―――死が溢れている。
街外れに装甲車を停めた後、藤丸が歩いて近付いた葦名への第一印象だった。彼は特異点で一方的な殺戮、あるいは嗜虐的な虐殺、抑圧的な社会管理も見たが、此処より生死が醜い異界は知らなかった。
魂が、重い。だが命は、軽い。
人が狂っている。猟奇社会とでも言える空気感。
「ふははは、見給え。まるで人が塵のようだ」
「ネタに走るな、魔女よ。余とて自重する。とは言え、地獄は見慣れておるが、この地獄は行き過ぎておる。身内位の中なら茶化さねば、少しばかり気が重くなる」
「生きた人間が死ねずに磔にされている。街の飾り付けにしてはそこまで奇抜ではないぞ?」
「同意ね。このどんより感、獣狩りの夜にそっくりで、むしろ磔で火刑にしてないと人間らしくないかも」
「皆さん、程々に異常者ですよね」
「むぅ……」
「……狼さん、頑張りましょう」
「藤丸殿……共に、励むか」
首都、葦名。特異点の中核にして、灰達の楽園。元より社会が滅んだ後の終末時代の特異点であったが、灰達によりその末期を永続的に引き延ばされ、人類種が渇望する永遠の生命を得た一種の楽土でもあった。
とは言え、街並み自体は整理されている。作りは西暦二千年の汎人類史の東京が近い。クーデターが起きたように建物が壊れかけ、道路に落ちたゴミが散乱とし、人間の躯や人間だった生き物の死体も転がってはいるものの、都市としての形は維持されている。
「お前さん方、余所者か……?」
「そうですが……貴方、何か用でしょうか?」
パーカーのフードで顔を隠す老婆が一人、明らかに怪しいカルデア一行へ声を掛けた。所長が優し気な態度で対応するも、何時でもエヴェリンで相手の頭蓋骨を吹き飛ばせるように不意打ちには備えていた。
―――ソウルを直視されている。
恐らく見ただけで人間の素性を理解する相手。隠し事は無意味であると所長は判断し、逆に所長も相手の魂を直視しており、灰の誰かが変装している訳ではないことも見抜いていた。
「カルデア……か?」
「はい」
「おぉ、カルデアか。そうか、貴女様達が……救世主カルデアでありますか!!」
「見たままですよ」
「オルガマリー・アニムスフィア、藤丸立香……―――救世主様じゃ、あぁ救世主様じゃあ!!」
老婆は腰が抜ける。土下座をするように倒れ、額を地面に付ける。
「殺してくれぇ……殺して下されぇ……日本を終わらせて下され。
死だ。死を、下さい。死を、死、死である。死にたい。死にたいのです。死を、死、死死死死死、死んで、死に、我々をどうか皆殺しにして下さい。
あぁ……――死ねる。やっと、終われる!!
世界に死を。人間に死を。この世全てに死を!!」
老婆の叫び上げる祈りが街中で響き、周囲の死なずの人々へ声が届く。
「救世主様だ!!」
「死だ、死ねるぞ!!」
「メシア! メシア!! メシア!!!」
「神に死を、人に死を!」
「俺達の死だ!!」
「滅びあれ、日本に希望の絶滅あれ!!」
「ケイモウ様、ケイモウ様、予言が成就されました!!」
腐れ、枯れ、肉体が変異した半亡者。まだ理性を喪っていない葦名市民であるが、狂気が正気を犯しており、死が希望となり、終わりを渇望する狂信者と成り果てていた。人間性が暴走する変異亡者化はしていないが、希望に狂奔する暴徒であるのに違いはない。それは群衆全体の意志を救いの祈りへと統一する宗教の在り方だ。
―――カルデア人理教。
この葦名特異点にて、現行の汎人類史日本社会を理解する啓蒙家が作り上げたカルト宗教。愚かな知的好奇心だけで作った民衆心理実験であり、不死と化した人間へ与える救いの偶像である。
「あ、これヤバ。最後のガタが外れるわ……」
廃炉の魔眼により、魂と因果を見通す所長は市民達の末路も容易く理解する。日々の絶望を耐えて、耐えて、幾度も死にながらも耐えに耐え、こうして求めていた救いが眼前に現れる絶望と反した希望死。その時、人の精神に何が起こり、人間性に対してどんな刺激を与えるのか。
愛と希望に狂う人間性の正体。救われると祈りが通じた自我の澱。
カルデアの到着は即ち、葦名の街で宗教を作った啓蒙家が欲する心理実験の答え合わせであった。
「―――起源覚醒」
魂の儘に、人が在る。宙の外は空であり、魂は元より外なる者。根源と宇宙を輪廻する魂の本質。
だからか、デモンズソウルとダークソウルが混じり合い、葦名の民が持つ本来の魂に刺激され、起源に沿った人間性の変貌を亡者に及ぼす。肉体を構築する細胞もソウルに影響されて狂い、細胞内情報が全て上書きされ、細胞同士の連結をソウルが自在とし、身体成長が暴走する。
変異亡者化現象。病名、アゴニスト異常症候群。
とある平行世界を観測した灰が名付けた葦名市民が罹患する病魔の銘である。
「ヒトのカタチね……」
「……惨い」
魔女と忍びは思わず、慈悲の念が言葉で漏れる。彼等は啓蒙家が起こした宗教により、愛と希望の信仰を夢見た人間達。死しか終われなく、死ぬしか不死から救われず、だが亡者となって自我を喪うのを恐怖する。
憐憫すべき点は、カルデアと言う終わりを見た結果、自我を喪う程の歓喜を得た事だ。同時に、亡者となっても近い未来に不死から解放されると言う信仰を得た故、魂を苛む生命の餓えに耐える意味も喪った事だ。
そして、強過ぎる信仰は新しい人格を人間性より生み出す。
嘗ての自我はソウルの起源に呑まれ、魂によって人を得る。
「けれど、故郷たる根源へ祈る魂の形だわ。
きっと、人として無惨でも、そのソウルにとっては人型から解放された起源の姿なのよ。
それは、最後の幸福と言えるし、まだマシな不幸とも考えられる。
だから、姿が変わっても祈り続ける。私達は救世主から程遠い俗な不死だとしても、彼らにとっては終わりをくれる聖人君子に他ならない」
