血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙90:葦名街

「あら、藤丸。二人っきりね」

 

「何をロマンチックに言ってんですか、所長?」

 

「デートよ、デート。逢引とも言う。

 私も彼是、生まれて幾年……そう思えばしたことなかったと思ってね………はは、絶望の青春だとは思わない?

 まぁ、今もこうやって思うばかりだから、恋愛弱者なのだけとね!」

 

「アーメン」

 

「魔術師の青春を祈るとは、神秘に罰当たりじゃないの」

 

 取り敢えず、当初の目的であり、且つ第一標的である医療教会への焼き討ちをするべく、所長は藤丸を連れて歩いていた。

 葦名の聖職者は―――皆殺しだ。

 例外はない。関係者も逃さない。孤児院の子供も全て殺し、禍根を断てねばならない。生き残りは有り得ず、被害者である実験体も根絶やしにしなければならない。

 無論、教会の狩人も殺す。クローン・キリエライトも殺し尽くす。利用価値が有れば、骨の髄までしゃぶり尽くしてから殺し、遺志を簒奪し、悪夢へ葬送する。

 だが葦名市民は不死、故に幾度殺そうとも蘇生する人間。よって特異点の崩壊まで死に封じる必要がある。蘇るソウルを限りなく狩り、魂に夢を見せることで封印術式を施せば、火を簒奪した灰以外の不死には対応可能だろう。

 

「それで……みんなと合流しなくて、本当に良いのですか?」

 

「良いのよ。単独行動になったらなったで、意固地に当初の戦術に囚われず臨機応変にやるのがベスト。どうせ、思うようにはいかないし……やりたいことも先読みされれてるしね。

 ぶっちゃけ私も含めて皆、派手に死んでも融通が利く命なのです。絶命がアウトなのは貴方だけですから」

 

「不死……だから?」

 

「えぇ、不死だから。やり直しが容易い安価な命なのよ。

 ゲーティアを倒した貴方からすれば、どいつもこいつも冒涜的だって感じるでしょうけど」

 

「人間って、不死でも人間なのですね?」

 

「そうよ。永遠に、ただただ人間が人間で在り続けるだけ。特別な人間なんて、果ての果てまで何処にも居ないの。

 永遠だと、何でも出来るようになるし、何でも思い付いて実行するしね。それが自然になる。だからアッシュ・ワンは、人理の人類種が絶命するまで好き勝手させて、余り自分は介入しないで見守ってる訳ですし。

 それにあいつ、自分がしなくてはならない何て使命感、皆無です。結果、人に益となる罪を犯すのが趣味なだけっぽい」

 

「それって、つまり……葦名の街は、余り人理に関係ない雰囲気」

 

「関係はあるわ。あいつがこの街で失敗すれば、最初の太陽が爆発して、この太陽系からあらゆる魂が消し飛ぶもの」

 

「こわ」

 

「まぁ例えなら、核保有してる国の兵器管理みたいなものよ。ほら、原発とかもそうだけど、廃炉化した後も放置すると酷い事態になるじゃない?

 そこに在るなら、誰かが管理しないと滅亡一択。

 貧乏籤も貧乏籤。大昔の神秘狂いがやらかした尻拭い。私はあいつに一人の人間として感謝しつつも、憎いからちょっとばかり横槍してるだけ」

 

「ちょっと良い奴?」

 

「いえ、極悪人。良い事をすることで抑止力を自分の願望成就に利用してるってだけ。

 まぁ我々人間共の集合無意識も、死にたくない、繁栄したいからと、灰の目的を利用してるからお互い様ですけど」

 

「何だか、八方塞ですね。がむしゃらに立ち向かえば良い訳じゃないのが」

 

「あいつ、厭きっぽいからね。やっぱり辞めたなんて思って古い獣を放置すれば、全ての平行世界が濃霧に覆われて人類史の可能性が霧散するわ。遠い時間の果ての話だけど、今この瞬間、今の人間がしないと確定する未来なのは事実です。外なる獣の脅威からこの星の歴史を異邦人の灰が救おうとしてる訳だし、悪夢住まいの神秘学者として手を出さないのも私の信条に反します。

 ま、その辺のご機嫌取りは悪魔殺しの悪魔(デーモンスレイヤー)が何とかするでしょう。

 武術を極め尽くした神秘狂いだし、灰共に飽きが来ない程度の程々な刺激を提供してるんじゃないかしら」

 

「世知辛い話ですね」

 

「相手、自分の魂の儘に生きる人間だからね。普通の人間よりも人間らしい、正真正銘の唯の人間となると、仙人が更に解脱の境地を超えた果てにある精神性を持つ人間ってだけでねぇ……むしろ、今は自分が人間で在る事を愉しんでいるとでも言うべきなのかもしれないけど。

