東方人形誌   作:サイドカー

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コノシュンカンヲマッテイタンダー!!

と、無意味に叫びたくなる、そんな今日この頃。


第十二話 「俺たちに翼はねェ!」

 ピキーンという効果音が付きそうな勢いで、文がフリーズしてしまった傍ら、俺はその声がした方をのんびりと振り返った。

 間延びした、酔っ払いのような喋り口調でやってきたのは、小柄な少女だった。身長は、大体レミリアくらいか。長く豊かな髪と、側頭部に生えた、軽く婉曲がかった角が個性的だ。その小さな手には瓢箪が握られている。中身は酒とみて間違いないだろう。それは一見、ミスマッチかと思いきや、彼女が持つと異様な程に似合っていた。角を見た瞬間、俺は直感で理解した。鬼だ。

 鬼の少女は、瓢箪に口をつけ、グビグビと勢いよくラッパ飲みした。そして、「ヒック」とこれまた酔っ払い特有のリアクションをしながら、こちらに歩み寄ってきた。

「あややややや! こ、これはこれは萃香さん。今日もお元気そうで」

 隣の鴉天狗が、やっと硬直状態から抜け出したと思ったら、いつも以上の早口でへこへこし出した。天狗社会は上下関係が厳しいのだろうか。サラリーマンっぽくて泣けてくるぞ。

「んん~。私を置いて宴会するなんて、水臭いじゃないか。で、そこの人間の兄ちゃんは新入りかい? 鬼と飲みたいなんて、随分と威勢の良い人間がいたもんだねぇ」

「ノリと勢いが俺の原動力なんでな。俺は天駆優斗」

「お前さん、外来人かい? 私は伊吹萃香。気付いているとは思うけど、鬼だよ」

 やっぱり鬼だったか。鬼っていったら、もっとゴツイ体格の益荒男のイメージがあったが、偏見だったようだな。どうやら此処では、常識にとらわれてはいけないみたいだ。

「あやや……では私はこれで」

「何言ってんだい。宴はこれからだろうに」

「ですよねー……」

 さりげなく立ち上がり、文はそそくさと帰ろうとする。が、萃香にがっしと首根っこを掴まれて、逃走に失敗。絶望したといわんばかりに、おいおいと涙を流した。どんだけ苦手なんだよ、鬼。俺に取材してきたときの元気は、一体どこに行ったんだ?

 戦略的撤退に失敗し、文は半ば強引に再び座らされた。その隣に萃香が「どっこいせ」と腰を下ろす。そして、手に持っている瓢箪を意気揚揚と掲げた。

「よぉ~し、今日は飲むぞぉ~」

「萃香さんはいつもじゃないですかぁ~」

 こうして、鴉天狗の悲痛な声を合図に、鬼という新メンバーを加えた花見は、飲み比べという名のデッドヒートにシフトチェンジしたのだった。はてさて、どうなることやら。まぁ、死にはしないだろう。多分。

 

 

「ほれほれ、もっと飲みなよ」

「おう……いただこうじゃないの」

 萃香は自前の瓢箪の中身を、俺のコップへなみなみと注ぐ。それは、溢れて零れそうなギリギリのところまでいった。というか、その瓢箪には一体どれだけの量が入っているんだ? さっきから気になって仕方がないんだが。つっこんだら負けなアレなのか?

 最初は、互角とまではいかずとも、イイ感じに飲み比べしていたのだが、やはり相手は鬼。人間の俺なんかよりも、ずっと酒に強かった。文の言う通りだったな。さっきから顔色も変えず(もとから酔っていたような気もするが)、グビグビと飲み進めている。

 ちなみに、萃香が持っている酒だが、これがまた何とも美味だった。おそらく日本酒、それも辛口であろう。一口飲んだ瞬間、旨みが、アルコールが、全身に染み渡っていくような感覚がした。彼女の酒に対するこだわりは、かなりのものみたいだ。ただ、日本酒にしては、アルコール度が強すぎないか? という疑問が浮かぶくらい、喉が焼けるような感じも同時に発生した。実はウォッカだったりするのだろうか。鬼がウォッカ……あり、なのか?

