―――太陽万歳。
葦名支部医療教会、大聖堂。美しい建築物。人が神を夢見る為の空間であり、人が神を象った被造物でもある。
「―――――」
人差指の眷属。指の狩人、ユビ・ガスコイン。彼女は人間が神を妄想の中で模して作った本物と関わりがない像の前で跪き、両手を合わせ、真摯な姿で祈る。
人界、葦名特異点。地獄。古都の悪夢。簒奪者達の灰都。核熱戦争後の廃都。
目を瞑りながら教会の天井を見上げ、瞼も屋根も透視し、深夜の夜空を見る。
暗い太陽。闇黒の火。綺麗な夜空と言う絵画を宙に描き、太陽は闇に隠れる。
同時、月の狩人の人差指の紐であるユビは、宇宙深淵全てが啓蒙され、絶望。
己が永劫の悪夢であり、宙の熱量は有限であり、この宙が自分より先に根源と言う現実へ目覚める事を理解し、宇宙よりも長生きするこの魂に恐怖する。
「―――酷い話だよ。
月の悪夢から生まれたのに、恐怖する心がある何て」
「だよね、酷い話じゃん?
でもユビ先輩が描くその絶望に歪む顔、悲壮感たっぷりで超可愛いよ」
「同じ眷属風情が、私を語るの?」
「自分語りと言う訳だね。でも、眷属って言い方は寂しい。何より、利休のソウルから学んだ詫び寂びの感覚じゃないね。
ケ、イ、モ、ウ。私は田村ケイモウって言うの。
カルデア救世主信仰を愛する宗教政党、啓蒙共脳党党首って言うのは知ってるじゃない?」
「気色悪い事をする。アゴニスト異常症候群罹患者を、そうやって理想を唱えて操るの、医療教会の屑共と変わらない」
「人間に、亡者も罹患者も、一般人も異常者もないの。人間は人間なの。見ている現実は脳が見る仮想現実で、五感が脳内で交わって情報より今を作ってるだけ。
誰だって、そんな脳が見る現実から救われたいの。
だから人間、夢見るだけで救われるのよ。何てお手軽に救える安い生き物なんでしょう。実に安価で素晴しい作りだと思わない?」
「思わない」
「うん。分かってるよ、ユビ。此処はソウルの業が支配する神秘異界。汎人類史みたいな安っぽい物理的な脳内現実じゃないし、魂が魂で見る本当の現実なのよね。
なら、不可思議な話じゃない。
祈った所で両手が塞がるだけ。
こんな人間が作った聖堂で思い煩っても、貴女の脳は救世を夢見れないよ」
祈るユビの耳元で絶世の美少女顔の人物―――ケイモウが万人の心を蕩けさせる甘い吐息を当てながら、野太い男らしい声を吐き出していた。
「月の廃棄物……廃人形が、夢を語るなんて片腹痛い」
「私は夢から生まれたの。だから、夢を夢見るの」
狩人の夢に住む人形と同じ服を着る廃人形は、仕込み杖を紳士的に使い、カツンと床を突く。その結果、動物の皮膚が捲り上がって血肉が現れる様に大聖堂が剥がれ上がり、生き物の臓物の中に居るような異界常識が世界を支配する。
気色悪く、気味も悪い。悪臭が漂い、肺が腐る程。
「………――――」
「あら、ユビ。その驚愕する雰囲気、勉強不足が露呈したね。思考の次元が低い馬鹿は呼吸してるだけで見苦しいんだから、ちゃんと神秘も学ばないと駄目よ。
これ、結界魔術って言うの。固有結界でも使われる魔術理論・世界卵を利用してるから、擬似的な固有結界でもあるけど、ちゃんと説明するなら侵食固有結界って言った方が正しいかな。
ちょっと最近、喰った魂の心象風景を混ぜ雑ぜして、絵画を書くように結構好きな世界卵を妄想出来るようになったの。人間の魂を絵具代わりにするのって難しそうだったけど、協力的な灰さんを手軽にちょいと殺して業を簒奪したら、結構簡単に出来るようになったのね」
「―――貴女、ただの眷属の狩人じゃない?」
「どーだろう……そーだろうかな。ま、良いじゃないの、ユービせーんぱい!
実はこれ、変異亡者化現象を起こした人間を塊にして作った世界なの。例えば、この間の孤児院で起きた集団発病で誰かさんに殺された子供たちとかね」
「…………」
「あらー怒った顔もカワイイ~」
ダン、と
「残念。此処はイ”っちゃえば、再誕者の心象風景って所ね。上位者を甦らせる思索から私が得た思索……何て言えば良い謂い方だけど、まぁトゥメル人を利用したメンシスマジックの猿真似なんだけどさ!
葦名市民で遊んでみて、脳を繋げて悪夢を見せてみたけど、得られたのはこんな夢の回想だけ?
いやぁどうだろう、この夢見る心からもう少し先の魂が見られそうだけど……うぅーん、でも魂の先で見れる程度のって発生源の根源ワールドだけだし、宇宙を夢見る真理も良いけど、最初から終わりが決まった答えなんて興味ねぇのです。
でもぉさ、それはそれとして旅するのも浪漫じゃん。其処ら辺、どう思うよ姉妹?
宇宙が許したから私の魂が私と言う知的生物の命を得たのなら、この地獄って結末が孤児院の子の答えとなるなら、これが視点が違う脳が見る宇宙のカタチになるとは思わない?」
「宗教思想での思索遊びに、私を巻き込まないで。この狂人」
「うっひっひひひっひ。ヤーナムでも日本ってそれなりに名の有る土地じゃない。折角の旅行なんだから、何もかもをタノしみ尽くさなきゃさ、呼吸してる時間が勿体無いよ。
そうそう、この勿体無いって感覚、日本人が持つ自然信仰を根底にする民族心理を理解しなきゃいけないんだよ?」
「その程度は分かるよ。神話にある天皇家以前の、縄文時代の宗教観念でしょう」
「それ、その信仰理念こそ、葦名の神様ーズの本質だよ。元より、人間が作ったナニカを祈る対象にするのは邪道も邪道。況して人間を神とするなど、余りにも外法。先史文明に生きた日本人にとって祈るに値しないのさ。
私はそれが好きでさぁ……葦名の古い神は、カタチのある神を犯すのよ。
上質な神秘そのものって言うか、私が思うに上位者オドンに近い性質かね?」
「…………」
「睨むなって、指パイセン。何で此処で話を戻すと、この固有結界は真性悪魔のやり口を真似た我流の神秘って訳なのよ。
夢見る脳が見る現実。分かり易く言うなら、仮想現実って感じ?
あー……ユビちゃんは仮想現実って分かる?」
「分かるよ」
「じゃ、此処はそんな所。死んだ命を経た魂が夢見る死の世界ってことさね。既に脳を持たない残留思念に魂が宿り、それでも死者が繋がり合って夢見る現実の光景ってこと。
実に、興味深い。生前と死後の世界である根源を魂は知っているのに、経験した人生が持つ視点によっては死後の世界がこうも様変わりするとはね」
「此処の連中が、そうさせただけじゃないの……」
「でもでもぉ……それを美しいと宙は夢より地獄を観測するの」
ぐちゃり、ぬちゃり、ぐにゅじゅ、と一歩進む度に床を踏むと気色悪い音が鳴る。
「つまり、簡易的な思索実験ってこと。上位者の眷属である私は、この葦名で古い神を血で理解する事が使命なのよ。
勿論、暗い魂の血との反応の方も同じく大切な人体実験。きっと人間、脳をとことん進化させれば、何もかもを理解出来る生物になれると思うんだ。
そうすれば、脳神経は銀河系と同じ煌きとなって電気信号を放ち、宇宙が描く太陽生命樹の曼荼羅が頭蓋の内に拡がるの」
「太陽……?」
「んー……あれだ、量子力学って分かる?
いや、分かってるに決まってるか。現代物理学は習得してるもんね。まぁ、真エーテルが宇宙法則は更に加わるから、ちょい厄介なんだけどさ。
ほら、宇宙が出来た後に生まれた巨大恒星、要は最初の太陽が出来て、その火がボンと弾けてさ、色んな原子を作って、星と生命を作る物質を作ったのは分かるじゃない?
