後、エルデンリングDLCの情報が出ましたね。楽しみです。
ビーストⅥ――堕落の可能性。ネロが至る人理の癌となった人間性。しかし、もはや灰の記録とダークソウルに汚染され、人類を亡ぼすための獣性など抱けない。
確かに、その堕落はあった。バビロンの淫婦となるべき宿業。それさえも、ネロに宿る暗い魂は貪ってしまった。
人類全体を愛する獣性―――人類悪。
ならば、人間性の最果てである呪われ灰に、あの火の簒奪者に、その人間性は火を焚く薪にしかならず、闇に溶ける人間性の一部分でしかない。しかし、それはとても良い事だった。
文明を滅ぼす為の獣性にして、人が克服した悪。その悪性情報は灰にとって有益であり、つまるところ獣性を浄化する嘗ての人々の願いもそれには含まれる。
大元は魂の為に殺すべき不滅――古い獣。
狩って殺せば、植生にも似たあの獣が死ぬわけではない。灰が知る古竜のような植物と鉱物を合わせた生態であるも、それより更に原始であり、ソウルと言う人間から生まれた魂のエーテルの坩堝。魔術師としてそれを観測すれば、独立した根源の渦がカタチを得て、魂を宿して生きている状態と言えた。それを滅ぼすとなれば、世界を作り上げる法則、あるいは因果や律と言う運命の創造者を殺す為の業が必要になった。
ネロはある時、その為の獣性だと自分を理解してしまった。このローマを暗く、黒く、より良く堕落させれば、人類を守るための人理におけるダークソウルが灰より産み出されるのだと。
焼き尽くすほど―――愛したい。
堕落の理に反転する彼女の繁栄。
だが、薬物で脳を破壊された皇帝のそれは、社会を制する権力によって冒涜となり、自身さえ蝕む狂気となって具現した。
皇帝たる自分の為――殺す。
妻も、親も、親戚も、恩師も、議員も、貴族も、民衆も、奴隷も、異教徒も、邪教徒も――殺した。
アレは狂っている――と、身内である程、彼女に近い程、皇帝が狂人であると正しく認識していた。
「しかし、それは些か我儘過ぎませんか?」
「……………そなた、は?」
「死ぬべきでしたね、貴女」
「クラウディア……」
「はい。貴女の中に、融かされていました」
ネロにローマの聖杯を齎した本当の元凶、宮廷魔術師シモン。人類史を閲覧した彼は擬似的な未来視を保有していたとも言え、ネロが母親に毒を盛られた事で精神が壊れ、狂気に堕ちることで手を下した凶行や狂乱の数々を予め知っていた。
それは母親の殺害から始まった最期までの、自殺に追い込まれるまでの転落劇。そしてクラウディア・オクタウィアとは、その母親が選んだネロの妻であり、最期は自害させられるまで追い込まれた皇帝による狂気の被害者である。
「差し詰め、
「―――……否。そなたに罪など、有り得んよ。
頭痛と狂気から解放された今なら、余もこの情熱を理解出来る。あの時の余は、正しく獣に他ならん。心を諸共に焼き尽くさねば、正しく愛せないなど。
突き進む情熱は堕落とは反対であるようで、だがあれでは愛に溺れる堕落そのものであった」
「繁栄ゆえの堕落。あるいは、堕落に溺れる繁栄。それが貴女と言う人獣の性でした。そして、私はそれに死を与えられた。
あの日、あの時、悪漢達に縄で縛り上げられ、ナイフで血管を切り開かれました。死因としては貴女と同じ……死んだ日も、本当なら同じ筈でした」
「そうだな……」
「ただ……そうでしね、恨み言はないのです。憎しみは勿論ありますが、私の気持ちを言の葉にして教える程の価値が、もう貴女には無い。
だって、どうせ―――……人は、死ぬ。
悲しかったし、辛かった。けど……けれど、それは人間にとって当たり前の絶望です」
「……分かっておる。余に、もう価値などない事は」
「だから、死ぬべきだったのですよ。そうすれば、こんな悲劇は起きなかったのに」
灰と言う人間。諸悪の元凶。あの女さえいなかれば、ただの特異点に過ぎなかったローマ。死んだと言うのに、憎み続ける事を沈んだ帝都の聖杯と言う
「どうしたいのです、ネロ?」
「更なる繁栄。永遠の……繁栄……だが―――」
「―――永遠は、停滞。正しく、堕落の為の繁栄になりましょう。
此処に来て、恨むばかりの私でも人の獣性を理解しました。死ななければならないとは、そう言う意味だったのです」
「それでも余は―――生きていたい。
この特異点、ローマに例外は許されぬ。特異点完成の暁、死した者にも蘇生を拒絶しようが魂に肉器を渡し、ワタシタチと同様に永遠を繁栄する人間として生き続ける。
……やがて、神だろうと魂が枯れる時が流れる。
神とて根源より生まれた故に、この星では不全に過ぎん。しかし、この星を生きる我ら人間は不全だろうと関係なく、完璧など無用な程、善悪を彼岸の彼方に追いやり、己が思う儘に生きる為に十分以上の膨大な人生の時間を受け入れ、幸福と不幸の二律が等価値に存在し続ける」
「私は繁栄なんて、要りません。永遠の命も要りません。このまま死んでいたい……」
「その諦めが魂を殺すのだ。余は人々が皆、灰の女神のように絶望の運命を不幸だと思わぬ絶対の価値基準……自己のみで完結した魂に至れると思うのだ。
それと逆となる、助け合い、尊び合い、高め合う黄金の精神性。人間を上位存在に強制的に進化させれば、それこそ神とすれば、貶め合う事もなく、貪り合う事もなく、そう在って永遠に幸福に生存も可能かもしれん。しかし、悪を知りながら完全な善性で永遠に在り続けるなど、余は許せん。
退廃と堕落も、自滅する程の邪悪な蒙昧も、人が個人個人の魂で克服すべき課題。それを捨てることが大事ではなく、如何に在ろうかと苦悩した果てに……その捨て方を悟ることが、あるいは捨てる必要がないとも悟ることが、人間性であるのだろう。
一人で生きられるのなら、永遠の人生など取るに足りん。
苦しみから解脱し、輪廻の環も魂に不要となる。現にそう在ることを悟る聖者が人間からこの世で唯一人、たった一人だけではあるが、嘗ての世に生まれているのだ」
「あの女は、そんな悟りからは余りに程遠い。それが分からない貴女ではないでしょう?」
灰の心は聖者の悟りと呼べるものではない。しかし、不死の悟りを得ているのは事実。輪廻と死を否定する永遠として、灰は完結した魂に至っている。終わりを迎え、そのままに生き続け、前に進み続けている。
