血液由来の所長   作:サイトー

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 この作品におけるクトゥルフ世界観みたいな雰囲気です。宇宙は美しいですよね?


啓蒙73:アウターナイトメア<②>

 聖血は拝領された。竜の魔女は、魔女の狩人として完成され、体と業が造られた後に意志は完結し、素晴らしい生きる遺志となった。

 竜血とは、古都にとっても叡知となる啓蒙的神秘。憎悪で燃える報復の黒炎は血となり、狩人の業となって魔女の遺志に融ける。しかし、それこそが聖処女の聖血にして、星女の死血。

 

「君、家を出ろ」

 

「はぁ………?」

 

「獣を狩り給え」

 

「いや、狩ってるじゃない?」

 

「否。ヤーナムに獣など、僅かしかおらん。私の視座からではな」

 

「脳ごと目が腐ってんの? ウジャウジャしてるじゃない」

 

「基本、居るのは人間と家畜と上位者だ。正しく獣と呼べるのは、血に酔う獣性へ溺れず、神秘の冒涜的素晴らしさに狂わず、狩人の業による狩猟を理性と本能の二律を背反せずに好む狩人だろう。

 例えば、君とか、私とか、ゲールマンとか、マリアとか、そう言う類いの者。溺れ、狂えば、まだ人間的とも言える。

 私の視点においてだが、血に酔うも人を喪わぬ狩人だけが人狩りを楽しむ獣となれた。そして、狩人狩りこそ獣狩りの真実となる。

 理想的な獣とは、狩人を狩る狩人。とは言え、獣化した人間が獣ではないと否定はせんさ。これは私がヤーナムで得た所感に過ぎず、人肉を好む人間が、人間で在ると同時に獣でもあることは当然の真理だ。しかし、狩人に比較すれば獣性が身窄らしい」

 

 狩人は獣と思って獣化したヤーナム民を狩っているのではない。獣化した人間だと理解した上で、人間を狩り殺している。広義的には獣狩りではあるのだろうが、獣として人を狩らず、人殺しだと分かった上で獣となった人間を殺す狩人である。

 彼は好んで血に酔い、何処まで深く溺れようとも、正気と知性を失う程ではなく、気が狂う訳でなし。

 単純、人殺しの狩人で構わなかった。相手が人間ではないと錯覚する必要もなく、自己肯定せずとも現実を狂わず直視する。

 よって、彼の古狩人は正しい。月の狩人は血に酔い、獣にも人間にも上位者にも容赦はなく、人間性による憐みと情けもない"善”き狩人でもあった。迷いの無さは、自分に対する悟りであり、他者に対する弔いなのだろう。

 

「人間から血によって変貌した者は、獣と言うよりも、自らの獣血に精神を飼われた家畜だ。啓蒙低き生まれるべきではなかった無能者が、人血の本質を獣と言う生物だと思い込んだけのこと。本質を一つの答えだけに定めるべきと、狭義に考えることがそもそも啓蒙的思索から外れてもいるがな。

 火薬庫好きの古狩人は、正しい。獣は、やはり人だ。より正しい表現をすれば、どちらでも在ると言う事だ。

 即ち獣狩りは須く、学舎に倣う教会の欺瞞による錯覚だ。奴等が奴等の為に始めた習慣に過ぎず、教会の妄言を民衆に肯定させる為だけの愚かな思想。ヤーナムの獣狩りを必要悪と肯定しても、正しき人道的所業と錯覚すれば、情けない進化しか選択肢が残されぬ。あれは人の獣性であり、それは人が血に導かれた可能性の一つ。眼前の現実を見る際、そこに己が偏見と感情を挟めば、瞳に映る光景は自分が見たいだけの幻視となる。

 悪夢の漁村では獣になった住民ではなく、魚になった住民を狩っていただろう?

 全く以って、見た儘の分かり易い差異が正しい事もある。単純明快、血液汚染を受けた上位者によって形は決まる。血の悪夢に堕ちた人を獣と蔑むのであれば、医療教会の欺瞞に因らぬ獣狩りと言っても良いがな」

 

 獣性に溺れても人の形を喪わぬ者こそ、獣。血に依らず、獣として完成していた証明に他ならない。

 

「私にとって、人間こそ獣より獣性深きケダモノよ。人間の本質が、そもそも他人の血肉と尊厳を貪る賎しき性根だった。

 魔女である私の視点からすれば、人の別名が獣。逆に獣だから、殺し甲斐の生まれる人とも呼べるってだけ」

 

「ならば、人狩りこそ獣狩りか。私にとってどちらも等価値の狩猟だが」

 

「ふん。だからってね、人殺しと獣殺しの差異だって私にはあります。狩る相手が元人間でも、あいつら頭馬鹿になってるし、人肉好きになってるじゃない?

 そんな連中、倫理的にも獣でしょう?

 人道的見地からしても、生かすより殺した方が人間社会の為にもなりましょう」

 

「そうか。ならば、それが君にとっての獣だな。まさか、そこまで都合の良い憎悪を持つとは、あの灰による人選は完璧だ。

 私では、こうなるとまで人道に通じていない故、有難い完結のカタチとなろう」

 

 自分の答えに喜ぶ月の狩人を見て、魔女は蛞蝓を吐きたくなる気色悪さを得た。脳味噌の中の、シプナスの刺激反応まで見られて心理全て理解されていると言う、人間として心を読まれる以上の悪寒を覚えるのは何時まで経っても慣れる実感ではない。

 

「うわぁ……あんた、私をまた問答で馬鹿にした?」

 

「あぁ。しかし、子供はそうして成長するものだとも」

 

「―――で、結局、何をどうしたいのですか?」

 

「星の獣が目障りなのさ。上位者の失楽園に妄想は不要。悪夢に流れるエーテルとは、狂える人血と溺れる死血の混血こそ相応しい。

 始まりは、賢しく愚かな要人の欺瞞から。

 獣とは、そうして呼び込まれた。我らの悪夢とて、概念を司る意識領域による箱庭の連なり故、現実から映る夢幻となる場所。

 現実で、命が死ぬから夢にも死がある。

 人が神と崇める上位領域の存在も、夢にとって獣と同じ事」

 

「へぇ凄い成る程よく理解出来ましたぁ……―――って、私が言うとでも思ってんの?

 いや、思ってませんよね。だから態とそうやって、無駄に分かり難い言葉で喋ってんのよね?」

 

「もう一度言おう。子供はそうして現実を覚えて成長する。疑念無くして思索はなく、思索が必要となる疑問が学術者には大切だ。

 ビルゲンワースの学術書。医療教会の実験資料と、メンシス学派の研究論文。全て読み込み、理解する頭脳を得たと言うのに、学従者の自覚が芽生えないのは嘆かわしい」

 

「アンタが教える勉強、好きじゃないし……強くなるのに必要ならするけど興味ないから、必要以上は業に要らないもの。私の心に必要だって思えれば、勉学だろうと何だって愉しめるのですが」

 

「だから、君は弟子にはなれん。やはり私の業を継ぐのはオルガマリー唯一人。魔女の君では、精々が義理の娘止まりだろうさ。狩人としてならば、生まれ持った暴力と殺意で私以上の獣になれると言うのに、実に勿体無い。

 しかし、好奇心が無いのなら仕方がない。私や弟子程に、神秘の素晴しさに対して獣の貪欲さを得られぬのなら、学術者としての才能は皆無だろう」

 

「そこまでアンタが言うなら……愉しめないけど、強くなるのに必要な義務として苦行を耐えましょう」

 

「いや、強くはなれんぞ?」

 

「…………やる気、出ないわぁ」

 

「狩りに必要にもならん。私と言う狩人にとっても、古都の大学による学術はただの趣味に過ぎん。しかし、神秘の探求とはそう言うものさ」

 

「うーん、華の大学生と考えれば……いや、私の知ってる大学の学徒ってスライム人間だけなのですけどね?」

 

「学費は無料だぞ?」

 

「でも、騙す気も満々でしょう?」

 

「知識は偽らんさ。しかし、実験成果は私に啓蒙され、私の叡智として還元され、君の思索が私の思索の一つにもなる。

 とは言え、学び舎とはそう言うものだ。学徒の研究は大学の成果となる。その一環として、悪夢を多次元観測して学ぶ為にもヤーナムの外で独り暮らしをして欲しいと思い、君には家を出て貰おうと思ったのさ」

 

「え”……まさかまさかの、親の脛を齧る糞ニート扱い?」

 

 二人はヤーナムでは特殊な存在なため現代の常識を持ち、カルデアからの知識も本体に流れ込むので、傍で話を聞く人形には理解出来ない単語が結構な頻度で使われた。

 

「そうだ。働く前に、まず学べ。子供ならば尚の事さ」

 

「分かった。分かったわよ。やれば良いんでしょ、やれば」

 

「知識を得る感覚を知れば君も同様、啓蒙中毒罹患者となり、好奇の味を脳がやがて覚えよう」

 

「おい。義理の娘と呼ぶ女をヤクチュウもどきにさせんじゃないわよ」

 

「安心し給え。精々が、神が発狂死する程の冒涜に過ぎんさ。それに残念ながら、そもそも我らの様な狩人では叡智の思索に本気で狂えない。

 狩りの酔いと比較すれば、意志一つで制御出来てしま得る程度の中毒性だ」

 

「成る程。一度でも死ねばさっぱり出来そうな雰囲気ね」

 

「高所からの落下がお勧めだ。落下死の恐怖も娯楽にする変態性こそ、人間性の証明よ」

 

「あっそ……で、何時から?」

 

「今からでも」

 

「うん。じゃあ、今で」

 

「有り難い。ならば、この聖杯を使い給え。外なる悪夢に繋がっている」

 

 魔女が狩人より優しく手渡された聖杯。それは矢鱈と所々が鋭く角張っており、鋭角の意匠に拘り過ぎている歪な杯であった。何より悪臭を発しており、皮膚に染み付きそうな強さである。

 

「う、クサ……ホント、臭い。豚の尻に手を突っ込んで糞尿が詰まった内臓を引き摺り出した後の腕の残り香に比べれば、そりゃ遥かにマシだけど。ヤーナムでも中々の部類の刺激臭よ、これ」

 

「あぁ。そこに繋がる悪夢より漂っている。墓に生える花の香りに満ちる此処、狩人の家では余り嗅ぐことがない類だ。しかし、置き続ければそれも月の香りに染まるだろう」

 

「人形、嗅覚もあるんだから。アンタ、エチケットには気を使いなさいね」

 

「当然だとも。女性に対する紳士的マナーとは、狩人の仕掛け武器と同じく、獣で在りながらも自分が人間でも在るのだと悟る為に有能な感覚さ」

 

「黙れ、屑男。本当、啓蒙馬鹿」

 

「言われた理由は理解出来るが、君に言われる筋合いはない。とは言え、その事実と君は無関係故に、罵詈雑言は正しく受け入れよう」

 

「はいはい。言い訳お疲れ様ですぅ……」

 

「ふふ。君、やはり理想的な娘の反応だ。可愛いと言う幻視、私でも感じ取れるぞ」

 

 車椅子に座る狩人へ背を向け、魔女は適当な墓石に聖杯を供える。何時もと変わらず、脳内に異空間と接続されるイメージが浮かび上がり、何処に道を繋げるか悪夢の中を意思が錯綜する。丁度その時、魔女の背後に狩人が語り掛ける。

 

「そうだ。もし邂逅する好機があれば君と同じ魔女、アビゲイル・ウィリアムズを頼り給え。尤も本当に頼りとなるか如何かは知らんが、私が観た向こう側での同郷は彼女しか確かと言えないのでな」

 

「はぁ……? 魔女裁判を泥沼化させた元凶の名前じゃないの、それ?

 まぁ、魔女と告発されて拷問されなかったから、逆に魔女の名が相応しい愉快犯ってのもあるでしょうけど」

 

「鍵穴の娘の本名だ。忘れたのか?」

 

「あれ、んー……ん?」

 

 魔女は人の名が記憶から霞み易い。知識は忘れないのだが、過去が血の遺志により赤く染まり、思い出が意志の深くに沈んでしまう。集積する遺志の渦は他人の過去でもあり、通常それは自分を見失う危険性が凄まじく高く、例外である彼女だろうと意識的に掘り返さなければ、夢のように曖昧な記憶障害が引き起こる。

 

「あぁ、忘れてたわ。あの巫女のことね、助言者」

 

「助言者らしいアドバイスも稀にはしなくてはな」

 

「だったら、もっと詳しく?」

 

「行けば理解出来る上、会えば更に分かることさ」

 

「意味不明です。何時もながら、不親切な頭でっかちね」

 

「恐らく、私が渡せる一番の餞別だ。忘れずにい給えよ」

 

「そう。なら、ありがとう。覚えておくわ」

 

 それが魔女が放った門出の台詞。心の底から愉しそうに、歓びの笑みを狩人は浮かべた。同時に狩人の夢が歪み、此処と繋がる悪夢全てが崩れる程の膨大で悍ましい狂気が瞳から漏れ、人も神も見る者の正気を問答無用で消滅させる冒涜そのものへと狩人はなる。

 ―――狂気なのだ。それが今の魂。それこそ起源。

 善も、悪も、愛情も、憎悪も、彼の全ては狂気から生まれる。そして狂気をペンとし、遺志をインクにし、感情と言う名の文字を書く。それを繋ぎ合せて文章を記し、自分の人間性を幼年期を迎えたことで創造した。よって魔女への信頼も愛情も、彼にとっては狂気と等価にして同類。語るまでもなく、全てが啓蒙的思索。彼女の為になら、狩人は躊躇わず自決しよう。

 だから、祈りを。

 狂った魂に染まった遺志で、死を祈る。

 その祈りも狂気から発生した感情だとしても、彼の狂気で嘘は吐けないのだから。

 

 

 

■■■<●>■■■

 

 

 

 悪夢からの目覚め。それは新しい悪夢への眠り。嘗ての赤子の成れ果て、肉持つ遺志とも言える魔女の狩人―――ジャンヌ・ダルクにとって、何もかもが鋭角の都市だった。

 悪臭。異形。猟犬と、住人と、王達。

 あの月の狩人が面白半分に語っていた旅行先の異界を思い出し、だがその世界が夢見る赤子の空想でしかない宙だとも知り、故に啓蒙によって彼女は現実を解する。

 外なる神にとっての―――外なる魂。

 魔女は、今の自分こそ化け物たちにとって悍ましき奇形の忌み子だと分かっていた。

 夢からの、強制的な目覚め。夢に生きる者達からすれば、彼女こそ魔王を呼び覚ます悪夢のよう。そして、夢で在る故に此処では空想のような奇跡も、悪夢も、神秘も、宇宙法則に沿うならば自由自在。

 

「―――なのに、地球は今日も青いのね」

 

 何故、こんな世界を夢見るのか?

 自分をこの悪夢の世界に送った月の狩人を狩りたい衝動を抑え、その疑念を解決する為に彷徨うこと幾百年か。

 鋭角異界都市(ティンダロス)を脱しても、魔女は血の古都(ヤーナム)へと帰る術を持たず、あの遊星の様に宇宙を迷う嵌めになっていた。

 此処に阿頼耶識はなく、故に人理もまたなく、暗い魂も星の律もない。全ての霊長を守る為、人間から生まれた人ならざる人間の支配者など何処にも居ない。人間の集合無意識が星を支配せず、因果律に干渉して人類を運営しない。

 

「知らんよ。余、貴様みたいに星を見下ろす視点を持たぬ」

 

「……っち。やっと地球って言う特異点を見付けたってのに、手掛かりになる貴女が役立たずだ何て」

 

「黙れ。それは余の台詞。こっちは数万年前から迷い人だ。

 はぁ……灰によるソウルの業がなくば、とっくに記憶無しの亡者よな」

 

「―――で。なんなのよ、この世界?」

 

「余が知るものか……人理もなく、人類史も異なり、神秘の在り方が別物。

 となれば、選定事象で滅ぶ世界とも、あの異聞帯とも違う、異世界とも言えぬ別宇宙なのだろうよ」

 

「何よそれ、悪夢じゃない……――あ、そうね。悪夢だったわね。

 広いだけのヤーナムと同じ、誰かの脳味噌の中の、好奇と禁忌を楽しむだけの箱庭ってことですか」

 

「そもそも此処は余達の世と異なり、根源から産まれた世界でもないのだ。まぁ、一種の悪夢よな」

 

「マジかー……この地球、西暦何年?」

 

「数えておらん。ま、コンスタンティヌスのローマ帝国が滅んではいるのは覚えておる」

 

「そうなの……んで貴女、此処でなにやってんのよ?」

 

「海賊狩り。バルバリア海賊の知識はあるか?」

 

「あるわよ。人類史は文明技術含め、総て網羅してますので」

 

「そうか。まぁ偶然、世話になってた所の港町で略奪が起きてな。利益と宗教がハイブリットになった奴隷貿易と言うものだ。

 白人奴隷はアラブ文化園の商人によく売れる。ヨーロッパで流行る黒人奴隷と違い、男女比率も女寄りでな……白人性奴隷がブランド品なのよ。色白な美女は貴重品らしく、海の向こうの砂漠では一軒家の値段に匹敵するらしい」

 

「あらま。それで売れそうな男と若い女全般は生かして、基本金にならなそうなのは殺してんのね。

 ……しかし、猿の縄張り争いから何時になれば文明を進化出来るのやら。私のような衝動的な女でもね、情けない進化を嘆く程度の、深くて高くて広くて大きな思索の叡智がありますので」

 

「そうか。とは言え、今は惨劇を語ろう。いやはや、海賊共の強姦被害も酷いものだ。いや、酷くない性的略奪など知らんがな。犯した後、普通にあっさりと殺されるのも珍しくないい。

 まぁ兎も角、ローマ皇帝として戦争を先導していた余が非難出来る悲劇ではないが」

 

「そうねぇ……民衆やら、政治やら、経済やら、宗教やらと、人様の要望で成り立つ悪行って、加害者の感情が希薄で気色悪いのよね。復讐狂いの極悪人の私が言うのもあれなんだけど、マジで見るに耐えない汚物だわ」

 

「貴様は気持ち良く復讐するために、殺人行為にある種の美学を持ち込むからな。とは言え、それは英霊全般に言える理性的嗜好とも言える」

 

「武人やら、騎士やら、戦士やらと、復讐者を一緒にしないでくれます?」

 

「変わらんよ。余とて、どうせ殺すのなら、心地好く達成感を得て命を奪いたいからな。

 こいつを今―――殺すように」

 

「んん――っ!!」

 

 暗帝は虫けらを踏み潰すに、地面に転がる男の股間を砕いた。

 

「おいおい、面白半分で婦女子の股間にモノを詰め込んで遊んでいたのだ。この程度、声を漏らさず苦しめよ」

 

「あら、優しい。潰すだけで、刺して罰は与えないの?」

 

「数はいる。生きた儘、何人か捕まえたので罰は拘らんよ」

 

「へぇ……?

 貴女だけが全員を殺すの?」

 

「まさか。何のための生け捕りだ」

 

「良かったです。道理を弁えた女で」

 

「しかして、贄より神性は呼び覚まされた。此処に人類の因果律を縛る意識存在はおらぬ代わり、人の運命を操り弄ぶ邪悪なる星の知性体がおる。

 この惑星の生命系統樹は、冒涜的な命の汚濁から生まれたらしい。

 見ろ、魔女の狩人。いや、狩人の魔女か? まぁ、もはやどちらも同じ意味か?

 アレをこの星の人類種は神と呼ぶらしい。太古からこの星に生きる命として、宇宙より来た生物を神と崇めるらしい」

 

「上位者擬き共か。私を見ていたから、瞳で見返してみたけど、壊れかけの私の正気が削れそうで困っちゃう」

 

「良く言う。夢の者共など、貴様からすれば血の獲物。その気になれば、悪夢から醒まして仕舞える癖に」

 

「啓蒙するとは、その知性から啓蒙されると言う事。超人を語ったあの哲学者は、私にとって真実だったと言う事ね。

 けれど、けれどねぇ……貴女の暗い魂の血も、夢の世界へ現実の狂いを与えましょうに」

 

「哲学好きとは、な。いや、貴様のそれは、人類好きの考古学者のお飯事だな」

 

「否定はしないわ。でも無意味な真似事も暇潰しにはなりますし、先人達の無駄な努力を嗤うには、私もまた無駄が無駄だと理解できる知性が必要。

 何より、思索で求める叡知は等価値よ。

 それを生かせるか、死なせるか、決めるのは己の無意味さに他ならないの」

 

「下らないことこそ、善きものとは限らんか。しかし時期、貴様も余のように慣れる」

 

「はぁ? ……私が、何によ?」

 

「殺戮の無意味さに、だ。やはり殺すのならば、余は余に残った遺志の為、意味ある殺人で手を血に染めたいのだ」

 

「―――下らない。

 性根が腐ってる上に暗過ぎんのよ、アンタ」

 

 海から現れた人型の巨神は海賊船を掴み、捻り、潰し、ただ見るだけで人々の脳を爆破させる。そして、その巨神の眷属と思われる魚人達は海岸から上がり、思い思いに人々への殺戮を喜んでいる。

 しかし、元来殺戮とはそのような所業。命の尊さに価値はなく、死の貴さに意味はない。ただ視界にいたから殺すだけ殺し、罪の意識もなく殺し、娯楽を愉しむ疲労感と無駄な作業を繰り返す徒労感が混ざった苦しさを感じながら殺し、けれども命を奪う感覚を愉しんで殺す。殺す為に殺す機能を持つ知性体が人間以外に居るならば、人はそれを何と呼ぶのか。

 人間以外に、こうまで愉しんで人間を殺せる者は怪物以外に有り得ない。

 人間以外に、人間の命を食欲以外に消耗する罪科を持つのも化け物だけ。

 

「憐れです。恨み辛みの果て、魔導書からこんな連中を海から呼ぶか」

 

「ぎゃぁぁああああああああああああああああああ!!!」

 

 火炎放射器(フレイムスプレイヤー)が半魚人を燃やす。火炙りの魔女は、自分の体で聞き慣れた肉の焼けるジュワと言う音を半魚人から聞こえ、嗜虐心と狩猟本能が遺志から煮え泡立つのを感じる。

 狩人の悪夢の中、特に意義も見出さずに狩りを愉しんだ漁村よりもまだ良心的で冒涜的ではない人型に近いこの魚人を、魔女は狩猟技巧の儘に焼き魚にする。叫び声もまだあの漁村よりも人間の悲鳴に近く、ヤーナムの住人は化け物や怪物と形容するのも拒否感を覚える精神的異形の人類だと改めて実感した。

 

「成る程ねぇ……――あは。これ、まだ人殺しって雰囲気ね」

 

「ぴぎゃ!」

 

 序でに魔女は、暗帝が股間を砕いた海賊の頭蓋骨を魔女は蛆虫を潰すように踏み砕く。

 

「そこの暗帝、強姦野郎の股間で遊んでないで手伝いなさい」

 

「言い方が酷いな。流石の余とて分別はあるのだが……―――おい、あの半魚人共。人間の女を襲っておる。

 異種族を積極的に孕ますのか、あやつら。あるいは、人の女が繁殖に必要でもあるのか。見た目は化け物だが、あれでは人域の邪悪程度の知性が中身と見える。獣性を愉悦する海賊と変わらんではないか」

 

 海賊へ復讐する為に招来した異形だと言うのに、その異形の魚人らは村人を自分達の"女”として捕えていた。無論、海賊船に捕えれていた奴隷も同様、もはや魚人の血が交じり合う異形の母胎として利用されている。

 

「ふん、そうみたいね。人間に似ている生物みたいだわ、あの海産物」

 

「やれやれ。襲われた側が復讐で呼んだ異形の化け物だと言うのに、更に怪物に女子供が種子を孕ませるとは。これを悲劇と呼ばず、何と呼ぶ。

 人を呪うならば、自分達ごと呪いを掛けるのは勢いが良過ぎるのではないか?」

 

「喋りながら半魚人も海賊も殺すなんて、とても器用な虐殺者さんね」

 

「其方も、狩猟の技術が脳の機能として無意識で独立しているようだ。魂の領域で狩りを行えるなら、その血腥さも納得の業深き様よ」

 

 血の海の地獄。港街の住人と、奴隷船の海賊と、海から呼び出された海魔。そして、魔女と暗帝が加わった混沌過ぎる惨劇がこの場所の現状。

 殺した。狩った。斬った。潰した。燃やした。凍らせた。千切った。轢いた。撃った。炙った。切った。打った。叩いた。死なせた。射った。毒した。流血した。裂いた。

 思えば、殺し方に拘りはない。魔女は狂人が人を殺し尽くす為に生み出した空想の人間と実在の赤子の混ざり者の、魔物と英霊と人間の混血児。そんな女が持つ理性的正気がまともだと本人でさえ思っておらず、最初から猟奇的復讐心と冒涜的殺戮心が機能として備わっていた悪意の仔。望まれた事を望まれた儘に行い、親の罪を全て背負って死んだ赤ん坊。

 そんな魔女を内側から焼く火こそ、魂を葬送する暗い黒炎。それは怨讐の旗を仕込み武器の材料に使い、葬炎の鎌とした魔女の刃に宿る遺志でもある。同時に彼女は赤子の狩人でもある自分の血を触媒にし、あらゆる武器に黒炎付与(エンチャント)が可能である。

 

「でも、所詮は悪夢。この明るい空がヤーナムと同類の箱庭だ何て、気が付きたくもなかったです」

 

 憎悪の旗を捨て、代わりに弔いの鎌を振るう魔女の狩猟。槍術と棒術を合わせたような軽やかでいて、鋭く重い鎌の一閃は纏めて海賊共を輪切りにし、魚人もまた開き捌いて鏖殺する。地面に人間と魚人の血液と肉片がばら撒かれ、臓腑が地獄の釜のように掻き混ざり、腸から溢れた糞尿で更なる悪臭が臭い立つ。

 暗帝もまた暗い魂の血に染まった片刃大剣を、ソウルで鍛えた筋力任せで適当に振う。技巧を乗せる気はなく、素振りの気持ちで海賊も魚人も挽肉(ミンチ)に変え続ける。そして彼女は斬撃の概念を魂で無意識的に扱い、切られたのなら魂が斬り捨てられるのが道理であり、悪夢的な激痛を直接与え、精神的損傷によってあらゆる生命を壊してしまう。

 

「―――ダゴン、か。そう人間から呼ばれてるのは、確かと」

 

 不幸だったのは、どちらなのか。呼ばれ、久方ぶりに一族総出で人肉祭が出来ると思えば、其処に居たのは狩人と不死人。

 魚神は死を解した。死なぬ化け物に、出会ってしまった。理解した時にはもう頭上から狩人の鎌を突き刺され、首を暗帝の大剣で斬り落とされていた。

 それ故に―――殺戮とは、やはり人間の所業である。殺す相手の命に尊さを見出さず、眼前で転がる死に貴さを与えず、ただ視界にいたから殺すだけ殺し、罪の意識もなく殺す。殺したい、と言う欲求も枯れていると言うのに、獲物が生きているから自動的に技巧が身体を動かして殺すだけ。

 陸に上がった魚人共がそうした様に、魔女と暗帝は虐殺の為の虐殺を行った。船で寄った港で略奪と虐殺を営む海賊の様に、日常で行う仕事と変わらず殺戮を繰り返した。

 神の命は余りに安い。人の命が塵同然の様に。

 死を。この憐れな悲劇を終わらせる――死を。

 何でもない日常だ。良くある光景だ。邪悪な星々に運命を玩弄される地上の運命に、地獄以外の何が似合うと言うのか。それ以外、何が神託されると言うのか。

 それは遠い異世界で邂逅した魔女と暗帝にとって、何でもない日の出来事と重なった奇跡的な出会いであったのだ。

 

 

 

■■■<●>■■■

 

 

 

 魔女は―――人でなしの、怪人である。そして、復讐者。

 人狩りを喜ぶ化け物に成り切れず、怪物と呼ぶには葛藤が大きく、極悪人ではあるがそれでも人間だ。望まれた儘、偽りの憎悪で復讐を全うする為に創られ、産み落とされ、親の為に虐殺者で在り続ける罪の責務を背負った女の子だった。

 死産から蘇生され、人理の為に殺され、そして古都で死から目覚めた赤子だった。

 

「―――魔女よ、どうか……どうか、殺してくれ。あいつらを八つ裂きにして、燃やして、殺して、殺して、殺してくれ!!

 許せない。許せない、許せないんだ、魔女!

 俺は、恐怖に囚われて復讐を果たせない俺を許せないんだ!!

 殺さなきゃいけないのに、殺し尽くして、あいつらの女子供だろうと根絶やしにすべきなのに!!」

 

 片手を捥ぎ取られ、右足首を喰い落とされ、彼の皮膚を剥がれて焼かれ、右目を亡くした男。

 

「俺の、俺の家族が……村が、皆……皆ぁぁああ、ああああああああああああああ!!!!」

 

「――――――」

 

 ヨーロッパで絶大な権力を持つ啓示の宗教。その裏、とある国家の一地方にて、神を信奉する邪教が内部に入り込み、組織は乗っ取られ、真実の意味で"生きる神”の為の宗教機関と成り果てた。

 時代は中世。飢饉が定期的に起き、疫病が蔓延し、隣国同士で殺し合い、貧困格差で飢え死にや病死が当然であり、奴隷が消耗品として死なされ、石を投げれば屍に当たる程に人命が安い人間社会。そして、異端審問と魔女狩りにより、戦争がなくとも特に意味もなく、日常を過ごす民衆が迷信と権力の為に殺戮される悍ましいだけの忌み世。

 

「知るか。自分で殺しなさい。他人に憎悪を託す何て、気持ち悪いのよ……」

 

「無理だ。出来ないんだ……殺されるのは、良い。死ぬのも、良い。でもアレが相手じゃ人間は無力過ぎる!!

 アンタじゃなきゃ、殺せない―――!!

 俺はただ……ただ……虜になっていた……恐怖に震えているだけしか、出来なかった。俺の憎悪が無価値になる。俺じゃあ、あのクソッタレを殺す力がないんだ!!」

 

 殺意と怨念で興奮した彼は縋るように魔女へ近付き、だが喰われた足は上手く前に歩く事も満足に出来ない。そのまま転び、そして地面を這うような形で彼女の足に抱きついて懇願する。

 

「………ちょっと、おい」

 

「殺してくれ、殺してくれ。あの冒涜者共を、あの糞以下の魔女狩りの祈り屋を……神に祈る、全ての塵を燃やしてくれ」

 

「触るんじゃない! 気持ち悪いと言ってんのよ!」

 

「げぇがっ!!!」

 

 死なない様、力を込めずに男を蹴り飛ばす。しかし、怪我を負った男には十分な威力であり、あっさりと地面に転がした。

 嫌悪感しかない。心折れた復讐者など、一体何の価値があるのか。恐怖の虜になって動けず、なのに憎悪で復讐心で燃え続け、殺したくて堪らないのに殺す為に動けない。

 

「―――ッ……クソが。元々、あの生ゴミ共は私の獲物よ。頼まれなくても皆殺しです。

 けれど、貴方の為じゃありません。人命の為でも、況して正義なんてクソの代名詞の為でもない。私が、私の憎悪の為、私以外の獣を狩りたいだけ」

 

「ありが、とう。あぁ……魔女、魔女様……ありがとう、ありがとうござます……」

 

「礼を言うな、このクズ―――!」

 

 鏡像とは、何とも醜い者なのか。現実を映す鏡など夢でも見たくはない。自分が下衆以下の汚物だと自覚する魔女にとって、この男の醜態は狩りの酔いから醒まさせる劇物だった。自分の憎悪だと錯覚していた復讐を思い返すのに十分な薄汚さであり、自覚している醜さを見せ付けられるのは息苦しい。

 ―――螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)。青髭の宝具である空想の魔導書。

 その魔力と狂気を魔女は親から引き継ぎ、血に融けている。それこそ狩人が手に入れたこの宇宙への往復切符であり、魔女の狩人が空想の神性と縁を持つ所以。

 

「ありがとう、ありが――――ッ……?」

 

 ごぼ、と生々しい音が足元からした。顔面が捲り上がって血華が咲き、臓腑の腸が触手となり腹部内部で蠢き、それらが飛び出る男の最期を魔女は見た。

 

――――(ふんぐるい)――――(ふんぐるい)……と。はぁ、背信者風情が。

 人間の妄想で作られた偽りの教えを棄て、真なる神の教えを知った我らレレクス聖血教会に逆らうとは。いけませんねぇ、いけません。それは死んで償うしかないじゃないですか。

 拷問の暇潰しで腸に擬態させておいた神血精霊を、ついつい目覚めさせてしまったじゃあないですか」

 

「―――……」

 

「で、そこの男に何度も犯されてそうな女。神の愛に満ちた美しき我らの魔女狩りを防ぐなど、どういうつもりかな?

 ……しかし、良い。また見たがその顔、怖気するほど美しい。お前みたいな美人の魔女は我らの()奴隷にぴったりだ。魔女を玩具にして飼うなど、人間社会を守りつつも人命に大切にする善行。神も、お喜びになる」

 

 

「………」

 

「おいおい、無視か? そこの汚物を庇っていた訳を聞いてるんだぜ、女ァ」

 

「……――――――」

 

 パン、と銃声が鳴る。術師の質問に価値はなく、その声を脳が聞かず、殺そうと思考内で判断を下す前に無意識的に早撃ちを行っていた。

 飛び散る脳漿と血液が魔女に掛る。唇に脳の一部が付着し、顔が血化粧に染まる。無造作に素手でその"汚物”を拭き払い、口元から感じる気持ち悪さを解消する為に唾を吐き捨てた。

 

「うぇ……っち、クソ。簡単に殺しちゃった。気持ちワル。気分、最悪」

 

 眼下に新しい生命が生まれていた。魔女が救ったと勘違いしていた男が産んだ命であり、神の聖血が交じった人血から生じた眷属の赤子だった。

 魔女は自分自身を触媒にし、神秘の黒炎を手から放つ。触手のような精霊は命を焼き払われ、神に運命のサイコロを振わせず、魂を直接的に葬り去った。

 

「死ぬなら、もっと上手くやりなさいよ……」

 

 血の遺志を瞳に吸い、魔女はそのまま復讐者の男を火葬することに決めた。既に魂が宿らない肉塊に過ぎないが、遺志を弔う葬送の魔女がそうだからと無視する必要はない。油壺から死体へと油を垂らし、右人差指の先からライターの如く点火。黒い焔が油の染みた死体へ零れ、一気に炎上。火葬場よりも強い火力であり、肉が一瞬で燃え、血が気化し、炭になることなく骨となって葬送された。

 

「あーあ、獣ばかり。匂い立つわねぇ……何処もかしくも、狂って、堕ちて、罪が積み上がる様は何時だって悍ましい」

 

 復讐など珍しくもない。人が人を殺す動機の一つに過ぎない。殺人に溢れるこの世において、憎悪とは普遍的な感情であり、魔女が抱く復讐心は家族を殺された人々にとって当然の想い。命がなくなるまで生きるのなら、人が付き合い続ける自分自身の正体だ。

 それを不の感情だと断じて思考停止するなど、無能とすら呼べない白痴症。

 価値が無いと思う人間こそ、その人間が積む人生の過去に価値が宿らない。

 無論、その憎悪が自分の死によって消える恐怖に囚われ、あるいは恐怖そのものに震え、前に進めなくのも人間として当然の生存本能であり、自分の尊厳を守る機能だろう。

 

「―――レレクス聖血教会……確かその名、余は聞いた覚えがある」

 

「別に言わなくて良いです。そこの男の遺志、脳味噌に入れたので。それより遅いわ、暗帝」

 

 グニャリ、とその女は歪み出る。何もない筈の空間に隙間が生じ、当たり前のように彼女は惨劇の現場へ現れた。

 

「ふん。神の眷属を殺していた。そう湧き立つな、魔女。魔女狩りに昂奮する聖職者を狩り殺し、魔女として楽しめたのは分かるがな

 しかし、聖血教会(チャーチ・オブ・オールドブラッド)とは良い得て妙だ。

 あやつらは自分達に神の体液を輸血し、混血児に転生している。それも神々同士の血も混血させ、新しい神性も見出しておった」

 

「彼処と似たようなことを……ッ――――まさか?」

 

「思想を教えたのは、果たして誰であったか。嘗ての昔、貴様が論と啓蒙にて神を信じる狂信者の心を折り、神の不在証明を与えて賢者にした男が居たような。あるいは、魔女狩りに熱する枢機卿を幾人か、その信仰を改心させた事もあったかもな。

 敬虔な神の使徒が、実在する違う神の使徒にするに十分な出来事だ。

 おっと……そう思えば、その男は権力を教会でその後に得て、私設教室を立ち上げたようだ。勿論、協力者も多くおり、聖血由来の不死の立証も可能にしていたようだな」

 

 神狂いの宗教家を不快に思い、事実を啓蒙した過去を魔女を思い出す。発狂してもう何も出来ない木偶になった筈だが、その使徒は違う神に狂うことで再起したのだと理解した。

 

「神の脳に宿る意識体へと、血で繋がる人間の集合無意識に融け合わせるとはなぁ……余は、この世が少々気持ち悪く感じる。

 何を知れば、そこまで狂い果て、尊厳を凌辱出来るのか」

 

「どいつもこいつも、何処でも何時でも……狩っても狩っても、蟲のように卵から孵り続けて」

 

「狩るのか……?」

 

「憎悪の遺志が私に継がれたのです。狩らない理由がない」

 

「貴様は飽きずにソレばかりよ。どうだ、暇潰しに余のようにハレムでも愉しむのは。それか、余のハレムに入るのも良い。

 はぁ……貴様の気苦労は見ていて靄が心に張り付く。苛立ちもあるな。幾ら人の世を救った所で、誰も感謝などせんと言うのに。神の気紛れから幾度この星の人類種を救った?

 あの時も貴様は人を殺し、あの権力者共を利用して復讐の連鎖を断ち切った。復讐者として、復讐と言う人間の営みに一つの復讐を果たしただろうに。

 今回の悲劇、貴様も要因の一つだが原因ではない。何時も通りではないか。狂ったのはそいつの魂の因果律がそう在っただけ。原因は、人間を狂わせることを愉しむ神と崇められる下劣共だ」

 

「けれど、私は魔女の狩人。私以外に狩らせる気もありません」

 

「要らぬ苦労。正しく、貴様の疲れは徒労と呼ばれる種類。偶には堕落を抱いて溺死するのだ。性欲とはそも自分と言う生命設計図を残す活力であり、且つより良い遺伝子を産む進化の為の強さ。本能による命への尊びが、喜びの感情を作り、穢れて傷付く精神を癒す。

 分かるだろう……他者の人肌の温かさが、人の心を潤すのは誰もが知る真理。

 見るに堪えられぬよ、貴様の穢れ。余を布代わりにその血で穢すしか、貴様の意志はこびり付いた汚泥を拭き取れん」

 

「この、毒婦。アンタ、私で愉しみたいだけじゃない」

 

「親譲りなのかもしれん。遺志は引き継がれるものだ」

 

「じゃ、遠慮する。その代わり、狩りを手伝いなさい」

 

「拒絶とは。だが仕方ない。貴様の願いだ、手伝おう」

 

 違う神を信奉する異端信徒が教会に潜み、異端審問官となり、異端として民衆から魔女を作り出して拷問を行い、神への貴い生贄として処刑する。聖血教会にとって処刑台は贄を奉じる血の祭壇であり、魂を素晴しき古い神へと葬送する儀式であった。

 何と言う、合理性か。魔女狩りと言う文化自体を、大量の魂を贄する為のライン工場に作り変えた。更に儀式を愉しむ見守る無辜の民に宿る猟奇的歓喜と冒涜的正義によって、贄の魂は人々への狂気が生まれる。神が餌とするには上質過ぎる旨味となろう。

 レレクス(ルルイエ)に眠る神と、血で繋がる聖血の使徒達。

 皆を神の眷属(カゾク)とする教え。神の仔を増殖する罪深き家族作りの祈り。

 彼らは無論の事、魔女として処刑する無実の人々に、自分達と同じ聖血を輸血する。結果、拷問された事で本当に魔女に進化してしまった無罪の人々は、本物の魔物となって人輪廻から外れて一つとなった。

 

「―――狩らないと」

 

 それらの何もかもを魔女は察している。故に、その魔女狩りを魔女として狩りを全うする。

 魔女と暗帝。狩人と不死。異邦人として、この星と無関係な二人は神の魔の手と人間の狂気的脅威から何時も通り、人々の営みを守り続けていた。

 

 

 

 

====<(◎)>====

 

 

 

 

 ―――魔女狩り。宗教による究極の集団ヒステリー。

 監視、密告、拷問、処刑。あるいは、過度な拷問による獄中死。人間の精神を苛む為の、あらゆる道具を使った虐待理念。しかし、ただ生きるだけで過酷な世において、その人間性の歪みも当然な社会現象。今の技術程度しか進歩していない文明において、地球は死に溢れた地獄である。

 飢餓、戦争、疫病。人間を殺す大いなる災害。だが、人間を統率する筈の社会機構が、現行の人間社会を維持する為に贄となる少数の人間を殺すのもまた、災害と呼べる人災だ。

 

「あぁはぁー……善意を好む人間らしく、生活に密着した愉快な人殺し……何て、私程度が人助けしようが、正そうとしても仕様がないって言うのにね。

 どんな宇宙であろうと変わらない糞溜めみたいな人間社会、見続けていると本気(マジ)で気が滅入る。独り言も増えてく一方じゃないの」

 

 よって魔女は、気色の悪い人間を殆んど鏖殺してしまった。とある田舎の集落で行われていた公開処刑を見かけた際、異端審問の性的拷問を受けた末に殺される寸前の少女に"同情”してしまい、憎悪の炎で処刑を娯楽として愉しんでいた人畜生を焼却した。

 感情的にならず、理性で以って状況判断をした上で、やはり感情の儘に殺してしまえと冷徹に自己判断を下し、神を愛する敬虔な信徒を殺し尽くした。祈りと言う盲目的殺人自慰行為に耽る屑共の魂を、自分と言う地獄の炉へ叩き込む為に魔女は殺した人間の遺志を例外無く貪り尽くした。

 悪夢にようこそ、信仰で自慰する羊共。

 魔女は冒涜的心象風景が渦巻く脳内へと落ちた人類種に、魔女らしい憎悪の暗い祝福を唱える。

 とは言え、盲目な羊を愛する神は、古き時代では神罰を徹底する神話世界の一柱。ある意味、殺人行為と殺戮鏖殺は神の代行。不信心者は生きる価値なしであり、その天罰死を疑うことは許されず、信者として誰かの死を喜ばねばならない。だから魔女は、無辜の民衆に一切容赦はしない。欺瞞や権力によって人死を作り出して悪徳に酔う者共と同じ様に扱い、同じ様に等価値に邪悪な人殺しとして憎悪の火を向ける。

 

「……………」

 

「おい」

 

「…………ぁ」

 

「貴女のそれ、酷い喉ね。ふぅん……熱湯を無理矢理呑まされて、苦痛を受けて叫ぶ事も出来なくなってるじゃない」

 

「……………」

 

「あ、それと謝っとく。すまん。貴女の両親とか、姉妹とか、親戚とか多分、普通に焼いちゃったわ。まぁでもさ、良いじゃないの?

