さてさて、前回に引き続き後半です。
お菓子もらえた方はそれを食べつつ、ごゆるりと読んでいただけると、嬉しいです。
俺達が霊夢から指示されたのは、酒と肴の追加を準備してほしいというものだった。料理の方はアリスに任せ、俺は追加の酒を蔵から運び出すのを引き受けた。花見のときに既に一度やっているため、迷うことなくピクミンのように運搬作業を進める。チラッと調理場の方に目を向ければ、料理が山盛りに乗った大きな皿を持っているアリスが出てくるや否や、ゆゆ様がアリスに絡んでいるのが見えた。
会場が大分ゴチャゴチャしてきたところで、周囲一帯に転がっている空き瓶を拾い、一箇所に集めて一区切りつける。その辺に腰を下ろして楽にしていると、ふいに声を掛けられた。
「こんばんは、異変の首謀者さん」
声がした方に首を動かすと、初めて見る女性の姿があった。身長は慧音さんや紫さんに近く、落ち着いた物腰も加わってか大人の余裕が溢れている。腰まで届く長い銀髪を三つ編みにして後ろで束ねていた。服装はちょうど真ん中を境目に左右を赤青で分けたツートンカラーがロングスカートの端まで続いているもので、帽子の真ん中には赤十字のマークが施されていた。そして幻想郷ではお約束なことに、彼女もまた美人さんだった。
異変の首謀者などと言われたからには、俺に話しかけたのは間違いないだろう。彼女の大人な雰囲気に合わせて、こちらも丁寧に対応することにした。
「こんばんは、異変の首謀者こと天駆優斗です。といっても貴女とは初対面ですかね」
「ええ、そのようね。私は八意永琳、薬屋をしている者です。迷いの竹林か永遠亭という言葉に聞き覚えはあるかしら?」
「なんと、医者でしたか。残念ながらどちらも初めて聞きますが……あ、もしかして八意製薬の?」
「あら、そちらの方は知っていたのね。その通り、私が作った薬のブランド名です」
本当にいたよ美人女医さん。パルスィに会ったときのは適当言っただけだったけど、世の中言ってみるもんだなぁ。迷いの竹林にある永遠亭ってのが病院の名前なのだろうか。ブラックジャックみたいな凄腕ドクターっぽいし、いずれお世話になるかもしれない。法外な治療費を請求されたらヤバいが……
「永琳先生が一人で医療をされているんですか?」
「いいえ、助手がいるわよ。そうね、せっかくだし一緒に紹介しちゃいましょう。ウドンゲ、ちょっと来てくれるかしら?」
いくつかあったグループの一つに永琳先生が呼びかけると、「はーい」と返事をしながら輪を抜けて少女がこちらに歩み寄ってきた。
その少女は黒いブレザーにピンク色のミニスカートという現代の女子高生スタイルの服装をしており、薄紫色のロングヘアーの頭部にはウサミミが生えていた。さっき後姿を見たときに綿玉のような尻尾がついていた気もする。なんというか、なかなかあざとい感じの格好をしている女の子だ。
ウサミミ少女を自分の隣に置き、八意先生が「紹介するわね」と話を再開する。
「この子が私の助手をしている、鈴仙・優曇華院・イナバよ。ウドンゲ、こちらは天駆優斗さん。今日の宴会のきっかけを作った人よ」
「ああ、あなたが天駆さんなの。よろしくね、あなたのことは妖夢からさっき聞いたわ。改めまして、師匠の助手をしている鈴仙・優曇華院・イナバです。覚えにくい名前だろうから、鈴仙でいいわよ」
医者の助手というから、てっきり白衣とメガネが似合う理系女子がくるかと思いきや、いたって今風な女の子だった。俺のことを妖夢から聞いたと言っていたし、二人は仲が良いのだと思われる。考えてみれば両者とも従者的なポジションなわけだし、近しいものを感じたのかもしれない。
