ハーディン皇帝「やりやがったなこの野郎」(#^ω^)ピキピキ
マルスが黒く見えるのは間違いなくタリス王の薫陶だと思われる。
暗黒戦争中、ペラティ王国で奇妙な戦闘が行われた。
――—マルスの加わったアカネイア王国軍はレフカンディ城砦を攻略後、補給のために自由港湾都市ワーレンに駐留した。完全中立を宣言する都市に守られる形で休養をとっていたところ、グルニアの主力軍団が強襲。無数の騎兵・重装歩兵による包囲殲滅作戦が開始された。
からくも突破した王国軍が逃げ込んだ先は、東方のペラティ王国。地竜王メディウスと同じマムクート(竜人族)である火竜マヌー王が治める国であり、こちらもワーレン同様に他国の干渉を拒絶する方針をとっている。許可なく侵入されたと怒るマヌー王の指揮の下、ペラティ軍が襲い掛かる。
奇襲とはいえ、小国でしかないペラティ王国軍はアリティア・タリス・オレルアン連合軍に完敗。拠点を制圧され、マヌー王は討たれることになる――――。
やっている内容は普段と変わらないのだが、前後がおかしいことに気づいただろうか?
当時の王国軍はワーレン包囲戦から撤退中で、ペラティには逃げ込んだだけである。ワーレンで補給したとはいえ、グルニアの精鋭部隊と一戦した直後で疲弊しており、軍勢を整えなくてはならない。そこをペラティ軍に奇襲される形となった。
攻撃されたのだから反撃するのは当然である。
だが、そこまでする必要があったのか?
他国の干渉を拒絶するペラティ王国にしてみれば、突然やってきたアカネイア王国軍は侵略者も同然である。排除しようと動いてもおかしくない。ニーナに付き従うアカネイア王家の人間なら、そのあたりの事情を理解している筈である。マルス達に説明し、襲ってきたペラティ軍を軽く追い散らしてから、粛々と後にする。本来ならそのはずである。
にもかかわらず、マヌー王は殺された。
明らかに侵略行為である。たまたま避難した先で襲われたから、では断じてない。最初からマヌー王を殺害し、ペラティ王国を占領するつもりだったとしか思えない。
パレス攻略中に後方を突かれないため? 言い訳にしても苦しい。そもそもペラティは開戦当初からアカネイア王国・ドルーア連合のどちらにも与せず、不干渉を貫いていた。パレス奪還の段階になってまで反旗を翻す可能性は限りなく低い。
アカネイア王国軍は、何が何でもペラティ王国を滅ぼし、マヌー王を排除したかったのだ。それも侵略という形ではなく、マヌー王から襲撃されたという大義名分を得た上で。
なぜマヌ―王は討たれたのか?
マヌー王を殺すことでメリットがある国はどこだろうか?
アカネイア王家ではない。そもそもペラティの成り立ちからして、大陸の流刑地として使われる島なのだ。罪を犯した奴隷や政治犯にその家族、難民や土地を放棄した棄民など、アカネイアの反乱分子を押し込んだ最悪の支配地域である。
誰がこんな拠点を管理したいと思うのか。アカネイア王国の役人なら忌避して当然である。まさしく貧乏籤といっていい。わざわざ管理してくれるマヌー王を滅ぼす理由がない。
ワーレンならどうか。完全中立を掲げる都市にしてみれば、いつ牙を剥くかわからない国がそばにあるのは恐ろしい。海運業を営む以上、ペラティ海賊に狙われたことも一度や二度ではないだろう。襲撃を逃れるために、多額のみかじめ料を支払っていても不思議ではない。
だとしても、理由に乏しい。マヌー王が仕切るおかげで最低限の秩序が成り立っている以上、マヌー王を排斥すればペラティは完全な無法地帯と化してしまう。そうなれば、真っ先にワーレンが海賊達に蹂躙されるのは目に見えている。
アリティア・グラ・オレルアン・マケドニア、どこにとっても遠い海の向こうの利権である。まったく関係がない。ペラティが存在しようとしなかろうと構わないが、争いごとに巻き込まれるのは困る。その程度の認識である。
アカネイア王国の枠組みで考えれば、どうあってもペラティとマヌー王は切り離せない。支配システム上の必要悪といっていい。アカネイア王国とペラティ王国の双方、暗黙の了解という形で契約が成立しているのである。マヌー王自身がそれを理解しているからこそ、アポイントも無しにやって来たマルス達を攻撃したのだ。
大戦後にアカネイアが勝つなら、戦前同様の密約を継続するように承認させる。
ドルーアが勝つなら、私達もアカネイアと一戦交えたではないか、と売り込む。
