「我が自重を、ここに棄てる」
カァーン、と鐘が鳴る音が響く。教区長ローレンスが運営する医療教会葦名支部に建てられた時計塔が、葦名の街全体へ時刻を教える。
その音に掻き消されたのか、英霊のデーモンを
〝源為朝のデモンズソウルね……――あれ、ロボでは?
仕掛け武器とかの次元じゃない兵器な気がする。宇宙人の古代兵器とか、ヤーナムの外も啓蒙深いね”
月の狩人の指の眷属。あるいは指の狩人、ユビ。今は医療教会の狩人、ユビ・ガスコインと名乗る眷属の狩人は、複雑怪奇極まる自分の現状を啓蒙されたが、己自体が理解し難い。だが今の体の脳神経回路は月の狩人が生んだ思考する紐で作られている為、彼女は雰囲気何となくで全知の知覚を有し、現状の何もかもは見通せている。
序に平安ガンダムと言う言葉が啓蒙されたが、意味は分からなかった。
しかし、見え過ぎるのも辛いだけ。もはや人理も、人類種も、星も、宙も、吐き気しかしない。目を開けば絶望ばかり映り込み、この世の全てが闇へ消える未来が答えだと理解する。無論、眩しい希望も同時に見えるが、それもやはり暗い闇で沈んで消えた。
能力こそ
「あー……あー……――ア”ァァア”ア”ーーー!」
衝動的に散弾銃で脳を吹き飛ばして自害したくなったが、
―――生臭い。魂から薫る汚臭。
迷宮化した葦名街の裏路地で英霊のデーモンを狩り殺し終えた
彼女はその先に何があるのか、ほぼ分かっていたが見に行かざるを得ない。手に持つ斧を緩やかに握り締め、信頼する散弾銃を構えながら無音で歩き、周囲の環境に気配を同化させて進む。
「――――……」
予想通り、ただのレイプ現場だった。見た目は褐色肌で白髪の女が、キリエライト素体から作られた愛玩奴隷を陵辱しているだけ。今の葦名において、キリエライト素体の複製人間シリーズは大量生産される品物に過ぎず、使用目的は様々であるが、やはり一体一体はそれなりのソウル価格で販売されている。ソウルの飢餓で苦しむ葦名市民では手が出ず、事実上、複製人間を愛玩出来るのはほぼ灰の内の誰かと言う事となる。
だが前提として、女が女奴隷を犯している訳ではない。
見た目が褐色白髪の美女の灰と言うだけで、性別は男。
しかし、所詮は人工物。灰達の貌と体は生まれ変わりの神秘を応用した芸術作品に過ぎず、キリエライト素体も大量生産された工場製品な上、愛玩奴隷個体は美貌補正された顔立ちに修正加工されている。二人共に美し過ぎる所為か、男が女を犯している風景だと言うのに、
「気持ち悪い」
「酷いな、指の狩人。貴女も、両親が営みを行って生まれた命だろうに。
だが、生殖行為は幾星霜の年月が経っても素晴しい。セックス、ファック、強姦、暴行、須く素晴しい」
「生き方が気色悪いわ……」
「しかし、長くそう生きた。感情を失くし、感動を亡くし、性欲を愉しめなくなったが、それでも嘗ての感動を取り戻す為に色々な命を犯してみた。転生の業を得たからは犯されてもみた。獣、騎士、亡者、腐肉、目に付く魂を全て冒涜した。
大切なのは―――己が棒と孔だった。
二つ揃い、共に愉しむ肉体こそ魂が最大の悦楽を得る手段」
「……で、葦名で人間性をあの灰から貰って、また感動を得た訳ね」
「そうだ。故、今晩如何?」
「あの、もしかして……あれで口説いてた?」
「セックスの素晴しさをアピールしていた。私も私でこの世の慣わしと流行りを楽しむ所存だ。
だからこそ、君と私でセックスアピールの新たなイノベーションをソリューソンする為のエビデンスをこうして脳内へインバウンドする行為こそ、キャズムを超える一歩となる」
「なら私はこう返します、草」
「成る程。日本文化的な善き返答だ」
「じゃ、私はこれで」
「さらばだ。それとね、君と為朝公のデーモンとの殺し合いを肴に行う人形遊びは甘美だった。良い刺激をありがとう」
「…………どうもです」
尊厳を賭けた先程の悪魔狩りが、自分が拠り所とする狩りが、射精する為のオカズとして愛玩された屈辱。指は憤怒を覚えるが、灰相手に怒りをぶつけた所で、彼等の人間性が人の感情を愉しんで絶頂するだけに過ぎず、より相手を喜ばせてオカズを提供する行為となる。
性の探求者である悦楽の簒奪者、アマナから彼女は直ぐ様に離れる事を選んだ。この灰は葦名に召喚された後の趣味として、両性有具のハイブリットの褐色美女の肉体へ転生してあらゆるセックスを繰り返し、挙げ句の果てに性奴隷の調教に手を出し、最近は汎人類史から啓蒙されたAV作品の監督まで行う始末。もはや性欲に導かれる儘の高過ぎる行動力。このレベルの変態に近付くのはリスクが高過ぎると、彼女は一般常識として理解していた。
「ああ……それとな、刺激的な雄姿を見せてくれた御礼に忠告する。
指の少女よ、星見の狩人には気を付け給え。造物灰が汎人類史を焚べた炉の瞳を脳に得た故、君だけの思索を見抜ける事だろう」
「そう……」
それを聞き、陰鬱な気持ちへ堕ちた
路地を抜けた先―――狂った変異亡者が人間のソウルを、肉体ごと食べていた。
獣の濃霧に汚染した悪魔憑き。病名、アゴニスト異常症候群。その罹患者は葦名で死んだ英霊等が蕩けたデモンズソウルに呼応し、心身全てを変化させ、人間ではない新しい人類種へと魂が深化していた。しかし、精神崩壊によって理性は消え、ただただ悪魔の獣と化して人肉とソウルを貪る化け物と成り果ててしまった。
「いあいあ、いあいあいあ。あういあいうあふは」
毛深い蛸貌の熊人間。髭の様に生えた触手が人体を首吊りにし、脳味噌を管で吸いつつ、内臓を素手で捥ぎ取りながら器用に食べていた。肉食獣は獲物に直接噛み付いて肉を頬張るが、この変異亡者は人間のように手を使って食べていた。あるいは、気の枝から果実を捥ぎ取る猿の様な。
だが、獲物となった葦名市民―――二十歳前後の女は不死。
灰の企みによって特異点の住人は死ねない為、彼女は生きながら貪られていた。
「ころ、して……ころし、て……」
吸われる事で少なくなった脳でも、女は今直ぐ死にたいと自害を懇願し続ける。喰われながらも早く殺して欲しいと、蛸顔の変異亡者へ死を望み続けている。
―――素晴しき、ソウルの世。
成れ果ても成れ果て。悲劇に悲劇を積み重ね続け、手の施し様が皆無な末期を過ぎた人間社会。
ディストピアなど生温い。滅亡は慈悲。此処は死も無く、終わりも無く、数多の地獄がごった煮となった魔女の釜の底へ溜まった汚物以上の悪夢である。
「螺旋。螺旋……捻れて、廻る。回る。太陽の周りを惑星が回り、惑星の周りを衛星が回り、この世の何もかも宙を螺旋を模様に廻る。そして、太陽も銀河の中心を軸に廻り、その銀河は宇宙の中心を軸に廻る。
私達は闇黒の中をずっと、ずっと、ずっと、五十億年間止まらず、ずっとクルクル廻る。廻り続ける」
啓蒙なのだろうか。指は宙が視る為に脳が拓かれ、螺旋する星を見る。今この瞬間、自転しながら螺旋する地球を感じ取り、宇宙空間を突き進む星を知り、それに乗る人間もまた宙を超高速で物理的に螺旋する命の群れだと悟る。
だからきっと、こんなにも全てが螺旋する世なら、宙を螺旋する命が悲劇を繰り返し螺旋するのも当然の業なのだろう。