何はともあれ、相手が名乗った以上こちらも自己紹介しなくては。
「やぁ、君と出会えた夜に乾杯してもいいかな? キュートなバニーガール――へぶほぉっ!?」
鈴仙に爽やかスマイルを送った瞬間、スコーン! という効果音とともに襲いかかった殴打される衝撃と鈍い痛みに、「ぐぉおお……」と呻きながら後頭部を抑えてしゃがみこんでしまった。すぐ足元には痛みの原因と思われる、円形のお盆が転がっていた。涙目混じりに後ろを振り返ると、
「…………」
宝石を彷彿させる眩い目を吊り上げてご立腹の様子の人形遣いが、離れた位置からこちらを睨んでいらっしゃった。彼女の体勢はオーバースローで何かを投げつけた時のそれで、言うまでもなく彼女が凶器を放ったのだと理解できた。フリスビーは凶器であった。
アリスは俺が痛みでうずくまっているのを一瞥すると、「ふんっ」とそっぽを向きながら再び調理場へ戻っていった。彼女の後ろを慌てた感じで妖夢が追いかけている。おそらく彼女の主人である亡霊姫が、追加のつまみを短時間で食べ尽くしてしまい、妖夢がお詫びに手伝うと言い出したのだろう。ゆゆ様の食欲は今日も健在のようだ。
「いてて……永琳先生、早速お世話になるかもしれないっす」
「残念だけど、やきもちに効く火傷の薬はないわね。仲直りしたばかりなんでしょう、あまり彼女さん困らせちゃダメよ?」
「火傷ではなくて打撃によるダメージなんですが……」
「知ってる? 寂しがり屋なのはウサギだけじゃないのよ」
「脈絡もないけど何かそれっぽいアドバイスありがとう、鈴仙」
アリスのお盆フリスビー攻撃に驚くこともなく、落ち着いた対応で受け流す永琳先生に畏敬の念を覚える。というか彼女さんって、おそらく十中八九からかっているんだろうけど。そして鈴仙は自分がウサギであることをかけているのか。座布団一枚。
その後、彼女達は立ち去り際に「本当に怪我か病気になったら、いつでもいらっしゃい」とだけ言い残し、俺は一人その場に佇んでいた。
宴もたけなわ、すっかり出来上がってしまった集団から一旦離脱し、俺は神社裏手の縁側に腰を下ろし一休みしていた。決してハブられたわけではないし、彼女らのテンションについていけなくなったわけでもない。単純に休みたくなっただけだ。俺の席あるから。
一人だけの静けさの中で、どこか遠くに聞こえる祭りの喧騒が耳に届いて心地よく思う。こういう楽しみ方も風情があって良いんじゃないかと思うんだが、どうだろう?
右手に持つお猪口がゆらゆらと水面を揺らしているのをぼんやりと眺め、そこから視線を夜空の満月にもっていく。
「月が綺麗ですね、か。まったく洒落たこと言う人もいたもんだな」
「そうなの?」
「おっと。アリスか」
「うふふ、驚いた?」
俺一人だけだと思っていたから不意を突かれた。自分以外の声に思わず振り向けば、いつから居たのかアリスが立っていた。彼女はくすくすと笑いながら俺のところまで歩み寄る。
「隣いい?」
「もちろん。どうぞどうぞ」
それじゃあ、とアリスが俺の隣に腰かける。ふわっと穏やかな春の夜風が吹き、酒で火照った体を程よく涼しませる。彼女もお猪口を持っていたので、俺は場所移動するときに一本失敬してきた日本酒を自分の分も合わせて注ぎ、後ろに瓶を置いた。
『乾杯』
チン、と陶器を軽く重ねたとき特有の鈴に似た音が鳴る。俺達は隣同士の向かい合わせで、俺はグイッと一息に、アリスは少しずつ盃を傾けた。さっきよりも美味しく感じるのは、気のせいではないだろう。
「ふふっ」
「どしたん、急に笑い出して。俺なにか変なことしてた?」
「ううん。あんなことがあったのに、もういつも通りなのが何だか可笑しくて」
