鬼を狩る奇妙な少年   作:カブトムシ

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鬼を狩る奇妙な少年

 月が放つ光に照らされた雪の積もる少し開けた間道を一人の美女か歩いていた。

 黒い詰襟の服に身を包み、その上に蝶の羽のような羽織を纏い、服と同色の長い髪を風に靡かせて蝶の髪留めが月光を反射する。

 歩いているだけのその様が非常に絵になるのだが、腰に携える蝶を象った鍔の刀がまた彼女に神秘的な味を出す。

 

「うーん、もうこの辺にはいないのかしら……あら?」

 

 女は誰に聞かれるでもない、ゆったりと落ち着いた口調の独り言を零した。

 その視線の先、一本立つ木の下で編笠を被り藁の蓑を着込んだ何かが蹲っていたからだ。何も無い夜の間道をたった一人で。

 女は刀の柄に手をかけて何かに近づいて声をかけた。

 

「こんばんは、こんな所で何をしているんですか?」

 

 女の声に反応して蓑がピクリと動き、そこから腕が出て編笠を外した。

 

「これはどうも、こんばんは。探し物、言うなら仕事中ってところ」

 

 女が警戒した何かは、少し長い黒い髪を額で分けた幼さの残る端正な顔立ちの少年だった。

 寒さからは朴を赤く染めて口からは白い息を零す。どうやら少し震えているようだった。先ほど、蓑の下に見えた着物も薄い生地だったと思われる。

 女は刀から手を離して少年の前で屈んで目線を合わせた。

 

「こんな夜中に坊や一人で、震えながらお仕事だなんて大変ねぇ、どんなお仕事をしているの?」

 

「人助け……ってわけでもないかな、報酬貰ったから。

なんでも、この辺で夜中に人を襲う獣が出るらしい。俺はそいつを退治するためにここで待ってるんだ。

お姉さんはこんな夜中になにを?変わった格好をしてるけど」

 

 少年の発言に女は目を丸くする。

 

「私もね……っ!?」

 

 女が何かを口にしようとしたところで、後方から微かに雪を踏む音が微かに聞こえた。

 刀に手をかけて振り返ると同時に抜刀する。

 少年の方も、気づいていたのか女が気付いた時には立ち上がり蓑を脱ぎ捨てていた。

 二人の視線の先、約十間程離れた場所。

 そこに1人の男が黒い外套を身に纏って目を閉じて立っている。

 しかしその肌は常人ではあり得ない程の白さを持ち、同色の髪は逆立ち、顔の至る所からは血管が浮き出ていた。

 

「人間……子供と女……今日の飯……とって来い!」

 

 男は幾重にも重なるような低い声を発すると、手を叩いた。

 すると男の背後から三匹の犬が現れる。

 一匹は耳が無く、一匹は目が無く、一匹舌が無い。その様相の悍ましさが背筋に悪寒を走らす。

 そして、物言わぬ三匹は二人の方へと疾走する。

 

「君は逃げて!」

 

 女は少年を守るように前に躍り出て刀を構える。時間と共に迫る犬に備えて刀を握る手に力を込めるが、あと数歩と言う距離を残して犬の体は急停止した。

 

「それは無理だよ。そいつが俺の標的だから」

 

 コォォォ。と独特な呼吸をした少年は、雪で足回りは悪いはずなのにそれを感じさせずに一瞬で犬の元へと駆け、それぞれに手で触れると、犬たちは強く発光して火花のような物が上がるが、安らかな顔で氷が水に帰るかの如く溶けるように消滅した。

 犬のいた場所の雪の上には三本の太い赤い針のような物が落ちていた。

 

「……これで犬を操っていたのか」

 

 少年は針を拾い上げて怒りを込めて力任せにへし折る。

 

「そうさ、血鬼術『操針』。打ち込まれたら最後、どんな生物であろうと俺の意のままよ!生殺与奪すらな!どんなに体が欠けようが痛みこそすれど死ぬことは無い!

針に触ってるお前が無事なのは解せない……が、この量を打ち込めば無事ではいられまい!」

 

 男が両手を広げると、無数の赤い針が体の前に浮かんでいた。男が両手を交差させると、針は少年を目掛けて高速で飛来する。

 少年は地面に向けて拳を放とうとした所で、一つの影が前に立った。

 

「花の呼吸肆ノ型・紅花衣!」

 

 女が少年の前で大きく円を書くように刀を何度も振るい、迫り来る針の軌道を逸らす。

 無数とも思えた針の雨が止み、男は呆気にとられた表情で女を見る。また、庇われた少年も同様だった。

 

「危ないから。あまり無茶をしてはダメよ。

ねえ、鬼の貴方私は鬼殺隊、花柱の胡蝶カナエと言います。金輪際、人を喰らわずに生きると私に誓えますか?