つまり、どう転んでもいいように一戦する必要があったのだ。要はシナリオの存在するプロレスである。派手にガツンとぶつかった後、適当なところで切り上げればいい。後々こじれないよう、重要な人物が死ななければなお良し。それでペラティ王国は存続し、マヌーも王のままでいられる。最初から出来レースなのだ。
ところが、蓋を開けてみればマヌー王は返り討ちにされた。「自分を生かしておくだろう」という彼の目論見は外れ、拠点の城ごと撃滅されてしまった。ブックが反古にされたのである。彼は死の瞬間まで信じられなかっただろう。どうして自分がこんな目に遭うのか、最後までわからなかったに違いない。
マヌー王は切り捨てられたのだ。旧時代のシステムである彼は、新時代のシステムに否定され、幕を降ろされたのである。
では、そのシステムを担うのに都合の良い国はどこか? ペラティが空白地帯となることで、もっともメリットのある国は?
タリス王国である。
タリスはアカネイアで最も新しい国である。ガルダ海にポツンと出来た弱小国家。名も無き部族の勇者モスティンによって建国され、アリティア王子マルスを保護した辺境の島国。
この国がなぜ辺境と呼ばれるか。大陸の王都パレスから遠く離れているからである。タリスが建国されるまでは、流刑地ペラティが辺境の代名詞だった。そのペラティよりもさらに遠方の国、それがタリスである。
タリスから見たペラティは障害物でしかない。この無法の島国があるせいでワーレンとの交易も円滑にいかず、中央の経済圏から弾かれてしまう。さながら道を塞ぐ大岩である。
この島さえなければ、タリスはさらに発展する。島そのものはあってもいい。問題はマヌー王という支配者の存在だった。この男が持つ影響力を完全に排除し、大陸におけるペラティという国の在り方を根底から変えてしまえば、タリスは中央への足掛かりを手に入れる。
とはいえ、タリスは小国である。謀はあっても実行するだけの力がない。ペラティ攻略の旨味を共有する存在が必要だった。
それこそがワーレンである。この都市から見ても、ペラティは邪魔だった。大陸中の犯罪者を詰め込んだこの島のせいで、北部のガルダ海の恩恵がまるで受けられないのだ。ここさえ排除してしまえば、タリスを通してガルダ海の海上利権を享受できる。両者は密約を結ぶに至った。
タリス・ワーレンによるペラティの実効支配。
アカネイア大陸東側で水面下に計画された国家間プロジェクトである。かくして筋書きは作られ、物資は整えられた。あとは実行に移せる力量の持ち主がいるかが問題だった。モスティンとワーレン商人達は、食い入るように戦況を見極めようとする――――
アカネイア王国軍がワーレンにやってきたのは、ちょうどその時だった。
王家の生き残りであるニーナがお飾りである以上、軍権を握っているのはマルスとハーディンである。ニーナと接触する必要はない。むしろ、取り巻きに内政官がいては邪魔をされる恐れがあった。近づくだけ無駄である。
ではハーディンはどうか。ニーナを第一に考えるハーディンは、戦略もそれに従う。からくも包囲を抜けて弱ったニーナを攻撃するマヌー王は憎むべき敵である。そこに他意は存在しない。しかしニーナがマヌー王の排斥を躊躇すれば、ハーディンも取りやめてしまいかねない。こちらも頼むに足りなかった。
マルスが選ばれるのは必然だった。消去法でもマルスしかいない。彼にとってのタリス王は大恩人であり、将来の舅である。その人の頼みなら否などいおうものか。ましてや、相手のマヌー王は戦争を仕掛けてきたのだ。死んでから文句をいう口はない。
タリス王モスティンが絵を描き。
ワーレンの大商人が力を貸し。
アリティア王子マルスが実行する。
かくしてペラティ国王マヌーは滅ぼされた。彼の敗因は、目の前の敵が誰であるかを見誤ったことにある。ニーナ率いるアカネイア解放軍は、彼の知っているアカネイア王国軍ではなかった。旧時代の既得権益を破壊する集団だったのである。
以下、余談。
ワーレンとタリスにとって、ペラティは障害である。これは間違いない。ペラティという島の形状からして、ワーレンをガルダ海から覆い隠すように作られている。まるであつらえたように最適な形状だった。
この島国が存在するせいで、アカネイア大陸における東側の開発は進まず、流通も滞ってしまう――――――。
違うのではないか?