だから祈り、ただ祈る。奇怪な異型となった人間は、カルデアに跪く。もはや終わる以外に求める欲はなく、人の形から解放された魂は、腐れ枯れた命からの解放だけを求めていた。
そう、祈るだけのソウルだった。
神の無意味さが証明されたとしても、人は絶望と苦悶を前に何かしらへ祈るソウルで在る。
「襲って、こない……?」
「当然だ、藤丸立香。余が人間で在る様、こやつらもまた倫理を尊ぶ人間だ。
肉の形は違えど、心の形は魂より生じる人間性。
死にたいだけの憐れな、根源へ回帰したい魂だ。
故、赦してやれ。祈るだけしか出来なかった地獄の中、やっと苦痛に耐えた意味を与えられたのだからな」
「………」
殺して下さい。終わらせて下さい。静かにそう祈る魂の絶叫が、藤丸の精神を歪ませる。自分勝手な渇望を向けられているのに、藤丸はそう在る事しか許されなかった人の、自害さえも無駄になった願望を魂で理解させられる。
その瞬間―――爆撃が引き起こされた。
祈る者達は木端微塵となって爆発四散し、だが肉片に成り果てても全員が死に切れなかった。死に戻りした事で異形化した姿を元に戻し、また人間の姿になって復活した。人間の儘、砕けた体が霧となって集まり、人の形を取り戻した。
「いやはや、カルデアの皆様、申し訳ない。すまぬ。ごめん。私の狂信者達が迷惑を掛けた様ですね。
しかし、こうして詫び死をさせたので許して下さい。ほら、切腹よりも派手な死に様ですし、腹黒くない桃色ピンクの綺麗な中身も曝け出しているので、十分だと思わなぁーい?」
暗黒だった。無数の星が群れる銀河系が幾つも灯る暗い空だった。人の形をした深き宇宙が唐突に現れた。
見た目は無駄に美形な少女姿。格好は穏やか目のゴスロリファションだが、声が見た目から凄まじく乖離して野太い。アーチャーのエミヤが聞けば、とある神父を連想する程に低い声。視覚情報と聴覚情報の差異が余りに大きく、脳の認識が一瞬だけ混乱する事だろう。
「あれま。貴方、狩人?」
「そうだよ、オルガマリー」
「見た感じ、貴方の獣血を輸血させて、あの不死達の血液を爆発させた訳ね」
「目が良いじゃない。メルゴーの獣性に犯された私達の血は燃えるからさ、銃弾の火薬代わりになる狩人の業を少し応用したのよ。獣狩りは派手に燃えて爆ぜる程、狩りに浸れる浪漫だからね。
けど、こんなのは如何でも良い事じゃん。誰でも考え付く残虐非道。
まずは自己紹介。私、大日本倭国国会にて共脳啓蒙党の開設者兼現党首をしてる啓蒙家、田村ケイモウだよ。生まれも育ちも此処、葦名。君は、オルガマリー?」
「人理継続保証機関、フィニス・カルデアの所長。オルガマリー・アニムスフィアよ。序でにヤーナムで狩人をしていた事もあるわ」
「良かったよ、知ってる通りだ。我が造物主の啓蒙は何時も正しい」
「貴方、眷属の狩人ね。思索の為の狂った人形。遺志をキメラみたいにごちゃ混ぜにして、霧のソウルから魂を作ったみたいだけど?」
「うん。所詮、夢見る血に連なる上位者もどき。上位者自体ではないさ。君と違って、あの女と同じ出来損ないの脳って事だ」
「ふぅん、そう……――で、何故出て来た?」
「少々、御案内をね……ま、要らなそうだけどさ」
「否定はしないわ。原罪狩り、教会の破壊、サーヴァントの皆殺しがしたいけど、目星は付いてる」
「あらあら、まぁまぁ。目的、隠さないのね」
「お互い、魂も意志も見えるから無駄ね」
「そうだね。ある意味、此処は人類が人類を真に理解し合う特異点だから」
「意志疎通が完璧な心の理想郷。言い方は間違いではないけれど、不死共は我が強過ぎるし、その為の手段が殺し合いによる魂の貪り合いなのが欠点」
「そっかそっか。良い所なのだけどね。ソウル税で国側に回れば全自動でボロ儲け。
搾取と言う仕組みを、私は日本人より深く学びましたから。徴収したソウルの中抜とか、糞みたいに楽々珍珍な御仕事でぇす」
「あぁ、あの変なアナウンスねぇ……」
瞬間、田村ケイモウと名乗った眷属人形の啓蒙家の首から刀の刃が生える。念話で所長が忍びに指示を出し、隙を見た彼が暗殺を成功させたのであった。
完璧な無音の死。修練と実践による理想的な忍殺。
見目麗しい少女姿であろうとも、忍びは一切躊躇せず殺し、だが命に対して僅かばかりの慈悲の念を向ける。生身の右手で楔丸を逆手で握り、首から刃を引き抜く。噴水のように血が噴き出す臨終間際の眷属人形から手を離し、忍義手で拝みつつ、殺したばかりの屍から離れた。
「―――マシュ?」
幻惑が融ける。忍びが殺した人間が死体へ変わった時、宿っていたソウルが離れた時、その肉体本来のカタチへと戻るのが道理。それは藤丸が呟いた人物そのままの姿であり、盾騎士と瓜二つの少女が首から血を流して死んでいた。
地面に血沼が広がる。生々しい死体が転がる。
光の無い死んだ瞳。僅かに開いた口から垂れる血。筋肉が弛緩され、手足は糸が切れた操り人形のようだった。
「カルデアの遺伝子コード……成る程。私の糞親父からアッシュが貰った報酬の一つ、その人間量産品か」
「あーあ、殺しちゃった。殺しちゃった。
折角のマシュ肉が勿体無いじゃなーい」
啓蒙家は夢の中で現れる怪人の様に、何故か所長の傍に居た。
「うわ、何処から?」
「何処って、見たまんま。ほら、そこからよ」
「何もない空間を指さすな。後、こっち本物がいるのだから、コピーを乱発するのは冒涜的よ。
何と言う卑劣極まる精神攻撃。
貴方、随分と薄汚い血を継いだようね?」
「ま、良いじゃなぁーいの。マシュ肉の一つや二つ、百ソウル程度じゃん。外見や精神は本人そのもので、可哀想で可愛いけど、その本質は獣の霧でしかない。
所詮は
「真理ね。けど、数ある真実の内の一つ。
啓蒙家を名乗るのなら、その程度の嫌味は視野が狭過ぎる。貴方の瞳、劣等と断ずるしかないわね」
「当に、正論じゃない!
