鬼を狩る奇妙な少年 作:カブトムシ
「姉さん、これはどういう事なの……?」
額に青筋を浮かべ眉を釣り上げて引きつった表情の少女、胡蝶しのぶは姉の胡蝶カナエへと問う。
「あらあら、とてもお腹が空いていたみたいねぇ」
自分の求めていた答えとは違う、明後日の方向を向いた答えを言う姉のカナエにさらに苛立ちを募らせて、自身が頭を悩ませる元凶である目の前の卓に目を向ける。
卓に着き、丼の中身を勢い良く口に放る少年が一人。その前には空になった丼が三つに皿が五つ、水が入っていた大きい瓢箪が一つ、いや中身を飲み干して二つになったところで、少年は息を吐くと満足気な顔をすると頭を下げる。
「ご馳走さまでした。とても美味かった!
本当に、あの後は目が回ってダメかと思った。このご恩、必ずお返しします!」
「気にしなくていいの、困った時はお互い様だもの。
それよりもお口に合ってくれて良かったわ。お粗末様でした。
坊や、一体どれくらい食べていなかったの?」
「えっと二日……いやもう三日前かな。報酬の先払いで握り飯を一つ貰ってからずっと彼処にいましたから」
少年の言葉を遮る様にしのぶは強く卓を叩いた。
カラン、と重ねた椀が音を立てて辺りが沈黙するとしのぶが口を開く。
「貴方が何日物を食べていなかったとかどうでも良いんです!
姉さんもこの子を連れてくるなり急に料理を始めるし、早く説明して!」
「……なんかずっと怒ってるこの人お姉さんにそっくりだけど妹なんですか?」
「ええ、しのぶって言うの。笑ったら可愛いのよ」
「ね・え・さ・ん!!」
しのぶの堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりの剣幕に、カナエもさすがに話を本題に戻した。
「実はねしのぶ、任務の鬼は下弦の鬼だった。それも壱のね。でも私は倒してはいないの。
鬼を倒したのはこの坊やなのよ」
「……姉さん、悪い冗談はやめて。鬼殺隊でもない、日輪刀すら持っていないその子が十二鬼月を倒せるわけないじゃない」
「あら?最近柱になった不死川くんも鬼殺隊ではない頃に日輪刀も持っていなかったけれど、鬼を討伐していたわ。
でも、この子の場合は彼とも違う方法だった」
しのぶは疑念の目で少年と姉を交互に見る。
しかし、全てを疑っているわけではない。姉が意味のない無駄な嘘を吐くとは思えない。
ただ、この丸腰の少年が鬼と渡り合える力、しかも十二鬼月の下弦の頂点倒す程の力を待つという事を信じるには決定打に欠けていた。
「……俺が使ったのは波紋法、または仙道とも言う技術らしいです。
その技術は特殊な呼吸法で体を流れる血液を操作して波紋を起こして、お日様が発する光の波と同じ形の力を生み出す物らしい……師匠に原理も教わったんだけど、よくわからない言葉が多くてこれ以上の事は俺には理解できませんでした。
アイツら
実際に波紋を見たカナエはともかく、言葉だけではしのぶを納得させるには至らない。
百聞は一見にしかずと、少年はカナエの前の卓上に置いてあった中身の入っている湯呑みを手に取る。
コォォォ、という呼吸音と共に少年の手が黄金色に光り火花が迸る。
すると、少年は湯呑みを逆さにひっくり返した。
「ちょっと!なに……を……!?」
しのぶは思わず目を丸くした。隣にいた、一度ば波紋を使うところを見たはずのカナエも同様に。
摩訶不思議とはこの事か。確かに湯呑みは中身が入っていたはずなのに、それが卓上に一滴たりとも落ちる事は無かった。
「波紋は応用すれば色々な事が出来る。
これはその内の一つ。
他には水面の上を歩行したり、運動能力を上げたり、熱を発生させたりなんかも出来る」
そう言って少年は湯呑みを元に戻して卓に置いた。
「波紋の呼吸、全集中の呼吸とはどこか違うみたいね」
そう言ってカナエは湯呑みを持ち上げて傾けるが、中の茶が溢れそうになったため慌てて手を止める。
それとほぼ同時に離れた場所から、硝子か何かが割れた音、それにやや遅れてなにやら叫び声が聞こえてきた。
「いけない、鎮痛剤が切れたみたい。