アカネイア王国がペラティ王国の存在を黙認したのは何故か。ペラティが大陸の流刑地だからである。では、なぜその流刑地が発展著しいはずの港湾都市ワーレンの付近に選ばれたのか。
ワーレンの発展を妨げるためだとしたら?
港町ワーレンはアカネイア王国の都市でありながら、中立を宣言する自治体である。自治のために税を払いこそすれ、アカネイア王国の思い通りにはならない。独自の私兵集団を抱え、他国とも積極的に交易する、商人による都市国家である。
大陸の支配者としては面白くない。自国の領土にそんな存在があってはたまらないからだ。それでも毎月莫大な税が納められるので、しかたなく認めざるを得ない。
これ以上発展されては困る。
が、税が無くなられても困る。
ペラティ王国とは、そんなアカネイア王家の要求を満たすために建てられた、仮想敵国ワーレンを監視するための傀儡国家だったのだ。障害になって当然である。そのために作られたのだから。
ペラティの存在意義はもう一つある。
アカネイア大陸を構成する諸国家のうち、有力国家のほとんどは西側に集中している。アリティア・オレルアン・グルニア・マケドニア・カダインである。これらの国々はアカネイア首都パレスにとっての地方であり、開発途上国といっていい。発展のためには、どうしてもパレスやワーレンといった先進都市の力を借りざるを得ない。
そうなるようにアカネイア王家が仕向けたのだ。
アカネイア大陸の流通経済は、西側諸国を中心に消費されるように形成されている。ワーレンという一大貿易都市が東側ではなく、西側に注力せざるを得ないよう、ペラティ王国という障害物を設置したためである。
これではいつまでたっても東側が発展するわけがない。というより、アカネイア王家にとっては東側が発展してもらっては困るのである。ワーレンひとつでも面倒なのに、似たような都市国家が形成されてしまっては管理が難しくなる。ペラティはその抑止力を具現化した存在だった。
タリス建国時、アカネイア王家の内政官は危機感を覚えたに違いない。が、あまりの小規模さに呆れただろう。「この程度なら脅威足りえない」と一笑に付したかもしれない。
ドルーア帝国復活による混乱の最中、ペラティ王国は消滅した。これが何を意味するか、ニーナ率いるアカネイア王国軍の中で理解している者はいなかっただろう。敵将でも数えるほどしかいない。経済を理解できる知性の持ち主―――ガーネフとミシェイルのふたりだろうか。
アカネイア大陸における流通経済の革新である。
ペラティ王国という重石で抑制管理されていた東側の流通経済は、タリス・ワーレンによるガルダ海上利権によって急激に活性化する。経済の中心が西側から東側に移行することになり、王都パレスを脅かす小国家群の発生に繋がっていく。
アカネイア王家が大陸経済の管理権を失い、やがては自壊する。その萌芽である。
タリス王モスティンがどこまで先を見通したのかはわからない。だが、彼は自分の手を汚すことなくペラティという障害を排除し、自らの国の発展を約束させた。謀将ここに極まれり、である。
そして、そんな彼の薫陶を受けたマルスもまた、謀将のひとりとして名を馳せることになる。世間の風評を味方につけながら。