血液由来の所長   作:サイトー

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 我が王モーグはどうすれば永遠の幼女ミケラと幸せになれるのか。指の一本として苦悩の余り、モーグ様がニーヒルする前に出血死させている毎日でした。
 それは兎も角、エルデンリングはどのビルドも必殺奥義が揃っていてRPGゲームとしてコンボ技を考えるのが楽しい日々でした。
 


啓蒙68:ローマに、ローマが墜ちるなら

 霊基は砕けた。霊核はもうない。霊体を維持する要も存在しない。なのに何故、自分が生きているのかと彼は澄み切った心で理解していた。何故、こんなにも世界に対してちっぽけな人間程度が持つ意志一つで、まだサーヴァントとして現界可能なのか悟っていた。

 あるいは、もう意味はないのかもしれない。

 己が意志一つで、この魂が持つべき人界での運命が塗り替わる実感。

 星見の狩人に殺された古い獣もどきと魂を共有していたと言うのに、彼はその死の運命を容易く克服してしまった。

 

「―――ローマの最期(ローマ)、か」

 

 悪夢の終わりを、神祖は感じていた。狩人が獣狩りを為したことで彼は獣の胎から外へと再び生まれ、またローマに還るも既に焼け野原。

 しかし、人理には何の影響もない。フランス特異点が、そう作られていたように。

 灰の燃え殻となった小さい手の平から、ひとつの命も溢れず。また魂は人理の世へと、カルデアが人理修復を為せば還るのだろう。

 

「全て、酷い夢ね。こんな特異点、瞼を閉じて開くだけの間に見る短い悪夢と同じ。何とも哀れじゃないかしら、神祖」

 

「………」

 

 その神祖の眼前、狩人と忍びが立ち塞がる。

 

「理解していたか。お前は灰と異なり、ローマではない故に」

 

「勿論。獣狩りを果たした今、彼女の意志は啓蒙されました。

 ……成る程。確かに人理を守る筈の抑止力ではありますが、この度の人理焼却とは別視点の瞳で観測すれば、人類種が灰を後押しする必然を理解するのは分かり易い」

 

「ああ、そうである。お前たちが魔神を打ち倒せば、灰の企みで死した特異点の魂は無事に帰還する。

 本来なら、帳尻合わせで汎人類史にて死ぬ運命となるが、あやつの火を宿すダークソウルで画かれた特異点は……人理の因果律から、夢のように例外となるのだよ」

 

「あれだけ殺し、罪を犯し、なのにそれは灰一人だけの業。我々カルデアが最初の獣を狩れば、フランス特異点とローマ特異点での悲劇は、人理の人間へは何一つ影響もないとは。

 糞ね。全く、古都の上位者共の手口を真似するか。

 夢で済まそう何て、吐き気がする。カルデアが諦めなければ、あの女による殺戮は人理において存在しない過去となる訳ね」

 

「お前たちが、善きカルデアとして最初の獣を狩ればの話ではあるが……いや、為せるが故に、灰はあの古い獣に専念しておるのだろう。

 残念なことだが、人間の魂では灰を裁けんのだ。

 悪を越えた極悪な女ではあるが、人の世を独善で導かず、正邪善悪総てを含めた在るが儘の魂で、我ら人類種(ローマ)が未来を選択出来る世を護る。

 あるいは、そう生きたこの世界の人間の魂の結末が知りたいのだろう。果たして、闇より生まれた不死の人間と、命が尊く在られる人間は、どのような差異が最後に生まれるのか。

 暗い血の絵画からの来訪者である稀人ならば、尚の事だとな」

 

「悪趣味ね。結局、人類史って言う血塗れの絵画を、自分の真っ暗な血で汚したくないだけじゃない」

 

 この現代を灰は、きっと人の楽土に見えるのだろう。所長は神と神に連ねる神秘だけでなく、人間自らが持つ神秘さえも排された時代が、ある意味で灰が望んだ理想郷だったのかもしれないと考えた。

 今の世、人の魂を害するのは人間のみ。

 全ての出来事における選択は人間性に帰結する。

 嘗ての灰が見た神の欺瞞がない世界。だが所詮、人の欺瞞が代わりに満ちるだけ。しかし、人間が人間自身で、自分たち人間がそう言う生命種だと選んだ人間だけの世界において、その悲劇こそ幸運な絶望だった。数多ある未来への選択を取り、この道を選んだのならば、灰は魂からこの世の人間性の善悪全てを喜ぶのだろう。それはきっと灰がまだ墓から蘇る前の人間だった時、呪われ人と迫害されていた時に見たかった人間が不死にならず「人間」として幸福に暮らせる美しい世界の、けれど最後には終わる腐り始めたばかりの人血で描かれた絵画である。

 その想いを、神祖は流し込まれた暗い血によって理解する。

 恐らくはこの世で誰よりも、ローマと言う奇跡を分かっている人間の化身。

 灰はこの絵画(セカイ)を自分の血で汚したくはない。同時に人間が人間の儘に終わる楽園を、どのように何者にも縛られない人間が滅ぼすのか知りたくて堪らない。

 抑止力も、人理も、人の魂に過ぎない。

 望む儘に、自分たちだけの歴史を歩め。

 自分の魂(ダークソウル)と差異があるこの世界の人間の魂に、また別の可能性(ヒューマニティ)を知りたかったのかもしれない。それがきっと、灰が獣のように独善的な意志で世界に干渉しなかった理由なのだろう。

 

「だろうな。だが、そうすれば自分の世界の終わり方を、愚者のように此処でも繰り返すだけなのだろうよ。

 そして、その楽しみの為に、あの灰は人類が滅ぶまでこの世界を人間が好き勝手することを容認する。

 そして―――神は、星より排された。

 もはや魔も妖も人界に居場所なく、お前の時代において人間の魂(ローマ)は、人間だけが生命を謳歌する楽土(ローマ)を築き上げた。

 あの灰にとって、それこそ宿願(ローマ)

 自滅以外の外的要因で滅びる等と言う無価値な終わり、何が何でも赦されぬ。あの灰は、有りとあらゆる人の魂の天敵を滅ぼすことだ。

 自分が、幾度死のうとも。

 世界を、幾度焼こうとも。

 罪科を、幾度犯そうとも。

 そして、このローマにおける悲劇も所詮、醒める悪夢の幕間であった。

 誰も死んでおらんのだよ、最初から。

 ただただ、世界(ローマ)が悲劇であっただけなのだ。

 此処での苦しみは、端から消えて無くなる幻痛でしかない。

 お前が脳の中で思うよりも、人は本当に我等の特異点では只一人として死ねぬのだ。死ぬ可能性があるのはカルデアからの来訪者共だけであり、そのお前たちも灰は死なぬようにこの絵画における運命を、その暗い血の絵具で歪めていた」