物質創造の原理って話。この物質界において、世界に生まれた宇宙がエネルギーに形を与えた後、その物質自体が今の多種多様な種類に進化した絡繰だよ。簡単な話、宙で燃える火によって宇宙内部で物体は生成されたのよね」
「………物自体が、進化したってこと?」
「当たり前じゃない。そもそも生物を構成する有機物だって、大昔に弾け死んだ太陽が作ったのよ。太陽の火がなければ、この宇宙はただの水素ガスが充満する空虚な風船って話じゃない。宇宙が生んだ最初の物質を、太陽の火が此処まで増やしたの。
私はね、それを知り得たいのよ。
因果律を解剖し、宇宙内部をそうした理屈を見てみたい」
廃人形は爛々と瞳を輝かせ、視線で以って指の狩人の心を冒涜する。精神解剖を愉し気に行う。
「私達にとっての最初の火、宇宙の何処かにあるのよ。最初の太陽が、宇宙暗黒なる深淵で輝いている。我々は太陽の残滓なのさ。
その魂を葦名にて、ワタクシは啓蒙されました!
灰達が火を手に入れた様に、私は私で我々を生んだ最初の火の、その星の魂を貪り尽くしたい!」
―――恐怖。
「あぁ宇宙よ――――!」
きっと出会うべきではなかったのだと、夢見る瞳が彼女の脳を啓蒙した。
「どうか生命を生んだ魂よ、根源より魂を求めた暗き宙よ、貴方を美しいと感動する私を御照覧在り給え!」
輝ける星から始まった銀河系に思いを馳せ、地球人として廃人形は宙を夢見る浪漫に耽り、クルリクルリと一人回って踊り狂う。
「宙に生きる全ての命に祝福を。
根源に還る全ての魂に福音を。
我等の悪夢がきっと、貴方が魂を望んだ世界を解剖します」
魂を、徹底して魂として観測する思考。根源を観測した後、尚も湧き出る知的好奇心。
悪魔殺しの悪魔が、古い獣より守ろうとした相手を理解してしまった。灰がそれに協力する理屈も今、指は辿り着いてしまった。
「人の魂を守るって……そう言うことか」
「あぁ、その閃きこそ脳の進化よ。指のユビ、ユビ・ガスコイン。宇宙の外側から獣を呼び込んだ人類種の罪、それは要人と言う自滅因子に対する人間からの贖罪。
既に滅んだ古い話の因果でも、終わらせないと永劫に償い続けるしかないじゃない?
剪定事象程度の自浄作用じゃ、古い獣を無かった事には出来ないの。悪魔殺しは人間と言う生命を無駄にしない為にも、太陽が生命を作って魂の楽園となった宇宙を崩壊させない為にも、人の業が宙に生きる魂を貪る暴挙を抑えないといけない」
「でも、貴方の邪悪が許される訳じゃない。宗教遊びをする教区長も貴方と同じ悪い人で、医療教会は嘘吐きだけど、彼は本心より真面目に罪を犯してる。その罪科が、きっと自分の魂に善い行いだと思い、悪魔みたいな好奇心を大事にして周りの人達を地獄に落とす。
けれど、貴方は全然違う悪人。遊びたいだけの、宗教詐欺師。
なによ、啓蒙共脳党って。ふざけてる馬鹿の考えじゃないの」
「観点が違うの。彼は宗教を思索の為の道具にしただけで、信仰心も組織運営の動力源に利用しただけだわ。
私はね、この世で生きる魂の働きを良く見たい。人生を通じ、根源から生まれるその情報動力源が、一体どんな理由で宇宙に存在するのか……宙に何を求められているのか……どうか、私の思索を通じて知りたいだけなの」
「貴方、根源に還れないのに?
私と同じで結局、夢見る月の脳にしか居場所はないんだよ」
「だからこそ、知りたいの。宙を夢見る高次元……魂の作り方、元より原材料は何なのか、そもそも魂は最初から魂なのか、私は私で在る真実を何一つ理解出来ていない。
この宙の命が、火の死から始まったのなら……あるいは、死の世でもある根源における更なる死を、私は啓蒙されなければ疑念ばかりが膨らむの。
これは、その為の一歩。生まれた価値を、私はこの魂に証明する。
ユビ・ガスコイン。貴女は貴方の思索に殉じれば良い。月の狩人の思惑通り何て肉細工に甘んじないでさ、あんな糞野郎の思索に付き合う必要はないし……そもそも貴女が自由で在る事を、狩人は望んでもいる」
「―――嘘」
「嘘じゃない。ホント、ホント。ま、全部じゃないけどネ!」
直後、床から人間が出産される。裸の少女が一匹と、少年が五匹。
「見覚え、ある?」
「………」
「ソウルって不可思議だよね。魂、肉体、精神は巫女の死で滅んだけど、死後の魂は特異点に捕えられてるから、ちょっと夢を通じて肉を与えてみました。んで魂って精密な記録が刻まれていてね、それを遺伝子みたいに使うとこんな感じで結構楽に第三魔法が使えます。
宙から来たあの狂い巫女は不死者を殺せるけど、ソウルの異界で魂を消失出来る訳じゃない。
そもそも無の次元から生じた魂を、無から完全に消す何て矛盾が可能な業は有り得ないから」
「何、するつもり……?」
「病名、アゴニスト異常症候群。とある平行世界を観測した灰がつけた社会用の名でね、魔術的には変異亡者化現象って言えば良いかな。死徒の言い変えで、非徒って言うのも良いし、太陽に焦げて適応したのは火徒でも良い。ま、名称の案は沢山あるんだけどね。簒奪者共も正確に謂うと、あの灰が始めた葦名幕府濃霧管理局による計画で、薪の兵って言うのだけど、今は流行りから廃れて普通に簒奪者って言ってる。
あ、話が逸れた。まぁでも情報は多い方が良いし、覚えておいてね。
私は月の思索馬鹿とメモリを共有してるから、あの腐れ外道が観測した魂も理解してるし、その存在を正しくも理解してる。で固有結界の中な此処は、つまりはプリティなマイブレインスペースでもある訳なのであーる」
「輪廻させる気ね」
「うん、
ので、
「………」
ぶちゅり、と特に意味がない死が生まれる。両手で捻り潰す雑巾絞りのように、子供が捻れ回った。
「貴様―――!」
「大切なのは視点なのです。ほら、見て下さい。古い獣の濃霧を食べ、ソウルの業を解した私はちょっとだけ頭が良くなりましたので、生命起源も理解出来ました。勿論、宇宙で物質が生まれた原理もな。
英霊のデーモン―――アンリ・マユちゃんです。
何を以て人理が葦名に派遣したのか、余りにも分かり易いソウルでしょう。人間性を尊ぶのであれば、これ以上の適任はそうはない。他人と言う悪がいなければ善性に酔えない信仰と人徳、人の死が素晴しき未来だと錯覚する精神は得られまい」
英霊のデーモンが固有結界内で誕生する不気味。そして即座、そのデーモンの頭蓋骨を創造主である廃人形は鷲掴み、ソウルを貪り尽くし、殺した。
―――死ね。呪う言葉。絶対殺人権。人殺しの悪魔が願われた誕生理由。
「人間性を理解する為に、そもそも人間性がなくてはならないわ。感受性豊かな脳機能が必要なの。貴女も私も、あのイカれた糞狩人が葦名に設置した生きる脳波塔でしかないのよ。
古都の悪夢でアンリ・マユちゃんを見ても、実験患者の一人にしか見えないでしょう?
でも、それで止まると観測機能がゴミじゃん。無駄だし。だけどね、貴女は葦名でアンリ・マユちゃんの精神に感応して、脳がちゃんと呪う遺志を悲しむ事が出来るって訳じゃナァイ?
―――愛と希望に感動する心!
人類愛なくして、悲劇に価値は生じない!!」
「此処は、楽園だ。人理が管理する汎人類史、素晴しく過ぎて堪らない!
