血液由来の所長   作:サイトー

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 久しぶりです。ずっとゼルダの伝説をやってました。ティアキンでACを作って人類種の天敵ならぬ魔物の天敵ごっこをしていましたら、AC6が発売されると言う連鎖。しかし、まだFF16をしていないので、早目にファイナルファンタジーしなくては。


啓蒙71:天啓

 戦場に、終わりを知らせる生暖かい風が優しく吹いていた。

 生き残ったのは、女神と侠客。

 他は盛大に死に絶え、また盛大に敵軍を壊滅させた。

 

「腕、無くなっているな……」

 

「死闘だったからね。サーヴァントなんて人類種の奴隷役、可愛さが取り柄の女神がするものではないのよねぇ……全く。神と同じで、そんな役回り。

 死んだ後に、また死ぬほど苦しい破目に遭うなんてね」

 

「と、悪態を吐きつつ、程好い達成感も得ているか」

 

「当然でしょ。そのくらいの報酬、なくては命の張り甲斐がなくてよ」

 

「それも、そうだなぁ」

 

 とは言え、互いにもう霊体を維持できない。また人類種を守る抑止力の方も、特異点崩壊の予兆を確認出来たので、ローマ特異点撃滅を目的に召喚したサーヴァントを維持する必要もない。無理に生かす意味もない。

 

「まぁ、後始末はもう我らには関係ないか。

 寂しいものだ。出来れば、最後までカルデアの行く末を見届けて上げたかったが」

 

「私は興味ないわね。けれど、やるべき事はやったし……この特異点は見届けたもの」

 

 何もかも―――死んだ。死んで死んで、死に尽くした。

 屍の山。腐臭、血臭、生肉が焦げる臭い。野戦を行った平地は血肉に塗れ、悍ましい呪われた魔力に満ち溢れ、しかしその瘴気も時間と共に消えることだ。

 生き残ったサーヴァントは、女神と侠客のみ。

 他は全てが死に絶え、その肉体を構築していたエーテルは例外なく、瘴気染みた太源に還っている。

 

「結局、全て、悪い夢だったのよ……―――根源が、この宇宙を夢見る様な、ね」

 

「女神の視点など知らないが……まぁ、それならそれで良い。

 殺すべき相手は殺した。勝ちもした。生前のような悔いもないさ」

 

「それで良いわ。それに、それで構わないのよ。

 所詮、英霊も人間の魂の成れの果て。死後の魂をも材料にした伝承の具現。記録帯に保存される程の、人間性の究極じゃないと人理の為の兵器にならないから」

 

「そうか。だったら、共に酔おうじゃないか?

 この特異点の最後の最期。清めの酒、女神だろうと魂に沁みる事さ」

 

「ありがとう。見た儘、良い女なのね」

 

「どういたしまして。そちらも女神の名に相応しい、とても良い女だよ」

 

 懐から出した小さな杯に、奇跡的に戦闘で割れていなかった酒筒から注ぐ。侠客から渡された酒を笑みも浮かべずに自然体で受け取り、女神は消え去る直前の肉体にアルコールを思いっきり注ぎ込む。

 

「やっぱり、そこまで好きにはなれない味ね……」

 

 失った片腕を惜しいとも今の女神は思えなかった。

 喉を焼き焦がす味だけを感覚として実感していた。

 しかし、それだけで良い。どうせ、人理がなかった事にする特異点の出来事―――ですらない、悪夢の茶番劇場。人間が人間の為、人間性を炉に焚べて太陽を輝かせる。ただ、ただ、暗く、炎を燃やす。あらゆる可能性、全ての平行世界の人理を観測した魂から漏れ出る闇の火種と為る為の、生贄の種を生み落とす儀式。

 その事実だけは変わらない。

 人の可能性を未来から守る為に、この犠牲だけは必要不可欠だった。

 汎人類史が栄養不足によって滅びるのを防ぐ為、剪定事象で異聞の世界が狩り取られ続けた様に。現人類種が他人類種を皆殺しにして、自らをホモ・サピエンスと名乗った様に。

 

 

 

―――――<●>―――――

 

 

 