そうですわ。人間が得られる正しさ等、腐臭がするほどに数が多過ぎる」
ケタケタ、と人の形をした宙が嗤う。人が人で在る為の倫理を嘲笑う。所詮、種が繁栄する為の群れの管理方法など、人の遺伝子が設定した脳の仕組みに他ならない。
「結局、貴方は良く分かんないわ。正体は分かり易いけど、立ち位置が謎よ?」
「日本風に例えるなら、ネタ枠じゃなぁい?」
「成程。納得」
となれば、本命ではない。性別を揶揄するこの女擬きは、今回の特異点の為の悪意ではなく、その次に行われる思索の為の種子となる。
無意識的に所長は啓蒙家へ発砲。
その水銀弾を敢えて無防備に受け入れる。
所長の血液で穢れた獣的発狂魔弾を啓蒙されることで血の交わりを許し、自分の血液と所長の血液を体内で混じり蕩かし、啓蒙家は味わい深い叡智を得る。
「やる事、考える事、気色悪い上に悪意に溢れ過ぎるよ」
「しかしながら、それが交尾の意味でもある訳じゃない。だが残念だ。私は男だからさ、君がくれた水銀の精子を瞳なる卵子に受胎させようにも、仔に命を降ろす胎がない。
だからこそ、我々は聖女を欲するのだよ。
神の子を宇宙より降ろす術は、性交無き交尾。血より湧き出る妊娠。
女の子はとても貴重だ。多い程、犯す程、冒涜は聖血を産む源泉だ。
即ち、星の落とし仔に夢を孕んで欲しかったんだ。私は一人の人間として、大自然から生まれた命の一つとして、母たるこの地球に夢を見て欲しかったんだ。
あぁ、宇宙は空にある。だからこそ、宇宙は空にある。
この宙は資源だ。時空間は財産だ。全てが有限、何もかも被造物。
魂が生死を楽しむ檻。地獄と天国は同じ宙。夢見る知性が悪夢で血を為す。
思索を繰り返し、死力を尽くしながら、願い続ければ、望み続ければ、私達が目指す夢は必ず叶う」
「ねぇ、暗帝。こいつ、何言ってるの?」
「……さぁ?
余も己が変態の自覚が持ち、且つ変態共の習性を知ってはおるが、理解してはいけない事しか分からぬよ」
「貴公が理解出来ないなら、私が分からないのも仕方ない。ラダーン将軍が空から墜落突進した時、初見は今みたいに宇宙へ放り出された狂い火の罹患者な顔になった」
「ラダーン将軍……――あぁ、あの美少年に粘着されてる奴ね」
「むぅ……殺せぬか」
「皆さん、お静かに。さっさとこいつ、殺しましょう」
ガチャン、と機械仕掛けの十字盾を
狂人と対等に対話するのは危険。その言葉が真実だろうと常人に理解出来ないなら妄言。況して話相手に理解させる気がないなら、尚の事。
「何と酷い言葉じゃなぁーいの、マシュちゃん。私、こう見えて生後三カ月の赤ちゃんなのに。
日本社会には少年法って言う倫理に満ちた善法があるのよ。アメリカンが人を生きた儘、市街地を焦土にした所為で、戦後社会において生きるのに必要な悪事を働いてしまった子供を刑罰から守る為の法律があってね、此処も同じ日本なの。
郷に入れば郷に従う。
だからこそ、異国人も日本の業を尊ばないといけないのよ」
「だから、どうしました?