 結局、その人間性は人類史から生じた遺志が原型だから、灰達が葦名で味わう悦楽はこの人類の人間性とも言える訳だし」

 

「だったら、俺達が口出しする権利も義務もある」

 

「そういうこと。神代以前、大昔の神秘馬鹿がもっと叡智が欲しいと、古い獣を外なる宙から呼んだのが始まりだと言うなら、根源より神秘を貪る人間がその後始末をするのも道理ではある。

 結果、灰とか私がするべきなのは、自分の手の届く範囲で脅威を排除するだけ。

 私とてあの灰が、人類救済とか、未来を管理するとか興味ないのも知ってるし、滅ぼそう何て欠片もないのは知ってる。

 あいつからすれば、個体の都合で人類社会全体を管理するのは唾棄すべき欺瞞だしね」

 

「取り敢えず、俺は見届けようと考えてます。その中で出来る事をやる」

 

「為すべきを為すのね。自分で選んだ使命ではあるけど、その中での自由を求めて責任を背負うのも人間らしい……いえ、貴方らしいのかしら?」

 

「そこまで高尚な人間じゃないですよ、所長。結構、好き勝手やってますしね」

 

「カルデア的にはベストな判断力よ。戦う人に好かれ易い人間じゃないと、気儘な英霊共は気分良く助けてくれなさそうだもの。

 義務感で助けてくれるのもいるけど、そういうのって最期の最後の踏ん張りが効かないのよね」

 

「うーむ、そうなのですかね?

 俺も無意識で打算的な性格を自分で自分に対し、都合良く偽ってるのかもしれません」

 

「馬鹿ね。そもそも英霊もそんなもんよ。初めから、ひゃっはー敵兵は皆殺しだぜぇとか、王として国の全てを背負うのだぁ……なんて子供じゃないのが基本でしょう。例外はいるけど。

 色々と人生経験を積んで今の英雄(カタチ)になってんだから、貴方もまた成長途中の段階だって死人ならよりちゃんと理解してるわよ」

 

「そうですかね?」

 

「頑張るってのは、そうなのよ。最初から理想の形を心が得たのなら、過程は出来て当たり前な作業になる。

 そう在りたいと願い、行動し、練磨し、人は段々と人間性の輪郭を整える。その果てに、心は形を手に入れるものよ。そして、中身も一緒に色付くものでしょう。

 良くも、悪くも……ね。

 あの灰も所詮、そう在るべくしてそう在る女よ。

 嫌ならとっとと、闇の深淵にソウルを還せば良いだけの話。死ねないのなら、死ねない儘に自我の澱を暗黒に融かして、自分たるソウルを人間の生まれ故郷へ回帰すれば、その人生に一旦の終わりを与えられる。この葦名に召喚されてない類の灰共は使命に殉じ、永遠を棄てて次の世界にソウルの輪廻を回してるから」

 

「でも、生きられる限り生きるのも人間ですよ」

 

「正論ね。だから、私も貴方も此処に居る。結局、正しさ何てどれも等価値で、争いは己の正しさを否定し合う業なのです。

 所詮、殺した者の勝ち。幸運と強さで天秤は上下する。

 在るが儘に生きたいのなら、馬鹿正直に生存競争に臨まないと自分の意志は得られない」

 

「どうしたものですかね……答えはないのは、分かっているのですが」

 

「好きな選択肢を選びなさい、藤丸。それは確かな、貴方だけの答えになるわ」

 

「選択肢って、ゲームみたいに言いますね」

 

「それじゃ臭い言葉だけど、未来の可能性とでも言うわ。尤も、世の中はゲームみたいなものよ。

 人生はゲームじゃないけど、社会と言う仕組みの中で生き延びるのは命懸けのゲームでしょう。結局、人間が人間の為に造った盤上にて、人は群れの中の一匹を演じて生きるのだしね。

 其処ら辺の仕組みや方程式を巧い具合に利用すると、私みたいに大金持ちになれるって訳。ぶっちゃけ、糞みたいに簡単だったわね……現人類の脳が作るマネーゲームとか。悪夢の神秘探求と比較すれば経済戦争は分かり易過ぎて、国造りレベルの資産を世界中の資本から捥ぎ取るのもあっさり味でした」

 

「所長が特別なだけですよ」

 

「そっかなぁ……ま、そうかも。金の流れを先読みする中抜き作業なだけの話ですけど。

 そう言う意味では、葦名のソウル税は社会システムに対する理想的な解答でもあります。凄く悪意に満ちてるけど、だからこそ全国民奴隷化平等制度は凄く儲かる訳ですしね」

 

