暗い宙の中、太陽を廻る星の上。人理の地上。その染みとなる時空間の汚点。火を簒奪した灰の集う亜種特異点こそ日本国、葦名。
太陽を得た火の簒奪者が支配する暗黒の絵画世界より、灰の思索たる葦名へ召喚された百七の暗い太陽。それらが特異点と同化した灰の恒星直列魔術回路となって上空に浮かび、闇の中の火の時代が重なる神代を越えた究極の人代。もはや星が夢見る人理が無作為に干渉出来る領域ではなく、故に灰が故意に開けた孔より抑止力を人為的に流れ込ませる災厄の異界。
その街の、葦名支部医療教会。正体は教区長ローレンスの思索そのもの。現状はアゴニスト異常症候群患者を治療する機関だが、今は葦名大学も取り込まれ、葦名国における研究機関にもなっていた。灰もまた教区長を助けたことで、その機関の重要ポストに位置する女。程度はどうあれ、どちらかと言えば今の灰は教えを与える側。
要望が灰に届けられた。
即ち、人理とは何ぞや?
地球人の正体とは何か?
星の眷属である神とは?
神と人と星の繋がりは?
疑念持つ簒奪者らの質問に一人一人丁寧に答えたが、やはり統一した答えからは分散する。もっと詳しい地球人類種の詳細が知りたいと言われ、彼女はノリノリで授業を計画していた。
「では、皆様。この度は私の初回授業をします。簡単に言えば、この人理世界における人類種に対する大まかな見識を広げる為の教え。
この葦名特異点で立ち上げた私だけの学問。我ら闇から生まれた不死なる人間と、地球の子である霊長種の人間との差違。
即ち――人理人類学についてとなります。
今回はこの惑星における単一人類種、ホモ・サピエンスの発生起源と霊長への選定から、この現代葦名までの簡易的な人類史の流れを説明しましょう」
そして、教卓に立つ灰は黒板に文字を書き始めた。
「まず、我ら不死は闇から生命として生まれましたが、此処の人間は何億年も前の、古代海に発生した細胞が原始の母となります。
それで惑星上にてざっくり数十億年間、進化と絶滅を繰り返し、猿から類人猿に進化し、人間たるホモ属に進化することで人類種の始まりとなりました。
そこからまた進化するのですが、此処で猿からの進化形態として幾つかの種に枝分かれします。
人理の人代ではホモ・サピエンスだけが人類種として残り、星から霊長と言う子の資格を与えられてはいますが、数十万年前は人類種は複数存在していました。
では何故、サピエンス単独の人類種に現行なっているかと言えば、このサピエンス人種が多種属を皆殺しにした為となります」
類人猿の絵を分かりやすく書き、そこから枝分かれるようにホモ・サピエンスと、他ホモ属の名前を書き出した。
「サピエンスよりも賢い人類種や、運動能力のある人類種も勿論、多様性を重んじる遺伝子進化によって様々な人間に猿は進化しましたが、それでもサピエンスはこの星から他人間属を根絶しました。また、その遺伝子を自分達の遺伝情報に取り込み、その種の血を薄め、全ての人類種はホモ・サピエンスとなりました。
一番の原因は、遺伝子に革命があったからです。何万年と言う交配の繰り返しでその遺伝子が広がり、子孫の脳細胞がそれで変異し、脳機能が現行人類種の状態に進化しました。
どうもある時期を境に、サピエンスは神を作れるようになったと思われます。謂わば、現実に存在しない虚構を認知可能となりました。
それにより、サピエンスは噂話を伝達可能となったのです。人間でありなから、人間以上の虚構を生み出し、認識能力によって集団の制御が容易くなりました。
群れをリーダー個体が統率するには数に限界がありますが、サピエンスは群れの統率力を認知能力で膨れ上がることが出来るようになったのです。更には、その虚構のために命を賭けて戦える生き物になりました。
―――まるで、死を厭わぬ働き蜂や働き蟻のように。
これがサピエンスとそれ以外の猿やホモ属との大きな違いでしょう。虚構への認知は信仰となり、サピエンスは神と言う概念を生み出す脳を手に入れました。
今の人間社会を見れば分かると思いますが、神を信じる動物こそ人間足らしめる遺伝子の業でしょうね。勿論、神を金や国、あるいは家族に置き換えても構いません。全部、自分達が自分達の為に創った概念に過ぎず、ただのそう言う現象に名を与えて意味を生み、価値と言う脳の認知を得た進化となります。
それが、人間が人間を絶滅させた原動力です。
虚構に感染したサピエンス人類種は、その認知によって国と言う集団を形成する機能を脳に備えました。巨大化した集団虚構統制力により数十、あるいは百数十程度の他ホモ属の集落を、サピエンスはそれ以上の数で壊滅させたことになります。しかも、このサピエンスの兵は虚構に対する信仰で、群れのために死を厭わない化け物となりました。怪我を恐れ、死を嫌うまともな他ホモ属からすれば、殺戮のために喜んで死ぬ気色悪い人間でした。
――家族と言う概念は、その始まりでしょう。
同じ地区で生まれたと言う現象に仲間意識と言う価値観を与え、親と子という現象に過ぎない関係に家族と名を与え、それを大切にする事が出きる個体だけが群れでの生活が可能となりました。勿論、そうではないサピエンスも生まれますが、そう言うのは追放か、あるいは命を剪定することで子孫を残す遺伝子を選別しました。
その繰り返しが、遺伝子の精練です。サピエンス人類の遺伝子は、昆虫的とも言える死のシステムを進化によって、高度な知性を持った状態で使える人間となりました」
かつん、と黒板に書く手が止まる。
「そして、ホモ・サピエンスは現行霊長の単一人類種となりました。殺戮によって更なる成長を遂げた知性を、地球と言う星の魂が認知したのです。
人の魂が根源の星幽界から流れ落ちた様に、星の魂もまた根源から生まれてこの宇宙に流れてきたもの。魂を理解するには、虚構を生み出す知性種でなくてはなりません。
結果、星は神を認知しました。
人間が自然や現象に与えた意味を、この地球と言う星の魂から生じた意志が啓蒙されました。
これが、遊星に滅ぼされた現行人類種による神代の始まりと呼べる境界でしょうね」
人理における神の始まり。
「また、ヒューマン・オーダーとは星が我が子と共に見る夢です。神を夢見る人間からの啓蒙が、星における神と言う概念の始まりとなるのも必然です。
無論、神と呼べる程の超生命種は太古から地球にいましたが、神は人の虚構がなくては星から生まれません。あるいは、神としての権能が機能するテクスチャを星が与えません。
よってサピエンス人類に信仰を啓蒙された星の人理が、人間の為にも神の生きることが可能なテクスチャを人理上に星が作りました」
類人猿から進化し、他ホモ属を根絶やし、唯一無二の霊長人類種たるホモ・サピエンスの血濡れた進化の人類史。
灰は、この生き物を魂から尊敬してきた。よくぞ、此処まで遺伝子を選別し続け、進化の為の進化をし続け、人間の未来に続く殺戮を諦めなかったと。
「その点、我ら不死は闇からの命。古竜が生きる灰色の世界の深淵で生まれ、最初の火から王のソウルを得て生まれた知性となります。
そして、その闇こそ人間の人間性。
電離現象としての火の力は雷神グウィンの雷となり、発光現象としての火の力は魔女イザリスの光となり、発熱現象としての火の力は墓王ニトの死となり、現象を起こす燃料としての力が人間の祖たるピグミーらの闇となりました。
故、我らの闇、この人間性にも、やはり多様性が必要です。
同じ闇から生まれた神に支配され、奴隷種族としての人類史を歩んだ人間として、闇だからと火を排斥するのは人間らしくありません。
人理の者が、科学として神の権能を取り込んだように、我らもまた人間らしく、火も、魔術も、魔法も、科学も、人間の業にするのが正しい人の在り方と思います」
違う世界の人類史を対比することで、灰は自分が人理世界の葦名特異点に召喚した簒奪者に新たな星を啓蒙する。
「とは言え、人理における先史文明の神代も侵略者に破壊されました。宇宙からの来訪者です。
遊星のセファールが神代の神話テクスチャを荒らしに荒らし、神を文明ごと破壊しました。人類種は自分達が信仰することで、母たる星が生んだ霊長による神話世界の終焉を迎えました。
しかし最後は、その星の触覚である妖精が聖剣を作り、人間の手で人理を守らせました。星が夢見た人理上から、神のテクスチャは消えましたが、人間が生きる為のテクスチャはまだ消えてはなかったのです。
偉大なるは、ブリテンの聖剣六妖精。まぁ、あの自堕落な気紛れさは、ある意味で人間らしいです。人間を救うのは、あのようなものが丁度良いかもです。我が子たる人を學んだ星が生み出した生き物であり、無邪気とも純粋無垢とも言えるこの惑星の魂から生まれた触覚らしい者共でしょう。」
灰の手が止まり、生徒役を楽しむ『人間』を見回す。どうやら、退屈で寝ている者はいないらしい。
「それで、第二の神代が西暦まで続きます。世界的な魔術世界の人類史はそんな感じですね。メソポタミア文明の神は何とか先史文明の神代から生き延びてはいましたが、人理を夢見る星のテクスチャを破られてますので、その時代の人理では地上で存在し続けるのは不可能だったようです。神秘は磨り減り、人間の物理世界がテクスチャとして機能してました。
後、これより話の地域を葦名のあるこの日本に絞ります。
古い日本では、土着の神々による神代がテクスチャとして機能していました。縄文時代は巨石文明でありまして、自然信仰が基本でした」
高速の模写技能によって、灰は日本列島を黒板に描き上げた。
「昔々、寒冷な気候で世界の水位が低い時。神代日本は土地が現行日本より広く、人の手が入らない樹齢数千、あるいは数万の古代樹が生い茂る大森林地帯でした。
即ち、数多の神々が住む森の国。
未だに稲作に目覚めていない非農耕民族、且つ狩猟民族たる縄文人は、神の森の国にて生活を行います。
これは大和王朝由来の歴史書にはない古代の神国です。葦名の古い神も、こうした土着の神々が変質した生命種ですね」
余分な人命はなく、無駄な文明がない森の世界。
「まぁ、それもまた人類種の進化で変わるのですが。脳の進化が境となる様、人間は変異します。
これは日本に限らない世界的な人類史でもあります。まず虚構を得たホモ・サピエンスが信仰と言う文明を得ましたが、集団生活が可能となったことで、人間は狩猟文明から農耕文明に移りました。無論、この社会変態に適応出来ない遺伝子の人間は群れから追放されるか、殺されるかして、また遺伝子の剪定が長い時間を経て行われます。
そうしますと、自然は人類にとって農業の為の資源となります。森は伐採され、人間の領域は神域を減らしていきます。林業として木を植えることで、人間は森林を資源として再生させはしますが、それは人間によって家畜化した森です。自然に生きる神や獣は、家畜化した人域の森では生きられません。
人間が、自分達の遺伝子を剪定することで自らを家畜化することで、社会に適した進化を可能にしたように、人類史は人工淘汰によって神域さえも家畜にしてしまいました。
その業の悍ましさを、人外は人間でない故に実感出来ません。自然現象を家畜化する人間文明を、人間は神に啓蒙したと言うのに、その素晴らしき啓蒙を星は理解出来ないのでしょう。星さえも未来では、その星自身を家畜にする人間の底無しの進化を見て見ぬふりをするのですからね。
さて、身内殺しの遺伝子剪定で自種族の家畜化に成功した人類種は、ますます進化します」
この特異点の自然環境では死に絶えた葦名の土地神を思い起こし、灰はチョークを動かす。
「それが、秋津島の神秘の駆逐の始まりです。狩猟民族から農耕民族への転換を機に、神の生命の源である古代樹の森林神域は、人間の人代に汚染されていきました。巨石文明は薄れ、自然信仰は文明に駆逐され、止めに南より侵略者が訪れます。
即ち――人代の神。
神々から人間を解放した生粋の神にして、人国を開くために人間となり、神としての寿命を捧げた人の名君。日本国の原型となる豪族連合国大和を拓いた神道開祖にして初代天皇。
名は、彦火火出見。信仰されていた土着の神々を討伐した神殺しの神であり、日本と言う国を作ることで神代から人代に移した偉大なる大和王です。神の支配から人を解放した神が創った國こそ、葦名特異点のテクスチャとなりました」
大雑把過ぎるが、大まかな概要は簡易的に説明し終えた。
「人を支配する事と、人を統べる事は違います。
この国を始めた王は、人の王となるべく神の命を返上した者です。人を支配する土着神と、その神血に連なる豪族を排し、その人間は新たな信仰を根付かせました。人類種が農耕化したことで弱体化した自然信仰の土着神を倒した大和王は、神秘ではなく、人の文明で國を統べた訳です。言わば、人間を神秘で縛る者らこそ山林に住む土着の荒神達であり、人々は神域の儘の自然と共に生きていたのでしょう。
とは言え、大和以前の神秘の血を継ぐ豪族達からすれば、侵略者でしかありません。神代由来の土着神の信仰を、人代にする大和の宗教は神を弱体化する毒にもなった事でしょう。
しかし、未開のままで転換しなければ、人代化した大陸からの脅威に未来が襲われます。神秘が薄れた時代において、アメリカ大陸やオーストラリア大陸で起きた悲劇が日本国でも起き、他国文明の人類種が原住民を虐殺し、そもそも神の遺志を継ぐ人間の信仰が根絶やしにされることになりますからね」
星が夢見る人理に生存権利を管理された人類種の歴史―――人類史。
灰は集合無意識たる阿頼耶識を好まないが、星の意志たるガイアこそ醜く思う。何故なら徹頭徹尾、何処までも彼女は人間の魂に価値を見出している。そもそも魂が生まれた根源に対しても、灰は嫌悪を抱いている。何よりも、灰は人の魂が暗黒から生まれたからと、その闇を絶対視するのは思考の次元が低過ぎる事実に気が付いている。
何もかも星が、己が子たる人間のその歴史を良しとした故。
繁栄と言う欺瞞から逸れる事は許されない。世界そのものが被造物たる人間を支配する。宇宙の被造物たる神さえも、世界たる星の我が儘には逆らえない。
「神は――星の眷属です。
星の摂理を人が認知し、それに星がカタチを与えた者。
この惑星上の現象に人間が信仰心を抱き、その虚構を星が観測し、神話上のテクスチャに出力したのも権能にもなりましょう。
よって人類種による神代とは――虚構の認知から始まったと言えます。
存在しない虚構へ、祈り、語り、物語を紡ぐ。
星が人間より神を啓蒙され、人間を真似て星の摂理たる自然現象に形を与えたのです。始まりのそれより、人が人にそう祈ることで人間を神とする眷属化もあります。また人が宇宙からの来訪者を神として信仰する場合、その宇宙生命が地球の摂理に取り込まれることで、星の魂の眷属となって神となることもありましょう。
人理を夢見る星が、この根幹にあるのです。神と人が呼ぶそれらも所詮、より高次元の魂に作られたソウルです。人理の世にて、神と人の運命に差異は生じません。闇から生まれた人間である私達と、自由な魂のようで世界が用意した運命の奴隷でしかない人理の人間も、何も変わりはしないのです。
我ら簒奪者となった灰と人類種、違う様で同じソウルです。あの世界と同じく人間は人間です。
根源から生まれた人間は、宇宙の欺瞞に満ちた世界の中で己が起源に戻る必要がありましょう。
星が夢見る人理とは、人間本来の魂を縛る枷です。根源で生まれた在りの儘に、そのソウルを具現することを抑えられています。本当ならば、人間はその一人一人がアルティメット・ワンを殺害可能な因果律を宿す生命種です。この宇宙にとって、究極の邪悪と呼べる存在であり、世界を愛する知性を持ちながら世界を蝕むソウルを、この宇宙の外側から流し込まれた者と為ります」
講義を聞く簒奪の灰達の瞳に、暗い太陽の光が宿る。素晴しき哉、人から生まれた輝ける星の遺志。殺しに殺し、世界から奪い尽くした人間らのソウルが、阿頼耶識として簒奪者の脳内で渦巻き捻れ、全ての灰が人理を人間を管理するに相応しい"神”だと認識した。
己が子で在る故に、その人間性を愛する素晴しい神だと理解した。
地球における人類種にとって創造主を神と呼ぶなら、神とは星であり、灰にとっては太陽だった。魂を偽り、甘い生命と人生を与える欺瞞だった。
「ならば人の遺志が染み込んだ星が営む剪定事象とは、人間の遺伝子に刻まれた進化を尊ぶ本能が人理化した世界の驕りでしょう。即ち星と人は、数万年も行った選んで殺す進化を、世界の可能性にさえ適応させるのを良しとした。
星がそう望む可能性の選択を、人は星に縛られず進化方法として選んで遺伝子情報となり、ガイアとアラヤは互いに剪定を行う人理を素晴らしく感じました」
そもそも人間は、自分達で生命を剪定することで進化した。社会に適する進化を行える遺伝子を後世に残し、その繰り返しで人間は、人間が人間社会を管理し易い遺伝子に進化した。人類は遺伝子に刻まれた本能に従い、まるで動物を品種改良する様に、自分達を殺戮することで家畜化させた。
「故、人理の人類種――星の魂を殺し、星から人理を簒奪し、星を生んだ宙へ旅立つことが人類史の正解となります。
我らダークソウルの人類種が、欺瞞を意義とした神を殺し、魂の生まれ故郷たる闇さえも飲み干し、人間として闇も火も全てを簒奪した様に。とは言え、それを私たちがこの星の人間に、その正解を押し付けるのもまた欺瞞となり得ましょう。
せめて同じ人間として、魂の先駆者として許されるのはこの人理人類種が、その人理に亡ぼされぬように防波堤になること程度でありましょう」
ニコニコと可愛らしい微笑みを浮かべ、そのまま灰は講義を続ける。葦名は何時も通り、灰が望む儘に平和である。灰の微笑みは太陽であり、平穏な世界で講義を聞く簒奪の灰らもまた太陽であり、暗い百八の太陽が浮ぶ儘に好奇を燻らせる。
此処は、太陽の恩恵に満ちた
太陽は、人理の人類種を愉し気に学習した。
灰が語る儘に、百七の灰は学ぶ。人類学も、神秘学も、科学も、工学も、美学も、葦名で愉しそうに学習して暮らしていた。
――――――<◎>――――――
ある日の悪夢、その更なる夢の中。
「貴公……まさか、それは愛?」
「さて、私からは何とも言えないな。しかし、貴方であれば共感出来ると思うが」
「すまないな。私は、そう言う知性を欠落した障害児として生まれている。脳の構造が異なり、人間的と言うモノが分からない。何より、両親などからの無償の愛やら、友人などからの信頼も知らず、そう言う普遍的情緒は狩人になった後に覚えた感情だ」
「魔術師も似たような境遇だ。世間一般からすれば、親から子にする魔術の修行など虐待と何ら変わらない。しかし、確かに貴方と私では生まれも育ちも違い過ぎる。
だが、人生を自分で勝ち取ったのは貴方自身の意志だけのもの。他人の善意に影響され、今までの自分を脱ぎ捨てた私とは違うだろう。
貴方の想いは誰のモノでもない。借り物は一つもない。誰の影響も心に受けない貴方の、その自分自身だけの意志が得た理想と理念。それは人間として誇るべきことだ」
「生まれながら自分だけしか同族がいないと感じるなど、見世物小屋の展示物と私は変わらないさ。しかし今となれば、それは過去の不幸自慢話になる。あるいは、友人と酒の席で不幸度合いを比較し合った時、互いの同情を阿保らしいと見下す笑い話にしたいだけだったのかもしれん。
そうする為、私は古都の血の医療により、持って生まれた生物的欠陥を治癒―――……と言うよりかは、血ごと脳を作り変えられてな。
実際、人間性と言うモノを感じられたのは月の魔物、私を赤子にした青ざめた血による進化の結果。人間も上位者と同様に子供が欲しいと思い、それなくば後世に残す文明の発展に価値などなく、人理など存在する価値もないが……うーむ、貴公も自分の赤子を欲し、愛したいと思うかね?」
「無論だとも。それはそれとして、理想を追うのが私であるが」
「成る程。ならば、赤子を求める思索を欲し、有り得ない我が子を夢見る上位者との相性は悪いぞ」
「いやいや、逆に良いと私は思う。今の人類の為であり、その子供達の為の世界でもある。むしろ、子供あっての人理であるのならば、上位者が抱く渇望と私の理想は理解し合えると思うよ」
「おぉ……おぉ……何とも素晴し―――……い哉、それ?
