。それに、魔術師としてもかなり博識な様子……いや、キャスターなのだから、当然ではあるのだが」

 

「―――……ほう。アンタは正直な話、外道の類に見えたのだが、オレを語る心意気に嘘はねぇみたいだ。

 かぁ~ヤダヤダ、狸よりも化かし合いが好きなのな。そう言うアンタの雰囲気に合わない事すると、そこの姉さんが更に疑わしい目で見てくるぞ」

 

「自覚はある。だが、本心は本心故にな」

 

 その心に嘘は一欠片もない。ローレンスにとって貴い者は尊び、自分のような醜い狂人は薄汚いと断じている。しかし、それを言葉にすることに何ら感情も浮かばず、自分や相手がそうである事に価値を思うことがないと言うだけ。

 

「そして、貴方がカルデア所長のサーヴァントと?」

 

「…………ああ」

 

「ふむ……分かった。短い間だろうが、戦友となる。宜しく」

 

「…………承知」

 

 無愛想だが何処となく愛嬌も有る忍びを見て、やはり自分に負けず劣らずの奇人変人がサーヴァントになるのだなと納得する。

 

「最後に、マスターとそのサーヴァントと言う訳だな。そして、可愛らしい白い猫…‥犬、栗鼠か?

 見たことがない種類だが、まぁ良い。可愛らしいなら、それで全く良いものだ」

 

「うん。藤丸立香です、宜しく」

 

「はい。カルデア職員、シールダー。マシュ・キリエライトです。こちらはフォウさんです。どうぞ、宜しくお願いします。アルターエゴさん」

 

「フォーウフォ」

 

「うむ。宜しく頼フォウ」

 

「……――え、頼フォウ?」

 

 自分のサーヴァントが凄まじい語尾を突如として使ったので、聞き役に徹していた筈のディールはついつい素で聞き返してしまった。邪悪の権化且つ叡智の化身と言えるヴィカー・ローレンスとは思えぬ言動だ。

 

「んっんー……すまない。噛んだだけだ、マスター。それで二人共、この特異点では特に良く、宜しく頼む。なにせ、私はカルデアの新参者でな」

 

「ははは。そんな事はないですよ。俺だってつい数時間前までは何も知らない一般人だったから」

 

「そうかもしれません。でも、先輩はとても頼りになる人ですよ」

 

「そんな事はないよ、マシュ。いや本当にね、頼りにしてるのは俺の方だから」

 

「―――ほう……」

 

 つまりは、あれか。存在感と啓蒙によると彼は一般人そのままの気配であるが、この少年は何ら特別な事もなく、本当に気配のまま普通であると言う訳か。魔術師として優れている訳でもなく、役に立つ技術者でもなく、何かしらの武術を修めている訳でもない。

 そう考えたローレンスは深く笑みを浮かべ、実に優し気な笑みを藤丸へ向けた。

 

「……それはまた、面倒な事に巻き込まれたと見える。もし決意なく、また意志もなく戦場に立たされているとなれば、これ程に辛い事はない。意志があれば命を賭けるに値する何かを死地に見出せるが、それもなければ処刑台に立たされているだけと何も変わらない。つまりは、君の意志は何も成せない事となる。戦う力がないとなれば、仲間に対する罪悪感も積もるばかりだ。

 どうかね……辛いのならば、自らの為にサーヴァントを――――」

 

「―――いいえ。それでも俺は、此処で戦い抜きます。自分の意志で、生きる為に」

 

 既にこの身は、マシュ・キリエライトが命を賭して守った結果として生きている。ならば、それを見て見ぬふりしてこれから先の人生を生きようとも、そんな人間は呼吸をしているだけの屍と何も変わらない。まだ確かに答えを見出した訳でもないが今の藤丸にとって、マシュの命を自分の命のように大切に感じられる程に、彼もまた彼女を護るべきなのだと思っていた。

 

「成る程。余計な御節介であったか。だが決意があるのならば、自然と戦友になれよう。いや、試すような真似をしてすまなかったな」

 

「構いませんよ。場違いなのは理解しているし、自分の意志もこれから見付けるから」

 