廻る。廻る。何もかも、廻る。
星を開闢する乖離剣が螺旋の渦を放つのも、必然。星は螺旋する
全ての灰達が殺した
だからか、また指はこうして人を殺す。繰り返し、獣を狩る。
父の遺志を継ぎ、獣狩りを全うする。ガスコインの遺子として、獣狩りの斧を獣へ振るう。散弾銃を撃ち放つ。亡者とその犠牲者は一瞬で解体され、即座に狩りは全うされた。
「遺伝子は螺旋模様。生命の形が螺旋なら、廻る星群が描く宙の曼荼羅も螺旋。最初から渦巻く世なら、命が命を回す為に命を作る行為が繰り返されるのも必然。性行為も種が遺伝子を螺旋する為の必然。獣狩りの悪夢が繰り返されるのも必然。終わらないのも必然。
……ひ、ひひ、ヒヒヒ。
あひゃ、ひゃひゃひゃははははハハハハハハハ」
臓腑がぶち撒かれた炉端に倒れ、四つん這いとなり、気が触れた彼女は亡者の内臓を舌で舐め、その血を味わう。皮肉な事に狩人として完璧な眷属である為か、血によって生きる意志が活性化され、命が再び絶望に抗う力を取り戻す。
その時、丁度、彼女の前で人影が止まった。
「おや、指の狩人。道端で腹から出た吐瀉物を嘗める等、はしたない」
「…………まぁ、そうだけど」
「ふむ。その様子、世の有り方に絶望中か。存分に年頃らしい悩みぞ。我も不死の印が浮んだのが十代半ばでな、色々な全てにあの頃は憎悪していた故、貴様の気持ちを十分理解出来る」
「人間、中身なんてそんな変わらないのは分かるし、本当に理解してるのも分かるけど……分かるなら、理解者みたいな言葉を語らないで欲しいって私の気持ちも、分かるでしょう?」
「だからこそ、だ。可愛らしい狩人」
「クズね、糞女。それと喋らないで下さい。何か口、臭い」
「それはスマヌス。そこの屋台、麺屋シャラゴアで混ぜ蕎麦を頼んだのだよ。ニンニクマシマシ全盛りトッピングを特盛りでな。最近開店したラーメン九郎に並ぶ旨さだろう。ソウルにも似た中毒性がある味付け、この日本と言う国で初めて知り得た。
今は口直しに食後のデザートを求め、街を彷徨うつもりであったが……貴様が路傍で人生絶望しているのを見付けた訳だ。
だが所詮、その程度の葛藤は生きる事への失意に過ぎん。
美味い飯を定期的に食すか、綺麗で性技が巧みな異性を程々に抱けば、緩和される悩みであろう。美しい奴隷を犯せる風呂屋と美味い飲食店、紹介しよう」
欲望を楽しむ理念。あるいは、欲を楽しめる魂の在り方。
「………糞呪の簒奪者が、そんな助言?」
「糞団子狂いなのは、その狂気が一番好みで愉しめるだけのこと。灰は基本、長く死ねぬ所為か、多趣味であり、且つ何事にも蒐集癖があるのだよ。
折角、人並みの人間性を取り戻したのだ。味覚を楽しむ食欲を脳が受肉により得たならば、我がソウルも肉の歓びに浸りたいのだ。
貴様も、一通りは試し給え。
自身の心ではないと理解した上で、今のこの歓喜を楽しめる精神こそ、魂が腐らぬ秘訣なのだ」
この葦名にて一番の美人。美の女神が霞む人類史を超える美貌。即ち、永遠に探求し続ける貌の造形に拘る整形狂いの灰。糞呪と名乗る灰、ダング・パイは昨日とは違うストック済みの美貌に貌を転生させ、精神に概念干渉する領域の微笑みを浮かべ、特に意味も無く相手を発情させた上で美の感動を強制させるも、指はこの灰に対して全くの無感動だった。
魂が魂に訴える究極にして猟奇的美貌だが、所詮は人貌。
元より、この世で最も美しい存在を糞で穢す為の整形貌。
正しくこの灰は吐き気を覚える美しさ。灰にとって美しい存在は汚れ、穢れ、壊れ、腐り、犯される事でより美しさに価値が生まれる。歪みに歪んだ美意識を自分に向かる糞呪灰は指にとって、月の狩人と同じく外宇宙の深淵を見通す脳瞳を持っているのに直視したくもない糞女だった。
「だから、人間に人間を食べさせる……」
「御可哀想な話だ。不死となった葦名の人間を少しばかり呪うと、消化されて、肥えた人糞になろうとも、肉体からソウルが剥がれない。
宙の外たる根源へ等、我は魂を逃がさぬ。
魂の尊厳を極限まで冒涜する愚行とは何かと考え……やはり、それは糞団子だと我の脳は至ったのだ」
ダークハンドで覆った左手で糞団子を握り、糞呪灰は意味有り気な微笑みを美貌に浮かべる。ゆっくりと
一瞬にして惨劇が起きる。不死街と化した葦名だからこそ死人は一人も居ないが、汎人類史の街であれば、糞呪灰の糞団子一つで幾百人が死に絶え、歩いて移動すればそれだけで殺戮が引き起こる事だろう。
「ま、待って……ちょっと、ねぇ?」
「貴様、恐怖と嫌悪で顔が宜しく歪む。そうだ、それが良い。それで良い。
同類の灰共は糞塗れになることを余り嫌悪せぬ故、我が悦楽なる糞合戦の愉しみも僅か。だが怯える貴様は可愛らしく、新鮮な感情こそ味わい深い刺激を人間性へ与える」
そして右手もダークハンドの波動を放ち、両手に糞団子を握る。糞呪灰は悪臭を倍化させ、あらゆる生命種の肺を壊死させた上で嗅覚を殺し、鼻越しから脳が腐れた。
この状況は非常に不味かった。
糞呪灰による無差別攻撃は
「―――糞呪の灰、それはないな。
人が気持ち良く奴隷を犯している最中、魂に臭う糞団子を取り出すとは。私の奴隷、セックス中に糞尿を垂れ流して気絶してしまったよ」
全裸の性奴隷を担ぎ、全裸装備な
「気色悪い奴だな、貴様。我々と同じ知性があろうと所詮、キリエライト素体は獣霧を捏ねて産んだソウル人形だろうに。それを相手に本気で情欲を向けるとは。
如何に真に迫ろうと、デーモンはデーモン。獣を犯す等、糞団子を愛でる我と同類だよ、獣姦魔」
「貴公……私は兎も角、私の奴隷を肥え糞と等価と言ったな?」
「我からすれば褒め言葉なのだがね?」
糞呪灰は刃が糞塗れとなった糞毒の愛刀―――物干し竿を取り出す。自宅に性奴隷を魔術で送還した悦楽灰は、獣のタリスマンを左手首に巻き付け、両手には汎ゆる武の記録のソウルが刻まれた骨の拳を装備した。
全ての灰が共有する殺人娯楽。
「良し―――帰ろう」
よって
何か臭うな、と悪魔は心中で呟く。肥料の臭いがする畑を幾百倍にも強烈にした感じではあるが、鋭い嗅覚に比例して許容範囲も高い耐久性を持つので、平然と彼は耐えていた。そして換気の為に開けておいた家の窓を閉めた後、自作したソファーに深く座り込む。
だが、その悪臭にペットの老猫はあっさりと死んだ。魂が肉体から離れたので奇跡を唱え、悪魔は容易くペットを死から帰還させる。
「にゃー」
此処は葦名街一等地の悪魔宅。
「思わず、撫でたくなる気持ちだ。貴公、実に人間性を刺激する仕草と声をする。
成る程、心か。
貴族の倅だった嘗てを思い出すよ。あの頃は愛犬を家族で育てていたような、そんな気がしないでもない。何より可愛らしい生き物に庇護欲が湧くなど、獣と化した人間には無用な感情であり、可愛い等と言う感動も理解出来ぬ故」
「にゃーん」
「だが、残念だ。貴公は我が業で命を得たが、数日の後にカルデアが執行する人類史救世の善行によって殺される。葦名幕府が支配する大日本倭国は人類史繁栄の為、消される故に。