「あ、それです。そのソウル税って疑問ですが、そもそもどんな意味が?」

 

「単純よ。葦名に敷いた結界より、人間からソウルを簒奪してるの。それを国家運用費税収入にして、葦名幕府濃霧管理局のソウル系列の神秘に使う燃料にしてる訳です。

 色々と要り様みたいね。古い獣を夢に閉ざし続ける術式維持の自動化も、葦名市民がもがき苦しむことで可能にしてる。そう言う意味だと、葦名の人々が苦しむ意味は大いにあるとも言えるし、人類史で生きる全人類は葦名の不死達がこの地獄で苦しむことで今の繁栄を得ているとも言える。

 まぁ……そのあれね、命の価値とか偉そうな事を言える程、私は徳を積んだ聖人君子じゃないけど、そんな感じなのかもしれないわ。いや、そもそも最初の火を一つ使えば、濃霧管理局の運用も楽な筈なのだけどね」

 

「他世界の為に税収を使われるなんて、全国民が反乱分子になりますよ。

 人間、無償の善意の為に自分や自分の家族を生贄に捧げる程、善性に狂えない。あるいは、そこまでの気高さを得るには、それこそ未来がそれしかない絶望の最期、命を捧げるに足る誰かがいないといけないじゃないですか?」

 

「ま、人が英雄像に狂えるのも事実。絶望の死より、希望の死を選ぶ尊厳も人間性。それにソウル税はどっかの剪定事象にあるフェアリーランドで啓蒙された存在税のパクリだし、それはそれで愉しいんじゃないの?

 ……後、今の機能不全な社会システムを啓蒙家らしく揶揄ってんのよ。

 自国民が貧困で苦しんで発狂し、経済的自殺をしてる失楽園の有り様だってのに、外国に資本を流したり、働けるのに働かない人もどきの獣へ金銭保護とかしてるじゃない?

 経済ってのは群れの中に生きる同族の保護が目的。

 分業によって互いの生活を補完し合う人類の知恵。

 それを理解出来ない、あるいは群れの利益より我欲を優先し過ぎる奴が管理側に回るとねぇ……まぁ、だからこそ、欲で人を操れば安く資本を奪える容易いマネーゲームなのだけど。欲の浅い徳のある善人ばかりだと、逆に金儲けは難しい社会なのよね」

 

「うわぁ……無駄に現代風日本ですね」

 

「あの狩人、日本大好きですからね。良くも悪くも。

 税収活動もある意味、狩りなのよ。魂を奪う為の。

 尤も、無能者は私も嫌い。結局、生まれるべきではなかったって自分で自分に烙印に押したら、本当にどうしようもないし、死んでも誰も遺志を継いでくれないわ。狂い火の連中程、因果が終わってるなら別だけど。

 ―――あ、成る程。

 継がせる気が無いから、灰共は永遠を選んだ訳だ。あるいは全て消える事にした。新しい気付きね。今の宇宙を冷やして世界が輪廻する意味さえ、根本的には無駄な繰り返しになる。どうせ、内側が外側に捲り上がるだけのこと」

 

「ちょっと何を言ってるか意味分からないですね」

 

「あー……ごめんごめん。気を抜くと自他境界が揺らいでメンシス脳に傾くのよ。ミコラーシュみたいに叫びたいのを我慢するので精一杯。

 となれば聞いとくけど……藤丸、貴方はキリエライトが工業生産されてる葦名の人肉産業ってどう思う?」

 

「全てを棚上げして、必ず滅ぼします」

 

「じゃ、私達は医療教会を潰しときますか」

 

「宜しくお願いします。正直言うと、私怨が凄いので」

 

 現代社会の街作りである車道と歩道とビルの群れ。表通りを避け、建物の隙間を縫うように路地裏を所長と藤丸は進む。

 とは言え、二人も好きで狭い路地裏を歩いている訳ではない。表側の車道で自動車は走っておらず、乗り捨てられた自動車で車道も迷路みたいに入り組んでおり、路地裏と然程状況は変わらない。ただ変異亡者化現象によって異形と化した人間が徘徊しており、亡者同士で人肉を踊り喰いしている為、態々皆殺しにしながら進むのも面倒だと人の気配がない道を選んで進んでいるだけだった。

 そして裏路地から見える表通りから視線を逸らした直後、殺戮が引き起こされた。

 葦名支部医療教会所属の狩人が、亡者狩りを始めていた。ACテクノロジーが応用された機械化仕掛け武器や銃火器を使い、女狩人達は一方的な殲滅作戦を実行。全身を近未来的な黒鎧に包んでいるが、女性的な丸みを帯びた輪郭をしており、扇情的な機械人形でもあった。