「あぁ、分かっておる。分かっておるとも。魂の救いから程遠いことなど、知っておる。だが、人が永遠の苦しみから脱するにはそれだけしか許されぬ。
だが人間が皆、灰のように在れば良いと……永遠の帝国で人間が永遠に繁栄するには、この矛盾を取るに足りない障害とする人間性が絶対的に必要だ。
余が、無理矢理に進化させては意味が無いのだ。人がひとりひとり、希望が枯れた絶望の果てに辿り着き、それでも自由にして不動の、それぞれの魂が自分を絶対とする価値基準を手に入れる」
「その為の地獄ですか。何とも、如何でも良い話ですね」
「……そう、だろうな。如何でも良いことだ。永遠を生きられる者だけが、永遠に繁栄するだけだろう。故に、その試練と好機だけは平等に与えたい。
無理な者は無理だったと、自分を喪い、心無い亡者として苦しみのない永遠を生きるだけである」
「そうですね。そう言う世界になれば、時間だけは沢山あります。やがて、必ず永遠に生きる人間の為の永遠のローマは建国されましょう。
不死に適応した人間全員が、あの灰と言う者と同様の、究極の人間性に何時かは絶対に辿り着いてしまいます。私には絶対に不可能で、必ず救いの死を求め、それでも永遠に死ねず、苦しみを理解出来ない亡者と言う自意識の死を選ぶことですね」
「苦しみのない楽な道を正解とするのは、繁栄ではない。故に楽園へ至る神の道は、人間にとって何一つ意味はない。苦悩からの解放を求める仏の悟りもまた同じことだ。人に堕落する自由を許さぬのなら、それは運命に敗北し続ける奴隷の人生でしかない。
もうこれ以上、苦しむ余地が無い程に苦しみ抜き、永遠の時間を魂が何も感じぬ程に苦しみ果て、人間は自分と言う人間性を永劫の彼方で獲得する。不死の悟りとはそれであった。彼女が竜の道を通じて得た所感であったがな」
「だから、本当に貴女も灰も―――死ねば、良かったんですよ」
「そうだな。確かに、死ねれば灰も、灰で在ることもなかったのだろうな。余に死なぬ永劫の人間性を啓蒙することもなく、このローマ特異点も地獄となることもなかった。
自害した後、苦しみの中で死を受け入れ、生きたいと余が灰に願わなければ、皆もこのローマと言う地獄にソウルが堕ちる事もなかった」
暗帝が灰から聞いた葦名特異点の様子。それが、正にその様。そこに集った数多の灰は、例外無く全員がその在り方を得た強き魂の化身たち。
だから、強き魂に至れる者だけが永遠となれば良い。ローマ帝国の永久民は"人間”と"亡者”に分けられる。貴族も市民も奴隷もなく、永遠に生きる苦しみを苦しむ必要のない魂に自己進化すれば良い。
「――人理における人類愛は、人類悪に反転する癌となる可能性を持つ細胞です。貴女に永遠の愛を無償で与えたあの人間は、その仕組み全てを既に分かっています。地獄に落ちてナニモワカラズ絶望する私は、その女に人理に飼われる人の個別の意識が集合し何故、どうして集合無意識となって数多の人類史をカタチ造るのか、啓蒙されたのです。その所為で、私と言う歴史における役割を教えられました。
未来への希望と愛が、憐憫の悪に。
誕生する命への愛が、回帰の悪に。
個の尊厳を守る愛が、快楽の悪に。
争いを否定する愛が、比較の悪に。
人の繁栄を喜ぶ愛が、堕落の悪に。
まだ愛の一つとして今は眠る悪も、あの女は連座して覚醒する者たちとして解しているかもしれません。
そして、人類悪が人類愛にまた反転することも、灰の女は理解していましょう。やがて比較の獣が人を救う愛を得て、あの少女のために悪として目覚めるべき今の自己を捧げるように」
「そこまでは、あの人の予定調和か……」
「いえ。何処までも予定通りです。古い獣を狩るために、時間軸を未来にズラした平行世界を観測していましたから。
宝石剣、でしたか。あれ、葦名で原始結晶より複製してました。使い捨てみたいでしたけど。
とは言え、古い獣狩りをする平行世界は此処一つだけらしいです。この世界の未来の、灰が関わる特異点での未来は観測不可領域とかで、結末は決まっていません。
此処の今を生きる個人の魂の儘、取りました選択肢によって決まり、終わらなければ確定した現実にはならないようです」
「しかし、続く人類史の可能性は把握しておると。ならば、カルデアが獣に勝つ可能性は存在し、また負ける可能性も大いにある。
故に、人が人を滅ぼす悪を倒すのも不可能に非ず。そして、悪が善になる未来もまた同様か」
「人間性とは、可能性です。善くも悪くも、人理に縛られた行動に価値はありません。それを軸に悪として動いては、人類史を悦ばせる舞台装置となります。
悪だろうと、人の為の悪に忠実に存在するなど、憐れではありませんか?」
夢見心地だった暗帝は、眼前の女が誰なのか分かり始める。今の段階で分かるのは、こんなことを理知的に話す女ではなかったということ。
「―――そなた、本当にクラウディアなのか……?」
「はい。そして、ローマそのものでもあります。聖杯内部に貯蔵された人格を使い、その人にしているので、しかりと本人の意識体でもあります」
「聖杯が被った
「えぇ、ローマが為した人類の罪。それの一つを仮面とし、私は私として此処に在ります。
そんな贄達を底の無い孔へ積み、私は灰に染まるソウルも積まれた此処で、私の魂が如何に矮小で、私の苦しみに満ちた死がどうしようもない事と知り、この死に様が人類史にとって何の価値もない悲しみと言うことも知りました」
「……ふ。余も、同様か」
「いえ。人類にとって、人の魂は平等ではありません。その魂に価値があるものだけが、その人生を特別なものとして情報が記録されます。
良かったですね、貴女。永遠に魂が死ねません。
こんなことをしなくても、元々貴女は人類の中で存在し続ける運命を得ていましたよ?」
「しかし、余はもう死ねん―――」
「―――はい。もう死ねませんね。
この平行世界の記録は座に送られるかもしれませんが、貴女自身の魂……人間ネロは英霊ネロ・クラウディウスとして融わさることが許されません」
ネロであった筈の
