少年兵が、赤ん坊を母親の前で樹に叩き付ける。骨を砕き、肉を叩き、頭蓋骨を割り、背骨を折り、内臓を破く。
少年兵が、赤ん坊を母親の前で樹に叩き付ける。泣声が上がり、血が噴き出し、目玉が飛び、脳漿が零れ落ちる。
それは人間が人類種に行った記録の一頁。実際に魂をソウルで再現された幻霊が、生前の罪科を繰り返す人造地獄。
「御友人の皆様、これは私の趣味でね。名は人類史記録回廊と言う。仕組みを説明すると、英霊になれぬ幻霊を使い、固有結界の魔術理論を使った異界にて、ああして生前の行いをリピートさせ、それを記録資料として私のソウルに保管している。要は魂で過去を直視する霊長記録帯保管庫だ。
確か、現行汎人類史には社会主義者が資本主義者を仮想敵国とし、資本主義者は社会主義者を仮想敵国とするのを同じホモ・サピエンスと言う群れの中で流行している殺し合いの愉しみ方であったよな。いや、今は社会主義ではなく、共産主義だったか。君達、サピエンス人が信じる社会的神性は群れを統一する思想そのもの故、己自身が欺瞞と化すので愉快極まりない。
よってこれは……まぁ、君達サピエンス人類種が社会正義として行った善行の一幕だ。
私のような単体で完結する不死者からすれば、仕組みは理解は出来るが共感出来ぬ善行ではあるがね」
泣き叫ぶ母親。肉塊となった赤子。そして、我が子を目の前で殺された女を更に少年兵は、その絶望に溺れた儘にした上で、頭蓋を銃弾で砕いて殺す。
生前の罪を繰り返す。
リピート。リテイク。
歴史に所業が記憶された故、小異界は過去の業を反復する。
「私はソウルを奪う為に人殺しを好きで行うが、君等は人殺しを善行として誇る知性を有する。最近で一番の大量虐殺にこの日本国で行われた市街地焼却を見たが、あれもまた素晴しい善として誇るのが君等の善性の本質でもある。
殺人の正当化は、神の欺瞞だよ。
悪もまた善であり、善悪は等価。
命の価値を計るのは群れの損得。
要は、醜さを誇る脳機能である。
この光景もまた良かれと思って行った善なる罪。獣性の本質だ。即ち、人間に善を求める事が悪となる」
腹を裂かれて腑が飛び出て死ぬ人。棍棒で頭を何度も叩かれ、痙攣した後に死ぬ人。手を後ろで縛られ連行され、穴に落とされた後、上から銃殺されて死ぬ人。
「カンボジアと言う国だったかな、確か。これはこの星の人類種への見識を広げる為、そしてこの世界で暮らす人間性を知る為、汎人類史の世を旅してみた故、その時に収集した過去のソウルの残滓だ。人理に運営される汎人類史に記録された国家群の一つ。その国で行われた人類種と言う群れの中での出来事だ。
私はこれを本質だと思ったが……何、そも本質ではない事なぞ無い。本質に一つだけの答えはなく、この群れで生きる者達がそれを良い事だと判断し、他者の人生を簒奪しただけのことだ。とは言え、完璧な仕組みとして完全無欠を求めるならば、唯一の式と無二の答の組合せが必須であるが。
しかしね……灰でしかない私はふと思うのだ。火を簒奪する以上の罪を何気ない貌で繰り返すホモ・サピエンス。そんな動物の群れを管理する為の機構として存在する人理。
果たしてこの様が神の欺瞞より良いのかと、ね?
