東方人形誌   作:サイドカー

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暑中見舞い申し上げます。
冷たいものでも飲み食いしつつ、此度もごゆるりとお楽しみいただけると嬉しいです。
サイドカー


第三十五話 「トライアングラー ~君は誰と……?~」

「まさかこんな早くに再びここを訪れる日がくることはのぅ」

 野を越え山を登り、ようやく俺達は目的地へ繋がる入口までやってきた。そう、俺がかつて獣妖怪と激闘を繰り広げたあの場所だ。前回と同じく、崖っぷちギリギリまで近寄り、身を乗り出して下を覗き込む。相も変わらず底なし沼もビックリな暗闇が奥深くまで続いていた。今にして思えば、よくもまぁ飛び降りて無事だったもんだ。

 ふと、お約束なネタをやりたくなり、俺は後ろにいる二人に声をかけた。

「落ちたら危ないからな、押すなよ? 絶対に押すなよ?」

「押さないわよ」

「えい」

『あ』

 アリスが答えるのと、こいしが俺の背中を突き飛ばすタイミングが重なる。ついでに俺とアリスの声も重なった。

 足元の感触がなくなり血の気が引く感じが頭の先まで上ってくる。感覚がスローモーションになる中、体を半回転させて振り返れば、相撲でいうところの押し出しのポーズで「テヘペロッ☆」とばかりに笑顔満開なこいしと、口元に手を当てて息をのむアリスの姿があった。

 

 そして時は動き出し、俺は重力の井戸に引き込まれていった。

「おのれディケイドぉおおおおお!?」

 あっという間に旧地獄へ真っ逆さま。パラシュートもバンジー用のロープもない文字通りのスカイダイビングが始まった。冗談抜きで大ピンチです。キノコで強くなる配管工も、吸い込んでコピーするピンク色で丸いやつも一機失う。谷底とは昔からのキルゾーンなのだ。

「優斗!!」

 名前を呼ばれてハッと見上げると、アリスが必死に手を伸ばしながら俺に向かって急降下していた。こちらに差し出された手を掴むべく、俺もギリギリまで彼女の方へ片手を伸ばす。

 どこまでも落下していく中、俺達は互いの距離を縮めんとばかりに相手の名前を叫んだ。

「アリス! アリスーーー!!」

「優斗ーーーー!!」

 はたから見ると映画にありそうな場面である。ジブリとか、そのあたりで。

 二人の距離が徐々に縮まっていく。あと少しで俺とアリスの手が重なると思われた、まさにその時、

「グェッ!?」

 突然何かが俺の首根っこをガシッと掴み、ボッシュートが止まった。幸いにも握られたのはジャケット部分なので首吊りショーにはなっていない。ついでに、布が破けるイヤな音も聞こえてこなかった。七色の人形遣い手製の衣服は頑丈だった。

 そんなわけで今の俺は、あたかも片手で持ち上げられた猫のような宙吊り状態である。アリスでもこいしでもない第三者の登場、はたしてその正体は?

 ブラーンとされるがままになっていると、俺の耳に聞き覚えのある声が届いた。

 

「まったく、この間と全然変わらない妬ましさね」

 

「この声……もしかしてパルスィか?」

「やっと気付いたの? 本当に妬ましいわね。とにかく、地面に着くまで大人しくしてなさい。話しはそのあとよ」

 どうにか動ける範囲で後ろを向くと、金色の短髪をなびかせて溜息を吐いている橋姫がいらっしゃった。今更だけど落ちてきた人間の首根っこ掴むとか器用ね。

 

 

 パルスィに救出され、俺は無事に着地できた。その後、

「は? こいしに突き落とされた?」

「だって、お兄ちゃんが『押すな』って言ったんだよ」

「まぁ、ある意味では間違ってない行動だが。しかし、このネタも幻想入りしていたのか」

「バカ言ってんじゃないわよ、妬ましい」

 再会するなりパルスィの口癖が炸裂する。それにしても、真っ先に彼女に会えるとは幸先が良い。いや、あやうく正規ルートで冥界行になるところだったし、幸先も何もあったもんじゃないか。

