即ち―――
幾度もトライ&エラーを繰り返し、生まれ変わりの女神の神秘を使い込み、微調整を何度も行った故の美人。猟奇的なまでの拘りを極めに窮め、もはや神秘性を宿すに至り、見た者のソウルに美しいと言う概念攻撃を仕掛ける程の対魂性能を得てしまっている。神による魅了でさえ、もはや糞呪の美貌には及ばない。
何故、そこまで、この女は自分の美貌にとことん拘るのか?
単純、より糞たる呪詛を深める為に。美しい人を糞で汚し、排泄物で穢し、肉体を汚物で陵辱するその精神が汚らしい呪いを膿む。彼女にとって己が美貌は汚れる為に作り上げた芸術作品。
事実、糞呪の簒奪者は美貌自体に関心など糞程も無い。
だが、美しい光が気色の悪い汚物に塗れる時、忌まわしき感動が業となる。闇の中だからこそ、僅かな光は人間性に差異を及ぼす。
汚泥の中で人々の為に祈る聖女。悪魔になってまで人を救おうとする姿。
蛞蝓に覆われた美しい月明かり。宝具たる月光は、故により美しく輝く。
惨たらしく腐敗した女神の四肢。しかし、流麗な剣技に曇り無く、華麗。
美しい何かが穢される姿。あるいは嘗ては麗しかった何かが、見るに堪えぬ醜い汚物に転じた姿。
綺麗な魂が汚物に冒される芸術。それ故に美しいからこそ、それこそこの世で最も醜く、下衆で、蒙昧で、悪臭を漂わせ、無形不定の穢れた呪詛を吐き出すに相応しい。
糞呪の簒奪者が葦名で取り戻した―――人間性。
物干し竿を愛刀にするのも、その為。汚らわしい故、最も流麗な剣技によって彼女は人を惨殺する。
「可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。可愛い。
―――可愛い。
可愛いから可愛く、可愛いのだ。
人間性が狂える程、何て可愛いのか。
これだけ糞団子に囁いても、あの仔は可愛い。糞団子並に、実に可愛い。
月の狩人、ケレブルム。貴様は非常に罪深き男だ。これ程の可愛い落とし仔を生まれるとは、穢れる為の我が美に勝る愛ではないか」
だからか、糞呪にとって、指の狩人は可愛らしくて堪らなかった。
汚物に溢れた古都の悪夢の中から、月の人差指として這い出た紐。
「そうだ。そうだ。彼女のソウルに呪詛を溜め、捻り出させる汚泥はきっと素晴しい臭いがするに違いない。汚物は汚い程、美しい魂を光らせる闇である。
ならば……あぁ、深淵だろうと叶うまい。
皆、糞団子は大好きだ。皆、火を汚したくて堪らない筈だ」
英霊のデーモンにソウルを食わせ、作り上げた肥溜の泥沼。並の簒奪者ならば、平然と大の字になって眠れる程度の醜悪性に過ぎないが、可愛い仔にとっては酷い拷問になる。下水の汚物が溜まる毒沼で安眠出来る灰共の感性が狂っているだけであり、特にこの糞呪の簒奪者が好きモノでしかないのだろう。
呪い、在れ。祈り、有れ。
故、魂を呪い合い、命を祈り捧ぐ毒。
糞の様な救いの無い世界で、糞を垂れるしか能の無い汚物。
葦名下水路の奥底、糞と毒の王。あるいは、病み村の村長。
太陽を宿す灰らの一人、糞呪の簒奪者は楽し気に音を唄う。
序でに愛する物干し竿を取り出し、流麗極まる演武を舞う。
「らんらん、らぁんらん。らんらんらぁ~んらぁ」
態と音程を外した不協和音なのに、何故か美声。脳を犯す美しい雑音。その吐息は極上の果実とも似た甘い香りを漂わせ、無論のこと体臭さえも人の魂を虜にする甘さを漂わせる。
しかし、そんな女が狂い唄う場所は汚物が熟成された葦名下水地下街―――病み村。
地上の人間共が垂れ流す汚泥が流れ着く吹き溜まりにして、死体が辿り着く掃溜め。
上質な糞団子作りには最高の立地であり、ある意味で糞呪の美貌が相対的にこれ以上ないほど光り輝く舞台でもあり、彼女の簒奪した火が病む闇の中で美しく燃え上がり、病み沈む村人を惨めな姿で照らし上げる。産業廃棄物である腐った化学薬品さえも流れ込み、遺伝子変異を起きた病み村の住人にとって、糞呪は自分達を罰として焼き照らす恒星であると同時、美の女神以上に麗しい崇拝の対象でもあった。
今日も、糞呪様の美しい声が聞こえる。村人は、それだけで嬉しかった。
村の皆は歓喜の唸り声を上げ、病み村は闇の中だと言うのに祭りの雰囲気を醸し出す。
「そうだ、彼女を―――
「―――いけませんよ、糞呪の」
欲望が太陽となって炸裂する間際、
病み村も数瞬で鎮まり、何時も通り静かな様子に戻る。下水が流れる音だけが響き、村人らは自分達の生活に戻ったのだろう。
「
糞に脳がやられた異常者の独り言も見逃せぬとは……我が呪い、大したものではないだろう?」
恐ろしい事に、本気で糞呪は自身の呪いを特別視していない。
所詮、人間、誰もが腑に汚物を溜め込む糞袋だと考えている。
灰とてそれは同じ考えだ。呪いと化した己が人間性ではあるのだが、他の簒奪者の人間性と比較すれば、実に普遍的な狂気に過ぎない。火を簒奪した灰と言う人類種の纏まりの中において、何ら特別な邪悪でもなく、無論のこと称賛されるべき善意でもない。
しかし、それは人理の悪によって人間性を取り戻した灰らの常識。
誰も彼もが、世界ごと人類全体の魂を狂わせる太陽であり、暗黒。
その事実を人理世界で長く生きた灰は理解し、だが他の簒奪者は理解し切れていなかった。言うなれば、美しい紋様で描かれた曼荼羅の幻か、文豪が妄想した素晴しき物語の世界観の夢か、善悪が交じり合う混沌を完璧に表現した絵画の世か。
――ただただ生きる事。葦名の中でだと、楽しくて堪らない。
それこそ、灰が簒奪者達に与えた恩。同時に罰ともなる悪夢。
「良く言います。太陽を醜く穢す貴女は、全ての簒奪者から好かれていますが、同時に警戒されてもいます。誰だって顔面に糞団子は受けてたくはないですからねぇ……ふふふ。
何より、彼女は預かり者です。
別段、ただ殺すだけなら素晴しい死なのですが、心を折るのだけは止めて欲しいのです」
「だが、そうではない。貴様も同じ感性を持っている故、我が願望も分かる筈だ。それにあの娘のソウルを視るに過去、豚の糞になって肉体が滅んだと分かる。
―――穢したい。家族を愛する、その魂を。
求める事が無価値なのだと、粘液化した屍の沼の中で分からせたい」
「それは、最後の娯楽でしょうに。まずは私との契約、古い獣狩りです。そして、根源に眠る魂を救ってからの話です。
それにあの娘、
「まさか、あの月に支障があるのか?」
「ありません。けれども、私に支障が出るのです」
「貴様は確かに、この我よりかは綺麗好きだったか」
「糞団子好きな灰に綺麗好きなど、有り得ませんよ」
「ふむ。恩人からの願いだ、良いだろう。何より貴様からは、より大きな愉しみの為、目前の悦楽を我慢する有意な人間性を与えられた。我慢は愉しみ度合いを増やす調味料となる。そも我が汚さずとも、あの可愛い娘の血の中は蟲が溢れておる。汚物具合ならば、狩人も我の呪いと大差はないだろう。
汚れた寄生虫か、穢れた蛞蝓か……いや、綺麗だったと言うのに自らの業で穢れた姿と成り果てる。それを我が愛でる方がより呪われておる」
にっこりと麗しい太陽の笑みを糞呪は浮かべた。度し難い程に美しい微笑みであり、美貌をより美しく際立たせた。それは人でなしの心を容易く感動させ、罪悪感が欠片も無い咎人のソウルを人間性の温かみで癒し、自らが貶めた弱者に償いたいと強制的に思わせて容易く自害に追い込む程の呪いだった。
尤も灰には一切効果はなく、糞呪は糞でしかない。見た目は無論、感動や情緒、真実と欺瞞にも惑わないのが簒奪者の人間性である。
「糞呪の簒奪者、ダング・パイ。その名に相応しい業と化した灰よ。
折角、この葦名で目覚めた人間性なのです。一時の呪い、一時の愉しみなら、今の時間を大事にして下さい。己がソウルと同様、この葦名の事も滅びるまでは大事にして下さい」
「そうだった。簒奪者は、貴様の御蔭で娯楽で得た。それは貴様を介し、この人理からの贈り物だとも理解している。
ならば、あぁ……ならば、この糞呪―――呪いを今より善くしなければ。
特異点で起きた邪悪が人類愛故の、欺瞞。偽りの獣性、人を偽る獣の人間性が由来する。
貴様が特異点を悪夢に孵した訳を解すれば、贋作されし甘き罪が無価値になろう。
それは勿体ない、勿体ない。勿体無いという価値観、この葦名にて学びし我もまた、このまま遊び尽くして消えるのも勿体無いことだ」
「その通りです。その為のフランスとローマの特異点であり、だから葦名には魔女と暗帝も来ました。貴女達、簒奪者が大好きなあの二人です。
よって指のユビ・ガスコインもまた、葦名特異点と言う絵画を描く為の登場人物です。それは酷く残酷な物語になりますが、その末路の前に貴女が手を出すと、ケレブルムに申し訳ないのです」
「真っ当な悲劇に、我が糞は無粋である。確かに、それはそうだ。
上質な絵画に対して、糞を絵具に汚物で塗り潰す行為に当たる。
貴様が止めに掛るのも道理は道理。我が個人消費して善いソウルに非ず、あれは貴様が幸運にも月の狩人ケレブルムから啓蒙された―――愛、そのもの。
ならば、仕方無い。実に仕方無き人道。
人間性に従い、思う儘に犯さず、偽られた甘い道徳の欺瞞に従い、月明かりのソウルを尊重するとしよう」
「助かります。これもまた、古い獣狩りですからねぇ……ふふふ」
「いや、こちらこそすまぬ。衝動的に糞を求めてしまうのだ。
では、またな。そちらもそちらで、酷く忙しいのであろう?」
「勿論です。では糞呪、ローレンスさんとは仲良く御願致しますね」
「分かっているぞ。我も我で、産廃は好きなのだよ」
そういって、灰は消えて行った。糞呪は穏やかな美の微笑みを浮かべ、呪術で岩を吐瀉する様、口から糞を吐き出す。漏れ出たソウルからの
外側は焼かれて硬く塊り、だが中身はじっとりとまだ柔らかい団子。
魂がソウルの業によって消化された後、それに呪詛が融けた排泄物。
魔術師の視点から観測すれば、第三魔法による物質化した魂の汚物。
呪いだった。最初の火を貪った暗い魂が、蝕した魂を体内で輪廻させた後の姿であり、それは根源に還って情報が星幽界に帰化された後、また現世に戻る赤子の魂と同じであった。
糞呪の簒奪者にとって―――輪廻とは、これだった。
エルデンリングが狭間の地で、魂を樹の獣が食してまた排泄し、人の魂に戻していた様、その本質は根源で運営されるこの宇宙も同じこと。人類種への欺瞞が仕込んだ魂に対する冒涜であり、人は永遠でなければ尊厳など有り得ず、糞呪の魂もまたダークリングが浮かび上がる事で不死となり、誰かの排泄物として魂が輪廻することもなくなった。彼女にとって糞団子とは、生まれたばかりの赤ん坊の魂であり、自分と言う人の形をした地獄を介する輪廻転生。魂を作り出す消化と創造だった。
そして糞呪は、呪いを作ろうとする。
葦名は
それは糞たる呪いを捻り出す為の生乾く苗床と、その呪いとなるソウルを宿す生きた生命体。肥となる餌は多くある。医療教会が捨てた患者、即ち産業廃棄物。
「産廃、サンパイ、さんぱい。産廃人間」
単純明快、糞呪に美しき神秘が穢れる時の麗しさを思い出させたのは、死灰の簒奪者であった。召喚者である灰の人間性が、彼女を糞呪で在る人間性を獲得させた。
ただの灰、ただの簒奪者、ただの太陽だったと言うのに、今はもう糞呪の簒奪者。
灰が冒涜し尽くしたフランスとローマの特異点による人類史の人間性が、何でも無い簒奪者を糞呪に目覚めさせる火種を作り出した。元より、召魂された簒奪者はそう在る人間だったが、その生き方に太陽の感動を与えたのが灰だった。
「指のユビ、ユビ・ガスコイン。愛在る魂も食されて糞になるのならば、きっと麗しき人間性の糞団子が排泄される。
瞳の紐たる指の狩人よ、愛は狂おしいのだろうか?
魂の器を生殖する父と母とは、どういうものであったか?