 

「あれが噂の実験生物、オルト・キリエライトたちね。狩人部隊としては確か、ハンターズ・キリエライトだったかしら」

 

「名前的に嫌な予感しかしませんね、所長。何か、目玉のヘルメットが印象的ですけど?」

 

「瞳兜って言う渾名が着いてるのよ。後、正体を簡単に言うと、宇宙生物の生体組織を生成時に使われたマシュのクローン体です」

 

「宇宙人……?」

 

「人ではない。一応、この太陽系の外殻で生まれた彗星型円盤生物だわ。協会がオルトって名付けた生きる星です。

 今は月の狩人が人類種への慈善でアレの眠りを更に深めてるから、ある意味で今が一番人類が平和な時代なんでしょうけど……いや、馬鹿が更なる馬鹿をした惑星粉砕三秒前の時、灰がそもそも一旦は眠らせたんだっけ?

 あいつもあいつで、人類種を幾度も救ってるから質が悪い」

 

「そのオルトってのは後で説明して下さい。今はその、オルト・キリエライトについて知っておきたい」

 

「簡単に言うとこの特異点の医療教会と呼ばれる区画はね、現実側も悪夢化した異界常識に取り込まれてるのよ。

 真性悪魔の神秘を学んだ教区長ローレンスは、何でも在りな夢を引っ張り出した。灰が召喚した最初のサーヴァントであるあいつは受肉し、不死化し、既に灰から分けられたダークソウルを魂に融かしてるから、死人も生者もなく今も成長するから面倒みたい。どうも、あの悪魔も無償で知識を教えてるし。

 だからか、教会内部だとローレンスの思索は自由自在。

 オルト・キリエライトの思い付きはアッシュだろうけど、思考錯誤して今の段階まで作ったのはあの夢見る学術者です」

 

「それで性能は?」

 

「サーヴァントの領域をちょっと上回ってる程度じゃないかしら。訓練積めば、神殺しも出来る素質はあるけど、どうも人間寄りの性能ではないから、化け物として普通に強いって雰囲気。けれど、死んで甦るのは別として、死に難い感じでもある。あれは多分、粘り強いわ。狩人狩りは手間隙掛ける方が面白いけど、あの類はちょっと単調な狩りになりそう。

 ま、今はスルーしましょう。

 アレらを狩るのは医療教会を潰してからです」

 

「分かりました。数も多いですし」

 

 医療教会による量産型人造狩人。教区長の忠実な奴隷兵であり、且つ新人類種として作られた人工生命体。既に神や精霊の枠からも外れ、地球外法則で動く知性であるも、だが悪夢に囚われた犠牲者でもある。

 

「しかし、まぁ……相変わらず、命を素材にしか思ってない所業。

 思索を啓蒙されたいが為、叡智を欲する学術者の禁忌は気色の悪い好奇と相場は決まってるけど、人間はやっぱり何処までも人間です。

 魔術師も科学者も所詮、人の業か。ヤーナムの神秘学者も性根は同類。

 試せるのなら、試さずにはいられない。文明は罪科を積み上げてこそ発展する故」

 

 所長は独白を吐き捨て、殺戮を行う瞳兜の人形狩人から視線を逸らす。どうせ、もう救えない。狩り殺すしか道はなく、化け物として生み出された犠牲者だとしても、狩りの獲物であることに違いはない。

 だがそもそも、殺戮は人間性の証。

 所長と藤丸が守ろうとする現代社会は人の屍を土台とした科学文明社会であり、人の死を素材に技術が発展した繁栄の歴史である。

 

「所長……命って何か、意味はあるのですかね?」

 

「考えてはいるけど、答えを一つに絞れてないわね」

 

「そうですか。でも俺、答えは何であれ、人殺しは嫌ですよ」

 

「……ごめん。嫌でもして貰う」

 

「分かってます。ただ所長には弱音の本音、言っておきたかっただけです」

 

「ま、それが私の義務だ。この世で私だけが唯一人、人理を救う貴方が背負う行いに責任を取れる雇用主だからね。

 それはそれとして、所長業にちゃんと復帰したら人理補正ボーナスのプラスアルファは弾むわ」

 

「期待してます。お金は大好きですので」

 

「凄い額よ、本当。もうそれは凄い額。しかも治外法権のカルデアだから、税金も掛らないから額面通りの手取り額。プロスポーツ選手百人分は軽く超えるわ」

 

「最高じゃあないですか」

 

 取り敢えず、藤丸のテンションを上げておくことにした所長であった。無論、藤丸もやる気を出させる為と、俗物的な話題で気を紛らわせる為だと分かってはいた。だが最強のコミュ力を誇る彼の空気読み技能はEXランクであり、所長が望む通りに話へ乗っかっていた。