人の自由を縛る嘘を邪悪と私は断じたが、人間と言う邪悪を縛る事そのものが、むしろ善行だったのではないかとね。
愚昧で在る事。
醜悪で在る事。
それを愉しめる人間性を、必要悪しか許容出来ない神性では分からない故、人を家畜化する選択は生物として必然だったように思えてならない。
火を簒奪した闇となり、悟りを開いて全てに納得し、無心に還したのだが、この葦名に召喚されて不死と化す前の人間性を取り戻した今―――再び、私は葛藤する愉しみを得てしまった。
汎人類史を学んだ事で得た苦悩を、解決したい。
灰と言う人類種の答えを得た上で、私は今の人間性で答えを見てみたい」
「その為の―――輪廻の業」
「そうだよ、星見のオルガマリー。君が拓き見た様、私は根源から隔離された輪廻転生の律を此処で作っている。
根源より生まれたこの世界たる宙。
我等の最初の火で再現した最初の星のソウル。
葦名の宇宙に浮かべたカルデアスより、良い造物が出来そうだ。星が巡るオーダーを始めた太陽が、私へと因果を始める意味を授けたと言える。
だが、それは如何でも良い因果関係だ。私は輪廻の環を作るだけであり、それで魂の流れを支配したい訳ではない。人間を管理したい神へ、この仕組みを渡すのみ。
君が知り得たい真実は、これより被造される真理ではなく、受け渡された今の真理である」
「そうね。貴女の内側にある輪廻の業……今もその脳と魂で作ってる最中みたいだけど、良いセンスしてると思います」
「感謝する。他者からの批評があれば、我が独善も汎用的価値を得よう」
人類最後の被造物―――宙なる輪廻の律。宇宙全ての魂が巡る世の仕組み。
造物灰が夢見る現象。魂を作り、魂を流し、魂を消し、また魂を生む。生命に魂を根源より降ろして宿すのではなく、根源に干渉して魂を作るのではなく、根源とはまた別の魂が誕生する全ての命の故郷を作り出す。
―――闇。そこより生じる火。
灰の世界と、この世界も根底の仕組みは同じ。
命の輝きは太陽の火から生まれた。この宙で輪廻を始めるには輝ける星の火が必要なのだろう。
「故、我等灰、汎人類史の人類種の視点から観測すれば、倫理を無用する悪人となる。
尤も、君等もまた、未熟な倫理観しか持たぬ幼子だ。あるいは、倫理自体が幼い精神が夢見る群れの統率理念に過ぎず、成長しない子供で在る故に幼い理念を未だ完成させられぬのだろう」
「未だ皆、幼年期よ……」
「肯定する。私も子供に過ぎぬ故……だが、ならばこそ、降臨した邪神も同様に落とし仔であった」
そして、人類史は次のシーンに移る。それは火の虐殺。光る爆弾が天空より落とされ、都市一つが丸ごと熱却された。
放射能が地上を汚染し、命を腐敗させる猛毒の火が人を焼き、蕩けた遺体となって死亡する。
人間が望んで作り上げた地獄絵図。この惨劇に何一つ反省せずに後の歴史でも、殺戮者はしたり顔で虐殺を行い、だがある程度の自省を以て火の地獄を現代ではまだ再現されてはいなかった。
「これは、太陽の火の兵器利用だ。哀れだよ、死に至る程に。
宇宙深淵の仕組みを理解し、物質を熱として使う業を手に入れ、星より命が生まれた最初の一端を宙より簒奪したと言うのに、それを同族殺しに利用するとは。
君等の人間性は、私が知る神性に似通っている。
いや、私も神のソウルを簒奪している故、神性も混ざってはいるがね」
「仕様が無いわ。だって、人間って人間風情に過ぎないんだもの。私も人間から生まれた被造物だから分かるけど、何か自分と違うかもしれないって言う邪推だけで、とりま殺し得だし殺しておこっかなってだけで殺す脳を持つ生物なのよ?