この特異点、その全てを無価値と断ずるのが汎人類史の人間性だ。
猫たる貴公も例外なく、日本人が経営する保健所で屠殺される一匹の猫のように、人間社会を維持する損得で殺されてしまうのだろう」
「にゃにゃー」
「ははは。此処か、此処を撫でて欲しいのか?」
「にゃー!」
「ふははは。今度は此処を叩いてやろう」
「にゃにゃーにゃー!!」
尻尾の付け根辺りの尻を悪魔は優しく叩き、猫は薬物中毒罹患者が薬を血管へ流し込んだように歓喜した。まるで輸血液を嗜む狩人みたいだと悪魔は考えたが、ソウル中毒な自分も同じだと思い、この猫へ更なる快感を与えようと悪魔的連打を開始した。
「に”ゃーーー!!!!」
ベストソフトマッシュを行うネコミュニケーションにより、愛猫との親愛度をより深めた悪魔は、実に悪魔的な笑みをイケメンフェイスに浮かべる。
「何を、やっているのですか……?」
ある種、奇っ怪極まるその風景を見て、啓蒙高く成る代わりに正気を喪いつつ、灰は疑問を呈する他無し。
「猫との対話だ、アッシュ。人と人が和解出来ぬのならば、獣と悪魔が分かり合えないのは道理。ならせめて、猫とは和解したいのさ」
「なる、ほど……成程。理屈は分かりましたが、想いは欠片も悟れませんね」
「アッシュ、貴公の啓蒙低過ぎないか?」
「まぁ、柘榴貌の生物が美少女に見える神秘ラブな啓蒙連中と比較すればですが」
「この国の擬人化文化を解さぬか……」
「灰の一人に、獣の耳や尾を付けて愉しむ変態が居ますが、アレと同類になるのならば、愚かで在ることが賢しいのでしょう」
「しかし、可愛い物は可愛いのさ。無論、貴公も同じだとも」
「へ」
「おや、鼻で嗤われたか」
「貴方に口説かれたところで、男にときめく乙女心など炉へ焚べました」
「そうか。確かに、私も女を口説く性の愉しみ方を忘れてしまっていた。
とは言え、今はその人間性を取り戻している。
貴公との契約が続く限りの、この葦名がカルデアによって滅ぼされるまでの期間だが」
「訂正します。貴方に性的魅力を感じないだけです」
「まぁ、魂の髄まで貪り合った仲だ。お互い、ある意味知り得ぬ陰部も無い訳かな」
「言い方ですよ、言い方。いえ、殺し殺され、ソウルを食べ合ったので語弊は全く無いのですが」
「なら、恋仲以上とのことで良いだろう」
「極論、不死同士の殺し合いなんて魂の乱交宴と同義みたいなものですし、否定はしないですがね」
この葦名にて擬似的に人間性を蘇った所為か、悪魔は人間同士の会話を愉しむ心を得ていた。つまり、より長く葦名で生活すれば人間性を深め、今では下ネタを人類共有の鉄板ネタとして愉しむ心情も手にしたのだろう。
良い事、なのだろうか……と灰は悩むも、セクハラ被害を受けているのは自分だけなので許容する事にした。そもそもソウルを食べた相手なので、その人生全てを観測しており、女性遍歴も分かっている為、気にする必要すらないのだが。
「ま、兎も角ですね……有り難う御座いました。
森番の灰の奴が召喚した神を殺害した後、手早く宇宙の外側へ送還出来たのは貴方の手腕が在ればこそです」
「互いの為だ。不死の末路、悪魔で在る私が否定する意味はない。だが、時空間を作り上げる宙が滅びた後も生存すると、生命は更に進化することが分かったとは僥倖だ」
「この宇宙が冷却死した後も人類種が生き残れば、あるいはあの領域まで進化すれば、何も無い暗黒にも命は適応可能だと分かりました。
ソウルの業を使った生物進化も、愉しそうですね。
しかし、あの外側も根源の内側の世界でありますから、全くの未知ではない訳です」
世間話をしつつ、悪魔は息切れする愛猫を撫で回し、DIYソファに深く座り込む。膝の上で横たわる猫は完全に脱力しており、もはや悪魔の手から逃れる事は出来ないのだろう。
灰はペットを飼うのに弩嵌りする悪魔を「うわぁ」と実際に独り言を漏らしながら白い目を向け、
「あ、そうそう……カルデアの皆さん、やっと葦名に来そうですよ」
「ほう、素晴しいな。獣が齎した因果律が収束しつつある訳だ」
「貴方の望みはカルデアが叶えることでしょう」
「古い獣も、人間性の歓びを得るだろう」
「
私は私の心を増殖させ過ぎたと思います。悍ましい同類共である火の簒奪者を、人理の世へ誘き出す餌を作る為とは言え、特異点では理想的な悲劇を演出し、汎人類史で起きた善悪の事象と、剪定事象で消え去った人間の想念を集めましたから」
「懺悔か。ならば、聞いてやる。それと特異点での目的は別だろうに」
「魔女と暗帝を誕生させることですからね。望んで作った特異点より生まれた闇の忌み仔の二つでしたが、あれは本当に望み通りでしたね。
火の善性を覚える様、ケレブルムにも協力して貰いましたが……結果、汎人類史を救おうとする藤丸さんの意志へ感応する人間性に成長しました」
「上位者の精神性か。奴等も奴等で、悶え苦しむ人間性を感受して悪夢を産み、夢見る脳を膿ませる生命だ。故、あの二人の心は悪夢を膿ませる手応えもあろう。
しかし、その方法が一番適当とも言える。
藤丸立香の善性に感応させてしまえば、人助け以外の目的には罪悪感を抱く。同時に善き事をすれば喜ぶ人間の動物的社会性を再学習し、幾十億の人間社会と言う集団に対する貢献へ、遺伝子で定まる原始的な昂揚も得られるだろう。
全く、アラヤとは醜い仕組みだ。汎人類史に生きるこの人類種の遺伝子の形でさえ、無意識下で求められた儘の動物性で在る」
「―――愛ですよ、愛。
人が人を愛するのは、人が人を守る為であり、集団社会を維持する手段です」
「人を得る為、人間を知り、人類を学ばせる。細かい女だよ、貴公」
「それに一つの計画に目的は幾つも仕込ませる方が効率性も良いので、纏めるのが私の趣味なのですよ」
「子作りと子育てか。貴公、えげつない嗜好だよ」
「呪詛を種子とし、特異点を胎盤にした結果です。
情操教育も兼ねましたがねぇ……ふふふふ。しかし、大元は要人が犯した罪とは言え、貴方の選択も原因ではあるのですよ?」
「拡散した世界を牢に縛り、濃霧が他世界へ流出するのを防いだのは、我が罪科だ。
その為に、古い獣の魂が溶けた血と自分の血を混ぜ、ソウルを閉じ込める絵画を描いたのだよ。この世を模し、ソウルの記録を留めたが、獣の業より闇が生まれ、それが君等の生まれ故郷となった」
「だからこそ、私達の闇は命を生む。人間性を膿む。ソウルが齎す全ての元凶は、外側から獣を呼び寄せた魔術師連中、要人と言う訳です。
大元は同じです。火のソウルも、闇のソウルも、始まりは魂の業です。
絵画の中で絵画が描かれ、どうしようもない程に闇は深まり、我々はこの人間性を得たソウルに至りましたが、本質的に闇から生まれた我等は亡骸の魂から産み出た命持つソウルとなるのでしょう」
「因果は繋がっている。あの獣も元を辿れば、根源へ還った後の何かのソウルの成れ果てだ」
「まぁ、そうなりますかねぇ……ふふふ」