 嘗て自分は聖職者だった―――と、灰は思いたい。恐らくそうならば、今の自分は亡者となる前の自分である事に間違いは無い筈。数多のソウルを喰らい、もはや元の魂の形など保っていないが、その記録は正しい筈。自分以外の人間、動物、異形、神、亡者のあらゆるソウルが細胞の様に集り、塊り、一つとなった今の自分が、あの自分のソウルの儘なら、きっと自分の為に嘗ての自分の遺志を継いでいる事に間違いは無いと思う。いや、彼女はそう想いたいと、無感情な理性で判断してソウルから思念を利己的な意志で生み出している。

 だから、世界を救いたいと希うのは自分以外の誰かのソウルから生まれた感情だった。

 救いを求めた過去を持ち、その上で己が業で己が救われたいと願って自らの魂を鍛え上げたが、その結果が己がソウルの中での自我と自己が薄まり続ける矛盾。人を救いたいと考えていた人間としての想いも不死となったが、何も感じない只の記録に成り果てた。

 最近、灰は同じ事を考える。

 似た事を悩む様に、あるいは敢えて悩みたいと思って考え続ける。

 殺す。それを天職とするのが、灰。例外なく、罪悪も呵責もなく、魂を殺すのが灰の業。

 だからこそ、悩む事が罪だと理解する。そう在ると決めたのなら、灰は灰で在れば良い。

 なのに、この人理の世に流れ着いてから灰は悩む。根源を魂の母とする人間を、闇黒を母とする人間がその魂に関わるのは、この宇宙たる世界を作った根源から生じる人間性を穢す事になるのではないか、と。

 ―――だが、やはり灰は灰。

 邪魔者は問答無用、殺戮を以って魂を食するのが人間性の究極だった。

 己は自分に過ぎず、故に自分に融けた敵も自分。人間にとって、神さえも自分。闇も火も、深淵も太陽も、自分と言う魂。善い事も、悪い事も、損も利も、何もかもがソウルとなる。

 だから灰は、カルデアの善き人は自分のソウルに融かしたくないと思ったのかもしれない。自分のソウルと言う人間性の究極と化す地獄の火の炉へ焚べる事に、人理から学んだ人間性が忌まわしく思ったのかもしれない。

 

「オルガマリー」

 

 文字通り、万を遥かに超える魂からの万感の思い。遺志が集積することで形を成す意志を込め、灰は所長の名を呼んだ。

 

「………っ――」

 

 神の音たる統一言語。それ以上の、人の魂を統べる声。上位者の音であるカレル文字(ルーン)を聞いた時より、所長は自分の心が啓蒙に震えるのを感じる。

 それは、声が見えると言う不可思議。魂が逆らえない人の音。狩人である筈なのに、所長はあらゆる恐怖を悪夢のように思い出す。

 

「では、貴女の望み通りに交渉と行きましょう。此方側からの貴女への脅迫となりますが、私が話した先程までの内容、此処までならまだ大丈夫ですが、これ以上を喋ってしまいますと、藤丸立香とマシュ・キリエライトには不利益でしょう。

 更に獣の正体と黒幕の名を言えば、カルデアにとっても不都合極まる事になりそうですね?

 これ以上、情報を喋ってしまうとなれば、人理を救うのに都合が良い状況を維持する為、貴女はしたくもないのに二人から記憶を奪い取り、今の感情さえも忘却させる必要も出来てしまわれましょう」

 

「糞喰らえ、アン・ディール」

 

「だから、私の名はアッシュ・ワンに改名したと言いましたでしょう?」

 

「続き、言え。アッシュ・ワン」

 

「はい。ですので、えぇ……私は提案します。どうか貴女と、貴女のサーヴァントを、私が管理する特異点に軟禁したいと考えています。私としまして、出来ればカルデアの善き人々でのみ人理焼却を完了して頂きたいと考えています。

 完成する未来が確定した今の貴女が居ますと、ほら……あれです。何と言うか、こう言うのは実に人類史を冒涜する事になるのですが、どんな可能性だろうと汎人類史になってしまいまして」

 

「―――………」

 

「旅路に、意味が生じないのですよね。即ち、貴女には人類史に参加する資格がないのです。同時にそれは、人理を確実に救う未来が確定しまう事を意味します。上位者にとっての上位者となる狩人の仔である貴女がカルデアに存在すれば、人類史に抗う獣の意志に価値が生まれません。抗いたいと希った人間性が欺瞞となってしまいます。彼らの抵抗が無価値になってしまいます。

