血液由来の所長   作:サイトー

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啓蒙91:マシュチク

 花を慈しむ異形の軟体生物。二足歩行で背中から触角を生やし、先端の眼球を蒼白く発光させる異星異界の人類種。真性悪魔と同じく、肉体を構成する細胞が魔術回路と同様の神秘性能を持ち、彼等自体が神秘そのもの。

 肉体変異により掌に生えた瞳から水を流し、軟体生物は花々へ水遣りを行う。異型の体液が混ざった水分を吸い、植物は元気良く育っている。

 

「おやおや。皆さん、花壇の御世話、ありがとうございます。私が地下の遺跡から種を取って来た花ですが、地上でここまで育ったのは皆さんの努力です」

 

「―――――」

 

「そうですか。ですが、それは良い事です。子供の特権は、子供の内に使わないと勿体無いでしょう」

 

「―――――」

 

「構いません。僭越ながら、私が皆さんの親代わりになれればと思ってますからね。気にする必要はないのです。

 人は人間同士で助け合う知性を持ちます。

 善い事とは、それだけで利益となります。

 人間社会へ慈善を為す自分を素晴しいと自賛する精神性こそ、人の本能です。金銭や地位などの思考の次元が低い欲得の利益とは別の、無償の利益とでも言うべき本質的感情です。親を喪った貴方達の助けになれるだけで、矮小な私は愛情と幸福を実感出来るのですからね」

 

「―――――」

 

「気にする必要はありません。私にも敬愛する先生が居ました。今でも先生は正しい人だと思っています。

 ―――情けない進化は、人の堕落です。

 私は貴方達が唾棄すべき無価値な汚物として大人になるのではなく、進化を諦めない素晴しい人間へ成長して欲しいと願っています」

 

「―――――」

 

「姿、形など……気にする差異ではありません。人間にとって一番重要なのは中身……思考する己自身で在る脳の賢さと強さです。

 素晴しき意思は、進化した脳より産み出ます」

 

「―――――」

 

「ありがとうございます。嬉しい言葉です。私も頑張りますので、皆さんもどうか頑張り続けて下さい。勿論、脳を進化させる為に適度な休憩も大切ですよ?」

 

 異形の軟体生物と語り合い、その男は設置されたベンチに座る。月の香りがする花で満ちた此処は夢に疲れた脳を癒し、休憩場所には最適だった。

 ―――医療教会大聖堂、屋上。孤児達の痛みを癒す為の花園。

 そこから見えるのは、立体駐車場上空に開いた暗い孔と、その虚空へ突き進む影。それは特異点から旅立つ茸だった。

 

「コジマ博士……―――御達者で」

 

 教区長は、宇宙へ頭を下げた。夢見る脳を思索する同志が一人、孔を空けた先の高次元暗黒へ旅立ったのを感じ取れた。

 因果が狂う悪夢の気配により、彼がこの特異点の最後に良き問答が出来たのだろうと解り、教区長は嬉しく思うことにした。きっと今までの苦しみに答えが啓蒙されたのだと。

 

「………貴方の絶望は、私が引き継ぎます」

 

 葦名特異点における文明の賢人。第三次世界大戦にして最初で最終の世界核戦争後、獣の濃霧が拡散した特異点にてコジマ粒子精製機械を開発した科学者。プロフェッサー・コジマこそ、核融合兵器の父にしてコジマ粒子の親。

 葦名一心がこの特異点の持ち主だとすれば、コジマ博士は平行世界特異点化の元凶とも言えた。これ程までの破滅した人類史に成り果てなければ、悪魔殺しが獣が眠る苗床の世界に選ぶこともなく、葦名幕府の官僚が暴走して核弾頭の大量生産をする原因も生まれなかった。

 文明最後のエネルギー革命。人間社会はコジマ博士が作る兵器の素晴らしさに盲目だった。

 だから選んだのは、人々だ。

 人類種の運命とは、各々個人が選んだ道の混じり合い。

 葦名特異点の人間で在る時点で誰もが責任を背負い、故に滅亡の理由を他責する権利は持ち得ない。

 

「…………」

 

 挨拶は済んだ。教区長はこの別れを喜ばしく思う。湿った茸のように腐り続けるのを辞め、博士は次の世界への旅路を選んだ。

 例え、相手が裏切り者なのだとしても、友で在った過去は変わらない。教区長は穏やかな笑みを浮かべ、己以外の全てを赦す。罪も人も、憎む価値はない。憎むべきは無知一つであり、裏切りを悟れなかった自分自身が無能者であっただけ。

 さて、と彼は心の内で呟く。これで区切りとなった。コジマ博士の消失は枷の消滅を意味する。彼が茸頭の脳で夢見る事により、医療教会は倫理の悪夢を見せられていたが、それも消え去った。

 

赤子(メルゴー)の血、トゥメル。獣の病。獣血と獣性。

 輝ける星(コスモス)の血、イズ。寄生虫。発狂と啓蒙。

 獣と軟体。蛆と蛞蝓。血と精霊。呪いは怒り、冒涜は神を知る人知の業。

 ゴースとゴスム。母親と遺子。オドンと青ざめた血。姿無き者と月の夢。

 私は勘違いをしていた。私は克服するべき対象を間違えた。獣性は人に由来せず、神秘は人を克服せず、人は人の儘、血によって新たな人を得た。授けられた瞳により、人間は超越的思考を得た」

 

 苗床の脳を解き放ち、血を獣性に溢れさせる。毛深く、蒼白く、軟体人獣となり、教区長は自らの血で燃える。

 

「――――だが、赤子を簒奪したのは学び舎の罪。

 上位者が人を恨むのは必然。古都の市民は我々と関係無く、しかして赤子を喪った上位者が血を得た人間全てを呪うのは必然だった。無知に死血を得たからと、血で人となったからには、彼等は脳の出来具合で人間性を区別せず。

 故、その罪が人の業。

 血、無くして人は叡智を得ず。

 克服する思索こそ、罪科から瞳を逸らす無知。

 ならば徹底しなくてはならない。骨髄より、私は宇宙の憎悪を飲み干す海となろう」

 

 認めなければならない。血に因り自分へ蕩けた寄生虫によって獣となり、また血に得た寄生虫によって眷属となる。どちらも同じ事であり、獣性と啓蒙が相克するのは宿主となる人間の生命を奪い合う故。だがそれさえも上位者の呪いを受け入れた宿主(ニンゲン)の意志によって克服される。

 即ち、上位者の遺志で呪われた寄生虫が人血に融けたのだと。

 教区長(ローレンス)はソウルの業を識り、デモンズソウルを得て、ダークソウルに染まった。

 魂を拓いたことで彼は上位者のソウルを理解する。罪が知であり、罰が血であった。克服するべき対象こそ、他の魂を拒む無知な自分である。貪欲に他人の遺志を奪い、血に数多の魂を融かし、血に因って夢を見る。その血に酔い、血に善い狩りを行う。

 人血。獣血。聖血。

 魂血。竜血。神血。

 全てが雑ざる混血。

 人域を思考の瞳で克服しようと足掻いた人間、ローレンスは人間こそ神域を克服した姿だと啓蒙された。

 

「だからこそ、博士……貴方の叡智を忘れません。

 人が宇宙を旅する技術を手にし、人間は銀河の大海原を航海しましょう」

 

 教区長は夢を見る。人が新世界を旅する希望の未来を夢見る思索を、宙を通じて空想する。人が聖血を克服した時、人間が空に適応する生命へ至るのだと信じ、彼は現人類種から新人類種への進化を希望とする学術者だった。

 何故、それを望むかなど如何でも良い。

 唯々、血によって人を作りたいのだと。

 個々が各々の夢を見れば、種全体で夢を見る価値はなく、人間は夢で繋がり合いながらも、集合無意識を絶対する必要はなくなることだろう。統一された全体の意思に縛られず、繁栄の為の奴隷として消費される必要もなくなり、宇宙が有する絶対的熱量からも逸脱し、他意識に自意識が左右されることもない。