「―――……あぁ、そうか。そうなのだな。

 普通に見えたが、君は苦しくても前を向ける人なのだな。まぁ、弱さと普通は等価では無い故に、不自然な事でもなし」

 

「うーん……良く分からないけど、俺を許したってこと?」

 

「まさか。許す許さないは関係ないことさ。重要なのは、自分の目と耳で事実を実感を伴って確認すること。私が君に意地の悪い質問をしたのは、ただただそれだけの事である」

 

 その時、一人の少女が手を上げた。

 

「あの………」

 

「うむ。何かね、マシュ・キリエライト」

 

 話し掛けて来たマシュに、ローレンスはまるで学校の先生のように名前を呼んだ。レフ教授を一瞬思い返した彼女ではあるが、本来の話す内容を思い出し、聞かねばならないことを彼に聞く。

 

「……アルターエゴさんは……その、もしかして先輩が戦う事に反対なのですか?」

 

 この問答を聞かされたマシュからすれば、実に心配になる内容だ。無論のこと、藤丸が戦うのを拒めば、その拒絶をマシュは拒む事はしないだろう。無垢なまま良き人の感情を理解し、肯定し、人理保証の為だけに短い寿命を当たり前な義務として焼き尽くすのみ。そして、何者にも成れず息絶える。彼女は自分の人間性に無自覚なまま死ぬのだろう。

 しかし、それでも彼女は藤丸立香と言う男の人間性に触れてしまった。それを知ってしまえば、無垢な白痴は啓蒙されてしまい、自分自身から湧き立つ人間性を感じ取れるもの。

 

「勿論だとも。そもそも私は戦い自体余り肯定的ではない。戦うにしても此方の準備を万端にし、熟練の狩人が獲物を狩り獲れるよう安全にしてからだと考えている。

 戦って殺すのではなく、狩って殺すのが私の戦法だからな。

 単純な話、戦闘になってはならないのだよ。互いの戦力が互角か、あるいは相手が格上だろうと、敵を狩猟する獣として扱える戦略が最も好ましいものだ」

 

「―――違います!

 話を……逸らさないで下さい、アルターエゴさん」

 

 彼女は少しだけ疑問に感じていた。何故此処まで、自分は言葉で心を乱されてしまうのか。

 

「ふむ。そうか、建前は無用だと?」

 

「……はい」

 

「成る程。君には辛い事だろうが、私は戦う術を持たない者が戦う事に―――反対ではない」

 

「それは、何故?」

 

 反対されていると思ったが、そうではないようだ。しかし、それならそれでマシュが何故と疑問を浮かべるのも必然。

 

「藤丸立香は、何も無ければ死ぬだろう。災害に巻き込まれた者が、その対処を知らねば生き残れないのと同じだ。況してや、知識も能力もないのではな。死ぬのが全く以って至極当然だ。

 分かるか―――……死ぬのだよ。

 君は自分の命にある程度の見切りを付けているから実感はないようだが、藤丸立香は死ぬ間際、勿論のことだが、苦しみ、痛み、辛く、絶望し、息絶え、死ぬ。死ぬのだ。私が先程言った言葉は、そのまま藤丸立香に返る結末の一つでもある。君は戦いによって敗れて死ぬのだが、彼は狩られて死ぬ事になろう。そこの英雄二人がそうであるように私もな、それならそれで仕方がないと言う結論は同じこと。

 彼がその末路を認めた上で戦うのなら、何一つ反対などしない」

 

 ローレンスと言う人間は、マシュと言う少女にとって初めて出会う人種の狂人だった。嘘吐きの詐欺師なのだろうが、故にこそ“この世の真実”に対してだけは誰よりも真摯であった。それがどんな些細な事であれ、真実として語ると決めたならば、何一つ偽らずに事実のみを伝える。

 マシュ・キリエライトが心乱されるのは当然だ。

 この男は恩人(センパイ)が、どうしようもなく今直ぐにでも死ぬ事を何ら偽らないのだから。

 

「ぁ……う―――それは、私が……私なら!」

 

