召喚され、早三ヶ月。彼か、あるいは彼女である褪せ人は、カルデア生活を人間として結構満喫していた。特に夏休みで人間性が弾け飛ぶ夏の水着特異点が始まる前に呼ばれたのが良かったのかもしれない。
「おぉ、マスター。昏睡状態が醒め、まだ一週間。体調は如何かね?」
「ニーヒルさん、御蔭さまで大丈夫だよ」
「それは良かった。私の野宿壺料理がマスターの魂に良い効き目が出て嬉しく思う」
「そうだね。効き目、マジヤバでした……」
「アレは精力剤としても優秀さ」
「そうだね……敏感過ぎて、歩けなかったね……」
「はっはっはっは! 以後、気を付けます」
「そうやって反省する点、ちょっと他の英霊と雰囲気違うから良く分からない」
「友人になれた殺生院キアラから、俗世に疎い私は常識を学んだからな。
ふふふふふ。死後の今になって社会を学び、大人を倣う。カルデアと言う集団に馴染む為にも、真人間としてサーヴァント稼業に励むさ」
「でも倣う相手、キアラさんだもんなぁ……」
「マスター、彼女に何か問題でも?
見目麗しく、育ちも良く、何より良識に理解在る大人だ。友人としては善き人間性の持ち主だ」
「それは、貴方には無害ってだけだし」
「なら問題無いってことだろう。人は誰しもが身の内に獣性を隠すもの故、魂自体を咎めるのは道理ではない。
何はともかれ、彼女はカルデアにとって善き女だ。心を理解し合うのが難しくとも、行動原理を理解するのは誰にも出来ることさ。元より人間は、人間にとってとても分かり易いからね」
「そうかなぁ?」
「気にしない、気にしない。何より彼女が善い大人な女性でいられる様、それはそれとして自分達はコミュニケーションを愉しむのが人の営みだ。
何より、美人でエロい。会話も面白いし、下ネタも笑ってくれる。いやはや、優良過ぎて怖い」
「――――確かに」
「それに彼女、マスターにはしかりと自重してるから良いと思うがね?」
「油断するとジュワって泡に溶かされて殺されそうだけどね」
「それも否定はしない」
廊下のベンチで静かに壺珈琲を呑んでいた褪せ人は、自然な流れで隣に座り、会話を楽しむ藤丸へ綺麗な笑みを見せる。遂この間、藤丸は意識体を肉体から拉致されて寝込んでいたが、この様子なら心身共に無事なのだろう。
「何はともあれ、君は苦労人だな。マスター、そろそろ次の仕事が舞い込みそうだ」
「―――ウゲ、頻発するな。
貴方の占いは結構良く当たるけど……何それ、未来視?」
「人の魂に絡み付く因果が見えるだけだよ。マスターの場合は何と言うか、指先までグルグル巻きでエグ過ぎる状態で、はっきり言って同情する。
正直な話、死にたくても死ぬ気が湧かず、未来の為に運命に生かされる次元だ。未来を求める余り、足が止まらない」
「それ、本当?
ゲーティアの人理焼却事件も解決して、散らばった残党魔神柱も倒してるっていうのに?」
「カルデアは多分、このまま終わらないと思う。解体話は出てるけど、私は裏技で人間に転生して、ちょっと現世に残って様子見する。
愛着もあるし、出来る事をしないのは無責任だ。自分の運命に対してな」
「人間になれるんだ?」
「人間にすることも出来る。ただ、そう言う魂の倫理に触る外法、他のサーヴァントは嫌いそうだから言わないだけだ。私も友人達から軽蔑をされるのは、心苦しく感じるのでね。
けれどねマスター、君は特別だ。誰か無理矢理にでも人間へ蘇生させたい人が居れば、私に言って欲しい。聖杯に出来る程度の神秘なら、私も可能な事柄が多いからな」
「今は、良いかな。でも覚えておくよ」
「そうし給え。では善き休暇を。トレーニングルームにレオニダス王が居るので、寝込んで鈍った体を筋トレで鍛え直したい気分なら行ってみると良い」
「分かった。ありがとう、行ってみる!」
「どういたしまして、マイマスター」
廊下から去る藤村へ、褪せ人は穏やかな笑みを浮かべて手を振った。壺に入れた珈琲を飲みつつ、カルデア技術部から支給された携帯端末をポケットから取り出してカルデアのスパコンに接続し、ネットサーフィンを軽く楽しみ出す。
〝ニーヒルさん、か……まぁ、悪くない名前だ”
真名など褪せ人にはない。強いて言えば、狂い火の王だろう。今と為っては人型の律であり、運命であり、独立した輪廻の循環そのもの。しかし、それを名乗るのは人命を聞くマスターに対して答えになっていない。なので召喚された直後の数秒間だけ熟考した褪せ人は、愛着のある好きな必殺技の叫び声を名前にする事にした。女神やデミゴッドが可能とする業は基本何でも行えるのが今の褪せ人なので、実際に血の祝福を施し、超広範囲出血呪殺も出来るとなれば、その名を名乗るには充分だろう。
勿論、他の候補も名乗りであったが、昔の知人の名を借りるのは偽名になる。その点、ニーヒルはその時に自分で名無しの自分へ名付けたのもあって、ある意味で偽名ではないので、そこまでの不義理にはならないだろうと言う打算もあった。
「ん……―――」
褪せ人はカルデアの厳重なセキュリティレベルでロックされた機密情報を盗み見し、現状を把握。面倒になれば、時計塔と言う場所に自分の中に取り込んだ暗月の宙より流星群を呼び出し、重力を操って大量の隕石滅ぼせば良いかと判断し、気にしない事とした。
元凶―――カルデアス。人造の星にして、補完された人理の律。