 

「ならば汎人類史など、驕りが過ぎる。夢見る精神を誘導するなど、欺瞞の極みに他ならぬ。導きとは光るだけで良い。そも人で在ればきっと、今のこの無様な奴隷の在り方からも進化可能だろう。

 何故なら、我々は―――人間だ。

 諦めない限り、人間は未来を夢見続ける。故、人間に不可能はない。

 今は不可能であるが、夢見る恒久的世界平和だろうと、やがて現実にその妄想を侵食させることだろう」

 

 人間は上位者になろうとも止まらない。人ならぬ上位者達もまた進化の為の思索を止めず、進化し続ける故に上位者だった。人より人間性を得た上位者達の内側にも人の魂が雑ざり、古都が見続ける悪夢には不死共の人間性さえも流れ込んでいた。

 

「人間は―――……素晴しい。私も、君も、皆が素晴しい。

 共に思索を夢見た学友達、私はこの葦名で我が夢に一歩でも近づいて見せる」

 

 眠りながら話す寝言のように教区長は独白が止まらない。もはや、まともな精神を維持出来ず、狂気を吐き出さずにはいられない。

 

「ミコラーシュ、瞳は人間の中から生まれてこそ意義がある。

 ゲールマン、愛した女を死より求める奇跡は人が為す業だ。

 ウィレーム先生、絶望しようと人は遺志を継いで進みます。

 ルドウイーク、欺瞞に救われた自分に絶望しても進むのだ。

 私は一人の人間として、只の人間として、死人より遺志を継いだこの意志で以て、夢見る思索の路を邁進する」

 

 何より、感謝を。

 今の好機を自分へ与えてくれた火を得た灰に、狂信を。

 

「感謝致します、我が召喚者(マイ・マスター)

 貴女が望む通り、私は私の人間性を偽らず、この夢を見続けます」

 

 教区長(ローレンス)は誰かへ語る役者のように、独白を締め括った。そして邪眼が光り輝く。乳母がメンシス学派のミコラーシュに送った上位者の神秘を理解する教区長は狂気を脳へ宿し、瞳に狂光を宿し、空間を伝播しながら狂気が広がる。

 異形化した孤児等は脳より気が狂い、更なる変異が起きた。

 変異亡者化現象と葦名特異点で呼ばれる過剰肉体変態。人間性の変異で起こる魂が罹患する病魔であり、俗に言うアゴニスト異常症候群による病状のステージ進行であった。

 

「では、皆さん……空で見る夢を歌いましょう。

 家族を失くす痛み知る皆さんでしたら、誰よりも人の魂に優しく出来ます。きっと将来有望な良き聖歌隊になるのですからね」

 

 夢が孤児達によって歌われる。

 繋がり合う脳で狂気の歌を唄い、子守唄が医療教会より漏れ流れる。

 

 

 

――――――――――<◎>――――――――――

 

 

 

 暴れるアメンドーズの光線群を避けつつ、所長と藤丸の二人は葦名支部医療教会の敷地内へと足を踏み入れた。

 ―――死山血河の光景。

 ヤーナム時代の所長がオドン教会に張り付くアメンドーズの手で送られた夢の異界―――狩人の悪夢で見たのと同じ景色が、医療教会の敷地の中で再現されている。

 

「これは一体……何が、此処で……」

 

 盛大に顔を顰める藤丸だが、無理はない。生理的嫌悪、倫理的嫌悪、道徳的嫌悪と、あらゆる嫌悪感が脳内から湧く残虐的光景にして、死と血に満ちる狩りの愉悦で溢れた素晴しき惨殺空間。

 

「肉の地面。血の川。死体の山。でも、誰も死んでいない。不死だから、生きた儘に地獄を夢見てる」

 

 グチョリネチョリと歩く度、道から音が鳴る。生肉の感触と体液が糸を引く不快感が靴から伝わり、水溜りならぬ血肉溜りが広がり、もはや赤い血の沼と化している。

 

「生きて、肉から血を流し続けるから、此処では沼が広がっている……虐殺主義者と殺戮主義者め。

 この悍ましさ、流れ込んでるわ。汎人類史で死んだ人間の遺志が、血と成って集合無意識より悪夢へ流れ落ち、この世全ての死が医療教会に一点収束されている。

 この葦名は悪夢と蕩け、深い海底となり、海へ遺志の残り滓全てを還している。

 その気になれば星が見る夢である人理を今この瞬間にでも、あの教区長は自由自在に汚染出来る。でも、奴はそうしない」

 

「どう言う意味ですか……?」

 

「集合無意識が人間の営みで見る悪夢なのよ、此処。これを否定するには、全人類を焼いて浄化する必要がある。人理を夢見る人類種を星より狩り尽くさないといけない。

 ―――成程……学者らしい皮肉ね。

 獣の願望を否定した結果、この悪夢は存続する。

 ゲーティアが夢見る新世界を拒んだカルデアは、我々だけは、繁栄の為に人類史が求めた人間の死を拒む在り方は許されない。命を尊ぶが故に、葦名にて不死達は地獄を夢見る破目へ堕ちた」

 

「…………」

 

「ローレンスは啓蒙の本質を知っている。失って初めて、人間性は真実の意味を理解する。だから奴は人理の有無にも、その事実に欠片も興味はない。

 もはや救う意味も無く、必要も無い。滅びが救いにすらならない程に、人は人に病んでいる。

 ならきっと、それはアッシュ・ワンと同じ思想ね。人間が選んだ可能性の果てならばと、あの男はあらゆる未来を祝福する。その選択に自分が関わらない事こそ、奴なりの人理に対する思索なのよ。在るが儘に未来を進んだ結末こそ、自分の脳へ素晴しい叡智を齎すのだと」

 

「へぇ……―――え?」

 

「人類史の獣にも、獣を狩るカルデアにも、ローレンスは血の一滴たりとも興味無いってこと。その気になれば集合無意識を通じ、ビーストクラスを得る霊基情報に上位者の遺志を送るのも簡単だし、その集合無意識を悪夢に変えて汎人類史を上位者が見る夢にも出来るのだけど、それだと彼の願望は叶わない。

 儘為らないわね……―――良い気味よ。

 求道に迷い死ね、糞聖職者。星が夢見る人理に関われば、星を捨てる為に人理を無用として宙へ旅立つ人類種を夢見れないもの」

 

「それって、放っておいても問題はない感じ……?」

 

「人理的観点からすると、有益。

 道徳的観点からすると、有罪。

 謂わば、戦中で法的に社会を経営する国家から連続殺人と人体実験が許されたマッドサイエンティストを見逃すのか、否かと言う話ね。勿論、その実験は社会に還元されて有益なので、結果的に未来で何千何倍の人命を助ける実験となる可能性がある悪事となります。

 繁栄の正義は、向こう側にあるのも最悪。

 外宇宙の知的存在と接触する際、高次元交信も出来るし、精神干渉も此方側が有利になるしね」

 

 ぐちゃぬちょねちょ、と一歩進む毎に鳴る異音。早く進みたいと足を速める程、耳障りな生々しい不協和音が鳴り粘る。

 悍ましい生肉音の中―――優しい唄が、空より降りる。

 まるで心優しい子供が自分より年下の幼児に歌う子守唄のような、穏やかで元気な声が聞こえる。

 

「何だコレ……――美しイ声ダ」

 

「孤児共の鳴き声ね。胸糞悪い」

 

 気が狂いそうなのに、安らかになる唄声。藤丸は心が可笑しくなる実感を得るも、所長が肩に置いた手の生温かさを感じることで、今この瞬間が現実であると理解する。

 

「気持ち悪くて……気分が良い……頭の中、何か蠢いてる」

 