「そうだな。あぁ、君なら確かに彼を守れるだろう」

 

「―――っ……!」

 

 ローレンスは全く嘘は付いておらず、事実それだけの能力がマシュに有る事を理解している。意志の強さも充分にあることも見抜いている。しかし、マシュ本人は自分自身に一切の自信がない。自然と煽られた風に感じ取れるのは極々普通の感性であり、そう受け取られると分かった上で彼は一切を偽らずに告げている。

 性格が悪い、と所長は視線でローレンスを串刺しにした。何気に相手を発狂させる程の“念”を込めた眼力であり、ローレンスが泡立つ獣性を自分の血の意志で抑え込む程の嫌がらせであった。血が灼熱と煮え滾る前に無表情で沈めたが、後少しで雄叫びとか上げそうであった。そして、そんな所長にディールは静かに近付き、カルデアの監視映像をスローにしないと分からない速度で膝裏に蹴りを入れ、バランス感覚を崩された。俗に言う膝かっくんである。

 自分ではないと見逃してしまうな、と御子(クー・フーリン)忍び(オオカミ)は二人揃って思いつつも、あれは所長が悪いと見て見ぬふりをした。女同士の揉め事に関わり合いになりたくない男の心情でもあった。

 

「シールダーの少女よ。人はな、英雄だろうと自分の命さえ守るべき時に守れない事がある生き物だ。況して、死から守るとなれば、君の命が幾つあろうと足りはしないだろう。

 君もまた―――頼ると良い」

 

 言葉は十分だと分かった。ローレンスが見た限り、彼女には意志が足りない。狩人が血の意志を糧とするように、彼女のような存在にも同じ意志が必要なのだろう。解放するのには、欲するモノを認める意志が重要だ。あの大盾が目覚めるのに重要なのは、精神に他ならない。

 だから、彼は手間を惜しまない。見たい物が出来てしまえば、啓蒙したくて堪らない。きっとあの宝具を見れば、自分に新たな啓蒙の瞳が脳で開くことだろう。その時の快楽を思えば、少女の心を奮い立たせる事など実に容易い誘導だ。

 

「そうだよ、マシュ。君がいないと、俺は死んでいた。それだけは事実なんだ。だからさ、もしサーヴァントとしてマスターを守れなくても、その時は俺の命は俺が責任を持つ。

 だからマシュ、まず最初に自分の命を守ってくれ。

 俺の事はそのついでで良いんだ。マシュがその盾で守るべきモノがあるんだったらさ、その為にも今を一緒に生き抜こう」

 

「あぁ……――――そうですね、先輩。

 こんな私でも、守り抜きたいものがあるんですよ。だから、一緒に生きましょう」

 

 きっと、貴方はまだ理解していないのでしょう。彼女は自分の思いを言葉にせず、けれども決意だけを言葉にした。色褪せた世界に色彩をくれた彼が彼女にとって鮮やかな輝きで、何でも無い事をしてくれた一人の人間。それを守りたいと思う事は、色の無い世界が否定しても間違いでは絶対にない。

 シールダー―――マシュ・キリエライトは自覚した。

 盾の騎士として守るべき“モノ”の傍に立ち、自らが絶対の城壁となることを。

 

「ありゃあ、惚れたな」

 

「そうね、惚れたわね」

 

「惚れたようですねぇ」

 

「ふーふふ、惚れたか」

 

「フォウ、フォフォー」

 

「………………………」

 

『本当、直ぐ要らない茶々を入れる。まともなのは、ボクと狼君だけみたいだね』

 

「……ロマニ殿、何時の間に?」

 

『それは流石に酷過ぎない!?』

 

 最近、人をからかう愉しみを覚えた悪い狼であった。

 

「―――あ、そうでした!」

 

「うん、慌ててどうしたの。何事なのよ、マシュ?」

 

 周囲の人間がどのような反応をしているか把握していなかったマシュであるが、この瞬間になるまでついつい所長へ報告すべき事を言い忘れていた。何せ、人を石化させる鎌女の襲撃からの忍びの助けであり、更に半裸の巨人に所長とディールが追い駆けられていた所からのキャスター出現であり、急務であったサーヴァント召喚と自分自身のメンテナンスがやっと終わった所。この拠点も直ぐ様に見付けだし、急ぎ走り込んだのだから、彼女が自分から話し出す機会が一切なかったのも問題だろう。

 むしろ、このタイミングで思い出せたマシュを褒めるべきなのかもしれない。

 

「所長、私―――宝具が、使えません……」

 

「ふーん、成る程。そりゃ大事ね……って、違うわよ!