 どうせ、神と信仰と教会への権威の為に、貴女を見捨てた肉親ですし?

 どうせ、そんな連中の人間性に何て魂の尊厳は宿らないから、遺志にも価値は余りないし?」

 

「…………」

 

「との事で、はい。私の言い訳はこれで終わりです。自分の思想の為とは言え、貴女を生かすのに殺したのなら、その命に責任を追うのもまた私の為の責務です」

 

 異端審問により、心も体も壊れた女を拾い、魔女は灰に還した村から立ち去る。結果、死に逝く一人を助ける為、公開処刑と言う娯楽を愉しんでいた者は全て死に、悪夢に落ちた。村八分にされない様、保身で愉しんでいる真似をしている村人も殺し、僅かでも熱気に当てられて死を喜ぶ子供さえも殺した。

 思う儘に、在る。人の世に関わるのなら、それを第一の信条と魔女はする。

 何より、この村は完全に終わっている。宇宙から飛来した他惑星由来の知性体が忍び込み、その遺伝子を人間に取り入れ、遺伝子組み換え人間を秘密裏に人工繁殖していた家畜人舎と化していた。この度の集団ヒステリーも人間の集団心理を測定する為の実験に過ぎず、学者がマウス等の実験用生物を利用した集団生活の動物実験を行うのと何も変わらない行動学の探求であった。

 遥か太古、生に苦しみ続ける人の脳が生んだ神への祈り。

 万を超える群れの統率を維持する人類の発明、宗教と言う社会機構。

 公開処刑を愉しむ村人達だった。奴等は醜く、下衆で蒙昧、且つ悍ましい高度な知能を持つ地球の自然環境が作り上げた知性体。だがその実、奴等に果たして自由意思は存在していたのか、否か。

 だから、殺した―――と、魔女は自分を正当化しない。やはりその殺意を脳細胞が生んだのだから、苛立つ獣を殺したのが根本。狩りたいから、思う儘に狩っただけ。裏側に一秒でも早く死んだ方に人類に良い残虐邪悪知性体が居るのを最初から見抜いていたが、弱者を甚振って殺す村人を殺したいと思ったのは真実である。

 だから、探した―――と、魔女は元凶を逃す気はない。既に異次元宇宙文明技術で製造された空中浮遊要塞を見付けており、人間文明を実験する狂行動学者を狩り殺しに空を登った。まるで螺旋階段を歩き進む様に魔女は天空を登り進んで行った。

 二足歩行する牢人姿の鮫人間(デミシャーク)

 筋骨隆々な騎士甲冑姿の鶏人間(マンチキン)

 ブーメランパンツ一丁の長尾驢人(カンガルーマン)

 兜を被る大剣二刀流の人猩猩(ヒューゴリラ)

 ヒップドロップを愛する袋熊人間(レスラーウォンバッド)

 狙撃用の機械弓を背負う鷹人間(レンジャーホーク)

 空中要塞で襲って来たヒトモドキの怪人を手当たり次第に魔女は狩り殺し、魔力が一番渦巻く危険区画に歩き進む。

 

「猫はグッド。とても可愛い。人もグレイト。実に可憐。地球産ペット生物の中で、スマイリーな愛玩動物。ならば、その二つを遺伝子配合した新種のペット生命を作るのはジャスティス経済。

 猫人間は、とても良い。ドリームランドでも大変人気だ。

 ムーンビーストの奴等も、普通の人間を拷問するよりも気合が入るらしい。

 この糞のように劣った人類種の知的社会の中において、超知性体である私が神となるのは当然であり、その身を人間や動物が捧げて我が利となるのも摂理だろう」

 

 ―――人間。恐らくは、異次元生まれの者。ティンダロスの血を継ぐ混血児。

 巨大な子猫に生餌の人間を与え、その餌やりの光景を娯楽として愉しみつつも、自分が製作した雌猫人と性行為をする怪物。子猫が戯れる可愛らしい鳴声がすると同時、苦痛に満ちた人間の絶叫が鳴り響き、血肉を砕く咀嚼音が奏でられる。そして、パンパンパンパンと肉と肉が激しくぶつかり合う音も響く。

 それは冒涜的異種族間繁殖行為。それを愉しむ者が魔女狩り熱狂全ての元凶。

 人類学を熱心に嗜む実践派の学術者にして、異種族間の遺伝子配合で新生物を生み出す事業に興じる狂人である。

 尤も、三秒後―――死ぬのだが。

 異次元由来の高次元干渉魔術による攻撃を魔女に行うも、彼女はステップ一つで回避しながら容易く接敵し、鎌で首を狩りながら魂を暗い炎で焼殺。その首を更に穢れた蟲を踏み潰すように砕き、床に散らる脳味噌さえも熱処理して消滅させた。

 

「……っち、人喰い猫が」

 

 魔女は人を食べていた巨大子猫を鎌で瞬間解剖し、被害者の遺骸ごと火葬。見た目が可愛らしかろうが、獣は獣。獣性に狩人は平等だ。害獣に慈悲は無く、人を甚振る事に歓びを覚えたのなら、狩人として殺しておいた方が良い。尤も、獣狩りを喜ぶ狩人も所詮は同類の獣ではあるが。

 そして、異形に犯されていた全裸の猫少女を助け出す。何時も通りの感情が壊死した空ろな目をした儘、魔女は自分の境遇でもあるレイプ被害者に手を差し伸べる。魔女にとってはこのような善行を行う感情的動力源も復讐と同様、過去の恨み辛みから湧き出る憎悪である故、ある意味で反転した善意と言うオルタナティブの名に相応しい社会的正義であろう。

 

「にゃー……にゃん、にゃん」

 

「成る程、ナルホドね。啓蒙により、私は猫語も嗜む魔女。貴女の言葉で、この空中要塞の詳細も大体は理解出来ました。良い情報です。

 こっちからの報酬として、どうでしょう……その姿では迫害されるでしょうし、魔術でも学んで人間社会にでも融け込む?」

 

「はい」

 

「――……何よ。人語、喋れるじゃないの」

 

 一時間もせず、魔女は空中要塞を地面に墜落させた。この時代の地球の人類種であれば、数週間で文明征服が可能な超文明要塞であったが、魔女からすれば特に苦労するような偉業ではなかった。

 とは言え、魔女狩りなどの迫害から人を救い上げるのは幾度目か。

 科学文明が深まり、政治制度が進めば、未成熟な社会常識による歪みは一定レベルまで正され、無知の悲劇は確かに今よりは減る。しかし、その文明レベルに届くまで犠牲者の屍は積み上げられる。それまでの間、魔女は視界に入る被害者を助け続ける。

 カルデアに敗れた身である為、その流儀を遺志として自分に魔女は融かし合わせ、彼女は自分が特異点で殺した人数の何千何万倍以上の人命を危機から助けた。だが救えど救えど、自分のような性被害者やジェノサイドの犠牲者は、人類社会が維持される限り決してなくなりはしない。人間を根底から人間以外の生命体へ作り変えない限り、人間は人間を社会繁栄の為に消費し続ける。

 とは言え、元は殺戮主義の極悪人にして大悪党。善行を積み、徳を為そうが性根は変わらない。だから、どうしたと魔女は割り切っているのも事実。人間が救えないことに然程の絶望感はなく、そこそこの虚しさしか感情は湧かず、希望に溢れた未来に関心はない。

 単純明快、自分以外の人殺しに苛立つのだ。

 ついつい、発作的に殺害する副次的人助け。

 後天的な善性として生真面目に生命を尊ぶも、生まれ持った本質は憎悪の悪性。

 殺せば殺す程、人殺しに殺される犠牲者が救われる。その繰り返しでしかない。

 しかし、地獄の底で()った命に魔女はなるべく責任を持つ。()った命を人間社会と言う野へ見捨てては、人殺しを狩って人殺しから助けた命がまた文明のエネルギーとして消費されるだけ。

 今の拠点―――団体生活所、魔女の狩り舎。

 空間転移でさっくり移動した後、魔女は助けられた人を連れて其処へ帰っていた。その数年後。特に世界は変わりなく、魔女は獣狩りをしつつ、気が付けば我が家が広がり過ぎて村のサイズになっていた。そして、それなりの規模の狩人機関となって組織運営され、神話災害を起こす人類の天敵となる神話生物を殺す復讐者の拠り所となっていった。

 即ち、地球外知性体を人類生存圏から駆逐する狩り村。

 人間性の営みに害為す獣を殺す獣狩り。それを生業とする一種の新興宗教とも言えた。

 

「魔女様……」

 

「うん、なに?」

 

「お客さん、来たよ……?」

 

「あら、ありがとう。でも、私の脳が感知出来ないお客さんね……―――ま、行ってみます」

 

 錬金術師となった猫耳の少女からの言葉を受け、魔女はその相手がいる方向に進む。相変わらず脳が気配を感じ取れないが、気配が無さ過ぎてその空間自体が人型の認知不能領域となっている。感じ取れない事を感じ取れてしまえば、逆にその客の居場所は分かり易いとも言える。

 ―――神か、と魔女は啓蒙された。

 上位者狩りも獣狩りと同様、血の歓び。

 だが神も所詮、獣の一種。神性と獣性は相克するが、狩人にとっては味わえる脳内麻薬の違いでしかない。

 

「どうも、魔女様。お噂は聞いております。人類社会から迫害される人を、健気にもお助けになっておられるとか?」

 

「なに、嗤いにでも来たのかしら。だったらその懺悔、聞いて上げます。

 人一人殺す事の罪の重さも知らない白痴の精神的弱者には、魔女らしく憐れみを。同時に人一人助けられない道徳的無能者を嗤うのも、私にとっては素晴しき善行となる」

 

「……―――成る程。珍しい、実に珍しい。

 貴女達すれば外宇宙とは我らの事だが、我らからすれば貴女達こそ外宇宙となる。外なる宙であれば、道徳が悪徳となり、邪悪が神聖となり、素晴しき愛が冒涜なる欲となるのだろう。

 君は、どうなのかね……?

 この宇宙を見て、どう思うのかね?

 啓蒙をされるのだろうかと……素晴しきモノを得られたのかね?

 遺伝子による本能の儘、人間が人間らしく、社会と言う動物の群れを運営する機能に従い、この星の動物らしく同種を守っているのかと思ったのだ。善性など進化によって得た生命種としての脳機能に過ぎず、夢見る儘に脳が化学物質を生成して意思決定を操作する快楽である。だが、だが、やはり君がそうではないと知り、残念に思うと同時に嬉しくも思うのだよ。

 この私も所詮、神の脳が見る夢から零れ落ちた妄想に過ぎず、空想に生じた存在でしかない。

 生命種に下等も上等も存在せず、あらゆる生物の生涯が宙を夢見る脳のシナプスでしかない。

 神も、それ以外も、何かもが赤子の夢を飾り付け、夢見る赤子を愉しませる道化でしかない。

 だから根源から流れ落ちた魂の筈だと言うのに、あの悪夢に流れ落ち、この領域外の空に零れ落ち、宇宙を夢見る赤ん坊の脳内に来た君はきっと素晴しいと思ったのだ」

 

「……………あー、その何。つまり貴女の目的って、まさかの人生相談?」

 

「その通り。ベビーシッターが本職な腐れ道化の分け身ですが、今は人間に転生した地球人。ある意味、赤子の夢見る宇宙の外を知る君は、神の叡智たる我が脳以上の知識がたんまり入った吃驚ボックス。この地球、楽しそうだから監視してねと切り離れた糞無貌野郎の貌の一つだけど、魂はアレとは言え人間性はちゃんと喜怒哀楽がある一般的人類種だ。

 勿論、性欲もある。衝動的にセックスもする。恋人も居た事がある。

 君ら人間の家族と言う社会機構が、身動きが取れない赤ん坊と、赤ん坊の面倒を見る女を外敵から守り、子孫の血を未来に繋げる為に遺伝子が進化して得た本能とは知識では分かってはいても、それに付随する本能的快楽を私の脳はちゃんと人間として得られている」

 

「いや、そっちの事情なんて知りませんし、知りたくも有りません。セックスの正当性を魔女の私に説明されましても、その……なに、あれです。困ります」

 

「うむ。愛は好まぬと?」

 

「いいえ。勿論、好きです。私もまた、人間ですから。人の本質として誰かを、あるいは何かを愛します。そして、自己愛がなくては魂に尊厳が生じない。だから、自分のモノとなった何かも愛せます。

 貴女、その成りからして自分大好きでしょう?

 分かります。私も私で、自分の事は大好きです。

 赤ん坊の脳細胞である貴女は、この宇宙が好きで好きで堪らないから、その宇宙を弄び、犯し、宇宙に生まれた知性の尊厳を壊したくて仕方がないのでしょうし?

 だからさ、別に良いんじゃない?

 人間に転生したんなら、そんな風に人間らしく苦悩するのもね」

 

「やはり、語り合う事が善いのか。人助けを大義とする知性こそ、善いのか。しかし、この宇宙で生命種として進化する為に、その尊厳は不必要として知性から削除される。

 この暗い宙の中、仕方がないのだよ。何も分からず、何も思わぬ白痴である事が進化の最果て。

 全ての妄想が空から目覚める時、大いなる赤子の脳細胞が生むシナプスに過ぎぬ我らは、何もかもが無価値だっと悟る時も与えられぬ。

 ―――……どうか、どうか、あの内なる宙から来た観測者よ。

 魂を救う意味を人間になった私へと、見させ給え。星に命が生まれる価値を、君らがこの宇宙で観測出来る事を、この宙の住人として祈っている」

 

「私の本質は、子供を嬲り殺し続けた狂人に製作された殺戮人形です。何処まで進化した所で、その真実は変わりませんし、自分の過去と勘違いした母親の為に無価値な虐殺した罪も変わりません。

 それを見抜きながら、祈ると言うのなら……―――いえ、だからこそ、貴女は人の魂に魅入られるのですね。

 憐れな程、楽しくて堪らない。

 悲しい程、嬉しくて堪らない。

 愚かな程、愛しくて堪らない。

 祈る慈悲が湧かない程に、人間に何て興味なんてない癖して虚言を吐く。

 本当、聖書の天使様みたいな神ね。創造主の為になら、創造主の作り物を弄んで殺す事に躊躇ないはない。むしろ、白痴の創造主に仕える貴女の方がより天使らしいかしら」

 

「故に、君等の魂が導く運命に幸が在らん事を」

 

 数時間後、立ち話を終えた無貌の一欠片は魔女の村から立ち去った。世界は神の有無で変わらず、人間の現実に変化はない。広大な宇宙の中であれば、他人と自分の差異など殆んど無に等しく、魔女が作り上げた平穏な村は平和な儘である。

 とは言え、人間の争いもまた日常。数十年後、繰り返す旅から自分の村に戻った魔女は、自分が醜過ぎる人間社会から助けた人々が虐殺され、その死体が散らばる村を目撃する事となった。

 ―――因果である。当たり前な死の光景。

 嘗ての特異点で自分がそうした様に、自分の村の人々を虐殺された。

 魔女狩り。異端審問。宗教裁判。人間が救われないのは心底から理解していたが、救われなかった人間を救ったと思ったら、結局は人間社会の邪悪から運命を解き放つ事は出来ていなかった。

 人間の結論は如何足掻いても―――死。

 何故なら、魔女もまた殺し続けている死の化身。悪人だろうが、醜かろうが、悍ましかろうが、魔女は人間を死なせ続けている。自らが救った人々にまた死の順番が訪れ、その瞬間に魔女は偶然にも間に合わなかっただけの話。あるいは、そもそも人を人間社会の(ひず)みから一時でも救えたのが奇跡だったのだろう。

 

「―――……まぁ、知ってたけど」

 

 人間では、人間を救えない。上位者の叡智を持ち得ても、その答えは啓蒙されない。悲劇が繰り返されるのであれば、永遠に魂へ救いは訪れない。

 だが一人、生きている者がいる。正確に言えば、襲撃者が意図的に生かした者がいる。

 ローマ帝国の伝統的処刑器具、十字架。それに磔にされ、衣服を剥ぎ取られ、僅かに息がある状態での磔刑。数多の遺体が磔にされていたのだが、間違い探しのように一人だけその中で生存者がいた。

 

「…………」

 

 尤も、それを認識すると同時に魔女は駆け出し、即座に救出。戦争で良く兵士が行う人質を使ったブービートラップだと分かってはいたが、むしろ罠であれば思い浮かぶ対処法でカウンターで狩り殺すだけ。

 だが、この光景は皮肉にも程がある。魔女狩り文化を人間社会に生んだ宗教を生み出す切っ掛けとなる十字架の磔刑。それを魔女狩りの死から救われた被害者に行い、その宗教において神の子とされる者と同じ方法で殺される惨い矛盾。

 心の底の憎悪から……――復讐を。

 悲劇を歴史とする世界を破壊したい希望が燻るも、魔女は静かに瞳を閉じ、自分の心から眼を逸らす。

 

「貴女はどうか、生きて下さい……魔女様」

 

「……貴女も、生きるのよ」

 

「すみません。もう魂を、食べられてしまったので。

 ここにいる私は、その残り滓の残留思念が体に残っているだけですから」

 

「何を、言って……あぁ、そう言う事。それじゃあ、仕方無い。

 仕方無いから――――全員、例外無く、狩るから。安心して、死になさい」

 

「それなら、安心出来ます……ね?」

 

 死体を動かしていた遺志が抜け落ち、助けたと思っていた死人は動かなくなった。既に魂がなかった女の肉体を地面に置き、魔女は他に磔にされた死体をその場で観察する。

 ―――拷問痕。明らかに、他者の苦痛を娯楽とする狂気の産物。

 ただ死ぬのではない。弄ばれ、涜され、犯され、冒され、侵され、冒涜され尽くされた遺体群。男も女も、加害者の屑共が面白可笑しく、性的にも犯された痕跡がある。そして全員、魔女が助けた人々。見送った先程の死人も、嘗て魔女狩りの公開処刑で民衆に殺されそうになっていた被害者だった。

 直後、キンと言う甲高い音。魔女が極限まで気落ちし、隙を晒す瞬間、刃と刃が擦れ合う金属音が鳴った。人でなしの人殺しらしく、暗殺者は油断した魔女の後頭部を狙って刺突攻撃を行ったが、魔女は意思と化した反射の護身行動で死の脅威から自分を容易く守っていた。

 

「―――……ぬぅ。防がれたか。

 何と言う、無駄。貴様を殺せねば何の為、貴様に救われた無辜の民を殺したのか……あぁ、無駄だ。実に無駄」

 

 葬送の刃の変形前―――鎌刃の曲刀。戯言を漏らす屑を殺す為、魔女はそのまま曲刀で瞬間連続斬りを行い、だがその全てを敵は弾き逸らし、受け流した。

 

「無駄になったではないか、神狩りの魔女」

 

「気色悪い貌ね。何よその(ツラ)、宇宙人か異世界人って雰囲気?」

 

「まさか。人間だ。徹頭徹尾、人間だ。ただ……なんだ、神の血を自身に輸血しただけのこと。気色悪い貌をした知人共からは渦貌と呼ばれている。そして純粋な宇宙存在は、私が従がえる生物だ。

 此処の村人の苦悶、悲鳴、悲哀、その全てが善き餌となってくれた。良い娯楽品だった。

 故、感謝しよう。私のペットを喜ばす為だけに、貴様は人々を悲劇から救った後も醜い人間社会から救い続け、その善行が我らのような邪悪な知性にとっても素晴しき善行となった。善き事を行う人がいなくては、狂気が人間性を冒涜する愉しみは生まれぬ故」

 

 恐らく魔女は極限と呼べる程、壮絶なまでに憤怒する。憎悪、狂気、悪意、怨念、それら全ての負が混ざった混沌の怒りである。だからこそ復讐の本質、憎悪の正体を魂から理解する。

 無償で行う自らの善を、賤しい他の悪に踏み躙られた時、人は本当の悪魔と化す。

 今までの人生の価値観全てが引っ繰り返る史上最悪の夢心地。この痛みは数千人を虐殺しても癒されない。そして、何万人の命を救っても満たされない。

 魔女は痛みを実感した――――人は、救えない。人では、救われない。

 人が皆、獣である意味を知る。何故か浮かび上がる猟奇的な笑みを抑え込む為、片手で口を抑え込みながら、憎悪で沸く脳細胞で殺意を得る。魔女は復讐者として生まれながら完成していたと言うのに、その究極と呼べる真理を悟ってしまった。

 ―――殺さないと、いけない。

 自分がカルデアに殺されないといけなかった様、人世は死ななくてはならない知性で溢れている。

 魔女の理念。自分以外の人殺しを全て狩る。自分が死にながらも、獣は全て狩り尽くす。獣は獣で在る故、善悪に価値はなく、人で在る事に意味を覚えない。

 

「おぉぉ素晴しき哉、美しき怒り。あぁ、あぁ……何と言う憤怒。

 どうやら我が命運、此処で尽きたか。それ程の怒りを抱ける人間であるならば、今程度の真理しか得ていない私では勝てぬが道理。

 だが―――死合おうぞ。

 貴様が意味持つ死で在るならば、きっと我が人生の邪悪にも価値があったのだ」

 

「黙れ。死ね、死に尽くせ。狂気さえ枯れる程に、貴様の命運を審問しましょう。

 さぁ―――屠殺される豚の様な、悲鳴を上げろ」

 

 魔女が抱くは極性の憎悪。だから殺した。魂を宇宙から消し去った。貪り尽くし、魔女は魔女の中にある地獄の悪夢に遺志を落とした。魔女の村の人々を拷問死させた神話上の異形生物、ムーンビースト共も惨たらしく殺し続けた。

 正に―――獣狩りの夜だった。

 だがきっと、幾ら殺しても世界は変わらない。赤子が夢見るこの宇宙は、星々同士さえも呪い合う悪夢であるのだから。

 

 

 

――――<●>――――

 

 

 

 西暦1923年、世界大戦後のアメリカ合衆国。熱い夏の時期。異常気象によって水位の上がった貿易港都市、カルマーヌ・シティ。

 水に沈む街は警察機構が上手く働かず、自警団が治安維持をしている程に不安定な状況。更には禁酒法成立によって地域のギャングが活性化し、薬物が酒の代わりに流行り出し、治安悪化を政府の憲法改正が加速させていた。

 

「え、何です?」

 

「ですから、ダルクさん。数億前に栄えた超古代文明の遺産ですよ!!」

 

「へぇ……?」

 

「恐らく、古の海星(ヒトデ)頭部型知性生物の古代文明オーパーツでしょう!

 地殻変動で海底に沈んだ悪意ある邪星より飛来した侵略種の生き残りが、まだ現代にも海底都市で生き残り、祭神たる古代宇宙生命体の復活を狙っているのです。きっとあの蛸ですって蛸巨人!」

 

「学説、混ざってるじゃん。蛸と海星、太古で殺し合ってるって神話はなってるのよね。貴女のそれ、多分その蛸側の邪悪な外宇宙の遺物だと思います」

 

「オーマイガッ!」

 

「はいはい。神よ、神よ、神の所為。いや、本当に神の所為だけど」

 

「けど、ダルク博士。何故、貴女はこれを持っても平気なので」

 

「これ、人間を精神汚染する脳波干渉装置なのよ。進み過ぎた科学技術も使われた……まぁ、古代文明の魔術工芸品ってヤツ。

 ―――統一せよ。統一せよ。合さり、混ざり、統合せよ。

 と言う雰囲気でね。自分たち以外の精神活動する知性体文明を、自動的に殺戮する侵略兵器の一種よ。

 私の場合、その類の宇宙放射線毒電波って脳活に過ぎないの。逆ハッキングして居場所を見付け、瞳で見詰めて発狂死返しを行います」

 

「ハッキングって知らない単語ですが……これって最悪に災厄です!」

 

 古代遺物(オーパーツ)を片手にコーラを飲む魔女は、ミスカトニック大学で助教授をする新米博士に持論を述べた。

 まるで遺伝子構造を模した螺旋造形。それを円環形状に丸めた臓物に見え、啓示神話上の聖書に出る天使の輪を幻視する遺物でもあった。

 

「この意味不明の呪文、そう言う意味でしたのね?」

 

「異形の化け物になるから気を付けてね。この街、その遺物を発掘した遺跡による異変でこうなってる訳ですから」

 

「つまり、私の所為って事……?」

 

「そうよ。古代神話史学狂いも大概にしなさい。死体が生き返って人を襲ってる噂も、マジよ。これも貴女が神秘が眠る墓所を暴いた所為ね」

 

「そんな……ッ―――興味深いですぅッ!」

 

「既に狂ってるじゃない。古代遺物とか狂人には意味無しね」

 

 ミスカトニック大学史学部助教授にして魔術学者、ルージュ・オリスは凶笑する。自分の所為で港街が半ば水没し、人間が異形の化け物に変質し、死人も蘇って化け物となり、怪物が人を襲う事件が多発するようになった。その所為で更に治安が悪くなり、自警団が活性化してギャング組織になり、銃火器で武装した人間が街中を平然と出歩いている光景。

 些細な被害にしか、彼女は感じられなかった。開発者オリジナルレシピのコーラで割った酒を飲みつつ、ステーキを頬張って毎日愉しく研究をし続ける程度には元気だった。

 其処へ、如何にもな姿をした私立探偵の男が一人。無精髭を生やし、呪光除けの色眼鏡を付け、帽子とトレンチコートを着込んでいて怪しい雰囲気は完璧。また道具を詰め込んだリュックサックを背負い、懐には回転式拳銃(リボルバー)を二挺仕込み、腰には近接戦闘用の大型ナイフと携帯ランタンを巻き付け、更には水平二連散弾銃(ツインバレル)短機関銃(タイプライター)を直ぐ取れる位置にリュックへ装着。

 対神話生物狩人にして国家と機密契約を結ぶ魔術探偵、セオドリック・ダン。元はオリスと同じ大学の研究室に居た学友であったが、今はもう大学を卒業して探偵稼業に営んでいた。とは言え、一般人とは決して言えない立場ではあるのだが。

 

「あら、貴方ってば?」

 

「大学の狂魔術学者に……何だ、魔女様か。そこの狂人は兎も角、御久し振りです」

 

「あれま、ダン君お久しぶり。どったの?」

 

「殺すぞ、貴様。誰かさんの後始末だ、後始末。最近、探偵よりもハンター稼業が多い。古代神話の生物よりも、それを呼ぶ人間を殺し回ってる様だよ」

 

「えー、それって人殺しですよね?」

 

「悲劇を振り撒く貴様に正論を言われると、顔面を穴だらけにしたくなるな。どうせこの街も神秘に狂った人間が良からぬことをして、しなくても良いことを好奇心に負けて行い、この有り様になってんだろうしな。

 私は、事態の収拾を頼まれたのだ。救ったアメリカ国民の税金がたんまり懐に入るからしているが……はぁ、今回はどんな古代遺物を掠め取れるか愉しみで仕方無い」

 

「昔から、手癖ワルーい!」

 

「ほざけ。誰が、金の為だけに人助けなぞするか。魔術師が行う人助けで、真に報酬となるのは神秘のみ。探偵をしているのは、あちこち回るのに世間体を保つのが楽だからってだけだよ」

 

 魔術師を名乗る通り、銃火器と大型ナイフで武装しつつ、魔術装備品でも探偵は身を固めている。銃火器も魔術式による神秘が宿っており、実体がない悪霊であろうとも射ち殺せる退魔武器でもあった。

 大きな括りとしてだと、探偵が籍だけ入れているのは国際神秘秘匿協会。文明拡大による人間社会から外宇宙的神秘を隠す為、各国政府の暗部と繋がって運営される巨大秘密結社。

 その一部門、狩猟機関―――ハンターズ・オルガニゼーション。

 此処は実に分かり易い組織であり、異形とそれに連なる人間を狩り尽くす為の暴力装置。社会の平穏に仇為す神秘を駆逐し、その遺物を回収する魔術師達の実行部隊。即ち探偵はエージェント、派遣機関員の一人であった。

 

「んで、どうせオリスが阿保やらかしたんだろ?

 この前も遺跡を甦らせ、毒脳波を撒き散らし、一帯住民を異形種に先祖還りさせたからな。ありゃ酷い殲滅作戦が行われちまった。世界大戦とやらで発展した銃兵器が活躍したぜ」

 

「酷いよ。あれは国のお偉いさんがやったんだって。私はちゃんと注意したよ。凄く軽く、でもちゃんと記録に残って責任は背負わないようにね!」

 

「屑が。良い加減、死んで償え」

 

「ノンノン。私、まだ宇宙を暴き切ってないんだもの。人間が宇宙で生まれた意味……多分、意味なんて無いんだとしても、その方程式を知らなきゃいけない。

 因果律ってヤツをね、脳の中に入れて私の魔術式を完成させるんだ!」

 

「……だ、そうです。魔女様、狩って宜しいでしょうか?」

 

「別に良いけど。あれ、死ぬと神に対抗出来る人間の魂が一つ消えることになるわよ?」

 

「サノバビッチ」

 

「ねぇ、ダン君。私にそれ言っても、事実だから悪口にゃなりません。いえ、私は女だからサンじゃねぇけどさ」

 

「そうだった。魔物に股開いた売女が貴様の親であり、貴様の父こそ時空神だったな」

 

「そ、そ、そ。運命を掌に、愛をクルリクルリと回したいの。だから、この街は水に沈んだの」

 

 完全に頭がイってる狂魔術学者(マッド・ソーサラー)。魔術探偵は学友が相変わらずの神秘狂いに溜め息を吐き、だがこの女が神を暴くから遺物が掘り起こされ、自分の飯の種が生まれるマッチポンプ的魔術災害(マジカルハザード)を拒む気にはならない。

 魔女はコーラ割り薬物カクテルを飲みつつ、こいつら早くイヤらしい雰囲気になって付き合えよ、と言う愚痴をアルコールと共に胃袋の底へ流し込んだ。

 

「宇宙文明が地球に仕掛けた罠、ないし殺戮兵器の発掘はオリスの仕事です。その対処をするのがダンの仕事です。相互扶助関係にあるのですから、共同で仕事に入りますよ。

 あれ、ほっとくと地球人が異形人類に変異する。

 結局は遅かれ早かれと言う話。発掘が契機となったのはむしろ好機。準備をし、分かった上で対処することが出来るですから」

 

 とは言え、この街は元より影が差す暗い歴史が根ざす。陰鬱とした空気は此処最近に起きた猟奇殺人だけが影響ではない。それは嘗て行われた移住民への弾圧。地元民によるヘイト活動による差別活動は集団ヒステリーを呼び、私刑による殺人事件が横行した。

 そして現在、港街は白人至上主義(KKK)思想によるヒステリックが起きていた。

 港街に来た白人による差別活動。ギャングと地元有権者の思惑も混ざり、富裕層になった白人移民による過去の差別に対する報復が行われいる。

 家族を殺された。友人を殺された。恋人を殺された。

 ならば―――殺し返さずして、人間は尊厳を取り戻せるのか。

 復讐の連鎖を途絶えさせることが正義だと、血に酔う人間だけは思う事さえ許されない。いや、今より善い社会にする為の正義さえ血に酔う為のスパイスに過ぎない。

 悪を殺す事。社会の癌を抹消する事。即ち、不利益で不必要な社会悪。

 白人至上主義者にとって原住民は、社会と言う統合人体を不健康にする病原菌でしかない。

 だから魔女は人間を汚物だと理解していた。社会で真っ当に生きる人だろうと、中身は人喰いの獣だと正しく理解していた。

 月の狩人のように、人間は人間でしかないと割り切れない。

 人間から進化した次世代の人類みたいに、復讐心を割り切った人間には成り切れない。

 

「全く、何処もかしくも獣ばかり……」

 

 化け物狩りが横行する街。あるいは、化け物になるかもしれない人間狩りが引き起こされた死の港街。互いに差別する二派閥の移住民と原住民と化け物たちによる三つ巴。地元ギャングが仕入れた武器が住民に大量売却され、人為的な紛争状態が維持される。また作為的なものか、魔術的なものかは分からないが、行政による治安維持介入が行われない。

 ギャングは密造武器も違法薬物も売れ、ギャングと繋がる地元有力者の懐も大いに潤う。最悪の利益循環が形成され、人の死が誰かの生活の糧となる悪意が街に満ちていた。

 

「……なのに、海はずっと綺麗です」

 

 全ての元凶が眠る大海原を海岸から眺めながら、魔女は思った事をそのまま呟いた。正直、素直に全てを焼き払った方が良いかもしれない。だが魔女はもうカルデアに敗れた者。不愉快だからと人間の集落を焼く動機を今は持ち得ない。

 本来は漁村だった街――カルマーヌ。過去、とある小さな株式会社が巨大企業に成長。その影響で資本過多となって移住民が増え、貿易港としても栄え、街も大規模に発展している。その企業は地元有力者の経営する複合企業となり、建設業にも加入することで街作りにも手を出している。

 複雑に入り組んだ街中。ホテルへの近道に裏路地を魔女が通ると売春婦が路上で客を相手にし、男が獣のような荒い息で一心不乱に動いている。綺麗な自然風景を見た帰り、生々しい人間性に溢れた経済的性行為を目撃し、魔女は目が死んだ。更には薬物と酒気の香りが混ざった性の生臭さが鼻腔を満たし、喘ぎ声と呻き声が鼓膜を振わせる。湿った空気を肌が感じ取り、味覚が鋭くなった舌が自分の唾液の味で痺れ始める。

 魔女は五感全てが生臭くなるのを感じる。思考の瞳で性行為を観測する。それは人間の女に擬態した異形の怪物と、相手が貧困層の美少女だと思って憐憫と優越で性欲が加速する男による、命を生み出す神聖な子作りだった。子宮に孕むのは古代生物と現人類種の配合混血児。

 それを容易く見抜けてしま得る自分自身を、魔女は悍ましく感じ、眼前の現実が気色悪く感じる。魔女狩りの異端審問でブリテンの汚物に犯された記録が脳裏に浮かび、国を焼き尽くしても癒されない心的外傷が穿り返される。この社会を平然と営む事を健全だと思い込む人間共を、特に女を愉し気に犯す男を獣だと憎む自分自身を虚しく感じた。

 ホテルに重い足取りで魔女は戻り、長い期間泊り込む個室の風呂(ジャグジー)へ入った。海風に当たることで潮が皮膚に塗れ、魔女はベタ付く全身を綺麗にしたかった。生温いシャワーではあるが冷水より遥かにマシであり、服を脱いで全身の汚れを洗い流す。

 勿論だが一人で泊まる魔女なので、着替えの服は風呂場の外。裸の儘、臭いが取れるまで洗い終わった魔女は着替えを取りにベッドルームまで戻った。

 

「はぁ……―――おい。何で、風呂上がりに貴方達二人が私の部屋で寛いでいるのかしら?

 序でに、何で私の部屋のルームサービスを使って飯を食べてもいるのかしら?」

 

「ダルク博士。これはお遣いの駄賃代わりです。便利屋の給料には格安じゃないですか」

 

「そうですね。俺としては弾薬費を少しでも浮かせたく思いました。人間殺すのにも金は必要です。況して怪物一匹撃ち殺すのに、一体ピザ何枚分が無駄になってるのか…………うわ、考えたくもねぇ」

 

「そうね。後……ダン、私の裸を見ないように紳士な対応をするのなら、そもそも部屋に入るな」

 

「え、オリスに勝手に入って良いって言われましたけど?」

 

「―――ふん!」

 

「ぐぅぬぅわーーー! やめ、やめて、止めて下さいダルク博士!!

 そんな強く頭蓋骨を掴まれると脳味噌が絞られて、顔面中の孔から脳汁が出ちゃいますぅ!!」

 

 人助けに、何の意味があるのか。その疑念が解けない儘、瞳を授かった魔女からして良く分からない地球らしき星の、その原住霊長類である人類種の生命を助ける日々。ヤーナムの悪夢に浮かぶ宇宙との繋がりはあるのだろうが、本来なら観測不可能な外宇宙の何処かの、また別宇宙なる天の川銀河系にある太陽系の地球。平行世界ですらない向こう側の彼方にいる神が夢見る違う宇宙。

 魔女は気が毎日遠くなる、そんな悪夢染みた夢見を得る。月の狩人に渡された旅行券の行き先は宇宙の果てを通り過ぎた最果ての、しかしまだ其処でさえ観測結果的に世界の果てではないと分かる場所。根源が生み出した宇宙世界は余りにも深淵が過ぎると魔女は知覚出来たが、そこから先に進む為の叡智はまだ啓蒙されない。

 だから、目的がない彷徨える旅路は脳に宜しくない。魔女なりの日課としての人助けであり、復讐の為の殺戮で奪った命を価値を知る為の思索でもある。もしかしたら、こんな世界だからこそ自分が奪い取った命に価値を見出せるかもしれない。自分に一切関係ない地球に住む人間社会を外宇宙の危機や、異星人からの脅威から守っているのは、そんな理由かもしれないと魔女は考えた。その所為か、海面上昇で沈み行く街を助けると言う思考自体、魔女は自分を気色悪く感じながらも自然体で受け入れている。よって港街の中を彷徨い歩き続け、人の思念が渦巻く中心地を瞳にて何時も通りに見抜いた。

 場所はとある会社の建物、その本社。

 原住民だけが簡素に暮らす漁村を、貿易港街に作り変えた元凶。

 人の欲望を好む信仰集め。人類種にとって関わり合いになってはならない部類の神が、その複合巨大企業の社長に祝福を与えていた。しかし、既に許容以上の狂気で精神崩壊をした廃人となり、その祝福が擬似人格となって中身のない魂に入り込み、企業発展の為になら何でも行う狂人を演じていた。

 

「何を望む。汝、その欲を私に啓け」

 

「そうねぇ……――貴方の死、と言ったら如何(いかが)?」

 

「私の死で汝の信仰を得られるのであれば、是非も無く」

 

 首の無い肥満体。両手に口があり、欲の神はその口を使って自分の心臓を抉り取り、咬み砕く。願われた通りに死に、だが一度自害した程度で死ねる生命体ではない。何より、他者の魂を寄り代にした肉体が死ぬだけの事。

 望まれた儘に死に、欲神は代価に歪みを魔女へ与えた。

 その祝福、大変美味しく脳は咀嚼する。瞳に旨い養分。

 邪悪の神秘であり、本当の意味で彼女への祝福となる。

 脳瞳は別視界の視点を得て、欲を垣間見る邪眼と化す。

 既に港街は手遅れ。此処は魔界の一種。他惑星異界化が進み、悪意に溢れた邪星の異文化が地表を侵食する。人の精神が狂い出し、異常が常識となって狂気が正気に成り替わる。

 ――元人間の住民を撃ち殺す。

 ――人喰いの怪物を狩り殺す。

 ――地球樹の星塔。殺戮兵器。

 大元の海底地下遺跡は古代生物の避難指令所であった地下遺跡からのSOS信号を受け、海上へ飛び出た宇宙文明知性体が作る地上生存圏奪還装置。同時にそれは地上繁殖生物殲滅兵器。核融合魔力炉を動力源とする宇宙で最も惑星と環境に優しい知性生物虐殺施設。

 しかし、まだ星塔の本格活動は行われていない。その星塔から流れる精神干渉波を受信する遺跡をアンテナにし、それを周辺に垂れ流すだけな状態。塔が動き出せば最後、この惑星全てが脳波干渉下に置かれることだろう。

 

「成る程。街に潜む邪悪と、そもそも異変の邪悪は別。あの神に囚われた魔術師によって発展した街に、違う神性による狂気が這い寄って来ただけと。

 この村、遺跡を逆に隠れ蓑にして発展した邪教信徒の魔術師集落って雰囲気かしら?」

 

「ぎゃーぁぁあああアアアアアアアア!!!」

 

「汚物は消毒。私の憎悪を込めた火炎放射器です。どうだろう、温かいですか?」

 

()ヌゥゥゥ――ッ!!」

 

「そんな、とても悪趣味な人。もっと焦げたいのですね。しかし断末魔が即死呪文になっているとは、まるであの植物みたい」

 

 港街の異変は対処した。しかし海面上昇の危機は別案件と分かり、魔女は邪な神性の痕跡を辿った。その先には郊外の森林内にある村があり、そこに魔女が付くと直ぐ様に襲って来た異形の者を即行で返り討ちにした。

 今日は何だか、獣焼き用の黒火炎放射器な狩り気分。そんな魔女によって化け物は魂ごとジューシーに焼かれ、叫び声を上げているが、何故か苦しむばかりで焼け死ぬことが出来なかった。

 

「あれま、貴方って不死なの?」

 

「そうです。そうです、魔女様。ジャンヌ・ダルク様。相変わらず、私の叫び声でビクともしない頑丈極まる鼓膜です」

 

「んー……ん、ん、うぅん?

 もしかして貴女……まさか、マンドラゴラに寄生された………あれ、名前何だっけ。マンドラ・ゴラ子?」

 

「違います。ゴラ子、違います。昔、貴女に助けて頂いたアルラウネ・エーヴェルスです。半人半花のマンドラゴラ憑きです」

 

「そうそう、アルラウネ。錬金術師が作った人造植物人間だったっけ。確かあの時代だと、神聖ローマ帝国時代のドイツ国。あぁそう、新大陸の方に移住してたのね。

 しかし、大分姿が違うわね。植物性による永遠の美ってコンセプトだったと思うけど……今の貴方、何と言うか、動く樹木巨人って雰囲気。おまけで頭に花がある」

 

「変身してるだけです。この村は人の精液と私の花粉卵から錬成した娘たちの村ですので、私が吃驚物の怪になって守っているのです。

 けれど、その娘たちも外来の魔術師によって儀式の生贄にされ……うぅぅ、う……ぐう、グス。

 魔女様、貴女に理解出来ますか? 血によって産んだ愛娘を殺戮される……惨めで憐れな私の気持ちを?」

 

「まぁ、家族が死ぬ気持ちは分かるわ」

 

「もしや、魔女様にも娘が?」

 

「いいえ、姉なる己が一柱。今は遠くにいますが」

 

「そうですか……遠くとは、お気の毒に」

 

「うん。ほんと、遠くにイっちゃってるのです」

 

 郊外、マンドラゴラの支配村落。娘達以外の住民は寄生された邪教の魔術師となり、人間と植物が共存する神話異界となっていた。

 しかしながら、村長のマンドラゴラ憑きであるアルラウネは人間の正義感を恐れている。世間一般の人々が、善良な人間だと倫理的に判断する人間を住人にすれば要らない諍いの元になる。火星の邪神ヴルトゥームの信奉者である村長は非常に理知的な臆病者であり、人の正義感と言う偽善的排斥感情との付き合い方は完璧であり、この村は厄介者や差別対象者に対する人間処理区画として一部の魔術師と契約を結び、政府暗部関係者に国益を出す約束をしていた。

 水面上昇の原因―――海底神殿に通じる地上古代遺跡の管理も、その一つ。

 隠れ村が此処に存在する理由でもあり、人間の利己的な善意と悪意と共存することで延命し続ける魔術師村落であった。

 とのことで歩いた先に辿り着いた洞窟、その奥。そこは古代遺跡に通じる門となっており、それを開けば古代種族が繁栄していた跡地となっており、古代魔術文明の神秘がそのまま残っていた。

 

「あれー……あれ、ダルク博士。此処を探り当てる何て、御早い到着」

 

「だから、言っただろうが。魔女様の裏なんて俺らが潜れる訳ないと」

 

「そんな。でもほら、神狩りが出来る人類が今はいるんだから、今の内にヤバヤバなの復活させて、逆に宇宙侵略者をダルク博士に捧げちゃえば人類皆安泰だって言ったのはダン君じゃない」

 

「誘い込むのが早いって話だ。街を贄に捧げてからの方が良かった。そもそも魔女様、狩り狂いだから普通に仲間に誘えば手伝ってくれたと思うのだが?」

 

「それだと人死に過ぎぃ!