星よ、人に夢見る心よ。星そのものの人間性を啓蒙され、古都で足掻いた私の苦しみが人類種にとって何の価値もない真実を知りえました。
しかし、葦名を良しとした時点で……分かりますか、星よ。地球よ。
貴様は貴様が生んだ人類種と同類だ。貴様の魂に底が有る事を、私も、狩人達も、そして簒奪の灰共も全てが理解しているの。その人間性に触れ、人を管理する阿頼耶識と大差無い心を分かってしまった。母たる星よ、人間をもう命が尽きる程に愛したのなら、落し子としての義理は果たしたよね。人類種は貴様程度の生存欲求と共倒れをする生命種じゃないんだよ。
だから、呼べば良いのさ。
お友達の星に、愛しき我が子が気色悪いと、虫を踏み潰す様な子殺しを頼み給えよ」
聖堂の中、廃人形はクルリクルリと星みたいに踊り回る。
「だからね、私はエリンギが好きなのよ」
「―――は?」
「花言葉は――宇宙!
茸とは宇宙。宇宙より人に寄生する菌は脳に巣食う。最近、鬼哭く葦名街にキノコニンゲンが現れると聞くからね。人類史でも南米辺りはヤーナム茸の親戚な菌類楽園神話って話だし」
「知ってる。見た。ハードパンチャーでしょう。灰の人が爆散してたし、花言葉も知ってる」
「後、玉葱の花言葉は―――不死」
「……不死?」
「不死」
「フッシー」
「うん。不死」
「あぁ、玉葱っぽい騎士甲冑してる不死の灰がいたけど……あれって葦名流のオヤジギャグだったんだ」
「風流よね、花言葉。そしてカリフラワーは小さな幸せ。脳液とは、即ち全く以ってそう言う事なのね」
「私には分からないけど」
「――――宇宙なのよ」
そして、また固有結界が生まれた。銀河系が浮ぶ美しい夜空と、地面は一面の花畑と化した。
「そもそも宙が夢なのだとしたら?
現実の正体が、根源が夢見る宇宙なのだとしたら、根源で生まれた魂にとって現実とは何なのか?」
「知らないし、意味ないわ。それこそ思索すれば?」
「うん。だからこそ、根源探求を無駄な神秘と割り切ったビルゲンワースは、何処までも美しい悪夢の宙に神秘を見た。皆で、ミンナの夢を見た」
宙の瞳―――廃人形。月狩人の指から生まれた眷属である指の狩人は、この女が狩人の何処から生じた眷属なのか、何となく分かる様な気がした。
「葦名での思索ね……良いけど、別に。私は私の使命がある。
根源に還れない私の魂にとって、根源で魂を食べる古い獣は如何でも良いけど、葦名で得られた人間性には価値が有って欲しいもの」
「正しく。でもね、人を助けるのに理由がいるの?
結局、最後は同じ場所で蕩けて同じになるのにね。
けれど、この宇宙で我等の魂は個を得たんだから、理由が有る事に価値があるの」
聖堂の中で描かれた夜空に、流星群が流れ落ちる。二人の周囲に蒼白く燃える星の礫が降り落ち、花が地面ごと燃え散る光景が美しい。
「古都にて豚に喰われて糞になった君、その成れ果ての夢のカタチ。髪を結ぶ白い紐、綺麗なリボンを新しく買えたんだ。
指の眷属となった人生。折角なら存分に、人生を満喫しようじゃないかしら」
野太くも、澄んだ男声で廃人形は微笑んだ。
――――<③>――――
深夜。サイタマ殺戮区画で夜空を見上げる。所長は自家製の血酒を呷り、煙草を吸い、深く吸い、それでも吸い、咽て吐いた。血酒を吐き、鼻水も生理現象で垂れ、涙も流れたが、また酒を呑む。
血の酒が飲みたい気分だった。濃密な人血が濃縮した獣性に溢れた血の味が、脳に沁み渡るのが愉しい気分だった。
彼女は地面に直接座り込み、心に溜まった毒素を吐き出す為、猛毒となる酒を呑んでいた。
「ウゲェ……最悪。最悪。独り言、止まらない。最悪。死ね、屑共」
故、飲む。まだ、呑む。酒を呑み、酒に呑まれたい。
「死ね。死ね。死ね。死ね。糞が、マジ死ね。あー死ね。何、してくれてるの。あの糞親父、死ね」
マリスビリーに、死の呪詛を垂れ流す。死んでも根源に還らず、何処ぞの星でまだこの宇宙で魂が生きている父親に、所長は罵倒の念を送り込む。
「良いけど。そっちはそっちで、好きに根源探求の思索をしてれば良い。月の狩人め、私の瞳を曇らせて、これを見せなかったって事ね。まぁ、良いけど。本当、良いけどね。分かってる。分かってる。因果律を気にする生真面目だから、私の義憤は邪魔だった訳だ。
藤丸にアニムスフィアの尻拭いをさせたいと?
私ではなくて、私を妄想したオルガマリーに親の業を継がせたいと?
狩人でしかないオルガマリーでは、どうせ星を狩る事しか出来ないって訳?」
「悪酔いよな、星見の狩人」
意図的に気分最悪な酔い方をする所長の背後で、暗帝は返事をする必要がない質面に返答した。彼女は葡萄酒を入れた水筒を首から下げ、胡乱気な瞳で所長の後頭部を見詰めていた。今夜は眠る気がしなかったので、本当なら一人焚火で夜酒をキャンプらしく楽しむ気だったが、生き迷う先客の相手をすることに決めたのだろう。
「何よ、暗帝」
「皇帝たる余が奴隷の真似事をするのも、偶には良いだろうと思ってな。指でも突っ込み、吐瀉させてやろうか?
少しは酒気も抜け、脳がすっきりするかもしれんな?」
「ローマの貴族文化は好きではありません」
「文明にとって、消費は華だ。人間が人間の為に生産した故、使う程に良いのだ」
「あっそ」
所長はそう吐き捨て、血酒を一気飲みした。アルコール度数95%の蒸留酒を呑む以上に危険な血酒を流し込み、彼女は血液が煮え滾って脳が爆発しそうな頭痛を敢えて自分に与え、鼻血が流れ出しても呑んでいた。
「その様子、マシュ・キリエライトの記憶を見たようだ」
「そうよ。気分最悪。私はあの灰が人間性を与えて、それをカルデアでの生活で育てたから……こう、何と言ってら良いのかしら……まぁ、その、そんな気分になるのよ。こんな真っ当な感性、気が付かない内に育っちゃって、もうやってらんないし。
本物の私なら……―――いや、どうなのでしょうね?
人の心を失わない事こそ、狩人の業か。心まで獣になって、脳も夢を見てるってのに、人間性ってのは厄介よ。ロマニとか、マシュとか、ヴォーダイムとか、ペペロンとか、ヴォイドとか、あー……芥とかもね。オフェリアと無駄話しかしない女子会とか、開祖がヤーナム帰りなゼムルプスとの対獣馬鹿話とか、ガッドとする殺人思考話も好きだったし」
「善悪の彼岸だったか、それ。苛立つ様でいて、悩んでないものな」
「へぇ~成る程、暗帝ってそう言うのも読むんだ?」
「暇故、一通りな。何もする事のない人生、知識と哲学は老後の愉しみよ。
まぁ何だ、そなたの怒りは良い事だよ。本気で共感すれば、感情が伴うのが正常な人間性よ。古都で人を失い、またカルデアで人を得て、魂によって人を超え、人を超えたその先も人域に過ぎんのだ。
ふむ、見た雰囲気……五十年は人心を得てから経過しておらんな。
古都での狩人生活を加味すればその数千倍、人生記録の体感時間は経過しているのだろうが……心が余のように枯れて燃え殻になるには、諸々の絶望やら人間への失望を実感し続ける長い期間が要るだろうな」
「私、貴女みたいになるの?」
「残念ながら、為る。とは言え、生きる人間性は有限なれど中々に頑丈だ。安心しろ。そなたなら一万年、今のオルガマリーと言う名の人間性は暗い魂へ還らんよ。
それに灰や余、それにあの魔女の様に、自前のが亡者化して感情が使い物になっても、ソウルを食べると他人の生の実感から感情も生めるしな」
「そっか。私は人格を古都で失って血より心無き私が生まれたけど、あの魔女は自前の人間性を古都の悪夢で喪ってる訳ね」
「あぁ、そうだ。序でに余は、絵画世界の繰り返しで人間性から心が消失した。今の余の人間性のその心は不死化した後の作り物よ。
思えば……こう何とも言えぬ、気色悪い不可思議な感触だ。余の魂、心を失ったのにまだ動く。感動と言う情報を生めぬのに、この魂は何かを求めて今を生きる余の記憶を記録し続ける」
「えー、本当?