 何せほら、今のオルガマリー・アニムスフィアはそう在る上位者です。

 こう言うのは余り宜しくありません。貴女は必要なピースではありますが、貴女の遺志を継ぐカルデアで在らねば獣狩りを行う人間性に尊厳が生まれません」

 

「……断れば?」

 

「別に、今と変わりません。今まで通り、絶対的な確定要素である貴女の為に、私は獣の善意を尊重するだけです。それが、この人理の人間性が未来で人類と同じ意味の存在となる為に必要な事ですからね」

 

「へぇ、成る程。私が人理補完の旅に参加しなければ、貴女はカルデアの邪魔をしないと」

 

「何事もバランスですからねぇ……ふふふ。ま、私みたいに黒幕遊びが好きな適当人間でも、この人理って品物の我が儘加減は嫌気が差しますがね。

 本当、命を絵具代わりに描く曼荼羅模様が美しくないからと、直ぐ様に人々の道程を無かった事にする性根。集合無意識と言う物は、人間性が火に燃え舞う蛾の如き神に近く、気色悪くて堪らないですね」

 

「残念だけど、その点に関しては私も同感みたい。人理を必要としない程、人類種は高次元に進化しなければ、この宇宙に必要とされて魂を根源から下ろした価値がない。

 だけど、それの善し悪しを決めるのは、この星で頑張って生きて死ぬ人間だしね」

 

「それもまた私も同感なのですよ、オルガマリー。だから、こうする必要があり、獣側に付いて天秤が崩れるのを防ぐ事に価値がありました。勿論、人が人を殺す理由としては下の下な思想ですが、それはそれとして私の魂はソウルの在り様を愉しみますので、何事も善き感動となります。茶番劇や予定調和もまた、それを乱す貴方さえいれば、やり甲斐のある徒労でしょう。

 とは言え、です。あの狩人は良い仕事をしましたが、貴女と言う存在は良過ぎていけません。

 獣性と啓蒙を完璧に呑み干し、猟奇と狂気を正しく受け入れ、血質と神秘の価値を理解する極性の頭脳。七つの罪を単独で駆逐する獣狩りの狩人なぞ、あらゆる危機が茶番に落ちるのですから、まだまだ悪夢の中にいるべきでしょう。

 これでは人類史が生み出した人間性の癌、悪と化した人類愛が人間社会に刃向かう事さえ許されません」

 

「吐き気がするわ。つまりそれ、善の存在証明をする為の悪行だったって言う糞並の言い訳ね」

 

「残念ながら、その欺瞞がこの星で繁栄する人類種の正体です。それが、この現代文明と言う滅びまでの中間経過における人間の体の答えとなります。

 真に貴方達を管理する星の意識は糞だと思います。人理の仕組みは神を思い出して吐き気がします。はっきり言って、惨たらしさで我々のような暗い魂が負ける人間性が絵の外側にあるとは、あの時までは想像も出来ませんでした。

 だからこそ、抗う自由に価値を生む為にも、貴女は無用な激毒でした。

 彼らの愛が善だった過去を失くすのは、どうやら惜しいと思う訳です」

 

「私達みたいな人でなしが感傷なんて、女々しいんじゃないの?」

 

「まぁ、これでも女ですしね……―――で、どうします?」

 

 感情のない心底如何でも良い瞳の色。灰らしい欺瞞のない灰色の眼で、欺瞞に満ちてしまった世界を静かに観測する。

 そして所長は相手に嘘偽りがない真実を見抜き、決断は既に下している。ただ行動に移すのが癪なだけ。

 

「良いわ。どうせ最後は狩るだけだし、了承する。

 けど、そのやり方、ヤーナム育ちの私でもどうかと思うわよ?」

 

「すみませんね。しかし、人理焼却の解決方法も限定されているのが現状ですからね。

 昔の貴女なら世界に責任感など無かったでしょうが、ほら……まぁ、長いカルデアでの私達との生活の所為で、そう言った責務を大事にする人間性を得られたではないですか」

 

「―――――――」

 