 

 特異点での出来事は、人理が修復されるのなら無かったことになるも、そこで失った命までは戻らない。しかし、ビーストクラスの人理の範疇を越えた大災厄なら、その被害は歴史には刻まれない。それを人理に還元するほどの修正は難しく、命が失った事実ごと修復される。

 灰は、正しくソレだった。

 特異点に彼女が干渉した時点で、中の惨劇は全てが例外。災厄を越えた大災厄。

 それで特異点が滅べば本当に焼却を防げないのではあるが、カルデアが最初の獣を狩れば、灰によって特異点での悲劇から人の魂は救われ、むしろ灰が干渉したことで人間は記憶出来ない夢から醒めただけの喜劇に代わる。

 

「ふざ、ふざけてる……そんな、の、ふざけすぎじゃない!!

 人の魂の、その運命を何だと思ってる!?

 死ななきゃ何しても良いだとか、あの不死女が一番しちゃいけないことでしょう!!」

 

 不死である故の、魂の尊厳。オルガマリーが苦しみ抜いた末に得た人間性。遺志を継ぎ、意志を紡ぎ、血で以て人を得る。狩りによる殺人の罪は、殺されることでしか悪夢から救われない彼等への祈りであった。

 此処はそんな悪を悪で在らしめる罪を、裁きの神さえも無価値にする程の、完璧な贖罪を為す人力仕掛けの機械劇場。

 デウス・エキス・マキナなど、生温い。神の遺志は、灰が見守る人理にはもう届かない。

 最初から罪など存在しなければ、人理は傷付かない。しかし、ただただ灰と言う悪人が人の魂を救済するための悪夢に過ぎなかったなど、月の狩人にとって悪夢の中で見る更なる悪夢よりも惨たらしい真実だ。

 

「あぁ、ふざけた話だ。しかし、獣狩りには必要な悪夢であった。

 他国から富を奪って繁栄したこのローマが、人理繁栄の為の礎にされるのは、人類史に対する奉仕(ローマ)に丁度良いとあの灰は嗤っていたがな」

 

 何も知り得ぬ臍無しの狩人は、啓蒙されるだけなのだろう。だが星見の狩人は、己自身を啓蒙する。自分こそ、自身の導きだ。悪夢に住む月の狩人を弔うには、彼から洩れ出る未知に拓かれる快楽から卒業しなくてはならない。今も知らぬ叡知に脳が犯され、されど狩人ならば啓蒙さえも狩るべきだ。

 故、星見の狩人(オルガマリー)は星見を貴ぶ。

 今、新な導きを脳に描いた。脳の中の夜空は満天の星空となり、星々が地平線に流れ落ちる隕石の絶景が瞳に映る。

 ―――嗤え。

 この茶番は、古都の続き。

 狩人が悪夢を笑わなければ、一体誰がこの惨劇を人類史から間引くと言うのか。

 役者と役目は最初から揃えられていた。悪夢狩りの、あの生まれるべきではなかった月の狩人は、恐ろしい星見の狩人を、獣を狩る為に狩人共の血の遺志を継がせたのだから。

 

「あっそう……は、ははは、あっははははははは!!

 だから神祖、貴方は灰の傀儡に為らざるを得なかったってこと。

 此処とフランスでのあらゆる悲劇は、カルデアが一番目の獣を狩れば、全てが最初から無かったことになる予定の、ただの悪夢劇場。

 そうよねぇ……所詮、そんなのは灰の脳味噌の中の、どうとでもなる悪夢なんだもの!

 夢の中なら、なんでも許される!

 どんな地獄を作っても、所詮は醒める悪夢!

 この特異点に生きている人間の魂も、カルデアが人理焼却と言う悪夢から醒まさせれば、元の日常に戻るだけの魂の牢獄だった!!」

 

「終わり方が決まった(ローマ)である。お前たちが世界を救えば、少なくとも灰が関わった特異点だけは完全に救われるのであろう」

 

 夢、だった。全て、呪われ人が見た悪い夢だった。それは狩人が持つ不死性の仕掛けを悪用した特異点の回帰原理。人血より生じた上位者を観察、治験、解剖した灰による悪性善意。

 人の為、人を殺す。

 人の為、人を犯す。

 人の為、人を奪う。

 人の為、人を失う。

 だが、灰の特異点でのあらゆる罪科は所詮―――夢。

 人の為に人が堕ちる魂の牢獄。確かに魂で苦痛と苦悶を味わう地獄であるも、余りにもそれは命に対して冒涜的。最初から死が取り除かれた運命。その機構。

 だが、己が運命に抗う呪われ人が獣の為の理想に従う所以など有りはしない。

 神祖は、それだけは確信していた。何時か人類が辿り着くであろう、何もかもが滅び終わった後の人類史にとって、きっとこの星最後に残る‟人間”が見届ける筈の答え。

 もし、必ず最後に無となって滅びる人類の歴史に価値があるのだとしたら。

 あるいは、価値があるのだとしても、それを見届ける意志を持つ人間がいるのだとしたら。

 きっと、そんな誰かは苦しみ抜いて未来を得た人間たちの過程こそ、腐れ、穢れ、醜く、惨たらしい生きた証になると、最初から諦めた上で人の魂を許すのだと。

 

「お前たちは―――邪魔となる。

 カルデアが善く、正しく、獣の特異点を滅ぼすために、異物たるお前とお前の忍びは、お前のカルデアから排除しなくてはならない。

 世界(ローマ)と、ローマと、このヒトの歴史(ローマ)を守るためにも。例え、我が子たちの国が滅ぶ汎人類史だとしても、(ローマ)はこの歩みを無意味にしたくはないのだ」

 

 神祖の願いは、何処までもローマだった。どうしようもなく、ローマの魂に真摯だった。

 真の王――ロムルス。彼だけが、現実と戦っていた。

 ただ、ローマのために。そして、ローマの歴史を無価値にしないために。

 ―――カルデアの、所長と忍びだけをこの手で殺す。

 それだけが、神祖に許された最初で最後の贖罪である。

 直後、彼の宝具(両刃剣)が暗く淀んだ。まるで炎のような揺れ動く靄のような、しかし沼の底に貯まる泥でもあり、あるいは暖かい湿り気のある体液の如く、そのローマ創生樹の神槍は人間性に犯される。