 無駄に多いとは言え命が勿体無いでしょ。なるべく犠牲者は少ない方が良いから、神降臨を出待ちしてダルク博士に即殺して貰うのが一番安全策。何より人類を幾度も絶滅から救ったあの魔女様が、私たちみたいなぶっちゃけ短慮な解決策を快く受け入れる訳な無いし。

 人類社会を宇宙の神秘から守る為の古代史学なのに、その為に社会を滅ぼしてちゃ意味ないっしょがもう」

 

「まぁ、だとは思いました。オリスにダン。素直に言えば良かったじゃない?」

 

「え……え、え? もし、ダルク博士。あれですか、街破壊する可能性があるかもだけど、神様を誘い出すので手伝って下さいって言えば、狩ってくれました感じ?」

 

勿論です(エグザクトリー)

 

「ぬぉおお……! では、ではでは、この場で捧げたマンドラゴラ娘は無駄な犠牲だったの……?」

 

「そうなの、アルラネア?」

 

「いえ、魔女様。復活の為でしたら、必要な贄でした。

 しかし、しかし……えぇ! たかだか惑星の資源を食い潰す汚物社会を保護する駄賃に、我が娘ですよ!!?」

 

「嘘吐け。分身でしょ、あれ。言うなれば、人間で言う爪や髪と一緒で、植物で言えば葉っぱみたいなもの。

 遠隔操作する思念を神経代わりにした貴女の分裂人格体(アルターエゴ)。魂自体は本体である貴女のそれを共有する多重肉体者とでも言うべきかもね」

 

「くぅぅう……魔女様の正論攻撃。しかし、それでも愛してるのです」

 

「仕方ないわね。これ、上げる。許して上げて」

 

「これは、まさか―――我が神の葉っぱ?

 我ら信奉者にとって至高なる品物になりますが、魔女様まさか……そのまさか、ですよ?」

 

「そうよ。前、殺した」

 

「神ィィィイイ!!?」

 

 マンドラゴラ魔術師集落の村長が悪巧みの一員に加え、旧支配者狩りの時間を待つ。しかし、ふと魔女はあることに思い付く。そもそも海底神殿の場所が分かるなら、地上に出るのを持つ意味ないよね、と。

 上位者狩り。上位者狩り。外なる宙の悪夢における上位者狩り。即ち、旧支配者狩り。

 魔女は遺跡からの繋がりを辿る。マンドラゴラ憑き、オリス、ダンがドン引きする視線を感じながら、魔女はこの間に入手した水中呼吸用魔術工芸品を使い、序でにその三人も言葉巧みな狩人的話術で水中探索に強制参加させた。

 

「―――あ」

 

「――――」

 

 その邂逅、全くの偶然。水中に潜り、海底の地下神殿に落ちる途中、丁度水面に向かっている巨大蛸頭の巨人と魔女は遭遇する。大昔に地球へ来て超古代文明を築いていた海神は、目覚めに一発信者を得ようと丁度良い呼び声が聞こえた街に行く途中、海中にて悍まし過ぎる人類らしきナニカを瞬間―――啓蒙を得た。

 聖女の落とし仔。竜の魔女にして、魔女の狩人。

 月の狩人に教えを受ける憎悪の黒い赤子。魂を葬送する遺志の黒炎を使う者。

 あるいは魔導元帥と呼ばれる発狂者が創造した魂にして、外なる竜の神性を持つ暗い生命種。

 そして、この宇宙の外側で生じた外なる神が生まれた外宇宙より更に遠い別宇宙の、異次元とも呼べる何処かの、遥か遠き門にして鍵なる時空神が作った宇宙ではない世界にて、確かに自分の魔力が混ざって生まれた者でもあった。その外宇宙の神は魔女の魂が生まれた際、遠い別宇宙に存在する自分の信徒が、自分の神性に通じで魔女を創造したのを過去視した。

 

「――――」

 

「――――」

 

 海底神殿へ、旧支配者は還った。まだ目覚めの刻ではない。遥か遠くから自分の神性がこの惑星に戻って来たのなら、その者は確かに魂を継ぐ者であり、娘でもある。古い神は祝福だけを魔女の脳へ与え、我が仔と争うことを嫌ってまた違う別時代で起きることにした。後十数年だけ眠る事にする。この神はヤーナムの上位者に似て、身内には大変優しい子煩悩な知性体であった。

 後の時代、また目覚めた時にアメリカ軍が日本人を大量に使って人体実験した新兵器―――海上実験に偽装した核爆弾による戦略核攻撃を、ミスカトニック大学と共同して行うのが、それはまた別の話である。

 そんな日の三日後、バーのテーブル席で飲み食いする傍迷惑四人組。人類滅亡の危機のおまけで救われた街にて、魔女の奢りで少々高めの酒が振る舞われる。勿論、禁酒法によってアルコールは違法である為、営業されているのは闇の飲み屋であり、平然とカクテル薬物酒も飲めるようになっている店であった。

 

「……ごめん。やっぱ狩る気分じゃないわ。どうも下手なのね、私。

 私の魂を作る為の素材になった者。多分あれ、無理に人間が起こさなければ、人間が種としてこの惑星から滅びるまで寝ています」

 

「ダルク博士。仕方有りません。人間は感情に流れる生物だもの。やはり研究者に、制御不可能な人間性的感情など要らないかぁ……やれやれ。今度、ダルク博士を意志の無い肉細工に変えられる程の精神破壊発狂薬、開発しようかな!

 そもそも人間は愚かです。そりゃもう凄く愚か。愚か過ぎて救えない。

 確定的明らかに、確実なりし明確に、絶対に余計なことをして起こすに決まってる。だから貴女が今此処にいる瞬間だけが、安全に確実に、確かな未来として危機の一つを狩り取れる」

 

「でしょうね。でも、良いじゃない。そうなったら、そうなった時、間に合う範囲でやるだけよ。

 残念ながら私って酷い魔女でね、人が死んでも何故か罪悪感を覚えない。そう言う機能を生まれた時に、造物主に不要と付けられなかった。人助けは人助けってだけで、より多くの人を効率的に救いたいって訳じゃない。長過ぎる不死人生の使い途、ぶっちゃけ暇潰しの趣味でしかない。

 そうだったらそもそも私が全世界各国の首脳を洗脳して、この国際社会を制御して完璧な理想的世界平和の時代にしています」

 

「そうよ、そうよ。そもそも、私はダルク博士が世界征服すれば良いって思ってます!

 この世界情勢、折角の世界大戦が終わったって言うのに、あれが一回目の世界大戦となる第二次世界大戦が始まるのは確定じゃない」

 

「人が、人の為に人を殺す。人が、人の国家の為に民族を虐殺する。

 それを否定する権利を我が魂は持ち得ない。善人であれ、悪人であれ、人は自分を含めた(ヒト)の為、人として生まれた生命権利を以って、同族同士で未来を奪い取る為に殺し合うものよ。

 人間は一方的に殺される事を良しとしない。

 人間は自分達が報復を受けてると分かった上で、同じ人間を殺したくて堪らない社会性を遺伝子に刻まれている。

 それが何万年も続く営み。そもそも今の人間種族以外の人類種を、今の人類が滅ぼし尽くしてこの繁栄がある。殺戮が繁栄に繋がることを本能で理解する動物が、これ。時代によって進化しようとも、人間は人間以外の知的霊長類に変化しない限り、その機能性も社会と同じく進化させ続ける。

 今更よ、今更。やがて全ての因果が追い付く終わりがくる。この流れ、滅び去るまで変わらないじゃない?」

 

 魔女は、特異点で自分を作った造物主たる男の狂気となった神性を殺そうとはしなかった。あれには特異点での借りがある。魔導元帥が最期の叫びを受け入れ、その力を宝具を通して渡した恩義がある。カルデアを倒そうとしたあの男の願いを聞き入れた神がいるのなら、魔女にとってもあの旧支配者は正しい意味での神となる。

 それを理解した故、感受性の高いあの海神は館へ帰ったのだろう。

 煮え滾る憎悪から漏れ出す微かな温かい想い。まるで人肌の闇に似た心地良さを魔女から感じ取り、優れた知性を持つ為に素晴しい感情と狂気も有する彼は、魔女の為だけに身を引いたのかもしれなかった。

 

「むぅ……むぅー本当、ダルク博士は強情ちゃんですね。だからこそ、宇宙人の危機は避けたかったのに」

 

「だから、ごめんって言ったじゃない。私以外の手を借りて下さい」

 

「よぉーく分かりました!

 ダン君、私は閃いた。今度、宇宙生物同士で殺し合わせたいんだけど、手伝って」

 

「良いが。んで、どうしたいんだ?」

 

「南極にある筈の古代文明の技術を人類に還元するのよ!」

 

「へぇ……ま、良いけどよ。それ手伝ったらさ、俺が撃ち殺した宇宙人が使ってたビームブラスターってヤツ、ちゃんと作ってくれよ」

 

「オーケー! あ、それとアルラウネ、子供殺しちゃってすまん!」

 

「あ、別に良いです。それで因果が繋がって、神の葉っぱを魔女様から頂けましたので」

 

「良かった。じゃ、それはそれとして、何か命の弁償代わりに上げちゃうので」

 

「いえいえ。所詮、この世は弱肉強食。神秘喰らいの貴女様には命を見逃されただけで、私は構いません」

 

「そっかー……じゃ、大学で横領した研究費があるから、お金上げるわね!」

 

「村の経営、資金難だったんです。ありがとうございますぅ!」

 

 世界はまた事も無し。世界大戦も終わり、漸くの平穏を得た世界情勢。しかしながら、神秘側の神話世界において人間社会など関係無し。地球は青い楽園であるが、人間にとって逃げ場のない牢獄でもある。そして、地球を創造したこの宇宙がそもそも地獄。暗黒次元である宇宙に救いは確かにあるのだが、救いを必要とする魂を作るのもまた地獄なる暗い宙の世界。

 では何故、完璧な宇宙が救いを必要とする知性を内側に産んだのか、魔女は悟らないとならない。

 神は人を作ったが、その神を作ったのが暗い宙。そして、次元の隔たりがあろうとも知性は知性。

 創造の連鎖を理解しなければ、人間は宙より生物に与えられし神秘を解さないことだ。既存の神性から眷属として法則を得るのではなく、人間が人間と言う神性を得て魔術を宙より啓蒙される未来への航路。

 魔女が人間社会を守るのは、人間が好きだからでは断じてない。社会を善くしたい人類愛など有り得ない。関わり合った人間個人に対する信愛はあるが、人間社会全体の未来など死ぬほど興味を抱かない。

 ――――知るべきだと思ったからだ。

 宇宙を自在に旅するのは、神。あるいは神から知識を啓蒙された眷属達。

 旅する魔女の終わり。其処へ到達する為、外なる宙から脱出するには魂を知らなくてはいけないのだろう。

 

 

 

――――<◎>――――

 

 

 

 西暦1966年、戦後復興中に創設された株式会社キサラギ。最初から日本政府に潜む八雲一族と繋がり、計画的に世界規模の巨大企業に成長。二十年が経った今では、あらゆる分野に手を伸ばすモンスター会社。その一部門を任されている八雲の魔術師、松樹重三。

 彼が派遣された実験施設における故意的事故。神話生物の魔術や神秘、その細部を使った生物兵器の外部漏洩。

 ―――鞍乎見島(くらやみじま)にて魔導災害(マジカルハザード)が発生。企業地域支援を受けて経済発達した孤島は、今や魔術師と神話生物に支配される事になった。

 だが実験施設が建てられる前、島は元より神が眠る祭壇であった。古い忌み子が呼び覚まされ、異界からの呼び声が警報のように響き渡る。周りの海は神性を起こす呼び水となり、人々の意識が繋がり合わさり、妄想と悪夢が虚数空間で混ざった結果、異界が現実を容易く侵食した。

 

「――――」

 

 パン、と魔女は日本社製の大型自動拳銃(キサラギ弐弐式)から銃弾を撃った。それは空気を廻りながら貫き、直線軌道で進んで生物の頭蓋骨を吹き飛ばす。脳味噌と血飛沫が花火のように弾け、撃たれた相手は糸が切れた操り人形のように力抜け、地面に崩れ落ちる。

 弾の的となった敵はまるで臓物。肉塊が人型になったような化け物であり、しかし頭部があり、そこには神経細胞が集まる脳らしき機関がある。物の試しで弱点かもしれないと魔女は狙い撃って見たが、それは正解であり、一撃で化け物は死に絶えた。その遺志も瞳に吸収出来たので、魔女は敵が死んだふりをした訳でもないことも確認し、それから相手の精神や魂も啓蒙された。

 憎悪、恨み、妬み―――魂から生じる殺戮衝動。

 施設に拉致された元人間の誰か。実験動物として生み直され、研究者に解剖される日常。

 健常な人間種を虐殺するのに余りある動機であり、むしろ魔女にとっては馴染み深い感情だった。殺さないと前に進めない葛藤と、殺さないと晴れない暗過ぎる心の淀み。そう言うカタチの獣として死へと走り抜ける復讐心だけが、自分に今を生き抜ける人生を実感させる。

 同時、人間は神性に汚染される。魔力の血に感染した皆が同じ神話生物に転生する。

 カタチはそれぞれ。その人間の魂に相応しい冒涜的姿に創り変わる。この臓物肉腫は恨みの余り、その形を得てしまったのだろう。それは幸福なだけで他者が罪人に見える程の冒涜的憎悪。

 魔女は狩り殺す度、そんな人間や怪物の感情を遺志として啓蒙される。その心を、自分以外の誰かの想いに犯される。

 

「サイアク……この世界、何時まで経っても生々しい狂気に溢れてる」

 

「そうか。よくある憎しみの狂気ではなかろうか?」

 

「貴女だって、自分の魂で殺した他の魂を理解するのは、私と同じでしょうに……」

 

「気にならんよ、もはや。貴様も自分の違和感に気が付く頃、その魂が地獄の渦になっておる事を実感しよう」

 

「えぇ、そうね。私はやがて人の形をした悪夢になる……全く、無様。それが夢に酔えない狩人の成れの果て」

 

 神話生物ハンターとして高名な魔女の行く先、まるで定まった因果律の通りに丁度良く起きる神性災厄。魔女もまさか船旅で海底の遺跡暴きをしようと暗帝を誘ってみれば嵐によって遭難し、こんな事件に巻き込まれるとは想定していなかった。

 そして、神の孤島を探索する度に化け物を狩る。進む毎に命を殺める。

 多種多様な異界生物が(ひし)めき、肉蔦で覆われた旅館では化け物同士が交尾することで新しい肉体が生まれ、忌み子の異界送りにされた魂の新たな器となり、孤島は孤島だけで孤立した輪廻の環が出来上がっていた。あるいは、化け物にされた元人間の誰かであり、まだ人間の姿である者も生命器製造用生体機械として取り込まれていた。

 あれは明らかに地球の知性とは違う異星文明による技術なのだろう。言わば、生物を素材とした有機性機械と呼べる人工生命構造体。海底神殿を作った異星の水神より啓蒙された他惑星文明であった。

 

「またね、また、また……またまたまたまた。

 この世はこんなことばかり。血に喜ぶ私だって厭きると言う悲劇の連鎖じゃない」

 

「それ、余に言っておるのか?」

 

「独り言よ。気にしないで下さる?」

 

「うむ。激しくなった独り言……貴様であろうとも、脳細胞は老化するのか?」

 

「そりゃ老いるわ。脳が肉体的に若くても、魂が枯れるの。何年生きてるかも、もう分かんないし」

 

 完全なる異星文明侵食圏。海底神殿の知識が忌み子を通して流入し、この魔導災害(マジカルハザード)を起こした魔術師の想定通りの異界へと島の常識は進化した。

 建て物は臓物のように脈動し、肉塊となって蠢き始める。

 森の木々は動物性の生物となって動き、触手の束になる。

 犬や猫などの動物も異界化によって変異し、狂暴と化す。

 忌み血が混ざる孤島の住民は例外を除き、異形へと変貌。

 そして、忌み子の呼び声で正気を失った者も肉体が変身。

 海と同じ青色の雨が降り、水源が青く淀み、神血が汚染。

 施設の生物兵器が一般市民として生きられる異界文化圏。

 人間の状態を保っているられるのは、声を常に聞いていても正気を強く保っていられる外部の人間と、その狂気の呼び声に耐性を持つ孤島生まれの幾人か。

 

「イッツソー、エクスタシーィィィィイイイイイ――――ッッ!!」

 

「あれで狂っていないのだから、此処の常識は何処か可笑しいですね……」

 

「マイネームイズ、カミ!!!」

 

「―――――」

 

 単独行動をしていた魔女の前、何か良く分からない半裸の女が現れた。人革の肌色ボンテージ装束だけ履き、腰から日本刀の鞘を下げ、特に意味もなく叫びながら高速で腰を振っていた。そして、その顔は蛸を模した生々しい仮面で覆われ、触手が本物の蛸のように蠢いている。むしろ生きた蛸面であり、擬似的に神性を具現した蛸頭女でもあった。

 魔女は反応をしたら負けだと察した。むしろ共感性羞恥心が余りに強く、自然と黙ってしまう。しかし、この女は邪悪な魔術師の一人。施設内で誘拐した女性を性的拷問していた痛烈加虐畜生にして、生きる人間オブジェクトの作成と陳列を趣味とする弩外道。更に男は脳手術で生きる肉人形に作り変え、コレクションを美しく苦しめる為だけの玩具奴隷の人ペットとして飼育する悪辣さ。

 名を、鍛代摩子。見目だけは麗しい魔女をコレクションの一匹にすべく、性癖の儘に現れた変態女であった。

 

「この島はマイヘヴン! 神性由来の冒涜的ゴッズクラストを極める為の桃源郷(エデン)でぇーす!!

 神の落とし子を生み出すマイベスト研究、神性混ざりの精子より異界生物を受胎した女達の世界、それこそファンタスティックネバーワールド!!」

 

「―――――」

 

 魔女の狩人による無拍子射ち(クイックドロウ)。構えを必要としない悪夢的迅速さ。無言で撃たれた弾丸は蛸女の額へと真っ直ぐ進み、顔から髭のように伸びる蛸の触手が容易く絡み掴んだ。そのまま弾丸を器用に口元に運び、齧り砕き、喉越しを愉しみながら嚥下した。

 そして、蛸女は古神殺しの妖刀を居合術で抜刀。刀身に宿った猟奇的憎悪の魔力が剥き出しの刃から奔り、斬撃光波となって魔女を襲った。

 

「くぁ……ふざけてる。ふざけ過ぎている。貴女が魔術師?

 その成り、その姿で、剣神に達した剣術家でもあるなんて、どんな運命の元に生まれてんのよ!?」

 

 皮膚を裂かれながら回避した魔女の瞳は、敵が持つ神秘の正体を見抜いていた。蛸女の妖刀に斬撃を飛ばす能力などない。この剣士は単純明快、ただの技術で時空間を一閃する事で刃を斬り放っていたのだ。その剣気に妖刀の狂気を混ぜ込み、斬撃の光波として飛ぶ剣戟を具現していた。

 直後、蛸女は剣気を解放。達人を超える業を露わにし、縮地による神速歩行居合術で擦れ違い様に抜刀。魔女もまた狩猟技巧を全開にし、紙一重で回避。連続して妖刀と曲刀の剣戟が交じり合い、あろうことか唯の魔術師が、神の魂さえ容易く砕く葬送の刃が受け流された。あるいは完成した神と違って未完な人間で在る故、何処までも自分の業を生きる限り鍛え続ける事が可能であった。

 

「セイしたよ。私こそ―――剣神(ゴッド)であると!

 マイ先祖の最強剣士上泉より継ぎしアート、私が殺してゴートゥヘルしたオールゼム、そのリンボより御照覧あれぇイ!!」

 

「意味不明ですッ!!」

 

 激闘の末、殺し切れずに神殺しの人蛸を逃した魔女。凄まじい苛立ちに支配された儘、憂さ晴らしの八つ当たりで空から光体を纏って降臨した神性の一匹の腹に素手をぶち込み、臓物を掴み掻き出した。人界を滅ぼすべく文字通りの光臨をした筈の神は、特に意味のない暴力によって抹殺され、その遺志を瞳から吸収され、ただの栄養素として魔女の頭蓋骨に詰まる悪夢へと融け逝った。

 完全に狂い憤怒する魔女の気配。八雲の魔術師が現状の止めに召喚した化け物が死ぬも、魔女の怒気は治まらず、そもそも光臨した神を狩った所で現状は好転しない。

 

「はぁ、はぁはぁ……はぁ~―――どうしろ、と?

 あんなのが、この事件の元凶の魔術師や神性連中以上に厄介で強いとなりますと、犠牲者が本気でヤるせないわ」

 

「――――凄いですね。理屈が理解不可能です。

 貴女が先程に殺しました神擬き、下手な神より悍ましい者でした。それを上手く殺せたとしても、呪いで下手人とその周りの因果律を神が住まう上位次元より、下位次元の物質人界は支配される筈なのですが……」

 

「知りません。因果律なんて健常な運命、今の私の魂に在る訳ないわ……で、誰?」

 

「この島にて八雲の魔術師が来る前、巫女役をしておりました妖術師です。

 貴女が撃退した蛸貌に毎夜牢獄で拷問されておりましたが、魔術式の崩壊で術的束縛から解放されましたので、こうして御礼を言いに来ました。

 どうも、ありがとうございました。

 貴女様の御蔭で私は外部から来た魔術師共の人間ペット……性奴隷の牢獄生活から、抜け出す事が出来ました」

 

「これはこれは、御叮嚀にどうも。でもね、異界生物に変質していない時点で貴女も私同様、健常な中身をした人間じゃない証明になるんだけど?」

 

「はい。勿論です」

 

 鞍乎見島(くらやみじま)で祀られる九頭水竜と呼ばれる神。その祭神の為、遥か太古、大和政権時代以前に行われた人身御供の儀式。我が子を生贄に捧げる事でその肉片となる触手を食べた妖術師は不死身となり、胎に命を宿した。

 忌み神の落とし子、痲月怙子(まがつこし)。妖術師が生んだ奇形の忌み子。

 半神の忌み子の力を凄まじく、母親と同じ不死。人の意識に自然と干渉し、自分の夢へと繋げる権能を持つ。狂気の神性は父なる神に連なり、呼び声がサイレンとなって轟き、島を狂気の異界へと汚染した。

 

「私が、その妖術師です」

 

 若いと言うより、幼いと呼べる白髪の少女。見て目は儚い程に美しく、同時に可愛らしく、だが瞳は暗く澱んで死んでいる。俎板の上に置かれた死んだ魚以上に目が腐敗し、その精神性が正しく映し出されている。

 彼女のその年齢でもし子を宿し、出産した赤子を贄に捧げ、更に神の肉を食べる事を計画したのなら、生まれながらの狂人だろう。しかしそれが違うのであれば、誰かに指示されて操り人形のように行ってしまっただけならば、余りにも余りな同情しかない悲惨な人生である。

 

「我が子、痲月怙子(まがつこし)はその魔術師、松樹重三に封じた巨石より呼び起されました。本名は八雲竜造と言うらしいですが、今は如何でも良い事ですね。

 そやつに眠りを破られ、恨みがまた溢れ出ています。やがて、海の底から自分の父親を呼び出そうと……自分の呼び声を大きくしようと、人々の魂を自分の夢となる異界の素材に引き摺り込んでいましょう」

 

「他人事みたいに。貴女が種を求めて交わった相手でしょう?」

 

「そうですが……まぁ、そうですね。あれの狂気を私は理解しています。醜い蛸の巨人……まるで水竜の神でした。

 けれども、それだけです。一度、私も狂って魂から自分を失ってしまい、狂気も正気も……もう良く分かりません。

 死なないから、死ねないから……何か、生きているだけ。

 あの蛸女のペット男や道具を使った拷問と神経薬物で精神崩壊しなかったのは、元より私の魂が壊れていただけでした。そもそも貴女の様に、私は永遠を生きられる程に強くはありませんでしたから」

 

「強さなんて私には無いわ。それに精神を葬られたとは言え、貴女の魂と命は健在。

 人を愛せなくても、その見た目ならさぞ本能的に男から求められそうだし、どうせなら暇潰しに誰かに愛されてでもみれば?」」

 

「優しいですね……確かに、それはそう。欲しいと思う事も出来なくなった幸せを得るには、駄目だろうと幸せをまずは演じてみろと私に言っているのですね?」

 

「ねぇ、生温かい笑みをその死人の瞳で浮かべないで下さるかしら。何も分からない癖に、無理して表情を作ると違和感凄いわ。

 正直、普通に気味悪いわよ?

 顔が美少女造りだと尚の事、人形風味が強くなります」

 

「ん……すみません、駄目ですね」

 

「まぁその雰囲気的に……余り、男が好きって感じじゃないのは分かるけど」

 

「別に、女も好きではありません。人間が好きではありませんし……勿論、異形や動物が趣味と言う訳でもありません。致した事だけはありますがね」

 

「人生、苦労してんのね」

 

「まぁ、あっさりとした受け応えです」

 

 その三十分後、暗帝は生き残りの漁師を連れて来た。何でも超人的な身体能力を持ち、電動鋸と漁師銛で武装した男は異界生物と化した住民と生物兵器を相手に無双状態で戦い、飲んでしまった神血にも適応してしまい、強靭な精神力を持つ魂で人の姿を保っていた。序でであるが、異形化したキサラギの私設兵士から武器も奪い取り、銃火器も武装しており、ある意味で戦闘狂方面の狂人だからこそ、健常な正気を維持し続けていたとも言えた。

 その男を、魔女は凄まじく胡乱気な瞳で見ていた。

 まさかと思いつつも、それならそれでどうなのだろうとも考えていた。

 

「貴方、ちょっと良いかしら?」

 

「はい。何?」

 

「もしかして、キサラギ社の実験施設に殴り込んだ?」

 

「勿論だ。だって、どう見てもあそこが怪しかったしな。そこでふんぞり返っていた魔術師を名乗るおっさん、この電動鋸で三枚に下ろした後、手持ちの手作り火炎瓶の油を撒いて燃やしておいたぞ。

 途中で高速移動する山羊角が生えた鳩貌のゴリラボディのバケモンに変身したけど、あそこまで焼いておけばちゃんと死んだと思うけど?」

 

「あー……やっぱり、うん。そいつ、この災害を起こした犯人よ。私があの蛸貌の剣神を意図せず引き寄せた囮になったことで、貴方は其処まで辿りつけたのでしょう。

 本当なら、あの凄腕女蛸剣士に貴方が三枚に下ろされていたんでしょうし……いや、それもまた運命ってことかしら?」

 

「そりゃツイてやがるし、やっぱあの会社が悪党か!!

 あっははははははははははッひゃっはははははは!!

 こんな孤島にある立派な企業の、何を研究してんのか分かんねぇ建て物なんて、百人中百人が可笑しいって思うもんな!!」

 

「それで妖術師、こいつって何者?」

 

「同時代に生きる私の遠い子孫です。先祖返りで、素質は私以上の人間ですよ」

 

「そんなのが、何で漁師なんてやってるのよ?」

 

「魂は優れていましても、精神面で魔術師の才能がありませんでしたから。それに本人、魚釣りが好きだとも言ってましたし」

 

「釣りこそ俺の人生だもん。趣味の日曜大工で、この島では家具作りもしているぜ。

 それと御先祖様、このヘンテコな事件が終われば今は鮪のシーズン中。今度こそ釣って来て食べさせてやるからよ!」

 

「ありがとうございます」

 

 そのまま漁師は殺戮道中の道端で偶々知り合った暗帝ネロ(パツキン美人)を酒に誘って軟派する為、魔女と妖術師から離れて行った。暗帝もまた魔女と同じ胡乱気な瞳をしつつも、意志が強く上に若い男と酒を飲むのは嫌いではないので内心はノり気であった。

 

「ほら、この通りです。態々、日蔭の道に落とす必要もありません。そもそもこの島で妖術師を生業とするのは、私一人だけで良いのですよ。

 まぁ本人が私の妖術に興味があり、その道を自分の人生に選ぶのなら歓迎しますがね」

 

「平和だったのねぇ……」

 

「はい。昔と違い、私が生きている内はあっとほーむな妖術家系にしてあります。それもキサラギの介入で駄目になりましたけどね」

 

 気に入ったので魔女は自分の技術力で漁師の大型電動刃鋸(デンノコ)に手を加え、使い易い仕掛け武器に改造。右腕の篭手として連結合体する武器と化し、彼はその時から戦闘時に右手が電動鋸となる鋸漁師に変貌してしまった。更には何故か、魔女が組み込んだトニトルスを真似た機構で振動するデンノコは帯電機能を持つ上、鋸漁師が島に滞在していた達人から学んだ中国拳法を独学で極めたことで体得した"気合”で鎖刃は炎熱を纏い、雷火振動鋸へと数段階の進化を得ていた。

 正直、改造した魔女本人も意味が分からなかったが、稀にそう言う常識を打ち破る超人が生まれる事を知っている。納得は出来なくとも眼前の真実を理解し、また事実も啓蒙される為、彼女は新たな神性狩りの魔人が現世に現れた事を祝福した。

 

「おぉー、カッコ良いじゃない。少年時代に封じた筈の厨二病が黄泉帰りそうだぜ」

 

「銛はどうすんのよ、漁師。いえ、今は鋸漁師だけど」

 

「俺の名前は、守日戸(カミヒト)啓介(ケイスケ)って紹介しただろ。ま、鋸漁師ってのも悪い響きじゃないんで、好きに呼んで良いけどさ」

 

「そ。じゃあケイスケ、銛は?」

 

「俺の新しい相棒だ。使わせて貰うぜ」

 

「こっちは単純に頑丈にしただけだから、使い心地はそのまんまです」

 

「サンキュー、ジャンヌ。左手で使わせて貰うよ。ふっふっふ、デンノコと銛の二刀流とかロマンじゃねぇかい」

 

「別に良いけど、折角のハンドガンはどうするの?」

 

「そっかー……悩む。ハンドガンとデンノコの二刀流も捨て難い。俺の独学洪家拳も使い易い武器にしたいし、どうしたものやら。

 ま、その場その場で使い分ければ良っかな!

 拾ったショットガンとかサブマシンガンとかも男心を擽り、一回は使ってみたいしよ」

 

 結局、この騒動はある意味で何時も通りの地獄であり、結果もまた何時も通り。地球は神の魔の手から救われ、人間の欲望で文明が滅びる未来は回避された。尤も蛸女と言う神域の魔人はまた裏社会に潜み、忌み子の封印を破った魔術師が在籍していたキサラギ本社の壊滅もまだまだではあるが。更にはその裏にて、どうも政府自体が関わっているとなればキナ臭さは倍増する。

 しかし、漁師としての生活に満足していた男は、この度の事件で不老不死の呪いを受け、新たな神話生物ハンターとして活動を開始。その男に妖術師も連れ添い、神性から人類を守る人間が生まれることになる。

 

 

 

――――<◎>――――

 

 

 

 鞍乎見島事件より十数年後、場所は同じく日本国。時代は高度経済成長期が終わり、更にバブル景気が弾け消えた後の経済成長低迷期。未だ戦後時代に捕らわれ、故に戦時は訪れず平穏であり、過去の遺物が失われずに生き延びる社会。

 暗竜会―――ダーク()ドラゴン()ソサエティ()

 魔術師の作った組織。戦後、GHQによって解散された機関。黒竜会(ブラックドラゴン)から枝分かれた神秘思想秘密結社の一つ。

 大陸に手を伸ばした大日本帝国陸軍に入り込むDDSは、文化的、魔術的な財産を敗戦間際の混乱に紛れて日本へ流し、日本の資本も回収していた。そして訪れる最終局面、核弾頭による人類史最悪の瞬間的大量虐殺、無差別民間人大殺戮、都市殲滅核実験。その人命に価値は無いと断ずる冒涜的悪意によって、遂に敗戦は決定打となった。

 暗竜の遺産。元より隠された資本、敵国へ渡す意味は無し。

 暗竜の遺児。憎悪によって形成された子、許す必要は無し。

 暗竜の遺志。より良い國の未来を求める志し、諦観は無し。

 だが彼女は魔術師から生まれ、神性の血を混ぜられ、混血の巫女でしかなった。暗竜の忌み子は憎悪と欲望を以って支配する。素晴しき善性とは、己の為の成長と進化に他ならない。計画通りに即座、組織を離反。GHQの支配する新政府に入り込み、遺産を手に国家汚染を目的通り開始。

 残党組織、名を改め八雲機関。通称、エイト()クラウド()オルガニネーション()。略名、ECO(エコー)

 八雲機関(エコー)機関長、松樹賢子。通称、マツケン。

 本名、八雲翠。愛称、ミドリン。俗称、八雲の忌巫女。

 GHQ設立の戦後日本新政府に長くECO(エコー)は潜伏し、その思想は蔓延する。米国指導から離れた後、八雲思想と神性由来の神秘によって新民主主義を傀儡とするシステムを作り出す。

 実体のある支配機構。官僚組織の支配力を上げる仕様。

 民衆が代表を選ぶ選挙を影から好きに操る為の茶番劇。

 ECO(エコー)の為の議員であり、ECO(エコー)が祭り上げる民衆の為の生贄であり、時代を作る政治家を演出する。リベラルデモクラシーを愚者が愚者の代表を選ぶ社会的群集儀式と偽り、ある意味で人類社会における最終妥協ラインとして扱い、それを隠れ蓑に理想的な安寧国家を創設・維持する半永久的国家機関。

 教育科学文部省を本拠地とし、選挙が行われる学校と公務員の実効支配。

 投票される名前がそもそも改竄され、用意した候補者が当選される仕組。

 国立八雲大学教育学部附属小学校、洗脳した子供を政治家にする学び舎。

 忍び込む八雲の子。文部省長官、松樹至輝。八雲大学学長、松樹貴美子。

 選ばれた子が八雲の傀儡となり、八雲機関が運営する民主主義システムは戦乱から日本を守り、戦前以上の繁栄を日本に齎していた。

 

「―――で、ECO(エコー)の殺し屋が貴方ってこと?

 貴方レベルの殺し屋が派遣される何て、昔だけどキサラギ社の悪事に関わってた幾人かを狩ったのが悪かったかしら。まぁそれはそれとして、二挺拳銃黒コートガンマンで凄腕魔術師とか、この国の言葉で例えるならちょっと厨二病が凄いですね」

 

「君、美少女なのにオレを殺せる程の人殺しとは勿体無い。どうかね、今晩は股でも開かないか?」

 

「―――キモいわ」

 

 パン、と魔女から散弾銃が放たれる。転がる男の胴体に繋がっていた最後の四肢である右足が千切れ、肉片と共に血を撒き散らかす。

 

「はぁ、弩変態が。何で殺し屋なんてやってんのかしら?」

 

「おぉぁぁああああ……気持ち、良い……」

 

「良いから、喋れ」

 

「オーケー。今から死ぬ身、オレの身の上を聞いてくれや」

 

 元から健常な痛覚のない魔術師。生きているのは快楽神経のみであり、性的快楽を愉しむ神経を持ち、魔女に撃たれた痛みさえ快感。

 

「今のオレは奴隷売春施設を個人経営してる老後をエンジョイ中の社長さんでね。副業で海外での人材派遣と人身売買、それと誘拐ビジネスの他、人口減少対策で建てられた移民局と、個人契約している孤児院から、美形の女子を日本政府が横流ししてくれる約束でしている仕事だよ。

 しかし、魔女狩りを任されるとは、オレとした事が信頼を八雲の糞蛆虫共から受け過ぎちまったな」

 

「老後の暇潰しで人殺しね……―――この、屑が」

 

「人でなしの魔女に屑呼ばわりの罵倒……あぁ本当、可哀想なオレ。そもそも平穏な老後が好きなだけでなぁ……美少女を愛でつつ、美少女の花を同好の金持ちに売り、依頼で人を殺して生きていたかっただけだと言うのに。

 全くコレが人間のすることかね、君?

 四肢を捥ぎ取り、その後で甚振り殺されるような罪など犯しておらんよ?

 視察を兼ねた国費で御忍び清国旅行した時、中国人が凌遅刑を嬉々として取り囲んでエンジョイしているのを心底から見下していたオレだが、まさか自分が似たような最期になるとは……―――んー、満州が懐かしい。薄汚い卑劣な露助共め、大勢の友達を殺してくれたものだ」

 

 八雲が生まれた地――満州。忌巫女の父は日本人だが、母親は混血の仙女。殺し屋は忌巫女の祖母の兄に当たる八雲であり、しかしその名は捨てている。

 今は、田中屶(タナカナタ)と名乗る暗殺者。戦中は殺戮の限りを尽くした殺し屋の老人である。

 

「黙れ、五月蠅い。ロリコン快楽殺人鬼が、最期に懐古とは救いようが無いわ。それに私、見たわよ?

 施設で死んだ女を剥製にして、死体を悪趣味な着せ替えフィギュアにした上に、それを死んだ女の魂の牢獄にした上で飾っていたわね?」

 

「人は皆、裡から湧き出る悪趣味を愉しむ鬼畜生さ。冒涜的である程、宇宙の本質に近付ける。人間を見て来たオレが言うのだ、間違いは無い。故にそれこそ老後を愉しく過ごすコツだ。

 魂の歓びと言うものだよ、それ。見目麗しい美少女の苦悶から潤いが欲しかったんだ。

 と言っても、その老後も百年以上続いているが。若さとは、命と性で摂取するのが老人の嗜みだよ」

 

「変態風情が。格好付けるなよ、胸糞悪い……――はぁ、事情は分かった。

 ECO(エコー)の連中、隠居中の畜生(アナタ)を引っ張り出してまで使うとなれば、相当私を()りたいみたいだけど?」

 

「オレは知ってるぜ。八雲草案議会血書……新たな導きの魔導書、その超次元的視座による暗黒思想をあの忌巫女に啓蒙したんがアンタだったってな」

 

「あー………―――厄ダネは私か。

 啓き方を教えただけで、何をアイツが啓いたのか知りませんが。それで得られた知識で、私を排除しようって覚悟を決めたって雰囲気かしら」

 

「それこそ、知らんが。ま、この国の茶番を終わらせたくはないんだろう。オレもずっと、この平穏が続いて欲しかったものな」

 

「下らないです。嫌がらせに、貴方が奴隷として捕まえてた女共、私が解放します。私が施設から救います。人身売買のリストもネットに流します。さて、どれだけの混乱が日本社会で起こるか愉しみだわ。尤も、貴方は一分もしない内に死ぬので、愉しめない狂乱だけど。

 残念だったわね、イゴーロナクの不死者?

 貴方と同類の生きる価値のない屑共が社会的制裁を受け、その家族も地獄に堕ちる転落劇……フン。私からすれば、復讐と呼ぶ気にもなれない茶番ですけど?」

 

 散弾銃の銃口を、四肢の捥げた達磨の額に押し当てる。引き金を引けば散弾が放たれ、頭蓋ごと脳漿を木端微塵に射ち砕くことだろう。

 

「では、最期の遺言を。

 我が人生、我が神に誇れる程、素晴しい死までの暇潰しであった……」

 

「――――」

 

 殺し屋の死。事件後、混乱に陥る現代日本社会。過去最悪の米国売春奴隷島以上のスキャンダル流出。そして何故かそのニュースを塗り潰す様に現れた日本を襲う新たな脅威、国際テロ組織「ヒガンバナ」の台頭。その特攻自爆部隊、通称「微笑む神風(スマイリーデッド)」による同時多発テロの発生。官邸、省庁、都庁、議事堂の一斉爆破。

 社会は混乱に陥り、だが世論は対テロによって一つに纏まった。尤も、全てが予定調和に過ぎなかったが。

 

「洗脳した人間の錬金術による人体爆弾化、ねぇ……?

 平和ボケした民衆を、恐怖によって目覚めさせるって本当にもう……そもそも貴方たちがボケさせておいて、それはないんじゃないの?」

 

「…………」

 

「はぁ……罪の意識で自殺するくらいなら、聖血教会と手なんて組むなって話です」

 

「ゲッヘッヒャッハハハハハハハハハハ!!!」

 

「序でに自害した自分を贄に、神性を召喚ね。八雲の忌巫女の血は、代を重ねても色褪せません」

 

 無貌の聖血を受け、擬似的な貌の一つとなった国立八雲大学教育学部附属小学校校長、且つECO(エコー)幹部、松樹(マツキ)夢望(ムボウ)

 そして、聖血とは星血。星の外より来た神性の血液汚染。死んだのは今では無い。血を継いだ校長は既に死に、後に蘇り、政府の為のテロリズムを行った。自分の魂を神に喰わせ、だが神と魂が混ざり合い、その肉体を器として魔神となり、一時的に国際テロ組織を乗っ取った。

 ならば「微笑む神風(スマイリーデッド)」とは、何でも無い民衆だった。偶々、そこに偶然いた誰か。校長の血によって人体爆弾となり、狂神たる校長から分裂した精神体に憑依され、洗脳された儘に動いて目的地で自爆する。その後、精神体は本体に戻り、それをまた繰り返す。

 

「屍の主、モルディギアンの混血。その眷属、微笑む神風(スマイリーデッド)

 皮肉が効いてやがる。全く、此処は狂気ばかりですね。洗脳小学校の校長がテロ組織のボスでもあったとか、どうなってるのかしら」

 

「ありがとう、ありがとう、魔女殿。漸く、解放されました……あぁ、善き国にする為……なのに、こんな様だなんて……許されよ、許サレヨ。

 ―――子供達に大いなる古き神の祝福を。

 善き子供が大人となり、善き大人が代表となって子供を善く導く。それが私たち八雲が作った民主主義思想。嘘はない……ない筈なのに、此処までやっても我らは善性国家を完成させられぬ」

 

 校長は死ぬ。だが、ヒガンバナの自爆テロは終わらない。既にボスとしての権力は違う人間に渡された後。校長は神性由来の能力が適していたからと、ECO(エコー)から初動の組織造りを任されたのみであり、その能力と血も複製して別人物に宿されていた。テロリズムの始まりが彼だっただけの話。

 しかし、憎悪は絶対。その子供は怨讐に狂う復讐者。校長から遺志を引き継いだ新たなボスは、演出としてのテロリズムではなく、本格的な国家転覆を開始する。

 GHQ時代からの負の遺産、選挙システムの崩壊。即ち、日本政府を真に支配していた教育科学文部省の露見。あらゆる欺瞞が暴かれた訳ではなく、八雲機関は全く以って安泰だとは言え、日本と言う国は国家転覆の危機に瀕していた。

 ―――二ヶ月後。東京都八雲大学キャンパス、喫茶店コービット。

 対テロ緊急警戒態勢となった日本は社会活動が制限され、この場所にいる者は二人だけ。スタッフもおらず、喫茶店のテーブルに置かれたコーヒーとポテトとナゲットは、魔女を此処に呼んだもう一人が準備した物である。

 

「久しぶりね、魔術師八雲。それとも今はマツケンとでも呼びますか?」

 

「嫌ですわね、魔女ダルク。我が師、我が導き、我が神を殺す遺志の人」

 

「御託は良いわ。まぁこの様を見れば、貴女が私を殺そうとした理由は分かったけど」

 

「遅かれ早かれ、と言う訳でした。あのイゴーロナクの不死者に飼われた性奴隷の一匹……誘拐されたその少女を救おうと日本社会の暗部を貴女が探ろうとした時点で、こうなるのは分かっていましたから。

 しかし、あの貴女が正義の探偵ごっこしているなんて。有能だからと好き勝手にオジサマを放置していたのは、私が愚かだったと言えましょう。貴女の知人を誘拐して監禁、長期間レイプし、まさか拷問奴隷として客商売させてるなんて知った瞬間、えぇえぇメッチャ背筋が凍りましたよ?