興味本位で狂い火を宿してみたくなる衝動に襲われるも、それは止しておいた。どうやら実際の地球と感応している為、カルデアスが通じる人理にまで狂い火が伝播すれば星の魂は発狂し、褪せ人の混沌律とも人類史が共鳴し、汎人類史が一撃で破綻する未来を見通した。褪せ人は、狂い火の律となった自分の業ではカルデアス破壊は可能だが、それは現行人類種と惑星の終焉を意味する事を理解した。
〝となれば、あの暗い魂も業としては私と同じ。狩人が悪夢を使えば、カルデアスの存在価値を消失可能だが、私より悲惨な未来を汎人類史に齎すだけと。
悪魔殺しならば、古い獣に捕食させることで、人理に影響を与えずカルデアスの消滅も可能だが、ソウルの獣が汎人類史に襲来すれば、そもそも汎人類史自体が意味消失する矛盾が生じる。また悪魔殺しが古い獣と同じ惑星の捕食が可能なまで進化するには、古い獣を狩り殺さねばならないと。
……葦名攻略は、必須だな。
どちらにせよ、古い獣を狩るのは人理も賛同。アラヤとガイアも、自分を直接的に貪る上位捕食存在には消えて貰いたいのだろう”
此処までの話と、此れからの話を見通し、褪せ人は自分の立ち位置を理解しておく。利用する為にカルデアに来たので、その報酬分は人理とカルデアに利益を齎すのは丁度良い協力関係。一方的に搾取しようと画策すれば、ビースト共が人類の生存圏から駆逐される様、褪せ人もまた人理側が操る因果律によって天敵となる死を送り込まれる事となる。
それはそれで愉しめるが、その死闘は最期の御愉しみに取っておけば良い話。
「―――壺で豆を煎る珈琲は、何時飲んでも美味いな」
ベンチに座り、褪せ人は全てに納得して珈琲を楽しむのみ。自室に置いた祝福の前で休むのも良いが、娯楽としての休憩には余り適さない。
「あぁ、分かっているよ。トレント、心配するな。君の魂は私の物なのだからね」
「ブルルル……」
そして愛馬は褪せ人の壺を咬み取り、そのまま珈琲を強奪して飲み干した。色々あり、何でも食べる馬ではあるか、今の不服そうな表情からして一番の好物は変わらず、また褪せ人による手作り料理が一番美味しいのかもしれない。だが思案する褪せ人はずっと悩み続ける癖があるのを霊馬は分かっているので、壺を返した後はまた姿を消した。
―――神狩り。神性持つ者、全てに対する絶対の天敵。
神性由来の防御は濡れた和紙より破り易く、だがそもそもあらゆる生命と法則を滅する高次元の天敵。
その褪せ人が実体のないルーン化し、脳内へ記録情報として保管しておいた遺骸より生まれた剣を取り出す。名は神の遺剣であり、まるで脊髄が螺旋を描いて人を十字にしたような形であり、金属にはない生々しさと神々しさを放っていた。
「―――雑種」
「あぁ、ギルガメッシュ王か。険しい貌をしてどうした。その力み具合、喰い過ぎのトイレか?」
「戯け。
それより、貴様……それだ。その死臭漂う神の屍で作った剣を、このような場所で出すな。悪臭で脳が誤作動を起こし、思わず蔵よりエアを取り出しそうになったわ」
「欲しいなら、上げるが。追憶より、複製品が作れるのでね」
「要らんわ。神の死体なぞ蔵に入れてみろ、他の宝が黄金色に汚される」
「そうか。私は逆に、君の全てが欲しいと思うがな」
「―――……………まぁ、良い。黄金律を誇る我が肉体と貌こそ、美そのもの。貴様が惚れ込むのも無理はない」
「あぁ、そうだな。何分、気に入った魂を人形にする趣味があるのでな。友人の教授に人の愛で方を教えて貰ったが、ここはとても目移りしてしまう。
しかし、下衆に浸る気分にはならない。カルデアは不思議な場所だよ。
君とて私を殺した方が良いと思うのに、実行する気分にならないからね」
「フン。愉悦は魂の形で在る故、貴様の娯楽を愉しむことを否定はせん。
だが、分かるな?」
「なら、次の特異点に君は来るべきだ。
人間を統べる王を自認するなら、彼等こそ人間性そのもの。喜んで、君からの死刑たる罰を受けるとも」
「星の眼も、アラヤの監視も消えた場所だ。無論、我が眼が何も見えぬ。故に分からぬが恐らく、宙より来た獣が起き、灰と名乗る人間の残骸が思案する計画……それの最終段階に入ったのだろうよ。
其処では英霊なぞ、ただの餌だ。何より、今や存在を維持出来ぬ。
敵は人間から生まれた獣ではない。人間そのものと対峙し得るのは、やはり今を生き抜かんとする人間だけだ」
「残念だ。けれどね、私はマスターに付いて行こうと思う」
「滅びを愉しみたいだけの、貴様がか?」
「君の所為ではないか」
「なに?」
「狂気に堕ちず、恐怖に狂わず、命の危機もなく、正気の儘に他人を害する少数の屑。
そして、君が治めた素晴しき王国民と違い、他人を尊び合う人間性のない多数の屑。
謂わば、王が心の底より王として心身を賭し、守るに値する人の存在価値と尊厳性。
古き人類種、要人が齎し、人々に望まれた死だが、これによって強く在る魂が残る。
これは魔法以上の外法により、根源から呼ばれし魂を自然淘汰する災害だ。ギルガメッシュ王、君の心根は正直で真っ直ぐだ。この世の醜さと汚さに狂う必要がない強き人だ。
だから、分かると思う――多いと言うのは、それだけで気色が悪い。
だから、皆がそれぞれの在り方に合う律を宿すべきだと、私は思う。
私は君の国に理想を見たのだ。人がそう在れるのなら所詮、今のこの様は自業自得、故に自罰の果てなのではないかとね?
