誰もが頭を抱えたくなる話。なにもかも戦争が悪い。
マケドニアにてクーデター発生。女王ミネルバが虜囚の身となる―――。
英雄戦争の序盤、マルスがグルニアの反乱を鎮めた直後に届く凶報である。驚かされたプレイヤーは多いと思うが、その原因が”急激な軍縮でリストラされた将官達の反抗”だと知った時、呆れた人も多かっただろう。
マケドニアの環境がどれだけ劣悪かについては、ドルーア帝国と隣接しているという一点だけで十分に理解できると思う。密林・山岳によって国土が盆地化しており、生活するのにも苦労が絶えない。人間のコントロール下にないはぐれ飛竜に襲われる危険まである。まともな人間が好んで住める環境ではないのだ。
自然、まともではない人間が人目を避けるために移住してくる。デビルマウンテンに巣食った山賊が『サムシアン』と呼ばれたように、マケドニアの海岸を拠点とした海賊『マケドニア・バイキング(別名マケドニア・シーフ)』が誕生し、甚大な被害をもたらすようになった。
それほどの脅威が国内に存在するにも関わらず、ミネルバは軍の縮小を命じたのである。それも一軍の大将を務められる竜騎士ルーメルとリュッケ将軍のメンツを潰す形でだ。旧主のミシェイルは「小心者のお前に務まるわけがない」とリュッケを酷評しているが、それでも彼の元には多くの賛同者が集結した以上、能力はあると見ていい。
これがきっかけでミネルバの人望の無さ、政治センスの欠如がネタにされるようになったわけだが――――ちょっと待ってもらいたい。
ミネルバとて王族である。ミシェイル程の才は無いにせよ、国家元首としての教育は十分に受けたはずだ。何より女だてらにドラゴンを乗り回して何度も武功を挙げ、暗黒戦争中にはミシェイルに代わってオレルアン遠征軍を率いた武官なのである。
そんな彼女が、内憂のマケドニア・バイキングの脅威を知らないわけがない。むしろ率先して排除する方向に動くのではないか。そうしなかったのは何故か?
したくても出来なかったのである。
暗黒戦争中のマケドニアの行動を確認してみよう。
598年、ガーネフの策謀によってミシェイルが父王を暗殺。実権を握った彼はドルーア陣営に加わると宣言。この時点でアカネイアに課された重税は無くなり、マケドニア国民は歓喜したに違いない。ようやく独立したのだという実感に包まれたはずだ。
喜んでばかりもいられない。国土から遥か先の王都パレスへの大遠征に備えるため、ミシェイルは国を挙げての準備に取り掛かる。兵士、馬、飛竜、ペガサス、それらを支える兵糧や武具、運ぶための船……国庫がすっからかんになり、ワーレンなどの商人から借金までしたかもしれない。
ミシェイルはこの遠征に懸けたのだ。打倒アカネイアと、それに乗じて王国の裕福な土地を占領し、豊かな領土を持つ。それはマケドニアの全国民の宿願だった。ミシェイルは戦争の先に夢を見せることで、国力の限界を超えさせたのである。
そして600年。マケドニア・グルニアを含めたドルーア帝国は、大軍でもってアカネイア王国へと侵攻を開始。二年後の602年にはパレスを落とし、当初の目的を完遂させた。神剣ファルシオンを掲げるアリティア王国も滅亡させたことでメディウスの憂いも無くなり、ドルーア陣営の勝利は揺るがぬものとなった―――。
一方、ミシェイルには想定外の事態が発生していた。
彼が当初の目的としていたアカネイア王国打倒は達成されたものの、パレスやワーレン付近といった目ぼしい土地は、すべてグルニアに持っていかれたのである。マケドニア軍が手に入れたのはパレスの入り口にあたるレフカンディ周辺でしかなかった。※
これでは戦費が回収できない。もっと広大な、遠征軍を養えるだけの領土が必要だった。ミシェイルはアカネイア王国ではなく、オレルアン王国に狙いを変える。国土の広さはアカネイアに負けず劣らず、草原の大地がもたらす収穫も十分に旨味があると思われた。
