血液由来の所長   作:サイトー

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 幕間兼ローマ編のエピローグの終わりです。


啓蒙75:ネームレスエコーズ<④>

 ―――楔の神殿(ネクサス)。崩壊した悪魔の祭壇。

 杖を持つ黒衣の女と、近未来的な機械装甲(アーマー)を着込む少女が二人。

 

「そうですか。あなたはカルデアと言う組織の所長をしていたのですね」

 

「継いだだけですが。オルガマリー所長は死に、ドクターも死に、ゴルドルフ新所長も死んでしまいました。私のマスターも、私が弱かったから死にました。皆、皆、殺されて死んでしまいました。

 だからと、私が諦めてしまえば、死んだ皆が無駄死になってしまいます。

 私以外に皆の遺志を継ぐ者はおりません。何より私は他の誰だろうとカルデアの呪いと祈りを、継がせる気はありませんでした」

 

「旅する御方……話して頂き、ありがとうございます」

 

「私の方こそ、楔である貴女の話はとても参考になりました。獣をまどろわせ、眠りを与える悪魔の神秘……多分、一番私に必要な叡智でしょう。

 殺せられないのなら、封じるのが一番。

 生きていようとも、永遠に眠らせて仕舞えば良い」

 

「それなら、良かったです。ですが、何時か必ず……あなたを解き放つ者が現れることです」

 

 黒衣の女は本来なら両眼を蝋で封じていたが、右眼部分だけ封印が融け、その目で優しい視線を相手に向ける。

 

「それは問題ありません。もう私は救われまして……だから、これ以上の救いは要りません。一生分、貰いました」

 

「……旅する御方。盾騎士のキリエライト。それは、余りにも惨い未来です」

 

「はい。その惨さが、この罪悪感を薄めさせる唯一の酩酊なのです。何より貴女にこそ、運命がまた巡り合わさることを祈っています」

 

 何処か遠くの、もう二度と会うことのない誰か。夢の中と言うよりも、眠りの中で思い返す古い記憶の旅。彼女は自分が目覚めるのを実感し、周りが白けて自分と言う認識が強まるのが分かり、脳が現実を受け入れ始めた。

 

「――――……」

 

「おや、おや、おや。目覚めか、それが目覚めであるか。この目覚め、何とも素晴しい目覚めじゃあないか。

 アッシュ・ワンから頂いた遺伝子マップを改竄する毎日だったと言うのに、こうしてオリジナル・キリエライトの生身が手に入るとは……あぁ、やはり素晴しき世界だ。

 研究は無駄にならなかった。愉しい徒労だったが、有意な犠牲となることが出来た。

 どうだろうか、悪夢の治験……肉体の変貌なき夢の苗床。選ばれし落とし仔の君にしか出来ない治験だよ、これは。何より、私は血を与えるだけで行うのは経過観測だけ等と……ッ―――ふっふふふふふふふ!」

 

 医療教会(ヒーリングチャーチ)葦名支部運営者、教区長ローレンス。患者拘束用治験椅子に座る彼女は、背後から聞こえるその冒涜的学術者の呼び声で目が醒めた。

 囚われの身になった過去を思い返そうとするも、脳に針が刺さっている所為で思考が鈍る。更にどうやらピンセットで脳の一部を生きたまま摘み取られたのだと把握する。視界が千色に歪み、脳組織へ直接的に薬物の類を注射され、あるいはソースを掛ける様に薬液を降り注がれたのだとも分かった。

 グリグリ、と針で脳が刺激されてシナプスが反応する。だと言うのに、彼女は声を洩らさなかった。既に肉体を意志が完全に支配している為、本能を超えた神経反応レベルでの制御が可能。

 

「……―――」

 

「あぁ、分かっている。分かっているとも、オリジン・シールダー。拷問になど私は興味はない。ただ、そうただそれだけの事なのだよ。

 ―――心臓を、摘出したいだけなのだ。

 ―――脳髄を、採取したいだけなのだ。

 けれど、安心して欲しい。全て悪い夢になる……此処は現実だが、青ざめた君の血肉は夢に過ぎん。死は夢幻であり、現実の方が夢へ反転し、なのに夢は夢の儘なのだから」

 

 オリジナルである不死の肉を、教会施設で作った複製品の肉体へと移植する治験。心臓を取って心臓を縫い合わせ、脳を抜き取ってパズルのピースのように脳を入れ込む作業。これの繰り返しで得られた成果から、この実験に以上の進展がないことも教区長は分かっていた。

 しかし、偶発的に得られる啓蒙がある可能性は零に収束していない。失敗が成功を実らせる苗床になることは、聖歌隊の研究成果が証明している。

 

「素晴しい肉体だ。この血は、悍ましい程の狂い果てた強靭さだ。あぁ全く、君を捕えるなど私には不可能であり、しかして葦名は七騎のサーヴァント化した簒奪者と、一匹の宝具化した簒奪者と、百の簒奪者が存在している。

 袋叩きにされてしまえば、核の熱波を防ぐ君の防御力も限界が来よう。優れた相手を殺すには数の暴力に頼るのが一番簡単だ。

 だから、混ぜられる。混ぜ、混ぜ、混ぜて、これもあれもとあらゆる血の穢れを混ぜられる。まるで君の肉体は輸血液のパックだね」

 

 彼女が思い出すのは、雷槍の戦神、聖剣の狩人、黒い流血鴉。そして、その身に太陽を宿しながら、自分自身の魂が太陽を飲み乾す程の孔を穿たれた簒奪者の群れ。一人一人が、そもそも世界の存続を可能とする救世主か、あるいは世界を丸ごと滅ぼす破壊者であるならば、彼女は一対一の決闘であろうと勝ち目は皆無だった。そうなのに、そんな連中が興味本位で十人以上は集まり、一方的に敗北した。

 とは言え、実質的には戦神の簒奪者一人に負けたようなもの。

 戦神に勝った所で他の簒奪者との戦いは避けられず、逃げ延びる目論見は全くなかったのだが、戦闘自体は一騎討ちであり、彼女は力尽くで魂を突き砕かれてしまったのだった。

 

「……………狩人の、治験ですか。

 成る程。そんな様だから、実験棟を作るまでして、自分の獣性を克服することも出来なかったのでしょうね」

 

「おや、脳にメスとピンが入っているのに喋る元気があるとは。全く以って素晴しい生命だ、キリエライト」

 

 啓かれた知識。それを得る為、物理的に開かれた頭脳。頭蓋骨を言葉通り、その骨を蓋みたいに切り外し、教区長は意志が宿る生体機関を視認する。

 脳細胞の働きを見る為、通常の検体は麻酔無しで意識の有る状態で観測し、今の彼女も同様だ。この状態になれば本来、呻き、鳴き、喘ぎ、叫ぶのだが精神状態は不断の不変。今の盾騎士に物理的損傷で動作と意識が阻害されることはなく、憎しみや恨みを教区長に向ける感情の矛さえも存在しない。

 

「貴方が言ったことでしょう。私は、私で在る限り私と言う夢。そう言うカタチの獣で在り、そう在れば良い夢なんです。

 他の血が入ったところで、脳が自浄作用の喀血を行うだけです。血を惜しむから、虫に脳を制御される様に陥るのです」

 

「成る程。青ざめた血の忌み子、星見の狩人が作った史上最強の最高傑作は、冷血の赤子でも有るようだ。

 ならば後で是非、貴女に見て欲しい――――此処の区画に住む実験体の患者、その全てが貴女の遺伝子から作られた貴女の複製品。他区画の実験棟で捕えられた葦名市民の劣等患者共とは、比べ物にならない成果を出す優秀な汚物と呼べることだ。

 言うなれば、貴女の娘たちとも呼べましょう。

 そして、アゴニスト異常症候群の発祥原理も此処で生まれ落ちてしまった。

 私も私自身を実験体にしては失敗し、私のクローンも実験素体にしてみましたが……やはり、貴女の遺伝子は比較にならぬ程に素晴しかった。

 この葦名にて、貴女の血が民衆の救いなのさ。

 ソウルをデーモンに吸われ、白痴の亡者になるのを止める予防の輸血を、全ての葦名市民が感謝していることでしょう。あのヤーナムで医療教会が崇めらたようにね」

 

「―――……そうですか。

 では、必ずこの特異点を滅ぼします。私が、此処を殺します。カルデアの悍ましき宿業こそ、この葦名を助けるのですから」

 

 輸血液とは、生きる意志を活性化させる血の力。患者と同様の治験用拘束椅子に彼女は縛り付けられ、輸血装置と血管を繋ぎ合わされおり、常に輸血液が体内に流し込まれている状態を維持されている。そして、過剰に溜まった体内の血液もまた常に採血されている状態であり、彼女の体内を血の坩堝として使用することで、混じり合う青ざめた血を作り上げるライン造血装置を教区長は作り上げた。

 狩人の体質を悪用した死なずの永続的回復機関。半永久的な輸血液製造生体機械。

 それは医療教会の実験棟を運営していた教区長の悪夢的発想だった。キリエライトはこの治験椅子によって、生きる血の触媒として素材として消耗させられていた。

 とは言え今はもう、実験は毎日に行われている訳ではない。簒奪者憑依用の素体はクローンが使われ、オリジナルの彼女はより良いコピーを作る為の上質な触媒として利用されるのが主目的。ローレンス教区長による私的治験は数十分で終わり、後は何時も通りに椅子に放置されている。

 だが今日は違った。治験椅子に座る盾騎士と実験道具一式だけが置かれた隔離監禁個室を扉を、治験が終わった後で開く音がする。此処は秘儀で封じられており、教区長以外の教会関係者は入れない筈だと言うのに、その侵入者は何でも無いように盾騎士へ話し掛けた。

 

「あのケモノでカリフラワー……略してケモフラワー教区長さん、本気で悪趣味な……ッ―――ふぅ、盾騎士のキリエライトさん……ですよね。大丈夫?」

 

「―――……誰、ですか?」

 

 そして気が付けば、盾騎士の眼前には金髪の女性。少女とは呼べないが、大人にも見えず、そのどちらにも見える程度の年齢。十代半ばか、後半か、二十歳を迎えているか、どうも判断が付かない曖昧さ。しかし、それ以上に印象的なのは神父服を着こなして似合っている点だろう。

 神父服の女は盾騎士を胡乱気な目付きで見ていた。

 腐乱死体を見る特殊清掃員にも似た胆の据わる目。

 凄惨な殺され方をされた筈の死体が喋る異常事態。

 死んでいないのは理解していたが、神父服の女は敢えてこの姿でいる盾騎士を悍ましいモノだとも理解し、視線を逸らしたくなるのを我慢して話し掛けた。

 

「うわぁその頭が……あの、開いてるまま喋っても、大丈夫?」

 

「別に、平気です……んー、ん。はい、治しました」

 

 瞬間、盾騎士は姿が戻る。まるで夢のような、映像が逆再生するような、気味が悪い程の治癒能力。椅子は拘束器具に過ぎず、常に流し込まれる特殊神経毒で肉体が動かないだけで、肉体の再生は容易い状態だ。尤も彼女からすれば、死ねない故にこの場から逃れられないので不都合極まりない延命処置。死にさえすれば夢となって帰還出来る。だからアイデアに富む教区長はその冒涜的発想力から、狩人専用延命拘束治験装置としてこの椅子を作り上げたのだろう。

 四肢をベルトで締め、首元を枷で固め、胴体を縛り付ける。指先の自由もなく、股を開脚されて腰を動かす余裕もない。腕と脚には薬品と血液を通す点滴が刺され、自由なのは顔だけだろう。とは言え、魔術回路は勿論のこと思考回路も神秘と不接触にされている為、言葉の自由があっても呪文一つ唱えられず、太源への干渉も完全に不可能。服装も患者用の白服であり、魔力と肉体の動きを封じる神秘が刻まれた拘束具でもあった。

 

「自己意識が強烈だね。凄い再現力。

 うん……そうだね、眷属に脳味噌をチュウチュウと吸い取られても平然と動けるのが私たち狩人だから、不可思議じゃないんだけど」

 

「それで……貴女は誰ですか?」

 

「……ごめん。自己紹介、遅れたわ。ちょっと此処の様子が強烈で。

 名前はユビだよ。指の狩人、ユビ。盾騎士さん、助けに来ました。でも、単身で一気に葦名市内に攻め入ったのは、ちょっと頭が聖剣ゴリ押し三倍太陽さんだと思う。

 脳筋だよ、脳筋。瞳が脳を筋肉啓蒙した変態マッチョメンのゴリラさん。医療教会の力isパワーな獣狩りさんだ……墓石で殴って、車輪を叩き付けて、大砲を撃つのと変わらないと思う」

 

 狩人は盾騎士を助ける為、獣狩りの斧を超精密な動作で振い、拘束具だけを的確に破壊する。だがまだ身体は動かない彼女を持ち上げ、監禁室の扉を鍵開け技能で静かに開けていたのでそのまま出て、実験棟を通り抜ける。

 

「どうも、ありがとうございます。指さんでしたか?」

 

「どういたしまして。指のユビよ……まぁ、呼び方なんて何でも良いのだけど」

 

「神父服……でも、女性ですか。カトリックは聖職者の男装を許しませんので……成る程、コスプレ女と言う訳ですね」

 

「嫌だわ。これ、お父さんからの遺品の狩り装束なの。夢でなら直ぐ戻せるから、ちょっと私風に改造してるけど」

 

 足音も無く、静かに進む。狩人は無音を心掛けている様でいて、しかし周りに声が聞こえるのも気にせず平気で喋っている。理由は簡単で狩人(ユビ)は魔術によって空気の流れを遮断しており、消臭ついてに空気振動もしないので会話が漏れる事もない。光学迷彩機能も発動中。忍び足なのは葦名流武術修得の為の鍛錬であった。

 指は此処まで来るのに見て来た光栄を再度見る。盾騎士も同じく様々な治験を受ける際に、見せ付けられた惨劇をまた見学される破目になる。

 此処の実験棟区画は、キリエライト素体の生産と実験が主。生産工程は実に工場的な光景であり、ソウルと血液が混ざった液体で満ちた人間大のカプセル内部で肉片から培養されている。

 そして天上から吊るされる素体。ベットに縛られる素体。椅子に縛られている素体。優れた肉体で在る為、他区画の実験体のように肉体の大幅な変貌は起きていないが、眷属化や獣化の現象が少しばかり起きている者はいる。あるいは注入された魂造りの材質にデモンズソウルが使われており、デーモン化も同時に進んでいる個体もいる。しかし一から製造する素体であり、キリエライトシリーズは均一化された身体・精神・霊魂であるため、素材の違いで実験結果が異なる事がなく、実験手段の差異を正しく比較出来る治験区画となっていた。

 無論、解剖された後の標本もある。様々な上位者の血で眷属化が進んだキリエライトのホルマリン漬けや、牢屋の中で拘束される生きた眷属化キリエライトの牢獄回廊もあり、獣化したのも同様。デモンズソウルの影響で細胞変化も起きる個体も多く、血の影響も混ざった奇形異形の患者になる者もいる。

 

「気持ち、悪くなる……だから、いけないの。ビルゲン大学出のヤーナム野郎は、余計なことして上位者の怒りにふれ、災厄ばかり呼び込んで駄目なのよ。

 お父さん、言ってたわ。ヤーナムの高学歴は病気揃いだって。自称インテリは行動力がない無能が多いけど、本物のインテリは損得以前に好奇心と探求欲に忠実な善悪気にしない有能だから、社会を駄目にする病原になるかもしれない自覚がないって」

 

「世間を変えて今より良くしようとする愛が、今の社会を壊す悪なのは良く見て来ましたが……はぁ、私が一杯。尊厳が破壊されます。

 是非、この葦名は滅ぼさないといけませんね。赤目、駄目絶対」

 

「メンタル、強いね。私だったら衝動的に焼き払っちゃうかも」

 

「慣れです」

 

 実験棟地下最深部のキリエライト素体研究区画を抜けた先、そこは医療教会の市民入院施設としても利用される元葦名大学病院病棟群であり、現葦名医療教会からは実験棟とも称された。デモンズソウルに冒された精神汚染患者に対する教会の血液実験場であり、葦名市民を実験素材にする冒涜的治験施設。

 教区長(ローレンス)の思索こそ悪夢の苗床だった。人間に対する瞳と血の思索実験は無論、ヤーナムの医療教会同様に人間の生物兵器化も行っている。学術者が思う儘、実験を繰り返す研究現場は阿鼻叫喚の悲鳴と血飛沫が上がり、事故で学術者が実験動物に喰い殺される事も珍しくなく、発狂によって自分自身が実験素材になることも多くある。

 そして、太陽に焦げた暗い魂の血。

 古い獣により祝福された悪魔の魂。

 生まれから作り上げるキリエライト素材と違い、葦名市民の魂はこの特異点によって徐々に獣の霧へ適応した生命。人間を反応させる神域の触媒が多く教区長の手元へ集まり、何より外聞を余り取り繕うことなく、大雑把に研究を進められる特異点と言う思索実験に富み過ぎる世界。

 

「―――私がこんな世界に生まれた意味、知りたくない……」

 

「思索を好む上位者に並ぶ知能みたいですが、貴女の心はまだ子供みたいですからね。ユビさん、何かお悩みがあれば相談して下さい。助けて貰った御礼をしたいので」

 

「また会えたら、そうしてみるね」

 

 思考の瞳を持つ指と盾騎士は、その全てを見るだけで啓蒙された。

 臓腑化した患者が集合する巨大内臓獣。天井が銀河空間となった個室の持ち主である青い軟体人間。人の認識を狂わせる半幻影人。血液が燃える発狂妊婦。汚物を生み出し続ける蝿集りの巨人。人間を病ます汚濁を作る沼男。人型の竜となった岩石の巨人。寄生虫を体内に住ませる人獣。蕩けた腐肉が融合した巨大スライム人間。蜘蛛と竜と犬を合わせた燃える炎人。雷電と大嵐を身に纏う人型神秘獣。五体に兵器を組み合わせた多数の仕掛狩人。異次元空間を頭部にする鐘の髑髏の軍勢。脳味噌が巨大化した発狂の魔眼を持つ女。触媒となる血液を生む為の生体造血人間。

 実験成果は、ヤーナムの比ではない。教区長は繰り返す程に成果が出る葦名の研究環境の素晴しさの余り、百を超える発狂を乗り越え、既に正気と狂気が融け合わさった。

 

「助けは此処までで良いかな。手っ取り早く、貴女を殺して還しちゃえば良かったかもしれないけど……それはアッシュ・ワンさんに止められたの。

 何でも、キリエライトさんにはマイカーがあるから、それも返して上げなさいって」

 

「あの灰が、貴女を私の助けに……―――はぁ、嫌な予感しかしません。

 計画に取り込まれるのは癪ですが、私も私で目的があるので仕方がありませんか。それと、車に関しては感謝します。死に戻りで葦名街から脱出するのは簡単ですが、教会に没収されたボーダーを取り戻す手間を考えると、一緒に脱出した方が良いですから」

 

「だよね。逃げるだけならそっちの方が助かると思って……斧で貴女の首、直ぐに斬ろうと考えたら、一瞬で釘刺されたもの」

 

「あの女、狡賢さに比例して親切な行いをする時、本当に気が効くのも苛立ちます」

 

 何時か、全てを焼き払わなければならない実験棟を抜け、盾騎士は狩人(ユビ)に背負わせられたまま無事に医療教会兵器研究棟へ移動した。そこには盾騎士が愛用するボーダーなる装甲車が格納され、今も葦名のテクノロジー化する為に研究されているらしいのを指は聞いていた。

 格納庫へ到着し―――研究員十五名。その者らが、これより指が殺すべき味方。

 秘薬を呑んだ上で更に気配殺しを行い、狩人は鏖の狩りを即座実行。盾騎士を優しく壁に預けた後、斧を振って頭を無音でカチ割り、首を撥ね飛ばし、投げナイフで脳を貫き、散弾銃の銃把(グリップ)で頭部を殴り弾き、痛みで悲鳴が上がらない即死箇所を狙って狩り殺し続ける。時間にして五秒も掛らず、指は全員を仕留め切った。

 

「良いのですか。この人たちを、殺して?」

 

「うん。殺さなきゃ、貴女が困るでしょう?

 それに監視カメラの類は電子回路に脳波で干渉出来るから殺害記録は残らないし、この空間の記憶からも夢から干渉して塗り潰せるから、魔術や過去視の魔眼でも見抜けないと思う。多分、そうだと思う……今回が初めてやるから、確実かは分からないけど」

 

「不安です」

 

「安心して。計算上は平気だから」

 

「失敗フラグって言うの、知ってますか?」

 

「知ってる。葦名で、漫画とかアニメも見てるから……で、どう?

 身体は動くようになったかしら。毒抜きはしてあるし、中和薬も注射したから、そろそろ良い雰囲気になってる筈なのだけど?」

 

「ボーダーの運転程度ならもう大丈夫です」

 

「良かった。じゃあ、もうさようならね。奪われてた装備もここの近くの保管庫にあったもの。

 それとアッシュ・ワンさんからの伝言だけど、まずはアームズフォートの破壊を先決した方が良いですねぇ……ふふふふふって言って嗤ってたよ」

 

「相変わらず、この盾で踏み躙りたくなる人ですね。けれど、そうした方が良いのでしょう。それが出来る程の仲間を集めてからではないと、葦名殲滅は不可能みたいです」

 

「抑止に召喚された英霊さんが頑張りましたので、後は残り一つだけみたいだよ。確か……あぁ、んーなんだっけね……そうそうグレートウォールだったっけ?

 万里の長城を移動要塞にしようとか言う狂気、男の浪漫だってお父さんは好きそうだけど」

 

「成る程。魔女さんと暗帝さんがいるみたいなので、ちょっと移動要塞破壊計画に誘ってみます」

 

「うん。応援してるよ、盾騎士(シールダー)さん」

 

「ありがとうございます。では、またの時までさようなら」

 

 装甲車(ボーダー)に乗った盾騎士は運転席から操り、屋根から無反動戦車砲を展開し、砲門発射。格納庫のシャッターを粉砕し、更に今度は榴弾砲を展開してグレネードを撃ち放ち、残骸ごと木端微塵に消し飛ばす。盾騎士はボーダーで煙りが上がるシャッター跡に突き進み、そのまま医療教会研究施設からの脱獄に成功したのであった。

 直後、アラート音が鳴り上がる。葦名街中に緊急警報が響いてしまう。

 医療教会の人体兵器(ハンター)が出撃し、火薬庫式戦闘用自動二輪車(ローリングモーターバイク)に乗った追撃部隊が盾騎士の追跡を開始した。

 

「あら、ふふふふ。ありがとうございました。ユビさん、貴女は確かな仕事をする良き狩人さんです。

 報酬に最初の火で黒焦げた暗い魂の血を輸血しませんか。きっと月の狂気にさえ永劫に狂えなかった狂人の眷属でしたら、美味しいと思って頂けると思いますよ」

 

 どうか逃げ切って欲しいと神ではなく、盾騎士自身の魂に祈る指の背後から、優しく甘い声が掛った。聞く者の脳を蕩けさせる偶像の囁きであり、神の啓示と錯覚させる聖職者の聖句でもある。

 しかし、その女の本性を知っていれば、何の感情も乗っていない軽薄とすら呼べない感謝の念だとも理解出来た。

 

「要らない……と、言いたいけど頂くわ。私、この血をもっと強くしないといけないもの」

 

「はい。では、どうぞ。約束の報酬に追加しておきましょう」

 

 手渡された輸血液を身体に刺すのでなく、指は口を開けて喉へと直接的に呑み込んだ。偉大なる上位者の血液以上の潤いであり、葦名に浮かぶ太陽の熱力が遺志となって身体へ流れ込む実感を得た。

 眷属で在りながら、不死の狩人たる高次元人間。思索の為の叡智に逆らえない自身の浅ましさに涙が流れるのを堪え、だが嗚咽が漏れるのは防げない。快楽以上の快楽が苦痛となって脳を焼き、思考の瞳が新たな神秘を得て血を新生させる歓喜に震え、指の狩人は思考の紐に幻視する指先が震えるのを止められない。

 

「う、うぅ……う、うっうっう”ぅう”う”ぅう……ちくしょう……ちくしょう、わたしは、わたしは……―――」

 

「嘆く事はありません。狩人なのですから、えぇ……本来、狩人の源流とは学び舎の学術者が叡智を得る為の手段が形となった業ですので、その歓喜こそ本来の愉しみ方でしょう。

 それを得て、異形化した獣にも眷属にも落ちない貴女は素晴しい狩人ではないですか?」

 

「うるさい。黙れ。人間め、この人間め……」

 

「はい。私が人間です。人を殺し、神を壊し、律を壊し、世を治す、そこらで生まれる唯の人間です。

 だからこそ、人の血は美味しいのでしょう。人間にとってもね、人血は素晴しい啓蒙なのでしょう。

 キリエライトさんも、ユビさんも、私と同じ人間なので気にする必要は皆無です。人間だからこそ、人間をこの世で最も愉しめる資格があるのですからねぇ……ふふ、ふふっふふふふふふふ」

 

 小さな狩人を背後から肩を抱き、耳元で人間性を囁く。擬似的な啓蒙が脳内で起き、魂が啓かれる宇宙的快楽を味わった。

 そんな指に灰は微笑む。人助けは、助ける側も愉しむべきだ。灰の信条であり、愉しめない相手を助ける価値はない。とは言え、無駄な徒労を疎む心などない為、暇潰しの面倒事として無価値な人間も意味もなく助けるのも灰である。その点、指の狩人は価値のある人間だった。それだけの事で灰は興味を魂から湧かす理由になる。

 

「さぁ、世界(ニンゲン)を知りましょう。ユビさん、貴女はケレブレムから預かった大事な家族です。

 キリエライトさんと言う英雄にして聖者を地獄から救い上げると言う、その余りにも貴い人助けを通じ、どうかこの道徳心に基づく歓びを知って頂きたいのです。

 英雄が、英雄と呼ばれる狩人が何故、民衆の為と言う欺瞞を信じてしまったのか……魂を蕩けさせる甘い自己犠牲精神と、人を助けると言う太古からの社会性を喜ぶ人間(ケモノ)の遺伝子に刻まれた本能的快楽をね」

 

 史学と考古学、そして生物学的視点からも人間を観測する灰にとって、集団性を好む社会的動物として備わる人間の脳機能も研究対象に過ぎない。群を運営する際、善性とは生物の繁栄としての利点である。だが、魂の視点を持つ彼女はそれだけでない事も知っている。

 ―――人間性(ヒューマニティ)とは、それ以前のナニカ。

 指の狩人に宿るソレを見たい。見続けていたい。月の狩人が葦名へ送った贈与物、どうか大事に完成させてヤーナムの悪夢へ還して上げたい。

 

「―――うん。私は、指の狩人だから」

 

「えぇ……なので、甘えて下さい。好奇心が枯れる程に、ですよ?」

 

 これは月の狩人が葦名へ来た少し後の出来事。灰にとって計算外だった盾騎士の失態を助け、それを預かった少女の成長の為に利用した話である。

 

 

 

●●●●<◎>●●●●

 

 

 

 日本国政府機関の一つ、葦名幕府。

 日本国内統合政府機関、官僚内府。

 嘗ては国際情勢に合わせて日本国も議会制を取り入れたが国際社会が消滅した大崩壊以降、内閣府はなくなり、日本政府は幕府と内府で運営されている。尤も、今はそれさえも形骸化した終末期。政治形態に意味など一欠片もなく、行政サービスをする相手となる国民が存在しない状態。

 全ての元凶―――古い獣。この一匹によって世界は狂った。

 星が霧に覆われ、人間の肉体が溶けて魂が漂い、霧のデーモンが徘徊する異界常識。

 日本国外を問わず各地にて、伝承と神話がデーモンとなって具現する異常事態。神話の神や魔物、そして英雄として信仰される死者が人々を殺戮し、魂をソウルに変換して貪り尽くす阿鼻叫喚。

 しかし、その地獄を克服する救世主が現れた。あるいは、救世が可能が力と因果律を持つ為、その役割を当て嵌められただけの只の人間。抑止とは相容れない異物でありながら、人理にとって善なる獣狩りをする外道。

 嘗ての俗称の灰の人(アッシェン・ワン)を改め、人名でアッシュ・ワンを名乗る灰は、他世界の自分を大量に召喚。火の簒奪者となった灰を呼び込み、数多の世界に存在する最初の火を蒐集し、葦名を中心とする日本国だけに火の封を施す事に成功。

 日本だけは獣の濃霧から守られ、しかしそもそもの発生源が葦名の地下神殿に存在する矛盾。

 幕府征夷大将軍、葦名一心はアッシュ・ワンと契約を結び、伝承を具現したデーモンが蔓延るだけの被害に、何とか日本国の現状を維持する事に成功した。

 

「貴公、まだ準備は終わらぬか?」

 

「気が早い悪魔さんですねぇ……ふふ。もう少し、犠牲者が欲しい所です」

 

「そうか。では、確実な準備を頼むぞ」

 

「ええ、それはもう。古い獣など人理にとって百害あって一利無しです。しかしながら、我ら灰にとっては利しか存在しない有益な神にして魔、同時に獣でもある理、そして人を人間足らしめる魂の化身でありましょう。

 安心して下さい。必ず、殺します。良い薪になりましょう。

 人理に、黄金の時代が訪れることです。貴方や私が贄として捧げた人々も、きっと無意味な死ではないと理解して頂ければ、根源の渦の向こう側にある星幽界で御喜びなることでしょう。

 尤も生まれ故郷に還った人間の魂に、幸福を喜び、不幸を嘆く感情の自由など存在しませんがね。

 死した時、魂が意味消失するのは必然。不死である我らにとって死は無価値である故、それに価値が生じないと言う意味を理解可能であり、死を知っても解することが出来ない者にとっては価値がある故、その意味を理解出来ないと言う矛盾に陥ります」

 

「無駄な哲学だよ、それ。我ら不死にこそ、哲学は無価値だ」

 

「尤もですね。しかし私達は永遠故、長く生きる為、思考実験は手放せない大事な暇潰しになります。哲学程、心地良い徒労はそうそう無いのも事実でしょう?」

 

「死を尊ぶならば、冥界や地獄にでも逝けば良い。貴公であれば好きなだけ、神も悪魔も貪り愉しめることだ」

 

「残念ながら、そこの者共も死にました。あの世と言う異界にも寿命があり、最期で以って死んでしまいました。

 本当、残念でしたね。私に死の概念がない訳ではなく、生命も死ねます故、ただただ魂が死ねず、無へと還れないだけですので。

 だからこそ、此処の世の人々は幸福です。死ねば根源と言う異界に還る原理を、魂が生まれながらに持っているのですからね。そして、全ての魂が平等に無へと融け、一つの渦となって星幽界で永遠を孤独なく存在し続ける権利を持っています。

 羨ましい限りです。私も是非、死んでこの孤独から解放されたいものですね」

 

「―――ハ、軽蔑する。やはり悍ましい女だぞ、貴公。

 その感情は確かにあるのだろうが、僅かばかりの本心に過ぎん。それも感傷から程遠い学者視点の下衆な好奇心だろうが」

 

「いやぁ……うふふふ、手厳しいです。勿論、貴方の言う通り、本心で嘘ではないのですよ。死ねない呪われ人の成り立て頃は、本当に死にたいって想ってはいたんですよ?

 何故、どうして、疑念ばかりでした。

 とは言え、それも人のソウルを食べた後は、その衝撃で自身の不幸に無関心になってしまいましたが。そんなどうしようもない事を気にするのなら、変える必要がそもそもない過去に頓着せず、進める時に進められるだけ全速前進するのが強い人間性と言うものです。

 それがいけませんでしたね。そもそも自分自身が、死後のあの世と呼べる人型の地獄になろうとは」

 

「それもまた、ソウルの業だ。人間、魂が強いばかりでは弱さによる幸福も忘れてしまう故」

 

「ですね。大切にするべき健常な弱さに価値を覚えられなくなるとは、自分の事ながら酷い欠陥人格です。

 所詮、灰が持つのは闇より生じた人間性。神の欺瞞によって与えられた火の封がなければ、我ら不死は人肌の温かさを実感出来ない暗黒の澱なのでしょう。

 闇の生温かさは分かると言うのに、結局……人にとって、真実が幸福になるのでしょうか?

 神による火の時代で得られた幻の、命に甘い偽りの生の方が……―――まぁ、私は嫌いですが。

 ならば私の闇が手に入れた神々の愛する太陽、即ち闇の生命を神の夢幻へ転じた日の輝き……その神の時代から奪い取った火で以って、人の魂を欺く全てを焼き尽くしましょう。

 それが人の為の善であろうとも、人の魂に幸福を与えるのだとしても、誰かが描く夢の世界など人間が持つ人間性が許さない。そんな夢に生きた所で、己が魂に価値が生まれる訳がないのですからね」

 

「否定はせんぞ。人は、自分で選んだ戦場で戦い続けるべきだ。生きるとは、そう在る事を意味している」

 

「正しく、それが現実に生きる価値です。私もそう在ろうと努力はしております故、えぇ……自分から逃げるのだけは嫌なのです。

 尤も、相手を挑発する為の敵前逃亡は大好きなのですがね。姿を隠しながら大弓で狙撃し、こそこそ逃げ隠れ、相手の隙を狙ってまた狙い撃つ。不死殺しにおける最高の愉しみ方の一つでありましょう」

 

「糞だぞ、貴公。何処までも追い駆け、殺したくなる衝動を覚える怨敵だ」

 

「はい。その為に鍛えた逃げ足ですので。何より、糞な敵が投げる糞団子ほど道理に合う悪意もありません故に」

 

 日本国首都、葦名都葦名市。其処の山中にて世界遺産に認定された観光名所、葦名城。既に政府機関は街の中心部に移っていたが、神秘の中心部が此処であるのは戦国時代を終わらせた現代の葦名時代まで変わらない事実。しかし、世界崩壊後の今において政府機関は機能しておらず、既に征夷大将軍にして最高府長である葦名一心は、嘗ての居城である葦名城に戻っていた。

 その城より離れた寺にて、悪魔殺しの悪魔と簒奪者の灰は湯呑みを片手に世間話に興じていた。

 二人が見上げた空は文明崩壊によって地上に電灯が消えている為、満月と星々が輝く満点の夜空。しかし、夜出と言うのに浮かんでいるのは暗黒の太陽、日蝕の火。陰月にして、陰の太陽。空と言う一面絵柄(テクスチャ)は完全に狂い、夜と昼が交互に一日の内に回るも、太陽だけは位置を一切変えずに浮かび続けている狂気的異常状態。

 

「はぁ、囲炉裏は良いですねぇ……日本文化、私はとても好きですよ」

 

「夜空が見える屋根のない寺の中で文化を語るなど、貴公は皮肉が強くていけない女だぞ」

 

「まぁまぁ、気にせずに。後ですね、私は温泉も好きなのですよ。私のソウルで、今はそう言う人格に設定しています。愉しむと言う機能は失っていますが、なければ他者の魂と共に奪った精神も消化すれば良いだけですから。

 これは実質、私も文化的健常者と呼べるのではないでしょうか?」

 

「呼べぬな。健常者が、日本伝承の英霊を模したデーモンをペットとして飼育はせん」

 

「金太郎のデーモンのことですか。まぁまぁ、良いじゃないですか。抑止力として召喚された本人の前で、幼い少女の腑を犬喰いしていた自分のデーモンを見る事になってしまい、人理を救うべく抑止力として召喚された坂田さんには悪いことをしたと反省はしていますよ。

 しかし、えぇ……残念ながら、抑止力と私は協力関係にありますからね。

 本来なら召喚されたサーヴァントの皆さんは、私のこの事業に協力することが使命だと自覚している筈ですのに、何故か一人も灰たる私と協力しようとはしませんでした。

 英霊としての義務感、サーヴァントとしての使命感、そんな召喚された存在意義にさえ逆らい、人理に反逆するとは頂けませんねぇ………ふふふふ」

 

「だろうよ。貴公の悪辣さ、反吐が出よう。悪魔以下の吐瀉物の糞反吐に落ちてまで、人類を救いたいと思う人間がいるものか。

 と言うより、貴公に協力することが人理救済に繋がるなど、誰もが信じたくはなかったことだろう」

 

「はい。ですので、抑止力には感謝しております。私は彼らの技巧から学びを得ました。私を殺そうとする敵は多ければ多い程、素晴しいのです。

 酷い勘違いを正す必要など、況して味方にする意味もありませんでした。その人間性に価値はあると私も認めてはいるのですけどね。

 本来、そも抑止力として召喚されるサーヴァントは、この特異点を消滅させようとする者達に向けられる兵器なのです。ですから、カルデア狩りの為なのに、いやはやサーヴァントの皆さんは我が儘が好き過ぎませんかね。これでは己が魂を絶対の指針とする私の同類です」

 

「ハァ……―――貴公の所為か、溜め息が癖になりそうだぞ」

 

「癖は良いですよ。自分特有の仕草を持てば、自己認識の機会が増えますからね。時間ばかりは贅沢に浪費する我ら不死にとって、何となく茫然と忘我する暇が少なくなりますから」

 

「あぁ言えば、こう……ハァ、口では勝てんな。あぁ、また溜め息が出てしまったぞ」

 

「人理の世に生きる大昔の哲学者と、昔は友人関係にあった時期がありました。彼らの屁理屈の巧さは私の比ではありませんよ?」

 

「成る程。歴史の札付きだな」

 

「そこは折紙付きと言って欲しいものです……ふふふ。ですが、日本の諺に馴染む程、貴方も葦名に親しみましたか」

 

「忍びの業、剣士の業。我が業と良く馴染ませた故ぞ」

 

「そうですか。でしたらどうです、キリエライトシリーズの素体にデーモンのソウルを移してみては?