 なお、文に至っては、なんだかんだ言いつつも、最初は俺と同様に、美味しそうに飲んでいた。だが、文のコップが空になった瞬間に、間髪入れずに萃香が次を投入するという、わんこそば大会さながらの芸当をするせいで、顔がどんどん険しいものになっていった。そのうち劇画風の顔つきにでもなりそうである。いつの間にか、文が手にしているものが、お猪口からコップに変わっているのも、一度に沢山飲ませるためなのだろうか。哀れなり。

 文のそんな様子に気づいているのかいないのか、萃香は再び、彼女のコップを満たしていった。もちろん、自分が飲むことも忘れない。と、中身が空になったのか、萃香は瓢箪をかざして注ぎ口を覗き込んだ。

 ……さすがの俺もちょっとだけキツくなってきた。酔っているのを悟られないようにしているつもりだが、予想以上にフラフラする。とはいえ、弱音を吐くわけにはいくまい。俺は内心で気合を入れ直すと、ラスト一杯を勢いよく飲み干した。くぅーっ、効くなぁ!

 どうやら萃香も、俺が酒を飲み干したのに気付いたようだ。視線の先を、瓢箪から俺に変更すると、ニヤリとした笑みを浮かべた。

「お~、なかなかやるねぇ。酒が無くなっちまったよ」

「へっ。アリスも居る所で、カッコ悪い姿は見せらんねぇさ」

 何とか虚勢を張るだけの余裕が残っていて、助かった。酒に強い体質で良かった。これが五右衛門だったら、卒倒していたな。アイツ、酒弱かったもんな。友の懐かしい姿を思い返していると、

「おぉ~い、酒はないのかぁ~?」

 第二ラウンドの予兆。俺も大概ヤバいのだが、それ以上に文が真っ青になっていた。

 彼女は恐る恐る手を上げると、やんわりと上司に申し出る。

「いやぁ、さすがにもう神社にお酒はないのでは……?」

 ところがどっこい、現実は厳しかった。萃香の呼びかけに反応した魔理沙が、どこから持ってきたのか、未開封の酒瓶を手にやってきた。彼女もまた足取りがおぼつかず、完全に酔っ払いの歩き方になっている。だが、テンションはハイなようで、いつも以上の大声を張った。

「追加持ってきたぜぇー!!」

「こういう時は働きますねコンチクショウ!!」

 血涙を流さんばかりの勢いで、魔理沙に負けず劣らずな音量で、ヤケクソ気味に叫ぶ新聞記者。「悔しいです!」とか「やっちまったなぁ!」とか言いそうな勢いである。と……

 

「よぉーし、優斗受け取れ! 新しい酒だ!」

「ってちょい待ち!? そんなアンパンヒーローの顔チェンジみたいなことするなってばよ!?」

 

 魔理沙が甲子園のピッチャーの如く、腕を大きく振りかぶった。身の危険を感じ取り、慌ててストップをかけるが、時すでに遅し。

「そぉい!!」

「ぷげらっ!?」

 振り下ろした魔理沙の腕からスポーンと抜けた一升瓶が、一瞬にして俺の目の前まで来た。直後、ゴツーン! という鈍い音と共に、言葉では言い表せないような重い衝撃が俺の顔面を襲った。鐘でぶっ叩かれたかのような感覚に、脳がビリビリと痺れる。ああ、酔いで回避が間に合わず、直撃を食らってしまったのか。どこか他人事のように、そんなことを思いながら、俺の意識はぐらぐらと揺れ、次第に遠退いていった。