「お薬、飲む?」

 

「飲みます。こう言うの、早目に対処しないとヤバそうっすね」

 

「じゃ、これ。そのまま一瓶、ぐいっと」

 

「はい」

 

 不可思議な程、気分爽やか。この特異点に来た中で一番精神が好調であり、脳内から全ての雑音雑念が消え、思考が澄み渡る。藤丸は絶対危ない成分だと思ったが、あの唄声で脳が焼かれるよりかはマシだと判断。

 静寂な精神に藤丸は戻り、血肉の沼道を歩く。

 いっその事、狂った儘の方が楽な道程ではあるが、心折れるとなれば特異点の狂気に適応する。正気と狂気が反転し、心が獣化するのだろうが、藤丸は今を苦悶しようとも自分本来の人間性を維持したかった。

 その時、丁度、彼の視界に壁に貼られたポスターを見た。地獄風景に相応しく、血に汚れて襤褸襤褸だか、絵柄と文字はハッキリと読める状態だ。その視線に釣られ、所長も同じポスターを視認した。

 

「……治験アルバイト、募集中。一週間、百万円。

 命の価値がそれとは酷い話。ま、拉致監禁して強制治験するヤーナムとか、人体実験狂いの魔術師連中に比べればマシか。結末は同じなんだけど」

 

「このポスターの人、アッシュじゃないですか?」

 

「……―――」

 

 特に意味もなく、所長はポスターに散弾銃を撃つ。襤褸だったポスターは爆発四散した。

 

「カルデアであいつ、化粧とかしてなかったんだけど?」

 

「多分、ビジネスマナーは守る感じじゃないですか」

 

「かぁー、厭な感じ」

 

「あるいは、化粧する必要がない程、カルデアに馴染んでたのかもしれませんね」

 

「それはそれで胸糞悪いです。裏切り者度、爆上がりよ。

 と言うか、自分が地獄を作る特異点でポスターのモデルをしてるとか、地味に生活感出されるのがキツい。あぁキツいキツい。寒イボが出るわ」

 

 裏切り者絶対殺害ウーマンな所長は、コイツナニヤッテンノと呟きながら先へ進む。グチョリグチョリと歩き続け、正面ゲートに到着。

 今や玄関口は死体置き場。死体の山が幾つも積もり、だが正確に言えば死体ではなかった。動く意志を失った不死であり、魂が宿るだけの植物人間化した亡者の塊であった。

 

「役目を果たした末、亡者の山の一盛りか……」

 

 更に進み、開けっ放しになった大扉を越える。室内に入っても血腥く、大理石の床は変わらず血濡ろ。

 聖堂、エントランス。椅子とテーブル。

 一人、テーブルに置いたテレビを見る。

 明らかな怪異であり、見て見ぬ振りして良い怪人ではなかった。 

 

「おお、やはり官能動画は素晴らしい。文明の先にて、性欲を効率的に満たす発明がされ、我々は手軽に擬似生殖の妄想出来るとは。

 この時代の人類種、酷く恵まれているとは思わないか?」

 

「何、言ってんのコイツ?」

 

「さぁ?」

 

 テーブルの上にはブラウン管テレビとビデオデッキ。そして何故かとある会社の傑作ゲーム機、ドリームキャストが置かれていた。

 

「おやおや、意外だ。此処に来るのが君達二人とは……マシュ・キリエライトは如何したのかね?

 医療教会に恨み辛み、骨髄まで染み侵された彼女で在れば、この好機を逃さず星界の孤児共ごと焼き討ちだと直感したのであるがね?

 贈り物も用意したと言うのに……――残念だ」

 

 火を簒奪した灰の一人、悦楽のアマナ。麗し過ぎる美貌の女にしか見えない両性具有の男は、優し気な聖職者の笑みで所長と藤丸の二人を見詰めている。透視能力を持つ所長は相手の全裸を常時目視する事が可能であり、この灰が両性有具なのを見破り、且つその心情も感応することで理解している。

 そして何故、この灰は両性具有なのか?

 現状、もはや特に意味はない。転生を繰り返す内、偶然にも性別が狂い混ざり、そう肉体が出来上がり、気に入った。今も彼が、あるいは彼女だった灰の誰かは火の簒奪者と化した後、暇潰しに行っていた自前の整形転生にて、男女の混じり合わせの美貌作りが無価値な趣味であったのだろう。

 

「何、貴方……彼女のストーカー?」

 

「ファンだ。あの少女姿の上位者、須く心身が官能的だろう?」

 

「否定はしないわ」

 

「否定しないなら、少しばかり世間話をしよう」

 

 特に意味も無く、カップを傾けて悦楽灰(アマナ)は珈琲を飲む。無駄に綺麗な顔の所為か、仕草一つで人を魅了するのだが、所長は感性が枯れた舌では味に感動しないことを見抜いており、それを単純な格好付けだと決めつけていた。尤もこの灰も雰囲気を愉しんでいるので、当たってはいるのだが。

 

「私はね、性欲を持て余す娘が好きでなぁ……第二法を使い、藤丸立香と結婚して家庭を成した平行世界のマシュ・キリエライトの記録を観測し、濃霧より記録入りのソウルを作り、それを入れたクローンを奴隷として飼っているのだ。

 このような発想、この国の文化に触れなくば思い付かず、何よりその禁忌を愉しむ人間性も啓蒙されなかったことだ。

 自分が獣の霧でしかないことも悟れず、まともな魂の人間だと錯覚し、あの麗しきソウル細工の肉人形は嗚咽する。自分の夫だと一人妄想する藤丸立香への貞操で涙する顔は、胸に迫る素晴らしい芸術だと思わない哉?

 勿論、私は日本文芸を啓蒙された文化不死人だ。

 禁忌に倫理を冒される彼女を映像に残し、特に意味は無かったがソウルで売買しているとも」

 

「文化的な悪行ですね」

 

「日本人の死を学ぶ過程にて、暴力団なる人種より学んだ邪悪だ。まさか、犯される女性を映像記録に残して愉しむとは……此処の人類種、愉しく、面白く、醜い。我等と同じく、下劣を愉しむ魂と見える。宿す理が違えど、人間は何処までも人間と分かり、実に喜ばしい。

 生命を抱く君等のそれは謂わば、動物的な原初の人間性。我等は本能に価値を喪った不死だが、それとは違う命の生暖かさを有する気色悪さだ。だからこそ不死の私が君等の所業を愉しむ事で、自分の人間性が腐れ爛れるのを実感する。そして素晴らしい感動を私に与える。

 ―――人間そのものが、尊ぶべき娯楽なのだと。

 命とは、これだ。感動だ。私は人間を感動し尽くしたい」

 

「その一つがドリームキャストと?」

 

「そうだよ。現世におけるゲームは快楽だ。人が、人を愉しませる為に作った娯楽品だ。売買が生じるその本質は運動や祭りと同様だとも。

 特に、人面魚のゲームが私は好きでね……ついつい、闇と火が交わる人生相談をしてしまうのだよ。何度も何度も、飼育中の奴隷と交り合いながら聞いてしまうのだよ」

 

「あっそう……何か、啓蒙された?」

 

「答えはなかった。故、分かった事もある。

 私が愉しむ今のこの在り方こそ、永遠に終わらない不毛な人生に答えを出した後の末路なのだと」

 

 椅子から悦楽灰は立ち上がり、そのまま寛ぎセットをソウルに仕舞う。

 

「答えを得るのに、大がかりな仕掛けも、運命的な出会いも、奇妙な因果も、何もかもが要らぬ。答えは全て心の裡に存在する。

 大切なのは―――気付きである。

 そう見える全てが切っ掛けに過ぎず、識が見せる演出。

 それが啓蒙。知恵に乏しい暗い脳を拓く洞察力だろう」

 

