血液由来の所長   作:サイトー

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 生まれたのは、獣の苗床。



啓蒙66:アウグストゥスに、涙の星を

 人理など、そも人の魂に不要。此処で、獣の名は焼却された。大淫婦バビロンなどと言う貴き獣性は方舟に無用。新たなる人類帝国の創造主、暗き皇帝ネロ・クゥイリーヌスが誕生せし刻。繭に作り直されていた特異点は役目を終わらせ、羽化した異界は真の姿を取り戻す。

 それは、星を侵す方舟。

 侵食固有結界――アウグストゥス。

 惑星を宇宙を永遠に旅する方舟とする異界常識。

 今此処に、あらゆるローマが世界となって凝固した。

 人理(ヒューマニティ)とは―――人類史の人間性(ヒューマニティ)に他ならない。

 悪から生まれた永遠の帝国を理とするならば、これが新たなる原罪となって人を繁栄の未来に導く事となる。故に、悪であることは不幸ではなく、闇であることも罪科ではない。

 永遠に生きるのは苦しいかもしれないが、それこそこの帝国にとって人間の善性となる。そして、繁栄を求めない暗き人理だからこそ、未来を求める等と言う間違いは発生せず、人の魂は個人個人が独立した人間性となる。故に未来を求めるのは、集合無意識から解放された個別の魂の特権となる。その上で闇で在れと最初から望まれた人理であれば、きっとあらゆる矛盾を踏破する。

 獣性が挟まる余地が一切ない闇。

 悪から生まれた故に、全ての人類に望まれた絶望。

 苦痛に溢れる暗い未来を、苦悶の世界だと魂が実感しない場所。

 

「―――人類愛など、余は要らぬ。

 人理ならざる人間性を、余は何もない人の闇から生み出したい」

 

 その始まりとなるローマの創造樹。暗い人の大樹が、グノーシスの悪神を種に誕生した。神祖が魔都を覆っていた森林は赤子を宥める揺り籠であり、今この場においてずっと特異点を養分に成長し続けた異界は本性を現した。

 

「余は余として―――生きていたい。

 此処までしなくては生きられない今の人理など、余の魂にとって殺すべき怨敵だ」

 

 生きたい、と言うのは愚かしい人道的欲求だった。真っ当な人間が苦しみながらも戦い続け、それでも生き抜いた先にそう願うのは美しいが、世界を心底から怨む故の生存欲求は生きることがそも地獄。

 しかし、その筈なのに、今の暗帝は美しかった。

 光り輝く翼は樹の根で作られているも、だからこそ神のような自然存在。

 シモンのヤルダバオドを養分にし、マシュ・クローンのアンリ・マユを種子として、聖杯を子宮に生み出された魔神樹ネロ・クゥイリーヌス。そして、今の暗帝は使徒にして頭脳体。

 

「あぁ……――」

 

 故、瞳持つ所長は全てが啓蒙される。狂おしき悪夢の正体――魔術、英霊召喚。凡そ三千年前、嘗て神より神秘を啓示された者―――魔術王ソロモン。

 そんな魔術師の王が啓蒙した魔術式は、この特異点において人理の味方であり、同時に最大の脅威。

 ならばこそ今の暗帝は、美の神を喰らった女。あるいは、魂を貪る麗しき淫婦である。暗帝の霊基(ソウル)には仕込まれた召喚術式が魔神樹出現と共に起動し、混沌の中へ更に美の女神が捧げられていた。そのデーモンは瞬時に貪り喰われ、こうして暗帝の霊体にソウルとして具現化した。

 だが、神霊の霊基憑依が一柱だけに制限する意味はない。その為のソウルの業。暗帝の魂はブラックホールのように底無しに貪欲なソウルと化し、喰らえられるエネルギーに限界はない。そして灰にとって人に仇為す神とは愚弄する者でしかなく、その魂を貪り己がソウルに還元するだけの栄養素に過ぎない。

 暗い彼女の宝剣は光を放ち―――軍神の光剣に生み変わった。

 黒い炎のように燃え輝き、アルテラの持つ機械的な宝具と瓜二つの武具。

 その黒光は騎士王が放つ聖剣の斬撃極光に欠片も劣らず、正しく今の暗帝は斬撃皇帝を名乗るに相応しい威容を誇る。

 

「―――なんて、在り様なの……」

 

 狩人で在る所長からしても、魂の冒涜を極める女は悍ましい人間だった。人の尊厳を穢す美しさが、暗帝をより美麗なる魔人(ヒト)へ作り変えてしまってした。

 そして同時に、魔神樹は一本の創世樹から真なる神の獣へと転じる。何も啓蒙されぬ者であれば、浮遊する巨大な木製の海鼠(ナマコ)に見えなくもない。手足がない姿は脈動する太いワームのようでいて、円形の暗い穴の口だけが蠢いている。

 

「……っ―――古い獣を、模す何て!?」

 

 暗帝ネロの新たな騎馬。名を―――魔神の樹獣(アウグストゥス)。創世樹が作り出す暗きローマの種だった。

 

「ふっははははははははははは―――! 見るが良い、カルデアの罪人共よ!!

 これこそ余の暗黒帝国を始めるローマ創世神話の―――序曲(オーバーチュア)

 この特異点に生きる全ての魂を、人理の外側へ運び出す方舟に他ならぬ!!