ぶっちゃけ、遺伝子から作り変えて別種族にしなきゃ変わんないわ。
まぁ、人間が遺伝子を作り変えたとしても、それもまた人間が作った新人類種に過ぎないから、その環の枷から抜け出せはしないと思いますけどね?」
「火炙りにされた魔女の君が言うと、とても説得力がある」
鞭で打つ。三角木馬に乗せる。熱した火棒で炙る。苦悶の梨で性器を拡げる。縄で縛って吊るす。水を飲ませて腹を膨らませる。爪に針を刺す。単純に強姦する。
拷問と尋問。宗教的娯楽惨劇。愉し気な責問官。
各国の様々な文化的特色のある拷問祭りの記録展。
血の匂いが伝わる。肉の臭いが満ちる。悲鳴と悲痛が溢れ、断末魔が溢れ漏れる。
「この記録は膨大でね。君等も中々に良い趣味をしている。まぁ、見慣れているだろうし、次に進もうか……おや?」
「………」
「気分が悪そうだね、忍び。休むかな」
「不要」
「そうかね」
崩れ落ちる大都市のビル。流される海辺の町。噴火で灰に沈む都。焼き払われる村。伝染病で病死した遺体の山。人間が人間を殺し、その上で星が起こす自然現象が人間を淘汰する。
魂が―――流動する。
死ぬ為に生まれ、産まれる為に死ぬ。
命とはこの宇宙に存在する為の資格。
根源に在る魂は、生死の循環によって停滞から流転する。
「無垢なる儘に、繁栄する姿こそ人間の本質だ。我ら不死には許されぬ業であり、命に限りが在るからこそ火の輝きを持つ。
命は死ぬ故、醜く、美しい。
止水だけでは腐敗を招く。やはり、この宙もまた魂が永劫となれば命は淀み、輪廻は留まり、腐れを呼ぶ。命の生死が魂を流水させる。でなければ、美しさのない醜さの闇となろう」
「作られた儘か。余は……‥嫌いだな。
生を祈る為の、死の悟りなど要らなかった」
「私は逆に好きだぞ、暗帝。この星の人類種は素晴しい。
我等とは逆さとなる命の在り様。流星の如き僅かな時で燃え尽きる炸裂は、人生を芸術作品として完成させる煌きである。
善い物語だ。良い娯楽だ。
私の様な下らぬ命と比較すれば、その生死は観測者を愉しませる価値を有することさ」
森林で殺し合う。荒野で殺し合う。砂漠で殺し合う。街中で殺し合う。空中で殺し合う。塹壕で殺し合う。草原で殺し合う。山中で殺し合う。
殺し合い、殺し、殺される。殺し続ける。
命を消費し、金を消化し、群れと群れが神格化した思想で以て殺し合う。
全てが本質だった。あらゆる過程が真実であり、何かもが現在と言う未来として具現した。
「求められ、必要とし、殺し合うか。心より願われた故、人々は人間を殺す。
成る程。人の使命か……いや、人が人を殺すのに使命もない訳だな」
「うんざりする?」
「……―――いや、驚いた。マスター、君も同じ感想か」
「流石に俺も、悲しむって言う感情を出すのに疲れるよ」
「人間、疲れを忘れる為にも慣れるからな。何より殺す殺す、殺す殺す殺す……人の営み、そればかりに関わっている。
ある種、諦観もマスターは覚えよう。
しかし、尚も進むなら、その意思は強き善だ。いや、強過ぎるとも言える」
「ニーヒルさんも、そうじゃない?」
「私は……どうだろう……だが、善ではない。いや、カルデアに組みする時点で善側か。殺戮と殺し合うを愉しむ外道と己を卑下する感情もあるが、だからと言って殺人行為に罪悪感を感じ得ぬ。所詮、作業化した日常だ。
―――善か、悪か。
マスターは私をどう思う?」
「紛うこと無き、極悪人かな。信頼はしているけどね。
だけど前提として、サーヴァントに命を奪う様に指示を出してるのはマスターの自分だよ。生きる為とは言え、助ける為だとしても、罪を犯せば罰を受ける。何より、責務から逃げる自分を許したくない。
貴女がカルデアの為に犯した悪は―――俺の悪だ。
何より、俺は善人じゃないよ。だから、善で在る事に拘り何てないしね」