人間は頭の悪い猿だから仕方が無い―――その言い訳を、君のような英霊は人類史に絶対に許さない。
何故なら、人は正しく在る魂が有る。神と対峙した君の国が証明した。終わり方に納得する尊厳だよ。
君のような英霊だけが、人に法と律を統べる資格があるように見える。だからもし、私の中のソレを理解出来るのであれば、君さえ良ければ、人へ望みを与える未来があるとは思わないかね?」
「―――戯け。違う英霊でも仲間に誘え。
下らぬ終末思想程度に、この我が乗ると思うか?」
「これも残念な事だが、未来が分からぬ死人では私の願望を分からない。所詮、阿頼耶識が管理する魂の蔵たる座へ還樹した死の無い亡霊だ。
定まった未来への抵抗。誰かが貧乏籤を引き、人間と戦わなければならない。
藤丸立香が今の世を守る為の生贄と為ってしまった様、地獄を背負う責務が偶然によって定まる。
そう言う意味において、アッシュ・ワンを名乗る灰の人はソレそのもの。奴は邪悪を愉しめる悪徳な人間性の持ち主だが、エミヤ親子のような正義の味方を志す人間性を持っていれば、世の為に悪を為す矛盾に苦しみながら全く同じ事を行っただろう」
「偽善者の戯言だな。貴様ら不死は楽しみながら我にとっての偽善を行う故、その本質に慈善しかないからこそ気色悪い。
心底から、人の魂を神と世の摂理から解放し、自由を以て救いを為すか。挙げ句、自らの業による自滅を正しき死と定め、君臨者として人を統べる意義を欺瞞と断じる」
「人の未来に、善い事だと思ったのだ。その為に魂を使うのが、人類種に善い行為と感じたのだ。そう言う意味において、確かに我等のような不死の人間は獣だよ。
善かれと思い、地獄を生み出す魂の化け物。
葦名特異点創造もあらゆる平行世界に住む全人類種の魂を守る行いであり、だがそれによって魂の永劫を証明する神さえも悶え死ぬ地獄が作られた……いや、そんな地獄を地球を生んだ宇宙が求めているのかもしれない。
私はこの暗い宙を旅して結局、永遠の平穏も所詮は永劫の苦悶と等価値だったと言う当たり前な事実に還っただけだった」
「その事実に答えなど―――無い」
「そうだね。だからこそ、君の魂をルーンにしたいと考える」
瞬間、貌が黄色く燃える。黄色の太陽であり、それは黄炎に焼かれる眼球でもあった。賢王の視界にだけ移るその褪せ人の本質は、善悪も人獣も区別無く蕩け合さる集合的無意識の地獄だった。
全てを見通す彼以外には見えない褪せ人の姿。いや、普段はそんな魂自体を偽造し、あらゆる領域の千里眼を無力化し、賢王さえも"普通”の人間にしか見えないと言うのに、今この瞬間だけは千里眼の持ち主に対してのみ正体を露わにした。
「やる気か、雑種―――?」
「いや、良いさ。此処では人殺しを行う気分にならない。人前での見せ付けた殺人行為なぞ、衆人観衆の中で全裸になって何も知らぬ幼子を陵辱するのと同様の恥ずかしい行いだよ。人間性に悖る獣の行いだ。獣を身の内に飼う私とて、ここの善き人等へは善性の建前を守り、罪を犯すと言った羞恥なく接したい。
ギルガメッシュ王……君も、そう思うだろう?
私は、魂を大切にしたいと考える。秩序ある場所ならば、餓えた獣でいる必要もない」
「そうか。ならば、良い。我も所詮、人の身で在る故な」
「仲良くしようではないか。殺し合い等、獣へ堕落すれば何時でも行える些事だろう」
若い婦人に似合う黒い喪服となり、美人だが生気のない女性の貌となった褪せ人は、最初からそのような人間の姿だったと認識を作り直し、賢王の眼からも本来の姿である眼球太陽貌を容易く隠す。
「なのでギルガメッシュ王、どうか私の事はニーヒルと呼び給え。是非とも、仲良くしたいと考えている」
「良く言う。貴様が興味があるのは魂と、英霊の霊基足り得るその追憶だろうに」
「勿論だ。思い出は、とても美しいだろう?」
眼と眼が合い、視線が交わり、褪せ人と賢王の脳が蕩け合う。それは過去であり、現在であり、未来であり、そして魂に宿る原罪だった。
「貴様は……――いや、答えは分かっているか。
ならば最後に聞こう。その熟れた魂、神を愛しているのか?」
「短くは言えぬ。少々複雑でな……長くなるが、良いかね?」
「構わん」
「当然、愛している。嘘偽りなく、五指の手を送った神へ祈り、感謝する。何故なら神は利己的に人を愛したのだ。人を支配する為に王を操り人形にし、因果律へ干渉し、魂が巡る輪廻の環を貪った。君の生まれがそう神に求められた事を、あの国では逆らう事も許されず、血の営みさえも強制された女神がいた。それは神が人を求める故の思索であり、君は血を人へ混ぜる為の道具だったから、その無機質な執着が分かる筈だ。
ならば私も、欺瞞と偽善から膿み出る愛を、永劫の先まで神へ与えたい。
被造物である私からの、造物主への贈り物だ。きっと親である神は、その悪意こそ善い希望だと喜んで頂ける」
「成る程。恨みの余り、もう愛している様だ」
「ふふふはははは……あぁ、そうだな。愛がなくば、此処まで恨み通せない。灰と狩人、そして悪魔も同様だろうよ。