燃え上がる―――憎悪の愛。
死に対する絶望。死ぬしかない運命への反逆心。
憎い程、暗く燃える情念。堕落には程遠い自分の魂ごと人類を焼き尽くす心。
―――否。そうではないと彼女は思う。自分のあの情熱は確かに消えたが、それは憎悪に転じたのではなく、融け合わさったから。
堕落と情熱。溺れるような失楽園。どちらでも在る愛の坩堝。
情熱的な堕落も良いのだ。同時に堕落する情熱も良いのだろうと。
「故、暗帝。あの灰が、余を微笑んだ理由が分かった」
「人も、畜生の一つでしたから。この星で霊長となっただけの、動植物の一つです」
「そうよな。余は今も人で良く、獣でも良い。情熱も堕落も区別なく、思う儘に生きれば―――暗帝を名乗るネロとなろう」
「はい。貴女はそう生きて、死に続けて下さい。永遠を愉しみ、終わり無き苦悶に震え続けて下さい。
悟りを得て―――地獄に、堕ちろ。
誰からの許しなく、贖罪も捨て、永久の果てまで罪を積み重ね続けなさい。
許されない事が、貴女が得られる唯一の許しです。あの灰と同じく、あの悪魔と同じく、貴女はそう在り続けるしか許されない」
「―――生き続けるとは、正にその在り方。
ありがとう。余の想い人、クラウディア・オクタウィア。そなたの
「えぇ……分かって頂けるなら、それで」
この特異点の勝ち負けにもう意味はない。未来はどう足掻いても続いて逝く。
それは希望でも絶望でもなく、それが当たり前な日常と成り果てる。灰と悪魔と同じ感性に変貌し、暗帝は救いを不要とする人間となることだろう。
最悪の気分。これ以上ない程の、失楽。暗帝と対するネロは、暗帝の心象が流れ込み、その苦悩と絶望に自分が侵食される実感を得る。
何と言う―――
ここまで成り果てる自分の形を視た英霊ネロは、灰と言う"人間”に慄いた。
暗い魂の血。いや、それは最初の火で焦げた灰に流れる暗い魂の血。瞳から流れ落ちる灰の黒い涙は、首から血を流して死ぬネロに輸血され、ネロは暗帝となってしまった。魂をネロの儘に、人間性の究極へと造り変えられ、まるで生前の魂を素材として英霊の魂と言う情報に産み変わるような転生を経ているのであれば、もはや根本からして救いようがない在り様だ。
それら全て、計画通りなのだとしたら。
抑止力の働きさえも、予定通りの障害だとしたら。
此方側が勝つ事が、そもそも敵の思う壺であるならば。
ビーストとすら呼べない人の化身となった生前の自分自身は正に悪夢。ネロは自分のソウルを移植された
「だからと……――諦めて、たまるものかァッ!!!」
ネロは空を見上げる。上空には暗帝が招来した百以上の人間性の
ならば走るのみ。ネロは剣を手に、
「―――温いわ!!」
その勢いを暗帝は
空中で撒かれる鮮血の雨。後、数センチ深い傷ならば、血だけでなく五臓六腑を撒き散らす所。しかし、ネロは生命力を消費することで肉体を形だけは直ぐ様に治し、
「終わらぬ世界。終わらぬ繁栄。堕落なき永遠に続く新人類の人理。このローマに、永久の時代が有らんことを――――!
座へ逃げ込んだ亡霊風情が、今を生きる我らの未来を奪うで無いわッ!!」
混ざる、交ざる、雑ざる―――
蛇の下劣な策謀で深淵の眠りを暴かれ、神殺しの不死に魂を砕かれた古い人。最後は闇に敗北して深淵の一部となり、不死の英雄に討ち取られた狼の騎士。神の下僕として殺戮の使命に生き、だが最後は自分で決めた自分の使命に殉じた人間の奴隷騎士。
そして、地獄に堕ちた全てのローマが彼女である。聖杯と繋がる彼女はローマの杯であり、ローマの燃え殻である灰でもある。
「暗帝、ネロ……」
ブーディカはその信念を聞き、憎悪をより昂らせた。殺せ。狩れ。滅ぼせ。死なせろ。命を奪うのだ。その意志に獣性が融けた。それ即ち、啓示――人が導く抑止の選択。
神さえ、そも運営される側の知性体。この世において、霊長の意思決定が運命である。それは人理の
そんな
では、このローマにて――獣は誰か?
冠位と言う役割以前に、獣を殺さねばならないのは誰なのか?
抑止力。神通力。神秘。神託。啓示。啓蒙。接続。
呼び方は何でも良く――全て、人の魂を人外に狂わせる力。あるいは、
「もう、良い……良いんだ、ネロ」
皆を救わねばならない―――そんな、憎悪に混ざった抑止力からの強迫観念。抑止として召喚されたサーヴァントならば、その使命感こそ召喚理由として納得するべきなのかもしれない。だが彼女は今を生き足掻く人間だ。ただの家族をローマによって皆殺しにされただけの妻であり、母親であり、亡国の女王だった。
そんな者に、人を救えと力と共に焼却された人々の遺志が溶け混ざる。
赦せないのだ―――その仕組みを、暗帝は。
自分と言う人生の終わり方を、自分が産まれた時から運命が定まっているこの人類史が悍ましい。救われたいと言う善性の祈りが、人類社会から獣性を産む源だった。
「ならば、死ね。貴様を置き去り、余は足掻き続ける。果てまで
目に見えぬ抑止の器にされるなど、同じ人間と言う同族である故に、運命が決められた人形になるものか!!」
何もかもが許せない。運命そのものを壊したい。人が、その個人の魂が、集合無意識から解放された世界こそ、暗帝が寵愛する箱庭だ。
解脱ならざる運命と輪廻の破壊。人間は繋がり合うことで個の人生に価値を与え、故に最初から全てが仕組まれた因果律であり、その世界自体に縛られて魂が元の星幽界へと帰還する。抑止と言う見えざる幻視の器にされた者など、その最たる哀れな人間の犠牲者だ。
灰は、本当に知るべきではない視点を暗帝に教えてしまった。
人間が持つ同じ人間に対する憤りと嘆き。失意と失望と、蒙昧と絶望。
こんな世界なら、最初からそもそも生まれたくなかった―――と、最期にそう希望する人々。そして、そんな世界を維持する為に生け贄となる人々の魂が、そう思って命を失う連続が歴史。
未来が決まっているのなら、希望に価値が生じる訳がない。
ならば―――死に、意味がない事になってしまう。あれほど辛く、悲しいのに、今まで子孫を残して人類史を紡いで来た命達の終わりに、終わるべくして終わっただけだと結論される世界の在り様。
「人間は、何時か変わらねばならん―――!