 人の魂が何者にも縛られぬ暗い世界(ソラ)を旅し、やがて全てが余のローマに成る為にあらゆる星々を獣へと捕食するのだ!!」

 

 瞬間―――この特異点が砕ける音が響く。

 

『所長、いい加減限界だ。聖杯で特異点を維持するにも、こんなモノが生まれたんじゃ聖杯だろうと限度がある』

 

「あら、ロマニ。悪魔殺しの逆探知阻害の為、そっちからの通信は―――」

 

『―――心配してる場合はとっくに超えたよ!

 あの悪魔人間は、裏切り者のディールを抑えるのに精一杯の筈さ!

 それよりあれは、ただその場にいるだけで特異点を押し潰す魂だ!

 こっちで観測した特異点のデータからも、アレが何もせずとも特異点崩落は確定された未来予知として検出出来た!!

 あの獣の口に、あらゆるエネルギーが吸引されているんだ。

 もし……もし、あれがこの特異点から解き放たれたら、焼却された世界はその炎ごと全てを吸い込まれてしまう。人理の修正をカルデアが為したとしても、その直される人々の魂が全て消え、太源(マナ)も惑星上から消失する。

 つまり、この儘じゃ―――人間が、生きられる星ではなくなってしまう!!』

 

「事実でしょうね。それにこのままだと一時間とせず、英霊を維持するエーテルもこの特異点から消滅する感じ。凄いわね、抑止力が稼動する為の魔力源をそもそも喰い潰すなんて。

 私だって通常の魔術は太源(マナ)では使用不可能となって、小源(オド)だけに限定されるでしょう」

 

『だったら―――!』

 

「安心して。あの裏切り者の参戦は悪魔の御蔭でないの。

 だから、どうとでも出来るわ。安全に、私たちも死力を尽くす余裕がある」

 

 所長が見た最悪の未来。それはこの場に灰が居る事。そうすれば人理焼却が幸福な未来だと思えるような末路でこの平行世界は完結し、他の全ての平行世界は古い獣によるソウルの蒐集から救われる事だろう。人生に目的を抱けない灰が、己が魂の為だけに暗い人間共を何時も通りに救世するのだろう。

 しかし、古い獣の主人である悪魔殺し本人が、彼の世界がそう終わった様に―――獣の模倣による人理終焉を阻止していた。如何に自分と自分の古い獣に関係ないのだとしても、古い獣を増やす所業を彼は許せなかった。とは言え、その悪魔の願いもカルデアが勝ってこそ叶うものだが。

 

「――――ふん!」

 

 暗帝は愉悦に浸る。力が漲り、魂が昂って仕方が無い。だからか、気分の儘に、前触れもなく、斬撃暗帝は黒い光剣を何となく力試しに振った。自分が手に入れた神秘の程を確認する意味合いしかない暴力だった。彼女からすれば木刀の素振り程度の準備運動の一振りでしかない。

 しかし、黒光剣からは深淵の名を冠するに相応しい光帯が伸び、蹂躙されたローマ市街をあっさりと両断。その斬撃軌道上には所長達もおり、敵を容易く皆殺しにする斬撃の極光が通過した。

 

疑似展開(ロード)()人理の礎(カルデアス)……ッ―――!!」

 

 そして、マシュは宝具の真名解放を余りにも簡単に間に合わせた。本来なら唐突な死に真名を唱える暇などない筈だが、今のマシュが持つ知覚は人域の極致へ辿り着き、迫り来る全ての脅威を事前に悟る守護の心得を手に入れてしまった。つまるところ、黒い光剣が振われるのと全く同時ならば、真名解放による隙など最初から存在しない。

 憑依された英霊に関係なく、マシュ・キリエライト本人の魂が―――開眼した。

 魂を誰よりも理解する灰ならばこう確信することだろう。マシュが英霊に相応しいのではなく、その英霊がマシュの魂が至れる極点の業に相応しい故に、力となる資格があったに過ぎないのだと。

 

「先輩…‥これが、カルデアの使命なのですか?

 何故ここまでして人理を蹂躙するのか、わたしには分からないんです。そんなにわたしたち人間がただ繁栄することが罪なのか、わたしは知識で歴史は知ってはいますけど……確かに人間は沢山の生命種を絶滅させて、何万年前に他の人類種も滅ぼして、そこから更に同属のホモ・サピエンス同士でさえずっと殺し合って繁栄して……このローマや、あのフランスでの出来事をずっと繰り返してきましたけど……けれど!!」

 

 特異点でマシュが見た―――悪。罪を為す事が悪ならば、人は如何足掻いても悪性霊長類。人間社会の繁栄は罪科によって積まれた歴史。戦争も本能より尊ばれる生存欲求であり、縄張りと言う資源(リソース)の奪い合いから始まる営みだった。現代ならば、一国家における経済活動圏もまた縄張り争いの一種だろう。

 しかし、特異点での邪悪はそうではない。

 人の魂を苦しめる唯の地獄。そう在る事だけの望まれて作られた異界。

 むしろ、その事によって人類種に利益が出てしまう循環機構。マシュはまだ悟れないが、灰が仕組んだシステムはあらゆる人理の魂にとって最優先される人間運営の仕掛けとなっている。

 

「特異点での“善”に―――明日は、ありません……!