 瞬間、今までの何もかもが繋がり―――心さえ、傀儡とする魂の悪辣さを啓蒙された。カルデアを大切にしたいと言う感情自体が、そう言うカタチの人間性として他者から与えられた原動力であったと所長は実感する。自らの人間性自体が借物だとは理解していたが、それから生まれる感情さえも紛い物だった。あるいは、何でもない無形の闇だった筈のそれを、人と関わり合うことで親愛と言う形を得たのかもしれなかった。

 ヒトを思う事そのもの。そう言うヒトで在りたいと言う意志。そして、誰かの遺志を継ぐ人の尊厳。

 カルデアでの生活に狩人は何一つ思わず、変われない。狩人の遺志を継ぐ仔で在るオルガマリー・アニムスフィアは本来、失楽園(ヤーナム)の外側で進化はするも意志に変化はない。

 ――啓蒙ならぬ遺志、天啓。

 人間性による精神性の変態。

 人類悪に転じる人類愛。人理世界における獣の可能性。世界を守りたいと希う所長の意志が、世界を守ろうとした英霊達の遺志を継ぐ願いが、簒奪者の太陽で焦がれた闇であった。

 何より、それを悲しく思う心そのものが、オルガマリーは存在しない筈だった。狩人として完璧無欠な彼女は、カルデアを大切したいと言う余分を持たない女だった。

 灰が行った彼女に与えた心の根本。即ち、他人に興味を抱く事。今ある現実に対し、感情を受態する精神。

 

「―――……貴女が、私に人間性を与えた」

 

 だからきっと、それは良い事でもあって、悪い事でもあった。灰にとって所長は友人でもあって、自分がカルデアの敵に回っても、悪く思う事はなかった。古い獣の存在を悪魔殺しの悪魔から灰は啓蒙され、カルデアの危機と人理焼却を利用した極悪人と言うだけで、根底は最初から何も変わらない悪い人。

 人間が、人間性を人間以外の存在に歪められない人代。

 この世において最も人間を信じ抜いている生粋の人類。

 人が人で在れば、希望も絶望も、光も闇も如何でも良く、自由に生きて死ねる選択が取れる事が望ましい。灰と言う人間が太陽を蝕した暗黒だからこそ、火と闇を理念とするが、そうではない人間はそう在るべきだと信じている。

 

「やっと本当のその意味が、特異点の悲劇を見て分かった気がする。カルデアをレフに爆破されて、殺してやりたい程に悲しいって感じて、狩人でしかない私みたいな存在でも、この世界に生まれた人間だって初めて実感出来たのね。

 貴女は私に、悲しいを事を悲しめる自由を与えた。だから、楽しい事も同様だった。夢見る様な不死の人間以下に、善悪の視点を貴女は与えた」

 

 人間の世が、滅ぼしたくなる程に醜いなら、滅ぼすのも自由。

 人間の世を、救いたい程に人を愛するなら、救済もまた自由。

 それを、人が決めた事なら灰はどちらでも良く、それはその世界で生きる人の自由であり、その人々が決める未来への選択だ。

 しかし、古い獣による宇宙からの消失は許さない。

 その結論が、人理の世を二千年以上死なずに見守った灰の答えである。

 

「はい。貴女が歩む未来、人の可能性は狩人只一つだけでした。しかし、特別である貴女の魂が、不死とは言えまだ若い貴女の可能性が一つだけなのは―――面白くないじゃないですか?

 狩人が、狩人以外の人間性を理解した時、一体何を獣と断じて命を狩るのか。

 最初はそんな知的好奇心による冒涜だったのですが、カルデア所長である今のその様を見れば、きっと貴女は私の闇を自分の心へ善くしたのでしょう。あるいは、あのカルデアと言う環境が人の心に良かったのかもしれません」

 

「そうね。レフの裏切りを憎み、貴女の裏切りを悲しみ、貴女が特異点で行った悪逆に義憤する。何より、貴女を許さないと言う感情を、貴女が私に与えた事実。

 これこそ、人が獣になる原動力。私が無感情に狩っていた遺志の本質。

 貴女の人間性は私をただの今も生きる女にしたけど、狩人としても非常に有意な遺志だわ」

 

「―――で、どうしますか?」

 

 時間は実際に腐らせた程、灰にはある。長話は善い事であり、幾らでも所長に付き合う心持ちだ。しかし、特異点崩壊までの時間はそうではない。

 