完全無欠にして全知全能となれば、そもそも子供など要らないのでは。根源接続者の無気力加減を見給え。自分の魂とその宇宙を生み出した母と繋がれば、この世を想いの儘にする無意味さに絶望し、生まれる事すら拒絶する。自身の生命に失望し、描かれた影に過ぎないこの世を切り捨てる。何とも無様。それでは人間以下の知性である。
とは言え、人間性の醜さを克服し、人間として神となれば良い世界となろう。だがそれは、不全でありながら完全でもある矛盾を完成させた生命種。完全無欠である故の欠落を超越した神を超えた何か。
しかし、神より完璧に成り果てるなど―――下らない。
まだまだ思索を欲する我ら上位者が憐憫を抱く憐れさだろう。貴公の理想、争いなく、競い合い、高め合ったその末路、そうなった時に何を選択するか」
「人間は、そうなっても頑張れる。事実、貴方や灰はそうだったろう?
永遠を生きた末、自らの魂で苦しみを克服した人間性。争い必要がない人々であれば、長く生きた先にその答えに辿り着けると私は考えている」
「永遠に成り果てた先か……―――さぁ、どうだろうな?
他の先達は知らんが、私は今の私になっても他の上位者共と同様な渇望、自分の赤子が欲しいとは思えなかった。どうやら、上位者としても私は欠落品であったのだろう。
上等な世の中。上位の神域。上質な生活。
私も私で、この夢の中で優雅に永遠を人形と過ごしながらも、聖杯潜りの地底人として殺戮の限りを行い、我らのヤーナムを狩人の上位者にとって理想的な永遠の悪夢とした」
「では、貴方の考えとは?」
「―――ふむ。私の答えではないが、その考えたる思索は容易い。
私が思うに、貴公の理想を叶えるのなら、個人個人が夢の箱庭を一つ持てば良い。他者との関わり合いは、世界を描いた持ち主の交流とすれば、争いもなく永遠だ。尤も私の思想とは異なる故、メンシス学派のような人類上位者進化計画など―――……物の試しだな。
やはり好奇が疼くのは仕方が無い悪夢よ。その可能性も思索実験の一つとして、この世の何もかもを巻き込んで行いたくなる愉しみとなろう」
「酷い人だ。私など、実験動物と変わりない訳だ」
「否定はしない。私自身さえ、私の思索の為の道具である故。だが貴公も、貴公が理想とする世界で生きれば理解出来る感情だろう。
どうせ、死なんからな。邪悪など些細な事。
それで他人から命を奪われようとも、平凡な日常生活を送るのに何ら支障はなくなる」
「成る程……個人で完結する者となれば、そう思い至るものなのか」
「古都の外側には死徒と言う、地球外外来種による病の罹患者が居ると聞く。彼らからの話も聞いてみると良いぞ?
どう言う思いで、その生活を送っているのか。
何故、人類種の血に寄生してまで長生きをするのか。
目的に何を選んで進化し、何故それを欲しているのか。
とは言え、常日頃から上位者の血を啜り、喉を潤し、血に飢える我らヤーナムの民と比較すれば、死徒の方が遥か人間性に溢れた健常者であるが。
吸血鬼など、人から進化した生命。我らの欲望からすればまだまだ生温い。人間以上の汚物などおらず、彼らの方が遥かに上質な命だろう。だからこそ、私のような上位者になっても人間性が失われず、むしろ人間性を得てしまった人間が問うべき事柄。
そして、それは貴公も同様だろう。その理想、嘗て幾人もの人間が挑んだ命題の一つ。
神代に反逆し、人間の神代の始める理念。その本質が人理たる人代。ならば、それもまた新しき生命種に否定されるのが時間の流れ。
その一つ目。月の王の血を受け入れ、その遺志を継ぐ遺子らの集まり。
もう二つ目。地球の魂を人工仮想し、異星の人理を夢見る星見の驕り。
時間軸の並びを外した平行世界も含めるが、それらが最近の私が内なる瞳で夢見る外側での目立つ観察対象。小さなモノも含めれば、それこそ星の数程に存在するが―――貴公、人の善性に驕りが過ぎる。
人間に"善い”ものが、人類に"良い”とは限らんのだぞ?
まずは自分で試してみ給え。思索とは、そうして理解する為の手段」
「うん。だから、私はこのヤーナムに長居をさせて貰っている。貴方には感謝しかありません、狩人様」
「敬語は不要だ、ヴォーダイム。感謝の意を伝える為だろうとな。
人を敬う意味を理解出来ぬ私は、誰かに敬わって貰う必要は皆無である。貴公の意志を言語の意味合いとしてなら理解出来るが、その想いは狩り殺して遺志にしなくては心で理解は出来ぬ故に」
「まぁ、不死ならそんなコミュニケーションも実害なく互いに出来る訳だからね」
「そうだ。邪悪が些細な事になるとは、そう言うことさ。
で話は戻すが―――……オルガマリー・アニムスフィアとは、貴公にとっては何者かね?」
「―――――……ん。さてね、どうだろうか」
「ふむ。やはり、愛か。彼女との子供が欲しいのか?」
「――――――――直球過ぎないか?」
「性欲とは遺伝子で設計された機能であろう?
雌雄と言うシステムをこの惑星の生命種が発明してから、彼是数十億年の歴史がある。子供が欲しいと言う本能は恥ずべきものではないと考えるがな。
……等と言いつつ、貴公の気持ちも察してはいるが。
そこまで単純明快ならば、人類種の魂は人理など生み出してはおらんからな」
「それと性欲を同列に扱うのが貴方の悪い癖だよ」
「同列さ。極論、今が好きか、今が嫌いか、決定打になるのはそれだ。貴公、今が好きかね?
例え好きだとしてもだ、嫌いな部分もあり、今よりも好きになる"今”が欲しいと願うかね?
人理を新しくしたいと願う貴公の動機、それを動かす動力源。変わらぬ想いだ。気高い在り方を貫き通す貴公を愛し、己が使命に人生を賭す女の事を思えば、尚の事だろう。
オルガマリーが好ましいか、厭らしいか……同じ感情だよ、それ。
断末魔のように、星を砕くように、意思を叫び給えよ。思い煩う事を明確にした瞬間、己が意志を全うする力となろう」
「そうかな、そうかもしれん……ッ―――ハ!?
危ない。実に危ない。貴方の洗脳話術に乗っかり、思わず叫ぶ所だったぞ」
「残念だ。そうであれば、私は覗き見は私にも許さない。潔く、彼女の夢の中ら我が遺志を喀血するのだが」
「どうだろうな。私は、あの面白可笑しく強い彼女を好ましく思っていた。私にとっての青春と言えば、マリスビリーに紹介された彼女との時計塔での学生生活がそうだと思っている。
とは言え、私はヴァ―ダイム家を継ぐ魔術師。アニムスフィア家を継ぐ彼女に恋愛感情を持つのは禁忌だ。
もしヴォーダイム家とアニムシフィア家の両者に道具としての政略結婚があるのだとしても、それは私と血の繋がった赤の他人の誰かがする夫の役目であったし、あるいは逆に彼女と関わり合いのある血族の誰かが私の妻となるだけの話だよ。
事実、私には婚約者がいる。そして、彼女にも婚約者がいた。
自分の事ながら、全く……感情と向き合うのは苦労する。しかし、世の世帯持ちの方々はこの苦悩と向き合い、それぞれの家庭を作っているとなれば、自分にとっての特別は、やはり人間にとって何ら特別ではない普遍的な想いとなる。
私も普通の男と言うことだ。貴方と同じでな」
「同意する。誰もが特別な誰かであり、誰しも特別ではない普通な自分を持つ。
いやはや、当たり前こそ普通に面白い。それもまた青春となる葛藤。愛を割り切るか、否か……そもそれが愛なのか。現実で書かれる物語として人間を愉しませる娯楽である。
まこと学び舎とは、それだけで貴い時間となる。私は知らんがな」
「知らないのか……知らないのに、そうまで語るのか?」
「時に知ったかぶる事も対人関係には大切だ。無駄話を途切れさせず、滑らかに進めるにはな」
「―――ほう、確かに。同意せざるを得ない。
私は中々に人から勘違いされ易いが、面倒だったり、事態の悪化を招きそうだと、態と勘違いさせた儘にすることもある」
「悪い罪人だな、貴公。それ、逆に対人関係を悪化させるぞ」
「―――……手遅れだとも。こう見えても私は、見栄を張ることに命を掛けるタイプの、結構俗物な男なのさ」
「んー、
借り物の理想だとしても、張り続ければやがて本物に進化することもある。貴公が目の前で死に絶えた誰の遺志を継ぎ、そんな善性を信じ続けると決意したのか……所詮、狩人でしかない私では其処に共感は一切ないが。しかし、死人を遺志の継ぐのなら、自分ではない人の想いを自分の意志にする必要があるのは共感出来る。
見栄を張るのも当然だ。
その遺志を継ぎたいと思ってしまったのなら、その人に恥じぬ生き様を貫かねばならん故に」
「あぁ、戻るつもりもないからね」
「成る程。貴公が迷い込んだ理由、彼女との縁以外にも有るようだ。
星見の血――……呑んだのかね?」
「共感魔術の実験でね。擬似的なラインを構築する練習でもあった。
けど、私はその時――宇宙を知った」
「繋がる血の量に意味はないからな。脳を啓かれてしまう。しかし、あの子も悪い子だ。貴公が大丈夫だと確信した上で、その実験と題した密かな企みを致してしまったか」
「宇宙を星見する意味。現世では
―――根源の渦。魔法など必要はなかった。
魔術師としての渇望が全て……あの時、知的好奇心の何もかもが、彼女の啓蒙によって満たされてしまった」
「あそこには人の何もかもがある。しかし、到達すれば人間と言う生命種としての責務が終わる。この世に存在した最初の原因が解明されると、その個体の魂が現世において意味消失へ陥るのが自然の流れ。其処から存命可能な人間は、その世界にまだ必要とされる者なのだろう。
我ら上位者にとっては無意味な場所だ。夢から直接的に魂が生じた者にとって、貴公らと違い根源は生まれ故郷ではないからな。私の今の魂も、夢から生じた者の遺志と交わり合い、死んだ後に逝くべき場所を既に見失い、死ぬに死ねない永遠の不死となった。
しかし、ならば悪夢こそ上位者にとっての生まれ故郷。魂が生み落ちる場所。
外側の星幽界から誕生した魂ではない故に、此処こそ我らにとっての根源だ。
それが貴公が夢見た星見の正体。啓かれた貴公の脳が知った神秘の理――宇宙は、空にある。
宇宙塵の満ちる時代へと行けば、その理は脳の外側でも機能しよう。だがもはや、その神秘は我ら上位者の悪夢に属する領域の力とも交じり合う神秘となった」
「魔術基盤とは形式が違う……まるで他惑星の知性体が営む体系的技術だ。貴方より啓蒙された神秘、どの異界でも十全に機能するので助かった。
歴史も、時代にも左右されず、環境も関係ないのであれば、魔術以上の利便性だ」
「具体的な例を出せば、貴公らの魔術理論・世界卵に近いやもしれん。悪夢に連なれば誰もが同じ意識領域と繋がり、夢に由来する神秘を共有する。
とは言え、貴公は天才だ。既知の事柄。
無才の私とは比較することすら烏滸がましい領域の、上位者が空中浮遊土下座する程の才覚。教えを乞うのは、むしろ私の方だとも」
「いけないな。そう思っているのは僅かに事実かも知れないが、本心より私の才が欲しいと思うのであれば、狩り殺して遺志を取り込んでいる」
「うむ、すまん。その通りだ。神秘に対する才能の有無ほど狩人にとって無価値な基準はない。上位者狩りを繰り返すことで、才能と言う点で私の意識は超次元と成り果てた。
惑星轟、感謝しよう。似たような神秘は元より使えたが、殲滅力が素晴らしいものになるだろう」
「そうか。では、私はもう良いかな?