全て過去となって夢見る思い出も消えてしまった。この貌と躰も自らのソウルで生み変えてしまった」
長刃の日本刀――物干し竿を背負い、そして左手に暗い火を宿し、美麗な貌を愛に歪めて糞呪は病み村の自宅から外出する。
今の彼女は殺したい相手がいた。
穢し尽くしたい月明かりがいた。
月―――即ち、太陽の輝きを反射する夜の星。
簒奪者は自らが太陽と化し、光を宿らせる星。
だからか、月光を嫌う火の簒奪者は居ない。人間とは、夜の星を輝かせる陽光である。誰もが例外無く、白竜が見出した魔術の原理を徹底まで理解し、知力を根源を掘り進める程に深化させている。そんな召喚された簒奪者の中において、魔術を極めに極めた灰達の中でも、特別に月光の諱を持つ灰がいる。
そして、その灰は糞呪の視界の中、無差別に見掛けた病み村の村人を、月明かりの聖剣で虐殺していた。
啓蒙された数多の月光を混ぜ、融かし、合わした聖剣を振う灰は、その葦名で殺した英霊のソウルさえも取り込み、聖剣化した錬成宝具の大剣を愉し気に振い続ける。数多の伝承の聖剣魔剣を、錬成炉に焚べ、月光の渦に鎔け落とし、月光の灰は月光を振い回す。
輝き、斬る。
切り、光る。
断ち、煌く。
明り、裂く。
須く、月光。
全て、極光。
化け物を一方的に屠る姿は、正しく英雄的。
だがその本質は血に酔う狩りに過ぎず、悪。
本人の祈りは所業の善し悪しに関係しない。
しかし、月光の簒奪者は英雄に非ず。英霊の魂を幾人も貪っても、英雄の矜持は理解出来ず。ただただ目覚めた己が単純な人間性を尊ぶ為、只管に月光を振うのみ。
「村人狩りとは悪趣味だぞ。月光の簒奪者」
淡い月明かりを纏う月光剣を村人に突き刺し、そのまま光刃部を爆散さえ、村人は内部から四散して爆死。死して現れる穢れたソウルを
甘い息、甘い声。鼓膜を振わせる甘い魅惑。
しかし、月明かりの神秘性と比較すれば、糞呪灰の美貌は路傍の石ころ程度にしか月光灰は感じられず、性的興奮もせず、関心も抱かない。並の精神力なら、男性なら数発の射精、女性なら長時間絶頂したであろう美の暴力だったが、月光灰は月明かりに人間性を捧げており、自らの火の輝き全てを月を当て、より深く月光として反射させている。
「ルドウイークと呼び給え。その名、実に素晴しき月の響きを持ち合わせる。名の無かった私は、狩人から奪い取ったその名で呼ばれると良い気分になる。そして、月光による殺戮が善い行いだと、葦名で啓蒙された己が人間性に導かれるのだよ。
導きのなかった灰の私は、だが火を簒奪する意味は月明かりにこそあった」
「断るぞ、醜い下衆」
「此処まで語っても、拒否されるか。残念だ。だが、貴公の中に在る火もまた、月を輝かせる太陽の輝きである。それもまた、我らの月明かりだ。
貴公は正しく、美しき醜悪だ。まるで月の導きだよ。
美しい光を演出する大元が醜い寄生虫の様、貴公の美貌は醜さを際立たせる為の業。私とて生まれ変わりの神秘を愉しんだ過去を持つも、それ程までに貌の整形を極める事はしなかった」
「如何でも良い。我が村長をする病み村にて、その狼藉は許されぬ。貴様、命を何だと思っておる?」
「買い物に使う通貨を得る手段だな。命を奪えば、魂を得られる故」
「道理に動いておるだけか。ならば仕方無い……で、何用か? 糞団子を買いに来たか?」
「いや……指の狩人についてだよ」
「―――ほぉ?」
即座―――貫通三突き。予備動作が存在しない物干し竿による瞬間技巧。
あらゆる猛毒、激毒が染み込んだ糞刃が、防御の一切を無視して敵に襲い掛かる。その上、とある英霊の剣技を戦技として学んでソウルに融合させた事で、物干し竿は三度の突きが一突きに凝縮されていた。
魂が燃え尽き、零の極致に辿り着いた灰の絶技。
それを迎撃するのもまた、月光の灰による技巧。
あろうことか、単純に一歩だけ横に揺らぐ様、歩を進める。ただ歩くだけで、月光灰はもうその行動が極まり尽くし、当たり前の様に死の猛毒糞刃を避ける。尤もその程度の業、召喚された簒奪者全てが至っている暗黒領域。糞呪は絶技を普通に回避されることも理解しており、そのまま突きより横へ刃を切り払う。
だが彼は身を捻り、背負ったままにしてある月光剣の柄で首に迫る刃を受け止める。防御すると同時に、左手に持つ教会の散弾銃を糞呪に向けて発砲。何十発と言う銃弾が同時に彼女へ迫るも、左手から暗い波動を盾の様に浮かばせ、時空間を歪ませるで弾丸全てを受け逸らす。
「行き成りだな、糞呪の女。肥え糞を塗りたくった刃で襲い掛かるなど、人道的ではない」
「我の趣味だ、許せ」
「趣味なら許そう。殺すだけに抑えよう」
「有り難い。では糞団子購入時、少し必要な人命を安めにする」
「君は寛大だ。まるで糞を溜め込む便穴のような、懐の深さだ。素晴らしい灰の壱である」
「褒めるな。欺瞞無き賞賛、我が魂が羞耻するであろう」
と言いつつ、糞呪は糞塗れの毒岩を砲撃の速度で吐瀉。それを月光灰は素の刀身を晒す月光剣の刃の腹で打ち砕き、散弾として叩き返す。そして糞呪は、己が呪詛を混ぜた汚泥の黒炎を物干し竿に纏わせつつ、身を屈めながら踏み込む事で、間合いを詰めつつも糞岩散弾を避けた。それと同じく、月光灰は聖剣に月明かりを纏わせ、月光の大剣を完全覚醒させた。
直後、月光波が
結果、地面のコンクリートが淡い光を受けて溶岩地帯となり、一瞬で空気がプラズマ状態に変化。
近代的な葦名地下街の一角が月明かりに蕩け、光源がない下水路そのものへと光が刻まれ、発光。
しかし、溶岩の上を平然と歩く簒奪者に高温は無駄であり、火も同様。とは言え、月光波の衝撃は十分以上のダメージとなり、その光を糞呪は穢刃で一瞬で斬り払う。
「ぬうぅぅん―――!!」
彼は笑みを深める。相手の技巧を愛する故、月明かりが照らすに相応しい業こそ、月光が滅するべき敵。
無論、
全ての光波を月明かりと並ぶ流麗な剣技で斬り裂き、光さえも暗い汚刃は穢し尽くし、その美麗な淡い光を呪い落とす。
そのまま容易く近付き、糞呪灰は物干し竿を振い、月光灰も聖大剣を振った。
刀身に纏うエネルギー同士は相殺され、純粋な技術と膂力の釣り合いとなる。
瞬間、斬り、受け、打ち、撥ね、殴り、跳び、反り、弾き、蹴り、それら全てが重なり合い、殺し合う。剣術、体術、魔術、呪術、奇蹟が交り合い、技巧を凌ぎ合う。数秒が数時間に引き延ばされる体感時間内にて、糞呪と月光は人間性を否定し合う。
だが、僅かな魔力充填の時間を糞呪を相手に許してしまう。
サーヴァントの真名解放に必要な程、悠長な隙間ではない。
しかしソウルの魔力を刀身に溜め込み、光波を凝縮・加速させて月光灰は月明かりの斬撃を発射。
「これこそ、我が―――月光愛だとも」
月明かりの極大光波。尤も、敵に時間があるなら自分も同じ事。彼女もまた己が闇と繋げたダークハンドと呪術の火を混ぜた暗い火の手へ、魔力を出来る限り充填しており、その光波に向けて呪詛の太陽火を放つ。
言うなれば―――糞塗れの大黒炎。
ソウル内の最初の火を使うことで一軒家を瞬時に消失させる物理的な火力に加え、ソウルの重みによって概念そのものを吹き飛ばす対魂呪術であり、それは月光波もまた同様である故、互いに拮抗するのが必然な流れ。
光波と黒炎が衝突し、爆縮する瞬間―――糞呪は飛んだ。
水鳥の様に滑空し、全方位を時空間ごと切り刻みながら月光灰を攻撃。しかし、彼はその攻撃全てを月光剣で容易く弾き逸らし、その一撃一撃が相手の体幹を揺さ振る巧みさを宿すも、糞呪は一呼吸で体勢を整えて着地。その地面に足が着く隙を狙い撃つ為、月光灰はファランの剣技を模した狼のような動きをし、地面を滑り込んで強襲する。それを後方に跳びながら糞呪は即座に避けるも、月光灰は地面に散弾銃を突くことで独楽の如き軸を作り、その回転力で追撃を舞う様に敢行。その上で刀身に光を溜め、光波と共に第二斬撃は放った。しかし糞呪灰はそれさえも空中で物干し竿を振うことで弾き落とし―――眼前、月光剣が叩き落ちる光景が迫っていた。
その上、光波を放ちながら、更には散弾銃も撃つことで逃げ場を封じる。
だがその程度、心眼以上の先読みで想定済み。糞呪は既に魂の髄から「我慢」を行い、それら全ての攻撃を一切の体幹を崩さす、更には微動だにせず、余りにあっさりと臨死の危機を乗り越えた。そして、我慢で極まった防御と体幹を維持した儘、糞呪は物干し竿を振う。
究極の連続斬り、即ち―――同時三閃。
殺した侍のデーモンから学んだ戦技を放ち、月光灰は逃げ場のない糞刃の檻に囲まれる。
しかし、余りにも悍ましい事実がある。彼は縮地以上の高次元領域による歩行によるものか、空間を跳躍するのではなく、時間が停止する寸前の速度で一歩だけ前方にステップ。狩人を殺すことでソウルが覚えた加速の業を更にソウルの業で改竄・進化させ、古狩人以上の出鱈目な加速を可能とし、同時攻撃からなる刃の檻を平然と潜り抜けた。夢見る様に自分自身を幻にして踏み込み、そのまま月光聖剣による奔流突きを行った。
絶死の刻、糞呪灰は月光を前に片足を上げ―――踏み躙る。
そう来るのさえ、彼女は悟っていた。そのまま軽く袈裟斬りにしながら上を飛び超え、着地する前に逆手持ちした物干し竿で背中から心臓を一刺し。
忍びの技―――影落とし。
簒奪者共は葦名に伝わる忍術、剣術、武術全てを体得しており、ソウルが学ぶ業に例外は無い。つまるところ糞呪灰だけでなく、月光灰も条件は同様であり、そもそも相手の手札を全て把握している。
対処は単純、見切れているのなら
当たり前な
彼女は態と自分から体勢を崩し、むしろ地面に全力で転げ落ち、その勢いで後方にローリングして回避した。
「―――……で、続けるか?」
転がった糞呪を見た月光の灰は、ここが止め時だと理性的に判断。不死故、死んでも続け、永遠に殺し合えるが、今はそこまで殺戮そのものに熱狂してはいなかった。
「貴様の美しい月明かりを糞塗れにしたいが……まぁ、良い。
殺そうとはしたのだ。それで失敗した。貴様に殺された村人に対する義理、病み村の村長としてはこれで返せた事だ」
「頭が糞にやられた半ば獣の人間なぞ所詮、獣だろうに。脳細胞が毒に蕩けた者に、情が湧くとは面白い。薄汚い奴等を、薄汚いからこそ愛するとは偏屈極まる。しかし、我らにとっては汚物だから汚いと感じる感性そのものがもはや新鮮。
これもまた、我らの召喚者たる灰の祝福か。
だが何より、そも我ら灰は魂喰いに、獣か、人か、神か、化け物かなど気にはしない。人殺しに、好き嫌いはないからな」
「趣味だからな。この様を愉しめる人間性を、我は得たのだ」
「ならば、確かに仕方がない。私も、月光を愛する実感を葦名にて得た。
人理の人類史、それより啓蒙された我らの人間性だ。大切に、己がソウルに沈めるのが簒奪者の嗜みだ」
「貴様と同じく、元よりこう在る灰ではあったがな。この葦名で善き心を取り戻し、業も極まってしまったよ」
「良く言うな、糞呪。自らの魂に対してのみ、善き心だろう」
「貴様は違うのかい、月光狂い」
「違い等、無い」
究極の月光。月明かりの化身。月を輝かせる為だけの―――太陽。
だからか、召喚されたどの灰もこの月光の簒奪者を余りルドウイークとは呼びたくはなかった。この男に人間の名前は一欠片も相応しくない。
只管に、男は『月』だった。
満月だった。新月だった。影月だった。欠月だった。暗月だった。それに属した名前なら、悍ましき月に相応しく、そう呼んでも良かった。
何せ、彼が振う月光の本質は太陽の火。
数多の簒奪者の中、この男が最も月を美しく輝かせる太陽だった。
故に擬似サーヴァント―――セイバー、ルドウイーク。聖剣のルドウイークの魂を自分に憑依させながらも、その名に何の意味がない極限の『月』だった。
「我が最初の火、月を照らすだけの光に過ぎん。そうであれば、それだけで良い」
「故、貴様はルドウイークの遺志からは程遠い。あの指以外、そう呼ぶ者など、我らが灰の召喚者程度」
「だが、彼の導きは素晴らしく美しき月である。我が太陽が照らすに相応しい醜さだ。啓蒙足り得る月と言うのまた、人間性に他ならぬ。
ならば、私が月下で這い廻る悪夢の遺志を継ぐ。
導きの輝ける月となり、この聖剣もまた我が月光に蕩けよう」
その瞬間――発砲音。
「取り敢えず、殺したくて殺してみたが……いや、どうせ死なんが。
やはり同類。これで死なん故、殺し甲斐がある。
とのことで、そこの乳繰り合ってたお二人、殺し愛に充実する男女など嫉妬心しか湧かず、撃ったぞ」
カインの兜と鴉羽の狩装束。彼は灰的な私生活の充実、つまりは殺し相手に恵まれるリア充が胸糞悪い為、定期的に喧嘩を売っていた。
アーチャーのサーヴァント―――ブラッディ・クロウ。
あるいは達人の簒奪者、流血烏。セイバー以上の剣技を振う癖、狂気染みた火力を誇る連装銃によって弓兵のクラスと化した火を宿す灰の一。いや、悍ましい事実はセイバーより剣技が優れている点ではなく、そもそも技巧を極め尽くした簒奪者達の中において、その究極以上の領域内にて更に達人と呼べる極点に至っている事実。
「貴様、またか……流血烏。糞団子に沈むか?」
「おぉ貴公、出会い頭の挨拶で発砲とは。人間性も限界と見える」
「俺の趣味なんだ。人殺しを咎められるなぞ、許される事ではない。悲しくなってしまうではないか。俺は愉しみたいだけだ。いや、火を簒奪したことで、火を奪い続ける殺戮の旅路の中で、忘れていた人間性を更に忘れ、忘我したと言うのに、だが思い返した。君達の御蔭だよ。
―――快楽殺人鬼。
人殺しが好きなだけの、獣。
より強い命を殺す事を尊ぶ。
より光り輝く人間性を斬る。
死した魂で刀を鍛え、奪った魂で肉を窮め、殺し合いで業を深める」
「何を、急に語ってる?
糞で脳がやられたか?」
「だが、あぁだが、しかし―――」
「人の言葉を介さぬとは。所詮、獣か。
まぁ良い。長くなるなら月光を撃つ」
「―――輝ける星よ、血に沈め。
世界を救いたいと足掻く美しき心、その意思。カルデアの者が絶望し、悶え苦しみ、それでも尚、諦めずに、心折れずに我々と殺し合って欲しい」
「そうか。で、何故撃った?」
「糞呪の灰。他世界の灰の物語に侵入した気持ちと言えば、分かるだろう?」
「殺せそうだったから、か?」
「
しかし、殺す行動に移る理由の数は、腐敗する程よ。隙を晒したのだ、殺すのが灰の礼儀だ」
「礼儀と言うより、常識だ。序でに糞団子も投げ当てると完璧戦術だぞ」
「光波狙撃こそ至高だよ。物影から背後に奔流不意打ちし、葦名式致命の一撃たる忍殺も可。
故、貴公―――……死に給えよ。
二人同時に殺そうとしたのだ。ならば私と糞呪と共闘するのも、まぁ構わんだろう?」
鴉羽姿の
―――それまた、一興。
人に殺されるのも気持ちが良い死。
此処より、言葉は不要。会話以上の娯楽を実践し、人間性へ快楽を注がんと達人の簒奪者へ、二人を月明かりと糞塗れの呪詛を振り上げた。
――――<☆>――――
―――
月を輝かせる百八の太陽が浮ぶ葦名の宙において、彼もまたその一となる星。そして、葦名の月はその百八の火によって照らさせる暗月と化す。特異点内で浮ぶ実際の太陽はテクスチャの模様に過ぎず、その宇宙空間は特異点の外側であり、だが簒奪者達の太陽は特異点内部で本当に浮かんでいる。
月と、月が従がえる星の群れ。
何も啓蒙されたのは上位者から流血した
人理における月光も彼のソウルと化す。嘗ては英雄として死に、そして葦名で召喚された英霊の遺志が境界記録帯として継ぐ聖剣魔剣もまた、彼の魂に情報として記録されている。無論、それは月光灰だけの話ではなく、召喚された全ての簒奪者が、英霊のソウルを簒奪することでソウルに神秘を記録している。
その気になれば、英霊の座に簒奪者は闇を流し込み、記録帯本体をソウルとして貪る事も出来るのだろうが、その侵略行為は召喚者である灰が契約によって固く禁じている。それをすれば葦名から強制的にソウルを排除され、死灰を名乗るアッシュ・ワンと真に敵対することになる。だからこそ、灰が敢えて特異点に風穴を開けて人理からの干渉を良しとすることで、座からもサーヴァントは召喚され、簒奪者は英霊狩りを愉しみ、そのソウルを娯楽とする自由が許される。
死の安寧こそ、人理側のサーヴァントによって最大の自由だった。
セイバーは、故に最大の感謝を人理に祈る。己が月光を聖剣化させる事に成功したのは、人理が人類種の人類史を守り続け、人理が剪定し続けた人類史の遺志を汎人類史が成功者として継いで繁栄したからこそ。
「エルデンリング。おぉ、エルデンリング。
狂い火が流れ星となり、カルデアに流れ落ち、この葦名に来る。死した英雄の遺志、英霊共を導く輝ける星、獣狩りの救世主が、狂った星を連れて此処に落ちる」
月下の流星群。
古い獣狩りは成され、死灰が思い描いた様、根源は人間の手で守られる。魂の究極である古い獣は簒奪者達のソウルの業へ還り、自分達は人理の業と獣の業を手に入れた後、元の世界に送還される。
「
そう囁き、セイバーは月光剣から極光を宙に向けて放つ。全力全開、最大限の月明かりが葦名を照らす。彼の剣から伸びた光波が空を裂いて宙さえ真っ二つに両断し、時空間ごと世界が斬れることで宇宙外の高次元に繋がり、根源同様、様々な外世界を観察可能な孔が啓く。
月明かりと、それだった。
夜を照らす輝きであり、高次元暗黒も例外ではない。
エルデなる暗月の宙を葦名より月光灰は見通し、未来を見通すことで理解した他世界異星も解し、その月光も旅卿の簒奪者から得た情報より簒奪する。
無。虚無。空。空虚。
孔にして洞。啓いた事で葦名は異空から見られるも、此処が深淵。此処が地獄。
太陽は地獄でもあり、あらゆる地獄を好む簒奪者が覗いて来る者共へ、己が地獄を啓蒙する。
即ちセイバーとは、月光と言う名の人型の地獄。彼に憑依させられたルドウイークのソウルは導きそのものを啓蒙され、悪夢より深い人間性の悪夢、魂の地獄に落とされてしまった。
尤も、あらゆる簒奪者がそう在る地獄だった。例外は一人もおらず、地獄に落ちたことで自分自身が地獄と化した。その魂は死後の世よりも悍ましい異界となり、それぞれのソウルが好きな地獄を悪夢として夢見ている。
ならば月光の灰が夢見る地獄は―――月明かりの闇。
彼は月さえ在れば良かった。月と言う美しい星が空に在れば良かった。
自分自身が太陽となって月を輝かせる事が、夢だった。その果て、彼は火を簒奪したことで月明かりの悪夢となった。
「私となったルドウイーク様、聞こえていますか?
我が火が照らす月光の波は、君の鎮魂と為り得ましょうか?