今この時にでも、出来るのなら進化すべきである!!」
魂の儘に―――
「余は、あの死が無価値だったと認めたくないのだ!!」
―――
彼女はもう死んだ。人類史におけるネロは自害によって終わった。暗帝は今を生きているが、それは一度死んだ故の特異点が見る悪夢。
心臓が動いている奇跡。苦しむ事が生きている実感。
この特異点が大罪と認識する正常な意識を持ち、だがそれでもとこれからを生きる人類の魂にとって‟より良い未来"の為には必要な事業。
正しく、獣性。人間性の一側面。
灰のような自分の魂の為だけの正義ではなく、他の魂の為の正義。
何もかもが自由な未来。生死からも、罪業からも、魂が解き放たれた
それが灰―――暗帝にとって彼女こそ運命の女神。人が皆、永遠を苦しめる魂の強さを得れば、あらゆる災厄と悲劇に満ちる絶望の世界になろうとも人間は‟人間”で在り続けられる。
灰で在れ。火で在れ。闇で在れ。
どんな世界だろうと関係ない魂となれば、きっとあらゆる世界が楽園になる。世界の在り様に関係なく、在りの儘に人生を謳歌出来る。その為にはまずその強さを得られる人間の
暗帝が寵愛する箱庭―――それが、この特異点が進化する姿だった。
同時に、その最初の人間が今の暗帝の始まりだった。だが尚も魂が死ねば終わる不完全な不老不死。
「故にカルデアよ、此処に運命を収束させよう!!」
闇の姿となった暗帝は血に染まる怨念を纏う。血肉の外套となり、青白い雷雲が彼女の周囲に帯電する。
諦めてはならない。諦めて、なるものか。
暗帝のそんな強い想いに魂が応える。人間性は進化する。人の想いに刺激され、人の魂に相応しい形を与える底無しの奈落と同じ可能性である。
「暗帝ぃいい――――!!」
全人類を進化させる為に、全人類の魂を地獄に落とそうとする生前の自分へ、ネロは強烈な怒りと共に叫び声を上げた。だがやはりと言うべきか、灰の人間性と同じくネロの想いに
衝動の儘にネロは右腕を地面に叩き付け―――火の嵐がローマを砕いて吹き荒れる。
火の柱は神竜の吐息に匹敵し、灰や悪魔と同様に魂を焼き殺す業炎。地面を魔力の溶岩地帯に変える攻撃を、暗帝は外套を翻して空を飛んで回避。火柱も隙間を縫うように飛翔し、ローマ市民のソウルを纏った黒い片刃呪剣を振り下ろす。
「させ、ません……!」
怨念の爆裂と深淵の加重による一斬。咄嗟に合間に入り込むマシュ。だが例え、どんな凶悪な攻撃も受け止める強靭な体幹と威力を流し逸らす技術を持つ
もはや、マスターを守るカルデアのサーヴァントは彼女唯一人。
清姫とエミヤは霊体の限界を超え、身動き一つ出来ず、呪文一つ唱えられず、藤丸がカルデアへ霊基が崩壊する前に退去させている。
「―――ぉぉおおおぁあああああああああああああ!!!」
左腕がこの時程、マシュは義手で良かったと思った事はない。生身の右腕の骨はもう粉々となり、筋肉繊維はミンチ状態に等しく、魔力防御をギブス代わりに使って無理矢理に腕の形へと固定しているに過ぎない。肉体の治癒を行おうとも、霊体さえも魔力の余波で砕く暗帝の攻撃により、腕を治した所で肉体は霊体へ引き摺られて怪我をした状態へと修正力によって逆戻りしてしまう。だが、義手にそんな作用は及ばない。この機械義手はマシュの霊体と肉体に繋がった一個の兵器。
マシュは十字盾を両手で持ち、何とか骨を砕かれながらも耐え―――即座、連撃にて体幹を崩された。
そのまま首を握り締められる。遠慮のない暗帝は頸の骨を折るどころか、首を握り断つ握力を発揮するが、魔力防御によって首を守ることで千切れる事はない。
「……っ、っぁ―――」
枯れた音。まだ何とか呻き声を上げるスペースが気管にあるだけで満足に呼吸は出来ず、マシュの顔色は一瞬で死体のように青褪めた。
そして、本来なら神経も魔力と握力で締められることで気絶する筈だが、それも咄嗟の判断で魔力防御によって身を守り、しかしその防御を侵食する形で暗帝の暗い魔力がマシュの霊体を汚染する。彼女の体と魂が重く鈍って動けなくなってしまった。
「マシュ……!!」
簡易召喚した
とは言え、まだ終わらない。純朴な少女を肉盾にして人を殺す暗帝へ、漆黒の怒りを向ける女が二人いる。
ブーディカとネロは左右から迫り、暗帝は怨念の
始まりの古い人と、終わりの奴隷騎士。
深淵に敗れた神の狼騎士から続く剣技。
暗帝に迫った二人は弾き飛ばされた上で雷撃を受け、深淵の泥が魂に汚染された。
「狙い目、ですッ――」
だが知らぬ者よ、マシュこそカルデアの盾にして矛。その義手は生身に非ず、魂が宿る肉の器ではない。全身を深淵の怨念に囚われようが、兵器が人を殺すのに問題無し。
魔力防御の作用を反転させた奥の手―――アサルト・アーマーを
一時的に魔力放出スキルを超えた爆裂がマシュを中心に引き起こされ、悪魔や灰が放つ神の怒りに似た攻撃を可能とした。そして魔力防御反転術式の破壊力は宝具級であり、至近距離で直撃した暗帝は四肢と胴体が砕ける程の衝撃を受けた。
「―――ヌゥ……っ!