灰は笑みを浮かべ、口に咥えた葦名名産品―――アシナナインに火を付けた。見た目は普遍的な紙煙草であるが、恐らく医療教会が販売に関わっている為、上位者や土着神が素材に使われている可能性があった。事実、灰は少しばかり脳が明瞭となり、起きながら夢見る頭蓋骨の中身を見ており、阿頼耶識と繋がることで全人類の無意識を観測していた。
どうやら、人間は人間で在る今を未来へ続けたいらしい。
灰は今を生きる汎人類史の人類種の無意識に触れ、だが彼女は自分の人間性で全人類の魂にダークソウルの意味を啓蒙したい衝動を抑え、深く吸い込んだ煙で肺を満たした。
「猫が居る間で喫煙とは……貴公、人間性が限界と見える」
「安心して下さい。治癒術で肺洗浄は簡単です。現代医療の観点から言えば、細胞レベルの癌治療は勿論、遺伝子異常や脳障害も治せます」
「なら、良いか。そもそも死んだ所で蘇る」
そう悪魔は微笑み、猫を更に撫で擽る。特に意味もない快楽が猫を襲うも、猫は悪魔による悪魔的なネコミュニケーションを拒む鋼の意志を持てず、四肢に力が入らずに大の字となって横たわった。
「ふぅーん……で、貴方の猫、死に掛けてません?」
「安心し給え。この首輪には祝福が施してある。生命が僅かでも失われた瞬間、命が湧き出るのさ」
「なら、良いですね。命綱は大切です。紐無しバンジーは自殺ですし、実際に全身がバラバラになる落下死は癖になる衝撃でした」
灰は柔らかく微笑み、肺へ煙を限界まで吸い送り、息を止めた。そして血中に薬物成分を混ぜ込み、ゆっくりと鼻と口から煙を吐き出した。
「しかし、猫ですか。私も狩った動物を蘇生して、飼ってみるのも良いかもしれません」
「獣飼の簒奪者から一匹、何かしら貰えば良いのでは?」
「あの人が支配する動物、可愛くないじゃないですか。こう、何と言いましょうか……あれですよ、人間性が響かないです」
「そうか。確か、あれは良かったと思うぞ。大きなバクテリアファージ」
「何処かで拾った宇宙生物の細胞を使って巨大化したウィルス兵器でしたっけ。あれは発想の転換過ぎて笑いましたねぇ……ふふふふふ。
普通、疫病蔓延によって大量殺戮する使い道ですが、ウィルス自体を犬猫サイズの生物兵器として進化させ、殺戮に使うのですからね」
「捕まえた生物の頭蓋骨に穴を開け、脳へ遺伝子情報を打ち込み、異星生物に変える兵器だったか。とは言え、不死は死ねば元へ戻る故、脅威度はそこそこと言えるがね」
「大変でしたよ、ファージ駆除作戦は。ユビさんとローレンスさんの三人で尻拭いに丸一日使いました」
ぷはぁーと煙を吐き出し、灰は遠い目で過去を思い返した。
「成る程。では、自分で探し給えよ。もし面倒なら、其処らで拾った人間のソウルでも飼えば良い」
「いえ、しません。態々、欲望の為、この心情を曲げて趣味じゃないことはしませんよ」
「同意だ。人身商売など所詮、獣の所業だ……況して他人の未来を喰らうなど。まぁ、意志無き魂となった奴隷兵を山程、私は殺して殺して、徹底して殺し尽くしたが。
だかしかし、私は殺人を疎む倫理を此処で得た。
人殺しは悪行だ。命を奪うとは、その者の未来を奪い、その者と関わり合いのある人々から心情を簒奪することに他ならぬ」
「良識に感化しますと、永遠に苦しみますよ?」
「それが貴公の娯楽だろうに」
「勿論ですとも。倫理の苦悩がなければ、正義の有無は問えません。
今の我等、殺戮で以て人間を保証する魂です。
我々が永遠に進化する為に、永遠の苦しみは必須となり、悩み、戸惑い、迷い果て、魂が今を彷徨わなくては、殺し合いを愉しむ業に価値は見い出せません。
何もかもが無意味な儘ならば、他者に関心が皆無となれば、己が業にすら価値を感じないでしょう?」
「肯定しよう。確かに、無意味で在る故、私は何一つ価値を得られなかった。惰性化した使命感で、数多の世界を獣から守る為、死に掛けの可能性が無い世界を犠牲にしていた。其処に、人々を生贄とする葛藤も繰り返しにより、消えていたと想う。
私は―――悪魔だった。
獣から、人の世を守るのに、悪行を何の意味もなく行う無価値な存在だった」
「しかし、人々を獣から救った意味を今の貴方なら感じ取り、人理が管理する今の人類種の価値に心情を抱けます。
その葛藤と苦悶、それこそ魂を救ってしまった人間の価値です」
「結果、私は猫を可愛がる行為に意義を感じられた訳だ。実に面白い。猫を猫可愛がりする娯楽を愉しみ得たぞ。
思うに命へ触れる事もまた、生の実感。
死ねないだけの嘗てを懐かしむ事もまた同様だな」
「そうですね。皆、皆、死ねないだけで生きてます。同じですよ、此処で人を得た灰共もね」
灰は手から発火することで煙草の燃殻を完全燃焼させて消し、また新しく煙草を取り出して吸い始める。
悪魔は少しやさぐれた態度を演じる灰を笑い、また猫撫を再開する。動物を愛でる愉しみを与えてくれた灰に感謝し、そもそも他人に感謝したいと思える心さえ灰が拓いた精神であり、こうやって今の生活に拘るのも灰が誘導した企みだと悪魔は分かった上で、猫を特に意味もなく可愛がる。きっと、この生命を可愛いと感じ取れる人間性に意味があるのだと、悪魔は人間として感化する。
「ならば、貴公が鍛えた強さとは何かね?」
「これは私自身の力です。今より尚と生き足掻き、死に悶え、得た強さです。強くなる為、魂を進化させる為、私は永遠を生きてます。その為の手頃な手段として、古い獣より人類種を救う慈善を行っています。言うなれば、強さを試す為の障害そのものが、私にとって素晴らしき報酬。
けれど、人の世を救い得るのは繋がり合う心です。
私はこの人理の世で様々な人間と関わり合い、人間性を膨らませ、それにはカルデアの人々は勿論、過去の人々の魂が私に人間を啓蒙し続けました。
だからね、きっと藤丸さんは成し遂げてくれます。
灰や悪魔の為ではなく、自分の人生と、自分と関わった人達の遺志を継ぐ為、我々が思索した運命に沿い、この特異点を破壊するのでしょう」
「確かに。人の世を救う事なぞ、心亡き我々には不可能だな。
人類愛無き者に人類悪は抱けず、世を憂う獣性は生まれぬ。
我々は所詮、魂を貪るだけの人間。獣は狩るしかないのさ」
「ダイモン……世界を救う意義に対し、貴方のソウルには価値があるのでしょうが、私には余り有りません。無価値とも思いませんがね」
「何分、獣を世に遺した儘なのは、私が私を許せない。あらゆる手段を容認し、獣狩りだけは達成させて頂くよ」
「有難う御座います。趣味ではない私のやり方も、獣狩りに対してだけは協力して頂ける訳ですからね」
「それ以外は、妨害した方が良ければ貴公の意志に沿って邪魔をしよう」
「ローマ特異点での敵対は善き刺激でした。ある程度の悪意が計画に必要だったとは言え、必要以上の邪悪を生み出していましたからね。
白紙に戻るからと、人に対する自重を止めていました。
計画上、やり過ぎた所で過不足なく、悪意は全て回収しましたしね。又、どうせ愛させるのなら徹底して愛させ、怨ませ、殺し合うのが素晴らしいと感動してました故」
そして、ぷはぁと灰は煙を吐く。
「貴公は心配性が強い女だ。鍛え方もそうだが、必要分を必ず超え、計画の進行具合を安全圏にまで必ず進ませる」