 視界が霞み、狭まっていく中、「ゆ、優斗!? 大丈夫!?」という、心配して駆け寄ってくるアリスの声やら、「あちゃー、やりすぎたか」という、反省しているようには思えない魔理沙の声やら、「こりゃ、飲み比べはお預けだねぇ」という、暢気な萃香の声やらが、ぼやけて聞こえた。

 それらをどこか遠くのように感じながら、とうとう俺の意識は完全に闇に落ちた。

 

 

 春の穏やかな風が、そっと頬をなでる。遠く、かすかに聞こえる程度だった、いくつかの話し声やら何やらが、ゆっくりと近づいてきた。

 少しずつ意識が戻ってくる。まだ真っ暗な視界の中、感覚も徐々に回復してきた。ひりひりと熱っぽい額の上に、ひんやりとした冷たい何かが乗っかっているのがわかる。誰かが用意してくれたのだろうか。加えて、後頭部からは、クッションのふわふわとした柔らかい感触が伝わってきた。

「ぐぉ……あいたたた」

「あ、起きた?」

 じんわりくる痛みに顔をしかめつつも、何とか目を開ける。目線のすぐ先では、アリスがどこかほっとした様子で、俺を覗き込んでいた。どうやら、心配かけてしまったようだ。うぅむ、面目ない。

「まだ痛い?」

「ちょっとな……でもまぁ、大丈夫だ」

 アリスの顔越しに、青空と桜が見える。日が暮れていないところをみると、気絶してから、まだそんなに時間は経っていないみたいだな。ふと、額に手をやると、乗っていた冷たいものの正体が、濡れたタオルであることが分かった。多分、アリスがやってくれたのだろう。さすが、気が利くぜ。

「もう、心配したんだからね? 凄い音したもの」

「ああ、すまんかった。他の連中は?」

「霊夢と魔理沙は寝ちゃったわ。二人とも、いつもより飲んでたかも。それで、早苗が今、毛布を取りに行ってるわ。文と萃香は、あっちでまだ飲んでいるわよ」

 どれどれと、首だけ動かしてそちらを見る。まず、大の字になって爆睡する、紅白巫女と白黒魔法使いの姿が目に入った。なかなか豪快な寝姿なのだが、そこは二人とも美少女。寝顔は可愛らしかった。うむ、眼福眼福。と、そのすぐ横で、カッカッと陽気に笑う鬼と、走り続けたランナーのような顔になっている鴉天狗の姿も発見した。まぁ、頑張れ。

 周囲を確認したところで、俺は視線をアリスに戻した。つい、まじまじと見入ってしまう。さらさらとした金髪、整った顔立ちに、青く澄んだ瞳が、本当に人形みたいだ。もちろん可愛いって意味で。

 ふと、ちょっと気になったことがあったので、俺はアリスに聞いてみることにした。

「アリスは楽しんでいるか? 花見」

「ええ、楽しいわよ。優斗はどうなのよ?」

「もちろん、エンジョイしてるとも。アリスがいるからな!」

 

「あらあら、相変わらず仲睦まじいんですのね」

 

「Oh」

 この場に居るメンバー以外の声が、すぐ傍でしたせいで、ちょっとだけビビった。この前置き無く介入してくる感じ、あの人か。見れば案の定、紫さんがスキマから上体だけをぬっと出して、意味ありげな微笑を浮かべていた。にしても、知らない人が見たら、なかなかホラーな光景だな。上半身だけとか。

 まだ起き上がる気分にならなかったので、俺はそのままの体勢で彼女と挨拶を交わした。

「どうも、紫さん」

「御機嫌よう。お邪魔しちゃったかしら?」

「何でそうなるのよ?」

 アリスの疑問に、紫さんはふっと笑い、目を細める。その目つきは、何かを面白がっているように感じられた。そして、彼女はこちらにすっと人差し指を向けた。

「何でって、それはそうでしょう? だって――

 

殿方を膝枕して、二人で見つめ合っていたら、誰だってそう思いますわ」

 

『……………え?』

 瞬間、俺とアリスの声が重なった。今、何て言ったこの人?