 私が召喚した火の簒奪者が肉体を持たない霊体故の弊害を解消する為、マリスビリーとの契約で得たカルデアの技術によって、霊体と良く馴染む人肉生成が好きに作れますから」

 

「簒奪者の中には、その素体を娯楽品として使う者もいるようだが?」

 

「仕方有りません。造り方と使い方、教えない方が協力者に不義理でしょう。召喚した簒奪者に、その手の変態趣味を持つ異常者がいる……―――いえ、嘗ての人間だった頃の人間性を私の神秘によって再誕させた事で、異常者として自己の再認識を得た者がいるのは仕方がないことです。

 欲得など簒奪者は既に枯らせていますが、生者としての欲求を甦らせる事もまた、私が皆さんに与える報酬の一部分です故」

 

「それは久方ぶりの食事の美味さに対し、感動の余り涙を流す自由な人間性とかかね?」

 

「はい。感情の得方を授けました。キリエライト素体と言う肉器がソウルに合っての外法ですがねぇ……ふふふふふ。

 皆さんには是非、葦名での人生を愉しんで貰いたいのですよ。

 まぁそれはそれとして、簒奪者の魂からすれば、感情を持つ人格と言うのが玩具の娯楽品にしかなりませんので」

 

「それこそ、貴公の嫌う欺瞞だろうに」

 

「愛と希望、それらが素晴しいと人間性は証明しなくてはなりません。闇の内より湧く我らの思いも、火の温かさに刺激を受けて変容しますからね。なので私はね、私個人が欺瞞を好きに嫌っているだけでして、その嫌悪を人に強制する事もまた欺瞞だと考えます。

 偽りの甘い命、甘い業……悪いと断じますが、そう断じるのは私だけで良いのです。

 何より寿命と言う甘い死を持つ命を奪い、それをソウルに偽装して魂を偽っていた女です。

 故に欺瞞とは、何も知らぬ者に人生を強制する行いです。分かりながら尚、そう在ると決めたのでしたら、私は偽物も本物になるべきだと思います。

 だから、えぇ……嘗て大王より火を継いだ不死も、きっと甘い命を人に与える神の欺瞞を良しとし、故にそれを己が真実にした英雄だったのでしょう。

 それを灰として、私は永遠に否定をしたくはないのです。

 偽物と分かった上で自身の思いとするならば、それもまた己がソウルとなりましょう」

 

「それとこれと、あの凶行は別だと思うがな」

 

「でしたら、貴方が殺せば良いでしょう。火の簒奪者、その一人や二人、屠れない悪魔殺しではないですよね?」

 

「殺せば霊体は元の時空に戻るが……貴公、簒奪者のソウルを太陽と繋げていよう。さすれば、殺した所でそのソウルが別のキリエライト素体を器として蘇生するだけの話だ。

 そも、素体に人の魂は宿っておらん。マシュ・キリエライトの魂を模したソウルの造形物だ。

 ソウルの形こそあの少女のモノだが、その材料に使われているのは我が古い獣の霧に過ぎん」

 

「はい。所詮、人造のデモンズソウルですからねぇ……ふっふふふふふ。

 そこに特異点で集めた悪性情報と私の火で焦げた暗い魂の血を使い、簒奪者の霊体に相応しい器を作り出しただけの複製遺伝子体です。

 貴方が解放したところで魂喰らいのデーモンになるだけのことです。

 とは言え、貴方や私にとってソレこそが人間、人の本性。他人の魂を貪る魂だけが、永遠を生きられるのですから」

 

「あぁ……もう、試したぞ」

 

「へぇ……では、貴方と言うソウルの御馳走に耐えられましたか?」

 

「否。しかし、それで助けた命を殺すのは無責任故、我がデモンズソウルを馳走した。結果は貴公の予想通りだよ」

 

「分かっていますよ。当たり前な事ですが、召喚した簒奪者の中にも、逆に貴方のような人もいましたからね」

 

「貴公、それで良く自由気儘な簒奪者共を纏められるな。

 奴等は私や貴公の同類。善悪に頓着がなく、損得も気にせず、生死にさえ関心はない。魂が赴く儘、自分の為だけに生きる者だぞ」

 

「業によって説得しました。とは言え、元より殺戮を本能的に魂から愉しむのが灰です。契約した相手が自分に利があり、且つ愉しい戦場を与えてくれるとなれば、私も含めて灰など御気楽な連中が多いのですよ。況して、簒奪者となって残り火の時代を続ける永遠の繰り返しさえも愉しんでいる灰ともなれば、その内に健常な道理など既にありません。永遠を厭いたまともな灰は、とっととソウルを始まりの闇に還していることでしょうしね。

 大切なのは、永遠を忘れて没頭出来る暇潰しです。

 私の召喚に応じる事が出来た簒奪者とは、気が遠くなる長い年月で殺戮を極め続け、永遠の中で灰同士の殺し合いを飽きずに延々と繰り返し続けるような、本当にどうしようもなく、魂を終わらせることが出来なかった灰が正体となります」

 

「その本質が私や貴公と同じ物か。ならば、仕方が無い」

 

「えぇ、その通りです。信念に反する気に入らないことを許せない何て灰は、もう全員が消えて無くなっています。それは信念がないのではなく、多くの魂を継いだ所為で信念を多く持ち過ぎ、矛盾に葛藤する心も消えてなくなり、人間性の器の底が抜けてしまった為の弊害でしょう。

 気に入らないなんて感情が消え失せても、それでもまだ許せなかった過去の何を正す為、価値のない戦いを続けている灰だけが此処に到達してしまいます」

 

「共感出来るぞ。とは言え、同情と言うその感情もまた、他者の精神を栄養素にした魂の働きに過ぎんがな。

 キリエライトシリーズを大量生産する貴公は気に入らんし、どうにかしてもみたが……確かに、その犠牲が無ければ古い獣は狩れぬ。

 儘ならぬ事だが、同時に比較するまでもなく是非もない事実。

 何処かの誰かを無作為に犠牲とするのではなく、最初から犠牲となる命を自分達が作って消耗する。あの時代の繁栄に至った人理を救う手段としては、悍ましいまでに相応しい合理性だとも」

 

「それもまた、私が人類種から直接的に現地で学んだ人間性です。

 何も知らず、何かを知る術もない無垢な命。それを自分の都合で冒涜する行い……これこそ最も私が嫌悪する欺瞞です。

 しかし……えぇ、それ故でもあります。

 だからと、全人類の魂を見殺しにするのは性に合いませんからね。

 私が勝手に犠牲にし、勝手に皆さんが救われると良いのです。報酬はカルデアの人々がこの特異点に訪れ、好き勝手に私へとこれから与えてくれることでしょう」

 

「誰にも感謝はされんぞ?」

 

「要りませんよ、既にソウルを頂いていますから。貴方もそれは同様でしょう?」

 

「確かにな。悪魔殺しに対価は不要だな。むしろ、悪魔殺すと言う行為が私にとっての報酬だ。

 貴公にとっても目的にした結果など関心はなく、その過程で起こる面倒事が報酬になる訳ぞ」

 

「その通りです。自分の使命は自分で選びました。手段も、目的も、全て自分の選択です。他者は何一つ関係はありません。

 なので、貴方も思う儘に行動して下さい。

 終わりの結果は既に出ていますので、今はその工程を存分に御愉しみ下さいね」

 

「分かっているぞ。貴公こそ、ソウルを励み給えよ。失敗は別にして構わんからな。駄目なら駄目でまた繰り返せば良い。

 期待しなくとも好機が無限に訪れるのが、我ら不死が持つ数少ない利点であろう」

 

「ふふふ。えぇ勿論、最初の一回目で成功するとは思いませんよ。準備を万全した上で出てしまう問題点の洗い出しが、トライ&エラーの繰り返しには大切でしょう……おや?」

 

「来たようだな、アッシェン・ワン」

 

「そうですね、デーモンスレイヤー」

 

 その瞬間、葦名に蔓延るデーモンの一匹が具現した。あるいは、それが出現するからこそ二人は此処で待っていたのかもしれない。

 所謂、敵対侵入者出現時の待伏せ行為―――俗称、出待ち。

 霧が指向性を持って形を作り、伝承と英霊の情報に基づく人々の信仰心が作用し、魂喰らいの英霊(デーモン)が現れた。

 名を―――蘆屋道満。平安時代の陰陽師にして法師。

 抑止側のサーヴァントではないデーモンとしての具現体だったが、むしろ神秘性はサーヴァントを超え、座に存在する本体以上にもなる個体だろう。生きる神を再現する古い獣によるソウルの業は、利用する術師が制御さえ出来れば決戦魔術・英霊召喚をも再現する高次元の権能であり、このデーモン具現化現象は古い獣の法則に覆われた世界においてただの自然現象に過ぎない。

 そのデーモンの胴体を悪魔は肉切り包丁で真っ二つにし、上空に上がった上半身に付く頭部をソウルの光で消し炭に変えた。そして灰が唱えた混沌の嵐が地面から吹き上がり、デーモンの残った肢体を焼き尽くしてソウルに霧散させた。

 

「やれやれですねぇ……これでまた、デーモン被害を抑えることが出来ました。民間人が今以上に死に過ぎ、ソウルを吸われ、頭が馬鹿になって亡者化するのも愚かしいですから。

 我がローレンスの教会による輸血液で蘇りの副作用は無くせますが、魂にも限界がありましょう」

 

「そうかね……不死でもなく、悪魔でもなく、狩人でもなく、その混血である人間としか形容出来ぬ何者か。

 潔く、自我消失した亡者になった方が、その魂にとって幸せではないか?」

 

「魂はそうかもしれませんが、そのソウルに宿る人間性が抗うのでしたら、私は助けて上げたいと考えます。

 とは言え、同胞の簒奪者と暇潰しに殺し合い、魂を貪り合うのも善き日課ですが、こちらもまた治安維持に大切なこと。巡り巡って、デーモンによる吸魂で精神崩壊する人も減りましょう」

 

「霧の濃度が高い場所を特定して出現地点を算出後、そこに待伏せ。デーモンを具現と共に葬送し、そのソウルが持つ神秘を自分達の技術に還元する。確かに抑止として召喚されたサーヴァントを獣の霧はデーモン化可能な情報として記録し、そのデーモンを自然出現させる現象が葦名では起きているが、それをこうも利用するとはな。

 幾度目かの蛮行ではあるが、全く……考え付く事が悪辣だな、貴公。しかし、その利益を得てる私が言えた事でもなし。英霊のサーヴァントを一度殺しても、そのソウルを吟味し尽くせる訳も無い故、同じ魂を再利用して業を導き出すのは便利ではあるぞ」

 

「観測したとある異聞世界で行われた悲劇を参考に致しました。リスポーンキル、略してリスキルと言う人理の文化です。

 とは言え、私も元の世界では似たような事をしていましたがね。侵入する空間の歪みを予め見付けて置き、そこに待伏せして出現した闇霊を狩り殺し、それから安全に探索するのも手段ではありますから」

 

「成る程。畜生が考え付くのは、どの世界も同じ事か。人殺しを愉しみつつ、ソウルを奪おうと侵入した他世界にて、私もそれで殺された事がある」

 

「面白い屑が一杯ですよねぇ……ふふふ。私も同じ殺され方を味わった事が幾度もあります。

 しかし、このソウルは蘆屋道満のデーモンですか。サーヴァント体を殺してから、このデーモンも葦名にて幾度か殺していますが、まだまだ執拗に現れます」

 

「こいつは好きだぞ。不必要なまでの万能性に富む神秘を持ち、殺す程に陰陽道の新しい術式が啓蒙されるからな」

 

「うーん……―――簒奪者に、良いソウルで売れそうですね。

 あるいは、これを対価にして仕事を任せるのも良いかもしれません。折角のデモンズソウル、他のソウルに上書きして複製しておきましょうかね」

 

「英霊も死ねばソウル、我らにとっては通貨に等しいか」

 

「今の葦名はソウルのエーテル通貨制度にしていますからね。むしろ、現金に何の価値がありましょうか。

 まぁ目的は達しましたので……さて、私の散歩と世間話に付き合って下さり、ありがとうございました。貴方の暇潰しになれたのでしたら、実に幸いですよ」

 

「構わんよ。容易く神殺しを可能とし、且つ魂殺しを基本的な異界常識とするソウルの業に比較すれば、確かに対魂神秘性は圧倒的に劣るのだろうが、利便性と万能性は私の"魔法”よりも扱い易い。

 やはり、デーモン化したキャスターのソウルは非常に美味だ。

 この葦名、学びが溢れておる。叡智を腐らせるのは、業の探求者としての冒涜だぞ」

 

「キャスターの魔術以外の、ソウル錬成による宝具コレクションも増えましたしね」

 

「あぁ、有り難いものだったぞ。貴公より啓かれたソウル錬成の技術は、私の業に新たな神秘を齎した。デモンズソウルを武器に鍛える業は会得していたが、デモンズソウルで作った我が錬成炉により、更なるソウルの加工技術を得る事が出来た」

 

「―――ん?」

 

「ほう―――」

 

 そして、その出現は余りにも唐突だった。デーモンの具現化現象の兆候は一切なく、サーヴァント召喚の気配も全く無かった。とは言え、灰と悪魔の二人は世界の歪みに対して鋭過ぎる知覚を有する。気配が無いと言う程度では意味もなく、実際にこの世から存在しない領域でなければ意味がない。

 つまるところ、魂を持っている時点で二人の感覚網は騙せない。時空間を渡って具現したその者は、だが気付かれてしまう事など分かっていた。自分がそもそも相手と同じ知覚を有している為、そんな小手先の神秘など無意味であると。

 

「―――やぁ、諸君。久方ぶりだね。

 私も君らの隠し事から漂う甘い薫りに惹かれてしまった。まるで腐臭を好む蟲になった気分だよ」

 

 車椅子に座る狩り装束の男と、その車椅子の取っ手を握る美しい造形をした人形。

 

「何だ貴公か、月の狩人」

 

「あらあら、御久し振りですね。貴方の愛弟子であるオルガマリーには私、大変御世話になりました。そして竜の魔女の事、今も面倒を見て頂き感謝しています」

 

「気にするな、灰の君。そして悪魔殺しの悪魔、あるいは上位者の悪魔、この度は古い獣狩りの成就を祝福に来たのさ。

 そして、この世を謳歌する啓蒙活動家として、上位者狩りの悪魔に対し、悪夢を古い獣より守って頂き感謝するとも」

 

「確かに私は貴公が住まう悪夢にて、上位者を殺してソウルを貪った。故、狩人の上位者から見れば上位者擬きの悪魔になると言えるかな」

 

「しかし、君は夢に生きる者ではない故、我らの血を得たとしても悪魔の上位者にはなれない。それがとても残念だと考えているのだよ、君が瞳を不要する悪魔であることがね。

 その所為か上位者(グレート・ワン)悪魔(デーモン)の区別が付かぬ無知蒙昧な神秘学者から、君は上位者名でダイモンと呼ばれているよ。とは言え何時も何時も、ラテン語好きなビルゲンワースの学術者は的確な名を啓蒙されるものだ」

 

「ダイモン……―――ふむ。その名、確か悪霊や英霊の意だな。

 私が嘗て滅ぼした世界において、そこの魔術師にも名付けられた名でもある」

 

「デーモンの語源でもありますよ。成る程、その名は貴方にこそ相応しいかもしれませんね。それに折角あの古都の学術者が考えた名ですし、人名の一つして使ってみてはどうですかね」

 

「人としての名か……良い機会だ。この魂がデモンズソウルの味を覚えた後、生みの親から授かった名も失くしていた。

 悪魔殺し、ダイモン。

 名無しで在り続ける事に拘りは元より無い故、それで構わんか」

 

「君、あっさりした悪魔だね。では今より、ダイモンと呼んでも構わないのかね?」

 

「あぁ、良いぞ。貴公が私に与えた名、覚えている限りは使わせて頂こう」

 

「感謝するよ、ダイモン。学術者に傾向する私の知人も、君に名を与えられたのを知れば、蕩けた脳を茹で上げて喜んでいることさ」

 

「良く言う狩人だよ、貴公。

 悪夢となった貴公からすれば、夢見るその頭蓋内に登場する人間の遺志に過ぎんだろうに」

 

「そうだよ。ヤーナムの時を止める一夜の悪夢と、上位者となった私の脳が夢見る悪夢は融け合わさった。君が獣を眠らせる淡い霧の夢であるようにね。

 簡単に言えば、私が――ヤーナムだ。

 私は月の狩人、ケレブルムとなった。

 とある魔術師に君と同じく、その在り方に相応しい名前を与えられた。

 あぁ、脳の宇宙に光り輝く銀河同士が繋がるのだよ。あの魔術師の脳より啓かれた惑星直列の業、星々がシナプスとなる私の素晴しい魔術回路さ」

 

「あれは便利だ。貴公より、私も素晴しい魔術回路の使い方を学べたぞ。真似た原理、拡散する獣の霧を魔術回路と仮定し、消失する世界を私は魔術回路として利用可能となった。

 その後、我がソウルそのものを回路する事も可能になった。

 数多の滅ぼした世界は我が内にあり、数多の世界が我が魔術回路となって力となる」

 

「確かに、素晴しい理ですよねぇ……ふふふ。暗い魂に穿った闇の孔と、其処へ簒奪した最初の火。人理の世で手に入れたこの肉体に開発した魔術回路ではなく、火に焦げる我がダークソウルこそ魔術回路とする究極の業でした。

 まさかの正解がヴォーダイムさんでしたよね……あぁ全く、因果は廻り回るものです。

 レフさんに爆殺された皆さんでしたが、それによって彼の神秘を学んだ狩人により、更に磨かれた業が私のソウルへ流れ込む事になりました」

 

 灰は、運命を尊んだ。本来、もしヴォーダイムの神秘を得るには殺してソウルを貪るしかないが、裏切りを働く前のカルデア生活を行う彼女の人間性は真っ当にも程が有り、嘗てのようにソウルを殺し回る正常な火の無い灰の儘ではいられなかった。昔の灰であれば、魔術王ソロモンが人間に擬態していたロマニ・アーキマンを即座に殺し、その魔術の業を全て魂に奪い取っていたが、マリスビリーに勧誘された灰は誰に対しても渇望の対象にしなかった。特殊な魂を持つ誰かを、自分のソウルにしようと誰も殺さなかった。

 だが、結局―――こうなった。

 他世界より火の簒奪者が大量召喚され、灰たちが身に隠す最初の火もまた同じ数だけ葦名に呼ばれ、その全てが繋がった。

 即ち、太陽直列した葦名の日。そして、それこそが暗い魂たちの火。

 月の狩人(ケレブルム)は上位者と言う視座から見ても異常極まる灰の思索に恐怖し、同時に歓喜し、脳液が悦びで溢れ出るのを我慢する事が不可能だった。

 

「灰の君、アッシュ・ワン。貴女に捧げる私だけの獣狩りの業だよ。

 我が友、我が生徒、ヴォーダイム君も星幽界に記録された全ての魂を脅威から守る為に自分の業が使われるのであれば、事後報告だろうととても喜んでくれることさ。

 そもそも魂が世の外から流れ落ちる律が、根源の内側から砕かれれば、人理も運命もこの宇宙に存在し得ない故にね」

 

「心にもない事を、感情を込めて話すのが貴公の悪い癖だ。

 古い獣によって崩壊しようとも、貴公は貴公のヤーナムで思索を続けるだけであろう?」

 

「勿論だ。私は私で完結しているからね。尤も、君もその筈だが?」

 

「人間性の、その残り滓だよ。でなければ、貴公らヤーナムの学術者が私に付けた名を使う等と言う思い付き、そんな気紛れを起こす為の心そのものが私には存在しない事となる。

 そうだろう。月の狩人、ケレブルム?

 与えられた名によって概念由来の神秘性を得るのが、魔術王によって魔術が生み出されたこの人理の世だ。ダイモンの意、この世界の理で鍛える我が魔術によって良き概念へと育ててみよう」

 

「素晴しい。君は私の思索を直ぐ見破る。その上、悪夢に秘匿する新しい名も暴かれた。とは言え、君の言う通り、私もケレブルムの意味を大切にしたいのさ。

 アッシュ・ワン、それは君も同じなのだろう?

 でなかれば、裏切りを機に名を改める事もなかった筈さ。アン・ディール」

 

「まぁ、そうですけどね。今までは失った名の代わり、誰かの名を借りていましたが、古い獣を薪にするので少し気合と言うものを心無いこの魂に湧かせてみようと考えました。何より暗い魂に孔を穿とうと、最初の火を得ようと、魂を進化させ続けようと、どの世界で生きようとも、灰の人(アッシェン・ワン)で在る事に意味がありました。

 ですので、アッシュ・ワンと私は名乗ります。

 火を宿そうと、人間性を尊ぼうと、やはりただの燃え殻(アッシュ)でしかないのでしょうね」

 

「気合かね。君には似合わないと思うが」

 

「自負のある物凄い得意技なのですがね。私は基本的に脳筋体質でして、集中力は気合で鍛えるものだと思っています。中でも全身全霊の気合で行う魂からの"我慢”を鍛え続け、嘗てとは次元が違う強さになりました。維持可能な時間も幾倍にも伸ばせます。

 脳天にグレートソードを叩き落とされても平気ですし、貴方が撃つ大砲も素手で受け止めて見せましょう」

 

「便利故、殺した簒奪者のソウルから私も体得したぞ」

 

「へぇ~……確かに。その我慢で加速歩行し、一方的に車輪で轢殺するのも一興か。

 私も悪夢にて鍛えてみるとしよう。すまないと思うがアッシュ、其処らで現世を謳歌する簒奪者を殺せる領域に進化するまで、私もこの葦名で狩猟を鍛えても良いかね」

 

「良いですよ。あいつらも業と力には底無しに貪欲ですので、月の狩人である貴方の業を食したソウルから学ぶと思いますが、宜しいですよね?」

 

「等価交換だね、君。無論、宜しいに決まっているさ。

 貴公ら火の簒奪者に殺され、魂を貪られる感覚も嫌いではないのだ。脳がすっきりする錯覚を覚えられる」

 

「―――狩人様」

 

「お。すまないね、人形。趣味である世間話に耽ってしまった」

 

 長身の美麗な女にしか見えない人形の仕草。それを見た悪魔はつい先程食したソウルに態とらしく影響され、テンションが無骨な騎士甲冑のまま急上昇。

 

「ンンンンンンンンン。ンンン!

 相も変わらず、獣性匂い立つ美しき造形の人形ぞ。喋る姿も夢見るように麗しい」

 

DOMAN(ドゥーマン)が感染していますよ?

 ンンンンンンンンソソンソソソ。まぁ私も彼の言動と陰陽術は好きですので、気持ちは解りますが」

 

「同意だ。彼のソウルに浸ると、何だか生きているだけで気分が良くなるのでな」

 

「分かりますかぁ……ふふふ。彼の宝具を奇跡にしみましたが、面白い効果でした」

 

「どの程度のソウルで伝授して頂けるか?」

 

「大凡人間二万数百人分程度のソウル……切り捨て、20000ソウルで良いですよ。数百人程度の命、我々には誤差でしょう」

 

「二万程度の人魂で覚えられるとは、実に安い。抑止力として出現した英雄王が私に殺された後、その魂を霧が覚え、幾度か英雄王のデーモンをこの間に殺してなぁ……アレは一匹で数十万人分の魂の重みがあり、荒稼ぎさせて貰い、ソウルは増えるばかりだ」

 

「貴方の業には非常に御世話になりましたので、えぇ……御悪魔価格と言うものです。しかし、女性に獣臭いと言うのは頂けませんでした。

 ダイモン、人形さんに謝った方が良いのでは?

 古代文明トゥメルの赤子、女王ヤーナムが孕んだ水子。人に獣の血を授ける上位者メルゴーの血を弄ぶ者たち、血質高い穢れた獣性―――血族(ヴァイルブラッド)、時計塔の狩人さん。

 彼女が如何に獣性深い血の狩人を真似た御人形さんだからと、人形である彼女の血は獣性だけではなく、啓蒙たる神秘の蛞蝓の血も混ざっておりましょう。むしろ、彼女が動くのはそれ故の神秘です。

 試しに刀でも持たせてみれば面白いかもしれませんよ、狩人。

 トゥメルの秘儀であるメルゴーの血から生まれる寄生虫、その獣血由来の火の神秘を使えるかもしれません。あのマリアさんみたいにです。

 ほら、血液の弾丸を撃ち出す火薬代わりになる……あぁ確か、貴方たち狩人が持つ血質とはそう言うものでしょう?」

 

 メルゴーの血、獣。コスモス(輝ける星)の血、宙。そもそも獣も眷属も、上位者の血から生まれた存在。違いは、生まれに由来する血液だけ。

 中でも上位者――姿なきオドンとは滲む血であり、あらゆる血に潜む虫そのものであり、その本質は上位者に寄生する上位者。全ての悪夢から生まれた上位者が感染し、上位者が思索の為に神秘を行う体内の精霊を、上質な触媒を、その血液から作る根源的上位者。

 即ち、血質は獣性と繋がり、神秘は啓蒙と繋がる。

 内の血の中に秘して求めるそれが上位者オドンの本質である。

 灰が観測した悪夢にして血の宇宙。血より虫は生まれ、精霊は生まれ、寄生虫が生まれ、赤子もまた血と血を混ぜ合わせることで誕生した。ならば血を触媒に、自分の血から自分と血の繋がる赤子を求めるのが上位者が思索を行う目的。

 月の狩人は、灰と悪魔に何もかもを読まれている事を悟る。

 内に隠す人類種にとって未知な思索も、この二人の魂にとっては既知の因果律。

 人の血から生じる上位者の赤子が悪夢の空にて、宇宙から生まれ落ちた月となる事実。メルゴーが上位者の血を得たヤーナムから生まれ、ゴスムがゴースの胎中で生まれながら死に、狩人から生まれた月の魔物は狩人を愛し、その悪夢には必ず赤子の月が浮かぶのだろう。ならば月の赤子である狩人の乳母となる人形の正体、あるいはその血の本質を視ただけで理解されるとなれば、魂を改竄しようとも隠し事が不可能だと相手に分からせる。

 人形より、そのソウルが興味本位で奪われる可能性。悪魔と灰の二人がその気になれば、異界化したヤーナムだろうと、そのヤーナムの内にある上位者の悪夢だろうと、奴等二人が瞳を見通せば安全な場所など何処にもない。

 結果、彼女にとって一番安全なのが狩人の隣と言う皮肉。灰の悍ましい知的好奇心が向けられるとなれば最後、魂が欠片残さず弄ばれる事になろう。霊体の憑依素体に適したマシュ・キリエライトの遺伝子がそう使われたように、人形が人形の儘に使者を塊りにした脳瞳のほおずき(ウィンター・ランタン)となるだろう。あの腐った瞳のメンシスの脳味噌が悪夢を照らす提灯(ランラン)であり、ミコラーシュの悪趣味な人形遊びがメンシスの脳味噌を使った眷属としてほおずきを作ったように、人形に何かしらの血が流れ込めば、きっと植物のほおずきみたいに脳が膨れ上がるかもしれない。

 

「話が逸れたぞ、灰。しかし、それはそうだな。すまないな、人形。

 そして、貴公の母親代わりとなる女性に無礼な言葉を吐いた事を謝ろう。狩人ケレブルム」

 

「謝罪を受け取ろう。同じくすまないね、悪魔殺しダイモン。悪夢に潜む我らから、その獣性臭さは拭えぬよ。

 元になり、人形がその遺志を継ぐ対象となった女は、灰が言う通りトゥメルのメルゴーの血を継ぐ狩人である。私と同じく、その写しである彼女も血に餓える獣の呪いは避けられんよ。しかし、メルゴーの獣性は聖体である輝ける星と相克する故、星界が悪夢に広がる宇宙であるのならば、月もまた悪夢に浮かぶ星と言う月界。

 十分に本体の肉体が輸血された獣血を人形の青ざめた血は克されている筈だが、悪魔の君はそれから獣性を嗅ぎ分ける」

 

「呪いは続くものです。その血に継がれ、ずっとずっと赤子の赤子まで。彼女の血が赤色から真っ白へ青ざめているからと、貴方だけは油断はしない方が良いかもしれませんねぇ……ふふふふふ。

 遺志が逆流する―――……何て、誰かの思い付きで起こるかもしれません。

 そうなれば酷いことになりそうです。面白い程、惨たらしい悪夢が生まれるかもしれません。ゲールマンがまだ生きていれば、夢の中の妄想が現実に起きたと喜ぶかもしれませんがね。あるいは植物のほおずきみたいにぷっくらと脳が腐り膨れ、ランタンみたいに腐った脳から生える瞳が光るなど……ふふふ。悪趣味程、人は心が良くも悪くも揺さぶられましょう。

 まこと人形師ミコラーシュさんは、カルデアでも素晴しい冒涜的学術者でしたよ。ビルゲンワース的、と貴方には言った方があの人形師の在り様について通じるかもしれませんが」

 

「チェコの人形狂い、魔術師ミコラーシュか。カルデアにメンシス学派の血が生きているのは知って入るよ。我が愛弟子、オルガマリーがスカウトした狂人であるからね。

 しかし、悪趣味ね……―――お、良き思索が啓蒙された。

 やはり君の暗い魂の血は愉しくて堪らない。それも古い獣の体内と同じこの霧中となれば、私の思索がより素晴しき高次元に至るのも仕方なしことさ」

 

 それは唐突な冒涜的所業。彼の人差指から小さな無数の瞳が生え、紐状に丸まり、虫のような何かとなる。自分の肉体に数多ある寄生存在から複製したそれを更に軟体生物的肉感を持つ触手が覆い、完全に人の指ではなくなった。

 

「現物より少々大きいですがそれ、瞳のひもですか?

 ふぅん、これは確かに合理的です。狩人、貴方の血にはオドンたる上質な滲む血も混ざっていますからね。

 敢えての、赤子もどきの眷属にする雰囲気ですか?」

 

「まぁ灰よ、分かったとしても見てい給え。これは手品と同じさ。種も仕掛けもある血の営みだけどね」

 

 そして、月の狩人は触手化した人差指をまるで蜥蜴の尻尾のように、手に触れず自然と切り離した。その触手は人体から離れたというのに蛞蝓みたいに蠢き、車椅子に狩人の太股の上で白い肉塊となって変容し、狩人が瞳に映す使者に近い人型となった。既に触手化していた人差指は人型の指として再生が終わり、その触手生命体は狩人の生命系統樹から切り離された。その命は白い血液が湧き上がって出来たような異形であり、普段の使者との大きな違いは下半身も露わにしている点。

 ―――赤ん坊になる前の、水子のような異形だった。

 上位者の眷属と呼ぶのに相応しい容。そんな小さな肉体は徐々に大きくなり、実際の生まれたての赤子と同じ大きさまで成長を終える。その時、月の狩人は右手で自分の右眼を抉り取った。狩人の赤い獣血が混ざる青ざめた血が眼孔から流れ落ち、その血が赤子に滴り落ち、水浴びを愉しむように小さな泣き声を上げる。

 直後、眼球を赤子の脳へ―――植え付けた。

 融け込むように頭蓋骨へ寄生し、そのまま目玉が脳内へと沈み落ちる。

 

「うぅーむ、獣の霧が満ちる環境が良いのかな?

 眷属作りは初めてではないが、ここまでの出来は初めてだね」

 

 赤子は裸の幼女となり、更にそのまま成長を続け、第一次成長期を終える。それでも止まらず、第二次成長期に入り、十代半ば程度の年齢まで体を大きくさせていた。

 車椅子に座った狩人は、自分の虫たる触手指から生んだ全裸の少女を抱き締め、背中を自分の赤ん坊をあやす母親のように慈愛に満ち溢れた仕草で撫でる。少女は口から白く濁った血液を吐き出し、同時に赤い血液を鼻の孔から垂れ流す。

 その格好は車椅子に座る狩人の右足を跨るような形となり、糸の切れた操り人形みたいに脱力し、全身を彼に預けていた。

 

「お早う、指の落とし仔である私。気分は如何かね?」

 

「あぁ……ぁ……ぁ、ぁ……―――あぁ、はい。御父様、気分はとても最悪です」

 

「良き目覚めではないと?」

 

「は……い。気持ち、悪い……です……脳の中を、瞳が………御星様みたいに、ぐーるぐーる……ウ”、ォ……ァ、ゲェェ……オウェ”……ァ」

 

 口から這い出るように吐瀉される汚物。生まれたばかりの為、胃の中に消化物はないのだが、形容し難い流動物が垂れ流しになっている。

 

「酩酊だね。血に酔っている。酔いで瞳が廻っているよ。しかし、それも必然だとも。エーブリエタースも我が血に融けた遺志の一つ。

 貴公に流れるのは私の青ざめた血。私が克した上位者共の血が融け込み、同時に獣性を克服した狩人の人血であり、そこの二人を狩り殺して融けた血もまた私に流れている。

 混じり合う遺志こそ混血であり、血の交じりより赤子の命は生じるのだよ。

 即ち、月の狩人の血を継いでいる純粋な私の分身、青褪めた眷属の狩人と言うことだ。それは赤子になれぬ上位者の落とし仔にして、思索を生まれながら持つ故に、人の視野を持てぬ狩人でもあることを意味する」

 

「ゲェ……―――」

 

「うむ。所詮、造物者の抱擁の中、その子供であれば好きに吐き給えよ。

 しかし、蕩けた血ではなく、蛞蝓と寄生虫の吐瀉物とはな。神秘と獣性が蟲の形を得ているのでは、まだまだ血に融け切っておらず、血の交じり具合が足りぬか。我ら狩人と違い、生まれ持った血の遺志により、眷属として完成した肉体なのが悪いのだろうな」

 

 裸の少女に服を着させる為、狩人は脳から服を取り出した。しかし、何故かその一つ目は血の滲むリボン。狩人自身の手で少女の頭にリボンを付けた後、彼は手にアメンドーズと似た高次元暗黒を纏わせ、少女を浮遊させる。同時に異空間から体をはみ出させた幾人もの使者が少女に纏わり付き、数秒で狩り装束への着替えを完了させた。

 そして、少女の肉体は完全に覚醒する。あの脱力感と吐き気が夢から醒める様に消え、確かな両脚で何故か立てるようになっていた。

 

「我が人指し指の眷属(インデックスフィンガー・キン)。ならば、指の狩人と言う名の眷属で良いか。となれば貴公は、狩人の上位者やより生じた人ならざる眷属の狩人、夢に堕ちた遺志の写し身だ。それが設計の基であり、貴公の生まれとなる。記憶しておくと人格が形成され易くなろう。

 それを啓蒙された前提で問うが……貴公、名はどうしたいかね?

 ヤーナムで死んだ誰かの遺志を継いでいると思うが、最期の記録も覚えているかね?」

 

「豚……下水道……お父さんが……あれ、月の香りの狩人が安全な場所……場所を、行って―――生きた儘、食べられて、内臓を舌で弄られて……苦しくて、暴れている所を、最後に頭を噛み砕かれた。

 分からない……誰、誰の記憶、誰の遺志なの?

 グチャ、グチャ、グチャ、グチャって、豚の口の中で私が挽肉になっていくの……でも、私って誰?

 豚なの……私を食べる、豚の血も……混ざって、交ざって……ぁぁ、ぁああ、あぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁああァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

「落ち着き給えよ、我が指の眷属。発狂など良くある症状だ。と言うよりも、私がそう思えば、既に貴公は正気にそう晴れていよう」

 

「―――はい。月の狩人様」

 

「狩人の名呼びで様付けは要らんよ。貴公は赤子ではないが、家族以上に私に近しい存在。文字通り、我が血肉であるのだからさ」

 

「………はい。獣狩りさん」

 

「ふむ。では逆に……いや、私の視点からでしか逆と言うのは通じないが……まぁ貴公、ヨセフカの診療所は覚えているかね?」

 

「――――え……え、え? あぁ、あ、あ……生きた儘、内臓……腹、切られ、切られて……麻酔が……なのに、私は頭蓋骨に穴を開け、られた……んだっけ、だっけ……なに、脳味噌に、いれられたん、だっけ?

 プル、ぷっるぷるぷるるるプルプルルルしてくの、体が?