「リスクマネージメントと言うのですよ。人理が焼却される以前、現行人類種の人間社会にて会社の経営やら、ボランティア団体の運営やらで、色々と社会性や経済学について学びましたから」
「そうか」
「はい。真新しい社会を作り続ける今の人間達は、数年経つだけで新鮮な娯楽を直ぐ提供してくれます。
とは言え、金は少々便利な道具になり過ぎましたがね。
自分達が作った道具に社会的な価値を与え過ぎ、使う側がその概念の虜となって支配され、殺す道具としても、助ける道具としても便利で万能となってました。
現行の社会機構ですと、金を少しばかり使えば、自分の手を汚さずとも、私が行った特異点の悪意程度、今の人間共には誰でも可能な普遍的悲劇となります」
「人間と言う群生生命からすれば、ソウルの業と然程変わらぬ。
金を使って文明の力を扱うのと、ソウルを使って神秘の力を使うのとな。社会に取り込まれた時点で、科学と同様、利器として使われるのだろう」
「そうですね。私も科学文明が発展したこの人代には思う所があります。その上で人間性を取り戻し、娯楽を得ました。
ですから、えぇ……アダルトビデオ―――通称、AV。分かります?」
「人間は増え、群れる生命だ。増える手段を娯楽とするのは、知性に基づいた実に論理的な本能の愉しみ方だ」
「つまり、大好きと言う訳ですね?」
「貴公、皆まで言う出ない。男である事も、女である事も、須く人間性だぞ」
「貴方、AV監督の仕事を始めた灰に、男優として誘われたらしいじゃないですか?」
「これもまたソウルの業よ。神秘に取り憑かれた人間も、自我亡き亡者とならねば、性欲を愉しみ続ける輩も少なからず存在する。あの肥えた公使共も御愉しみをしていたからな。
真、人の魂は救えぬ。獣より神秘の仕組みを学んだとしても、人間は人間の儘に宙より呼ばれた獣性を得た故な」
「実際のレイプ魔と商業演出は別物ですよ。娯楽性における倫理の有無は、我々のような不死にも大切な境界線です。
契約上、放置はしていますが、女性を犯す灰も、男性を嬲る灰も、いけないなぁーと思ってはいます。ま、思ってるだけで取り締まりはしませんがね」
「それで良い。奴等も奴等で邪悪の所業と理解した上で、悪徳を喜ぶ今の人間性を尊んでいるだけだ。それを愉しみ得るからと、水場ではしゃぐ赤子のような本能的な衝動を解放しているのだろう。
尤もそれは貴公が汎人類史で善悪分別無く、真に平等な観点で人の業を蒐集した所為であるがね」
「偏りはいけません。私の嗜好が混ざれば、灰共の魂に我が欺瞞による指向性が生まれます。
事実、欺瞞嫌いな私ではありますが、私にも人を操って思い通りに騙したい、むしろ人々を扇動して真実を啓蒙したいと希う心があります。人を操るのは殺人と同様、楽しい娯楽ですからね。真実など所詮、ただそう在るだけの事実ですし、その真実も人を独善へ導く欺瞞でもありました。
何事も儘為りませんねぇ……あはははは。
しかし、些末事です。理由や原因は何であれ、人を殺すと決めたのはその灰の想いです。私が悲劇と喜劇に憐憫を抱くのは失礼極まり、敢えて嘘を吐かない私の真実に皆さんが賛同したならば、全て悪くない今なのです。良くもないですがね」
「ならば、私がAVに出演するのも人生経験と言えよう」
「好きにして下さい。興味もありますので、後で見ます」
「冗談だよ。こう見えて、浮気撲滅協会の役員なのでな」
「何と。見た目に惑わされました。女が好む顔立ちですから、さぞ好意を向けられるでしょうに」
「その様な人の営み、昔の話だ。しかし、貴公の御蔭でその思い出を葦名では思い返せた」
快感で振るえる猫を愛でつつ、悪魔は作為的に微笑む。感情に従がって自然に表情が浮ぶ機能はないが、表情を作る人並みの能力を人間性より取り戻し、彼は何となく雰囲気で小動物を可愛がると言う娯楽を実践していた。
灰はそんな悪魔を看視し、少しばかり考え込む。性行為を揶揄したが、そもそも自分は子供を産む機能がない。人間を作る技術力はあれど、生物として子孫を残せない。竜体へ変貌する様、その機能を持つ人体に改造すれば容易く妊娠と出産も出来るが、死ねば妊娠状態も解除されるだろう。その気になれば『人間』と同じく、根源より魂を降ろして人類種を産めるが、結局は自分のソウルに染まった分身の魂となる。
となれば食事と同じ―――娯楽活動。
人間を創作するのは楽しく、面白い。
子作りと子育ては命に値する超大作。
命は全て等価値、且つ平等だ。だが『人間』以外の生物にとって、命の価値は区別され、生死は不平等極まる。命は魂が宿る器であり、人間で在る灰は全てのソウルの生死を自在とする故、全ての命に価値が等しく存在し、等しい生の意味がある。
「ならダイモン、分かるでしょう。
人生は―――素晴しい。
人間は―――愛おしい。
母親に存在価値そのものを不必要とされ、無機物みたいに堕胎された水子の人生さえ、我々人間にとって素晴しい価値があるのですから」
「分かっている。人類種全てに価値があり、だからこそ生きているだけで罪人で在るとな」
「御理解、有難う御座います。ですので、えぇ……―――殺しますよ?
葦名に生きる全ての人間は例外無く、古い獣狩りを為す為の貴い餌ですので」
「無論だ。人道は不要。既に悪魔へ落魄れた人間に過ぎんよ、私は」
「私も灰でしかない人間ですからねぇ……ふふふふ。
人道が欠け、道徳を喪い、そして今、私達は人間を得ます。獣性は神性であり、全てが人間性なのです」
嘗て汎人類史に生きた要人。奴等が古い獣を外側から呼び込むことで、その歴史は剪定事象となり、だが古い獣の霧によって異界として存続した。
何もかも、人類種の業でしかない。
人がより良い繁栄を望んだ結果だ。
ソウルの業も人が求めた神秘技術。
闇も火も、神さえそう在るのなら、汎人類史が溜め込んだ責務の量は人類が滅亡した程度で払い切れるものではない。きっと永遠に苦しみ続けるしか人類は未来はなく、宇宙が滅んでも許されず、だから灰も悪魔も永遠の魂を受け入れたのだろう。
前橋ドームを出た後、グンマ区の王として襲って来たオルトツキノワグマを狩り殺し、七人はまた盾騎士の装甲車へ乗り込んだ。
車内の空気は軽く、ソウルの業で人工培養された宇宙生物は強かったが、グンマ区の森林地帯を抜けられるとなれば、この苦労も悪い疲労感ではなかった。
「皆様、ボス戦お疲れ様でしたね。中々に充実した獣狩りだった。あれ、宇宙生物の培養細胞を使った吃驚月輪熊でした。
血の遺志も美味極まるわ。
―――で、オルガマリー。灰の炉の火、どんな感じよ?」
「めっちゃ良く見える。その程度の魔眼ね。後、啓蒙的発狂度合いが凄く高くなった気がする。視線を合わせた相手の脳に、悪夢を見せるのがかなり楽になったわ。
ほらほら、こんな感じ。ニョニョニョニョ〜」
「やめなさい、オルガマリー。テンション高いからって、そう言うのはしない。ま、それはそれとして羨ましい啓蒙だわ」
「ジャンヌも、欲しいなら脳細胞ごと移植するけど?」
「脳移植は趣味じゃないわ―――で、キリエライト?