 気が狂う街の中、正気を保つ為の雑談をしつつ進む二人。徘徊する亡者を避けて歩き、早五時間。話題も尽き掛け、雑談二週目に入った頃に目的の建物へ辿り着き、足を止めた。

 葦名市街地中枢、宗教施設群。民間非営利宗教団体。葦名支部医療教会、その大聖堂。

 それは荘厳、且つ美麗な建築物。古都ヤーナムの大聖堂と違い、近代建築学によって建てられた現代人による神の閨。

 より深く、より暗く、宇宙の眠りを見る為に。

 悪夢はきっと、此処から人々の血へ流れ出る。

 

「時計塔もある……真似てるわね」

 

「所長は知ってる建物ですか?」

 

「うん。もはや通ってたレベルね。文字通り、夢に出る程には知ってる」

 

「そうですか……」

 

 現代的な街中にある建物の為、近場には多くの車を停車可能な大立体駐車場がある。所長と藤丸の二人は今、其処におり、医療教会の大聖堂を観察していた。

 

「ちゅぱちゅぱ……チュパチュパァァア……ねっとりとしたキノコ、あぁ茸なキノコ、脳の菌類―――おや、新鮮な人類種の薫り。

 御両人、もしや異邦人で?」

 

 よって破棄された車もまた多くあり、その車内で不死の症候群罹患者が一人、嚴かな雰囲気でチュパチュパと音を立てて何を行っていた。罹患者は気配を完璧に遮断しており、二人は声を掛けられるまで全く存在感に気が付く事はなく、異常なまでの隠密能力であった。

 そして驚いた藤丸が罹患者を良く見ると、何かを食べていた。

 頭に生えた蛞蝓みたいに蠢く茸を毟り取り、口に入れ、また頭から蛆虫みたいに茸が直ぐ生える。自家製茸の育成と消費の無限ループを繰り返しており、罹患者は車内でずっと茸を食べていた。

 

「そうよ。汎人類史からの旅人よ。

 貴方、その存在感……簒奪者の灰じゃないわよね?」

 

「ただの人間だよ。葦名には珍しくない、ただの不死。葦名大学の教授だった罹患者。この並列特異点の歴史だと、日本における核技術の父と呼ばれていた科学者さ。

 名は………――あぁ、すまん。亡くした。

 妻子も孫も居たが、全て忘れた。今はマイカーを宿代わりに脳の茸を食べるホームレスだ」

 

「そう……で?」

 

「第三次世界大戦時、まさか私が開発した核融合弾頭によって……いや、どうせ古い獣の濃霧に覆われる末路だ。過程の惨劇が何であれ、未来は最初から今へ至ると定まっていたか」

 

「何、懺悔?

 聞くけど?」

 

「懺悔はせんよ。ただ……この特異点に私のような人間が居たと、汎人類史の誰かに記録して貰いたかっただけさ」

 

「覚えておきます」

 

「有り難う、オルガマリー・アニムスフィア。

 成程、頭のイカれたキチガイカルト集団が言おうとも、真実は真実。事実は誰の口から垂れ流れ様とも、嘘にはならんのか」

 

「そう言う役割、私はするつもり無いわ。

 救われたいなら、自分の脳で自問自答をすることね」

 

「それしかなく、人はそう在るべきか。やはり、あの啓蒙家が言う通り、貴女には救世主の器がある」

 

「だから、信仰が強く残ってる宗教って嫌い。教祖が生存するカルトは特にね。

 インドのヨガとか、日本の神道みたいに習慣化した教えなら、思想なくして信心を形作るから良いんだけど」

 

「人間は、人間以外のナニカが救う形でなければ、祈り方が分からないのだろうよ。

 神か、宇か、魂か、対象は何でも良いのさ。

 だがそもそもな話、自分で自分を救えぬとから、人は自分以外の偶像へ己の救いを求めるもの。救いなど、この宇宙に存在する訳がないのにね」

 

「全て、夢ね」

 

「そうだとも。この特異点と同じ、現実にある訳ではない。

 夢を見なければ、夢の中で在らねば、現実を見詰める瞳は地獄しか映さぬのだろう」

 

 茸が生える奇形の元科学者の神秘学者は、コジマ粒子で大気汚染された劣悪な環境下でありながら、大自然へ祈る狂信者のように今の世界を愛していた。

 何故なら彼は夢を見る。夢見る脳から生える蒼白いイズキノコを食べ、脳が見る夢を食べる。

 理想を食す輪廻こそ夢。終わらない現実の悪夢。悪魔が来た後、灰が来る前、古い獣が目覚める前、人類を大虐殺した兵器を開発してしまった男が、もはや罪悪感すら甘美な感情に思える程、葦名の悪夢に蕩けていた。