 青い、青い……柔らかな、私の体……気持ち悪い、のに……―――気持ちが良いのよ、良いの……良かったの、良かったのよぉ……ォォォオオオオおぉぉぉぉおおあぁぁあああああああああああああ!!!」

 

「鎮まり給えよ、我が指」

 

「はい、獣狩りさん」

 

「あぁ、それとケレブルムだ。今の私の名がそれだ。どれでもその時の貴公の思考に従い、私の事は好きに呼び給え」

 

「ケレブルムさん……それが、今の獣狩りさんの名前なのね」

 

「真似は愉しむ趣味だが、やはり貴公も今や私である。継いだ遺志がそう在るだけの、離れた肉体が生成したその脳に創った私の擬似人格。感応する精神が、その遺志の願いを与えているに過ぎん故、嵌まり込むのは私の前以外にし給えよ。気恥ずかしいのでね」

 

「分かったわ、月の狩人」

 

「それで良い、指の狩人」

 

 そして、葦名に夢が誕生した。現実は歪曲し、因果が狂い乱れるも、既に狂い果てた葦名においては何ら異常ではない常識的日常。

 少女が着込む狩り装束―――ガスコインの神父服が視界の映像が乱れるようにぼやけ、神父服風の女性用装束に替わる。帽子の代わりに血塗れたリボンを頭に付け、腰には改造を施した散弾用短銃を吊り下げ、背中にはガスコイン神父風の歪曲した獣狩りの斧が装着されていた。

 

「それで、名はどうする。その遺志、家名のガスコインは継ぐのかね?」

 

「ううん。此処、ヤーナムでも知られたあの日本だから……指の眷属だし、ユビで良い。私はガスコインの遺志を継ぐだけで、名はヤーナムで眠っているべき」

 

「承った。我が眷属、指の狩人ユビ。その命を好きに使い、好きに生き、好き死に給え。

 その果て、眷属で在りながら我らのような血に酔う狩人となるか、否かは……貴公の意志が決めると良い。まぁどちらにせよ、月の狩人の写し身である指の狩人に違いはないがね」

 

 少女は狩人の上位者から生じた眷属である狩人擬き。人の生まれではない狩人の眷属であり、人から瞳を得て人以外に変化した訳ではない。最初から狩人としてデザインされた生物である為に、やはり人の形をしても人ではないのだろう。

 正体は、狩人と言う名の獣性のカタチを得た指の眷属。生まれながらの狩人だからこそ、ヤーナムの狩人から見れば狩人と呼べる人間ではない。しかしその為、最初から血に酔いながら獣へ成らずに狩りを行う理想的な狩人像の具現でもあった。

 

「うん。でも、獣狩りさん……私がもし、豚に喰われなければ、どうなってたのかな?」

 

 啓蒙されない可能性の話。指の狩人(ユビ)では知り得ない話の為、だからこそ生まれ出たこの最初の内に、自身の御父様から真実を聞き出そうと考えた。

 

「オドンの花嫁かな。ガスコイン神父は素晴らしい獣狩りで在る故、その子の血はオドンの滲む血と相性が良いことさ」

 

「そう……あぁ、そうなんだ」

 

「家に籠もれば狂い死に、死ななくとも狂気によって自我を亡くし、避難場所に辿り着こうが貴公が継いだその遺志の少女に救いはない……――決してな。

 とは言え、それが獣狩りの夜が始まったヤーナムだ。今の貴公がその末路を気にする必要はないよ。あの娼婦のように、まだ幼い貴公だったあの少女が、滲む血によって生じる上位者の赤子に寄生される可能性はヤーナムの夜にはなかったのだからさ」

 

「本当、どうしようもない。逃げた先は結局、治験の検体になるか、上位者の出産をするか、その二択。

 下水路で一人、あの豚の餌になる方が、死んでそこで終われる分だけまだマシな結果みたいね」

 

「そうなるな、ユビ。しかし、今の貴公ではない思い出だ」

 

 狩人はユビに少しばかり微笑むも、それは口に覆われた布で分からない。しかし、瞳の動きでユビは狩人の思考を僅かに読み取れた。

 そんな己が眷属の様子を狩人は確認し、葦名でのデーモン狩りを予定に組み入れる。悪夢における上位者にとってのエーテルと呼べる血の遺志(ブラッドエコー)と似たソウルの蒐集を視野に入れ、脳と脳が夢で繋がるユビから視線を外す。その瞳の先にいるのは、灰と悪魔の二人。

 

「では灰よ、我が分身を宜しく頼む。必要であれば仕事も頼んで良い。

 しかし―――」

 

「―――えぇ、裏切りも信頼もありません。

 手段を愉しむのに必要であれば互いにやるべき事を為す。思う儘、望む儘、助け合い、殺し合いましょう」

 

「宜しい。とは言え、それで恨むのではれば私を殺して良いさ。そして、灰狩りを私は愉しむのみだ」

 

「勿論です、狩人。では私の失楽園(アシナ)、御滞在を御愉しみ下さいね」

 

「有難う。では機会があれば、是非とも何時か私が作る異聞特異点ニューヤーナムにも来給えよ」

 

「気が早いですね。それ、まだまだ計画段階ではないのですか?」

 

「うむ。故に確定した未来である。

 あぁ、それと悪魔……―――君の人としての願い、彼女へ届く事を空に祈っているよ」

 

「祈りの言葉か……感謝するぞ、狩人。

 私も久方ぶりに、決死の覚悟を思い出しながら頑張ってみよう」

 

 高次元暗黒の門が開き、宇宙の輝きが漏れ、その空間が狩人と人形の二人を覆う。葦名での狩りの前、彼は一旦悪夢へと帰ることにした。人形を連れて英霊のデーモン狩りをする程、狩人も自分の腕前に自惚れておらず、眼前の灰と悪魔以外が相手ならば狩人の夢は安全だった。

 

「そうかね。では、さようなら」

 

「さようなら、灰様。悪魔様。ユビ様」

 

 別れの挨拶と共に頭を下げる車椅子の狩人と、美しい御辞儀をする人形。二人が悪夢の()と共に消え去る中、礼節を身に付ける悪魔は一礼を返し、灰は片腕を振って別れの挨拶を行った。

 ユビは妙に表現力豊かで様になるジェスチャーを行う四人に対し、自然と遠い目を向けるも、彼女自身もまた自然と頭を下げている当たり、仕掛け武器を好む狩人として獣狩りの血に抗う人間的意識の高さが窺えた。

 

「去りましたか。それではユビさん、ここでの生活を教えましょう。まずは仙峯寺を吸収したローレンスの医療教会に紹介し、仕事と立ち場を与えておきましょう。今や葦名の奇病である変異亡者化現象、アゴニスト異常症候群を治癒出来る唯一の医療機関兼宗教法人ですので、地位と給料は上級ですよ。

 勿論、気に入らなければ相談して下さい。

 自由にするのも良いですし、他の役職も紹介しまうからねぇ……ふふふ」

 

「―――嘘よ。だってローレンス……うわ、あのローレンスかぁ……」

 

「あら、御存じですか?」

 

「うん、灰さん。これだと、ガスコインの名を棄てた意味がないかもね」

 

「では、止しますか?」

 

「ううん、良いの。取るに足りない我が儘だもの」

 

「宜しいです。では悪魔殺し、先に私達は帰還しますね」

 

「ああ、分かった。良き時間であったぞ、灰よ」

 

「有難う御座います」

 

 彼女は気疲れより溜め息は吐かなかった。生まれたばかりのユビにとって、他者との関わり合いを自分から避ける必要はなかった。

 そして転移で共に連れて行く為か、片手を出す灰の手をユビは躊躇わず握り、同時に空間が歪曲を始めた。それが指の狩人ユビの、葦名における狩人生活の始まりであった。

 

 

 

――――<(◎)>――――

 

 

 

 草木のない荒野。コジマと放射能で焼かれた焦土。場所は首都葦名から南下した旧群馬県区画の関東平野。灰がこの特異点に齎した百八の暗黒太陽が世界を暗く照らし、自然が焼き払われた大地を更に熱し、人間がまともに歩くことも出来ないだろう。

 其処に、十四の人影があった。

 生き物が居ない静かな世界の中、彼女らはエンジン音を響かせる。

 単眼機械兜(モノアイ・ヘルメット)で頭部を覆って先頭を駆るバイク乗りと、その一人を一列に並んで追い駆ける同じ格好の単眼兜のライダーズ。遠目から見れば、赤く輝く瞳兜が流れ星の様に一筋奔り、十三の蒼白い血の瞳頭がその一筋を追って十三の流星が筋となって走り閃くのが、とても幻想的な光景だろう。

 

「狩人用の強化外骨骼鎧、もう最新版に更新されてましたか……」

 

 走る。奔る。迸る。思わず独り言を機械兜の中で漏らした盾騎士はモーターバイクに跨り、荒野を只管に疾走していた。それを追い駆ける十三機の影。追い駆ける者らは働き蟻のようにシステム化された統率を持ち、完全武装した火薬庫式戦闘用高機動二輪自動車は近代兵器で搭載され、それを躊躇なく盾騎士を向けて放射し続ける。

 バイクを駆る影達の正体は、瞳兜と民衆に嫌悪される葦名の教会狩人。名は、葦名支部医療教会教区長直属機動狩人課。通称、人狩り部隊。

 即ち、教区長(ローレンス)による思索と治験の総決算。上位者の思索を探る為、ヤーナムで繰り返し行われた非人道的集団治験の成果と、同時に行われ続けた上位者化神秘人体実験の研究結果の積み重ねが、古都外の人類史に行われた人権無き学術実験の思索方法がこの特異点で合わさった。特異点葦名の医療教会において、初代教区長が求めた健康的人体と健全なる精神を持つ、獣性と啓蒙を克服した人間的人造狩人が誕生した。歴史と歴史が融合した実に素晴しきヒトの思索を教区長は得てしまった。

 

「―――ッチ!」

 

 盾騎士(キリエライト)が舌打ちをするのも無理はない。悍ましいと言う感情を超えた異物感と嫌悪感。十三騎は蕩けていた。それは召喚式となる匣を融け合わせる混沌としたクラススキルの霊基。詰めるだけ詰まられた英霊達のスキルと、霊基情報としても魂に刻まれた血液由来のスキルと、狩人の血の遺志から継がれた殺戮技巧の業。

 正しく、人類史に有り得ない悪魔の所業。

 そんな者らが、自分自身(キリエライト)を模すことであの医療教会で作られてしまった事実。

 上位者の神秘を得た人間こそ、上位者にとっての上位者かもしれない。あるいは、神秘を得る必要もない知性を既に得ているのかもしれない。彼女は吐き気を脳が誤作動した錯覚だと今は割り切り、バイクのモーターを燃やす様にアクセルを捻って加速させた。

 だが火薬庫式戦闘用高機動自動二輪車(ローリングハイモーターバイク)は最新版だ。最高素体であるキリエライトシリーズから作られた人狩り部隊の狩人は、ただの獣狩りではなく、デミ・サーヴァントでもない。人狩り部隊の彼女達は無論だがライダークラスのサーヴァントが持つ騎乗スキルを保有した上で、加速の業と強化魔術と魔力放出(炎)により、自分自身がエンジンパーツの一部となってモーターに更なる火薬庫的回転機構を発揮させる。

 

〝面倒、臭いですね―――!”

 

 心中で漏れる弱音。バイクを駆る盾騎士は背後を盗み見る。ぴったりと追い付き、距離を離さない十三影。それは人語を喋らない人狩り狩人と、燃焼機関を轟かせる人狩り用モーターバイク。

 そして十三騎は短機関銃(サブマシンガン)を片手に持ち、躊躇わず徹甲弾を盾騎士目掛けて精密連射。蛇行運転する事で何とか弾道から外れようと盾騎士はするが、十三の銃口がピッタリと射線を誘導して当て続ける。とは言え、盾騎士は身とバイクを守るのに盾を必要とせず、鉄壁の魔力防御だけで防ぎ抜く。しかし、最新兵器を搭載する殺戮バイクに用意された個人携帯兵器が短機関銃だけな訳がなく、人狩り部隊の瞳兜も医療教会の技術部工房が開発した変態的仕掛け武器を多数所有。

 瞳兜の一人が自動追尾式多連装マイクロミサイルランチャーを脳内から取り出し、更に違うもう一人がバイクを仕掛け変形させ、葦名市外での人狩り中に車輪で良く轢殺した犠牲者の怨念を纏わせて爆走。

 コジマ粒子ミサイルはまずいと盾騎士は第六感で悟り、蛇行を超えた独楽の如き回転運転で誘導システムを誤作動させて何とか回避。だがその減速の隙を狙って怨霊車輪(ゴーストホイール)ライダーと化した瞳兜の一人が、バイクのマフラーからの超排気噴射を応用したジェットジャンプを使い、上空から轢殺落下攻撃を瞬時に敢行。

 ならば、と盾騎士もまた超絶的な運転技巧を披露する。落下してくる車輪に位置を合わせ、盾騎士は一瞬で機体を反転させて向かい合う。そして、前輪を上げたウエェリー状態で後進運転し、上げたその前輪で落下してくる怨念車輪を迎撃。同時に機械化した愛用の銃字盾を具現させ、どのような防御力を持つ相手だろうと一撃粉砕するパイルハンマーの仕掛け武器機構を起動。

 当たれば即死。爆発四散は必須。その死を瞳兜は第六感で己へ啓蒙し、更には心眼(真)スキルと化した未来予知領域の戦術眼の面でも、轢殺落下攻撃を仕掛ける前に見抜いていた。

 対抗手段は単純明快―――高貴なる円卓の大盾。

 瞳兜はあろうことか、その身に宿る霊基も盾騎士と同じだった。

 教区長(ローレンス)の手で憑依された聖騎士ギャラハッドの宝具をカルデアの技術部と同じ思想から、その十三騎の十字盾を全て銃字盾に改造していた。人狩り、獣狩り、英霊狩りの万能狩猟仕掛け武器となり、防御能力も同様のモノであり、人理そのものが相手だろうと問題がないレベル。

 盾騎士の銃字盾から飛び出たパイルハンマーの射出剣が、瞳兜が脳内から取り出した銃字盾に当たり、その衝撃力を完璧なまでに封殺。むしろ、盾騎士が自身が放った衝撃の反動を受けて吹き飛び、それによって結果的ではあるが敵から一気に距離を取ることが副次的に出来た。

 

「―――宇宙は空にある」

 

「宇宙は空にある。何故、宇宙は、空に……?」

 

「……宇宙は空にあるのですか?」

 

「宇宙は空にある……のですか?」

 

「宇宙は空にある。宇宙は、空に在る。宙に、宙がある」

 

「宇宙は、空にあった。宇宙に空が、がががががが或る」

 

「宇宙は……宇宙は、空にあぁぁぁああぁぁぁああああある」

 

「宇宙。宇宙。宇宙。宇宙は、ある。宇宙は空に有る。在る。空にある」

 

「うぅうぅうぅうぅうう宙は、宇宙は空にある」

 

「宇宙は、空にある―――!」

 

「宇宙ちゅうりゅりゅうちゅうちゅうは空に、ある!!!」

 

宇宙は空にある(The sky and the cosmos is the one.)。宇宙と空は同じなので、宇宙は空にありました」

 

「脳を啓き、瞳が生える。故、宇宙は空にある」

 

「「「「「「「「「「「「「あぁぁァァァぁああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッッ!」」」」」」」」」」」」」

 

 絶叫が、盾意志の後ろから聞こえる。爆撃のようなエンジン音を塗り潰す様、脳に直接的に空気を介さず響く声の様、彼女の耳から音が脳内に這入り込む。這い擦る様に、這い寄る様に、盾騎士を模す瞳兜の人狩り狩人の呻き声が、発狂的自我崩壊を啓蒙する。

 十三の青眼。

 十三の狂気。

 十三の真理。

 宇宙は空にある。空と宙は同じである。その気付きこそ、啓蒙。そして人間性を冒す素晴しき啓蒙は、流行り病のように他人の脳髄へ感染し、寄生虫のように脳内で成長する。

 ―――狩人ら、狂い給えよ。

 神秘が啓く脳こそ、人間性の本質だ。

 盾騎士から遺伝子を継ぐ瞳兜の狩人らは獣性と啓蒙の儘、ロケットランチャーを取り出した。グレネードランチャーを取り出した。ガトリングガンを取り出した。ヘビィマシンガンを取り出した。マイクロミサイルポッドを取り出した。レールガンを取り出した。

 直後、盾騎士に炎が襲い掛かる。魔力防御と魔術式によるバリアがなければ、即座にバイクが爆散する爆撃の嵐。

 瞳兜たちによるその弾幕を、突如として横槍に入った機関銃掃射が――迎撃。

 盾騎士を爆殺せんと降り注ぐ爆破物が空中で誘爆され、味方が居ない筈の孤独な特異点で唐突に助けられた。その違和感を気色悪く思いつつ、機械兜を被る彼女は連射音がした方向にモノアイカメラのレンズを向けた。

 

「―――あらま、久しぶり。カルデアのマシュ・キリエライト。

 寄生虫の坩堝みたな地獄で奇遇じゃない。見た雰囲気、元気そうだけど……最近如何かしら?」

 

 即座にその音源は高速機動で走り抜ける盾騎士のバイクに追い付き、横に並び走る。そして光学迷彩で隠れていたサイドカー付きバイクのサイドへと乗る魔女の狩人―――ジャンヌ・ダルクが、物凄くダウンした疲労感満載なテンションで、まるで隣人に挨拶するような雰囲気で聞いて来た。

 挙げ句、ノーヘル、ノーシートベルトな上、サングラスを掛けた上で煙草を吸っている。その上で二挺ガトリング銃を構えるトゥーハンドモードであり、サイドカーの上に片足を乱暴に乗っけて浪漫溢れるポーズで格好付けいる。良く見れば、飲み掛けの血酒瓶が付属のコップ置き場に置かれている。

 無論、運転手は魔女ではない。彼女の隣でバイクを運転するのは不死たる暗帝―――ネロ・アビスであり、彼女もまた魔女と同じくノーヘルな挙げ句、気だる気に酒瓶からアルコールを喉に流し込みながらバイクを運転している。そのまま盾騎士の速度に合わせる為にアクセルを捻り上げて加速させ続け、酔拳ならぬ酔騎乗を行っている。だが皇帝特権を持つ暗帝ならば、酔っていても安全に危険運転が可能なのだろう。矛盾しているが。

 

「カルデアのシールダーではないか。良い感じに、肉質的な美女に成長したようだ。

 む。何故、余に無反応。ほら、余だよ。あの余だ、余だよ。貴様、実にこんな悪夢で奇遇だな。まさか余の事、覚えておらぬのか……ヒック?

 ―――おえ。運転しながら呑むと、胃袋から吐きそうになるな……まさか、余、酔った?」

 

「この人たちは……ッ―――!」

 

「ちょっと、シールダー?」

 

「え、なんですか……―――あ。助けて貰った御礼をまだ言ってなかったですね。

 言いたい事は沢山ありますし、そんな状況ではないですが、ありが―――」

 

「その格好、ダークヒーローみたいでちょっと良い感じじゃない」

 

「―――はい! ありがとうございました!!」

 

 自分のクローンを改造した教会の人造狩人から追われる悲壮感が、法律も条例もない荒野で飲酒運転をする狂人二人を相手にすることで盾騎士の中から蒸発した。

 特異点のフランスとローマの最期に会って、カルデアが相手を殺し、死によって別れた筈。だった筈だ。

 なのに魔女と暗帝は自分達をこの世から殺して排除したカルデアの一員である盾騎士へと、気さくを超えた気色悪い程の気安さで、旧友と悪ふざけをするみたいな雰囲気で窮地から助けていた。この精神死するような違和感に発狂しそうになる理性は蒸発させず、盾騎士は単眼兜の中で喜怒哀楽の百面相を浮かべるだけに留めていた。

 とは言え、その間も人狩りの瞳兜のライダーズは追撃を止めていない。

 魔女は忍者が追手の足元へ撒菱(マキビシ)を投げ置く様に、大量の手榴弾と火炎瓶を瞳兜の進路上にバラ撒いた。

 

「あっはっはっはっはっは! 我が怨讐の火炎瓶で燃え上がりなさい!!

 ひゃっはあはははははは! 自家製火薬の手榴弾で爆発四散し給え!!

 燃えて爆ぜろ、憐れで可哀想な教会の実験動物共!

 死んで遺志となって、貴女らをそうした糞学術者を殺す為、我らの狩りの糧となると良い!」

 

 魔女の悪性は、創造者に望まれた人間性。生まれた時から変わらない。相変わらず、自分以外の誰かの為の大量虐殺を心底から愉しむ極悪人だ。生まれながらの性根はむしろ凶悪化し、敵である瞳兜の生まれの事情を知った上で、憎悪と好奇から生まれた自分と何ら変わらない被造物でもあるとも理解した上で、血液由来の猟奇的殺意を躊躇わず向ける。狩りを愉しむ狂気に翳りは無く、創造者たる狂人から継いだ愛憎由来の人殺しを行える。

 思わず盾騎士は魔女へと、義手を銃形態に変形して粒子光線(カラサワ)を撃ちそうになるが理性で抑えた。

 

「え、キリエライト。助けた相手から何で私、殺意を向けられてるのですか?」

 

「何となくです。気にしないで下さい」

 

「ふぅーはっはっはっははははははは!!

 おいおい、魔女。あのシールダーにさえ特に意味もなく、生理的に嫌われておるようだな!」

 

「あー……凄く、心外。淫乱グロテスク大魔王が何言ってんだか。

 自害する前の暗帝ちゃんは、性奴隷の男の子を去勢して男の娘にして、それをハーレムに入れてた弩変態の癖に、そう言うこと言えるのね?

 私、その厚顔無恥さは尊敬します。

 でもそんな変質者とランデブーはお断り。このバイクは私が拾ったヤツだから、叩き落とすわよ?」

 

「愚か者が。余の万能たる皇帝特権がなくば、修理は不可能だったであろう。

 竜の魔女の名の通り、脳味噌が蜥蜴人程度に退化したと見えるな」

 

「――あ?」

 

「は――?」

 

 時空間が歪み捩るような、常人を容易く自我崩壊させる殺意同士がぶつかる。感受性が豊かな人なら精神が破壊されて発狂死し、修羅場を知る者でも神経系が狂って失禁するだろう。そんな特にいも無い地獄空間を生み出す二人に、盾騎士はこいつら事故って吹っ飛ばないかなぁと考えるも、助けに来てくれた相手にその想いを告げなかった。性根はとても良い子だった。

 とは言え、今はバイクで爆走中。上位者の(コエ)を使うことで爆音の中でも声と言う概念を魂で聞き、三人はテレパシーより高次元な情報伝達で会話を行っているが、危機はまだ健在。魔女が爆発物をばら撒いても問題は解決していない。

 盾騎士の頑丈さも模造生物兵器(バイオクローン)として継ぐ瞳兜らは、全く以って無事だった。肉体と駆動二輪を炎上させながら、むしろ身を焼く火の熱を愉しむ様に、狂気を膨らませて敵対者への追撃を熱狂する儘に再開した。

 

「魔女さん。その、あのですね……貴女の怨讐の炎って、私のゲノム複製狩人を一人も殺せていないようですが?」

 

「おうおう、吃驚仰天。復讐の為に生まれた女へ何と言う煽り。ふらっと悪夢に来て、月の狩人を狩ってた仮面巨人に匹敵する苛立ちだわ。糞団子を投げられ、顔面が肥溜になった時を思い出す。

 やれやれね。盾騎士、随分と善性が擦れた様ですね。ちょっと暗帝、貴女が一晩相手をすれば人間性でも戻るんじゃないの?」

 

「お、寝床闘技の話か。余の心は誰で在れ、コロシアムに挑む心意気でダイブするものだ。何よりソウルに仕舞っておる少し前に拾ったこの金の羊毛は、何処でもベッドになる簡易布団として便利だからな。

 神話曰く、勇者イアソンが姫と洞窟でセックスするのに使ったとの事だ。しかも挙げ句、その目的は子作りに非ず、裁判で無罪を勝ち取る為の性行為だったそうだ。挙げ句の果て、ギリシャの神々が囲んで観戦し、セックスファック性行為と煽る中で、勇者イアソンとコルキスの姫は金羊毛の上で交じ合ったとか。あの冒険の目的となった物だと言うに、神話だとそれでしか使われなかった。

 人理からの目覚めを目指した皇帝として、せめて―――その遺志は、継ぎたいものよ」

 

「何の話ですか―――!?」

 

 煽れば、その煽りが倍以上に長文化して返って来る始末。しかも高速思考を用いた高次元念波会話によるセクシャル罵倒。盾騎士は心底から憤慨し、自分の生体クローンを素材にして知的生命を弄ぶ医療教会への怨念にそれを混ぜ、そんな憎悪塗れの魔力を使った重力魔術を自分に使用。盾騎士は乗るバイクの仕掛けによってジェット噴射器化したバイクのマフラーも使い、ファンタジー映画のCG映像の如き動きで飛んで行った。

 魔女と暗帝は、頭が良過ぎて趣味に走り、頭が悪くなりそうな光景を死んだ魚の瞳で見詰めた。尤も、飛行バイクで盾騎士が今まで逃げなかった理由がある。何故なら盾騎士を追う瞳兜達も同じくバイクを仕掛け変形させ、敵と同じく宙へ浮かんで当たり前の様に飛び立った。

 

「じゃ、皇帝特権宜しく」

 

「任せよ。余は万能を超えし者。人智人能の暗黒皇帝だ!」

 

 とは言え、暗帝は万能なる神秘を持つ。どんな法則が作用したのか、真実から瞳を逸らす凡俗には分からないが、二人が乗るサイドー付きバイクも平然と宙を飛んだ。

 しかし、やはりバイクは地上を疾走する人類史の浪漫。盾騎士や瞳兜らもそうだが、地上を走るよりもバイクの移動速度は遅く、暗帝は人間性の怨念を纏わせることで更なる加速を齎せた。

 

「―――あ、ヤバ」

 

 その呟きを魔女は思わず漏らした。忘れてはならない事実を思い出す。此処は、太陽を簒奪した火の無い灰の特異点。召喚された火の簒奪者の一人に、太陽の遺志を継ぎ、太陽となった灰が存在する。

 戦神の簒奪者―――ネームレス・キング。

 葦名特異点において最悪の災厄と化したドラゴンライダー。しかし霊基をサーヴァントとして憑依させた灰でしかなく、だが灰は太陽を奪い化けても灰の儘。

 決して葦名が全てを支配する日本で、空の中を目立って飛んではならない。魂狩りを永遠に愉しむ人間性を抱く太陽の狂気が、愛竜を駆ってヒトのソウルを求めて空を飛び続けていた。

 

「はぁーはっはっはっはっはっははははは!!

 もう無茶苦茶ではないか。だがこれだ、これである。戦場にこう言うのを―――余は、求めておるのだ!!」

 

 銃火器から弾幕の嵐が生まれ、ぶつかり合い、火炎と魔力と光線も衝突する。だが、それら全てを戦神が放つ高次元暗黒太陽由来の雷電が塗り潰す。天高くに太陽雷の電球が作られ、それの発する何千もの落雷が諸共を撃ち落とさんと降り注ぐ。

 挙げ句、葦名の医療教会から一つのロボットが転移する。教区長がカルデアの技術力に知的衝撃を受けて誕生した装甲外骨骼―――メタルウルフに乗り込み、盾騎士の肉体を奪還する為に戦場へと飛び込んだ。それは個人と個人で国家規模の戦争を行うアーマード・コアの闘争思想を継ぐ兵器であり、教区長が平行世界より啓蒙的思想汚染を受けることで思い付いてしまった殺戮の浪漫であった。

 

「何ですか、あれ……―――え、鉄狼?

 教区長専用特殊機動重装甲メタルウルフ改め、鉄狼(テツロ)?」

 

 瞳が啓蒙することで盾騎士は名を知り、それによって思考が逆に麻痺した。バイクを空を飛ばす自分の所業は大分弾け飛んでいる自覚を持つが、それを超える狂気が葦名特異点には蔓延していた。

 盾騎士。十三の瞳兜。戦神の簒奪者。

 魔女の狩人。暗帝。葦名支部教区長。

 それぞれが好き勝手な欲望と思惑で狩り合い、魂を貪る殺しを貴ぶ邪悪。脳を遺伝子から作られた瞳兜さえ、人道に反する生まれは憐憫に値するが、聖剣の狩人から遺志が継がれた教会狩人の系譜として、教区長がそう在れかしと望む完全無欠な在り方を得た怪物に過ぎない。そして、その教区長さえ今は手段は問わず、実に文明的な殺戮手段である機械兵器を操る状況。

 しかし、獣性に支配された獣に複雑な殺戮兵器は操れない。

 獣性に抗う事を思索すれば、教区長(ローレンス)にとってこれ以上の武器はこの世にないだろう。幾ら血に飢えた獣のように人狩りを行おうとも、人間的兵器に乗る限り、理性を要にして人殺しを為さねばならない。

 ―――が、此処は戦神を継ぐ簒奪者の雷雲が渦巻く魔境。

 あらゆる電子機器や精密霊子機が異常を来し、高度な文明機械である程、雷電化したソウルのエーテルの影響を強く受ける。太陽と化した戦神を前に、電子機械は無価値である。

 結論―――空中戦は続かない。

 戦神こそ宇宙(ソラ)に浮かぶ太陽の化身。陽光の雷以外の電気で宙に飛ぶ事を許さない。

 味方である筈の教区長がいるのにも関わらず、戦神が放つフレアは電磁波を伴って周囲の時空間に強制干渉し、空中全ての電子機器を一撃で断線(ショート)させた。

 

「成る程。月を照らすは太陽と言う事か。

 我ら学舎の学術者に宿る狂気さえ、火を得た輝ける灰からすれば、尊き人間性の一部に過ぎない……そうなのですね、アッシュ・ワン」

 

 教区長(ローレンス)は自分を悪夢から召喚した灰に呪詛を呟き、その灰から拝領された機械兵器が火を簒奪した灰の太陽にとって無価値な存在だと正しく啓蒙された。

 脱走した盾騎士簒奪の為、彼は夢酔う学術者の浪漫の粋を集めた超兵器をあっさり乗り棄て、空の中だろうと躊躇わず飛び降りる。狂気の酔に囚われたビルゲンワースの元学徒らしい行動力であり、過酷なロードワークに酔ってこそ学者は研究の道を邁進する。

 現代葦名特異点に戦国時代より継がれていた忍びの業。その学びは古都で学術者をしていた教区長にとって、いや史学を学んでいた学舎の学徒であれば、古きより伝わる技術を継ぎ、古人の遺志を尊ぶことが思索への本懐。

 それより啓蒙された空中移動手段―――忍び凧を脳内から教区長は取り出し、まるでモモンガのように空を舞う。雷雲中で流れる風の動きを啓蒙的直感能力で見切り、彼は見事な動きで嵐の波を容易く乗りこなす。もはや本場葦名の忍びよりも忍者をしている浪漫思想を愉しんでいた。

 そして、教区長以外の者らも各々が空中浮遊の手段を使って空を飛んでいた。盾騎士は魔力防御翼を付属させた銃字盾をグライダー代わりにし、それとバイクを瞬間連結させた上で回路を使わない手動の魔力動作により、盾の仕掛けから火炎噴射器を出して単独でジェット移動。盾騎士を模した瞳兜らもほぼ同様の機能を使って空を舞う。だが万能極まる暗帝は兎も角、魔女はそんな汎用性のある飛行手段を瞬間的に使用出来ず、皇帝特権による気合の浮遊魔術オンリーでバイクを飛行させる暗帝に便乗するも、ゆっくりと二人は地面に向けて滑空していった。

 

「では諸君、天使ならざる人間として、大地へと墜ち給えよ」

 

 戦神の呟きは空気を振動させる音の代わりに、頭蓋骨内の脳細胞を焼き尽くす電磁波となって空気を流れ、殺人テレパシーとして周囲全員の脳へと直接的に殺意が伝わる。

 これは声を上げても相手に聞こえない空中戦(ドッグファイト)において、灰が生み出した技術。人理世界の近代技術である電波通信をソウルの業で応用した奇跡擬きだ。とは言え、受け取る側が通常の人間だと戦神の電磁音声を脳が受信と同時に即死してしまう欠陥品。人理の人間性が生んだ神らしい啓示を真似したお手軽大量虐殺奇跡と化してしまい、戦う相手がある程度は脳をレンシレンジで温められても耐えられる者にしか使えない通話手段となってしまった。

 よって悪意のない戦神による脳味噌レンチン電磁波動が周囲に伝播する。戦神の雷鳴は容易く水分を体内から蒸発させ、脳細胞を破壊する奇跡的殺戮神秘は上空から滑空して墜落する者たち以外にも伝わり、地上でまばらに生活していた人間や、それ以外の荒野で生きる生命体も問答無用で殺し尽くした。序でに肉体が死ぬことで魂も焼き焦げ、物体から解放されたと言うのに根源の星幽界へ帰ることは出来ず、霧のように漂うソウルとなった後に戦神の口へと吸い込まれた。

 

「こんなんがウジャウジャと葦名で後、百人以上いるとか……」

 

「まぁ、気長に攻略するしかあるまい。とは言え、アレへの手助けも要らぬ御節介だったか。あの様子ならば逃げ切れよう。

 それで魔女よ、貴様は何処へ堕ちたい?」

 

 脳細胞を戦神の奇跡的電磁波で焦がされながらも、何故か脳が無事な暗帝と魔女の二人。魂が物理的に重力で引っ張られる灰らの世界だと魂魄も砕ける落下死は日常風景に過ぎないが、此処は人理世界における葦名。上空から墜ちたとしても生身の肉体が拉げて弾ける程度が最悪だ。

 

「何処でも良いし、別に。それにほら、面倒なのがこっち来ています」

 

 嵐の王(ドラゴン)に乗る戦神が、その相棒と共に落下する。まるで上空から獲物を追う鷹のように、急激落下する。戦神にとって戦うと一番面倒臭そうなのが魔女と暗帝のペアであり、即ち一番戦い甲斐のある難敵でもあった。

 鳥に似た古竜の嘴顎から火炎息吹が吹かれ、その火が二人を追う様に伸び襲う。戦神から投げられた一筋の雷槍は、散弾銃のように数百に散乱した上で一本一本が自動追尾する。それらは並の不死性ならば魂ごと熱却する火力であり、強度の弱いテクスチャの空間なら鎔け落ちることだろう。

 

「簒奪者風情が、恨み積せる神の真似事とはな―――!」

 

 暗帝はその魂に相応しい暗い笑みを顔に刻み、褪せ人を殺してソウルから学んだ永遠の暗黒と呼ばれる球体を形成。戦神の雷撃と古竜の炎撃が孔の如き黒玉に吸い込まれ、その球体ごと消滅する。同時に暗帝は結晶化した巨大な魔力剣を背後に幾本も編み上げており、とある英霊の投影魔術のように発射した。

 その直後、魔女は神秘にて加速。空中に魔術で足場を作り、火炎を爆薬みたいに使って魔力放出スキルを模し、空を走り駆ける。宝具の旗を素材に改造した葬送の刃を構え、その仕掛けを起動させて大鎌となり、暗い怨讐の炎を刃に纏わせて襲い掛かった。

 狙いは敵の弱点―――古竜の首。

 断頭に相応しい葬送刃の鎌が降り下される。だが戦神が竜狩りの剣槍を伸ばし、その断頭刃を容易く防ぐ。その上で剣槍は雷電を纏っており、サーヴァントの霊基を枯れた藁と等しく焼き崩す威力の電撃が伝播するも、魔女の鎌が纏う暗い怨炎も同領域の神秘。

 斬撃同士と概念同士がぶつかり合い―――戦神は、口から火炎を吹き出した。

 姿を変えずに古竜化する術を得た者―――否、戦神を信仰する簒奪者の息吹。

 それを魔女はモロに直撃し、火達磨となって吹き飛ばされ、燃える隕石となって墜落する。その上で嵐の王は空中で体を捻り回して尻尾を振い、魔女を地平線の彼方にまで吹き飛ばす。

 

「■■■◆■◆◆――――!!!」

 

 竜の雄叫びが轟き、雷雲が竜巻となって渦巻く。地面から土砂を巻き上げ、空に岩石が木の葉みたいに乱れ舞った。

 それは、何もかもを破壊する雷雲の災厄群。吹き飛ばされた筈の魔女は竜巻の吸引力に容易く巻き込まれ、再びこの戦場である上空に引き戻された。洗濯機の中で洗われる衣類となって岩石と共に揉まれ、序でに雷撃も流れることで細胞を焦がし続ける。エジソンが利権の為に開発した電気椅子以上に凶悪な処刑器具となって魔女を苦しめる。

 

「あばばババババババッバ!!」

 

「竜の魔女が竜に遊ばれておる……ふ、滑稽な」

 

 と言いつつ助ける為、斬撃を振り放つことで暗帝は魔女が囚われた竜巻を一刀両断する。そのまま墜ちる魔女の方へ気合の皇帝特権で飛び、バイクのサイドカーでキャッチ。頭から突き刺さる様に墜ちた魔女は直ぐには姿勢を正さず、フニャリと逆さまに萎れた植物みたいに倒れ込む。

 そして動かない逆さの魔女の尻を暗帝は愛で撫で、そのお尻へと恋人役となって囁く。紛れも無き変態の所業だが、戦神が支配する雷雲空ではセクハラを注意する存在は皆無である。

 

「良いヤラレっぷりであった。そう言う営みも、人類学視点だと有り寄りの有りだ」

 

「あら、弩変態皇帝様。私のお尻、触らないで下さる?」

 

「柔らき丸みには神が宿る。筋骨隆々に角張った英雄らしい男の裸体も好きだが、程良く流れた脂肪こそ美裸の真髄よ。貴様の肉体を作った者は、芸術の何たるかを深淵まで啓蒙されたと見える。

 すまないと思ったが、仕方無き事。

 偉大なる天才芸術家たる余は、美しい尻を触らずにはいられなかったのだ」

 

 魔女は狩人の脚力で顔面狙いの蹴りを放つ。しかし、暗帝は態と空中浮遊するバイクを乱暴に運転し、横から一回転することで蹴りを回避しつつ、逆さでキックしてきた魔女を空中に放り出した直後に今度は上向きにして再度キャッチ。

 だが二人の眼前―――戦神と古竜。

 尻を愛し気に撫でる加害者と、尻を愛でられ憤怒する被害者。戦神はふざけている二人を侮らず、逆にふざけた恰好や行動をする偏執的変質者こそ、戦闘技巧が極まった殺戮者であることを何処までも知っている。いや、魂の深淵まで狂い果てて変質したソウルでなければ、永遠の果てまで灰は戦い続けて強くなれない。全裸大の字コミュニケーションを挨拶程度の嗜みとする簒奪者らにとって、美人の尻を触ることなど礼儀とさえ言えた。

 

「―――盾の乙女、医療教会の狩人から救いに出たか。

 貴公ら二人、あの灰が作った特異点で邂逅した時と、随分とソウルが様変わりしたと見える」

 

 そんな内心を隠してシリアスな雰囲気をソウルから楽しむ戦神は、端からみれば堅物なのだろう。だが実際は、真面目な人間性で真面目な神性を演じているだけの、只の人間の為れの果ての、太陽の化身に過ぎなかった。火を簒奪した灰とは、そう言う人間であった。

 

「うるさいわね、この人殺しの戦神。略して、人殺神(ひとごろしん)

 英霊狩りも終えたってぇのに、まだ狩りに勤しむのですね。それなら狩り応えのある貴方と同じ簒奪者の灰でも殺してなさいって、ハ・ナ・シ?」

 

「すまんな、竜の魔女。我ら簒奪の灰、力量は皆が同程度であり、且つ殺し方も似かよっておる。毎日、幾度か殺し会えば充分だ。

 故、出来るなら、貴公らのような者と殺し合った方が、ソウルが戦いの歓喜で満ち足りる。効率的な鍛練相手としてなら、無論……貴公は弱者に過ぎぬ故、得られる満足感の程度は下がるが」

 

 直後、雷火が狂い巻く。戦神は敢えて枯れた儘にした亡者貌を笑みの形に歪め、学術者の愚かな欺瞞により生まれた人造古竜へ思念を送り―――雄叫びを上げる。

 

「礼節と尊厳があってこその、人をヒトと足らしめる人間性。ならばこそ、ああ……我が友、我が魂、嵐の王よ。貴公の人間性も限界に見える。

 ソウルに餓えるなど―――人間性、そのものだ。

 故、今より食餌の時間だ。柔らかな感触を持つ女の肉と共に、腐れ落ちる直前の熟れた魂を噛み締めよ」

 

 世界そのものが戦神の心象風景に呑み込まれた。いや、元よりこの葦名は星の心象風景とも言える人理から、灰らが簒奪した人間性による人理人界。その中で更なる牢獄が作り上げられ、魔女と暗帝は戦神のソウルの内側に捕えられたとも言えよう。

 

「―――フン。たかだか葦名で百匹以上いる簒奪者の内の一人。

 その程度でしかない貴方に、魔女たる私が魂に閉じ込められた程度で、心が折れるとでも?」

 

「そうだとも。人間が生物として優れる利点の一つにて、数の多さがある。神以上の魂を持った人間であろうとも、やはりその者はただの人間でしかない。

 戦神以上のソウルを持つ人類など―――腐る程よ。

 神を疎みながらも、神を好きで模す。魂さえも、その形に変貌させる。人間は度し難く奇怪な知能へ至り、醜い程に愚かでなければ多様性は生まれず、だからこそ人の営みは人間に人間性を与えよう。

 そして、貴公以上の憎悪を燃やす人類種も同様、何ら珍しくも無い。

 ならば、魔女よ。貴公の憎悪も所詮、我と同じ人類史の一頁に過ぎん記録なのだろう」

 

 その理念を抱く戦神の簒奪者―――ネームレスキングは、言葉が無用だと分かった上で、この口上をこの二人にだけは言わねば義理がないと判断した。

 灰の特異点が人理に残す遺志。あるいは、無かった事にされた悲劇が遺す悪意。これ程の人間性はそうそう存在しないのだと、戦神だけは二人を特別視していた。

 尤も戦神は―――狩り、殺す。殺戮こそ信条。

 雷雲の地面と雲母の視界。雷電が空気中を走り、呼吸するだけで肺が焦げ、魂が焼却される天空の地獄。此処は魔術理論・世界卵を真っ当に学んだ戦神が作り出す世界。盾騎士(キリエライト)を逃がす為とは言え、この葦名における最悪の災厄と呼べる貧乏籤を引いた上で、更なる地獄たる固有結界の中に閉じ込められた。

 

 

 

 ◇――――<◎>――――◇

 

 

 

 葦名市の外。既に日本の大地を荒廃し、人が住める環境ではなくなっていた。それはデーモンによる被害だけではなく、葦名が保有する国家戦力が自国領に向けて使用されているのが主な原因である。

 ―――コジマ粒子汚染による環境崩壊。

 カルデアの技術力を得た灰は、人理焼却がなかった場合のオルガマリーが運営する本来のカルデアが導く人理の未来も知り得ており、それがこの状況を作り上げたと言っても過言ではなかった。

 

「―――ふぅむ……」

 

 そんな終末風景を眺める月の狩人。狩人専用仕掛け車椅子に一人座り、人形を連れて来なかった彼は悩みから静かに唸り、車椅子の肘掛に右肘を深く置き、掌の上に顎を置いて考え事をしていた。

 

〝人型の機械兵器と、巨大地上戦艦か。啓蒙深い戦争だな”

 

 車椅子に座ることで人為的に人格形成を学術者寄りにする今の彼は、ロマンチストでもある狩人(ポエマー)である。無論、本来の狩人的嗜好が消えた訳でもない為、火薬庫的芸術精神は健在であり、むしろ何事にも娯楽と学術を求める感性は高まっていた。

 

〝灰が得たカルデアの技術力を高める為、機械兵器を宝具にする英霊は抑止力によって召喚された。しかし、その兵器宝具が灰の本拠地である葦名へと向けられ、サーヴァント共の技術を得た葦名の機械兵器軍と戦争状態に陥ったか。

 人理の抑止も、迷走しているのだな。とは言え、あのような人間しか古い獣から身を守る手段がないとなれば、こうなるものか。人間共の獣臭いの集合無意識が、更に獣性を匂い立たせるのは仕方なし”

 

 そんな狩人の後ろ、一つの影が何時の間にか佇んでいた。殺意も敵意もなく、静かに狩人を見下ろしていた。

 

「お主、何奴?」

 

「貴公こそ、何者かね?