「………それは」

 

「成る程。まぁ、私が人間性を与えたのです。決心が鈍ると言う情動を貴女が愉しむのを、一人の人間として喜びましょう。

 来るか、否か……お好きにどうぞ。

 人理の欺瞞を狩人して狩るか、所長として守るかもまた自由でしょう」

 

「………」

 

「では、後ほど。葛藤は素晴しい事ですので、存分に悩んで下さい。再会が次回の特異点となるか、私の特異点となるかは分かりませんけどね。

 それに次の特異点までカルデアに付き合うのも良いかもしれません。私も私で、この星の人類史から学んだ邪悪を描く絵画として、特異点と言う仕組みはとても有益ですからねぇ……ふふふふ」

 

 厭らしく発破を仕掛け、灰は絵具が水で滲む様、時空間を歪ませて特異点から消え去った。引き際が余りに手早く、誰も手出しが出来ず、そもそも殺した所で不死には意味がない。

 まるで白昼夢。夢の中で見る更なる幻。

 数秒前の現実。果たして、真実か否か。

 所長は古都で上位なる神秘を啓蒙され過ぎた所為か、消え際に灰の正体である火が燃える闇を垣間見るも、まるで宇宙空間で光り燃える恒星みたいだと錯覚する。人の形をした宙のような地獄だとも思い、無音の筈なのに美しい(コエ)が次元を超えて聞こるが、多重次元と通じる狩人の頭脳を持つ所長であれば、その耳が世界に存在しない筈の(オト)を解する事もある。

 ……それに紛れ、邪悪と神聖を混ぜた古臭い霧の魂が現れた。

 足音がせずとも凶悪なソウルを秘匿させず、悪魔殺しの悪魔は時空間を歪ませて霧を払う様に歩み寄った。

 

「―――オルガマリー・アニムスフィア、星見の狩人よ。

 今、時が来たと言えるのだろう。獣狩りの鐘の音を、貴公のその脳に繋がる耳が聞いている筈だ」

 

「悪魔の癖に、憐憫を私に向けるな……」

 

「憐れな運命は悲しむものだ。情動する心は摩耗したが、その記憶まで失くした訳ではないぞ。感情が湧かずとも、悲しい事だとは分かる故。

 そして悲しい事に、貴公は人類種の救世主となる。

 下位の識に沈む人類種を導くなぞ、思考を尊ぶ貴公からすれば生贄役でしかないが」

 

「この私は最初から狩人だった肉細工、けど後天的に人間になった。灰の人間性と、カルデアでの生活でね。

 知的好奇心だけを人生の指針にする学術的知性は、濁ってしまった。思考する脳の進化を繰り返す生活を全力で愉しんでいた私は、灰の所為で獣の在り方を善と理解する心を得てしまった」

 

「だからこそ、我が古い獣を狩る慈善に協力して貰いたい。そもそも力だけが必要であれば、私一人で古い獣狩りなぞ充分だ。

 だがな、それだけでは狩りには足りん。他の役を果たす人間が多く居る。

 何より、貴公の人間性を満たすのは世界を救う使命感だけに非ず。狩人としての責務を全うする有意な答え以外に、貪欲な好奇を刺激する報酬もある。

 人の魂をエーテルと化す獣の理、要人が齎した外なる災厄―――ソウルの業。

 それは貴公にとって善き未来を啓蒙する事だ。あの地にはあらゆる神秘と叡智が渦巻いている故な」

 

「好奇に餓えると言うこの感動もまた、人間性か」

 

「そも、あの灰がその気になればカルデアに転移可能だぞ?

 今この瞬間、太陽の熱波で貴公の家を数瞬で焼却する事も容易かろう。あの女の事だ、隠し置く篝火は幾つも存在するだろう」

 

「あぁー………はぁ、悩ましい。思考の紐が捻じ切れそう」

 

「そして、気が付いている筈だ。人理が生む獣を狩るに必要なのは、生きたいと願う人の想い。足掻き進む心こそ、希望となる。故、座のヒトは彼と言う人間を呼び水とする。

 人理の者で在らねば、滅びの意味に価値は生じんぞ。

 ただ殺し、ただ救う……その程度、力さえ在れば誰もが出来る。悪魔と成り果て、人間で在り続けられなかった私でも出来る。であれば、人類史は滅びを繰り返し、無駄ならば枝切りされて、また違う枝へと疫病が移る様に滅びが広がる事さ」

 

 ―――天啓。

 

「行くわ」

 

「そうか」

 

 滅び去る光景。

 人が人を殺す。

 過去を間違いだったと失くす欺瞞。

 獣が抗う人類史の在り方は薄汚い。

 ならば、その業を背負う遺志は―――何処へ?