 

「それ即ち、単純なる分岐点。炉の灰に流れる、その暗く燃える血は(ローマ)を啓蒙した。

 正しく、人は何にでも成れる。この身が英雄となったように。

 そして、王となり、神となり、故にまた人にこの絵画(ローマ)で成り果てよう。今の儘の己ではない何者かに、為り続けることが人の性。そして定まらぬ未来は正に暗黒であり、それでも前を歩き続けることこそ、人が人の性を克する人間性(ローマ)である。

 停滞だけが、人間(ローマ)は赦されぬ。

 永遠に幼き儘では、やがて腐敗するしか選択(ローマ)が遺されぬ。

 立ち止まる自由などなく、可能性を捨て去る可能性だけが魂には決して許されぬ」

 

「……此処での貴方って、正義の味方をしてたのね」

 

「すまない。喩え最後はローマの滅びを良しとする歴史だとしても、ひとりの人間として己が人生(ローマ)の価値を護らねばならぬ。

 我等(ローマ)が生きた人理の世界を護る。

 この為だけに、今この好機にて必ずや討ち滅ぼす。

 我が目的は最初から只一つ、カルデアから異物たるお前ら二人を剪定せん」

 

 揺らいでいた創生樹の宝具が、神祖の霊体へ融けて消えた。

 

「でも、貴方は死ぬ。私と、私の隻狼に狩られる。暗帝も狩って、特異点は御仕舞いよ」

 

 そんな星見の狩人の、その瞳で見詰めた確かな啓蒙(ミライ)を聞いても神祖は恐れなかった。死と狂気が脳を汚染する言葉だと言うのに、宝具が霊体を補完したからか、狩人の啓蒙的真理さえも今の彼にとっては養分となって力となる。

 

「これは、この特異点だけの問題ではない。そうなのだろう……?

 成長したお前は、必ず人類史に悪夢を見せる。人理を取り戻したところで、そこから先はお前に救われた事で、その人間の運命を操る仕組みをお前に啓蒙されてしまい、きっとお前の意志が人理に容易く反映される未来となるであろう。

 灰がそう悪用するように、抑止力は働かぬ。

 獣から救われた人理を後に続けさせるには、その後の滅びからさえ救おうとも、今此処でお前をこの人理修復の旅から排除しなくてはならぬ」

 

「その死に掛けの様で……不死じゃない貴方に、私が止められると?

 そもそも、そんな気なんて…………―――いえ、違う。そもそも獣共みたいに、失望するほど、こんな人間なんて獣を愛してもない私が……フ、人理の未来など毛頭興味無い。

 嗤わせるな、神祖。

 我ら狩人、人の導きになどなるものか」

 

「否―――狩人在らざるお前は、人を愛する女(ローマ)だ。

 その人間性(ローマ)が、最後にお前を獣性へと導く。カルデアが救った人理の、その余りにも救われ難い在り様に、カルデアの所長を幾年も続ける内にお前はきっと、今よりも良い未来を作ろうと足掻いてしまうだろう。

 より良い明日を欲し、善き人理を啓蒙したくなるだろう」

 

「―――――――……」

 

 あ、と狩人ではない所長は自分を瞳で見てしまった。古都で擦れ切れた筈の僅かな人間性さえ、完璧に無くした狩りの心。心折れたオルガマリーが生き延びる為、血の遺志から生み出した狩人と言う第二人格。そんなオルガマリー・アニムスフィアの残骸でしか無い筈なのに、このカルデアは随分と彼女を人間らしくしてしまった。

 人間性―――その罪深さに、所長は余りにも深く絶望した。そして、絶望するなんて感情がカルデアの生活によって蘇っていた事に、所長は嬉しささえ今この瞬間に覚えた。

 善人の物真似。理想的な責任者の真似事。社会の規範から逸脱しない程度の狂気。

 楽しかったし、愉しかった。嬉しかったし、幸せだった。人間の輪に溶け込むには都合が良いからと自分で自分の精神を操って感情を啓蒙(マリョク)から作っていた筈だったのに、そんなことも何時からか笑うのに必要ない事実に何で今この時に気が付いたのか。あるいは、気が付くことから瞳を逸らしていたのか。

 それが産まれた時からヒトに備わる獣性を狂わせると、狩人として啓蒙されるまでもなく、このオルガマリーは理解していたが故に。

 クリプターとマスター。マシュ。ロマニ。レフ。技術部の馬鹿共。気が良すぎる職員たち。そして、友人と呼べた―――アン・ディール(裏切り者)。善き人も悪い人も、所長にとって善悪と言うバランスが取れた人間性を育てるには余りにも理想的な環境。

 だがこれなら、この魂に心なんて要らない方が全人類の未来の為。

 所長にならなければ、ただの狩人でいられた。貴族の魔術師と言う皮を心に被るだけなら、世界を愛さない啓蒙狂いの学術者でいられた。

 

「その獣性が最後の引き金よ。そして今此処(ローマ)に、愛と希望(ローマ)が集まった。あぁ、何故かこのローマ以上に力が燃え滾っている。

 そうだ、まだ(ローマ)は死ぬ訳にはいかない。

 未来も希望も、お前がその気になれば一瞬で狩られてしまう」

 

「違う、違う――わたし、わたし私は、そんな真っ当なニンゲンじゃない。

 ……いえ、いえ、いいえ。

 啓蒙――……啓蒙、されたと言うの? 私が?

 あの灰から人間性を啓蒙されたことに、カルデアで気が付かなかったなら……心を亡くした遺志に過ぎない私に、あの女は……!!」

 

 それはきっと湿り気のある闇のように、少しづつゆったりと温めたのだろう。だが、それはきっと太陽の光さえ生み出せる人の心が行き着く最後のカタチ。

 闇が、自分を見詰める彼女の瞳を曇らせた。

 また誰かを愛せるように。そして、愛されることに幸福を感じるように。

 それは、確かに闇だった。灰が生まれた世界において、人間を始めた人間性となる暗い魂だった。だが、その闇には人間の営みが刻まれている。神の欺瞞によって命の火を得た人々の記憶が熔けている。火の最期に至ったあの残り火の時代の答えが、闇に回帰するのだとしても、その闇は最初の闇よりも冷たく、冷たいと感じられる故に温かいのだ。

 恐らく、ヒトが狩人になった時に喪う人間性。

 獣を狩る心のない血に酔う狩人が、人獣(ハンター)となるために棄てる人道の道標。

 暗い魂を持つ炉の灰以外に、行き着いた果てのそのまた果てに落ちた狩人へ、そんな失った嘗て普通の人間だった頃の実感を与えることなど不可能だ。

 