 天狗の面を付けてはいるが、天狗のデーモンと言う訳ではないのだろう」

 

「かっかっかっかっか。白々しい男よ。儂が誰かなど、分かっておろう」

 

「その酒臭さでな。中華の酔拳ならぬ、酔剣とでも言うのかな。とは言え、血に酔うのは私も同じだとも」

 

「良い酒が毎日手に入っておってな。態々あの灰に召喚されたと言うに、何故か葦名にて酒造りに嵌まる簒奪者がいる。

 いや、面白い。面白い馬鹿共だ!

 何が馬鹿らしいかと言えば、この一品が混じり気なしの魂が込められた極上の一酒と言うことよぉ!」

 

「美味かったな。私も葦名市を観光したが、その時に自作酒をソウル販売する簒奪者の酒を飲ませて貰ったよ。それも最高品種のジークをね」

 

「……ふん!

 あの店、予約がないからのう」

 

「貴公の葦名は素晴しい。特に酒が素晴しい。私の街は地酒の血酒しかない故、上位者となって啓蒙的味覚を得た我が舌は、血の酔い以外も求めてしまう。

 いやはや、猟奇的酩酊には丁度良いが、程良く心地良い酩酊には程遠いのが問題だ。獣化を克すれば、それはそれでまた新しい欲求が生じるのが知性の問題点さ。

 つまるところ、葦名最高―――と言う事だね。

 特に人形と泊った葦名湯屋。露天風呂で見上げる満点の星空と、新鮮なコジマに汚染された空気。そして夜でも浮かぶ暗き月、陰の太陽たる簒奪者の火と、今にも落ちそうな輝ける満月」

 

「酒造りの再現も"そうる”の業の応用じゃと言っておった。儂には理解出来ぬがな」

 

「ほぉ……――ソウルの業か。

 学習中であるも、酒造りにも使えるとはな。今度、偉大なる上位者の死血酒でも研究してみるかね」

 

「で、あるか。儂も酒には興味があるが、今は良いわ。だがその会話内容で、お主の大まかな正体は分かった。

 やーなむの狩人じゃったか。灰が話しておったのを覚えておる。

 一手、お主と死合ってみたいものだが……今は止そう。儂の鍛える葦名流に、お主のやーなむ流狩猟から技を盗むのも一興だが……カカカカッ、機会など幾度も廻ろうよ」

 

「貴公の治める葦名城下街にて、ユビと名乗る金髪の異邦人がいる。彼女を人斬りとして襲うと良き業が啓蒙されることさ」

 

「おう、分かったわ!」

 

 そして、懐から瓶を取り出す。狩人は若さを吸い取る竜の眷属を狩り殺し、それから得た製造法から作った京の水を使い、獣血と死血を混ぜて発酵させた血酒の水割りを酒瓶から飲んだ。脳が震え痺れ、血が熱く狂い、何かを狩り殺したい狩猟衝動が酔いと混ざって発露する。

 狩人にとって、この意志が素晴しい美味さであった。やはり血と啓蒙に酔うのが狩人の嗜み。人間としての味覚とはまた別の感覚こそ、酒に求める酔いなのかもしれない。

 

「たーまやー……で、こう言う場合は合っているのかね、天狗」

 

「合っておる。じゃが、この手の戦を儂は好まん」

 

「そうか。私は好きなのだがね」

 

 狩人の血腥い酒の吐息と共に出る場違いな感想。アレを花火と例える感性を天狗は好まないが、将としての戦略は通じるも、兵としての戦術が通じ難い眼下の戦争を好まないのも事実。

 

「……轟沈じゃな」

 

「そのようで。サーヴァントを圧倒的殲滅力で下す旗艦アンサラーも、古代インドの神造兵器搭載戦闘機と、古代アトランティスの技術で作られた木馬と、平安源氏の人型決戦兵器。そして、機動聖都の巨大祭壇ロボが相手では敗北するか。

 これで葦名に残るアームズ・フォートは残り一つ―――グレートウォール。

 私なら機械関係は電子回路に干渉して即座に自分の手駒に出来るが、葦名に敵対する反政府軍には難しい相手だろう。

 また何が酷いかと言えば、アームズ・フォートが聖杯で材料を創造して組み立てた簒奪者の玩具でしかない点であり、それも灰に召喚された工作好きな幾人かの簒奪者だけの力と言う話だ」

 

「お主はこれを観に来ただけか」

 

「ああ。観戦に酒は付き物らしい故、こうやって愉しんでいたのさ。人と人が狩り合うのを視るのは元より好きだったが、スポーツ観戦は上位者の視座を得てからの趣味だね。

 貴公も、そこは同様……だろう?

 景観の良き此処で観ているとはそう言う意味だからね」

 

 星見の魔術師(ヴォーダイム)からのプレゼントである今のこの車椅子は、火薬庫式回転機構を応用した車輪と火噴き推進を搭載する頭が良過ぎて、頭の悪い造りをした狂気の逸品。狩人本人が遣う高次元暗黒の力場を応用した啓蒙的念動を補助にし、車椅子は電動式の物のように動き出す。

 

「では、天狗。私は壊れた部品の廃品回収に行こうと思うが、貴公はどうするかね?」

 

「好きにしろ。儂は戻ろう、さらばだ」

 

「では、さようなら」

 

 火薬庫の殺戮回転機構が起動。車椅子へと平和利用されたとは言え、その殺意の高さは隠せない。車輪が火花を散らしながら狩人は吹き飛ぶように疾走し、天狗の視界から数秒で消え去った。

 天狗――正確に言えば天狗の面を被る男は、人斬りの剣聖であり、この葦名を始めた戦国大名の一人。彼は剣気を治め、サーヴァント狩りやデーモン狩りで更に極めた老境の技巧でも、あの狩人狩りは荷が重そうと判断した。

 

「一昨年に()った鵺のデーモンと、昨日殺めた桃太郎のデーモンは、特別狩り応えがあったが……カカカッ、奴が月の狩人。

 真、あの様に至る心技となれば、神なる龍に挑む方がまだ容易かろうて」

 

 直後その上空、ドラゴン乗りの簒奪者が通り過ぎる。今までの特異点では霊体のサーヴァント擬きとして灰に召喚されていたが、葦名の彼は生身の本体。太陽に等しい黄金の輝きを纏い、狩人が車椅子で爆走していった先に目掛け、宝具で例えればEXランクの対城宝具に匹敵する雷槍が放たれた。

 カルデアの英霊召喚フェイトを灰が応用し、戦神のデミでもある簒奪者は無論、その暗い魂の孔の内に最初の火を収めている。

 太陽の光の槍(サンライト・スピア)―――正しくそれは、灰が簒奪した火の煌き。

 己が太陽となって放つ奇跡は、本来の神の力を遥かに超え、魂を抹殺する熱量を誇る。それを狩人は即座に車椅子を反転してバック運転をしつつ、仕掛けを起動させて大砲を銃座に展開。砲撃により空中で雷槍を迎撃。

 とは言え、流石に極限の血質を持つ月の狩人だろうと、その気になれば悪夢の宙を焼き尽くす最初の火による雷槍を相殺することは不可能。だが高次元暗黒による瞬間的空間渡りを行う隙間を仕掛け大砲の砲撃によって僅かに生み出し、狩人は車椅子の瞬間噴射(クイックブースト)で雷撃の爆風を潜り抜けた。

 だが最初の火の雷槍(サンライト・スピア)など、戦神の簒奪者にとってそもそも小手先の一投。ドラゴンに乗りながら天高くに巨大電球を作り出し、太陽と同じ恒星となって極光を纏い、そこから数多の電撃が雨粒となって落雷する。一撃でサーヴァントの霊体は勿論、高ランク防御型宝具だろうと貫通する落雷網が狩人目掛けて降り落ち、地上を電球落雷で絨毯爆撃を敢行した。

 その全てを、狩人は車椅子で爆走しながら回避し切った。余りの神業にして魔技。如何程まで気に入った車椅子を愛せば、この技巧に辿り着けるのか、まともな人間には到底理解出来ない領域。

 

〝ぬぅ……あれは何じゃ?”

 

 そして、空に開いた宇宙的空洞から不可視の巨体が落ち出る。最初の火の電球よりも上空から抜け出た者は誰にも見えない存在だが、召喚者の狩人は無論、戦神と天狗の瞳には問題なくその姿が映っていた。

 扁桃頭の上位者―――アメンドーズ(Amygdala)

 月の狩人が交信によって関係を得た悪夢の住人の一人であり、だが狩人の血を流し込まれ、彼の思索実験によって特異体と化した憐れなる落とし子。獣性と啓蒙が混ざる月の混血は上位者だろうと血に狂わせ、伸びる髭が触手のようにうねり回り、大幅に肉体を巨大化した不可視の怪物。

 高次元暗黒を纏った手を竜に乗る戦神に振り回し、離れれば扁桃頭(アーモンドヘッド)から飛び出る眼球から啓蒙的熱線光帯を発射し、それを華麗なドッグファイトで嵐の王(ドラゴン)は回避した。そして、戦神から放たれる雷撃を高次元暗黒を纏う手が掴み、握り、そのまま相手に投げ返す狩人的神技を扁桃頭は披露する。そのまま扁桃模様の頭蓋から飛び出る瞳が、幾本もの極大の熱線を消防車の放水のように乱れ放ち、視線上にある空間を焼き尽くす。だが戦神は手に持つ剣槍で光線を受け止め、そのまま啓蒙的神秘熱を刃に纏わせ、自身の雷電と融和。雷鳴と共に高次元雷撃光線を矛先から撃ち放ち、その光帯撃(ビーム)を狩人が簒奪者のソウルから学んだ闇の魔術・反動を啓蒙的解釈をすることで得た高次元暗黒の遮断膜を造り、簒奪者の反動と同じく絶対防御を為すことに成功した。

 気が付けば、車椅子に乗った儘で狩人は扁桃頭の上に乗り込み、嵐の王に乗って戦う戦神とライダーのような戦い方で死闘を演じていた。しかし、今の葦名では良く見る怪獣決戦である。数百メートルはある人型の山と言うべき細身の巨体と狩人が、襲って来た炎を吹く鳥のような竜と最初の火の戦神と殺し合いを始め、この世とは思えない幻想的地獄風景が具現した。

 

〝考えるだけ無駄か……うむ、葦名は地獄だ。

 思えば灰が作った竜が集団脱走し、葦名で暴れた事件の方が今より悲惨であったか”

 

 不死の簒奪者を狙って通り魔的に狩り殺しを続ける狩人。今の葦名において悪名が広がり、つまりは簒奪者にとっては最高純度の殺しても構わない娯楽品と同じであり、戦神の簒奪者が空より特に意味もなく視界に入ったからと殺しに掛るのは不可思議がない事実。

 尤も、葦名市街地でこのような怪獣大決戦が行われる事が些か稀。天狗が知る限り、街中で巨大生物が暴れ回るのは幾度かあった惨劇。

 ―――死合いに飽く程の、贅沢な地獄の楽園。

 天狗は修羅が芽生える己が心を否定するつもりはなかった。

 事実、既に葦名では伝承より黄泉返りを為した修羅のデーモンが現れ、その鬼を天狗は斬り、怨嗟のデーモンもまた天狗は斬り、簒奪者も幾人か斬り殺した。そして、天狗自身も既に不死の人間に成り果てた。無論、英霊のサーヴァントも、英霊のデーモンも、天狗は斬り、その魂に怨嗟は積もるばかりである。

 

〝抑止のさーばんとの召喚も種が尽きよう。謂わば魂の魔力と言える獣の霧を、抑止力は霊脈代わりに使用出来ず、既に今の日ノ本の土地に魔力は残らず、鋼の大地と成りおった。獣のそうるを奴等が資源運用することは不可能となれば……いや、そも話が違ったな。英霊の悉くが世界を見ることで敵対するが、本来抑止力は葦名の味方であった。

 しかし、関東平野を蹂躙する最後の要塞列車を倒せるのは、あの旗艦を撃ち落とした者らが最後よ”

 

 葦名市以外の全てが焼き尽くされた日本。だが、悪夢は悲劇の後にこそ起こる。天狗は自分が田村から国盗りを為した葦名のこの成れ果てを見て、特異点と言う歴史になった意味を理解した。

 

「お主は、まだか……―――隻狼」

 

 その呟きは荒野の空気に融け、静かに消えた。

 

 

 

 ―――<◎>―――

 

 

 

 その男――オデュッセウスは死を受け入れる。

 空中浮遊要塞――旗艦アンサラーの撃滅成功とは即ち、現存サーヴァントの全滅を意味する。

 だからか、彼はこうなることを全て理解した上で戦い続け、此処まで戦い抜き、そして戦いは終わりを迎えた。

 何一つ予測と変わらない現実である。なるべくして戦い、あるべくして死ぬ様。言われた通り、敵機械兵器軍中核旗艦、アームズフォート・アンサラーの破壊は後に特異点に来るだろうカルデアが葦名市に入るために必要不可欠な作戦であったが、彼等が倒したい灰はサーヴァントたちの決死の足掻きそのものが目的でもあった。旗艦アンサラー撃滅の為、全てを擲って戦う英雄の姿に感動したいが為の、灰たる簒奪者共の娯楽劇場の出し物としての、最高の喜劇であった。

 

「そうであろうとも、この様が正しいものか……」

 

 頼れる味方は全て死んだ。自分以外、霊基を保つ者はこの戦場では皆無。オデュッセウスは敵旗艦中枢に入り込み、宝具の真名解放と共に行った壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)によって連鎖爆破を起こし、何とか破壊には成功するも、それは彼の死を意味する。しかし、こうしてまだ生きている。

 木馬に備わった緊急脱出装置が起動したことで、彼は破壊の渦の中を抜け出る事だけには成功していた。しかし、既に霊基は破壊され、魂が抑止力が用意したエーテルの擬似肉体から抜け出るのを気合で止めるも、そもそも肉体がもう崩壊していた。

 それでもまだ死ねないのは、獣の霧であるエーテル――ソウルを身体に取り込んだ影響だ。

 火防女の祝福やソウルの業による儀式魔術は為されていないので、彼の魂は不死(ソウル)化はされていないが、通常のサーヴァントよりも遥かに死に難い肉体を得ている。受肉とも呼べ、一度限りの蘇生とも言える状態だろう。

 

「終わりか、オデュッセウス。余は……だから、あの時に言ったであろう?

 貴様らの抗いに、価値は無い。何をしても、何もしなくとも、人理は問題なく救われる。灰と簒奪者らの火により、恒星直列した太陽の魔術回路が獣を焼却処分するであろう」

 

「だが、それは……人理による選択ではない。選ばされただけだ。英霊の遺志も必要とされず、今を生きる人間の意志さえも無意味となる救済だ。

 あの様な存在に生かされる未来など、気に喰わぬ。断じて、認められん!」

 

「感情の問題か。確かに、獣性の根源的生まれよな。しかし誰が救おうと、人類が救われるのならば、別に未来に至る原因など何でも善かろう?」

 

「ならば、おまえは何故―――此処に居る?」

 

「獣の末路を見たいからだ。抑止力として召喚されながら、人理に逆らう貴様らの足掻きを見届けるのも有意だが……それも、古い獣を狩る建設的な答えがなくては価値はあるまい」

 

「建設的……か。成る程、ローマ皇帝らしい価値基準だよ」

 

「街の建築と言う皇帝の国家事業。即ち風景美とは、計算高き測りでもある。貴様らの頑張りは一人の人類として素直に誉めるが、悪辣さも素晴らしい人の集合無意識は、灰による確実な未来を欲した。

 ……分かるか、英霊?

 あの灰なる女は己が魂を鍛える試練として善行を積み、悪行を積む。その結果、罪と屍を積み上げる。

 灰に抗う自由を抑止力に対し、サーヴァントの貴様らが意志を奪われずに得られたのは、それこそが灰が世界に欲する報酬でも在る故に、だ。

 抑止に植え付けられる強迫観念の束縛を打ち破り、自らの自由意思で行動を選択する強靭な魂の持ち主だけが、この特異点葦名に召喚される資格を有するのだ」

 

「それを俺は――許せない」

 

「まぁ、そうよなぁ……余も人理に生じた一人の英霊だった者として、それを許すほど器の広い信念無き一般人の感性を持たぬ。

 ただの人ならば、普通に生きられる未来があればそれで構わず、不幸と貧困を押し付けられれば抗うが、ある程度の幸福で良いとするのが美徳よ。別に灰が救おうが……実質、人理思索の実験動物の犬として飼われるのだとしても、現世の人間で経済社会の犬でない者などおらんしな。

 だから、無意味だ。我らの人理に人間性など諦めろ。

 その壊れた律から卒業することこそ、人が根源の縛りを超えて至る到達点。

 人が真に個人となり、世界から自由を勝ち取る人間性である。故に余はこの今の成れ果てに辿り着こうとも、未だ灰には届かんのだよ」

 

「だとしても……―――俺は! この意志が間違いとは思わない!!」

 

「魂が進化せねば、結局は繰り返しだ……―――いや、繰り返しなのだな。

 神域を超えて高次元に至ろうと、接続者のように無から宇宙が生まれた原因を知ろうとも、その魂に無知でしかないのであれば、貴様の願いは灰の救世を妨げるだけの道端の小石。

 それでも、人に意味を求めて戦うか……?

 余はもう諦めているが……貴様は、人理が良しとする確定した救世を悪しと拒むか?」

 

 男は血反吐を吐く。いや、ペースト状のミンチになった臓物を吐く。四肢の骨は砕け、背骨も折れていると言うのに、確かな自分の意志で死体のまま立ち上がる。

 

「あぁ、拒むとも!!」

 

「そうか。であれば、余が貴様に蘇生魔術を施そう。そして不死たる深淵を授け、この戦いを続けよう。負けても、死んでも、心折れて諦めるまで、余と共に戦いを続けることが出来る。

 簒奪者等と同じ立場となり、諦めなければ決して負けない権利を得る。

 人理の為、人理を犯す人間性を得よ。

 即ち、今の貴様を貴様足らしめるその―――人間性を、捧げよ」

 

 彼女の瞳から流れる暗い血の涙が掌に落ち、粘性を持つ泥となって具現。右手に纏わり付く深淵の暗い魂は、ただただ其処に在るだけで世界を狂わせる魂であり、人理が影響を与えることが不可能な物質。何かの間違いで根源の渦へ流れ込めば即座に星幽界は汚染され、人類は例外なく不死となる魂に汚染されることだろう。

 宇宙の視座を超える魂が生まれた高次元領域さえ―――いや、だからこそ根源からこの宇宙へ流れ落ちた魂はそう成り果てた。終わりの果て、魂そのものの進化の果て、そんな終わりを繰り返した果てが、この在り様だった。

 男は、それを暗帝との会話から理解していた。

 受け入れれば、座の本体とは別存在となる魂の法則。

 

「すまない。それは、出来そうにない」

 

「そうか。尊厳もまた人間性よ。ならば、貴様の遺志を余の魂が継ごう」

 

「良いのか……?」

 

 血を体内に戻し、暗帝は微笑んだ。人理の英雄にとって不死化など悍ましいだけの様。魂は誰もが永遠なのだとしても、この星の世界は魂の永遠を良しとしない。未来永劫、死ねず、消えず、根源に還れない魂など、憐れにも程がある。

 不死と、徹底的に不滅である。暗帝が受け入れた永遠とは一切の救いなく、本当に永遠であり、永遠に魂の生まれ故郷へ還れない因果律に囚われる地獄の悪夢である。

 この恐怖―――不死となり、永遠に成り果て、そう在って克服する諦観。

 例え世界が消え果てるのだとしても、彼は決して受け入れてはならない魂だと正しく理解していた。

 

「あぁ、当たり前だ。その為の、ソウルの業なのだ。

 過去を無価値にしない在り方―――余は、そう在り続けたいと願っている」

 

「ありがとう、暗帝ネロ。どうか俺の遺志を継ぐおまえの永遠に、僅かばかりの安らぎが有らんことを」

 

「どういたしまして、冒険者オデュッセウス。貴様の在り方は永遠の旅を生きる余にとって、とても貴い導きとなるだろう」

 

 冒険者の宝具、壊れた木馬―――拝領。

 

「では、さらば。良き男、素晴しき英雄よ。

 魂の残滓たるその遺志―――余のソウルとなって記録となろう」

 

 魂の一粒は根源に還す。灰がそうしていたように、根源の星幽界から魂の全てを悪戯に奪い取ることはしない。全てを貪れば、その魂は輪廻の環から外れ、来世の魂に情報が継がれる事がなくなることだろう。それは混沌衝動である起源からの途切れを意味し、暗い魂の王でもある灰の理念に反する神の如き悪行だ。勿論、暗帝にとってもこの世に存在する上で必要とする信念であり、最低限の倫理であり、反人間的な人間性を陵辱する行いを進んでする価値がない。

 死を超えた死を他者へ与える地獄こそ―――暗い魂の正体だった。

 しかし、そのエーテルをソウル化し、暗帝は自分の魂に融かし落とす。オデュッセウスのソウルが自分となり、彼の思い、記憶、霊基が融合する。

 

「あぁ………―――熱い。実に、貴様は熱き男だ」

 

 変形機械兵器の操縦服をソウル(エーテル)で具現し、それをまたソウルとして魂に仕舞い込む。暗帝は三里離れた戦場で月の狩人と戦神の簒奪者が争い合う気配を感じ取り、狩人によってこの別れを邪魔される筈だったのを、戦神の慈悲によって防いで貰ったのを理解していた。

 恐らく、戦神の簒奪者は人間の味方をする太陽だ。正義の味方には程遠い自己の塊だが、人間以外の味方は決してしない男である。本質的にその在り方から外れず、その儘で闘争を尊ぶ雷神になりたい人間だった。暗帝は彼を有り難く思い、冒険者に別れを告げられた幸運を噛み締める。

 

「暗帝、ソレ――――神話の礼装かしら?」

 

「違うわ、魔女。貴様が分からぬ道理ではないだろうが」

 

「そう、残念。貴女に守護女神の加護があれば……いえ、軍神の剣もあれば良かったけれどね」

 

 口に加えた啓蒙的劇物入りの煙草を吸い、魔女はトロンと蕩けた瞳で英雄達の最期を見届けていた。巨大機械兵器の戦闘になど興味はなく、参加する気もなく、その気になれば電子回路を瞳からの神秘汚染で傀儡化することも出来るが、そうはしなかった。そうする意味を今の魔女は持っていなかった。

 手を出せば、人理に抗う選択をした遺志を穢す事になる。死は、死であってこそ価値がある。

 彼等の決死を見届けたいと言う欲望に、魔女が逆らう訳がなかった。狩人の業に染まった魔女の魂は、その遺志こそ守りたい最後の一線であった。

 

「はぁー……アイツ、月の狩人が来ています。さっさと逃げるが吉よ。どうせカルデアが来るまでの、お邪魔な厄病狩人様だから」

 

「良いのか。一目、挨拶だけでもすれば良かろう?」

 

「不必要です。星見の狩人が葦名には来るのですし、まずは狩りを全うするのが先決よ」

 

 口と鼻の三つの穴から煙を竜のように吐き出し、魔女は髪がボサボサになるのも構わず頭を掻き回す。頭蓋の内の、脳の瞳が疼き震えて堪らない。本当なら、狩って、狩って、狩って、血の酔いの儘に狩り尽くし、狩猟衝動の儘に殺し回りたいが、煙草を吸って我慢する。獣性が漏れ出る血の疼きを、血中に神秘的な煙を融かすことで抑え込む。同時に獣血が脳味噌へ流れ込み、瞳が人血に満ちて啓蒙が抑えられる。

 ―――愉しくて、楽しくて、ヒトの世界は堪らない。

 英霊達の足掻きは活路を見出した。灰がサーヴァント等へ求めた通り、彼らは良い障害となったのだろう。死ねば死ぬ程、霧がデーモンとして模倣する良き伝承源となった事だろう。

 

「これでアームズフォートの残りは一機ね。でも、アレには私の瞳は通じない。簒奪者の一人が直接乗り込んでいるから、他のヤツみたいに純粋な機械兵器として成立しない。

 そもそも、アレを倒す火力を誰も持ち得ない。

 聖剣の一撃さえ耐えた異聞人類史の軍事企業が開発した超兵器の、聖杯による復元要塞。オルガマリーのカルデアが支配する軍事企業群が、例え星が滅亡しても人類を管理する鋼の未来世界において、対宇宙生物戦争……アリストテレス殲滅作戦における軍事兵器の大元になった旧モデルたちの最高傑作の一つよ」

 

「だがその傑作の一である旗艦アンサラーは、抑止に抗うサーヴァントが撃ち落とした」

 

「それは……確かに、そう。けれど関東平野を蹂躙するグレートウォールを、英霊から継いだ程度の兵器で倒せると思うのですか?」

 

「余はどちらでも良いのだ、どちらでもな。単純に逃げるのが趣味ではないと言う話。

 だがな―――やるのだ。ただ、やらねばならぬ。

 見届けたのであれば、余がやらねばならぬ責務となった。それだけの事実だ」

 

 魔女は瞳を見開く。観測する数多の可能性たる未来を垣間見て、その結果が一瞬にして一つに集束される因果律の変動を察知した。

 別の可能性等と、そんな生易しい余裕を根源の法則から生じる運命に与えない。

 だから、煙草がどうしようもなく美味しく感じる。脳が蠢くのを強引に抑え込む人間性に溢れた自制行為が、まるで自慰行為にも似た快感を脳細胞に与えてしまう。それから瞳を逸らすように魔女は竜のように火の無い煙を吐き出し、指で叩いて灰を落とし、また深く吸い、繰り返し吐き吸って、燃え殻を地面に滑り落とした。

 そして、虫ケラな汚物を殺す様に踏み躙る。まるで煙草の燃え殻を誰か見立ているかのように、魂から憎悪を込めて躙り潰す。

 

「それじゃあ、暗帝……―――()りましょう」

 

「あぁ、破壊しようとも―――!」

 

 

 

 ■■■◇◆<●>◆◇■■■

 

 

 

 喫茶店、茶屋狼忍堂。店主を務める少年と副店長の少女。そして最近、そこの居候となった女性。葦名で流行るアゴニスト異常症候群により、悪魔憑きが頻繁に暴れる治安が極悪な葦名市街地ではあるが、その喫茶店は強い用心棒が住まう様になったので被害は抑えられていた。

 

「メリナ、ありがとうございます」

 

「構わないわ。居候料だもの、変若(おち)の巫女様」

 

「様は、要りませんよ?」

 

「気にしないで。私の拘りみたいなものだから」

 

「あら、そうですか?」

 

「そうなのです」

 

 悪魔憑きとしての能力を使って強盗に来た罹患者を狂死の巫女――メリナは、逆手持ちにした右手の短刀を暗殺術で振い、一瞬で五体を十七分割して四散させた。唯単に殺したのではなく、店内が悪魔憑きの体液で汚れない様、店外の表に連れ出した上で抹殺した。

 その上で運命の死により、魂の消滅からも蘇生可能な真性の不死でなかれば、根源なる星幽界に還る律に従わない魂でなければ、命の死を克服した程度の不死者を容易く殺す宵眼の黒炎で四散した死肉を焼き、悪魔憑きの蘇りを封じてしまった。

 即ち―――巫女の救い死。

 魂がまだ根源に帰れる程度の永遠ならば、幸福だ。悪魔憑きは灰や悪魔、あるいは簒奪者たちとは違い、人理の律に縛られる者であれば、運命の死を救いを齎すルーンとして受け入れる資格がある。異界で運営されていた律の死とは言え、魂にとって死であることに違いはない。

 との事で、路上の焼け焦げた死肉は公共機関の清掃員に任せ、狂死の巫女は変若の巫女に頭を下げ、店内へと戻った。運命の死に染まった愛刀を仕舞いつつ、爛れた狂眼と滾る宵眼を魔眼殺しの眼鏡で封じ込め、この特異点で得た自分の新しい仕事を始める。

 

「メリメリさん……茶、欲しい。後、おはぎ」

 

「はぁ……メリメリね、私はそれ好きじゃない。次にその渾名を言ったら脳天に刃を突き刺して、運命の死を解放するわ。それか、貴女の事を逆にユビユビと呼ぶわよ?」

 

「良いよ。可愛いと思うもの」

 

「やめて。だったら、ガスコインって呼びます」

 

「そ。じゃあ、止めます。その名は今の私に相応しくないし、ローレンスの糞野郎に勝手に付けられた家名だから。

 でも、ユビユビは言って良いよ?

 実は私、女の子同士のこう言うやり取りって憧れてたの」

 

「知ってます。貴女は隠してないから。だから、言わないから」

 

「ドケチさんね」

 

「はいはい、分かった。それじゃ貴女の注文は、お茶と饅頭ね」

 

「狼忍饅頭じゃなくて、クロウさんのおはぎね」

 

「そう。持ってくるから、大人しくしてなさい」

 

 巫女に馴れ馴れしく接する客の一人。女でありながら改造した神父服を着込み、頭には帽子を深く被り、長い金髪の毛を血塗れの赤いリボンで結ぶ狩人姿。顔立ちを十分以上に可愛らしいが、瞳が死んだ魚類のように暗く沈み、顔色も死人のように蒼褪めている。

 まるで少女の動く屍。神父服を着ているのが更に倒錯的な色気を出し、同性の巫女に対しても妙な劣情を与える雰囲気を纏っていた。

 

「ん~ん~~、うん、んんッ、んんー……」

 

「ご機嫌ね、ユビ。鼻歌で書類仕事かしら?」

 

「うん。アゴニスト異常症候群の原因と構造は解ってるけど、細胞変異の仕組が分かりそうなの。ソウルのデーモン化とは別の変態的進化だから、治験が難しくてね」

 

「―――……なら、良いけど。どう、大変かしら?」

 

「うん、大変。まさか、レポート作成なんて……人生、分からないもの。ついで、儘ならないものよ」

 

 この葦名において、人の成り果ては二種類。魂を喰らう衝動に囚われた亡者と、理性的に人の魂を食べる悦びに堕ちた悪魔憑き。どちらも、ユビ・ガスコインの勤め先である医療教会が予防する病魔であるが、どちらかと言えば悪魔憑きはまだ人の意識があるので治療対象となり、亡者は狂うばかりで駆除の対象であった。

 そんな悪魔憑き共が集められるのは、医療教会入院患者収容施設。

 別名、葦名病棟―――ローレンスの実験棟。ドクター・ロマンを名乗る人情派を装った外道医療学術者が管理人をする職場であり、ユビ・ガスコインの勤め先でもあった。

 ――血の臭い。生物の饐えた生臭さ。

 臓物と脳漿と眼球。体液塗れの残骸。

 デーモンに汚染された魂に適合することで肉体が変化し、人の形を喪失した罹患者。

 英霊のデーモン達に殺され、そのデモンズソウルに感染し、呪いを受けた悪魔憑き。

 魂に影響を受けて細胞が変質し、変貌した魂に相応しいカタチへと進化した新人類。

 血の狩人は継承した遺志が軋みを上げる嫌悪感を覚え、それに比例して脳が神秘を喜ぶのを実感し、その歓びにも比例して自分が作られた指の遺子へと変貌する違和感で、ある筈のない心が冷たく堕ちる感覚に襲われた。

 

「悪魔憑き狩りの狩人、と言うだけではないのね」

 

「ローレンスの御好意ってものよ。私からすると遠回しな嫌がらだけど。月の落とし子の指である私が、人語で意志疎通出来るからと良いおじさんが構い通しで……いや多分、彼からすれば私との楽しい共同研究の感覚で、善意によるものなのだけど。

 でも、人生何事も経験が栄養になるから、研究員の学術者ってのも得難いね」

 

「良い噂はないけど……?

 悪魔憑きが実験動物として消費されていると聞いてます」

 

「治験……―――夢のデーモンの、その赤子。教区長さんは、新しい思索で何時も研究が愉しそう。傍から見てると、発狂しては鎮静剤で急に静かになって、また発狂しては大人しくなるから、夢に出そうなほど怖いけど。

 ……でもね、メリナさんはそもそも、この葦名をどう思う?

 医療教会の血の医療は確かに、この特異点でアゴニスト異常症候群を治す医療といて機能してる。何より、人間の魂が根源との法則をこのまま維持するには、古い獣の討伐は必要不可欠」

 

「どうだろう……もう、どうでも良いのかもしれない。私は、まだ私の使命の為に死ねないだけだ。此処にいるのは、私が導いてしまったあの星に、今度は死への運命をまた導く為」

 

「そうなのね。巫女さんも、もう疲れてしまったのかしら?」

 

「いいえ。疲れはない」

 

「……そう」

 

 おはぎを食べ、その指に付いた餡子を狩人(ユビ)は舐め取る。甘い味がする。深く、濃く、だがしつこくない甘さ。あるいは、それは家庭の味に近かった。

 家族の記憶。指の狩人の鼓膜に残留するオルゴールの音。幸福だった思い出が遺志から掘り起こされ、自分が狩人ではない少女だった誰かの続きだと錯覚させる悪夢の音色。月血を継ぐ狩人の指でしかないと言うのに、指の狩人は月の眷属でしかない己を諦観しながら、この葦名と言う世界も諦めていた。

 

「所詮、此処は特異点。全員、カルデアによって殺される運命なの。

 私の生まれ故郷……ヤーナムと同じ、一夜の夢ってこと。その定めは誰にも変えられない。

 狼忍堂のクロウさんとオチさんは良い人で、生きていて欲しい。だけどカルデアによってその幸福は消される未来は決定してる。そもそも古い獣が狩り終われば、此処は灰と悪魔にとっても用済みになる」

 

「ええ。カルデアと言う人らが、幸福もあるこの地獄を滅ぼす」

 

「私の頭蓋骨の中にある御父様の脳細胞が教えてくれる……根源の法則で運営される人理の律は、どうしようもないんだってこと。

 ヤーナムが救われないのと、この特異点葦名が救われないのも同じことだわ」

 

「そうね。律から救われたいのなら、その今を変えるしか手段はない」

 

「獣は―――正しかった。

 自分の未来に救いを求めるのなら、自分の戦場から逃げるべきじゃなかった」

 

「そうね。だから私も、生まれの使命から逃げなかった」

 

「ふっふふふ、うふふふふふふ……!