「柔軟だなぁ……いや、正義や矜持をこれと決めると独善となる。だからこそ、様々な英雄様が君の言葉を好むのだろうな」
「そうなの?」
「マスターは殺し合う人間の記録を魂で直視し、まともな精神を保って今の状態だからな。
呪われ慣れてもいるのだろうが、地獄の中でも倫理と信念を喪わないのは素晴しい狂気だと思うぞ?」
「だったら、まぁ別にいっか」
「マスマー……貴公は貴公で狂っている。
ならば貴公らしく、その狂気を闘争の中で飼い慣らし給え」
「分かってます。人間、やっぱ狂わなきゃ戦えないよ」
「狂気に正気を混ぜるのが闘争の醍醐味だ。
とは言え、幸運なのは殺す為の戦いではないことさ。殺す必要はあるが、殺戮を疎む程度の自由はある」
褪せ人の言葉通り、保管庫はソウルとして過去を記録する。実際に人々が記録帯の仮想異界で過去を再現し、現在進行形で憎悪に満ちた呪詛を生み出し続け、この保管庫には呪いが充満し続けている。ホモ・サピエンスが星に刻んだ罪の歴史が幾度も繰り返され、この世全ての呪詛が何層にも重ねられている。
濃密な呪い。糞の中に等しい魂の悪臭。
正に、灰が好む地獄の楽土。葦名に造物灰がこの施設を建てれば、あの地に封じ込めた獣も臭過ぎて眠りから醒める事だろう。
「あら、オルガマリー。どうしました?」
「特に、何も」
「そう……でも、何故かしら。貴女、とても愉しそうな貌になっていますよ?」
「厭らしい事を言うわね、魔女」
「ま、御年頃ってヤツかしらね」
「どうかしら。個人的にまだ幼年期な心です。児童期を経て思春期へ至るにはまだまだ叡智が足りないわ。
そう―――
「貴女、人間相手に性欲とか湧かなそうだものね」
「おっと。狩人ギャグ、受けないとは」
「啓蒙不足で理解出来ないわ、ごめんなさい。
叡智とエッチと、性が目覚める思春期を掛けてるのまでは、何とか分かるのだけど」
「それで正解。後、ギャグ解説は冒涜よ」
「あらま。失敬、失敬」
人為的飢餓による大量殺戮。餓死者を生み出す為政者の悪意と悦楽。見知らぬ誰かを飢え死にさせる事で、何かしらの利益を得る人を管理する側の人間。あるいは、自然災害による大量餓死。
―――食人。飢えの果て。
子を食べる親。親を食べる子。赤子を鍋で煮込む悪夢。
死ぬ。ただ死ぬ。ただただ、死ぬ。死ぬしか無く、動けず、苦しみ、故に死ぬ。生きる為の食糧がなければ、人は死ぬしかない。人類は星の大地を食糧庫にすることで現代では自然災害による餓死を克服したが、為政者が故意に引き起こすことで、ジェノサイドの一手段として政治的取引の要素となった。
特に悲劇的な記録だった大規模餓死は、近代の大陸で起きた事件だろう。為政者の思い付きで特定の動物を有害だと決め付け、本当は農作物を害虫から守る働きがある雀を大量駆除し、数千万人の人民が飢え死にする破目となった。
「相変わらず、地獄の光景。正に人界、生死の坩堝よ。余は悲しいと考える」
「人間が、この星で産まれたからには避けられない悲劇じゃない」
「何処を富ませ、何処を縊り殺すか。真っ当な人間で在った頃は机に向かって悩んだものだ」
「王様稼業も大変みたい」
「そうだ。故、他人の命に鈍感となる。思惑一つで人生を左右する事へ、慣れてしまうのだろう」
「仕事だもの。仕方ないわ」
「魔女の貴様が余を慰めるとは……まぁ良い。
食糧価格高騰でローマ市民から反感を買った身としては、国民の飢餓は恐ろしいものものを感じるしな」
「自殺要因の一つですね……あら、次のは自殺系の記録じゃない」
時代や民族、社会形態に揃った自殺動機。そして多種多様な自害方法。首吊り自殺、服薬自殺、窒息死自殺、焼身自殺、餓死自殺、飛び込み自殺、飛ぶ降り自殺、低体温死自殺、出血死自殺、入水自殺、感電自殺、銃自殺。