ルドウイーク様を食べた事で私は男の体に生み変え、人理救済の為に抗う英霊様方の魂を多く食べ、英雄の心得を得た私は善き人間性を手に入れました。
―――そうだとも。
月光は、導きだった。貴公にその正体が寄生虫が脳に見せる幻覚の筋だとしても、この月は神の欺瞞が見せる火の影だ」
月光灰は本来の美貌―――月の様な淡い美少女の貌に数秒だけ戻るも、セイバーのソウルである馬似の端正な男顔に変わった。
彼女は葦名で召喚された後、セイバー化することで彼と為り、男性体へ性転換した。アッシュ・ワン曰く、人理のサーヴァントが伝承と性別が違うのは良くある事らしく、逆にセイバーらしいと嗤っていた。
その手の趣味を彼女は持っていなかったが、男と言う肉の娯楽も愉しい性生活だ。
月明かりの原典は鱗の無い白竜であり、生命倫理を弄ぶ人間性こそ月光の精神とも呼べ、その対象は自分自身も例外ではない。自分を犯していた男が実は自分以上の美少女だったと知った時のセックスフレンドの驚愕する貌は楽しく、その娘を男に変えて自分は女に戻り、もう一戦するのも冒涜的で面白可笑しく、葦名で趣味を愉しめる彼氏な彼女も作ってみたが、出来上がったのは異形の赤子だった。
白竜の業を使った生命冒涜にしかならず、子供が為せないダークリングの持ち主が道理を曲げても、その赤子に宿るソウルは己自身の延長でしかなった。
月明りの無貌。生まれた直後に死に、不死故に蘇り、それに魂が繋がる母も死に戻る。
だが変異亡者化現象―――アゴニスト異常症候群罹患者となり、母と落とし仔はソウルが混ざり、融け合い、デーモンと成り果てた。
―――愛の模倣。愛すると言う社会性動物が持つ本能の真似。
そして、その二つのソウルも月光に溶けた。二人の遺志を継ぎ、やはり灰は灰でしかなかった。
だが、そうではなかった筈。神の欺瞞、偽りの甘い命に不死が騙されていた時、まだダークリングが浮んでいなかった時は、灰らはまだ理解出来ていた。本能通り、愛と言う感情が脳で機能していた。
「月見とは風流だ。だが、宙を斬るのは無粋であろう」
「原罪の簒奪者、アン・ディールか。居城から出て来るとは、何用か」
「
なぁ、
この魂から生み出た仔だと言うのに、間引き殺すことが最大の益となってしまった親の葛藤と言うものを」
「月が出ている間ならばな、原罪の」
「貴公は優しい男だ。まるで火を学んだ白竜が、絵画の空へ浮かべた月のように」
「そうか。とても嬉しい褒め言葉だ。女神に口説かれるより、心地良い」
「そうかね。では、私の話と行こう。長い無駄話になるが、長い夜を過ごすのに丁度良い暇潰しにな」
人理。それを知る灰。その一人である原罪の簒奪者、アン・ディール。葦名のサーヴァントとして、カルデアにてアン・ディールを名乗っていた
とは言え、この葦名にいる簒奪者は全員が原罪を探求する灰。
各々が自分の絵画の中、
そんな原罪の灰からしても、人理の業は素晴しかった。人間は、人間だと感動した。
神の欺瞞が不死に甘い命を偽る様、人理は人類史と言う甘い夢を人間に見せていた。
だから原罪灰は人理を滅ぼすべきだと思った。だが人理は、人間が星と共に見る夢。
ならば、あの灰がそう語った様、灰らが火から簒奪した人間の理を正義と言う名のクラブとして振り下すのは欺瞞そのもの。自分たち神が太陽の時代を独占する為、偽りを囁き、命の温かみを偽り、奴隷として使う為に真実を騙していたのと同じ。
阿頼耶識に人類種外の意識が寄生しているのなら、この人理は人間を騙す神たる嘘。よってアラヤの天敵である上位者の精神が古都に封じ込められ、人間の集合無意識に寄生していないのは、月の狩人による悪意無き善行なのだろうと原罪灰は理解していた。
「ならば……―――星は、人類種にそう在れと望んでいない。
この理の在り様、人間性そのものが理となって人を運命の牢に入れておる」
「そうだな。もはや人代だよ、此処は。我々が夢見た希望の未来、その先だ」
「しかし、その上でこの様だ。人が人に対し、神を気取るのならば、人も神」
「どうあれ、人が人を騙す世界だ。神の欺瞞はないが、人の欺瞞が支配する」
「神となった人間。自分達で自分を騙す世。不死こそが甘い偽りの命となる」
「あぁその通りだ、原罪の。此処では逆になる。人間が決めた命の在り方だ」
「月明かりで見通せた事だ。我々の業は魂を奪う死に過ぎず、我らは無価値」
「そうなる」
「であれば、もしこの人理の仕組みを変えるとなれば、我らが神となって新しい理を創造する事になる。
だが―――許されぬ。
人が人以外のソウルで冒涜され、この憐れな様ならば、遠慮は要らぬ。星たるガイアも関わっておるが、所詮は文明の餌となる命。人理がそう在る様、星は人に滅ぼされるまで、そも人類種の奴隷として無価値な延命を繰り返す運命に囚われた。
となれば虐殺となる。獣の役目を受けた者共、ビーストが殺戮に走るのは、人間が求める罰の具現だ。
そして、私は人間性から人間を救う術はない。否、救われるべきではないと思う。そう在り、在り続けた未来が今ならば、救われない人の儘に業を深めよ」
「殺すだけの魂で在る故、仕方がない」
「そうだな、月光の。やはり人は、己が業に苦しみ続けるのだろう。
しかし、それは良い事なのだ。そして、善い事だと判断してしまう。故に我らは人類史の獣共の様、人理から人を救済する意志を持ち得ぬ人間となる」
「無論だとも。私が火を簒奪したのは月明かりの為だけだが、間違いを正すことを良しともした。人を神が作った火の理から脱する事が良いと思ったからだ。より苦しむ未来が世界に続くのだとしても、人間性が暗く沈むのだとしても、人の真実が苦しみならば、それこそが魂の在るべき現実だ。
今の人理は、そう言う時代だ。人が人類史繁栄の為、より善き未来の為に苦しむ星の世。
我々の魂からすれば窮屈に思えるが、そも此処の人間は自分達の集合無意識で世の理を運営している。謂わば、我らにとっての闇とも言えるもの」
「人間が、人間の為に苦しみ抜く事が人理の本性だ。その果て、星を滅ぼそうともな。
やはり可能な善行は皆無。やるべき事もなく、慈悲も無用。文明繁栄は見守るのみ。
苦しみ続ける因果を断つのが、人類史を欺瞞する悪か。我らの心が闇で在る様に、人理の人々は自業の自罰で苦悶するのが原罪となる」
「善かれと思い、人理を変えれば獣となる。神と言う名の獣だよ。だから古都に籠もる月の狩人、ケレブルムは上位者共の思索からアラヤとガイヤを保護しているが、思索の為と自分の精神で集合無意識を汚染しなかった。弟子である星見の狩人、我らが簒奪者の星であるオルガマリーに、人理思索を求める好奇心を敢えて植え付けなかった。無論、星見の狩人が自発的に己を啓蒙し尽くし、人理に感応してカルデアよりアラヤに寄生し、人々を導く一筋の光となるならケレブルムは止めはしなかったが、悪夢は悪夢の儘。現実にて、そうはならなかった。
ならば、我らもそう在るべきなのだろう。
何より、人間の業からこの星の人間を救うとなれば、此処で生まれた悪夢が為すべき邪悪だろう」
「貴公はやはり、月明かりに相応しい。何故、ルドウイークなどと名乗るか理解出来ぬが、その月は人理にとって永遠の安眠を齎す薬となろう」
「如何でも良い事だ。私はただ、今は只、月を美しく輝かせる薪の星となるだけだ」
「原罪は、業が深い」
「貴公が言うかね?」
「天使の繭より天使蝶の竜を生むも、それはデーモンの業と魔術王の叡智があればこそ。彼が神から授かった神秘を簒奪することが人間の在るべき姿であり、その技術を文明へ真に解放し、安全弁の自壊を克服する事が、人理が育てた人間性の証明だろう。
人で在れば、前時代の古い人たる神へ敬意を示し、今より排斥しなくてはな。
そう考えれば、神とその血が独占する星の技術を、人代に啓いたソロモン王の素晴しい魔術師だ。きっと彼は人の善き心、我ら人間が抱く人間性を愛する男に違いない」
「その台詞、カルデアの人には言うなよ。ある意味、悦楽は得られるかもしれないがね」
「確かに。人が心の赴く儘に、魂を剥き出しにするのは胸へ迫る感動がある」
「違う。私が言いたい。我が月の為、ありがとうと」
「ふむ。確かに、我が原罪もカルデアに繋がる。感謝は、しなければならぬか。
今のこの身はキャスターのサーヴァント、アン・ディール。我らが灰の君が英霊召喚術式を悪用出来るのは、それを作ったソロモン王が根源にあり、人理の為とフェイトを仕組んだカルデアのマリスビリーに他ならん」
「然様だ」
「ならば、原罪を深化させねばな。その点、頭の狂った首狩り民族である日本人の国、葦名は研究を静かに出来る良い国だ。人の生首に価値を感じる日本人と言うのは、実に面白い愚かさだ。首を金品で交換し、首の数で地位が上がるらしい。
あぁ、清々しい程の蛮族だ。野蛮人だ。死を恐れぬ獣の勇者だ。実に、実に、人間らしい社会性だ」
「武士道の価値観だな。我らで言う騎士道に通じるだろう。
尤も我らが生まれた世は、この世界の文明文化が良く似ており、武器や技術と共に侍の道理もロスリックに伝わっていたが」
「不可思議な類似点だが、疑問はない。描かれた絵画となれば、題材の元となる素材が存在するのが必然だ」
首狩り民族―――日本人。簒奪者からすれば、ある意味で親近感を覚える良い人種だ。
彼等は戦時の中、首を戦果として欲する殺戮の民。金や強さにも変わるソウルを貪る不死と欲得の本性は何も違わず、命とは消費する燃料に過ぎず、やはり人間は人間だと納得出来た人間性だ。
常識は、何処でも同じらしい。
人は人を様々な因果にて殺す。
更には日本人だけが特別なのではなく、生命の価値はどの国、どんな民族でもそう変化はない。
他国の多民族を植民地として支配し、常識や価値観を押し付け、本来の人間性を歪める邪悪を、国の正義として行うこともある。その為の殺戮を良しと笑い、自分達に利益を齎す善き未来への希望として、愉し気に人間性を犯す罪を為す。それらは灰らの世でもあった人間の業。人理焼却が起きた汎人類史でも未だ続いており、神気取りの愚かな凡人が人間社会を運営するのは変わりない。いや、賢人なら社会を導く等と言う生贄役をやらないだろう。
やはり人も生命。所詮、神と同じ獣に過ぎない。
だから灰は人を人間から救う道理を持ち得ない。
デーモンや獣、あるいは特定個人の企みから世界を救えるが、人間性だけは救済する気は一欠片もない。それは人へ神が行った冒涜であり、灰にとってはむしろ人の業で苦しむことが人間性だ。
「我らが灰の君が啓蒙した人理と人類史、非常に善き人間性だ。
闇と言うある種、無欠なる平等な価値観を有する我ら人間にとっても、やがて闇の中で火を灯さずとも差異が生じる未来を観測出来た。そして、故にまた火は闇の中で灯るだろう。新たなる最初の火が生まれるだろう。
だが闇たる我ら、此処までの差は生まれない事だ。
所詮、不死。自らの魂だけが真実だと、深淵より暗い闇と繋がる己がダークリングより啓蒙される」
「その点、冷たい孤独な様でいて、その実、魂たる暗黒を共とする我らは全体が闇。ただただ人型の闇となって個を維持する生命である。
しかし、火の封を喪った我等のダークリングは、単なる闇へと繋がる暗い孔と化した。人の形に価値を失い、魂に尊厳を必要としなくなった。
――人を、人にしたことは否定出来ぬ。
太陽の光の神にそのことだけは、感謝せねばならぬ。
奴等の欺瞞がなくば、そも欺瞞を赦さぬ憤怒の人間性も芽生えず、何にでも成り得る闇だった。人知無能にして不全有欠の人類種であった。
どう足掻こうとも、人間性に尊厳を宿したのは神なのだ。奴隷として使役する為の虚偽だとしても、我等は使命に価値を感じるのは神からの呪いであった」
「だがそれは、神が求めた火の時代の押し付けだ。人の領域を火によって植民地にするやり方だろう」
「無論、そうだとも。価値観を塗替え、常識を作り変えること。我等の世界における人間の国も、他国をそうして占領し、文化を冒涜するのは当たり前な侵略であり、正しくその業は神から始まったとも言える。それは価値観の書き換えであり、強制された精神の汚染。
人理の人類史も同じだ。人間は、人間だよ。
しかし、今の
だからか、私はこの人理が人を照らす神の太陽に見えるのだよ。
いっそ、人の魂の為に滅ぼすべきではないかと、そう思うのだ。
此処は原罪の渦だ。人が欺瞞を良しとする地獄だ。
私が否定した業を、この星の人間は繁栄として享受している。人間社会としても、運命を管理する人理としてもだ」
月光灰は、その怒りが良く分かる。植民地化の業は酷いものだ。人間性を穢す欺瞞の極みの一つであり、神が人に行った悪意が、この汎人類史では溢れている。カルデアがビーストから救った現行社会でも、人が人を騙して搾取し、尊厳を犯し続る醜い社会しか形成出来ていない。
時代を作った神が人類種に行った罪。同類の邪悪を永遠に正せないなら、汎人類史の欺瞞も永遠。人間社会を焼き払った人理焼却も、獣が人に向ける葛藤の成れの果てだろう。
「殺したいのか、原罪の灰」
「滅びが見たいのだよ、月光の灰。
自業の自罰、業の渦。己で己を欺き、苦しみ続ける有限の螺旋。それでしかない人類史の未来にて、神を気取る人間性の末路を」
「それは、星の滅びだろう。我等が火を奪い取ったように、人理の人間共は星の魂を簒奪する」
「やはり、そうか。貴公の星見占いは未来そのもの故、あの灰が言う事は全て真実であったか」
「ああ」
「神が人に見せた甘い生命の時代。人間が不死ではなかった世界。それは最初の火によって演出された幻であり、人の真実たる闇を火で封じ、神と言う位が人より上であり、貴い在り方だと社会的価値観にて騙す。
人理とは、我らにおける最初の火による虚構の世。造られた時代の夢幻よ。
ならば、この星の魂こそ火である。人が人で在るのなら、やがて人は火を消すか、奪うかしかあるまい。自らのみの人間性で独立し、苦しみと言う自由な闇へ解放される。
この星の人間が宇宙と言う暗黒を目指すのは、己が魂が星が見せる夢に縛られている事を、何処か心の内で悟っているからかもしれぬ」
「成る程。原罪は終わらぬな。自らが終われないのだから、当然だな」
「そうだぞ。醜いと憤りながら、だが私は人理の業を見守ろう。
私が絵画へ思い浮かぶ希望の未来を、きっと彼等は余計な御世話だと、欺瞞を嫌う我等の様に嫌悪する」
だからこそ、原罪の灰はこの星の人間を素晴らしく思う。その苦しみ続ける人間性を尊んだ。
それが、己の救い難い原罪だと知りながら。そして、原罪を持つのはどの世界でも同じ。時代と言う素晴しき夢は、だが甘くとも嘘であるならば人間は否定しなければならず、人間性に自由を与える為、人間は星を未来で必ず否定する結論へと至る。
月光灰は、月の明かりからその全てが啓蒙されていた。
差異無き世など無い。個を得た時点で元には戻れない。
その結論を以て、特異点葦名はカルデアが終わらせる。
人間から人間を救う事は出来ずとも、だが古い獣と言う災厄から魂を救う事は出来る。殺せば良いのなら、ただ殺すだけで獣の地獄からは救われる。他の地獄が星には溢れ、人理も所詮は地獄の一つでしかないが、この地獄だけはきっと灰達が終わらせることだろう。
――――<☆>――――
行き着いたのは―――感謝。偉大なる暇潰しに、感謝する。
人を殺す為の業へ、毎日、毎日、真心を込めて、武術の素振りを行う。神でもなく、誰かにでも無く、武術を極め続ける自分の魂に祈りを込める。動作の一つ一つが究極へ至り、そのまた先に進み、それでも尚、終わり無き果てまで鍛え続ける。
殺戮の業、人を殺す術理。言葉では何とでも言えるが、根底として基礎鍛錬は大切だ。
何より、腐敗する程に時間は余っている。大事な娯楽を疎かにする意味が存在しない。
「だけど、君は行き過ぎだと思うぞ。凡剣のクレイモア」
「……月光ばかり振り遊ぶお前に、言われる筋合いはないが?」
「そうだが。まぁ偏屈なのは
凡剣の簒奪者、クレイモア。葦名でその名を名乗る通り、愛剣として使い続けるクレイモアにのみ人間性を捧げる武の究極。クレイモアと言う形のソウルであり、クレイモアを振う現象と化した人間であり、クレイモアと言う概念を愛する精神性。
何ら特別な剣ではないが、神も、火も、闇も、人も、これ一本で全て殺す。
凡剣を名乗る様に、使う武器は何ら変哲もないクレイモア。火の簒奪者となった現在、ソウルと素材で今尚も我流の鍛冶で刀身を極めてはいるが、そもそもは道端で転がる死体から拾った量産品の一つ。偶然でも、運命でもなく、死体漁りで手に入れたコレクションの一つ。
それを愛剣とした理由は、特に何も無い。クレイモアに拘る価値も無い。
しかし、何でもないクレイモアで戦い続け、武器に慣れたからと惰性で使い続け、やがてクレイモアと言うカタチの暴力に至る。その内、クレイモアを振いたいから敵と戦い、クレイモアを鍛えたいから命を奪い、クレイモアをより善いクレイモアにしたいからとソウルを貪り、クレイモアを最強のクレイモアにしたいから、最初の火を鍛冶の火種にしてみたかった。そうすれば時代さえもクレイモアとなり、クレイモアで時代を斬れる。
何故なら、彼こそがクレイモアだからだ。クレイモアで在れば、それで良く、そうでなければ意味はない。クレイモアが自分となったのは、試し切りで亡者を斬った瞬間だろうと凡剣の灰は理解していた。その時、人殺しの業はこれで良いと納得して使い続けた。故に慣れ、使い込んだ。
修復と手入れで綺麗な刀身をしているも、形自体は死体漁りで拾った時の儘。
猟奇的なまで研磨され、極限の切れ味を物理的にも可能にしているが、それは
「精が出る。その剣と化すソウルも喜んでいよう……」
闇の中でも更に黒い深淵。暗く澱む静かな声。空間に開けた孔より、その者は唐突に現れた。
深淵の簒奪者、マヌス。闇の魔術師、あるいは深淵の闇術師。
バーサーカーのデミ・サーヴァントにして、キャスターとのダブルクラスを持つ灰。暗い闇術に長けた深淵狂いではあるも、ソウルには火が宿る簒奪者でもあり、何処からともなく現れる神出鬼没な男だった。
「……で、深淵狂い。何か用かね。
用がなければ、穴蔵から出て来ないだろう?」
「いや、趣味の暇潰しぞ。外出はしておるのう。普段、こうも深淵深淵した格好で外出していない故、その印象が付いたのみ。
召喚されてまで、世界の隅へ態々引き籠もらぬわ……まぁ、そう言う闇霊はおるが」
「ほぅ……では、私と街中と擦れ違ったことも?」
「猟奇的な微笑みを浮かべ、変異亡者共……いや、この葦名ではアゴニスト異常症候群罹患者だったかのう……その憐れな人間を、狩っているのをな」
「それは、実にお恥ずかしい」
「人殺し等、羞恥としては強姦と変わらぬ咎よ。人様の前で行う罪悪ではない。其辺、無理解な悪人てもある愚者が多い。
尤も、人様の前で全裸になるのを躊躇わぬ灰に、その羞恥心はなかろうがのう」
「全く以て、お恥ずかしい。だが殺人と言う尊厳の陵辱が、人間は大好きである。そして、私は人間であった。そう理解しておきながら、人殺しにより、私は人に殺される人を助けた過去を持つ。やはり救われた人を見れば、魂からして喜びがある。
善意とは、誰かへの悪意となる。
尊厳とは、誰かへの陵辱となる。
如何に綺麗事を塗りたくろうと、怪物狩りも、獣狩りも、不死狩りも、神狩りも、致死の羞恥である。正義も教義も、心で魂を慰める行為だった。
故、月光だけが不変だった。
人でなしが為す人狩りでさえ、月明かりは芸術となる美しさだ」
「同意するぞ。深淵もまた、酷く優しい。生温かい。決まりもなく、囚われぬ。善悪問わず、ただ深いもの」
そのローブ男を、
どうやら、正体は夢であるらしい。狩人に近い朧気な生物であり、人類史に感応する精神の持ち主。三人の灰は相手の名も魂も人間性も理解し、だが男は夢見人であり、且つ非人間だった。自分達の様な真っ当な人間ではなく、しかし男が人類種に分類されるのは分かった。
「―――おや?」
「覗き見をしていたな、人類種。いかんのう……我らのソウル、この宙が生む時空間に囚われぬ。
例え、未来や過去から観測したのだとしても、見ると言う事は見られると言う事よ。人理の世にはソウルを擽られる言葉がある。
深淵を覗く時、深淵もまた覗いている。あぁ、全く以ってその通りじゃ……お主、深淵を理解したいのじゃろう?」
「いやぁ、ははは……―――これは参ったな」
「人の心を得て、感動を得たいのじゃろう?