 人が良いモノだなんて夢をわたしは見れないですけど……だけど!

 それでもわたしたちの小さな魂には―――尊厳が、在らねばならないんです!!」

 

 マシュが見るあの悪神は、人間の魂から生まれた人間性(ヒューマニティ)によって作られた犠牲による悪だが、故に人理(ヒューマニティ)を獣から護るのに相応しい人間共の罪科であった。

 狩らねばならない生命―――……葬送の意味。

 カルデアが守らないといけない人理の世界こそ、悪に落とされた犠牲者にとって惨たらしく滅ぶべき地獄の世界だった。

 その矛盾を理解した上で人理焼却を阻止するのであれば、マシュは他者の命を剪定しなくてはならない。マスターを守る盾で在れば良い、等と言う思考停止は許されない。その手で握り締める聖なる盾を兵器として遣い、敵の魂を打ち砕く鉄槌として血に染めよ。

 例え、相手が命であろうとも。

 例え、相手が神であろうとも。

 例え、相手が守るべき弱者なのだとしても。

 人々を滅びから守るとは、どうしようもなく罪深い冒涜的虐殺者になると言う事。

 人理を守る為に何故、人殺しを讃えられる英霊が抑止から召喚される意味を知れ。

 死した英雄の魂をその身に宿し、その遺志を継承すると言うならば―――これまで殺した相手の遺志も同様、己が血にして生き足掻く。

 犯した罪も、為した悪も、自分で在る。

 戦い、殺し、勝って、それで救われた命も、守られた善も、自分自身(マシュ・キリエライト)となる。

 悪からも、善からも、逃げてはならない。絶望の闇に心を折ってはならない。希望の光に瞳を閉じてはならない。罪を犯す事から目を逸らしてはならない。自分の盾が助けた命を蔑ろにしてはならない。

 継承せよ。受け入れよ。

 自分で始めた戦いから、自分自身の魂から、絶対に逃げないと決意せよ。

 もし、己がマスターを最期まで守ると―――あの献身に応えると決めたのであれば……例え、相手が生贄として作られた自分自身が敵なのだとしても。

 

「分かってるよ、マシュ。だって、俺は今―――生きている。

 意味も分からず、このまま死んで堪るか。俺の命はもう俺だけのモノじゃないのだとしても、それでも俺の命は最期まで俺の命だ!!」

 

「はい、マスター!」

 

 何故、あれを前にして前を向けるのか。通信越しでロマニは理解出来たからこそ、その意志に辿り着ける藤丸とマシュの二人をまだ理解出来ない。彼の今の人間性では悟れない。

 しかし、綺麗な白亜で在るだけの魂に価値など皆無。

 大切なのは血に汚れようとも、その時の自分が抱いた意志を決して忘れない精神。

 ロマニは何故、この人理焼却を無視しなかったのかを思い出す。あの時に初めて得た己が人間性が、逃避を選ばずに足掻いたのか……何だか、何かを掴めそうだと彼は呼吸を止めて無心となる。

 

「ロマニ」

 

『―――……え、あ。あぁ、どうしました所長』

 

「敵が動きを止めてるからちょっと話すけど、そうね……告白すると私って化け物なのよ。ちゃんと人間では在るけどね」

 

『何を突然。カルデアの皆はそんな事は知ってますよ。そもそもが、上級死徒を玩具にする時計塔史上最狂のロードだって。

 固有結界で隕石降らせますし、魔術の腕前だって異次元ですし。

 マリスビリーが必死に大勢の魔術師を集めたのに、後任で来た所長がいれば別に良いんじゃないって雰囲気、今でも忘れられませんよ』

 

「貴方に魔術を褒められるのは最高に気分が良いけど……ま、厭味を感じなくもないわね。分かってても知らない振りをする暗黙の了解って必要ですし」

 

『―――助かります』

 

「とのことで今回で多分だけど、いざって事になる。後、貴方に宜しく頼むわね」

 

『あぁ……―――そう、所長が命じるなら、良いです。

 そうするのが、カルデアと人理にとって一番なんでしょうから』

 

「貴方に与える負担を考えると心苦しいけど。そもそも頼めるの、レフの爆破テロがなくても貴方くらいだし。まぁ藤丸とマシュもいますから、特異点攻略は問題ないわ。後、顧問とも今まで以上に仲良くしなさいね。

 ……それと、死ぬ気はないので。悪魔でも臨時よ、臨時。私が戻って来るまで、貴方は死なずに守っているのが約束だから」

 

『了解しました―――……御武運を、オルガマリー』

 

「まだ御別れじゃないけど。うん、分かってくれるなら私も安心して戦えるわ」

 

 他のカルデア職員には聞こえない秘匿通信で会話を終える。所長は不安をあっさり払拭させ、自分の力に感動して瞳を輝かせている最中の敵を見据えた。

 暗帝を殺すには、同じ魂であるブーディカの殺害が必須。

 しかし、その前に魔神樹を暗帝から伐採しなくてはならない。

 

「オルガマリー……―――私が、あれを破壊する。

 何故か分からないが、あれがこの星から旅立つ者ならば、私がきっと打ち砕かないといけないんだ」

 

 幾つか手段が殺戮技巧より所長は思い浮かぶも、その思考をアルテラが断ち切った。尤も成功率の良い手段を思い付いていたが、その為に必要な者が既に犠牲を覚悟にした瞳で所長を見詰めていた。