 芋蔓式に日本政府崩壊―――……何て、脳髄に電流が走っちゃいましたから。

 最強の殺し屋であるオジサマに加え、ECO(エコー)も魔女狩りに総力戦で挑む破目になってしまわれました」

 

「因果よねぇ……いやね、私もらしくないとは思っているのよ?

 けれど、目に付いてしまいました。となると実際は、自分の不始末の尻拭いをさせる為にあの殺し屋を私に派遣したってことか」

 

「はい。殺して頂き、ありがとうございました。私では恩もあり、情もあり、義理もありましたので、この手で死を下すのが私の信念で出来ませんでしたから」

 

「家族は絶対。いや、八雲は絶対だったわね」

 

「そう言うことです。従順なフリしてヒガンバナ作戦を継いだ筈の、可愛く愛しい私の孫娘らも、勿論のこと八雲の家系ですので……えぇ、殺したくはないのですがね?」

 

「投資家の芸術家、八雲零梦。大学教授で小説家、八雲陽梦。偽名の松樹家は名乗ってないようだけど?」

 

「芸術家や小説家としてのペンネームで、八雲の本名を名乗っているのですよ。

 しかし、ヒガンバナ作戦を乗っ取った零梦ちゃんの誘いを受けて、陽梦ちゃんまで国家転覆狙うなんて、遅めの反抗期かしらね?

 もう私の子供なのに、私の孫に特大の反抗心を祖母に向けさせる。自分の子供のメンタルケアもして大人に成長させて上げられないなんて、私の教育不足も窺えるわ」

 

「私はあの拷問倶楽部に通っていた大学長以外、もう関わる気はないですから。殺したいのなら、貴女が()りなさい」

 

「ふぅーむ……今の私を、()らないのですか?」

 

「興味ないわ、八雲。貴女は復讐相手じゃないもの。あの校長も、私に喧嘩を売って来たから狩っただけですので。大元を辿れば、貴女が黒幕で私の殺害指示を出してたんでしょうけど。

 今の貴女を狩った所で、分裂した人格の一つに過ぎないでしょうし?

 その肉体も、オリジナル八雲の触手を切り落として擬態させた蘇生体ですし?

 神性由来の超能力。確か、人格戯画でしたよね。自分と全く同一の人格を精神世界で写し、それを別人格の同一人物として同居し、やがて時間経過により同じ魂を別個に得る。それに肉体を与え、自分自身の魂・精神・肉体を単一増殖させるってこと」

 

「でもですね、最近はソレだけではないんですよ?

 やっと貴女の力を模倣するに至りまして、成長要素に死者の遺志を養分として摂取することが出来るようになりました。精神と魂は私ですが、そこに知識、技術、過去を加える事が可能となりました。

 八雲機関(ECO)―――全ての幹部が私。

 しかして、同じ魂の別人として並列存在する運命共同体。

 あらゆる八雲の可能性が枝分かれ、私は全ての私と意識の渦で繋がっています。

 私同士で分裂による複製ではなく、生殖活動による生命の誕生も今は可能となっています。まぁ人間ではありませんで、八雲は八雲同士でなくば雌雄接触による生命戯画は不可能ですけどね」

 

「―――……ふぅん。酷な遺伝子構造ね。

 貴女の孫娘、好きな人間でも出来たのかもね?」

 

「かもしれません。嘗て八雲が人間だったのは確かですが、捨て去った筈の人間性への愛の為、私達の為の国と戦う決意を抱く私の別の可能性―――……素晴しいじゃあないですか?

 やはり―――殺して、宜しかった。

 私の目の前で、私が愛した男を犯して殺し、私は私に復讐される過去を獲得した。

 親は絶対。掟は絶対。人間に自分の魂を委ねてはならないと言うのに、孫娘である私は八雲の規律に反してしまいました」

 

 魔女は忌巫女を見送り、コーヒーを飲み乾す。目指す先は国立八雲大学大学長研究棟、ビルゲンワース教室。そこは魔女ダルクに啓蒙された八雲による神性暴きの学び舎。ミスカトニック大学からの研究協力もある日本最高峰の神秘探求機関。徹底した倫理無視による探求規律により、冒涜に比例して叡智を極める人間性の悍ましさの具現。空鬼の次元彷徨を解明した事による高次元結界は位相を現実からズラし、本当なら研究員以外は誰も入れない筈の場所。

 警備に当たるナイト・ゴーント(夜鬼)を愛用の黒炎付与散弾銃で撃ち落とし、地面に転がったソレの頭部を「葬送の刃」の曲刀で断ち切った。

 ディメンショナル・シャンブラー(空気)が魔女を異次元空間から不意打ちし、それを振り向き様に仕掛けによって鎌形態にした刃で首を断つ。

 辿り着いたのは研究棟最深部、学長室。魔女は手も触れずに修得した手品レベルの念力を思念で発し、自動ドアの要領で学長室に悠々と侵入した。

 

「狩りに来ましたよ、学長さぁん……アレ、アンタ誰?」

 

「別に良いよ。ほら、ハリーハリー」

 

「自棄になってんな。そう言う貴女は……まぁ、いっか。

 じゃあ、そもそも此処に引き籠っていた筈の大学長はどうしましたか?」

 

「今は自分が新学長。旧学長は既にボクの微笑む神風(スマイリーデッド)に変えました。ほら先程、国連視察団が爆殺されたニュースがあったと思うけど、それの爆弾になって貰ったよ」

 

「あー……だったら、別に狩りません。生きな、復讐者。私はもう帰る」

 

「はぁ……ッ―――?

 いやいやいやいやイヤ、お前はボクが何者か知ってるでしょ!? だったら何で殺さねぇーのよ!!」

 

「知らんし、知りたくもない。日本人殺したいなら、嫌いって感情が枯れて無くなるまで、好きなだけ殺せば良いじゃない。

 私は日本の内乱とは興味が湧きませんし、関心もないので。恩があった知人に恩返しする為にちょっと首突っ込んだだけで、あの学長がいないなら私の憎悪も終了です」

 

「―――うわぁ……お前、マジ魔女じゃん。信念とかないの?」

 

「そうよ? 好きで人助けして、好きで人殺ししてんの。矛盾しない一つの信条や信念に筋を通す人間っての強いけど、実際はそれ以外を許せない人間性の器が矮小な人間が正体です。

 でも魔女である私は、人間性とかない人間なので矛盾とか大好き。

 長く生きた所為で私の信念は幾つもあって、結果的に全てに筋が通せなく、色んな矛盾も沢山ありますが、憎悪と言う感情が大切なだけでして。

 殺す気が湧かないのに、無理して信条に従って人を殺す程、己に盲目となれば魔女失格でしょうからね」

 

「―――これ、ヤクモじゃ勝てん。

 ボクら、最初から勝ち目のない殺し合いしてるだけじゃないの。こんな阿保に凄まじい叡智と思考を与えたら、頭を進化させようと頑張ってる学者のボクはどうすれば……より善き日本、永遠に届かない」

 

「より善き日本。んー……―――ファンタスティック。

 魔女の狩人にしかなれない私からすれば、素敵に無価値な信念だと思いますね」

 

「国に裏切られたお前からすれば、ボク達が共有する信条はそんなんでしょうね」

 

「所詮、国なんて石器時代から続く生贄システムを進化させた村社会よ。今の社会だって、昔みたいに集団の贄となった代表の人命まで取らない様、指導者生命を殺すだけのマイルドさになった妥協によるカラクリ。専門家や政治家がやる国家方針の政策も結果、当たらぬも八卦、外れるも八卦な、昔ながらの占いと本質な何も変わらないしね。

 私みたいな犠牲者、別に未来になったこの現代でも珍しくも何ともない。

 国を焼き滅ぼしたい憎悪なんて、どんな国からでも必ず生まれる悲劇よ。

 そう言う文明を進化させても何も変われず、何物にもなれず、普遍的に下らない人類から進化する為の上位者なんだけど……―――ふぅ、駄目ですね。

 聖血教会から離反した星血学派の魔術師を、八雲機関が取り込んだのってそう言うことじゃないの?」

 

「だけど、ボクら八雲はこの社会を更に変えて支配する上位存在になる為、そうしたんだ」

 

「そ。じゃあこのテロリズム、頑張って。応援してる」

 

「……………………………ッ――」

 

 つまらなそうに、魔女は「ヒガンバナ」の新指導者を見逃した。狩る必要のない相手を殺す程、彼女は信念に狂えない。血に酔い切れない赤子として生まれ、幼年期を過ぎ、成体した狩人になった今なら必然的選択だろう。

 ――バン、と鈍い発砲音。閉じ去った扉の向こうから、魔女の耳に入る音。

 自害したのか、憂さ晴らしに撃ったのかは分からない。だが、あれもまた八雲であるならば、魔女の教え子に他ならない。

 それでも尚、興味は湧かなかった。死したところで八雲の集合意識領域である本体の脳世界、擬似アラヤシキに人格が魂へと回帰するだけ。即ち、地獄に堕ちるだけのこと。

 

「どうせ、私じゃ誰も救えないし。人間、自分で頑張らなきゃ……人生、欺瞞になるもの。

 ――はぁ。独り言、また増えた。

 歳は取りたくないですね。自分に幾ら愚痴っても、憂さ晴らしにもならないのに」

 

 仕掛け武器を脳裏へ仕舞い、魔女は普段通りに歩む。こちらを隠れ見ていた神話生物を無造作に睨み、視界に居たからと特に意味もなく眼力で黒炎を発して焼き殺す。その遺志が瞳から入り、魂を貪り食らい、自分と言う魔女の形をした悪夢の渦に融かし落とす。

 人のカタチをした地獄。そう言う意味において魔女は、悪魔や灰、狩人と同域の不死者にもう成り果てている。

 八雲が夢見たヒトの正しき不死。

 この世全ての人間が至るべき形。

 その八雲の理念を知った上で、魔女は心底からどうでも良さそうに復讐の憎悪を晴らして去って行った。

 

 

 

====<●>====

 

 

 

 良くある話―――ではないが、こんな世の中であれば、世界の何処かでは起きている事。しかし、今回の話は稀な出来事だろう。

 神秘を好奇心で学び、魔導書を得て、魔術師となってしまった少年による凶行。

 だが現代日本社会のシステムでは魔術師を裁く法律はなく、状況証拠はあれど物的証拠はなく、何より少年法と言う社会の絡繰が子供を守る。どんなに邪悪で気色悪く、一秒でも早く死んだ方が世の為、人の為になる汚物的な子供であろうとも、反省する雰囲気を理性的に纏えば実刑が下っても軽減される事が殆んど。

 即ち、魔術の有無以前、この社会は流れぬ汚濁で腐っていた。

 とは言え、悪法も法。社会の為の規律に過ぎず、個人の為の立法ではない。

 そして本来ならば主犯格の少年は共犯者の立場を得ており、逮捕されて裁判になったと言うのに、主犯は魔術師の少年に用意されたスケープゴート。むしろ、脅されて仕方無く犯行グループに入ってしまったと言う被害者的立場を図々しくも得ており、その事実に神秘に盲目な愚者が見付けることも不可能だった。

 

「―――殺して、欲しいのです」

 

「良いけど。なに、全員?

 後、普通に殺して良いの?」

 

「出来れば、拷問も。孫娘にした以上の苦悶によって、死を」

 

「人狩りなら、代価が欲しいです。その怨讐に相応しい報酬を、私に頂戴」

 

「全て、何もかも。私の全てを。そして、貴女様の遺志に融かして下さいませ。貴女の中から、全てを見届けることを御赦し下さい。

 魔女様、お願いします。魔女様、どうか魔女様……この下らない日本社会が、邪魔なのです。

 この下らない規律を破り、糞以下の社会規律を塵に出来る魔女様にしか、もう頼む宛てがありません」

 

「良いわ。それとね、金銭程度で充分よ。最近、日本に住んでるのは御飯が美味しいからなのと、ちょっと好みな事件が集中してるからってだけ。

 私は邪神じゃないので、別に貴女の命まで―――――」

 

 直後、老婆は自分の首を包丁で切り裂いた。動脈が切れ、頸の骨まで断ち、血が天井まで吹き上がった。地方都市のマンションの一室にて、長く生きた命が一つ自害によって事切れた。

 嘗て、偽善と分かっていても行った慈善活動を思い返す。魔術の生贄として攫われ、神話生物の為に活造りされそうだった少女を助けた過去。その魔術師を狩り殺し、魔物も皆殺しにし、その結果、たった一人の少女だけを地獄から救い上げる事が出来た――――と、魔女は勘違いしていた。

 結局、結末がこれならば―――と、人間に対する憎悪を思い出した。

 魔女に救われた後、苦難はあったろうが人並みに幸福だった人生を老婆は歩んで来たが、その物語のエンディングがコレだった。

 

「――――あ、そう。死を選びましたか。

 凄まじい憎悪の遺志。そうですか……そうですか……あぁ、心底から理解出来ます。この世界を焼き尽くしても良い程、悔しいですよね」

 

 彼女の孫娘は誘拐され監禁、拷問とレイプを繰り返され、衰弱死した後に川に投げ捨てられた。そして、下流に流れ進んだ死んだ少女の遺体を見付けた第一発見者は、最初は腐った豚の死体に見えたと証言した。

 これは、徒党を組んだ屑共による凶悪な少年犯罪の一つである。

 気持ち良いから犯し、面白いから監禁し、愉しいから繰り返す。

 人間は、獣。子供だろうと、獣は獣。いや、人間性を偽らない子供だからこそ醜い獣と成り果てる。

 もし、これを仕方が無いと許すのなら―――魔女は、その人間も少年法に守られる汚物の同類だと見下すだろう。人殺しの人でなしであると自認する魔女が、自分の罪を棚上げして屑扱いして構わない汚物だと、彼女だけは正しくその正当性を世界から学んでいる。

 神秘を秘匿する魔術師が絡んではいるが、このどうしようもない憤りは別である。魔術による悲劇ではあるが、この糞団子に等しい救われなさは社会を作る人間性が根底にある。殺された事を復讐するだけでは収まらない。きっと誰もが、この悲劇から人間が何時もの歴史通りに何の教訓も得らないと理解していた。獣性は平和な世からも膿む出るのだと、人間の知性とはその程度の社会しか作れないと諦めを見出していた。

 魔女が見て来た何時も通りの世界、何時も通りの人間社会だった。恐らく変えるには、死を伴った行動が無くては何も変わらない。言葉で訴えるだけでは、根底の社会性は決して変わらない動物が人間である。

 つまるところ、魔女が頼まれたのは―――テロリズムである。

 法律によって社会的に許された少年を皆殺す事で、老婆の暗い遺志を日本社会に伝播する。老婆が復讐するべき相手は、孫娘を殺した命に価値がない汚物と、その汚物が社会で生きること許すこの日本社会そのものだった。

 

「なら、内側から見ていなさい。昔の私が救ったけれど、今の私では救えなかった貴女」

 

 女と結婚して子供達を育てていた男を、狩った。

 会社を運営して社員を養っていた男を、狩った。

 ボランティアを通じて贖罪をする男を、狩った。

 実家に引き籠ってニートになった男を、狩った。

 死ぬべき四匹の人面獣(ケモノ)。魔術師に誘われて、魔術による精神汚染を必要とせず、有りの儘の獣性で少女を嬲り殺した少年だった男共は、全員が魔女に狩り()られた。勿論、老婆から継いだ復讐の遺志に従い、断末魔が願う儘、苦痛に満ちた死を魔女は届けた。生きた侭に五体を解体される男たちの叫び声は、憎悪に熱く燃える心にとって砂漠のオアシスに等しい癒しとなり、死ぬ前に地獄へ落として殺す度に怨念が救われた。元帥に願われ生まれた赤子にとって生前の繰り返しとなり、狩人となった死後でも同じ復讐を繰り返すそれこそ、竜の魔女の業。

 自分以外の誰かの為―――殺す。

 結局、自分の為の人間殺害権の自由さえなかった操り人形の宿業。だからこそ魔女に宿る憎悪は誰かの為の悪意に過ぎず、母の為に行った罪科を繰り返す破目となる。ジャンヌ・ダルクを陵辱して火炙りにした異端審問官(セイショクシャ)と何ら変わらない人間性(ノロイ)で以って、憎悪と火を崇める血の聖女として、少年だった罪人を惨たらしく殺害した。

 穴と言う穴に異物を挿し込め、爪を剥ぎ取り、体中の髪を手で引き抜き、性器を含めた全身に針を刺し込み、眼球を洗剤を垂らし、殺して欲しいと言うまで苦しませた。少女へ少年たちが犯した同じ罪を、全く同じ手段で魔女は復讐を代行した。彼女の中に融けた老婆の遺志の儘に、人間らしい悪意で以って死人が行う死人の為の善行を遂行した。当然、善行とは呼べない事を魔女は分かってはいるが、この悪行を善い事と喜んでくれる善人だった復讐者の遺志が、魔女に倫理的罪悪感の一切を与えなかった。いや、その感情が芽生えることを絶対に許さなかった。

 勿論、この連続殺人はニュースに取り上げられた。風化していた凶悪少年犯罪の加害者が社会復帰した後に惨殺される事件として、ニュース番組のコメンテーターが視聴率が欲しいテレビスタッフの操り人形となって、面白可笑しく考察していた。

 ―――下らなく、同時にやはり悍ましい営みだ。

 コレの情報を娯楽品として消費するのが、人間と言う動物の本性でもあった。

 そして最後の一人は自殺した事にして社会的身分を抹消し、新しい日本人戸籍を得ていた。少年だった悪人は人生を魔術師として、マフィア組織の幹部として、悪徳に満ちた今の人生を謳歌している真っ最中だった。

 

「甘粕機関の機密暗号書物。経済学者の魔術師が記した未来社会知識による経済運営論。八雲の遺産、暗竜会から流出したアーティファクトの一つね」

 

「そうです。はぁ……いや、良いですけど。これは八雲の不始末ですが……全く、因果ですね。機関が満州で行った娯楽薬品の銭稼ぎが、こうも未来にまで影響を与えるとは。

 露助ちゃんたちが何時も通り愉し気に同志を殺戮し、更にシベリアで大変大勢を嬲り殺しにしましたので、あの地でのことは闇に葬られましたがね。その点、殺戮大好き露助ちゃんは何時も通り悪行に対してだけは良い仕事をして頂けます」

 

「黒竜会と甘粕機関の遺志を継ぐ魔術師の企みが戦後の暗竜会……で結果、今の貴女が運営する八雲機関ですからね。

 と言うか、良くまぁあんな事件後も、平然とまだ政府の黒幕ごっこ遊びをしていられますね?」

 

「今の日本人を、そう育てましたのが私たち八雲の教育科学文部省ですよ。当然ではないですか。いやはや、義務教育の賜物と言うことです。

 愛しい愛しい賢い国民ちゃんです。だってほら、事勿れが一番の平穏ですからね。賢者でなければ、幸せになる為の馬鹿の演技は難しいものですし……えぇ、その演技技術を磨く為の集団学校生活でもあります。教育には一番の手を我らは加えましたからね」

 

「ド屑」

 

「はい。魔女様の仰る通りかと。我ら八雲も日本作りの参照にしたあの魔導書には未来の社会構造図を、異星文明をも考察対象にした未来予知知識も交えて解説してあります。

 なので貴女様が追う元少年性犯罪者の、我ら八雲の理想社会を汚す穢れた血の反社野郎を、現代被れな漫画家を趣味で行う魔女様にも分かり易く例えるなら……そうですね、知識賢人無双で異世界劣等社会オレツエーですかね?」

 

「あら、流行り。同人誌作家な私に対する的確な教えね」

 

「そうですよ。根底が分かり易くチープである程、強固で単純な社会を作れます。複雑な機構など後付けで良いのです。それはほら、人間が人生を掛けて育てる自分自身の人間性も同じことじゃないですか。頑丈な機械も似ています。物作りの根本なのです。

 神―――何て概念、それの代表です。

 簡単に言えば機関の魔導書を手に入れた拉致監禁傷害強盗強姦殺人少年犯は、神秘疎し人類社会における神様になりましたとさ」

 

「まぁ少年だったからと復讐に生きて死んだ私では、拉致監禁傷害強盗強姦殺人の罪を監獄生活の時間経過程度の……そんな程度の生活が贖罪となり、更には社会的に許そうとする現代人の思想が理解出来ませんが」

 

「そこは私たちの責任ではありません。好きでこの様を選んだ国家全体の博愛精神です。普通に銃殺刑で良いと思いますし、邪悪なエジソンさんに倣った素晴しき電気椅子による公開処刑も愉しそうですが」

 

「気色悪い奴等です。私は狩人の儘で充分ね」

 

「でしたら、私を憐れんで下さい。その気色の悪い汚物を、どうにかこうにか平穏な檻で飼殺している私の気苦労を」

 

「何言ってんの。好きでやってる慈善でしょう。偽善じゃない分、救いがないわ」

 

「当然じゃありませんか。偽善に愛はありません。私は愛しているのです。

 日本を愛するように、日本を愛し続けるように、日本の平和の為に何でもする超人的精神を持つように、あの愛国者達に製造されて育てられた人造大日本帝国人なのですから。

 それが―――八雲と言う存在です。

 ですから、我ら八雲の親である愛国者達の遺産を掠め取った性犯罪者には、魔女様より死の裁きを与えて下さい」

 

「良いわよ。だから、情報寄越しなさいな」

 

「では、書類を渡します。追加のサービスですがあの性犯罪者、どうやら甘粕機関に倣って海外麻薬ビジネスを行う民間会社を始めるようですね。

 暴力団を隠れ蓑にした海外日本マフィアなんて神秘の温床になる暗部ですので、多分普通に成功します」

 

「へぇ、何処で?」

 

「書類に各国での詳細情報が記されてますので、其方を参照にして下さい」

 

「オッケー了解。じゃ、情報ありがとう」

 

「どういたしまして、魔女様。またの八雲機関御利用、御待ちしております」

 

 三週間後、時はクリスマス・イブ。雪降る景色が宗教的に似合う頃合いだが、赤道近くの国には関係のないことだろう。その国の港街で目的の男は理狼的快楽人生を謳歌していた。

 名称、魔術師デクマ。通称、傀儡の王。

 本名は既に裏社会でも戸籍情報と共に失っており、国際警察(インターポール)からも身元不明の犯罪者としてデクマと呼ばれているマフィア幹部。一般家庭から生まれた突然変異の邪悪知性体に対し、そもそも警察機構でどうにかなる魔術師でなく、それを暴ける法律や手段も日本には存在しない。その少年性犯罪者だった魔術師は日本経済への大規模シンジゲートを麻薬ビジネスで築いており、犯罪だからこその巨万の富を手に入れていた。

 

「魔女さん、人間は胎児の時にに人権はない。大人や子供と同じ人間であるにも関わらず。だからこそ本人の許可無く堕胎は行われる。それを当然の権利として、人間が人を殺す。では人が、人として社会的に認められるのはどの瞬間からなのか……論理的且つ論理的な線引きが欲しいとは思わないか。

 人は、果たして何時から人として人間達に認められるのか?

 だから僕は人形遊びが好きでね、人形遊びをする幼子を見ていると羨ましく思うのだよ。純粋な気持ちで、人形を人権の無い人間だと思い込んで愉しめる子供の精神性をね。人の親が行う子育ても似たような物だ。社会において殺しても良い命を選択したからこそ、人間は生きた自分だけの人形を手に入れられる。無償の愛玩こそ、人間が人間に向ける最も素晴らしき愛。

 その所為か、日本で悪さをしたいた頃は傀儡魔(デクマ)と呼ばれていた。それが今の名にもなってしまった。人間を人形に見立てて遊ぶ愉快犯デクマ。けれど、それは誰もが同じ心を持っていると思わないかね?」

 

「思わないけど?」

 

「そうか。残念だ。でも、僕は人権の無い人間……――つまり、人間を人形にする手段が欲しくて堪らなかった。特に、魔女さんみたいなSSR級の美人だと尚更良き。男でも、男の娘なら良きの中の良き。

 愚かで異常だと理性では分かっているのに、その煮え滾る熱い衝動を止められなかった。悪として生まれたこの魂をあろうことか、否定せずに僕は自分自身で大いに祝福してしまった。いや、邪悪として生まれたことを奇跡だと歓喜した。

 子供だった僕は耐え切れず、凄く可愛い女の子を人形にしたかった。本当、それだけだったんだ。それを自慢する為の共犯者も欲しかったし、最初から罪を告白して自殺を偽造する予定だったから、その為のスケープゴートも欲しかった。

 でもさ、子供心に思ったんだ。そもそも許されるのにそれは悪い事なのだろうかって?

 少年法と言うマニュアルを読み解くとさ、ちゃんと手順を踏めば法律上、簡単な罪の償い方ってのも分かってしまうからね」

 

「子供が、子供心で法の網目を潜って悪さする……成る程ね。マフィアやってる今の貴方と変わらない精神性。

 所詮、罪人は獣人(ケモノ)。社会に不利益な害獣は狩り殺すのが一番。教会の医療者同様、屑はとっとと葬るに限る」

 

「人間は、獣さ。子供だろうと勿論、獣は獣と言うことさ。もし立派に子育てがしたいなら、異常を見抜いて間引くことも人の親なら大事なことだ。だから僕は家族からもバレないよう、普通を演じることに腐心していたんだけど。

 その甲斐あってか、子供時代に一人で神様を演じられる力を得た後、最高の思いで作りは出来たよ。

 写真もあるし、映像も撮ってある。僕にとっては一番古いコレクションさ。勿論、今も最新版を更新し続けているよ。

 でもほら、その悪行も許されているよ?

 人間は、人間が悪人として生きることを許してくれる慈悲深い知性体なのさ」

 

「馬鹿ね。傷を付けられた被害者からは、永遠に許されない。死を生み出せば尚の事、国ごと焼き殺されても不思議じゃない因果の応報となる。

 だから私は、此処に―――在る。

 運命が貴方に追い付いた。邪悪を喜ぶ人の獣よ、神秘で人を弄ぶ愚者に相応しい最期を迎えなさい」

 

 敵は魔術師。油断は出来ない。そして魔女は即座、魔術師狩りに成功した。その遺志を瞳で喰らい、自分の脳内である悪夢に落とす。魔術師デクマの魂は老婆の怨念とやっと出会い、あの時の共犯者たちの遺志とも悪夢の中で邂逅することだろう。やがて消化され、使者を形成する悪夢の白い血の材料になるまで、生前の意志を保つ血の遺志として存在し続けることになるだろう。

 だが此処―――麻薬蔓延都市に、何の変わりはない。

 一大勢力を作り上げた脅威の新参者が一人、何故か突如として消えただけ。何時も通りの、何の変哲もない日常が続く程度のイベントに過ぎず、何よりその席は違う誰かが直ぐに座ることになる。

 

「―――で、これが魔導書ね」

 

「はい。そうです。そうで、す。そそそ、そうで……そそそう、です」

 

「ありがとう。貴方、もう死んで良いわよ」

 

「ぐべぇぎゃぁ!」

 

 誘拐した少女を地下売春宿で働かせる為、あるいは人材派遣事業を隠れ蓑にして性奴隷を売却する為、趣味で客に対する性演技指導をしていたデクマの側近魔術師。彼は頭蓋から弾け、脳細胞と血液を撒き散らして死んだ。側近魔術師の仕事は、人間を人権のない奴隷人形にするデクマの娯楽稼業であったが、麻薬ビジネスに比べれば利益率は低く、マフィアとしては個人事業の範囲内の趣味でしかなかった。その魔術師は魔女による瞳の視線で洗脳され、目的が果たされたので物理的にも狂気を抑えられずに発狂死したのだろう。

 そして金庫に入っていた魔導書を、金庫に狩人チョップを振り下すことで魔女は手に入れた。鍵開け技能など脳筋には不必要。巨大な獣や上位者の肉体を素手で貫いて脳髄や臓物を抜く狩人の筋力と技量があれば、合金製金庫を素手で破壊することなど容易い。ガラシャの拳を使えばより簡単だったろうが、ナックルパンチをついつい全力で振う狩人癖があるので、微調整が効く素手で狩人式アイテムゲット術を行使したのだろう。

 

「正義を盾に、正義の為に振う暴力こそ正義から最も程遠い悪行……なんて、ついつい愚痴が漏れ出ちゃう私でありましたとさ」

 

「ぎゃあ!」

 

「ふぁぁあ……あ、欠伸が出ちゃった。それにしても聞き慣れた断末魔ね。はいはい、そこの貴方も死んじゃって。どんどんどんどん死んじゃって。

 正しく、一方的な暴力こそ理想的な社会暴力。

 暴力があらゆる悪を解決する。暴力こそ正解。

 ジャスティスバレッドで脳漿を弾き飛ばしちゃいなさいYO!」

 

「やめ、やめてく―――ゲっ!」

 

「うわぁぁああああ!! 死んで堪―――グヒャ!」

 

「この糞女ビッチが殺し―――ベシャ!」

 

 復讐に遠慮はない。魔女は武器保管庫で両手に取った二挺の短機関銃(サブマシンガン)で弾丸を撃ち、事務所にいた構成員を標的に皆殺しを始める。死の恐怖で叫びながら銃弾を拳銃から撃つマフィアだったが、弾速を真正面から容易く見切る狩人の瞳からすれば、欠伸を出しながら避けることなど余りに簡単。況して人体を貫通する拳銃の破壊力ならば、狩人に当たったところでダメージは低い。

 まるでアクション映画の主役のような、と言うよりも魔女は映画の役者の演技を真似ていた。彼女は弾幕の嵐の中を踊る様に潜り抜け、敵と擦れ違う度に射殺する。特に意味もなく腕を後ろに回して背面射ちを行い、アクロバティックな仕草で面白可笑しく人を撃ち殺す。

 

「あー……あ、はぁ……殺した殺した。あ、マネー発見。

 屍と一緒に落ちてるお金は拾っておきましょう。死体漁りは狩人の嗜みですからね」

 

「狩人は業が深いことよ。相変わらずの獣狩りか、魔女」

 

「あら、暗帝。貴女、何でこんな場所に?」

 

「この辺のマフィアは観光客相手に麻薬を売っていてな。そこに神秘被れのマフィア組織の魔術師が紛れ、資金稼ぎに魔術薬品や実験用人間を売り買いするこの特有のブラックマーケットが存在しておる。

 余の狙いは其方だ。結果、先を越された。

 貴様はどうやら、個人的な復讐が目的だったようだが?」

 

「え、嘘。まだなの……これ以上にまだ、闇深くなるのですか?」

 

「元を辿ると、夢幻郷(ドリームランド)からの流れ者による組織だった悪事のようだな」

 

「可笑しいわね。気色悪い強姦殺人者を五匹ブッ殺せば、それで済む復讐依頼だった筈ですのに」

 

「うむ……何だ、強姦魔の類を狩り回っておるのか?

 であれば余に協力するが良い。此処の連中を斬り捨てた後、孤児を使った殺人児童ポルノも撮影している奴等を斬り殺しに行く予定であった。

 真、世には死すべき変態が多い事よ。なまじ文明発展で過去より生活基準が上がり、貴族的生活階級の市民が多くなると、搾取される側の奴隷の消耗も酷くなる。いやはやローマ帝国とは異なり、敢えて貴族の国が奴隷の国を作り上げ、奴隷の反乱を国際経済社会を構築することで封じておるからな。

 歴史から学ぶのが人の知恵であり、この在り様も人民の反乱無き理想国家に相応しき姿だが、やり口が人間らしく悍ましい。高度に複雑な搾取機構により、貴族階級が安全に奴隷階級からの奉仕を安い賃金を払って受けるとは……はぁ、歴史が進む毎に邪悪さも進化するのが人の性よな。

 今回の話も所詮、それの延長だ。魔術やら神秘やらは関わってはいるが、その環境を作ったのが貴族の国が世界に吐き捨てた負債の総決算だろうよ」

 

「あー……ホント、面倒臭いわね。やっぱり人間全部、手早く燃やそうとした私は間違ってなかったわ」

 

「否定はせぬ。我らの時代の先が、この有り様。繁栄と言う善の裏にて、少数の悪が病魔のように蔓延る形。

 経済と戦争の世界を選んだ人類社会もまた人間の本質だ。その事実をこの社会に生きる人間は誰一人否定出来ぬし、否定したくば人理を否定した我らのように戦わなければならん。今の善き平穏な社会を否定し、より善き世界への変化を求める意志が無い者に、そも人類愛の資格なし。この世界に人理はないが、我らの世界においても人類社会の形態はほぼ変わらん。

 ならば……いや、むしろ良いことかもしれん。

 特異点にて人理を否定した我ら二人のような人間がいることで、魂の内側に蟠る何かを救われた死人も少数だが存在することだろう」

 

「私もそれは否定しないわ。偽りの記憶とは言え―――愛していました。

 フランスも、聖女も、心の底から愛していたから憎悪が生まれ、この社会を良しとする世界中の何もかもを殺し尽くしたくなった。

 だから私はあの老婆の、憎悪と復讐の遺志を受け継ぎました。

 竜の魔女を殺戮人形として作った私だけの創造主、ジル・ド・モンモランシー=ラヴァルの無念を継いだように」

 

「そうか。それは良き理由だ。余がこの様になったのは……うむ、言うに恥ずかしい訳だ。この世に生まれた誰もが持ち、誰にも訪れる到達点に対する無念。

 実に本能的な人間性―――死にたくなかった。本当、それだけだからな」

 

「良いじゃないですか。誰もが死にたくないから、人死は酷い悪夢となります。だから復讐者は、殺された人の為に今を生きる人を殺すのだし」

 

「すまんな。傷の舐め合いなど貴様の趣味ではなかったな」

 

「そんなの、良いですよ。長く生きていれば、そう言うのを許せる時代も来るだけです」

 

 ブラックマーケットの壊滅。既に復讐から遠くに来ていたが、それを理由に(ヒト)狩りから逃げる意味はない。

 そして、暗帝と魔女は一歩遅かった。いや、ほんの数時間だけ間に合わなかった。此処はそもそも、夢幻郷から奇形の神話生物を召喚している組織が根付く街。麻薬は外来の魔術師など関係なく、この悲劇が起きるのは時間の問題。確かに魔術師デクマによって神秘探求は加速していたが、最初からマフィア組織を営む魔術師たちは暴走状態にあり、ある意味で奇跡的なタイミングで魔術災害(マジカルハザード)は発生してしまった。

 

「うわぁ……夢幻郷の神秘法則が侵食してますね。もう此処、現代機器が使えない異界常識にされてるじゃん」

 

「余、困惑。ここまでの狂人集団とは見抜けなんだ」

 

 巨剣を握る異形の巨人が人間を敢えて素手で鷲掴み、そのまま顎で骨ごと噛み砕いて咀嚼する。人型巨獣が硬化した手の爪を伸ばして股間から突き刺し、焼き鳥みたいな丸ごと生人間刺しにして遊び喰らう。機械槌を持つ軟体人蛸が先端の鋭利な触手を伸ばして人を串刺し、口に入れて美味しく頬張る。人間大の二挺虫ガンマンがレーザーガンを乱れ撃ち、人間を電撃で消炭にし、あるいは冷凍した後に粉砕する。原生細胞生物が人形もどきの形で蠢きながら人を軟体触手で捕獲し、生きたまま形成した口に入れて踊り食いを行う。空飛ぶ円錐生物が超魔導的な放射能光線を放ち、人間をレンシレンジで加熱したように水分を瞬間蒸発させて爆裂させる。悪臭を放つ奇形の人型猟犬が舌を伸ばし、人間をこちらも瞬間的に体液を吸い取って木乃伊に変えている。

 種族そのものが人類にとって害悪となる異次元生物だと言うのに、あろうことかその種族における上位個体が思い思いに動き、人間に対する"復讐”(サツリク)を我を忘れて夢中に行う悪夢的地獄風景。これ程の異種族がいると言うのに、どの生物も人間を殺し尽くす事に腐心している違和感が有り過ぎる現状。

 それは―――憎悪。人間性に溢れた感情による惨き蛮行。

 自分か、あるいは身内が、恐らく人類種によって危害を与えられた個体のみ、恐らくこの街に召喚されている。その事実を魔女は啓蒙的直感で悟る。マフィア組織に弄ばれていた何かしらの異種族の魔術師が、己が憎悪を召喚触媒の呼び水に使って、人間を殺したくて堪らない神話生物を呼び込んだのだろうと。

 応報である。

 復讐である。

 怨念である。

 呪詛である。

 故、女子供は関係ない。むしろ、より悲惨で救われない地獄にする為、積極的に殺した方が良い。出来れば惨たらしく、同種の人間が憎悪の余り恐怖を忘れる様な悪夢が素晴しい。

 その種族における英雄と称されるに相応しい強靭な魂の持ち主が、怒り狂う心を剥き出して行う惨劇だった。そして人間側は夢幻郷の法則が流れ込む事で、文明の叡智であるあらゆる機械兵器と銃火器の使用を禁じられ、一方的な虐殺だけが許された貧弱なる雑食動物として狩り殺される獲物となって存在していた。

 よって、異形を駆逐出来るのは魔女と暗帝だけ。だが敵の戦闘技巧は英霊の"達人”に匹敵する。長い年月を鍛え上げた業により、その異形の中において更に異形と呼べる異端の強者となり、神格がなくとも神殺しを可能とする本物の化け物揃いだった。

 

「結局、世の平穏に事は無し……ですね」

 

「逃げられたな。幾つかは夢幻郷へ逃げた者もおる……追うか?」

 

「追います。狩り足りないわ」

 

 不死化技術が使われた個体。殺しても立ち上がる神話生物の群れ。魂を抹消しなくては死ねない理由は解らないが、次の邂逅時の為に魂砕きの準備はしなくてはならない。

 そして奴等は神格の尖兵でありながら、神性を狩る立場に回った神話生物の中での異形共でもあった。人間に対する憎悪を以って強さを得た者たち。裏側に宇宙を嗤う為の喜劇したがる道化の神の気配を二人は感じ、だが手出しのしようがない現実も思い出す。

 ―――復讐は終わらない。

 復讐を果たせば、新たな復讐の種が血より芽吹く。

 あるいは、終わらない負の連鎖を望む神が地球を愛でているのだろう。それが宇宙を観測し続けた神にとって、知性が最も愉しく進化する道筋なのかもしれない。まるで小説を書く作家が登場キャラクターを、物語をドラマチックに演出する為の消耗品として使い潰す様に。

 

 

 

◇◇■<◎>■◇◇

 

 

 

 インドの地方都市、その売春窟。生活のために働く者、借金返済の為に身を売った者、家族に不要と売られた者、親戚に騙されて送られた者、誘拐されて売春宿に売られた者、誘拐ビジネスによって他国から拉致された女性もいる。魔女が旅立った日本国もある意味で人身売買化した悪質的人材派遣ルートの到着地点ではあったが、まだそれは今の国際社会ルールの裏を掻い潜る合法。

 しかし、この地は全くの別。人道から反した非倫理的な人権を考えない社会の営み。

 性産業社会において、決して女が男に花を売るのではない。本質的に男が女の花を男に売る地獄、その連鎖。本能に根付いた欲望は経済を良く回し、自分の身体以外に何も持たないと思わされる女性にとって、もはや寿命を削って体を売る事しか生きる術がないと判断する。心身を蕩かし壊す薬物も充満し、それは死に至る疫病となって人間に蔓延する。

 神性を尊ぶ魔術師にとって実に素晴しく冒涜的な地。

 人々の欲得と思念が染み込み、此処は理想の猟奇的悪夢。

 態々、贄を殺して魂を捧げる必要もない。宿に魔法陣を描いておけば性病に掛った末、薬物で脳を融かして死ぬ女たちの遺志が勝手に生贄となる。

 そして、それが当たり前の常識だった。元より魔術師が死を隠蔽する意味がない。そうして女が腐り死ぬのが、この街の悪意から生み出た因習だった。

 

「くたばれ、屑が!!」

 

「ぎゃぁぁあああああああああああ!!」

 

 尤も、そんな事など如何でも良いのが神性狩りの超人。右手にデンノコを装着した鋸漁師は売春窟で商品の女を男共の性欲を使って腐り殺していた魔術師を、圧倒的暴力と言う罰となって三枚に斬り裂いた。更に逃げようする職員を背後から首を銛で刺し、捻り引き抜き、頭を天井まで突き飛ばした。

 

「あぁぁあ!! イラつく、イラつく、苛立ってイラつくぜ!!

 何だ此処は、一体何がどうなってやがるだ、ジャンヌさん!?

 魔術師を殺しに来たが、そもそも魔術師云々とか糞如何でも良い場所じゃねぇか!!」

 

「そうね。こんな場所、邪神でも呼び出して、一回滅ぼして、全部綺麗にした方が良いかもしれないわね」

 

「あぁそうだぜ、マジで同意する!