 獣狩りをしていたお父さんが信じていた神様……お父さんがお母さんを殺した事が試練なら……神父さんが祈る先、そこに待つ真実に何の価値が有ると言うの?」

 

「貴女が人間なら、神に祈るべきではないわ。

 神の力、その奇跡と言う現象を操る為、人はただ技術の所作として祈るだけよ」

 

「あぁ、メリナさん……何故、貴女の運命の死は私の目覚めにならないの?

 何故、その爛れた黄色の瞳は、私の脳を発狂させて自我を喪わせてくれないの?」

 

「貴女は不死だから。その魂に還るべき場所はないのよ」

 

「知ってるよ……貴女、私を殺してくれたもの。狂い火の病も、喀血で体内から吹き抜けば、死んで狂わず元通り」

 

「魔眼殺しは感謝しているの、ユビ。本当に。

 けど、貴女の願いを叶えられる程、私はまだ人の魂を殺してルーンに還してない」

 

「感謝の意はローレンス先生にで良いよ。私はただの仲介だもの。それに、まだ私もどうしても死にたいって程、人生に絶望し切るような悟りもないの。

 ただ……ただね、死んだ人に会えないのが、私のこの遺志が不憫だなぁ……って、それだけ」

 

 コジマ汚染に適応した葦名市民と、その葦名市民が普段食べる汚染食品。その中で、狼忍堂の食べ物は自然的でかなりの絶品。

 食でのストレス緩和に、愚痴によるストレス発散。

 ユビがこの茶屋に通ってしまう理由としては十分過ぎることだ。

 

「おや、ユビ殿。こんにちは」

 

「こんにちは、クロウさん。おはぎ、頂いてるよ」

 

 おはぎを食べつつ茶を飲み、現世の地獄を言葉にして巫女へ吐き出していた狩人は、葦名最高のおはぎ職人の少年に深く頭を下げた。

 

「お早いですね、九郎」

 

「良い太郎柿が早目に見つかったのだ。そなたの好物だろう?」

 

「あら、それはまた……はい。ありがとう」

 

「こちらはメリナに」

 

「うん……――うん? え、ショットガン?」

 

 巫女はスっと剥き出しの儘に手渡しされた水平二連散弾銃を見たが、見ただけでは何も分からなかった。

 

「うむ。この店の常連になった者……確か、簒奪者と名乗っておったな。本名は知らぬ」

 

「―――……え?」

 

「お米ちゃんのお米最高、九郎ちゃんのおはぎ最高、と両手を立てたくの字にし、喜んでおったな。常連になって以降、彼女は何かと融通してくれるぞ」

 

「あー……それ、教会で遊んでる簒奪者ね。本人は工房のフォルロイザって名乗ってる。仕掛け武器とか現代兵器が好きで、医療教会の工房でボランティアしてる。

 なにか楽しい事とかないって、その人から頭の悪い変な頼み事をされたので、此処の喫茶店が美味しいと私が紹介しちゃったけど?」

 

「貴女が悪いわね。けれど御子様、良いのかしら?」

 

「私への護身用と頂いたのじゃが、私が使うと反動で骨が折れるやもしれぬ……」

 

「その人、馬鹿なの?」

 

「馬鹿よ。凄いの、本物。この間、教会を要塞化してたもの、趣味で。教区長さんが触手爪拳法で殴って止めてたけど、既にガトリング銃と大砲で改造されちゃってたわね」

 

「馬鹿じゃなくて狂人ね。でも、狂ってる方が良い仕事をするのが、人間の不可思議さだ」

 

「それで、あの教会があんなことに」

 

 アゴニスト異常症候群を抑える輸血液を無料配布する医療教会。人だかりが絶えない場所であり、巫女が前に見た時は既に改造済みであり、葦名城よりも城として機能する要塞みたいな武装化が成されていた。

 何処もかしくも狂っている。今一時は仕方ないと思考を放棄した狂死の巫女は、唐突に手に入った散弾銃をルーン化して自分の内側へ仕舞い、此処に来てしまった運命を思い煩う。

 治安のない荒れた街。無法地帯で生きる市民。亡者と悪魔憑きによる虐殺被害。罹患者を実験材料にする教会。輸血液による医療技術を盾にした民間人への心理的支配。霧から溢れ出るデーモンと、そのデーモンとなった伝承の英霊たち。

 そして―――頭の可笑しい簒奪者の群れ。悍ましいと言うが概念が壊れる程の、悪夢。

 狂死の巫女にとって奴等は謂わば、狂い火の王が流星群となって世界を弄んでいる状況に等しい。

 しかし、葦名市市内である此処はまだマシな部類。外側はより悍ましい状況になっている。アームズフォートはサーヴァント達の尽力で残り一つまで減らされたとはいえ、まだ地上最強の一つが破壊されずに残っていた。

 

 

 

―――――<㋱>――――

 

 

 

 感謝される事に、星見の狩人(オルガマリー)は慣れていなかった。人助けに興味は湧かず、誰かを助けられたとしても、善行に対する有意な実感など欠片も無かった。死人の遺志を使って自分の意志に影響を与えることで感情を作れはするが、本当は嬉しいとも楽しいとも思わず、人助け為に行った狩猟行為の方に愉しみを見出す人格破綻者だ。彼女は既に、自分が本来持っていた筈の当たり前な人間性がヤーナムで砕け散ってしまっているのを理解しており、世界を救おうとも自分が永遠に救われる事がないと啓蒙されていた。

 何を救おうとも、善性への実感が存在し得ない葛藤。

 善人で在ると自分を偽り、聖人君子を真似して無償の慈善を人に施しても喜びはなく、故に自分の幸福に還る願望を持ち得ない。それを求めても、やはり狩人は狩りこそを尊び喜ぶ生物でしかなく、それ以外に得られた感情も啓蒙的学術の探求心を満たす愉悦しかなかった。

 とは言え、今の彼女には人間性がある。人理の律において獣性とも呼べる感情の種を持ち、偽りだと思っていたそれらを愉しめる心を持った。呼び起こすには今まで通りに感応する精神と混ざる人間性が他者との関わりを必要とするが、思えればソレが本心となる。今のオルガマリーにとってその在り様が精神の正体。

 しかし、自分のサーヴァントである忍びの手前、非人間的な行動を取る気はなかった。ヤーナムで彼女が心底から愉しんで行っていたビルゲンワースと同じ探求心を満たす冒涜的殺戮行為など以ての外。誰かに嫌われるのは良いが、何故か自分の忍びに嫌悪感を向けられるかもしれない可能性に、彼女は僅かばかりの嫌悪感を覚えていた。対人関係に恐怖心などないが、何故か特定の人物に嫌われると気持ち悪い気分になる。

 恐らく、ただ狩るだけではなく、守りもしたのはそれだけ。あるいは藤丸やマシュなら、そうすれば流石所長と何時も通りに褒めるだろうと言う思いもあり、彼女はこんな自分があの二人にそんな影響を受けている事実を非人間的に嬉しく思う。人の心を喪いはしたが、人の思いを理解する思考回路まで失った訳ではないと、彼女は人助けをする度に虚しくも喜ばしい実感を得られたのだろう。

 

「主殿……」

 

「何よ、隻狼……良いじゃない。駄目だって言うの?

 貴方だって、為すべき事を為すのだよって、私に言ってたじゃないの?」

 

「いえ、構いませぬ。貴女を主とした己が意志に、変わりはなし。しかしながら……少々、身を削り過ぎではないかと」

 

「別に……食糧とか、別に要らないし。別にね」

 

「では、先程の……腹の虫の鳴き声は、如何に」

 

「ウッッサいわね!!」

 

 他の者が皆無な二人旅。所長は意図的に顔を恥ずかしがり屋な女性のように血液操作で赤めらせ、人間ごっこを本気で演じる。それが善い人間性だと自分を啓蒙する。

 実は対人関係に鈍い忍びは、所長が本心から恥ずかしいと思っていないことは悟っていたが、何か楽しそうなのは事実なので特に気にはしていなかった。

 

「あー、もう……保存食のおはぎはないのよね?」

 

「ありませぬ」

 

「柿は? 干し柿でも可」

 

「ありませぬ」

 

「飴ちゃんでも良いのよ?」

 

「加護を受け、余計に腹が減りまする」

 

「ひゃー!! もう、ヒャッハーもんね!! 流石の狩人でも血味とかも飽きてるのよ、もう!!

 ―――煙草、吸お。そうしましょ。

 血酒とか呑むなら、こっちで気晴らした方がまだマシね」

 

「確かに、そちらが健全かと」

 

「すぱー……はぁ、隻狼も吸う?」

 

「要りませぬ。独特の臭いが服に染み、気配を自然へと混ぜるのに……手間が掛かるため」

 

「あら、そう……ん?

 それって遠回しに私が臭いって言ってない?」

 

「……は」

 

「は、じゃないわよ!!」

 

「主に偽りを告ぐ忍びは、掟に反しまする」

 

「そりゃそーだけども!?

 ……はぁ、そもそもあの修羅のデーモンって、絶対に貴方だったじゃない?」

 

「は……それ故、手早く仕留めた」

 

「マスターの私がドン引く程の、覚悟のガン決まり具合だったわ。真空派を生み出す剣戟で切り刻み、居合からの抜刀で神速の連続斬撃で細切れにして、その後は火炎放射で焼却とか怖い程の殺意よ」

 

「修羅など……居る事そのものが、罪深き悪。人の悪の営みにより生まれた想念……その積み先は、斬ることが救い。

 しかし、あれは怨嗟が積もる先ですらなく、ただ、ただただ……怨念の塊への成れ果てとあれば、幻の鬼だろうと……介錯を為すことが忍びの業でありまする」

 

「そうなの?」

 

「――は……」

 

「じゃあ、別に良いけどね。でも、そのデーモンとそっくりだからと、最初はあの村の連中に石ころをベースボールのピッチャーみたいに投げられたじゃないの。

 私はほら、色々察する異次元の天才だから、因果関係がうわぁっと理解したけど……」

 

「当たらなければ、因果は生じませぬ故……俺が怨嗟を向けるのも、それは間違い」

 

「そっか。ま、ファーストコンタクトの擦れ違い程度、障害じゃない。私の啓蒙的交渉術で阿保で悲劇的な勘違いは直ぐ解けるから問題はないわ」

 

「……御意」

 

 デーモンに襲われていた村を救い、二人は少しばかり滞在して情報収集した後、再び日本国の荒野を歩き続けていた。

 日本国首都―――葦名都。

 その都庁所在地、葦名市。

 又、政府主要機関が密集する政治都市であり、大崩壊が始まる前は世界有数の栄えた街であり、国際社会の中心の一つ。其処が目的であり、今は侵入出来ずともまずは瞳で見て、情報を啓蒙されなくては突破口も見出せない。

 

「北ね、北。まずは北に向かわないと」

 

 恐らく人類史日本国において東京都があった筈のそこは、この特異点葦名では東都県と呼ばれ、巨大国際貿易都市として栄えた経済特区であったが、今はもう瓦礫と廃墟だけの廃都。あるいは、人以外にも化け物も住んでいるため死都と呼ぶ事も出来るだろう。

 転移した所長と忍びは薩摩県から北へ上り、南都県を過ぎ、境府の奴隷市と京都府の刑務市を過ぎ、此処まで来たがまだまだ旅は長い。

 所長は少し感傷と言うものを意図的に思い煩う。此処まで真っ直ぐ進んで来た訳でもなく、寄り道も多かった。進んだ軍事技術による殺戮機械が市場に当然のように流れ、魔術とソウルの業が民間にも浸透し、挙げ句の果てに伝承から具現したデーモンが魔物となって徘徊する地獄領域の魔国。更には亡者と悪魔憑きまで人間が変貌し、誰もがソウルに餓えており、己が人間性を保つ為に殺戮を行うのが自然の営みとなる悪夢。

 即ち、例外無く不老不死が実現した理想郷であり、命が死ねないと言う末路の失楽園でもあった。

 此処は最早、根源の律からも隔絶した永続的独立特異点。人理に属さないのではなく、剪定事象にも選ばれない世界そのものがソウルによって不死化した絵画的異界(テクスチャ)。そんな有り様を思えば、狩猟狂いで学術好きな所長だろうと、一過性の悪意を向けられた程度では負の想念を覚えない。

 自分が世話になり、また世話をした廃都の村へと振り返る。善い人もいれば悪い人もいて、老若男女がいる集落であり、そう思った瞬間――――巨大過ぎる兵器がその村を轢き潰し、あっさりと通り過ぎて行った。

 

「―――あ……?」

 

 廃墟が今度こそ、全て瓦礫に変わった。関東平野の支配者、アームズフォート―――グレートウォール。

 それを見ることで聖杯より呼び出された異聞存在の情報を脳の瞳が啓蒙し、脳細胞が情報を受けて電気信号がシナプスを駆け周り、その有り得ざる未来世界のカルデアが持つ技術力を所長は啓蒙される。

 村人は挽肉と呼べる酷い有り様で死に、幼児が好奇心で蟻を踏み潰した様な屍となった。兵器と人間の大きさを比較すれば、そのサイズ感が丁度良いだろう。だが獣の霧によってソウルに囚われている故に死は問題ではない。既に国全体が儀式によって転生しており、此処の住民は死なずの人間。今の日本国で限りある命を持つのは、儀式後に抑止力から呼び出されたサーヴァント程度。問題なのは、この死が最後の一押しとなって亡者化した者もいれば、悪魔憑きとして覚醒した者もいることだろう。

 

万里の長城(グレートウォール)ね……っ―――ふん、それを移動要塞にする発想は確かに啓蒙的ね。

 流石、異聞世界においてカルデアによって戦争経済を支配する私。こんなのを配下の軍事企業に造らせて、皆で殺し合って軍事技術を発展させて、惑星内で技術力のブレイクスルーが起きるまで宇宙進出をアサルト・セルで封じさせ、地球人類圏を蟲毒の壺に見立てて機械文明の高次元化を目指すとか、唾棄すべき変態女だわ。

 アレゴリカル・マニュピュレーション・システムの適性は、魔術回路を媒体とした霊子的接続による脳髄演算機の操作で……まぁ今のカルデアでも十分に出来るし、ホムンクルスを部品に使うボーダーのAMS生体演算装置にも組み込んであるけど。

 しかし、自分でそのAC型兵器を造っておいて、そのACネクストタイプを倒す為のAFも造らせる何て、何をどう思えば此処までに私は成り果てるのだか……」

 

「主殿、意味が分かりませぬが……いえ、それよりも、まずは助けに」

 

「無駄よ、無駄。それにデーモンからソウルを奪われる訳じゃないから、ただ死んだ程度でそこまでの人的被害はない筈。

 ギリギリで自我を保っていた亡者間際の人は、これが止めになってるから助けられないしね」

 

「だが……」

 

「そもそも簒奪者が列車には乗ってるみたい。それに殺した所であいつら平気で蘇るし、百人以上いる内の一体を葦名の復活拠点に送る程度しか出来ないわよ」

 

「……は。御意の儘に」

 

「どうにもならない簒奪者より、まずは未来異聞世界から特異点に流れ落ちた機械文明兵器の撃滅が必要みたい。

 そもそも全てのアームズフォートを破壊しないと……あれ、どうも破壊しなくても葦名市には入れるから……賢し過ぎて馬鹿な行動する簒奪者の趣味の産物で……でも残ってると後々に厄介になるって未来情報がやっぱり啓蒙されるし?

 そもそも見た感じ、サーヴァント狩りに使っていた悪趣味な兵器ってところね。けど人殺しには戦力過剰が過ぎる変態兵器で……うーん、これ使い始めたのにやっぱり理由とかないんじゃ……?

 そもそも葦名市に対する守りなんて簒奪者の一人がソウルの業で結界を張り、夢幻境界にすれば平行世界からも侵入なんて不可能になるのに、こんな物理兵器で虱潰しで外敵を殺して守る必要が……あ、やっぱり無いわね。理由とか。

 そもそも走るだけで葦名市とか消えるじゃないの、あれ……奪い取って使うのが吉かもね。でも絶対破壊しろって、瞳を“膿”む青ざめた私の脳細胞が囁いてるのよね。

 良し―――やっぱ破壊ね破壊、完全破壊!

 手に入れても良さそうじゃないって見えたから、残念だけど破壊します!!」

 

「御意……」

 

「今度の村に車とか有れば良いなぁ……場所的にサイタマって所だけど、機械がある位には栄えてるのかしらね。どう隻狼、車あったら運転出来る?」

 

「すみませぬ」

 

「分かったわ。私のドラテクがパイルバンカーする時が来ましたか……ふふふ、アニムスフィアは私の代よりカーレースでも魔術協会最強よ。

 むしろ、カルデア傘下の自動車企業において、私こそ最高のスポンサーにしてドライバーですしね」

 

「……は」

 

 主の言葉が良く分からない時、忍びは意味深く深刻そうな深みのある表情でそれっぽく頷き、雰囲気だけは所長が求める空気にして醸し出していた。彼は長いカルデア生活と日本国葦名の二人旅を経て、忍びとしてそこまで万能になってしまっていた。

 

「じゃ、また歩きましょうか。まずは葦名市に入り込むのが先決だから。あの列車兵器を破壊するのはカルデアから藤丸が狂い星を連れて来た後にし、戦力も集めないといけません。

 ―――うん、あれ……私、何て言った? 狂い星……狂い星ってそれ?

 黄色の波動……狂気の瞳、星の王……うわぁ……見なきゃ良かった……これマジで?」

 

「如何した、主殿?」

 

「うぅーん、と……今は良く分かんない。葦名で啓蒙の材料が揃ったら説明します」

 

 頭部と眼球から血を流しながら、所長は無気力に項垂れつつ歩き出す。一度見た事で事象と因果律を把握し、通り過ぎた列車兵器の巡回ルートを既に彼女は見通し、安全な旅路を啓蒙されているので足取りだけは確かであった。とは言え、簒奪者が乗り込むことで運命など有って無いような状態で、未来予測など簒奪者相手に何の意味もないのだろうが、そこに何の刺激もなければ予定通りに進むのも所長は解していた。

 アームズフォートと英霊狩りを好む簒奪者等による惨劇―――サーヴァントの絶滅。

 それは決定した未来。現れるデーモンの種類の数だけ、この特異点で英霊達が殺された事実であり、魂の情報がソウルの霧に融けた証拠であった。

 そして最後のサーヴァント達が旗艦アンサラーと相打った光景も、所長は既に過去視と千里眼で瞳に映していた。その時が起こる前に自分がこの葦名に来ていれば、アームズフォートの残骸からAC部品を錬金術と魔術で造り、サーヴァントが召喚する人型決戦兵器宝具に改造も出来、勝てた可能性もあったと所長は思うが、その偶然は時間が過ぎ去ることで許されなかった。

 

〝簒奪者狩りと灰狩り、太陽落としと暗月崩し……そして、闇を晴らして火を失くす。勝つ方法はそれ。でも、それは古い獣狩りの失敗を意味する。あの獣を狩らないと、根源と人理を結ぶ魂の律が終わりを迎える。

 ―――さて、何から始めますか。

 その為の準備に、最後のアームズフォートを破壊しないといけないから……”

 

 瞳と脳細胞を全力全開で回転させ、所長は脳内暗算で賢者の石を超える未来演算を行い、瞳の紐が蠢き思索を啓蒙し、思考の瞳が新しく芽生え出す。考えるだけで進化する星見の狩人は今も尚、際限なく、限界を宇宙よりも深く沈めて考え続けた。

 ―――血が、足りない。力が、まだ足りない。

 血質(獣性)神秘(啓蒙)の他にも、月の狩人のように、灰や悪魔のように、新たな数値的概念を己が魂に組み込みたい。その為に暗い霧の血を混血しろと瞳が啓蒙する。葦名には星見の狩人が欲する暗い血に溢れている。

 きっと忍びも強くなるだろう。魂を改竄する行いなど珍しい外法ではないだろう。 

 所長の足は力強く進む。デーモンを狩って得た力は素晴しかった。葦名にはそれを超える啓蒙が溢れているのだから。

 

「あ。そう思えば何だけど、隻狼―――」

 

「……何か」

 

「―――全部、殺すけど?」

 

 その宣告は徹頭徹尾、正しさしかない血の心。元からこの所長、特異点における邪魔者は、必要なら特異点ごと皆殺しにする冷徹の理性を持つ。

 それは魔術師だからでも、狩人だからでもなく、役職や役割で自分を律することもなく、等身大の思索によって罪科を良しとする悪辣さを原因とする。

 

「構いませぬ」

 

「何人かは特別扱い出来るし、無理に英霊登録して遺志を召喚式に組み込めるっちゃ組み込めるけど……良いのね?」

 

「は……―――元より、断ち切る為の旅。

 永遠を生きる死なずの業を、救いとする人ではありませぬ」

 

「分かった。確かに英霊なんてお化けの一種で、座に囚われ人理に使役され続ける死なずの奴隷。

 人理を救うと言う私的利用で彼らを召喚使役する私のカルデアは、永遠による災いを嫌う人には悪になるわよねぇ……」

 

「…………」

 

「良いのよ、別に。素直な感想を言ってもね」

 

「……いえ。必要とあらば、命を道具とするのも忍びの業。慣れて、おりまする」

 

「そうね。魔術師も同じだわ……うん、慣れてる」

 

 より善き未来の為に今の人理を変えようとする人間的願望の遂行―――人理編纂。つまり、今の人理が生み出した現状の人理を否定する人間性。人類史が生み出した人理の敵対者とは、人類に対する失望と絶望を持ち得る人類愛故に積み重ね、それより生じた獣性にとって善き未来へ至る新たな人理を求める理想主義者。

 だが本来のオルガマリーに愛はなく、故に人類愛は有り得無く、知的好奇心の儘に意思が描く思索の為の、知的生命種社会実験。それは進化する為だけに存在する理想社会であり、経済活動がイコールで闘争心となって戦争を為す世界。

 とは言え、その企みは灰が人間性を与える事で阻止された。人理に感応する精神が獣性に反する啓蒙的思索を人類史に作用するのではなく、啓蒙と獣性と他にも人間的感情が精神性となり、人類愛と呼べる心を持つ故にオルガマリーはカルデアによる思索実験を行わないだろう。そして人理焼却が無ければ彼女のカルデアが世界を支配し、人理焼却もカルデアにマリスビリーが灰が招いていなければオルガマリー単身で獣を狩り取り、やはり彼女のカルデアが世界を理想的な進化をする社会へと作り直していたことだ。

 ビーストに転ずる資格を得たことで、オルガマリーは世界を思いの儘にする自身の"思索”に葛藤する機能を得てしまった。灰からすれば、心ない虫みたいに機能的に生きるだけの彼女へ人間性を与えることで、どんな魂魄反応をするのか見てみたい実験だったのかもしれず、同時に友人として感情を教えたい善意であり、そのことでオルガマリーは古都で死んだ筈の"人間”と言う精神に感応し、その人間性を復活させたのだろう。

 

「しかし、だからこそ、この特異点は私にとって素晴らしいの。だって未来産業になるロボットは良い……凄く、良いのよ。その時代に妄想とされる未来予想こそ、新世界の想定航行図。

 昔は只の思索実験だったけど、今は心から楽しめる興奮と幸福の人間性を灰から与えられた。これが人間の魂が持つ愛と希望にして、より良き繁栄を願って作られた人類史を紡ぐ善なる想念であり、時空間を超越する絶対的熱量。

 即ち――未知なる未来への、浪漫(ロマン)

 私はカルデアを道具として使い、宇宙文明に現代文明を発展させ、惑星生存圏の制限のない新たな人類社会こそ、既存人理を不要とする新生人理の汎人類種族……と言うの見てみたかったけど、それがビーストの種子となる獣性になる要因になってしまっていた。

 これ、どうすれば良いと思う。隻狼?」

 

「む……主殿、すみませぬ。俺には、考え方も考えつきませぬ」

 

「我が獣性こそ浪漫ってことよ、あっはははははっはははははははははははははは!!

 ―――ネクスト、欲しいなぁ……凄く欲しいです。

 今の葦名じゃあ全部壊れて灰燼に還っちゃったか、機械兵器型宝具の修理素材になってたけど、過去視観測のデータ収集は出来たし、ノーマルなら此処でも素材があれば造れるし―――うん、作っちゃおうかな!」

 

「宜しいかと」

 

「そっかー、そっかそうかぁ……隻狼が言うなら仕方ないわね。うん、仕方無し!」

 

 脳内でシャドウ・ボーダー改造案を描きつつ、彼女はまず新たな啓蒙的直感に脳細胞を痺れさせた。忍びはロボットと聞いても葦名の交通手段である巨大注連縄人形くらいしか想像力が働かないが、そもそも注連縄人形を思い浮かぶ時点で一般からすればかなり想像力豊かなになる経験の持ち主である。

 

「その為にロボ乗りの一大盗賊団がいる軽井沢……寄ってみようか、悩みます」

 

「御意の儘に……」

 

「貴方、ロボ斬りも手慣れたものね?」

 

「否定はしませぬが……いえ、既に得意かと」

 

「電子機械などの機兵狩りの業も覚えました。更に私は魔術も使えば、電磁パルスの錬金術も理論に混ぜ、思考回路と電子回路を繋げられるから。更に啓蒙的思念波長で対魔術加工されていても意味ないし、電磁波遮断も魔力阻害も無効化だしね。

 向かう所、私達に敵は無し!

 なので一方的な無双状態を愉しみましょう。

 私も一回は現実で、ロボット兵器のパイロットになってみたかったのよ。カルデアのVR空間でロボゲーを遊んでいたけど、やっぱりこの泥臭い操作感が堪らないわ。

 まぁウザッたらしい簒奪者が葦名市外を徘徊して殺されることもあるけど、アイツら以外には何とかなるものね」

 

「……は」

 

 一人一人が太陽並みの熱力を誇る火を魂内に持ち、虚数空間の如き暗黒空洞に等しい深淵の暗い魂に至り、挙げ句の果てに精神性が無の境地を超えたナニカと成り果て、武器を振う技術力は達人にとっての達人と言えるEXランクの技巧派狂いにして、魂を物理的に素手で粉砕する脳味噌筋肉人間の極致。そんな連中が何の変哲もない一般人として生活するのが葦名らしい。忍びは所長がそう聞き、確かに彼が葦名市外で稀に出会う簒奪者は正しくソレとしか言えない異次元の化け物だけしかない。

 その連中が一番の障害なのだが、と忍びは思ったが口にはしなかった。

 二人掛りで挑めば何とか撤退戦は可能ではギリギリで可能なので、不死性を抹殺されて魂の情報を消去する死以上の死で以って殺されるような事態には陥っておらず、まだ何とか殺されても普通に死ぬだけで逃げられる。しかし、そんな簒奪者を百人以上は味方に付ける灰を、どう殺せば良いかは全く見当も付かないのも当然だった。何よりも葦名で得られた情報から、灰もまたそんな簒奪者の一人であり、且つその灰自身が学者肌タイプであり、簒奪者連中の中だと中堅から上位の間程度の戦闘能力と言うのが恐ろしい。と言うよりも、全員の力量がほぼ僅差であるので、百回戦えば精々勝敗の差が十程度しかないのだが。

 その絶望感を簒奪者に殺されて良く理解している忍びは、葦名攻略の絶望的難易度を愉しむ事で理性的に正しく楽観視出来る所長の精神性が悍ましく感じる。彼女にとって死ぬ事も殺す事も、もはや娯楽の範疇でしかないのだろう。自分が死ぬことを勘定に入れた特攻も戦術の一つでしかなく、強い敵がいることは素晴しい出来事でしかなく、それを殺す好機を得たことが狩人にとって更に素晴しい幸運なのだ。尤も忍びもまた強敵との死合いは愉しみであり、命に等しい魂の尊厳であり、忍びの信条に並ぶ存在理由として魂に刻まれてしまっているのだが。

 

「貴方の肯定は実に心強い。さて、疼いて堪んない狩人心を初心に戻してメッチャ狩るぞ~……ふっはっははははははは!

 簒奪者は殺して殺して、何人も何回も狩り殺し、片っ端から狩り尽くす!

 空っぽにした頭に血に飢えた獣性を注ぎ、啓蒙的殺戮技術を無心で使い潰し、殺意に専心する愚かなる馬鹿な阿保になって狩って良い敵なんて―――最高(サイッコゥ)じゃないの!!」

 

 舌の味覚に血の味が広がる幻覚を感じる。所長は瞳を真っ赤に充血させ、だが顔色は青ざめさせ、遺志に満ちる魂を歓喜に振わせる。自分を殺し得る困難は、冒涜的悪夢である程に素晴しいのだから。

 機械文明の兵器軍。肉体を作り変える不死の病魔。伝承の悪魔を生む霧の侵食。人間の魂が究極へ至った簒奪者の群れ。

 そして上空に浮かぶ直列恒星魔術回路(ファーストフレイム・サーキット)。それが灰と悪魔が用意した世界を救う冒涜だ。これを殺すには、それこそ人理を破壊する古い獣に並ぶ力が必要になるだろう。人間性を捧げた結果、この様になるならば灰は、やはりどんな世界を救おうとも火の無い灰でしかなかった。

 

「最高だから、きっと私は―――人間だ。

 此処は恐怖を忘れた私に、恐怖を愉しむ心が蘇るような悪夢なのだから」

 

 童女のように微笑み、彼女はクルリクルリと荒野で回る。目の廻った脳の瞳のように、くるりくるりと夢に酔う。それを見る忍びは修羅の悦楽が火を灯し、眼前の女を意味もなく斬り殺したい怨嗟の衝動が生まれるが、既に呑み乾した狂気に過ぎず、何時も通りに渋い表情を深めるだけだった。

 きっと、この日本国葦名の世は平穏なのだろう。過酷な戦国でも更に悍ましい戦乱の葦名国を生きた忍びも、古都ヤーナムで獣狩りの夜に酔い続けた所長も、この世である人理も所詮は同じ世だと正しく理解していた。住まう者の価値基準でしかなく、人は獣となる醜い動物で在ることを否定出来る人間はおらず、それを否定可能なのは虐殺と怨嗟を喜びとする冒涜的殺戮者だけだろう。

 夜空で煌く星のように、不幸も巡るのが世の常だ。生きている内に順番が来るか、その前に死ねるかだけの違い。この特異点に巻き込まれた人々は極論、生まれた人理世界における間が悪かっただけだ。

 二人は自分と他人の不幸を割り切ってしま得る人間性であり、人の死と苦痛には無関心だった。ただせめて忍びは自分が殺す相手にだけは僅かばかりの慈悲の念を覚えて供養し、所長は狩人の業として狩り殺した相手の遺志を継いで自分の内に葬送するのみだ。

 

「そう在れば……俺もまた、恐怖される人の怨嗟を……斬ってやることしか、出来ませぬ故」

 

「良いじゃないの。それが忍びとしての責務なんでしょう?」

 

「……………は」

 

 素晴しい良き旅にはならないと二人には確信があった。同時に、暗くとも楽しい旅になる予感があった。オルガマリーは変わらず楽し気に歩き、狼は黙々と彼女の少し斜め後ろに付いて行く。一歩進めば荒野に足跡が踏まれ、風が吹けば過去が忘却されるように足跡が消え、しかし歩きを止めなければ軌跡は続いて行く。

 だから、きっと何も変わらない旅だった。何事も変え難い思い出になる。

 良くも悪くも、楽も苦も、歩き続けた旅路全ての記憶が魂に融けるのだ。

 二人はそれを理解しているからこそ、迷わずに突き進める。ゴールを決めていなくとも、不死であろうとも、最初の一歩があれば最後の一歩もまたあり、旅は必ず終わるもの。その続きがあるのだとしても、それはまた新しい旅であるのだから。

 

 

 

====<◎>====

 

 

 

 日本企業、アシナ重工。国家と契約を結んだ複合企業であったが、霧による国際社会崩壊後の世界において、葦名唯一の大企業となった株式会社。と言っても、既に株を買う相手など葦名幕府征夷大将軍である葦名一心一人しか存在しないのだが。

 よって二人が乗り、皇帝特権(騎乗:A+)暗帝(ネロ)が運転するサイドカー付き二輪自動車もその会社によるもの。

 とは言え、廃車となって放棄されていたのを皇帝特権(道具作成:A)で修理した物であり、魔女による仕掛け武器の工房知識も応用され、諸々に違法改造されたモンスターバイクであるのだが。

 

「貴女、運転上手いわね!!」

 

「何だ、爆音で聞こえぬ!?」

 

「上手いっつって褒めてんの!!!!」

 

「そうかそうか!! ふははははは! 余は万能の天才故な!!」

 

「―――で、逃げ切れんの!!?」

 

「余が、知るかぁぁああああ!!!」

 

 全長六千四百メートル。高さ百五十メートル。幅五十メートル。動力車両二機。戦闘車両三機。格納車両二機。地上最強の移動要塞にして、兵器格納母艦。

 関東平野を蹂躙する破壊兵器、アームズ・フォート―――グレートウォール。

 比較すれば米粒程の大きさもないサイドカーバイクを轢かんと、その超兵器が地面を砕きながら疾走していた。

 

「と言うか、敵拠点そのものが動くって此処はどんな特異点よ!!?」

 

「オルガマリー・アニムスフィアのカルデアに言え!! 技術流入の大元は奴の邪悪が元凶だ!!」

 

「カルデア、死すべし!! 死すべし!!」

 

 テンションの儘に散弾銃を背後の列車兵器に向けて魔女は撃つが、その光景を見る百人中百人が予想する通り、銃弾の傷が付くだけで装甲にダメージは皆無。そもそも大陸弾道ミサイルや超音速の電磁滑空砲(レールカノン)を弾き返す装甲に対し、対人銃火器など無力。

 この兵器こそ、核弾頭による都市殲滅熱波攻撃さえ設計上は防ぐ地上最強の移動要塞。それはただそう在るだけで凶悪な概念武装でもあった。

 

「もう駄目だ、御仕舞よ。私は此処で轢き潰されるんだ……さぁ暗帝、私がワープする時間稼ぎの為、貴女が囮になって逃げて下さい」

 

「この魔女、どうせ死んでも蘇るからと諦めるのが早過ぎるのだ!?」

 

「無抵抗で死ぬのは癪に触るのよ!!」

 

 そして、武装車両から追尾式ミサイルが数十発と発射される。勿論、目標は眼前を走る二人乗りバイク。

 

「それ何回目ですか!? 面倒臭いわねッ!!」

 

 サイドカーに乗る魔女は身を乗り出し、両手に改造済み重機関(ガトリング)銃を二挺装備。そのまま上空から自分達に向かって飛来するミサイル軍勢へ目掛けて連射し、弾丸を当てる事でミサイル内部の火薬を誘爆させた。

 結果、空には鼓膜を破る爆音と共に苛烈極まる花火が炸裂。魔女は音速移動する物体に対して、回転式機関銃を連射した上で狙撃し、その悉くを撃ち落とす悪夢染みた荒技を披露した。

 

「うぅわっはっはっはははは!

 これぞ正しく私の両腕は回転銃身(ダブルガトリング)ってことね!!」

 

 異様なまで昂奮する魔女は普段口にしない趣味である作家活動に属する思い付き―――即ち、漫画作家的冗談を笑いながら言葉にし、汎人類史を取り戻す重要性を再認識した。

 言葉にするのも悍ましい邪悪なる罪科を経て、素晴らしき消費現代文化が構築されたのであれば、地獄(ジンリ)の中でこそ生きる苦痛を忘れられる娯楽は花開くのだと。

 

「なんだそのダブルガトリングとか言う芸術センスの塊みたいな名称は!!?」

 

「憐れなる思春期の落とし子は最高に心が痛い文明ってことよ!!

 元凶開花させた筈の日本がこれじゃ目も当てられない皮肉だけどね!!」

 

 更にエーテルでも真エーテルでもソウルでもない空間滞留する魔力類似エネルギー―――コジマ粒子が粒子熱波大砲(レーザーカノン)の銃身内部で胎動し、蒼白い光熱反応が禍々しく光り出す。

 カルデアの啓蒙的科学技術の結晶である砲台こそ―――コジマ粒子砲(キャノン)

 本来ならば数百人体制で運営するこの要塞列車を一人で運転する簒奪者の一人は、過剰火力で相手を殲滅する事に歓びを覚える灰であり、他簒奪者からは工房の簒奪者(フォルロイザ)と呼ばれる開発狂い。召喚仲間である機巧の簒奪者(エアダイス)と絡繰の簒奪者(ファロス)と共同で古い獣の聖杯を幾十個も使い、学習した現代文明や魔術技術を応用し、更に得た異聞世界機械文明の情報を解明した事で―――この様と、成り果てる。

 

「神を撃ち落とせても、ビームは無理(アウト)ォッ!!」

 

「安心しろ魔女、余のドラテクは粒子発射速度も容易く見切るのだ!!」

 

「コジマ粒子砲と一緒に、超大型グレネードが数発来ますけど!?」

 

「範囲攻撃は余もちょっとな……?」

 

この畜生が(ポルカミゼーリア)―――!!」

 

「おい。ローマ皇帝たる余をイタリア語で罵倒するか、普通?」

 

「アンタに言ったんじゃないっての!?」

 

「分かっておる。お、こんな愚痴り合いしておれば、相手の攻撃準備が整ってしまったな」

 

 皇帝特権(ソウルの業:EX)で闇術・反動(リペル)を使い、暗帝は暗い黒色膜をバイク周辺を覆いながら展開。グレネードの範囲攻撃とコジマレーザーが直撃するも、世界を別つ暗黒障壁は高次元干渉も遮断する魂の拒絶であり、攻撃自体には無傷。

 しかし周囲数百メートルの地面が抉られたことで吹き飛び、だが皇帝特権(騎乗&魔力放出:A)で空中滑走。更には飛んでいる砕けた岩盤も足場にして撥ねるようにバイクは進み、千分の一秒後に訪れる死を予測し続ける灼熱の思考回路に暗帝は専心し、石飛礫の嵐を走り抜けた。暗帝は周囲に示す自尊心以上の運転技術(ドライビングテクニック)を披露し、平然とまた巨大列車からの逃走劇を続けていた。

 

「ふはっはははははは! 名探偵のデーモン以外にも、余は怪盗のデーモンを倒しておる!