 瞬間、悦楽灰は大盾を左腕に装備した。それは骸骨車輪の盾であり、人一人分はある大きさであり、実際に人間を磔にしても問題ない大きさだった。

 ―――マシュ・キリエライトが、括り縛られていた。 

 悪趣味なのは、敢えて全裸ではない点。この灰は人の感性を分かっており、衣服を血に染み込ませる事で芸術作品として作り上げ、マシュを着飾ることで盾の装飾品として利用していた。

 

「―――――」

 

 鬼の形相を超えた―――無。

 感情が煮え立ち、全て蒸発し、憎悪とも形容出来ない狂気が藤丸から湧き出る。この灰は無論、もはや世界中全ての人間を殺し尽くしても抑え切らない復讐心のような狂いを悟り、だがその殺意をこの灰唯一人に凝縮することで抑え込む。

 魂がはち切れそうな程、脳が暗く淀む。

 本物か、否か。しかし、藤丸の魂が彼女が本物だと言っている。そして偽物だろうとも、人をそうする灰の所業を許すことなど有り得ない。

 

「くぅるくぅるくぅるぅぅうー……ははははは、我が愛しき奴隷が回っているではないか」

 

「……う、ぅ……」

 

 マシュは目隠しと猿轡をされ、何も見えず、何も話せない。その状態で車輪を廻され、精神を壊す拷問を受け、天地がどちらなのかも、自分が何処に居るかも分からず、助けすら叫べない。

 

「死ねよ、外道」

 

「その怒りで私を殺して頂けるとは……―――何と、慈悲深い。

 どう殺意を抱いて貰おうか、どうすれば怒って貰えるか、思考錯誤した意味が生まれ、何よりこの性奴隷の苦しみにも価値が生じると言うものだ」

 

 精密射撃、且つ魔迅の早撃ち。水銀弾による真正面からの奇襲攻撃。

 血族の短銃(エヴェリン)で所長は悦楽灰の眉間を狙うも、空間を銃弾サイズで歪まされ、容易く防がれてしまった。この灰は他灰と同様、あらゆる魔術と奇跡を極め尽くしており、自分の闇を具現させる反動の魔術を手足のように自由自在に操る事が出来た。

 

「糞共が。何をしても、喜びやがる。

 永劫の生で腐り果てた不死(ニンゲン)は、血に飢えた獣にすら劣る蛆へ果てるみたいです」

 

「そうだとも。転生を幾度も繰り返せば魂が狂い、蛆の形と成り、永遠に生きれば人間性が狂って心が病に罹患する。

 救われないのさ、君達も私も、この愛玩奴隷もな」

 

 桁外れの憎悪。藤丸の怨念を触媒にカルデアからアヴェンジャーのサーヴァントが召喚される。だが悦楽灰は、無力に嘆く藤丸が見たい。愛したい。恨まれたい。

 呪文すら唱えず、灰のソウルより奇跡が起こる。サーヴァント達は一瞬で消え、カルデアに送還された。悪魔殺しの悪魔によって灰達全員に啓蒙された送還の奇跡である。

 

「藤丸殿、君は無力だ。いや、正確に言えば君自身は無力ではないが、君が頼りとする神秘は葦名にて無力だ。我々にとってサーヴァントはソウルを満たす贄に過ぎず、英霊召喚は愉しめるだけの子供騙しでしかない。

 ならば、どうするかね?

 その怒りを、どうしたいのかね?」

 

「だったら、こうするだけだ」

 

 藤丸の礼装より、所長へ援護を行う。

 

「正解だ。君は素晴らしい人間だ。如何に相手を憎悪しようとも思考を曇らせず、その憎悪を勝つ為の熱へ転換出来る。

 だからこそ―――狂い足掻く魂を見せてくれ。

 人間の素晴らしさをどうか、人間を忘れそうな私の人間性へ啓蒙し給えよ」

 

 直後、全身鎧を悦楽灰は着込む。サーヴァントが行う武装化並に手早い早着替えであり、悦楽灰は伝統的とも言える闇霊の正装、ダークレイスの全身骸骨鎧一式を装備した。本人的にはマシュを装飾した車輪骸骨の盾に合わせた悪趣味な髑髏姿であり、更に右手には骨を削り出して作られたデーモンの槍を手に持っていた。

 悦楽灰はマシュ付き車輪盾を回転させながら突進。そして回るマシュの影で実を潜めつつ、身を守りながら槍で突きを放てる様、槍兵の伝統的な攻防一体の構えを取った。それは灰達の中での蔑称、マシュチクの構えである。

 

「―――――ッ……」

 

 屑が行う効率的な精神攻撃。凶悪過ぎる魂によって周囲の時空間ごとブラックホールのように因果律が歪み、未来視の一切を無効化する灰達ではあるが、所長は狩人として鍛え上げた戦術眼と、瞳を宿す脳による自前の戦闘演算力が極まり、灰の行動を予測する事が可能であった。

 槍の刺突を回避して盾を持つ左腕を切り落とす。だがマシュを敵から解放するも獣化して襲い掛かって来る。即ち、最悪。

 槍の刺突を足で踏み落とし、灰の体勢を崩して致命の一撃を入れる。だがマシュの血が炸裂することで爆破。是又、最悪。

 回転する骸骨車輪のシールドバッシュを受け止め、盾崩しで灰の体幹を削る。だがマシュの体が挽肉化する。結果、最悪。

 どの最悪を選ぶのか。

 どう殺害をするのか。

 このマシュも不死化しているとは言え、藤丸の前で殺すのは精神が呵責される。だが一つ、それ以外の手段が自分以外には残されていた。

 

「――――」

 

 所長が期待する通り、藤丸は百戦錬磨のマスター。危機への対処能力は驚く程に優秀であり、何より礼装の使い方は脅威的な熟練者。

 彼は手を銃の形にしてガンドを発射。

 標的は灰――に非ず、マシュだった。

 彼女の体が止まることで一体化していた盾の回転も止まる。この灰はマシュの手足を捻じ曲げて縛り付けるのに満足し、葦名で新しく作った盾自体を鍛冶で強化するのを怠り、藤丸のガンドを通す余地を残してしまった。無論、所長でも同じ事は出来たが、警戒する灰相手では難しい。何より全ての灰達が尊敬する人間性を持つあの藤丸立香が、自分で発動した魔術をマシュに向けて撃ったと言う意外性に"感動”し、避けられても敢えてマシュで受け止める選択肢を悦楽によって強制させていた。

 同時――猟奇的な笑みを、所長は浮かべる。

 マシュを救う隙とは即ち、灰を惨たらしく狩り殺す好機。

 所長は盾をその身で受け止め、灰が行う刺突攻撃を気合のみで我慢。雷電を纏う骨刃で貫かれるが意志一つで肉体を容易く動かし、マシュを盾から四肢ごと引き千切る。救うべき少女を達磨姿にする凶行であるが、捻れた四肢で車輪に括られた以上、今はそれ以外に盾から脱する術はなく、後で四肢欠損程度なら治癒は簡単。

 

「――――ッッ!!!」

 

 灰は笑みを深める。やはり愉しい。邪悪を行うのは失敗しても結果は最高。善き者が持つ人間性の極みにソウルが焼かれる快楽が存在する。

 灰は、これが見たかった。この感動が欲しかった。

 この程度の悪意、容易く踏み躙る強靭な意志の現れを味わいたかった。

 そしてマシュを右腕に所長は抱え、左手に持つ短銃に極性の魔力凝縮が溜まる。骨髄の灰を濃密な獣血と共に水銀弾へ込め、更に極めた強化魔術も限界まで施し、その上で銃身を通る弾丸が固有時制御で加速され、発射。それは星の娘の美しい頭部を柘榴みたいに吹き飛ばす即死射撃であり、もはや音速の十倍以上の速さは悪夢的と言えた。