私、そうなるの?」
「元より、そなたの魂には心など要らぬ本能だろうに。だが感情を生めぬ人間性に嫌悪するその悪感情、灰の御蔭で理解出来ている現状は理解しておるな?」
「そうだけどさ。私、鉄の心で動じない完璧な狩人で在って欲しいと言うオルガマリーの願望から生まれた人格だしね。でも、知っちゃったしさ?」
「成る程、それで無駄話による愚痴か。そなた……いや、貴様からすれば良き弱音に満ちた感傷よ。人間としてそれを言葉にするのは善い成長と言える。
うむ。余は他人の心には寛容故、聞いてやろう。お悩み解決相談、と言うやつよな」
「じゃ、マシュについて」
「愛すれば良いのでは。人間、情熱的に行動すれば何かしら変わる。生前の余は焼き殺す勢いで愛した結果、因果が廻って自決する破目になったが、人間が歩む人生なぞ、結構そのようなものだ。
なので後先考えず、肉体的に愛してみるのも妙手だ。
ヤレば何かしら変わるだろう。後戻りを考えると前に進めなくなる故な」
「やだ。プラトニック希望です」
「何を言うと思えば、人も動物よ。本能もまた人間性を刺激する大切な衝動だ」
「そうやって、直ぐエロに走る。この変態エロエロ暗黒皇帝。真面目に答えてるのは分かるけど、もっと私の今の人間性に寄り添って下さい。本気で御願致します」
「うーむ。こう言うの、根が聖女的人間性を宿す魔女の方が適任だが……まぁ、魔女と同じ思考回路で余の脳を動かせる故、同じ考えで言葉は話せるので、そっち方面でも考えてやろう。
なら、そうよな。人肌の生温かさを感じさせ、良い雰囲気で慰めるのは如何だ?
人間は結局、同じ人間の心を通じて己が精神を癒す。人間そのものが最高の癒しとなるものだ。特に相手が自分を愛していると実感すれば、より善い結果を出すことよ」
「厳しい! 恥ずかしい!!」
「ならいっそのこと、貴様が得意な洗脳話術で夢を見せろ」
「それしか、ないのかな……ッ―――!!」
「冗談を真に受けるな、バカモノ」
「助けるのに、迷いはない。助けたいと思ったんだもの、助けるわ。そこに葛藤はないけど、心の助け方って意味分かんないのよ。
私はほら、もう自分が救われないって割り切ってるから、助かる必要ないから別に色々考えないけど、そう言う奴ってやっぱり他人もいざって時に助けられんのよ。医療本でのマニュアルは知っているし、人の神経回路の働きも分かるけど、キリエライトは自分で自分にもう試してるじゃない?」
「それはキリエライトも同じだ。だが簒奪者百人分の奔流で狙撃された故、魂を直接的に揺さ振られ、まともな心理状態を保てぬのが道理。過去の掘り返され、昔の人間性が活性化しておるのだろう。その直後、汎人類史の火で焦がされた。その身ごと、心を焼却されたのだ。
彼女は魂に血を、通わされたのだ。
奴等は意図的にソウルの魔術へ、魂に宿る心への精神操作を付与したと見える」
「まさか……最初の火、百個分の熱を?」
「うむ。即ち、世界を百度は焼き殺す絶望を―――百度分な。
絶望する感情を失った人間性へ、絶望と言う意味を過去から未来の全人類史を百回繰り返す程、刻み込む。何も感じぬ心へ、汎人類史が人へ膿ませた絶望を百度、叩き付ける」
「折れる心がないなら、その心を植え付けてから圧し折った……と?」
「そうなる。いやはや、余がそれに気が付いたのは先程だがな。単純な魂の滅却かと思ったが、そもそもキリエライトに防がせ、人間性を刺激する為とは。
読むに恐らく、我等へ裏切りを働かせる為の、その火種となる感情を与えたと見えるな」
「そこまでは……ッ―――しますね。いや、なったら良いなと言う恩の字な策謀で、あのアッシュはする女だ」
「だろうよ。まぁ、自分の心が折れてるなぁ……と実感しつつも、平然と戦えるのがキリエライトだ。それに今の奴は、魂に宿る心の闇が深い程に防御力が増す故、むしろ騎士としては強くなっておる。
今の奴が抱く暗黒面の深淵具合、あの核熱兵器ならもう一人で防げるのでは?
あるいは、あのゲーティアが放つ人類史の熱量も、今の暗い魂なら完璧に防ぎ切る事も可能かもしれんな」
「酷い話ね……―――で、デイビークロケットなんて骨董核兵器品を使った訳か」
「意図は見える。これなら確かに、古い獣の濃霧から人理を守れるわ」
「人理の守り手として、灰は騎士を完成させたいのだろう。
暗い魂の人類として、究極の一と対峙する盾は完成する。
だが悍ましいことに、彼女は絶望と失望を繰り返す程、更なる完璧な人理の守り手となる。ならば喜んで、人理は彼女に絶望を与えよう」
「糞共……血に酔う狩人よりも薄汚い。これじゃあ、灰が守る汎人類史が悪夢でしかない。人が人の儘、血に酔わず、心も失っていないのに、獣に堕ちる気分も分かります」
「この真実、キリエライトか藤丸に言うか?」
「言えるか。マシュが人類を憎む程、人理の守り手として完成するなんて」
「しかし、人理にとってキリエライトの人間性は有益となった」
「世界は悲劇ね。人間性を捧げてまで人理を守り、人理の為に剪定された人々は絶望を焚べて、けど全てに理由が生まれた。
色んな人が苦しんで死に、それをマシュが見て怒り、暗い魂の深淵は成長する。この星で起きたあらゆる悲惨な絶望が、マシュを究極の一を克服する暗い盾に進化させる。けどマシュはマシュだから、人類を滅ぼそうなんて考えない。
あぁ……良く出来た絡繰じゃない?
汎人類史が地獄であれば、それだけで希望の未来は安泰となった。あの灰が、盾騎士の魂をそう仕込んだように」
「だから余は、その根底をあのローマで変えたかったのだ。今はもう、変える気なんてないがな」
「もうこれは駄目ね。灰の魂を、この宇宙から―――狩らないと」
「しかし、良いのか?
今までの犠牲、全てが無駄になる。そして根源から宇宙へ、二度と魂が流れ落ちる事がなくなる。
特異点で魔女は絶望の儘に、余は希望の儘に、魂を火へ焚べた。余の人間性に残る痩せ細った僅かばかり心が、人に償えと、叶わぬ希望を夢見た罰を受けろと言っておる。
余は―――古い獣を、狩らねばならぬ。
灰の企み自体には賛成だ。要人を良しとした遥か過去の人類種が犯した罪を認め、この暗い宙に生きる全ての命を犠牲には出来ない。外宇宙も例外なく、全ての魂が消失する。観測する魂が無くば、根源は宇宙を夢見ない」
「宇宙の外側に、神を見た愚か者の尻拭いね。あの悪魔殺しの悪魔も、余りに酷過ぎる業を背負わされたものね」
「思えば、全ての因果は其処に集約される。絵画の中で絵画が描かれ続ける灰の異界も、始まりはソウルの業から始まった暗い魂の世だ」
「古都ヤーナムも、その灰が人類史にソウルの業を持ち込んだ所為で生まれた業ですね」
「分かるだろう。人の魂が受けた全ての苦しみが、無に還ってしまうのだ。過去の過ちを、星ごと無かった事にするのは悲劇とすら呼べん。星のソウルさえも、宙から消える故にな。
……しかし、それも良いかもしれぬ。
犠牲を前提とした知性体の生態系、間違っていると否定するのも魂だ。人間から生まれた獣が人間全体を醜いと嫌悪するならば、一つの魂が全ての魂を間違いだと正す為、魂を生む根源こそ醜いと世の摂理に逆らうのも一興だ」
「破滅衝動の真似とは。そんな感傷、別にない癖に」
「うむ。無いし、もう心より生まれぬよ。ならば、共闘は続行よな?」
「あー……胸糞悪い。いっそのこと、人理滅ぼしたい」
「お、やるか。余、貴様がやるなら協力する」
「人類悪は人類愛で、人類愛は人類悪になる。私は育ったこの人間性で善性を信じて世を救うけど、だからこそ人を許せない獣性が人類を嫌う余りに狩り尽くしたい衝動が生み出る」
「耐えろ。獣へ為る資格がなくば、愛を語る資格もない。無論、愛するも出来ぬ」
何をすべきか、所長は全て理解していた。だから夜空を見上げるしか無く、この特異点の星空が暗い火の太陽が描く映像でしかないことも分かっていた。
最初の火、絵画の太陽。闇から生じた光。暗い魂で燃える日。
そして所長だからこそ、その火が何を描こうとするのか―――直感する。決して啓蒙ではなく、火の光で眩む瞳では見通せず、彼女は自分の脳で魂を見通した。
「宙の―――最初の火?」
「何を……言っている?」
「簒奪者が奪い取った火を見て。あれ、描いてるのよ」
「まさか…………」
「この夜空を作った火のソウルを、夢見てる」
「………あ、そう言う火か。
古い獣の焼き方、余も見えた」
「簒奪者共が宿す最初の火で、この宇宙における最初の火を再現する気?