私は私の殺意に従うだけです。私の体は、私の意志にだけ拘束されます」
「あっひゃひゃっひゃっははははは―――確かに。
私は汎人類史で死んだ人間全ての遺志を瞳より解する男だからさ、この日本で起きた全ての悲劇を追体験したの。この特異点で邪悪を為す為に、脳から膿み出る夢を叶える為に、日本の歴史を理解する事が大事だと思ってね。
だって、無関係なのは勿体無いじゃない。業を覚え、業を倣い、業を郷へ刻む。
汎人類史の所為で滅び、此処の不死は汎人類史の日本人の業によって苦悶する。
全て螺旋する。呪いは廻り、祈りは巡る。汎人類史が夢見る絶望を、特異点の人間にも夢見て欲しい」
啓蒙家は単純に混ぜたいだけだ。折角、人が死んだ。大勢、死んだ。古都ヤーナムのように死は夢の中で廻らず、現世で死んだ人の遺志は宇宙へ消える。魂は巡るが、遺志は残らない。だからきっと、継ぐ誰かが居る方が死が素晴しくなる。あらゆる死を啓蒙された者は、遺志で作られた地獄を夢見る脳を得る。
何人、社会を維持する為に死んだのか。
幾人、汎人類史繁栄の為に死んだのか。
啓蒙家は葦名特異点が日本で在る為に、日本人の死を全て蒐集した。あらゆる日本人の死を脳の内側に集め切った。
自殺者だけで年間幾万。病死、老死、事故死、過労死、他殺死、突然死。多くの絶望死を啓蒙家は特異点に啓蒙する。
―――死の人間性。
悪意こそ、無念なる死を啓蒙する術。
汎人類史の日本人を死へ導いた全てを倣い、啓蒙家は特異点で実践する。
新しく作ったソウル税も、葦名特区化も、交通法規も、国会機構も、官僚組織も、全てが日本を維持する為に日本人を死に追いやった社会構造。より良い明日を望む個人の善意が集まり、人が人を贄へ捧げる当たり前の日常を作る。
日本人の為の啓蒙家だった。
日本と言う汎人類史を観測する脳髄だった。
全ての死に価値を見出すには、その死を全て蒐集し、得られた死の情報を人類種の繁栄へ還元する事。言葉通り、汎人類史での死は、特異点で苦しむ不死達の死として還元される。
「分かるかい、マシュ。
人間共が愛と希望の物語を夢見る為に、きっと死にたくなかった人々が死んだのだよ」
「――――ッ……!」
十字盾に仕込んだ機関銃を発砲した。盾騎士は啓蒙家を蜂の巣に変え、肉片と死骸が血沼に沈む。そして忍びが殺した死体の様に、その遺骸はマシュ・キリエライトと同じ形になった。肉塊と肉片になったマシュが、コンクリートの上で散らばっていた。
だが殺意は治まらない。盾騎士は十字盾に仕込む火炎放射器を向け、自分を複製した肉塊を焼却した。
燃える肉の香り。焦げた蛋白質の悪臭。啓蒙家の寄り代にされた複製体のソウルが魂に入り、盾騎士は殺意と絶望を覚え、憤りの余り凶悪な吐き気で脳が痺れた。
「……はぁはぁ、はぁ……ッ―――何処もかしくも、狂人ばかり!」
「また殺す。直ぐ殺す。あーあ、勿体無いじゃない」
虚空より現れた啓蒙家へ、盾騎士は変形した義手より
直撃。直後、ソウルを粉砕。同時に細胞を焼き尽くし、超高熱が全肉体の細胞へ伝播。
啓蒙家は魂が蒸発して丸焦げとなった。肉体が死に、マシュの形に似た影法師となる。
そして盾騎士はまた、焼死体となった複製体の遺志を啓蒙された。死ぬ為に生まれた自分の遺志を知ってしまった。
「グゥ……ウプ、ぐ、ぅ……―――!」
血の涙が流れ出る怒り。複製された自分達の苦しみを祈る螺旋を知り、盾騎士は胃液と消化物を吐瀉した。咄嗟に口元を押さえた所為か、義手は吐瀉物塗れとなり、だがゲロの臭いはより酷い悪臭によって掻き消された。
「ちょっと、キリエライト。感情がエーテルになって漏れ出てる。そのままだと狂うわよ。この鎮静剤、飲みなさい」
「あ……うん。すみません、ジャンヌさん」
瓶を呷り、盾騎士は正気を取り戻す。理性的に判断して、此処は地獄だった。殺意が無駄になる。殺せば殺す程、自分の死骸が積み重なるだけの悪夢。
「だから、命が勿体無いって言ってるじゃなーいの。
人が死ぬ瞬間はとても面白いけれど、自分を沢山殺すのは悪趣味じゃないの、マシュちゃーぁぁん」
虚空よりまた出現し、非常識なまで可愛らしい狂貌で笑みを啓蒙家は浮かべた。それは人を狂わせる美少女顔で、人を狂気に落とす感情で表情を歪ませることで、人間の倫理を塗り潰して狂信者を作る猟奇的信仰心の伝染だった。
人間性から滲み出た血の笑みだった。
啓蒙家は盾騎士の真横で肩を組み、親し気に人差指で頬を突く。
「魂を砕いても、無駄ですか……」
「そうだよ、マシュちゃん。君ならば、神も精霊も真祖も、究極の一の魂を砕いて根源返しが出来るけどさ、我々は不死なんだ。
命じゃなくて、この魂が―――永劫。
生まれ故郷である宙の外、魔術師が夢見る根源に還れない意味を理解した方が良いんじゃない?」
苛立ちに従い、義手刀で心臓を串刺す。盾騎士は無駄だと分かって啓蒙家を再殺するが、その死体は先程のようにマシュの肉体に戻るだけだった。そして啓蒙家は何も無い筈の空間から、ぬるりと隙間から出るみたいに出現する。