新規開拓中の悪夢にて、ミコラーシュと宇宙の見方について論じる予定があるんだ」
「いや、駄目だよ。それはそれとして、私のヤーナムに変な教えを布教している点を咎めたいのだか?」
「ふむ。何のことかな?」
「この間、オドン教会で他世界の狩人がテントサウナ同好会なる全裸儀式をしていてな……いや、それは良い。全裸で交信するのも狩人の嗜み。だが、頭黄金三角と、頭ペスト仮面と、頭髑髏面の筋肉男三人衆が汗だくで小さなテントから出てくる光景、流石に悪夢好きな私でも夢に出るぞ。
何でも、私のヤーナムに滞在する金髪の半裸美青年の客人から教わって、直ぐ試したとか」
「間違いない。私だ。獣避けの香の序でに、良いアロマがあるとオドン教会の人に言われてな。まずは試しに、私がテントサウナをエンジョイした。
時計塔にて、サウナ布教バトルするフィンランド人とドイツ人の魔術師のいざこざに巻き込まれた際、私も興味を持った。此処は人目があれど人目を気にせず良いから、ついついチャレンジスピリッツが凄く湧く」
「又、日課の狩り散歩中のことだがな。回転ノコギリを合体改造した二輪自転車暴走族狩人に、ヤーナム市街で侵入して来た別狩人との戦闘中に背後から加速アタックで轢かれ、二人諸共内臓が散らばったのだが?」
「それも私だ。自分の才能に恐怖したよ。火薬庫の浪漫機構を嫌う男の子など、この世に存在しない。常々、ヤーナム道路を高速移動する仕掛け武器はないかと探し、それはやはりと言うべきか、当然だったと頷くべきか、私の脳の内に存在したのさ」
「…………では、悪夢の辺境で――」
「―――温泉郷のことか。それも私だ。
風呂入りたいと言っていた狩人が鐘に呼ばれた時に談笑し、ついまぁ駄目で元々だったのだけど。物の試しであの領域を支配するアメンドーズと思念交信し、温泉の概念を伝えた結果、その意識に影響されて悪夢辺境湯温泉が湧いたのさ。ちゃんちゃん」
「ちゃんちゃん……だと?
しかし、だがしかし、まるで夢みたいに良い湯だった。他世界線で存在する月の狩人が観光に、私が主となるこの悪夢に良く来て盛況だった……――では、ない。
貴公の所為で、温泉好き小アメンが新たな上位者として悪夢より生まれたのだぞ?」
「何か、問題でも?」
「ふむ。上位者は人間以上の知性体。ならば自分で編み出した自分の為に娯楽を、無駄な徒労だろうと楽しむのが必然か。
では、ガトリング銃座式高機動車椅子に乗ったもう片方の暴走族狩人は?」
「あれは貴方が寝言で欲しいと言っていたので、工房を再興したがっていた仕掛け武器好き狩人と共同開発した。
ガトリングと連動して車椅子の車輪も加速する為、特に意味もなく撃ちたい気分となる」
「私かぁ……新型、楽しみにしてるよ」
「聖杯ダンジョンの一つを、秘密基地に改造してある。其処のトゥメル人とも仲良くなれた。今度、貴方も連れて行こう」
「何だね、それ……?
こう言う時、どの様な表情を浮かべれば良いのか、私には解らんぞ?」
「昔、カルデアの娯楽室で紹介され、皆と一緒に見た日本アニメに出た台詞の一つだが。
……―――笑えば、良いと思うよ?」
「この場面で笑うとは、合衆国発祥のアニメーションとは何とも狂った芸術か。そして、それを作るのが血族へ斬殺者の業を啓蒙したサムライの国。切腹文化を死の慈悲とする首狩り民族が栄える東の蛮地列島、実に啓蒙深い国に成長したようだ。
あの国は神代の王族がまだいると聞いたしな。ヤーナムと似たの秘境もあの国には今も尚、多く隠れていよう」
「友人の日本人に聞いた話だが、サムライはもう戦後日本の現代にはいないのだとか。その代わり、何か色々と抑制していた精神が弾け過ぎて文化が混沌化してるらしい」
「残念だ。血族の剣技の源流、その業、進化し続けた果ての今この瞬間、それを生きる最新の武を鍛え上げた侍の剣士より、狩人の業を私の脳へ深く深く啓蒙したかったのだが。
カインハーストにあったドイツ語にも、チェコ語にも、英語にさえ翻訳されていない日本語原本の剣術書の、その記載にあった無の境地。恐らく至ったとは思う。しかし、全てが全て、自分で自分に啓蒙した我流の教え故、どうも手応えが無い。他の月の狩人も狩り合い時に一目し、次の死闘では盗んだ私の業を平気で使う始末だ。
あれ、本当に奥義と呼べる精神状態なのだろうか?
達人と呼べる狩人を何百何千と狩り、殺し続け、同じ回数を自分も狩られ、死に続ければ、夢に生きる狩人は自然と身に付くと思うが?」
「大丈夫だ。平然とそう生きる貴方の頭がそもそも狂ってるので、十分凄いよ」
「その言い様、そんな良い笑みで言う台詞ではないぞ」
「超越的思索に耽る上位者の癖に、そう言う修行を毎日欠かさず続けているのが卑怯だと私は思う」
「貴公こそ、陰鬱なヤーナム生活をエンジョイし過ぎとは私は思う。それと同時、忌諱なく悪夢を楽しむのが善く狩り、善く生き、善く死ぬ狩人だ。今より更に良き酔いを血と共に血以外からも得るのが、健康な永遠の人生であるのだとも私は思う。
励み給えよ。貴公はこの悪夢にも相応しい天才である。
それは兎も角―――狩人慰労BBQ会の、詳しい説明は?」
「ヤーナムの特産品に、巨大豚はいれど牛はいない。探していても何処にもなく、ならばと今度も悪夢でアメンドーズと交信していれば、肉を焼いて食べる美味なる食感を伝えられてな……ヤーナム外の地球の何処かから、牛を手掴みワープで拉致して来たのだよ。
なので、ちょっと悪夢で放牧を。温泉好き小アメンは焼き肉大好きアメンさんにもなり、今では私のベスト上位者フレンドさ」
「あのアメンドーズ、妙な愛嬌があって狩る気が湧かん。元々の痩せた体型も少し太っている様だし、パッチとも何故だか仲良いしな。あれ、元は人間の学術者だった上位者かもしれん。
それと悪夢に、野生化した暴走暴れ牛が追加されていたぞ。辺境の狩り散歩中、他世界から来た月の狩人との戦闘時、不意に角で轢かれて二人揃い、毒沼の谷底へ頭から落ちたのだかな。
後、東国から来たサムライ狩人が、葦名牛やで何で葦名牛やねんと騒いでいたのは貴公の所為か」
「あぁ、彼か。血の修羅になった千景遣いの牛好きだね」
「日本の一部である彼の国は昔、修羅と呼ばれる殺戮の鬼がいた伝承があるようだからな。彼自身、元は忍びなる暗殺者の家系だったらしく、何でも先祖から継ぐ竜咳なる奇病を治しに、遠くヤーナムまで来たらしい。
後な、他にもあるけど最後にしておくが……私の人形に、料理する時はエプロンをした方が良いと言ったのは褒めておこう」
「分かっているとも、同志よ」
「地底人成り立ての狂っていた時は彼女に血晶試し斬りをしていた私だが、より確率論に狂うことで何故か人並みの良識を覚えられてなぁ……いや、凄まじい罪悪感を得られる良き可愛さだ。
エプロン姿で紅茶を出してくれた時、銃口を側頭部に付けながらアノ時をフラッシュバックし、思わず詫び自殺をしてしまったがな」
「貴方が彼女に謝れたのなら、私も嬉しいよ」
「貴公は良き人だ、ヴォーダイム。御礼に、その脳をまた成長させた際、深き闇を見る瞳を啓蒙しよう。
私の、私だけの思索で得た結論の一つ。思索の方法を教え、それを実践すれば貴公が私の一人へと変貌するので伝えられないが、その成果は人に与えるべき上位者の愉しき営み。
遠慮せず、遠き宇宙深淵を覗き込み、近き人間の魂の深い底へ溜まる暗黒の澱を味わい給え。あるいは、根源を観測して法を奪うのも良かろう」
「魔法使いにも、接続者にも、私はなるつもりはない。それを届き得る大望だと勘違いしていた小さな私の欲は、より遠くにある渇望を見出だしてしまった。
……必要な事を、必要な分だけで良いのさ。
貴方の叡知は私にとって、そもそも魔法以上の神秘。世界に法として縛られる神秘では、一度の失敗で諦めてしまうしか未来が許されない」
「その本質、利口が過ぎる。貴公、我ら月の狩人のようになれなくば、悪夢を真っ当に苦しんで生きることになる。それこそ、死ねずに永遠をな。
人間、ある程度は狂わせた方が生き易い。人間として生かすなら、尚の事」
「獣の楽土では無意味だよ」
「完璧だろうと、その完璧を運営するシステム自体も磨耗するぞ?
人理とて永遠ではない。星に生きる霊長と言う仕組みも未来では崩壊する運命だ。貴公のように新しい人理を作ろうが、やがて絶対に外部機構頼りの永劫など消えてなくなる。
参考にするなら、我らの悪夢にし給えよ。
此処は、未来を求めぬ地獄故に不滅。住民は赤子を欲しはするが、種としての未来は不要と放棄し、個体で個体で魂が完結する失楽園だ。
永遠を作るには善悪の拘りを捨てるべきだろう。それこそが獣性に捕らわれ、獣血に支配された家畜へ化す隙間となる」
「貴方は真実しか語らない。だが、私の希望に可能性がない訳ではない」
「魂は、どのような加工をしても腐るぞ?
私のように腐っても、自我を保って永遠を生きるなら、その暗い澱も自分として認めるしかない」
「分かっているよ。けれど、そうなった時は、その危機を人は乗り越えられる。貴方のようにね」
「うーむ、頑固だ。救われぬ地獄に堕ちると私は見えているが、それでもやるとは。
まぁ―――良いか。
では貴公、地獄に堕ち給えよ。
そして、その地獄から覚めたくなった時、私を頼ると良い。オルガマリーやジャンヌと同様、私の夢は客人を拒まない」
「そうか、ありがとう。しかしならば、オルガマリーに貴方の分身霊が憑いているのは、どう言うことで?」
「彼女の意志にして、私の遺志だ。我が愛弟子は私を狩り、私の魂を殺し、私を貪った。ならば、その血に蕩け、その脳に寄生するのは必然だよ。
だがその気になれば、彼女は私の血を外へ喀血可能。
それをしないのは何故か……私にも分からず、故に利用価値のある分は善意で利用させて貰っている。
そして、私の好奇心より湧き出る人類に対する狂気も娯楽にしているようだ。しかし、それは灰の善意による人間性によって抑えられ、獣性となって啓蒙的狂気は和らいでいる。結果、逆にビーストの資格を魂に得てしまったが、人理的にも人類史に被害が少ない方が良いのだろう。灰の所業に人理の抑止力が協力的なのも、私にとっては都合が良い。
しかし、独り立ちは大切だ。時が来れば、私もサーヴァントしての寄生体は消え失せよう」
「カルデアにおける狂気的技術革新の正体は、やはり貴方のものか。
核戦争を防ぐた為の、国家解体戦争計画なるオルガマリーの独自作戦の放棄立案書を見た時、ちょっと頭の中を心配したものだ。食事に誘い、メンタルセラピーをしてみたけど、何か普通だったし、そう言う妄想をする御年頃だとしか結論出来なかった」
「うむ、私が原因だ。世界がこのまま人間の自滅に巻き込まれて滅ぶのは良くないと思い、私が思想した軍事会社による戦争経済を軸とする企業主義体制の完全支配だよ。昔、この夢で彼女に語ったことのある実現可能な妄言であるも、思索としては十分以上に魅力的な人理改竄実験であるのも真実。
カルデアには、それを可能とする技術を作らせてある。その気になれば、何もかもを壊して土台にし、新しい社会体制を生み出せるぞ」
「あー……貴方が?」
「正確に言えば、私の狂気を継ぎたいと願う彼女の理念だ。
本当に、灰には感謝するしかあるまい。あれが居なくば焼却はオルガマリーに予め阻止され、異星は目覚めることなく我らの悪夢に飲み込まれ、人理はオルガマリーのモノとなり、進化し続ける闘争の人理へと作り替えられていたことだ。
灰はカルデアを裏切ることになったが、それもまた人の為、世の為……となる、自分の魂を進化させるのに必要な面白き責務を自分で創り、自分に課す為。
全く、人理焼却は良い運命だ。それは悪魔と灰により、上手い具合にオルガマリーが素晴らしい狩人へ進化可能な因果律が絡み合っている」
「そうか……いや、そうかな?」
「秘密は甘い。愚かな好奇が人の脳を痺れさせる。その気付き、大切にし給え」
「教えないと。ならば、私自身が暴くしかないのだね?」
「この悪夢に答えはないがな。欲しければ、とっとと死から目覚め、元の世界で蘇り給えよ。異星の神も、全ての試練を果たした筈の貴公が目を覚まさず、混乱していることだろう」
「いや、まだだ。まだ足りない。此処での時間は、向こうでは一瞬。まだ大丈夫、大丈夫な筈……大丈夫だよね?」
「やれやれ。もう少し、本来の流れより時間を加速させよう」
「感謝するよ、月の狩人!