この段階まで隠しておるか、邪悪なるカルデアが!?」
致命的な肉体損壊。頭蓋骨が割れ、脳が垂れ落ちるが不死故に問題はない。だが狙い目となるのは事実であり、隙を晒すことになる。
ならば、と暗帝は宝具を即座展開。真名も唱えず、思うだけで黄金劇場を作り上げ、強化された回復能力で自分を癒し、ステータスの能力向上を実行。
「―――
それと同じく、ネロは真名を唱えた。暗帝の劇場とネロの劇場が混ざり、蕩け合い、同時に同じ空間に同一の建築物が魔力で具現した事により意味消失が引き起こる。
「そなた達、良いな。後は―――任せた!!」
「待って、ネロ……!?」
此処だけが好機。マシュの捨て身を無駄にすれば、巻き返されるのが必然。最初から決死を覚悟したネロは悪魔の腕に己が霊基全てを捧げ、自己犠牲の人間性によって更なる神秘を己が内側から引き摺り出した。そして崩壊した劇場の残滓を全てネロは己がソウルに吸い込み、それらをまた更に悪魔の腕に流し落とす。
その後ろ姿に、ブーディカは思わず叫んだ。
もはやネロは破裂する腕を抑え込むだけの爆弾―――死ぬ。
死にたくない、と希う生前の自分。そんな暗帝を死なせる為、英霊ネロはこれより死ぬ。
「貴様は此処で死ね、暗帝!!!」
「諦めて、堪るものかぁっ!!!」
衝突する皇帝二人。交じ合わぬ剣閃一筋。ネロは
そのまま悪魔の腕で、暗帝の頭部を鷲掴む。
刹那――吸魂を行う。暗帝の霊魂を貪ることで破裂寸前の腕に、更なるソウルを注いで臨界点を一瞬で超過。
直後――神の怒りを叩き込む。自分を中心安全圏にした獸の奇跡ではなく、凝固した衝撃波を暗帝の頭蓋骨の内側から解き放った。
瞬間――暗帝は脳内から爆散した。即ち、その衝撃波をまともに至近距離から受けたネロもまた、肉片にバラけて四散してしまった。
「―――――っ」
魂が、完膚なきまでに破壊された。灰の業を継ぐ不死として未完の暗帝は、そのソウルと肉体を蘇生する機能が不全状態となる。だが、そんな程度で不死性を抹消出きる訳もなく、一日分の時間があれば魂は元に戻り、この世に実体を得て帰還する。
即ち死ねば、暗帝はもうカルデアによる特異点崩壊を――防げない。
脳ごと魂の内側から爆破されたとなれば、流石に蘇生には時差が生じてしまう。何よりその一撃で、暗帝の中にいた宮廷魔術師シモンのソウルは完全に吹き飛ばされた。
もはや暗帝が持つ不死性が機能不全を起こしていた。写し身たるブーディカが特異点に存在すれば、ソウルを共有する暗帝は即座に蘇る筈なのに、その核となるシモンはマシュによって破砕された。そして身動きが取れる万全の状態からは程遠い。もうこれより死ぬことは許されず、暗帝の死は特異点の死に直結しよう。
「命を、無駄にしおってぇぇぇえええ!!!」
憎悪を雄叫びに変え、聞いた者の意識を奪う殺気が空間を押し潰す。並の人間ならそのまま物理的に心停止を起こす重圧であり、ソウルが
好機を決して―――見逃さない。
此処で叩き込まなければ、生き残れないと見抜く。
ネロが死んだ現実を理解しつつ、眼前の事実も彼は理解していた。
「マシュ、突貫……!」
「はい、マスター!!」
一撃必殺。その浪漫を体現する為の狂気―――火薬庫思想、
所長命名、パイルハンマー。銃字盾に仕込まれたカルデア式仕掛け武器の一つであり、あるいは頭が狂ったとしか思えない対物近接戦闘兵器。
即座、駆け寄りながら盾から武器を展開。砕けた四肢を魔力防御をギブスに応用している様に、マシュは自分を地面に固定し、杭が放たれる砲門を暗帝の胸部に押し当てた。
まだ足が蘇生しきれていない暗帝は動けず―――直撃。
ダイナマイトの爆発に似た轟音が響き、杭に仕込まれた感覚麻痺の効果が具現。肉体が治癒・蘇生しようとする意識の働きを阻害する呪いと共に、魂が生きようとする意志そのものを撃ち砕く狩人の概念武装として機能。
「―――ガ……ッ!!」
風穴が空いただけに止まらず、暗帝は胸元から肉体が破裂して吹き飛ばされる。サーヴァントとして魂が保有する霊基が打ち砕かれ、ソウルも生身を剥き出しとする状態に陥る。
即ち―――人間である。
藤丸と全く同じ唯の人間に成り落ちた。
しかし、動く。動くのならば、瞬間的には無理だが肉体を復元することは出来る。流石にこの状態での追撃はなく、確実に殺す為の追い打ちをマシュとブーディカは出来る状態ではない。
足掻け―――と、神経から肉体に電気信号を脳より送り込む。
諦めるな―――と、思考回路が全身全霊で肉体を動かそうと暴走する。
「な――――」
もう動くな―――と、藤丸が渾身の力で手を銃の形を模し、魔術礼装によってガンドを撃ち放った。
「――――にぃぃい!!?」
痺れ固まる肉体。もはや人間となった暗帝に、カルデア式ガンドの硬直から逃れる道理はない。
「ネロォオォオオオオオ!!!」
「ぬぅぅ……ブーディカ!!?」
首を狙って迫る払い切りを、偶然にも力が入らない足の御蔭か、暗帝は転ぶ事で奇跡的に回避した。しかし、ガンドによる痺れは続き、転んだ後への逆転の為の戦術に動けない。その上、転んだ際、暗帝にとって幸運にも蹴り上がった足がブーディカの剣を持つ右腕に当たり、剣が転げ落ちた。
結果、ブーディカは即座に首を
藤丸のガンドはまだ効いており、暗帝は動くことが出来ず、また人間に戻ったことでサーヴァント体と違って窒息で死ぬ。
だが動かない肉体に高圧電流を流し込む暴挙に等しい程の、己が魔力を強引に肉体へと流し込み、意識で全身を強引に支配し―――心停止が起きる。当たり前の実害。とは言え、脳はまだ機能する。脳で心臓に魔力を叩き込んで鼓動する。
即座、反撃。暗帝は右手の親指以外を曲げ丸め、ブーディカの喉仏を強打。反射的に噎せ、吐血し、首を絞める手を緩める―――と、普通なら考える。しかし、固定したようにブーディカの手は離れず、更に握力が増して暗帝を殺しに掛る。
ならば、と二度、三度、四度と首を殴り折る威力で叩き込む。
それで尚、ブーディカは暗帝を殺す為に死力を尽くし、血反吐を吐きながら握り強める。滝の様に口から血が流れ落ち、下に居る暗帝の顔に垂れ流れた。
「死んで、もうネロ……!」
グギ、と音がなった。
「―――ぁ……」
そして、暗帝は動かなくなった。後一打で恐らく、ブーディカは死んでいた。後一歩のところで、暗帝は今度こそ息絶えた。彼女はゆっくりと暗帝の首から手を離し、五秒後に死ぬ命を見下ろした。
もう暗帝の体は動かない。人殺しの為に殴るなど以ての外。だが一息分だけの余力はあった。人生最後の一呼吸だけ、自分を殺した相手に呪詛を残す力だけが残っていた。
「……死にたくないなぁ」
そう呟いた後、暗帝は目を開けた儘、蘇る神秘もなく脳が死に絶えて逝った。
「……‥…‥‥……‥……………‥‥…………――終わった、の?」
もう自分が一時間も生きる命がない自覚を持ちながら、ブーディカは希望を祈った。死んで欲しい。これでもう死んで、二度と起き上がらないで欲しい。
デーモンに、その希望を届いてしまった。
絶望を焚べようと希望は燃え上がらない。
それは火の無い灰と言う燃え殻の人間が、
暗帝は当たり前の様に再起動する。
不死の裏の仕組んだ不死性を隠し蓑に、この羅馬由来の悪魔的不死が具現した。
「フ―――ふは、ふはははははははははははははははははは!!!!!」
混沌。不死足る者。人間性のデーモン。
「何だこれは―――これが、こんな様が余か、人間か!?