 

「私はあの灰共の食べ残しの……英霊のソウルを食べた所為か……神秘を得たが……いや……貴女と比較すれば歴史の浅い概念ではあるが、それでも汎人類史によって座へ記録された人魂をソウルに得た。

 ソウルの業も学び、あの教区長の元で医療教会の奇蹟も学んだ。

 だからね、理解したんだよ。元より、苦しむ為だけの分岐。枝分かれした繁栄の失敗。

 しかしね、その情報も所詮、根源からすれば汎人類史と変わらぬ時間の記録帯。同じ価値しかない人類種の軌跡であった」

 

「苦痛に意味が欲しいのね?」

 

「あぁ、そうだ。世界はこんなにも美しく、宇宙は世界を美しいと感動する知性を求めて魂を根源より造ったのに、私はこの世の全てが下らないと感じる。万物の創造主たる宇宙を愛せない。

 あるいは、宇宙がつまらないと感動しているのだろう。

 この地獄も人間が人間の為に造った人造の人類史だと正しく理解しながらも、人間を人間として創造したこの時空間が憎たらしい」

 

「全てが螺旋なのよ。繰り返しをまた繰り返す。

 この時空間さえ何時かは冷却死し、また時間を始まりの空間から繰り返す。

 貴方のその絶望もきっと、その魂は前の何処かの貴方が味わった地獄の繰り返し。痛みさえも引き摺って、根源からまた戻って輪廻する。この宇宙で生まれたら最後、それを我々は繰り返すしか無いし、その軛から逃れたとしても、末路はあの灰共に成り果てるだけ。

 永遠に繰り返すか、永遠に生きる不死となってこの宇宙で彷徨うか……魂である私達にはその二択しかないのです」

 

「憐れだよ。自意識を零にするしか、苦痛より救われぬのか……魂など、消えれば良い。

 この様しか在り得ぬ魂を根源より呼んで我等を創造したこの宇宙を滅ぼしても、また無より時間が発するだけなのも救われぬ。

 高次元より生じた己こそ魂なら、今この瞬間の自我こそ精神。

 私は魂を捨て、精神だけの意識へ成りたい。だが例え、肉体、精神、魂に分かれたとしても、それらは根源より観測され、根源より生まれたこの魂に情報として記録されるのみ」

 

「そうよ。結局、何も変わらない。

 火を簒奪した灰共のような永劫の不死に深化しない限り、根源へ還る魂で在る限り、貴方はまた救われない貴方をこの宇宙の何処かで繰り返す」

 

「不死は永遠の苦しみを意味し、死もまた永遠に苦しみを繰り返すだけ。

 解脱など、無意味か?

 涅槃で眠る仏へ至ろうとも、魂は魂か?」

 

「そうよ。だって死んで宇宙から脱しても、この宇宙の外に救いなんて在る訳ないじゃない?」

 

「私は――……何なんだ?」

 

「私と同じよ。皆と同じ。特別な魂なんて何処にもない。

 根源と宇宙の輪廻を幾度と繰り返そうとも、それから脱して永遠を生きようとも、この宇宙の外側へ解脱しようとも、人間は当たり前のように人間で在り続けるのよ。

 ―――永遠に、人間は人間性からは逃げられない。

 普通で、当たり前で、それがこの宇宙に求められた魂の在り方の常識です」

 

 核技術を専攻した元科学者の神秘学者は、心底より発狂する。静かに、言葉無く、微動だにせず狂い果てる。加速する体感時間で思索を思考し、一秒が百秒となり、その中の一秒が万秒となり、無限加速する思考の脳で無尽蔵の情報を啓蒙され、思索が悪夢となって脳内で実体を得る。

 ―――贖罪は、この世にもあの世にもない。

 魂が救われる答えなど、この万物を創造した宇宙は作ってくれない。魂は只管に魂で在り続け、ソウルの業が外側の神秘を人間に啓蒙した。

 だからきっと今この刻、上位者に神秘学者はなった。

 イズの菌類に脳を寄生させ、その茸に神秘を求めた神秘学者は、素晴らしい悪夢を瞳で啓蒙した。

 

「有り難う。星見の狩人、オルガマリー。

 私は夢を見る決心が着いた。上位者へ至ろうとも、私は救われぬ人間で在り続けよう」

 

 茸頭を肥大化させ、神秘学者は身体を消失させた。茸より触手を生やし、茸が変態することで動く人型の茸となり、茸人間へと進化する。

 パンチ一閃。神秘学者は閉じ籠もっていた車の天井を粉砕。

 サーヴァントじみた身体能力で跳び上がり、そのまま空間を茸足で跳躍する。そのまま空に暗い孔を開け、其処に飛び込み、何処かの時空へと消えて行った。

 

「エリンギみたいになって、飛んだ……?