自死が希望の未来と感じる程の、罪悪感を味わいたいのじゃろう?
ならば、お主は人間に落ちると良い。我が深淵の渦、地獄の火となってお主の冷たい心を生温かく癒し、心無き冷たい魂へ火を通そうぞ」
暗い深淵の手が男を優しく握り締める。潰すのではなく、塗り潰す様、這い侵す様、深淵が染み込み出す―――直前、不可視無拍子の斬撃。初動なく動く体は大剣を振い、触れ得ぬ深淵へ刃を通して切断する。無の境地へ至った超越的技巧の持ち主だろうと斬れない筈だが、その剣士からすれば斬れない方が道理に合わず。
凡剣の灰、クレイモア。彼は絶望的な魂の処刑から、ローブの男を助け出した。
後、万分の一秒でも斬るのが遅ければ、男の"人間性”は全て深淵と同化していたことだろう。
「マヌス、そこの覗き魔はカルデアの旅路に必要な人間だ」
「分かっておる。故、その禁忌に惹かれるのだ」
ゆらゆらと闇術の秘奥が揺れる。分裂し、更に数が増え、既に上空へ三百以上の追う者たちが渦巻いている。もはや人間性の雲となって空を遮り、一瞬にして暗黒領域となり、寒くも暑くもない生温かい空気に塗り潰される。
「星の楽園へ返してやれ。その魔術師、人の営みに影響がない無毒無害の蟲と変わらん。
何よりも、美しい心の持ち主だ。月明かりの如く、無機質な湖面に反射して波立つ風景の紋様だ。玩具にしたい気持ちは理解出来るが、それでは脳無し亡者と同じ魂の奴隷となる」
錬成炉を使って月光剣へ融かした杖やタリスマンにより、
即ち、淡い剣の月明かりより、月の魔術が結ばれた。月光灰の背後、月光の結晶塊が浮ぶ。
一つ一つが月明かりを受ける星々となって、月たる月光剣に率いられて宙に流れる。導きの一筋らが光り集まる流星群だった。
そして、月光と深淵の飛礫が衝突。光と闇の戦いが何百と煌めき、軍配は深淵灰に上がった。二人の灰が追う者たちの渦に対処している間、虚空より穴が開き、再度ローブ男は暗い深淵の左腕に捕まり、絶体絶命の危機へ陥った。
「まぁまぁ、落ち着き給え。ほら、覗きをしていたのは謝るからさ」
「必要ないのう。覗けると言う事は、我等が灰の君が葦名を覗くのを許したと言うこと。そして、覗き者に呪詛返しがないのも、それが罠でもない事が理由だろう。
故にのぅ……夢見がちな賢人よ。
私がお主を捕えたのは、そのソウルに好奇が湧いてしまった。それだけなんじゃよなぁ……ある種、因果律が働いておるのもしれん。
愚かな好奇がお主は湧き、好奇心を宿すお主に私も好奇が向く。何と言う事だろうか、相思相愛であるならば、魂が闇に蕩ける末路も幸福な終わりと言えると思わぬか?」
「無いないナイ! それ全然ハッピーエンドじゃないからね!?」
「そうか……―――ふむ、ならば仕方無い。
同胞からもお主のソウルを貪り犯すのは反対の様であれば、我慢するのも一興か」
「もしかして、君……適当に開けた孔から、私をポイするつもりじゃないよね?」
「さらば。あぁ、さらばだとも、マーリン」
「さようなら、マーリン」
「頑張りたまえ、マーリン。グッバイ。
それとマヌスが空けたこのマーリン用の孔、略してマーリングって言うのはどうだろうか?」
「チクショウ、このダークヒューマン共め!!」
凄く憎たらしく元気に手を振る
現代人理社会において、映画は娯楽。アニメも同様。
灰共からすれば、人間性から生じた素晴しき新芸術。
汎人類史で築かれた文明は集積され、暇潰しに最高。
ある種の感動を灰の三人は覚え、両手を掲げて拍手。
エンターテイメントを理解する夢魔の人間性は、悦。
即ち、感動だ。この人理の根底、文明は愉快で面妖。
夢魔の観測者役を請け負う自己犠牲に免じ、阿頼耶識にダークソウルを送る事はせず、文明技術にソウルの業を啓蒙する事もせず、何もしないでおくことに決めたのだった。
◇◇◇◇<■>◇◇◇◇
人理探求。あるいは、世界探索。魔術、呪術、仙術、法術、奇蹟、そして体術。
最後に――――魔法。
旅卿の簒奪者、アッシェン・ジャーニーは旅する為に旅をする旅狂いの灰であり、あらゆる世界を旅して回っていた唯の其処らの平行世界に居る火の簒奪者に過ぎなかった。だが葦名に召喚された事で旅卿の字を授かった。そして、皆がそうであり、名無しの灰だったと言うのに、アッシェン・ジャーニーと言う名を獲得した。
元々は見た事ないものを見たかった。
自分が知らない事を知り得たかった。
気が付けば、何も得られない程に全知全能足り得る闇と火のソウルと成り果てたと言うに、それでも尚、その灰は旅を自分が太陽を簒奪したとしても止めなかった。
だからか、この葦名は
夢幻の中で冒険を無限に繰り返す現象に過ぎず、嘗ては旅する人型の地獄で在った。だが旅をしたいと言う人間性を取り戻し、旅する為の動機を取り戻した。
「――――と言う訳さ。これで、その世界での物語は終わりって感じかな。
どうだったかな、月光の灰。人理の文学に学び、ドラマチックに面白可笑しく脚色したが、嘘はない話だよ」
「最高に面白い旅話しだった、旅卿の灰。まさか、月に異星人の秘密基地があるなんて、この葦名を去って自分の絵画世界へと戻った後、自分の世界の外側である人理の世を探索したくなったな」
「そうだろう、そうだろう。旅は良いぞ。旅行は人間性を豊かにする。人殺しの罪を積み重ねる冒険活劇は、灰の業だとは言え、美しい自然や古代文明の建築技術に夢見るのも善いことだ。
その旅で新しい神秘や武器、あるいは戦闘技術を得るのもまた素晴らしい旅の宝物だ」
「それで君は、どんな宝を手に入れて来たのだね?」
「何を言っている。私を殺して貴公がソウルを知り得た様、私もまた貴公のソウルを知り得ている。殺し殺され、互いに魂を交り合わせたとなれば、それ以上の理解は人類種には皆無。
もはや我等全てが、魂から愛し合う関係と言える訳さ。
だから、そう在る。欺瞞は無く、虚偽も無く、完全に補完し合う獣霧の世が葦名だよ。
簡単な事さ。宝とは、そう思うことが大切なんだ。人間、人間性が多様で豊かなら、その魂は心だけで満たされる」
「であれば、宝で此処は溢れている。葦名はカルデアが来ない限り、永遠の理想郷だ。しかし、魂から互いを分かり合える故、理解した上で殺し合うのが我等が灰の業となる。確かに、旅の結末には良いかもしれん」
「そして、また新たな答えを求めて旅をする良い契機となるのさ」
「成る程。それが此処で、君が手に入れた答えと言う事だ」
「勿論だよ、月光の灰。そして葦名の剣術と忍術、薄井の忍術、寺の拳法なども旅の宝だ」
シュシュ、とシャドーボクシングをする旅卿灰を優しく見守る月光灰。微笑ましい井戸端会議を行う火の簒奪者の二人ではあるが、そこに筋骨隆々な騎士甲冑巨体と、萎びた体を襤褸布で纏う細身の男が訪れた。しかしその光景には違和感が大きく、萎びた男は巨騎士の背中に張り付き、その重さを意に介さず巨騎士は歩いていた。
まるで―――そう、何と言うか、例え様が全く無い光景。
強いて言えば、葦名で流行っている漫画文化において、大人気作家であるあの作品の敵キャラだろう。暗黒魂武術裏武道会とかに出場してそうな雰囲気だった。
「あ、ロスリック弟とローリアン兄じゃないか。久方ぶりだな」
「それは貴公が旅ばかりしているから、この葦名市街で出会わないだけではないか」
「…………」
「
「兄上、月光狂いが言ってるが?」
「…………」
「確かに。言葉は不要だ」
「…………」
「しかし、兄上……いや、分かった。それは、また今度に」
「どう言う事かね、旅好き?」
「さぁ……?」
寡黙な簒奪者(兄)と、少しお喋りな簒奪者(弟)の漫才芸に月光灰と旅卿灰は首を傾げる。その二人へと特に意味も無いと言うのに、王弟灰を背負う王兄灰はデーモン狩りの燃える大剣を振い、言葉無く殺しに掛った。
とは言え、歴戦を超えて永劫を戦いに生きるのが灰。不意打ちで幾万度も死んだ経験がソウルとなり、今はもう不意打ちと言う戦術そのものに適応する。対暗殺精神性を獲得していない灰など葦名におらず、余りに自然なバックステップで斬撃を回避した。
「……何故、私たちは殺され掛ったのかね?」
「さぁ……だが、旅路では良くある出来事だけど?」
「この街は砂糖塗れの喰い物が多い。娯楽の一環に過ぎない食餌だが、私達も人理の人間の様に、砂糖で脳がやられてしまったのかもな」
「流通が発展した経済社会において、金持ちは高い健康食品を買え、貧乏人は油や砂糖に塗れる安い不健康食品しか買えないのが面白可笑しい状態だ。
娯楽薬品も多いしなぁ……この間、ハイブリットエスト剤でハイになってた灰もいたしな」
「灰だけに?」
「灰だけにな」
「兄上を中毒罹患者共と一緒にしないように……頼むよ?」
「……で、不機嫌な理由は?」
「家が爆破されていた、かな?
葦名に建てたロスリックキャッスルビルが、何と言うべきか……そうだな、融けていた。まるで高温の炎で炙られた鉄器のように、ビルが蕩けた後に固まったようになっていた」
「戦神だ。今、楽々月占いで過去視したが、あの灰のドラゴンが融かしていたよ」
「それ、私も見ていたよ。狭間の地とヤーナムからの帰り、寄り道で未来時間軸の平行世界にてアルティメット・ワンを狩り尽くした後、この葦名へと戻った時にビルで焚火していた戦神が居たと思う」
「だそうだ、兄上。素晴しい事実を知れた。さぁ、殺しに行こうか」
「………………」
「あぁ、そうだった。そうだな。月光と旅卿、感謝するよ」
「どういたしまして、王弟の灰」
「グッドヒューマニティ、フォーユー」
そして、王兄灰と王弟灰は過ぎ去った。特技が瞬間移動聖剣解放な兄弟な為、油断は一切出来ないが、殺されて死んだ所で日常に過ぎないので二人は平常的危機感で見送った。
「去ったか。それにしても、二人掛かりで戦神狩りとは。あの灰は強いから、どうだろうな」
「あの竜が、中々に強いからね。オリジナルなら私は目を瞑っても倒せるが、バージョンアップし過ぎてるし。
ま、いっか。それじゃあ、私はまた旅に出るよ。まだカルデアが来てないみたいだし、ちょっとこの葦名日本を散歩で一周してみるかな」
「そうか。達者でな、旅卿の簒奪者」
「うんうん。そっちもね」
冷たい月。死の月。束の間の月。黄金の月。導きの月。暗い月。白竜の月。
そして、始まりの月。より原初に近い根源の月。魔術の起源、ソウルの業。
探求は必要不可欠だが、探索もまた同様。旅する事で、月の光は深化する。
それを知れ得た事が素晴しく、葦名で新たな月明かりが啓蒙される。月光灰は、ただただ月光を愛し、月光を慈しむ。ルドウイークの名も灰にとっては月の一つだった。灰は月に一目惚れをしたのだろう
「一目惚れの正体。それは―――性欲だよ」
そして別れの僅かな間で考え耽る月光灰に、凄まじく余計な一言が放たれた。血腥い気配と同様、その男が放つ言葉は血気一色しか感じられず、脳に染み込む赤色の狂気となって月光灰の思考を侵食する。
朱月よりも尚、紅い月光。死の月明かり。
簒奪者に月で無い者は非ず。誰もが火を抱く故、月光を有する。
月光灰の脳内を視るだけで覗き見、簡易的な精神解剖を無遠慮に行った気遣い皆無な男もそれは同じである。
「何だ、貴公。光波で消炭にされたいのか?」
月光灰と同じ者――
「いや、俺が言ったのは一般論だ。性欲とか、俺達は枯れちまってるからな。じゃなければ、火を焚く薪役にはなれんさ。ほら、性欲混じりの火が燃えると、世界がある意味、ダークエロ時代になっちまうだろうし?
兎も角、それはそれとしてお前の月光、美しい死だった。
久方ぶりに有意な死だったから、少し話をしたくなった」
「分かった。即ち、月明かりに死す快楽を知り得た同志になったのだな?」
「いや、別に。死ぬに、良いも悪いも判断しないが。まぁ、流石に死に際で糞団子を投げ当てられるとなれば、売れた挑発を最大値で買うけどさ。
とは言え、光に満たされて死ぬのは、まだ良い死に方だろう。
試しに我等が灰の主が葦名で作った……何だ、戦術核兵器であったか。あれの実験に巻き込まれた時の、爆熱と白光と比較すれば神秘的な最期なのは認める」
「あぁ、あれか。人類史が啓蒙された科学の火、文明の太陽か。あれはあれで、良い火だと思う。冒涜的殺戮者が背負うに相応しい業の化身ではないかね?