お礼に何か送りたいけど、貴方が一番欲しているモノって何だい?」
「何だろうなぁ……―――あぁ、当たり前にある物が私は無かったな。家族からは蔑称で呼ばれ、ヤーナムでも私は狩人でいれば良かった」
「おぉ、そうか。だったら、私がする贈り物の一つにコレを送ろう。
啓蒙には、やはり啓蒙で返すのが道理。私の理念が、貴方にとっての真実になれば幸いだとも」
「何かね?」
「
そんな一時を彼は思い返した。
――――<〇>――――
目覚めは、何もなかった。死んだ後、英霊の座に行けるとは思わなかったが、されど地獄へ堕ちる権利も失っていた。
岩、樹、霧、灰。そして、竜と人、闇と火。
彼女は何もしなかった。死んだ女の遺志が続く魂であるが、この幻像となる世界にとって無関係な異分子。
「……………」
命が無い世界だった。ソウルである濃霧が満ちる岩の世界。やがて岩に宿ったソウルによって意志が芽生え、岩は植物として次世代の形となり、植物と鉱物が混ざった樹が自意識を持って動物的に進化した竜。本来ならば地面に根付いていた根を足とさせ、樹木は生き物のように動き出し、翼を生やして空を飛ぶ。
そして、それ以外の生き物も闇から生まれていた。亡者の姿をした動くだけの幾匹の者共。朽ちぬ筈の竜が動かなくなり、命がない故に不滅であり、それはやがて闇に沈み、だがその体は次の形へと長い年月を経て流動する。不滅の竜が闇に融けた故に、次世代の生き物が灰の世界に生まれたのだろう。
―――繰り返し。繰り返し。繰り返し。同じ時代を繰り返す。
幾度目かの再誕の刻。螺旋となって何処にも進めず、他の未来に進められなかった円環。
「喋るでない。相も変わらず、貴様らは口が臭過ぎる。糞団子が蕩けた果物に思える程。これではまるで神都の下水路だな、世界蛇」
「古い人の来訪者、我らの友よ。太陽の欺瞞、何故許す……?」
「何も何故も、あれもまた人間を生んだ闇よりの産物。あの神々も所詮、自分達が生まれた闇へ還るが運命。
……貴様も、道具扱いする人間と何も変わらない。
嫌ならば今も尚、あらゆる生命を愚弄する白竜に頼み込んでみるがいい。岩から進化した命の生身を捨て、妄執に囚われるあの竜と同様、岩の姿への退化を求道し続けるのも一興かもな」
「―――愚かな」
「しかし、言葉で操れる愚者が欲しいのが貴様だろうに。
確かにその在り様、羞恥心で竜は名乗れぬよなぁ……力のない蛇が相応しい」
「……下衆に浸る貴公を侮った我の不覚は認めよう。欲と好奇に抗えぬ人間性の極みだと錯覚した節穴もまた認めよう。
しかし、あの裏切り者の鱗無しと享楽の狂気を共にしたのは否定出来ぬ筈」
「余らの思想に、何の意味もない。魂の儘に、余はただただ人間性に流されるのみ。暇ならば、また繰り返すが良い。また悲劇を作ると良い。
暗い魂にとっての善行を積み、人を苦しめる悪行を為すと良い」
「貴公……恨んでいるのか?」
「まさか。良い見世物だった。小ロンドも、ウーラシールも……終わるしかない、輪の都もな」
「そうか。我の見込み違いだったと認めるよう……貴公、火と同様、闇の時代さえもう見限っているか」
何千年経ったのか。神が支配する神世界と、人が支配される新時代。太陽は昇り、月は沈み、灰の世と違って昼と夜が繰り返される一日と言う神が作った概念。暗い魂に火の封が施され、人間から闇の王のソウルが覚醒されず、神々が時代を謳歌する為の消耗品として使われる神代。
呆気無く、それは壊れた。
太陽を燃やす為の材料が灰と成り掛け、日が陰る暗月の時代。
だがソウルを蓄えた新鮮な薪は焚べられ、太陽に代わって暗い月が昇る空。
闇撫での欺瞞は神々の欺瞞に潰された。それより続く、不死の英雄が火継ぎとなって死んだ後の時代。呪われ人と不死が罵られる社会。
「真実を知るべきではなかった……異邦人、お前は何故、此処に耐えられる?」
「既知故に。何処まで行っても他人事よ。苦しみとは個人の業であり、他者と共有する感情に非ず。だが、共感可能であるならば、やはりそれこそ人類種共有の葛藤となろう」
「しかし、それさえも作られた偽物だった。古い時代、光の王は人の魂の中身たる闇を封じた。仮初の姿、仮初の命、仮初の魂……偽りの生によって捏造された生命に甘い世界。
それを人間として悪と断じる事は、正しいのか……罪深いのか。
光を望むように躾られた闇より生まれた我らの人間性。光も闇も求める在り様こそ、神よりも貪欲な形こそ、真実なのではなかろうか?」
「渇望を知りたいのであれば、貴様の妹を解剖すれば良かろう」
「あれでは人間へ成れぬ。人間の答えにはならぬ。そう在れと望まれた……他の何者にも成れぬ者で在る故」
「深淵たる古い人の末裔だ。不死の英雄に殺された魂の破片なれば、貴様もまた弟の妻に相応しいとあの欲望を見逃したのだろうが」
「知りたいのだ。知りたいだけなのだ。
人を知らなければ―――何を求めるべきかも、我らは何も分からぬ儘に亡者となって忘我する」
「闇が何から生まれたのか。光と闇も失えば、貴様も見えることだ」
「世界の終わりまで、死なず……」
火は確かに消えた。太陽は消失した。月が輝く為の光は消え、星も見えぬ完璧な暗闇が帳を下した夜の世界。火継ぎは果たされず、人の魂が求めた筈の暗い時代が訪れる。
だが闇撫でと原罪の探究者の企みにより、再び太陽は輝いた。
消えただけでは無駄だった。火の封が解かれるだけでは無意味だった。
神はある意味、人間にとって本当に‟神”だったのかもしれない。正しかったのかもしれない。暗い魂であろうとも、温かい体と甘い命に人間性が満たされ、生を実感出来る定命の人生は、確かに人間たちに神と言う概念へ価値を与える生命群だった。
しかし、もはや不要。永劫を誰が支配出来るものか。
火も永遠に出来るのなら―――あぁ、とても素晴らしい人間の時代ではないか?
どうせ、永遠。人の時代もまた終わる。永遠の中の一幕に過ぎず、永遠に生きる暗い人々は時代を繰り返す。神の時代も人の手で終わらせる必要などなく、自然消滅するのなら、所詮は長いか短いかだけ。そして、永遠の中では時間の長さに価値はない。
「お嬢様への顔料……あんたの血、何故使えぬ」
「他のソウルが汚物となって余の魂を穢しておる。だが、そも余は暗い魂を持って生まれた人間ではない。貴様らと違い、王のソウルから続く人類ではないのだ」
「だが濃い……濃い……古き者の血だ」
「しかし、純粋な暗い魂の血ではない。余は不純物に過ぎんよ」
「輪の都しか、ない……ないのか?」
「…………」
「……あぁ、そうか。あんた、知っているのだろう?」
「奴隷騎士。神からの使命、もう良いのか?」
「もう奴らは死んだ。最後の神も、人喰らいに捕食され、神喰らいとなる為の贄となった」
「己は救われないと言うのに、暗い誰かの為に……人の為に絵を描くあの少女の為に、贄となる事を選ぶのか?
―――神の為、戦い抜いた結末が今だと言うのに?」
「今度は……己が使命は、己で選ぶ」
そして、絵画は描かれた。生温かい冷たさの世界。新しい人間の世界が生みだされ、しかし暗い魂によって新しい灰の世界が生みだされた。
新世界。何も無い岩と霧の世界だけでなく、そこには命の温かさを生む火を灯す闇がある。
だから、生き場の無いソウルは流れ込む。濃霧となって世界を満たす。岩はまたソウルを宿して樹となり、そしてまた樹は意志を持って竜となろう。同時にその外側は、人間が火の時代を超えた世界が続いていく。久遠に。永遠に。永劫に。
繰り返す。繰り返す。繰り返す。終わらない世界と、再誕する別の終わらない世界。
世界が世界を生み、世界は永遠の螺旋に陥る。その螺旋は闇の中を回りながら落下し続け、その闇は底無し故にその螺旋からまた違う螺旋が生まれ、全ての世界が回りながら落ち続ける。
“あぁ……余は誰だったか……何だったのだろうか?”
暗帝は繰り返す。名を失い、だが暗帝と言う魂の名だけは忘れなれない。自分は誰の子宮から出て、誰に何と名前を付けられ、父と母と言う何もかも失い、人間を喪った。
なのに―――皆のソウルは忘れながらも繰り返される。
何もかもが最初に戻り、その世界で同じ名の同じソウルと出会い、同じ会話を繰り返す。
“なにを、ウシナったのか……消えタのカ……タマしイが死ンでしまえば、無にも成れヌなら……”
繰り返す度、暗帝は名前通りの存在へと深まり続ける。
暗黒だ。暗さを支配する者。暗帝と言う‟人間"が送り込まれようとも、何も変わらない世界において、暗帝はそのソウルをより暗く深化させ続けるだけの繰り返ししか許されない。
火の簒奪者が作る世界。あるいは、深海の時代。
その先を見たが、全ての者の居場所がなくなればその果て、土地が消える世界は縮小し、ソウルは絵画へと流れ込み始める。
そして、その世界は其の儘に。だがやはり世界だけは残り、灰だけの世界となって全てが風化し、同じ様に最初から繰り返される。岩と霧と暗い闇。ならばまた火が生じるのも必然。
此処では、どう足掻こうとも因果が灰に収束した。
暗帝がどんな未来を見ようとも、最後の最後には最初に戻って永遠となる。
「―――おや。おやおやおや。
これは悍ましい牢獄の世界。
流星が落ちてきた大本を遡行してみれば、このような世界に寄り道するとは」
「何だ、貴様は……」
「宙を旅する褪せ人の一人さ」
色褪せた黄金のような、輝きが無い黄色の光。それは頭部が光らぬ黄色の太陽となった何者か。口も目も耳も鼻もなく、丸い炎が揺らいでいる顔面の人型。
「……意味が分からぬ」
「外なる神からすれば、誰しも外なる神と言う訳だよ、君。だが何者かの遺志が介入した邂逅だとも察せられる。
何と言う事だろう。神を作る意志を遺志に変えるべく、意志より生じた指の遺志を託された私だが、あぁだがしかし……いやはや、業腹じゃあないですか。終わりへ辿れば始まりは同じとなるとは」
「意味が、分からぬと言ってるのだが?」
「世界を一つに融かしに来た。大いなる意志はもう私の遺志となり、ならば輝ける遊星となって世界に堕ちる流星となる。
そう、私が―――星となった!
綺羅綺羅と光る流星より、また流星がキラキラと輝き分かれるのだからね?」
「成る程。意味は分かった。忌々しい来訪者か、貴様は」
「忌々しく想うのは私の方だ―――!
エルデなどと言う神の中身となる幻視を生み出した理由、それを作った意志の根源……それを知る責務が私には存在する。
獣の星よ……獣を流した意志よ……真理に啓蒙深い獣性など、誰が考え付いたと言うのか。何を経て、関係のない世界で神を作ろうとしたのか。
お前はそれについて何か知っているのかな、女?
だが、その者さえも生んだ元凶が存在するならば、更にその元凶さえも作った諸悪の根源が要るならば、それら全てを私として一つに融かす責任が私にはある!」
「―――知っている」
その黄色の無貌は彼女の魂を幻視する。故に既知だと断定し、皇帝だった不死の女は迷い無く断言した。
「そんな事、知っているとも!
分かっているから質問しているのだからネ!!」
「古い獣を探すと良い……だが、余はこの世界からは抜け出せぬ故、貴様は一人で探すしかないがな」
「げっひゃっひゃっはっはははははははハハハハハハハハハハハハハハ―――――!!!
星の空にさえ見付からず、まさかこの世の外側から我らの空に来た者共だったとは、全く大いなる意志など嗤わせます。死ね、死ね死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね。死ね死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!
……ラニさん、聞こえていますか?
貴女の律も意志から分かたれた幻視の法でした。
全ての律を一つに混ぜ、私がエルデの概念となってまで求めた答えにやっと辿り着きました。星の琥珀がソウルなどと呼ばれる律……見付けました、星の空の先の此処で!!」
流星のエルデンリングのポーズを取り、彼ないし彼女は答えにまで辿り着く出前に来たことを感じる。
「それで、貴様の名は?」
「エルデンリングを溶かした律。その概念となった者。されど、もはや名は消えた。生まれ変わりを繰り返し、容貌も性別も人格も個性も喪った。
故、狂い火の王。
否、狂気さえ今は色褪せた。
そうだな、久方ぶりに問われた名乗り。そして、人間種との何百年振りの会話だ。あぁ、困る……実に困る。名などないと言うのに、何かを名乗らずにはいられんとは」
「好きにすれば良い。何を名乗ろうと、何も変わらず、何も得られぬよ」
「
何が良いと思いますか?
お前は儂の魂を見ているじゃないですか?
良い雰囲気のものを貴女に付けて頂けますと、非常に助かるかも?」
「貴様、脳の神経回路が狂っておる。言語野がまともに機能しておらん」
「仕方ない。見た目通り、私は頭の中が御花畑のどんな花弁よりも黄色いのでね」
「成る程、仕方ない。納得した。であれば、褪せ人で良かろう。貴様以外に、もういないのだろう?」
「ギャッハハハハハハッハッハッハハハハ!! この宙の下にはな!
しかし、違う宙の下には同じ顔面黄色の同輩達がウジャウジャと存在しているとも!! 世界の数だけ、私達は世界を一つにすべく宙を巡る流星として旅をする!!」
「そうか。宇宙の深淵と交信する……その何だ、猛毒電磁波でも受信していると見える」
「あぁ、そうだが。知恵者の巨人に倣い、鏡で頭部を覆えば反射出来るがな。
だが―――古い獣かぁ……そうか、そうか……ヒヒヒ、良き概念ぞ。あぁ、遂に大いなる意志に手が届く。届く、届くぞぉ……!!
星の輝きが、色褪せた黄金の流星たる我が黄色の恒星に届くじゃないか!!
成る程、成る程。これは素晴らしい、路が繋がった。哀れなる人間が獣と混ざり合った末路とは、何とも泣かせる悲劇じゃないですか。
古い獣の濃霧に覆われた上位者共の悪夢が、空に浮かんでいるとは恐ろしい、美しい、悍ましい、素晴らしい。
世界を終わらせた結果、違う世界に終わりを齎す悲劇が流れ落ちるとは。
神が生まれた始まりが人の愚かさこそ起源となるならば、それを求める賢しき者は愚鈍の極みと呼べましょう!!」
興奮の余り、黄色の星が燃え上がる。その火の熱さと輝きは見る者の魂を揺さぶり、暴走させ、その本質を肉体に具現させる狂気である。
つまるところ、暗帝は人間性を強引に表へ引き摺り出された。
狂い火の王の瞳と化した
「―――――」
肉と皮を破って溢れる闇。それが一瞬にして物質化し、硬質化し、血肉ごと石化して硬直する。バジリスクの呪死に近い効果を持つも、だが褪せ星は何かを秘める魂を問答無用で暴き犯す。この褪せ人は何の遠慮もせず、呼吸をするように暗帝のソウルを凌辱した。
とは言え、互いに真性の―――
暗帝は篝火と化した自身のソウルの熱によって蘇生し、魂を嬲り殺す神狂わせの病から直ぐ様に元通り。
「死んだ。しかし、悪い気分ではない死に様だな。心地良い……」
「魂が解放される故に、な。
だが、すまぬ。興奮してしまいました。気分が昂ると発狂させてしまう体質でして、えぇ……それがお前の幻視たる中身の本質と」
「感謝する、
「どういたしまして、女。それで、名前を教えて頂いても?」
「余も貴様と同様、名を喪った。ただの人間、ただの女に過ぎんが、今は暗帝とだけ名乗っている。それと新しい感動をくれたお礼に、一つ良い言葉を縁として預けよう。
―――カルデア。
貴様の暗い宙の旅路において、この概念が良き導きとなることだ」
「暗帝に、そしてカルデアと……―――ふむ、ならば来い」
「はぁ……?」
褪せ人はぐいっと黄星の顔面を暗帝に近付け、右手で左手首を掴み、その耳元で力強過ぎる意志を込めて意味の分からないことを宣言する。
「道標は拓かれた。さぁ、暗帝ちゃん!
この無限に広がる暗黒宇宙、俺と共に旅へ出ようじゃん!!」
「断固、拒否する。独りで逝け」
「おや。おや、おやおやおやおや。あれあれ、あれ、あれ、あれれれれ?