 

「良いの? 死ぬわよ?」

 

「あぁ、死のう。私ごと、この文明(ローマ)を破壊せねばならないのだと思う」

 

 そして、その殺意に魔神樹は反応。口を更に大きく開けて吸引を強め、まるで特異点が吸い込まれるように空間が一点に縮小を始めた。恐ろしいのは物理的な干渉は一切なく、だが確実に空間が特異点ごと小さくなっており、太源も刻一刻と減少し続ける。

 空が、落ちる。暗い、暗い、宙が近付く。雲が獣を中心に渦巻き、土地が流れ始める。

 ソウルの霧が視覚化され、死した人々の魂が叫ぶ嘆きと痛みに満ち溢れた。耳を塞いでも聞こえる人々の絶叫は、まるで雨と雷が降り注ぐ大嵐。魂が泣き上げる苦悶の雄叫びが脳髄を焼き、ただこの場にいるだけで正気を削り取る地獄となった。

 

「ネロ公、とっとと乗れ。今だけは特別だ。我が怨念、あの暗帝に全てぶつけてやる!」

 

「感謝する、ブーディカ!」

 

「ブーディカさん、わたしも―――」

 

「―――キミはマスターを守るんだ! 良いね!!」

 

 即座、役目を悟るブーディカはネロを自分の戦車に乗せ、暗帝へ向かって飛んだ。それを見た暗帝は女神のような超越者の微笑みを浮かべ、翼から暗い炎を吹き出して飛翔する。そして天に数多の魔法陣が刻まれ、そこから黒い光柱がローマ市街に降り落ちる。

 狙いはブーディカの戦車。しかし、彼女の騎乗スキルによって回避運動を行い、その上でネロは皇帝特権で戦車の運動機能を強化した。結果、暗帝が光剣より招来させた黒光柱は狙いを外し、市街地を更に破壊する。

 

「行くかね、清姫」

 

「はぁ、仕方ありません。変身の繰り返しは霊基に悪い……のですが!」

 

 飛び立つ蛇竜の清姫(バーサーカー)。カルデアに来て以来、すっかりドラゴンに乗り慣れたエミヤは真名解放した清姫の頭上に立ち、そのまま弓兵に徹して狙撃砲台となる。

 そして軍神と美神のハイ・サーヴァント霊基となった暗帝(ライダー)は、自身の樹翼によって戦車を失ったとしても十全以上に空中戦闘(ドッグファイト)が可能。

 

「所長、あのネロは皆が引き付けてくれた。けど、あのデッカイ怪獣はどうすれば……」

 

「準備中。藤丸は令呪の準備をしておきなさい」

 

「所長、すみません。咄嗟にわたしもグレネードランチャーを撃ってしまって」

 

「それは良いのよ。後、あれはランチャーじゃなくてキャノンよ。直線軌道で榴弾をぶっ放してるでしょう。技術部のヤツら、その辺に拘りあるから、グレネードのランチャーモードとキャノンモードの言い間違いは気を付けてね」

 

「所長も大概ですけどね……いえ、兎も角! そのグレネードを使ってしまい、わたしにはあの樹の魔物を倒す火力が……いえ、まぁ近付けば射出剣のパイルハンマーで弩突(ドツ)けますけど……」

 

「あのグレネードは虎の子の一発だもの。プラスアルファで、私たちカルデアの技術部が錬金術で作った秘蔵の火薬も合成してるしね」

 

 カルデア傘下の多数ある軍事企業。その源流こそカルデア技術部の発明品。父親が残した莫大な遺産を運営し、それを増やしながらも国際経済を碁盤遊びのように支配するオルガマリーにとって、それらの企業に勤めるが、行き過ぎた頭脳を持つ故に社会不適合者になった狂研究者を保護する施設でもあるのがカルデア技術部の正体の一つ。

 その軍事技術の中心であるカルデア南極本部において、現代社会では有り得ないオーバーテクノロジーの結晶がマシュのパワードスーツ・オルテナウスであり、武装運営システムの名がアーマード・コア。本当ならば、銃の発明が戦争を変え、核の発明が冷戦を生んだように、また新たな戦争形態を作れる程の、国家を解体して人間社会を支配する技術力をカルデアは持つが、それ程に危険極まる集団だからこそ人理を守るに足る組織なのも事実。

 

「ま、どっちにしろ火力でゴリ押しは現実的じゃない。マシュと藤丸はまず、多分あの獣が召喚するだろうデーモンから私とアルテラを守って頂戴。今回は私の隻狼も防衛に徹する。

 ……あれを一気に焼き払うのに、ちょっと準備時間が掛るのでね」

 

 所長の瞳が見た人類史の一つの未来。もしからしたら、カルデアの工学技術が世界を終わり無き闘争の地獄に叩き落とすのを理解しつつ、人理焼却を超えたとて人類史が滅びに進む分岐点が一つ消えるだけ。

 所長の眼前に浮かぶ獣の複製体も、そんな滅びの一部分の更なる一部分。

 そんな狂気と恐怖が連なって、幾度も何度も滅びを超えて来たのがこの人類史。

 だが、戦わないといけない。心が折れる暇など人間にはない。死なない限り、あるいは死ねない限り、人は脅威に立ち向かい続けるしかないのだと―――その瞳で、遠い未来まで知るオルガマリーは、何だか泣きそうになるのを我慢するので心が苦しくなる時があった。