「心に、自覚さえ出来ない何て……!」

 

 今も、そして未来永劫、所長にとって感情の制御など容易い。それが自分自身の本物になろうとも、狩りの心得が彼女の精神に血と狂気の静けさを与える。獣性にその心が支配される可能性は存在しない。

 だが、それが彼女の本心なら―――我慢などに価値はない。

 自分の人間的精神が作った自分の創作物だと錯覚していたのなら、何も問題はない。しかし、この世界を出来れば良くしたいと言う義務感とか、出来るだけ世界を守ろうとする使命感とか、悪き者から人々を助けたい責任感とか、狩人は所長となるべく自分にそんな偽りの感情を植え付けたのに、その想いが本物になってしまったことを悟ってしまった。己自身の、その魂から。形から始めたに過ぎない所長と言う捏造されたこの意志が、闇に融かされて自分の内にある事実に。

 

「わたし……人間に、戻れて―――」

 

 嬉しいと考えて感情を啓蒙したのではなく、最初から本心で嬉しかったのだと。本当は、本心で人が死ぬのを悲しめるのだと。

 ―――あの、灰のように。

 その人間性の本質を啓蒙した時、狩人だけではない所長としてのオルガマリーが、狩り以外の答を欲するのは必然だと理解した。

 

「―――人を、得た。

 人の、上位者。赤子の赤子。狩人と同じ、人理も人間も幼い儘じゃ、腐るだけ。

 外なる宇宙への旅立ち。この霊長は母たる揺り籠からの巣立ちが、幼年期を終える始まりなのね」

 

 しかしながら、それは人理を脅かす獣性の芽生え。元より啓蒙された人理の未来測定航路を導くための、その最適解が所長にはある。

 今の文明の進歩では、必ず袋小路に至る。その打開方法は只一つ。

 それに、所長ならば余りにも簡単に人理を導ける。情けない進化を文明に選ばさずに、必要数の犠牲者で確かな有り様に至れるだろう。

 

「その未来(ローマ)を、お前は棄てられるのか?

 カルデアの所長と言う人間性を、お前は人理のために失えるのか?

 元の偽りを繰り返すだけの物真似人形へと戻るため、灰から啓蒙されたその心を踏みにじることが出来るのか?」

 

「有り得ない。この闇は、もう私の中で所長と言う人間性になった。この実感を誰にも渡したりはしない」

 

 観測することで知らず啓かれた魂の暗さ。それは狩人が貪った血の遺志が変質した疑似的な人間性(ヒューマニティ)に過ぎないと所長は理解した上で、その暗黒が己が魂に人間と言う感動を実感させる機能を付属させ、狂気に蕩けて消えた筈の人道的感情で人と得た。

 もはやもう、そんなモノは捨てられない。

 所長と言う人の心を喪うのを、星見の狩人は赦さない。

 

「そうだとも。その気付きで以って、お前は(ローマ)と同じ人間(ローマ)と成り得る。

 故に―――死ね。

 お前だけは、人助けを尊ぶ真心(ローマ)を得てはならんのだ。

 その普遍的な善意は、この人理にとって獣共を上回りし悍しき獣性(ローマ)へと深化しよう」

 

 そして、神祖は一人の人間として、これより相手を殺す為の最低限度の礼儀を終えた。闘争で以って殺すのならば非効率極まる行ないであり、だがそれをしなければ人類史(ローマ)を守ると言う大義を失い、神祖は人間ですらなくなる英霊と言う抑止力の畜生となるだろう。

 相手が、生命を冒涜する唯の害悪なら駆除すれば良い。

 しかし、これから殺すべき彼女こそ、今の人理を滅びの一歩手前で阻止していた強い女。

 神祖は英霊ではなく人間として、そんな女を殺さねばならない故、同じく人間として誰よりも殺したくはなかった。

 

「ローマは……いや、人間(ローマ)で在る故の、獣性を含めた人間性。

 ヒトの仔よ、此処で因果に終止符を打つ。お前の心、魂、体、そして託された遺志を、矛先の我が拳にて破砕する」

 

 人域を超えし、神域――冠位転生。

 未来を夢見る人々の思いが、王の想い只一つに束ねられる。

 耀ける星を殺す程の、救われたい人間の意志が輝きとなり、王たる神祖へ神の名を与え、人域を超越させる。

 

「おぉ……――ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 そんな神祖の決意は、決戦術式となって具現する。抑止力の後押しを全力で受けられるこの灰の特異点の中と言う環境を得て、ローマ創生樹が真の王を生み出した。

 最初の王、ロムルス。建国王にして、人の身で神となった男。

 人生の最後にて到ったその境地を、彼はサーヴァントとして再現したのではなく、また同じ様にこのローマで人間として顕現してしまった。

 目的は一つ。単純明快な手段。

 星見の狩人の裡に芽生えた‟カルデア所長”と言う―――人の心を打ち砕く。

 其故に今の神祖に槍は要らず。その手を槍のように振るえば良く、その拳で破砕するのが王道だ。

 

「何処までも生き汚く、そこまで生き足掻く……人域、阿頼耶識。

 ここで冠位の、後押しだなんて……ッ―――人間共、所詮は獣性の根源か」

 

 所長(ハンター)は、その神祖の在り様に感動した。カルデアの所長としてではない、星見の狩人として人間が起こした奇跡に血が疼いた。

 神祖の姿に変化はない。衣装も同様。否、むしろ上半身は肌蹴た。

 見た目は同一人物であり、魂も同じだろう。しかし、宝具との完全合一によって為した全身の宝具化と、冠位による―――否、霊基となった冠位さえ貪るその最初の王のソウル。

 

“けれど無様だわ、並列世界の抑止力。獣狩りの冠位で、狩人を狩ろうだなんて”

 

 灰を後押しする者共。この世界ではない世界の、他の世界を贄に捧げても生き延びようする渇望。同族同士の剪定を尊ぶ人間は、そも魂が獣性で溢れている。貪り合う営みこそ獣の温床。そして、救われない世界の律が生まれる苗床だ。

 彼女にとって、余りにも耳障りな声だった。

 奇跡を作る人間の声―――祈りの結晶。冠位のソレ。

 祈られ、蘇る神祖より聞こえる無限の導き。だが其処まで、未来を欲するのならば―――と、世界を焼くに相応しい程の、未来を欲する人の悍ましさを彼女は啓蒙された。

 