思い煩い過ぎ、恨みと言う感情を愛する程に魂が奇形化したとも言える。それは生き場の無い欲の余り、衝動的に他人を犯す獣の様、復讐と言う行為自体に昂り、価値を見出す変態した精神性だ。
どうしようもないのだ。恨む為、地獄の為、人の世の苦しみを終わらせぬ為、人以外が人を犯して世界を滅ぼすなど勿体無い結末だと思うのさ」
「なら、我からの苦言はない。穢れた悟りの末、羞恥も失い、絶望すら忘我した人間よ……―――愉しめ。
此処は時の果てまで、我の庭だ。
貴様の願い程度、眼を凝らせば其処らで転がっているやもしれんぞ」
「ありがとう、ギルガメッシュ王。思い出せない忘れ物、探してみるよ。
その代わりと言ってはあれで、当然の事だが人の世の為にも、人間の魂そのものより、あのマスターは私が守り通そう」
「そうしろ。ではな、色褪せた人間」
立ち去る英霊を見送り、褪せ人はカルデアの購買部で買った嗜好品である紙煙草を取り出す。酒、女、男、賭博と色々な娯楽を試したが、煙草が一番性に合っていると感じ、今の性別的には彼女となった褪せ人は煙を深く吸う。自作の壺珈琲と一緒に吸う煙草の美味さは別格で、口内がドロドロに臭く汚れる感覚が堪らなく好きだった。
本来は甘い香りがする自分の吐息が、珈琲と煙草の臭いが混ざって鼻腔が気色悪くなる。
しかし、その独特な臭さが癖になる。一種の臭い癖であり、人がこの嗜好に嵌まるのも褪せ人は良く分かった。
「興奮薬でも調合しようか。手早く、人間関係を気にせず、快楽を得られる故なぁ……」
調合師として一級の腕前を持つ褪せ人は、カルデアにも召喚された暗殺教団のアサシン秘伝の薬物技術も理解している。あの探偵も深く気に入ってくれた事を考えれば、カルデアで一番の薬剤師かもしれない。
「悪巧みかね?」
「あぁ、教授ではないか。独り言を聞かれてしまったか」
「良く言う。態と聞こえる様に言ったのであれば、独り言とは言わないよ」
「確かに。では、安心し給え。このカルデアで薬物を蔓延される気はないさ。君がロンドンの街で行った様な、精神を壊した廃人で人々を塗れさせる悪事など考えていない」
「耳が痛いね。金儲けに手っ取り早く、それを確かに私はしたさ。とは言え、あの時代、我が故郷たるグレートブリテンは遠い異国の清にアヘン戦争を行い、インドも利用した薬物経済を国是にしていた故、一言に悪とは言えないと思うがね」
「その通りだ。悪に因り、善を為す。人の業だ。しかして、それは人が獣で在る証明にもなる。
それ故、カルデアで人の心を壊して遊ぶ金儲けは好ましくない。獣の所業を行えば、マスターはとても悲しむだろうからな。
だからさ、それはそれとして君も愉しむかね?」
「結構。あの探偵の御仲間にはなりたくないのでね」
「そうか。似た者同士、脳液の悦楽を愉しめると思ったのだがな」
「可愛い顔をして、裡は悪い娘だね」
「いやいや。君と比較すれば、まだまだ私の脳が生む悪事など可愛らしいものだ。
心の底から私は尊敬しているのだよ、教授。何もかもを殺せば全て解決する蛮族の国より、其方の方が人間に生まれた運命を愉しめそうで羨ましい」
「だが、人の作る国の本質はソレさ。私の故郷もそうだった。謂わば、三枚舌の海賊国家。暴力と策謀に心を躍らせる政治遊びの黒幕劇場。
それが―――善いのだよ。善い国だった。
人が人の為に作った社会と言う脳の遊び場こそ、猿の群れから進化した人間の集団生活だ」
「気がとても合う思索だ、教授。君の話は脳に素晴しく効く。あの探偵との御話と同じだと思う」
「何と言う罵倒だろうか。およよよ、薬中探偵と比較されるなど、君には人の心がないのかね?」
「比較する心が人の証だよ。どちらが善か悪か、強いか弱いか、賢いか愚かか、多いか少ないか、幸福か不幸か、とな。
しかし、私を見張る程に君が興味津津か。
一体、何と比べて危険だと思考するのか。
何はともあれ、マスターへの入れ込み具合は察知出来た。悪で在る故の、愛情か。親愛に対し、人間性の善悪は問われないと見える」
「同感だね。それ、正しくブーメラン発言だ」
「違いない」
「……で、行くのかね?」
「君が行きたいのかな?」
「残念ながら私では無力だよ。マスターの力には為り得まい」
「事実だな。透視した雰囲気、君も狩られていたと思うな。街のルール作りに犯罪王の叡智が利用されている」
「イヤだね、実にイヤだ。新宿で同盟を結んだ嘗ての共犯者から聞いたがね、あの場所にも魔神柱が逃げ込んでいると聞いたけど……魔神柱がまともにいられるような異界とは思えんな」
「肯定するよ。可哀想な魔神柱だ。折角、ソロモン王の神殿から逃げ出したと言うのに、縁有るとは言えあの灰を頼ってしまったのは不運の極致だ。
おぉ……柱は永劫を知り、狂ってしまわれた。
無限に繰り返す不死の因果の中、柱によって聖杯は生まれ、だが聖杯によって柱は呼ばれた矛盾が存在する」
「フン。魂を金銭とする地獄の中の地獄と言える神秘文明だね」
「より根源に近付いた人類文明の形とも言える。魔術師からすれば、究極の楽園だ。神代よりも根源に近く、だが獣が目覚めた今、最も近い故に魂だけが神秘を扱う異界と化した。