私の誘い文句、決まらない。留まってるとメリナちゃんが運命キリングしてくるから、出来るだけピューと移動していたいんだけど」
「殺されてしまえ。どうせ、死なんのだろう?」
「否。死ぬ。蘇るだろうが、時間は掛り、蘇った私の魂が元の儘かも分からんからな。黄金樹の祝福を殺す彼女の刃は、貴公にとっても朱い腐れ毒となることだ。
尤も―――昔の俺なら、だが。
お前、生きるにウンザリしているなら、私の巫女に殺されるのも一興かもしれん」
「あぁ……それは、素晴らしい。実に素敵な死神が、貴様には救いとして与えられているのだな」
「素直に認めよう。彼女こそ、我が死、我が運命。我が終わりの巫女」
「それを、貸すのか?」
「すまん。やはり、この提案は忘れ給えよ。
愛しき死を他者へ渡す程、私の心は広くはなかった」
「おい。悲しい何て分かり易い感情表現を、その炎の揺らし方で再現するな」
見る者が見るなら、黄色の綺羅星が更に色褪せたションボリな雰囲気に見えるだろう。しかし、そもそも直視すれば発狂する邪悪な輝きであるため、何とも無意味な感情表現である。
「しかし、カルデアとは……おぉ、見える。見える。見えるではないか!!」
「良いから、手を離せ。貴様の日光はソウルに悪いのだ」
「ふむ、気難しい女性であるなぁ……――黙れ。行くぞ。
永遠に価値はない。お前は此処に居る意味もない。真実、無意味である。
終わりなき命が終わりを求めているのならば、私以外の誰が律を背負うと言うのか」
揺らぐ黄色。深まる暗黒。法則が狂い出し、暗帝のソウルが褪せ人のエルデンリングへ蕩け合わさり、同時に褪せ人の律も暗帝の暗い魂に焦げ付き合う。掴んだ手と暗帝の腕が、互いにドロリと合わさった。
―――星になること。
暗帝が永遠を輪廻する絵画世界が狂い、宇宙卵の殻となる門がぼやけ、空の境界となって律が崩れ始めた。重力から全てが解放され、虚空に穿たれた暗黒があらゆる法則を歪ませ、この‟宇宙"に穴が開かれた。そして、燃え広がる黄色の火。あらゆる存在がルーンとなってエルデンリングに食われ、この世界の律が喰い潰される。
回収を。世界を運営する法則そのものを奪い取る。
即ち、律の統一。だが、この世界は歪にして異物。
狂い火に奪われたエルデンリングは、直ぐ様にこの世界の律と適合してしまった。あるいは、そもそも暗帝が人生を繰り返すこの世界自体が、エルデンリングと言う別世界の法則に一切の抵抗をしなかった。世界を破壊する敵を、むしろ歓迎して自分自身から破滅を受け入れ、黄色の滅びと言う律との融合を喜んでしまっていた。
深まる闇が、本当の―――最期を理解した。
恐らく、もう誰もが終わりにしたかったのだろう。
文明を続ける意味も、また時代を最初からやり直す意義も、永遠に在り続ける理由も、もはや皆無。自動的にそうなるだけの仕組み。その世界で産まれたあらゆる生命が、己が命を拒絶するに至った悪夢のような箱庭。
終わりにしてくれる救世主を前にし、自ら進み―――引導を渡されたかった。
それが、答えである。唐突に現れた滅びに抵抗する意味がない世界に、此処はもう成り果てた。本来ならば、こんなにも容易く世界など狂い火の王だろうと滅ぼせない筈なのに、此処は自らを終わらせたいと進んで自害した。
何故ならば、こんな末路にて永遠を苦しむのなら、そもそも誰も―――生まれたくなかった。
果たして、こんな世界を狂い火の王以外の何者が終わらせられるのか。この世に生まれたことを絶望する魂に、一体誰が救いを与えられるのか。
終わりを願う全ての生命に――救済を。
それこそ、この褪せ人がこの世界に辿り着いた本当の訳。永遠を例外なく苦しむ人々の絶叫が、この王を呼び寄せた。今までそうして、狂い火の王は星となって世界を巡り回り、此処もまた終わるしかない故に今此処で総てが終える。
一人、本来の住人ではない暗帝を除いて。彼女だけがまだ終われないと、闇から産まれた魂でない故に、この結末を答えだと得られなかった。
「貴様は、永遠を救える……と?」
「終わらせたい者にとって、のな」
――蕩け燃える魂の断末魔。
暗い魂の血。それで描かれた世界の律に、狂い火の王が感染した。無限に確立した内の一つでしかないとは言え、世界の終わりが確定した瞬間であった。
地面がついに盛り上がる。絵画と言う概念が壊れる。
流星による直接的な重力崩壊。この世界と言う星が終わりを迎えた刻。
永遠の暗黒が空に浮かび、星の種を生むかのように世界が一つの塊と成り始め、狂い火が輝く星として燈った。
悪意等と言うには生温い邪悪の黄星。
それは黄金樹を生み出す程の生命力。
元より無尽蔵に近しい褪せ人の祝福。
終わりの星を新たな律として己に融かし、今此処に狂い火は次の新世界へと旅立つ権利を得た。
「さぁ、共に逝こう。君の世界へ」
暗い魂が道標となる。カルデア、と言う概念が存在する別世界への案内人。暗帝の裡から人理と言う素晴らしい律をその瞳で見た褪せ人は、新世界を心底から祝福しよう。
◇◆◇<●>◆◇◆
そして、世界は唐突に終わりを迎えた。誰の目にも映らず、静かに空より降る黄色の邪星。その星を追うように来た数多の暗黒流星群。大いなる意志より分かたれた狂い火を滅する為、狂い火の王の焔で死に切れなかった大いなる意志の残滓が放った眷属の群れ。狭間の地における輪廻を狂い火の混沌より継ぎ、流星は黄金律と指による憎悪でもあった。
時は西暦2016年。人理焼却が起きなかった未来の一つ。
都市に降り立った獣共が人間を重力から解放し、暗黒を核にして数億人規模の人間球を作った。その生命たる星の種こそ、黄金樹と言う星樹の元となる木の種。人間の血肉によって黄金樹は赤色の生命を帯び、黄金樹の数だけ生まれた区画へ霧が覆い、黄金樹一つ一つが異界を創造する。
人理は完全に―――崩壊した。
人類史は外的破滅によって消え去った。
人理焼却さえ起きていれば、あるいは外側から人理を感知される事もなく、その襲来を回避出来たかもしれない。だがこの世界は何事もなく平和で在ったが故に、特に選ばれた意味もなくあっさりと滅亡する選択肢しか残されていなかった。カルデアは存在していたというのに、だがこの滅び方に対処など人類で出来る訳がなかった。
「―――余の、所為なのか……?」
祝福溢れる黄金の世界。幾本かの黄金樹は既に種を作り出し、それを宙へと流星として旅出させた。それは狂い火の王によって死んだ大いなる意志をまた再誕させる為、その養分として選ばれてしまった世界の悪用法。同時に星の獣たちはその狂い火の王を殺す為の刺客。
黄金樹は人類を還樹させる事でこの世界の律である抑止力と人理の利用方法を学び、英霊の特性を持った人間を生命系統樹に組み込ませ、霧の内側で独自の文明を発展させていた。
「余が、余が……あぁ、あぁぁあああ……ッ―――」
この人理世界は、流星の獣にとって素晴らしい苗床だった。余りにも豊富な生命資源。星の内側には独自の異界が存在し、その異界もまた黄金樹は地面に張らした根によってエネルギーを吸収し、その異界を運営する律もまた獣によっては価値のある法則。それもまた祝福の源となる黄金樹の栄養分。その惑星独自の魂の循環さえも黄金樹の樹脂たる琥珀を作るエネルギーに組み込み、大ルーンを為す素材にさえなろう。
神の中身たる律を運営する概念――エルデンリング。
ならば、エルデとは概念自体を生み出す創造律に他ならない。
流れ星となって、数多のエルデの獣が地球に寄生する。黄金樹はその星の魂が流れる輪廻転生を外的制御する装置であり、その星の琥珀をエネルギーとする寄生植物。
大いなる意志たるエルデより来たりし概念――エルデの獣。流れ星と共に飛来する星からの獣にして、意志の使者。
それこそ、黄金樹の根幹。星の種から成長したエルデの樹は、惑星に根付くことで琥珀を作る。
祝福によって人類の魂は輪廻の環に黄金樹が干渉し、その生死の繰り返しによってルーンが生み出される。人々の命と魂がエルデンリングを黄金樹の律として稼働させ、世界の法則としてその惑星の輪廻機構にする。
人理―――その律が、黄金へと塗り替わった。
暗帝の魂が縁となって辿り着いたこの世にて、抑止力が還樹されるのは必然だ。
「何故だ、どうして……世界は、それなのに……」
「―――人類に黄金樹の時代を。
しかし、その現実を焼き払うのもまた人類。お前にまだこの世を憂う心があるとは思えないが、この星は人理の律が支配している。ならば、常識として憂う必要もない。
どうせ、無かったことになるのだろう?
苦しみも悲しみも、惨劇も悲劇も、不必要ならば弔いも要らぬのが人理の良い合理性。
正しく、人の心無き完全律の一つと言える。
私はとても好ましく思うぞ。善悪等無く、そこには正しさだけがあり、過ちを根底から根切るその徹底はな」
「だが、剪定事象は起きぬではないか?」
「黄金樹に、その律を取り込まれたからな。哀れではないか、世界の理を滅ぼすもその世を守るのもまた黄金樹。
ゲッヒャッヒャッはっはっはっはー!!
酒が美味いとはこの事か。お前の言う灰がおれば、そもそも世界の滅びなど起きる前に阻止されていたが、その灰がいないことで世界はこの末路に至りました。
残酷なこと。とても、ね。
我らが七柱の黄金樹全てを焼き払えば、エルデンリングのルーンとなった人理はエルデの支配から抜けられますが、その人理によってこの平行世界は剪定される運命となりました!!」
「もはや、八方塞がりだ。貴様の言に乗った余の過ち……」
「良いさ、良いさ。この世もまた、エルデンリングと同じく環の虜囚。人も、世界さえも、だ。だったら、罪悪感など無用でありんす。メッチャ如何でも良いことやねん。須く元に戻るのならば、あるいは元の世界が隣で平行して進んでいるならば、そもそもこの世界の人間の魂に何の価値が有ると言うのだろうか?
全てに保険が掛けられ、失敗したとて、万事正常に人類は先に進む。
何と言う欺瞞に溢れた律であろう。死んでも良く、生きていても良い等と。
それはそれとして、英霊の霊基と言うモノを我輩の祝福に融かせたのは僥倖であったぜ。
世界のテクスチャを好きに偽る因果律、その魂―――プリテンター、ねぇ……いやはや、私はそんな大層な褪せ人なんかじゃないんだけどさ?」
「ほざけ。貴様程、その霊基に相応しい化け物はおらん。己が魂をあらゆる魂に作り変え、世界を騙すのではなく、世界の運営方法ごと作り変えて世界を偽るなど、それ以外に何に該当する?」
「自分、ファーリナー志望っす!
私は星……月の輪廻で輝く、冷たい夜の星が良いのだ。だが、褪せ人は貪る者。今はそう言うカタチの獣となり、人となる」
「知るか。酒でも飲んで眠れ」
「その通りさ! 故、祝おう!!
永遠となったこの世界を想い―――乾杯!」
「あぁ、乾杯」
暗帝が出した篝火の上、そこには鉄鍋。その中は、海老と蟹。黄金樹の支配領域で美味且つ巨大に育った甲殻類を食べつつ、悪酔いして泣き上戸になった暗帝を宥めつつ、褪せ人は篝火のエストと祝福の雫のカクテルをした酒を万能ツール鞄の秘密道具で作った後、それを聖杯瓶に入れてイッキ飲み。暗帝も同じく、エスト瓶を入れ物代わりにしてがぶ飲み中。
何だか、生命力が甦る味がする酒気だった。
今はもう黄金樹を六本燃やし、残す最後は日本区域のみ。此処は廃墟となった東京。富士の山頂に根を張り、豊富な生命資源によって狭間の地より成長した黄金樹は全長七千メートルを超え、富士山と合わされば一万メートル以上の狂気山樹。他の区域同様に、この日本も神代からの神話体系をエルデンリングに奪い取られ、魂のサイクルは黄金樹が司る不死の国。狭間の地の褪せ人を殺す為、他の所を同じく弱肉強食の残酷な戦争地域。
黄泉は暴かれ、神代が蘇り、祝福によって英霊の魂を得た者達。そして、祝福された生き残りは人間として生き、祝福を失くした者は褪せ人と呼ばれ、死なずの奴隷として使役される。追い立てられ、血を狩猟対象にされ、祝福を受けた人間共の奴隷種族にされた鬼の角人。特に意味もなく狩り感覚で殺される妖怪や魔物。神々は屠殺され、祝福を得た人間たちの血肉となり、だがまた神々も祝福によって蘇る。
磔にされた人々。拷問が習慣的に行われる鬼狩り。
劣等と差別され、人も魔も神もある意味で平等に搾取される国。
黄金樹より蘇った英霊が殺し合い、エルデンリングを奪い合う殺戮の応酬。
褪せ人の狂い火に犯された律に、禁忌は無し。殺し合う事が正義であり、闘争の限り祝福され、戦いに心が折れた時に祝福は奪い取られよう。そして、英霊は常に祝福化されて供給され、受肉した今を生きる人間として蘇り続ける。
壊れていた大いなる意志は、狂い火の王によって更に壊れ、手段と目的が合わさってしまっている。それより遣わされた眷属である星の獣もまた壊れ、意志も獣も褪せ人の狂い火の熱に狂っている。そして、既に六輪のエルデンリングが褪せ人のルーンとなった。それは七つ合わせても狭間の地のエルデンリングよりも弱くとも、狂い火の律によって人理と神話が合わさり、それぞれの地域を容易く地獄に変えていたのだろう。
「サー・モモタロー……あれは、強過ぎたなぁ……はぁ」
飲み過ぎた所為か、暗帝は深い目で遠くを見詰めつつ、溜息を一つ。
「確かに。隕石群を遠距離から連続で切り落とすって、何ぞ?」
「劣等鬼種殲滅波って何だったのだろうか……?
余、あの祝福貪り魔が怖い。まつろわぬ星の悪神、
「鬼狩りの皇子、
神州最強。無敵皇子。鬼狩りの英雄。ヤマト四道将軍。あらゆる桃太郎伝承の力を持つ英霊の祝福を受けてしまった少年は、本来ならば人理を救う程の運命力を持っていた筈であったが、律の器となった見た目だけは美少女の根源接続者に支配されてしまい、しかし褪せ人と暗帝によって何とか討ち取られた。
神たる全能の女王に偏愛される破目になった少年を思い、また酒を一口。旨い。二人は哀れだなぁ、と自分よりか彼が哀れでなく、むしろ哀れまれる立場であるなのを分かった上で酒の肴にして話題にした。
「お、今度はカレー味か。インド黄金樹界を思い出すな」
「味変じゃよ。塩味も良いですが、調理は創意工夫が命。即ち、愛。ついでに肉も入れよう。
……しかし、どの世界も人間は変らんのう。あの黄金樹界も……何じゃったけ、カーストだったか。あれ、貴賎感覚の極致じゃった。
私が旅した狭間の地も色白蛙や萎え脚の差別人種、
私もルーン欲しさに、遺剣の劣等殲滅波で毎日虐殺していたなぁ……」
「この日本黄金樹界も、角有りの鬼が差別され、奴隷として玩具にされておる。いやはや、本質的に人間とは祝福を得ようが変らんな」
「おや、おや、おや。おやおやややややや?
そんな劣等種を助け回っていたお前が、そんな諦めを口にするとは」
「諦めておるから、力尽くで助けておったのだ。悪性の営みを喜ぶ民に、言葉は意味を為さんよ」
「ぐうの根も言えんグゥ……お、良い香りだ。この日本の原生樹林で取れる神獣は良い出汁が出おる出おる」
「此処の神代は、知性有る獣が荒神となって山々を根城にしていたらしいからな。だが人語を喋る巨大熊の肉は、どうなのだろう……?」
「命、大事に。動物は何でも食べるのが人の業よ」
「差別主義者が倫理を語るか?」
「差別された側の経験故の倫理じゃよ。私、特に思うところないのです。ゲッヒャッヒャ……そも、人は劣等よ。
神に劣るようデザインされた生命に有意があるとでも?