 救いのある終わり。それに辿り着くには、果たしてどれ程の死を経て、最期の人間は死人の遺志を継いで答えを出さねばならないのか。

 悪の神は、人の魂を揺るがす悪性の感動を与える。呪いとは命を殺すのではなく、心へ語る怨嗟であった。狩人である所長であっても、狩りとは関係ない苦悶で迷いが生じるのも当然な思考の濁り。

 

「私が援護するわ、アルテラ。マシュも藤丸もいるし、安心して宝具を解き放って」

 

「ありがとう。私は良い戦友に巡り合えた」

 

「そうね……――そうかも。私も、貴女と同じ気分よ」

 

 そんな決意を、空を飛ぶ暗帝は嘲笑う。あの獣を打ち倒す手段など有りはしない。その事実を魂で正しく理解するが故、今は眼前に飛び舞う玩具を叩き斬るのを愉しめば良い。一人、また一人と切り裂いて、そうすればやがて全員が死ぬ。

 無駄な事だ。そもそも―――不死だ。

 魂を殺したところで、幾度だろうと魔神樹は無から甦る。

 神話に語られるバロールの魔眼であろうとも無価値。死と言う概念が無いのではなく、この世から魂が消滅しても蘇生する絶対の不死性。それが魔神樹の獣。肉体を木端微塵に吹き飛ばしても、霧となるだけで即座に甦ることだろう。

 

「ふは、ふはは……あっはははははははははは!!」

 

 しかし、彼女が愉しくて堪らないのはそれ以前のこと。人理を終焉に近づく程に、暗帝は魂が自由になる実感があった。

 人間として生まれたのなら―――自由に、恋焦がれるのが必然。

 魂がこの世に生まれた時から縛り付けられ、運命が定められているなど耐えられない。

 これは文明の獣性から生まれたビーストなどと、そんな大層な悪ではない。人の未来を導く善でもない。しかし、自由を求めることが獣性だと言うならば、人は喜んで獣に堕ちるのが正しいと暗帝は断言する。

 

「自由の翼。あぁ、余は……わたしは、自由だ。自由なんだ。これが、人の魂だ。

 やっと運命から解き放たれる。神さえも理に囚われた奴隷であるならば、わたしたち人間は最期に滅びるのだとしても、この情熱を自由に震わせて生きることが人生である!!」

 

 エミヤの投影宝具は暗帝の肌一つ傷付けられない。むしろ、触れた途端に投影が砕け散る。清姫の炎も焦げ目一つ付けられず、ブーディカの戦車の突進は指先一つで止められた。無論、ネロが振う宝剣の一撃は暗帝の掌で優しく受け止まれ、逆に刀身に罅が入る始末。

 逆に暗帝が無造作に振う光剣は一撃抹殺。直撃は即ち、霊核の蒸発を意味した。

 それを解するためにエミヤを最初から投影した盾より結界宝具を展開。竜化した清姫をアイアスの盾で覆い、破壊されたら即座に再投影。カルデアの電力を作るオルガマリー製融合原子炉による聖杯級の魔力生成炉によって、エミヤは宝具展開を気にする必要はないが、マスターである藤丸の魔術回路に限界はあるので制限があることに変わりはない。

 だが敢えてブーディカは防ぐことを考えない。機動力に戦車の機能を尖らせ、回避と攻撃に徹底する。

 

「―――自由(ローマ)

 ―――情熱(ローマ)

 ―――未来(ローマ)

 そなたたち、死んで良いのだ。このローマで死ねば、総ての魂はローマとなるのだ。

 此処は悪を経た自由の楽園(ローマ)

 もう、大丈夫なのだ。悪は消えずとも、故に善も喪われず、人間の魂は全てがローマとなるならば、我らは決して絶望に負けぬ人間性を手に入れる!」

 

 天使、戦車、蛇竜。その三つの箒星が暗い街を照らしている。ローマの獣が新たな方舟となる前、暗帝にとって旅に出るのは確定した未来であり、憐れな足掻きを相手に時間稼ぎをすれば良いだけ。

 ―――混沌が、獣から溢れ出る地獄で具現した。

 ローマ特異点で蒐集されたソウルを種子に、獣の混沌からデーモンが産み溢れる。

 獣の口は特異点を吸い込みながら、段々と全身が燃え上がり、溶けた樹木の肉塊が地面に落ちれば、そこが溶岩となって世界が暗く蕩け始める。

 人型の百足。

 爛れた巨人。

 丸まった鬼。

 斧を持つ牛。

 双鉈の山羊。

 コップ目玉。

 燃える蜘蛛。

 竜の下半身。

 そして、燃える魔神樹の上から巨大な人間の上半身が生え出る悪夢。

 ローマ市街は混沌の嵐が噴き上がり、更にその融けた溶岩よりデーモンが蕩けるように生まれ出る。

 正しく、混沌。正しく、灼熱。何もかもを最初に灰が混ぜ込み、何もかもが最後に等しく生まれ、ソウルの業が獣を模して大成した。

 最初の火―――……人間が、それを得る事が何を意味するのか。

 あの世界で、人こそを尤も恐怖した大王(雷神)は正しかった。このような魂を律せないと分かりながら、その理不尽に挑まねば神々の平穏は作り上げられなかった。そして、灰はこの観測を以って新しい術理をソウルの業に組み込んだ。