残念だが、座に還った君達英霊は無価値だ。魂が律に囚われた奴隷に尊厳はない。私が律の肉細工に過ぎない様に、ね。
ならば英霊諸君、獣の霧に蕩け堕ち、デーモンをソウルから生む情報にしかならないことだ」
「むぅ……――仕方が無いのカネ?」
「激励は受け入れるよ、教授。マスターの葦名行きは見通し皆無の地獄へ落とす所業だ。それへ何も出来ないのは心配だからね。特に君は、人理に影響のないあんな地獄は放って置きたい事だろうに。
……まぁ、カルデアにはとても影響があるけどね。
オルガマリー・アニムスフィアの生存情報を、きっとあの灰はカルデアに態と探知させる故、マスターは古い獣狩りに巻き込まれる因果律に流される」
「―――頼むよ、褪せ人」
「任し給え、教授。それはそれとして、煙草と壺珈琲はどうかな?」
「結構。加齢臭に口臭がプラスされると、若い子には嫌われるからネ!」
「なぁに、頑張って仕事をする人間の臭いだ。マスターは嫌わないさ」
「だからって、仲間に引き込まない事だヨ。じゃ、サラバ!」
「うむ、さようなら」
凄く釘を刺して来た教授を褪せ人は見送り、煙草を深く吹かす。そして、壺珈琲を飲み、気分が程良く高揚し、脳が冴えて思考が晴れる。彼女はお気に入りのベンチから立ち、今日の予定を消化するための目的地へ歩き出した。
刹那―――首に走る刃。
身を隠す場所も暗闇も無いと言うのに、その大きな影は空間自体に溶け潜み、眼前の褪せた人間を斬り捨てる。だが首を死の刃を断てず、恐るべきことに単純な身を屈めると言う動作だけで回避していた。尤も死が付与された獣殺しの一閃が直撃した所で、その死をルーン化して魂から外せる為、あらゆる死が褪せ人にとって無意味であるのだが。
「おはよう、山の翁。避けられそうだから、避けてしまったよ」
「天命を拒むか、褪せ人。だが死を授けられぬ屍へ、首を出せと言うのは傲慢だな」
「勿論だ。きっと君に殺され、魂が根源に流れるのは素晴しいのだろう。根源から生まれた魂にとって、母たる胎の海へ回帰するのは喜ばしい終わりだ。そして、また魂は無に溶け、乖離した個は全体に還り、また人生を循環させる。
新しく始める為の―――終わり。
本当は君も、そうするべきだと思うのだよ。完結した時、人生は報われる。何の為に戦い、何の為に生きたのか、君がそう思った事実は最初の最後に回帰する」
「だからこそ、我は回帰の獣を殺す役目を良しとした」
「生真面目だな。だけどね、それはそれとして首を狙う頻度は下げて欲しいな。最近は一日一回の死告だよ?」
「そうか……―――そうだな。すまない。
我は首が好きでな、斬れぬ物を斬る修練に専心していたようだ」
「案山子じゃないのだよ、私」
「当然だ。案山子の首を落とせ等と言う、天命の音を聞いた過去はない」
「君は霊廟住まいの鐘髑髏男だものね。暇潰しは修練しかないから、カルデアでは私を構いたくなる気持ちも理解出来るけどさ、もっとこう……何だろうね、優しくして欲しい哉?」
「天命、承った。その首、優しく斬り落そう」
「そうだね……君、何だかんだやっぱり斬るよね……―――うん、地獄。
未来軸における確定斬首の精神攻撃、即ち暗殺せずして暗殺による抑止力を実行する手腕。暗殺教団の開祖はやり口が暗黒思想だね」
「成る程。やはり褪せ人よ……―――首を出せ。
死を具現する律の本質、輪廻の為の死。貴様は生死の業さえも魂の因果に宿す。ならば我が頂戴する死もまた必然の死に過ぎず、死の無い混沌の生に意味を見出すことだ」
「一度、斬首を受けた。素晴しい業だった。私の魂は君の業を覚え、ルーンとしても現し、戦灰を編み出した。
運命の死は―――進化する。
全てが律の理。死ねず彷徨う私への慈悲の死は、君が私の魂へ向ける感情は憐憫に他ならない」
「ふむ。仕方が無い理不尽か。しかし、それ故にカルデアへの途に導かれた。あるいは、あの灰が作った葦名特異点を葬る為の必然性。
その因果に堕ちた運命が追い付き、不死共が鐘を鳴らし、死が払われるとは」
「それだけなら、私も簡単なのだけどね。まるで人体から癌細胞を周りの肉ごと切除する剪定者と為るなど、咎を背負う生贄役に過ぎないけれども、罪悪感を理解する倫理観を私はまだ棄ててはいない。
一番始まりの、普通の人間の感性を捧げる程、混沌狂いではないさ。
まぁ、それを分かった上で狂気に奔りはするも、それもまた人間だ」
「否定はせん。暗殺の道を選んだ我とて、この信仰が他者の狂気を奔らせるのは理解していた。我の信仰が、善意の民を信仰へ導き、教団の暗殺者となる宿業を少年少女に宿らさ、未来にて殺人の咎を背負わせる。
しかし、暗殺を良しとするならば、命と共に殺した者の未来も魂魄で継がねばなるまい。
鐘の音とは、遺志である。晩鐘を鳴らし、忘れず、死は永遠。ハサンの全てを我は継ぐ」
「やはり人間は素晴しいね。君の死は、とても美しいのだよ」
「………――貴様もまた、人間なのか?」
「何処まで行っても結局、何も変われなかったさ。何も得られなかったよ。
……君は何か、その業で変われたのか?