 言い訳大会が終わると、パルスィは「で?」と腕を組んで話題を変えた。エメラルドグリーンの瞳がジロリと俺を射抜く。

「この前の怪我は治ったわけ?」

「おう、バッチリ完治したぞ。ああ、おにぎりも美味かった。あのときはパルスィのおかげで色々と助かったぜ」

「別に。たまたまよ」

「とにもかくにも、久しぶりだな。また会えて嬉しい」

「……ふん」

 パルスィは興味なさそうに俺から視線を逸らした。一見すると不愛想に思われがちだが、俺が帰った後も怪我のことを気にかけてくれていたみたいだし、やっぱり世話焼きな美少女ですたい。

 

「ふーん」

「おおぅ!?」

 

 橋姫と話していると、すぐ隣からどこか棘を含んだ声が聞こえた。気付けば、アリスが面白くなさそうに俺を見据えていた。責める視線がチクチクと刺さり、よく分からんけど芳しくない状況なのは分かった。

「ずいぶんと仲が良いのね? そうよね、彼女可愛いもの」

「あー、確かにそれも大きな理由だが、他にも色々と助けてもらった恩とかもあるわけで。というかアリス、何か怒ってないか?」

「……怒ってないもん、優斗のバカッ」

 ぷくーっとふくれっ面で言われても説得力がありませんよ、アリスさんや。

 

「お兄ちゃん、早く行こうよー」

 俺達が話し込んでいたのにしびれを切らしたのだろう、こいしが急かしてきた。ナイスだ、こいし。この流れで上手いこと仕切り直そう。どうやら無意識娘が勝手にいなくならないように見ていてくれたらしく、さりげなく彼女の近くにいた橋姫も憮然としていた。

「地霊殿に行くんでしょうが。油売ってないで、さっさと来なさい」

「おお、パルスィも一緒にか?」

「暇だから付き添うだけよ。ほら、はぐれても知らないわよ」

 そう言いながらも俺がはぐれないようにか、パルスィは初めて会った時みたく俺の手を取った。彼女の柔らかな手に引かれ、一歩踏み出しかけたとき、

 

「ダ、ダメェーーーーッ!!」

 

 人形遣いの、焦りを含んだ叫びに近い声が響いた。そして、パルスィが握っているのと反対の腕が、アリスの両腕にギュッと強く包み込まれる。かなりの大きさが感じられる女の子特有の柔らかさと温かさが、俺の左腕に広がった。さらに、進もうとした方とは逆向きに引っ張られ、俺はその場に立ち止まった。というか、

「なんとぉおおおお!?」

 右手をパルスィにキャッチされ、左腕をアリスにホールドされているという、何かもうスゴイ状況になったせいで、シーブックみたいな叫びを上げてしまった。そんくらい驚いた。こんな素晴らしいことがあっていいのだろうか。

 直後、アリスも自分の行動に気付いて「あ……ッ!?」と瞬く間に耳まで真っ赤に染まる。彼女は慌てふためきながら俺から身を離した。

「こ、これは違うの! そういうのじゃなくてッ、と……とにかく違うから!!」

 アリスは振りほどいた手をブンブンと動かし、これは違うと否定の言葉を連呼する。湯気でも噴き出しそうなレベルで彼女の顔が紅潮していた。むしろ間欠泉か、地底だけに。

 そんな人形遣いの動揺っぷりに、橋姫が「妬ましい……」と嘆息しつつ俺達(主に俺の方)に恨めしげなジト目を向けているのはどういうことだろうか。ちなみに、手はとっくに離されていた。

 

「お兄ちゃん、おんぶしてー」

「こいしがフリーダムでお兄ちゃん助かったで」

 古明地妹のおかげでようやく先に進むことができました。めでたし、めでたし。

 

 

 背中にしがみついて前を指差しながら「進め、進めー」とはしゃいでいる少女に和まされる。俺とこいしを真ん中にアリスとパルスィが両隣を歩いている。右も左も金髪美少女でまさに両手に花であります。幻想郷は此処にあった。数十分ほど歩き続けると、前方にでっかい屋敷が見えてきた。紅魔館にも匹敵しそうな広々とした敷地に、地底では珍しい洋風な建築物が構えている。

 門の前まで来たところで、俺は背中にいる少女を降ろした。

「ここが地霊殿だよ。お姉ちゃんのところまで案内するから、ちゃんとついてきてね!」

「ああ、わかった。したっけ、お邪魔するぜ」

 タタタッと駆けていくこいしに先導され、俺達は地霊殿の門をくぐった。建物内に入ると、独創的なエントランスが広がっていた。ステンドグラスを通した光が、幽玄さ漂う空間を演出している。なかなかにモダンなアートだ、よくわかんねぇけど匠の技を感じる。正面の階段を上がり、廊下を進む。こいしを見失わないように彼女の後ろに続くと、彼女はある部屋の前で立ち止まった。おそらく、この部屋に姉がいるのだろう。