今から突き抜けるあの尾瀬って確か、幕府直轄領自然公園だった場所でしょう?」
「そうですね。簡単に言えば、沼です」
「沼?」
「何処ぞの灰が観光地を作ろうとしまして、ソ連の核実験を参考にした放射能湖だったのですが、そこに神霊魂魄物質化実験をしていた灰が巻き込まれ、ドカン」
「ドカン?」
「はい、ドカンです」
「悲劇ね」
「はい。それで、まぁ……召喚に使われていましたのが、日本神話の神でした。
確か名は……――星の悪神、
別名ですと
「知ってる名ね。けどま、ソウルの霧でデーモン化された神霊は優に千を超えてるから、何でそれが選ばれたのかしら?」
「月蟲の簒奪者、フレイディアの趣味です。尤も、オゼ大湿原に解かされた神性は他にも沢山いるようですが」
「神を排泄物として肥溜めで発酵されるとは。相変わらず、灰共は良き人間性よ」
「神性を封じた沼……外なる神……腐敗……う、頭が」
尾瀬沼の話を聞いていた褪せ人は、ジワジワと赤い腐敗で肉体が変質し、蕩け、命が萎む感覚を思い出し、頭を抱えた。更に脳が黴付き、細胞が腐る幻視が思考を巡り、褪せ人は毒沼属性の女は鬼門だと確信する。
だがしかし、腐敗とは言え蟲糸と蟲糸の槍は素晴らしい。
現代で得た知識により、もはやホーミングミサイル祈祷と今や識別しており、やはり沼住まいの腐敗の眷属は全褪せ人のトラウマなのだろう。あれを自分に乱れ打ちされるのは、地獄の悪夢である。
「蟲……」
「はい?」
「キリエライト。蟲は、居るのか?」
「居るのではないでしょうか……多分?」
「そうか、いるか……」
「気落ちするな、褪せ人。基本、沼からは異形が湧くのが常識だ。余が保証しよう」
「キリエライト。その感じ、この辺の生態調査とかしていたのかしら?」
ふとした魔女の言葉に盾騎士は考え込み、そもそも葦名幕府が支配する大日本倭国に既存の生命法則を当て嵌めるのが無意味だと断じた。
「しましたが、何の意味もないですよ。生物以前に獣の濃霧からデーモンがリポップする異界ですしね。
とは言え、此処は葦名に繋がる尾瀬奥地。神性が混沌と混ざり合う沼ですので、そろそろ何かしらの変異神性生物が出るとは思いますが……―――うん、何やらデジャブな気分ですね。
こう言う雰囲気の会話をすると、ドクターが回線でワイバーンだって良く言っていたような気がします」
「マシュ。フラグを誘うのは、逆にフラグクラッシャーになるんだよ?」
「知ってます……が、それはそれとして、キリエライトと呼んで下さい。藤丸さん」
「あ、ごめん。気を付ける。で、その神性生物ってのは何?」
「灰の知識にあった葦名大学での造語です。デーモンの霧に、日本原生の神性が混じる事で生じた生命らしいですよ。神話生物とも、異界生物とも言ってましたか」
「心を擽るネーミングセンスね」
啓蒙深き脳細胞へ栄養を送る為、おやつの激辛麻婆豆腐丼を食べていた所長が口を挟んだ。どうでも良いのだろうが、車内は香辛料の激臭に満ちている。
そして、お米ちゃんと所長が密かに呼んでいる巫女の白米を、香辛料悪夢な麻婆塗れにすると言う冒涜的調理は、彼女の狩猟本能を性的に高揚させていた。端的に言って変態だった。無論、彼女のサーヴァントである忍びは内心でドン引きしつつも、何時もの通りに眉間に皺を寄せて仏頂面を保っていた。だが、それでも尚、一言だけは己が主へ苦言を呈する気持ちを決め、重苦しく口を開く。
「主殿、その麻婆では……米が泣いておりまする」
「お米を炊かずに食べる隻狼に言われたくないわ」
「―――!!」
忍びは自分が、主を見ている今のこの心境で、嘗ての自分が所長から見られていた真実に気が付いてしまった。
「……むぅ………炊くのは、難しい」
「狼さん。俺、炊飯器の使い方、教えるよ」
「―――藤丸殿、是非に」
それはそれとして、料理男子な藤丸に麻婆豆腐の作り方も教えて欲しい忍びであった。思わず生きながらに回生が発動しそうな錯覚がする激辛麻婆は、修羅の怨嗟を克服する苦難に似た精神修行に似ていた。結果、忍びが抱く無念無想を、味覚を通じて鍛え上げる不気味な怖気料理となっていた。
「あ、敵発見」
瞬間、緊張が走る。巫女米麻婆豆腐丼を食べる事で啓蒙的発見力を大幅上昇させていた所長は、開眼状態の脳瞳が宇宙足る時空間自体をそのまま観測することで存在を認知。廃炉の魔眼と化した両眼が灰のソウルを識別し、装甲車の中からでも文字通り次元違いの観測能力を発揮した。
だが恐ろしいのは、不気味な手料理を
「めんど。素通りしちゃう?」
「余は殺しておきたいが……如何だ、キリエライト」
「私も出来れば、轢き逃げしたい所ですね」
「轢殺アタックかぁ……―――上手くいくかな?」
「言い方だぞ、マスター。だが向こうも、沼地を爆走する此方を察知している筈だ」
「狙撃が、手間なし……」
「じゃあ、私が教会砲でパパっと爆殺してみましょう」
車内天上のハッチを開け、所長は上半身を外へ出す。核爆弾によって濃密な放射能汚染が起きた泥沼の湿原が広がり、空気も太源が枯れた生命のない空間であるも、禍々しいソウルの気配だけが沼にこびり付いていた。
その沼から湧き出る何者か。所長が瞳で脳を盗み見たところ、その生命体は虫であるようだ。謂わば、星界の蟲とでも言う生命系統樹だろうか。星の神性に獣の濃霧が混ざり、沼を苗床とした生命スープ内で魔術反応が引き起こされ、眷属が誕生したのだろう。
そんな虫に崇拝される者―――巡礼灰、ピルグリム。
「啓蒙は、爆撃だ―――!」
そんな灰と虫達に教会砲の曲射撃ちを所長は敢行。彼女は狩人の弟子をしていた嘗てのヤーナム生活時代、侵入した世界の狩人を不意打ちで爆殺する狩猟の愉しさを思い出し、脳液が沸き立つ程に大満足する。
そして説法に心底から熱中して魂を専念していた灰は、その一切合切に態と気が付かない程に集中していた事で、実は装甲車が走る爆音さえ耳にしておらず、無防備状態で爆散する破目になった。
「南無阿弥陀仏」
郷に入っては郷に従え―――とのことで、所長は日本のその諺に従い、日本流の弔いの言葉を唱えた。また忍びの所作を真似、教会砲を持たない右手で殺したばかりの命達を拝んだ。
だが、相手は灰。不死である故に死に難く、例え殺しても火から黄泉返る。
残り火が灯り、説法をしていた人神の蟲の死体の中で灰は立ち上がり、巡礼灰は自分達を迫撃した敵へと視線を向ける。
「星見の者等か。偶然で有らば、致し方無い。私の死も、蟲の死も、赤子が生まれるように、老人が死に逝くように、ただ平然と人に殺されただけの事実。