 それであの、所長……あれ、何でした?」

 

 意味が分からな過ぎて、藤丸は完全な無表情になっていた。むしろ、分かろうと考える程、脳が白痴へ洗浄される怖気に襲われ、自分の人格が別人格へ変異する錯覚に陥った。

 

「此処は夢の中みたいな処なのよ。全ての意味が自分へ還る訳じゃない。

 ま、あの問答に利益はあったわ。

 ローレンスがこの葦名でやりたいことも見えたしね」

 

「何です?」

 

「ヤーナムの続き。出来なかった思索の克服。

 貴方の持つ常識で解り易く例えるなら……そうね、猿に人の子を孕ませて、猿から人に生る仕組みの解明かしら」

 

「何か、聞いたことがある都市伝説ですね」

 

「昔みたいな倫理が欠けた人体実験を今もしてる学術機関はあるんじゃない?

 魔術師なら、昔から良くしてるけど。

 後ね、成功例を考えると逆の方が良いのよ。ゲールマンが行ったウィレームへの裏切りは正にそれで、人間を上位者の遺児として再誕させる禁忌でしたし……人間が上位者の仔を孕んでも、夢も見れない出来損ないの眷属が作れるのが殆ど。

 それに人間を材料に上位者の血を使っても、良い結果は……いや、違う。最後の最後に月の狩人が生まれてるのなら、ヤーナムの悲劇全てが月へ集束したのか。

 全ての失敗が、あの成功を生み出す為に有ったのだとしたら、何もかもが思索に必要な実験結果だった。全てに意味がある犠牲だった。不必要な失敗は何一つ、無かった」

 

「話、逸れてないですか?」

 

「あぁ、メンゴメンゴメン……ヤーナムには思い入れがね。

 まぁ話を戻すと、魂のカタチで夢を形成する脳を作ろうとしてるみたいね」

 

「さっきの茸な人も、その一人と」

 

「いいえ。あれは、自分の意志で自分を変態させた学術者よ。憐れな犠牲者ではなく、誰かを犠牲にして自己進化した極悪人。

 とは言え、人間は意志の生命体。

 自己実現の思いがないと進化はない。

 月の狩人は被害者の一人だったけど、それとは関係なく上位者を目指した狂人だったから先へ進化した。他人を犠牲にして歩み続けた。その意志がない人間を幾ら実験に使った所で、上位者への神化は有り得ない」

 

「月の狩人ってのは良く分からないですけど、理屈はわかったような気がします」

 

「何時か、貴方も月と邂逅するわ。尤も、私もあの狩人は不理解極まるけど。

 けど、この葦名の悲劇はある意味、ローレンスによる青褪めた月の再現だ。

 あの狩人も無関係ではないからさ、この惨劇の解決に必要な知識ではある」

 

 所長は懐から徐ろに煙草を出し、着火。薬煙を吸い込み、酸素と共に血流へ獣性と啓蒙を混ぜ合わせる。

 

「……大切なのは結局、脳と出来具合と意志の強さか。

 各々の起源と人間性に適した変態を亡者はするけど、本質はグレート・ワンの瞳を有する亡者の製造にある。

 なら進化の意志の有無が、高次元暗黒へ神化する為の鍵。

 魂が宿した闇の深化こそ、人類種を脱する人間の誕生に必要。

 種族としての神は無用となり、人はその魂が求める神の姿へ人間性を変態させ、神が人と為る……いや、今の葦名だと神も所詮、暗い人の被造物に過ぎない事になる。

 あの灰共からすれば、全ての命が闇から生まれ、闇こそ人そのものでおり、魂の生まれ故郷となれば、この葦名に宙の法は適応されない。

 闇の深淵こそ、魂の運営法則。

 ソウルの業は全てを統合し、やがて受け入れ、葦名にて暗い神秘は完結する」

 

 ぼそぼそと隣の藤丸に聞こえる程度の声量で所長は独白し、脳細胞を蠢かせながら熟考し、必要な準備を脳内で済ませておく。

 

「何となくだけど、研究内容の詳細な概要は把握出来たわ。

 藤丸、まだまだ私も勉強不足みたい。いやはや、人間は非常に奥深いです」

 

「所長がそう感じるなら、俺は無知になりますよ」

 