 遺志を継ぐ事がオルガマリーの在り方ならば、間違いだったと遺志を断つ人理の選択方法こそ―――獣。

 狩るべきは果たして何なのか、彼女は意を啓蒙される。滅びの夜に獣を狩るのであれば、そもそも根本の治療しなければ癌細胞は生まれ続けるのが必然。

 ―――弔いをしなければ。

 死者の遺志を継ぐ葬送の狩りこそ、始まり。

 ビルゲンワースの教えに従う男は、学徒を辞め、狩りを始め、古都にて夢の狩人が生まれた夜の根源。

 オルガマリー・アニムスフィアは人間性を以て所長になったが、狩人の業こそ今の人格が生じた本質。

 

「良いのだな?」

 

「希望を紡げなかった過去を無かった事にする人理は好きじゃないけど、繁栄する未来を残す事が人類種の遺志の継ぎ方なら……―――今、それを失くしたら、それこそ今までの死が無駄になる。

 何時か必ず、大きな反動が来る。

 滅ぼし続けて進化する今を、やがて希望だった筈の未来が牙を向く。こうして人理焼却が起きた様に、犠牲者の遺志を継ぐ誰かもまた人類史に足掻くのだもの」

 

「素晴しい事だ。貴公は、とても美しい心を持つ。正体こそ死人の遺志の集合体だろうが、あるいは屍を捏ね合わせて作った骸の塊なのかもしれんが、貴公の魂に宿る今のその人格こそ正解だろう」

 

「自覚はあるわ。狩人の魂は所詮、狂った鐘女が呼ぶ再誕者と等しいから」

 

 悪魔は騎士兜の中で誰にも悟られずに微笑み、ソウルの中からアイテムを一つ取り出す。見た目は変哲もない石ころだが、それの名は要石の欠片。思考の瞳を所長は名と正体を見抜き、世界の理に囚われない神秘を解し、興奮の余り交信しそうになるのを耐えた。

 

「では、これを。別れを済ませ、覚悟が決まり次第、それを導きとせよ」

 

「そ。ありがとう、悪魔さん」

 

「どういたしまして、狩人」

 

 悪魔はまるで風に吹かれる霧のように消失。頭の中の夢幻だったと錯覚する程にあっさりと空間から去り、オルガマリーの人間性は所長として培った感性に立ち戻る。

 神に賽を振わせず、運命は自分で仕掛けるもの。所長は頭脳から生えた思考の瞳で時空間を観測するも、灰と悪魔が関わっている所為か、奴等のソウルが因果律を歪めている。まるでブラックホール級の重力場であり、運命を好き勝手に乱れ狂わせ、未来視が塵以下にしかならず、曇り硝子よりも先が見えない節穴と化す。

 

「面倒事になったわねぇ……相談だけど、隻狼ならどうする?」

 

「主殿は、もう決めておりまする。為すべき事を、為す。

 さすれば……―――いえ、言うまでもなく、今もそうでありまする」

 

「そうね。それじゃあ、今の貴方の使命って何?」

 

「主殿の進む道を切り払うのみ」

 

「そこまでして貰える恩、貴方に売った覚えはないのだけど?」

 

「いえ、召喚した頂けた事。自由で在る事。それだけで、恩。

 主殿の忍びをするのもまた、我が意志の自由でありまする」

 

「うん……――そっか、そうね。我がサーヴァント、我が剣、我が遺志、貴方は素晴しい程に忍びだわ。

 出来れば、やっぱり貴方には私の星見に最後まで、付いて来て欲しいと思います」

 

「御意の儘に」

 

 よって既に彼女の意志は決まっていた。敵に自分が敗れたとしても、その遺志を継ぐカルデアの職員たちがいるのであれば、迷う必要さえないのも事実。

 行動は迅速。また特異点とカルデアの通信を邪魔する霧も、今は晴れた。

 