故に皆様―――祈りましょう。
永劫を受け入れ、永遠に魂を彷徨わせましょう。
巡礼とはソウルを理解する旅です。生死に意味が欲しいのならば、その生死を不死と為って実感する必要があります故」
巡礼灰はチリンチリンと中指と親指で挟んでぶら下げる聖鈴を鳴らす。所長に爆殺された人神の蟲は蘇生され、木端微塵の肉片と化した体も全て細胞一つ間違えずに修復された。やはりデモンズソウルを解した火を宿すダークソウルは、魂を運営する根源の法則を無視し、傍若無人な生命神秘さえ自在に押し通すのだろう。
沼から生まれた人蟲は、啼いた。
人擬きのスワンプマンでしかない神性実験の産物ではあるが、この沼にはデモンズソウルと共に人間性も蕩けている。きっと蟲達が瞳から流す涙の価値は、人間の涙と何一つ変わらない等価の感情だ。
「あぁ、火よ……―――所詮、我等は人故、星の夢を見せ給え」
明るい桃色の灯火。巡礼灰は呪術を進化させていた。仄かに赤い魅了の光は瞳から脳を侵し、ソウルを支配するが、凶悪な人間性の持ち主であれば抗える。だが炉の闇と化した簒奪の灰は、人類を滅ぼす呪いすら抗えぬ誘惑であり、生命である時点で火に惹かれるのだろう。
人で非ずとも。神も、蟲も、火は命を区別しない。
むしろ、神の精神を容易く汚染する人肌の温かみ。
そして、蘇生された蟲共は混じり合い、交じり蕩けた。
火を命が産む行為であり、蟲から蟲が膿む行為である。
重なり合う裸体が集積し、群れが子宮の小山と化した。
素晴しき生命賛歌。この世界に根源から魂を降ろす為の神聖な遺伝子による儀式。虫の山より、新たな生命が生産されていた。
「―――気色悪い」
その全てを血の遺志を瞳から吸うことで把握した所長は、感情の儘に教会砲をもう一発撃ってしまった。超過水銀弾数で作った砲弾に大量の魔力を込め、更に星の小爆発をソウルの業を応用した魔術詠唱によって練り込んだ。もはや敵の肉体を魂ごと爆散させる隕石迫撃であり、サーヴァントの霊基を座に還さずにその場で木端微塵にする不死殺しの対魂神秘である。
灰と虫は死に、だからこそ再び死から生まれた。
繰り返しの螺旋。泥沼より這い出る生命の坩堝。
宇宙を彷徨う星々が時空間を螺旋を描いて飛来する様、星が育む命もまた星の中で循環的に生死を螺旋する。
だからか、所長が撃った所でまた再誕し―――火を、命が息吹く間際に垣間見た。
前世の前世の更なる前世。魔眼を得た所長が己がソウルを暴き、輪廻転生を前に戻り続けると、物質が生命をこの星で得る刻に至り、更には宇宙塵が地球を形成する前へ戻り、惑星や恒星を作った宇宙を彷徨う星屑の記録を得て、その星屑を生んだ最初の太陽を認識した。
―――巡礼灰の、巡礼だった。
命が巡る意味を宙より啓蒙された故の、灰独自の奇跡だった。
星の悪神を苗床にした命の沼。此処で巡らせる蟲達の素晴しき生命。
魂が砕けたとしても、巡礼灰はソウルに生命を巡礼させる。所長が殺したとしても、むしろ殺して頂けた悲劇こそ、魂が巡る為に必要な死で在るのだと。
「火」
見える過ぎる為か、所長は廃炉の魔眼がまた進化する。その魔眼と繋がる脳が闇の底まで深化する。
「最初の火。私達の為の、最初の火」
灰が祈る神。あるいは、灰の祈りに意味を与える神。そんな存在は、火以外に有り得ない。火はソウルであり、だが命はなく、意志はない。残り火の灯りが消えたとしても、この世に遺志も残さない。火を夢見る死ねない命だけが、火の無い世界に取り残される。
最初の火が宙に浮ぶ葦名特異点。
命の在り方こそ、ソウルの儘に。
狩り取る啓蒙を、得てしまった。
殺せば殺す程に、脳が際限なく進化し続ける瞳は、闇の中に火を宿す。
「火。火。火。闇から生まれた火」
星見の悪夢と言う異界常識が眠るオルガマリーの脳内で火が灯る。目障りな蟲共を爆殺した後、命を簒奪した気持ちの良い後味の悪さとでも言うべき矛盾した思いを仕舞い、彼女は放射能汚染された車外から完全に身を戻した。そして教会砲は脳内へ戻し、身軽になった状態となり、所長は溜め息一つ吐かずに席へ座った。
「人殺し、お疲れ。人前でやると結構なストレスなのよね」
「どうも、魔女。それ、良く分かるわ」
「ほら、駆けつけ一杯」
「あら、感謝」
魔女が差し出した血酒を貰い、一気呑みする。殺人で得た血の酔いを、血酒の酔いで迎え酒する強引な
やはり、狩りは良い。血に酔い、無慈悲に殺し、だが愉しみ殺す。人間らしく、創意工夫した武器を使い、頭を捻って考えた戦術を更に狩りの中で練るのが素晴しい。
「で、沼も抜けられそうだし……そろそろ?」
「―――うん。幻術結界は超えられたみたい」
葦名と葦名市外。尾瀬沼でソウル実験をしていた灰を通り魔的に殺害するアクシデントはあったが、七人は何ら問題なく灰達が支配する領域内部へ侵入する事が出来た。
葦名入り―――傀儡化した葦名幕府が君臨する現代不死街。
グレートウォールの聖杯によって外界と隔離されていたが、今はこうして尾瀬沼を通ることで陸続きで行くことが可能となっていた。トチギ区とイバラキ区からの関東区超えはAF化した神代宇宙要塞と、大断層による亀裂がある為、やはりグンマ区からが一番安全ではあるが、それ以上に所長が魔眼を手に入れる因果を手繰り寄せる事が大いに重要だったのだろう。事実、グンマ区はグンマ区で全長30メートル以上のオルトツキノワグマが住まう魔窟であり、灰が面白半分で人間性を喰わせていた所為か、生きた神よりも性質が悪い暗黒猛獣ではあったが、まだ宇宙生物や星間戦争兵器レベルではないので、イバラキ区やトチギ区よりまだマシと言う選択でしかなかったが。
「イルシールの境界線を真似た術式よな……」
暗帝は結界の境を超えた感触で、灰達が何を参考にして葦名街を遮ったのか理解し、そもそも遮る必要がないのも理解していた。葦名の外敵などカルデア以外に存在せず、むしろ灰達はカルデアを葦名へ迎え入れたい方針な筈。
ならば単純、ただの嫌がらせ。殺し合いたいだけであり、森番灰はその企みを更に邪悪な愉しみを加えた結果、ああなったのだろうと暗帝は判断した。外宇宙の外なる神を呼んで悦び、後始末を押し付けるなど、狂変態以外に有り得ない。事実、森番灰は負けた女、ないし男を犯すことを趣味とする性的倒錯者でもあった。
「イルシールとは、また厭な名を出すわ。独り言でもね、それは余り出さないで下さる、暗帝さん?」
「そうか……そうかぁ?