 だが相手は灰。弾丸の回避は容易かったが、絶望を演出するのが好み。

 先程と同様に反動を展開し、あっさりと水銀弾は停止。灰からすれば物理運動も、魔力も、概念も、暗い魂の闇の前では意味を為さず、全てが止まる。威力の差異は関係無く、あらゆる神秘が暗黒へ沈む。

 

「素晴しきは、人の業である」

 

 よって灰は、悦楽の感動を言葉にする。そのまま両手へ骨の拳を嵌め、左手首に獣の御守を巻き付け、腰の後ろに古くから愛用するアマナの杖を備えた。

 その姿を所長は夢の瞳で見通す。それはソウルより全ての武術を修め、その武術を融合させた我流体術を極め、それを未だに鍛え続ける業である。あるいは、鍛え続けると決めたからこそ、この灰は火を奪った後も闇に還れず、永遠を生きる簒奪者となったのだろう。

 ―――悦楽とは、その本質を指す。

 殺人は娯楽であり、鍛錬は快楽であり、戦闘こそ悦楽。永劫の己を愉しむ為の、灰の業。

 

「藤丸。助けたなら、死なせるな」

 

 達磨姿になったマシュを藤丸に投げ渡し、所長は自分自身で鍛え極めた狩人の業を露わにする。使い古す獣狩りの曲刀を右手に持ち、金属音を鳴らして刃を折り畳む。

 己が狩りへ、オルガマリーは専心。

 殺意が脳を支配し、狂気と恐怖を自我で塗り潰す。

 殺し殺されるのは、灰。最果ての人間に対する恐怖は消えず、この世で最も悍ましい者。神や怪物と言ったこの世のあらゆる化け物よりも、獣や上位者よりも、所長はこの人類種こそを恐怖する。

 問題は、強さの過多ではない。

 魂の深さこそ、宇宙より不理解な異界である。

 

「余興は過ぎた。では、踊ろうか?」

 

 真摯に過ぎる狂気の祈り。灰は奇跡を唱え、肉体全てを強化する。本来なら複数の呪文を唱えなければならない能力補正の神秘だが、それら幾重を纏めて一つにし、輝く太陽賛美の格好だけで全開増幅(フルブースト)となる。

 簒奪した火―――太陽へ、礼拝を。

 強く、只管に強く、何よりも強く、ソウルよ、在れ。

 一撫ですれば破壊不可能な筈の物質化した魂すら、今の悦楽灰は容易く砕き、自らの暗い魂の重さによって相手のソウルを殴り潰すのだろう。それは火の加重とも言え、魂に宿す太陽の質量攻撃の加算でもあった。

 

「私と貴女が―――踊る?

 馬鹿。今度は貴方を車輪に括って、クルクルと一人で躍らせて上げるわ」

 

 だが所長も骨より神秘を引き出し、加速の業を身に宿す。その上で自家製劇薬を服用し、自らの獣性を極限まで昂らせ、同時に限界を超えて内なる瞳を啓蒙的開眼。筋肉が一瞬で上位者を一方的に屠る膂力を得た上で、より素早く稼動する伸縮自在の柔軟性を発揮し、魔術回路が悪夢と繋がることで魔力(オド)の性質が高次元へ至り、真エーテルとも呼べない未知の暗黒エネルギーと化した。

 強敵を前に笑みを浮かべた悦楽灰(アマナ)は一歩、前へ踏む。極まった縮地歩行による空間跳躍ではない普通の踏み込みだが、それが極まり、空間を渡るより迅速な接敵を可能とする奇怪な動き。むしろ、如何に次元移動しようか瞳で観測する狩人相手に高ランクの縮地技能は無駄に過ぎず、跳んだ空間を予測されて攻撃を置かれると即死となる。重要なのは認識された上で対処し難い迅速さだ。

 所長は血族の短銃(エヴェリン)から獣狩りの散弾銃に切り替え、散弾を発射して迎え撃つ。だが灰は引き金が引かれて散弾が銃口から飛び出る様をソウルで視認したと同時、広がる射線から身を捻り、更に加速して接近。その勢いの儘に掌底で腹部を狙って打撃を灰は放つも、所長も敢えて敵に向かってステップを踏み込み、交差する形で攻撃を潜り抜ける。

 回避後、灰の背後から散弾発射。意識と同じ速度でフォースの奇跡が発動され、全て弾かれた。直後、灰の姿が所長が瞳で観測しているにも関わらず、異次元まで見通す視界から消失する。それもその筈、所長の視覚は暗闇に落ちており、暗黒の波動を纏う灰が手の平で顔を覆っていたからだった。

 悦楽灰は骨の拳を愛し、武を愛し、闇を深く愛する。

 この灰からすれば、全てが己。もはや自らの骨肉すらソウルで鍛えられた武器であり、骨の拳とも魂で蕩け合い、素手と同じ器用さで扱える。即ち、覇者であり、骨であり、火であり、ダークハンドでもある人の両手。燃え焦げる高次元暗黒波動を纏い、灰は四肢を黒く染め、五体全てが燃焼する。髑髏鎧姿と相合わさり、墓王よりも禍々しい人型の闇と成り、戦意を昂らせる。

 同時、アマナの杖より魔術を同時展開。

 追尾するソウルの結晶塊を二十以上浮ばせ、複数の槍を発射するソウルの奔流を解放。その状態で所長へ接近することで、灰は絶殺包囲網を作りつつ、自らも槍となって突撃した。

 人を殺すとは、この在り様である。

 熱意と勇気を以て、命を奪い取る。

 この瞬間があれば永遠を生きるに足る感動を得る。

 人間性が栄養を摂取して灰の暗い魂が潤いを得る。

 

「――――ッ」

 

 所長は瞳で灰の拳を見る。複合属性最大強化された骨の拳は概念武装として凶悪な神秘を持ち、灰の筋力と技量で対命対魂殺傷能力を概念的に上げ、ソウルに備わった理力、信仰、運によっても上昇する。無論、高い身体能力によって物理的殺傷力も高く、古い獣の霧が染み込んだ葦名街のコンクリートを仙峰寺豆腐のように壊すだろう。迫り来るソウルの魔術も即死級の対魂神秘であるが、一番の脅威は分かり易い。

 それよりダメージ量の損得勘定を行う。

 結晶塊、奔流槍、拳の三択。回避しなくてはならないのは、拳。

 尤も―――全て、当たらなければ良いだけの話。頭上に所長は高次元暗黒へ繋がる宙の孔を開け、星の小爆発を引き起こす。何十もの光線球が弾け飛び、一つ一つが標的にした対象へ自動追尾して襲い掛かる。そして所長が自身の脳より思索した術式を付与した結果、接触しても爆裂することなく運動エネルギーを失わないで貫き進み、内部に入り込んで爆発する流星と化していた。

 結果、灰が放った奔流槍は空中で霧散し、自動追尾発射した結晶塊も撃墜された。

 激突するのは所長と灰の一対一。だが遠距離攻撃を失おうとも、灰に残された手段は腐る程。その中より、一番好みの攻撃方法を実行する。

 拳にて―――空気を殴る。

 空間に歪みが奔り、拳が纏う真空が離れた敵を殴る。

 その真空殴りを銃弾で所長は弾き飛ばし―――接触。

 思考が交錯し、同調。その場から逃がさず、骨髄まで殺し、徹底して死なせる。

 拳が所長の腹部に深く沈み、灰の肩を半ばまで曲刀が入り込む。だが二人共、肉体が機能不全に陥る前に離れ、即座に接近。骨が砕かれ、肉が刻まれ、互いに互いを生命を削り合う。血と血が飛び散り、互いの傷口へ相手の血が流れ込み、魂と精神が混ざり合う。