 こいしが元気よく扉を開く。

「お姉ちゃん、ただいま!」

 

「おかえりなさい、こいし。あら、お客さんもご一緒かしら?」

 

 部屋に足を踏み入れると、こいしと同じくらいの身長の女の子がこちらに顔を向けた。薄紫色のショートボブに、水色の洋服と桃色のフレアスカートを身にまとっている。俺をじっと見ているその目は落ち着き払っていて、大人の雰囲気すら漂わせていた。そして、胸元にはこいしと同じく第三の目。妹のとは違い、彼女のそれはしっかりと開いていて、全てお見通しと言わんばかりにこちらを捉えている。

 こいしが少女の元まで走り寄り、ニコニコと無邪気な笑みで彼女の隣に立った。

「これが私のお姉ちゃん、さとりお姉ちゃんだよ!」

「初めまして。古明地こいしの姉、古明地さとりと申します。この地霊殿の主も担っています。妹がお世話になったようで、ありがとうございました」

 礼儀正しく頭を下げるさとりお姉ちゃん。容姿と雰囲気の見事なギャップ萌えを披露する、大人っぽい少女だ。それにかなりの美少女である。実はファンクラブがあるとか言われても信じられる。本当にあったら俺も入ろうかしら。

 さて、今度はこちらの自己紹介ターンだ。彼女は心が読めるのはすでに知っている。ならば、やることはただ一つ。読心術よりも早く全てを言ってのけるまでだ。

 俺は紅魔館で培った執事風の一礼と共に、早口で捲し立てた。

 

「お初にお目にかかる。我が姓は天駆、名は優斗、天駆優斗と申す者。おたくの妹さんを送り届けるべく参上した次第で候。能力弾幕一切不所持の外来人、好きな食べ物は――」

「『野菜炒め』ですか」

「間に合わなかった!?」

 あと一歩のところで先読みされてしまった、誠に遺憾である。速さが足りなかった。さすがだぜ、さとりん。

 

「……そっか、優斗の好きな食べ物って野菜炒めなんだ」

「……別にいいけど、妬ましいわ」

 俺が頭を抱えてガッデムの意を表している傍らで、二人の少女が思いを馳せながらボソッと呟いていた。いまいち聞き取れなかったのだが、彼女達がどんなことを考えていたのかちょっと気になる。

 俺達三人を順番に見渡すと、さとりんは少し戸惑った反応を示した。

「さとりんって……そうですか、ヤマメから聞いたんですね。そこのお二人が考えていた内容ですが、私からは言わないでおきます。お二方もその方がよろしいのでしょう?」

「ふぇ!? な、何のことかしら!?」

「余計なこと言ったら妬むわよ!」

「うおっと、二人して急にどしたん?」

『うるさい! 何でもないから!』

「驚異的シンクロ率!?」

 どうしたのか聞いたらキッと睨まれてしまった件について。目の前で繰り広げられる光景に、さとりはやれやれと言いたそうに肩をすくめていた。

 

 

 さてさて、互いに自己紹介も終わり、姉の元へ妹を届けるミッションも完遂した。俺達の役目はここまでだが、無意識系妹にはもう一つやることがある。

 こいしはピョンピョンと飛び跳ねそうなテンションでさとりに話し始めた。

「ねぇねぇ、お姉ちゃん! 聞いて聞いて!」

「どうしたの? こいし」

「今日、色んなことがあったんだよ。最初はアリスの家に行って――」

 これまでの道のりを思い返しながら、こいしは帰るまでの出来事を姉に語っていった。俺が風邪をひいていてアリスが看病していたこと(パルスィの目つきが鋭くなったのは気のせいだと思う)、香霖堂にあった変な道具で遊んだこと、無縁塚に行って俺の手伝いをしたこと。そして……

「これね、お姉ちゃんにあげようと思って持ってきたんだよ」

「私のために?」

 こいしが一生懸命に選んだ贈り物、青いバラがさとりの手に渡る。妹からのサプライズプレゼントに意表を突かれ、彼女はじっと手元の花を見つめていた。やがて、姉は慈愛に溢れた笑みをこぼし、柔らかな手つきで妹の頭を撫でた。