どうすれば此処まで、何故こうまでして、魂が強くなり続けると言うのだ!!」
死ななかったし、死ねなかった。ネロによる神の怒りをソウルへと直接埋め込められて爆ぜ、カルデアのパイルハンマーで霊核を撃ち砕かれたと言うのに、灰が暗帝へ祈り与えた不死性は砕けない。
―――狂おしい。魂が死ねなくなるとは、この様だ。
幾度も蘇る不死性そのものの重ね掛け。しかし、根源からこの宇宙への祝福とも言える魂は、物体を知的生命体化する根源側の落とし仔であり、それを自在とする灰は神と言うルールからも外れている。そして暗帝の魂は此処に来て、更なるソウルの化身と成りて変貌した。
情熱の炎とは、愛を求める渇望の焔。
芸術の美とは、人間を愛す魂の偏執。
憎悪の澱とは、裏切られた善性の牙。
暗帝の魂は燃え上がる。混沌より魂を薪にして、悪魔となって焼かれ生きた。
「―――何だ……暗帝、そんなことか」
だからか、
殺せない。だが一時の死であれば―――可能。
何故、デーモンとなって蘇れたのか。それを分かった彼女の行動は迅速、且つ的確。その上、葛藤が生じない為、一切の迷いなく死ねた。取り込まれる前に、あるいは取り込もうと敵が勘付く前に―――心臓の鼓動を、停止した。
マシュと藤丸が絶望して思考停止する暇も無く、彼女の即断即決は悲しい程に速かった。
「――――」
そして、暗帝もブーディカに連動して心臓が止まるのを感じ取れた。暗帝はラインを通じた人間性―――即ち、ローマを憎む女王の復讐心を核とするデーモンと化していた。
ローマが憎い。殺したい。皆殺しにしたくて堪らない。打ち砕き、斬り突き、焼き払う。
罪には罰を与えなければならない義務と、仇を取らなければならない人間としての責務。
ブーディカは―――許したのだ。家族を辱めたローマの罪ではなく、この特異点で永続させられるローマに死の安らぎを与える為、己が死で以ってローマの原罪を肩代わりした。
「余を―――許すなッ!!?」
灰のソウルから学んだ奇跡、放つ回復を暗帝は撃った。当たれば肉体の損傷は当然だが、魂が砕ける寸前だろうと死からは治癒する本当の
暗帝は、此処までするブーディカを理解出来なかった。
憎しみだけで戦う女が、憎む相手を最後は憐れみ、自分達を犯した罪を相手から禊ぐ為に死の罰を良しとする等と。
「もう、終わりにしよう」
ブーディカは己が心臓を剣で突き刺し、霊核と魂を刀身に宿らせた。赤い命の血が光り輝き、ローマに対する憎悪と憐憫が漏れ溢れ、暗帝のソウルを清め払わんと突き進んだ。
そして、その攻防は実にあっさりとした最後だった。
心臓から力を得た彼女の剣は暗帝の心臓を突き、そのままブーディカのソウルを解き放ち、暗帝の魂を破砕した。
「何だ。そなた、とっくに疲れておったのだな……」
「そうだよ。アタシはさ、ローマを憎まないともう走れなかった……だけど。これでやっと、安心して死ねる。
キミを殺せれば、もうそれだけで良かったんだ。この憎悪に勝てれば、良かった。負けない為に、ローマへの憎悪を燃やし続けたんだ……」
剣の柄から手を離し、ブーディカは後ろにいるマシュと藤丸へ振り返った。彼女には言わなければならない感謝があり、離別を確かにしなければならない責任があった。
「だから……ありがとう。カルデアのみんな、さよなら」
肉体が灰となる。細胞一つ残さず焼き尽くし、死体も残らない程に生命力を薪にした。ブーディカは装備品だけを特異点の現世に残し、空へ舞い上がって消滅した。
―――仲間の死。涙が流れる事もなく、感情が今に追い付かない。
カルデアの二人が灰となる屍を言葉なく見届け、暗帝もそんな女王の死を見届け―――死んだ。肉体から魂が離れ、最低でも一日以上は蘇らず、彼女は死に続けることだろう。
「これで……わたしたち、勝ったのですか。先輩?」
感情が湧くまでマシュは何時までも屍を見続けた。終わった実感と、暗い達成感が脳に満ちた彼女は、自分と同じ様に死体を見続ける藤丸へ、独り言のように茫然とした表情で話し掛ける。
「………………」
「先輩?」
「勝った……けど、だけど……俺は――」
勝った者が正義で、負けた者が悪。日本人の藤丸は、そんな言葉を聞いた事がある。しかし社会を営む人間性の本質がそうならば、そこには法も秩序もない暴力だけが支配する世の中となるだろう。
いや結局、正義にも悪にも暴力だけが平等なのかもしれない。
そして藤丸は自分が、人理を救う為の正義と言う名の悪行を為した自覚を得た。
死にたくないと生き足掻く人間を殺すべき悪と決めて戦い、憎悪を忘却して安らぎたい本心こそを忘れさせてカルデアの為に戦ってくれた人間を犠牲にして勝利した。
「―――オレは、こんな戦いを後……」
オルガマリー所長が居れば、"それが人間として戦うと言う事よ”と言うだろうと藤丸は考え、この葛藤からは死ぬまで逃げられないだろうと彼なりに理解した。
ぱちぱちぱち、と称賛の拍手。
隠す気がない気配を感じ、二人は背後へと振り返る。
「特異点の破壊、おめでとうございます。
そして―――世界の為の人殺し、実にお疲れ様でした。マスター、藤丸立香。デミ・ザ―ヴァント、マシュ・キリエライト。
その気持ち、私はとても良く理解出来ますとも。
戦うしかなく、ただ殺す以外に何も出来ない自分と、そうとしか在れない世界への葛藤ですね。
酷い責務を背負わされ、可哀想に。とてもお疲れと見えます。カルデアに帰りました後、ドクター・ロマンを良く頼り、メンタルをケアして貰うのが最善でしょうかねぇ……ふふふ」
万人に優し気な菩薩の微笑みを浮かべ、灰が其処に立っていた。無傷であり、装備も傷付いておらず、疲れ切った二人とは反対称的に万全の状態で、世界をフランスと同じく救ったカルデアを称賛していた。
「これで、もう大丈夫でしょう。貴方達二人のソウル、それが強さによって手繰り寄せる因果律は確定しました。
後五つの特異点、問題無く解決可能な魂の奇跡を得られました。
黒幕を打ち倒す為の因果を揃える運命も、これより自然と手に入りましょう。
運命を掴む魂の運命力がなければいけませんが、人間性に溢れた私の特異点はソウルを鍛えるのにとても有益でしから……えぇ、安心して足掻き、走り、戦い続けて下さいね。星の為の獣狩りも、頑張って下さいね。
そして世界とは悲劇であり、今のお二人の強き人間性でありましたが、後に続く地獄もまた大丈夫でしょう」
「……………何を、言っているのですか。アッシュ・ワン?」
「マシュさん。優れた脳を持つように作られた人造人間である貴女なら、私の親切心を理解していましょう。そして、その理解を拒みたいと希う貴女の心を私は理解しています。
犠牲者一人も出さず、誰の魂も世界から失われず、程良い試練の場をカルデアの為にも作りました。無論、この惨劇は私の為でもありますが、貴女方にとっても非常に有益な特異点でしたでしょう?