 いやいやそれ―――え、だって盾ちゃんと出してるわよね。それってシールダーの宝具よね?」

 

「はい………」

 

「モノとしては宝具を出せるのに、真名解放が出来ないってこと? 真名も、そもそも分からないって事じゃないわよね? まさかまさかの、自分に憑依している英霊の真名も分からないって事はないわよね?

 今からでも嘘だと言っても良いのですよ。全てが悪い夢だったってね、マシュ?」

 

「………はい、所長。

 このマシュ・キリエライト―――全く何も、分かりません!!」

 

「元気に開き直った!!」

 

 この娘、藤丸の所為でハジけたなぁと成長を喜びつつも、マシュの悪影響になるかもしれないと要注意。まぁ、同じAチームにアン・ディールが居たので、ビシバシと人間性に悪影響な事などとっくに受けているのだが。

 

『嘘、どう言うことなんだい。所長、何か分かりますか?』

 

 ロマニもそれには驚いた。憑依自体は問題もなく、デミ・サーヴァントとしては異常無し。本来ならば、宝具の真名解放も問題なく行える筈である。

 

「あの英霊、瀕死のマシュを生かす事だけが目的だったのかしらね。自分を憑依させている彼女は助けたいが、私達カルデアに対しては何もしたくないのかも。けれども先程、その盾は召喚触媒として英霊の宝具として利用させて貰ったから、もしかすればマシュの代わりとなる戦力でも召喚し、その人理保証を承諾した英霊をサーヴァントとして使えば良いって考えなのかもね。

 そう考えば、取り敢えずの一連の流れは道理よね?」

 

『そうなのかなぁ………――うーむ。ボク、彼がそこまで他人頼りな英雄とは思えないんだけど?』

 

「え、そうなの。でもまぁ、マシュに憑く英霊との付き合いはロマニの方が長いから、貴方の考えの方が多分真実に近いでしょうね」

 

『いや、直接話した事はないんだけど……何と言うか、感覚的にさ?』

 

「成る程。だったら、尚更そうなのでしょう」

 

『―――アレ?

 ボクでも自分がかなり曖昧だって思ってるけど、所長は信じるのですか?』

 

「はぁ……駄目ね。貴方ってホント、もう駄目駄目ね。いやね、ぶっちゃけ私より貴方の方が頭良いじゃない。それにそう言う心情的な感覚と言うか、それ系統はそっちの方が勉強してるし、カルデアじゃあその分野だと貴方がトップで責任者なの。

 ―――分かるかしら?

 私の理論的推測なんかよりもね、貴方の経験的予感の方が正解に近いのよ。で、そもそもな話、自信ないの?」

 

『嫌ですね―――勿論、有りますってば』

 

「となると、答えは限られてくるわよね。ふふふふ」

 

 ニィ、と正に邪悪としか言えない笑みをマシュに向ける。今の所長を見れば、幼い子供は恐怖の余り吃驚して心筋梗塞になって死に、メンタルが強い大人でも夜に悪夢を見て失禁すること間違いなし。藤丸など素でひぇとか声が出てしまっている。だが残念な事に、ロマニはもうそんな所長に慣れ切ってしまっていた。

 そして、マシュも同じく慣れていた。Aチームメンバーに無茶ぶりする際、あんな表情を良く浮かべていたものだと懐かしく思う程に。

 

『そうなりますね……―――え、まさか。その所長、ボクが思い付いた事を、貴女の方も考えていらっしゃるとか?』

 

「大丈夫大丈夫。死にはしないわ…………多分」

 

「あのー所長、私すっごく嫌な予感がするのですが。もしかすると、もしかして、もしかしないなんて事はないですよね?」

 