「ありがとう、嬉しいわ。大事にするわね」

「えへへ、うん!」

 

 

 心温まる姉妹愛劇場が上映された後、こいしは姉から「おやつがあるから食べてらっしゃい」と言われると、ゴキゲンな蝶になって部屋を出て行った。

 こいしを見送ると、さとりは花を机の上の花瓶に挿した。しばらくそれを眺めてから、彼女はこちらに向き直る。

「改めてお礼を言わせてください。妹のことを気遣ってくださってありがとうございます」

「いいってことよ。可愛い妹だな」

「ええ、大事な家族です。ただ……時々心配にもなるんです」

「心配って?」

 さとりの不安げな表情が気になったのか、アリスが続きを促す。パルスィも無言ではあるが耳を傾けていた。気遣いの上手い彼女達に後押しされ、さとりは地霊殿の主としてではなく一人の姉としての心情を告げた。

「あの子の心は私にも読めません。こいしは無意識で動いています。その能力の赴くままに、いつかどこか遠くに行ってしまうのではないかと、私の前からいなくなってしまうのではないかと……そう思ってしまうんです」

「そりゃないな」

『え?』

 彼女の悩みを聞いて即答してしまった。さとりだけではなくその場に居た全員から注目される。

 こんなことは俺が言えた立場じゃないのは重々承知している。だが、言わずにはいられなかった。お兄ちゃんなんて呼ばれたからかねぇ。

「最初にこいしが言っていただろう、『ただいま』って。つまりはそういうことだ。その花だって枯れないから選んだんだぜ? ずっとお姉ちゃんのところに置いておけるって。さとりがこいしを思っているのと同じで、こいしもさとりのことが大事なんよ」

 そげぶでもないのに説教染みたことをしてしまった。だが、気休め程度でもさとりの不安を取り除くきっかけになれば上出来だろう。

 さとりは俺の言葉を反芻している様子だったが、やがて気持ちの整理がついたようなふっきれた顔で頷いた。

「……そうですね。私も過剰に考えていたのかもしれません。もっとこいしを信じるべきでした」

「あー、何か偉そうなこと言ってすまんかったね」

「いえ、そんなことはありませんよ。貴方はとても優しい方なのですね」

「紳士だからな。掃除屋はしてないけど」

「ふふ。彼女達の気持ちがちょっとだけ分かった気がします」

 

 

 というわけで、イイハナシで全て丸く収まった。スピードワゴンはクールに去る頃合いのはずだったのだが……

 くいくいとジャケットの袖を引っ張られる。視線を下ろすと、いつの間にか戻ってきたこいしが俺の腕にぶら下がっていた。少女の手にはおやつと思われる温泉まんじゅうが一つ。

 どうしたのかと身を屈めると、こいしはおもむろに菓子を俺の口元に差し出した。

「お兄ちゃん! はい、あーん!」

「あーん」

『…………!!』

 条件反射で口を開く。俺が饅頭を口に含むと同時に、なぜかアリスとパルスィがピクッと反応した。そのリアクションに興味を引かれたのか、彼女達の心を読んださとりんが内容を声に出したことが事態を大きくした。

「なるほど。天駆さんは、アリスさんとパルスィさんからも食べさせてもらったことがあるのですね」

「むぐ。ん、確かにあるが……ハッ!?」

 ゾクリと背筋が凍る冷たい視線に貫かれる。そろーっと背後を見ると、冷ややかな目をした金髪美少女が二人並んでいました。

「へぇ……パルスィからもやってもらったことがあるのね?」

「別にどうでもいいんだけど、何だか無性に妬ましいわね」

「アリスとパルスィから不穏な空気が!? これが本当の饅頭怖い!?」

 アリスは笑顔なのに目が一切笑っておらず、パルスィは不貞腐れたようにそっぽを向いた。さっきまでのハートフルムードがガラガラと音を立てて崩壊の兆しを見せる。こうなったら、ここはさとりんお得意の読心術でベストな選択肢を教えてもらおう。この思考も彼女の元に届いているはずだ。

 しかし現実は無常。俺のヘルプ要請に、さとりんは「うふふ」と蠱惑的な笑みを浮かべるだけだった。なぜだ。

 

 急に不機嫌になった人形遣いと橋姫に狼狽える青年に、地霊殿の主は悪戯っぽい表情でこう告げるのだった。

「女心は簡単に読めるものではありませんよ?」

 

 

つづく

 




そんなことよりギャルゲーやりたい
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