自殺志願者が選んだ安楽な死にして確実な死。
あるいは、苦しみ抜いた末の覚悟を決めた死。
誰かの為の死。自らの為の死。自らを殺す死。
魂は巡る。自害する未来に辿り着く命の価値。
あるいは、人が人を追い込む社会こそ人類史。
あるいは、自死を願う程の不幸が必要な社会。
死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。
何もかも汎人類史。願われた在る儘の人間性。
あるいは、汎人類史の逝き着く先が自殺自害。
人類が人類に行なう殺戮が、そも種族の自滅。
魂が巡る。この宇宙で産まれた生命に取り憑き、そしてまた魂は根源へ還る。宇宙を観測し、その情報が刻まれた魂は生まれ故郷の根源へ解ける。宇宙でさえ寿命が在るのならば、この宙に永遠は在り得ず、自害する精神性は宙の仕組みに則った自己防衛。
魂で知る。詩を謳う。
だから灰は、こんな慰霊碑を建てたのだろう。
宇宙が滅んでも死ねない灰共は、自害するだけで宙の外側へ還る魂が羨ましいのだろう。
多種多様な自殺動機と自害手段を夢見る為、惨たらしい全ての死が記録される。星が看取った星の仔、人類種の死が夢のように繰り返される。
「あらま。自刃した貴女には御辛い記録庫ですね?」
「―――……うむ。そも、今より死ぬ余が見えるしな。
だが、別に良い事だ。本質的に、誰もが星に看取られて死ぬ。人理の裡であれば、孤独に死ぬ事もないのだろうよ」
「そうね。レイプされて、そのショックで自殺を選んだ女の記録も全て星は看取ってます。ほら、あそこに見える映像がそうでしょう?
私は生まれた理由がそう在る所為か、どうも他人事でもその手の憎悪が湧き易い。だから星も自分が生んだ落とし仔がそう在る生物だと知り、その上で理解したとなれば……まぁ、汎人類史に獣性が膿む事を許し、ビーストが人理を破壊する可能性も容認する事も在り得ます」
「悲観的だな、魔女。その悲劇は当たり前の消えない過去だ。
しかし……成る程、悲観は死を呼ぶ。星を犯した人類種を悍ましく感じ、人類全てを道連れに自死を選ぶ可能性は在り得なくもない。
であれば、人血と混じり合う星の落とし子は哀れな生命となる。より強く、人理より、人間性を束縛される運命が与えられた」
「綺麗な言葉で言えば、殉教ね。死ぬと分かった上で、理想や信念の為に殉じるのも、ある意味で自殺とも言えます。
星の意思であるガイアは人類を滅ぼしてもこの宇宙で生存しようと願うけど、それに疲れて生きる意志が摩耗してしまえば、自滅する我が子を真似る程に壊れる事もありましょう」
「穢れた廃棄物か……余、出来れば命は愛したいのだが」
「残念無念。結局、星屑である地球も最後は宇宙に不要な塵となるのです。私達以外の不死者も最後は同じ末路です」
「そして、星屑はまた違う星へ転生するか。魔女の貴様も同様、狩人共は宇宙に対してのみロマンチストだな」
「けれど、事実です。ならせめて、自害する命の自由程度は見守りたいを思います……ま、感想はこんな雰囲気でオッケーかしら?」
「良いのではないか。忌諱するだけよりも、他に感情を得る事が人間性の自在さだろう」
葦名特異点に集積された人類種の情報回路。それを閲覧する為の、脳に直接的に映像記録を見せる人類史記録回廊を抜け、造物灰に連れられて七人は奥の扉へ辿り着いた。
―――木製の扉だった。
何の変哲もない唯の扉であり、壁が無い空間に扉だけが立っていた。
「此処かしら?」
「ああ、此処だ」
所長の小さな呟きに造物灰は反応し、取っ手に引っ張り、扉を開けた。
―――人の火の炉。
篝火が一つある巨大な塔の中。黒く焼けた異界。
床には灰が積もり、燃え殻が転がり、周囲全てが熱で蕩けていた。
「此処は定着させた私の心象風景の一つでね……―――最初の火を、火の無い灰の火として作ってみた。