「……主殿」

 

 第一の獣の絶望と完全に同調した瞬間、所長は忍びの声によって現実に意識が戻る。

 

「ごめん、待たせたわね。あれとのお話はもう終わりです。

 ―――殺しなさい。

 私と貴方で、生存を願う人々の願いを踏み躙る。

 冠位を差し向けた事実こそ、我らを獣と見做した証。その哀れな節穴を、此処で打ち倒します」

 

「御意の儘に……」

 

 忍びは所長の、その絶望から湧く強過ぎる殺意を案じた。並みの精神力ならば、目と鼻から血を流して発狂死する圧迫感を放つ彼女の瞳を見て―――何の、意味がない心配だと悟った。

 所詮、狩人。絶望に価値はない。獲物が何者であれ、狩りより優先する衝動など彼女の中には存在しない。啓蒙された暗い心だろうと、狩りの遺志は絶対だった。

 だがしかし、そんな狩人に仕える忍びは、ふと背負った不死斬りを意識した。これで主を斬れば、数多の汎人類史が救われる。この人類史を贄にするかもしれないが、確実に兆も京も超えた無尽蔵の命が救われる。この神祖が、この人理の世界を救うと言う善より尚、巨大過ぎる善として立ち塞がっている様に。

 そして―――人の価値を、数字で判断する思想を理解出来なかった。

 為すべき事を為す。断じて、世の為などに人は斬らない。その果ては修羅より醜い殺戮の道化に堕落する。

 

「さぁ、お前たちの本気(ローマ)を見せてくれ。

 (ローマ)はその悉くを破り、カルデアの導きであるお前を、必ずや―――討ち滅ぼす」

 

 真の英雄が、カルデアの眼前に現れた。

 

「―――」

 

 所長の狂気が極まり、忍びの殺意が鋭くなる。彼女は何が敵なのだろうと感情を向ける術を失い、しかし狩りの理性が全てを見通し、現状を完璧に理解(ケイモウ)してしまう。

 世界を背負う相手であれば、敵は―――人の世、そのもの。

 冠位へと人間として到った真の王――-神祖、ロムルスこそ人界の守護者。

 この世界一つを、獣を狩ることで確実に守るカルデアの導きを殺す。それだけで灰の目的は確実に達成され、他の数多の世界が古い獣の搾取より救われる。

 救世の王、冠位の英霊―――究極の槍使い(グランド・ランサー)

 その手が光り、輝ける星の矛先が所長と忍びへ向けられた。

 

「フッ――――ふふ、あひゃっははっはははははは!!」

 

 瞳が裏返る。脳が捲り返る。所長(狩人)は人でなしですらない、なのにヒト型の儘に本性の狂気を剥き出した。死闘を笑わずにはいられず、惨状を哂わずにはいられない。

 蕩けた瞳は脳が融けた証。窮めた戦術眼に、究めた啓蒙眼が合わさり、極まった先読みが可能となる狩人の狩猟戦法。

 その目が未来を告げている。

 この神祖―――加減なく、際限ない全力の本気を最初から爆発させる。

 初手は間に合わない。今の暗い魂の神祖に速度の概念が通じない。体幹崩し(パリィ)に左手の銃を撃とうが無意味であり、忍びが独楽手裏剣を投げても微動だにせず、死にながらだろうが何が何でも絶対に攻撃を完璧に放つだろう圧倒的気迫。

 所長は銃の代わりに握った遺骨の神秘によって己が固有時間を加速させ、忍びは護国の勇者の加護を仏の構えによって自身に降ろす。

 それと同時に神祖は空へと翔んだ。その姿は正しく、光輝く黄金創生樹の化身。その権能を宿す人ならざる王の神。

 何と美しい――王者(Y字)のポーズか。

 あらゆるローマが歓喜し、祝福され、夢に揺らぐ黄金帝都を幻視する。

 

「―――我らの腕はすべてを拓き、宙へ(ペル・アスペラ・アド・アストラ)―――」

 

 そして、浮かぶは神祖。映るは石造の幻影都。空飛ぶ彼によって天高くに生まれた巨大都市(ローマ)は、眼下の崩壊都市(ローマ)を押し潰さんと墜落を開始した。

 ローマに、ローマが墜ちるなら―――この結末は、必然だ。

 黄金樹木の槍から映された未来と過去の大都市が、輝ける星の隕石となってローマごとカルデアの異物を圧死せんと迫り来た。

 

「後、お願い」

 

「御意……」

 

 所長は悪意を持って太源に干渉。ローマ市民の呪詛に満ちる残留思念が蕩けた魔力を瞳で吸い込み、魔力回路を邪悪な血の遺志で満たし、血管に流れる血が歓喜に溢れる。彼女のサーヴァントである忍びの目に映るのは夥しい数の、死んだ人々の遺志が形となった形代が群れとなって空を舞う光景。人間が残す残留思念を形代として視覚化する彼は、遺志を瞳で貪るマスターの悍ましい所業を隣で見るも、今は自分達二人へと墜ちるローマに一心する。

 マスターから流れ込んで来た形代(マリョク)を忍術へ全て注ぐ。

 忍義手は破裂寸前まで死と血の怨嗟で暴れ、だが忍びの意志によって容易く完璧に制御され、義手忍具がローマ市民達の断末魔となって発現した。

 ―――ぬし羽の霧がらす。

 右腕で所長を抱えた忍びは彼女ごと自分を霧に変え、姿を消し、燃え上がり、空を飛ぶ。それもただ跳んだではなく、所長による加速の神秘によって忍術は神域に到り―――時空をも、透けるように舞うのだろう。

 過去、現在、未来、全てのローマだろうと例外ではない。

 一瞬とも例えられない時間停止する程の迅速な業。神祖は動きさえ見えない火の筋が地上より上空へと昇った‟形跡”を認識したのと同時―――眼前の魔人二体を視認する。

 冠位へ到った己が宝具が通じない悪夢。あるいは――奇跡。

 神祖は、ただ本気で全力を出しただけでは倒せない事実を正しく理解する。

 灰の暗い魂と言う‟特異点"を穴とし、数多の並行世界から抑止力として後押しを受けたと言うのに、まだ足りない。

 ―――ローマが、足りない。

 停止した時間の中、神祖の思考がその正解を啓蒙される。

 神祖には、神祖(ローマ)が足りないのだ。あらゆる時代のローマだけではなく、あらゆる世界の神祖(ローマ)の意志がなければ、狩人と言う遺志の化身を殺し得ない。

 ―――冠位獣性。

 薔薇の皇帝と同じく、何もかもを蕩けて融かせ。

 自分に自分が重なる事に時間など皆無。その意志が死人の遺志に融け、召還が繰り返され、霊基を究極とする儀式。

 決戦魔術・英霊召喚。霊基出力―――相乗倍加。

 簒奪者(火を宿す灰)に匹敵する熱量を自身を薪にして生み出し、神祖は更なる黄金の輝きへと至る。

 