陸の上しか知らない馬乗り達に、空の恐ろしさをたっぷりと教えてやる。ミシェイルは遠征軍のほぼ全力をオレルアン制圧に向けるよう、現地へと号令を発する。
※……ゲーム中、マケドニア軍が主体となるマップはオレルアン・レフカンディ。後はグルニアがメインで、マケドニアのドラゴンナイト・ペガサスナイトが数部隊出現するだけ。おそらくはマケドニア軍が援軍に出しているだけなのだろう。
オレルアンは想像以上に強かった。アカネイア軍を赤子の手をひねるよりもたやすく潰したことで、多少の慢心があったのかもしれない。オレルアン軍の中核を為す騎士団はドラゴンよりも機敏に動き、縦横無尽に駆けめぐった。
草原という環境が彼らに味方していた。人馬を覆い隠すほどに成長した蔓草が、空からの目視でさえ敵影を見失わせたのである。ゲリラ兵と化した精鋭が死角から矢を放ち、貴重な飛竜と竜騎士が何十何百も落とされていく。
多大な犠牲を払って、604年。どうにかオレルアンの主城を制圧する。
そこからがオレルアンの本領発揮だった。元々が『草原の民』として遊牧生活を送っていた彼らには、城へのこだわりがない。むしろ「飛び回っている相手が一か所に籠もってくれるのは有難い」とばかりに、昼夜関係無しに攻め続けるようになった。城を落として勝ったはずなのに、むしろ攻守が逆転したのである。こんな馬鹿げた話はない。現地の軍は混乱しただろう。
恐れていた事態がやってくる。
600年から続けてきた遠征が、四年目を越えた時点で限界に達したのである。敵国アカネイアを倒して重税から解放されたのに、いまだに故郷へ帰れないのだ。ほぼすべての兵達に厭戦気分が蔓延し、マチスのような貴族階級ですらまともに戦えなくなってしまった。
どうにかしなくてはならない、と焦るミシェイルの元に、最悪の報告がもたらされる。
『アリティア王子マルスが挙兵し、オレルアンの王弟ハーディンと合流』
これが何を意味するか、戦局にどう影響するのか。賢明なミシェイルには明確に想像できただろう。彼は損切りせざるを得なくなった。到底受け入れがたい、敗北の二文字を飲み込んで。
空どころかマイナスになった国庫。
激減した戦力。
限界を超えた徴兵によって失われた労働力。
アカネイアに弓を引いたという事実。
五年間の大遠征がマケドニアにもたらしたのは、国家を破綻させる規模の大赤字であった。
戦後のマケドニアに帰還したミネルバを待っていたのは、このどうしようもない負債の山だった。正直発狂してもおかしくない。突然領内に金山が発見されるか、あしながおじさんが融資でもしない限りは対処不能だと思われる。
経営の傾いた組織が真っ先に取り掛かるのはリストラだと、太古の昔から決まっている。会社のためにならない、金食い虫で、おまけにトップのいうことも聞かずに居座る連中が真っ先に対象となる。ミネルバから見れば、リュッケやルーメルといった将官達がそれだったのだろう。
将官の追放だけでなく、軍縮にまで手を伸ばした点についても触れておきたい。軍というものはとにかく金がかかる。兵だけではなく、馬にしてもそうだ。購入費用に加えて維持費までついてまわるのだから。
日本の江戸時代、馬一頭が一日に食べる量は大豆と糠をあわせて5.8キログラムだった。日本産の馬は小型だったというから、アカネイア大陸の馬はさらに大きく、大量に食べる。生産力の乏しいマケドニアが用意できるのだろうか。
そして、マケドニアが有するドラゴン、ペガサスの消費量は?
マケドニアの財政には、一刻の猶予も残されていなかった。国内に跋扈する海賊の存在を考慮してなお、軍縮せざるを得ない事情があったのである。
……それにしても、もう少し何とかならなかったのか。