 ―――冒涜的で在る程、ソウルは昂り荒ぶる。

 攻撃を防ぎ、避け、同時に斬り、殴る。狂気と正気が両立し、心臓の鼓動だけが耳に聞こえる。

 死ねと瞳で叫ぶ星見の狩人(オルガマリー)を、悦楽灰(アマナ)は死を愉悦する故に今この瞬間、誰よりも愛する衝動を得た。あるいは、愛すると言う人間性に感動する自分を理解し、この殺し合いに魂を深淵まで沈ませる悦楽に絶頂する。

 

「――――素晴しい!!」

 

 装備する髑髏鎧と肉体が蕩け、悦楽灰は闇の仮面と貌が同化する。骸骨貌をソウルの儘に歪ませ、苦痛も殺意も戦意も、全てが悦楽の衝動となって人間性と化す。灰は所長の斬撃を完璧に見切り、受け流(パリィ)し、僅かな隙を狙って顔面を鷲掴みにした。

 脳を闇の波動で直接掌握される気色悪さと、頭蓋骨が罅割れる苦悶に所長は襲われた。灰の腕を斬り落そうと即座に動くも、首、心臓、渠、子宮、股間の肉体中心線を連続で灰はもう片方の拳で殴り潰す。そして所長を後頭部から強引に床へ叩き付け、血と脳漿が飛び散った。悪辣な事に灰は、自身のソウルより魔力で床を強化しており、物理攻撃を無効化するサーヴァントであろうとも即死する攻撃であった。

 だが所長の意識は明瞭だった。脳の破損に思考は左右されず、銃を扱うのが可能。灰の眉間に水銀弾を床へぶつかるのと同時に当て、体幹を完全に崩す事に成功。顔面から手も離れ、一瞬で立ち上がった所長は手を獣化させて爪を鋭く尖らせ、内臓に右手を突き入れる。

 

「爪」

 

 その単語を呟き、同時に上位者の声で呪詛を発音。詠唱により肉体が更に強化され、相手の生命そのものを容易く掴み取り、所長は魂を直接的に爪で切り刻んで臓腑を掻き出した。

 だが灰にとってソウルが砕けるのは―――快感。

 根源に還る魂からすれば、死のない生物だろうと確実に命が死ぬが、悦楽灰には性行為中の愛撫に等しい。むしろ魂を直接触れられているのを考えれば、それ以上の魂魄接触であり、数ある絶頂の種類の中でも最上位と呼べる快楽絶頂であった。

 お互い、数歩分だけ後ろへ下がる。

 即座に殺し合いが行える距離だが隙を窺う為、挑発を兼ねた言葉を敵へ浴びさせる。

 

「君は最高だぁ………君が快楽だ。この痛みこそ、我が悦楽。

 ソウルを命ごと拓かれるのは気持ちが良い。確かに、蒙する我が脳を啓く導きの光と言える」

 

 腹を切開された灰は、それを大きな暗い孔に変え、ソウルに空く深淵の闇を外側へ曝け出す。所長は灰の臓腑を握る右手にどろりと生温かい深淵が粘り付き、内臓が暗黒色の何かに変異している事に気が付く。

 気色悪い―――のに、温もりが愛おしい。

 思わず、右手を唇に運んで舌で舐め取ろうとし、寸前で動作を止めた。暗い魂の血を脳が求める知的好奇心が暴走し、魂の味を知りたい衝動に心が染まり、そんな狩人の自分を客観視する人間オルガマリーの尊厳が肉体を麻痺させた。

 

「何だ、知りたくないのか?」

 

「別に、味覚で知る必要はないです」

 

 腕に付いた傷口から暗い血を吸い、所長は魂から流れる血液由来の闇を知る。脳に、最初の火で焦げた簒奪者の暗い魂の血が流れ込む。

 人間性(ヒューマニティ)――暗い魂の本質。元は闇だが、人より進化する。

 ――救いたかった。人の醜さから、人を救いたい。

 不死と化し、差別され、迫害され、化け物と罵倒される人々を救いたい。

 嘗て、旅路の先に救いがある筈だと、救いが在らねば苦痛に意味がないと、神の教えに価値はないと考え、だが救いはなく、無意味で無価値だったと理解した。求めた答えは、人間は人間でしかないと言う現実だけだった。

 だが―――人間は、人間で良い。

 救われる為だけに、人間以外の生命を得る意義を見出せなかった。

 救われないと言う答えに、火を得た灰は救われた。深淵に成る必要はなく、暗黒へ還る意味もなく、古竜へ進む価値もなく、火に因り薪へ為る大義は無意味無価値な自己犠牲であった。

 

「気色悪いのよ、揃いも揃って貴方達は。

 永劫に自分が救われないと認めた落伍者風情が」

 

「だからこそ、未来の先に答えはないのだよ。救われてしまえば、其処で希望は終わる。

 人の因果が―――途絶えてしまう。

 今以上の自分を求めて進化し続ける為、闇に還らず個の意識を維持する故、私は救われぬ私に救われているのだろう」

 

 自らの業、その全てを許す。故、人の業を全て赦す。

 

「―――希望?」

 

 相手の生命は程々に消耗している。所長は態と灰がエスト瓶を飲める隙を晒して回復の好機を与え、それを銃撃しようと狙うも、灰もまた態とエスト瓶を使わずに焦らす。だからこそ、僅かながら会話する隙間が戦闘中に生まれる。

 

「汎人類史より、私は啓蒙された―――夢と希望の人類種物語を、ね。

 オルガマリー・アニムスフィア………君が守るこの物語は、愛と悦楽に満ち溢れた素晴しい歴史だ。

 星と共に人が夢見る人理が、私はとても愛おしい。獣性に溢れ、罪科に塗れ……だからこそ、儚い一筋の光は汚物の中でより眩しく輝く。

 ならば、希望とは――――人間だ。

 人間が人間を諦めない限り、救われない。だが救われない限り、未来は永遠に続くのだろう」

 

 自動回復の祝福で会話中に悦楽灰は生命を取り戻し、それは所長も同様。暗い魂の血が生きる意志に満ちる所長の中身を巡り、脳へ寄生する悪夢へ暗い魂が啓蒙され、夢の中に生きる白い使者達も血の深淵の味を知った。

 所長の足元に小人が咲く。蒼白い水溜りから、使者が湧く。

 花畑ならぬ使者畑が床一面に広がり、所長の瞳以外に目視不可能な脳が夢見る幻覚に等しい夢の生物を、灰は容易く視認し、その可愛らしい使者の姿と共に上位者達が囀る夢の声も聴認し、心の儘に優しく微笑んだ。

 

「闇も、火も……人間にとって同じことなのだ。

 要となるのは、知識を正しく理解する事。事実に他人の欺瞞を混ぜず、真実を知る機会を逃さぬ事」

 

 灰の足元から深淵が拡がる。悦楽灰の魂が有する異界常識の一つが漏れ出し、数多ある心象風景より深淵の底が具現する。

 ――――悦楽の暗沼。

 使者達は呑み込まれ、だが喜んでいる。まるで母親から水遊びをして貰う赤子のように、深淵の泥と戯れ、楽し気な笑い声を上げている。

 

「君達、狩人の価値観は実に優れている。

 内なる瞳、啓蒙の足る視点は真実のみ価値を見出す。

 欺瞞は欺瞞としての真相があり、その裏にて真実足り得る人の思索が存在する。真実とて、その裏には別の意味が隠れ、違う価値が内包される。

 事実より俯瞰する自己外の自我。

 夢とは深層にこそ真相が眠るものだ。上層は分かり易い悲劇の元凶であり、深淵にこそ悪夢の根源が寝入るものだ」

 

「今は、どうでも良い。思考の快楽に浸るのは、狩りの愉悦を楽しんだ後」

 

「我慢強い女だ。良い女だ……―――素晴らしい愛玩奴隷になる女だよ、君。

 すまない、アッシュ・ワン。約束は反故にする。

 やはり私は、赤子が欲しい。君の子宮から生まれる魂を見たい好奇心には逆らえぬ」

 