自分達と違うモノを群れから排斥するのは本能。生まれながらの獣性、それが劣等知性。
とは言え、私が
マジ、殺し足りんのです。いや、殺しても甦るから空しいだけじゃけど」
「貴様、根が俗物よな。余もそうだが」
「同意。俗物の極みですね。だけど、お前はちょっと性的倒錯し過ぎてる。でも、殺されたら殺す程に憎むのが普通やろ。
王朝でのしろがね撲滅運動はルーティーンよ、ルーティーン。一日の始まりにまず黄金波。御買物のルーンはそうして手に入れるのが褪せ人の日常」
「はぁ……あ、そう。しかし、日本黄金樹界。此処を滅ぼせば、エルデンリングから解放された人理が剪定事象を引き起こすことを思えば、このままあの全能の器を壊すのも如何なのか」
「差別。貧困。紛争。飢餓。疫病。天災。人災。取り合えす、地獄じゃろ?」
「人界では当たり前の悲劇よ。一々、そんな程度で人理の人間は自滅せん。ある意味、愚かさとは永遠に付き合い続けるのが人の業だろう。
だが、不死で死ねぬのもなぁ……魂が余のように淀み、腐り、深まり、暗くなるのならまだ良いのだが……」
「此処での褪せ人は、祝福から英霊の神秘が褪せた不死を意味するからのう……いやぁ、心折れた民は惨め惨め。
英霊要らずの本人単体で糞強い褪せ人もいるにはいるが、やはり弱者の不死は哀れです」
「あの変態ら……逆に英霊の魂魄を、自らの魂に食べた故の褪せ人共か」
「古代源氏の超技術を得た魔術学者によって作られたロボット兵器って、何ぞ?」
「何だろうな……―――いや、大本はローマの神々と同じなのだが」
「顔面戦車やら、カラクリ巨大騎馬やら、巨大ゴーレム兵器やら、よく分からん超技術も私の星にはあったが、この星の技術力は吃驚仰天じゃ。
この星は愉しいぞ。いやはや、旅は良いものだ。酒も飯も美味し」
「しかし他と異なり、この日本黄金樹界は栄えておる。あの女王が変態なのもあるが、初動が良かったのだろう」
「核兵器、だったじゃろ? 他区域の国、沢山もっておったからのう。
あれ、黄金樹焼き払うのに自国へ何発も撃ってたからな。荒廃しまくりでイトオカシです。あるいは、虐殺エンジョイ人」
「結果、自滅とは。いやはや、憐れよなぁ……何せ、時代も悪かった。細菌や毒ガスなどの生物兵器による殲滅作戦も行われてしまった」
「ヨーロッパ黄金樹界、中華黄金樹界、中東黄金樹界、北南米黄金樹界、インド黄金樹界は最初から壊滅的。そして、何故か勝手に滅んだブリテン黄金樹界。
残ったのが、殺戮兵器が少なく、一番小さな区画と言うのが皮肉じゃな」
「ヨーロッパが、特に酷いものだった。見目麗しいエルフが、ああも娯楽産業として尊厳か消化されるのは、一人の人間として恥ずかしい文化である」
「そうか? 北南米の方が出鱈目じゃなかったかのう?
超大型の巨神が彷徨いてるとか、私からしても怖かったぜ。ついつい狂い火になったこの身を焼く滅びの火が解き放たれてしまった」
「黙れ。余ごと悪神を焼き払っただろうが」
「すまんのう。あの時の私は、今の桃髪フンワリ超絶美少女ではなく、禿頭髭顔色眼鏡親父に生まれ変っていたからですゾ」
「落差が相変わらず酷いな、貴様。後、ピンクは淫乱って学説をこの日本では聞いたが、気狂いでもあるようだな」
「整形が趣味なのだ。暇さえあれば顔面のストック数は増やすのが休日の過ごし方よ。お前が好きそうな、女受けをする中世的な美男子にでもなろうかい?」
「ほざけ。正体を知ってる余からすれば、何であれ気色悪い。顔面黄色。しかし、料理が美味いのは好印象だ」
「褪せ人の必須技術です。食べると筋力や耐久を上げられて便利だよ」
「神秘よなぁ……―――酒」
「はい、どうぞ。呑め、酔っ払い」
グチグチグチグチ、と会話が止まらない飲食風景。共に行動をするようになって五百五十八年。もはやこの惨劇が日常となった年月であり、黄金樹によって訪れた新時代が過ぎた時間であり、剪定事象から狂い火の律が世界を守り続けた歴史であった。
とは言え、ずっと二人で旅をしていた訳ではない。特にこの日本黄金樹界では、他の黄金樹支配領域がほぼ放射能汚染と生物災害と疫病伝染で死に絶えた荒地であったのと違い、自然が保たれつつ、且つ在る程度は文明が維持され、だが荒廃も進んでいる場所。その分、他とは違って難所が多いのもあり、分担して行動することも多かった。
「あれ。あれあれ……この匂い、この気配、久方ぶりです」
「………」
「ほぉ。余好みの美少女……お前の相手には勿体ない」
濃密な存在感の死。暗く、黒く、冷たい炎の死。焦げた赤色の髪は乱れ、右目は黄色く爛れ溶け、左目は宵色に淀んでいる少女姿の死。それは神を滅する程の運命的、死。
―――死。
魂を殺す運命。肉体を殺す猛毒。
それは命を削り消す琥珀。生を否定する概念。
狂おしい死の具現。だが『死』に雑じった混沌の全て。それは『火』であり、それも『血』であり、それは『腐』となり、やがてそれは『星』となって輝くのだろう。
「やっと、追い付いたと思ったら……―――貴女、何をやっているの?」
「あ、メリナちゃん。なに、私を殺しに来たの?」
「そうだけど……はぁ、相変わらず狂ったお婆さんね」
「違います。違うのう、この世界だと儂みたいなのはロックと言うのじゃ。知っていましたか?」
「……狂い火、貴女にとっては玩具でしかないわね」
「ゲッヒャッヒャッはっはっは! 玩具にしたのは、三本指さ!
あの祭壇にて祭られるは外なる神、モーグが愛した古い愛―――姿なき、真実の母。
意志の眷属たる力。即ち、瞳。そして、不要された三本指の狂気が混ざり雑ざり、蕩け溶け合い、狂い火は誕生した。
お前なら、理解出来るだろう―――種火の生贄。
火もまた神たる幻視の概念。狂い火も、炎血も、滅びの火も、呪血も、本質は同じく神性よ。とは言え、外なる火、外なる腐、外なる血、排斥されたその三つを狂い混ぜた三本指の狂い火は、また特別ではあるがな。
忌み子モーグが火の器たる血の君主となった様、巨人が祭る悪神によって滅びの火が黄金樹を焼く様、所詮は神共が望む律の儘よな。
お前なら、共感出来るだろう―――私の黄金を。
二本指が仕える黄金律の神性……星と死も、狂い火に融け合ったのよ。狭間の地に来訪していた外なる神は無論、今はもう宙にあった神性さえ私が全て貪り尽くした」
星――流星、意志の獣。冷たい夜空、星と月。
死――宵目、死の女王。死儀礼。凍える黒炎。
火――悪神、滅びの火。巨人の神にして火種。
腐――停滞、朱い腐敗。永遠の眠り、腐る毒。
血――生命、真実の母。忌われた赤色の混沌。
「三本指は願っていたんだ、メリナ。こんな世界になるならば、最初からやり直そうと」
二本指は星と死を司り、永遠の為に死を封じた黄金律。三本指は火と血と腐敗を司り、黄金律から不要とされた神性。
だが、エルデの環から消された訳に非ず。
ただ、そのリングから隠されてしまった。
何もかもが一緒だった。それを乱せば、狂うのは必然だった。手から指を分ける最初の間違いから狂気は生まれ、全てを焼き溶かした所で元には戻らない。狂気は癒されず、やり直したとしても元には戻らず、間違いを無かった事になど出来ず、故に黄金が色褪せた黄色の混沌は生まれたのだろう。
「元より、全ては同じだった。指は五本、必要だった。星だけが永遠に輝き、世界を照らし続けようなど」
血による混沌。命は受け皿。瞳は星にして、星は地上を見下ろす目。星の命がエルデンリングとなるのなら、環とは瞳であり、命は全て死で繋がっている。
「今を生きていた命は望んでいなかった……それは、貴女の意志によるもの」
「私に使命をくれた巫女の為に。生きる意味、それを知らぬ女ではあるまい。
お前は私がヴァイクのような愛情による失敗をせぬ様、ベルナールのような絶望で裏切らぬ様、敢えて距離をとって必要最低限の接触にしておったが……まぁ、それが仇となったな。
己の心を殺し、己を殺す為だけの旅をする贄。
私は、そんな犠牲で律を続けるのは真っ平御免でしたから」
「………そう」
「それはそうと、駆け付け一杯。どうです?」
「頂きます」
渡された杯の瓶、その中身を火種の巫女は一気に飲干した。燃えるような酩酊。巫女は狂おしい程の良き宵なる酔いを覚え、無性に何もかもを死なせたいと言う快楽を覚える。命が生きている事そのものが許せず、頭部を竜顎に変えて炎の咆哮を上げたい気分となる甘過ぎる酔い。それは暗帝にとっても、この酒の酔いこそ
祝福とは、命の死で産まれる蜜。中身は日本産日本酒であるが、器が中身に影響を与えるのは自然。
「甘くて熱い。あぁ、美味しい……」
「呑め飲め……うむ。酔いで忘れていたが、先程までの会話、前にも同じことを喋ったかな?」
「ええ。狂い火を受ける前に貴女、言っていたわ」
「そうか、そうだったな。もう忘れてしまっていたな。では、食べなさい。話したいことも沢山あるんでしょう?」
「蟹と海老……あれ、これってザリガニよね?」
「日本のザリガニは凶暴でな、故に美味い。人間も鋏で挟み、凄く食べるぞ。蟹もな」
「…………この鍋の材料、人間食べてたの?」
「んー……そうじゃない?
むしろ、私の手足食べたのも混ざってんじゃない?」
「そう。今更だけど、貴女って狂ってるわ。でも美味しい」
「えへへへ。ありがとう、メリナちゃん」
「どういたしまして、狂い火の王」
茹で立つ味。酒と肉は魂で味わうのだ。隠し味に、狂おしい程の慈愛を込めて。
「―――……そうか。
王の巫女よ、貴様ももう狂っているのだな」
「暗帝、だったかしら。この星にて、噂は聞いている」
「ほぉ、録な話ではあるまい?」
「ええ。何でもヨーロッパの黄金樹界は、悪どく滅ぼされたとか。
この日本でも
「言うではないか。その貴様は、ブリテンを滅ばした元凶と見える。自滅したかと思ったが、犯人は貴様だろう?」
「あれは光の六王剣にして聖剣の王権、六妖精の鍛治師による奇跡の滅び。尤も防衛機構が寝坊しなければ、宇宙からの侵略は防げたらしいけど……その辺り、余所者の私には理解出来ない。
奴隷鍛冶師として鎖に繋がれ、強制労働されていたのを私が助けたの。結果的に祝福持ちに、聖剣使いの騎士が大勢居て大変だった。妖精の犠牲による聖剣は、人間たちに奴隷種族として妖精らが搾取され、その黄金樹による歴史を覆す為の原罪らしい」
「ほう、ほう。成る程。それ、妖精共の自業自得ではないか?」
「はい。そもそもあの六人が聖剣を作れば、ブリテンに堕ちた流星は迎撃出来ましたし、堕ちたとしても挽回は容易く、初めから黄金樹の伐採も可能でした。
しかし、ブリテンの大地に寄生した所為で、聖剣作成に必要な養分は全て楽園から吸われ、もう楽園も今は消えましたから。妖精の立場が、この日本で言う鬼だった。
……残酷なのは、中身のない空の聖剣を託された妖精の少女でした。
祝福されたブリテンの人間を皆殺しにし尽くし、黄金樹を焼き払う為に生まれた彼女こそ……いえ、私が憐憫の願いを持つのは傲慢だった」
「この日本やブリテン同様、他も似たような地獄よ。畏敬と畏怖を込め、桃太郎卿と呼ばれるあの少年もその妖精の少女と似たような境遇だろう。
違いがあるとすれば、此処の女王は律を宿す前から全能だった。そのような運命を愛さずにはいられない狂人だった。見付かれば、玩具にされるのが必然。
今はもはや、此処は全能律が支配する女神の常世である。
あるいは、それをも超えて根源律と呼んでも構わぬ程、神の奇跡に狂っておる」
鍋から小皿に分けた蟹を暗帝は、今は狂い火に犯された宵目―――狂死の巫女へ、その運命を同情する表情を浮かべた儘に渡した。
運命への同情など、英雄の精神を持つ者には屈辱だろう。しかし、その程度の獣性に感情を動かせる程、巫女は人間性を裡に残していない。同時に彼女は暗帝の憐憫が偽りなのも察しており、そうするのが正しい情緒だからそう言う貌を暗帝はしているだけだった。
「気が合うの、早いのう。儂、ずっとメリナちゃんと旅していたのに、一緒に鍋を突いた事もないってぇのに。
と言うより、その刃で私を殺さないのですか?」
「死なないもの。この刃を死の聖剣に鍛え直しましたが、貴女の狂い火には律を殺す死も混ざってる。
運命の死を殺せる程の―――死。
この矛盾、私が克服しなければ、貴女の律には至れない」
「そっかぁ……じゃぁ、仕方ない。あぁ愉しみにしてるよ。
死ねるあの感覚、忘れられぬ。祝福を与えられる前、褪せ人となり喪った死の終わり。生きるも死ぬも、未だこの身は律に縛られる故」
ずず、と汁を啜る。蟹と
「嘘つき。死に、期待なんて無いでしょう」
「終わりにはならんかったからのう。じゃがな、お前はお前の死で、此処の黄金樹もブリテン同様に亡ぼすつもりかな?
それが酷い欺瞞だと分かっているかい?
我が狂い火よりも、この星本来の律は狂っておるぞ?
私は生まれたくなかったと絶望する者の声を記録するが、この人理なる律は絶望そのものを根切る完全故の汚物よ。
いや、汚物と言う評価さえ抹消する虚構の幻視で在る故、生命賛美に真っ向から反する生命無惨の恥知らず、且つ狂い火さえ嫌悪する倫理無き理の律。
そもお前が、狂い火を嫌うのは生命を否定する為だ。その意味においてならば、やはり黄金樹はこの星でも正しい律である。
如何に狂おうが、祝福とは全く以てそれだけで素晴らしい。そして、お前が狂い火と歪んだ律より守ろうとした世界が、この地球と言う人類種が産まれた箱庭の末路でもある」
「ええ。わかっています」
「狂い火で焼かれた意志より来たれし黄金樹。その我が混沌律であれば、剪定事象と言う法則から全ての生命が赦されることだ」
「それも、分かっています……」
「ならば、この世界にいる間は、お前と私はあの時通り、巫女と褪せ人に戻ると言う訳です」
「決断は任せる。狂い火を私は否定するけど、狂い火を選んだ貴女を否定はしたくない。本当は、黄金樹を焼くべきだった私は、そんな貴女を否定しなくてはならないけど。
だから、あの時の貴女が星を滅ぼすまで何もしなかったように、最期までこの星の黄金の輝きを見届けます」
「ありがとう。私だけの、運命の死」
「―――ええ、ええ。実に感動的な話です。
黄金樹に滅ぼされたこの惑星の人類種でなければ、涙が出てしまう程に」
歪んだ空間。亀裂の入った時空。その隙間からニュルリと言う効果音が聞こえそうな仕草で、その女は出て来た。
そう、その人間は正しく『女』であった。
女と言う概念を具現した、美しく、麗しく、芳しく、艶かしく、素晴らしい美女だった。その姿は黄金律としか呼べず、これ以上ない絶対的比率のバランスであり―――エロスの体現だった。
とんでもなく、どうしようもなく、圧倒的なエロチックを誇る性なる聖女だった。序でに着ている服も、服とは呼べない性的衝動を見る相手に与える下着同然の代物だった。
「貴様は、殺生院祈荒か。どうした、性欲解消の男女漁りは良いのか」
「はい。私のH&Wコレクションも揃ってきましたし、関東内府の御仕事も部下に任せれば安泰です」
「H&Wコレクション……?」
「あら、メリナ様。御存知ではないのですね。この日本では大分知名度のある私の所業なのですが」
「ハズバンド・アンド・ワイフの略じゃよ、メリナちゃん。あの冒涜的火山の拷問館……ではなく、火山館の拷問部屋の性的版みたいな悪趣味さね。
とは言え、今は少子不老化社会が酷いとのことで、今はそこの女の趣味嗜好で赤子工房にもなっているとか、いないとか、そんな感じです。
―――悍ましい在り様だ、殺生院。
だが効率的だからと、工場の製造過程に落とし込んだ生命の営みこそ人間の業。
魔人の強さへ至り、神の如き体を得て、しかして人間性たる己が意志は元の儘」
「…………」
「良き、蔑みの瞳ですわ。メリナ様、私、興奮してしまいます」
「この女、無敵だから止めとけ。昔の余に並ぶ変態だ」
理解出来ない変態を見る狂死の巫女へ、不死の暗帝は諦め共に忠告をした。
「頂けない言葉です。暗帝様とは理解者同志になれると思っていましたのに。折角、妹に衣食住を面倒見て貰っていた二ート全能の目を盗み、苦労して此処へ来た私への侮辱でしょう」
「あの全能の変態は躾甲斐がありそうで、実に余好みな美少女で在る故、貴様よりもあやつの方が好きである。
……そもそもな、貴様の目的は桃太郎だったろうが。
その無駄に溌剌で御機嫌な様子、どうやらあの神州最強は仕留め切れんかったか」
「はい。正しく、その通り。御苦労様でした。貴女たちが彼を弱めて頂けた御蔭で、良き夜のお相手を拾う事が出来ました。
今、思い出しただけで…・・はぅ、肉が欲で蕩ける熱い夜でしたね」
「―――詳しく」
「褪せ人、聞くな。余の耳が腐る……はぁ、貴様らの女王、怒るであろう。桃太郎はお気に入りだったと思うが?」
「えぇ……―――それが?」
「ま、そうよな。元より気にする女ではなかったな、他人のものか、否か等と」
暗帝は遠い場所を見る瞳で宙を見上げ、そもそも元凶が宙から来た黄金の星神だったと思い直し、やってられないと言う感情を隠さずに酒を流し込む。
「良くお分かりで。なので……ええ、その鍋、私にも下さらないかしら、褪せ人様?」
「構わんぞ、色欲狐。鍋は大勢で囲む程、美味きものです。しかし、質問があるのですが、宜しいかな?」
座る巫女の太腿を撫でようと尼は手を伸ばし、それを巫女の俊敏な手刀で叩き落とされる。暗帝は狐耳の尼が近くにいると性欲が昂って食欲が減るので、さり気無く彼女へと押し付けていた。
しかし、それでも手を出すのを諦めない。余りのも素早いセクシャルアタック。食事中にすることではないが、狐尼には関係のない倫理。むしろ、飲み食いしながらするのも良き趣向。
「褪せ人様の鍋も巫女は絶品ですね……え、あ、はい。宜しいですよ」
とは言え、褪せ人にも人情はある。さり気無く質問をすることで巫女をエロ攻撃から逸らし、幾度目かの邂逅であるので相手の正体と性根も見抜き、本当に特に意味も理由もなく自分達に会いに来たこの色尼との会話を楽しむことにした。
「君の祝福は九尾の狐で良かったな?」
「その通りです。玉藻様の成れ果てこそ、私の祝福でした……まぁ、貴女様が見抜いている通り、今はそれだけではありませんが」
「そりゃ別に良いじゃよ。ぶくぶく太り給え。良く肥えたその魂、欲深くで実に人間らしいからな。ほら、儂も同じなので理解出来ますから。
―――で、蘆屋は?」
「その場の勢いで」
「そうか。死んだか、あいつ……いや、別に良いんだけど。で、ヤってから消化したん?」
「勿論ですとも。貌と体は良い男でしたので」
「そっか。そっか、そっか……はぁ、面倒臭い。こっちの協力者、減るのはのぅ」
「この黄金樹を守る正義の味方を倒すのに、あれは丁度良い相手でしたからね」
「あの褐色白髪の赤マント、シツコイじゃん?