誓いを守れるのなら私たちは貴方に手を出しません」

 

「鬼殺隊……しかも柱だと……」

 

 男はガクリと頭を垂れると肩を小刻みに震わせ、やがて発狂したかの様な高笑いを上げた。

 

「アヒャヒャヒャ!最高だ!お前を殺せばあのお方の血を頂けて上弦にも挑める!俺にも運が向いてきたぁぁ!」

 

 男は俯いていた頭を振り上げて目を見開く。

 その瞳は赤く、片の目には参の文字が刻まれている。

 外套の中が蠢いたかと思うと、男の肉が突き破り外へと這い出る。その体躯は成人の男性三人程の高さと太さはあろうかと言うほど大きくなり、まさしく異形と呼べるものとなった。

 

「十二鬼月っ!!

君、今すぐ走って!全力で逃げて!」

 

 カナエと名乗った女は少年の方を振り返らずに声を上げる。

 しかし、少年は身動き一つせずに足元の雪に手を触れていた。コォォォ、という独特の呼吸と共に。

 

「餓鬼も逃がさん!とりあえず潰れとけぇぇ!!」

 

 男の手には自身と同じ程大きな針……否、もはや棍棒とも呼べるそれが握られており、一息の間に二人に接近して振り上げる。そして同時に、足元には稲妻のような光が走る。

 カナエは少年を抱えて回避しようとするが、少年の体は根が生えているかの如く微動だにしない。

 カナエは瞬き程の時間戸惑いはしたものの、瞬時に行動を男の棍棒の迎撃に切り替え、男の手首を刀で斬り裂いた。

 

「お姉さん。大丈夫だよ、そいつもう動けないから。

さっきの飛ばすやつを続けていた方がまだ勝ち目があったかもな」

 

 地響きを立てて男の腕と棍棒が落ちると、少年は口を開いた。

 

「グゥアアっ!!足が、いや、身体が焼けるようだぁっっ!

なっ、何が起きた!?傷も再生しないだとっ!?」

 

「雪伝いにお前に波紋を流した。直接触ってないから倒す事こそ出来ない。だけど俺の……師匠の波紋ならそれでも十分お前を追い詰める事ができる」

 

 苦しむ男、唖然とする女を余所に少年は立ち上がり拳を握る。

 コォォォ、という呼吸と共に少年の全身に火花と稲妻の光が迸る。

 

「山吹色の波紋疾走!」

 

 拳、拳、拳。何度も連続で少年は鉄拳を男に叩きつける。

 男に触れた箇所が紙のようにボロボロと徐々に崩れ去る。

 少年に迸る光は、男には炎で炙られるかのような耐え難い苦しみを与える。

 声にならない断末魔の叫びを上げる男を女は唖然とただ見ている事しか出来なかった。

 

「痛い?辛い?苦しい?今までお前が喰ってきた人間もそうだった。

……生まれ変わったらもうそんなのになるんじゃないぞ」

 

 そう言って少年は大きく飛び上がり男の顔面に拳を叩き込む。

 

「グゥゥゥっ……アツくない……これは……アタたか……」

 

 最後まで言い切る事なく、安堵の表情を浮かべた男の身体は塵となり、夜風に吹かれて消えた。

 消えゆく塵を少年はただただ見送った。その顔には憎しみも哀れみもなく、またどこかで会おうと言わんばかりの表情をしていた。

 カナエは自分よりも年下であろうその少年に少しの間見とれてしまっていた。

 

「お姉さんもアイツを倒そうとしてたんでしょ?

ごめん、報酬を受け取ったからには俺が倒さないといけないからアイツは貰った」

 

 カナエに頭を深々と下げて少年は離れた編笠と蓑のところまで行き、それを身につけた。

 

「まっ、待って!貴方は一体どうやってあの鬼を倒したの!?

日輪刀で頸を落としたわけでもないのに鬼が消滅するなんて有り得ない!」

 

「アイツ鬼って言うの?

師匠から聞いてたのと違う呼び方だ。

俺が使ったのは……はも……ん……」

 

 急に糸が切れた人形のように少年は雪の上に倒れこんだ。

 カナエの顔面は蒼白になり少年に近づいて小さな体を起こす。

 

「大丈夫!?まさか……さっきの下弦の鬼の鬼血術……」

 

 カナエは何度も少年の体を力一杯揺すった。

 すると、少年の腹から気の抜けるような虫の声が鳴る。

 

「腹……減った……もう……無理……動けない」

 

「……ップっ!フフフ!

ごめんなさい、ちょっと可笑しくて笑っちゃったわ。

ねぇ、お腹空いてるなら私の屋敷に来ない?

ご飯食べさせてあげる。そのかわり、坊やのそのはもん?ってものの事を聞かせてもらえないかしら?」

 

「あ……い……」

 

 力なく首を縦に振ると、カナエは微笑んで少年を背負って雪の道を歩く。

 やがて日が昇り、道には一つの足跡が残されていた。

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