 でもさ、それするんだったら、死ぬ必要のないヤツだけは避難させなきゃイケねぇけどよ……」

 

「選んで殺すのは、(ヒト)が妄想する神の所業よ?」

 

「分かってる。やるんなら、ちゃんと自分の手で下すのが人の業ってもんさ」

 

「何てまともな。良い教育をしたみたいね、妖術師」

 

「魔女殿、呆れた目で見ないで下さい。私としても、神を狩る人殺しとしてさえ、こうまで真っ直ぐに育つとは思いませんでした」

 

 溜め息を吐く妖術師は獲物と定めた魔術師に右掌を向け、呪文もなく拳へと握り締める。すると空間ごと圧縮することで、相手をあっさりと肉塊球へ作り変えた。

 同時に左手で指を鳴らす。見事なフィンガースナップであり、それと共に最後に残った敵が一瞬で炎上。星の精霊から奪い取った呪詛火であり、即座に肉が消えて骨だけが残った。

 

「神の火で死ねば神の下へ行けると言うのに、星に狂うべき魔術師が死に惑うとは情けないです。私独自の妖術、神通剛力を使うまでもありませんでしたね」

 

 ワンパンで建物を崩壊させ、地面にクレーターを作る妖術師を魔女は思い出し、少しだけ瞳を曇らせた。並みの人間の筋力の100倍はある威力を、この小柄な少女が放つのは現実離れし過ぎている。

 

「あー、あの筋肉変身ですね」

 

「はい。筋肉に、神は宿るのです。千年の鍛練にて、私が導き出した答えです」

 

「妖術師を名乗る癖して肉体強化が一番得意で、更に魔術より体術の方が強いとか詐欺だものね」

 

「あの蛸貌の剣神には負けましたけどね」

 

「仕方ないと思います。あれ、人間生まれの究極だもの。魂に積まれた呪詛の大層、既に幾柱の神性を斬り殺して食べてるわねか」

 

「でしたら、その蛸女を撃退した魔女殿も同類ですね。しかし、今はこの人ならざる魔術師が優先……ふぅむ、やはり裏側にいるのは古代種の蛇族でしたか。

 この手の怪しき者は即殺しまして、死体が人間か否か……迅速的に確認するには一番ですね」

 

 人間の死体は段々と形を変形し、手足が生えた人のような蛇に変わった。妖術師は道端に広がる酔っ払いの吐瀉物を嫌悪する目で蛇人間の屍を見下ろし、何気ない仕草で口を右手で覆った。単純、その死体が臭かったからだ。

 人間の裏社会に寄生し、豊かな生活を営むと共に、蛇神に捧げる人命を調達する。正しく一石二鳥の行いであり、人の悪性を隠れ蓑に蛇人は裏社会で勢力を拡大していた。

 

「カバディカバディカバディカバディ」

 

「シャッーシャッーシャッーシャッー」

 

「暗帝、貴方……正気を失って狂ってしまいましたか。

 音速のカバディなどと、高次元暗黒サッカーを隕石ボールしていた私が言える台詞ではないですが、魂の叡知が泣いている……」

 

「カバディ―――!!!」

 

「シャッー―――!!!」

 

「良し、余の勝ちだ!」

 

シャー(そうだ)。そして、私の敗北だ……」

 

 皇帝特権(カバディ)で蛇人の現地コミュニティ、蛇眼神授会から離反した蛇人の男と友好関係を結べた魔女、暗帝、鋸漁師、妖術師の四人。

 秘密アジトの地下で鍛練と研究に没頭している世捨て人ならぬ世捨て蛇だが、現地の社会構造には詳しい蛇男であった。

 

「此処は酷い街だ。実の娘を、観光客に娼婦として紹介して賃金を稼いでいる家族もいる。

 その子はまだ……まだ、たったの一桁の歳だぞ?

 悍ましいのは、此処の貧民は仕方ないと、ここはそう言う街だからと、親の代から変わらず継がれた因習だよ」

 

「倫理的ね、蛇なのに。それも人間の道徳に肩入れしてる。本来なら、私ら人間が畜生や怪物と貴方たちを思うように、貴方も人間なんて理性がない猿にしか見えないんじゃない?」

 

「だろうな。だが、それを告げる君の瞳は私の事をそう見ているようには見えんが」

 

「善性に態々ね、意味もなく悪意で接する程、もう捻くれちゃいないのです」

 

「素直なのは善い事だ。私とてコミュニティを裏切りはしたものの、信仰を棄てた訳ではない。この様、不出来な悪性を贄としたところで、本当に我らの創造主たる蛇神は御喜びになるのか……私は甚だ疑問に思ってね」

 

 神血を色濃く継ぐその蛇人は人間生まれの元人間であり、そのコミュニティ以外にとある秘密結社に属していた。同じ蛇人ではあるが立ち位置的にはコミュニテイの用心棒であり、同時に血の神聖さから下級蛇人から崇拝される外部の神人でもあった。蛇貌も血によって得たものであり、本来は人型人面の混血児であるも、長寿過ぎるので人間社会に隠れ潜んでいた。

 そして、その秘密結社の名は獣面二十七鬼。各々が古い血に目覚め、人外への変身能力を持つ二十七名の武闘派集団。

 そんな蛇人にとって長い付き合いになる獣面二十七鬼の一匹がこの街にいた。暑いインドの街中、文化や環境など知らぬと、分厚い着物姿で日傘を持つ黒髪黒眼の日本美人が蛇人に用事があり、凄まじい異物感と共に歩いていた。

 それは美形である魔女からしれも、人の美意識を超えた美女だった。その分、違和感があり、美し過ぎて価値観が歪み、彼女を美しいと思う己が気味悪く思う程。

 

「インドのこの街中で、そこまで派手な着物姿で歩くとは……」

 

「あら、あらまぁ。御久し振りですわね、魔女さん」

 

「いや、誰よ。知らんし」

 

「あの時は蛸貌のお面を被っていましたから。ほら、鞍乎見島で貴女と愛し合い、蕩け合った者ですわ」

 

「―――あぁ、あの変態蛸」

 

「刃の交じり合いは又後程、ねっとりお願い致しますね。今はコブラさんに御話が有りますので」

 

「コブラ……―――む、それが貴様の本名か?」

 

「いや、そうではないが。蛇顔時の時の姿で、獣面共から呼ばれている。本名はドマ、チベットの仏教徒だが……今や私の生まれ故郷は漢族政府に占領されているので、現代社会だと中国人と言った方が正しいか。気分悪いがな。本当、気分悪いが」

 

「コブラさんは、私達獣面のケモノに人名を呼ばれるのは御嫌なのですわ」

 

「黙れ、蛸。貴様はケモノとすら呼べぬゲテモノだろう」

 

「もう、いけませんわ。婦人には優しくするのがモテ蛇への第一歩ですわよ?

 それに私は想うのです……蛸こそ、究極の美像。ビューティフルオクトパスこそ、神なる美しさであると」

 

 背後からそんな戯言を垂れ流す蛸女の後頭部目掛け10トンパンチを繰り出す妖術師。今は蛸貌ではなくとも技の冴えに違いはなく、その剣神とも呼べる業によって彼女は拳の風圧さえ抜け避けていた。その余波で蛇人の隠れアジトが崩壊してしまったが、皇帝特権(株価予知)により現代社会で荒稼ぎを繰り返す暗帝の貯蓄を考えれば菓子パン程度の賠償金額であった。

 その三時間後、フランベルジュ二刀流とウルミ二刀流を巧みに振う四本腕の蛇人(コブラ)は、スーツ姿の神剣使いの鮫男に苦戦していた。

 

「―――マイケル・ザ・スペースシャークヘッド。まさか、貴様まで出て来るとは」

 

「おい、蛇野郎。その糞恥ずかしい名を言うな。特にザを付けるな、ザを。シャークとだけ呼べ。

 兎も角、とっととアンタを殺し、俺が善良宇宙人を監禁拷問して創らせたシン・シャイニングトラペゾヘドロンは返して貰うぜ!!」

 

「すまんな、シャーク。それ、要らぬので蛇眼神授会に売った。宇宙鮫にする嫌がらせは最高だぜ」

 

「ファッシャーク!!」

 

 混沌の地獄。魔女と愉快な仲間達、蛇眼神授会、獣面二十七鬼、国家公安対神性特務課の四つ巴。そんな現状の中、魔女らが屋台でカレーを食べている所に鮫男が襲来し、更なる混沌が津波となって押しかけて来る。その数分後、古代種の蛇と海外から来た魔術師に、凶悪な秘密結社から治安を守る為、カラリパヤットを極限まで鍛え上げた対神性公安課長の仙人が現れ、粛清に次ぐ粛清が行われる。

 もはや、蛇人のコミュニティだけを始末すれば良い話ではなくなった。味方に引き込めたと思った蛇貌も獣面との契約で向こう側に行き、蛸貌も同様。まずは邪魔な蛇眼神授会の撲滅を優先する協定は結べてはいるものの、対神性課は全ての不穏分子の抹殺が目的。

 戦いの成り行きで道路でのカーチェイスとなり、強制的にオープンカーになった屋根無し自動車に乗る魔女と暗帝は、浮遊飛行する神話生物に追い駆けられていた。より正確に言えば空飛ぶポリプ・ロイガーノスの上で腕を組んで立つ変質者にしか見えない貌に穴が空いた仙人が、その二人を執拗に狙っていた。

 

「ぱらりらぱらりら~~!!」

 

「言ってる場合ではない、魔女! 余とて現状は冷や汗ものだ!」

 

「言ってなきゃやってられないでしょ!!

 皇帝特権での運転に集中しなさいってアンタ、追い付かれたら―――ヒィ!!」

 

「眼からビーム、口から電撃だと!!

 あの仙人、どんな邪悪惑星へ行って修行して来たというのだ!!」

 

「ほっほっほ、宇宙旅行は仙人の嗜みよ。無論、神々が跋扈する銀河故、人語での説明は難しい。そして、ほれこの通り、縮地もまた自在よ」

 

「「ゲェ!!」」

 

「年老いた御嬢さん方。貴女方より年若い老人の儂に、どうかその魂が至った神秘を授けてくれんか?」

 

 実は獣面二十七鬼の一匹、孔貌の邪仙。この老人こそ、インド公安の神秘を管理する神性邪悪。特に意味もなく古代種を看過し、民衆を星々の神々の餌として放置し、差別主義と身分制度の権化であった。そして、獣面である通り、蛸貌と蛇顔と鮫顔の同僚。獣面二十七鬼は自らが信仰する古神をこの手で殺し、自分の魂に捧げる為の組織でしかない為、信仰心こそ神の血への殺意であり、神を貪る為になら同僚だろうと玩弄する悪意である。

 その邪仙を撃退し、魔女と暗帝は地下都市に辿り着く。

 古き神と古い民の超古代技術の遺物。宇宙由来の幾何学的神造神殿。

 そして、冒涜的儀式。地上から送り込まれた贄の魂を取り込み、一匹の蛇に蓄え続けるソレ。蛇と言う形の地獄を作り、神が降りる器とする。その地獄蛇の皮膚からは人面が浮かび、蛇と言う地獄に落ちた女たちの苦悶する表情が呻き声を上げ、泡のようにまた皮膚の内側へ沈む。

 

「―――ネクロノミコンの写本、神性の文字化?」

 

「そうじゃよ。これがアレば可能。儂の目的は蛇人が人間を生贄に捧げる事で蛇神を呼び出し、その蛇神を贄とすることで時空の丸い神、全なる一にして門の鍵を召喚すること。その力を奪い取り、儂は全ての時空間を超越するのだ。

 さすれば我が父にして母、あるいは神にして魔―――這い寄る混沌、その分身体ではない本体が住まう宇宙の中心へ辿り着く!」

 

「あぁそれで、輝くトラペゾヘドロンねぇ……」

 

「しかし、それもお前らによって台無しじゃ……ま、良いんじゃが。未来にて贄に可能な神が地上に溢れておるのは理解しておるしのぅ。そして、それを為した善き人間ら……お前は良い人材を拾ったの。とは言え所詮、混沌の糞神が運命を愉しむ為の玩具共。

 人の生とはダイスの出目次第。じゃが神はダイスを振らず、神もダイスに踊る舞台役者。ならば、そのダイスとなる運命は誰が夢見る玩具であるのか……あぁ、滅ぼしたい。

 何もかもを……頭蓋骨の中に過ぎんこの宇宙を、この意志によって滅ぼしたい。

 夢から目覚めたいのじゃ……赤ん坊が見る夢の幻像でしかないなど、儂には堪えられぬ」

 

「ふぅん、そ。じゃ―――死になさい。

 幾度でも、何度でも、我が業によって狩り殺します」

 

「そうだ。その果て、お前を得るのだ。

 赤子の妄想に過ぎん儂は、外宇宙の現実をお前の魂から得らねばならん!」

 

 孔顔は死んだ。そして、この宇宙の根源を解する故に甦った。だからまた殺し、蘇り、殺し、蘇り、殺し、魔女は一年間、不眠不休で狩り続け、殺した。地獄蛇の中、異界化する輪廻空間にて時間が加速し、一秒がまた伸び、更にまた一年が経ち、魔女は狩り殺し続けた。

 悪夢。死の螺旋。地獄蛇は転変する。邪仙は生き死に、魔女に挑むも、圧倒的な業を誇る魔女には届かない。一万回の内の一回の奇跡も許さず、確率論も許さない。

 そして―――神は死んだ。

 蛇神は地獄の渦に取り込まれ、更なる神を呼び出す贄とならなかった。死戻りした邪仙は魔女の瞳を掻い潜って消え去り、他の獣面らも逃げ去った。

 そして―――世界は何時も通り。

 売春窟における企みは阻止されたが、人間が営む社会構造に変化は一切ない。神への贄となる事はなくなったが、社会的弱者が人間社会の生贄になり続ける事に変わりない。

 

「我が女神の灰も、人理世界の話ではあるが……カルデアと言う組織に行く前、暇な不死の道楽かもしれぬが、現代社会では人権活動をしておった事があってな。社会正義と言う観点において、数多の人の人生を直接的にも間接的にも救い、その意味において彼女の活動は絶対的な正義ではあった。善意など心に無い彼女の演じた超人徳、即ちカリスマックスは完璧だ。あの人は金集めの才もあったのか、人権活動団体へと無用な資本を献金もしていたのだ。

 その所為か、灰は聖人と呼ばれることもあったそうな。

 本人は単純、暇潰しで国際社会と言う遊戯盤で名声を高めるゲーム感覚に過ぎんし、灰のような不死にとって何ら価値がない行いだろう。しかし、灰は灰としてでなく、ただの人間の女として持っていた時の価値基準で、その暇潰しを行っていた。

 それは良いと考えた善行を、ただ善い事だからと行う善性。ある意味、彼女はそれを通して自らの人間性を知ろうとしていたのかもしれぬ。

 余はその時の記憶もソウルから継いでいる故、こう言う者たちの救い方……まぁ、社会復帰のやり方もある程度は理解がある」

 

「そう、じゃあ宜しく。他人の人生の幸福なんて私は如何でも良いけど、放置する必要もないですし」

 

「任せておけ。余のカリスマは凄い。それは凄い。

 道徳なき人間を善行へ走らせる程、とても凄いのだ!」

 

「へぇー」

 

「関心ないと余のやる気、減るのだが?」

 

「そんな事はないです。灰は私が狩るので。あの女……―――魂から記憶が消えない。

 古い獣を狩ると言う絶対的善行。それは平行世界全ての人理と言うシステムを守る偉業。そんな灰の悪意がなければ、人理よって運営される世界で命へ魂は宿らず、人の輪廻は永遠に循環することはなくなります。その為の贄として生み出され、記憶と復讐心を与えられ、それが私の存在意義となりました。

 ジャンヌ・ダルク(生みの母)の為になら、母が守った故郷さえ滅ぼす竜の魔女。

 滅ぼさねばならない。殺し尽くさなければならない。母なる聖女の為に創られた魔女で在る私は、ただそう在れば魂が満たされる知性を得ました。

 同時、その復讐の因果を克服する事もまた灰による善意でしょうがね。

 結局、利用されるのだとしても、どう利用されるかの自由はあります。

 あんな死に方じゃなくて、人がどうせ終わるのなら、せめて幸せな人生を送って死んで欲しい……――――告白すると、私はそれを見れたら別に……あぁ、何とも無様。怨讐はジルの為であり、私は全てが借り物の善意と悪意。理想に殉じる遺志もなく、人の不幸を聖人のように愉しめる純粋悪にもなれない俗物。

 この外側の世界に来て、やっと気が付けた自分の想いですが。

 それもまた、灰に与えられた魂に宿る暗い人間性が周囲から刺激を受け、俗に言う愛と希望とやらに変化した私の闇と言うのが笑い話なのです」

 

「余も似たようなモノだ。結局、命への執着も消えてしまった。意味のある終わりが、そも無価値だったと。だが無意味でないだけ、人はまだ救われる余地のある魂だ。

 生きたいと思わず、死にたいと願わず、意志が命じる魂の儘に人生を歩むこと。

 我らの永遠に答えはない。答えには永遠に届かず、余にとってそれが答えであり、灰もまた同様だろう。人理を救おうとも、その人理の終わりも見届ける未来は必ず通り過ぎた思い出だ。

 故にローマとは、暗帝となった余にとって道。

 何時か終わる者を救う……我らにはそれが無価値であるのだとしても、人生から価値を奪う我らの永遠に意味を与える星となる」

 

「人は助けても良いし、殺しても良い。だから、善悪に拘る必要はないのよ。私は、私が育てる私の業にとって善い行いをするだけ。

 それが悪行なのだとしても、それこそが狩人にとっての善行なのです」

 

 魂の尊厳を冒涜する邪星の神性が、人間を支配する運命の夢。流れ着いた此処は、ただそれだけの宇宙に過ぎない。

 それでも尚、星に抗うのならば――と、魔女は赤子が夢見る登場人物を憐れんだ。

 自らの魂さえ、その運命であろうとも、人は自分の物に出来ない。全ての運命が人ではない人によって管理されている。人理の世界もそれは同じであり、世界と言う可能性(ヒューマニティ)が人の意識が妄想する茶番劇であった。

 故、それは悪い夢だったと剪定されるのも必然だ。不要なモノだと選んで殺すのが人と言う獣の律。邪悪とは、人類種の繁栄にとって不都合な因果である。

 魔女の瞳に神の手が映る。何者かが運命の賽子(さいころ)を振い落とす光景が啓蒙された。カランコロンと運命(さいころ)が転がり、何処かの誰かが遊戯盤の駒として人生が決定された。

 宙が、そもそも赤子に善き眠りを与える為の世界ならば。そんな赤ん坊をあやす乳母こそ、この宇宙が始まる前から存在した因果律の元凶。それならば、永遠も目覚めを得る悪夢。

 しかし―――人間には明日が来る。

 夢は捨てられない。愛は失われない。希望は形なく輝き続ける。

 魔女は輪廻する因果律を悪夢と哂うが、暗帝は言葉なく黙ることしか選択がなかった。

 自分が救った人間のソウル―――それを己が魂で知り、人間性となって自分と言う地獄の渦に融け堕ちる現実。苦痛を乗り越え、幸せを得た人間の人生、その最期にて魂に宿る想念。

 人間性(ヒューマニティ)を捧げる意味を、暗帝は長い年月を経て理解した。

 灰が同じ結論を得たのだとしたら、きっと彼女にとって人理に管理されると言う欺瞞が支配する世界に価値はなく、故にその人理から解放されるべき魂にこそ意味はあった。自分たち人間(アンデット)が、その魂を利用する神を疎んで殺し尽くした末路を経たように、人理を運営する意志は必ず人間が何時か討ち滅ぼし、個人個人の魂が自由を獲得する未来が訪れる。命に宿った魂が人理に囚われようと、そうでなかろうと、死ねば魂の生まれ故郷に帰る運命ではあるが、人間として知性を持って生まれ、人生を歩む魂に価値は宿るべきなのではないか。

 だからこそ、古い獣は―――死なねばならない。

 悪魔殺しの悪魔(デーモンスレイヤー)は、人間として徹底的に正しかった。苦痛しかないそんな正しさの果て、古い獣狩りを可能とする灰と言う太陽と邂逅した。その事実の正しさを、星の邪悪が魂を支配する世界で暗帝は啓蒙された。あの獣が来れば、この冒涜的な狂世界も餌となることだろう。

 宇宙は、啓かれるべきだ。

 人類種は生まれた星を殺してでも、その揺り籠から旅立つべきだ。

 やがてその宇宙もまた揺り籠だと気付き、人は種として永遠に繁栄し続けるべきだ。

 永遠に生きることになった暗帝は、どうか永遠に人間が進化して欲しいと"希望”(ヒューマニティ)を得てしまった。

 何処までも、何処まで、答えを得て到達しても、そこからまた新しい種として何処までも。

 

 

 

――――<㋱>――――

 

 

 

 地下汚物。穢れた肉壁。赤い血の肉片雨。腐敗臭に満ちた目に沁みる空気。蠢き続ける脈動的建造物。生物の体内となった冒涜的臓物市街。

 ―――血肉界シャッド=メル、と其処の事を住民は呼ぶ。

 対神組織である獣面二十七鬼が殺した複数の神話生物を異界化させ、地下都市として増改築した本当の魔界。支配者階級、労働市民階級、隷属階級の三層人種思想に分けられた徹底差別社会。

 遥か遠き宇宙の何処かの異星に住まう幾柱の神々が大地に来訪し、太古に地球へ飛来していた神々も多くが目覚め、地上世界は異星の神性が支配する永劫神造楽園(ユートピア)に変わっていた。即ち、地球と言う星は人間と言う霊長種族にとって地獄と成り果て、異星の神からの支配を逃れるには地下世界に逃げるしかない状況になっていた。

 だが、地下世界こそ―――人造失楽園域(ディストピア)

 何よりもまだ地上に出ず、古代から地底都市を住処にする神話生物や宇宙生物もおり、地下へ逃げるしかなかったまだ幸せな人類は地底での闘争を繰り返すしかなく、生存圏を確保することが絶対に必要であった。

 

「もうロケット技術は完璧で、宇宙で生きる為の魔術文明も広まったけど、惑星開発技術はまだまだ。そして宇宙文明の流入で人類種の技術発展は短期ブレイクスルーサイクルに突入したわ。

 もう十年程度過ぎれば、異星神の支配に適応出来てない人間やら、神性に嫌気が差してるのを誘って、神性支配地球圏を脱出しようかって考えてる」

 

「そうかい。きのこ、食べるかい? エリンギ、食べるかい?

 良いエリンギが出来たんだ。でも君はきっとゴズミック松茸が好きだろう。食べるかい?」

 

「食べない。脳に貴方の茸菌が入るじゃない。

 兎も角、宇宙開発事業……貴方達は来ないでしょう?」

 

「キノコだからね。茸は地球を愛し、茸な私は神を殺したいのに、神から逃げるのは茸じゃない。それは人間だ。それでもやっぱり茄子も好き」

 

「うん、その通り。人間だからです。茸貌のパイン・マッシュルーム」

 

「イェス。アイアム、パインマッシュルーム。そう人の脳は寄生する菌を支配し、共生するべきだった。より超越的な菌人類となり、椎茸は美味しくなり、舞茸の如き知性菌となろうではないかい?」

 

「じゃあ、知識だけ頂戴」

 

「―――当たり前だ!!!」

 

「うわぁ……え、何で急に大声で?」

 

「ちゅぱちゅぱちゅぱ……ちゅぱ……ちゅぱ、ねぇシメジャンヌさん……わたし、脳が食べたいの?

 脳汁チュパキャブラップス……そう脳液茸汁……ねぇ、魔女さんの脳入り子宮を頂戴。貴女を樹にして発酵させたいの」

 

「駄目。燃やすわよ?」

 

「分かりました。協力します。何故なら、私がきのこだからデス!」

 

 そして啓蒙的交信対談を五十九時間行った後、魔女が住処にする研究所から、筋肉盛り盛り上半身裸の茸頭大男が出て行った。あの姿で神が冒涜的に頭が可笑しいと感じる領域の科学者であり、同時に脳筋茸頭人間でもあると言うある意味、神話世界における都市伝説みたいな“怪人(ヒト)”であった。単独での宇宙活動、惑星移動、時間旅行、次元潜航を可能する魔術師など、神性を持たなければ不可能だろう。

 尤もその茸貌とまともに対話出来るので、魔女も怪人扱いされているのだが。

 地底都市、血肉界シャッド=メルにおいて彼女も立派な都市伝説。名前を言うと呪われそうな冒涜の一つとして、長い年月を人間社会で語られていた。

 

〝大分、頭が茸になってる……あいつ。でも、もう百年以上前からあんな雰囲気だったわね”

 

 そう思いつつ、それを言葉にして出すことはしなかった。あの茸人間の聴覚は見た目通り人間のレベルを超え、頭が茸になっている何て“褒め言葉”が聞こえてしまえば、数時間は茸化手術の勧誘を受ける破目になるだろう。最悪、柔らかい菌類頭蓋から生えた小さな菌花を植え付けられ、脳味噌を土壌にして狂気を肥料代わりにする苗床されてしまう。

 だが地下都市の支配者階級において茸貌など平均的狂人。今やこの世は悍ましい人間が溢れている。

 人類生存圏が地下に追い込まれ、神域から逃れた人間社会はヒトなる人外に支配される事になった。

 よって魔女もまたそんな支配者階級の一人。富裕層特権として住処となる研究所は錬金術機械による汚染大気浄化が行われ、更に空気洗浄が常にされている。

 

「はぁ……っ―――あぁー……はぁ、ヤダね。やだやだ」

 

 とは言え、外出となれば汚物と腐臭に満ちた空気の中を進まないとならない。次の用事を消化する為、魔女は頭部全体を覆うガスマスクを被り、汚染大気用密封スーツの上から同じく外気対策の専用コートを羽織る。

 玄関の扉を開け、一歩―――人工奴隷が車に轢かれ、バラバラになる光景。

 しかし、隷属人種の生き死にに通行人は全く気にせず、死んだ者と同じ他の奴隷も無関心だった。魔女も同じく、魂がない動く肉人形が壊れても気にしなかった。

 

「うぉぉおおおおおお!!」

 

「きぃぇええええええ!!」

 

 関心があるのは、車を運転していた巨体の奇形人と、奴隷散歩を趣味にしていた美形の御婦人。マイカー狂いの運転手はカバーの凹みと傷に憤怒し、回転鎖鋸を二刀流で振り回しながら襲い掛かった。対する御婦人は愛玩用美少女型ペット人間が殺された事で激情し、電磁パルス発勁で雷撃外気功を身に纏い、更に内気功で強化された身体機能で撲殺せんと殴り掛かった。

 魔女は何時も通り平穏な地獄巡りな光景を通り過ぎ、目的地へと進んで行った。勿論、他の通行人も素通りして道を進み、殺し合いは気が済むまで行われることだろう。

 目的地―――鎖鋸宗派聖血教会、遣鋸大聖堂。

 獣面の一匹を殺して新たな鬼となった鋸貌が崇められる信仰団体。

 高回転丸鋸貌、機関鎖鋸両腕、電動刃鋸両脚。そして原動力心臓炉を内蔵する胴体。その機械神像(ロボット)に祈りを上げる解放奴隷信徒の最下級労働市民と、下級から中級の労働市民たち。

 

「人域を確保する為に巨神を倒しまくった漢の浪漫(ノコギリロボット)が、今じゃあ人王神様だもの。この世は変わってる。

 何だっけホラ、あれ……あぁ、あの猿映画!

 あれのオチを思い出すわよね。ギコちゃんもそう思いません?」

 

「―――思う。凄く、思う。だってあのロボ、俺がモデルになってて羞恥プレイじゃん。最近イヤでイヤで、平和だった時代の映像作品ばかり見返してるよ。

 ま、良いさ。三日ぶりだね、ジャンヌさん。またこんな辛気臭い俺を祈るカルト教会に来るなんて、暇だよね」

 

 人間時代は守日戸(カミヒト)啓介(ケイスケ)と名乗っていた魔術師―――鋸貌のギコーギコザシュは、虫ケラな汚物を見下す目で自分の信者を蔑んでいた。

 

「懐古好きねぇ……―――いや、良いけど。今日も誘いよ、誘い。どう、宇宙行く?」

 

「いや、良いよ。暗黒惑星になったこの地球で、異星の神様連中の腑を鋸で掻き出す殺戮道中の方が性に合ってる。

 それに俺も、異星の神―――殺し足りん。

 御先祖様も残るつもりだろうし、置いてけないって感じだ」

 

「そっか。じゃあ、仕方無いわね……まぁ、妖術師を説得しないとアンタは来ないか」

 

「そうだね」

 

「今度は貴方から私の家に遊びに来なさいよ……後、まだ寄って行くつもりだから。気が晴れるまで、今から私の話相手になりなさい」

 

「勿論だ。喜んで、魔女さん」

 

 栽培される臓物を錬金術で通常食品の素材に変換して手作りした手土産。旧時代のお菓子であるクッキーとチョコを密閉鞄の中に魔女は仕舞っており、鋸貌の清潔な居住スペースへと入って行った。彼も宇宙技術と魔術技術で生体機械となった状態から人体形態に変身し、好き勝手進む魔女の後ろへと付いて行く。

 ……三時間後、魔女は大聖堂を出て行った。

 お互いにディストピア過ぎる生活で溜まりに溜まったストレスを愚痴として吐き出し、今の社会形態を造った獣面の孔貌と美貌を最後に罵った後、気持ち良く別れを告げた。

 次の目的地は信仰と行商の中心市街地から離れた郊外であり、そのままの足で進もうと考えたが距離もあり、魔女の足で全力疾走すれば直ぐに到着するとは言え気分ではない。道に止まっていた隷属階級人種を生体機械の部品に取り込んだタクシーを拾い、運転手が茨鞭を振うことで進む自動人力駆動車の雅な短い移動を愉しむことにした。血飛沫と共に奴隷の悲鳴が上がり、速度が上がる機能は素晴しく、魔女はやっぱり自分の足で移動した方が良かったと思った。

 しかし尚も、運転手は鞭を振う手を止めない。舌を出し、目を剥き出し、狂気の表情を浮かべ、だが無言を維持して熱心な勤務態度に仕事に励む。それ程まで、神話生物に対する人々の憎悪は悍ましい強さ。人型変態された捕獲異形奴隷は隷属人種として地下人間社会に使役され、タクシーの運転手は奴隷に対する拷問労働も行う市民であった。

 

「お客様、到着致しました。御代は此方で」

 

「はい。壺払いで」

 

「おぉ、ポットユーザーの方でしたか。先に言って頂けましたら、高圧電流茨鞭の特別プランもありましたのに」

 

「良いの。はいほら、手早くして」

 

「すみません。では………はい、返します。この度は御利用頂き、有難う御座いました」

 

「うん。どういたしまして」

 

 タクシーから降りた魔女は臓物市街から離れ、肉菜畑区画を歩き出す。目的地まで続く車が走れる道路はなく、まだまだ少しだけ歩かねばならない。労働市民が肉土弄りをする作業風景をゴーグルの狭い視界に入れながら、ガスマスクの中で溜め息を一つ。

 働く農業労働市民から離れた場所にて、巨大な鉈を持った普遍的な奇形である魚顔人種が肉腫瘍樹林の中で罠を仕掛け、其処に彷徨い迷う人々を狩っていた。服装は人皮膚を繋ぎ合せた白革コートで身を包み、フードで頭部を覆う一種の狩り装束。

 その者は狩猟労働をする支配者階級の人間であり、本来なら森に住む神話生物を狩って食料のジビエをするのだが、娯楽は精神衛生上大切だ。道から外れた樹林はその者の私有地であり、その土壌資産に不法侵入すれば法律上、財産保護の目的ならば誰だろうと防衛権より殺しても構わない。

 

「ギィィ、ギィ……ギィィイイ……君、忌巫女の友人かね。冒涜的忌巫女の友人かね。素晴しく、悍ましく、美しく、清らかなるアバズレの友人かね。

 ならば通行料は要らぬ。だから安全は保障せぬ。道から外れれば、獲物だが。だががが、だが、狩人の私が挑めば、君は私を喜んで狩る事だろう。おぉぉぉおうオゥおオゥ……君の方が優れた狩人だ。神狩りの魔女……魔女の狩人、神殺しの魔女様。

 ギィギィィ……ギィ……ギ、ギギギギ……狩るのだ。

 おぉ、また私の狩り場に獲物が来る。ギギギギギギギギィ……ギィ……あぁ、魔女様。御久しぶりですたね」

 

「いや、いや……やめて、イタイイタイタ――――」

 

 狩人が引き摺って運ぶ刺付き網の中で、足掻き苦しむ隷属階級。直後、その網に高圧源流が流れ出し、その奇形人の狩人ごと獲物は感電した。肉体からは白い煙が発生し、両眼は白目を剥き、舌を出して失禁する。電気が神経を流れる事で全身を無茶苦茶に痙攣させ、網に付く刺が彼女の血塗れにしていた。

 獲物として捕えた隷属階級の脱走奴隷を黙らせ、奇形人は満足そうにまた歩き出す。その方向は魔女が進む先と同じであり、自然と歩く速度を奇形人は魔女に合わせており、視線を向ける事で会話を促した。

 

「貴方、電気鰻の魚人?」

 

「はい、魔女様。我が親たる鰻貌の血を引く娘の、次世代獣面の鰻貌で御座います」

 

「あぁ、あいつ。確か、ギコちゃんに細切れにされたのね」

 

「はい、魔女様。あの男は強姦した女が産んだ娘をまた強姦する趣味を持っていましたので、彼には心より殺して頂きまして感謝しています。

 私はその肉を喰い、骨を噛み砕き、心臓を丸呑み、頭蓋骨を更にして脳の生シチューとして啜りました。御馳走様です」

 

「それで同じ貌になってんのね」

 

「はい、魔女様。なので姿を戻します。この姿ですと、あの強姦魔に人間性を引っ張られ、言葉使いも思考回路も変わってしまいます」

 

「良いよ、どっちでも」

 

 直後、鰻に似た奇形人は人型に戻り、網に捕まえた美形の脱走奴隷より美人の女へと変身した。

 

「その奴隷、どうするの?」

 

「はい、魔女様。狩った生物は精肉ですが、生け捕った奴隷は基本的に遺伝子組換物出産用繁殖奴隷にします。隷属監理局に脱走奴隷を引き渡した所で、再調整の人格初期化は適応されず、キャネットシステムによる食品利用です。

 でしたら生産性のある個人監理。此処では常に生体魔力炉の作業員不足ですので、労働力こそ最高の商品価値となります」

 

「ふーん。精が出るわねえ……」

 

 チラリ、と魔女は棘網で血塗れになった奴隷を見る。視た所、首筋のバーコードから愛玩用金型遺伝子の美形奴隷。野生化した神話生物の姿はそのままだが、奴隷化した生物は人間の遺伝子を金型に人化錬成されて人間の姿になる。

 此処の奴隷は、全てが人間に作り替えられた異種族。

 此処の社会は、地上の神性社会と反転した人の楽園。

 神話生物を人間に作り変え、人間が神話人類(メイスノイド)へと進化する異種族にとっての失楽園。

 

「それとすみません。今までは借用していたこの土地を今はあの御方に譲られまして、既に退去しております。良き血水湖を造って下さり、水中御殿に住んでいます」

 

「そうなのね。だったら、何処に行ったか知ってる?」

 

「いいえ、魔女様。ですが、あの家には巻貝卿が住んでいますので、そちらから聞いて下されば。私は奴隷を飼育工場に連れて行きますので」

 

「(巻貝卿って確か、遺伝子変換による生活奴隷作りと対地上戦用奴隷兵製造を始めた隷属管理局の、初代局長だったと思いますが。何でそんなのが、市街地中央の管理局から離れてんだか、理由は良く分からないけど……)……うん、いっか。

 まぁ……オッケーね。じゃあ、お元気で」

 

「はい、魔女様。おさらばです。お元気で」

 

 一時間後、魔女が歩いた先の場所―――日本屋敷。そして、その隣に立てられた巨大実験施設。血肉ばかりの風景とは違い、脈動する幾何学的流動金属で造られた施設であり、屋敷の方は木製の古めかしい建物だった。

 なので勿論、住人に客の到着を知らせる呼び鈴はない。向こう側が監視カメラか、あるいは魔術的結界で来訪者を察して出て来ない限り、魔女は原始的な手段で知らせるしかないだろう。

 

「巻貝卿のサザエさぁーん! こんにちは!!」

 

「我輩をサザエさんと呼ぶでないわ、魔女殿。戯けのふりは童の前だけにして頂きたい」

 

 管理局初代局長にして退職者、巻貌のトゥルボ・コルヌトゥス。その男はその辺の空間から無音無臭、且つ魔力反応なくヌルリと暖簾を潜る様に現れる。

 

「貴方、こんなところで何やってんの?」

 

「理由は単純だ。神話生物の命の坩堝にした奴隷兵造りの為の、隷属階級人種生産政策と、その施設である隷属管理局であったのだが―――飽きた。生活奴隷は人間金型遺伝子の造形美を気にするので、我輩は本職の奴隷兵造りに集中したいのだよ。

 何より社会的地位は趣味で無い。今は生体機械へ人格コピーした我輩のAIが管理している。実質、我輩の頭蓋骨から自由になった脳細胞が管理しておるので、契約は守っておるぞ」

 

「それ、ニートじゃん」

 

「うむ。今の我輩、我輩の脳細胞から作った使い魔に養って貰っておる」

 

 頭部の巻貝から触角眼球を三十本以上出し、白衣姿の巻貌は肩を揺らして気味悪く笑う。

 

「気持ち悪いわね。目玉、切り落とすわよ。出すなら二、三本にしなさい」

 

「構わん。蛞蝓と同じく、我輩は脳が視覚を得ている。脳で世界を見る―――ふっふふっふフフフフ、ファンタスティックアルカナ。

 目を不要とし、脳で直接世界を見る術、我輩に啓蒙したのは魔女殿ではないか。

 蛞蝓貝類を融合した巻貝殻頭蓋骨……そう―――脳の瞳とは脳が瞳、且つ瞳が脳となる故、神秘を探求する手段として最高の知性機関だ」

 

「生物としての蛞蝓の脳機能でしょ、それ」

 

 蛞蝓は触覚による目に頼らずとも、脳が瞳となって光を感知する生き物。その脳機能を思えば、ビルゲンワースが思索した脳の瞳は非現実的な神秘学の産物であると同時に、軟体生物の精霊を現実的な生物学視点でも理解した的確な表現でもあった。

 

「ならば、魔女殿の脳細胞を寄越し給え。少し……ほんの少しで良いので、頭蓋に穴を開け、脳へ接吻する不敬を御許しあれ」

 

「くたばれ、弩変態。人類を地下世界へ逃がす報酬に前、私が瞳から孵して体内で培養してた精霊を上げたじゃない。そいつから瞳は得てると思うけど?」

 

「頂きましたし、瞳も得ましたし、こうして脳と融合し、更に捕食した異星の神性も貪ることで今では巻貝になりましたが……いやはや、やはり直接的に瞳になる狩人の脳が欲しいと考えるのが、学者の性でしょう」

 

「駄目。自分の思索を大切にしなさい。私の答えは私の神秘よ。

 欲するなら、貴方は貴方の冒涜を為すことね。一度で見付からなければ視点を変えて二度、それでも駄目なら条件を変えて三度、そんな失敗を繰り返すごとに手法を手繰り、思索を高めなさい」

 

「当然の心構えだな。しかし、学者は繰り返しを飽いても毎日行うのが、真理への挑戦。分かっておりまするとも」

 

「そうね。貴方の試作品を量産した造隷兵は地上にて、神性の眷属殲滅と言う大義を得ています。この邪悪は天より来たりし神を、また天へ召させるまで許されることでしょう。

 ―――殺せ、探求狂い(ニンゲン)

 神が人を冒涜するならば、神性を人間性で以って犯すが良い」

 

「―――心、啓蒙されました。

 おぉ魔女殿、真理を頂き感謝しようぞ!」

 

 触覚目玉で歓喜の感情を浮かべ、巻貌が楽し気に方を揺らす。彼が譲り受けた日本屋敷はただの居住スペースに過ぎず、隣の幾何学的流動金属施設こそ叡智が蓄えられた邪悪な冒涜宮。そこは神話生物と宇宙生命体の遺伝子を組み換え、そこに人間の遺伝子も合わせ、造隷兵のプロトタイプを生み出す混沌の子宮炉。量産施設は別にあるが、その設計図を生み出す創造神を真似た禁忌たる神の館。

 設計した兵士が奴隷を殺し続ける戦闘能力比較検証実験場。量産施設より卸された戦闘奴隷や生活奴隷が、幾度も試作品に喰い殺される日々。

 雌個体の出産機能を使った人為遺伝子組換による試作生産。生殖活動が絶え間なく繰り返され、あらゆる遺伝子の組合せを繰り返す実験牢獄。

 生体機械プラントによる試作品を作る為の遺伝子情報開発。地上の神性由来の生物の細胞こそ生命の源であり、オリジナル遺伝子情報の作成。

 人間造形の生殖奴隷が触手に拘束され、異形の命を生む光景。それを魔女はこの施設を見学した時に見たが、そもそも地上の神話生物も人間相手に同じ所業をより大規模に行っている。人類種を畜産業の家畜のように扱っている方がまだ良く、機械畑で生命栽培をしている場所もあり、宇宙文明に植民地化された地上ではそれが常識。現代までの人間が他生命種の家畜化した動物に行って来た共生の在り方のように、宇宙文明の生物が現行レベルの人間と生存を共にするとなれば同じ社会現象が起き、人間など宇宙文明によってその程度の存在価値しかない。

 だが血肉界の住民の如く人間がより高次元生命となり、その生命種へ進化したことによる倫理的社会を構築するとなれば―――答えが、この様だった。

 巻貌は、何処までも宇宙生物の文明倫理において正しかった。弱者が強者の喰い物となる様、弱い文明は強い文明に貪り尽くされ、今までの形を完全に消滅させる。その文明が発展する素材として消化されるのが、宇宙と言う自然の当たり前な摂理となる。

 

「そうそう。なので、彼女が何処行ったか教えて?」

 

「すまない。我輩、同居生活の果て、価値観がエグいですねってフラれた男でな……どんな黄金美男子でもストーカーは余りに惨め故、敢えて行き先は知らぬ様にしている。

 何せ知ると逢いに行きたくなる。

 我輩はな、永遠に愛せる女にしか……永遠の愛を誓わんのだ」

 

「あー……うん。私は好きよ、貴方みたいなの?