「ローマ……ッーー!!」

 

 ローマのあらゆる槍が創生樹の槍に融け、それを己が(ローマの)手に深化させて神祖は振るう。故、ローマ神話創生樹そのものと同意味の拳に砕けぬモノはなく―――貫けぬ魂は、絶無。

 その槍もまた、神祖にとってローマの一つ。

 それは、嘗て邪教だった。ローマにとっての異教徒だった。

 だがローマの歴史において、ある意味で創生神話に等しき救世主の物語。

 その者を殺めた槍もまたローマであり、ローマの兵士の名が銘となった。

 言葉通り、手腕の槍には全てのローマの刃がスープのように混ぜられた。

 ロンギヌスもまた―――ローマ。啓蒙された拳の名を知った所長は、自身が一撫でされただけで魂が溶解する未来を垣間見る。

 もはや霊基崩壊と言う次元の暴挙ではない。神祖の霊基の中に、数多の神祖の魂がローマの数だけ召還されるだけでも悍ましいと言うのに―――宝具『我らの腕はすべてを拓き、宙へ(ペル・アスペラ・アド・アストラ)』と同じく、ローマそのものが創生神話として槍の樹が内側で歴史を宿す。

 

「この――……ローマ馬鹿が!!」

 

 刹那、加速するその拳を直感的に所長は蹴り上げた。空中で神祖から潜り込むように避け、だが完全には避け切れずに左目を拳槍で顔面ごと抉り取られた。とは言え何とか脳まで傷が達することはなく、しかし何故か何時も通りに血液によって顔と左目は自動復元を開始しない。

 だが――ぐちゃり、と抉れたその左顔面。剥き出た脳の‟瞳"から世界を覗く。

 頭蓋骨から露出する脳が外に現れ、脳の瞳が直接的に神祖を見る。

 思考が外界と直結し、思考の加速によって時間が止まり、左眼の裏側に隠れていた悪夢が世界を侵食する。

 そして、意志疎通(コンビネーション)は完璧。あろうことか、サーヴァントの立場でありながら忍びはマスターを囮に使う。故に奇襲は完全。所長を攻撃することで片腕が使えないその刹那よりも短い隙間を見抜き、忍びは霧がらすとなって飛びながら既に準備を整えていた。

 例えるなら、撃鉄が上がった状態の回転式拳銃(リボルバー)

 後は鞘から抜刀するのみ。念が込められし一太刀目、空中流派技――不死斬り。

 

「ぬぅ……!!」

 

「そうだ、(ローマ)こそローマなり!!!」

 

 認識を拒む魔技。それは親指と人差し指と中指だけ。そのたった三本で、不死斬りは白刃取りされた。死なずの命を滅する黒い念が、生命力たる血の赤色が混ざった黄金(ゴールド)王気(オーラ)で抑えられた。

 己が必殺を素手で容易く封じられるとなれば、サーヴァント級の武人だろうと驚愕と困惑で動作が止まる―――のは、超一流を超越した剣神の業を知らぬ者。

 この場に例外が一つ―――否、この三人はこの世の枠に須く当て嵌まらない例外。

 忍びは一切の淀み無い精神状態により、両腕が使えない神祖へと心臓を外皮から内部破壊する仙峯寺拳法の回し蹴りを打つ。

 それをあっさりと神祖は上げた右膝で受け止め、所長の左目を抉った右手刀より赤熱光波を斬り払った。

 

「ーー」

 

 即座、義手忍具の連続使用。仕込み傘によって神祖の光波熱線(ローマビーム)を忍びは空中で防ぎ、その下から所長は神祖の背後へと跳んでいた。

 それは学術者を兼ねる狩人としててはなく、一人の魔術師として修めた技術。

 魔力で固定した空気を強化した脚で蹴り、重力の慣性操作を行い、彼女は空を舞う。空中だろうとアニムスフィアの魔術師に不自由はなし。

 振う獲物は獣狩りの曲刀。

 弾丸を撃つは血族の短銃(エヴェリン)

 股間から脳天を断ち切る軌道で、柄から変形して伸ばした刃が神祖を襲う。

 そして所長の曲刀は、忍びの一太刀と同じく指で止められた。瞬時に上下逆さになった神祖は危な気なく刃を掴み、そして超至近距離で放たれたエヴェリンの水銀弾さえも、もう片方の掌で容易く掴み潰す。

 直後、神祖の両瞳から怪光線。仕掛け武器と獣狩りの銃器が防がれ、ほんの僅かに曝した隙を狙われる。まるでテレビゲームのようなエフェクトと例えられる冗談みたいな神樹眼光の魔力線だったが、並みのサーヴァントを十二回は蒸発させる圧倒的濃度の神秘攻撃。

 

「セプテム!!」

 

「――――!!」

 

 神秘(ムシ)に犯された夜空の瞳(ブラックスカイ・アイ)。抉られた筈の左顔面だか、脳より血から強引に魂ごと蘇生し、体の一部になった触媒(アイテム)も元通り。自身の左目に礼装化した上で移植した宇宙と繋がる魔眼とも言えない冒涜の生体義眼より、小さいなれど邪悪な遺志が招来する隕石が放たれる。

 怪光線と隕石の衝突―――爆散。

 衝撃波が空中で炸裂し、異様なまで濃過ぎる神秘が、魂を抹殺する程の概念が、ローマの上空で花火みたいに弾けて消えた。

 

「なんなのあれ!! 一体こんなのどうすれば良いってのよ!!?」

 

 爆風で錐揉み回転しながら宝具都市(ローマ)に潰された石造都市(ローマ)へと墜落する所長は、真理を啓蒙された上で理解出来ない現実に叫んだ。そして忍びは義手忍具(霧がらす)を空中での移動手段として使い、即座に所長の隣へ空間跳躍し―――空に浮かぶ神祖が、槍手を輝かせて眼下の敵二体に爆撃を敢行。

 とは言え、所長は自身が死へ至る全ての危機(ミライ)を見続ける。この状況は脳内にて攻略済み。その上でローマを叫ぶ男は意味不明なまでに心身全てが強く、必殺の好機を手繰り寄せるのは困難極まる。