信仰への悟りを得ようが、魂が魂以外の何かへ変異する事はないだろう。
魂は永劫、魂の儘だ。より上位の視覚、高次元に届く視野を得ても、見える世界が広く遠くなっただけだった」
「故、晩鐘の音が聞こえる。だが、死の因果へ届かぬか……」
「なら君、死に給えよ。繰り返すのだ。そう在るしかないのだろう?」
「修練がまるで足りぬ。信仰がまだ未熟。未だ我が身、成長過程に過ぎぬ。貴様の律を垣間見、己の中の至らぬ何かをカルデアを通じ、死の途より解しよう」
「お互いまだ、この業を鍛え始めた理由には程遠い訳だ」
「そうだな。ならばせめて安らかなる死が、その魂に訪れる事を我は願う」
「ありがとう、山の翁。君はとても、優し過ぎる男だね」
「さらばだ。信仰の過程で消えた葛藤を死の淵より思い出せる故、貴様との問答を実に有意である」
髑髏姿の死は音もなく、影となる事もなく、自然と空間に溶けて消える。存在感が零になるのではなく、暗殺者は境界の狭間に消え入る。彼にしか分からない境地により、心と共に体もまた人の認識領域外へ渡り去った。
〝神へ祈る死の信仰者か……―――真実と欺瞞、見分ける悟りを経た狂信。
この星が生む神の実体を考えれば、神話は人の魂と等価値で、全て人の祈りそのものに過ぎないだろうに”
だからこそ、祈るのであり、祈る価値がある。褪せ人は完全律に届いた金仮面卿を思い出し、この星の律である人理から視座の揺らぎの一切を排し、完全無欠永劫不変の管理者に作り変える発作的な衝動を得る。剪定事象と言う理不尽もなく、繁栄以外も許す人の心無き無機質な世。
そんな世界の神を星の魂から作れば、平等に不幸で、理不尽に幸福なのだろう。
幸せでなければならないと律が決め、誰もが正しく幸福な時間を得られる事だ。
「まぁどちらにせよ、獣の世だ。人の魂、この宙の中では永遠に救われないか」
褪せ人は態と独り言を漏らし、今日も首が付いている事を嬉しく思った。死ぬのは娯楽に過ぎず、死を刻まれた所でルーンとなるだけだが、ある程度の感動を褪せ人は心で味わえる。
そして、マナー違反な歩き煙草を再開。褪せ人は唇を窄めて煙を輪っかの形で吐き出し、魔法陣のようにエルデンリングを空中で作る。其処へ魔力が流れて因果に干渉し、運命を自分の思念で歪ませ、盗み見た未来を強引に手繰り寄せる。
数分後、誰もが見れず、認識出来ない異空間にて狂人が一人、交信する姿。
褪せ人は感知出来るが、夢と現の狭間の場所にて月光が照り、絶叫する声。
「オルガマリー所長。あぁ、オルガマリー所長。どうか、瞳を。どうか、白痴の血へ届かぬ私に叡智を。
あぁぁぁああああああああああああああああああああああああああぁぁあぁあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああ!!!!!
獣の血。途絶えた未来。今は空に沈み、過去は海に上がる。
宙より来たりし獣の環が啓蒙し、枷は外れ、人は人と為る。
我等に智を。我等に血を。我等に痴を。白痴の夢を脳に授けよ。
もはや無駄か。全て、無駄か。星の夢に寄生する感応する精神。
貴女は夢だった。貴女が悪夢であった。貴女こそ我が啓蒙されし神秘。
届かぬとも足掻き、至らぬとも彷徨う。私は貴女の脳髄を暴き犯す蟲。
学を唄い、神を諭し、人を生す。夢見る我等は学術者にして信仰する瞳の穢れ。
ならば私は諦めぬ遺志を継ぎ、諦めず夢追い、悪夢に彷徨い、先人に刃を下す。
あぁ……あ、あぁ……ぁ、ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
導きのオルガマリーよ、どうか阿頼耶識に感応し給え。
どうかどうか、人理の上位者を胎内に孕み、星と為れ。
赤子よ、赤子よ、人を呪え。悪夢の呪詛を祈り、祝え。
寄生する精神。人を進化させる夢。上位者と為り給え。
人は獣。宙に住む生命もまた獣。何もかもが獣に過ぎず、宙の外から獣を呼び、命と夢の本質が獣。魂が獣から生まれたのならば、全てが獣性を孕む母の業。
この宇宙たる生命の海は、星を生み、命を生み、夢見る事で克する業を魂は得た。
君こそ星だ。星見の狩人、オルガマリーよ。ソウルの業を夢見て、夢追い、カルデアに帰還し給え」
特異点の地獄に感応し、瞳から感涙する少女姿の狂気―――魔術師、ミコラーシュ。
カルデアに来る前は人形狂い、夢追い人、人攫い魔、傀儡遣いと呼ばれていた狂魔術学者であり、神秘狂いの学術者。先祖の神秘を継ぎ、その遺志も継ぐ彼女はチェコで亜種聖杯戦争を画策した悍ましき化け物であり、だが所長によって人道に改心しただけの腐れ外道である。同時に人理焼却を解決した現在は技術部開発課課長であり、神代も含めた遺伝子工学の最先端を行き、今はマシュ・キリエライトの資料として研究することで、集合無意識が見る夢である英霊の座、即ち境界記録帯の仕組みを完璧に解明した魔人でもあった。
「昂揚しているね、ミコラーシュ女史」
「エルデンリングではないか。あぁ、ダークソウルに続いて夢の本質と対話が出来るとは、やはりオルガマリー所長は全てが正しかった。オルガマリーのカルデアはこの世で最も優れた学術組織だった。
私はね、君の律を夢見たいのだ。指が悶える混沌の律を貪りたいのだ。
人理を救う事業。それで過去の罪を償う事が、私に最大の利益を齎す。
交信する。人と交信する。座と交信する。世と交信する。私が交信だ。
愛しているんだ、オルガマリー。君の夢ばかり私は命より啓蒙される。
エルデンリングの狂い指人より、やっと君が灰の揺り籠より帰還するぅぅぅうううゥゥファンタスティック!!!」
「あ、腕がL字から逆L字になっていくね。何か得られたのかい?」
「―――瞳だ!!!」
「もっと私から上げようか?」
「―――ファァァアアンタスティッッック!!!」
褪せ人は自分の目玉を指であっさりと抉り、熟れた葡萄の果実みたいに爛れた黄色の眼球を狂学術者へ渡す。彼女はエデンの園で食べられる知恵の果実よりも極上の禁断を手に入れ、親に頭を撫でて貰う幼女のような素晴しい笑顔を浮かべた。
口内へ入れ、奥歯で一噛み。
ぶちゅり、と瞳が弾け飛ぶ。
瞬間、黄色の星が全てを照らし、瞳が星を直視し、月の宙が狂い混ざる光景。
「叡智が、甘い。褪せ人よ、もっと欲しいのだが?」
「なら君さ、分かってるよね?」
「何と、生贄か?