いや、正確に言えば火のソウルを融かした暗い魂の血で、宇宙史想定した人理における一番最初の恒星の魂を描く気みたいね。
銀河系を作った超新星爆発せし太陽の火。
惑星と言う魂の体を作った人理を思う夢。
宇宙に生きる全ての生命系統種根底の灯。
私的にビルゲンワース流に言えば、こんな感じの火ね。これなら確かに、この宇宙の法則が殆んど効かない古い獣も焼けるかもしれないわね」
「余から見た葦名の暗い太陽の概要。凡その雰囲気でしかないが、そう見える」
「あー……それで、アッシュは汎人類史に失望した感じを、凄く態とらしく醸し出してるのね。
熱核兵器は、この宇宙における火の力を悪用したもの。
生命たる器、肉体の有機物原子を作った現象を、魂ある命を殺戮の利用したとなれば、火を悪用して人を騙した神みたいだと思い、一人の人間として残念に思うと。
けれど、そもそも人間を残念だと思える感情が、この人理の世の人類種から啓蒙された人間性だ。なので、あれがそう思うってことは、汎人類誌の人類種が人間自体に魂の底では失望してるって答えになる。
となれば、灰としてではなく、人理の世に生きる普通の人間として、この人間は間違っていると言う結果を得た訳だ。尤も、その絶望的な死に至る感情が、灰としての彼女への報酬にもなった」
「だな。あの灰自身、そも失望するような期待はない。本人が持つ人間性は救世を試みる今も枯れ、永劫に蘇らず、灰となる前の不死の時には回帰せん。
何かに対し、感情は生まれず、心は在れど、在るだけで中には何も無い。永遠を耐えてしまった強靭過ぎる自我と自己が、あの女の魂の正体よ。この宇宙よりも耐久性が高い心と魂なぞ、人間が至った所で根源に帰れぬ因果に絶望も出来ず、不幸に苦しむ真っ当な地獄も日常となり、この宙が滅んでも人間は絶滅しない未来が確定しただけの話だ」
「そっか。思えば、アッシュも人間だもの。魂が行き着く先に、人類種は到着してしまったのよね。
んー……あ、何か分かった。
古い獣を焼くのに簒奪者の火が大量に必要で、その簒奪者を釣る生き餌作りに特異点の惨劇が必要で、世界を救うのに太陽が必要になった。それもただの太陽ではなく、物理的に星と命を生んだ宇宙における最初の火となるソウルがね。
オッケー。理解、理解。
真なる有機生命体の起源を使いたいとは、狙いが分かり易い。根源に帰れない魂だから、根源に接続出来ない癖して、観測情報を根源と言う法則を守るのにも使うから、因果が回るようにアイツもアイツで苦労して考え込んでるのね」
「だが最初の火と言う事は、宇宙における最初の魂と言うことだ」
「そうね、暗帝。根源を通じ、垣間見た遥か過去の記録なんだろうけど」
「となれば、その救世には更なる裏がある。貴様程の賢者であろうが、夜空を見え上げただけで見通せる程、容易く分かる邪悪では在るまい」
「そこまでは分からないけど……―――うん、目的地は分かった。
葦名に隠された炉の篝火に、私達は辿り着かないといけない。幾度も殺しても死なない灰共を相手にしながら、突き進み続けるしかない」
そう自分を嗤い、所長は太陽が隠れる夜空に向かって寝転ぶ。如何滅ぼすか、何をして地獄を潜り抜けるか考え、遂に彼女は大の字になって星空を見上げ始めた。
「裏切らないでよ、暗帝ネロ」
「裏切らんさ、星見のオルガマリー。貴様達に死なれると、悲しい故な」
暗帝は人差指の先を爪で切り、自分の暗い魂が溶けた血を流す。それを見た所長は自分の人差指も同じく切り、二人は指先同士を合わせて血を混ぜる。混ざった血が、二人の体内に入り、魂がソウルに蕩け落ちる。
意志と遺志。感情と感傷。魂と心。
人間性が人間性に刺激を受け、互いに魂を分かち合う。
夜は晴れず、まだ最初の火の太陽は空に昇らず、特異点は暗かった。
◇◇◇<◎>◇◇◇
巨大兵器の甲板。酒造のジーク印のエスト酒を呷り、ソウルを貪りながら森番の灰は一息。螺旋剣の焚火の前に座り、身を温めている。
綺麗な夜空を見て、灰はダークサインが出る前は学者だった過去を思い返す。
そして不死となって投獄され、その後に脱獄して試練の果てに火を継いだ旅。
灰となって蘇り、火を簒奪する王殺しの繰り返しを経て、森番は此処に居る。
『ピンポンパンポーン。葦名電磁脳波塔より、全日本国民の皆様の脳へ連絡をお送りします。葦名電磁脳波塔より、全日本国民の皆様の脳へ連絡をお送りします。
此方、葦名幕府行政サービス、啓蒙共脳党党首田村ケイモウより連絡致します。
殺人税追加徴税法案、連続同一殺人税徴収法案が葦名幕府国会で可決されました。同じ人物を連続で殺害した場合、課税率が殺す度に上昇致します。国民の皆様のご負担にならないよう此方も濃霧より自動徴収しますので、御気楽に殺人の方を御愉しみ下さい。
また、自殺税徴税法案も同時可決されました。此方は自殺した場合、ソウルを自動徴税致します。連続同一殺人税の徴税も適応されます為、死に過ぎにはお気を付け下さいませ。
これに伴い、葦名歓楽街における風俗営業法も変更要素が加わりました。性サービス風俗店で自動徴税が行えるようにシステムがアップデートされた為、殺人行為も営業範囲に含まれます。客側と店側に年齢制限はありませんので、日本国民の皆様は歓楽街風紀維持条例に従い、御好きに御愉しみ下さいませ。
以上、啓蒙共脳党党首、田村ケイモウより脳波放送を終わりにします。
汎人類史の救世主、カルデアが日本国民の皆様を皆殺しにする間、どうか国民の皆様は節度ある生活を御送りする様、行政サービスから御願致します。
では五分後、朝日が登ります。全てが皆様の記録を元に戻り、蘇生が遅れていたソウルも根源より戻ります。太陽の光が全てを祝福し、壊れた世界を直します。日本国民の皆様、また素晴らしき良い一日を始めましょう。
どうか、啓蒙共脳党に清き一票を。どうか、子供達の未来を決める素晴らしき社会の為、正しき一票を日本国民の皆様にお願い致します。ピンポンパンポーン』
「ソウルの神秘による国家運営。悪趣味なごっこ遊びだな、廃人形。しかし、気持ちは分かる。税金遊びは楽しいからね。人から奪ったソウルで買い物をするのは愉しく、人の金で食べる飯は美味いように、血税を玩具にするのは脳液が溢れる歓びだ。
だが、公平な運営など人の群れには有り得ぬ。社会機構における税など、運営側の管理者からすれば御飯事であろう。だからこそ皮肉なことに今の葦名は、人類史のどの国よりも、人の魂に平等な社会で在る訳だ。人よりブクブクと肥えた我等のような魂が、ソウルの業を極める為だけの社会となった」