「あはー!」
そして、啓蒙家は自分の腹部に槌を刺し込んだ。気持ち良いのか、痛いのか、人を狂気に落とす笑みを浮かべながら、野太い声で嬌声を上げている。
―――喀血である。
人間性のソウルが融けた血流を腹部で停滞させて、淀み穢れた獣血を槌に纏わり付かせる。
「顔色、紫になってるけど持ちそう?」
「諸々の感情で……結構、キテマス、所長」
正しく、悪夢。地獄を夢見る狂人の脳異界。藤丸は突如としてハンマーで切腹して血槌を作る凶行を見てしまい、そして正気を削り続ける今までの猟奇的光景が合さり、自意識が崩れそうな自我境界の薄れを感じ取る。
脳の中で何かが蠢いている。
自他が混じり、狂い暴れる。
罪悪感だ。目の前でマシュが死に続ける理解不能な現実。助けられず、助けてもならず、マシュを殺さなければならない矛盾。元凶を潰すには、そのマシュ達を鏖殺しなければならない重圧。
「それじゃあ、ソウル税を払わない脱税非国民の犯罪者集団の皆様、分断させて貰いマァース」
啓蒙家は地面に槌を突き立てる。自分の血液だけではなく、今まで死んだマシュ体達や狂信者共の肉片が融けて血沼となり、その全てが爆散した。
地面が砕け、コンクリートが血に濡れた散弾となって周辺全ての生命を射殺する。カルデアの七人は勿論、狂信者ではない葦名市民も標的となり、獣血爆撃が破壊の限りを尽くす。
「―――おぉ……何と、君か!?」
「久しぶり、狂い火の王」
自分のマスターを助けようとした褪せ人は、行動と行動の隙間を狙われて暗殺者の襲撃を許してしまう。黒く燃える死の刃を背後から心臓に刺されるも、褪せ人は死の燃える己が命を愛おしく思い、狂い巫女となったメリナに微笑んだ。その笑みを見た彼女は短刀を更に押し込みつつも捻り、運命の死を燃え上がらせ、褪せ人を内側から焼き殺す。
だが狂い火を支配する褪せ人にとって、激痛は日常。精神は五感を完全に受け入れ、虚無の心得によって、苦痛とは痛いと言う神経情報でしかない。
それは―――回し蹴りだった。
心臓の刃を気にせず褪せ人は背後の巫女を蹴り、彼女は左腕を我慢することで防ぎつつ、吹き飛んだ。肘が砕けて反対側を向き、腕全体が複雑骨折したが、一秒もせずに完治。着地する時には傷は治り、直接的に損傷した生命力も自動回復の祝福で蘇った。
「おおー、貴様はメリナ。余の事、覚えておったか?」
「覚えてる。だから、殺しに来たわ」
一秒で幾十も死ぬ戦闘中、暗帝は流れに任せる気だったが、見知った顔を見て微笑む。美少女は何時見ても素晴しい。灰達のような芸術的造形貌も美術品としては有りだが、やはり天然の方が人間性に迫る雰囲気が宿るのだろう。
瞬間、遥か上空より光柱と隕石が市街地へ降り注ぐ。
広範囲を連続的に爆撃し、小型ミサイルによる空爆と同じ破壊規模で街が崩れ落ちた。
とっさに盾騎士が空を見上げると飛竜が一匹。その上に灰が一人だけ騎乗し、ソウルの魔力を際限なく膨張させ、特異点を魂で物理的に破裂させる程の威圧感を放っていた。
「破壊だ……おぉ、大破壊だ……」
灰の一が楽し気に呟く。混沌の大嵐。溶岩を纏う大岩。絨毯爆撃するソウルの雨。降り注ぐ天使の柱群。光り輝く槍の大軍。たった一人の灰が放つ大虐殺用複合神秘により、何もかもが崩壊する。地面ごと時空間が捲れ上がり、時間が崩れ、空間が破れた。
燃える枯木の人型―――原罪の簒奪者、アン・ディール。
自分の研究で生成した飛竜に乗る原罪灰は、樹になった自分を最初の火で燃やし、その破壊を更に大規模に行った。無尽蔵に肥大する意志の強さは魂より制限無く魔力を引き出し、もはや個人で無限を体現し、あらゆる魂を容易く殺し尽くすソウルの大破壊を齎した。
「あらま、分断されたわね。どうする、忍者ちゃん」
「主殿と、藤丸殿を……――追う」
「敵の動きからしてあの二人はセットにされておる。そも、此処の灰に藤丸立香を殺す意思は皆無であろう。むしろ、試練を与えて強くし、あわよくば試練を破壊して自分達の思惑をも破壊し、予想外の結末に至る事を望んでいる」
「だが……む……主殿より、念が来た」
崩れ落ちるビルの瓦礫を避けながら、魔女と暗帝と忍びは戦域から逃走する。だが上空には浮ぶ巨大火球が生み出され、灰が乗る竜がその火球に火炎を息吹くことで更に巨大化し、もはや丘の如きサイズとなっていた。
「各々、為すべきことを為す……と」
居合の構え。忍びは丘から小山サイスになった火球と対する。現世で再び鍛え上げられた楔丸を緩やかに握り、心身が刀で全てを斬る為だけの『存在』に変貌する。
抜刀―――秘伝、竜閃。
それは居合より伸びる斬撃の飛翔。
軌道上の何もかもを須く裂き、忍びの刃はあっさりと巨大火球を両断。その上、火の玉が落下する運動エネルギーさえ斬り捨て、上空にて息を吹かれた蝋燭の火のように消火された。