「大丈夫よ、マシュ―――キャスターさん、アルターエゴさん、やってしまいなさい!」

 

 しかし、残念。マシュは自分の嫌な予感が現実になった事を理解した。

 

「んなことったろうと思ったけど、オレも荒療治にゃ賛成だ。命掛けで気合いをいれりゃ、そんな程度の不備なんて吹き飛ぶだろーしよ」

 

「成る程、これがカルデアか。中々に故郷を思い出させる野蛮さだな。ま、整備不良や不具合で動かなくなった仕掛け武器も殴れば動くようになることもある。それと似たような作業だと思い込むとしよう」

 

「ちゃんと手加減しなさいよ。なるべく怪我はさせないように……あ、させても治る程度によ。もしマシュを間違いでも殺したりでもすれば、男の尊厳ごと撃ち殺して内臓ズタズタですからね」

 

「「―――え?」」

 

 明らかに血生臭く邪悪な存在感を纏った短銃を、所長は左手の人差し指でクルクルと高速回転させていた。あんな銃で撃たれてしまえば最後、サーヴァントの霊体だろうと弾け飛ぶ事だろう。そして、こっちの方が問題だが、所長はやると言ったら本当に実行する女。(タマ)(タマ)(タマ)を狙われる恐怖でクー・フーリンとローレンスは一瞬だけ硬直するも、直ぐに動き出した。

 何分二人共、何だかんだでシールダーの大盾には興味深々である。マシュ・キリエライトが覚醒するのであれば、自分達にとっても良い娯楽となるのだろう。

 

「ちょ……ちょっと待って下さい、所長。

 私、まだまだ覚悟が全然完了出来ていないのですけど―――!」

 

「大丈夫よ、問題ない。私は出来ているもの」

 

「所長は関係ないじゃないですかぁ!?」

 

「安心しなさい。大盾の真名解放がなった曉にはサーヴァントとして十分戦えると判断し、一日千回のシールドバッシュを訓練として申し付けます。素振りの動作が加速すれば、もっと数も増やしましょう。目指せ一日一万回よ。既に完成された英霊の写し身であるサーヴァントは成長出来ませんし、無価値な行いでしかないけれど、人間であるマシュなら修行することは問題ないからね。

 ――――これを利用しない手は全く以って有り得ません。

 ああ、素晴らしい光景が見えるわ。攻撃手段が乏しいシールダーが憑依した英霊だったら、そもそもマシュが成長すれば良いだけの話だもの。後でカルデア製の武器も与えて、盾術の技巧も修練させて、ついでに基礎である体術も一から鍛錬し直しよ。サーヴァントには不可能な問題解決方法よね。

 良かったわよね、マシュ。ここを生き残れても、勉強することが一杯あるんだもの?」

 

「………せ、せせせ、せん……せんぱ―――先輩!!?」

 

 藤丸立香は、目を逸らす事しか出来なかった。

 









 ここのカルデアはかなり愉快なAチームになっています。マリスビリーが死ぬまでは原作通りでしてたが、脳味噌蛞蝓所長が来た所為か、能力が有る人物には更なる能力向上させる為にディスイズスパルタでした。中でもAチームメンバーは魔改造と呼べる程で、いざ守護英霊システムが駄目でサーヴァントがいなくても何とかなるように、所長が思いっ切り弾けました。またその暴虐に誰も逆らえませんした。魔術師としてぶっ飛んで有能な上に、素で強く、現代兵器や機械全般にも詳しく、まるで未来予測しているかのように金銭感覚も優れているという阿保みたいな化け物でしたので。勿論、マシュもその犠牲になってまして、平気な顔をしているのはアン・ディールだけでした。
 ……え、カドック君? そもそも劣等感など感じる程、余裕がある生活なんてAチームに所長が許す訳がありません。人理保証任務の為、彼はマッチョになりました。片手で大砲を持ち、もう片手でガトリング銃が撃てます。本人も南極へ何しに来たのか忘れていますが、多分レフのテロした御蔭で思い出している可能性もなくはないです。


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