「上位者のソウルに感応するとは、ね……人間の恥が」

 

「だが、恥を愉しむのもまた人間」

 

 好奇の瞳。衣装を、皮膚を、血肉を見通し、精神を見抜く。魂魄を見詰め、その魂に灰は自分の人間性を注ぎ、それより錬成される新たな生命を愛でたい衝動を得た。

 良き殺人にして、善き殺し合い。

 人を欲するなど、この葦名で人間性を得なければ有り得なかった。

 

「さて、再開しよう――……と思ったのだが、邪魔者の気配が消えないな。

 一度、止めた後となると、気になって仕方が無い。

 だが敢えて、不意打ちさせるのも手と言えば、手」

 

 床に広がる深淵が引き、悦楽灰に開いた腹の孔へ逆流する。一秒もせずに全て消え、孔も一瞬で塞がった。

 

「あっそ。じゃ、とっとと消えて。強姦魔はキモいのよ」

 

「酷いね。相手は工場生産品の奴隷人形だ。人を悦ばせる為に人が作った娯楽品ならば、思う儘の欲情を当てるのが道具の悦び。

 私はね、人類史を冒涜する罪など一つとて犯していない」

 

「ならそれ、貴方を生んだ親に言える所業なの?」

 

「おっと、口論は私の負けだ。年老いても人間、親の前では良い子でいたいものなのだよ。

 人間性にも善し悪しがある。この手の恥は、愉しめぬ」

 

 捨て台詞の直後、灰は虚空へ消失。第三者の存在感を所長も感じつつ、だが来ないならば別に良く、無視する事に決めた。

 ある意味、懐かしい気配。

 狩人にとって、人の因果が救われない象徴。

 

〝はぁ……駄目ね。まだ弱い。灰狩りには届かない。手加減されてこれなら、どうすれば良いのやら”

 

 相手の技巧を観測し、所長は狩人狩りを数百年、あるいは数千年程度、毎日専心すれば灰共に追い付けると判断する。時間を加速させた悪夢の中でならば、出来なくはないが、それを灰共も見通して鍛錬を積む。

 結論、此方が強く成れば為る程、相対的に彼方も強くなる。

 となれば、特異点の中で経験で、幾つか強さの次元を登る必要が出た。

 

〝シンドい。でも、それは向こうの企みでもあるし……あぁ、メンドイ”

 

 脳内で所長は悪態を吐く。進むも地獄、戻るも地獄。心の中でさえ逃げ場はない。

 

「所長、終わりましたか?」

 

 四肢が捥げたマシュを背負い、藤丸はひょっこりと戦場に戻っていた。

 

「帰ったからオッケーね。で、その複製マシュ、大丈夫そう?」

 

「所長」

 

「ま、本人が居ないならマシュ呼びで良いでしょう」

 

「すみません。俺の我が儘です。後、簡易治療はしておきました」

 

「彼女自体、生命維持能力が高いから大丈夫。ただ四肢欠損を蘇生する程の再生能力はないと」

 

「出来ます?」

 

「車輪に括る際、呪詛が四肢に溜まってたみたい。捻れた手足に、魂の形が固定されている。私が千切ったけど、治しても捻れた四肢が蘇生されるだけね。

 やるなら、念入りな儀式が要る。魂を捏ねるのは魔法に手を出さないと。それか、聖杯」

 

「つまり、今は無理と」

 

「私の手足を取って付けても良いけど、神秘が血液感染するしねぇ……―――ふむ。私が背負う?」

 

「大丈夫です。人一人背負って勝てる敵じゃありません」

 

「どっすんムーブは辛いか。じゃ、面倒は宜しく」

 

「はい」

 

「それはそれとして、私の方からも治療しておくわね。それと藤丸、背負った儘で良いわよ。三秒も掛らないし、背負い直す方が体力使うし」

 

 気絶している複製品(マシュ)の傷口に手を当て、所長は怪我と共に生命力を回復させる。手足の傷口を皮膚が覆い、序でに藤丸が巻いた包帯の上から痛み止めの術式を魔力で描き込む。また同時に術式で重力負荷軽減も施し、背負う藤丸の負担を軽くする。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 大聖堂のエントランスを漸く二人は進んだ。遅くなった原因として唐突に灰の一人が襲って来たが、探索とはそう言うもの。狩人である所長からすれば、殺し甲斐のある敵対する侵入者はむしろ喜ばしい存在なので、狩人の心理的習慣として娯楽でしかないので問題はない。無論、藤丸の心理的疲労はエゲつなく、身体的疲労も酷いものだった。

 藤丸はマシュを背負い直し、所長に続いて歩き始める。そして今の内に湧いた疑念を解消すべく、疑問を口にする

 

「不思議なんですけど、何でこっちを殺し切らずに帰るんでしょうかね?

 ぶっちゃけ、ご都合主義っぽくて違和感が凄いです。俺は何と言うか、気色悪く感じます」

 

「あいつ、私にアッシュ・ワンを倒せる程に強くなって欲しいのよ。今回はアッシュが私に植え付けた人間性へ、憎悪と憤怒の刺激でも与えに来たんじゃないかしら?

 実際、憎悪の念が脳に刺激を与えたもの。

 それは裏切りであるし、恩返しでもある。灰らしいと言えば、灰らしい外法だけど」

 

「となると、これはこれで都合良くしてる訳か」

 

「基本、灰共、殺さない方が面白くなるか、殺した方が楽しいかってだけ。殺し合いが好きだから、そこは手を抜かないけど、殺し切れなかったら生かしておこう的な雰囲気。

 まぁ、私は不死だから別に生き死には如何でも良いのだけど、今の藤丸には悲劇を見せつつ、死なないギリギリのラインで苦しんで貰いたいみたいね」

 

「―――地獄では?」

 

「尤も、全員がそうしたい訳じゃない。灰共の思想も個体差あるし。

 だけど敢えて人理が滅びるのも良いと、貴方を殺すのが面白そうと考える屑も、灰達の中には絶対幾人か居るわ。そう言う観点で言えば、これまでの殺し合った灰達は、人理側の繁栄を人間性と認める奴等でもある」

 

「あれで?」

 

「うん」

 

「遣る瀬無いっす」

 

「人理やアラヤって言っても、所詮は人類種の集合無意識が運営する管理機構。期待するのは程々にしときなさい。

 幾つかの未来を査定した上で、灰の思索が一番繁栄に繋がるって判断するのも仕方ない事だもの。そもそも古い獣を狩っておくのは、他惑星の知的生物の文明を守ることにも繋がるから、人類種だけに限定した善行でもない訳だし、人の業が未来や別軸の世界に悪影響を及ぼすのを防ぐ最善でもあるのだから」

 

「灰も人間ってことですね。良くも悪くも、人に還る業でしかない」

 

「それは、まぁ……人間で在るからこその悪行じゃない。

 私も世間様からすれば極悪人だしね。金に汚く、命は安く、倫理も道徳もない」

 

「納得です」

 

「納得するな。そうなるとカルデアが悪の組織になるじゃない。糞親父から継いだ後、魔術協会よりはマシにしたんだからね」

 

「でも、俺も悪人ですし……」

 

「自虐の悪人自称はね、仕方無く罪を背負った善人パターンって相場が決まってんの。私みたいに目的が善側でも、ノリノリで悪い事を手段にして初めて悪人を名乗るべきなのです」

 

「分かりました。ちょびっと善人を名乗ります」

 

「そうね……っ―――む、そろそろ敵の索敵範囲に入るわね。静かにしましょう」

 

「了解っす」

 