とは言え、その遣り方が一番、人間性を貴ぶ私にとって正しかっただけの話です。
なので出来れば―――私だけを、恨んで戦い続けて欲しいのです。
自分勝手な理屈で理不尽な試練を善意で施される程、人間は殺意に塗れる感情を抱くものです。嘗て神代、神から人代を簒奪しようとした幾人もの人王達もきっと、貴女達が私に対して覚えるような激情を支配者気取りの詐欺師に覚えた事でしょう」
「―――――ッ」
カルデアの銃字盾から機関銃を激情の儘にマシュは連射。しかし、灰が思考速度で魔術を展開。人間性の暗い遮断膜である
だが敢えて、灰はマシュの体を掠めるように反射弾幕を外す。しかし一発だけ彼女の義手を狙って当て、その威力で彼女の肉体を傷付けずに吹き飛ばした。
「マシュ―――!?」
「おっと藤丸さん、いけませんね。今は動かない様、お願い致します。貴方が過労死するのは、誰も彼もが損しかしませんので。
勿論、この私もです。貴方とマシュが生きていれば、私の方で何とか出来ますからね」
ソウルの邪眼で相手の魂ごと肉体を束縛し、灰は藤丸の身動きを容易く停止させた。それは魔術による神秘なのか、あるいは魂を貪ったサーヴァントの中に魔眼持ちがいたのか分からないが、灰からすればマシュの守りが隣に居ない藤丸を視線で支配するのは簡単なことなのだろう。
「長い無駄話は好きですが、戦いの後は余韻と言うものが大切です。私からの雑な感想はこの程度で良いでしょうが……まぁ、とは言えです。お二人を助けに所長と忍びが来るまでは暇なので、やはり雑談しかやる事がないのも事実となりましょう。
通信の遮断、今だけは暇潰しに解きましょうかね。
ドクター・ロマン、久しぶりですね。御元気ですか? 不眠不休で頑張り過ぎ、寝不足を薬物で解決してはいませんか?」
『アッシュ・ワン!! どう言うつもりだ!?』
「優れた脳を持つ貴方でしたら、私がそれを言った所で事実の確認となる二度手間でしょうに。しかしそれでも尚、敢えて私がその答えを口にするのでしたら、一つだけ。
人類種に、人間だけが夢見る人理を。
グランドオーダーに、ヒューマンオーダーに対する課題を得たアニムスフィアに、私は私なりな期待をしてはおりまいたが……えぇ、やはり個人の遺志で継がれた救世など面白いだけの欺瞞でしょう。全能なる神の視座を得てしまえば、人間が人間として頑張る事の意味を忘れてしまう知的生命体なのです。
不死であれば、神の魂の無価値さを己が魂から啓蒙され、視点の差異に価値を見出す事は永劫に在り得ず、話は別なのでしょうが」
『―――――』
「理解はして貰えた様で何よりです。なので根源からの
尤も、断れた所で簒奪するのが火の無い灰ですが。
なので、安心して下さい。心配性な私は安全策を幾つか張っておきましたから、カルデアの良き皆様が頑張って頂ければと言う前提は必要となりますが、人理焼却を灰足る私が邪魔する可能性は未来から消えることになりましょう」
『この、外道―――!』
「はい。残念ながら、正しき選択が悲劇を好むのが、人理が夢見る人間性の証でしょう。
死にたくない、と希う罪。これもまた残念でした。ドクター・ロマン、貴方は死に立ち向かって生きることが罪になって仕舞われました」
喋りたいだけ喋り、ロマンに与えるべき感情を灰は計画通りに渡すことが出来た。きっと彼が決意を固める為の良き材料となるだろう。なのでカルデアとの通信を思念でもって特異点側から遮り、灰は倒れるマシュの方へと歩いて近付いた。
動けない程の傷はないが、今のマシュはもう微動だに出来ない。灰の邪眼によって彼女も縛られ、あらゆる不浄を払う筈の魂自体が敵の
「……ぐ、ぅ」
そんなマシュを重力魔術によって宙吊りにし、固定。灰は自分の頭蓋骨に指先を突き刺し、脳から意志が混ざった人間性の暗い塊を取り出し、それを掌の上で物体として具現化した。あろうことか、そのまま灰はマシュに接吻を行い、その状態で"人間性”を握り潰すことで暗い魂の欠片を強引に嚥下させてしまった。同時に、灰は暗い魂の血も混ぜ入れ、ダークレイスらしい暗い祝福を人間としてマシュに与えた。
それ程の猟奇的所業だと言うのに―――苦しみは、皆無だった。
むしろ、マシュが感じたのは安らぎ。魂が人肌で暖まるような錯覚を覚え、ある種の悟りを得た心境に陥った。
「げほ…‥ごほ、ごほ……貴女、わたしに、一体なにを?」
「強いて言えば可能性を与えました。それは有無の差です。何も無い者は何も出来ず、有る者だけがすべき未来を啓蒙されます。やるか、やらないか。出来るのか、出来ないのか。盲目に歩み続けるだけでは選択肢が、その道一つだけになっていまいましょう。
ですからマシュ・キリエライト、その人間性が運命を絶対的に引き寄せましょう。祝福となるか、災厄となるか、自分の道を自分で選ぶ権利を与えます。
カルデアが作り上げた人理の忌み子であり、獣となった神を殺す為の兵器である貴女への、何もする必要がなかった私からの最後の餞別です。
きっと何でも無い人の心が、世界を救う鍵になると私は人間として人間に祈り、魂から人間を信じているのです」
「――――ぁ……ヒ!」
そうで在らねば、人に非ず。そんな凶悪な狂気が灰の瞳の中で渦巻き、全人類よりも重い思念が向けられ、魂から光在れと祝福される太陽の祈りを見てしまった。
灰は、善を心底から信じていた。あるいは、マシュの善性を猟奇的まで信じていた。
それは究極の人間性だ。闇から生まれ、闇に還った太陽の簒奪者が、この人理の世界で見出した人間が持つ素敵で無敵な人間性への渇望だった。
―――底無しの、奈落の如き期待でしかなかった。