太陽の火で命を燃やす等、酷過ぎる。悲劇は慣れているが、目新しい虐殺方法だった。私達が行う殺人規模など、この人理において日常だ。安目に憐れなのは、あの火の殺戮で勝った者は、滅びるまで罪人で在る事が宿命される。詫びる事も、償う事も、謝罪にならん。むしろ、永遠に許されず、死ぬまで下衆な殺戮者で在り、何時か人に狩られるべき獣にいるべきだろう。運命が追い付くまで罪を背負い続け、死ぬが良い。他の殺人者がそう在る様に」
「人殺しとは、そう言うことさ。人殺しは死ぬしかなく、悪とは死してこそ認められる。特に人殺しではない定命の人間を殺せば、倫理を理解する人間性が呪詛を膿み、その者は魂より善なる尊厳性を損なう事となるからね。
俺とて、殺人行為にはボーダーラインがある。
殺し合いを尊重し合える者か、殺人を行う自分を許した者か、人殺しが日常になった者か、人を殺さないと生きられない者か……そんな程度が境界線だろうな。
それを超えた者は、例外なく獣だろう。化け物は死ぬしかない。あるいは自分以外の誰かの為、意図して超えた者は、使命感に酔う正義の奴隷だ。だがその上で、人を殺す現実に葛藤して殺す者なら、悪を為して罪を積む憐れな唯の人間だ。勿論、その意味において俺ら灰は獣だよ」
「同意だな」
「己が所属する群れの歯車となり、群体の利益の為に殺戮し、命を冒涜する者。国を守る戦士は、そう言う人間性が暴走した侵略者から他人を守る勇敢な英雄であるが、逆に国を侵す兵士は我等が抱く人間性に並ぶ憐れな人殺しだ。
尤も、自分の為にしか人を殺せないのが灰。火を簒奪したのも、根底として火が欲しかっただけ。結果、それが神の枷を完全に破壊し、人のソウルを自由にすると言う意味がある事は分かってはいたが、自己犠牲など不死には茶番だ。所詮、ソウルを貪る魂の快楽に酔う為のスパイス程度。
そう言う意味において社会が膿む病魔、自分の幸福の為に誰かの絶望を求めるイデオロギーと言う精神疾患を俺らは理解出来ないな。幸福な未来など求めた事はない。自由では在り続けたが」
「私も理解出来ない。彼等は国益の為、殺したらしい。それは人の為ではなく、政治家と資本家の為に殺したと言う事だ。
何とまぁ獣らしく、実に安い使命ではないか。己の為ですらなく、誰かが嘯く欺瞞の為の罪科。何より、共同体として社会全体が背負うと人々に思わせ、罪悪感を失くす犬畜生と化した思考回路。だが、それを良しとするのが人理と人類史。不死ではない人間を、亡者でもない人間を、化け物でもない人間を……ただ、当たり前の日常を送る同じ人間を纏めて殺す等、醜過ぎて殺したくなる。叫びたくなる理不尽さだ。
しかし、この怒りを発する人間性は、この人理から啓蒙された火種だった。
ならば、人間を許してはならないと希う復讐心は、この世の人間の願いだ。
やはり、何処もかしくも死が臭い立つ。文明ばかり栄えて、だが獣ばかり。
そう言う意味においては、我ら不死人の方が人間性が豊かかもしれないな」
「だが、お前のそれは錯覚さ。所詮、猿の縄張り争い。人の魂のみから生み出た獣の業と言う事だ。
敵を選んで殺す―――……気色悪い。
許せない気持ちは良く分かる。そんな程度の言い訳の為、人殺しをさせられる等、人間性が勿体無い。その程度の奴等が消費するなら、我等が古い獣を狩る為の燃料した方が有意義だ。
だからこそ、その思想もまた欺瞞となるのさ。導きの本質がそれだよ。自分側をより優れた善だと考え、相手の在り方を歪める善意は悍ましい所業だ。思う所は色々あるし、千里眼を魂で模す事で殺戮の人類史を全て私達は見て、その上で古い獣から人理を救うと決めて協力している。そうだろう?」
「分かっている。だからこそ、犠牲者が一切出ない特異点領域での火種作り。
「ま、そうじゃなかったら、俺達も協力しちゃいない。悪は許すが、嘘は許さんからな」
「結果的だが、本来ならあの特異点で死ぬ事で、実際の人類史でも死ぬ人間の命を、あの灰は守っている訳でもある。そう言う意味なら、特異点に居る者を死の運命から全て救ったとも言える」
「見方で善悪は変わるさ。火の時代が良い人からすれば、簒奪者となった灰は時代を殺した極悪人。けれども、人が人らしく生き、神の嘘に惑う事がない時代が作るには、あれが手っ取り早かった。
死灰の灰は、俺らと同じく人を殺すが、己が魂の為だけだ。
殺人動機を外側に求める者に、我等は決して賛同しない故。
尤も、やり口が凄まじく下劣で反吐が出るがな。あれと敵対したら、徹底して尊厳を破壊される事になる」
「殺したい奴しか、殺さない奴だからな。あの女、性格が最悪だ。こうして貴公の様な殺人鬼に愚痴を漏らす程、あの女はグロテスクなソウルだよ
とは言え、灰達が持つ新たな倫理観も人理の人間性から啓蒙された火種。考え方は分かるが、感情は伴わない。怒ろうと思考した後に魂を刺激しないと、怒りの感情をソウルから作れず、意図しなければ絶望の苦しみも味わえない」
「分かるさ。俺もこう、それらしく語ってはいるが、自分以外の殺人鬼を批難する自分自身の悪意はないしね。
人間社会に対する憤りも、この星の人間から啓蒙された遺志。俺自身の怒りは、俺が火を奪ったあの世界の神が作った社会に向ける意思だからな」
「新鮮な人間性は善い。こうも多様な変化をする火種なら、私の魂はあらゆる感情を愉しめる。
社会や罪科について語るなど無意味だと言うのに、思考を口にする面白さは知り得た。これは葦名に来なければ有り得なかった」
口が達者な世界蛇の愉悦を理解し、
月光灰がそう在る様、達人灰も自分に憑依したソウルを融かしている。戦いの末、何故かあの首置き広場だった灰の墓所の横に居たソードマスターの様な、打刀一本で褌一丁の形へ行き着いたが、今は服を着るようにサーヴァントの霊基を着込んでいる。
ただただ、斬りたいだけだった。敵を殺す為に、ソウルと言う報酬を求めた。だから葦名は彼にとって至高の楽園だ。斬れない程の極点の技巧の持ち主に溢れ、故に斬り応えが有り過ぎて堪らない。
「―――天使か」
そしてあらゆる魂を一切の例外なく、とてもとても容易く斬り殺す達人灰は、上空に天使を垣間見た。その美しさの余り、堪らず笑みを溢す。生命を斬り焼き、魂の死を見抜く彼にとって天使の死は娯楽だった。天からの死もまた愉しめる娯楽だった。
光にて、ゴジマに汚染された葦名街が浄空と化す。
光臨した羽付き人間が、輪の如き太陽を出し、微笑みを浮かべる。
葦名街のビル群に天から光柱が降り注ぎ、太陽の天罰が人の文明を破壊する。更には英雄王の
「太陽の蝶。あるいは、簒奪の天使。あれもまた、月となる白竜の思想だったか」
「ロスリックの天使信仰か。中々に、あれはあれで業が深い宗教だった。
俺らからすれば、空爆野郎でしかないが……――灰と為る前、あの簒奪者は天使信仰者だったけな」
「美しい光。太陽の恩恵。白竜の業、月光蝶に連なる天使光臨も、月明かりと言えるかもしれない。
しかし―――邪魔だ」
神々しき天罰の殺戮者を、地上の月光が照らし切る。
市街破壊のテロ行為を行う灰は、気が向いた同じ灰がこうして殺し返すのが日頃の日常風景。
「恐ろしい、恐ろしい、恐ろしいな。天使と月光による市街破壊。狂おしい人でなしの殺戮、明日の朝出る葦名新聞の見出しになる派手さだ。最近、灰同士の喧嘩が良く記事になるしな。
思えば明日、週刊少年ニンサツの発売日でもある。
なぁ
「推しの娘」
「知っている。主人公の
「それと、ローリングソウマン」
「デーモンとヒューマンが戦うのヤツ」
「葬送のゲールマンとか」
「葬送の刃を振う学び舎の弔い人、ビルゲンワースで葬送の狩人と呼ばれたゲールマンが、やがてヤーナムにて最初の狩人と呼ばれて青ざめた血と邂逅するまでの実話系だったか。
血族マリアとの出会いと、恩師であるウィレームへの裏切りが衝撃的だったぞ。
まさか死体を胎内回帰させて老いた赤子となり、死した赤子を寄生虫の精霊体にした操り人形となり、眷属を超越した狩人の上位者化へ利用されたとは……あれ、マジ実話なの?」
「フィクションはあるかもな。後、エルデン飯」
「エルデが支配する狭間の地、そのバトルクッキング漫画だったか。結局、主人公がエルデンロードになって、自分の料理道を律に組み込むオチは良かったと思う。通称、飯律エンド」
「聖杯ダンジョンに血晶石を求めるのは間違いではない」
「地底人の実録漫画だな。最近、三デブに血晶石を植えて放牧する実験物になってたか」
「エブの唄」
「限りなく、純愛。パーフェクト恋愛レボリューション。
こう、何と例えようか、枯れた薪に過ぎない己の人間性が満たされる気持ちにしてくれるぜ」
「狩人✕狩人」
「今は悪夢の深淵、暗黒星間編だったな。まさか、コスモスの真実が時戻りの目覚めに過ぎず、夢の深海にヤーナムが沈んでいただけとはな」
「OOKAMIも面白かった」
「忍者アクション漫画か。主人公はカルデアのサーヴァントがモデルらしいぞ」
「ニンジャ系だと、ゴッドスレイヤーも好きだ」
「神忍を狩る忍びの復讐劇だな」
「後は何だったか……あぁ、あれだよ。
「ギャグ漫画か……将軍かよぉぉぉおおお!」
「おぉ、いける口だな。恥ずかし気も無く、良く言える」
「羞恥心があれば、自分から快楽殺人鬼を名乗らないさ」
「確かに」
「なにしてくれてんじゃぁぁあああああ!!」
世間話をする灰二人の間へ、金髪碧眼の分かり易い王道美女が一人、叫び入る。その姿はある意味、人理世界における下級天使像。人の背に羽が付く形であり、灰等の天使像である亡者貌の古竜に似た植物人間からは程遠い。
それは暗い魂による人間性の人体変態が可能とする進化形態の一種。古い竜とは植物と鉱石が合わさったような死の無い生命であり、ロスリックの天使信仰とはある種の生命起源への回帰に近いのだろう。人の天使化とは、鱗を求めた白竜の願いから来る思想。よって、白竜の狂気が人間性により信仰化したのが、その在り様だ。
その所為か、羽は根と蔦が竜の翼を模した物が本質。だが天使灰の翼はまるで鳥のような形をしており、羽毛はないが見た目だけは軟らかそうだった。
「天使灰じゃん。マジ天使」
「黙れ、殺人カラス。そんなことより、テメェどう言うつもりだクソ月光!?」
「あの辺り、私の近所である。よって教会的に予防は大切にしたい故、新築の我が家が爆破される前に貴公を爆破した。
有難う、感謝するよ。この私に、月光花火の光波を打ち上げる口実をくれてな」
「ファッキューサノバビッチ!!」
「そうは言うがな……貴公、仕方がなかった。我が家には酒造のジークから買った血が匂い立つストロングエストを買い溜めしていた為、導きの我が師ビームを撃たざるを得なかった」
「じゃあ、しゃー無し。ジークのストロングは天使級だからね!
それはそれとして、今――――死ぬが良い」
光槍軍勢。上空にその刃が、三百三十九本。一本一本が魂殺しの死であり、神を人間が冒涜する為の奇跡。貴い輝ける星を、更に輝く恒星で以て焼却処分する殺意である。
対し、月光灰――奔流、斬撃一閃。
凄まじく極太な熱的光帯が槍に衝突すると同時に爆散し、三百以上ある槍を纏めて粉砕。そして月光灰は、特に意味もなく糞団子を相手の顔面に無拍子で緩やかに投げ、天使灰は蹲むことで顔面糞塗れになる悲劇を回避。しかし、その顔面へ月光灰はヤクザキックを叩き込み、鼻を圧し折りながら吹き飛ばす。
「へぎゃ!!」
「おお、おお、綺麗な顔が無様ではないか。だが天使の面に相応しい醜態だよ」
「糞呪産の糞団子じゃねぇーか!?」
「臭く、粘り、犯し、穢す。呪いとして、糞呪の糞は完璧だ。
導かれし月光よりも尚、彼女の肥溜は悍ましい呪に溢れている」
「……ッチ。これだから、簒奪の灰は―――」
直後、天使の頭部が爆散した。爆発物の正体は壺だった。この灰と元々偶発的に殺し合っていた相手―――壺狂の簒奪者、アッシェン・ポットが追い付き、超遠距離投擲技法によって壺投げ狙撃を成功させた。
王道、
強化版、
各種紐付きに、
だがそれだけでなく、壺狂灰はあらゆる壺をソウルより見出している。壺投げ技巧を限界以上に極め尽くした後、この灰は投げる壺そのものに疑念と願望を抱く。もっと色んな壺を投げ、人を殺したいと。それが壺愛だと。特に新たな壺を知る為にと狭間の地へ赴いた際、壺が生活の一部となった壺文明を知り、壺作り文化に人間性が更に深まり、あらゆる素材を壺の中身にする狂気を啓蒙された。
尤も、冒涜的殺人壺狂いと言う可愛らしい部分を除けば、実に普遍的な頭に壺を被る火の簒奪者。着込む鎧は統一されずに種類はバラバラで、使う武器もその日の気分。今日の壺狂灰は薪&薪な気分なのか、螺旋に捻れた火継ぎの大剣を二刀流で握っていた。
「アイアム、ポット。マッドポットマン。オーケー?」
「オッケー。ナイスツボソゲキ」
「ビューティフル、ポットスナイパー。グッジョブ」
グッと右手で親指を上げる壺狂いに、
しかし、天使は倒れている。顔面に蹴られた上、壺が炸裂した所為か、当たり前な事だが頭部は見るも無惨にグチャグチャに崩れ落ちている。王道美女だった金髪碧眼の天使らしい貌はなくなり、黒焦げた焼死体の亡者貌になっている。とは言え、灰達の常識からすれば、その亡者面の方が天使らしい風貌と言えるのだが。
「何なん。え、一体何なの?
天使な私に恨みとか……何か、あの……しましたか?」
「いや、天使は月光より、糞団子が似合うから。一月光遣いの意見だが」
「取り敢えずの基本、やっぱうんこ投げてみるでしょう。糞で猛毒にすれば、殺し易いし」
「
「テメェが一番ムカつくんだよ、クソ壺頭」
「
「
突如として怒り、そのまま襲い掛かって来る天使灰へ壺狂灰は左手に瞬間装着した壺大砲から、炸裂極太矢を発射。ソウルの業だけでなく、魔術回路によって魔術基盤と魔術理論や、心象風景たる世界卵の術理も使用可能な全ての灰は、持ち得る神秘を更なる殺戮技巧へ進化させており、壺狂いも例外でない。壺狂いのツボキャノンは着弾時、壊れた幻想も利用されていた。
結果、盛大なる爆裂。
頭部が完全に消失した上、天使灰は腹部から上部が消し飛んだ。
刹那――蘇生。篝火の燃え滓に宿る残り火のような、一瞬だけ燃えて消える火の最後の最後と言うべき燃焼。それに似た人体発火が天使に起き、彼女は何でもないように元へ戻る。
すると無言の壺狂灰は蘇生し終わる間際の天使に、火炎壺を徹甲作用の超豪速壺で投げ当てた。放物線を描く普段の投げ方も壺狂灰は極めたが、それ以外の投げ方も極め上げている。むしろ、壺を極めるとは投げ方の超絶技巧化であり、ありとあらゆる投擲方法を学ぶ事でもある。
よって殺戮技巧を鍛えた成果として、竜狩りの大弓に等しい壺投げが大成功。
天使は壺が当たった衝撃力と、火炎壺自体の爆破力により、即座に爆散した。
「笑壺、笑壺。ツボツボツボ、ツーボボボボボーボ、ボーボボ!」
壺狂の簒奪者は、壺である。壺頭である。壺を愛で、壺で殺し、壺で魂を奪う。底無し壺と化した灰のソウルを、人類史そのものと言える第一の獣の光帯を飲み干しても足りない程、ただただ壺だ。
故か、笑い方も―――
人類史に壺文明を築く開祖となり、その為の壺を学ぶ為、壺るのみ。壺の為の壺であり、人の為の壺として、壺の為の人で在る。
――壺く、故に壺り、ただただ壺る。
簒奪者として未来永劫、完璧だった。そう言うカタチの人間だった。
「でさ、何で喧嘩してました?」
達人灰がツボボーボと笑う灰に、とても親し気に聞く。
「壺を、割ったのだよ……」
「あー……そりゃまぁ、うん。殺すしか、ないよねぇ」
「私にとってのそれは、月光剣に糞団子を塗りたくるような行為。
狩るしかあるまい。貴公は正しく、そして素晴らしい恩讐だ」
「有難う。貴公らの壺に、人間性が在らんことを」
壺狂いは壺故、壺の祈りを行った。
「そう思えば、お前……葦名で壺教とか言うカルト宗教してたな」
「宗教は哲学だ。開祖が死し、やがて伝承となり、そして思想が学問化する。だが灰は不死故、説く者は存命し続ける。ならば我等が啓く教えは永遠、カルトに属する。
だからか、壺は素晴しく在り続ける。
糞呪に糞入れ専用の糞を作り続ける。
壺だよ、貴公。壺こそ灰だ。我等の長き旅路、常に壺と共に在り、壺の祝福が在る。
白教の環、ウェイオブホワイトコロナ。輪こそ王冠、コロナの輪斬。白き祝福の環。
しかして、ウェイオブポットデスボム。壺教の死壺。どうだろうか、墓王の瘴気は。
おお、おお、おぉ壺よ、壺達よ。我が壺の暗い空が見えているだろうか、それが愛。
壺は素晴らしい故、素晴らしく、壺の丸みに神が宿る。人が生んだ芸術と言う神聖。
壺、壷壺壺つぼ、つぼつぼつボツボツボツボボボーボ、ツーボボ。即ち、それが壺」
「ふぅーん……で?」
「ならば私は、そう言う形の人間性である。壺という、獣で在れは、それが人の証だ」
「完璧だ。あぁ、貴公ならば月明かりを封じる壺も作れよう」
「壺さん、お前は完璧な人間性だよ。俺は、俺が恥ずかしい。何が、快楽殺人鬼だ。何が、血濡れた人斬りだ。
俺もなんかこう、格好良い名乗りが欲しいなぁ……流血烏、ブラッディクロウってのも良い雰囲気だけど、あのヤーナムでないと名前のインパクトが深淵過ぎて恥ずかしくなるのです」
とは言え、天使も灰。阿呆共の馬鹿話が頭上でされていても意識はあり、怒りの儘に飛び上がった。
「壺野郎、テメェに人の心はないんか!?