 これぞ日本に召喚されたアルセーヌ・ルパンの知名度補正によるルパン走り(ドラテク)よ。日本人が抱くあやつへの幻想を余は理解出来る女である故に、このロマンは愉しいのだ!!」

 

「デーモンなのに女誑しって言うあの男かぁ……ってか、あれって孫の設定ではありません?」

 

「愚か者め! 探偵がバリツとか言う謎日本武術を、日本の此処では更に技巧が強化されて使うのだ!?

 ローマ皇帝の余が認めるアイドル文化発祥の変態民族の、あの日本人が幻想に向ける知名度補正を舐めるで無い!!」

 

「座の住人は本当、何とも言えない面白伝承も魂へと序でみたいに情報追加されて……あぁ、その魂を憐れむしかないなんて」

 

 聖処女(オリジナル)が姉属性にトランスする悪夢が脳内でフラッシュバックし、魔女はサーヴァントに宿る業の深さを改めて実感。英霊の座には死んだ人間本人の魂を記録情報として素材の核にし、他様々な伝承情報を材料として融合させて英霊を形作る機能を持つが、それが魂にとって喜ばしいことだとは限らない。

 聖女が妹狂いの姉になるのなら、情報の追加記載など不可思議とも呼べないのだろう。

 きっとアイドルの英霊もいるのでしょう、と魔女らしく上から皮肉目線で逆十字の憐れみ(エーメン)を行い、ソロモン王に責務を与えた天の館に住む者へと敬虔な使徒のような優しい憎悪で微笑んだ。人に向ける憐憫が獣性であるならば、きっと神は人が獣で在れと御創りになったのだと彼女は人も神も憐れむだけだった。

 

「おい、信仰嫌い! 思考が飛んでおる、今は戦場に集中せんか!!」

 

「あら、すみません。我が母を真似し、この世を慈悲の心で儚んでしまいました」

 

「そうか! だったら、その慈悲で余を助けて見せよ!!」

 

「ちょっと頭が痛くなるけど――――これは、どう……?」

 

 直後、グニャリと空間が歪む。夢見る人が目覚める瞬間のように、周囲が融け消えるあの錯覚にも似た感触が現実空間に現れ、暗帝が運転するサイドカーバイクが世界が暗転するように消滅する。暗帝はその異空間に呑み込まれ、瞬きをせずとも視界が意識と共に一瞬だけ暗闇に覆われ、実際に目を瞑ってしまう強烈な眠気を覚える。だが即座に気を正し、意識が眠る前に脳を覚醒させ、瞼を意思の力で抉じ開ける。

 気が付けば、其処はバイクで疾走していた荒野ではなかった。

 数日前に滞在していた村の外れであり、暗帝のその眼前―――コーヒーを沸かしてソロキャンプを愉しむ一人の女が、生気のない瞳で突如として現れた二人を見詰めていた。

 

「魔女に暗帝、お久しぶりですね。葦名に向かっていたと思うのですが?」

 

「貴様……まだ、此処に居たのか?」

 

「はい。けれど、ダルクさんの夢見移動の感じから、やっぱり簒奪者から逃げ帰って来た雰囲気です。だから私はまだ早いと言ってたのですよ、暗帝さん?

 オデュッセウスさんから譲り受けた宝具を修理してからじゃないと、そのバイクじゃ潜り抜けるのは不可能です。

 ほら、貴女たち二人は特別遊び相手として目を付けられていますしね」

 

「心折れた瞳で正論を喋るな。余とて腹が立つと言うものだ―――キリエライト」

 

 死んだ魚の方がまだ生き生きとした生命の残滓を感じ取れる程の、暗く澱んだ死人の両眼。少女から大人になる間程度の年齢の彼女は、だがその整った顔に相応しい微笑みを浮かべるも、瞳の色だけは何も変わらず死に絶えていた。

 可愛らしく美しい顔と仕草なのに、瞳と気配が死人の冷たさを纏う不気味な存在感。更に左腕が捥げており、その機械義手は整備台の上に放り投げられた様に乱雑な置き方をされ、常人では邪な好奇心だろうと押し潰されて近寄れない雰囲気を漂わせていた。

 

「ま、貴女の言う通りだったわよ。それでキリエライト、私が設置した灯火にいざと言う場合に帰って来るのを分かっていて、まだ惰眠を貪って此処に居るのよね?」

 

「はい。きっとそのバイクはグレートウォールとの戦闘で壊れてしまうでしょうし……バイクの部品をくれるのでしたら、私のミミック・ボーダーに乗るお二人分の運賃にしましょうと思いまして。

 三人旅が御嫌でしたら、断ってくれて構わないのですがね……」

 

「はぁ……盾女、無理に辛気臭くしないでくれる?」

 

「好きで辛気臭くしていますから。生きるのが苦しいからこうしているのではなく、気持ちポジティブを装うよりも今は素で在る方が楽なんです、私」

 

「分かった上でその様とか、かなり重症みたいね」

 

「相変わらずの心配性。ダルクさんは優しいです」

 

「優しさじゃなくて、単純に憐れみよ。憐れみ。人間らしい獣心。

 可愛いのが可哀想な目に遭っていると手を出して構いたくなる歪んだ愉しみ、人なら誰でも幾分かは持ってるものじゃない?」

 

「それは善意を愉しんでいるだけですよ。人の性と言うものでした。無力な他種族生物を助けるのを、法律に定めてまで行うのが人の社会ですからね。

 尤も人間社会に無害であり、且つ娯楽的飼育と言う有益な経済活動を与える動物に限りますが」

 

「―――分かってんじゃないの、キリエライト。

 同時にアンタが魔女に成り果てた私を憐れんでるのも……この私は、充分に分かっている。だから、手助けする為にまだ此処に居る」

 

「はい――――……カルデアの、オルガマリーが狼と共に来ました」

 

「……………そう。アイツ、やっぱり来たのね」

 

「藤丸さんが来ましたら、これで特異点崩落の未来予測視は決定します。その為に、私達三人は運命に沿った行動は確定でしなくてはいけません。

 勿論それ以外の行動も自由ですが、定まった基点での行動が必要不可欠でしょう。

 オルガマリーの冒涜的邪眼もそれは見えているでしょうから……問題は、その運命が遂行された後の観測不可能な時間記録帯における未知領域の運命となります」

 

「あ、そう。其処ら辺はアンタに任せるわ。私は私で、好きに狩らせて頂きます」

 

「承知しました。では、そこからは御好きにどうぞ。それまでは共に戦いましょう。

 テーマは勿論、仲良くエンジョイコラボ&エキサイトハンティング。死ぬのも愉しくて笑ってしまう我々ですから、不幸も娯楽にしないと長い長い不死生が暗く曇ってしまいます。

 どうせ百年後には人理焼却なんて世界滅亡の危機も、そんな事もあったなぁ~……と、笑い話にしかなりませんからね」

 

 盾騎士(キリエライト)は暗く微笑み、口内が火傷するのも構わず高温の珈琲を味わって喉に流す。彼女は使い慣れた魔力防御スキルを応用し、捥げて何も無い左腕に不可視の魔力腕を造り付け、その魔力素手で網の上で焼いている獣肉を器用に引っ繰り返す。

 コジマ粒子への適応化遺伝子改竄された人肉喰い半デーモンの魔牛肉であるが、盾騎士の目利きが確かなら人を喰っていない安全品質保証が正しい牛肉だったと思われる。とは言え、正気を保つのに保管しておいた自分の人血を気付け薬に使うので、とても今更の話ではあるのだが。

 

「……で、食べますか?」

 

「喰う」

 

「余も、喰う」

 

「では座って下さい。珈琲はどうされます?」

 

「飲む」

 

「余も、飲む」

 

「そうですか。では、煎りますね」

 

 そして盾騎士は全自動珈琲豆焙煎機を起動させ、不可視の魔力生腕を触手みたいに分裂させて一気に肉を焼き始めた。

 

「それでアームズフォートは如何でしたかね?」

 

「勝てぬな。ギリシャの古代機械兵器を使うのが近道だな」

 

「同感。そもそも異聞世界とは文明の規格(サイズ)感が違うわ。アンタの世界のカルデアって良くもまぁ……いえ、あのマシュ・キリエライトに愚痴っても意味ないわね。

 行き過ぎた責任感で我が家と家主を滅ぼした張本人に、今更それを問うのが頭が悪過ぎる」

 

「いえ、当然の罵倒です。私程度の半端“物”では、あの人みたいに……ドクター・ロマンのような最期には至れません」

 

「仕方ないでしょ。アンタは私と同じで魂が逝き場のない不死なんだし、そもそも責務なんて背負える生物じゃなくなってる。

 もう生まれた根源の星幽界には還れないから―――不死、なのよ?」

 

「そうですね。うふふふ……罪悪感を晴らそうにも、罪を背負えないのが我らでした―――で、話を逸らそうとした魔女。貴女はどうすれば良いと思います?」

 

「……っち。暗帝を手伝えば良いんでしょう?」

 

「ネクストタイプは英霊の宝具に使ってもうありませんので、修理したノーマルの流れ物しかありませんが……」

 

「要らんわ。私の方が素で強い」

 

「はい。今は平均サーヴァント以下のポンコツしかないですからね。大型フォークリフトを人型戦闘ロボットに改造しているのが精々です。

 なので、今からすべきことは素材集めです。簒奪者に鏖殺されたロボット乗りサーヴァントの皆さんもデーモン化して日本の何処かで現れていますので、宝具の素材化の為に殺し回り、序でに集めた廃材の再利用もしましょうね」

 

「お遣いかぁ……イベント消化感が強いです」

 

「今は戦神の簒奪者も上空で暇潰しの哨戒をしてますので、お気を付けを」

 

「気を付けるも何も、戦ったら負けて死ぬだけじゃない」

 

「では此処へと死に戻るまでになるべくお遣いを済ませる様、お心掛けを」

 

「私の命を(ゴミ)みたいに扱ってくれて。不死は(チリ)にすらなれない不燃物だけど」

 

「私も皆さんと一緒に死にますので、それで許して下さい」

 

「戦神の電撃は魂に響いて痛いから。あいつ来たら貴方を囮にしますので、そのつもりで」

 

「戦いが苦手な私は彼が怖いのですが……まぁ、ダルクさんの為に死ねるのなら構いませんよ。

 それにドラゴンライダーが相手なら、空中戦が得意な私の出番です。この機関武装化霊基外骨骼(アーマード・オルテナウス)は重力作用するローラージェット付き慣性制御型宇宙服でもありまして、大気圏外の無重力空間でも十全な戦闘活動が可能です。

 最近は盾も改造してまして、理解に苦しむかもしれませんがジェットで飛べます。魔力防御で滑空翼を造って、浮遊サーフィンが出来ます」

 

「あぁ……アレね、あれ。確か、スーパーアーマード・マシュだったっけ?」

 

「忘れて下さい。人理焼却後に訪れた、私の遅めの思春期でした」

 

「そうだな。貴様はギャラハッドの遺志が霊基から抜けたからと欲望の儘、あるいは浪漫の儘、星見の盾と星見の鎧を好き勝手使い過ぎだ。

 そこな義手も説明が長文になる機能を、好奇心が赴く儘に拡張しておろう?」

 

「何でも出来、何にでも対応するのが、私が育て続ける星見の矛です。このアーム・カルデアスを、サー・ベディヴィエールは微妙な目で優しく微笑んでくれましたが」

 

「優しい騎士なのだろうな。それ以上に霊体化して霊基に収める運命変換式人間性砲……その星見の盾に装着する付属外部銃身、ヒューマニティ・ブラックバレルなど悪趣味極まるが」

 

「簒奪者にはただの魔力砲撃ですけどね。ソウルの業、その闇術は魂魄干渉攻撃に絶対の防御力がありますので」

 

「ふむ。では貴様を鬼札(ジョーカー)には使えんな」

 

「すみません。生命力が高い神や宇宙生物は良い獲物ですが、そもそも人間を殺すには銃弾一発で事足りますから。後、魂や命がない機械兵器が相手ですと、ただのコジマエーテル砲となります」

 

「余も同じだ。責めはせんよ。謂わば、殺人事件に核弾頭を使う馬鹿の類だ」

 

「そうですか……まぁ、別に良いです。人生だけはたっぷり余ってますし、お二人の寝床は私のミミック・ボーダーとなりますので、お話タイムは腐る程」

 

「ふぅーん……ミミック・ボーダーね―――これが?

 厳つい見た目にして、まぁ随分と可愛らしい名だけど?」

 

 如何見ても大型装甲車にしか見えない戦闘用車両。現形態は砲台は付いてないので戦車モードではないが、機関銃座と榴弾砲座が屋根に付き、側面はセントリーガンが装備され、都市戦闘区域にそのまま突っ込んで街を占拠しそうな威圧感。機動力を重視し、六輪駆動のモンスターエンジンは過剰重量だろうと問題はない。

 外装変形機能と霊体転換型銃火器。魔術式シェイプシフターと称する錬金術式の魔術礼装。聖杯を単純魔力炉心として搭載し、改竄したペーパームーンによる虚数空間潜行能力。

 それは盾騎士が生まれたカルデアにて、レイシフトの代用品となる人理兵器。

 星見王を名乗る狂学術者オルガマリーが開発した人理最高峰の時空間旅行舟。

 魔女の狩人は、学術者として極めた瞳による啓蒙的観測力により、この車の本質を既に見抜いた後であった。

 

「とある異界在住の堕ち神を数匹素材に使ってまして、それが現代文明だとそんな名前が相応しい魔物でした。その御蔭か、中は広い造りになってます。

 生活空間はベットスペース以外にもキッチン、バス、トイレもあります。これ即ち、私が趣味で改造したキャンピング・ボーダーにしてミニ・ボーダーです」

 

「それでこんな無駄多機能に……おい。まさか、サウナまでは付いてませんよね?」

 

「そこまでは。けれど、テントサウナは仕舞ってありますよ。カルデアでキャンプ好きな人がいまして、話を聞いていましたから」

 

「普通にこれ、貴様の家ではないか?」

 

「はい。時間を無視して世界をドリフト移動しつつ、もう千年以上は暮らしてますよ。それはもう、マイハウスのリフォームが趣味になる時期もありますとも。

 気が付けば、魔力リソースの聖杯も溜まってしまいました。

 何だかんだで神殺しにより簒奪した神核の有効利用に聖杯転換もしておりますし、趣味に走っても十分な資源は蒐集済みですとも」

 

「え、本当にカルデアのマシュ・キリエライトさん?

 頭、寄生虫キメ過ぎて狂ってんじゃない?」

 

「成る程。クリスマスで幼女になってガチサンタになる貴女からすれば、私程度の娯楽レベルは鼻で笑えてしまいますね」

 

「正論パンチ、マジ痛いんだけど……?」

 

「それが死因の陰陽師もいるのですから、人格を玩弄したいからと過去を掘り返すのは止めましょう。獣の所業と変わりないです」

 

「今度は実例を交えた道徳パンチ。気を付けます」

 

「こちらこそ、すみません。とは言え、コミュニケーションは相手の土台となる底辺部分からの理解が大切です。何を怒りに感じるのか、何を悲しく思うのか……そう言うのを知るのが、大切です」

 

「それで自前豆焙煎珈琲と日本魔牛の焼き肉か。腹を割る会話をするには、貴様の手段は実に合理的なコミュ強よ。

 モグ……もぐもぐ、美味いな。モグモグ、もぐり。

 のぅキリエライト、臓物肉はないか? 余はゲテモノも好きでな……」

 

「あります。心臓(ハツ)肝臓(レバー)、カットしますね」

 

「あ、それ、私もお願いします。それと盾女、知ってますか?

 カルデア食堂でも人気だったカルビって、実はバラ肉に脂が付いていれば良くて、肋骨周辺の腹全体でカルビって言う正確な部位は牛ちゃんに無いのよ」

 

「……ッ――――!?」

 

「ふ。あぁ神よ、焼き肉マンガを描く為に覚えた知識でマウントが取れました。エーメン、もぐもぐもぐ……あら、美味いじゃない」

 

「ありがとうございます。お二人はホームズさんから教わった特製漢方調剤のコーラ、飲みます?

 珈琲で身も温まったでしょうし。やっぱり脂と疲れをサッパリさせる炭酸薬ドリンクが一番……そうは思いませんか?」

 

「飲む。ホームズ直伝ってのが良く効きそうな感じだわ」

 

 暗い瞳で優しく盾騎士は貌を笑みの形に歪め、念力でも使っているように漢方コーラを何処からか浮遊させて取り出し、魔女に渡した新しいコップに注ぐ。

 しゅわしゅわ、と炭酸が鳴る音。気泡が弾け、薬味的香りが漂った。

 それを飲めば確かに魔女は口内の脂が流れて、喉から臓器に落ちて体内に吸収されると脳が目覚めるように疲れを癒す。

 

「―――おい、これ……このコーラさ、アレでしょ?」

 

「心配しないで下さい。薬効だけを再現し、副作用はありませんので」

 

「じゃ、良っか!」

 

 この盾騎士、薬物で洗脳する気だと暗帝は気が付くも、美味いと言う味覚を愉しめるなら構わないかとそのまま飲み喰いを平気で続けた。何せ、その盾騎士が一番酔っていた。

 

 

 

――――<◎>――――

 

 

 

 山高く聳える葦名城から下った先の隠れ里、水生村。反対方向には平田屋敷があった観光地、平田電波塔。葦名城のある山から谷を挟み、更に高くの山へと登る先、隔絶された桜の元凶たる源の宮。そんな恐ろしき二つの山の麓から平地へと、近代葦名市の街並みは築かれている。つまり現在、市民の生活の基盤は平地の葦名都市部となる。

 そんな鬼も哭き死ぬ葦名街。整備された市内地下水路の更なる深淵部。底の底にある其処。汚物の掃き溜めにして、地上から逃げたホームレスの流れ着く地下。

 名を地下街――病み村。闇底の深淵部にある異空間。

 とある異界にある村を模倣された場所。それは嘗て火の時代、その王城と王都、そして城下不死街の排水が流れ落ちる下水路の先にあった汚物と汚濁が溜まる村だった。底には下水が最後に辿り着く糞尿の地下大沼があり、葦名もまた同じ作り方をされた人間と汚泥の溜まり場があった。とは言え、街作りをした不死街の人間より悪辣ではない。あの街は魔女が住まう地下都イザリスと、古い時代が残る灰の湖の入り口に通じる地下空間を、人間が生活で生み出す排泄物で満たしていた。

 そんな葦名で出た排水が、最後に落ち溜まる糞沼の上に築かれた汚臭と死臭の集落区画。沼の泥は猛毒の肥やしへと熟成され、人間が食べた人間だったソウルの混ざる汚濁の地獄。

 糞沼における最悪の毒性こそソレだ。人喰いにソウルごと食べられた人間が臓腑で消化され、肛門から排出された排泄物。同時に腐った人間の死体自体も溜まり、時間経過共に腐敗することでドロドロに熟れ蕩け、人間だった排泄物と混ざることで肥やしとなって沼地が出来上がる。

 獣の霧に汚染された人の魂―――ソウルが、死体と共に腐る成れ果て。

 そして、この葦名街の地下には当然ながら模倣された本来の病み村とは異なり、廃都にも灰の湖にも通じない葦名特異点における最下層。深い谷底の森林部にある水生村より更に下となり、都市開発された地下水路でもあったのだが、今はもう人間以外の生物も住み着くもう一つ汚濁の王国となっていた。

 

「じっくりことこと煮込んだ人間性(ヒューマニティ)スープ。

 ヒューマンスープをじっくりどろどろ腐らせた人間性スープ。

 臓腑の糞尿ごと全てを煮込んで腐った肥やし。糞になっても死ねずに魂が物質に囚われた人間の終わり。最初の火で温め、ちょっと深淵で冷やせばあら不思議、中身が少し湿った激毒猛毒の糞団子の出来上がり。肥やしパイの出来上がり。

 あぁ、不死の魂を腐死させる。湿る生糞の苗床。最初の火よ、温め給え。呪われた不死が更に呪われた呪われ人を枯らした灰にして、闇の刻印たる孔が穿たれた火の簒奪者。亡者にすらなれない我ら、人の落とし仔よ。

 所詮、此処は肥やしの底。糞溜まり。

 人の世は呪われ、だから人間性は呪いだった」

 

「凄い良い声で、また凄い歌を唄うのね」

 

「何だ、貴様か。月の狩人の落とし指。即ち、憐れなる指の狩人。両親に会いたいだけの憐れな少女の遺志の入れ物、肉細工の人形でしかない不出来な狩人姿の糞袋。

 貴様の造物主も此処に来たが、呪いの苗床に最悪だから最高だと我が汚物を喜んでおった」

 

 ぐちゃり、とユビの前で呪詛(ダング)が垂れた。拘束椅子に魔術的拘束をされた英霊のデーモンはソウルの業によって受肉され、デーモンと言う名の獣として生かされ、糞呪の苗床として生かされている。

 召喚された英霊の成れの果ての、そのまた成れの果て。英霊の魂から生まれたデモンズソウルである英霊のデーモンは、サーヴァントと同様に英霊の座とラインが繋がっている。獣の霧と言うソウルのエーテルから肉体も魂も作られており、本人ではなくとも本人と全く同じ人形として機能する。それが受肉したとなれば人間と同じであり―――呪いを臓腑に溜める、糞袋にもなった。

 そして、座と繋がるとは阿頼耶識とも繋がっている。その簒奪者は己がソウルの業により、人理が運営してきた人間のあらゆる悪性を、呪われた人間性として物質化したソウルを排出させる。無論、生きている故にデーモンは食事が可能であり、生理現象もまた人間と同様であり、糞尿が垂れ流れるのもまた当然。

 

「相変わらず、悪趣味。良き人々の残骸を、本当に糞袋として扱うのは……穢れが、過ぎると思う」

 

「いかんぞ。貴様等の愛用品の中でも、特注品の作り方に文句を言う等。況して、青ざめた血の苗床である狩人が呪いと闇の温床を嫌うのは本末転倒だ」

 

 糞好きな灰。闇髪灰眼の美女。美の女神以上に女神らしい人間性の美貌。流れ星のような神々しい瞳に、染みも皺もない真っ白な陶器の如き肌。赤薔薇を思わせる色合いの唇から漏れる吐息は、それこそ花の香りに等しい甘い蜜。もはや絶対黄金律としか呼べない各パーツで構成された貌の比率であり、芸術の神が何晩も思い悩んで作ったと思わせる傑作的顔面造形。微笑むだけで魂を支配し、人間は決して抗えない歓喜に汚染される存在感。

 火の簒奪者の一つ―――糞呪の簒奪者、ダング・パイ。

 葦名住まいの簒奪者にとって大人気の各種糞団子販売専門店を営む灰にして、その葦名にて史上最悪の呪いを生んだ邪悪なる穢れ灰である。また団子(パイ)作りの達人であり、名前にも採用した為、周りからは『パイ』と言う愛称で慕われている糞呪に塗れた忌まわしき呪われ人でもあった。

 

「人間性の、呪いの苗床……―――気持ち悪いね。

 ヤーナムの異常者(キグルイ)も似たようなことして、上位者の呪いを街に撒き散らしたけど……これ、話の忌みさに際限がない。まるで底のない奈落よ」

 

「無論だ。我ら簒奪者、太陽を喰らう人の暗い孔。即ち、ダークリングの呪い子。

 あぁそれと勘違いして貰いたくないが、肛門の暗喩ではないぞ。全く以って汚らわしいことだ。この人理世界においてインターネットなる文化を喜んだが、まさかそんな意味合いもあるとはな」

 

「けど、パイさんには暗喩じゃないと思う」

 

「ふははははははははは……確かに。うむ、正しき意見だ。

 我ら孔空く灰一同、人の暗い呪詛を捻り出す肛門であることを否定は出来んな。世界に不要な汚物が闇に蕩ける底無しの廃棄孔に等しいぞ」

 

 愉し気に微笑む糞呪(パイ)は正に美の化身。外側の人革だけは誰も彼もを魅了する過ぎた美麗であり、笑顔を作るだけで魅了の呪術が発動する領域のソウルである。だが中身は名前の通り、人間にとって最も穢れて悍ましい呪詛が溜まった簒奪者であるのだが。

 

「それと、インターネットで思い出したが……いやはや、この糞呪、ここまでの呪いの汚濁を人間から捻り出させる名案を一人では思いも付かないぞ。他の簒奪者にも相談したが、あやつらは我と同類故、大体の思考は似通ってしまう。

 だが、どうだ。見給えよ、ユビ。これが人類の叡智である。我ら灰とも似通ったサインによる平行世界執談を、この人理世界では共有するアイテムを持つ同士ならば何時でも何処でも全世界で行えるのだ。

 ……分かるか、この素晴しき狂気を。

 我は世界中のイカれた暇人共の発想力を利用出来る手段を得た。

 人間に対する悪意ある利用方法の数々、人理の人間共から拝見させて貰ったぞ。故、感謝しよう。これは君らが捻り出す糞呪の発想だとも。とは言え、だから獣をして醜く穢いと滅ぼされるのだろうが」

 

 ローマ帝国の拷問処刑。カトリックの魔女狩りと異端審問。中華による内乱殺戮史。アメリカの黒人ヘイトの人体実験。ロシアの強制収容所。ナチスによるユダヤ人虐殺。日本の丸太部隊。

 それら全てが、糞呪にとって人間性に満ち溢れる素晴らしき祝福にして宿業。人理に溜まる悪性情報を回収し、彼女はその人類史の記憶を貴んだ。

 汚れ一つ塗れず、真っ白で清潔な美しい手がユビの頬を撫でる。それは見た目に反する汚れ切った肥やしの邪悪。糞呪の実験対象はデーモンだけではなく、彼女が呪いを生み出す道具はありとあらゆる人類種である。老若男女関係無く、葦名市民は無論、亡者も悪魔憑きも、彼女に捕獲されると呪いを垂れ流す糞袋としてしか呼吸は許されない。これまた当然ながら仲間である簒奪者も対象物で幾人か捕獲されたが、現在はもう殺し返され、屈辱極まる報復を味合わされ、脱走を許して仕舞っている。余談だが、糞呪にその報復をした簒奪者は平然と糞団子を買いに今も普通に通っていた。

 そんな女が、指の狩人を苗床にしようと考えるのは自然。あらゆる他世界旅行の異界渡りを愉しむ旅卿の簒奪者に知識を啓蒙され、狭間の地やヤーナムと言った様々な異世界へ分身霊体を送る事に成功し、新たな知見を得てしまった彼女は、それによる呪いもまた混ざり、糞呪の苗床と言う暗い業を魂に宿すに至った。

 

「穢い手で触らないで……って、言いたいけど」

 

「安心し給え。しかと、我が魂は腐れ穢れた汚物だとも。まるで妖精や女神の如き美貌と美体を持つが……何、私は芸術の才能が多分に有ってな?

 無意味に(ツラ)が良いのは、女神の業たる生まれ変わりによるソウルの作り直しだ。その魂たる根本から外見が変わる為、科学と言う文明で例えれば、今の私は遺伝子レベルでの美人で在ると言う訳であり、偽物ではないが……まぁ、作り物ではある。

 清潔なのは、なんだ……アレだ。ほら、醜く汚い呪いを綺麗で真っ白い床に撒き散らす快感と言えば、狩人の貴様には通じるだろう」

 

「…………」

 

「成る程。理解は出来ぬと。君、友人にはなれんぞ」

 

「結構よ。貴女みたいな人、友達には要らない」

 

「そうか、残念である。では客人、如何程の糞団子を望むかね?」

 

「このソウル量で、何時ものくれるだけ」

 

「おぉ、何だ。珍しい。ソウルに付くこの残り香、我らの召喚者たる死灰のお遣いか。奴は纏め買いの常習故、この病み村には余り来ぬ」

 

「……死灰?」

 

「何だ、知らんのか。今は死灰の簒奪者、アッシュ・ワンと名乗っておる。

 ヤツは原罪の探求者を継いでおるが、そもそも各々のソウルに原罪探求を志すことが召喚される簒奪者の条件となる。その意味において、我もまた火の簒奪者として業を永劫に続ける原罪の探求者。その一つ。

 何よりこの葦名にはアン・ディール本人……正確に言えば、本人の魂が混ざる原罪の簒奪者が召喚されており、そちらが方がよりオリジナルに近いだろうしな」

 

「魂に由来する原罪の探求者……そう、そうなのね。だから、貴女達は永遠に救われない」

 

「此処に召喚される簒奪者と、そうではない簒奪者の違いだよ。召喚者である灰と同じ……己が魂を永遠に探求し続ける簒奪者だけが、此処にて新たな名と業を拝領する権利を得た。

 素晴しき哉―――人間性。

 長い時によって喪失した己が心を……糞呪を愉しむ生きた歓びを、また魂が肉の躯体を得ることで我は蘇った。器となるキリエライト素体による生身の感情と感動は、枯れたソウルを潤すオアシスであろう」

 

「そうなんだね」

 

「うむ、そうである。では、我がソウルの内側で準備は整った。手を出し給え、貴様のソウルに送ろう」

 

「わかった、パイさん」

 

 ユビは糞呪に掴まれた手から、ソウル化したアイテムが自分の中へ流れ込んでくるのを実感する。

 

「これにて貴様のソウルは糞に満ちた。御利用、感謝しよう。その呪いにて存分、この世を糞呪塗れにすると良い」

 

「そう言うの、言わないで欲しい」

 

「すまんな。人喰い豚に喰われて消化され、その糞になった貴様の遺志に対する配慮が足りんかったな」

 

「そう言う事、本当に言わないで」

 

「……―――ん。あぁ、気遣いか。思った事を正直に話すだけが、対話ではなかったな。

 確かに、真実だけでは人間性に傷が付く。感情を取り戻したとなれば、人間らしい思いやりもまた一興かもしれん」

 

「まぁ……別に、良いけど」

 

「ならば慰謝として、一つ世間話をしておく。深淵の簒奪者、マヌス……あの闇狂いが貴様を探していた。出会えば碌な目には会わんぞ」

 

「もう一週間前、異空間から伸びた手で拉致されたよ……」

 

「ほぉ……話が繋がった。それからアッシュ・ワンに助かられ、今はあの女の言う事を報酬として聞いているのだな」

 

「違う。指示に従うのは、彼女が魂を啓蒙する先生役をしてくれてるから。でも、助けてくれたのは事実」

 

「ではもう一つ、貴様に良い話を言っておこう。流血鴉が月の狩人を追っている。情報源に貴様は拷問されるやもしれん」

 

「それは、知らなかった……知りたくなかった。でも、何で?」

 

「ヤツが月の狩人を殺し、殺し返され、また殺し、殺し返され……で、また殺そうとしたら何処かに消えたとか。

 あれの落とし仔である貴様であれば、貴様本人が居場所を知らぬとも、その肉体を暴いて魂を剥き出しにし、縁を辿れば探し当てられるからだろうな」

 

「―――……あー……そのあれ、何だろう。如何足掻いても、絶望なのだけど」

 

「では、その時はこの糞団子を投げ給え。糞に塗れれば、殺意も薄れるかもしれん」

 

「逆に、挑発になりそう」

 

「仕方が無い。この店にアレが来た時、貴様からの伝言を言おう。ほら、拷問される前に言っておけば、出会って即座に戦闘とならないかもしれないぞ」

 

「ヤーナムに帰ってると思う」

 

「うむ。それを伝えておこう」

 

「お願い。じゃ、またね。パイさん」

 

「さらばだ、ユビ」

 

 帰り道。亡者の楽土である糞沼の病み村を出て、葦名下水路を進む。腐肉と糞尿から漂う腐臭と死臭。目玉模様の巨大蛙や、腐肉スライム、人喰い亡者や汚物に適応した奇形の悪魔憑きなど、理性のない魔物を斧と散弾銃で狩りながら指は地上へと登って行った。

 だが下水路を出た瞬間――月光の簒奪者が一人、何故か佇んでいた。

 あらゆる月光波の奔流を愛する灰の一つ。後ろに背負う蒼き月光の聖大剣が空間を歪み曲げる存在感を放ち、その本人もまた太陽の如き膨大な魂の気配を隠さない。

 

「ルドウイークさん……こんにちは」

 

「あぁ指の狩人、それは良い事だ。私のことをルドウイークと呼んで頂けるとはね」

 

「他の月光、私は知らないわ」

 

「新たなる月明かりを啓蒙され、とある聖剣の聖職者を葦名において肖る灰である故、疑念無い君の声は脳に優しい音になる。

 ―――ふむ。悪魔の月明かりも手に入れ、やはり素晴しかった。しかし、あの悪魔殺しの月光を得るにはまだ遠いな。

 ならば肉親だった神父の遺志を継ぎ、今は無き少女の遺志も継ぐ狩人なる眷属よ。どうかね、暗い闇に甘い命を偽る導きの太陽を欲するかね?」

 

「要らない。それで、なんで待伏せ?」

 

「悪魔殺しによる魔術教室が一時間後に始まる。君、愉しみにしていたが、予定はまだ聞いていなかったと思ってな。

 召喚者たる我らの灰が、あ”ッ……と凄い声を上げて思い出し、流血鴉(クロウ)と私とアン・ディールの四人で煙草を吸っていた時に言ったのだよ」

 

「あのアン・ディールさん……と?」

 

「そうだね。では君、宙を見上げてみなさい。対話を繰り返し、意見を積み重ね、その果てに得た火を簒奪した新たなる灰の世界。

 此処、葦名は―――人竜の巣。

 人を素材にして作られた人工飛竜と、人造古竜の楽園。彼は求め続けているのだ……原罪を克服すべき竜を、ね」

 

 葦名の山脈を住処にする原罪のアン・ディールの眷属たる竜族。彼はアッシュ・ワンと共同研究する狂神秘学者であり、既に葦名の上空は飛行性実験生物の縄張りとなっていた。街中で暴れる亡者やデーモン、悪魔憑きを食す為に降りて暴れることもあるのだが、葦名市民は既に野良猫と変わらない離し飼いの幻獣、あるいは野生神獣として受け入れている。

 

「本当、どうかしてる日常風景」

 

「デーモンよりかは良いだろう。

 あるいは、医療教会の生物兵器よりかも人道的だ。どちらも、元の素材に人間が使われているが」

 

 嘲る微笑みを彼が浮かべた直後、背負う月光剣が光り輝く。淡き蒼い後光が放たれ、まるで菩薩像のような神々しい姿となる。

 月光遣い(ルドウイーク)はそのまま後光の光源を抜剣しながら、上空目掛けて聖大剣に月光波を纏わせたまま振り下す。それはビル屋上から隠密落下奇襲を何故か行う奇形化亡者のアゴニスト異常症候群罹患者―――悪魔憑きを脳天から股下まで両断し、月光波の斬撃が肉体ごと魂を塵に還した。そして、マンホールからも飛び出た悪魔憑きには医療教会製の長銃を向け、銃弾によって頭部を破壊。そのまま倒れる敵へ月光剣を地面ごと突き刺し、月明かりのソウルが相手の魂を焼き尽くして灰燼とした。

 

「鉄砲、使い慣れたみたい。ヤーナムの狩人からしても、月光遣いのルドウイークさんは良い動きね」

 

「火薬で鉄粒を飛ばすクロスボウ、人理世界の銃火器か。私の世界における人間文明において、火薬兵器の進歩は余りなかったからね。これはとても新鮮であり、クロスボウと違って敵に対する衝撃力があって実に便利だ。挙げ句、医療教会の長銃は銃身を折り畳めば鈍器にもなり、クラブ代わりにも使える。

 私は実に幸運な灰だ。四つの月光を錬成炉に入れ、我が闇に収めた太陽を月を輝かせる大剣を作り、満足したが………ここ葦名にて我が月明かりは……まぁ、良いか。君に、白き竜の導きはまだ見えない事だ」

 

「とても気になる」

 

「私を狩り殺し、ソウルを得れば啓蒙されることだろう。叡智を欲するならば、我ら不死は力こそ全てだ。頭の良さなど、魂にソウルを焚べれば何処までも賢くなれる故に。

 ……では、直ぐ講義の時間となる。

 悪魔殺しの悪魔、ダイモンによる魔術教室は始業に厳しい。葦名大学を占拠した医療教会の特別神秘授業、今の君はどうしたいかね?」

 

「……行くわ」

 

「では、手を捕まり給え。我ら教会装束の者は人狩りで恨まれ、ソウルの罹患者に狙われ易い。空間転移で行くのが面倒ないだろう」

 

「うん……」

 

 移動には十秒も掛らない。講義開始の五分前、教室の扉はまだ閉まっておらず、悪魔の講義室には葦名に召喚されたほぼ全ての簒奪者が各々の椅子に座っている。皆は要人が齎した神秘であるソウルの業を愉しみに悪魔殺しが来るのを待っていた。