初めて知った灰の感情。この世全てを煮込んでも到底足り得ない人間性への餓え。あろうことか、そんな感情がマシュだけでなく、彼女のマスターである藤丸にも向けられている事実。
此処で―――殺さないと。
マシュの心はそんな恐怖心からの殺意で埋められる。恐らく、自分は死ぬより酷い未来に辿り着く。人間は皆が死と言う終わり方を迎えるが、自分とマスターはその最期に辿り付けないかもしれないと言う、魂からの恐怖で動けなくなってしまった。
「あぁ、すみません。つい興奮して、魂が少しだけ剥き出て仕舞いました」
動けない藤丸に意図せず接吻を見せ付ける形になったが、こちらは意図して灰は藤丸の視線を無視することにした。
「アン・ディールさんは……一体、何なのですか?」
「今は改名したので、アッシュ・ワンの名に慣れて頂けると有り難いです。
とは言え、まぁ答えますと、私は只の人間です。唯の其処らにいる人間の成れ果て、その灰です。魂が人間でしかないのですから、それ以外の何物でもないのでしょう」
「そんなのは、答えになっていません!?」
「んー……では、藤丸さんも祝福しましょうか」
「はい―――ッ!?」
重力魔術で藤丸も呼び寄せ、灰は暗く微笑む。よって特に意味もないが、灰は侵入した他世界の灰を襲う様に接吻を行った。とは言え、人間性や生命力を奪うのではなく、逆に人間性を与えて運命力と生命力を高めたのだが。
それはそれとして吸引音が聞こえるような
「この、この―――貴女は……!?」
「文字通り、祝福です。特異点を生き延びることで精神的な受け皿は出来上がっていましたので、えぇ……人間がヒトと為るだけの話です。
何より、我が人間性は運命に抗う為の人の業です。序で、運命力も高まります。
となればこの世にて、きっと藤丸さんを本当に祝福出来るのは私だけでしょう。
しかし、こうしてソウルに触れましたが、最初から神を殺せる因果を持つ魂とは。やはり人理は悍ましく、エゲつない仕組みです。選択された世界よりカルデアと言う運命を仕込まれるとは、人間が英雄となるには試練が必要不可欠と言うことですね」
これは灰なりの、人理に運命を仕込まれた二人の少年少女への魂からの祈りでもあった。所長が瞳で観測していれば、二人の魂に神を狂い殺す程の人類種への渇望が込められた人の奇跡だと啓蒙され、真実本当に二人を案じているのだと理解出来たのだろうが、何も知らぬ者からすれば眼前で異性の唇を奪い取る邪悪なる行いだ。
「しかし、その反応……―――成る程。藤丸さんへの愛ですか」
「―――――っ!」
「それは失礼しました。となれば、藤丸さんもマシュさんを思っておられる様ですので……―――何と。
私、お二人には少し酷い事をしてしまいました。人の眼前で唇を奪う趣味はありますが、人の異性を奪う趣味はないことは理解して貰いたいですねぇ……ふふふ」
そして、有意な無駄話が終わったことを灰は悟った。説明すべき事など一つもないが、魂を奪い合えない者が相手なら自分の魂を僅かでも示す為、言葉は大切だと灰はこの世界を生きることで正しく理解している。
これにより今の二人を前にすれば、敗北の運命がその魂に屈することだ。
自然と魂が生き延びる因果律を引き寄せよう。自分が意図的にそうして阿頼耶識を味方に付け、運命に自分の都合を押し付けて特異点内の時空間を進めた様、二人にとって都合の良い選択を魂が残酷な世界より簒奪する。運命を打ち倒すとはそう言うことだ。
カルデアは、もう何も問題はない。
火を簒奪した灰により、オルガマリーが居なくとも二人がいれば獣狩りは成就する。
「ふふふふふふふ……―――あぁ、とても気分が良いです。
人間は遺伝子上、人助けを貴ぶ本能を社会性動物として脳の神経回路に刻まれていますが、それはそれとして打算のない人助け程、人間が人間そのものを愉しむ本能的快楽は有り得ません。
人を助けたいから、同じ人を助けます。
何故なら、そうして人は何万年も社会性を育み、人以外の人類種を人間の為に根絶やしにしました。そうして、人理などと言う星の悪夢に囚われる様に陥ったのでしょう」
「ほざけ、アッシュ・ワン。それは動物としての人間の脳機能に過ぎないわ」
瞬間、灰の視界に狩り装束の人影が映った。時間を加速させたような動き方をし、場へと即座に乱入。所長は武器を手にしながらも、それを不意打ちで使わず、初手から対話を選んでいた。
「勿論です。ですが、その機能失くして今の惨状も有り得ません。
だから、こうとも言えましょう。人理を星と共に夢見ることで、今の人間は霊長と成り果て、その純粋無垢な進化の理念を失ってしまいました。
そうは思いませんか、オルガマリー?
後、助けに来るのが遅すぎます。私が作り上げたグランドは、私が思う以上に貴女にとって難敵となってしまいましたか。全く、私がその気になればお二人に、人間性を与える深い接吻以上の事をしてしまう所でした」
「だから、不意打ちで銃を撃たなかった。貴方、もう戦う気がないでしょ?」
「正解です。怒りの儘に殺し合いに持ち込まない当たり、大まかな見当は探れた様ですね」
「うるさいわね。後で必ず狩るだけよ……だからさ、とっとと二人を解放して、私への脅迫を言え」
「ありがとうございます」
重力魔術を操り、灰は拘束していた二人を所長へと渡した。彼女は優しく二人を受け止め、地面に降ろした。まだ自力で立つだけの体力と気力はあり、何とか両脚を折らずに灰と相対するも、もうその力は一切残されていない。
所長は二人を守る為、視線を遮る様に前へ出る。右手に獣狩りの曲刀を握り締め、左手には引き金に指を掛けたエヴェリンを持ち、猟奇的なまで静かに狂い切った湖面のような瞳を灰を向けていた。
読んで頂き、ありがとうございました。