今は清く正しいサーヴァントが多く在住していてな……ジル・ド・レェを代表とした狂人さえも人間的に生活し、過去の獣性を封じている今、そう言う行いは人間として恥ずかしく思う。
私とて人間、集団生活を重んじる精神を持つのだよ?
思春期で性欲を我慢出来ないのと、そう大差ない未熟さだ」
「違う。技術部が生産してる煙草だよ」
「それは、世界を救う為なのかね?」
「あっひゃひゃっひゃっはっはあははははは……はぁ、皮肉が好きで君はいけないね。そんな臭い台詞、心より話す程、不死は純真ではないよ。私も含め、ね。
古い獣の狂気から世界を守り続ける悪魔や、人の魂に在るが儘の自由を与えたい灰と、夢見る人間の意識を人類種外の精神感応から保護する狩人を知る事で、欺瞞が真実と錯覚しているようだ。いやはや、あの不死者等も行動の結果はそうなるだけで、そうすると人間共の阿頼耶識が操る因果律を良い様に利用出来て便利って感じで、謂ってしまえば下品な性談義以下の価値しかない話題だ。
それを真実だと自身に唱えば、今までの全てが欺瞞に堕ちる。けれど、頭を空っぽにして話せる馬鹿話はするだけで愉しいもの。所詮、それが人間性さ。
あの人間達からすれば、救世は魂が夢見る為の手段に過ぎないのだよ。結局、自分の魂が生きる事を感動する為の、あるいは嘗て感動した理念の為の、自分が人間で在る真実を証明する為の理想だった」
「おぉ、であれば煙草を吹かすも、世界を燃やすも等価である。
……ふむ。そちらの方が、臭い台詞では?」
「君、それを私は言ってないよ。ま、良いさ。私、息が
とのことでメンシスブレス、下さいな」
「良いだろう。受け取り給え、
「うるさいね。脳細胞が爆薬になる程、神秘を啓蒙するよ?」
「素晴らしい!」
そして、褪せ人は檻マークが印された煙草箱を受け取る。身体に悪そうでいて、脳には良さそうな味がする独特な煙であり、彼女は技術部産の品種改良されたタバコで作られた煙草が好きだった。
娯楽は善い。精神に作用する薬物は、とても手っ取り早く快楽を得られる。
調香師の業を学んだ褪せ人にとって、薬師の技法は知り得て当然の常識だ。
一発薬物を決めて、心身の戦闘能力を強化するのは当たり前な戦術である。
「では、これを」
「ありがとうね。じゃ、私の目玉をもう一個」
「ファンタスティック!!」
夢見る瞳の中で偏在する狂学術者から離れ、現実となった煙草箱を手にして褪せ人は立ち去った。どうも今日は色濃い人物達と邂逅し易く、妙なイベントが多くて愉しく感じた。
どろり、ドロリ、どろどろ、と瞳が爛れる。
視界に映る全てを蕩けさせ、混ぜ合わせ、爛れた混沌の世を幻視する。
だが人を見ただけで命を阿頼耶識から外して狂わせると、その運命を管理する人理まで狂気が伝播し、何もかもが狂い出す。広がる病魔に命が感染し、魂のパンデミックが引き起ころう。
「ハァ……―――忍びないな。そう忍びなく、勿体無い。それだけの話だ」
思いを強引に言語化し、それを自己暗示として使い、褪せ人は蕩け爛れる眼球を魔力で練り固める。数瞬で通常の人間と同じ目玉となり、誰が見ても普通の人類種の貌となる。修道服が似合う美貌に戻り、
―――何を求めていたのか。
最近の褪せ人は、カルデアに来てから毎日考え込む。何せ平和にして平穏。娯楽に遊興、鍛錬と修行。趣味の道具作成と携帯食調理。人間性が富む素晴しき人間関係と、コミュニケーションスキルの上達。
「人を地獄に落とす時、あるいは世に地獄を作る時、せめて魂は真摯で在りたいものだ」
呪われた独り言だった。呪詛を垂れ流す言霊だった。僅かばかりの悪意が周囲に伝播し、呪いのルーンが漏れ、人理と言う律を脅かす因果が人体から露わとなる。褪せた黄金、黄色の狂い火が瞳に灯る。人理焼却よりも悍ましく、惨たらしく、だが滅亡を殺す絶望の未来を確定させる脅威が具現し掛かる。
身の内に獣を飼うエルデの権化。別れた全てを統合した五本指。黄色の狂った混沌律。
ふと褪せ人は接ぎ木がしたい気持ちとなった。家族でも良い。あるいは腐れ湖の蔓延。
命から命は誕生する。人理が腐れ落ち、新たな人類史から生まれる生命の歴史が悦楽。
ならば、あらゆる可能性を混ぜ合わせる。剪定された人類の未来が蕩け、未来を得る。
「ニーヒルさん、廊下での歩き煙草は禁止です!」
狂笑が零れ落ちる直前、褪せ人の歩みを止める声。
「……あぁ、そうだね。すまないね、マシュ。
どうもカルデアでのマナーと規律にまだ為れず、迷惑を掛けてしまうようだ」
「いえ、分かって頂けたら構いません……あ。吸い殻は発火する可能性があって危ないですので、普通の燃えるゴミに捨てるのは駄目ですからね」