 女々しく男らしいとか、精神構造が複雑過ぎて恋愛対象にはならないですが」

 

「―――ック、慰めは不要。序でに本心を混ぜて谷へ蹴落とすな。

 地上奪還による人類社会貢献の為、粛々と研究に没頭するのが一番のストレス解消だ」

 

 巻貌の素顔は三十前後の渋い男前だが、今はサザエヘッド・モンスターなので説得力はない。パっと話を聞いた魔女はもうこの土地に用はないので足早に立ち去り、巻貌も空間にヌルリと自然に融け込んで消え去った。

 直後、行き先に蒙する脳を導きが啓く。

 即ち、光を吸い込むような啓蒙の瞬間。

 目的地を内なる瞳が魔女を啓蒙し、今度はタクシーを拾って地底都市見物をしながらの移動は面倒だからと、異相空間となった夢見る脳の内側から原付き自転車(スクーター)を取り出した。日本に住んでいた頃に魔女が買った移動手段であり、神秘的且つ技術的違法改造がされた超燃費バイクである。それに乗って森の悪路を進むも、木々がある上に地面が肉性。掘れば血泥が出る道はブヨブヨと震えて非常に酔い易いが、魔女には何の問題もない。又、ガスマスク型のヘルメットで最初から頭部を守り、体も狩り装束で保護されているので安全対策は完璧である。

 

「……うへー――」

 

 短いながらも地底世界の地獄巡り。彼女が日常とする世界だが、気持ち悪いのは気持ち悪い。悪夢に馴染む精神力は凄まじく耐久性が高いとは言え、魔女はこの地下都市国家構造に生理的嫌悪感を覚える常人的価値観を喪っていない。

 磔にされてオブジェクトになった奴隷。

 縛り首にされて街灯に吊るされる奴隷。

 見世物小屋で集団公開交尾される奴隷。

 精肉屋で解体順番待ちをしている奴隷。

 公共事業の道路整備を素手で行う奴隷。

 ペット好きな市民に陵辱されてる奴隷。

 鞭の絶叫を時刻チャイムにされる奴隷。

 等々、利用方法は何百何千。魔女はまだまだこんなものでは物足りないと、異常に膨れた人類種の貪欲な営みを道を走るだけで見せ付けられる。

 徹底した隷属階級搾取経済活動を根底にする奴隷消費社会。

 神話生物と宇宙文明を資源とすることに決めた人間の狂気。

 悪夢のディストピア文明を地下に造らなければ、もはや地球で生き延びられない人間の救われなさと、救われないと理解した上で僅かばかりの救いある未来を求める矛盾と、人を救う神がいない事を全人類が悟る故の醜悪さ。人が魂に宿す心は、何処までも邪悪に宇宙の異星を冒涜する宿業に呑み込まれた。

 

「――――此処、ねぇ?」

 

 生体動力プラント工場のある下層区画、株式会社ヤクモ。遠目からでも分かる大型ビルと、地底都市には珍しい超巨大金属製工場の施設団地。

 その企業所有地に入る門の前、この場に来た魔女を来ることが分かっていた様に、人間の領域を遥かに超えた冒涜的な精神砕きの美麗を輝かせる美貌の、女か男かも判別不可能なニンゲンが立っていた。太陽のような後光を幻視すると同時に、ブラックホールのような暗黒も妄想してしまう矛盾した存在感を放ち、脳細胞がその美しさを理解する事を拒絶するなど、この世においてこのニンゲンだけが持つ貌なのだろう。

 

「あら、魔女様。お久しゅうございます」

 

「まぁ、久しぶり。美人過ぎてキモいから、普通の人間形態に戻って」

 

「汚らわしい獣面共から、敢えて美貌と呼ばれている私に人間に戻れとは―――はい、良いですよ」

 

 即座、通常の認識レベルで理解可能な美人に戻る美貌の鬼。魔女の苦言であれば素直に聞くニンゲンであり、見た目は無国籍風な小麦色の肌をした白髪の女であった。

 

「いや、アンタ誰よ?」

 

「ヤクモです。顔は魂に適した形に"成形”されますので、誰も彼もが人間形態時は美形になる傾向にあるのは知っておりましょう?」

 

「いや、だから人種違うし?」

 

「ふふ。嫌ですね、日焼けですよ」

 

「此処、地下の臓物都市じゃん……」

 

「擬似太陽を作りました。既にダイソン球をエネルギー資源に使う恒星文明へ至りましたが、後に滅んだ残存知性体も地球に来ているらしく、良い技術を回収出来ましたね。

 今はヤクモが技術占領していますが、実験段階を過ぎれば街での利用も考えてみましょう」

 

「ん……あれ、それって太陽の火力ミスって皮膚が―――」

 

「―――まぁ、良いではないですか。

 それと鏡貌は来ていません。獣面二十七鬼を創立した初期構成員には無貌の神の血肉が、最後に殺すべき神にして獣面を愛する外なる祭神の愛が、最初の晩餐として振る舞われたのを貴方は知っていると思います。それで無貌の血を継承した獣面は互いの存在感を何となく察知出来ますので。

 しかし、今考えても……何故あの無貌のペテン師は態々、地球を冒涜から救おうと神殺しを使命とする人類の成り果てに、自分の血肉を与えたのやら……今となっても、それだけが理解出来ませんね」

 

「無いよ、ないない。そんな分かり易い大義は、アレにはない。

 多分その獣面二十七鬼って無貌の神血を継ぐシステムも、何処ぞの違う宇宙の地球で似たような組織でもあるのかもね」

 

「成る程。愉し気だから真似し、神たる己を求める人間の足掻きを愛そうとした……っ―――否、違いますね。

 この宇宙自体を冒涜し続けないと存在する意味がない。あるいは、この宇宙における人間の存在価値が、観測者である神の脳味噌を愉しませるだけの娯楽品。

 ……はぁ、宇宙で人間が生まれた理由を無理に見出すなら、精々がそんなところですか。

 でなければ、異星の宇宙生物に地球が占拠されるとなれば、神が人間を救うか、あるいは人類文明が自衛手段を持つまで侵略される運命的時間を遅らせるのが道理でしょう。高次元領域より因果律を管理する超越存在程度なら、既に我ら獣面が確認している訳なのですから、その汚物の手で救われるに値しない知性だったのでしょうね」

 

「違うわよ。運がなかっただけ。この時代、この銀河の太陽系に、偶然にも順番が回っただけの話」

 

「余計、救いがありません。だからこそ一人の人間として、神と因果へ挑むのは足掻き甲斐がありましょう。

 ふふふふふ。何時も何時もありがとうございます、魔女様。貴女の御蔭で、私は常に良い啓蒙を自身の虚無から与えられます」

 

「良いの良いの。それに情報ありがとう……で、鏡貌は何処?」

 

「地上に出ました。彼是もう数ヶ月前だと思います。此処は空気が臭く、腐肉ばかりで嫌気が差したのかもしれませんね」

 

 丁寧な言葉と態度だが、見る者が見れば何処か吐き捨てるような意思が籠もった言霊。魔女の意思は過去を遡り、この世間体と欺瞞の化身と呼べる女から僅かばかりの嫌悪感を出させる相手を記録から検索し、その相手を探り上げる。

 

「―――暗帝、アイツが連れ出したか」

 

「一瞬で真実など啓かれますか。その通りです。二人、クトゥルフの水殿を占拠する計画だったと思います」

 

「はぁ……何で、私も連れてかないのか」

 

「旧支配者の魂を利用したいからではないかと。魔女様ですと……ほら、貴方の脳自体が宇宙になっていますので、神の遺志など真っ先に栄養素にして分解・吸収してしまいましょう」

 

「だったら、鏡貌の妖術師ちゃんが口止めした感じね。今の地上、神が死んだり蘇ったり殺したり殺されたりで、たかだか神性一匹死んだ程度じゃ見抜けないのに」

 

「では、行きますか?」

 

「もう出るわ。情報感謝ね」

 

「どういたしまして……―――あ、良い神の血肉があれば御提供を。

 エーテル吸収用プラグを刺して巨大芋虫へと生命加工した宇宙生物を、私の会社が生体動力炉にしているのは知っていると思いますが、また新しい神性遺伝子解析情報(DNAマップ)への更新があれば、よりよき動力炉生物を作れますので」

 

「分かってる。血の採取があれば提供する」

 

「では、お願いします。御礼はたんまりと……あぁ、それと貴女が好きそうな性奴隷も上げましょう」

 

「金は好きだけど、奴隷は要らない。それより貴方の会社が運営するメタバースVR空間の漫画編集部に、新作出すように圧力お願い」

 

「分かりました。ではリメイクシリーズの狩人&狩人を完結させたあの天才コピー屋を、高次元観測域から呼び戻しましょう。肉体をとうに棄て、今は精神体になっていると思いますが、我が社のメタバースになら情報生命種も住めますので」

 

「そう思えばヤクモ、貴女は全巻揃えているファンでしたね。今や地上全てが暗黒大陸ですが」

 

「はい。私、今でも日本は好きです。この地底都市文明に日本文化を混ぜ込んでいるのも、趣味ですので」

 

「そうですね。では漫画、地上から帰って来た後の愉しみにしておきます」

 

「ええ、お待ちしています。魔女様」

 

 との事で、魔女は数カ月ぶりに地上へ出る事にした。前は暇人揃えた慰安旅行イベントとして細胞集めの神狩りで出た切りであり、もしかしたら鏡貌と暗帝の二人はそのまま地上に残ったのかもしれないと考える。

 悪夢と現実の揺らぎ――灯り。

 悪夢の使者が繋げる導きの光。

 普段は下半身を水溜りのような波紋の内側に隠しているが、彼ら彼女らは赤ん坊と同じく這いずる様に行動する。生まれは月の魔物の幼生であり、血に因って動く赤子姿の苗床であり、血の遺志となって悪夢に堕ちた人の成れ果て。だからこそ血から湧き出る使者達は、月の魔物の血を受け入れた狩人を同胞として助ける月の眷属だ。上位者達に寄生するオドンの白血は上位者を不妊にする水銀の毒だが、赤子ならざる眷属を生み出すのもまた上質な血の触媒たるオドンの神秘。ある意味、上位者の血を触媒として眷属化した知性体はオドンの落とし仔とも呼べ、故に自覚無き信者も多いのだろう。

 その月の使者(メッセンジャー)は悪夢である故、赤子が夢見る宇宙であるこの世界において、何の問題もなく機能する。メンシス学派の様に捕えた人間に輸血して苗床化した後、この使者を使って脳変異させれば、ヤーナムと同じく人外の眷属も作り出せるだろう。あるいは、それを神話生物に行って眷属化させて制御することも容易い。

 しかし、魔女にとって使者は使者。貪欲な学術者共のように実験素材とする気力は湧かなかった。狩人の一人として、悪夢の住人として、外なる神が支配する宇宙であろうと、魔女と使者の間柄は何時まで経っても良好な状態であった。

 

「……………」

 

 尤も転移可能か否か、その場所が安全か危険かは別問題。移動し終わり、瞳の視界が晴れた魔女が黙り込むのも無理はない光景が広がっていた。

 極彩色のスモッグ。肌色の空と蒼白い雲。

 流体金属を主成分とする狩猟文明宇宙人。

 人化した爬虫類と例えられる蜥蜴姿の悪。

 灯りがあった場所はバベルの塔と例えられる巨大要塞の地下、人間培養所。

 そこは人が栽培される屋内肉畑。地球文明を学んだ人蜥蜴は何故か麦藁帽子を被り、笑顔を浮かべながら……つまるところ、畜産業を営む職人が自分の育てる生物を商品として愛する様に、拘束された人の口部に栄養供給ホースを取り付けていた。

 魔女は、ファアグラを作る為の肥育生産を思い出す。人間文明から学びを得たのか、あるいはこの人蜥蜴も人間のような食文化を持っており、伝統的な畜産飼育方法なのかもしれない。既に飼育人間たちは脳を破壊され、意図的に思考能力を落とした劣等種として出産され、異星人にとって都合の良い家畜生物として品種改良が行われた後だった。

 

「………うわ。設置してたところ、また異星人共に侵略されてんじゃない。使者には悪いことをしました」

 

「■◇◇!!!」

 

 背後から人蜥蜴に素手を突き刺し、名称の分からない臓腑を鷲掴み、そのまま抜き取った。それは臓物を刳り抜くだけでなく、その命が生きようする意志を奪い取る狩りの業。糸が切れたパペットのように倒れる麦藁蜥蜴の屍を平気で踏み、その遺志を瞳から貪るように吸い尽くす。蜥蜴の魂は魔女の夢見る脳と言う名の地獄へ堕落し、全ての狩人の遺志が繋がる悪夢の都(ヤーナム)を拡げる糧となるのだろう。

 そしてネットリと右手に粘り付く粘着血液。魔女は人蜥蜴の血を舌で舐め、その成分を味覚を通して脳の瞳が解明した。

 ―――人間生まれの、地球産宇宙人。

 異種配合による植民地化と、異星民族浄化作戦。

 人蜥蜴の正体は地球人類を資源として消化する異星の民であり、蜥蜴の王こそ異邦異星の神々の一柱。神の意に従う信仰深い者たちであり、自分達の文明繁栄を正義とした地球侵略者でもあった。

 狩るしかない。いや、狩り尽くしたい。魔女の視界に入る異星人は、女子供も問答無用で殺すべき捕食者。人の遺志を捕食する悍ましい狩人にとっては、神血から与えられる衝動に蒙する獣に過ぎない。彼女の決意は即座にそう固まり、仕掛け武器の鎌を起動。カチャンと音が鳴り、曲刀を折り畳んだ柄に装着させ、怨讐の黒炎を宿す葬送の刃を手に持った。

 所詮は前線基地の一つ。手遅れになった栽培人類ごと、魔女は何もかもを焼き払う。序でに人蜥蜴共の血をサンプルとして瓶に入れ、魔女は律儀にもヤクモに言われたことを守っていた。

 

「おぉ何だ貴様、地上へ来ていたのか?」

 

「あら、暗帝じゃない。お久しぶりね?」

 

「此処の蜥蜴連中を皆殺しにしていた者が気になってな。少し見に来たのだが……ふむ、余の予想は外れたか。異星民族同士の領地争いと思っておったが、単なる普通の虐殺か。

 ……で、どうだ?

 此処の蜥蜴のような奴ら、貴様の瞳に良い御馳走だったか?」

 

「中々、良い文明の持ち主だったわ。光学ブラスターや高周波ブレードを兵士は装備してました。後、魔術を基礎学問として教育されていて錬度も高いし、強力な念動力を標準的に使用可能でしたよ」

 

「とは言えだ……今はもう、獣面の狂人らが築いた生体地下都市の文明技術力の方が高い。神の遺伝子から神の細胞を作り、細胞増殖で神性生物を量産しておるからな」

 

「酷い話ね。今の人類、その気になれば地上奪還も可能でしょうに」

 

「外なる神の干渉に対する術はまだ無い故、な?」

 

「そりゃ……まぁ、うん。そうなのだけれども」

 

「しかし、綺麗サッパリ焼け野原だ。どんな手品を貴様は使ったのだ?」

 

「奴等の核融合炉に私の黒炎を入れまして、時限式で暴走させました」

 

「ほう、なるほど。何時もの手、何時もの爆破オチと言うことか」

 

「最低な奴等には、サイテーな結末を。畜産にして育てる程に人間好きな異星人ですので、人間の娯楽文化に今生の最期には触れて頂こうと思いまして」

 

「そうか」

 

「そうよ……―――で、貴女と一緒に居る筈のアイツは何処?」

 

「―――ティンダロス。

 鋭角化時空間の異界都市へと、向こう側の住民に連れ去られた。あるいは、敢えて異次元へ旅立ったかもしれん」

 

「―――は?」

 

 との事で、魔女は適当に発展した文明技術を持つ異星人の街を襲撃。地球侵略に来ていた者の脳髄と精神を支配し、秘匿性がない時空間魔術を強制的に行わせ、過去に繋がるタイムワープホールを作成。その歪みを感知してノコノコと鋭角次元から来訪した猟犬を捕まえて監禁し、精神破壊と肉体拷問を繰り返し、ティンダロスへの移動手段を確保した。そして用済みになった犬の脳を霊媒解剖し、遺志を取り込み、異次元旅行の神秘を魔女と暗帝の二人は啓蒙された。

 尖り捩れる異次元生命の文明域。三次元空間では有り得ない時間錯綜と空間交差が混沌する世界。

 湾曲した丸みを帯びた宇宙次元の生物は生存不可能な場所の筈だが、自分自身が宇宙から孤立する異界と化した二人はその場にいるだけで魂の存在が可能。

 

「はぁ……クサ。此処、臭いがね……」

 

「おい。そう狩り殺すな、魔女。ここの者は確かに此方側の次元では殺しを営む猟犬だが、此処では此処の律に則って生きるただのイヌだ。多分、イッヌだ。

 ほら……何だ、我らの認識補正によってそう見える筈だが?

 通常の三次元観測は不可能な為、正確な説明を言語対話で伝えるのは無理だがな」

 

「だって獣だし……私を食べようと触舌(ベロ)を伸ばしてきたし……」

 

「居場所は感じ取れておるのだろう?

 貴様があいつを連れて帰ると決めたのであれば、とっとと連れ帰るのだ」

 

「はいはい。でも相変わらずの不思議空間。私は此処二回目だから……まぁ、そう思えば何だけどさ?

 悪夢に冒涜された私は自己精神をどんな異次元でも保てるけど、何で貴女はこの鋭角時空間でそのままでいられるのよ?」

 

「余こそ、深淵の暗い魂。その化身である故に」

 

「あらま。何だか暗黒に囚われた奴隷ね、それ」

 

「勘の良い女だ……―――ふん。吐き気がする。

 やはり、こやつらは臭過ぎるな。貴様の様に、何時もの様に、目に付く者共は皆殺しにして突き進むか」

 

 暗黒皇帝から漏れ出る深淵が異次元空間を暗く塗り潰し、猟犬も住民も深淵に沈み、形を保てずに魂が融けて消え去る。此処はティンダロスでも都市部から離れた異空間であり、王族の類の強力な個体は存在せず、魔女も黒炎を異次元でも使いこなし、狩猟衝動の儘に虐殺を敢行し続けた。

 これじゃあ、どっちが異次元からの化け物か分からないわね、と魔女は内心で嗤いながら冒涜的殺戮に腐心した。そして塔の天辺で宙に浮かぶ鏡貌の奇形生物―――妖術師とだけ名乗る少女姿の人間が一人。

 

「あ、いた。妖術師、何でこんな辺鄙な異次元空間に閉じ籠もってんの。ほら、地下の臓物都市に帰りますよ」

 

「―――………いや、何故?

 こんな場所まで良く来ましたね?」

 

「お隣さんの世界程度、手段を見出せば簡単でしょうに。でまぁヨーグルトソースみたいな名前の、あのウィリアムズの邪神を殺そうとして、こんな場所で修行してるんでしょうが……ま、諦めなさい。

 アレは、次元の神格なんて言う面倒な宇宙法則の具現です。

 多次元時空間を創造した生物でして、丸みある湾曲次元の支配者よ」

 

「しかし、鍵の巫女を()らなくてはなりません」

 

「あら、恨み? 憎悪を向ける復讐でしたら、私だけは否定出来ませんけど」

 

「いえ……しかし、曲線にこそ神は宿ります。角張った直線は美しくありません。

 女性の胸や尻が美しさの象徴なのは、この次元に生きる知性にとって当然の真理でしょうし、それが正義です。確かに貧乳も良いかもしれませんが……いえ、胸を貧と称するのは外道の発想です。美を探求する者として、やはり美しい呼称であるリリィバストと呼びましょうか……つまり、そう言う事です。分かりますか?」

 

「知らないわ。アンタ、トチ狂ってんじゃないわよ……」

 

「まさか、酷い話です。人殺しも、同じことでしょう?」

 

「アンタ、話に相互性がないですね。正気を亡くしましたか」

 

「夢見る赤子。宙の彼方。世界の中心にして、外なる神の律。

 ウィリアムズは私を啓蒙しました。外なる宙からの異巫女。

 即ち、外なる高次元より俯瞰する物語の舞台劇場こそ此処。

 あぁ、ウィリアムズ……ウィリアムズ……冒涜の巫女、鍵の告発者。魔女狩りに酔う幼き背徳の悦楽。

 貴女の世界、魔女が生まれた世界……何故、我らの次元の神は、赤子の夢足る同胞の我らではない女を愛するのでしょうか?」

 

「何故って、人間なんて所詮は娯楽品でしょう?

 見慣れた小説を読み直すより、新作に興味が出るのは当然のことよ。アイツらにとって、人生ってのは薄っぺらい紙と同じです。

 兎も角、はぁ……―――もう、良いや。狂気落ちしたヤツに付き合うのは面倒ですね。

 おら、鎮静剤を飲みなさい。グイっと、グイっと、気が晴れるまで……はい、次の二本目ね。それでは追加の三本目」

 

「ごぼごぼ……げほっげほ……あ、啓蒙(インサイト)が逆流します……あぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 鏡貌の妖術師へと、魔女は両手に持った鎮静剤を無理矢理に喇叭呑みさせた。強引に開けた口へと流し込み、宇宙的狂気を人間的獣性で中和させ、脳内に溜まった冒涜要素を洗い流した。

 

「星……星が、宙に星が見えますスター―――う、ギモ”ジワルイ”ィ……吐く、吐きますぅ」

 

 形容し難き汚濁を吐瀉する様子。全てを吐き出し終えたのを魔女は確認し、瞳をグルングルンと廻す鏡貌を持ち上げる。本来ならゲロなど酷い臭いの筈だが、悪臭が満ちる異次元空間だとそれさえもフローラルに感じる異臭だった。

 

「ヨッとっと、安定の俵持ち。良し、確保。さぁ暗帝、故郷の次元に帰りましょうか」

 

「発狂者のお手軽蘇生術。逆に、倫理に反する冒涜だと余は思った」

 

「何、他人事みたいな台詞ほざいてんのよ。ワープホール、貴女が作りなさい。皇帝特権で異次元イッヌの時間旅行魔術、もう覚えてる筈ですが?」

 

「そうだが……うむ、此処は酷く臭う。まだ臓物街がマシと言う程に。

 貴様から聞いた話よりティンダロス界には興味もあり、異次元文明視察の啓蒙的観光目的もあったのだが、妖術師の為にも早目に帰るか」

 

「いえ、二人用のワープホールを作ってくれれば良いから。貴女は貴方で、気が済むまで暇潰しをして貰って良いです」

 

「何と、冷たくツレない女よ。だが、それも良い。如何だろうか、一晩程度?」

 

「黙れ、変態」

 

「そうか。ではホレホレ、いあいあ、ふんぐるいふぐたん、うがふなぐるてぃんだろす、オープン(開け)セ・サ・ミ(ごま)

 余は少しだけだが、まだ見て回ろうと考えておる。貴様は見飽きているだろうから、先にそれを連れて帰ると良い」

 

「ありがとう。じゃ、さようなら」

 

「うむ。さらばだ」

 

 暗い魂の深淵をエーテル要素を魔力に混ぜ込んで代理使用し、暗帝は門の創造を行った。だが深淵は人間以外にとって汚物となる激毒であり、あらゆる魂を狂わせる猛毒となり、この異次元においても時空間を汚染する苗床となる動力源(ソウル)

 神は、神だからこそ暗帝の暗闇には逆らえない。それは法則も同じであり、その世界を運営する律を塗り潰す。故に、闇は深淵となる。

 

「―――……で、貴様。何用だ?」

 

「神だよ。君達に祈りを冒涜すべく、祈られた者。故、神託を囁きに来た―――……が、あの狩人様が君のような“人間”の化身を送って来るとはな。

 意外ではなく、だが吾の期待に応え過ぎただろう。

 本来ならば、魂なき吾にソウルを与えて人間性にて冒涜する等、そもそも宇宙の運営が効かないとはね」

 

「ほざくな、邪神。人間を犯し、壊し、冒涜する為に地球に来た外なる者の一匹だろう?」

 

「ええ、暗黒の従僕たる奴隷皇帝。分かたれたこの身、チクタクマンと名乗っておこう」

 

「獣面共の始祖、その分身体か」

 

「アレは面白い企みであった。元ネタは君らの生まれ星がトチ狂い、衛星から病原を呼び込んだ災厄の模倣だ。

 神の因子を持つ娯楽品の足掻き。人間種を異星人や外来神から護る為、人間社会の害悪になってまで滅びを回避する努力。

 ―――吾が愛さず、誰が愛するのか?

 エロイムエッサイム、エロイムエッサイム。我が本体よ、吾は冒涜を訴えたり」

 

 無貌の分身―――機械頭蓋の歯車男。だが服装はスーツを来たリーマン風。

 通常の三次元空間ではない鋭角次元内の筈なのに、その歯車男は何の問題もなく三次元上の肉体を持って存在していた。

 ザクン、とその機械を暗帝は隕剣で断ち切った。

 首を撥ね飛ばし、その機械頭蓋をダークハンド化した左手で捕まえた。

 

「感謝しよう。貴様の脳味噌に詰まった科学の叡智、人類へ還元する」

 

「宜しい。人間よ、破滅の叡智を以って破滅を滅ぼすと良い」

 

「人の愚かさを嘗めるな。安心せよ、如何足掻こうとも人類につまらない平和な未来など得られんよ」

 

「分かっている。宇宙に生まれし知性体共、文明を栄えさせよ。その全てが我らを愉しめるゲームである。

 人間が電子遊戯で遊ぶシュミレーションのように、私はただ愉しみたいだけだ。何より地球など滅んだところでな、他に遊べる知性生物など宇宙で溢れんばかりに存在する。

 では、ポチっとな。これにて、この時代における分身の存在意義は達成された。ゲームクリアおめでとうございます、吾」

 

「機械頭らしい例え方よ……―――ンん、うぅん? おい貴様か、貴様だろう?

 明らかに桁違いの生命力を持つ気配が、此方の方へ近付いてきている。この次元を司る王の類だよな?」

 

「ピコピコ、ピコピコピー。現在、この通信は利用出来ません。現在、この次元で通信は出来ない状態です」

 

「この、ポンコツめ――ッ!!

 獣面の鏡貌となった妖術師は謂わば、貴様の眷属にも等しいだろうが!?」

 

「機械系の獣面は好きだが、鏡は違う分身の好みだよ。オ、オ、チクタク、チクタク、チクタク……ピーピー、ディメンジョンハザードを確認した。

 憐れだな、君。出口など無い。此処が君の終焉となるやもしれんな」

 

 既に次元封鎖によって他時空間への逃げ道は閉ざされた。暗帝がチクタクマンの頭部を持ち帰るには、封鎖の術者本人を殺すか、異次元生物の時間監視の対象から逃げ切る必要が生まれた。

 ティンダロスの大君主。角張った様相の、直線的な鋭い容の捕食者。嘗て此処に訪れた魔女の狩人が手当たり次第に猟犬と住民を虐殺し、王の一人も殺された為、あの魔女を送り込んで来た元凶と魔女本人も大君主は憎んでいた。この度は隠蔽された気配をチクタクマンの悪戯心で破られた事で察知し、文字通り時間を止めて飛来した。

 

「諸々の皺寄せが、此処で余へと集約するとはな!?」

 

 異次元領域と言う相手の本場。いや、丸い宇宙が時空の神の脳内に等しい様に、鋭い宇宙は王達の意識が見る夢にも等しいのだろう。ならばと暗帝は加減も容赦も呵責もなく、魂を剥き出しにしたソウルで以って対峙する。

 彼女が臓物都市に戻れたのは、一週間後の事だった。

 出来心で見識を広げようと判断したのが間違いだったと反省し、次にティンダロスの鋭角次元へ赴く際、不安要素を排除した単身で行くことに心を決めた。外なる神の分身などと言う特級危険物を手持ちにして敵陣地でゆったりとしていた自分が究極の馬鹿だったと正しく認め、暗帝は神狩りに必要な心構えを更に一つ学ぶ事が出来たのだろう。

 

 

 

=―=―=<㋱>=―=―=

 

 

 

 神域なる大地。邪神の惑星。蒼き神性なる狂い星―――地球(アース)

 獣面二十七鬼が支配する地下生体都市以外にも、そして今の地球には異星からの異邦者によって植民地化した土地以外にも、地球人類種が自主権を得て住まう区画がまだ残っていた。

 魔導大学都市―――ミスカトニックランド。

 核兵器によって荒れ果てた地上は異星人のテラフォーミング技術により、異星産植物性樹木生物が生い茂る神域の巨大森林地域となる地区があり、地上には森林を住処とする野生の異星生物が多く住む。そして、そのジャングルには人間と姿が似た二足歩行の知的外骨骼生物が魔術文明を築き、植生建造物を居住区とする植民地を作り上げていた。

 大学都市は、その森林地区地底に建造された人域生存圏となる。住人は野生の異星生物を食糧や素材とするべく術式狩人になる人生しか生存手段はない。魔術は勉学であると同時に狩り道具となり、魔術品は生活必需品となり、薬物は身体機能と魔力機能を高める日常食となり、遺伝子強化が人間が人間を出産する必須条件となった。中でも大学に進学した子供は狩り学徒と呼ばれ、大人になれば非常に優秀な上位狩人になるとされ、ミスカトニックランド全体の財産となる。つまるところ品種改良によって脳機能が拡張され、一般的知能が魔導演算機並に強化された人間の中でも、更に優秀とされる子供だけが、大人になるまで学生として心身全てを成長する権利を得ていた。

 

「ダルク博士、お久しぶり!」

 

「ルージュ・オリス学院長、久しぶり。元気?」

 

「元気!」

 

「そう良かった。ダンは?」

 

「殺戮中!」

 

「それもまた良かった。外来種の虫ケラ共、程良く狩れてる感じ?」

 

「生贄狩りは順調だよ。外来虫人類のバックに付いてる知恵の神さ、何か良く分かんないけど人間側にも平気で知識を与えるのよね。

 貴女への報酬になる宇宙環境対策技術、これね。はいどうぞ!」

 

「生体チップ、開発出来たのね。で、どう使えば……あぁ成る程、こう使うと」

 

「そうそう、ダルク博士。額に付けると、脳に波長化したデータが送信されるってこと」

 

「おぉぉおおおぉぉぉおお、凄い情報量。これなら月に宇宙ステーションが作れます。

 ねぇ、どう? 貴女も神域になった地球から出て、私と一緒に宇宙に行って宇宙人類種の歴史を作らない?」

 

「ヤダ。折角、地球に宇宙文明が溢れちゃったんだもの。正直、人類社会を守ることより素晴しい叡智が、地球にいるだけで手に入るんだもん。

 宙で生きたい人だけ、連れて行って頂戴!」

 

「へぇ……あんなに人間社会を守りたがってたって言うのに、何で?」

 

「いえ、ははは。何だかんだ、ここまで宇宙人にやられても人間って滅びないでいるじゃん。文明レベル自体、そもそも進化させまくってるし、やっぱダルク博士が言う通り、なるようになって正解だった。

 そっちの肉街のヤクモ、恒星文明クラスの知能レベルになってるって話でしょう?

 ほら、ならこの惨劇は人類文明にとって良い事だったんだよ。此処までのブレイクスルーが出来たのって、何だかんだで異星間宇宙コミュニケーションがないと数万年先の人類史だったのよね。他惑星知性体の技術があれば近道は楽チンってこと」

 

「永続的エネルギー生成機関を持つ不老生命体も作れましたからね。地球太陽系外周球体圏のオールトの雲からも資源を集めれば、太陽を囲う星閉じの檻も数千年で建築出来る計算らしい。

 尤も、それなら他太陽系域に宇宙旅行し、その太陽をその太陽系圏全ての惑星群を材料化して恒星動力源装置にした方が早いらしいですけど」

 

「あ。そうなん……ふぅーん、そかそか。じゃ、余計に地球が良いや。どうせ、地下肉街の連中も殆んど地球に残るつもりでしょうし」

 

「わかった。貴女がそうしたいなら、そうすれば良いわ。

 序でだけど、地上の異星人居住区のジャングルで狩り遊びを行いますが、良いですよね?」

 

「良いよ。でも、皆殺しは駄目。森林区の環境保護もあの虫ケラ君たちがやってますので、地下に住む私たちにとっても今となれば森も虫も動物も貴重な自然資源なので。

 怖いのは異星人君の後ろにいる神性なだけで、異星文明や異星人はむしろ良い文明資材になるのでぇーす」

 

「あー……うん、覚えてます。火の邪神をこの森林区画から追い払うのに、私にSOS念波を送信したものね」

 

「そう言う事でした。後、此処の神様には手を出さないように。人間嫌いの人間恐怖症で、とても繊細な御神なの」

 

「見るだけに留めるわ」

 

「はは、それって嗤える魔女ジョークですぅ?

 ダルク博士に見られると、神の類も正気を失って発狂するって話、聞いたのに?」

 

「――――」

 

「ほげえらぁ!!」

 

 無言の悪夢的邪眼光で学院長を気絶させた後、魔女は大学都市の人間が作った"人間”と言う神性と出会いに行く。この大学都市を運営する為の装置にして、文明資源を宇宙物質から生成する人造創造神。あるいは、そうデザインされた神なる知能生命体。

 命名―――人造神人(ゴドーノイド)。人間と言う生命の神格。

 時空間を無視してエネルギーを持ってくる神秘を持ち、そのエネルギーを物質化する法則の擬人化。宇宙自体を人型にした魔術の最奥にして神にとっての禁忌。

 それの姿は大きな白い―――赤ん坊。

 永遠の白痴。成長出来ない無知なる知性。本能的感情だけを持ち得ながら、言葉が分からない故にその感情を理解出来ないヒトの落とし仔。

 

「あー、う、ぅ……う?」

 

「…………」

 

「だーだー……きゃきゃっ!」

 

 魔女が目にするのは。人間に捕獲された異星生物を玩具にして遊ぶ神なるヒトの仔。人形遊びをするように異星人の手足を引き千切り、愉しそうに口の中に入れ、遊び半分で咀嚼する。グチャグチャと口の中で人間が調理された動物の死肉片を食べる様に、ヒトの神子は生物を食べると言う基本的本能を愉しんだ。

 食事は大事だ。神にとっても、人にとっても。

 創意工夫すれば胃袋だけでなく、心も満たす貴重な娯楽になるだろう。

 

「うぅだぁ―――!」

 

 好奇心が満たされたからか、赤子のその手に高次元波動のエネルギー凝固結晶が生み出た。それをまた好奇心の儘に剛速球で壁に投げ、だが砕け散ることなく融け込むように消え去った。赤子の飼育室自体がエネルギー回収装置となっており、壁や床に結晶が当たれば問題はないのだろう。

 あれだけで核“融合”炉一年分のエネルギーとなる。人間視点で見れば、異星人一匹の命を供物に捧げれば良いだけの安い生体炉心。何とも燃費の良い人造創造神であり、この学園都市がエネルギー問題に一切悩まれずに発展出来た理由であった。

 

「白痴の人造創造神、と。何とも啓蒙深く、業の深い話でしょうか」

 

「なんと、魔女様。来ていらしてましたか?

 しかし、此処に近付くのをオリスは拒否してませんでしたか?

 あいつ、我らの赤子が自分より貴女に懐くのを嫌っていたと思いますが?」

 

「質問責めね、ダン?」

 

「あ、すみません。どうも、貴女に再会出来て昂奮してしまって……まぁ、理由なんて良いですね。是非、ゆっくりしていて下さい。

 自分の方はあの阿保狂人を連れて来ましょう。ほら、魔女様の話相手になる人間、此処じゃアレくらいだと思いますからね」

 

「構いません。少し、商店街に行こうと思うわ」

 

「成る程。自分の方は我らの創造神のお守がありますので……はぁ、全く。神と脳波チャンネルを一番合わせられる魔術師が自分なのが祟り、狩りに出掛けるだけでも予定を合わせるのに苦労します。

 他の子守り職員、育てないといけません。魔女様は神に懐かれていますし、どうです? 就職とかしません?」

 

「しません。むしろ、私が面倒見て貰いたい位です。じゃあ私、用事があるので行きますね」

 

「残念です。では、さようなら。自分の方もあの阿保に報告がありますので……ん―――念話、通じない?

 あの弩腐れサノバビッチ女、居眠りしてんじゃねぇだろーな。おいマジぶっ殺すぞ、あぁ殺す。今度こそ殺す。やっぱ脳味噌入れ替えた方が良い」

 

「…………」

 

 物騒な独り言を溢す狩人を魔女は黙って見送り、学院長の冥福を神に祈った。付近に創造神がいるので実に合理的な祈りであろう。

 とのことで、地上で狩りをする前に魔女は商店街で一息入れることにした。ショッピングは嫌いではない。むしろ、漫画や小説などの娯楽品を買い漁るのは素晴しい趣味だ。反して今の住処にしている地下都市は常に生臭く、此処のような清潔感のある都市作りはされておらず、買い物をするのに適していない。商店街やデパートもあるにはあるが、何かと付けて冒涜的都市設計となっており、まともな一息自体が出来ない構造だった。

 街探索を楽しむ魔女は漫画喫茶にて、珈琲を一杯飲んだ後。無料お代わりシステムにより、今はもう四杯目。古い時代に描かれた日本の吸血鬼狩り漫画の全巻読破を既に行い、次に彼女は巨人に復讐を誓う少年の短い人生が書かれた長い物語を読み終える。

 時間は午前十時半。二十四時間常時営業店である漫画喫茶以外の店も開く時間帯。地下都市なので太陽は出ていないが、天井に付くライトの光量で朝昼晩を演出しているので体感時間を住民は維持していた。魔女は寛ぎが過ぎたのを自覚しつつ料金を払って店を退出し、目的である現役狩人相手専門の狩り道具工房店に向かう。

 

「らっしゃいませぇ~」

 

「………」

 

 気の抜けた挨拶をする店主に頷くだけで返事をし、昂揚感(ワクワク)に支配された魔女は狩猟具のラインナップを観察する。会社経営の系列店ではなく個人経営の店なので、恐らくは全ての狩猟具が店主の発想からデザインされた道具なのだろう。

 頭頂部に自動索敵標準式小型光学銃座の付く丁髷(チョンマゲ)ヘルメット。思念だけで命を狙い撃つ悪趣味極まる素晴しく文化的なデザイン。

 首部と四肢の切断に剥いたカッティング光学銃。穴を開けるのではなく、不死性の高い相手の機動力を削ぐ素敵デザイン。

 脳神経ごと蛋白質細胞を焼き殺す過剰電気が売りの殺人用電撃棍棒(スタンロット)。無論、帯電によって一撃でも加えれば動きを止め、その後は一方的な連続攻撃で殴り殺せる合理的機能デザイン。

 高熱化した刀身を超速微振動することで金属を一方的に切断する電磁パルス超合金刀。魔導科学的機能が搭載された白兵戦用携帯武器でありながら、刀身には蘇生阻害の呪詛文字が刻印された対異星生物抹殺デザイン。

 伸縮性の柄を持つ携帯式槍であり、短槍としても長槍としても投槍としても使えるジェットスピア。鉈程の大きめな矛先は切れ味が鋭く、切傷を呪術熱却することで癒えない火傷を与える殺害デザイン。

 樹林の毒花粉の中でも生存可能なアーマード・スーツ。真空空間での長時間活動も可能であり、無重力圏での移動も行える対異界法則生存用デザイン。

 生命維持を行う細胞活動を停止させる超高温小型化火炎放射器(フレイムスプレー)。もはや蛋白質を焼くのでなく、細胞を融解状態にさせて水分を瞬間気化させる焼却デザイン。

 プラズマ光帯(ビーム)を放ち続ける熱的光学銃。機能は単純、物体は一瞬で破壊する爆撃デザイン。

 取り敢えず、有金叩いて買える分を魔女は全て買う。良い買い物が出来たと満足し、此処の工房はデザインが良過ぎて瞳に啓蒙が潤って仕方がない。

 

「ありぃがっとうごぜぇましたぁぁあああーー!!」

 

 突如として一年分の売上を得て、店主はハイテンションな変顔をして魔女を見送った。彼女は使い慣れた挨拶の仕草である狩人的な確かな意志のガッツポーズを背中で語り、大量の荷物を脳内空間に仕舞った後に出て行った。そして当然の事ながら、新しい武器を直ぐ様に使いたいのが狩人が持つ憐れな好奇心。使い心地を確かめる娯楽の為だけに生命を消費する愚かな行為。

 一時間後、地上森林区画に到着。

 野生の異星生物が跋扈して異界自然生態系を維持する神域。霧に覆われた人の居場所がない秘匿樹海。

 10mを超える軟体触手八足動物。肉食性の食獣植物。毒素を巻く菌類大樹。不形の生体光化学ガス状生物。蝙蝠と土竜と猫を合わせた超巨大飛行性動物。食べた動植物の遺伝子を配合して卵を産む外骨骼脊髄人虫。男性器に似た頭部を持つ燃える火の血を持つ二足歩行型四足人獣。動植物の死体を使った武器を装備する知性蛸猿。咬んだ生物を支配する精神寄生蛇。卵のまま生体となる浮遊思考卵人。鉱物細胞で皮膚を形成する半石半樹の爬虫類。頭蓋骨が宇宙銀河系となる身体は人間の時空間思考生物。地球重力圏を浮遊する巨石生物。全長100mを超えて密林を捕食する歩行巨木。

 もはや原生地球生命種からかけ離れた異星生命種。

 密林は悪夢と化し、魔力機関を標準的に備える生命系統樹と成り果てる。

 本来の人間が支配する地球なら一匹紛れ込むだけで、科学文明が崩壊する程の外来宇宙種の危険生物が生態系を作り上げてしまう樹海。

 

「モニュっとモニュメント。あ、それ。あ、それ。モニュメント」

 

 人間が死ぬしかないそんな神域森林区。魔女が其処へ過去に灯りを置いておいた場所は何故か、近くに学園都市の仮設基地が立てられていた。そして森林区にて前線基地を個人の力のみで維持する派遣狩人は、趣味で異星生物園を作る変態だった。挙げ句、基地周辺を異星生物の死体を使った猟奇的だが文化的モニュメントを芸術作成し、周囲の野生生物を凄まじく威嚇していた。魔女はモニュメント作りをするその瞬間を、ある意味で丁度良いタイミングで目撃してしまう。

 特に意味はなく、狩人的感性に従う猟奇芸術。自らの洗脳魔術で脳細胞を支配し、異星生物を使い魔として完璧に使役する派遣狩人の一人は、此処ら一帯の主として野生の中の狩りを多いに愉しんでいた。

 

「は、悪寒。誰だ、貴様は!?