 カァーン、と時計塔から鐘の音が鳴る。孤児達の歌声が空気と共に時空間を揺らし、人の脳へ直接的に上位者の(オト)を響かせる。

 コォンコォンコォン、と連続して鐘の音が鳴る。藤丸の視界に両手で大砲を持つ巨人と、緑色の大斧を何も無い虚空へ素振りするもう一体の巨人が居た。鐘が鳴る度、空間に波紋が広がって時が震え、過去と未来が今へ収束する。

 

〝やっぱり、悪夢に居る教会の鐘持ち。英霊のソウルも貪ってるわね、あれ”

 

 狩人の悪夢では市街を彷徨っているが、この特異点では教会内部を歩いているようだった。その様子を少し観察し、見付からない様に通り抜けようとするが、顔面より触手を伸ばして何かを捕縛するのを目撃する。

 ―――罹患者が一人、思考の蒙を宇宙より啓かれた。

 それはソウルの業により、魂が狂い、起源が暴走し、症候群の病持ちとなった葦名市民の一人。濃霧の祝福を受けて不死となった女性。研究サンプルの一つとして医療教会の狩人に捕まり、聖堂内部の実験棟で治験を受け、だがこうして脱走しては捕縛される。所長は廃炉の魔眼でその罹患者の脳より過去を観測し、何が起きているのか正しく把握する。

 此処も――死だ。死ねぬ故、生殺しの地獄。

 生首だけになっても死ねず、狂っても脳が自意識を永劫に保ち、正気も狂気も永続する。

 教会の処刑人が悪夢で変異した鐘持ちは、脳で脳に接吻し、鐘が鳴らす高次元暗黒に孔が繋がり、罹患者の脳内に宇宙が広がる。美しい暗黒の宙が拡がる。枯木の様な触手であり、アミグダラの触髭の様な管であり、それはやはり宇宙に響く鐘の音を人の脳で鳴らす為の、不可思議な鐘の根なのだろう。

 

〝脱走者は、ああして教会深部へ送り返されると”

 

 其処へ瞳兜の狩人が悪夢を渡って突如として現れる。その一つを所長は目視し、魂より情報を瞳で脳へ啓く。嘗て地球外で生まれ、宙から来訪した地球への異邦者共が存在し、其等から教区長が蒐集した宇宙生物の遺伝子情報や生体組織を使い、教会の狩人である瞳兜は実験棟より誕生した。

 宇宙的根源恐怖。又は猟奇的悪夢狂気。

 円盤。遊星。天使。悪魔。悪夢。濃霧。

 冒涜にして涜神。倫理無き悪意にして邪悪為る意志。

 だが此処は葦名。灰達が辿り着いた人間性の失楽園。

 暗い魂は、その全てを許してしまう。瞳兜の体に流れる暗い魂の血が、その全てを人間性として暗黒へ融かしてしまった。

 

〝闇に過ぎないダークソウルが深く深く、永遠の果てまで進化した形……―――人間か。

 火を奪った灰共が永遠を理解した故、暗い魂は進化した。それが人の行き着く先、答えの一つ。灰達の血を使えば、何もかもが矛盾なく人血に蕩けて合さる。尤も悪魔殺しが思索の果てまで辿り着いたからこそ、灰達は自分のソウルを自由自在に己が魂へ深化させられる。

 悪魔は、魂の根源を手に入れている。

 この宇宙が根源より作った魂は、悪魔には逆らえない。

 星すらもソウルの業により、人の魂に汚染され、人類種進化の贄となる”

 

 人理も所詮、夢。星が人に見せる揺り籠の檻。メンシス学派が被る狂い檻と何が違うと言うのか?

 事実は汚物。真実は絶望。現実は悪夢。

 オルガマリー・アニムスフィアは正しく今の世界を理解する故、夢に酔えない高次元思考者に成り果ててしまう。全てを知り、真相を解し、魂の深層まで見通してしまう。根源接続者は宇宙を作る根源を見る為、この宇宙で理解出来ない事象は存在しないが、灰共は根源へ還られない不死故に接続者でも魂の深淵までは見通せず、だがオルガマリーは暗い魂の悪夢と繋がってしまった故、見抜いてしまう。悦楽灰を殺せはしなかったが、返り血を浴びることで新たな暗い魂の血を瞳で脳に啓蒙し、所長の魔眼はまた進化してしまう。

 よって過去に視た存在だろうと、今また見ることで新たなる未知を既知にする。

 それは正しく内なる瞳(インサイト)が暗い蒙を啓く気付きだった。彼女は頭蓋骨の内で血液が海辺で波立つように蠢くのを感じ、悪夢の深海に葦名で得た呪いが還るのを悟る。

 

〝瞳兜の狩人、オルト・キリエライト。雲から来た円盤より作られたデミ・サーヴァント。

 好奇の儘に混ぜ合わせた訳だ。ローレンスからすれば、出来るのにしない事こそ瞳の思索への冒涜。人が人の儘に上位者と伍する為の進化を目指したウィレームの思想とは相反するけど、人が宙を目指さないのは情けない進化でもある”

 

 瞳の模様が描かれたヘルメットと、女性的な肉体のラインに曲がる黒い近未来機械鎧。瞳兜達の意匠を見た藤丸は、特撮ヒーローか、SF作品に出て来る特殊部隊の兵士を思い浮かべる。彼的にも惹かれる浪漫な姿ではあるも、中身を考えると吐き気を催す邪悪の一つでしかない。

 所長の脳へ、腕に触れる手の感触が神経を通じて伝わる。

 蒼褪めた顔色の藤丸が、虹彩を憤怒と恐怖で染めている。

 瞳兜の幾人かが市街地で捕獲した罹患者を、四肢を斬り落として動けない人間を引き摺り、そのまま広い廊下を進んでいる。鐘持ちもその後に続き、廊下の突き当たりを曲がって視界から消え去った。

 

「息、しても良いわよ」

 

「はぁぁぁあ、すぅうう……あぁぁあ―――あぁ、駄目だ。頭、可笑しくなる」

 

「一度、発狂した方が爽快かもね。でも狂気から正気へ戻れないなら、この今を我慢するしかない」

 

「ジャンヌが誰でもブッコロしたくなるのも、今なら共感出来る。イギリスとフランスを滅ぼそうとした気持ちが、今の俺がこの特異点を消さないといけないと言う、使命感に近い独善。

 成る程。冒涜を好む悪党を殺さないと、自分の尊厳を護れない程の、この憎悪」

 

「良い事よ。人類を皆殺しにしても収まらない狂気と憎悪を知るのもまた、脳が豊かになるもの。今後の旅で狂気を幾度も目にするし、魂から湧き出る心底からの殺意にもこの葦名で慣れておくと御得と思いなさい。

 狂気に身を委ねなければ、罪を犯す訳でもないしね?

 それに特異点攻略は人類史の防衛。此処の消滅は人類種総人口を死より守る徳の高い善行。

 ま、徳を幾ら積んだ所で何も変わらないし、何も救えないけどね!」

 

「自分への皮肉は止めましょう。徳とか別に、俺も所長も考えてないんですから」

 

「オッケー、諭されましょう―――で、上と下。藤丸、どっちが良い?」

 

「上からにしましょう。この手の悪の組織は屋上より、地下にボスが潜むのが王道です」

 

「まずは雑魚狩りね。

 孤児共を――聖歌隊の屑共を、先に皆殺しにしましょうか」

 

 階段を上がる事に決め、所長は大聖堂上層を目指す。医療教会が建物に秘する隠し孤児院を見抜き、隠し通路に繋がる幻覚の壁扉へ発砲。幻術が解かれ、人一人が通れる程度のドアが出現する。マシュを背負い直し、先へ進む所長に藤丸は付いて行った。









 読んで頂き有難う御座いました!
 ブラッドボーン2の発売、まだまだロックマンDASH3の発売と同じく諦められない作者です。それはそれとして月姫の他ヒロインルート続編はまだかまだかと待ってます。
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