良くもまぁ、この自作美女フェイスの私を痛めつけられるなぁ!!
テメェにとって壺が芸術なように、私には私こそが芸術なの、分かる!?」
「…………」
「黙ってないで、何か言ってみろや!」
「この壺は、良い壺だ」
ソウルの内側から取り出した壺を手元に持ちつつ、壺狂いは壺を愛し気に撫でる。それは確かに素晴しく美しい壺で、性的魅力を感じる程に滑らかな曲線を描き、人間的な丸みを帯びている。
それは壺狂灰が趣味の陶芸で作る壺だった。葦名にて、壺専門陶芸工房で暮らすこの灰にとって、壺が全てである。そして、その壺が天使灰に割られたAランク宝具級の逸品であり、起源「壺」と言うソウルの具現でもあった。
「――――……あー、もぉ良いよ。
私の負けよ、負け。敗北者敗北者、負け天使」
「謝罪は大事だ。貴公、その誠意に対し、美しき火炎壺を授与する」
壺頭の壺狂いは、とても厳かな雰囲気でその美壺を天使灰へ渡した。
「あれ、これって観賞用の壺なんじゃ……?」
「否。人殺し用の壺だ」
「もしかして、触媒的な使い方とか……?」
「否。投げ、当て、焼殺する壺だ」
場の空気に流され、天使灰は壺を受け取ってしまった。壺狂いは満足そうな雰囲気で手を振って立ち去り、月光灰と達人灰も、それぞれが別の帰路で立ち去って行った。
「結局、壺、割るじゃん……」
釈然としない思いを胸に抑えつつ、だが少し口から愚痴が漏れた天使灰は、灰らが簒奪した太陽が浮ぶ葦名の宙を見上げた。彼女は何故か今、自分が殺された事への理不尽さを理解する気力が湧かなかった。尤も、理解する価値がないからこその理不尽ではあるのだが。
―――□□□<■>□□□―――
美しき者―――月の蝶。あるいは、月明かりの蝶。
始まりは月光蝶。人間性を研究する狂魔術学者でもあった
「蝶々、蝶々。私、蝶々。月明かりの貴方、あるいは貴女、蝶々の形へ変態しませんか?」
「しない」
「何故?」
「卵、幼虫、蛹、成虫。その四段階を経て、人間性を変態させて人間は深化すると言う、一種の信仰。あるいは、魂の形を変える程の信仰心によって、肉体を進化させる人の種族的偏執性。元は魔術師の理論的な人間性の研究だった成果を、宗教化することで新たな竜の容として完成させる我ら人の業。
それ、私は月明かりではないと思うのだよ。
火の光を反射する月が、そう在るだけの欺瞞だとは分かっているのだけどね」
「残念だわ。残念。チュパチュパ、でも私は蝶々なの。蛹ではないのよ?」
「蕩けるのは、飽いたのだね」
「そうなの。だから、蝶遣の簒奪者って名乗ってるの。魔術基盤と魔術理論、簒奪者は根源から好きに持ってくるからいけないの。
貴方も、サーヴァントの霊基以外に、自分のソウルを変態させてる。
私が起源を蝶にしたように、貴女は起源を月光にした。皆、皆、そうしている。皆、本当は暗い闇なのに。皆、火だって言うのに。でも結局、皆の起源は皆、一緒。皆、人。起源、人。人でしかないから、闇も火も全て魂へ簒奪するの。
だから、全ての人類種の起源を蝶にしたいの。その人類史を作りたいの。
私は、私の世界を羽化させたいの。私の魂を卵にし、世界卵を孵化させて、幼虫から蛹化させて、蛹が羽化して蝶になる。世界も、蝶なの。特異点、剪定事象、異聞帯。素晴しい叡智が啓蒙されたわ」
「良い事ではないか。自分の世界をそうし給えよ。
その為、まずは古い獣狩りだ。あれがこの宇宙の外側に漏れ出てば、星幽界が酷いことになろう」
「いけない獣さんだわ。でもあの獣を狩ろうだなんて、死灰の彼女はとても善い人だわ。わたしたちみたいな人が、人類種を救おうだなんて、きっとこの星の人類史は蝶みたいに素晴しいのだわ。
素晴しい程―――愉しいのだわ。
自由に、きっと、ずっと、人理を滅ぼして蝶になるまで、好きに人類史は変態させるのが一番だわ。星が見る人理なんて、人が宙に旅立つ蝶になるのに邪魔だもの。でも、今は必要。きっと今はまだ、人類史は蛹なの。人理と言う殻の中で、人の歴史はドロリドロリと蕩けている段階なのだわ」
「肯定するよ。未来の人に、星の加護など要らん。今はいるが、やがて要らなくなる。人理と言う補助輪も、自由に変態する人々は不要と棄てるだろう。
故に、我らの導きは欺瞞となる。誰かの思惑など、薄汚いのさ。
獣の脅威から、その魂を救って上げるだけで構わないのだろう」
「私達、灰は、己の魂の為だけに戦う人間。自らの人間性だけを尊厳にし、闇に沈み、火に舞う蝶。
人の為に、人を殺すのは魂に嘘を吐くのだわ。
貴方は月光。その想いが起源にして、人間性」
「だから、私は蝶々なの。てふてふ、てふてふ。最初の火の蝶なのよ」
空間をソウルで歪ませて力場を作り、蝶狂いは背中の翅を羽ばたかずに宙を舞い、肺を腐らせて魂を穢す鱗粉を出す。激毒にして猛毒、そして生命を蝕む毒。
とは言え、糞呪の糞毒と比較すればソウルに効く劇薬だろう。
匂い立つ香りは良く、甘く、常習的に吸い続けたくなる魔薬。
此処で深呼吸すれば夢幻の彼方を垣間見、神秘が啓蒙される。
蝶遣灰は気分が良くなる。自分の鱗粉で昂揚して、唄を唄う。
「てっててーてふてふてふ、てっててーててふてふふてふ、
「ぼぼっぼぼっぼっぼぼぼぼ、
そして偶々其処で、壺作り用の粘土を買いに来ていた壺狂灰が通り掛り、蝶ラップにソウルが深く共鳴し、壺ラップを披露した。
月光灰は自分も月ラップを披露した方がノリが良いと思ったが、止めておいた。
大切なのは導きだった。己の魂は、自らのソウルで導くのみ。彼は両手を合わせ、敬虔な信者の様な仕草で祈りを捧げた。これまで殺して来て、そして今は自分の魂の内側の闇に融けた全てのソウルに。同時に、魂の内側で光り輝く最初の火へ。
「―――ふ、ラップか。全く、此処の世は面白い人間達だよ。音楽と言う芸術文化はあったが、ロックと言う概念はなかった。
むしろ、此方の世界におけるラップは、崖キックマスターの記憶喪失聖職者嫌いだったな。馬脚は侮れない」
地味に蝶遣灰の鱗粉により、幻覚、毒死、啓蒙、発狂の惨死空間となった地獄絵図から月光灰は静かに去った。また周囲に居た葦名市民は鱗粉を吸ったことで死ぬも、不死故に死に切れず、蘇り死に、脳が狂い出し、細胞形成が歪み、亡者化現象が発動。だが体は生きることで次段階の変異亡者化現象が起き、古い獣の霧が彼等のソウルに干渉することでアゴニスト異常症候群が発病した。
呼称、アゴニスト異常症候群罹患者。
通称、悪魔憑き。デーモン化した人。
人理文明が生んだ軽快なラップ音楽が鳴り響き、ソウルから悪魔が膿み出て地獄が生まれる。
「そして、月光こそ惨殺光波の真髄」
無造作に彼は月光剣を振い、歩くのに邪魔な亡者市民を一掃。人々を灰燼に帰し、ソウルが霧に蕩け、消え去った。月光波によって肉体は完全消滅させ、その気になればソウルも完璧に貪って存在ごと抹消する事も出来たが、面倒なのでただ殺すだけに留めた。月光灰に殺された人々は時間差はあれど、直ぐにこの葦名の何処かで魂から蘇生することだろう。
しかし、葦名において良くある光景。悲劇ですらない日常生活。無論、人殺しだ。命は奪われた。ソウルも同様。通貨としても使える為、利益もある。
しかし、誰も死んでいない。否、誰も死ぬことが出来ない。簒奪の灰達は特異点が消えない限り根源にさえ還れない葦名市民を、魂の生まれ故郷である根源の星幽界に送還する事も出来たが、死灰灰との召喚契約により、古い獣狩りの邪魔は出来ない故、その慈悲を与えられなかった。
「しんぶぅーん、しんぶぅぅううん、葦名新聞だよ」
人理の世の文化研究の一環として鑑賞したインド映画並にキレッキレなダンスをする蝶遣灰と壺狂灰を平気で置き去り、自分で切り払った道を月光灰が進んでいると、丁度今日刊行された新聞を販売する葦名市民が一人。彼は自分の魂に貯蓄しているソウル残量を把握した後、葦名に召喚された事で趣味となった購読を行うことにした。何より最近、霧から生まれた英霊のデーモンを纏めて数百人は殺したので、月光灰の懐事情はとても潤っていた。
「何ソウルかな?」
「5ソウル」
「人間五人分の人生か。しかし、この新聞は値段に相応しい情報量と言える。それと、マキモクとヤクジルを買おうか」
「しゃーす。合計、8ソウル」
人命八人分の値段を魂で払い、新聞売りの市民はソウルを得た。これでこの市民はソウルの自分に還元することで、アゴニスト異常症候群発病を遅らせる事が出来、永遠の特異点の中で自我をそれなりに保つ事が可能となった。
そして序でに月光母が買った薬物煙草と漢方コーラ。脳が痺れて思考が冴え、理性的に昂揚する嗜好品。葦名街ではソウル通貨で流通する灰等の劇物であり、普通の市民が使えば僅かに病状が進行しよう。
「―――……」
歩きながら彼は新聞を広げ、口に加えた煙草を吸い、腰には薬物コーラを一瓶。特異点外側の現代文化において死ぬ程、月光灰は行儀が悪過ぎるマナー違反灰だが、破壊音や発砲音と断末魔の悲鳴が良く鳴る葦名街で気に留める者など皆無である。
「……」
カルデア、第一の獣狩りに成功。特大見出しを読み、月光灰は少しだけ微笑む。速読で一瞬で全文を黙読し尽くし、脳内に情報の土砂崩れを流し込む。更には未来視予報として亜種特異点攻略や、夏の特異点などの未来情報も記載されていた。
どうやら、この葦名特異点に来訪するのは今年中らしい。
即ち、古い獣が灰達に狩られ、根源生まれの魂は全て消滅から救われるのが確定する。
「……ふぅーむ」
読み歩きをしつつ、月光灰は襲って来たアゴニスト異常症候群罹患者を口から岩石を吐瀉射撃をして撃退し、生成した追尾する月光結晶塊を背中に浮かばせながら自動迎撃する。彼は悪魔憑きの殺意を気にせず、愉し気に読書散歩を続行し続ける。
殺し歩くなど、日常生活過ぎて疑念さえも浮かばない。
使命に生きる灰の生活そのもの。旅は殺戮、世は悲劇。
ふと上空が気になったその時、ビルからビルに飛び移る修羅天狗を月光灰は目撃した。
それはカルデアのアサシンが使う鉤縄であり、葦名においては日常的な移動手段。また巨人殺しや竜狩りさえも容易く行える様になった画期的な対巨体殺戮道具でもあり、灰等は例外無く素晴しい立体的殺戮技巧を手に入れていた。
「ちょ……ちょっと、待って。ねぇ、待って天狗さん!」
「何を言っておる。お主、狩人だろう。のう、狩人だ。血の匂い、臓物の悪臭、人斬りの歓喜……狩人の気配よ。
あの狩人から聞いた指の狩人に違いない。そうだな?」
「そうだけど、そうなのだけど……!」
「ならば、斬ろう。お主を、儂が斬ってやろう」
「いえいえ、いえ……―――誤解があるの。話せば分かるわ!?」
「ふ……―――問答無用。斬ろうぞ」
ビルを跳び移りながら殺し合う、指の狩人と天狗。聖剣を背負う月光灰は空いた両手で煙草を吸いつつ、コーラを呑み、特に手を出す事なく傍観していた。何故ならし合いの観戦は灰にとって数少ない魂からの娯楽であり、殺戮技巧を学習する素晴しき好機でもあった。
天狗は鞘から刀を居合で振り抜き、斬撃を飛び放つ。
修羅の炎。神竜の雷。剣聖から剣神となり、剣を極めた男。神域を人域に落とし込み、更なる深化を続ける剣の業。
―――悪魔狩り天狗。
それが葦名の空を舞う天狗。修羅天狗。
ひょんな因果で死なずの征夷大将軍となった大名ではあるが、今は只の忍び殺しの天狗であり、趣味で狩人狩りも行う人斬りの修羅である。
「おや、おやおやおや。月光の、奇遇ではないですか」
「造物の簒奪者、ピグミーか。ダイモン先生の授業以来だな」
「そうですね。とは言え、原罪のアン・ディール、暗月のダークリング、行商のメレンティナ、武器のデニス、工房のフォルロイザ、絡繰のファロスと、機巧のエアダイスも来たようです。
全く、灰達は揃いも揃って悪趣味です。殺し合いを観戦しに、地面に落ちた砂糖を拾いに来る蟻のように集まりますとは」
「あぁ……エアダイス達も、か?」
「はい。で、彼等が何か?」
「確か剪定事象史から啓蒙されたと言う、アームズフォート造りに嵌っていたと思ってな」
「今は、宇宙艦隊ですよ。時代はスペースだそうです」
「では、英霊殺戮戦線グンマを本拠地にしてるグレートウォール乗りは、今は誰なんだ?
エアダイスとファロスとフォルロイザの三人が、自作戦艦を使った葦名外の英霊狩りをしていただろう?」
「誰なんでしょうね?