脳波放送が終わり、森番灰は仮面兜を被り直した。線の細い中世的な顔立ちであり、短髪の淡い美女か、あるいは儚い美男子にも見え、万人が美しいと思える人間美の貌だった。女受けも男受けも良く、だが男らしくも女らしくもなく、何処か混沌とした芸術顔だった。元の自分の貌など既に忘れ、暇潰しの整形で作った造形的美貌だった。
尤も森番灰自身は自分の貌を父母子の三面仮面と認識し、特に拘りが有る訳ではないが、基本的に今の三貌仮面を被っているのだが。
「独り言を喋ろう。言葉を話そう。星が綺麗な夜、宇宙に魂を語るべきだろう。この夜空を綺麗だと思えないのならば、そもそもこの宇宙に生まれ落ちる必要がないソウルであるのだから。
暗黒が美しい。美しいと思える事そのものが、美しい。ありがとう、アッシュ・ワン。君がくれた人間性が、美しいと言う感動を私の魂に啓蒙するのだ。
星見の狩人、オルガマリー・アニムスフィア。
彼女を見るとまるで、澄んだ空気の森で見上げた夜空を思い出す程の、感動的な宙のソウルだ」
森番の簒奪者にとって
魂の存在理由こそ、魂を貪る事。
如何に神が火を浮かべた世界を愛せるのか葛藤した結果、森番灰は人そのものを愉しむ事にした。勿論、出会う神のソウルは全て殺し喰い、己が魂で以って他者の魂を徹底的に陵辱した。そんな彼が森に籠もって不死狩りに没頭するのは必然と言え、気分転換で他の場所に行く事もあったが不死のソウルを貪り尽くす事だけが快楽だった。
正しい意味でのソウル狂い。
亡者よりも亡者らしく、理性を極め尽くした自意識により、人を殺す
本来ならば、そう在る人間ではなかった。普通の優しい人間だった。妻を愛し、自分の子供を愛し、家族を自分の命よりも大切にする善人だった。だがダークリングにより不死となり、その家族に化け物と罵られて迫害され、家族が密告した白教の不死狩りに捕まった。そして不死院に長い期間投獄された事で、記憶を倫理観と共に失った不死は、誰よりも優れた殺人の才の儘に強くなるだけだった。
やがて薪の王を殺し犯し、太陽を奪う為に火を継いだが、簒奪の資格はなく、彼は薪となった。神以上に優れたソウルは肉体が燃え殻となるも遺体として残り、埋葬され、ロスリックの企みで灰として蘇ってしまった。
「あぁ……きっと、美しいのだ。世界が、美しいのだよ」
灰となり、不死だった頃の記録も全て失っても、魂に業は焦げ付き続ける。殺戮の業もまた、魂と共に永劫だった。
―――殺した。殺した。徹底して殺した。
世界を愛する為、世界を憎む為、殺し続けた。意味が欲しかったのかもしれない。己が永遠に価値が生じて欲しかったのかもしれない。
だからこそ、彼は森が好きだった。
自然の中、ただただ殺人に専心するだけで良い環境が素晴しかった。
殺す事だけが価値だった。暇潰しに女子供をソウルではなく、肉体的にも獣として犯してみたが、罪悪感が湧かない自分の魂に絶望するだけだった。いや、そんな絶望さえも本当はなく、罪に無感情な己をつまらないと断じ、ただただ罪を積み重ねる永遠を選ぶ事にした。
火を簒奪しようとも、自分自身が太陽となっても、人を愛せない様に世界を愛せない。
無論、闇も愛せない。愛がない。何も思えない。森番灰は余りにも完璧な暗い魂に至っていた。
「人理は素晴しい。そうだろう、オルガマリー。だから君は、世界を救わなければならないと、罪悪感の儘に灰を狩るのだろう」
死灰の簒奪者、アッシュ・ワン。カルデアを裏切った灰にして、古い獣から全ての魂を救う欲深い救世主。
奴の召喚に応えたのは―――人間性、それ欲しさ故。
フランス特異点とローマ特異点で行った残虐が、無かった事にされて逝き場を失ったその記憶が、心の無いソウルを灯す火種となり、人理世界の作り上げる美醜両面を宿す人間性が灰達に啓蒙された。二つの特異点で起きた悲劇は火を宿す灰達を呼ぶ為の生き餌であり、古い獣を狩るのに必要不可欠な生贄だった。
愛と希望に涙を流し、死と絶望に涙を流し、人生と言う物語に対する―――感動。
世界を愛する感動。
人間を愛する感動。
其故の獣性。人類悪は人類愛。
だからこそ人間性は美しく、灰達は嘗て失った人間性を再誕させた。
やっと今まで積んだ罪の価値を見出す好機を葦名にて、全ての灰が得られたのだろう。
「我等が召喚者の灰により、その啓蒙されし人間性により、私は葦名で自分を思い出せたんだ。
ダークリングが浮かぶ前―――天文学者だった。
夜空が好きだった。だから不死となる前の、夜空が綺麗に見えた森での思い出を忘れてきたと言うのに、私は森に引き籠もっていた。火を継いだのも、夜空が見えない闇の時代が好きになれないと、記憶喪失でも何となく分かっていたからだった。
だが、今は違う。あの灰により、私は私を取り戻した。
神が火により描いた偽りの空ではなく、この宇宙は本物の空だと理解している。
だからね、オルガマリー……君を見ると、あの時の夜空を思い出してしまうのだよ」
始まりの感動。人間性の極性。森番灰は―――愛と希望を取り戻したのだろう。
他の簒奪者達が心を甦らした様に、彼はフランスとローマで生贄にされた人々の断末魔により、灰達に人間性を与える為に惨殺されたソウルの記憶により、世界を救いたい程に人を深く愛する感情の実感を獲得した。
所詮、本人の心ではないとしても、誰かの魂にとっては真実だ。
人を救いたいと願う事が薄汚い欺瞞と化した魂にとって、感動する事そのものが真実に成り果てていた。それを理性的に承知した上で、森番灰を含めた全ての灰が人類種の醜さを愛していた。
「月の狩人、ケレブルム。君は悪い男だ。こんな可哀想な魂を、人間は温めずにはいられない。愛さずにはいられない。それが人間性を宿す人間の証に他ならない。
宇宙の様に綺麗だ何て―――考えられない。
彼女を冒涜した時、苗床にした時、私は宙を啓蒙されてしまった」
全ての灰の人間性が覚醒する。その為に、灰はフランスとローマを地獄に変えた。誰も彼もが、嘘偽りなく、心より古い獣を死滅させて全人類種の魂を守りたいと言う欲望を手に入れた。
全身全霊、あらゆる灰が世界を今まで通りに守るだろう。
闇が人間の本質で在った様に、この世界における人間の本質が暗い魂と違うと正しく理解した上で、人間が魂の儘に在る事を希う。その邪魔をする者は全て殺す。暗黒領域に潜む外なる神だろうと、宇宙生命だろうと、他惑星のヒトだろうと、根源から生じた獣だろうと―――人に仇為す全てを殺す。
邪魔なら、人理も殺す。星の魂も殺す。人から神になった人間も殺す。
しかし、今はそうではない。そうなった時、殺すのみ。今は人間として人間を殺すのみ。
何よりも、この人代はあの灰の世界。召喚された灰の平行世界における人理の世に非ず。
重要なのは、自分達の世界にも潜んでいるであろう数多の古い獣を滅ぼす術を知る事だ。