姉さん、私ちょっと言ってくる」
しのぶは立ち上がると足早に部屋を後にした。
その様を見てカナエは手を振っていた。
「怪我人か病人でもいるんですか?」
「ええ、ここは私に与えられた家なんだけど、鬼のせいで身寄りの無くなった子達を住ませてあげたり、怪我をした隊士の治療もやっているの。
治療は殆どしのぶに任せちゃってるんだけどね。
でも、あの子は凄いのよ。手先がとても器用で様々な薬を作れるの。
医術も教わって、まるで本当のお医者様と遜色のないくらい」
カナエは嬉々として妹の事を話す。その言葉の節々から彼女にとってしのぶはとても大切な最愛で自慢の妹である事が伺える。
そんな穏やかな彼女の気に当てられたのか、少年の口元も思わず緩んでしまう。
「まだ波紋の事も教えてもらいたいのだけれど、そういえばまだ坊やの名前を教えてもらってなかったわね」
「これは失礼しました。俺は……って、なんか向こうの方の騒ぎが収まらないみたいですね。
俺なら力になれるかもしれないから行ってみましょう」
少年は名乗ろうとするが、先程から聞こえている騒動が終わらない事に違和感を覚えて立ち上がる。
カナエは分かった案内をする、とだけ言うと立ち上がって先導する。
少し歩いて、叫び声が大きくなるにつれて一つの大きな部屋へとたどり着く。
そこはベッドが数台置かれていて、ベッドの上で暴れる男、しのぶと他に二人の少女がいた。
「うがぁぁぁ!!痛ぇ!痛ぇよおぉ!」
「もう、大人しくして!
カナエ、そっちを押さえてて!アオイは早く手を縛って!」
呻き声を上げながら体を捩り、手足を大きく振り回す男をしのぶと、髪を一つに束ねた無表情の少女が押さえている。
もう一人、髪を二つに束ねている少女は縄を持つが、どうにも怖気た様子で体が動いていない。
「あらあら、私も手伝うわ」
そう言って近付こうとするカナエを少年は制止する。
「縛り付けるなんて可哀想だから止めなよ。俺に任せて離れていて」
「はぁ!?この人は今内臓がとても痛んでいて骨も折れているし動いたら危ないの!
こんなに暴れていては鎮痛剤も与えられないし、貴方も手伝っ」
「いいから、離れてください」
少年の言葉には妙な説得力のような物があった。
当然、根拠など無い、本来なら聞き入る事は無いはずなのに、少年の堂々とした態度から自然と3人は暴れる男から離れていた。
少年が男に近付こうとした時、男は自身の体を蝕む苦しさのあまりに、自身のベッドの横の台の上にあった湯呑みを掴んで投げると偶然にも少年の額に直撃してしまった。
当たった箇所は晴れ上がり皮膚も切ったようで血が流れている。
「ちょっと!大丈夫!?」
「ごっ、ゴメンなさい!私ができなかったから……」
心配するしのぶと男を縛れなかった少女が責任を感じて身を案じるが、少年は何もなかったかのように穏やかに微笑む。
そして流れ出る血を気にもとめず男に近づいて肩にそっと手を触れる。
「波紋疾走!」
先程のようにコォォォと独特な呼吸音と共に少年の腕の腕が光り、火花が発生する。そしてその光と火花は男の体へと伝播した。
「ぐあぁぉぉっ!痛……くない……これは……」
暴れていた男の動きはピタリと止まり、苦痛に歪んでいた表情も穏やかなものとなる。
少年が手を離してもそれは変わらない。少年は良かった良かった、と空いた手で額の傷口を袖で拭った。
「あっ!アンタすまねぇっ!!俺を治してくれたってのに!俺はっ俺はっ……」
「おっと、勘違いはしないでね。俺はアンタの体の痛みを和らげて半分くらい回復させただけだから。全快にさせると体の負担が大きすぎるからね。まだ完治は出来ていないから無理はしちゃ駄目、ゆっくり休んだ方が良いよ。
それと、こんなのは気にしなくていいよ。アンタの方がずっと苦しかったんだからさ」
そう言って男を安心させると、少年はカナエ達の方に向き直る。
「これが、波紋の本来の使い方。波紋は元々医術だったらしい。
そういえば俺の名前でしたね。上代、俺の名前は
星貞が強く額の傷を拭う。そこに血の跡はあれど、もう既に傷口は塞がっていた。