「お見事。流石、忍者。サスニンね、サスニン」
「余も恋愛熱波な火炎斬撃は飛ばせるが、こう言う清らかなものも良いな」
「お主達……いや、良いか」
パチパチと拍手する魔女と、腕を組んで何度も頷く暗帝。カチンと何度も聞きたくなる美しい金属音を鳴らし、忍びは納刀しつつ残心を行う。
魔女と暗帝は意外と真面目であり、且つ何時も不真面目な天邪鬼の皮肉屋。挙げ句、敵も味方も関係無く、神経を逆撫でする精神攻撃をするデバフ魔人二人組。明鏡止水を得た忍びでなければ心が波立つことだろう。
「―――お。カルデアの御客様、見っけ。ジャンク漁り帰りに良い娯楽だな」
「あらぁー居た。居た居た、可愛子ちゃんと渋小父さん」
「君達。我が儘ながらすまないけど、どうか臓物を食べさてくれないか?」
「良き哉。良き哉。香ばしいソウルの匂いがしたが、舐め応えがある魂等だ。
―――慈悲である。
炉で在る我等が貴公等を食し、魂を奈落の闇へ還し、人間を全て我等と同じ人類種へ回帰しよう」
探索の簒奪者、ロイ。冒涜の簒奪者、ストロアン。人喰の簒奪者、マンイーター。聖句の簒奪者、グリアント。一人一人が人型の地獄であり、一人一人が異界常識を有する魂だった。何ら前兆もなく四つの灰は亜空間を渡って出現し、各々が好きな武器と鎧を装備し、強烈な好奇心と殺意を三人へ向けていた。
瞬間―――逃走一択が正解だと判断。
そもそも三対一でも勝機が薄い灰が四人も居れば、勝とうと戦術を組むのが矛盾する。更に言えば、戦いに勝って殺したところで得られるのは膨大なソウルと人間性しかなく、相手は即座に蘇生するのみ。
「あ、私の肉が逃げた。
素晴しい……人狩り行かねばなぁ!!」
背中に巨大な肉断ち包丁を背負い、腰にも大型の包丁を吊るす人喰灰は、遠距離狩り用に独自改造した二挺連弩を撃ちながら追撃開始。探索灰はソウルの貪欲と食欲が融合した人喰灰を愉し気に見つつ、大弓を貫通撃ちすることでビル群に入り込んだ三人へ、建物と言う障害物を貫きながら狙撃。
葦名の建物は濃密な太源がコジマ粒子と共に染み込んだ後、ソウルの霧も長年を掛けて染み込み、A++ランクの対城宝具でも纏めて壊すのが困難な概念を持つ神秘と化す。冬木の第五次聖杯戦争のアインツベルンが作ったバーサーカーの斧剣と同じく、削り出して形を整えればそれだけで神造兵装と打ち合える概念武装となるも、灰からすれば特に意味はなかった。
そして冒涜灰は、自らの血で描いた心象風景である火に焦げた深淵より生み出した異界生物を召喚。この惑星の法則に縛られない生態系から成り立ち、あるいはソウルが深淵に適応した生物とも言え、形容し難い何かが群れとなって空間に穿たれた孔より流れ落ちた。もしくは正しい意味でそれらは、原生的な魂を有する人間の姿であるのかもしれない。
その光景を目隠しながらも両眼で見詰める聖句灰は己の魂に祈り、火に祈り、闇に祈り、炉の熱で焦げた奇跡をソウルから生み出した。それは擬似太陽として浮かび上がる電球であり、上空で膨れ上がり、宙を雷電で焼き始める。そして、生命無き古竜の魂を焼き殺す雷の槍雨が葦名の街に降り注いだ。
「肉。肉。死肉。ああ、ソウル生肉!」
人喰灰は楽し気に人狩りへ専念する。何故なら、食餌とは死を食する事を意味する。暗黒である不死と違い、この星の人間は死が遺伝子で設計されている。それは、より多く、より多様に、環境に適応する為の子孫を生み出す生態系。寿命とは命を紡ぐ為の進化方法。嘗ての原生生命は分裂による不死だったが、余りにも環境に弱く、単一種族の全滅が珍しくなく、星で産まれた命は生存の為の寿命を覚えた。死ぬことで今の遺伝子を断ち、違う遺伝子と混ざることで次に生きる。故に人とは、子孫が生きる為に死ぬ生命だ。より適した命を死によって循環させる螺旋を、星の上で営む存在だ。
即ち、命とは―――熱である。
生きるとは動く為の熱を出す活動である。遺伝子を混ぜる進化の螺旋を回す為の熱力が生命ならば、止まる事が死の正体。火より熱を自在とする灰達は、この星での死も自由に扱い、生命活動の記録自体をソウルを通して遺伝子より食事する。
「私は、命を頂く調理人。人肉、魂、頂きます」
この星の人間は―――温かい。冷たい不死のソウルよりも、人喰灰は命を有する定命の人間の方が美味だった。例えるならば、それは冷えた弁当をそのまま食べるか、レンジで加熱するか、あるいは出来立てかの違い。人喰灰はソウルの味に煩い人肉グルメである為、死に立てホカホカのソウルを味わうのが好みだった。
食欲に酔う人喰灰は微笑み、魔術を使う。
名はミリアムの消失。この葦名で学んだ神秘により、魔女と暗帝と忍びの上空に出現。それと同時に落下致命攻撃を行い、忍びの脳天を特大包丁で叩き割る。そして、倒れ込む相手の腹に素手を抉り込ませ、内臓を直接攻撃した上で、その臓腑を鷲掴みして取り出した。
「内臓が、無いぞう!!」