最近、森番の奴が葦名街で灰狩りしているのを見てませんので、パイロット役を交換したのかもしれません」
「あぁ、仮面巨人先輩か」
「はい。それと禁区グンマは、私がオルトエーテルと古い獣のソウルを合わせ、生物適合化したオルト細胞で造物したオルト動物の楽土になってます。思えば旧群馬県たるグンマ禁断封印区は、オルトや古い獣の落とし仔が暮らす死の楽園。私達叡智狂いの人類種が仲人なキューピットとなり、細胞を掛け合わせ、素晴しき惑星外の忌み子らを誕生させた訳です。
ですが、構いませんよね。森番の簒奪者、マスク……我等が灰の先輩不死たる仮面巨人に管理を任せているので、あの森は大丈夫です。多分」
「荒野と剥げ山だけの鋼の大地に、突如として拡がる森林山地か……酷い場所だよ。カルデアの連中、この葦名まで来るのに最後のアームズフォートを撃破しても、あの森を突破しなければならない訳だ。
……今まで使えた上空の抜け道は、もう封鎖しているからね。
特異点外から転移してきた場合、旧埼玉県の荒れ地からしか来れない様に孔を開けているから、現状の葦名入りは陸路で南のみの状況だったか」
「死灰女の企みですよ。我らが召喚者、アッシュ・ワンは実に頭が良過ぎて性格が悪いです。
全く、私が造物を名乗りたくなる程の猟奇的研究欲求を与え、我らの人間性まで古い獣狩りに悪用するとは、何とも面白可笑しい娯楽です。
神と違い、騙すのではなく、交渉してこうしたのが更に悪辣ですよ」
「私の月光愛も同様だとも。それに此処の世の神秘である根源由来の基盤と理論も愉しい学術だ。元より、ソウルの業で好き勝手出来たが、個人の魂を対象にする事に特化した我らと違い、その気になれば此処は宇宙規模の対象が可能だからか、月光が届く範囲も大きくなった。
魂殺しと言う観点において、根源特攻とも言えるのが私達だが、応用性は遥かに魔術基盤が上だとも」
「新たなる学術、異なる神秘。でなければ、私達が死灰の奴に誘われる所以もありませんでした……あぁ、戦いも佳境ですね。
死なしても殺せない葦名の暇人共も集まって来た所為か、観戦もヒートアップしている様です」
「どちらが勝つと思う、ピグミー」
「月光の、それは愚問です。指のユビは愛らしいですが、所詮は狩人の分裂体。思考する瞳の擬人体です。精神性は兎も角、身体機能や戦闘技能はほぼ本人でしょう。
天狗に勝ち目はありませんよ―――本来なら、ですがね?」
会話は無価値。逃走も不可能。ならば―――狩れ。
眼前の死闘に開き直った
天狗は修羅の血を滾らせ、
零の先、時間が逆行するマイナスの脳。死に、死し、死なせ、濃密な血の燃える死の気配が爆ぜ上がる。
剣が振るわれる前に斧が振われ、その斧を先読みして短銃を連射しようとして、散弾銃が撃ち込まれる直前、落雷より迅い刃の一閃が放たれるより早く、斧槍から手斧に戻った重厚な一撃が無の領域から叩き込むのを予測し、天狗は即座に納刀して居合を行った。
抜刀一閃、直後―――無空なる斬撃の嵐。
居合は無論、続く斬撃も魂を斬り捨てる業であり、それらは死に場に迷う修羅を葬送する弔いの剣。
だが
即座、天狗は火を刀身に纏わせ、斬撃と共に炎撃を扇状に斬り放つ。
同時、
炎撃を避けた彼女はそのまま斧を断頭の処刑器具として振り、天狗は刀を背後に回し守ることで攻撃を防いだ。直後、消える。燃え上がる霧となって
「――――!」
退避と回避は狩人の専売特許。加速する思考に支配された肉体は、その加速倍率に容易く適合し、彼女は天狗から一瞬で距離を取る。
天狗の業、忍術と体術。世界と同化した認知消失。
未知。知り得ぬ技巧。悟れず、分からない。無知に戻る赤子の脳。
これ程、学術を愛する狩人にとって素晴しき啓蒙はない。分からない事を啓く事こそ、学術者。
とは言え狩人からすれば、腕の消失は痛手に非ず。意思によって腕がなくなった
「天狗さん……痛い、よ?」
「かかか、その貌と恨み節は合っておらんぞ。お主、心底から楽しそうだ」
「狩人だから、仕方無い。だって、私自身から、甘い血が匂い立つの」
眼を開き、瞳を啓く指。脳の瞳が目玉を通じて世界を観測し、彼女の脳内で広がる夢から狂気が這い出る。見られた天狗は修羅の炎が一瞬にして暴き啓かれ、神なる竜の血が肉体を雷電と化して竜と為る。
即ち、魂の断末魔―――発狂だ。
人間の体を人間の魂が、そのカタチに転生させる外法の神秘。
「
その狂気さえ、天狗は気合を入れるだけで克服したが。
「――――ぁ……けど、そうよね。
私が与える狂気なんて、貴方自身が持つ狂気からすれば……そんな別段、苦しい思いでもない」
「
念じ、瘴気を刃に込め、上段より振り下す。そして振り上げ、また振り下す。葦名流、一文字二連。彼女は容易く避け、その避けた先を先読みされて弾丸を撃ち込まれた。それは天狗の早撃ち連射だった。手斧の刃で弾き逸らして銃弾から逃れるも刹那、大忍び刺し。天狗が繰り出す絶死に対し、
交差する一閃と一閃―――競り勝つ、天狗の刃。
肝臓部に突き立つ刃がそのまま斬り上がり、回転する天狗は相手を切り刻みながら舞い、落下と共に頭蓋から股先まで刀身を貫いた。そして穿ち入れる状態で念じ、刃より黒い死の瘴気が一気に溢れ出し、指の狩人を内部から即死させた。
「狩人……迷えば、敗れる」
朧気に死体が消える
「……指狩りとはな」
独り呟く月光灰は勝敗の差を理解していた。それは天狗に無く、指には有ったもの―――殺意の迷い。
技巧が一定水準を超えた先、無の境地を更に深く掘り進めた其処の底において、どちらに傾くかは些細な心理状態や、戦いの中で傷付いた肉体や武器の状態に左右される。そんな極限状態時、千分の一秒よりも短い時間の中、何かしらの遅れが生じる雑念が交じれば、迷った方が死ぬのが殺し合いの理だろう。
となれば、天狗が殺し勝つのが必然だ。
何より、この葦名において彼だけが唯一無二の英雄である。あらゆる英霊が死滅する地獄の中で、彼だけが英雄として生存している理由を考えれば、当然の流れである。そもそも肉体面は成長してはいるが、生まれてから一カ月も経たない幼い
「しかし、うむ。善き技であった。また斬り合おうぞ、指の狩人」
どう言う原理で盗んだのかは分からないが、天狗は古狩人のように一瞬で肉体を加速させ、この場所が過ぎ去って行った。
|||||<◎>|||||
その日の夜も
言うなれば、魔剣の技で以って月光を放つ業。
騎士王等の聖剣魔剣遣いのソウルを得、葦名無心流と言った技術を覚えた末、葦名で思い付いた月光灰独自の月光波は直ぐ様に完成された上で日々進化していた。何時もは月光の聖剣から光波を解き放つだけの日課であったが、この日は技量としての集大成も見てみようと、技としても全力で振り抜いた。
「月か………」
次元を断つ月の輝き。存在の多寡や、現実や異次元に関わらず、魂持つ者は絶対に死ぬ必殺の奥義。葦名に召喚された簒奪者で在れば、誰でも可能な当たり前な普通の人間としての業に過ぎず、特別な神秘などでないが、その一つを愛するのもまた永遠を生きる灰の心得だろう。
結果、月光への愛が今日も宙を両断する。
真っ二つにするだけなら、古い獣さえも一刀する月光灰は、宇宙と言う時空間さえも照らし切る月光剣士であり、そもそも根源の記録である魂を抹消させる程の魔剣だった。
「ダークソウルがスッキリするドラッグコーラ。略称、ダッキリなんだって。ルドウイークさん、飲む?」
「もう一回月光したら、飲もうか」
夜空を月光で照らし斬り、宇宙の時空間を開く孔が生まれ、外側である根源まで刃が通る。そこに根源より漏れ出る『魔力』で渦が発生し、葦名全体が根源を観測することで神秘に啓蒙された。古い獣の霧とコジマ粒子で満ちる太源が、根源からの干渉で魔術反応を引き起こし、市民達のソウルに多大な影響を与える。魔術体系を取り込み、根源系統の神秘を学習した簒奪者達からすれば、もはやソウルの業の延長上にしかならないが、日々を変異亡者化現象の恐怖と戦うアゴニスト異常症候群罹患者からすると祝福と相反する悪夢だ。
―――
獣の霧を吸い込み、医療教会の輸血液を流し込み、葦名市民は神秘の受け皿として完成されている。それは進化する肉体と霊体、深化する魂と、そして自然成長する魔術回路である。
「じゃあ、はい。上げる」
「ヤクジルの新種に相応しい味わいだ。脳が蕩けるぞ」
その事を一切気にせず、月光を愉しんだ後の一杯で更に月光を愉しむ。月光灰は聖剣に纏わり付く蒼い月光刃を解き、鈍色の大剣を何時も通りに背負う。
「あぁ、それにしても味わい深い。感謝しよう、ユビ。今日の昼、あの修羅天狗に殺された傷も癒えた様で何よりだ」
「血も入ってるよ?」
「成る程。獣性漢方薬剤、即ちケモ・コーラか」
炭酸の刺激的感触。擬音で言えば、シュワシュワとでも言えば良いのか。そんな音が脳内からも聞こえ、脳細胞が実際にシュワシュワと溶け蕩け、泡が弾けるように瞳が弾け、脳液が満ちる昂揚感が溢れ出る。健康被害が酷く、中毒性も高く、快楽中枢を殺人的に刺激し、気持ち良さに発狂するが、灰達からすればエストの一気呑みよりかは体に良いだろう。何より、死ねば体は健康に戻る。
「それで、ユビ。君は何時、あの古都に戻るのかね?」
「んー……別に、あそこは御父様の住む場所ってだけ。御父様自身だって治療の為に来た旅人だし、私はこの私の前になる前の人の遺志の故郷だけど、私はこの葦名で生まれた御父様の眷属の、指の狩人。
カルデアの皆様が、葦名を狩るまで居たいわね。
それに不死の類で考えると、簒奪者さんたちは面白い人ばかり。だから此処での生活も、今はとても愉しいわ」
「だろうな。私もそれの同類だが、人生を愉しもうとする奴等ではないと、他世界の人類史を守ろうとは考えないしな。
それが人を人足らしめる人間性、人間らしさ。実に普通な事だ。
善き未来を夢見て世界を変えたい故の行動も、善き平穏を夢見て世界を守りたい故の行動もまた、善性の上に成り立つ普通の人間性とも言える」
「簒奪者さん達、人間人間、普通の人間って自分たちのことを言うけど。正直な雰囲気、そんなに人間に拘ってないでしょう?
貴方達の召喚者である灰さんも、自分の事を唯の普通の人間だって言ってたけど?」
「良く分かるな。所詮、私は私だよ。獣で在る事、闇で在る事、人で在る事、火で在る事、神で在る事。
全て善い事で……やはり、どうでもいい事なのだ。何が真実で欺瞞だろうと、私は私だ。善悪含めな。
今在り、嘗て在って、永遠に在り続けるのであれば、何かに変態する事もある。神が暗黒に枷を嵌めて作った人間から、闇たる不死の人間となり、灰と言う新人類の人間として蘇り、今は神の始まりを闇に宿す火の簒奪者だ。そしてサーヴァントの霊基を獲得し、独立記録帯でもある。
重要なのは、私が私を欺瞞にしないことだ。人間性由来の感情から、自分ごと相手を騙し、人生を偽らないことだ。その点は、人間らしくなく、灰で在るべき事柄だな」
「魂が、闇でしかないのに?」
「言っただろう、それは私にとって善い事なのだ。即ち、どうでも良いのだよ。
真実は、やはり真実でしかない。この星が宇宙と言う暗黒から生じたように、私の魂も暗黒から生まれただけのことだ」
「じゃあ、人間は何処でも変わらないってこと?」
「大元の、魂の生まれ故郷は同じだからな。我等の魂は闇より生じるも、その闇も始まりはあった。此方は暗い暗い闇が、魂を求めて命が生まれてしまった。
その所為ではないが、この人理の世と、我等の絵画世界は感応している。類似点も多く、根源的な故郷自体は同じだからか、人間の魂同士は理解し合えるのだろう。此方側にも葦名に似た日本の様な国もあり、侍や武士は居たし、漢字もあった。無論、西洋文化圏に似た騎士も居たからな」
「それ、ダイモン先生やアッシュ・ワンの話を聞いて、不思議だったもの。例えになるけど、確かマヌスさんの名前、こっちだと古代ローマ時代の言葉で確か……何だったっけ?」
「―――手だよ。種別で言えばラテン語だ。
君は本人を知り得ぬが、あれは正しく手そのもの足る闇だった。いや、闇なる手であり、暗い手たるダークハンドの原典だろう。口の臭い蛇が、何からダークレイスの業を啓蒙されたか、一目で理解可能な分かり易さだ。
これもまた君は知り得ぬ事だが、我等の世界における文明発展は、神が主導だ。文字文化の発達も勿論、神だ。人間に言語を与えたのも、神だ。人類種に最初の文明と文化を与えたのが、神だった。人の世である人類史において象形文字から言語の形は進み、文明と共に変わるが、我等の世の神は最初から完成された文字を文明として保持していた。
では果たして、あの神共は何から文化を啓蒙されたのか?
あるいは、我等の世界は最初から霧に覆われる灰の時代から始まったのか?
答えは単純だ。マヌスの名が証明している。あれは手だった故、マヌスと神から呼ばれ、そう在る闇に相応しかった。彼の名は他に有ったかもしれぬが、最後は
「神も、人も、同じ魂なのね」
「神もまた、闇から生じた命の幾匹だ。人間の先祖である小人と同様に。そして、あの世界は血に依り描かれた世界。それは魂が溶けた血液が、起源。始まりは、デモンズソウルが溶けた人間の血液から創造された人界。
魂そのものが―――人の業となった。
ソウルの業が成り立つのは、古い獣を根源とする為だ。ならばやはり外側から獣を呼び込んだ要人が、あらゆる欺瞞の始まりとも言える事だろう。
一番最初に魂を描いたデモンズソウルの持ち主は、果たして何を題材に絵画を創造したのだろうか?」
「だったら、やっぱり人の魂も獣なの?」
「違う。獣もまた、人と同じ魂と言うだけだ。結局、魂の儘に存在しているだけだ。無論、不死足る我らは魂は自在だが……ふーむ、言葉が足りないな。月の薫る我が脳は深刻な啓蒙不足と見える。
すまない、ユビ。月光素振りが足りない様だ。もう数回、宇宙を割らねば深化し切れない」
「あぁー…………と、良く分からないけど。うん、何とかなく分かったわ。どうぞ、ルドウイークさん」
「では、遠慮なく」
ソウルより魔力を聖剣へ充填、更に刃へ凝縮。月光化した魔力を加速させつつ、まだ刃に止め、制限なく凝縮した月光を加速させ、剣が崩壊する臨界突破時丁度―――発射。
狙いは、天蓋。空とは宙にして、穹。
地上の月剣から夜空を照らす月光波は何も無い筈の時空間に衝突し、光が弾け、月明かりが爆裂する。
再度、宇宙が罅割れ、根源が夢見る現実が部分的に目覚め、真理が渦巻く孔が内側の悪夢を啓蒙する。
この特異点は神秘に祝福され続ける。此処は人類史において、最も魂が根源に近付く場所。人理の世に出た簒奪者共からすれば、根源観測など容易いが、他の住人からすれば悪夢の先触れ。星が夢見る儚い世界こそ人間の現実だと理解され、己が人生が夢に過ぎない事を悟り、理を啓蒙された葦名市民は発狂する。死に至る程の苦しみさえも、只の夢でしかなく、記録の一部となる情報でしかないのなら、今のこの苦悶に価値を与えるのは己が魂のみ。
強く在れない魂は―――無価値。
それを灰達は悲しく思う。あるいは、それを悲しいと思える人間性を人類史から啓蒙された。
であれば強くないのは無価値だが、弱い魂は無価値ではない。故、灰は人と為り、人を悟る。
「月が綺麗だわ………ルドウイークさん」
「あぁ、月は綺麗だ。魂が導かれる程に」
爛々と、月が光り輝く。
人の魂の様に美しい。
「良い月が見えた。酒の肴に良い月だった。しかし、迷いが見えるぞ、貴公」
「悪魔殿、お久しぶりです」
「ダイモン先生、夜分にお疲れ様ね」
「ふむ……―――これで、良いか」
瞬き一つする隙間のない祈り。何億何兆、あるいは何京と繰り返した業の深みこそ、
その名も―――反魔法領域。
悪魔が認識する時空間において、あらゆる神秘が阻害され、魂が嵐に束縛される領域。古い獣と同列の魂となった悪魔にとって、もはや尋常ならざる効果と規模となり、一時的だが神秘そのものが無価値へ帰る。
「その祈祷……何で?」
「指の少女よ、私は覗き見されるのが好きではないのだ。過去からでも、未来からでも、根源を通しての観測だろうと、不愉快極まるのだ。最近、常に反領域を自身に纏う魔術を開発したのも、その所為だ。必要性に駆られる事で技術の進歩を促進される故、己が魂へ還る利益にもなる訳だがな。
尤も、私が持つ神秘は貴公らも知り得ているだろう?