 

「マシュ、行こう」

 

「はい、マスター」

 

 狂った光景に決意を固めた二人。そして、忍びは躊躇い無く飛び込んだ。しかし、全てのデーモンがカルデアを目指して進軍している訳でもない。生まれたばかりの赤子のデーモン達はソウルの温かさに惹かれ、周囲の生き延びているローマ市民を捕食し始めた。

 斬り潰され、擂り潰され、踏み潰され、呑み回され。中でも悍ましいのは、コップ状の異形に捕まった市民の末路。洗濯機に放り込まれた衣服みたいに体内で回転され、内側に生えた歯で刻まれ、ミンチ状になった肉が一気に排泄される。喰らうべきはソウルであるので肉体は栄養にならないのかもしれないが、それを人間が迎える死に様なのかと考えるだけで頭痛で魂が死にそうになる惨たらしさ。

 だが二人は目を逸らさない。捧げられた生贄で遊戯の食餌に浸る化け物の祭りを前にし、混沌と化した戦場から逃げなかった。

 

「輝ける星。悪夢の空。瞳の深海。宇宙よ……―――」

 

 所長は自己暗示によって夢の中に没頭。己が脳に沈み、視界に幻覚で宇宙が浮かぶと同時に、実際に世界が彼女の宇宙に塗り潰される。狩人の魔術師として体得した擬似・固有結界であり、何時もなら隕石を宇宙から呼ぶのであるが、それで今回は止まらない。自分の悪夢として具現したその心象風景に、アニムスフィアの魔法陣を思い浮かべた。つまり彼女は、光帯が浮かぶ特異点の空に自分の魔術式を刻み込んだ。

 隕石は落とさない。この獣に当てても壊せない。ならばと、壊せるだけの力が必要。

 所長の神秘によって星々は落下軌道を変え、空を流れる隕石同士が虚空にて衝突し、星の小爆発が連続して引き起こされる。だがそれでも尚、彼女は魔術を止まられない。

 真なるカタチ―――彼方への呼びかけ(アコール・ビヨンド)

 本来なら、星の小爆発を掲げた両手の宇宙より撃ち出す失敗から生まれた神秘だが、それを所長は失敗作の神秘によって得た啓蒙で魔術師として固有結界化させた魔術にし、今此処で更なる神秘の進化を迎える。

 悪夢の宇宙で起きる星々の小爆発―――それを、彼女は空で直接的に生み出した。

 呼び出すだけではエネルギーが足りない。獣を狩るのに必要な分、自分の脳で星を砕いて集めれば良い。砕いて、砕いて、砕いて、幾度も砕いて、その思考実験を実際に大空で行えば良い。

 

「――――宇宙よ! 星よ! 虚空の銀河よ!

 眠れぬ上位者共、その瞳で私から人間の遺志を啓蒙されよ!!」

 

 だが、只では済まない。所長は目と口と鼻から血が止まらず、内臓も腐り、爪が剥げ、魔術刻印が発火する。全身が神秘の炎で燃え上がり、そして頭蓋からの流血で地面が血溜まりとなった。

 ―――大きな白極の光玉が。

 余りにも美しい輝ける星が、ローマの全てを悪夢から照らし出す。

 

「ぐぅ……ぅ、ぁぁあ……っ――アルテラ。

 こんだけ一気にやれば、貴女のソレも十分でしょう?」

 

 輸血液を太股に刺し、火も流血で消火し、回復した所長はそれでも脳から流れる血涙は止められない儘、アルテラに死に逝く希望を生み出すことに成功した。

 

「あぁ、十分だとも―――!」

 

 アルテラは宝具を解放。光剣の刀身ではなく、柄頭を空に向ける。そこから光を放ち、溜めに溜めた魔力を一気に放射。

 

火神現象(フレアエフェクト)。マルスとの接続開始。発射まで、二秒」

 

 その赤い魔力光はオルガマリーが浮かべた白い小爆発に当たり、アルテラが作る魔法陣と混じり合わる。魔術の神から見ても悪夢染みた魔術式制御によって、彼女はアルテラの宝具と自分の術式を即座に完全融合し、空を覆う破壊の光景を作り出す。

 それだけで、もはやEXランク宝具に匹敵する神秘だ。

 しかし、それでもアルテラは止まらない。まだオルガマリーの小爆発は欠片も減少しておらず、更なる爆裂を待っている。

 

「軍神よ、我を呪え。宙穿つは涙の星―――」

 

 雲を超え、空を抜け、宙に届く其処に光の巨剣が顕現した。衛星軌道上に、アルテラの魔力によって具現した軍神の怒りだった。

 

「―――涙の星(ティアードロップ)()軍神の剣(フォトン・レイ)

 

 宇宙より突き刺すは、怒りの落涙。アルテラが展開する魔法陣の中心に当たり―――星々が、爆発した。

 

「―――――――――――」

 

 混沌の獣に、軍神の旭光が命中する。神秘足る星の小爆発を取り込み、神の権能であるだけに破格の破壊力を持つアルテラの宝具は、今はもはや生きた神だろうと魂ごと葬り去り、完全消滅させる埒外の概念と成り果てた。

 なのに―――不死。獣を、光は貫けない。

 炎が呪文となって纏わり、防御膜となって旭光を霧散する。

 それをアルテラは分かっていた。獣を穿つには怒りが足りない。まだまだ、あの戦神を源流とする神々の怒りが足りない。特にマルスがアルテラと言う存在に向ける憤怒だけでは殺し足りない。

 

「お前の子が、苦しんでいる!