脊髄で洒落を言い放ち、人喰灰は食べた。忍びの臓物生肉は美味く、特に生き肝が素晴しかった。人喰灰は生きる意志が湧き、ソウルを活性化させて身体機能を上昇させ、生命力も大幅に上がる。
顔が縦に真っ二つになり、臓腑を撒き散らして死ぬ忍び。
だが回生によって再び立ち上がり、それを
「貴公達、鈴の音が聞こえるか?」
カァーンと言う音色と共にプレスされた屍。飛び散る血肉と地面の染み。そして殺した忍びの生命を吸い、暗黒の落とし仔である人間性が鈴鎚より噴出する。それ即ち、竜胤の人間性。暗い死に染まる王盾の聖鈴は桜竜の呪いを放ち、黒い人型となって
忍びは駄目だなとあっさり見切りを付けた暗帝は、自分を追う人間性達を叩き斬ろうとするも、爆散の可能性を考慮して斬撃を飛ばして撃ち落とす。案の定、暗黒の波動を放って弾けた人間性の塊であったが、その爆破範囲は想像以上に広く、魔女と死体の忍びも巻き添えに暗帝は吹き飛ばされた。
「この馬鹿、音痴女!」
「すまぬ。だがそれはそれとして、音痴発言は決して許さぬ。故に、余は歌おう」
「行き成りね。全く、敵も味方もキチガイばかりです」
臨戦態勢を取りながらの軽口。同時に暗帝は蘇生の神秘を込めて放つ回復を忍びへ撃つ。もう回生不可能だった忍びが回生可能となる様に蘇りの力を回復させた。忍びはまた自力で蘇り、臨戦態勢を整える。
「余の芸術を証明する為だ。では一曲。
走れぇソリよぉ~風ぇのようにぃ~月ぃ見原ぁを~パドルゥ、パドォルゥ~」
ボエボエと言う脳が狂う声。あの世の亡者が発する断末魔のような不協和音。声は良いのに、音程が悪夢的だった。だからか、その殺人リズムに脳と耳が焼かれ、背後から奇襲をしようと迫っていた
「下手だ、下手過ぎる……ッ―――!!」
憐憫だった。こんなにも愛が込められているのに、暗帝は芸術に死ぬ程、欠片も、愛されていない。探索灰は哀れにも程がある女を思い、地面を特に意味も無く強く叩いた。
隙だらけの姿。殺さずにいられない。むしろ、殺害が礼儀。
しかし、行動には移さなかった。震え慄く灰が一人、暗闇の中で戦いを観ながら佇んでいる。形容し難き魔物を従がえる
「美声だ……これが、芸術であるか」
暗黒と同化し、自分の領域へ三人を引き摺りこもうとしていた冒涜灰であったが、暗帝の汚くて綺麗な美声がそれを阻止する結果となった。
まさかの、血の感涙だった。
冒涜狂いの邪悪な灰は、生まれて初めて芸術と言う文化を理解してしまった。
人間は―――素晴らしい。
神風情では、この灰の人間性を悦ばせる芸術は生み出せない。冒涜しか好めない灰は、暗帝と言う存在が完璧で究極の
「この宇宙で生まれた文化の中で、貴公こそアルティメット・ワンに並ぶ芸術家だ、ネロ・クラウディウス。
きっと宙の滅びの果てまで生き延びた我等の末路である、あの外なる者達も、貴公と言う芸術的偶像を前にすれば、冒涜心さえも亡我して失禁し、失神し、己に失意するだろう」
「ふふふ、やはり火を簒奪した灰。貴様等の中にも、真なる芸術を解する文化人も
そして冒涜灰の人間性に感応した深淵の眷属達は、灰の歓喜の儘に踊り狂う。冒涜的な狂乱が巻き起こり、暗帝と言う
「「「◆▲☆○△□⬛◆▼!!!」」」
黒い影の畝りが裏路地に溢れ、深淵が空間を冒涜する。眷属が発する意味の無い言葉が新たな呪文と化し、既存の魔術基盤を外なる概念が侵食する。
「おぉ、我が闇より零れた深淵の落とし仔達よ……実に高揚しておる。狂気を喚起しているの哉?」
「違うな、灰よ。奴等は単に、アイドルを推しておるのだ」
「成程。孔より深淵を覗く時、我等もまた深淵の中に居るのと同じと言う事か。覗き合いとは、愛らしい。
流石は、暗い薔薇の皇帝だ。
私のような冒涜狂いでは得られぬ所感を、こうして無知な私へ啓蒙して頂けるとは」
「うむ。ファンサは大事、故な!!」
「真理、心得た」
冒涜灰は余りにも優しい微笑みを浮かべた。不死の果まで記録する悟りを識り、もやは永遠を踏破した人間性を更に深化させ、深淵をより温かくする暗い火を理解した。
新たな魂の業の覚醒である。
ソウルとは、全く以てそれで良い。共通の真実など無価値であり、個々の魂が至るソウルの深淵を得れば良い。意味とは、己だけの所有物である。
「ファン作りしてんじゃないわよ、
「……ぬぅ………ぷ」
「おい、忍者。余を愚弄する洒落で笑うとは、脳がオヤジ化したと見える」
息と体幹を整える三人。敵対する灰達は自分が好きなポーズをジェスチャーしつつ、只管に殺意と戦意で死の圧力を掛ける。聖句灰は太陽賛美のY字ポーズで腰を振って鈴を鳴らし、冒涜灰は深淵と交信するL字ポーズでケタケタと嗤い、探索灰は常識も無く大の字になってコジマ汚染された葦名の宙を見上げ、人喰灰はこれから食す人間へ向けて独自改造したエスト酒瓶で乾杯を行っていた。