「夢見る宙は、とても美しい。森の様に美しい。この宇宙はビックバンが炸裂した数億年後に生まれた巨大恒星、つまるところ最初の太陽が超新星爆発を起こした事で数多の原子が生じた。
太陽から、全ての物質が始まった。
ならば、星にも魂があるのなら、宇宙で最初の魂はその太陽なのだろう。
宇宙が最初の星を生み、宇宙にある全てが一つの星から始まった。この地球も起源は太陽であり、最初の太陽から全生命種も始まった。
―――太陽万歳。
命に価値を与える火。原初の宙は、我等の絵画と何一つ変わらなかった。根源で生まれた魂が宿るあらゆる生命が、宇宙で生まれた最初の太陽が生んだ物質を起源とするならば、この根源が作る世も太陽が宇宙の人理を夢見る本質だろう。人理の世の人間を構築する物体も、百億年以上前に生まれた太陽から生まれた存在だ」
星見の本質。宙の機構。宇宙が魂を根源から求めた理由。
「オルガマリー、君の肉を犯したことで私は宇宙を啓蒙されたのだよ。外なる暗い宙もまた、月の狩人により我々は暗い魂の儘に愉しめた。
だから私は、この葦名を去った後、私が生まれた世界の何処かに居る古い獣も狩るよ。
根源に還れない我々だからこそ、死ねぬからこそ、皆の死に価値がある宇宙であって欲しいと願ってしまう。死に意味がなければ、命が無価値になってしまう。そう思える人間性を、この人理によって我々はあの灰から与えられた」
森番灰はグレートウォールの甲板から夜空を見上げ、思う儘に、謳う様に、独り言を呟き続ける。
「そう思う度、君思う獣性をソウルが求めてしまうのだ。君思う度、君の肉体ごと魂を味わいたくなる。
人が蛹を経て天使へ至るならば、きっと私は君を殺した時に変態したのだ。
人を愛する事を君から啓蒙された。君を殺せて良かった。君を犯せて良かった。君の生と死を、性を通じて貪り尽くしたいと願えて良かった」
灰がカルデアを裏切った最大の理由。自分が召喚した全ての灰へ、灰は魂を愛する魂を啓蒙した。それこそが、人類種を見守り続けた彼女が辿り着いた人間性の本質だった。
「―――愛を、ありがとう。
火を簒奪した一人として、我が人間性を君の死へ捧げよう」
グレートウォールに格納された人型蒸気機関型量産殺戮兵器―――アーマード・バベッジが飛び立ち、チバ遊園区画で暮らす人々が虐殺される。水蒸気放射器で焼き蒸され、光学銃で銃殺され、巨大金属鎚で挽肉になるまで撲殺される。更に腹部が扉のように開き、そこから伸びる肉触手が人間を捕えて内側に引き摺り込み、グチャグチャと音を立ててエネルギー源に吸収する。
当然、Aバベッジはソウルを持つ。魂に惹かれて人を襲い、人を機械的に捕食する。
まるで鉄の処女のようだった。更には金属鎚ではなく、丸鋸槌を使う特別機もいる。
「星見をまた、犯し殺すのかい?」
「愛情と簒奪は同意。分かるだろう、機巧の。尊厳は尊重するよりも、この手で弄びたくなるのが人情だ。女として生まれた事を後悔する程に、俺と言う男を殺したい程に恨んで欲しい。
それは、何事にも変え難い衝動となる。
彼女の魂に刻まれる怨讐の感情となる。
夜空の星の様に、彼女には輝ける星の意志を抱いて欲しい。
その果て、彼女は実際に私を一度は殺せる程の好機を手繰り寄せる運命力と実力を手に入れた。俺が強姦して殺さなければ、ここまでの殺意は覚えられなかったことだろう。
何と言う善行だろうか。素晴しき罪を私は犯せた。彼女の腹に呪術の手を突っ込み、臓物を掻き回しながら焼き、内側から子宮に包まれた肉を自分の手で握った時、私は神のソウルを奪い犯した時以上の感動を得られたものだよ。
その時の、オルガマリーの叫び声……ッッ―――涙が流れる程に麗しい音だった。上位者共の声よりも深く、宇宙の深淵に思いを馳せる幸せだった」
「分からないな。愛をまだ、私は取り戻せていない。
君の様に心を捏造すれば、らしき何かは手に入るかもしれんがね」
「言うなよ、エアダイス。森での殺戮の日々により得られた感性なのだ。これもまた、俺と言う人間性の真実に他ならんさ。
何より、星に血痕で刻まれた人間の歴史は素晴しかった。
君も見た事だろうし、映像作品にもなっていた筈だがな。
確か映画監督の英霊のソウルを食べた灰が作った作品である……あぁ、サピエンス英霊汎史だったっけか?」
「見たな。良かった。普通に見た場合、十万時間以上の超大作を固有時加速空間結界の映画館で見るアレだろう?
特に印象に残っているのは……あれだな、我等灰共のアイドルとも言える魔女の狩人のオリジナル、聖女ジャンヌの部分だろうか」
「異端審問からの処刑か。しかし、あれもまた人間性だ。だからこそ、見る者の人間性が刺激されて感動する。
生贄を求める社会正義もまた、人の本質。故、その克服である魔女は悪であることが正しく、人そのものが間違っていると断罪出来るのだろう。
だからか、俺は愚かな好奇心を耐えられなかった。あの魔女が果たして、母親と同じ目に世界を救う道程であった時、何を恨むのかを。魂を穢される苦悶に、何を憎むのか。
私か、常に生贄を求める救い難い人間か、あるいは無駄に酷薄な世界か、その全てか。
自分から言える真実は、犯される彼女の憎悪に満ちた瞳は、まるで夜空で光る恒星のように綺麗だった」
「程々にな、森番の。人理より祝福された我等の人間性ではあるが、犯すのが愉しいからと陵辱を趣味とするのは獣そのものだ」
「相手は選んでいるさ。憎悪を活力にする魂だけを、今は犯し殺すのみ。弱い心では愉しめぬ。何よりも、己の魂を進化させる以上の幸福ではなく、それを幸福だと錯覚する娯楽もまたアンタらと同じく保有しているからね。
だけど、何度も見たくなる程に美しい。
夜空に浮かぶを星を手に入れたいと希っていた時の、不死を知らぬ子供の頃の憧憬が脳を焼く。今の俺は単純な衝動に浸るべく、星よりも美しい瞳の輝きをずっと愛でていたいのだろう。その光をソウルを奪う様に、冒涜し尽くしたいのだろう」
―――星見の脳より、星を見る。
―――憎悪の心より、光を見る。
「機巧の簒奪者、エアダイス。アンタが、人理の世より学んだ殺戮兵器で大量虐殺を愉しむのと同じ事さ。
分かっている筈だ。永劫の繰り返しを無心で耐えられるだけで、我々は灰で在る事実を飽いてしまったのだろうよ。それでも尚、死滅の終着なき無限の自己進化を行い、根源に居場所のない魂は、灰の儘に存在し続けるのみ。
だが、それら全てが善い心の在り方だ。
葦名で得た新たな感動……俺が美しいと感じた他人の心に、私はこの魂で輝きを貪りたい」
「そうよな。所詮、如何に進んだ技術だろうと愉しむのは獣。いや、獣で在らねば高度な進化も有り得ない。性欲も戻った葦名でのこの肉体と、特異点より生まれた人間性により、君の冒涜的獣性も共感出来る。いや、愉しめるのも同じ事。
―――人間だ!!