 

「主殿、通じず……すみませぬ」

 

「あー……うん、ごめん。私もキレるタイミングじゃなかったわ。反省」

 

 右腕でマスターを抱えながら、忍びは義手から展開した仕込み傘をヘリコプターのように空中で自律回転。空から降る神祖の槍光爆撃を全て弾き逸らしながら浮力を得て飛び、所長も魔術によって自分と忍びの浮遊行動を可能にした。藤丸が見たら某アニメの秘密道具みたいな光景に珍妙な顔を浮かべるだろうが、しかしその現実こそ啓蒙的事実。忍術と魔術に不可思議は無い。

 

「うん、反省。だから、直ぐ狩ります。

 宇宙(コスモス)よ、瞳で以って空を潰せ―――彼方への呼びかけ(アコール・ビヨンド)!」

 

 直後、脳の悪夢より宇宙が瞳から投影される。世界がオルガマリー・アニムフィアの心象風景に塗り替わり、空が宙に生まれ変わる。それは大人数の魔術師で展開するアニムスフィアの大儀式魔術を超える術式と神秘であり、魔法に匹敵する固有結界の魔術理論・世界卵を使った学術者の狩人オルガマリーによる彼女独自の秘奥。

 ―――宇宙は空にある。

 神秘に啓蒙された古都の学術者にとって、物理法則よりも当たり前な世界の事実。

 上空にY字姿(ローマ)の格好で浮かぶ神祖は、これまた当然の事だが剥き出しの宇宙に放り出され、遥か彼方より無数の巨大隕石が神祖唯一人を狙って墜落する。

 魔術回路と共に水銀弾を使い、己が魂と血の遺志も消費した所長の隕石は一撃一撃がランク規格外。それが数十と降るとなれば、その破壊力はオルガマリーが行使した中でも最大火力であり、自重も自制も存在せず、自分諸共この特異点を物理的に破砕する程だ。

 

「ローマに不可能無し!

 ―――我らの腕はすべてを拓き、宙へ(ペル・アスペラ・アド・アストラ)!!」

 

 だが同じく、神祖も全身全霊で宝具を展開。脳より血涙を流して圧倒的悪夢をローマに叩き付ける所長に対し、彼は肺を本当に破裂させて真名を解放。血反吐と共に放たれた宝具が今度は上空に展開され、まるで天空都市ラピュタやバビロンの空中庭園のようにローマは浮かび、超次元暗黒より来る宇宙の巨石から地上のローマ全てを守った。

 しかし、無事に防げたのは最初の一石。数々と降り落ちる隕石は神祖の宝具(ローマ)へと衝突し、ローマの遥か上空にて宝具(ローマ)が破砕される音が轟き続ける。砕けた破片が金色の粒子になって地上のローマに降り落ちる。

 高が英霊(ニンゲン)一柱(ひとり)が持つ宝具―――だが、人間は不可能を可能にする。

 ローマこそ、その人間性の権化。神域を塗り潰し、人域を大陸に広げた人類繁栄の根底。それを始めた男にとって―――否、遥か天の宙へ挑んでこそ人類。母たる地球を揺り籠とする幼年期を、何時かは終わらせねばならない。

 ローマ。ローマ。ローマ。

 ローマなのだ。人間は、ローマであるのだ。

 ローマから神秘は駆逐され、だからこそ宇宙と言う神秘もまた挑んで倒す。

 

「―――ローォォォォオォォォォオオオオマ!!!」

 

 宝具、再誕。再度の解放によってローマは隕石に砕かれる度に再建築され、悪夢に浮かぶ超次元暗黒から呼ばれて墜ちる神秘が負ける。青褪めた火に燃える隕石がローマに当たって砕け散る。

 人間の可能性に、上位者(カミ)の神秘が敗北する光景。

 本当(ローマ)人間(エイユウ)に不可能はないのだと。宇宙の深淵も最後は暴かれて人智に堕ちるのだと。

 忍びと共に着地した所長は天に浮かぶ都市を見て、瞳ではなく己の心で"人間"を啓蒙した。

 何が此処までの奇跡を神祖に可能とさせるのか。答えは単純、所長が啓蒙された人間と言う生命。あるいは、その集合無意識を運営する阿頼耶識と言う抑止機構。

 ―――不可能を可能に。

 ―――非現実を現実に。

 偶然を最高の好機に呼び込む必然。まるで主人公を応援する物語のような御都合主義。

 数多の汎人類史に生きる人間共の意識によって後押しされた神祖が持つ、世界を捻じ曲げる絶対的運命力。

 

「人間共……っち、アッシュ・ワン。

 態々そこまでして人間を、私たちの人類史を、人類を利用して使い潰す気とはね」

 

「怨嗟の呪いさえ……越え、人の歴史となるならば……」

 

 本来なら並行世界の汎人類史から汎人類史に干渉するなど有り得ない。しかし、人理焼却と言う異常事態が起きた世界で古い獣と言う災害が重なり、その中で灰と言う暗い魂が穴となった。元より並行世界を自在に行き来する魂を持つ人間である故、その本人事態が世界同士を繋げる黒い孔となり、ダークリングはあらゆる世界のダークリングと繋がっている。

 他の汎人類史にも、灰は並行して存在する。

 その汎人類史から、人理焼却が起きた汎人類史に数多の灰が許せば干渉は可能。

 あるいは、だからこそ抑止力は影響し合う。枝分かれする世界の根を獣に貪られる未来を防ぐ為、世界一つを剪定する程度、余りに安い犠牲。

 一より、十。

 十より、億。

 億より、京。

 ローマが此処で勝てば、確実にそれ以上の人命が数多の世界が存続することで救われる。

 必然、宇宙に耐え得る霊基(ローマ)へと後押しされる。当然、全てを背負える神祖(ローマ)が冠位に選ばれる。

 これは―――その抑止力。

 人間である時点で、もはやどうにもならない集合無意識からの答え。

 故、最も悍ましきは灰。この現実を特異点に描き、人の世を獣から守ろうとするオルガマリーを、世界喰らいの獣として人間に狩り取らせる。だが最初から企てたのではない。あの女はレフがカルデアを爆破した後の、この短い時間で全てを練り上げたと言うこと。

 この絶望的結論を所長の思考が得た瞬間―――裏切り、その事実を瞳が啓蒙する。

 つまるところ、カルデアの敵は獣であり、オルガマリーの敵は獣を生み出す全ての者である。

 