 俺は、極めて冷静に、現在の状況分析を始めた。まず、俺は横になっている。さっきまで気を失っていたのだから。んで、目を覚ましたら、アリスの顔があった。それこそ、目と鼻の先って近さに。それは、ちょうど真上から見下ろすようなポジション。そして、俺の頭の後ろには、日向のように温かく、柔らかな感触。ずっとクッションだと思っていたが……まさか。

 見れば、アリスも今の状況に気付いたのか、カァァッと顔に熱を帯び始めた。口をパクパクと動かし、声にならない声を上げている。というか、今まで気付いていなかったのか? よっぽど俺のことを心配してくれたってことだろうか。それは嬉しいことだ。まぁ、それはひとまず置いておこう。分析の結果が出た。

 そう、紫さんの言う通り、確かに「コレ」は――

 

 アリスの膝枕以外の、何物でもなかった。

 

「~~~~~~っ!!」

 今のシチュエーションをばっちり理解したアリスが、完全に茹で上がってしまった。そのままカチカチに硬直してしまっている。

 俺としては本来であれば、この幸せな状況を手放すなど有り得ないのだが、紫さんがニヤニヤした笑みでこっちを見ているのもあって、俺はゆっくりと体を起こした。……い、いかん。何だろう、今更になって気恥ずかしくなってきたぞ。いつぞや感じた、胸の奥がムズムズするアレが来たよ! うぉおおい、だから俺は、そんなタイプじゃないってば!!

 俺は内心を悟られないように、極めて平静を装って、現在赤面中のアリスに声をかけた。

「あー、アリス?」

「ふぇっ!? あ……え、と……ゆっ、紫!!」

「はいはい、わかっていますわ」

「へ? ぬぁああああああ!?」

 アリスが、テンパりながらも紫さんの名を大声で呼んだ直後、俺の足元の空間が裂け、スキマが広がった。もちろん重力に対抗する手段のない俺は、自然法則に従い、ストーンと下に落っこちた。これがかの有名なボッシュートか。

「あべしっ!」

 数秒もかからず、俺はスキマから放り出され、地面に叩きつけられた。地味に痛い。というか、スキマはアレか。ワープ装置か何かなのだろうか。

 さて、俺が落下した先は、どこかといえば……

 

「お~、やっと起きたのか。じゃあ続きを飲もうかねぇ」

「ゆ、優斗さん……よかったぁ。道連れが来たぁ」

 

 まごうことなき戦場だった。って、数メートルしかワープしてないじゃん。

 俺はさっきまで自分が居た場所を振り返った。正確には、アリスに向けて。彼女は俺と目が合うや否や、あたふたと慌てながら、勢い良く立ち上がった。

「わ、私! 早苗の手伝いに行ってくるわね!」

 そのまま逃げるように、ピューッと風の如く、神社の中へ行ってしまった。おーい、待ってくれぃ。

 紫さんはと言えば、俺とアリスを交互に見た後、「ふふふ。頑張ってくださいな、優斗くん」と言い残し、そのままスキマの中へ消えていった。状況かき乱すだけして帰っちゃったよ、この人。まさかのトラブルメーカータイプだったか。

 

「ぃよ~し。神社にある酒、全部飲むぞぉ」

「逃がしませんよぉ。死なば諸共……!」

 能天気な鬼と、ランナーから兵士の顔にクラスチェンジした鴉天狗に、いつの間にか退路を断たれてしまった。これが詰んだってやつか。俺は、最後にもう一度だけ桜を仰ぎ見る。そして覚悟を決め、武器もとい杯を手に取った。……あぁ、死ぬ前にアリスとデートしたかった、と心の中で辞世の句を残す。

 

 その後、俺は本日二度目の気絶を味わった。

 

 

つづく

 




最近、読書をする時間が無いせいか、文章力が低下している気がする……
やはり本は良いですね ←東方鈴奈庵2巻を読みながら
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