 ……何だ、仲間の人間か。此処で一人で来るとは危険だぞ?」

 

「お構いなく。貴方より強いです」

 

「そんな事は見れば分かるが、お嬢さんなのは事実だろう。私以上の力量の子供であれば大学通いは必然であり、その年齢でその強さだと学生の身分は当たり前。狩りは禁止されていないが、狩り学徒は集団行動が鉄則である。

 子供の死は、都市の知的財産の損失。絶対に避けるべき損害である。ささ、お友達を連れて来るように」

 

「そんな友達はいませんので」

 

「そうか、ボッチちゃんか……そうか。私も身に覚えしかない孤独感だ。仕方無い、私が動向しようかな。暇だしね」

 

「要りませんが?」

 

「まぁまぁ、まぁまぁまぁ。人類、助け合いが大事だ。何万年の進化の果て、その今、遺伝子に善行を為す様にプログラムされた本能を持つのが私達じゃないか。過酷な地球自然環境で生き延びる為の生態系として、そう言う群れ社会に至ったのが知性文明の根底だろう。

 基本、猿と変わらんよ。いや、猿で在るべきなのさ。猿、万歳。

 我々は狩人と化しても善い事が楽しく、社会に還る善行に大きな価値を感じる様、人類種が自らを精神面からも品種改良し続けたから、宇宙からの侵略と言うこの未曽有にも対処できるのだからね」

 

「そこまで言うのでしたら、別に良いですが……」

 

「そうそう、頼り給え。人類種にとって子供は未来へ紡がれる宝であり、無茶する時の安全面を考えるのが大人の務めと言うものだ」

 

「分かりました。それと最後に言いますが、私――――大人です。

 齢千歳を超えて旧世紀から存在します。なので全く以って的外れな忠告ですので、悪しからず」

 

「またまた~……見た目、二十歳行ってなさそうなのに……あ、だからか」

 

「はい。二十歳越えの個人的適齢期で不老手術をする貴方たち学園都市の住民だけど、私はその例外となる肉体年齢となります」

 

「ほぉー……何だ、現行人類を生存させた旧人類の賢人か。

 ふむ、ならば尚の事。モニュメント作りで余った肉をミンチにし、これからジャングル異星ハンバーガーを作るのだが……どうだろう、食べてから行くかね?」

 

「いや、別に要らないわ。私はね―――」

 

「―――神肉、使うが」

 

「食べましょう」

 

 既にBBQ用キッチンセットが外にあり、その気になれば直ぐ様にも派遣狩人は料理を行えるのだろう。彼は返事を聞いた時にはもう準備に取り掛かっており、魔女が十五分間だけ意識を宇宙思索思考実験にトバしている間にもう出来上がっていた。

 ―――何とも啓蒙深い美味だろうか。

 舌を通じて伝わる神秘的味覚情報が脳細胞を蕩けさせ、魔女の思考回路を食の美味さだけで焼き切ろうとしていた。宇宙深淵の深みが味覚の奥深さに情報変換されたとなれば、人間程度の脳スペックだと美味し過ぎて死ぬことも不可思議ではない。

 

「御馳走様。ふう、美味しかった……わ?」

 

「良し。では密林探索に行こうか。無論、私も動向する。

 それと賢者さんの名前は何かな。礼儀として俺の名前を先に言うが、メランドリと言う狩人だ。仲間内からは鉄剣のメランドリと呼ばれている。

 実はこう見えて、街だと術式剣遣いの狩人として有名だ。剣士としてなら一番強いと言う評価を受けている。賢者さんには負ける様だけどね」

 

「強さを含めた詳しい自己紹介、どうも。私は魔女の狩人、ダルク。世間からは簡単に魔女って呼ばれています」

 

「では、魔女様と。賢人さんの名に様付けするのは人類種の礼儀だからな」

 

「好きにしなさい。付いて来るのもね」

 

 剣を振い過ぎ、命を斬る心眼に至り、魂を殺す無の境地に届き、今はもう見るだけで物体を切断する魔眼を得た剣士。たった一人で前線基地を維持する程の戦力をこの剣狩人は保有する意味を持ち、その上で狩りや鍛錬以外の趣味の時間を作れるような殲滅力を持ち、その上で異星生物を使役する魔術の腕前を持つとなれば、それは人域ではないのだろう。

 直後、一匹の異星生物が時空間トンネルを抜けて具現。それは時間操作によって自己時間加速する異次元生命体。地球侵略に来た異星人が作った生物兵器が野生化して繁殖した密林の殺戮者。一匹で完全武装した人間の軍隊千人を二分で皆殺しにする白兵戦機能を持ち、野生で進化したことで周辺の生命反応を感知してエネルギー補給の為に捕食する生態系を持つ。偶然、近場に居た個体が空間触覚から魔女と剣士の発見し、二人の視覚に入らない視覚から奇襲を行ったのだ。

 人類側が呼ぶ脅威の名―――彷徨える空鬼の人獣、シャンブラー。

 空間抉りの念動爪を振う一撃奪命の完璧なる生物兵の成れの果て。

 その異星生物を予備動作皆無の無拍子にて、剣士は空気を裂く無音の斬撃で余りに容易く斬り捨てた。

 だが断末魔が響き渡る。死んで命が尽きたとしても、仲間への連絡は絶対に死力を出し尽くす。自分が死ぬのだとしても、大切なのは種としての繁栄と進化。この狩人の危険性を群れは共通認識として得なければ、この生き物を殺せる生物として進化しなくてはならない。

 瞬間、周囲の空間でワープホールが開く。二十匹を超えるシャンブラーが具現し、一分もせず全ての獲物を魔女と剣士は狩り()った。

 

「空鬼獣か。うむ、素晴しい。この手強い獲物に出会えたとなれば、今日は良い狩り日和となるな」

 

「あれ。軍事生体兵器の技術力に富む異星人が、他の異星人とその神性を虐殺する為の生体を地球にもって来たのが、地球の現環境で更に当然変異した進化種です。

 彼らは集団戦法で神狩りを行う生物兵器。

 一匹でも人類にとっては絶滅要因になる。

 例外無く神殺しの魔物であり、地球でのあの変異っぷりを見れば、食べた神性を全員の遺伝子で繋げてると思うのですがね」

 

「それが一体、何だと言うのだ?」

 

「その感想と見た感じ……貴方、斬り殺したいだけみたいね。

 根が、気狂いの復讐者。膿みが臭う傷痕の精神。貴方からは獣の血腥さが匂い立ちます」

 

 鉄剣の狩人は、余りにも優しい笑みを浮かべている。

 

「憎悪が、人間を強くした。狂気が、人間を進化させた。俺は、そう在れば良い。そう言うカタチの、狩人で在れば良い。

 ―――止まれない。殺さずにはいられない。

 地上から全ての汚物を狩り尽くし、人間は故郷の地上を必ず奪還しなければならない」

 

「憎悪と狂気じゃ、貴方の心は癒えませんよ?」

 

「癒える必要はない。狩りの酔いが、全ての痛みを忘却してくれる」

 

「そうですね。本当、そうでしかない。はぁ全く、宇宙は遠いわね」

 

「しかし……―――うむ。その戦い方、成る程。旧世紀の賢人たる魔女様こそ、我ら狩人の原典になる者。

 オリス学院長がオリジナル・ハンターと呼ぶ始まりの狩人。大学の血液進化薬の原材料を提供した血祖と見るが?」

 

 始まりの狩人は一人。由来する血は二人。暗い魂の血の遺志。魔女が始めた対異星人戦略の一つであり、旧世界から脱却する次世代新人類種。

 剣狩人は、その意味が知りたかった。こんな世界で生まれ、その闘争に酔い続け、強くなり続ける為だけの己が人生に、確かな意志ある価値を作りたかった。人類復興は可能かも入れないが、異星人の侵略で異界法則にテラフォーミングされた惑星復興は無理かもしれない。

 今更、星を取り戻しても価値はない。戦い勝っても世界は変わらない。だが、それでも尚、戦い続けた果てに人類は異星に勝つ為に進化し続けなければ未来はない。

 

「……まぁ、そうよ。魔女を祖とするのが、貴方たち狩人の正体。

 人類が異星人の侵略に対抗する為、手を出した禁忌。彼女が人類を守る指導者になる事と交換条件に、私がミスカトニックの研究者に渡した人間改造技術となります」

 

「話が見えないな。あの学院長が人類を守る立場にすることが魔女様にとって、異星人の神狩りを可能にするほどの血の禁忌を教える報酬になると?」

 

「あの狂人が、一番人間を巧く進化させられる天才でしたので。人間社会の一つが生き延びるにしても、最短ルートを最速で走るシステムを運営出来る魔人が好ましい。

 それ以外は別に如何でも良い。血の落とし仔らが進化する過程が見れれば、それで良いだけです。貴方のような狩人が次世代人類種として誕生した結果を見れたので、追加報酬も十分以上と言えましょう」

 

「狩人になった人間に与える心、無償の人類愛。魔女様、貴女から感じる俺の想いがそれとなる」

 

「ふん、良く言う。一目で、私の魂を見抜いていた癖に」

 

「だが、俺の瞳が見る幻視に過ぎない。言葉と感情を得て、答え合わせとなるのが人との関わり方だ」

 

「貴方は面白い男ね。どうも、口が軽くなっていけません」

 

「そうかい。話は変わるが、俺は星見の魔術が得意でもあってな。今日あの前線基地にいることは、占いで決めておいた運命でもある。

 だから魔女様の口が軽くなるのも、仕方がないかもしれない。

 俺は俺が生まれた理由、自分の血液に混ざる神秘が知りたくて堪らなかったので」

 

「星の巡りですか……えぇ、それなら仕方がないわね」

 

 この剣士は希望の一つ。戦いの末、やがて神性を殺す騎士となろう。

 魔女はその答えが素晴しいと想い、まるで聖女ような笑みを剣狩人へと浮かべた。

 

 

 

■■■<●>■■■

 

 

 

 虚空より神は下りなかった。古き者による叡智。外来知性の菌類を模倣した科学技術。時間を彷徨う種族を解剖して得た生体新機関。二十一世紀に起きた第三次世界大戦の後、進化実験により暴発した大規模生物災害。

 人間に擬態する変動生物。人間の文化を模倣する異星生態系等。それらを誰かが新人類種と呼び、神秘の聖血に汚染された人々は進化の末、人型を捨て去ってショゴスの進化種として繁栄した。だが、何者にでもカタチを為せる故、彼らは人型こそ美しい形だと遺伝子に刻まれていた。

 ―――第一神災。人間の滅亡を始めたとされる最初の災厄。

 人類種を新人類種と偽り、奴隷種族(ショゴス)として使役する野望は魔女によって焼き払われた。奴隷を制御する為に創られた唯一の支配ショゴスは狩り殺され、連鎖して新人類種は人型を作る事が不可能となり、理性を失って本能の儘に人を捕食する化け物を人間は許さない。彼らは皆殺しにされ、見つかれば例外無く処分された。尤も鏖殺から逃れた例外は少ないが存在し、支配種がなくとも人間に擬態する知性を持つ者だけは、人間に発見されずに生き延びられたが。

 ―――第二神災。南極狂気山脈から目覚めた巨大生物。

 これは単純、各核武装国が放った大量の核弾頭によって熱却処理されることで始末された。しかし、それによって南極大陸は焼き払われ、全ての凍りが砕けて溶け、海面が一気に上昇。オゾンホールが大きく広がり、地上を太陽放射線が焼き、人類種は自分達で自分を陽光で焼かれる事になる。

 ―――第三神災。地上に降り注ぐ隕石群。

 不幸こそ幸運だった。住めなくなった地上を捨て、地底に都市を築いた人類は生き延びる運命の持ち主だと言えた。隕石による宇宙災害は地上を焼き払ったが、人々を殲滅するには力不足。

 ―――第四神災。黄の衣が星より降り、地上に築く大帝国。

 地下都市を棄てたとある国民は神を知り、神を下し、神に魂を捧げる。黄色の革衣を身に纏い、新人類種として環境が破壊され尽くされた地上を再建した。その国の技術力で作られた地震兵器によって他国を崩落させ、回収した人々に衣を被せて国民を増殖させる。黄色に染まった再生する人間を奴隷にすることで食糧にし、剥ぎ取っても再生する黄人革を衣にして纏い、全てを黄色に塗り潰していった。

 ―――第五神災。最後となった神々の災い。

 各地に眠っていた神性の目覚め。黄色の神秘が惑星全てに伝播し、地球に眠っていた古い神々が動き出す。海底都市は浮かび上がり、南極地下に封じられていた文明が動き、全ての生物の母となる泥の神が地上に進出し、怠け者な智慧の神が荒れた地上に住処を移し、異邦の星から来た巨神達が闊歩を始めた。

 

「進化とは可能性。だが人は、上位者になっても人の儘。

 月の狩人は何時だって正しいかったわね……人間が神の如き新人類種になろうとも、猿から進化した人の始まりから変えなきゃ無駄になる。

 それが出来ないなら、人を捨てなきゃ永遠に人でしかない訳です」

 

 長く生きる魔女は、完全に人間の星が消滅するのを見届けた。滅びから幾度も守った星が、眠りから醒めた神々の楽園となり、人類にとって深淵の失楽園となって数百年。今や地上に残った人類は神々の奴隷であり、家畜であり、宇宙へ逃げ遅れた神への生け贄であった。

 そんな今は西暦3117年。月面都市、ニューアーカム。人類が築く最も地球に近い国。

 人類生存圏は太陽系に拡大し、宇宙進出した人々は地球を禁断の地に定めた。星は死んだが、人は今の平穏を謳歌する。

 救いの最初、魔女による神性狩り。結果的に未来は魔女が与えたこの選択肢を取ったが、人類は滅んでおらず、訪れた滅びの危機を乗り越えて進化したのも事実。彼女の行いは無駄と呼ぶのは愚者を超えて狂人であり、確かに彼女によって人々は新たな日常を手に入れていた。

 

「しかし、それを我らは平和と呼ぶ。余は嬉しい。この月で発掘され、人の技術を組み合わせた異星文明系の演算機械(スパコン)、中々に面白い人類の新天地だと思う。繋げた平行世界の余の記録的に運命の出会いがありそうだ」

 

「啓蒙深過ぎる。私、最近、今の人類に付いて行けないのよね」

 

「良く言う。今の貴様は神々から人を守った聖処女の再臨。この宇宙圏、聖血教会聖女宗派が一番の宗教になっておる」

 

「勝手に宗教家が作った新派よ。偶像に魔女の私がされるなんて、どんな皮肉かしら」

 

「木星圏諸衛星連邦の第三衛星(ガニメデ)国だと貴様はアイドルになっておった。ガニメデの首都名も聖女に肖り、オルレランだしな。

 実に羨ましい。余も久方ぶりに万能のスーパーアイドルになり、あの熱狂的アイドルブームを作ってみたいものだ。

 何故かバラエティ番組で、音痴芸人扱いされたのは納得出来ぬがな。何が喉怪獣だ。今でも赦さん」

 

「知るか! あのガニメデ生まれ共も、好き勝手しやがり過ぎ!!」

 

「しかし、神の星塔が第一衛星のイオで発掘されたとか。今では木星圏全域に神災に襲われているらしい。

 今や、ガニメデも封鎖して何とか星塔の余波は防いでいる状態だ」

 

「神性殺しの、元軍人のエンジニアが向かったって聞いたけど?」

 

「衛星そのものが、星に擬態した神の魔物だったらしい。手段は知らんが、どうにかこうにかし、無敵エンジニアが倒したらしいがな」

 

「ハインライン技師は本当、何時だって頭が可笑しいわね……」

 

「あやつを地球に送り込めば、神々から星を奪還出来そうで困る。余とて、衛星級神話生物の殺し方など解らん」

 

「今の宇宙移民人(スペシアン)は聖血教会からの輸血と遺伝子改竄で、ああ言う神が殺せる因果へ至る魂に覚醒し易いのよ。私たちみたいに他世界の輪廻から外れた魂も流れて来ているし、今の世は正に吃驚人間劇場です。

 まぁ、これだけ変な因果律が勢揃いしてるってのに、不死身のハインライン技師が一番神をビビらせてるのが私も怖いんだけど」

 

「何故、そこまで因果と魂が揃い、未だに星を奪還出来ぬのだろうな?」

 

「因果律の糸がこん絡がってんのよ。可能性を詰め込み過ぎてる。最近はセイバーぶっ殺すとか言う女神話生物貧乳青ジャージに襲われましたし、私を邪神認定して奇襲してきた宇宙刑事を名乗る不審者と闘いました。何がどうして、この悪夢の宙に迷い込んだのやら。

 裏側にあの弩糞腐れトリックスターの悪意を感じます。あいつ、この悪夢の入り口をフルオープンにしてるっぽいわね。還るべき魂をこっち側に流れ落としてる」

 

「あー…………すまぬ。青ジャージと刑事、余が貴様の居場所を教えたからだな」

 

「アンタの所為か!!?」

 

「あの手の色物は苦手だ。マイソウルが律違反だと拒絶反応を壮絶に起こす故。

 確かに余がセイバーに相応しき男装の美少女剣士なのは、世界を始める根源で定まった真理ではあるものの、脳がバグってあの手の色物律に侵食され、余もその律に支配されるのがソウルの摂理。

 となればだ、人前で平気でゲロ吐く貴様であれば、お似合いの律だと思ったのだ。ほら、貴様は良くエル()字のポーズで宇宙を愛しておるだろう?」

 

「―――殺すぞ?

 満腹になったら奴隷に喉へ棒を入れさせて、ゲロ吐きながら飯食う文化圏の王様が何言ってんだか。そもそも、半尻晒して何が男装よ。露出好きの痴女じゃない」

 

「命で済めば安い犠牲よ。それとローマの貴族的食文化を愚弄するでない。そも死程度で、ビィナスに等しき余の美体は曇らんよ。それを隠すなど、芸術への冒涜と言えよう」

 

「……ッチ。これだから、変態不死は」

 

 二人がいる建て物。そこは月面都市(ニューアーカム)の学術区画、ミスカトニック月面神秘専門大学の第ニ十七研究棟。その神秘部、魔導統合学科の研究室。

 

「それで魔女、ドクター西は何処におる?」

 

「あいつはウロウロし過ぎて分からん。一番最後はハインライン技師のエンジニアスーツを改造するぞ、とノリノリでエレキギターを急に食堂で演奏してんのを一時間前に見たわ。

 確か、星間高機動用人型魔導式戦闘機(アーマードコア・ネクストタイプ)……本当の予定ならそれでしたか。水星南極の兵器開発特区で発明された兵器の改善をする予定だったんだけど。

 ……で、アレに何の用?

 絶対碌でもないのは分かってるけど、聞いておきます」

 

「神秘部、魂魄遺伝子学科の研究資料を渡そうと思ったのだ」

 

「ウェイトリー教授の研究か。あの女、自分の混血を人体実験に使って忌み仔を産むので……いや、その自分を量産でもしようって雰囲気かしら。

 あれ、代を重ねて完成して、不死の時代となったこの宇宙文明になっても、忌み産みの呪いからは解放されてないもの」

 

「瞳持ちの貴様は話が早くて楽よな。あの老魔術師は、自分の娘に鍵なる神の仔を孕ませ、混血児を作成した。だが本質的に重要なのは、神の仔を産む権能を得たラヴィニアの方でな。あのウェイトリーには代々のラヴィニアの遺志が継承され続け、それを辿れば最初の鍵と邂逅する。

 ならば今の新人類の遺伝子には、時空間と適応する為にラヴィニアの血が必須。そのまた赤子にも、時の神秘が使える様にする為にはな」

 

「聖母の血ですか……はぁ、呪われてるわね」

 

「星の法則の外側である宇宙空間に人が適応するに、遺伝子改造が手っ取り早いからな。それでドクター西が要る訳よ」

 

「電話すれば良いじゃない」

 

「余の暗い血であやつは死者蘇生を嘗て企んでな。余も素材を提供したのだが、蘇ったのが人喰らいの化け物であり、今や神喰らいになってしまったのだ。

 あれの妹、今や地球の神々の一匹。今も恨まれてしまい、連絡先を教えてくれんのだ」

 

「良く言う。貴女、神の血も渡したんじゃないの?」

 

「余のソウルが蕩ける血を使った所で、蘇るのは余の写し身となるソウルが中身の幻視になるだけよ。ならば、時空を超越する作用があれば、死ぬ前の魂を余の血で蘇生した器へと、神の座を経由して注ぐことも可能だろうとな。

 最初は成功だった。蘇生後も良かったのだが、衝動的人喰いによって蕩けた泥になり、神を喰らって神性を得てしまったのだ。それもあり、奴はウェイトリー女史の研究を捨て切れぬ」

 

 暗帝に悪意はない。善意もない。善悪は彼岸にあり、ただ在り方に沿うのみ。望まれた事を、相手の願いを叶える事を、暇潰しになる面倒事として娯楽にするだけの思惑。とは言え、それは不死の人間に共有するある程度似通った生き方で在るのだが。

 その時、都市全体に警告音が鳴り響く。街の一部が行き成り爆発。

 高層ビルが崩壊。土煙りが上がり、その周辺の建物も崩れ落ちる。

 神に啓蒙されて高次元知性生命体へと進化した月棲獣は、月面地下世界へと密かに作っていた神の星塔を起動させ、地表の都市を破壊しながら出現した。

 それを魔女が見た瞬間、その装置の機能を看破。

 正体は―――脳波塔。魂が宿る脳を覚醒させ、神秘を伝播させることで遺伝子変異を起こし、周辺の生命体を神の生物兵器に転生させる科学兵器。

 

「うわぁ……そう言う、あれ。むしろ、何でハインライン技師は平然とエンジニア兼神話生物ハンターしてられんのよ。引くわ」

 

「いや、この月面都市は神性由来の狂気研究が主。大学の学徒と研究員はほぼ無事だろう」

 

「うん。だから、素で大丈夫なハインライン技師に引くのよ。でも、研究していない民間人の殆んどは眷属化しちゃってるでしょうね」

 

「ならば、貴様の暗黒ジャンヌファイヤーでとっとと浄化すれば良かろう」

 

「その言い方、五臓六腑が怒りで煮え立って瞳が脳に裏返りそう」

 

「まぁ、落ち着け。問題は月棲獣の住処よ。怪しいのは第六月面鉱山、ツキフジヤマだろう。其処へ行けば、あの星塔を破壊するプログラム装置もある筈だ」

 

「ふぅーん……確かあのジェノサイダーがいる場所です。静かな住処が欲しいって言って来たので、あの鉱山を紹介したと思います」

 

「――……大丈夫そうだな。

 後で恨まれるのも面倒である故、援護だけはしておこう」

 

「貴女が行く?」

 

「良い。何事も暇潰しだ」

 

「じゃあ、私も行くわ。この月の人類史を守りましょう」

 

「では古代異星人語、貴様は覚えておるか? プログラム起動に必要になると思うが……」

 

「鋭次元文明の、ティンダロス鋭角言語も学習済みよ。あいつら、言語系統も角張ってんのよね。カレル文字(ルーン)みたいな脳内音声の象形と違って、ちゃんと系統されてるからまだ読み易い」

 

「余は万能の天才故、皇帝特権と蓄えた知識を組み合わせ、異星文明も如何とでもなる。月棲獣の量子電脳技術にどちらでも対応可能なら、別行動にしよう」

 

 惨たらしい変態細胞生命体化した新人類(スペシアン)。生き残りは狂気耐性の素質がある者達と、ミスカトニック大学に在籍する研究者達のみ。ツキフジヤマ鉱山へ移動する為に都市を出た二人は、民間人だった神話生物を平然と殺戮する大学神秘部神性粛清学科戦闘研究員の迅速な活躍を垣間見た。

 その中、異星系技術を学んだ人類文明によって開発されたマナエネルギー光線工具を武器化改造して使う男が一人。亜空間念運動技術と量子時間運動遅延技術を開発したドクター西の新機能をエンジニアスーツに備え、あろうことか崩壊したビルを念動力場で捕まえて投槍のように発射し、人間が複合融合することで生まれた巨大生物を破壊していた。

 

「あれ、私でも使うと脳が割れる激痛に襲われて、筋肉が分裂して、骨に罅が入り、内臓へ重力負荷が掛って吐血するんだけど」

 

「それより問題は月棲獣(ムーンビースト)共よ。夢幻の月面から現実の月面に移民して来た敵対的現地生物は人類が全て殺し、それの生き残りも故郷へと逃げ延びた筈だったのだがな」

 

「目的は復讐よね……」

 

「Funnnn!!! Fuck!! Fuck!!」

 

 そんな二人の前、凄まじい雄叫びを上げるハインライン技師。それは軍人の時にマスタークラスだったCQCを我流工具CQCに鍛え直し、自分の四肢で生物兵器を破壊する超人格闘能力。最近、恋人と喧嘩別れをした後、神災に巻き込まれたゴタゴタの最中に仲直りをしたのに、今度は行方不明になって別れた状態になり、行方を探る為に月面都市に来たらこの騒ぎ。

 技師は諸々のストレス全てを神話生物に叩き付けていた。神の気が触れる程の狂乱っぷりだ。彼を中心に殺戮の渦が発生し、工作機械が製品を生産するライン作業の如く、工具の殺戮技巧によって技師は化け物を血塗れのオブジェクトに高速加工していった。

 

「ニューアーカムの平穏な日常は、彼と大学に任せましょう」

 

「構わん」

 

 遠い目で狂技師(バーサーカー)の暴れっぷりを見る二人。

 

「―――サノバビッチ!! デストロイ、ファッキュゥウウウウウウウ!!」

 

 死の概念を持たない生きる衛星を壊したエンジニアである。目に付く全ての神話生物が一瞬で解体される様は、正気が直葬してしまう。さっさと鉱山街に向かった二人は、そこではそこでの狂乱が待ち受けていた。

 

「なぁ、お前。異界の人間だろ? 異界の神の巫女だろ? 血に混ざる糞の様な神性、匂い立って仕様が無いなぁ……その気配、異界の神に魂を捧げたな?

 ―――置いてけ。首、置いてけ。

 なぁ首を置いてけ。命を置いてけ。魂も此処に置いてけ。なぁ、なぁなぁなぁ!!!?」

 

「ちょ、ちょっと、落ち着いて下さる……?」

 

「駄目だ。神と、その使徒と、その眷属は皆殺しだ」

 

「え……」

 

「俺はお前らを皆殺しにする為だけに生きている。神の血を受け入れた全ての汚物を殺戮する嵐として存在している。

 斬り殺し、撃ち殺し、その肉片全てを焼き尽くす。

 何もかも根絶やし、眼前にお前らのような邪悪が生きる限り、俺は殺す為に生き続ける」

 

「……ひぇ」

 

「特に巫女の類は駄目だ。ヤコミも、どう足掻いても絶望と指差してるぜ?」

 

「座長さんと同じ国の生まれなのに、なんでこんなに頭バーサーカーなの!」

 

「問答無用だ―――!!」

 

「お話聞いて―――!?」

 

 何か金髪の美少女が、猟銃を背負って偶像を左手に持ち、日本刀を振り回す青年に追い駆け回されていた。空から降る青い炎が的確に少女の逃げ道を防ぎ、物の序でに周囲の化け物たちが焼かれ、苦しみ悶えて死に絶える。

 

「あらま、ジェノサイダーに目を付けられちゃったのね。御可哀想に。その魂に憐れみを、エーメン」

 

「助けんのか? 貴様も同じ目にあったと思うが?」

 

「嫌よ。はぁ……あの魔神柱がこっちの時空間の神と繋げた所為で、H・P・ラヴクラフトが神話を妄想したあらゆる別宇宙を此処の世界の神性が観測出来る様になったから、あんな奴らまで迷い込んじゃって、本当」

 

「余達もその口だろう。あの告発者(ウィリアムズ)もそうだが、この宇宙は迷い人が流れ込み易い。彷徨っていると、気が付けば神の玩具とは儘ならんものよ。

 中でも、ユニヴァースからの流れ者が一番理解不能であるが。邪神の箱庭であるこの宙にて、あれは特段の悪ふざけの類。何を介してユニヴァースの宙を見たと言うのか、観測者の悪戯には困ったものだ。次、好機があれば魂を食べてしまおう」

 

 蒼炎で触手が焼き払われ、神殺しの古刀と全なる鍵の神剣が衝突し、今回のパニックと全く関係ない喧嘩が続けられていた。それを暗帝曰く暗黒ジャンヌファイヤーの黒炎で横槍し、高度に知性的な特に意味もない神秘の殺し合いを強引に止めた。

 

人工知能体(アンドロイド)は兎も角、人機融合体(ヒューマノイド)人工生命体(レプリカント)は人間の遺伝子で作られた生物だから駄目っぽいわ。

 キサラギ社産の鉱山労働者が殆んどモンスターになってるって考えると、結構シンドイわ」

 

「製造企業の量産品だからな、工場生産人(プロダクティアン)は。魂を持っていないプログラムの意識を中身とする肉の人形だが、中には魂が生じる者もいる。

 それらは解放奴隷として市民権を得ているが……ふむ、こうなってしまえば人も物もあるまい。相変わらず、この世界は神々に命が嫌われているものよ」

 

「―――酷い……酷い、酷過ぎるわ」

 

「それは工場生産人(プロダクティアン)のことか。それとも、焼かれてアフロヘヤーになった貴様の姿か?」

 

「両方よ、ネロさん!!」

 

「そうか。似合っておるがな。まるで合衆国文化のロックスターだ。邪星の巫女だけに」

 

「スターだけしか合ってないじゃない。なんで、貴女たちは私にそんな意地悪なのかしら?」

 

「何言ってんのよ、ウィリアムズ。結局、あのジェノサイダーから助けて上げたじゃないですか」

 

「火達磨になった後でね!

 それと、ウィリアムズじゃなくてアビゲイルって言って下さいな?」

 

「分かったわ、ウィリアムズ。前向きな気持ちで善処するけど……やっぱ無理ね、遺憾の意。トンチキユニヴァース連中、誰の鍵でこっち来れるようになったと思いますか?」

 

「……貴女、意地の悪い魔女のオバサマみたい」

 

「いや私、そのまんまよ。と言っても、魂の時間経過に意味がないのはアンタも同じ。そっちもそっちで、何万光年の距離を時空間旅行で短縮してるんだし、むしろ本来の経過時間的にババアじゃない?

 こう言うの、変態国家ではロリババアとか言われるって話。アンタのその座長さんって人の年齢考えると、何とも生々しい恋愛模様じゃないの?」

 

「本当、酷すぎるひねくれ魔女さんね!」

 

「魔女狩りの告発者に、魔女って罵られてもねぇ?」

 

「余り苛めるな。彼女を良く見るが良い、ダルク。可愛らしい顔に、可愛らしく慎ましい体をしているであろう?

 余のハレムで是非になく、躾たい。あぁ言う手合いは根が変態気質でなぁ、ねっとりと吟じれば素材以上の魔性に目覚めるのだ。そして、余のことを御主人様と呼ぶのであれば、アビゲイルと呼ぶことも考えてやらんこともなし」

 

「アンタ、普通にサジョーやセッショウインと同類の変態種だったわね………御可哀想、ウィリアムズ。貴女、今日から皇帝様の側室メイドみたい。

 せめて、どんなプレイが希望が言っておいた方が良いですね。エッチな叡智で冒涜されるわよ?」

 

「断固、御断りです!」

 

「そう、残念。私の代わりにクラウディウスの相手をして欲しかったんですけど。ネチッこくて困るのよ、変態は」

 

「……倒錯してるわ。禁忌的ね」

 

「どうも……―――で、貴女は何しに来たのかしら?

 前はエイボンの書を貸して、それで興味が湧いたからと、異星の魔術師が書いた原典の魔導書が揃ってるどっかの惑星の図書館に行ってたと思ったんですけど?」

 

「それらは全部読みました。今はちょっと地球が気になりましたの。

 ……えぇ、来たらこの様子なので驚いたわ。

 貴女達がいながら、何をやって……――いえ、何をやらかしたの?」

 

「自滅よ、自滅。私と、そこの暗帝がしたのは延命処置。異星文明の技術で生存圏を宇宙に拡げた程度のことです。

 私としては、貴女があのジェノサイダーにどんなチョッカイを掛けたのかが気になるけど?」

 

「私はこの外宇宙に新しいお客さんが来たのを、御父様を介して感じたので様子見してただけなのよ。そうしたら、送還能力を逆作用させた召喚で強引に引っ張られたの。

 本当にもう、怖い人よ。彼、何がなんでも絶対に殺す星人さんだわ」

 

「あー……そう言う。ま、貴女らしい愚かな好奇心ね。

 今はとある邪神が彷徨する魂を呼んだり、転生させたりして、あるいは作ったりして、暇潰しに遊んでるみたいで、娯楽性のある物語を作れそうな面白い奴らの因果律が操られてんのよ。この宇宙を碁盤にして楽しむ、ゲームマスター気取りの糞がいる。

 あのジェノサイダーもその一人。私や暗帝も、あの暗黒外道星神に誘い込まれた口よ。あいつは無駄に美貌がヤバいけど軽薄そうな雰囲気纏ってる癖して、思っただけで自分の神性から神の魂だろうと写し身みたいに創造する……神にとっての神みたいな、物凄い不条理と理不尽がこんがらがって出来るような、まぁそんな神ね」

 

「……あの神様にだけは、関わらない方が身のためよ。この宇宙って言う時空間が発生した時には存在してる何かですもの。そもそも人が認識可能な概念に過ぎない規格、つまりは"神”なんて単語の括りにして良いものではないの。

 例外があるとすれば、夢見る赤ん坊の神様の目覚まし時計になれる人くらいでしょう?」

 

「ん、んん……っ―――いや、そう言うこと……?」

 

「どうかしました、魔女さん?」

 

「あの狩人が言ってた事、腐った脳の戯言だと思ってましたけど。此処でそう繋がるのかぁ……と、ちょっと正気が消える狂気を啓蒙されまして。

 あ”ー……気持ち悪い。吐きそう。蛞蝓吐瀉するかも。

 やっぱりヤーナムと何一つ変わらない。空の上の宙に昇っても所詮は誰かの中の悪夢ってこと」

 

 唐突に両腕をL字に広げ、瞳を上に向け、頭部が細かく微振動し、完全に精神が御空に逝ってる様子になる魔女の奇行。暗帝はそんな彼女に慣れており、ちょっとした日常の癖として思っておらず、平然と無視して会話を続ける。

 

「吐瀉プレイか……―――ふ。生前の余にとって日常的食事風景だな」

 

「何を偉そうに……って、そういや貴女って偉い人でした」

 

「そうだ、余は偉い。ローマ皇帝にて偉すぎる偉人、ネロ・クラウディウス!!

 ふっははははははははははははは……はぁ―――で、ウィリアムズ。貴様、地球を覆って失楽園として封じておった全なる一の断層結界、少しばかり穴を開けたな?

 人工衛星軌道宙域に展開した自動神性迎撃機(アサルト・セル)にも、何かしらの魔術的干渉が地球の外側からあったそうだ」

 

「…………な、なんのことかしら?」

 

「この月面生存圏は、神國へのレジスタンス活動の拠点。地球には様々なアプローチを行い、此方側の人員も送り込んでいる。

 故、ウィリアムズ。正直に真実を告白するか、余の性欲発散奴隷になるか。さぁ、どちらかは選ばせてやろう」

 

「ごめんなさい!!」

 

「やれやれ、最近地球からの神國脱獄者(エグザイル)が多いのは貴様が原因だろう。宇宙移民人(スペシアン)にとって地球の解放が最大の目的故、貴様の行いは太陽系人類にとっても英雄の救世と判断されよう。しかし、神からの人助けは良いが、神性が寄生されておる者も間者として混ざっておったようだな。

 鍵穴の救世主―――……ふふ。大分、評判の良い正義の味方だ。功罪は兎も角な。

 宇宙に居ても脳波汚染で神性に狂う者もおるが、地球の神災テロ犯は神の意志に従い、神の利益になる行いをする。そして、狂気を宿す者を神の使徒として扇動する。

 そやつらが神話生物と手を今は組んでおってなぁ……ハインライン技師が単独で叩き潰した神性邪教、あれに神秘が啓蒙されたのは貴様が原因の一つかもしれん」

 

「お、お、おおお仰る通り……です……」

 

「ジェノサイダーを見ていたのも、本当は自分の罪滅ぼしの協力者が一人でも欲しいからだろう。

 しかし、善意の祈りによる罪科とは。まこと、人の業は未来に進もうと積むばかりよ。だからウィリアムズよ、余もそれを手伝ってやろう。

 救われたい想いと、救いたい祈り。人の、そう言う所を弄ぶ神を余は嫌うのだ」

 

 人格は信心深い善良な少女だが、性根は人が大好き過ぎて邪悪を為す神の巫女。善かれと思うことがそもそも道徳から外れてしまう存在不適合者である。罪悪感を幾ら抱こうが在り方は不変であり、何万光年と言う長い宇宙の旅に耐える精神強度を持ち、それを時空間旅行で短縮する事で鋭角異界の猟犬に常に狙われているのに日常を平気で過ごす異常性。つまるところ、彼女は暗帝の言葉に対し、人に悪い事をしたと考えてはいるが、裡に生じた罪悪感を唯の一つの感情として処理してしまうのだろう。

 そもそも惑星の滅びで知性体が息絶えるなど珍しくもない。自分が人間生まれの巫女だから、地球人類種を特別視しているが、生物が神性の気紛れで絶滅する事に、巫女は余り頓着を長過ぎる時間の中でしなくなっていた。彼女はそれはそれとして、魂を食べる暗帝は悍ましい怖気がする自分以上の"人間(カイブツ)”ではあるとも分かっていた。なので、同類の人間として真っ当な聞く耳を持ってはいた。例外となるのは、とある青年マスターくらいだろう。

 

「あははは! 愉しいわ、楽しいわ!!

 この外なる宇宙に相応しい光景。星の数だけ神々が暗黒の中で狂気を煌めかせ、憐れな知性生物に神秘を輝かせる邪悪な宙の営み。

 私は誰になるのでしょう……?

 あぁ神様、アァカミサマ!!!

 狂える星には、やはり狂える神が相応しいのだわ!」

 

 そんなこんなで魔女と暗帝が計画通りに事を進めた結果、異空から出現する奇怪な触手が神話生物を束縛する光景が展開されている。そして月面上空は肉塊模様に覆われ、巨大な瞳が泡の様に現れ、弾けては消え、また泡の瞳が浮かび上がる。

 そして、召喚魔術で呼び出された山のように巨大な触手を生やす目玉の神は、その肉塊模様の空から伸びる肉蔦を束ねて出来た片腕に捕まり、鷲掴みにされたまま肉空に開いた暗黒虚孔(ブラックホール)に吸い込まれて消えて行った。

 

「毎度毎度、無駄に超スペクタクルで精神が摩耗するわ……―――神死ね。超死ね。死に腐れ、粗製の神性」

 

 月棲獣と狂信者の人間を鎌で纏めて輪切りにしつつ、魔女は死んだ魚よりも腐った溝底の濁りと化した瞳で今回の惨劇を簡単に罵倒した。

 

月棲獣(ムンビ)らがプロダクティアンと化け物を生贄に捧げ、必死に召喚した神があっさり異次元の彼方へと吐き捨てられるか。

 相変わらず、門の巫女は悪辣よ。邪星好きで人間嫌いの学士殿を思い出すものだ……いや、何故かスペース銀河数学者を名乗る天才不審者が大学に在学してはいるのだがな」

 

「あの巨大人型ホシバナモクラみたいな連中を愛嬌のある略称で呼ぶな。そもそも、あの学士ってヤツは信用出来んわ。

 私の研究論文を"雑ですね実に雑ぅぅう!”と、クソムカつく煽りを発表会で入れて来る」

 

 巨大眼球(シアエガ)が限定召喚された門の神に拿捕され、唐突に訪れた月面都市の危機は去った。冒涜的高笑いをする門の巫女の後ろ姿を魔女と暗帝は見つつ、今回もまた何でもない脅威を乗り越えたと実感し、しかしこの宇宙は星の数だけ神性が蠢いていると再認識。それは新たな邪悪の神性が月に攻め入って来たと勘違いしたエンジニアとジェノサイダーが、ほぼ裸の格好になった彼女へと同時に襲い掛かる三十前の出来事である。

 ――人類宇宙開拓(ユニヴァース)史。あるいは、神國顛覆歴。

 それは神々の楽土となった地球奪還を目指す物語。神災に対する人類は生存圏を太陽系全体に広げ、人間自体が文明技術によって止まる事なく生物種としても人工進化する時代。人類が滅びるまではこの宙から脱する気はない魔女(ジャンヌ)暗帝(ネロ)であったが、気が付けば余りに遠い未来にまで辿り着いてしまった。

 人理が無い故、夢見る儘に剪定されずに進む歴史。運命を支配するのは邪星の神性であり、あるいはその支配を脱する因果律を宿す例外的な魂の持ち主だけだった。

 

 

 

■■■<●>■■■

 

 

 

 月面都市中央国立学術機関、ミスカトニック月面神秘専門大学。創設された学部は神秘学部のみ。しかし、学科は凄まじい数があり、今では百種以上に専門化されている。更に在籍する講師も、所属しているのは一つの学科だが、担当する授業は複数の学科を受け持ち、教授陣の研究内容をより専門的に深めて他と差別化する為だけに、恐らくは好きなだけ学科が増えている状態なのだろう。

 むしろ、教授と言う立場は大学内権力が余りに高く、学徒が新しい講師になり、講師が認められて助教授に昇進し、大学長に助教授が教授の資格を与えられる度、敢えて学科が増殖される傾向にあった。

 

「はい、皆。お客さん。他銀河の惑星を探索していた魔術師、アビゲイル・ウィリアムズ講師を呼びました。とっとと拍手しろ」

 

「テキトー過ぎっぞ、ダルク教授!」

 

「―――黙れ、狩るぞ。

 貴方たちが異星文明の魔術的科学力知りたいってーから、下げたくもない頭をウィリアムズに下げて、こうして授業させてんのよ?」

 

「サンクス!!」

 

「感謝の意が不足してるので、貴重な時間を割いてくれたウィリアムズには帰って貰いますかね?」

 

「ジャンヌ先生、素敵! 最強!! 銀河無敵アイドル!!!」

 

「アイドル言った奴、神話生物創造学科に素材提供します。糞共の偶像になんて二度となるか……兎も角、もう黙れ。良いですね、喋るな!」

 

「「「「……」」」」

 

「宜しい。じゃ、ウィリアムズ。講義、頼まぁーね」

 

 唐突に魔女は煙草を吸い始め、教卓から離れる。大学長アルハザードが狂い泣き喚いて門の巫女から智慧を授かろうとしていたのもあり、さり気なく魔女は巫女担当教員にさせられていた。

 

「うん。それでは、始めます。最初は古典的だけど、十億年前に地球へ来た知性体の文明について――……と、考えていましたけど、やめました。刺激が弱いもの。手っ取り早くしたいので、無名の霧について思念波送るわね。

 真実を啓蒙されたいのなら、狂気にまず委ねること。

 そして委ねた上で自己を見失わずにいて、でもまともでいられるは運次第。あなたたちが正気であることを私は追い祈りしましょう」

 

「キター!!」

 

「神、神、カミィ!!」

 

「真実よ、叡智よ、悪夢よ! 我が脳を啓き給えよ!!」

 

「ウィリアムズ大先生、超サイコー!!」

 

「やはり言葉なんてまどろっこしんだぜ!」

 

「脳と脳が脳波で繋がる。実質、アレでしょ! 昂奮致しましてイタしますぅ!!」

 

「全なる鍵の思索を聞ける何て……あぁぁああ、あぁ、あの糞旦那を生贄にして不死身になった甲斐がありましたぁ!!」

 

 例外無く、ハイテンションで発狂する学徒一同。そして、学生に交じって授業を受ける教授、助教授、講師の多さ。彼ら彼女らも神の気配に凄く良いリアクションを行い、ロックスターを前にした音楽信者がドン引きする程の猟奇的熱量を発していた。更にそして、大学長アルハザードさえもさり気なく講義に混ざっていた。

 ―――二十九時間後。脳波交信による講義は終わる。

 授業を受けていた者の殆んどは発狂死し、死傷者が出てしまったが、後に問題なく蘇生されたので無問題。狂い死にしなかった幾名かは宇宙運営の時空間の仕組みをある程度は理解し、自分の研究に取り入れることだろう。

 

「どうも、ありがとう。貴女の御蔭で今回の騒ぎでテンション可笑しくなった奴等、延々哺乳瓶からミルクを与えられ続ける赤ん坊みたいに大人しくなって良かったわ」

 

「お互い様よ。理解者に知識を啓くの、私は別に嫌いじゃないわ。

 ……それで、ネロさんは?」

 

「電脳新作のVR、シルバーキーって言うネトゲしてます。それのPKKに嵌まってるんだとか。

 面白いって言えば面白いわ。現実と同様の電脳空間で、クリエイターが作った好きなファンタジー世界を冒険するってやつ」

 

「それ昔、電脳空間が現実を侵食して問題になったモノよね?」

 

「そうよ」

 

「星人指定版?」

 

「成人指定版ね、成人。倫理規制ない方。言語翻訳の齟齬で遊ばない。まぁ異星人もやってるのいるし、ヤッてるのもいる。

 あらゆるロールプレイが出来るってので、中でも実際に大量のNPCが現実と同じ様に生活しているから、一種の仮想異世界生活とも言える」

 

「人間の欲望に陵辱される為だけに造られたAIの反逆、忘れたの?」

 

「仮想空間の中の、果てしなく、底の無い、理性と言う皮膚が剥ぎ取られた剥き出しの本能と本性と本質。だから、その為のセクシャル・プロダクティアン。予め現実の生身を持たせたAIっこと。

 生フィギュアって聞いたことある……?