貴様、関係者ではないだろうに」
「胡散臭い法王のペテン、獣の狂いよ。もはや名だけで、獣臭いじゃない」
「あやつ、蕩けた腐肉を王に祀り上げておったからな。臭いのは致し方ないことだ」
「スライム式生殖行為に野望を見た腐れ鴉ですものね」
その時、狭間の地で培った生き甲斐の一つ、道具製作で暇潰しをしていた褪せ人が口を挟んだ。趣味にとことん没頭する類の性格なのか、愛用のツール鞄を重力魔術で浮遊させて空中作業を狭い車内で行い、もはや素材や道具を両手以外にも魔術で操作して複数同時大量製作を可能としており、投擲道具や矢を量産している最中だった。
「臭いのはイカン。石鹸が必要だ。清潔魔で凝り性な私は清潔にするのが好き過ぎて汚れも好きでね、返り血やら返り体液で汚れた鎧や服を洗濯するのが趣味なのだよ。更にはお針子仕事も得意でな、今の装備も自分で裁縫した。序で、この石鹸も自家製だぞっと。
なので、これを貴公へ上げよう。
少しばかり茸の溢液に薔薇の花弁を刻んで混ぜ込んでいる」
「ははは、褪せ人よ……――頂こう。
薔薇の皇帝足る余に相応しき、至高の香りがするではないか!」
「貴公は見る目がある芸術家と見える。分かる者ならば是非もなく、存分に使っておくれ」
「感謝だ。返り血塗れになった際、使わせて貰おう」
褪せ人は異界常識として円卓を模した擬似空間を脳内に有しており、そこで趣味で自家栽培しているクラフト用の素材が余っており、アイテムは作りたい放題。今や知人に自作アイテムを譲渡するのも趣味化していた。
「しかし、この感触……―――葦名も因果な律に囚われているな」
褪せ人は暗い表情を空気を読んで浮かべつつ、内心では極大の善意と悪意が混沌とする地獄模様に歓喜し、少しばかり運命を先読みする事で未来視を行った。
医療教会葦名支部教区長、ローレンス。
葦名大学附属軍事企業、アシナビット。
宇宙生命体。他惑星から来た文明種族。
魔術王と魔神。暗黒から膿み出た生命。
食肉供給法、マッシュマシュシステム。
古い獣の濃霧より這い出た神なる悪魔。
始まりは恐らく、カルデアでアン・ディールと名乗っていた灰が冬木市でサーヴァント召喚を実行した事。そして、霊基情報を獲得したローレンスが葦名で神秘を啓蒙され、その神秘で生命を啓蒙した事。
「キリエライト。貴公、一度は葦名へ入った事があるよな?」
「そうですが……それが何か、褪せ人。いえ、今からでもニーヒルさんと呼んだ方が良いですか?」
「貴公のその時の気分で好きに呼ぶと良い。
「では、褪せ人さんと。で、葦名とのことですが、話は何でしょうか?」
「街の雰囲気だよ。何と言うか、あれだ……その、活気はあるのかね?」
「あると言えばありますが、人が生きるには地獄的状況でしたよ」
「成る程。つまり、特に意味もなく住民は我等へ暴行を働くと?」
「半々じゃないでしょうか。大人しい葦名市民もいましたし。単純な気狂いの類も多かったですが、余所者を殺すのを娯楽にしている人も結構いた感じです」
「やはり、排他的かな?」
「排他的ですね」
「となれば、暴力に満ち溢れた活気となると?」
「日々毎日、殺人強盗強姦が繰り返される日常な上、お互いに魂を貪り合う奈落の底でした」
「命を食べ合う殺戮程度、普遍的な日常か。何処もかしくも、狭間の地と同じ世の末となるようだ」
褪せ人は、自分が褪せ人と言うだけで殺される黄金律時代末期を思い浮かべる。葦名と言う場所も、ただ動いて生きている事が殺される理由になる場所だと理解し、探索の基本習慣である索敵殲滅の理念を自分に課す。サーチ&デストロイを徹底すれば、後は自由行動が出来ると褪せ人は分かっており、安全確保とは皆殺しを意味している。当然、他の者も褪せ人同様、殲滅戦しかないと分かっていた。
そこでふと我に帰ると、別に何時もと変わらない日常だったと気が付く。
視界に入る生物を皆殺しにするなど、倫理や道徳以前の習性でしかない。
褪せ人は藤丸とサーヴァント契約のラインが繋がることで、彼の善性に感応する自身の変化を喜んだ。善き心を良い事と実感する精神性の欠片を得て、嘗て人並みの幸福が嬉しいと感じた自分を思い返し、だが今は狂い火。価値あるその全てが無価値に成り果てたと断じ、己と言う個に蕩かした故、葦名もまた狂い溶けて全てが平等な地獄へ堕ちれば良いと思う。
しかし、それらさえも求められた理念であり、人々の理想を叶える為なのだとすれば、この世は人類種によって呪われ尽くされていよう。
「――……いや、人間性の悪意か?」
「あらま、褪せ人。何かしら、脳に閃きでも?」
「そうだね、所長。謂わば、産ませる者共。生殖者とでも言うべきか」
「それが悪意と?」
「悪い事ではないけれど、悪行の為の生産ではある。酷い話だよ、文化を尊ぶ為の生贄なんて」
「人身御供的な?」
「いや、そうではない。全て獣だ。獣の魂を培養した肉塊に入れ、人の心で着色する。本質は獣に過ぎないけれど、人の本質を心の在り方だとすれば、やはり人とも言える」
「あー……そっちの話ね。見え過ぎるのも考えものだわ。魂の在り方は生命種別だし、人類は極端に醜いけど、その醜悪さがあるからこそ救い難く、人が人を救う所業へ意味も宿る訳よ。
だからね、所詮は獣よ。
幾ら可愛らしく、憐れで、救いたくなる心の持ち主でも、工業生産品にデモンズソウルを入れた汎用愛玩人間。精神さえも獣の魂に、ソウルの業で描いた絵画なのです」
「割り切るのは好きではない」
「私も同じよ。可哀想な奴を、可哀想な儘、ただただ狩れると言うだけ」
「仕方無い。業は皆で分け合うとしよう。幾分か、全員の罪も薄まることだ。責務の重みは変わらないがね」
「それこそ人間性の違いよ。私は自責と他責の念を意図的に使い分けるから、どうしようもない現実はどうにもならないと考えて、それはそれとして罪を認めるようにしてる」
「正義の理屈か。殺し尽くしても、答えは己の内に無かったがな」
「それは同意します。結局、狂気だけが何時も変わらず存在してる。多分、狂い続ける事が答えなのかもしれないわ。
ま、悪夢から醒めた後に迷った事なんてないから、今の私が分からないのも致し方ないわ」
「確かに。迷う程、倫理と理想に夢は見ていないな」
禿山の山道を進む盾騎士の
そんな伊達眼鏡を掛けて本読みアピールをする魔女だが、藤丸一人だけが気が付いていた。あの態度、咋過ぎて逆に声を掛けて欲しがっているのだと。
「何を読んでるの?」
「あら、マスターちゃん。気になる?」
「モチのロンさ」
「別に読んでるの、差別狂いの魔法ギャングを倒す伝説のメガネっ子物語じゃないわよ?」
「そんな、ゴクリ。火山にポイしないと」
「誰が指輪好きの小人か。魔王が頑張るストーリーは好きですけど」
「ああ、窓に、窓に!」
「正気度が削れる本を此処では読みません」
「それじゃ、海賊王に俺はなる!」
「まさかヒトヒトの実だったなんて、ドンドットット」
「あなたとは友達じゃないとけど、友達の友達みたいな雰囲気?」
「うん、それ。聖徳太子が主人公の漫画」
「好き?」
「好き!」
「どのくらい、好き?」
「ギャグを暗記した位」
「そうなんだ」
「そうよ。腹が捻じ切れる程、涙を流す程、折角の人間だったら面白可笑しく生きたいじゃない?」
「―――……そうだね」
「おい。信心深く頷くな」
読んで頂き、ありがとうございました。