「承知したよ。人里離れた寒冷地で小火騒ぎなんて、面倒極まるからね。ほら、ちゃんと携帯灰皿もあるのだよ」
「もう……危機管理意識はしっかりしてますのに、違う部分は無頓着なのですから」
「日々、学びだよ。新しい文化は脳へ善き刺激となる。歩き煙草、駄目絶対。覚えた覚えた。
大丈夫だ、マシュ。明日から頑張るよ。凄く頑張る、とてもね。マナーは人間関係の根底だからね」
「うわぁ、気のない返事ですね」
「煙草、良いよね。体が煙を求めている。脳が白濁として閃きを得るのだよ」
「―――中毒です!!」
「仰る通りで、マシュ。人類学、より学ぶよ。喫煙方法も何処かの大学の教授が研究し、論文にしていることだろう。
ところで―――吸う?」
「吸わないです」
「そうか。吸わないか……ふむ、美味いよ。吸わない?」
「吸いません、絶対」
「残念だ」
善悪が境界線なく混ざる価値基準を持つ褪せ人は、思考にブレーキがない。マシュに煙草を進めたのは断られるのを前提条件とした軽い冗句であると同時、気の迷いで受け入れたら平気で相手をニコチン中毒にする親切心も持つ。
褪せた常識と価値観が、他者の正気を色褪せさせる。
取り敢えず、今日は廊下限定で禁煙しよう。そう褪せ人は考え、何時も通り平穏な日常を愉しもうと意気込む。
〝人理。人類史。星の魂を殺す阿頼耶識。
予め定められた運命に抗う為の獣。未来を求める意志こそ人理が生んだ獣性の根底”
カルデアを創設した人間の思い。そしてカルデアに収束する獣達の想い。
偽造された星の魂―――カルデアスの『全て』を見通す褪せ人は、神が宇宙のルールを利用する様、人間もまたその神秘を悪用するのを最初から理解しており、人が先達者である神と同類の知性へ為るのも分かっていた。
根源と言う高次元資源。
世界が内側にある理由。
星となった律は、知る。
地上で起こる全ての元凶は人間であり、やがて未来の人間へ因果が戻るだけ。
〝私は混沌の遺志を継ぎ、三本指は二本指を喰らい、元の五本指へ戻った。始まりの、竜王の時代の五本指だ。けれど壊れた律が元に戻らず、私の五本指も壊れている。
だからメリナさん、今から君の所へ行くよ。
今度は私を殺せる程の死に、君の運命は成長しているのかな”
運命の死。それは命を殺す毒はなく、死と言う運命を魂に与える因果律の確定。故に神の永遠を否定する為、世界が運営する法則そのものを破壊する歪みとなり、宿した律を自分に融かして混沌律自体と化した褪せ人も何時かは滅ぼせるだろう。
無論、そうなれば人類史も殺す死となるのが必然。
根源と繋がる事で、その存在が未来に辿る内包された死を発現させる直死の魔眼。それと違い、死そのものを魂に刻み込むルーンの本質こそ運命の死。
〝今のメリナさんなら、きっと不死以外に例外は無い筈ね。
――死だ。
皆、死ぬ。素晴しい、死。
死ねぬ我等、死して宇宙から解放され、宙に輪廻する魂を呪わずにいられない。
ならば、この暗い宙に囚われた我等、律を修復する意味を見出す遺志を継がぬ。
きっとこの星は呪われている。星の魂は人間に祈られている。輪廻する故に永劫で在る死を未来とした魂、その最期は根源と言う故郷に還り、またこの宇宙に捻り出される連続性こそ、死を繰り返す永遠”
―――狂気と正気が蕩け合う意識。
「何処もかしくも、宙の内は地獄塗れか……ヒヒ」
褪せ人は何もかもが見れた。カルデアで生活していた灰の軌跡を過去視し、汎人類史が守るに足る人理の律だとも理解する。宇宙の外側に広がる虚無を魂の本質とし、無に還る為に宙へ堕ち、低次元で命を学び、宇宙を観測した魂が根源へ流れ落ちる事実。
人間と言う現象の真実。魂への呪いと祈り。
それが灰が悪魔の理念に協力して、人の魂を守る意味だ。悪を為してまで生かす価値でもある。
やがてその事実を人間が理解した時、人は星から旅立ち、この宇宙と言う仕組みに挑むだろう。
灰が守りたいのは、人が魂を自由とする未来の可能性。永遠の幸福と永劫の苦痛は等価となる。
褪せ人はそんな灰の遺志とカルデアで共鳴し合った。古い獣を宙の外から呼んだ要人の罪を清算し、ソウルの業を人の魂へ完全に簒奪する。人の魂は更に進化し、虚無より暗い闇の底へ深化する。
「ラダーン将軍に倣い、私も星を砕く運命を選ぶよ……メリナさん」
読んで頂き、有難う御座いました!
DLCがそろそろ出ると言う願望を祈る為、エルデンリングをまたやり始めるこの頃です。ヒロイン蛇娘、ゾラーヤスちゃんは可愛いですね。エルデンのDLCの後はまた新作が出ると思いますが、その次のゲームも楽しみです。