「確かにな。というかアリス、結構酔ってる?」
「少しだけね」
アリスは困ったような微笑で肩をすくめた。酒は酔うためにあるものだし、別に悪いことではないと思うが。今日は彼女もいつも以上に飲んでいたのかもしれない。
向こうから聞こえる歓声が、いつの間にか怒号に近い雄叫びに変わっていた。あっちでは一体何が始まっているんだ? 世界大戦か? 酔った勢いで弾幕ごっこでも始めたのだとしたら、しばらく戻るのは控えるとしよう。流れ弾が当たったら痛そうだし。
また緩やかな風が吹き抜け、木々の枝を揺らしさわさわと涼しげな音を奏でる。それに混じるように、アリスの口からポツリと言葉がこぼれ出た。
「…………った」
「え?」
いまいち聞き取れなかったせいで、ついアリスの顔を凝視してしまう。彼女は自分の手元のお猪口を見入るように、視線を落としていた。やがて、弱々しく儚げな雰囲気を漂わせ、ぽつぽつと再び言葉を紡いだ。
「優斗がいなくなったんじゃないかって思ったとき、私すごく怖かった……」
「アリス……」
「変よね。優斗だっていつか帰るのに、もう会えないかもって不安になって、それで――」
「俺はここにいるぞ」
「あ……」
アリスが今にも消えてしまいそうな表情をしていたのが見るに耐えず、俺は彼女の頬に片手を添えた。包み込む優しさでその白い肌に触れる。俯いていた顔をすっと上げさせ、俺と目を合わせる。自惚れているのかもしれないけど、俺が彼女の不安を取り除きたいと思った。カッコつけと言われてもいい。気障ったらしいと笑われても構わない。それでも、お気楽な気分屋としてアリスの不安を和らげることができるなら、一切迷うことなく道化になってみせる。
俺はアリスに軽い調子で笑いかけながら、だけど穏やかさを込めて答えを言い聞かせた。
「なぁーにを心配してるかと思えば、俺は勝手にいなくなったりはしないって。まだまだ此処で楽しみたいし、アリスの可愛さが反則レベルだしな。だから大丈夫だ。……な、俺はここにいるだろう?」
少しでもアリスを安心させられればと、彼女に触れた手のひらで頬を撫でる。絹のような滑らかな手触りと、火照った頬の熱が伝わってきた。
アリスは愛おしそうに俺の手の上に自分の手を重ね、潤んだ瞳で俺を見つめると、安らぎを得た表情で目を細めた。
「うん……伝わってくるわ。優斗の手の温かさ……」
青い瞳を潤ませる切なげな表情が、彼女の可憐さに一際拍車をかけていた。それこそ魔法がかかったのではないかというくらいに、その姿に俺はすっかり目を奪われていた。酔いが入っているせいか、それとも恥ずかしいのか、右手に伝わるアリスの体温がすごく熱く感じる。それとも、熱いのは俺の方なのだろうか。
宴の喧騒などもはやどこか遠くの出来事に思えるほど、耳に届いても気にも留めずに、ただ目の前に意識を取られる。
どちらからということなく、俺達は肩を寄り添わせるほど近くまで距離を詰めていた。盃を置き、互いの空いていたもう片方の手は、床の上で繋ぐように重なっている。熱を帯びて顔を赤く染めながらも、こちらを見つめるアリスが可愛すぎて目が離せない。
そして、アリスがそっと目を閉じて、唇を差し出すように顎を軽く上げたのに合わせるように、俺も目を閉じて互いの顔を近づけた。
「アリス……」
「優斗……ん」
月明かりに照らされる中、やがて二人のシルエットが一つに重なろうと――
「おおー!? ヤバいぜ興奮するぜついにやっちゃうのかぁ!?」
「ちょっと魔理沙、静かにしなさいよ。見つかっちゃうじゃない」
「あの、やっぱりこういうのはやめた方がいいと思いますよ……」
「そう言いつつ興味津々で見ているのは貴女も同じですわよ」