私も貴公らから神秘を学び得ている故、素晴しい関係と言える。
だからさ、此処に来たのはその延長だ。我が月明かりの大剣を狂喜した月光の簒奪者であれば、きっと喜んでくれると思ったのだ」
「へぇ。覗き見は、好きな癖に?」
「悪魔らしく、魂が好きなのだよ」
直後、神秘が現れ、世界が悪魔の心に塗り潰される。正体は結界魔術、固有結界。葦名に召喚された灰らは全員が学習した魔術理論『世界卵』により、それぞれの魂に眠る心象風景が具現化されるが、そもそもソウルを自在とする人間の化身ならば、心を絵画のように描くのも容易いこと。
だからか、悪魔が想うのは人の業の獄。
何も無い暗い水辺。星海の夜空。満月と欠月と暗月。
正しく心象風景そのもの。悪魔の心が具現化され―――女性の亡骸が一つ、小さな木製の舟を棺桶にして眠っている。目を蝋で封じられた黒髪黒装束姿であり、まるで祈る様に杖を握って死んでいた。
「悪魔殿、やはり愛か?」
「貴公が、月光を愛するようにな」
「我が固有結界は、月が月を照らす月界ではあるが……いや、だがこれを見せる気であったのか?」
「いや、そうではない。ないのだが、彼女は私の記憶の中以外にもう何処にもおらず、だからこそ常に思い出となって心に眠る。私や貴公らが願うソウルの業とは、そう言うものだ。
思い出を語るのは良い事だが、見せ付けるのは趣味ではない。
しかし、心を語るのに心の象形を偽るのは不義理故……まぁ、あれだ。質問があれば答えるが、私から言いたい事はない」
「気になるけど……良いよ。ダイモン先生、貴方と酒でも呑んだ時、話したい気分になれば話して欲しいってだけ」
「人の魂を暴くのは娯楽であり、貴公の秘密は最大の蜜ともなるが、私も何か聞く気は無い。恩人は恩人だからな」
「では、進むか。ここは私のソウルで描いた心の中に過ぎず、私のソウルの中には今まで貪ったソウルによる数多の心象風景が眠っている故、目的地はその一つから作った心象風景となる」
「業、深すぎる話よね……」
「進むぞ、ユビ。秘密好きな灰にとって、我慢は魂が歪んでしまう」
「はい」
「すまないな。少し、迂回する。内臓したソウルを整理したが、啓いた後も世界卵は混沌としている。私自身の心象風景を見せる気はなかったが、まだまだ修行不足故、そこまで自由自在に心を在れんようだ」
水辺に浮かぶ小舟の棺桶に眠る女から、異様なまで瞳を
疫病が蔓延る谷底の村。
奇形肉塊が取り付く塔。
溶岩が流れる火山工房。
雨風が吹き荒れる墓場。
竜の住処となった城塞。
巨人が住まう巨大な砦。
地下に進む暗黒の巨塔。
獣が火に巻かれる古都。
血の啓蒙足る地下神墓。
神の竜が支配する王域。
空より来る異星の影塔。
律を作る獣が住む狭間。
太陽を浮かべた神の世。
巨人を殺戮した廃王国。
王達の故郷が集まる獄。
殺しに殺し、貪り続けた魂が集合して作る悪魔に宿った心象風景。それは魂達の生まれ故郷であり、業が生み出された地獄でもあり、だが一つ一つのソウルにもそれぞれの心象風景が世界より膿み出ている。
―――比喩無く、悪魔だった。
この所業を行える魂は人間の極みであり、人間こそ悪魔の正体だった。
業、その一文字が全て。何もかもが渦巻き、集まり凝り、人の形となった地獄が悪魔の本質。
そんな地獄を進み、人の所業を見ながら深みを続き、そして人理の世で悪魔に蝕させれた魂の風景が広がった。其処は分かり易い人類史の歩みであり、屍を積み重ね続ける繁栄であり、不死よりも安い命の価値が証明される地獄だった。
本当に命は安かった。人殺しの罪も軽かった。
所詮、法も倫理も集団心理が形作る幻想。善を求める人の心が悪を膿み、罪を産む。希望の無い絶望の未来を求めて地獄を作るのではなく、希望に溢れた未来を求めて絶望を人に与える業こそ汎人類史。
悪魔は此処も魂の地獄だと―――啓蒙された。
古い獣の脅威など無くとも、外側から来た侵略も必要とせず、人は自らの内側から自然と脅威を作り出す。
ならば、魂もまた獣。古い獣も人の可能性に過ぎず、人と言う知性の成れの果て。悪魔は、故に自身が人から悪魔になる意味も価値も、この人理の世に辿り着いた事で理解されてしまった。培った知性により、己が魂を啓蒙してしまった。
疫病。死ぬ。
病魔で死ぬだけでなく、病魔憑きの罹患者を差別して人が人を殺す。
戦争。殺す。
集団としての利益を求め、違う集団を群れで殺し、罪を益として正当化する。
迫害。死ぬ。
群れの中で不利益の象徴を作り、悪の証明で罪の不在を生み、邪悪と言う幻想を社会化する。
飢饉。殺す。
現代において指導者が意図的に集団殺戮を行う罪の生まれぬ手段であり、無能者の失策となる。
鏖殺。無し。
現行人類史における最も優れた殺戮手段は生み出され、実行される。悪魔はそれを見て、人類文明の進化に対する幻想を棄てた。
文明を進めた所で、人は人を救われない。汎人類史に未来はなく、終わりしかない。
不死となって永遠を嫌い、限りある定命の存在こそ尊く、懸命に生き抜く人々に夢を見ていたが、それこそ無価値な幻想に過ぎないと正しく理解した。
だから、終わりの無い永遠を文明化してはならない。個人の業で抑えるべきであり、根源に魂が還らない人を文明社会と言う機構で作ってはならない。苦しむのは今この時、不死と化した人間だけで良い。
この地獄は、限りある命に過ぎない人間だから、看過されているに過ぎない。
古い獣が齎す業を人が正しく運用すれば、皆が人間から悪魔へ進化すれば、きっとこれが永遠となる。地獄を日常に作り替え、死が当たり前の生活となり、魂が魂を差別し、区別し、苦しめる地獄の星を膿み出るだろう。
「死を魂の循環とする機構を、人理の世であるこの星の人々は良しとした。阿頼耶識は正しく、それは幸運だった。
永遠を求めるのは獣の所業だよ。そもそも根源を神聖視し過ぎている。
魂が生まれる事も所詮、宇宙が今こう在る様、ただの現象でしかない。
弱い魂はな、腐るのだ。強く在る魂はな、他者の魂を腐らせるのだよ。
分かるだろうか。この宇宙は根源の影に過ぎず、魂を作る高次元である根源とて、宇宙を救う術はない。人が人を救えない様、世界では世界を救えない」
「良く、分からないわ。どう言うことなの、ダイモン先生」
「永遠の世界も存在する。死の無い生物の星だ。しかし、それは永遠に腐り続ける知性の世だ。その腐れを防ぐのなら、根源より流れ落ちる魂を作り変えるしかなく、真実を覆い隠す欺瞞の星を作り上げるしかない。
だが、その欺瞞もまた個の業となる。やはり、永劫の果てにて腐るのさ。
よって死で生命を消費し、魂を現世と根源で循環するのは良い業だった。
何もかもを忘れた魂は腐る前に故郷へ還り、根源で無に戻り、生まれ変わりが可能となる。
謂わば、宇宙の仕組みを利用した人理の律の正体だ。魔術と言う文明技術を星は人類種に啓蒙しておきながら、それを科学のように広めるのを防いだ。魔術と魔法が科学と合さり、一般文明化していれば、全人類が死徒を遥かに超える完全無欠の不死種族に進化していただろうに、阿頼耶識自身さえも人間文明の究極に突き進むのを許さなかった」
「皆、ダイモン先生みたいになってたかもしれないわね」
「まぁ、だろうな。実際、私が滅ぼした剪定事象に選ばれる世にて、人間はそうなった。其処は剪定事象さえも克服した人類種の世界であり、永遠に世界から熱量を奪い続け、根源に眠る資源も喰らい尽くす事象の癌となっていた。あの儘、何もかもが永遠となった人代は人理も必要とせずに単独で進化し、根源から新しい宇宙が生まれる熱的資源も全て消費しただろう。
永遠ならば、無限を食せるのが道理だからな。
だからな、私はそんな人々を滅ぼしたよ。古い獣を封じる私は人間だが、人間だからと人の業が人を滅ぼすのを見逃せなかった。何より、ソウルを理解する人が文明ごと古い獣に進化する証明にもなった」
「そうだから、人理はアッシュさんとダイモン先生に協力する。それは、良く分かったと思う」
「それだけでは無いがな。未来への架け橋であり、全人類種の魂が根源へと寄生する上位者と言う悪夢に進化するのを防ぐべく、特定の個人が生贄となって世を守る現状を維持しているのもある。
月の狩人、ケレブルム。彼には酷い扱いをしている罪科の意識がある。
火の簒奪者、アッシュ・ワン。彼女を悪役と言う贄にした自覚もある。
別に私は、人の魂が根源を滅ぼそうが何も想わない。古い獣による滅びも所詮、要人と言う脅威を生んだ人自身の罪でしかない。
だが人間ではないのに、人間に力を貸した悪魔が居てな……そんな好きな女が守りたかった世を守る為だけに、私は人の魂を生贄にし続ける悪魔なのだろう」
「しかし、悪魔殿……死の循環を許す今の人理はこの様だ。それでも、貴公は人を許せるのかね?」
「許せるよ。何より、人は悪魔からの許しを必要としない。私が脅威を殺そうと、脅威を放置して人が滅ぼされようと、人々は当たり前の様に魂が循環するだけだ」
「星と共に生きる人に、興味無いのか?」
「貴公にとっての月光が、私にとっては彼女と言うだけだ」
「ならば、仕方がないことだ。欺瞞の無い愛は、とても素晴らしいからね」
愛が善ならば、悪魔は地獄で以って人の善性を証明する。人の世が滅びるのを幾度も防ぎ、人から宇宙を救い、魂から根源を救った。
救いの地獄だった。永遠に愛すると決めた魂は、ただそう在り続ける。
古い獣を魂の内側で飼い殺しながら滅びの世を渡り、悪魔は地獄を蒐集し続ける。
「とは言え、私は善人ではないぞ。人殺しもするし、人を殺すのも愉しめる戦争屋だ」
「でも逆に、それって英雄らしいと思うわ。ダイモン先生だって、人が人を殺すのは普通の事だって分かってるでしょう?」
「否定はせんさ。しかしな、殺人を罪と理解する倫理も同じく得ている。あの灰もそうだぞ。現行文明において、資本主義を学んで経済社会で荒稼ぎした金銭を使い、国際援助機関を運営していたからな。
何となく思い付きで、貧困に苦しむ人々へ尊厳ある生活を与える善意。
根があの女は聖職者だからな。善悪在っての人の業であるなら、善い事は良い事として愉しむ心を備えている」
「それが、私は怖いのよ。なのに何で、葦名はこんな世の中にしてるの?」
「人の死も愉しいのだ、善悪が等価である故。死灰の灰は矛盾無く罪を犯し、闘争を喜びながら平和も楽しみ、葛藤なく悪意で以って善を為す。
人助けも同じとなる。奴もまた、私と同じ心亡き悪魔だと言う訳だ」
「理解出来ない。貴方も彼女も、上位者より上位者してるわ。私を指より御産みに為された御父様だって、まだ人間性に溢れてる」
「仕方がない。正直、過去の私が今の私を見たら、理解する気も湧かないだろう。これ程の罪を積み、人の魂を贄にして人の世を守る所以がない故にな。
ふむ。しかし、長話の御蔭か、気が付けば目的のソウルが描く風景に辿り着いた。
待たせて、実にすまない。人類史が描く地獄道の画など、気色悪かったであろう?」
―――朱い月。月光世界。
曇天の下に月が浮ぶ地上の悪夢。
「此処は、上位者となった人間のソウルだ。阿頼耶識に悪夢を寄生させ、全人類を神に進化させ、人々が夢となって繁殖する人類史を作った者の魂だな。
私が早目に狩り殺さねば、他の平行世界にまで魂の上位者化現象は及んでいただろう。だがそれは人類種の進化として正しく、永遠さえも文明化したが、全ての人類が集合無意識を知覚し、互いの魂を理解し合う世だった。
―――争いが消えた平和な世だ。正しい意味でな。
永遠に生きる神となった新人類種が、繁殖用奴隷として製造した人工人間を使う文明。
争いの無い世を作り上げる為に、欺瞞を極めねば永遠の平和は有り得ないと言う証明。
その正体は世界自体が剪定事象を克服し、世の滅びを眠りに変え、夢に目覚めて世界を繰り返す上位人理。根源と言う宇宙誕生の資源を延々と貪っていた故、新しい宇宙が生み出る為の世界卵を貪る夢の星。その世を剪定出来ぬ人理の代わりにソウルの霧を流し込み、獣の餌とすることで私の独善による人為的剪定事象を行った」
紅い空の月下にて浮ぶコンクリート造りの浮遊都市。手を伸ばせば月に指先が触れる塔の頂上にて、椅子に座る女が独り。
彼女は白い長髪を無造作に垂らし、血腥い狩装束の儘、本を読む。
冷血な表情で瞬きもせず、静かに五指を動かして頁を進めるだけ。
「悪魔、何か用かしら?」
「今はダイモンの名を得た。そう呼んでも構わないぞ」
「嫌よ。永遠の平和に至った地球を霧に包み、獣の餌にした悪魔じゃない」
「しかし、貴公は私と言う地獄に堕ちた故、その存在が死に至る権利を得た。他のソウルの人格達と同様、根源に還るのが摂理だと思うが」
「それも、嫌よ。人は根源より価値が在るから、私はあの平和な星を作った。狩人として、文明に血を啓蒙した。だからね、それを否定した貴方の業を啓蒙されたいの。
何より、死んで解放されて何になる?
根源に還ってもこの意識は消えず、記憶を持った儘、また私は私を繰り返す。事実、今の私は無数の私を繰り返した果ての私。結局、違う平行世界で生まれた違う私であるオルガマリーに転生するだけ」
「そうか。では、
「そうするわ。私が還らなくとも、根源に私の魂は存在する。私は、また私に戻って私になる意味もない。あるいは、私ではない私の魂を継ぐ違う自分になる価値も失った。
―――で、後ろの二人は何なの?
楔の神殿でも見た事はないけど、もしかして貴方がソウルを奪ってない人達かしら?」
「指の狩人と、火の簒奪者だ」
「ふぅん……―――あっそ。遂に、あの古い獣を狩る算段が付いたって訳?」
「そうなる」
「じゃあ、それだったら……死ぬのも、良いかもね」
「成仏するのか?」
「その仏教用語、私は好きよ。確かに、世を悟ってこの世を去る気には為れそうね」
「人理の世に合わせ、私も言葉を覚えたのだ。しかし、正しい使用で良かった」
「貴方の感傷なんて糞団子よ。で、連れて来た理由は?」
「貴公を見せたかった」
「不愉快」
「愉快な事が、この地獄で起こるとでも」
「その正論も不愉快よ……はぁ。で、こんなソウルの深淵まで来たのだし、見学だけって訳でもないのでしょう?」
「残念だが葦名の終わりにて世界は救われ、貴公は我がソウルの神殿から去り、人の故郷である根源へと還る。もはや夢は醒める、不死ではない故な。それと二人を連れて来たのは関係のある事なのだ。
此処は、狩人の悪夢に浮かぶ月の中。
地上に堕ちた月界都市にして、正夢。
月好きな灰と、狩人の眷属ともなれば、良い感傷が啓蒙されると思いな」
「啓蒙……―――啓蒙ね。今となっては懐かしい脳の刺激だわ」
白い髪の女は立ち上がり、悪魔の横に立つ二人へ近付いた。
「そこの月光狂いは良さそうね。私を見ただけで、此処の月の全てを悟れたでしょう?」
「そうだ。だからな、すまない。人生を覗き見るなぞ、人として不躾だった。人間性を尊ぶのなら、魂に触れる許可を取るべきだったろう。これは人を、獣と蔑む無能者と変わらない無礼だ」
「良いのよ。どうせ、此処は地獄。この程度の辱め、世界を間違えて導いた罰には軽い。
けど、貴女は別の様ね。指の狩人、ユビ・ガスコイン。月の狩人の指から生まれた思考の紐の眷属ともなれば、知り得ぬ事もない癖に、人間性だけは元の人格の儘にされ、感情は生死を悟れていない」
「―――……ぁ、う……」
「泣かないで欲しい。貴女の御両親はもう死んでるのだから、涙を流して何になるの?」
「………ぁ、ぁ……ぁあああ!」
「でもね、人の死を悲しめるのは羨ましいわ。涙の流し方、魂が忘れてしまったから、根源に還っても私は私の悲しみを取り戻せないしね。
だから、きっと私はこう思うのよ。その肉、胆と脳は狩人の瞳を卵にして孵化した指の紐だとしても、その魂は何処から流れて来て、夢を見る器に宿ったのかしらとね」
「でも、それでも私は私の名を名乗れないの。ねぇ、オルガマリーさん……だから、貴女の遺志を私に下さい。
おねがいします、御願い致します。どうか、どうか、私に遺志を託して下さい。後悔も、未練も、きっと継いで私がダイモン先生を殺します。根源に還します。復讐を受け継ぎます」
「残念。こいつが死んで根源に還るなら、誰が同じ場所に何て還るものか。そもそも、この宇宙に流れ落ちた魂が生まれた渦に悪魔野郎が混ざるとか本当に気色悪過ぎるし、この不死が死んで無に還るなら、私は意地でも夢と為って蘇る。
だから恨んで殺して結局、復讐に意味なんてない。どうせ死亡き人を渦へ落とした所で、復讐した相手と同じ場所に自分が逝く訳だし……なら永遠、この宇宙で苦しみ終われない方が素晴しい苦悶よ。還った根源で無に戻り、ずっと苦しむ不死共を嗤ってやるのが丁度良い復讐だわ。ま、私の意識はどうせ虚無に融けても消えないでしょうけど」
「―――ヒ、ヒヒ。ヒヒヒヒ、ヒッヒヒヒヒヒー!」
「止めなさい、ユビ・ガスコイン。発狂しても、一秒もしないで理性が戻るのだから、一秒前の自分が恥ずかしいだけじゃない」
「狂えもしないなら……じゃあ、私はどうしろって言うの?」
「さぁ……瞳が生えた脳があるのだし、自分で考えなさい。
けど血と脳は教えましょう。継がれる遺志こそ、狩人の死を尊ぶ弔いと為り得ます」
気が付けば指は、光輪で魂ごと肉を拘束されていた。何時、縛られたのか分からず、だが此処が固有結界の中だと考えれば不可思議ではない理不尽だった。
そう指が考え付くと同時、眼前の女は自分で自分の頭蓋骨を砕き割り、掌で血塗れた脳を掬い取っていた。
「―――は?」
「じゃあ、お食べ。遺志を、継ぐのでしょう……?」
読んで頂き、ありがとうございました。
葦名に召喚された簒奪者達のほのぼのとした日常回のおまけでした。