「でも無知でないと、脳へ入れる知識が着色される。結局、上位者共の中でも人間性への理解度に差があるのよね。だから人以上に人が進化すると、同じだった筈の人間を不理解になる。視野が広がると、元から見えていた焦点がぼやけるみたいな感じでね。

 けど、灰共にそんな弱点はない。

 なら、灰の視座を手に入れたローレンスは生前の研究を、初心を忘れず完遂する。

 人が獣になるのも、蟲になるのも、菌になるのも、魚になるのも、同じだと理解してるでしょうし、獣性と啓蒙も原理が同じ血の営みとも分かっているのなら……あぁ、だからこそ異星の命を解明したのね」

 

 カァーン、と医療教会の時計塔より鐘の音が鳴った。

 

「……――あ、孔だ」

 

 それはトゥメルの狂女が鳴らす鐘の音と同じだった。

 

「そうね。宙に孔が空いた。私が来たから開けたみたい。

 あの教区長、向こう側から呼びたいんじゃないかしら?

 同じ夢を皆が見れば、夢を通じて脳は繋がり、他人の夢に呼ばれる事もあるでしょう。まるで悪夢の登場人物みたいにね」

 

 どろり、と上位者が夢より堕胎した。産道から屍が流れ落ちる死産だった。憐れなる落とし仔だった。だが此処は灰が寄生する失楽園であり、悪魔が業を拓いた獣の園である。

 教区長(ローレンス)は予め神秘を唱え、また鐘の音が鳴る。

 奇跡が光り、蘇生の神秘が上位者へ施された。

 夢見る扁頭体(アミグダラ)、死したアメンドーズが呼び込まれ、葦名街にて死よりまた呼び戻された。

 

「ひー、ふー、みー、よー…………あれま、十匹以上は居るわね」

 

 巨体でありながら自重を無くし、医療教会のアメンドーズ達は空間を毟り掴む手を使い、葦名街の摩天楼へ張り付く。そのまま扁頭体の頭部から生やす触髭を伸ばし、網目から目玉を飛び出させて熱線を瞳より放射する。視界に映る全ての生命を標的に、奴等は視線で焼き殺し始める。

 虐殺に次ぐ虐殺。死が渦巻き、命が巡り回る。

 教会狩人が罹患者を殺戮し、それをまた上位者が殺戮で死を上塗りする。

 

「遺志が渦巻き過ぎ……酷く、頭痛がする」

 

「もしかしなくても、あれ……制御出来てないですよね?」

 

「基本、飼えない生物なのよ。呼べるから好奇心で呼んだだけっぽいし。さ、行きましょう」

 

「え、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫。アメンドーズって意外と大人しい奴等なのよ。届く範囲に動く生物がいなければ、その場から動いて殺しに行く個体は少ないから」

 

「それって、獲物が逃げ切るか皆殺しにするまで動くって意味なのでは?」

 

「そうとも言う」

 

「無差別ビームを撃つ危険生物ですね、分かりました」

 

 瞳から熱線が放たれる度、誰かが死んでいる。紛争中の市街へ爆弾を降らす空爆と同じく、確実に火が上がる度に誰かが死んでいる光景な筈。葦名の住人は不死なのだとしても、死に値する苦しみが与えられているのは確実だった。

 悪夢を前に、藤丸立香は当たり前な景色だと感じ取っていた。

 そう思う自分に気付き、自分の人格が狂い始める実感を得た。

 死が、蕩けている。地獄を愉しむ悪性腫瘍が脳より膿み出る。

 啓蒙される。夢が脳へ拓かれる。彼の常識が異界へと染まる。

 

「すみません、所長。早く目的地へ行きましょう」

 









 読んで頂き有難う御座いました。

 それと個人的な感想なのですが、更新に対して読者様からコメントもなく、一年。最新話に反応がないのなら書くだけ書いて態々投稿しなくても良い筈ですが、書き終わると投稿してしまうのは何故なのかと思いつつ、また書いて投稿しています。自分で書いた話をハーメルン様の自動音読で聞く誰にも自慢出来ない趣味もありますが、コメントがなくとも見る人がいるからと思うも、他人の精神を愉しませる為に妄想を文章にする人間ではないので、やはり書き続けるのは自分の為となります。
 考えるに、始めた物語の続きが知りたいのだと思います。
 自分の脳細胞で妄想を形にして作りつつも、書き始めた時とは違う脳細胞で出来た思考回路の神経で考えながら書いているので、最初に考えた結末とは違う終わりに向かって物語を書いています。
 となると投稿するのは、まだ話が気になる人がいる可能性があるのなら、この物語を知っておいて貰えれば私も書く意味が広がると考えています。なので今も興味がありましたら、次話も気楽に読んで頂けたら幸いです。
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