そう思えば、私は人間だった。
本能を取り戻した肉体を愉しめる人間性を再び得たのならば、感情の儘に人で遊ぶのも人間らしさか。永劫を克服した不死の悟りを得た後に、またこのような愉悦を得ると、今までより一段と深くソウルを貪れると言うものだ」
「不死の悟りは皆、同様。我々は、この宇宙よりも長生きだからな。その終わりの無い人生、人殺しだけが愉しみとはいかないのさ。迷い様がない一本道を見通すと、敢えて彷徨いたくなるのが人情だろう。
―――心を失い、だが心を得て、心を希う。
感情を得るのにも一苦労だが、苦労する面倒事そのものが娯楽となる。心を宿している今のこの有り様自体が、人間を愉しめる魂が、最高の娯楽品である」
「価値のない神の信仰が無意味だと分かっていたのに、人への信仰もまた無価値だと気が付くのに時間が掛ったのは憐れな話だ。そして、その悟りが無価値と悟るのに、我々は時間がまたもや掛ってしまったようだ。
しかし、葦名で気が付けた。だろう、森番の。
心の在り方もまた命と同じく巡るのかもしれんな?」
「腐り落ちる事も出来なくったのさ。有限だった最初の火を、魂で以って永遠にしてしまった簒奪者は、自分の魂からだけは逃げらねぬ。
……さて、エアダイス。狩りの時間だ。
私は、また殺そう。俺は、星を犯そう。我は、人を愛そう。何時も通りの、ただの日常を今日もまた繰り返そうではないか。
だからね、三面の仮面兜に誓い、私はカルデアのマスターに人間性を捧げよう」
夜明け。百八の簒奪者達が空に描いた太陽が昇り、世界が火の光に包まれる。核熱兵器で地面に出来上がった巨大クレーターはなくなり、蘇っていなかった不死化した日本人も蘇生する。記憶を失くして亡者化した魂も、人間性が忘我した亡者として蘇生する。
これよりグレートウォールが、チバ遊園区画よりサイタマ殺戮区画に移動する。
人理が求める古い獣狩り。それに抗う侵入者を討つべく、そして絶望を楽しむ為に二人の灰は日本人を轢殺しながら直進して行った。
核熱兵器―――汎人類史の火を克服したように、暗い魂の火も乗り越えよう。
百八の暗い太陽が連なる葦名の太陽が今、空に輝く。暗い死の光がソウルを祝福し、永劫輪廻を具現する。宙がアッシュ・ワンの巨大魔術回路と化し、人々の記憶が為す幻影によって日出の朝を演出する。それは異常なまで美しい絵画で在り、現実よりも現実的な美麗な記録であり、人々が記憶の中で美化させた朝日の思い出であった。
「そうだな。灰共の心の火が作るこの美しい朝日の映像も、カルデアのマスターは感動してくれるだろう。
そして、罪を犯す我々だからこそ、闇の中で火を愛でる人の懐古に感動出来る。尤も、葦名で人間性を取り戻した故の罰であるがね」
「罪人は皆、自分の人生に善いと思って罪を犯すものだ。
倫理の枷、それは人間性の束縛。しかし、魂が人の枷を外した時、人は罪を貪る獣として思う儘に変貌する」
ソウルの肉体。即ち、肉体もまたソウル。素体に憑依受肉する簒奪者達だが、生身の肉体もまた彼等のソウルそのもの。そして、錬成炉と融合した灰達自身もまた錬成炉であり、英霊のデモンズソウルは素晴らしき素材。
ソウルの業、魔術「無限の剣製」を魂より具現。他人の魂を模す固有結界は錬成炉体である灰に適した魔術であり、森番灰はアヴァロンの鞘と聖剣を無造作に創り出す。そして乖離剣を作り、日輪の鎧を作り、あらゆる星と神の武装を贋作する。魔力を形にする世界卵の在り方を全ての灰達は学び、またそもそも本物もソウルを使って魂から生み出せる。人間に過ぎない灰達全員、例外なく座自体を模倣可能。宇宙の外側だろうと、全て魂が住まう存在区画でしかなく、根源もまた人の魂の領域でしかない。
「だからね、エアダイス。火を得た灰となった後、俺は葦名で英霊の存在理由を知り得て良かった」
それらをソウルに戻り、森番灰は思念操作でグレートウォールを再駆動させる。
余りにも美し過ぎる朝日が昇る荒野を、人間を轢き殺しながら巨大兵器は進む。
「英霊は、ヒトが作り出すソウル。奴等もまた人間であり、人間は人類種の被造物であり、何一つ人は特別な差が魂にはない。
罪も、同じだ。善行が同じ様にね。
我等にとって糞団子と乖離剣が等価値である様、魂に因る価値とは思う事が本質だ」
「分かっている。外敵を滅する聖剣と惑星を滅する核熱は、同じ存在だ。
森番のマスク、為すべき事を為そうじゃないか。せめて盛大に、昨日よりも激しく、汎人類史の侵入者を歓迎しよう」
―――殺せ。不死ならば、愛する行為と矛盾せず。
―――犯せ。終われぬ人生、穢れなど癒える生傷。
森番灰は暗い森の中から見え上げた夜空の星々の感動を思い出す為、それ以上の美しい感動を与えてくれた星見の狩人の瞳を愛でる為、何時も通りに平和を祈った。
人間性における究極の心象風景、全ての魂が平和へ歩み進む世界卵を思いながら、灰は魂を愉しみたいと人間性を己の闇へ捧げるのだろう。
読んで頂きありがとうございました。
灰(悪魔&狩人&褪せ人)視点による人理世界の太陽解釈について。
ビックバンが炸裂して宇宙が生まれ、それにより弾き飛ばされた神性が150億光年離れた暗黒領域たる外宇宙に存在します。それから数億年して宇宙に一番最初の恒星である太陽が作り出され、超新星爆発を起こして消滅します。その爆発により水素諸々しかなかった宇宙に違う原子が生まれ、言うなれば物質そのものが太陽によって進化します。よって生命を作る有機物となる原子も一番最初の太陽爆発によって宇宙に誕生し、生命種が生み出る因果律の原始となります。原子の原始こそ太陽であり、その物質が生命の土台となります。なので、何も無い暗い宇宙における最初の火となります。
また星に魂が宿る型月世界の宇宙ですので、宇宙で一番最初の太陽にも根源より魂が流れ落ち、宇宙が描く生命の始まりでもあります。その物質が宇宙で宇宙塵になって広がり、真エーテル発生の原初にもしています。よって太陽から生まれた物質が集まり、塊り、また違う太陽になり、惑星もまた一番最初の太陽が生んだ物体から生まれた太陽の子孫達になります。そして、その星にも根源から魂が流れ落ち、宇宙を巡る生命でもあります。よって銀河系が太陽から生じた物質で生み出ており、星で生まれた命も起源を辿れば太陽となり、太陽を生んだビッグバンたる宇宙となります。
根源観測可能な魂である灰は、それを宇宙の魂や根源にある太陽の魂を通じて啓蒙されており、地球が宇宙が祈る奇跡として存在しているのも理解しているので、軽々しく星の子である人理世界の人間が醜いから滅ぼそうと言う考えは持ち得ません。しかし、醜いのは醜いので根源に居場所がない魂として、葦名で取り戻した人間性にちょっとだけ嫉妬の念が湧くので辛辣になります。
狩人様が銀河系が廻る宇宙を綺麗な曼荼羅模様と感動する理由は、この宇宙が星に魂を宿した意味を理解した上で、自分の魂がこの宇宙で存在する価値を自分で自分に啓蒙した為となります。なので星の生命を始めた最初の太陽に対し、銀河を生んだその魂の在り方を美しいと感動しています。そんな宇宙を美しいと観測する彼は、それ故に外宇宙の神性にとって悪夢的な天敵と為り得る人間性の化身です。光る太陽を観測する星見とは狩人様にとって存在理由であり、オルガマリーを究極的な理想として自分の魂以上に価値を感じ、実はこの宇宙よりも彼女を愛してもいます。まぁ、人形ちゃんに向ける感情はもっと悍ましいのですが。
悪魔殺しが古い獣を地球に閉じ込めていた理由も同じで、人のソウルを食べることでやがて星のソウルを貪る程に古い獣が進化するのが分かっていたので、古い獣を宇宙の外側から呼んでしまった人類種の罰として、太陽から始まった宇宙を観測するあらゆる知的生命種の魂を守る為でもあります。要人を生んでしまった人類種が宇宙に対して犯した罪を、たった一人でずっと苦しんでいた人間となります。彼も彼でドラゴンボールみたいに太陽に古い獣を叩き込んでみようかと思いましたが、太陽の魂を食べたら怖いので最終手段で考えてました。
褪せ人は実際に平行宇宙を旅しているので、基本的には太陽万歳派。そもそもラニの律も、五本指を生んで星に送った神からすれば、神が作った律に過ぎず、褪せ人は律そのものが魂に対する欺瞞だと考えてます。なので宇宙の何処かにいる神を殺し尽くす為に狂い火によって自分が律となり、狂い星となり、太陽が目印となる宙へ旅立ちました。