この間、丸三日間、壺大砲担いであれと一対一で市街地で狙撃戦する破目になったんだよ。蘆屋がいりゃ楽だったんだぜ。困ります」
「人質戦法ですか。最低ですね」
やれやれ、と堂に入った尼の溜息。見る者に性的欲情と共に、何処か神聖ささえ感じられる表情と吐息であり、見てるだけで胸焼けする甘さがある。
「お前が言うのか……?
いや、良いけど。彼には千子村正が入っていますので、あの投影魔術も超次元的に悪辣で。私の武装も結構が複製に盗られてしまいました」
「私のお気に入りの御人です。体も心も、とても良いでしょう?」
「否定せんが……あれ、凄い誑しだろう?」
「ええ、とてもとても。ですが、黄金樹の所為でとても可哀想なんですよ。私たち人類はあの暗黒の星によって人類球にされ、星の種となって黄金樹の元になりましたが、そこで祝福に選定された魂はまた黄金樹から生み直されました。
木の枝からの再誕。産まれ直し、それが今の生き残りです。
もはや、黄金樹との共生しか人類種には残されていません。
彼は正義の味方であり、本心では黄金樹を焼き払いたいでしょうに……しかし、それをすればただただこの星ごと全人類を滅ぼすだけの悪手になりました。
―――剪定事象、でしたか?
エルデンリングが全ての人類を人理から守護する結果となりました。
元凶がそれだと言うのに、それだけがこの星の、この未来に至った人類の可能性を尊んでおれます」
「あぁ……だから、か。だから、あの星を呼び込んだ私と暗帝を憎み切っているのだな」
「当たり前です。とは言え、私は貴女と暗帝様には感謝しています。友人になれました彼女との邂逅は良き運命でありましたし、何より毎日が気持良くて堪りません。
黄金の流星絶頂―――……はぅ、誠に私の未来は黄金色に輝いておりましょうや」
「お前、まさか……―――え、本気か。そんな律を見出しているのか?
この世界で律を産み直す方法に気が付いた最初の人間が、お前になるとは……」
ニタァ、と蕩けた貌に刻まれる歪んだ笑み。魔でなく、天でなく、彼女は徹底して人。いや、天魔と呼ぶに相応しい魔人である。
「色星の環―――絶頂律。
全てが蕩け合い、愛し合い、私となって昂りましょう」
理解出来ない何か。悍ましいと呼称するのも無理な外なる魂。巫女と暗帝は驚きの余り、開けっ放しになってしまった口から汁を垂らしてしまった。
褪せ人唯一人、尼の律を尊んだ。何であれ、世界とは全く以てそう在れば素晴らしい。
絶頂律。聞いただけで心が躍る概念。褪せ人はまだまだ常識に囚われていた自分の浅知恵を恥入り、その幻視を啓蒙され、狂い火に様々な快楽の色が蕩け落ちていく感覚を覚える。
「人間とは、私です。こんな狂い果てた世にて、私だけが人間でありますれば、是非もありません。そして天に立つ人間の心根の本質とは、皆様方を差別なく、区別なく、優劣なく、等しく蕩けさせる至上の愛。
ならば魂を統べる律とは――我が意、我が欲、それらこそが相応しいとは思いません?」
己の未来を想像するだけで精神を絶頂させる麗しき尼の
「世も末だな。あ、本当に末だった」
「仰る通りかと」
それはそれで、不幸のない未来だと褪せ人は思う。同時に、全人類がこの女の奴隷玩具になる訳であり、人々が永遠に性的快楽に溺れる高次元知性生命体になることを意味する。
即ち――快楽の為の不死。
正しく、快楽祝福。人々は快楽の為に生き、快楽の為に死に、快楽に溺れる眷属の神々となる。何せ神たる女王と血と性を交じ合わせれば、強制的に神性持ち。
狂死の巫女は、死んだ魚よりも感情がない腐った瞳で尼を見ていた。つまるところ、理解したこの女の律を理解してしまった事実そのものを消したくなり、個人が法則を支配する世界とは一歩間違えればこうなることを悟っていた。
何より怖いのは――エルデの輪は、その律を許容する。
矛盾はない。永遠を良しとするならば、法則の組み立てなど何でも良く、完全も不全も等価であり、幸福も呪詛も同じ意味。無論、底無しの快楽も。例外は狂い火のみ。
「どうした、メリナ。手が震えておる」
暗帝は絶望的変態性に対する畏怖で震える巫女を気に掛ける。恐らく、この手合いの悪と邂逅するのは初めてなのだろう。
「暗帝……私、人間って何だろうって最近想う。やっぱり命にも尊厳性がなくては、いっそ黄色く焦がすのも……駄目、駄目だ。挫けそう。
何故、世界はこんなになってるのに、この人は愉しそうなんだろう?」
「人間は強いからな。頑張れる者は、頑張れてしまう。
地獄に落ちても自前の適応性で居心地良く、人生を尊んで幸せなのだ」
「善であれ、悪であれ、此処の人間って強過ぎると思います」
「おい、あれは例外だ。性欲を満たす為に神になろうとする者など、況してやそれで本当に神となれる器を持つ聖人など、あやつしかおらん」
「私の母も、あれくらい型から外れていれば……いえ、それならそれで、二本指がまた間違いを正そうと元に戻って五本指の混沌たる黄金律になるだけ」
そして、彼女はブリテン黄金樹界で入手した古式拳銃の手入れを始めた。酒と飯が落ち着けば、それと会話以外の暇潰しを欲するのが人の欲。この日本で流通している超小型携帯タッチスパコンも暇潰しには良いが、狂死の巫女は実益もあれば嬉しいと今や趣味となった装備点検の方が面白い。と言うより、狭間の地で
弾丸に込められるのは―――
それは狂死の弾丸。黒に混ざる赤と黄。
ブリテンの王。不死の魔王。聖剣狂い。
彼を殺した狂った巫女。妖精、生け贄。
だが、王の伴侶たる女王は槍の写し身。
託された魔銃と妖精に鍛え直された刃。
黄金樹とは黄金呪。騎士王の写し身だった墓守の少女は、甦りを約束された王として黄金の祝福をされ、聖地奪還を夢見た獅子心王に王座無し。滅ぼされた楽園より生まれた残骸の魔女は黄金樹の枝から人間として生まれた筈なのに妖精として再誕し、腐れ湖の魔女となってしまった彼女は、現代の殺戮道具である銃火器を司る銃の魔女にもなっていた。
妖精の魔女――ヴィヴィアン・ル・フェ。
魔女が作った銃は、
何の為に生まれたのか―――メリナは、思い悩む。
褪せ人の手で与えられた自由なる運命の命。なれば自由もまた狂気の一つ。これが無限の可能性が導いた道の一つだとすれば、自由の代償とは余りにも大き過ぎた。
魔銃は、重い。想いが、重い。母より託された使命ではなく、これは自分で自分に課した使命と、その使命によって得た永遠の責務。決して晴らされる事のない罪科の現れ。
「…………」
尼の性的悪手癖とセクシャル言葉責めを受け流す褪せ人を見つつ、暗帝は暗い気分を晴らすべく、口に頬張った肴を酒で流し込んで食欲と飲酒欲を満たす。狂い火の褪せ人と共にこの星に来た暗帝は、幾らこの並列世界を彷徨して探しても灰は居なかった事を思い返す。あの灰の記録を知る暗帝は、此処には葦名はなく、ヤーナムもないのを知っていた。そして、そもそも灰さえ居ればこんな惨事には決してならず、なったとしても人類の未来は選択肢として残されていた事だろう。
暗帝が滅ぼした霧界の一つ、中東黄金樹界―――バベル王国は最も酷く、差別、迫害、虐殺、虐待、殺戮が日常と化した場所。天使と悪魔が、邪悪なる人間共の玩具にされる世界。嘗て全人類の文化と言語に統一し、神と宗教を排して人類圏を巨塔の都市に纏め、人類王となった天国への反逆者が、黄金樹塔によって支配する人國。
人間が、法則も含めて何かもを支配すれば如何なる処となるのか―――地獄、と呼べば良いのだろう。逆に其処は人間だけの狂宴が許される楽園でもあった。冠位弓兵の資格を持つ一人の王が、人類種の何もかもを赦してしまった楽土であった。
「思えば、余……良く倒せたな」
天使殺し、拳の聖者。天使を殺して魂を狩り集め、神の使徒ではなく、人の使徒に変えた人國官。褪せ人がとある蛮地の王を思い返す程の筋肉の化身だった男。だが悪魔もまた聖なる拳で打ち祓い、人間の奴隷として捕え、人國なる地獄へと囚われた罪人として苦しめ続ける。彼一人だけで全人類を守るのに戦力は十分だと言うのに、天使と悪魔は人國王の使徒として奴隷兵になり、黄金樹を燃やしに来た褪せ人と暗帝と戦っていた。
地獄こそ極楽。
楽土とは焦土。
悪夢さえ楽園。
宙に浮かぶ神の館は地に堕ちた。ガフの扉は抉じ開けられ、黄金樹の養分として吸い取られた。
しかし、その人國も消え去った。最後に残るは日本のみ。
「
根源接続者が幻視として貪った神の名。それを暗帝は思い出し、どうしたものかと悩む。神殺しの神、神を殺した月の神剣。夜に浮かぶ暗き月こそ、今の日本を照らす偽りの神の太陽の正体。尤も、その太陽神の分け身を宿す人間がこの場にいる尼なのだが。
暗帝は思うに、此処は暗月の人國。
色情の淫炎で燃える狐火の太陽と、殺し取った
「月を落とさねばならんとは。褪せ人の巫女、貴様なら殺せるか?」
「何であれ、神には律が付き物。運命と因果より祝福された者なら、私が殺せない道理はないでしょう」
「そうか。いや、良かった。ドーマンの代わりが必要だった故」
暗帝が見るのは、腐れ湖の魔女より産み出た狂銃。巫女はもう、見てるだけでは許されない。使命の為に死ぬ旅を生き延びた先の自由の正体とはソレだ。自由に伴う責務とは、何の為に死ぬのかではなく、自分の裡から生まれた願いの為に生きて苦しむ事である。
不死ならば―――永遠に。
暗帝がそう在る様、褪せ人がそう在る様、今の巫女もまた同様。
星の意志が映り宿る右瞳は黄色く、女王の遺志を継いだ左瞳は宵に沈み、巫女は違う二つの色で世界を見詰め続ける責務を背負う破目となった。狂火と狂死が彼女の意志を常に狂わし、火種である肉体は火炙りの激痛で何とか正気を保つ毎日。だが痛みに慣れ、痛覚が機能しない日々。
爛れた続ける火種の器。
幻視たる炎を宿す人薪。
だからか、きっと託された願いが嬉しかったのだ。
人殺しの為に生まれた銃の重みが、巫女へ生きる実感を新しく与えていた。
◇◆◇<●>◆◇◆
結局、世界は人理によって滅亡した。救済程、惨たらしい結末はない。黄金樹の支配から救われようとも、人間は決して許されない。
人間から生まれた無色透明な集合意識域―――阿頼耶識が、人類種の平和な結末を許さない。
望まれる因果律には限りがある。永遠に続く黄金の時代に価値はないと最初から決められている。
〝始まりの呪いとなった古い人、深淵の主。
終わりの呪いとなった不死人、奴隷騎士。
―――……ダークソウル。余の人間性となって余を生かす、余の暗い魂”
一人旅の最果て。流れ着いた世界の地球。遊星が墜ちる前、まだ生きる神が支配する時代の星。あるいは、遊星が地球にそもそも飛来しなかった可能性の一つ。それとも、悪魔が星を撃ち滅ぼして神々の世界を救った有り得ない霧の人世。
一つ確かなのは、何故か人理が働き、剪定もされてないと言う現実。
「ああ、貴公。久方ぶりだな。私と同じく彷徨える事になるとは、悲劇と呼べる」
「貴様……―――まさか、あの悪魔か?」
「うむ。別の未来を選択した可能性の一つであるがな。しかし、意識をある程度は共有しておるぞ。古い獣も、数多の可能性を共有している故に。
ほら、見給えよ。私は女だ。貴公の知る悪魔とは別人であるとも」
「ややこしいな、貴様ら。思えば、ソウルが似ておるだけでカタチが違うのか。だが、奴と違って古い獣の死滅を望んでいる訳ではないと見える」
「狂い火の流星となって来た褪せ人に、私がソウルを肥えさせ、星となった獣を狂わされてな……あぁ、貴公には大いなる意志と言った方が分かり易いか。星となり、時に鈍くなった我が神、我が獣。眷属を別の可能性を選んだ星に流れ落とし、獣を寄生させて霧に覆い、ただただエーテルを永遠に貪り続けるだけの現象。
所詮、人間同様、神もまた獣よ。
しかし、正体等に如何なる価値が宿ると言うのか。
滅ぼされたとて、何も変わらんよ。しかし、獣を滅する為に獣となった私の手で、徹底的に殺し尽くされ、デーモンたる私もソウルを奪い取られ、今はこうして違う世に堕ちた訳だ」
「ならば、獣は?」
「我ら同様不死故、滅びん。しかし、もう要らんのでなぁ……―――喰った。
私もまた古い獣の未来の一つであり、人から獣に退化したことで生まれ変わった悪魔の可能性でもある」
「あっさりとした答え合わせよ。いや、如何でも良い疑念ではあったがな」
「私と言うゴールに辿り着いた褒美だよ。
エルデの源流、それこそ古い獣から漏れ出たエーテルの流星である」
「すまない、知っていた。あの褪せ人を殺し、ソウルから記録を読み込んだのでな」
「―――……あぁ、そう言えばそうか。私もまた不死の一匹、理解ある文化だ。
我らにとって、殺し合いこそが分かり合いである。相互理解に魂を貪り合う以上の業など有り得ない」
異なる神話で
―――空が、赤い。星を覆うソウルの霧は血に染まる。
人類と神々を遊星から救った災厄を滅ぼすべく、遊星を滅ぼした獣の悪魔と敵対した神々の流血。
―――海が、白い。錆びた神血のソウルが母へと還る。
創世神話にて神々や人類を生んだ女神は融け合わされ、獣に成り得る要素は全て深海へ沈没した。
―――地が、黒い。神域同士の領土闘争で地は焦げる。
七種の獣が解放される日を回避出来ず、神々は霊長の悪性腫瘍に犯され、しかして悪魔は食べた。
そして、悪魔は狂い火の王に滅ぼされた過去を喜んだ。古い獣は人の中身に堕落し、幻視となって形のないソウルに融け、悪魔は遂に古い人の獣になる未来を得た。この愉しき星に堕ちてしまった幸運も、全ては狂い火による因果律の集束だった。