 その一席、灰が煙草を吸いながら暇そうに魔術書を読んでいた。タイトルは「魔術王以前の神代魔術に対する魔法魔術の歴史」と古代ヘブライ語で書かれており、恐らくは統一言語時代の魔術師が長生きし、真エーテルが枯渇する西暦時代に魔術世界が変換される前程度に書かれた本であろう。時計塔や彷徨海、アトラス院の何処においても貴重過ぎる概念的文化財であり、通常の魔術師ならば読んだ瞬間に脳が神秘に発狂してしまう程の叡智が込められていた。

 

「死灰の、それはどうしたのかね?」

 

「次に行う皆さんへの私の講義にて、この人理世界における魔術の授業をするのに必要な知識を脳へ入れてました。それと月光遣いさん。ユビを連れて来て貰い、とても感謝致します。

 しかし、その死灰と言う呼び名は慣れませんね。火の簒奪者を大量に呼び込んだ弊害で、呼び方が面倒になった所為ではありますが。とは言え、単なる灰に過ぎない私が死灰ですか?」

 

「全員、簒奪者だからな。それを言えば、君も含めて全ての簒奪者が月光遣いの名に相応しい使い手だよ」

 

「まぁ、良いですよ。加えて、縁として全員が自己の魂から原罪を見出す探求者でもありますからね。特別、別の名で区別しなければ、全員に差異などありませんしねぇ……ふふふ。

 とのことですみませんでしたね、ユビ。

 探求狂いな私からすれば、他人の所為で授業を聞けなかった事になれば、その者を百度殺しても足りず、また百度は殺してしまいます。」

 

「いえ、間に合ってるから良い。

 後、あの悪魔殺しさんがそろそろ―――」

 

「―――諸君、講義の時間だ」

 

 瞬間、空気が凍り付く。特に意味も無く呼吸を許さない程の絶望的圧迫感を放ち、且つ厳格過ぎて仁王像の如き存在感を纏う悪魔殺しが教壇に突如として現れていた。一番前に座って講義を聞く教区長ローレンスはその威容が直撃するのか背筋をピンと伸ばし、だが禍つ星のように瞳を輝かせて神秘の啓蒙を愉しみ過ぎ、血の涙さえ流していた。瞳が歓喜で震えてしまうのだろう。

 その隣に座る戦神の簒奪者(ネームレスキング)が気配りで小型の放つ回復の奇跡をデコピンで発射し、教区長の目を治癒。講義が始まっているので言葉は発しないが、教区長は戦神にL字ポーズで目礼を行い、戦神の方はY字ポーズで受け答えた。

 

「既に貴公らは殺し合うことでソウルを共有しているが、言葉で得る論理的思考は別である。まずは前回の続きより、前提の話をする。

 ソウルの業―――その根源、要人が古い獣の魂から引き出した有り得ざるエーテルだ。

 そもそも太源(マナ)小源(オド)に依存しない領域外の業。惑星より生まれる真エーテルとも乖離した高次元からの動力。高次元存在である魂を運営する為の異次元におけるエーテルであり、光波長や時空間は無論、宇宙領域外に存在する星幽界に干渉することも可能である。

 とは言え、我らがエーテルを使う術を得たのは此方の世界における神秘を学んでから。むしろ、この地球における魔術の方が大規模であり、神話が組み合わさり、複雑怪奇である。特に神代において、神とは根源接続者であり、それに連なる故に神代の魔術師は根源を動力源として神秘を行使することが出来ている。

 故に差異を見出す事で分かる特徴……そうだな。ソウルの業とは名の通り、魂のエーテル魔術である。その働きを見て貰う為、貴公らはまず魂の動きを己が魂で知覚し給え。よって見本として、今より動物実験を行う」

 

 そう言った悪魔は手に持つ袋を開け、そこから子猫の死体を取り出した。

 

「この猫は私が葦名生活で飼っている猫の一匹だが今朝、死んだ。遺伝疾患持ちであり、衰弱死した。ただの肉となり、命の気配はなく、魂もないことが貴公らは解ると思う。

 ではこれより蘇生するが、数秒で済むの良く見てい給え………―――ふむ、蘇生終わり。

 時間が逆行することでこの猫に命が戻り、更に外側から魂を肉体へ再び引っ張り込む現象を観測出来たと思う」

 

「にゃー、にゃー……ニャー―――」

 

 悪魔に懐いているのか、子猫は彼の指を舌で良く舐める。それを悪魔は全く気にせず、背中から鷲掴みにすると、その子猫をあっさりと虚空へと消し去った。恐らく子猫が住んでいる悪魔の自室へと空間を跳躍させて送ったのだろう。

 あの子猫は、遺伝子工学で作られた人工生物。生産過程で不具合があった不良品。人を慰めるだけの命に過ぎず、その存在理由も短命だから果たせない物。しかし、悪魔はだからこそ、廃棄されるその命を拾い、その寿命まで面倒を見て―――結果、講義演習の見世物として蘇らせる結論を得た。

 

「―――……人間に対するのも、ソウルの働かせ方はそう変わらん。

 重要なのは、他者の魂を感知する自分の魂を自覚する事だ。諸君らであれば、あの子猫の屍に子猫自身のソウルが帰還したことを理解出来たと思う。

 ソウルによる魂の召喚と送還。謂わば、輪廻と循環。まずはその事実を実感しなければならない。

 この世界の魔術師で言う神話に基づく魔術基盤。その概念こそ己が魂であり、魂から生まれる思考が魔術理論となるのが、ソウルの業と言うものだ。とは言え、その万能性は魂に関する事柄に限られるがな。

 何故ならば、我らの魂は根源には還れぬ。死ねぬ事実を認識することが重要だ。その上で自分自身で完結した永続的自己サイクルを繰り返す。

 そのような存在が魂で以って他者の魂に触れる事――それを、自在とする事。

 貴公らにとって、魂で触れ合うことなど容易い常識である故、その触れ方を知れば自ずと呪文を我流改竄することも簡単になることだろう。

 攻撃魔術も根底は同意だ。故に魂で魂を攻撃する意味を知れば、奇跡によるソウルの流れを知覚するのは容易く、魂で魂を癒す概念を解すればより良く魂を壊す術も見出せる。

 古い獣によるエーテルの神秘、ソウルの業とは全てが同じことである。

 話は戻るが、だからこそ己が魂が基盤となる。信仰による奇跡は物語でもあるので少し変わるが、重要なのは獣のエーテルを持つ魂が共通認識する"神”の業としてあれば、それはもう現実のエーテル法則であり、そう言う現象がそう起きるのが当たり前のソウル現象と化す。

 故、呪文さえ記憶すれば我らは魂で神秘を引き起こせる。何故なら、その時点で理解出来るからだ。

 だからこそ、既に皆に教えた蘇生の神秘を繰り返し見せた。ソウルをソウルの業として認識するだけに止まらず、人間の思考回路としてもエーテルの流れを魔術現象として解明すれば、その現象に自分の手を加える余分が啓蒙されよう。

 ……では諸君、机上の杖を手にし給え。

 ソウルの矢を使えると思うが、それを思念誘導で常に杖先で回転させ続けてみよう。序でに、ソウル本来の青色からも色合いを変えてみよう。

 気持ち的に、びゅーんひょいっと言う雰囲気で頑張るのだぞ。それが出来れば自らのソウルで以って魔力に干渉し、この世界における神秘を悪用する手段を見出せる。魔術回路とソウルを合理的、且つ効果的に併用するにはソウルの業を自由自在にするのが手っ取り早い」

 

 魂で魂を攻撃するのが基本の為、魔術協会の魔術師にとって火の簒奪者が使うソウルの矢とはそれ自体が死の概念に等しい神秘。肉体の破損は物の序でであり、何気ない攻撃魔術が命ごと魂を削り取るなど悪夢だろう。そんな神秘が講義室で生徒たちの頭上をグルグルと回転している光景など、見る者が見れば啓蒙直後に発狂死は確定だ。

 

「同時に、違う呪文だとその魔術は違う理論で運営されている。魔術の呪文や奇跡の聖句には、それを作った者のソウルが宿っているからな。訓練すれば、ソウルの矢で浮遊するソウルの矢の真似事は出来るとは言え、その理論はまた異なるので気を付けよ。無論、それ用に特化した呪文の方が有能なのは当然だ。それを解すれば、奇跡による光矢をソウルの矢のように飛ばすことも可能だろう。

 魔術の奇跡化、あるいは奇跡の魔術化だな。

 その転換を上手く思考可能となれば、より深いソウルの業を己が魂が自身へと啓蒙する」

 

 悪魔の講義は短く、且つ相手に能力がある事が前提の話。一時間もすれば今日の分の話は終わり、次回の講義は悪魔が新しいソウルの業の観点を思い付くか、あるいは話をする程の利益を葦名の地で得るまで行われないだろう。

 暇潰しで始めた灰唯一人への講義だったが、気が付けばこの騒ぎ。しかし、悪魔は自分の脳内で腐らせるだけの論理を話すことを存外に愉しむ自分に気付き、今は趣味の一つになっていた。とは言え、日々毎日殺し合うことで既に全員が魂を奪い合い、互いの魂が持つ神秘に隠し事など不可能なので、講師と学徒に単純な能力差などなく、講義と言っても考え方を教える魔術教室に過ぎない。つまるところ本当の意味での授業であった。

 よって講義後に悪魔へと質問をする学徒は皆無。授業内容を聞いて疑問など湧かず、理解不足による疑念も有り得ない。なので悪魔は珍しく、と言うより初めて質問者が来た事に喜んだ。尤もその質問内容は、授業に全く関係なかったが。

 

「悪魔殺しさんって……その、猫さん好きなのね?」

 

「小さいのはな。大きいのは車輪骸骨の如きローリングアタックをするので、殺すべき獲物としてなら好きである。尤も、小さいものを可愛いと思う今のこの感情も、灰が私に啓蒙した人間性による自発的感動に過ぎん。言うなれば、好きになりたいと思えば好き勝手に愛着を抱ける。

 そう言う意味においてならば、貴公もまた同じことだろう?」

 

「そうだけど……何だか、女の子っぽい趣味でしょう?」

 

「成る程。私は単純、癒しと言う感動を再び人間として実感してみたく、実験的に飼っているだけだ。結果、癒させるべき心がないことを再認識しただけだったがな。

 灰共の人間性はやはりいかん。闇より自分を自由に好きに出来るからと、死んだ心が蘇ったような偽りを錯覚する。命も魂も蘇生出来るとは言え……所詮は悪魔、喪った嘗ての人間性は二度と戻らぬのだろう」

 

「じゃあ嫌いなの、猫さん?」

 

「嫌いにもなれるぞ。命が多過ぎるのは不利益で気色悪いと、専用施設を作って屠殺するのもまた人間性だ」

 

「そう考えると、人も獣だよね……」

 

「そうだな。悪魔も灰も、心が枯れただけの獣に過ぎんよ。無論、血に酔えなくなった狩人もな。

 しかし……うむ、とは言え動物好きの輩か。ハベル・ザ・ロックが確か、葦名幕府創立三百年記念国立葦名動物園に入り浸っているな」

 

「はべる・ざ・ろっく……?」

 

「ハベル・ザ・ロックだ。岩のような簒奪者だよ。渾名だがな。名は巌躰の簒奪者、ロックである。

 見た目は岩鎧を着込んだ男……いや、女かもしれぬが、まぁそいつだ。通りすがりの闇霊魔術師に魔術で殺され過ぎ、よって魔術嫌いが過ぎ、あぁなったと聞いている。同時に魔術の創造主であるドラゴンに対する竜嫌いの反動か、竜以外の動物を愛でるのだが、命に触れると脳筋過ぎて挽肉にしてしまう難点がある」

 

「まさか、あの……アシナニンジャよりアクロバティックに動く、あの?」

 

「あの、だ。気が付くと、背後から尻に特大武器をフルスイングする類の灰だ」

 

「簒奪者さんたちから先輩って呼ばれてる、災厄なる黒き森番の人と同じ?」

 

「森番の技巧は最上級だ。簒奪者共の技巧は全員が同等だが、各個人で僅かながらの差異はある。その極小の差を比較すればだ、ハベル・ザ・ロックは森番に匹敵しよう。

 ―――さて、話を猫に戻そう。

 貴公、獣を飼いたいのであれば獣飼を訪ねると良い。奴は野生動物の保護にも熱心な変わり者。特に葦名の猿は良いぞ。その簒奪者が芸を仕込み、葦名無心流を扱う二刀流の白猿軍団が作られている」

 

「あの猿さんたち、人間より芸達者よ。絶対、獣じゃないわ。

 でも、それなら納得できるかも。猫さん、一度は飼って見たかったの。お父さんは獣絶対狩り神父さんだったので、飼いたいとは言えなかったけど……」

 

「そうか。大事にしないと、動物は直ぐ死ぬので気を付け給え。そもそも私の場合、その場にいるだけで魂が弱い魂を圧迫し、寿命を削り取る。貴公も同様、その場にいるだけで精神を血と瞳で狂わせることになろう。

 蘇生の魔術を学べば、トライ&エラーで正解を探れるがな」

 

「嘘……猫さん、飼えないの?」

 

「飼えるぞ。己が、命を愉しむだけと割り切ればな」

 

「止める。残念ね」

 

「それが良い。愉しめないのならな……尤も今の葦名にて飼われる以外、愛玩動物に未来など皆無である。

 カルデアの連中がこの特異点を鏖殺するまでの寿命が保たれるとなれば、それは天寿を全うしたと言える話であろう」

 

「そうだけど……いえ、でもそうかもね。飼うわ、やっぱり」

 

「それも良い。愉しみたいと、割り切れたようだ」

 

 悪魔殺しの悪魔は、悪魔らしく笑みを浮かべる。生命倫理の問答は、悩める者が貴ければ美しい答えになる。善で在れ、悪で在れ、健常で在れ、狂気で在れ、悪魔は何も否定しない。魂から生み出るのならば、病める膿だろうと祝福する。無論、清らかな光だろうと変わらない。

 きっと、その為に作られた眷属(ドール)なのだろうと。

 月の狩人(ケレブルム)の思惑を投射(トレース)した悪魔殺し(ダイモン)は、少女(ユビ)が狩人として奪う命の重みを知る事が大切なのだと理解している。

 人間が何の為に命を愛でるのか―――その娯楽が続く意味を、悪魔は魂で分かっている。

 それを実感しなくては、狩りを狩りとして愉しめる狩人にはなれない。上位者の血に縛られる眷属から、何にでも成り果てる人間に進化することは出来ない。

 何であれ、だから子供は美しいと悪魔は思う。猫をペットに欲しがる少女の頭を、神話の天使や悪魔からして"悪魔”でしかない魂の存在感を隠さず、彼はまるで人の親のように優しく撫でた。

 

 

 

 

――――<◎>――――

 

 

 

 寒い荒野。満点の夜空と、夜なのに浮かぶ黒い太陽。そして、明るい黄金の満月。その月は明らかに大きく、地球から眺める衛星ではなく、宙と言う葦名特異点のテクスチャに浮かぶ月ならざる月である。

 しかし、今は如何でも良い。問題にはならない。

 ローマ特異点で神祖を狩った事で、所長が持つ思考の瞳がより高い階位へ進化した。何の枷もなく高次元暗黒を覗く望遠鏡となり、見てはならない全てを見ることだ。そして、知るべきことも知らないでいるべきも知り、真実を正しく認識する瞳に目覚める。更に太陽として浮かぶ最初の火を啓蒙された事を最初の切っ掛けに、自分自身についても全てを明らかにしていた。

 

「はぁ……」

 

 そんな事を思い煩いながら、木の枝を焚火に入れる。

 無知とは罪。だが無知が罪だと知ることが罰である。

 絶対に何かしら細工を脳に施されていると分かりながら、突き進んだ結果がこの始末。

 己が無能さと無知さを克服する為、脳を進化させる為の学術を探求し、枷を破壊した。

 パチパチと、枯木が火の熱で弾ける音だけが寒い荒野で鳴る。所長は座り込み、その焔を見ながら自分に無意味な自問自答を繰り返す。しかし、学術者にとっての探求とは己が脳から瞳を探る試み。狩人も同じく、自分が瞳より脳へ吸い込んだ遺志を自らの夢に還す故、自分自身への確かな自己認識が自我を強烈に保つ。

 自分で、自分を観測する繰り返し。悪夢に生きる狩人は、だから現実で死に絶えない。夢から自分を認識する限り、意識が途絶えることは有り得ない。

 

「……星見、ねぇ」

 

 全ての人類の魂と惑星の魂を、灰と悪魔が狩ろうとする古い獣から護る為の旅路だった。人理焼却を途中で離脱し、何もかもを自分の半身だと感じられるからこそカルデア所長として任せた。信じられるから、彼を人類最後のマスターとし、彼女を人類最後のマスターを支えるサーヴァントとし、男を所長代理に任命した。

 ―――本当に?

 だが既にその疑念は晴れた。思い浮かんだ瞬間、己が瞳が曇る脳を啓蒙した。

 灰は惑星を焼く火を得ていなかったから、カルデアとカルデアスを如何こうしようとは思っていなかった。どうしようもなく、所長がビーストの資格を得る程の人間性を与えたのもそれが理由の一つだろう。

 

〝ヴォーダイムとヴォイドめ。言えば、灰を諭してカルデアスなど最初の火で燃やしていたのに。あれが無ければ、レフが人理焼却のスイッチにもならなかったけど。

 あぁでも、最初の火を古い獣を焼ける程……惑星を焼ける程の火にするには、フランス特異点とローマ特異点で行った災厄の蛮行を現実の汎人類史で行わないといけない。上手く生死の天秤を操らないと、我々の汎人類史が剪定事象の平行世界のルートに脱落する。

 それを阻止するなら、糞親父の理念を潰す私なりの汎人類史保証をしないといけない。そうなれば月の狩人の最初の思惑通り、マリスビリーのカルデアによる悪夢から地球と人類の見る夢である人理は救われる。

 結果的に、月の狩人は正しかった。私の瞳を曇らせることで、獣からも星からも汎人類史の夢は守られる。

 火の無い灰は一度の間違いもしなかった。人間性を私に与えることは、瞳を曇らせる枷を破壊する神秘となり、獣性を得る切っ掛けとなり、こうして葦名にて真実が啓蒙される。特異点における蛮行は、この宇宙全ての魂を古い獣から守る力となり、惑星の魂を焼き払う最初の火はカルデアスと言う“ソウル”をも灰にして白紙にすることだ”

 

 再編された第二人格。自分が自分で在る為、改竄された記憶。星見の狩人、オルガマリーはカルデアの所長として基地に来た時、啓蒙されたことで父親の遺志から知識が啓蒙された。

 何を考えて、カルデアを作ったのか。

 何の為の人理保証であったのか。

 何を遺産として託されてしまったのか。

 むしろ、素晴しき啓蒙対象であった。愚かな好奇を抑えられる様な賢者ではなく、狩人である所長にとってカルデアは愉しい遊び場だった。それこそ愛着が湧き始め、従業員やマスターたちとの交流に熱を帯びる程。カルデアスの真実を知った時も、そんな驚きはなかった。所詮は魔術師の魔術工房、出来てしま得るから出来ることで神秘探求を行った出来事だ。

 とは言え、最初の火を啓蒙された今であれば、危機感は然程ない。特異点の惨劇を経て進化した灰がその気になれば、惑星ごと世界の運命など如何とでも力尽くで破壊可能。

 いざと言う場面、灰が間違いだと判断すれば、人類史はあっさり救われる事だろうと―――所長は、分かり易い未来を啓蒙されている。とは言え、それは最後の最期のセーフティ装置。抗う者全てが消え去った後のことであり、灰は止めを刺して違う平行世界に行くのだろう。

 

〝まぁ、私が所長になった時には何もかもが手遅れだったし。月の狩人が私に付けた脳への枷を破壊出来るようになって、カルデアの真実を正しく認識出来るようになった後だと、人理焼却が起きて更に手遅れだったもの。

 どうしたものか……―――はぁ、神祖ロムルスに申し訳ないわ。

 彼を殺したのは我が師なのに、我が師の束縛を砕ける程の神秘はロムルスの遺志を得た影響だなんて”

 

 己が霊体に寄生する脳のサーヴァント。フォーリナー、月の狩人。カルデアの特異点巡りから外れた後になって、所長は自分のサーヴァントであるフォーリナーからの呪縛を打ち破るも、今はもう意味が無かった。

 脳の枷―――記録封印と認識改竄。

 それを打ち破れたのはロムルスの御蔭でもあるが、葦名特異点による影響も多分に大きい。この地は古い獣のソウルである濃霧に満ち、所長からすれば空気が常に神秘に満ち溢れた世界であり、脳が常時活性化し、啓蒙の感度が凄まじい鋭さを持つ。即ち、進化し続ける脳細胞であり、思考の瞳も同じく古い上位者に匹敵する領域にまで成長する。月の狩人には届かなくとも、それに僅かでにも対抗可能な瞳を、ロムルスの遺志を得た脳が進化するのだろう。

 

〝いや、どうせアッシュ・ワンのこと。全部、知った上で分かって私を此処に呼んだ。そんな可能性もあるけど、偶然でもある可能性もある。

 あいつ、天才と天然が混ざってる上で、馬鹿げた運命力を持つから始末に負えないのよ。

 何でこうも灰に都合が良い方に転がるんだか……いや、それも必然か。人理保証以前に、この宇宙の魂を根源到達で全て喰らい尽くす古い獣から護ってんだから、そりゃ誰だってアイツの味方よね。魂がなければ、この宇宙を観測する知性が根源から流れ落ちなくなるのだし、そんな化け物を放置したとなればあらゆる宇宙の魂から人類史が否定されるでしょう。

 外宇宙の化け物だって、突っ込みどころ満載なのが古い獣。

 宇宙生まれの邪神連中にとっての劇物でもあるし、人間だけが行える役目でもある”

 

 カルデアに帰り、カルデアスを如何こうするのは古い獣狩りを為した後。正しい認識、確かな記録を取り戻したオルガマリー所長に迷いはなく、星見の狩人としても狩るべき獣を見抜いている。

 問題なのは月の狩人が何故、オルガマリーの思考を制限していたのか。

 答えは単純、カルデアの技術とカルデアスが必要だと考えていたから。

 自分が狩人化したのも偶然ではなく、必然だったとも理解した所長にとって、己が師である月の狩人も狩るべき上位者になったのだと完全に覚悟を決め込んだ。

 

〝だと言うのに、月の狩人も火の無い灰も―――ヒトに善い人間だ。

 根本的に、人類全体への善行が、己にとっても利益として矛盾なく世界を救う理想的な不死の体現。つまるところ、幼年期を過ぎた人類種の完成した姿の一つ。その過程における悪行が、抑止力からも看過されるように全てが共和されている。

 私本来の理念が汎人類史になることも、今よりまだマシとは。本当、救われない。だってあれ、カルデアスを不要とする我がカルデアが直接的に人理未来保証をする闘争の企業間戦争経済よ。文明進化と技術発展の為に子会社の軍事企業を殺し合わせ、汎人類史が惑星の魂が人と共に見る人理から脱し、人類だけが夢見る人理を始める為の宇宙進出を完璧とする殺戮史よ。

 だから真実が啓蒙された瞬間、本当は力技で虚数空間の神殿に単身で殴り込み、第一の獣を直ぐにでも狩って良かった。その後、灰を説得して古い獣狩りの途中だろうとカルデアスを焼かせても良かった。あの女は私とカルデアで対応出来る人類の危機だから、ゲーティアによる人理焼却もカルデアスによる人理編纂も任せているだけで、出来ないと頼めば直ぐに応じてくれるでしょう。

 そもそも、私が救う必要などないしね。誰が救っても良い。

 なのに何故、こうも古い獣狩りに執着してしまうのか……オルガマリー・アニムスフィア、もう分かっても良い筈”

 

 星見の狩人は、自分と言う擬人格(インサイト)を夢見る本人格(エコー)に問い掛ける。だが夢見ている故、第一人格は眠っている儘。焚火を前にした脳内での自問自答も価値はない。

 獣は狩れば良い。そう在れば、星見の狩人はオリジナルが与えた狩りの存在意義を果たせる。

 しかし、そう在るだけでもはや満足出来る意志ではない。灰による人間性は獣の資格を与えたが、それは人間ならば誰しもが持つ癌因子に過ぎない。人の心とは、導きの淡い光筋を幻視させる事もある。先の見えない未来に、希望と言う幻想を見出す夢見もまた人の強さであろう。

 

「君が幻視に魅入られるとは、珍しいね」

 

「―――……月の狩人。でも貴方が、どうして葦名に」

 

「夢見る者がいる次元に、我らは例外なく偏在するのさ」

 

 美しい造形の人形に押され、車椅子に乗る狩人は所長の隣にある空間から現れた。魔力の反応は一切無く、空間転移の反応もない。幻覚が唐突に物質となったような違和感に溢れる顕現だ。

 

「うむ。簒奪者のソウルと化す神祖ロムルスを狩れば、私の幻視を見破る瞳に進化する。君、随分と成長して喜ばしい。

 カルデアの所長が委任と共に即座、カルデア狩りを始めては虚しいからね。

 そもそも私が君の脳に召喚された時にて、事態は手遅れ。灰による人間性を得て、そのまま所長として本人格の遺志である君は成長するのが良かったと思う。それにマリスビリーの目的をある程度は悟れてもいただろうが、夢見る狩人は愚かな好奇に逆らえない。

 いや、愚かでなければ叡智の学びを得られない。聡いことが幸福とは限らない。星に浪漫を見出したのならば、君の獣性もきっと浪漫と呼べるこどだろう。

 ―――宇宙は空にある。それだけだ。

 灰が惑星の魂をも灰に還す様、我ら悪夢もまた星の精神を悪夢に落とす。

 何、安心し給え。必ず、最後は成功に辿り着く。歩みたい過程を願う儘、思う儘、好きに選ぶのさ。失敗してもやり直せるのが我ら不死、最大の利点である」

 

「初めて、貴方を殺してやりたいと思う」

 

「善い意志だ。それは、我が遺志より全ての事実が啓蒙される確かな途さ」

 

「で、何の為よ?」

 

「人理とは、母たる星と子たる人が夢見る未来への航海図。夢の狩人である私が文明の到達を見届けたいと思うのは、間違っているかな?」

 

「間違ってないです。けれど、それが一番じゃない」

 

「そうだね。であれば、人理改竄が可能になるまで君の成長を許さないだろう。他人が描いた壮大で綺麗な芸術作品に、それを愉しむ見物人である私が自分の手を加える必要がない。如何なる大義名分も芸を汚す理由にならない。

 灰と似たような動機だ。あれが今より強い魂を目指す様、私は今より脳が賢くなりたいだけでね。謂わば、自己進化の為である。結果、その探求が人類史への利益にも繋がっているだけだ。

 人の為だけに、私は誰も狩り殺さない。あの灰も、自分以外を理由に誰かの魂を奪い殺さない。

 とは言え、君が求めるのはそんな当たり前な根本ではない。私が行う自己還元の為の狩りの手段であり、それがどのように人類が夢見る人理にも還元されるのかと言う絡繰だね?」

 

「貴方はそもそも、上位者の悪夢が人理を汚染するのを今も阻止してる防人じゃない。人類史のテクスチャなんて意味がないあいつらが溢れ出れば、その時点で人理焼却より救いがない悪夢になる。永遠に人は悪夢に囚われて、メンシス学派が望む全人類の上位者への進化が、人から赤子を求めるあの上位者らの思索によって最後は行われる。ある意味、月の魔物がヤーナムに悪夢を抑え込んでいたし、その遺志を継ぐ狩人の上位者も同じ業を継ぐ。漏れ出れば最後、人間の血に見えざるオドンが拡大して、人は自らが神と呼ぶ上位存在たる悪夢の一部になる。挙げ句、人間を得た上位者はやがて悪夢の空から宇宙に旅立ち、異星文明まで長い時間を経て悪夢へと侵食する。

 それ以上、何を人なんかに与えるの?

 所詮、上位者の血液汚染がなくとも獣へと自ら堕落する知性体なのに?」

 

「君は得るべきだと思ったのさ。悪魔殺しのデモンズソウル、火の無い灰のダークソウル、褪せ人のエルデンリングを。

 皆を須く狩れば、君は彼らに流れる血の遺志から全ての業を啓蒙されることだ」

 

「貴方がまず、為せば良いでしょう?」

 

「既に得ているさ。故、ヤーナムの悪夢はより深まった。繰り返しは円盤から螺旋となり、同じ夜が変異を起こす善い宵となる」

 

「……そう。不幸せなことね。でも悪夢の奈落に落ちている事に、住民が気が付けないのは幸運かも」

 

「しかし、必要なことだ。君が私の思索を暴く為にも、現段階の思考の瞳では思考の次元が低いのだ」

 

「そうですか。結局、自由意志で決めて良いってこと。好きにして良いなら、今まで通り今の私の視座から好きにさせて貰います」

 

「君の思索は、君だけの思索だとも。私は情報を制限するが、それを暴くことが君の進化に繋がろう。

 私の思索の為にも、君は大いなる悪夢に浮かぶ高次元暗黒をより深く、より高く、そしてより狂おしく脳へ啓蒙し給え」

 

「そして、貴方の思索も私が瞳を為す為の糧になる……って?」

 

「肯定だ。互いに狩人は夢で繋がり合う隣人。脳と脳で導き合い、遺志を貪り合うのが運命さ。その為、まずは灰共の戦技の忍びの業を触りに会得せよ。ソウルを血より解せれば、その神秘も得られる。特に、星の業である褪せ人の重力魔術は素晴しいからね。

 ―――うむ。葦名での用は君との邂逅で済んだ。

 狩人たる我が故郷、ヤーナムの悪夢に私は帰ろうと思うが……ふむ。君、何か疑念はあるかね?」

 

「有るけど……何だか、違和感だけ。その違和感を意志に出来そうにないの」

 

「成る程。疑問にならざる疑念と言う訳だ。それ、得難い思索への道である。大切にし給えよ。君にとって、きっと良き悪意になる答えへの方程式になろう。

 故、助言を一つ。指の幼子に気を付け給え。

 狩人の罪こそ我らを救う罰となる。唯の人として救われた幻視した時、その錯覚が心を折る獣の形を取るだろう」

 

「怖いわね。月の狩人がそう言うのなら、そうなのでしょう」

 

「あぁ、そうだとも。そして、最後にこれを伝えなければならない。

 私は月の狩人―――ケレブルム。

 夢の中にて、固有の名を魔術師に頂いた。素晴しき事だった。

 星見の狩人、オルガマリー・アニムスフィアよ。我が弟子、我が希望よ、どうか拝領した我が名を覚えて欲しい」

 

「ケレブルム……―――うん、覚えました」

 

「良かった。君にだけは、我が心ながら不思議と自慢したくてね。親から拝した君の名も素晴しいが、負けず劣らず私の名も善い響きだと思うだよ」

 

「良いんじゃない。ヨーロッパの史学に古代ラテン語は必須だから、その名もビルゲンワースらしいと思うわ」

 

「全くだ。君の名も、魔術師が神話から意味を込めた美しい言葉だからね」

 

「今となっては冒涜的だけど……うん。それを誇れる程の叡智は欲しいと思います」

 

 何故か、二人以外に命の気配がない荒野の夜。車椅子の取っ手を持つ人形は生命無き人形に徹し、虫の気配も、空気が動く風の気配も皆無な静寂。焚火が枯木の枝を焼く音だけがパチパチとなるだけ。それは傍にいる筈の忍びの気配さえも所長は感じられないと言う事実。

 最後になり、夢見心地に火を見ていたのが夢だったからと気が付いた。

 焚火を見ながら居眠りをしてしまった所長の脳内にて、狩人と人形は夢見る彼女の瞳に映る幻像であった。

 

「ではさらばだ、我が弟子よ。この特異点、達者に狩り尽くし給え」

 

「さようら、我が師。貴方の導きが偽りの光でないことを祈ります」

 

 転寝(うたたね)から醒めるのを実感する。直ぐ傍に忍びの気配があることを感じ取る。眼前の狩人と人形の姿がぼやけて消えていき、彼女が瞬きを夢の中でした直後、目の前には現実の荒野が広がっていた。

 

「主殿、良く眠れた様で」

 

「それはもう、グッスリね。良い目覚めだわ……空が綺麗だと、特に」

 

 夜はもう終わり、時は曙。朝焼けの空が広がる葦名特異点。黒い太陽ではない日が地平線から登り出し、焚火の炎はもう消えていた。

 

 

 

――――<◆>――――

 

 

 

 ボーレタリアの地域一帯で生える月草類。悪魔発案のその加工品、ムーングラス薬。草を齧り、苦味と共に生命を癒すのでは味気無い。悪魔は各種月草を自分の魂内に建てた楔の神殿(ネクサス)でハーブの自家栽培をしているが、葦名では普通に菜園で育てており、その薬草を使った新しい回復手段を編み出そうと思考錯誤し、その月草の霊薬瓶を作り出した。

 あるいは、啓蒙的発想から考えた神秘薬か。ソウルの業によって月草のデモンズソウルを生み出し、神秘薬の霊液を浸し、その効果を持つ回復液を溜める瓶として創造するに至った。

 数多の神秘が蔓延る葦名にて悪魔は、エスト瓶も、傷薬瓢箪も、輸血液も手に入れている。月草以外の回復手段は多くあり、そもそも奇跡で充分でもあった。しかし、オリジナル性のある自動補充効果を持つアイテムが欲しいのも事実。結果、ムーングラス薬を自動的に貯蔵する薬液瓶を完成させた訳だった。

 

〝―――……まぁ、ソウルの業で真似たエスト瓶で充分か”

 

 脳内であっさり合理的正解を思いつつ、それはそれとして趣味となってしまった家庭菜園の作業を続ける。土弄りは心が洗われ、自身のソウルを写す鏡となって月草は成長する。当然と言えば当然、悪魔は愛用の全身騎士甲冑の儘であり、その格好でハーブ作りの農作業に没頭している。

 

「~~~~、~~……―――」

 

 子供らが医療教会の孤児院で歌う星の聖歌、あるいは高次元暗黒に繋がる星歌を悪魔は静かに鼻歌し、月草に如雨露で優しく水を与えていた。無論、ただの水ではなく、薬品やソウルが混ざった霊水であった。

 とは言え、悪魔は常在戦場の心構え。何時も通り、左手首には古い獣の御守を巻き付け、腰には鞘に入った直剣。家庭菜園を楽しむ今この瞬間、背後から灰や狩人に襲われ様がノータイムで迎撃し、一秒後に訪れる死を脳内で仮想して警戒し続け、常に神殺しさえも即座に可能な心構えだろう。

 そう言う男が、楽し気に家庭菜園をしている光景が気色悪い。同じ技量を持つ者なら、少しでも悪魔に殺意を向けるだけで早撃ち魔術(クイックスペル)により、狙撃距離だろうとソウルの光が敵対者の魂を消炭にするだろうし、近場なら直剣で斬り捨てられる。有り得ない可能性だが今この時、衛星軌道上から広範囲熱却エネルギー帯が撃ち放たれても、悪魔だけは生き残ることだろう。

 そして薬物作業を行う為、幾本かの月草を引き抜く。魂魄内部の神殿に自前の魔術工房があるにはあるが、今は葦名に用意した自分の魔術実験用私室があり、そちらへと向かった。付随して悪魔が装着する鎧の金属部品同士が当たり、がちゃんがちゃんと騒音が鳴り響いた。

 作業場の鍋、あるいは錬成炉壺。地獄の釜と言う形容が比喩ではない悪魔のアイテム。またソウルによって自己の魂に瞳を作った悪魔は、狩人と似た啓蒙能力を遣うことで最初の火を模した力を得ている。その火炎を鍋を熱する竃の動力源にし、悪魔の為の悪魔鍋は完成する。その鍋の中によく洗った後に切り刻み、磨り潰して混ぜ合わせた月草を優しく入れた。

 

「イーヒッヒッヒッヒッヒ……イーッヒッヒッヒッヒ……」

 

 邪悪に笑いながら、悪魔は月草を良く煮込み、掻き混ぜる。悪魔にとっても定番は概念。魔術鍋の煮込みは、魔女がする邪悪な笑いが良い。これをするか、しないかで、出来栄えは変わるのが人類種が根源より見出した魔術基盤の面白い所だと悪魔は考える。

 魔術も奇跡も等しく、悪魔が覚えるソウルの業と言う名の"魔法”は、古い獣から見出された唯の神秘。逆に魔術基盤は惑星に住む人類全体の知的資源とも言え、星に記憶された神が持つ権能から、長い歴史の中で人間が学んだ文明技術である。そして、科学技術で再現不可能な神秘を魔法と呼ぶ。

 即ち、人類種の伝承に対する信仰心もまた神秘。悪魔が人々のイメージ通りな魔女っぽく笑うだけで、それは呪文となって作用する。魔術において様式美を無視するのは非合理的な考えであり、魔術を魔術らしく扱うのは大事な下拵えだろう。

 

〝………美味い。巧く出来たか”

 

 本来、草を煮込んで出来上がるのは青臭い草水。だが問題はない。痛覚に精神が作用されない悪魔は無論、不味過ぎる苦味の飲み物も明鏡止水で一気呑みする人外である。しかし、人間性を灰から得たことで味覚を楽しむ精神を取り戻し、草味の薬物草ジュースを飲むのは味気無いと感情由来の考えが思い浮かぶ。

 それで出来上がったのが、今のムーングラス薬。何となく、生命が回復する味わいを再現することに成功し、ソウルな喉越しを生み出すことが出来た。

 

〝ハッ……――そうだ、人体実験しよう。

 簒奪者の灰らは何でも新鮮だと喜ぶから全員須く、駄目だな。あいつら、人間性が葦名で再誕した故、精神年齢が箸が転がるだけで喜ぶお年頃だ。美味ければ嬉しく、不味ければ楽しむ馬鹿である。

 ふむ……―――ならば、ローレンスだな。

 あぁいや、思索実験が上手く出来過ぎて常に発狂状態だったか。最近、自身の脳細胞を上位者の脳に生み直したと冷静な真顔のまま、医療教会屋上で悪夢と三日間微動だにせず交信していた。あるいは、今もその脳味噌の使い心地を浸っていたいとまだ交信中やもしれんし、外来生命種の遺伝子情報も血より取り込んでいたな”