――したところでピシッと動きが完全停止した。
明らかにこちらを見ながら発せられたと思われる外野の声に、正気を通り過ぎてマイナス温度級に冷静沈着になると、俺はジト目になりながら声がした方を見た。そこには、神社の角から顔だけをニョキッと覗かせている様子が、あたかもダンゴ三兄弟を連想させる感じで一連に重なっている、普通の魔法使いと博麗の巫女と風祝とメイド長の姿があった。というか、あなたもですか咲夜さん。
『……………』
全員で沈黙という名の大合奏。これがジョンゲージの四分三十三秒か。
ふぅ、そろそろ現実逃避はいい加減にしよう。誰かが何か言わないとこのまま凍結した空気が続きそうだし、ここは俺が動くしかないか。というわけで、なんとも間の抜けた感じで実況者達に疑問を投げかける。
「あー、何してはるんですか皆さん?」
俺が質問すると、彼女達は捲し立てるように次々と言い訳やら感想やらを言い始めた。
「き、今日の主役はお前達だろ? なのに勝手にいなくなるから探してたんだよ!」
「こっちで何か面白いことが起きてるって勘が告げるから」
「あ、あの。えっと、私は止めようとしたんですけれど……」
「申し訳ありません。お声掛けする雰囲気ではなかったものですから」
つまるところ野次馬精神に支配されてずっと見ていたということで間違いないようだ。って、もしかしなくても今までのやり取り全部聞かれてたの? うわぁおっ、恥ずかしッ!
思わず悶絶しそうになっていると、「さて、と」と何やらわざとらしく霊夢が口を開いた。何々? と疑問を含んだ眼差しを送ると、彼女はちょいちょいと俺の方を指差した。はじめは意図が分からず困惑したが、彼女の動きを鑑みると俺のすぐ隣を示していることが分かった。そして、そちらを見ると、
「~~~~~~っ!?」
突然の出来事に戸惑い大きく目を見開き、湯気を噴き出さんばかりの勢いで顔をカァアアッと真っ赤に染めているアリスがいた。もはや記録更新レベルの赤面っぷりで、このまま熱中症で倒れてしまうのではないかという状況であった。いや、むしろ火山が噴火する直前といった方が近いかもしれぬ。
俺とアリスのことは完全に放置するつもりなのか、傍観者達は頭を引っ込めつつ捨て台詞なのか激励なのかわからない言葉を残していった。
「あとは二人でごゆっくり。だけど神社で暴れるのはほどほどにしてよね」
「なぁに、弾幕だったら死にはしないぜ……たぶん」
「あ……あはは、お邪魔しました~」
「ご武運を」
そして誰もいなくなった。いや、正確には俺とアリスがいるけど。もうこれ完全に投げやりじゃないですかーやだー。前に紫さんのことトラブルメーカーだと思ったけど、幻想郷の住民ほとんどがトラブルメーカーなんじゃないかと嘆きの念が込み上げてくる。
取り残された二人の間に何とも言えない空気が流れる。自爆だと理解しつつも、他に手がないため、俺はアリスに恐る恐る声をかけた。
「あのー、アリス?」
「………ぃ……ぃ」
あ、あかん。コレあかんやつや。
そう思った頃には、時すでに遅かった。
「やぁぁああああ!? きゃぁぁあああああああああ!?」
「ちょっ、ぎゃぁああっ!! 瓶はッ、瓶で殴るのは洒落にならんからぁあああ!!」
羞恥のあまり錯乱した人形遣いが暴走したにもかかわらず、誰一人として救援に来なかったどころか気にも留められなかったのは、きっと馬に蹴られたくなかったからだろう。
つづく
この時期はアリスが踊っている新作動画が見れるシーズンなので、テンションがおかしくなります。
とりあえず喧嘩っぽい回はこれにて完結し、次回からはまた日常な感じになります。