「ロマニ」

 

『あー……あー……はぁ、やっと通信が繋がった。こっちからもう特異点崩壊の予兆が観測出来ましたけど、解決したようですね』

 

「そうよ。その内、自然消滅するわ」

 

『―――……それで、他にも何かある雰囲気ですけど?』

 

「ちょっと、追い打ちを私から仕掛けようと思うの」

 

『まさか、所長自らですか?』

 

「そうなります」

 

『そうなりますか……』

 

 ドクターは何を言っても所長の意思が変わらない事実を正しく認識している。自分の出自も彼女に把握されているのも分かっており、ある意味で全幅の信頼を得てしまっている事も理解している。

 とは言え、ドクターは人間だ。あるいは、今は人間になった。後天的に人間性を得る経験を有する二人は、非人間だった頃の自分と向き合う心的外傷を共有し、そして今はその人間性がある故に傷付く事が出来る心を持つとも言えた。

 

『……――お任せ下さい』

 

 だから、多くの言葉は要らないのだろう。疑念を所長に向ける意味がない事を理解出来るのだろう。

 

「任せる。一人も死なせない様に、ね。勿論、医者である貴方自身も」

 

『厳しいですね。貴方に言われると、折角の決心が鈍りそうだ』

 

「所長業も楽じゃないのよ。実際、部下に死なれると中々に堪えます。責任感は程々になさい」

 

『分かってます。僕だって、他人分の責務を背負える器じゃない』

 

「本当?」

 

『本当です』

 

「そう、ありがとう」

 

『じゃあ、御達者で』

 

 特異点で何時、所長は死ぬかは分からない。引き継ぎは何時でも可能な状態にし、機関運営に翳りは無い。またマスター適正のない所長は忍びだけしかサーヴァントに出来ず、マスターの役割は藤丸が居れば良く、今のカルデアの戦闘班は彼がいれば人理修復は可能だ。

 理論上、そうではあるが、人間の精神は化学反応の様に数値が決まった分だけ動く訳ではない。精神的主柱と言う意味において、オルガマリーの存在意義は余りに大きい。一種の洗脳染みたカリスマ性があり、人間関係が繋がる人の社会性が極まっているとも言える―――が、今のカルデアはオルガマリーが居なくとも大丈夫な様、所長本人が組織造りをしたので問題がないのも事実。

 

「ちょっと、所長!?」

 

「あら、藤丸。鬼の形相。珍しい」

 

「―――分かってるでしょう! 

 カルデアには……いえ、俺とマシュには所長が必要なんです!」

 

「んー……―――そうなの、マシュ?」

 

「私は所長に居て欲しいと……そう、思ってます。けれども、貴女がそう考えるのなら、そうなのだとも分かってます」

 

「なに言ってるんだマシュ、頭が可笑しくなってる所長を止めないと!」

 

「けど先輩、私も嫌ですけど、腹立たしいのですけど……でも、そうはならなかったのです。

 所長はカルデアを大切にしています。こうしないと、カルデアが滅ぶかもしれないと未来を読めたのなら、ただそうするだけです」

 

「二人共、モノ分かり良過ぎだ。こんなの人間はやりきれない。生贄と変わらないじゃないか……」

 

「まぁ、仕様がないわよ、藤丸。マシュは在るべき儘に死ぬのを受け入れてるから、私が私として生きるのに必要なんだと分かれば、死ぬのにもそれが必要なのも同じで、何だかんだで駄目なら駄目で遺志を継ぐ信条があるからね。

 尤も、そうさせたのがカルデアの罪なのだけど」

 

「贖罪のつもりもあるのでしょう、所長は。でも貴方は思いっ切り悪人寄りの感性ですから、親の所業に罪悪感はないのが私としては……まぁ、良かったかもしれません。私も貴女に遠慮しなくて良いって、直ぐ分かりましたしね。

 だから随分と、私を貴女とドクターは人間らしくしてくれました。勿論、カルデアの皆さんにも。

 けど、今は感謝は言いません。けれども、有り難く私が思っている事だけは、知っていて欲しいと思いました」

 