協調性がない個人主義な様でいて、実際は好き勝手動いた結果、無秩序なチームプレイを行う敵の灰らしい戦術。ある意味、思考回路自体が似ており、殺し合うことでソウルを貪り合ったので性癖すら理解し合い、殺人美学の拘りも共感し合う。真なる意味で魂が混じり合う識の共鳴と言え、恒久的世界平和を可能とする素晴しい筈の人間性を殺人道具にする灰は、共同で人狩りを行うとなれば互いの意識を繋げることで思念通話も出来てしま得た。
「互いの人間性を尊重する繋がり合う心が、灰の大いなる武器みたい。
人間の鏡みたいな価値観だけど、永遠を踏破した人類の末路がこれだ何て……忌まわしい上位者だって、脳に生えた瞳を閉じたくなる悪夢だわ」
散弾銃と斧を左右の手で握る神父服の少女が一人、薬物煙草を
蒼褪めた毒々しい甘い煙が少女の口から漂う。
それは人を狂気に誘う薫りだ。獣性と啓蒙が蕩け混ざり、血に神秘が雑ざり、灰が尊ぶ人間性が悪夢に捧げられ、少女は狂気だけが確かな実感となって、この今の現実を認識している。
「何だ、貴様は?」
「指の狩人、ユビ・ガスコイン。友人の頼みで、貴女たちを助けに来た……嫌々だけど」
「ほう。ならば、ユビユビだな!」
「貴女、頭ビルゲンワースね」
能天気に笑う暗帝に
「まぁ、バカイザーさんはもう良いわ」
「その阿保っぽい駄洒落が定着するのはな、余は嫌だ」
「だったら、ユビユビは禁止ね」
「分かった。止めよう」
暗帝は素直だった。そして無駄に物分かりが良い灰達もジェスチャーを維持しながら、乱入者の登場を見守っている。こいつらは愉しければ、それだけで良い節がある不死だった。
「ねぇ、灰さんの四人。笑いながら人殺しだなんて、人の子として恥ずかしくないの?」
「別に」
「特に」
「少し」
「割と」
「……これだから、啓蒙要らずの不死は分からない」
一人一人が個性的、且つ殺し合う程に多様性に富む差異がある個人。特に忍びの生き肝を咀嚼した人喰灰は唇から臓物の血液を行儀悪く垂らしつつ、この四人の中では殺人行為を一番恥だと考えている様だった。
〝巫女さんも褪せ人に
だが行儀が良いのは、人並み程度の倫理観を理解可能な人間性を持つ人類種のみ。灰達は人を簡単に心停止させて死亡させる程の殺意で圧力を掛けるも行動は大人しく、だが冒涜灰がソウルより召喚した魔物はむしろ殺意に昂揚して暴走した。魔物が悪意を向ける相手は無論、指の狩人。
「冒涜狂いさん、貴女のペットが襲って来たわ」
「謝罪する。家畜の失敬は飼い主の失態だ。無論、連帯責任でな」
冒涜灰は深淵に奇跡の雷電を流し、魔物達に電気拷問を掛ける。従順な彼等は怯え、震え、叫び、そのまま灰の祈りによって灰となって死ぬ。だが二秒もせず深淵に零落したソウルが新たな闇の体で以て蘇生し、あっさりと魔物達は蘇った。また苦しみ死ぬ肉の体を深淵は形成し、闇のソウルは何故か蘇生する。
―――死だった。
死に脅える人間性のカタチであった。
「悪趣味な女ね。私刑で死刑にした挙げ句、また甦らせる。名前通り、冒涜好きですね」
生死を弄ぶ灰に憤怒を向ける魔女。他者の尊厳を陵辱する善人を嫌う彼女は、魔物とは言え死の辱めを受ける『人間』へ同情心を向けていた。他人の痛みに同情する自分を安い女だと内心で卑下しながらであったが。
「魔女よ、これは葦名で蘇った人間性を愉しませる為の趣味なのだ。
特に意味も無く幼女を殺し、少女を殺し、蘇生させる。子を孕む女子供を殺し、甦らせる。男なら幼女に転生させた後に殺し、黄泉返させる。幼い子供のソウルに、幾度も生死を輪廻させる。直死の魔眼を開眼しても尚、脳が死の概念を理解しても、死を進化させて、死を祈らせる。
死を亡くした我々が根源へ還れぬのなら、死が魂にないのであれば、根源以外に我等の死を誕生させる。
だからな、この魔物は葦名で攫った死の少女達なのだ。憐れなる孤児であり、闇の落とし仔なのだ。死ぬ為だけに、また死に、死に戻る深淵の輪廻で成長期を迎えた我が娘達なのだ」
純粋無垢な冒涜心。神さえも人間性の糧。冒涜灰は加虐心の儘、
灰に食されたソウルから生まれた魔物の赤子。
深淵を素材に生まれたヒトのソウルと、深淵の泥肉。
冒涜灰の心象風景は何もかもが混沌になって融ける深淵と成り果て、ソウルとソウルが混ざり合い、新しい命が深淵より生まれる子宮だった。魂が魂を出産する根源以上の地獄であった。
「そして、こうすると楽器にも成る。どうだろうか、胸に迫る鳴声とは思わないかね?」
「変態女郎が……」
「それこそ人間、魔の人間性だ。深淵となり、深淵を種子に、闇の子を孕む回帰の輪廻。
何と素晴らしき――人の世界。
故、
溢れ出す冒涜の暗い霧。冒涜灰が笑い上げ、深淵の中で生まれた赤子は産声を今、上げる。
「おぎゃー……おぎゃあ、おぎゃ……ぁ、ぁあ」
「ああ、赤子の声だ。我が魂から生まれた少女より、赤子が生まれた。孫か、曾孫か、玄孫か、分からぬが、赤子は可愛らしい。
深淵の娘は、何であれ素晴しく……可愛らしい」
読んで頂き、ありがとうございました。
エルデンリングの新作が出るみたいで楽しみです。