燃料は想像通り、この扉の外側にある人類種達が積もらせた怨嗟の歴史だ。不要な悪性情報として星のソウルに刻まれていた記憶を、永劫性のある記録として汎人類史より写しを使わせて貰っている」
「葦名の宙に浮ぶ太陽と比べてると、出来損ないね」
「手厳しいね、星見の狩人。存在規模で言えば、そうとしか言えぬよ。あれは宇宙が根源より呼んだ最初の魂を、また再誕させた始まりの太陽……宙の輪廻を始めた火の復元である故、存在の所以がより根源的だ。それ故に、私達が根源を観測して火にソウルを注ぐのは容易い実験的思考である。
……しかし、この火は人の火だ。
負の歴史を繰り返す事に何かしらの意味を見出すのであれば……と、私なりに有意な人間性を創造出来たと自負はしているのだよ」
「汎人類史が繁栄する程……――人間が人間を消費する程、貴女の火は美しく輝く訳ね」
「その通り、比例関係だ。人の力、即ち人間性だ。
罪が力となる。人の業こそ、神を罰する悪意を作り出す」
「それこそ罪の積み重ね。延々、尽きない動力じゃない」
「飽きず、繰り返す我々の業。過去を学んだ上で思う儘とは、無垢よなぁ……」
篝火から火の欠片を離し、その分け身を掌に乗せて造物灰は自身の最初の火で僅かばかり温める。
「……だが、罪を犯す源泉は心だ。どのような悪人で在れ、生まれたばかりの赤子は無垢である。あるいは、善人で在ろうとも生きる中で悪を学び、罪を為し、罰を知る。
魂が生まれた理由。この世で命が生きる原理。
倫理に反する者だろうとも、望まれた儘に存在するならば、それはやはり善だろう。
生きる為に他生物を食し、細胞を取り込み、栄養とする。魂たるソウルも同様だった。人を食い物とし、他人の苦痛と絶望を幸福の糧とする人間性だった。
望まれた儘―――無垢なのだよ。
だが命を産んだ星の儘、神が作った方程式に従うのならば、それは星の家畜と言えるのではないか」
造物灰と名乗る女は深く笑い、掌で燃える火種を愛しい赤子を見守る母親の瞳で慈しむ。
「強いて言うなれば、無垢律と呼ぶべきだろうな。この星の人類種は、神を作る星をやがて殺す癌と成り果て、宙へ旅する霊長へ進化するが、それさえも願われた未来に過ぎない。
即ち人間は、自己家畜化した遺伝子を継ぐ生物となる。
野生を捨てる事で惑星社会を形成し、星を滅ぼし、ホモ・サピエンスは星を生んだ暗い宙へ人間性を広める事となる」
ころりころり、と火種を転がす。子供と遊ぶ様に彼女は手を動かす。
「その為にも、この宙が命を生んだ理由を知るべきだろう。同時に宇宙が命に魂が必要だと考えたのか、人間は悟るべきだろう。
答えとなるが分からぬが、我等が根源より呼んだ輪廻の始まりは有益な原罪だ」
ぼうぼう、と火種が燃え上がる。彼女の手が燃え殻となり、焦げる。
「だが―――罪とは、何か。
何故、罪を背負う自責の念を魂は覚えるのか」
灰は笑う。既に得られた答えだと言うのに、人類種として別種の人間をこの世界で知った時、自分達とは違う
闇で在り、暗い魂でしかない己。
簒奪した火を灯す炉と化した魂。
その彼女をして此処は―――広過ぎた。世界が余りにも大きく、巨大な宇宙と言う世界でさえ有限に過ぎず、時空間も輪廻する仕組みであった。
輪廻が死滅しても存在する永遠。
永劫の時を経ても更に生きる命。
罪科さえも死に絶える未来の先。
造物の簒奪者、ピグミーは思い出す必要はなかったと断じた。死灰の簒奪者、アッシュ・ワンの召喚に応じた所為で回帰した不死化する前の人間性を取り戻した結果、自分と言うソウルがこの世に生まれた意味を悟りたくなってしまった。
「御友人の皆様、私にそれを見せて欲しいのだよ」
「別に、貴女と何一つ変わらないと思いますけど」