 お前の子の、ローマ帝国が辱しめられている!」

 

 セファールに蹂躙された先史文明の戦神。その記憶を持つ軍神マルスに、憎き女の雄叫びが聞こえた。只でさえ、この英霊に強制接続されるだけで百度は殺したいと言うのに、仮想顕現した軍神の霊基が一瞬で燃え上がった。

 

「お前の怒りはこの程度か!

 怨敵の私に言われ、恥ずかしくはないのか!!」

 

 何と言う―――世界なのか。

 憎き巨神の頭脳体を討つべく見下ろした場所は、己が息子の魂が狂わされた地獄であった。

 

「例えお前が神だろうと、我が子を愛する人の親ならば! 

 嘗ての巨神たる私と殺し合った時のあの根性、此処でもう一度――見せてみろ!!」

 

 マルスの天罰が加速する。許せない。許してはならない。星を蹂躙した侵略者の末裔より、その破壊から生き延びた子供達の末裔の世界を玩弄する“人間”を許してはならない。

 軍神は、あの敗北に意味があったことを理解している。それでも尚、許せず、怒り、このアルテラと名乗る英霊を憎む故に宝具となって顕現する。

 しかし、このローマは戦神の遺志を継いだ子の国だ。

 何時か滅ぶのだとしても、一万年前に戦い抜いた自分が最期まで戦った証だった。

 だからこそ、まだ戦神はアルテラに怒りを向ける資格があった。既に滅び去ったのだとしても、その滅びが子の未来に続き、そんな自分の遺志が継がれる未来を愛してもいる故に、あの時に星を滅ぼそうとした白い巨神が今でも許せない。

 

「足りんぞ、マルス!! まだまだ足りん!!

 私が憎ければ、その想いがお前の遺志だ!!

 此処に生きる私が、その資格がないのだとしても! 今は私と共に―――破壊、在れ!!」

 

 アルテラは自分の霊基が砕ける音を聞く。同時に、獣の肉体が砕け落ちる姿を見る。そして宝具の解放が止まり、隣にいたオルガマリーが疾走を始めるのを感じた。宝具を撃ち終えた瞬間、もう彼女は五感が機能していなかった。

 獣が空より墜落した轟音も、もう彼女には聞こえていない。戦神の怒りも剣から伝わって来ない。しかし、心配はしていなかった。

 

「後は、頼むぞ……」

 

 振り返ることなく、獣を狩るべく加速する彼女の意志を最期に知り、アルテラは霊体を維持出来ずにエーテルとなって霧散した。その魔力は太源に融け、獣の出現によってソウルと言うエーテルの神秘法則がこの特異点では適応し始めている。

 所長はアルテラの魂が混沌の獣に吸い込まれたのを感じ取った。

 何が何でも、狩らねばならない。この特異点で死した者の遺志、全てをあの魔神樹(けもの)から解放しなくてはならない。アルテラの宝具によって地面に墜落した獣にまで辿り着き、その内部に侵入しなくてはならない。

 だが、道中には混沌から生まれたデーモンに溢れ―――所長が走るのに邪魔な障害は、既に藤丸とマシュと忍びの三人が討ち払っていた。

 

「この特異点(あくむ)、もう晴れろ……!」

 

 繰り返される―――赤子狩り。救われず、救いようもなく、救い方だけは絶対に啓蒙されない悪夢。

 思考回路が狩人に染まり、所長はこの世に対する憎悪で両脚を更に加速させた。如何すれば良かったのか。どうしようもない理不尽な現実を、如何すればいいのか何てまだ彼女は分からない。

 まだ終わらぬ悪夢に足掻いて。

 足掻く程、オルガマリーは強くなって。

 この度の悪夢にて、また新たな悪夢の形を手に入れて。

 我武者羅に走り抜けた先―――落下した魔神樹に辿り着き、彼女は躊躇わず、その口の中へと飛び込んだ。

 

 

 

 

■◇◇<●>◇◇■

 

 

 

 旧い時代の、山の中の牢獄。寒く、人は住まず、ただ閉じ込められる。

 ――生贄が、捧げられた。

 罪は無い故、意味は無い。

 罰で無い為、価値は無い。

 人だったそれは、無作為に選ばれた村人の誰か。

 呪術に優れた村だったからか、その人間は名前を魂から奪い取られ、人間性を失った。

 

「――――」

 