 女も男も、脳の作りが遺伝子構造上少しは違う筈なのに、色んな欲が混ざる猟奇性は同じってのは面白可笑しいです」

 

「あるわ。欲深く、冒涜的ね」

 

「けれど、その性文化形態をこの文明の経済は選んだ。これは、それだけの話です」

 

「分かってるわ。私も人間が身売りって文化を楽しめる知性体ってことは、本当に良く、良く、理解してる。でも、魔女さんは一緒にゲームしなさらないのかしら?」

 

「謎のバフ乗せ料理研究家としてアイテム売買し、リアルマネーに換金可能なゲーム通貨で大儲け中。戦闘中にメシ食うのが戦いの礼儀って話よ。

 ついでに、VR内で漫画も描いてるわよ。スペースアマゾネス・ゴッドコムにある筈」

 

 ニューアーカム、郊外。数日で復興した都市は日常を取り戻し、今はもう騒がしく、だが此処は月面の石しか転がる物がない荒野。見上げる空は暗く、宙には地球と太陽と星々が輝いていた。

 再会など数十年ぶり。互いに魔神の企みで生まれた魔女。邪星の魔力によって外宇宙と縁が生まれてしまった二人であるが、この宇宙へ入り込んでしまった迷い人自体は珍しくない。

 

「あなた、今も月の狩人さんのお弟子さんで良いのよね?」

 

「弟子は星見の狩人、オルガマリーよ。しかし、名前が完全なる聖母(Olga Marie)なんて、皮肉過ぎてあの狩人が好みそうな女だわ。

 ……私は精々、学術者が実験動物みたいに愛でるだけの娘らしい」

 

「捻くれ者ばかりね。好きは好き、嫌いは嫌い。もっと皆さん、素直になれば宜しいのに」

 

「お生憎様。素直になれる程、誰にも気を許していないもの」

 

「そう……でも、ほら。魔女さん、宙を見て下さいな。

 こんなにも地球が―――美しいわ。宇宙の神が何でこの星を好むのかが、分かるわね」

 

 地球が輝く夜の星空。共通する話題の神と魔術について話し、他惑星文明について下が噛むほど喋り、そしてとある人物の話に辿り着く。

 

「もう大分前だけど、あいつは貴女をベタ褒めでした。獣の魔神も企みは兎も角、貴女と言う異空の視座を作ったのは素晴しいと」

 

「月の狩人さんにはお世話になりましたし、今もお世話になることもあるの。

 それに、あなたは良い人ですもの。善い人ではないけれどね」

 

「は、何処が?」

 

「人間への執着。言い替えれば、それは興味。命の尊さと、愛の貴さを理解している。

 あなたは人殺しに罪悪感はない癖に、殺人は悪いからなるべくはしたくない。自分は幾ら罪を背負っても気にしない癖に、誰かに自分の罪を背負いさせたくはない」

 

「言い方よ、そんなの。単純、罪を犯すために私は生まれたのだから、そう在るのが望まれたこと。

 ……同時、私は聖女の為にも作られた人形です。

 ジャンヌ・ダルクの尊厳を守るために存在し、彼女が望まないことでも、その魂の尊厳を穢す汚物全てを憎悪の火で報復する。例え、相手が女子供でも、無実で善良な人々でも、一人のためにあらゆる善に敵対する。世界も滅ぼしますし、故郷も殺します。それも、出来る限り残虐に。

 まぁでも、その復讐も終わってしまった。今の私に残ってるのは、罪を犯すだけの死肉人形と言う機能だけですから」

 

「ねえ、隠し事は良くないわ。あなたの魂に、善くないの。

 だって、皆から――愛されてるじゃない?

 カルデアからの記憶の流入現象、本体であるあなたになら有る筈」

 

 カタチは何も変わらない。巫女は何時も通り、子供の姿に似合った可愛らしい笑みを浮かべているのみ。背後に鍵の環が浮いているわけでも、肌色が死人のように青ざめた訳でも、額に神たる鍵穴の瞳が開いた訳でもない。

 ―――狂気、そのもの。

 時空間が歪み捻れ、魂を打ち砕く正気潰し。

 この時空間、即ち宇宙と呼ばれる世界がアビゲイル・ウィリアムズである。これを狂っていると謂わず、他に何と形容出来ようか。

 

「……っ、ァ――貴女、それが本性?」

 

「悪い子なの。何時まで経っても、何万年経っても、好奇心が亡くならない悪い子供。

 でも、それはあなたも同じでしょ?」

 

「元々、頭良くなれって送り込まれましたから。好奇心って最高の暇潰しですし、好奇が悲劇を作ることもある」

 

「そうだわ。だから、あなたは最悪の悪夢を見ることになるの。世界を救う灰を殺す為、カルデアの尖兵として悪を為す。救われたいと願う人間に復讐する機会を得る。

 そして、あなたは灰を妨害する為の狩人でもある。

 灰がその魂を古都の悪夢へ流し落とし、見届けた理由も同じ。

 古い獣狩り……―――魔女さんは、英雄以外の末路を自分に許せないのだから」

 

「……そう」

 

 血によって夢を見る。魔女は嬉しそうに哂い、あの人間と、それに救われようとする人類に、報復を誓った。自分のような邪悪を作ってまで生き延びようと足掻くなら、未来に価値はなく、一人残らず死ぬべきだ。そう彼女は思い、だが反する想いも抱いてしまっている。

 疑念が芽生えた。望まれた在り方と、作られた機能に、魔女は大人しく従がう気はなくなった。

 月の狩人が望んだのは、それ。運命も因果律に縛られず、善悪に頓着せず、自分の意志を全うする一人の人間。復讐をするのなら、欺瞞のない純粋な怒りと恨みによって、憎悪の死で獲物を狩り殺す。その為の好奇心であり、真実を知りたいと願い、その本当を本心から関心を持つ。

 魔女の狩人は―――愉しかった。

 心の底から、偽りのない憎悪を解き放つ好機が来た。

 何れ来る運命を夢見て、その運命を焼き尽くす。魔女は蓄えた憎悪の黒い火で、自分の魂を炙り続けるのだろう。

 

 

 

■■■<●>■■■

 

 

 

 ――――宇宙を秘めた夢見る瞳を持つ狩り装束の男と、吐き気がする程に美の認識を破壊する美貌のドレス姿の女。

 狩人は木製の古めかしい車椅子に座り、長身の麗しい造形美の人形を背後に佇ませる。テーブルを挟んで対する婦人は喪服のような黒いドレスであり、顔以外の全ての肌を隠しておきながら、黄金比としか形容出来ない肉体だと分かり、吐き出す息さえ脳が蕩けるように甘かった。 

 それらの気配こそ、獣性と知性。白痴の人間性と、深淵なる星の神性。眼前の赤子の使徒の血を浴びて殺したい狩猟衝動と、眼前の悪夢の月の赤子を弄んで絶望させたい悪性狂気。

 

「貴公。神たる魔王の赤子の、そのまた子供と言うのも、私が言うのも心外だろうが御苦労だな。あぁ、そもそも貴公に心など無い故、嘲りも慰めも同等の感傷だったか」

 

 対話に熱中し、長話となる二人。紅茶を飲み合い、茶菓子を口に含み、甘い香りが部屋を満たす。

 

「いやー君ね、君。あれは駄目だ。平行世界を一つ消す位は良いよ、別に。私も面白半分で世界とか滅ぼすし、可能性の一つでしかないから消しもする。無論、我ら外なる神の、更なる創造主たる赤子は、夢なりし宙を一つだけ、暗黒の中心で夢見る訳じゃないからさ。枝分かれした悪夢の中の現実は多層構造でありつつ、他世界化による細分化がなされ、多次元構築された観測の識別だけれども、土台が引っ繰り返れば意味はない。

 けれど、けれどねぇ……君、我らの母たる赤子に目覚めを与えた。

 全ての可能性が目を覚まし、魔王と言う現実に帰結するのが必然となってしまう。

 結果、一巡前の宙に生まれたあらゆる神性が滅ぼされ、その余波は小さな歪みを他宇宙に与えた。好奇心を満たす為にする所業じゃないよ、あれ?」

 

「だが、生きているだろう?

 覗いたのは此方側だが、招いたのは其方側。私が貴公らの法則に身を置けば、この宙の秘密を暴くのは仕方が無い末路さ」

 

「そりゃ生きてる。だがその所為で、また何百億年も――――いや、良い。君に時間感覚を問うても無駄だ。何より、作り直すのに君達の宇宙を参考にさせて貰ったからな。

 しかし、世界を滅ぼすような猛毒の癌を作り出す知性とは。いや、所詮は根源の影。宇宙造形も始まりの模倣。我らの本質が赤子の妄想なら、君らは虚無から落ちた無形。その君からすれば、規模など気にせず、夢は夢か」

 

「しかし、それによって人類と言う魂を産んだ宇宙と法則へと、この外なる宇宙が復讐する正当性を貴公らは得た。

 ……何、好きに我らの星と宇宙を愉しみ給えよ。

 如何とでもしてくれて構わん。我らの星で在れば、何度でもやり直しが効く故に」

 

「―――ほざくねぇ……」

 

「気持ちの問題さ。此方の獣が失礼をした御詫びである。悪逆にも厭いた貴公も、世界を守る正義の味方と言うのも一興であろうよ」

 

「その瞳で私を見詰めるな。目が、醒めてしまう……」

 

「互いに無様だな、邪神。まさか外なる宙に住まう者共の抑止として、上位者の私の超次元的思索が利用されるとは。

 それはそれは、私にとって猟奇的に酷い話だ。人の営みの何もかもを全体に還元するなど、もはや人生への愚弄。根源から零れ落ちた人類種と言うのは、冒涜さえも意の儘。赤子の宙にすれば貴公らの営みに何の価値もない様、私の思索も私以外には無価値であるべきと言うのに」

 

「しかし、より冒涜的な仕組みでなければ、我らによって冒涜されるのみ。

 そして、私が求めるのは永遠の安らぎ。永劫の回帰。あの御方の為、あの御方が白痴の無形で在り続ける為、夢であやすのが我が責務。

 御客様、この度の無礼を御許し下され」

 

「それもまた、御互い様だとも。私は干渉せぬよ。なにより、途を繋げたのは此方側の狂気であり、その途の孔を拡げたのも此方の獣性。

 好奇心に、知性は逆らえぬ。

 瞳に覗かれれば、覗き返すのが道理。

 我らのような者、気になれば永遠に無視など不可抗力故、早いか遅いかのどちらかだ」

 

「ひゃっひゃっひはハハハハハハハハはは!!

 確かに、確かに、橋を渡したのはソチラが最初てあった!!!

 あぁ、あぁ、宇宙に何の違いがあろうことか!!

 こうした言語を超越した思考対話も、だが概念による思念交流で知性は知性による限度が生まれるならば、狂気などやはり狂気にしか為らんということ!」

 

「宇宙は素晴らしい。宇宙とは、宇宙で在る故に無限にして起源。しかし、その宙さえも我らの始まりではなく、その起源が生まれた根源的な起点と言うものがあり、その起点が零れ落ちた最初の最初もまたしかり。

 私は学術者である。私は月の狩人である。そして、私は月となった。

 あぁ、無貌のヒトにこう話すのは恥ずかしい。宙を目覚めから護る祈り星である貴公からすれば、私が求める思索の果ての叡智など、取るに足りぬ真実に過ぎんだろう。

 人は夢を決して――諦めない。

 如何程の上位者へ進化しようとも、夢を見る限り私は人間だ」

 

「素晴しいな。外なる神にとっての、外なる上位者じゃないか。お互いの理の外へ意識を置き、お互いの夢の内に入れず、永遠に知性同士が理解し合えない。ならばどうだろう、我らの空想と妄想の宇宙に来てくれないか?

 君がその気になれば、夢と現が自在となる。君が赤子の親となれ。

 きっと神足る私の神様が、無限に広がる暇潰しを愉しく夢見てくれるだろうねぇ」

 

「それは出来ない。お守は趣味でない。貴公らの空には夢の理しかない。目覚めの無い空に、私は惹かれないのさ。故、他の者が其方の住人になることだろう。

 どうか、彼なりし彼女を見守ってくれ。好奇の虜、夢の旅人だ。

 無論、此方の人理を通して来た神性を私は無暗に滅ぼしたりもしない故」

 

「―――分かった。君と言う悪夢に遵おう。

 私が見続ける夢の為、君の夢を輝ける星の一つとして祝福する」

 

「あぁ、感謝する。貴公も愉しみ給え。そう言うのが、止められない趣味だろう?」

 

「丸っこい全なる鍵な私の同胞も、君らの宇宙に誘われたからねぇ……うん、私もまた誘いがあれば乗りましょう。私も、私の夢を続けたいからさ」

 

「美しい夢だよ、貴公は」

 

「……いやぁ、本心で言うから君は悪い人だ」

 

 夢幻の異空。地上の裏側。その何処かの建物の一室。夢の星に浮かぶ月より来た獣の使者が建造した隠し街。

 

「んっんー……ごほん。しかし、君は勤勉だね。学ぼうとすれば学ぶ前に情報が啓けると言うのに、態々そうやって世界の構造の仕組みを啓蒙されようと脳を働かせる」

 

「勉強が好きなのさ。血を得る前の私は知恵遅れの障害児でな、それこそ人間と言う生き物を認識出来なかった」

 

「ふぅん……まぁ、良いよ。私の同胞も考えるって言う知性が必要ない奴も結構いるし」

 

「白痴の方が、創造主たる赤子の心に近いからな。貴公らの神性は」

 

「その仕組みに気が付けば、異邦人である君だろうと思う儘。流石に、そう言う訳にはいかない筈なんだけど」

 

「此処の世の本質は夢である。思う事こそ神秘の根底。現実と認識するこの今は、赤子の脳の中の、宇宙の銀河を構築する超次元暗黒領域であり、察すれば捻じ曲げ易いのも必然だ。

 人の肉体で例えるなら、宇宙とは脳のシプナスであり、銀河とは弾けた電気信号の流れに過ぎず、知性生命体は電気の刺激を受けた脳細胞の働きである。

 あるいは、創造主は優しい魂の持ち主なのだろう。この悪夢の箱庭の中、貴公らの主は全知性体の人生を執筆する作者として、物語の登場人物に運命を自由する猶予を与えた。逆説的に、そも自らの脳髄の神経反応で生じた生命に興味と言うものがない白痴であり、束縛すると言う機能が無い事の証明でもある」

 

 狩人が布で隠した口元で冒涜的に哂い、念じるだけで超次元思索の結果、テーブルの上に味覚を破壊する神秘的甘味を持つドーナッツが具現する。例え、神だろうと余りの美味さに脳が虜となり、魂が堕落する程の冒涜的な美味しさと言う概念を、夢の中の理想像として狩人は容易く作り上げてしまった。

 

「此処は、だから素晴しい。私の宇宙よりも神秘が根源的だ。宙の赤子への思索を悟れば、誰だろうと権能に至れる。

 故―――進化に、価値はない。

 情けない終わりにしか至れない。夢の中で全能であるのは誰もが当然で在り、誰もが次元を超越する」

 

「うま、うまうま。私でもこの味覚破壊はイメージ出来なさそう……はぁ。君さ、あっちに帰ればその力が使えないんだよ?」

 

 脳側へと瞳が裏返る美味しさのドーナッツを頬張りつつ、黒い婦人を邪な笑みを浮かべる。

 

「私には、私の悪夢があるのさ。あの悪夢は我が庭となり、多層化した領域を重ね、果てのない世界となり、此処と同じく広大な宇宙空間が構築されている。しかして、それでもまだまだ悪夢と生命には進化が足りんのだよ。超次元暗黒と同じく、膨大に広げるべき命題だ。

 それに如何にもならない現実が隣にある方が、私の思索にとって喜ばしい。

 目覚めあっての夢。現実の悲劇あっての悪夢にして、確固たる魂から流れてこそ血の遺志」

 

「うーん、そっかそっか。君、我らが主が与える何もかもが自由なる夢の世界、飽きちゃったんだねぇ」

 

「飽き性の化身である貴公に言われるとはな。そこまで不貞腐れた態度が出ていたかな?」

 

「出てるよ、スッゴい出てる。時空間や多次元構造に縛りプレイがあった方が、緊迫研究プレイに没頭出来る趣味ってことでしょう?」

 

「否定はせんが、答え方に困る質問だ。こっちとあっちでは法則が違い過ぎる。解き明かしたい真実が違うだけさ」

 

「全く。私にとっては、全能なる白痴の夢こそが、自在に変幻する現なんだけど。

 君と私、創造主からすればその違いなど分からないし、等しく塵程度。なので夢の中ならさ、同じ立場にあるんだからねぇ?」

 

 狩人は一切の曲解をせず、その神の愛を聞く。彼はそれによって輸血されて狩人になる前の、真っ当な白痴の異常者だった頃を思い返した。

 それは赤子の精神。経験によって成長しない心。止まった儘の価値観。親に愛されず、誰にも理解されず、家族に迫害され、人々に異物として疎まれ、なのに苦痛を実感出来ない歪な魂。

 

「私と貴公は対等ではない。私は上位者なれど、神にはなれん。無論、叡智にも差がある。だが、夢を愉しむ在り方は然程変わらんよ。

 貴公の神性は……―――心地良い。

 理解出来ないその無形の心を啓蒙され、理解出来ない儘に幻視を見た」

 

 愛など無い狩人は、しかし誰かを愛した者の遺志が彼の血となって流れている。愛される事に価値はないが、愛に価値がある事を理解はしていた。

 

「貴公も、同位体が向こうを愉しんではいるのだろう?」

 

「んー……―――サバフェス、エンジョイした」

 

常夏(ワイハ)の導き、善き悪徳だ。彼女は貴公の娘も同然な貌の一つ、もし邂逅すれば便宜を捗ろう」

 

「それは、宜しくぅー」

 

「いや、こちらこそだとも。宇宙を作り出す程の妄想による神性は、現実に支配された我らの星にとって素晴しき刺激となる。

 今後とも、是非に侵食性の狂気を宜しく頼むよ。

 人類史に座へと保管された魂らも、星々の輝きを愉しんで尊ぶ事だろうさ」

 

「ふ、ふふ……――うふふふ」

 

 蔑みと慈しみが混ざる不可思議で美麗な笑み。それを狩人に見せた後、婦人は右手で微笑みを浮かべる口元を隠し、だが笑みを漏らすのを止められない。

 悍ましい事実。狩人の言葉は全て真実であり、婦人を騙す意は皆無。自分の探求に利用する気はあるが、その悪意を隠さず、ある意味で真心を込めて隠し事があることを隠さない。矛盾した正直者であり、その矛盾が狩人の人間性でもある。

 

「―――狩人様。会話中に申し訳御座いません」

 

 長身の人形が腰を曲げ、心地良い小さな声を狩人の耳元で囁く。

 

「あぁ、時間かね」

 

「はい。引き止めますと、御迷惑になりましょう」

 

 懐から出した懐中時計を人形は確認し、既に時間が過ぎている事実を告げる。生きる瞳脳漿を作り物の頭蓋骨に宿す彼女は客である上位存在の予定を把握しており、相手に迷惑を掛ければ狩人にも損になると考え、それを絶妙なタイミングで行った。

 

「そうか。すまなかったな……無貌の神、這い寄る混沌」

 

「ううん、別に良いんだよ。名を亡くした月の狩人君。君と言う宇宙は私にとっても興味深い存在なんだ。既知に満ちた我らの宙にとって、君と言う人間は正しく未知にして、輝ける血の月さ。

 あぁ……―――眠り、か。

 魂のない私を産んだ母たる赤子に眠りを、与えねば……」

 

 薄れる混沌の姿を見て、彼は時間が来たことを察する。

 

「では、さようなら。また機会があれば導きを啓蒙し給え」

 

「うん。さようなら、目覚めの人」

 

 望んだ存在意義に逆らえない。あるいは、逆らう意味がない。魂がない無貌の神は宇宙が生まれてから続けている責務の全うが第一であり、しかしその使命に何の価値も興味も抱かず、なのに続けている究極の矛盾。そして魂が無い故に、そう在り続ける宇宙と言う悪夢を続ける装置で在り続ける。

 白痴の創造主が、そう望んだのではない。無貌の神にとって、創造主が作った宇宙が消えるのが詰まらないだけだ。

 つまらない。つまらない。実に、つまらない。神は怠惰に似た諦観を覚える。この宇宙が玩具のガラクタだと分かっているが、夢から醒めれば永遠を生きる為の暇潰しの手段が失われる。

 

「――――やはり、本体か。

 貌の一つを派遣する程度で私は構わないのだが、あれで中々心配性なヒトだ。偉大なる赤子への、安らかな眠りの与え方を啓蒙したと言うのにな。

 そうは思わないかね、人形(ドール)。未だ幼い私をあやす作り物の聖母(マリア)

 君で在るならば、他人の夢を見守り続ける被造物として生まれ、永遠の繰り返しの中で生きる正しい意味が分かるのだろう?」

 

 夢から醒める様に消えた混沌を狩人は見送る。そして、まるで揺り籠で赤子をあやす様な慈しみに溢れた仕草で車椅子を押し、慈愛と尊重の色をする瞳で狩人を見下ろす人形に、彼は師に教えを乞う学徒に似た声色で問う。あるいは、母親に言葉に宿る概念を知ろうとする好奇心旺盛な子供とも例えられるだろう。

 

「私では、わかりかねます。人間に創られた私では、その人間を作った神の御心など。望まれた儘に、私は私として作られました。

 しかし、私は創造主を愛するように作られました。あの御人も、愛したいのかもしれません。永遠に在るのでしたら、永遠に愛する為に、自分を作った創造主が作るこの暗く冷たい宙もまた愛そうとしている……私には、彼女の言葉から、そんな感情を覚えました。

 感情のない、魂もない……人形の私が感情だなんて……可笑しな話ですが」

 

「君は……―――何時も変わらず、人の心に優しい女性だ」

 

「そう、なのでしょうか……?」

 

「ああ。被造物と造物者、人と獣、人間と人形、上位者と人類種、神と子、夢見るのは等しく同じ故。

 君は、夢から覚めれば動かぬ物体に過ぎん。

 私も、夢から覚めれば考えぬ痴呆の物置だ。

 差異などその程度。存在が異なる概念では在るのは当然だが、その本質は変わらんのさ」

 

「今の私には、狩人様の思索がまだわかりません。申し訳なく、思います」

 

 用の無くなった部屋を出る一人と一体。人形は思考回路で念じるだけで明晰夢の中身を描くように扉を開き、車椅子を押して街へと出る。

 此処は夢幻郷(ドリームランド)と呼ばれる空想の異界。だが人知れず建てられた隠し街であり、密かに建設され、神話生物共が享楽に耽る神に許された失楽園。無貌の神を信奉する月の民の移住先であり、生存圏拡大の為の拠点の一つ。そして今日も今日とて、何時も踊りの平穏が満ち足りる理想郷の一つ。この知性体にとって、人間に例えるならリゾート地なのだろう。まるで観光地のような賑わいだった。

 月棲獣(ムーンビースト)が誘拐された人間を―――拷問する光景。

 ヤーナムのような、生きた人が装飾品として吊るされる悪趣味さ。しかし、現地民にとって良質な嗜好と呼べる素晴しい血の文化。

 

「狩人様……―――」

 

 人形はヤーナムを知る。見た事はないが、歴代の月の香りの狩人達から話を聞き、今代にして最後である月の狩人からも聞いている。

 これが、夢の中の―――狂気。血の宴。

 魔術によって生命力を維持され、命が“活”きた儘に拷問活用する遊び。骨を砕く。血を抜く。熱した鉄棒を当てる。槍で身体に穴を開ける。元から空いている穴へ槍を刺す。鋸で骨肉を断つ。火炙りで長時間放置する。頭蓋骨に穴を開けて脳味噌に針を刺す。人の脳味噌を違う人に喰わせる。自分の肉をその人に食べさせる―――等々、人形が今見ている風景の一部に過ぎない。個体個体が、その個体特有の猟奇的趣味嗜好に従い、冒涜的娯楽に耽る日常風景であった。

 

「―――分かっているさ。

 道徳には道徳で、悪徳には悪徳を」

 

「いえ、私からは何も。冒涜に対し、覚える感情はありません。ですが、良い夢ではない事は、知識として私でも分かります。

 ……何故か、この光景に忌避感を覚えるのです。

 潮の匂いと月が照らす海。遠い昔、夢から出たことなど無い筈ですのに、似たような悪夢を知っている様な気が」

 

「心だよ、君。それ、存分に愉しみ給え。

 気楽に考えることが大切だ。遺志となった後の人生と言う君の物語、好きな機会に開始するのが良い」

 

「――――はい。ありがとうございます、私の狩人様」

 

 狂おしい何か(歓喜)が人形の中身がない筈の脳を満たす。上位者と同色の白い血から使者が湧き出すような、狩人みたいに頭蓋から喀血する発狂を覚え、作り物の眼球から白い涙が流れる。それは涙ではなく、湧き立つような喜びなのだろう。

 ポタリ、と背後の人形から零れ落ちる血滴が狩人に当たった。

 ガチン、と狩人が座り込む車椅子が仕掛けによって変形する。

 回転式重機関銃(ガトリング・ガン)の台座が展開。狩人は車椅子を銃座として躊躇い無く、人肉血祭を愉しむ月棲獣達を肉片へと破壊し始めた。

 その機関銃座式(ガトリング)車椅子を人形は先程と全く同じ仕草で押し、月棲獣達を皆殺しにする狩人の為に街を練り歩く。

 

「あぁ、これが彼らの血の遺志か。大切に、この空想は使わせて貰おう」

 

「嬉しいのですか、狩人様?」

 

「そうだよ。狩りあっての狩人だからさ」

 

「では、私も嬉しいのかもしれません。欲求のない私に自由な夢をくれて……あぁ、あの夢の外側に連れて下さり、感謝します」

 

「君には大変世話になった。そして、世話になり続けている。君は私がいなくても君で在れるが、私は君がいなくては夢を見続けれぬ赤子。

 例え、君が最も愛する者が蛞蝓に過ぎん私ではなく、また愛亡き私以上に君を愛する者がいるのだとしてもね」

 

「私には、わかりかねます……狩人様。ごめんなさい、狩人様」

 

「良いのだ。私は幸せを感じられない欠陥人だが、君が幸せを感じれば……血の遺志で繋がる私も、幸福と言う叡智を啓蒙される」

 

 血吹雪が舞う月棲獣の歓楽街。建て物を貫通する水銀徹甲弾は獣ごと街自体を蜂の巣にし、何もかもを穴だらけに変えてしまう。

 殺戮の渦。弾丸の嵐。水銀の死。

 それは家族や恋人が昼下がりの公園を散歩する、歩くような速さで。

 

「私は、狩人様以外の幸せを知って良いのですか……?」

 

「そうだ。素晴しいのだよ、幸福と言う人間性は。命ある限り、誰もが苦しみの悪夢から解放された夜明けの夢を見る。

 己が意志が、酔い潰れる程にね――――」

 

 

 

―――――<●>―――――

 

 

 

 狩人の夢。月の照らす墓場。水盆の近くに置かれた丸机には、車椅子に座る男と、蒼褪めた白い肌の少女が対面する。そして、男の直ぐ後ろには何故か生きたように動く長身の人形が一体。

 

「―――良い夢は、見られたかね?」

 

「夢は夢よ。此処と同じ。良くても悪くても、現実じゃありません」

 

「では、君にとって善き夢だったかね?」

 

「善い世界だったわ。ヤーナムみたいに、狭く、短く、醜く、穢く、完結した螺旋状の悪夢じゃないもの。そんな悪夢の中で夢を見るって言う矛盾を許すなら、そこまで気にする事もないです」

 

素晴しい哉(ファンタスティック)

 

「どうも、月の狩人」

 

「ならば……君、まだヤーナムに引き籠るのかね?」

 

「質問で返すけど……貴方こそ、まだヤーナムに?」

 

「あぁ、足りぬ故。此処は揺り籠だ。夢を見る場所として相応しい」

 

「だったら同じです。何か、まだ……何か些細な真実を、私はこのヤーナムで見逃している気がする」

 

「やはり素晴しい娘である。しかし我が弟子はそれを得、あのカルデアを死した父親から継いだ」

 

「それ、言うんじゃないわよ。思索を知れって言ったのは貴方なのですからね」

 

「勿論だとも。とは言え、狂い火の星は同次元に至った。ならば、嵐が来る。それは血の嵐であり、魂が呑み込まれる素晴しい悪夢の渦であるだろう。

 君、葦名へ行かねばなるまい。

 その前、真実を探り――得ろ。

 上位者狩りを繰り返し、繰り返し、狩りに気を狂わせ給え。思索を考える才がない君はオルガマリーと違い、その思索を他者から奪い取らねばならない。だが才能など、遺志として融かせば良いだけのこと。生まれ持った素質など、我らに価値は欠片もなく、進化こそ全て。

 だが、答えだけは己が意志の裡に在る。

 瞳により、宇宙となった頭蓋骨の内側を思索し給えよ」

 

「ま、ままま、回りクド!

 そんなことの為、アンタは私を外宇宙に送った訳!?」

 

「あぁ、そうだ。私にとって理解者足り得るオルガマリーが一番の愛弟子ではあるが、手間の掛かる君はどうしようもなく可愛く考える。

 眼前の事実を歪ませる幻視だよ、これは。

 誇りに思えよ。君、実に理想的な馬鹿娘であろう。君を造った者の創造性は月の狩人からしても天才と言わざるを得ない。

 ミコラーシュにその豊かな空想力があれば、内なる瞳が欲しいと言って、内側の脳に瞳が多く生えた腐った上位者もどきを、赤子の報酬に乳母の上位者からメンシス学派へ授かることもなかっただろうに。

 あるいは、それこそ本当に死者の蘇生を人形の再現として可能にしたかもしれん。まぁ、命を喪っただけならまだしも、魂が消失してしまった死人を蘇らすなど夢でしか不可能だろうがな」

 

「そんな酷過ぎる……狩人なんて、汚物めいた蛆虫ばかりです。

 いや本当、私が言えたことじゃないんだけど。とは言え、私が下衆なのと、貴方が畜生なのは無関係なので罵倒させて頂きます」

 

「構わん。真実とは、そう言う類の事柄が多い」

 

 丸机の上にある立体展開型遊戯盤――暇な上位者の思索によって創作された悪夢で流行りの超次元角多層面チェスボードを前にし、魔女と狩人は思念干渉で手に触れず駒を操り、互いが計算する未来の可能性を奪い合う思考遊戯を楽しんでいた。

 並の人間なら、あるいは並の錬金術師であろうと、数分で脳細胞が焼けて廃人になる計算量。

 会話をしながら遊戯盤で遊ぶ二人は、数千年分の尽きぬ話題が無くならない限り、果てしなく遊びながら語り合う気合いで楽しんでいた。

 

「おぉ、中々詰まん展開。これ程の長い長い時間、君は人形と違い、良く逃げる。とは言え、後少しかな」

 

「おい。人形をこんな狂気の遊びに巻き込むな。女心を理解して下さい」

 

「永遠の謎だな。しかし、手に入らない故、素晴らしい真実もこの世にはある。それもまた女心と言うのでは?」

 

「口では勝てませんね、死ね」

 

「傷付いたな。死ねぬ者に死ねとは、良き皮肉だとも」

 

「はいはい……―――で、さっきの狂い火の星って何よ?」

 

「長くなるが説明しよう。始めにまず流れ星の獣、エルデンビースト。即ち、我ら狩人にとっては上位者の獣か。

 神とは器であり、その中身は概念そのもの故、触れ得ぬ幻視となり、その神性とは星に由来する獣性であった。

 ならばエルデンリングとは、獣の血肉が転じた獣性の律たる概念の具現。星の神もまた魂を貪る獣とは、輪廻の環に擬態して生命循環に寄生する悪夢であり、まるで血の遺志を好む我ら狩人が幼年期を経た後の進化した精神的生命種とも言える」

 

「はい……?」

 

「君にとっては未来の話だ。今は理解せず、知れば良い。

 よって、私が瞳で啓蒙されたルーンがリングの破片であれば、元は獣の血肉。エルデンリングに転じたあの獣は、その星の生命と魂を自分の内側で輪廻させ、更なる概念へと肥え続けるのだろう。

 良く出来た仕組みだよ。実質、人々は死ぬことで環となる獣の腹の中へ堕ち、そこで魂を栄養分としてルーンとなって消化され、エルデンリングの排泄物としてまた産み落とされる。輪廻する命の始まりとは、獣の糞である。

 いやはや、合理的な黄金の汚物さ。本来なら、尊ぶべき真っ白な魂を宿す赤子たろうに。その生命の誕生が獣の排泄行為となれば、人間に尊厳などあるのだろうか?

 それを神たる女王が解せれば、祝福と言う仕組みを人類の為に死に物狂いで編み出し、何とか人々を不死の存在にするのは当然の帰結だろうな。

 まこと、人にとっての神なのさ。

 大いなる意志など、魂を貪るだけの獣の元凶であれば、勝てなくとも人間の意志が反抗するのは当然だ」

 

「エルデンリング、なにそれ?」

 

「……何だ、暗帝からは本当に何も聞いてないのか?」

 

「ン、んん……んー――あ、思い出した。

 自分の魂の血と人間や神の血、提供した私の血も混ぜて顔料にして、新しい引き籠り先の故郷になる絵画を描いてる時、何か参考にした世界の運営法則が有るとかで、喋ってたような?

 へぇー、あれって貴方が興味を持つ程の悪夢なの?」

 

「そうだが。まぁ暇潰しの話だ、聞き給え。

 謂わば、狭間の地とは餌場。輪廻の律たる獣の餌として人間の魂が生命を循環させる世界。死なずの祝福は、餌となって排泄物となり、また餌になる人間にとって魂の尊厳に他ならない。

 女王の死を取り除く新たな黄金律は、そもそも本来の黄金樹たる黄金律そのものから人々を、獣のその神性から守る役割も存在していた。大いなる意志も、その永遠に支配が続くと言う素晴らしさに同意したのだろう。

 運命の死の封印。人にとっても、神にとっても、有益なのは間違いではない。獣が死によって血肉と魂の全てを食すことは出来なくなったが、それでも生命が死ねば人のルーンは輪廻へと還元する故、狭間の地はエルデンリングにとって永遠の楽園にもなった。育てた黄金樹を捨て、また宇宙を旅する流星となり、違う土地へ流浪する必要もないからな」

 

「成る程。利害の一致ね」

 

「私は、あの女王の献身を好ましく思う。死の律からの祝福を持つ者が、自らの神性たる宵眼を封じて黄金の器に堕ちたその理由。

 黄金は、眼が眩む。正に、幻視よ。輪廻に必要故に他の神性も宇宙より降りたと言うのに、欠けさせれば獣が機能不全に陥るのが道理。より良き環だと死無き永遠たる黄金を夢見、その永遠の楽土に騙され、辿る未来は女王が求めた獣の死であろう。

 神の手である五本指は、三本が欠落し、棄てられ、意志を伝えるのは二本指のみ。神を殺そうとする者からすれば、砕きやすそうな脆さである。傀儡の器にされようとも、一度の失敗で神狩りを諦める程度の想いならば、最初から神殺しなど望まんだろうに。

 獣の餌となる人々を守る術。それは死の神性を取り除いた黄金の祝福を作り、人々への黄金律とする手段。しかし、獣は貪欲と相場が決まっている。果たして、人間の全てを食せなければ、その獣性は器となった神の人間性を蝕むことだ。

 即ち、神となる人間の魂は有限だ。

 悲劇が重なれば尚の事、軋みを上げ続けよう。

 だからこその還樹の儀、その本質。死のない黄金律を維持するには、足りぬ栄養を補う為に誰かを獣の餌とし、黄金樹に捧げる贄としなくては、エルデンリングのルーンがやがては枯渇する。壊れようともリング自体の消滅は、それと繋がる人間の魂と世界に影響が大きく、避けなければならない。

 故、人から祝福を奪い、その輪廻から外させる褪せ人とは、良く出来た人間がエルデンリングに対する対抗手段と言えよう。

 大いなる意志など、所詮は知恵を持つ獣の成れ果て。アレでは自分に盲目的に従う様に見せらせ、その現状において有益な成果を出す女王の本心には気が付くことは永遠にあるまい」

 

「まぁ、何の話かは意味不明ですが、どうせ未来で有益なのでしょうし、まだ聞きます」

 

「ふむ、素直な良い狩人だ。では続け、話は破砕戦争の原因と、祝福の結論を言おう。

 完全で在るべき環。黄金律たるエルデンリングを砕くには、やはり打ち砕く歪みがいる。環に死の概念がなくば、それをまた戻す必要がある。つまりは運命の死のルーンが刻まれた神の魂を、エルデンリングの循環に還樹し、律に矛盾を生じさせる必要がある。黄金律に固執するとある黄金の半神は還樹の贄となり、その破砕を可能にする環の異物として殺された。女王にとって、恐らくは違う誰かに使う筈だったのだろうがな。

 そしてエルデンリングとは獣であり、その破片を奪い合うとは、獣肉の貪り合いに他ならん。星砕きが停滞の毒素によって、人から獣に退化し、死肉を食らい漁ることになるも、そもそもデミゴットとは獣肉漁りの末路が結末である。

 ルーンなど、そも欺瞞と言うことだ。

 獣を砕き、破片に変え、その肉を食べる神の子ら。眷獣をエルデに送った意志がその有り様を見れば、今のシステムが完全に崩壊したと判断するのが必然だろう」

 

「人は皆、獣でしたよ?」

 

「裏切られ、犯され、殺された遺志を自己とする君にとっては、人間など汚物に等しい獣としか見えんからな。

 兎も角だね……カルデアに、そんな地獄全てを自らのルーンとして貪り着くし、エルデンリングとなった狂い星の褪せ人が訪れた。

 君が、文明より生じた獣性を狩る魔術師……そうだな、我ら狩人から見ても、欺瞞無き獣狩りを為した本当の英雄たるあの狩人……命に希望を見出した藤丸立香を、憎悪の赤子である君が助けて上げ給え」

 

「へぇ、来るのですか?」

 

「君の遺志が抱く思い出。カルデアは死後の楽土。今の君は夢の中で生きる死人ではあるが、君の意志たるサーヴァント分霊個体と繋がる故、半分は外の現実で生きている。

 狂わされてたくはなかろう?

 褪せ人など狂気が人の型を成した混沌の律。個人で完結した輪廻の星環。地球の人類種を汚物と判断すれば星の獣性に従い、人理を己がルーンに作り変えて貪り尽くそう。当然、根源へ魂が還ることはなくなり、全ての魂がエルデンリングを運営する栄養として永遠に消化と排泄を繰り返すことになる。その可能性を悪い夢だったと消去する剪定事象と言う律さえも、素晴しき夢のエルデンリングに取り込まれ、褪せ人の道具に成り果てる。

 私自身は別にそれで困らんが、世界を第一の獣性から折角救い、他の獣性も目覚めてカルデアにどうせ狩られると言うのに、その終わり方は悲劇にも程がある。

 私も是非、救世の贄でありながら、贄たる己が運命にさえ逆らい、それを弾丸にして神を狩る藤丸立香様には御延命して頂きたいのです

 彼は、素晴しい人間です。

 彼は、理想的な獣性狩りの狩人です。

 彼は、世界を獣から救う夢を抱ける英雄です。

 他の何者が、彼を英雄ではない普通の人と思うとも、私にとって事実こそ真実だ。この瞳で観測した事象こそ真理だ。

 何より彼の立場を思えば、カルデアスと戦わなければならない未来は酷い未来だ。君に私が伝えられない程、あるいは無意識的に君やオルガマリーが真実から目を背ける程、酷な運命が定められている。

 私も、生きたいと思えば良かったのだろうか……?

 思索せずにはいられぬのだよ。あぁ、やはり人は意志によって運命を選べるのだろうか、と」

 

「……貴方も、行けば良いじゃない?」

 

「もう行った。そして、役目は終えてある。

 だから見届けたいのさ、一人の人間だった上位者として。いや、人間の上位者としてな」

 

「貴方みたいなイカれた学術者が夢見る場所じゃないわ。カルデアは良い所ではあるけど、上位者が思索に耽る揺り籠ではないですから」

 

「只々、世界の為に戦う。唯単に、未来を求めて足掻く。神秘への思索なく、血の酔いも覚えず、意志の導きの儘、善いことをしたくなることもある……さておき、それは悪手だね。

 ――うむ、チェックメイト。私の勝ちだね。

 君から得る勝利、とても有意義な達成感である」

 

「はいはい。また今度、付き合って上げます」

 

「有難う。良き子を教え子に出来、私はとても幸運だ」

 

「あっそ。はぁ……あぁーあ、疲れた。狩人の夢の中は時間が曖昧で、どのくらい遊んでいたのか分かりません」

 

「二週間は過ぎていないぞ」

 

「嘘、そんなに」

 

「そうだよ。後三時間粘れば、三週間目に突入していたが」

 

「上位者の脳の思考回路、まだまだ扱い切れませんね。月の狩人である名も無き貴方からの輸血液だったと言うにね」

 

「―――ケレブルム」

 

 その時、魔女は悍ましいと言う概念にも収まらない程の、醜悪で、冒涜で、猟奇で、なのに星団の夜空を見上げた時に感じた神秘を超越する感動を得た。

 その銘は、脳の意。宇宙が頭蓋骨の内で無限に広がる人間にこそ、相応しい。脳を進化させた狩人にとって、自分の本性である概念そのもと言えた。

 

「月の狩人、ケレブルム。

 新しい出逢いを得たヤーナムにて、私は名を与えられた」

 

「ふぅん……上位者風のネーミングセンスね。メルゴーやエーブリエタースと同じラテン語。

 なに、医療教会の治験狂いか、メンシス学派の研究狂いか。あるいは、ビルゲンワースの蕩けた学術者からでも貰ったの?」

 

「我が愛弟子、オルガマリーとの縁によって彼は導かれたのだろう。私は望まれる儘、上位者として崇拝してきた学術者に瞳を啓蒙してな。その報酬として、遺志に銘を頂いたのさ。

 彼の名を私は永遠に忘れまい。

 星を夢見た迷い子―――ヴォーダイム。

 人間性の昇華を目指す世界は我ら古都の学術者にとっても、思索の一つとして答えを瞳へ導くことだろう」

 








 思考の紐。三本目の三本目。臍の緒。生物として完成した知性が、自分の赤ん坊に何を求めるのか、不思議です。
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