「君がそう考えるなら、それが答えなのかな。恐るべき星見の狩人よ」
「貴女だって、人を殺して、その魂を食べても、殺人を犯す罪を魂では実感出来なかったんでしょう?」
「その言い草、魂では理解出来なかったと聞こえるが?」
「そうよ。脳では理解出来る本能だからね。神たるグウィンに仕組まれた枷を持つ貴女達の人類種だと、そう在るべき人間性に肉体の遺伝子からして導かられていたのでしょうが、その仕組みはホモ・サピエンスも同じです。
進化する際、私達は社会を夢見る為に遺伝子を変質させた。
自己保存と種族進化。人理と同様、如何に身を守り、身を守らせ、種を存続させるか。
つまるところ、人理とは正に人の業を夢見る星の罪。人間性の化身です。それと同じく、殺人を罪と覚えて忌諱する感情は、人間が人間社会を作るのに有益だから存続した脳機能となります」
「そうか。人間と言う動物が、効率的に群れを作る為に必要な機能に過ぎんのか」
「じゃないと、核弾頭を作りながらも国際社会を維持する何て矛盾、ずっと続けられないじゃない?」
「だが神の欺瞞を愛した我等と同様、星が作った君達も人間同士で殺し合い続ける矛盾は、何故?」
「それもまた、社会に有益だからよ」
「善悪、功罪、光闇、全てを混ぜ融かす繁栄か」
「人間に答えはない。あるいは、その形がない姿が人間なのよ。貴女の可能性が無限大であるように、私達人間の中身は何者にも成れるし、何者にも成り切れない可能性がある。
だからね、罪は脳で感じると共に魂で理解しなくちゃいけない訳。
本能的理解は脳機能に過ぎず、その是非は今までの自分の生き方と、自分自身で決めた在り方で判断するべきでしょう」
「そうだな。肉体と言う枷こそ、魂に意味を実感させる。何より、意味を咀嚼出来なくば、我々の魂は価値を自分から見出せない。
―――人間か。私も君も、何処までも人間か。
人間は、人間で在る事を悟る為に生まれ、やはり死ぬ。
ならば、死ねぬのは悲劇か。思えば、神が人より不死を簒奪したのも、恐怖と共に憐憫を抱いた所為かもしれぬ」
良かったと彼女は思う。全て良い出来事だったと断じる。
瞳を得た灰達は人理人代を啓蒙され、上位者の思索を以て人間性を夢見る火の炉となり、やがて宙を融かす混沌の火も得るのだろう。
「では、これを。望んだ火種だ、星見のオルガマリー。
瞳に火を宿し給え。君であれば開眼は容易く、灰でしかない我々を打ち砕く未来を観測出来るだろう」
流れ込む火。最初の火、儚い火、呪い火、暗い火、黒い火、燃える火、冷たい火、狂い火。あらゆる火が脳を焼く。所長は火で瞳が蕩け堕ち、脳に繋がる空洞を手に入れ、また眼球が脳より膿み現れ、新しい瞳が再誕する。
―――時空全てを見通す瞳。
時空間を見る意味を知り、宙を宙として認識し、光を必要としない眼が脳より生まれた。
全てが火。宙は火より生じ、命も火から生じた。暗い宙から火は灯り、銀河は誕生した。
永遠の果て。時空間の熱が死滅した先。次の宇宙と前の宇宙。根源は名の通り、宙の根。
ソウルの業。呪術の火。魔法。魔術。奇跡。結晶。黒炎。竜。食人。天使。人間性。神。
彼女は融けた魂を見通した。即ち、脳へ入り、全て蕩け、魂へ融けた。ソウルは悪夢だ。
「火の瞳……―――廃炉の魔眼とでも言うべきかしら?」
「ああ、良いと思うな。無用となった誰も使わぬ炉の火種だ」
「ありがとう。貴女の御蔭で脳が進化しました。新しい悪夢を啓けそうだわ」
「では、善き獣狩りを。
そして、後悔無き灰狩りを」
「勿論。灰は全て、須く皆殺しです」
造物灰の額にエヴェリンの銃口を押し付け、星見の狩人は引き金を引いた。
読んで頂きありがとうございました。
外なる神と遭遇した後、啓蒙を得た上で強化イベントを一つ終えましたので、今回は所長の脳が進化した話となります。