 湿っぽい名残惜しい言葉。血腥い人間性を持つ所長は、そう言う感情を向けられるのは嫌いじゃないが、そう思える事そのものが灰による"善意”だと言うのは嫌いであり、そもそも灰の行いを嫌う事が出来るのが灰の御蔭と言う矛盾がまた所長に対する嫌がらせだ。そしてカルデアとの別れを惜しむ等、嘗て狩人だった頃の所長では在り得ない情緒だろう。

 ある意味、情緒をマシュと共に所長は育てたとも言える。マシュは姉に対する家族愛に近い感情を所長に持つが、所長は血腥い執着心が混ざった友情を彼女へ向けている。

 

「今生の別れの挨拶っぽいわね。

 まぁ、そうならない様、貴女も私も生き延びますか!」

 

「そうしましょう。私が死ぬ前に間に合う様、早く戻って来て下さいね」

 

「別に、貴女は死なないわよ。お節介焼きがカルデアにはいるから。

 との事で藤丸、私はちょっと特異点を隻狼と滅して来るから、ちゃんと訓練を続けて、朝昼晩も食べて、週に三回はロマニに日頃の愚痴をメンタルをケアするのよ。後、御手製マニュアルも暗記しなさい。それと魔術訓練の方のメニューは技術顧問に任せられるから―――」

 

「―――ストップ! 何かもう凄く行くこと決まってません!?

 それに所長が居ない間も地獄メニューが継続されるのって本当ですか!!」

 

「でも、筋肉は人生を裏切らないわよ?

 カルデア特製プロテインは魔術回路も筋肉にするの。むしろ、筋肉と神経が魔術回路になる」

 

「そうだった、この人は頭が良い人格馬鹿だったんだ……」

 

 普通に悲しみ、別れを済ませる様な感性の持ち主ではない。藤丸は所長が脳筋気質な精神なのを思い出し、人間を精神面でも限界以上に期待する類の人間だったと分かり、

 

「そりゃ夢見る馬鹿じゃなければ、真面目にカルデア所長なんてやってないわよ。人間の中身なんてもの、九割は馬鹿で残り一割が真面目で丁度良いって話。

 けど、その調子なら何だかんだで大丈夫そうね。貴方も雰囲気を読んで真面目に悩む程度で良く、悩む何て仕事はロマニとか技術顧問に押し付けちゃいなさい。基本、二人の方針を信じて突き進めば何とかなるって思いなさい。そもそも私が居ようが居まいが、生き死になんて時の運だしね。

 だからさ、まぁ……ほらね、私、もう行くわ。

 いざってなると心配で言いたい事が凄くあるけど、きっとカルデアは大丈夫だしね」

 

「はい。信じてますから」

 

「宜しい。頑張りなさい。私も、頑張りますから」

 

 そうして、星見の狩人は星見の忍びと共に特異点から消失した。まるで大気圏で燃え尽きる流星の様に、静かに輝いた後、あっさりと二人は居なくなっていた。

 

 







 読んで頂き、有難う御座いました。
 ちょっとだけ幕間な話を挟みましたら、葦名編を始めたいと思います。序でにエルデンリングをしていて思ったのですが、糞食いエンディングとは何かと考えてまして、そもそもエルデンリングがエルデの獣であるなら、糞の呪いは確かにエルデの呪いの本質だと思いました。
 そもそも輪廻を司るエルデンリングが獣であり、そこで魂が循環するのなら、何より獣が魂のルーンを養分として吸い取って成長し、またその魂を現世に戻すなら、赤ん坊の魂とは残り滓であり、獣の糞として捻り出たルーンのない魂だとも言えます。女王マリカが死のルーンを除いて黄金律を作り、死の無い世界になる前は、循環する人間の赤子の魂はエル獣の糞だったんじゃないかと言う話です。人間の魂が糞でしかないのなら、確かに女王が死の無い世界を、先がない事が分かっていても求めたのも不思議じゃないかもしれません。ルーンを取られて輪廻する人間の魂は獣の排泄物なのなら、そしてそれをまた獣が輪廻の木となって食べるのなら、正しい意味での糞食いは獣となります。
 なので、糞食いもまたエルデンリングに相応しい修復ルーンなのでしょう。何せ、忌み呪う事もまたエルデの獣が司るルーンなのですから。

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