 

 気分は竜の神の右ストレートパンチで死に、火守女に蘇生される前の人間時代、近所にいた野菜をくれる商家の御婦人。悪魔が悪魔となる前の世界情勢はボーレタリアから漏れ出る霧によって人類滅亡の秒読みが始まってはいたが、社会と言う群れシステムで生きる人間にとって近所付き合いは大切だった。

 脳内で悩みつつ、ムーングラス薬瓶をソウルに仕舞い、悪魔は自宅を出る。亡者と悪魔憑きとデーモンの脅威が溢れる葦名街ではあるが、今は一般市民も不死故に死の危機はそこまで問題ではない。道にはそれなり人通りがあり、悲鳴が結構な頻度で響き渡るも、誰かが死ぬ間際の断末魔に興味関心を向ける者はいない。

 

「ガハハハハ、ウァーハッハッハッハハハ!」

 

 歩く事、三十秒。悪魔宅の近所に住む酒蔵の店主と視線が合い、悪魔を見て特に意味もなく笑い出す。名は酒造の簒奪者、ジーク。葦名名物のホームセンター、アシナズホームのアウトドアコーナーで購入したキャンピングチェアに座り、玉葱に酷似する全身鎧の重さもあって動く度に壊れそうな音がした。

 

「何が面白いのだ、酒造の」

 

「いや、面白くなくとも笑うのだよ。酒とは、そう言うものなのだ」

 

 歴史を感じさせる玉葱兜をまさか改造したのか、簒奪者は顔下半分だけ不自然にパカリと言う音を立てて開け、酒瓶から特製ソウル酒を喉に流し込みまくる。エスト瓶の一気呑みに近く、全身から色付きエフェクトの如きオーラを発し、酒臭い玉葱人間に成り下がった。

 正しく、アルコールオニオン。葦名市酒造業界に現れた期待の新星は、灰が召喚した簒奪者共に与える人間性によって酒好きだった不死になる前の過去を思い出し、灰として鍛え上げたソウルの業を酒の為に使う変態となっていた。

 

「うぅぅうううむ、うむ……美味い。成功だな。だが、まだ足りないか。

 悪魔殺しの悪魔、次の講義は何時になりそうか。貴公の話は酒造りに有能なソウルの業であるのだよ」

 

「何時でも良いがな。しかし、講義室を準備する教区長が前の講義内容を脳で消化し切るまで、次回講義の準備を手伝ってくれんのだ」

 

「愉しみにしている。しかし、暇だ。ウーラシールの光の魔術で時空間を操り、酒の熟成も貴公から得た学びにより容易くなったが、それはそれで効率的にも程が有り、暇が出来る。

 うむ。葦名闘技場で人殺しでもするか。

 我ら簒奪の灰にとって殺し合いこそ永劫に飽きぬ娯楽。やはり新たな娯楽を見出そうとも、初心を忘れてはいかんな」

 

「成る程な。まぁ、少し提案があるが、この薬品を酒造りに使っては見ないか?」

 

「ふぅーむ……ふむ、ふむ。何だ、貴公が葦名に持って来た月草ではないか。

 すまないが、断らせて頂く。既に暗月草酒を試作しておる。何より原材料は有り難いが、他者の加工が入った物を使いたくないのだ。

 其処も含め、我輩の趣味なる娯楽工程である。いや無論、薬品作りは参考にするのだがな!」

 

「そうか。ならば良い。玉葱なる騎士甲冑の一人、酒造の。今度、あの場で邂逅すれば殺し合おう」

 

「がっはははははははは! 愉しみにしておるぞ、悪魔殺し!」

 

 簒奪者の周囲で灰が舞い、酒造(ジーク)は一瞬で闘技場へと転移した。悪魔は簒奪者らにとって暇潰しで行う神秘講義が関心度が素晴しく高い娯楽になっていることを知ってはいたが、酒蔵屋の酒造りにまで利用されていることには気が付かなかった。

 ソウルの業に通じる脳は、魂を直視する淨眼。悪魔殺しの悪魔からすれば、魂や精神は肉体と同じく見て触れる物質であり、簒奪者の灰や上位者の狩人も同様だ。魔力で干渉することも手先で弄ぶように容易い業となる。その眼力を誇る悪魔からして、簒奪者と言うのは見破れない存在であり、逆に簒奪者も悪魔の魂を見破るのは不可能となっていた。

 

「奏でます。題名、ハベル・ザ・ロック」

 

 根源由来の魔法より冒涜的な悪魔殺しのソウルの業を、酒造の便利アイテムとしか認識しない簒奪者の一人。そんな酒浸りの玉葱野郎を通り過ぎ、数十メートル歩けば、これまた色濃い人格の簒奪者が、路上ライブを開いていた。

 彼女は何でも、不死になる前は音楽家をしていた元人間らしく、旅の果てにて火の簒奪者となった。そして、この葦名へと灰に召喚されたことで寿命があった時代の人間性を取り戻したらしい。ある意味、成り果てた後で夢を思い出させるのは残酷窮まるのだろうが、火の簒奪者は人生を悔やんで苦しむ機能がもうないのでどうでも良いのだろう。

 名を怪音の簒奪者、エレナ。本来なら物語である奇跡の呪文をアレンジ作詞し、大魔法防護に綴られた白竜シースに対する岩のようなハベルの想いを路上で盛大に歌い上げ、楽器も演奏していた。

 悪魔は決して、彼女へ話し掛けたりはしない。音楽家が民衆に唄を唄い、楽器を演奏している最中、知り合いだからと邪魔をするのは人間性が疑われる。灰により得た人間性は羞恥と品格を再び魂に与え、悪魔は人間らしい大人の感性を取り戻していた。とは言え、悪魔殺しが悪魔な時点で娯楽品の域を出ない精神的玩具でしかないのだが。

 数十分後には何曲か聞き終え、悪魔は拍手をした。他にも聞いていた者たちが居り、聞き終えて拍手をした後、今の葦名で貨幣通貨として使用されるソウルを地面に置かれた受け皿代わりの楽器入れケースに入れる。彼らは皆、何処となく満ち足りた感情を貌に浮かべながら去って行った。尤も誰かの命から奪い取ったか、あるいは死体漁りで拾ったかした魂を、こんなにも綺麗な音で魂を感動させる唄の報酬にする当たり、葦名市民の社会的倫理観はこのディストピア生活で破綻していた。

 

「はぁー……死にたい。あぁ、死ねないんだった。けれど、死にたいなんて陰鬱な感情、彼是幾千年ぶりかな。音楽家の感性を取り戻したけど、やっぱ駄目な雰囲気だ。

 獣飼いの悪魔殺しもそう思って、葦名暮らしを愉しんでいるのでしょう?」

 

「自分自身を、自分で愉しんでこその不死生だ。ならば物は試しで自害を愉しめるのが不死の醍醐味。死ねば、善き刺激を脳細胞が受けるかもしれんぞ」

 

「何と言う芸術的発想……―――神か?

 いや、悪魔だった。軽い気持ちで人を死に誘うなんて、やってはいけませんよ?」

 

「すまない。親切心だったが、貴公の心を傷付ける意図はなかった」

 

「良いでしょう。では、今からあのおはぎが美味しい茶屋に行きませんか?」

 

「それも、すまない。貴公から音楽の時間を奪うのは心苦しく感じるのでな」

 

「フラれました……あぁ、残念だ。死にたいな―――歌います」

 

「あぁ……まぁ、うむ。それで良いのでは?」

 

「―――怪音の。待たせたかしら?」

 

「少し、遅れてしまったな」

 

 悪魔殺しの悪魔と怪音の簒奪者との会話に、横槍が唐突に入った。男女の二人組であり、その二人もまた灰に召喚された簒奪者である。名は、墓唄のミルファニトと楽奏のニコ。不死化する前の記憶を取り戻した簒奪者が、生前のその人間性をまた愉しむか否かは個人差があるも、この三人は音楽を魂に取り戻したのだろう。

 悪魔は一言別れの挨拶をし、その場を離れた。背後から、人間の魂を完全支配するソウルの楽曲が奏でられ、狂気的熱狂が湧き上がるも、悪魔は悪魔で在る故に魅了されることなく過ぎ去った。

 

「自らの記憶に魔術を掛け、監督である自らが作った茶番劇を登場人物として愉しむか。灰め、相変わらず悪趣味極まる女だよ。だが貴公でなければ、葦名特異点と言うテクスチャ型惑星消却兵器は作れなかったであろう。

 とは言え、此処までしなければ我が主、我が神、我が贄……古い獣は狩れぬ。

 いや、私がそこまで育ててしまった。魂が生み出る向こう側、宙の外……根源に渡らせぬよう人々を生贄に捧げ過ぎ、もう後戻りは出来ぬと思っていたのだがな」

 

「――――……しからば此処を決着の地に定め、星の魂も人の魂も、獣より救わねばならん。

 貴公、人間は戦う為に戦うのでない。しかし、戦いに生きれば摩耗は起こる。人間性は磨り減る一方だろう。だからこそ戦い続け、忘れ、穢れようとも、捧げた人間性は我ら不死が必ずや取り戻す」

 

「戦神、貴公か。なんだ、月の狩人狩りはしくじったか?」

 

「あやつ、アメンドーズなる巨大上位者に宇宙生物の細胞を節操無く取り込んでいた。だが、それを我が愛竜は齧り、肉を喰らい、進化してしまった。葦名でソウルより作った嵐の王ではあるが、ヤーナムの宇宙に住む上位者にも似た……あるいは、地球に飛来したとされる宇宙由来の古代生物か。

 悪魔殺し、オールトとハーヴェストスターを知っているか?

 嵐の王の後継たる竜で在った筈だが、最近は獰猛性が凄まじく増し、不死性も得てしまい、大人しくするのに殺す必要があって面倒だ」

 

「灰が、旅した人理世界にて簒奪した蒐集物の神秘だな。カルデアの技術部にもサンプルを提供したと言っていおり、その悪用方法もマリスビリーなる魔術師との契約した報酬として、その知識を得ていたと思う。

 あの狩人は月の如き極悪人の癖して、路傍の石ころな小悪党の考えもする人間だ。

 恐らく、サンプルごと技術も灰から盗んだかのだろう。とは言え、私も共犯者である故、互いに互いの技術を共有しており、全く同じことが出来ると言えば出来る。

 貴公が望むのであれば、貴公の竜より惑星外来種の細胞を、ソウルの業で取り除くこも可能だが、どうしたい?」

 

「不要。全ては、魂が望む儘に。狂気もまた、己が為の死で在れねばならん。嘗て我が、太陽を追い求め続けたように」

 

「では貴公、何故だ。何故、太陽の簒奪者を名乗らず、戦神の簒奪者を己が魂に命名した?」

 

「―――太陽万歳。あぁ、太陽万歳だとも。

 太陽になりたかった我が願い、火を簒奪することで太陽となり果て、戦神の殻を被って太陽の落とし仔を演じ、だが太陽は救いでは無い。救いではなかったのだ。

 神は、人を欺いた。偽りの甘い命、偽りの甘い生、偽りの甘い檻。

 救いが欲しかった。救いになりたかった。だが太陽は人間に偽りしか与えなかった」

 

「だが、救いには違いないことだ。神の偽られたのだろうが、その偽りを幸福だと感じた魂そのものは真実だろう。

 所詮、誰かの夢の中でしかなく、心が救われても魂が救われぬ事に違いがないがね」

 

「故、火の簒奪者の一として、太陽の戦神を演じよう。

 救われ方、救い方、太陽の真実が欲しいのだ。貴公らが人々の魂を獣より救うと言うなれば、どうか我がソウルに温かな救済を啓蒙し給えよ」

 

「ならば尚、今よりも強くなる事だ。何時か時の果て、貴公一人で、貴公一人の火で、古い獣を焼き滅ぼす太陽となるまでな」

 

「分かっておる。その為、暗き太陽を輝かせる為、我がソウルはあらゆる闇を飲み乾そう」

 

「良かった。聖者の真似をし、懺悔を解き明かしてみたが、悩みが少しばかりでも晴れたのであれば幸いだ」

 

「すまんな。人間性を取り戻した所為か、火を簒奪したかった最初の願いも思い出し、久方ぶりの人間らしい葛藤が楽しくて堪らないのだ。

 会話は良い。特に、貴公のように博識な悪人との会話はとても良い」

 

「互い、人の魂を貪り喰らう最底辺の倫理しかない化け物だ。気にすべき世間体は少ない身、羞恥心に囚われる必要もないことだ。

 尤も、品性は重要だがな。それがなくば、人間性は獣の域へ堕落してしまう。

 だからこそ、愚かだと分かりながらも、好奇心の儘に魂を動かすのは大切だ。

 それを棄てるのは獣への一歩。とのことで戦神の、どうだろう。私が作ったムーングラス薬、飲まないか?」

 

「―――……………つまるところ、相談料と?」

 

「あぁ。今以外の夢を捨て、他の可能性を棄て、人は葛藤を失くして矜持を得る。それ以外ないと思い込み、尊い者の誇りは狭い器の上でのみ成立する。それ以外は許されないと決め込み、多様性を認める人格であろうと、既に自分自身は決して後戻りが有り得ないと覚悟する。

 完成されるとは、そう言うことだ。

 この特異点にて我らが屠殺した英霊の在り方は、つまりは終わり方だ。

 ならば、世界を救う為に英霊を竜と共に殺戮した貴公には責務が生み出ることになる。例え不利益を被るかもしれないと未来を予想しようとも、今以外の未来を夢見る事が人間性の証明だろう」

 

「そうか。では、頂こうか。容易く揺れる意志もまた、今は一興と」

 

 悪魔から手渡された薬瓶を飲み、戦神は―――星を見た。

 

「あ、すまん。それ、ソウルと脳細胞に刺激を与える覚醒神秘薬だった。ついでに生命力も回復するぞ」

 

「いや、良い…………成る程。確かに、これは啓蒙だな。

 この世における恒星、太陽が存在する原因。我らの世との差異か。うむ、知るべき事がまだ我には多くあると、無知を知ることが出来て良かったと思う」

 

 恒星の化身である戦神の簒奪者(ネームレス・キング)は、枯れた亡者の貌を動かす事は出来ないが、気配だけで微笑んだ。そのソウルの振えは容易く周囲の時空間を激震させ、葦名に満ちる獣の濃霧を自身の雷雲に変換し、上空が一瞬で嵐に覆われる。雲海の中で走る雷電の一筋に当たれば、戦神と同じ雷神だろうと感電死させる魂殺しのソウル現象となっていた。

 だが悪魔殺しが気軽に左手からソウルの光を空へ放ち、概念を概念で上書きして撃ち滅ぼす神秘現象を強引に引き起こす。葦名の曇天は即座に晴れ渡り、元の空模様へとあっさり戻った。

 

「興奮のし過ぎだ。葦名で得た学びの一つ、世界卵の余波が貴公のソウルから漏れ出ていたぞ」

 

「ソウルの業と魔術世界の律、それなりに親和性が高い。真性悪魔が持つ独特な魂の在り様、此処で知れたのは僥倖だった。

 しかし、貴公……悍ましい業だ。

 我ら簒奪者と違い、その内に火なき魂で在りながら、我らの太陽を克する獣を持つ」

 

「残酷な事に、人も神も獣に過ぎんさ。星の魂も、世界ごと獣に喰われる餌に過ぎん。

 戦神、貴公も己が内より獣を見出しと良い。闘いに狂うのではなく、狂いたくなる衝動の源泉、その答えが魂には存在する。

 その答えが、貴公の―――人間性。

 形なき闇に姿を与えるのが人間の業と言うものだ。いや、それこそが貴公らと言う人類種の在り方とも言える」

 

「人類種による差異か……ふむ。一概に、人間を人間だと一括りにするのも愚かしいか」

 

 悪魔殺しの世界の人類。火の無い灰の世界の人類。そして、人理が運営する地球世界の人類。それを一括りにするのは、人類種に対する不理解だと戦神は考える。とは言え、人は人で在ることに違いは無く、神は神である事に間違いはない。しかし、もし不死種と化した人類種が間違いなのだとすれば、始まりの分岐点は確実に悪魔殺しの世界にてソウルの業を啓蒙され、古い獣を外側から呼び込んだ要人である。

 

「人格は……その何だ、死灰のヤツが我らにも与えた人間性によって盆暗化したとは言え、貴公は真正なる賢人だ。その魂は人類では誰も勝てない魔人だ。

 ならば、その言葉は正しいのだろう。

 間違いで在ろうとも、貴公が無理を通せば道理にもなるのだろう。

 ふむ。であれば、願望の儘、狂気の儘、道楽の儘、突き進むのが灰の一匹としての世界か。やがてその道が間違いだったと思う事が出来るまで、狂気は正気の儘でいてくれることだ」

 

「む。ボンクラとは非道な言い様だ。金、暴力、セックス、何とも人間的ではないかね?

 何より、悪徳を好む悪魔に相応しい在り方だ。欲望は人の数だけ渦巻くのが、人間社会と言う人類の作り出すシステムだな」

 

「そうだろうが、貴公はそうではなかろう。いや、人間性の御蔭か、性欲を楽しむ能力も取り戻せてはいるが。

 なれば神々のように肉欲に溺れ、神聖なる子作りを励むのも善かろう。魂の本質が亡者でしかない我ら人間にとって、命の温かみは神の太陽が見せる幻視に過ぎん故」

 

「しかしながら簒奪者の中には、肉欲に溺れている者もいるだろう?」

 

「不死となる前、好きだったのだろう。悪徳もまた人間性と共に蘇る」

 

「成る程。かく言う私も、女の肉体は好きだったなァ……――しかし、駄目だな。灰に人間性を貰った今と言え、そう言う気分になれん」

 

「枯れておる。だが、分かるな。美や性に感動する機能自体が脳から消えている。人間性を取り戻したと言うのに、嘗ての感動は戻らないと言うことだ。

 ……所詮は人間、我らは闇か。

 神の太陽に心を騙されなければ、甘き命の輝きには届かない」

 

 心亡き灰。火を飲み乾す暗い孔の簒奪者。そう在れば良かったが、そう在ることを灰は許さなかった。世界を救う為に人を殺すならば、償いが出来ないのだとしても、せめて殺人者に罪を苦しむ人間性がなくては何もかもが救われない。機械的に命を選んで殺すなど、まるで可能性が残されたより良い繁栄を未来とする人理の抑止力と何ら変わらない。

 戦神は好んで生気のない亡者貌にした儘、人間らしく乾いた口を動かした。

 目も、口も、唯の暗い孔でしかないと言うのに、戦神は確かに嗤っていた。

 

「悪魔殺し、どうだろうか。貴公は、カルデアが此処を滅ぼせる未来が見えるのか?」

 

「安心しろ。必ず、滅びる。故、貴公は遠慮する必要はない。思う儘、戦いを挑むのが善い未来へと繋がろう」

 

「そうか……あぁ、そうだな。確かに、良き戦士らであった。

 星見の忍びは我が討ち取ろう。幾度でも、繰り返し、繰り返し、殺し尽くそうぞ」

 

「何だ、確信が欲しかっただけと見える。生真面目な男だ」

 

「答は得た。少し、狩りに出掛けるとしよう。まだ星見の狩人も星見の忍びも、我を殺せる技巧に至っておらん。

 太陽たるこの身を殺せる程の業に深める為にも、我が幾度でも殺し続け、その業を我が太陽の剣槍で掘り深めなければならぬ」

 

 戦神の戦意に反応し、上空から嵐の王(ドラゴン)だった生物が降下する。数多の血が混じり合い、今はもはや血液由来の神秘生物となった竜の上位者か、あるいは竜のデーモンか、説明のし難い者と成り果てていた。

 鉱物でありながら、植物でもあり、打撃に強い柔らかさと斬撃に強い硬さを両立させ、爬虫類から進化した鳥類のような羽毛を身に纏う。姿形にそこまで変化はないが、神秘学と生物学の両面から見れば、元の原種からして地球産幻想種から離れてはいたが、今はもう別次元の生命種と言える竜と言えるだろう。

 本来ならば、都市一つ容易く滅ぼす魔物。上空に現れた時点で葦名市は滅亡必須の危機だろうが、より危険な異常人間体が百名以上は溢れ返っている為、市民はドラゴンさえも日常風景の一部として受け入れていた。

 

「◇◇■■◆□―――!」

 

 竜は悪魔を見た所為か、本能的にソウルを活性化させ、最初の火を持つ戦神と繋がることで太陽フレアと化した火炎息吹を嘴に似た口から吐き出した。プラズマ現象を物理的に引き起こし、コンクリート製の道路は焔と熱波で融解し、ビルのコンクリも鉄骨ごと融け砕けた。

 言うなれば、くしゃみのようなものだ。竜的生理現象なので、戦神はこの凄まじい惨劇に一切関心を向けず、街が壊れたかと言う程度の認識である。序でに民間人も巻き込まれて事故的虐殺が起き、数人の簒奪者も巻き込まれて燃えたが、少し生命力が削れただけでほぼ無傷であった。

 

「むぅ……」

 

 戦神は手を翳し、火の簒奪者となる前から使い慣れた魔術を発動。本来は物体の時間を巻き戻すウーラシールの光の魔術であり、武器の修理などに使う用途の神秘であるが、より光量を増やして戦神は倒壊した街全体の時空間を戻し、神の如き光の力で十秒前の世界に復元してしまった。

 光とは、知性が宇宙を観測する為のエネルギー。

 時空間を維持する宇宙が、何故か作った原動力。

 人理の世を知る為にあらゆる科学知識と魔術知識を魂で覚えた簒奪者達にとって、現代科学による魔術技術への啓蒙は異常なまでに素晴しかった。

 

「……光の法則は、物理世界において時空間と同類だとか。ソウルの業に、魔術基盤と魔術理論と同じく、物理現象に則る宇宙空間の物理法則の視点による観測を加え、より神秘を拡大させている葦名の簒奪者らであるが。

 いやはや我らながら、悍ましい進化よ。

 悪魔殺し、貴公の叡智で使用法は更に拡大と深化も可能となった」

 

「我らの魂はソウルと言うエーテルを使い、時空間をも制御する。無論、光と言う現象とて同様だ。ならば、容易なことなのだよ。そして、素晴しいことでもある。

 同じ世界にて、世界を作る為の法則として観測された以上、無関係な訳がない」

 

「返答、感謝する。では、行くとするぞ。さらばだ」

 

 灰に似つかわしくない凶悪な脚力で戦神は飛び上がり、嵐竜の首に着地する。そのまま一気に上昇し続け、獣の霧を雷雲化させることで世界をソウル由来の固有結界で侵食し、嵐と言う空の領域そのものを浮き舟にして戦神と竜は飛び去った。その余波で雷が市街に降り注ぎ、何名か市民が死ぬことになったが、黒焦げのまま蘇って動き出すので問題は無い。強いて被害を言うなら、衣服が焼け破れ、体を洗う必要が出る程度だ。

 数多の簒奪者らの中でも、嵐竜と組む戦神は特級の強者。あんな“人間”に気に入られる星見の狩人と忍びを不憫だと考えつつ、魂を鍛えられる脅威が自動的に会いに来てくれるのは不死としては幸運だとも理解しており、悪魔は凛々しい貌に似合う微笑みを浮かべて見送った。

 

「雷のソウル。戦神のデモンズソウル。ふむ、その業を作ってみるか。如何思う、ローレンス教区長?」

 

「あぁ、ダイモン先生……探しました。講義室と講義道具の準備、整いました」

 

「そうか。感謝しよう、教区長。それでどうかね……貴公の治験を手伝ったが、他細胞の癒着は進んでおるか」

 

「上位者より、人間と良く馴染みます。我が導きにして我が召喚者、賢しき灰殿の御蔭で啓蒙を得ましたが、宇宙生物の利用方法を巧い使い方はダイモン先生でなければ思い付きませんでしょう」

 

「あれは灰の発想を悪用しただけだ。貴公の脳が、その導きを得たのだ。人類史に残る生物学の発見、魂の底から誇りに思い給え」

 

「宙よりの来訪者。ヤーナムの宇宙ではありませんが、これら外来生物種は上位者にとって良き思索と為り得ましょう。

 何とも凄まじく、あのミコラーシュが血涙を瞳から流す進化です。全人類を上位者にすることで夢で脳が繋がり、思索の結果的に種族全体の進化を願った神秘学術者でありましたが、この進化方法をあの男は認めざるを得ないことです」

 

「そうかね。その手法、灰は二千年以上前に思い付いていたがね」

 

「しかし、無価値と断じました。彼女は何処までも人間であり、その魂が根源より脱する独自進化を人類種に期待していますので。生物的進化を灰は人類へと、そこまで期待はしていませんでした。

 所詮、宇宙で偶発的に生まれた単独種と、古代異星文明が作った生物兵器の遺伝子情報に過ぎないのでしょう。

 まだ計画段階であるオルト・キリエライトによる狩人部隊……―――灰殿は楽し気に評価しましたが、それは私の研究成果としてだけの評価でした。医療教会による新たな人造生命種としては、一切の関心はありません」

 

「人を使いはしたが、それは人の進化ではない故。強いて言えば、外来種との交わりによる混血の変異となる。灰が求める進化とは少し主軸は違う。

 貴公のように、一人の人間の魂として別生命系統樹を飲み乾せば、人間として認めはするのだろうがね」

 

「成る程。私と言う一個体が為した人類種の進化しか認めず、人のソウルが喪われる我が研究成果には余り興味はないのですね。それ……何とも、悲しい結果です」

 

「だからこそ、誇り給え。貴公は生前に敗れた獣性と啓蒙、その二つを克する人間性を蘇ることで獲得した。そして、獣性と啓蒙によって惑星外来種の血を制御した」

 

「ソウルの業の御蔭です。灰殿とダイモン先生には、心より歓喜の感謝を」

 

「貴公は神秘を恐れる良き魔術師だ。葦名には先達が多い。彼らの魂から業を学び給えよ」

 

「はい。史学を志す学術者として、胆に銘じます」

 

「宜しい。では、如何かね? 新作のムーングラス薬が出来たのだが?」

 

「―――頂きます」

 

 その後、悪魔はまた何時も通りの半日を終える。しかし、彼は眠る必要がない脳を持つ。肉体に疲労感は堪らず、精神は不死に相応しき疲れ知らず。夜と昼に体感時間的な境界線は存在しない。既に葦名闘技場で簒奪者らを殺し、殺し返され、血と魂を互いに混じり合う習慣も終え、人間個体としての技巧が上がったのも実感した。

 葦名、地下神殿。正確に言えば、神なる竜が居た台地の山間部地下湖。

 要石を置いた其処に悪魔は訪れ、古い獣が何時も通りに眠っているのを確認する。

 日課の観測活動。火守女のデモンズソウルから学んだ眠りの業により、悪魔は今日も獣が深い夢を見ているのを感じ取る。

 

「星見の狩人。貴公、瞳にて見ているのだろう?」

 

 誰もいない筈の地下湖で、悪魔は虚空にある誰かの視点に向けて話し出す。

 

「此処が、到達地点となる。これが、人理の獣が発生する以前に存在する古い獣である。そして、魂ごと人類史を貪ろうとする宙の外からの来訪者だ。

 啓蒙されたのであれば、幸いだ。

 狩り方も知れたのなら、災いだ。

 では、覗き見は此処までにして頂こう。

 どうか貴公のソウルに、神の祝福が在らん事を……―――アンバサ」

 

 悪魔は自分自身の魂へ祈りを捧げ、この時空間を隔離する。千里眼は無論のこと、高次元暗黒からでも獣の地底湖を今だけは認識することは不可能となり、あらゆる平行世界と時間軸からの干渉も出来ない異界となる。

 ―――幻視するのは、女性だった。

 黒衣を纏い、杖を持つ悪魔だった。

 自分を悪魔へと生まれ変えしたデーモンを夢見、彼はもう自分の魂の中にしかない記録を顧みる。

 

「………………」

 

 別れは永遠。再会は有り得ない。奇跡は獣が起こす必然に過ぎず、悪魔は運命が魂によって描かれた道筋でしかないことを正しく理解する。

 

「……君は、獣の中にも……もう居ないからなぁ……」

 

 手の上で火守女のデモンズソウルを浮かばせながら、このソウルが自分の記録から再現されたソウルでしかないことも分かっており、悪魔はこのソウルをデーモンとして蘇生させる意味を見出せずにいた。

 

「根源にも、デーモンの魂はない。消えた我らの魂は……何処へ、逝くのだろうか」

 

 あるいは、唯の無色なソウルになって全てのデーモンが獣へ融け込んでいるのか。しかし、そこから蘇らせたとしても、悪魔殺しに刻まれた情報を型として作り出されるデーモン人形である。

 それこそ獣が死によって向こう側へ逝けば、宇宙から魂が消えるかもしれないが、そこでなら悪魔はその魂を得られる可能性も少しは出るかもしれない。

 

「面白い話だ。根源を母とする人間の魂など容易く蘇生出来る魔法使いとなったと言うのに、再び会いたい君には永遠に出会えない。

 酷い程に上手く出来た因果だよ、ソウルの業は。

 流石は、要人が獣より齎せた神秘だ。悪魔は決して救われない。悪魔では、決して悪魔を救えない」

 

 デモンズソウルを自分のソウルにまた融かし、悪魔は地底湖の岸に座り込む。眠る獣を見上げると、偶に身動きをすることで樹木が軋むような音が轟き、鼾らしき呼吸音を静かにだが鳴り、湖面を波出させた。その波に座る悪魔が打たれる度、甲冑の中に水が入り込んで気色悪い感触を味わうが、それを拒んで立ち上がる事はしなかった。

 赤子を水遊びさせる母親の気持ちなどではないが、もはや悪魔は古い獣に対する憎悪を喪っている。

 所詮、餌場で餌を貪る獣の所業だ。底無しの魂は空腹に支配され、全人類を食べても満たされない。

 思えば、獣も迷子に等しい。外側から神を求めた人間に対する災いではあるが、獣にとってソウルは人間で言う酸素だろう。思考活動をする為に必要なエネルギー存在。ならばこの眠りを人間で例えればコールドスリープであり、当たり前な生命維持活動を停止させて思考回路を凍結する“魔法”となる。

 魂の、何もかもを悪魔は支配する。例外は一切無い。

 その気になれば古い獣も殺せるが、殺して終えば根源に獣の魂が帰還する事になる。

 即ち、獣の死は宇宙を観測する知性全ての終焉を意味する。宇宙が魂を作った意味が消える。

 その悲劇を最後の最後まで長引かせる為に眠り続けさせ、そのエネルギーに人間と“世界”のソウルが必要だったが、その惨劇もこれでお終いだ。

 終わるのだ、悪魔が続けた―――眠りの、旅路。

 火守女の願いがやっと叶う。永遠の眠りが、古い獣に訪れる。

 灰よ。灰よ、灰の君よ。世界に仇為す悍ましき灰にして、人間の魂を救うことしか出来ない灰。

 

「……………」

 

「あら。悪魔殺し、獣の御確認ですか?」

 

「……貴公」

 

「まさか、私が雰囲気を読んで出直すとでも?」

 

「いや、貴公は不死らしい不死。死体漁りを趣味とする女に、そこまで上等な人間性は期待せんよ」

 

「その通り。そして、それは貴方も同様でしょう?

 しかし、実に寝入りの良い獣です。何故か分かりませんが、この獣はずっと見ていられます。魂が惹かれると言いますか……いえ、実際に惹かれてはいますね。愛しいと言う感情さえ、人間性から淀みとなって滲み出る気分です。

 ソウルの業―――我らの、その根源。

 感動は必然。あらゆる神秘の始まりに、人間は逆らえません。あるいは、そもそも根源の星幽界を作った何かしらの意志があるのでしたら………まぁ、根源に居場所無き我ら不死には叶わない夢でしたか。

 ならばせめて、心地良い水辺で安眠した儘、無痛で殺すのがこの赤ん坊には慈悲でしょう。火の簒奪者が、神たる獣に慈悲などと嗤われますがねぇ……ふふふ」

 

「その瞳の色……貴公、愛した者でも思い出したか?」

 

「残念でした。こう成り果てる前、信心深い教会の修道女です。社会の決まり事でしたから、ダークリングに呪われる前は貞操は神に捧げていまして、神に偽られた甘い生による愛は知りません。旦那さんは勿論、恋人さんも、心を無き呪われ人となる前に得られませんでしたので。

 人に思われて愛を得たのは、それは愛を実感出来なくなった後でした。亡者化の進行を止めるのが遅かった私は、灰となった後だろうともう心が無いと言うのに、魂から暗い血の涙を流せるのは笑い話ですよ」

 

「安心し給え。私が愛を知ったのは、悪魔となってからだ」

 

「そうですか。では、貴方が私を愛してくれますか?」

 

「すまない。私にとって、女は唯一人だけだ。この三次元で今を生きる女性に興味はない」

 

「ならば、諦めましょう。召喚した簒奪者も、基本は似た者同士でして……えぇ、他人を本気で愛せない欠陥人間ばかりです」

 

「ダークソウルの人類種にとって、神による火の封がなくば得られぬ機能故にな」

 

「我らにとって本当の愛などと呼べる感情は、命に対する暗くて温かな渇望でしょうね。同じ闇から魂への、依存に近い共存の欲望でしょう。

 結局、殺して魂を奪い、一緒のソウルになるのが手っ取り早いと言う話です。神が火の封で、死ぬことが出来る命を人間に与えたのも分かる生命種ですよ」

 

 灰は懐から煙草を出し、呪術の火で先端に着火し、深呼吸と共に煙を肺に流し込む。最初の火による呪術の火で吸う煙の所為なのか、灰は煙草から太陽の温かみを感じる。

 そもそも最初の火はソウルの中にある。灰は、自分自身にも死のある命を与えられる。他人のソウルで自分に感情を作らずとも、嘗て神が人間を作り直した様に、火の封で暗い孔を閉じる輪を施し、偽りの甘い命と生によって“人間”へと転生出来る。

 尤も―――簒奪者故、死ねば火の封は消える。

 何より嘗て否定し尽くした神の欺瞞を、自分の魂を慰める為に使うのは、人間の原罪を見失うことになる。

 もし今の灰に強くなる為の理由があるとすれば、呪われた時に思った時のあの怒りの理由を解くことであり、原罪を探求するしか生きる価値はもうないのだろう。

 

「そうか。しかし、その貴公の苦しみが人間性を私へと与える契機となった」

 

「いえ。使い途のない私の暗い太陽に、悪魔である貴方は価値をくれました」

 

「まさか、貴公……感謝しているのか?」

 

「ええ。貴方が、私に感謝しているように」

 

「何だ、そう言う話か」

 

「はい。その程度の話です」

 

「ならば、仕方無い。

 葦名の匂い立つ煙草、幾本か吸い終わるまで獣を愛でるのだろうしな」

 

「それも肯定します。禁煙、禁酒、禁薬など不死に意味はないですので」

 

 日課となった眠りの監視。火の着いた煙草から煙が上がり、先端から灰となって湖に落ち、燃え殻が出来上がる。

 灰は、紙煙草が好きだった。まるで自分たち灰のようで皮肉が効いている。箱からまた一本取り出し、唇で咥え、また火を着けて吸い始めた。悪魔は逆に懐からジークの店で前に買った酒瓶を取り出し、隣に立つ灰に視線を向けることなく飲み始めた。

 

「それ、一瓶頂けませんか? 煙草を一箱、上げますので」

 

「物々交換か。別に構わんぞ」

 

 悪魔は違う酒瓶を渡し、灰は紙煙草箱を同時に渡す。悪魔は煙草の煙を肴にして酒を飲み、灰は酒を口直しに使って煙草を吸い続ける。

 

「悪魔殺しの悪魔。世界を救うと、どんな感動を人間は得られるのでしょうかね?」

 

「残念ながら灰よ、人殺しと同じく救済に感動などない。それは獣性を持つ者の特権だ。人を愛する神を信仰すれば、その欺瞞を得られるかもしれんがな」

 

「そうなのでしょうねぇ……ふふふ、残念です。救う価値も無く、救われる価値も無い訳ですか。

 私自身が、無価値な人間で永劫に在り続ける真実を認めてしまった時点で、魂は眼前の現実からは逃げられませんしね」

 

 手に持つ煙草の燃え殻を灰は大発火で完全な消炭にし、灰すら残さず焼却した。幻視するのは最初の火の炉。最初の火を燃やし続ける暗い孔の炉、それこそ火の簒奪者。こんな存在、人間の屍を遺灰にする焼却炉と何が違うというのか。そして、そんな存在が世界を救って達成感など得られるものか。

 だが、古い獣を焼却するには相応しい人間だ。

 湖に座り込む悪魔を見下ろし、灰は人の魂を奪って強くなった自分が旅に出た意味を顧みる。同時に人殺しの旅も省みる。

 呪われた意味が欲しかった。命に意味が欲しかった。

 そんな後悔が消えた今となって、獣から世界を救う意味を得た。

 何もかもが終わった後ならば、自身に還る価値はなく、全く以って無意味だった。

 

「はぁ……此処は、感傷が魂に生まれていけません。自分の過去に浸った所で、得られるものなんて無いと言うのに」

 

「獣は、我らのようなソウルにも精神に作用する。だから、惹かれるのかもしれんな」

 

「確かに。出来れば、ずっと見ていたい感動を得られます」

 

 そう自分を灰は嘲笑い、大の字になって背中から盛大に倒れた。水飛沫が上がり、悪魔にも掛ったが、彼は微動だにせず、また新しい煙草に着火して吸い始めた。

 

「………………はぁ、アンバサ」

 

 小さく、獣への祈りを悪魔は唱える。これから殺す神に、彼は何の感動も得られなかった。

 






 読んで頂き、有難う御座います。気が付いたら結構な量でしたので4分割しました。多分、四十万文字は行ってない筈。次回から葦名編を執筆していきます。それはそうとエルデンリングのDLC、楽しみですね。
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