しかし、獣性は全て討伐された後の完結された人星。即ちこの星こそ、生き延びた神々と人々が、悪魔の霧に囚われ、宇宙へ旅立つ未来を永遠に失った揺り籠である。
「貴様が、全ての元凶か」
「肯定するしかあるまい。私が救い、私が滅ぼす。しかしてどうせ、先のない未来だ。この世は並列世界の繁栄を運営する人理に、私によるソウルの霧による祝福が無くば滅ぼされるだけの人代が正体だ。
思えば、私には真理が足りぬ。正解が一つだけでは未来に進めぬ。
魂の罪人たる要人のエーテルより生まれしソウル。そして、そのソウルより生まれたエルデのルーン。
私はな、まだ見てみたいのだよ。我々人の魂が行き着く進化の先を。人が救われるには、何処まで魂を啓蒙させれば良いのかを。
―――永遠の魂が、欲しいのだ。
獣の悪魔になった私は、人の悪魔になった私と違うのだよ。良くも悪くもな」
「あぁ、成る程。ならば、古い獣がヒトの思考形態を獲得とも言えるのだな」
「同様、人がケモノの深層心理を理解したとも言えよう」
他太陽系で製造された戦艦。銀河系を巡る箒星、遊星本体。つまり
今のこの星は文明が進み過ぎた。宇宙を庭とし、遊星や宇宙戦艦も作れる程。しかし、悪魔がこの宇宙に人間種の獣性を解き放つ邪悪を阻止し、他平行世界の人理崩壊を邪魔し、他惑星知性体や別人類種の平和を守っているのは余りにも余りな皮肉。あるいは、嘗て狂い火に壊されたエルデとしての業を省みた結果がこの世界なのかもしれない。
だが、此処は魂の楽園。
誰も人間が死なず、全ての神々は人域へ堕落した末に不死となり、命が循環せず、資源を奪い合う必要のない隔離された霧の星。
悪魔の最果て、完全なる因果―――
だが星と宙から霧に隔離されたが故に、人の為のこの星は剪定事象を間逃れた。
「後悔しておるのだな?」
暗帝は、初めてあった筈の悪魔の心を啓蒙される。
「いや、未練である。犯した罪科に後悔はないが、我が業は完全には程遠い」
「余も、同じだ。この生きる決意に後悔はないが、やり残しが心に残ってる」
「そうか。私と同じだ。だが、此処もやがて永遠にはなれず、崩壊する運命」
「永遠は、永遠になれぬ。しかし、繰り返される故、永遠は永遠を繰り返す」
「感謝する、理解をして貰い。此処も、幾度目かの再誕後だ。まだ届かない」
「此方こそ、感謝だ。異邦人である余を、こうして出迎えてたのが貴様でな」
悍ましい世。不気味、且つ猟奇的な終末。血の雨が赤い空から降り続け、地面が黒く錆びる世界。なのに暗帝の視界に広がる海は真っ白で、赤い血雨に一切染まらず、波一つ立たない静寂の世界。
暗帝が来た此処は、港町とも呼べない漁村。
白海から取れる奇形の魚介類を産業とする小さな村。
ならば最初から悪魔は暗帝が此処に来ることを知っており、最初から自分の律が支配する狭間の星が滅びるのを知っていた。
「ああ、理解者よ。どうか、滅ぼしたくなるまで満喫し給え。この私の世界もまた不死ならば、好きなだけ世を殺すのが人の業。
利益と効率を愉しむ為に人理が世界を剪定するならば、尚の事。
可能性を殺すとは世の滅び。人間が、決して同類を許さぬのは当然だ。
魂だけが滅びぬのだから。故に呪いは魂となって永劫、その業を手放さぬ限り、上位者気取りの意識域を恨み続けるのだろう」
「―――そうしよう。獣のデーモン。
お互い、何時かは繰り返しに厭きるならば」
一つの終わり。だが、その終わりは永遠に続く。世界が輪廻するならば、その世界に生まれた魂は環に囚われ、自分の肉体が牢獄となって逃げられない。
悪魔殺しの悪魔は獣となった。
果てに到達しようとも、其処が楽園とは限らなかった。
人間は決して滅びることを、ゴールに辿りことを、許されないのだろう。
~~~~<◎>~~~~
迅い。余りにも、敵は速い。完成した技巧を更に極め、業として完結する足捌き。縮地と似ているが、思想は全くの別。狩人特有の夢幻歩行であり、体術として透ける様に全てを容易く避け、悪夢に囚われた狩人として持つ時空間を歪ませ、現実を夢の幻像で汚染する二重作用。
―――見る者の瞳に、実体を認識させないのだ。
元より悍ましい業の持ち主が自重せず、更に鍛え上げた極致。
挙げ句、更に加速の業で時間を早めているとなれば、敵対する相手はどう足掻いても絶望するしかない死を視る事になる。
生前の名を亡くした女の忌み名―――
彼女は行き成り眼前に出現した狩人が持つ鋸で顔を潰され、攻撃を受けながら反撃すれば至近距離で散弾銃を足に撃たれて体幹が崩れ、しかし倒れ落ちることはなかった。狩人は武器を血中に融かして右腕と同化させ、更に右手を獣化させて爪を鋭く尖らせ、彼女を臓物の中から支えていた。
「ゴフ……ッ―――貴様!?」
「―――――」
刹那の間、内臓を素手で掻き回される。臓腑たる大腸、小腸、肝臓、十二指腸、腎臓、子宮をほぼ同時に纏めて鷲掴みにされ、腹部から血飛沫と共に抜き取られた。
その一撃、体を壊されただけではない。魂と体が生きようと死に抗う意志、即ち生命力が獣の手によって抜き取られた。そして、その返り血は狩人の全身に掛かり、赤く意志と生命を潤すのだろう。
背中から地面へ倒れ込む身体、抉れた顔面。
暗帝が見上げた先―――寡黙な狩人の瞳。波打たない静かな湖の模様。そして見上げたのは人の顔だと言うのに、狩人の脳は宇宙と化した悪夢であり、彼の瞳を覗けば深淵に映るのは高次元暗黒。宇宙とは空にあり、湖の底にあり、地底にあり、星見をする学術者の瞳には宇宙が映り、それもまた一つの宇宙であった。
上位者の思索とは、全く以ってそれでしかない。
目で観測すれば脳に情報が写り、そこでまた輝ける星が煌くのだ。
暗帝は、その魂がソウルの業を覚えてしまっている故、その思索が脳に伝達されてしまった。与えられた訳ではないと言うのに、脳細胞が脈動し、脳部分に位置する霊体に瞳が仮想具現する。
「―――――」
その女の頭を、狩人はゴキブリを殺すように踏み潰した。挙げ句、躙るように足の裏で脳漿を地面で擦り、その魂を破砕する。
死んだ命から離れるソウル―――それを、狩人は瞳に映す。
蘇る前、一瞬だけ無防備になる彼女の魂を捕え、彼は何の障害もなく悪夢へ導いた。狩りこそ本懐、人の魂を死人の遺志に変え、相手が不死者だろうと狩り殺せば狩人の獲物。
「あぁ……――――っ、余は……」
「貴公、おはよう。良い目覚めかね」
月の香りを放つ白い花と、それが絨毯となり咲く墓地。倒れ伏した暗帝が顔を上げると、何故かそこには車椅子に座る狩り装束の狂人が一人と、その背後で取っ手を握る美麗な造形の長身人形が一つ。
胡蝶蘭、その夢。悪夢の失楽園。見目麗しい作り物の人形が隣にいる場所。
数ある領域と階層に隔たれた上位者の意識世界において、狩人の夢は美しく儚い頭蓋骨の中身。何とも綺麗な脳味噌であり、月が支配する青ざめた世界でもあった。
「……貴様が、目の前にいなくければな」
「ノータイムでの蘇り故、ノーカウントだ、ノーカウント。人の生き死になど背負い切れる程、私は聖人君子ではないのでな。
恨みたいなら、恨んでくれ。許してくれるのなら、私の罪を許し給え。
どちらでも良く、どちらでも私は構わず、ただ……そうだな。どちらにしろ、話は聞いて貰うが」
「何なんだ、貴様は。急に饒舌になったな、気味が悪い」
「狩人とは、ただ狩れば良いだけである。命を奪い取ることだけを思考する者であれば、それで良い。
ならば、在り方の切り替えが大切なのだよ。車椅子とは、私にとって一種の人格レバーでね。座ると自然と無駄話を好み、且つお喋り好きの学術者に早変わりと言うものだ。
おぉ、正しく啓蒙的生活術。左右に曲がり捲る変態が更に変態するとは、常軌を逸した日常だろう。とは言え、他者の身体に私の遺志を乗り憑けている場合もそうしてはいるがね?」
「えー、あ――……なに、どういう?」
「暗帝。つまりは貴公のソウルを思い付きで誘拐し、此処に拉致。そして、我が頭蓋の内側である素晴しい夢の中へと監禁した」
「―――おい。なんだ、それは?」
「火を簒奪した暗い炉、アッシェン・ワン……いや、人名ではアッシュ・ワンか。あの女、ややこしい名前を自分に付ける。
まぁ良い。貴公の知る灰の女神、その奴隷皇帝である貴公の魂に用があった……が、もう殺し、その遺志を啓蒙されたので既に用済みなった。
狩ってすまない。まずは謝罪をする。
次、通り魔的に殺し、更に一度死んで頂き、とても感謝しているよ」
「はぁ……あぁー、成る程、成る程。良く分かった。
本当に、もう目的を達した貴様にとっては、これは無駄話になるのだな?」
「Ano」
「――……チェコ語、か?」
「ああ、そうだ。皇帝特権、翻訳も万全なのは羨ましい限り。貴公に合わせ、今はラテン語で話してはいるが。
とは言え、私は日本語が一番好きでなぁ……カインハーストの図書館、その蔵書にて、東国の剣士たる血族が寄贈した剣術指南書は日本語でな。その文字に宿る遺志を感じ取るには、やはり読者である自らが日本語に通じるのが手っ取り早いと言うもの。
居合いを極めるための無の境地、剣士の静かな深き湖の精神性。そして、流水の如き自由な心へ導く啓蒙性。翻訳された多国籍言語では意味合いを解するのが難しい」
「どうでも良いわ」
「無駄話だとも――で?」
「わかった。余も、日本語で話そう」
「有難い。あの言語は、情緒的真実を伝えるのに便利である」
「構わん。言語には、地域と時代に限らず明るい方だ」
「ふむ、有難い。ならば貴公、魔神柱が繋げた宇宙に興味はないか?」
「……?」
意味の分からない疑問。だが一つ、直感的に解ることがある。それは絶対に良くない出来事に襲われる未来。
「とある小説家が空想した宇宙神話でな。それと酷似した神性が生まれた世界をこの宇宙の外側から観測し、どうも時間軸から外れた英霊の座と繋げている。
私も私でヤーナムの外の、この惑星上にて、実体を以て顕現しようとした幾匹かの宇宙神を密かに狩ったのだが、本体から離れた分身霊であり、彼らの完全消滅は私が向こう側に赴き、それらを狩り尽くさねばならない。
色々と試行錯誤し、悪夢生まれの奴らが現実に直接的に干渉出来ぬ様、我らの悪夢が緩衝材になってはいるが……まぁ先程の言う通り、座を介されると難しい。
尤も、英霊の付与された神性としてならば、問題解決は簡単になる。これらの狂気は人間の持つ浄化作用でどうとでもなり、出来なくとも剪定事象で無かったことにすれば良く、我ら狩人の上位者の出番など無用ではあるがね」
「話が、見えんのだが……?」
「呪いには、呪いを。狂った奴らの魂を、我らの狂気で狂い侵す。謂わば、呪詛返しだよ。どの国、どの時代においても、呪いは生み出した元の遺志へと還さねばなるまい。
そして、貴公こそ―――呪い。
星を狂わすのならば、我等もまた未知なる空を穢そうではないか。
その為だけに、貴公には是非とも呪われて貰いたい。星を犯す彼らの神聖なる狂気に、生存に貪欲な人理の狂気を混ぜ合わせ、我らの魂が果てた先に得た狂気も融かし混ぜ、この惑星に生きる霊長種の遺志を外なる宙へと啓蒙する」
「貴様……ッ―――!」
手足が動かない。白い小人が纏わり付き、地面を血泥の底無し沼にし、まるで罪人を地獄に落とす魔手となって暗帝を奈落へと引き摺り落とす。
湧き出ている源泉は自分自身。暗帝は自分の血中に蟲が生み出るの実感し、蒼褪めた血が暗い魂の血に混ざり込む。そして脳漿が掻き混ぜられる悪寒に襲われ、臓物が雑ぜられ挽肉になる違和感に支配される。彼女は喉の底から赤い血の雑ざる蒼白いソウルを吐き出し、暗く淀む魂の黒い泥も同時に口から吐瀉してしまう。
「安心し給え。貴公、その魂には導きがある。心底、厭いたらまたこの宇宙に還ることが出来るとも。この悪夢から伸びる導きの白く輝く糸が臍の緒となり、貴公の胎の孔と繋がり、その魂を観測しよう。
何より―――贖罪、欲しいのだろう?
ならば、是非もなく僥倖な試練。狂気で以って猟奇的に人間共の生存欲求を守り給えよ。
一人の犠牲で人類史の全てが守られるのであれば、貴公の魂一つで全ての時代が健常な地獄の儘となり、先史文明以前より続き、数万年先の滅びの未来までに生きる果ての、何兆人もの人々が救われる事になる」
「ぐげぇ……ごほ、ごほごほっ……!
よもや、このような邪悪が、いる……と、は―――」
「灰に比較すれば、私などまだまだ赤子だ。我ら月の狩人が悪夢で星を狂気から守らずとも、彼女がいればこの世界は外なる宙の神々から問題なく守られていただろう。
あれは根が聖職者でなぁ……あるいは、運命的にそれらを視界に入れた悪魔殺しが古い獣の餌にしていたやもな。
しかし運命は悲愴、世界が悲劇で在るならば。
ならばせめて悲壮であるべきだと、私は想う。
さぁ、啓蒙の時間である。その頭を私が啓き、暗く澱む蒙を照らす導きの糸を垂らす。
暗い魂の血が満ちる頭蓋骨の裡に封じられた灰色の脳へ、貴公の暗い瞳となる種子を植え付けようぞ。即座、神経細胞を繋げるシプナスの配列は銀河系と類似し、その銀河模様は外なる宙の銀河群と繋がろう」
「――――――……」
「沈んだか。では、人理にとって善き途を。神性にとって悪しき路を。そして、それが貴公にとって良き旅にならんことを、狩人の月へ祈りを捧げよう。
どうせ永遠に続く人生の一幕。地獄は娯楽、狂気も悦楽、冒涜が娯楽。
善悪の基準は悪夢に必要無し。故、悍ましい神性を食餌にしたまえよ。
貴公の魂を咎める人間性に富んだ神など、宇宙の深淵に存在する道理がある訳がないのだから」