 目は要る。だが、五体を満足にさせる意味はない。苦しませなければ、人間の善性を証明出来ない。全ての悪性を背負わせな狩れば、自分達の人間性から悪性は廃絶されない。

 悪性の無い善性だけの人間性。

 求めたのは、そんな理想郷の体現だ。

 だから、瞳は生贄には要るのだろう。

 贄は見続けなければならない。己が悪性と、それによって善性を得た人々の在り方を。

 しかし、片目が在れば良い。一つ目の悪魔が牢獄に閉じ込められるには相応しく、善き人間は贄の目玉を一つ刳り抜いた。

 ―――素晴しい。人間じゃないみたいだ。

 一つ目だなんて、人ではない化け物に違いないのだろう。

 欠損しろ。欠落しろ。堕落しろ。落伍しろ。死ね、死ね、死ね、死ね―――だが、まだ死ぬな。死ぬまで生き、苦しみの果てに死に、死にながらも魂だけは生き続けろ。

 片腕を捥いだ。もう片腕を鎖に繋ぎ、この悪魔めと罵ろう。

 足を斬り落とし、もう立てない形に作り直そう。蛆虫みたいに這うしかない生き物は、何処から見ても悪魔のように醜い存在に違いない。

 だから、犯せ。穴に棒を入れ、歯を引き抜き、爪を剥ぎ取り、皮を毟り取り、血を抜き出し、肉を削ぎ落す。まだ叫ぶ。叫ぶなら、死んでいない。生きている。あの叫び声、きっと善を呪う悪に違いない。人間を恨む怨嗟の呪詛に違いない。殺せ、悪だ。人を苦しみ殺す悪だ。人間の為に、悪魔をもっと苦しめなければ。

 

「――――」

 

 人間は清く、素晴しく、美しく、善なる者と讃歌される者。

 この悪魔は醜く、汚く、下衆で蒙昧で、死ぬべき惨禍の魔。

 どちらが汚物と呼ぶべきか―――オルガマリーは、疲れ切った老女のように夢を嗤った。獣の苗床と啓蒙された魔神樹の中で、そんな分かり切った答えしかない善人(あくま)の悪夢を見ていた。

 

「――――ママ?」

 

「いいえ。私は貴女のママじゃないわ。何と言うか……そうね、貴女の母親の友人とでも言うべきかしら?

 まぁ気楽に、小母(オバ)ちゃんとても呼んで頂ける?」

 

「おばちゃん……? でも……」

 

「良いの、良いの。肉体年齢は見たまんまだけど、精神年齢の方はヤーナム暮らしで結構いい歳なのよね。実際、体感的には曾孫の曾孫に曾孫が生まれても時間が全然足りない位だし」

 

「じゃ、おばちゃん……でも、ごめんなさい」

 

「貴女が謝ること何て一つもないのだけど」

 

「……でも……でも……わたし、自分で自分を殺せないから」

 

 幼稚園児程度の年齢の、マシュの姿をした悪魔が貌を歪めていた。

 

「あー……―――そうね。私、死ねない貴女の遺志を狩りに来たのよ。

 それを最初から理解して貰えるのは嬉しいけれど、どうもアンリ・マユって感じじゃないわね」

 

 正直、所長は彼女が白痴の儘でないことが、せめてもの救いだと想う。あるいは逆に、何も分からぬ水子の儘に死んだ方が不幸ではなかったかもしれない。しかし、どちらだろうとも、人理のためと言う条件を覆さない限り、カルデアは赤子狩りを断行しなくてはならない立場にある。

 そんな赤子な彼女は培養液から生まれ、更に混沌から再誕した幼子ではあるが、マシュ・クローンは植え付けられた瞳によって上位者の眷属でもある。

 よって、憑依されたアンリ・マユの記録を知識としては得ている。このマシュの精神年齢は幼いが、高い知性を持つ歪な人造人間ではあった。

 

「うん。わたしは影でしかないから。憑いた人の精神に、わたしも在り方が変わる。だから、わたしはマシュのクローンって言う知識はあって、生贄として拷問を受けた過去もあるけど、見たままの年齢で心は幼いの」

 

「へぇ……そうなんだ。そんな様なのに、私みたいな女にママと母親の偶像を求めるのは救い難い衝動ね」

 

「何処にも居ないから。だから、欲しいの……でも、ありがとう。オルガおばちゃん。わたしは、ここの中じゃ、ただの肉の虫なのに。

 おばちゃんの御蔭で、ママみたいな人間の姿になれた」

 

「―――――…………感謝は、要らない。

 意味のない憐れみだもの。生贄として私に切り捨てられる命に……憐れむ何て……汚物の、穢れた狩人、だって私は……言うのにね」

 

「涙、流したいのに流せないのね」

 

「枯れたわ。私の瞳、もう血しかもう流れないの」

 

「でも、オルガおばちゃんの中で、誰かが泣いてるよ?」

 

「そうね。きっと、私が心を引き継いだ少女の遺志でしょうね」

 

「良いな、良いな。オルガおばちゃんは、ママが自分の中に居るのね」

 

「何時か、還して上げたいんだ。私は、私に」

 

「そっか。だったら、オルガおばちゃんが良いよ。私を殺して、わたしの遺志を引き継いで。それで、出来れば……何時か、何時かで良いから……ママに、わたしの遺志を教えて上げて」

 

 マシュの姿を得て、本当は人語を喋る口もない肉の蟲に、オルガマリーは短銃を向ける。

 

「だから、わたしたちを全員――殺し(救っ)てね」

 

 引き金に掛ったオルガマリーの人差し指。

 

 

 

 

「――――――――――」

 

 

 

 

 銃声が、鳴った。

 

 

 

 









 皆、誰だって、人間なんですよね。



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