「でもこれじゃあ、まさか……私たち……――」

 

 隕石から地上を守るローマは、正に輝ける星(コスモス)。人道の到達点を見たことで脳が拓き、宙へと直結する未来を観測してしまう。過去、現在、未来、全てのローマが彼女の演算回路に組み込まれる。

 即ち、世界に最初から裏切られていたのだとしたら。カルデアスが未来を観測出来なかったのが、これら全てに何も関係がないのだとしたら。

 剪定事象。それは世界を延命する為、世界を滅ぼす為の手段。

 他の世界を存続する為になら、己が世界を滅ぼす自発的自滅活動。

 絶滅。終焉。剪定。未来の在り方。根源に繋がる孔。そして魔法を得る事は許すも、この宇宙最後に残る未知たる宇宙の外側である根源は絶対禁忌。それを暴き、根源の内側にあるこの世界へと技術と知識を還元することは許されない。

 だから、この宇宙の外側から流れ来る魂を自在にするとは、ただそれだけで魔法足り得る技術。

 故にそれが当たり前な魂の楽園である灰の世界は、正しく禁忌の世界。そこから流れ出た神秘に汚染された地上の一部(テクスチャ)は、特異点と化すことも禁じられた隔離異界。

 

「―――意味が、ないじゃない?

 あの女と同じで救うんじゃなくて、救い続けないと一度救っただけじゃ……それじゃ、救う為に犠牲にする何もかもが無価値で……―――!!!」

 

 ドクン、と確かに獣性で彼女の心臓が高鳴った。

 一度、自覚すれば限りなく思考が深まる。世界は同じく事を幾度も繰り返す円環ではなく、似たようで違う事を繰り返す螺旋であり、だが底無しの深淵に堕ちる螺旋(ソレ)である故に。悪夢である彼女の思考もまた螺旋軌道で沈み続ける。

 

「それが、現実(ローマ)だ。オルガマリー・アニムスフィア」

 

 隕石全てを防ぎ砕いた神祖が眼前に降り立っていた。

 

「そして、未来(ローマ)を求める故の絶望こそ―――獣性(ローマ)である」

 

「だから、どうした。それが人間だと言うなら、それに失望することが出来て一人の人間だ。だから……だから……その心が、オルガマリー・アニムスフィアって言う人間性になるだけ。

 貴方が、此処以外全ての未来を背負ってるのも如何でも良い。

 抑止力が私の敵に回るのなら、運命も狩れば良い。

 私が人間を得て、それが獣性になって、抑止力の対象となって、貴様らがアラヤからの後押しを受ける要因の一つになるのだとしても!

 ―――私は、私だ!

 苦痛も、絶望も、私の意志だ!

 無数の死人の遺志が細胞みたいに集まったのが、私の正体なのだとしても……これは、夢から醒めてやっと得られた私の人間性なんだ!!」

 

「あぁ、それがお前だ。同時に、お前はお前だ。

 その意識体が数多の屍の魂から生じたのだとしても、お前は人に生まれ、人を獲たのだから」

 

 獣性は人より生じる。それに対する冠位も同じく、人に由来する防衛機構。世界の数だけ人類種が作る汎人類史は、まるで蟲毒の壺のようなマッチポンプ。滅びの原因を自分達で生み、それを殺す消毒剤を自分達の歴史から抽出する。

 オルガマリーの狩人として持つ獣性はより生々しい血液由来の性だが、灰の人間性が混ざり、そしてローマ特異点によって人理(ヒューマニティ)の獣性が坩堝のように融け合わさった。

 だが彼女は元より、自分の手で殺した死者の遺志の塊。

 血の獣性に混ざった灰の獣性が、理の獣性と相乗する。

 狩人とは人の世において、人を愛する心を持つ事が禁忌となる者共。だから古都から脱してはならず、未来永劫ずっと悪夢を彷徨い続けなければならない。

 ―――全ての獣性が、人より生じる。

 吐息が血腥い。眼球が充血し、獣血に瞳が蕩ける。

 何故、あの悪夢から解き放たれたのか……この獣性が恐らく真実だった。

 オルガマリーの意とは、完全なる聖母(Olga Marie)

 マリアとは、神の子の母親となる女性。

 あのゲールマンが偏執と愛情を向けたマリアのようにその本質は、オルガマリーもまた古都にて聖母に連なる狩人である。

 誰の仔を孕み、何者を産むのか。

 獣性とは母体たる人の血であり、神秘とは神たる者の宿り種。

 ならば、彼女は一体何の母となる神聖だったのか。あるいは、彼女を古都に呼んだ月の狩人は聖母を模した人形の、何の遺志を継がせてしまったのか。

 神の愛を受ける母体。そして愛無き者に獣の資格無し。だが超越的思索に獣性は邪魔となり、上位者はそれ故に赤子と言う愛を獣性持つ人間の女に向ける。それが必要なのに、獣性が嘗てはあった筈の上位者は、更なる思索を啓蒙された上位者で在る故に子を無くす。

 しかし、人間でも在る夢の狩人は例外。正しく、上位者の思索による希望。その果て、獣性と相克する啓蒙を人を脱する程に窮め、故に血に酔いながらも獣血に狂えぬオルガマリーであったが、このローマにて上位者の叡智を克する人の愚かさを手に入れた。

 そして、その獣性を克する為に啓蒙がより高まる。元より狩人にしてみれば、どちらも等価値な坩堝の如き血の螺旋。オルガマリーのより深き超次元暗黒と繋がり、素晴らしき宇宙的悪夢へと脳を拓けたのだ。それは冠位として覚醒した上で更なる二度目の覚醒をした神祖の宝具(ローマ)を砕ける程の、より超越的思索を以って次なる超次元を瞳は観測した。

 

「―――……そうね。皆、人間だもの」

 

 その上でオルガマリーはその真実を拓き、そして本気でそれだけでしかないのだと啓蒙された。それだけで良いのだと理解した。

 

「正体なんて下らない。貴方も私も、どこまで行っても人間じゃない。残酷な真実も所詮、明かしてしまえば唯の既知。

 誰にも救われる必要のないこの愚かさ―――あぁ、やっと分かったよ。

 これを私に与えた貴方達ローマに、今なら感謝して良い。だから宙を拓くローマの神秘、カルデアの所長として狩り終わらせましょう」

 

「あぁ。ならば、このローマを終わらせよう。そして、最期に人の力(ローマ)をお前たちに啓蒙しよう。

 星見の狩人と、その従僕よ。

 我がローマを墓に―――死に給え」

 










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