東方人形誌   作:サイドカー

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皆さま御機嫌よう、サイドカーでございます。

それっぽいサブタイトルですが……つまりそういうことです ←投げやり

何はともあれ、此度もごゆるりと読んでいってくださいまし。では、どうぞ。 


第三十六話 「フロマエ・テマエ」

 カポーン……

 誰かが木桶を置いた音が反響する。湯煙がほのかに漂い、縁を築く大きめの石はしっとりと濡れていた。息を吸うと、硫黄混じりの独特な臭いが鼻を軽く刺激する。露天というのも風情があって実に良い。地底なので空が見えないのはご愛嬌。やや熱めの湯加減も、時折吹く風が火照った体を程よく涼ませてくれるおかげで、むしろ丁度良いくらい。まさに気分は極楽浄土だ。旧地獄で極楽というのも変な話だけど。

「はぁ~……ええ湯じゃのぅ」

 もはやおっさん通り過ぎて爺様みたいな台詞と共に一息つく。

 偶然なのか幻想郷の男女比によるものなのか、男湯には俺しかいない。大浴場を独占して泳ぎ回れそうだ。やらんけど、できないけど。

 首元まで深く天然風呂に身を沈め、安らぎのひとときに浸る。源泉が湯船に注がれる控えめな水音が耳に心地良かった。ふと顔を上げ、男女を隔てる竹製の壁の向こうに耳を澄ませば……

 

『アリスの肌って白くてきめ細やかよね。髪もツヤツヤで綺麗だし』

『そうかしら? 霊夢だって肌も髪質も良いじゃない――きゃあっ!? ちょっと魔理沙どこ触ってるの!?』

『うーむ、羨ましいくらいのスタイルの良さだぜ。腰は細いのにこっちは大きくて、ついつい揉んでしまいたくなる。調べずにはいられないな』

『あっ、あ……あんッ! ん、や……やめ――ひゃうッ!?』

『くぅーっ、けしからん女子力の塊め! こうなったら、とことん揉みまくってアリスのお色気ボイスを優斗にも聞かせてやるんだぜ!』

『あ、んん……! ダッ、ダメ……ゆうと、聞かない、でぇ! あッ、あぁん!』

『何やってるのよ魔理沙……』

 

「んぶぶぶびゅぅーーーーーッ!?」

 年齢制限されそうな桃色トークが聞こえてきて、体温ゲージが振り切れんばかりに急上昇する。音声のみというのが余計に危険な香りを漂わせていて、キマシタワーが摩天楼だ。即座に湯から起立し、鼻から溢れ出そうな何かを堪えながら近くの水風呂に駆け込む。そのまま水泳選手の如くドボーン! と頭からダイブした。水の中で座禅を組み、ブクブクと気泡を吐きながら心頭滅却をひたすら唱える。鎮まれ俺の煩悩! 悪霊退散、悪霊退散ッ!

 

 さて、そろそろ皆さんも疑問に思っている頃だろう。どうして俺が露天風呂に浸かっているのか。普通にいたけど、なぜ霊夢と魔理沙がアリスと一緒に女湯に居るのか。その理由を説明するために、少しばかり時計の針を戻そう。きっかけは俺達が地霊殿を後にするところまで遡る。

 

 

「――というわけで、前回惜しくもチャンスを逃した温泉に行きたいのだが、地底住まいの皆さんのお勧めスポットを教えてくださいまし」

 用事が一通り済み、地霊殿の主から「天駆さん達はこのあとどちらに?」と尋ねられたのが事の始まり。彼女の問いに、以前は負傷していたため実現できなかった幻想郷温泉を所望する旨を話した。

 俺の頼みに、地霊殿の主こと古明地さとり(通称さとりん)は「それでしたら」と悩むことなく答えた。

「地霊殿と旧都の中間ほどの場所に、私達が管理している温泉施設があります。先ほど私のペットが調整に向かいましたので、そろそろ――」

 戻ってきますよ、と彼女が言い終わる前にノックもなしにバン! と扉が開かれた。

 

「さとり様! お仕事カンリョーしました!!」

 

「ご苦労様、お空」

 威勢よくやってきたのは、これまた特徴的な格好をした女の子だった。漆黒の長髪に同じく真っ黒な鳥類の翼。おそらく烏の妖怪と思われるが、文みたいな烏天狗ではなさそうだ。何より注目するのは彼女の右腕に嵌められている大型の筒。大砲に似たそれを、少女はロックバスターかサイコガンの如くガッチリと装着していた。あらやだカッコいい。

 どうやら俺の内に秘められた中二心がくすぐられているのが読まれたっぽく、さとりんが上品な笑みを浮かべて少女を紹介する。

「今しがた話に出ましたペットのお空です。八咫烏の力を身に宿していまして、温泉の温度調整などを任せています。ちなみに、天駆さんが興味をお持ちのものは制御棒です。お空、お客様にご挨拶なさい。こいしがお世話になった方々よ」

「はい! わかりました、さとり様!」

 お空と呼ばれた少女は大きな声で主に返事をすると、裏表のない笑顔で名前を告げた。

「お空です! 温泉卵が大好きです!」

「おう、よろしく。俺は――」

「あ、パルスィさんがいる! コンニチハ!」

「めっちゃスルーされた!?」

 お空とやらは俺の名前を聞く素振りすら見せることなく、一緒にいた橋姫にブンブンと制御棒を振り回しながら挨拶しにいった。パルスィも腕組みを解き、小さく手を上げて答える。ペットの我が道まっしぐらな行動に飼い主の少女は、「ごめんなさい……」と眉間に手を当てて頭を悩ませていた。姉とは対照的に妹の方は「お空は忘れっぽいからねー」とコロコロと笑っている。色々とガンバレ、お姉ちゃん。

 そんな主の心境など知る由もなく、鴉娘は橋姫との会話に夢中な様子。俺が名乗れなかったのを考慮してか、パルスィは俺のことを彼女に説明していた。

「うにゅ。じゃあ、あのお兄さんはパルスィさんがお世話しているの?」

「そんなわけないでしょ、あんな放し飼いの面倒を見るなんて妬ましい。世話役はそこの人形遣いよ」

 パルスィが指差した方にいるアリスを見て、お空が「うにゅ?」と首を傾げている。とりあえず、俺は放牧扱いで誠に遺憾であることは確かだった。

 やがて、お空は俺とアリスを交互に見比べると、段階を飛ばしまくった疑問をぶつけてきた。

「お兄さんは人形遣いさんのダーリンさんなの?」

「ふぇえええ!? ダッ……ダダダ!?」

 アリスの顔がたちまちカァアアッと朱に染まっていき、動揺のあまり言葉が詰まってマシンガンの効果音みたいになっている。こうもハッキリ聞かれるといっそ清々しいわね。残念ながら答えはノーですがな。

 人形遣いが赤面して固まっているのを見兼ねたさとりんが助け舟を出し、お空を窘めた。

「お空、そこまでにしなさい。アリスさんの心が激しく乱れているわ」

「うにゅ」

 

 お空の爆弾発言から数分後。

 ようやくアリスが落ち着きを取り戻したので話題をリセットし、これから古明地温泉(勝手に命名した)に行くことを告げた。すると、俺の意見にまたまたお空が元気よく手を上げた。

「はいはーい! それなら空が案内する!」

「そんな案内で大丈夫か?」

 失礼ながら彼女に一任するのに不安を覚えてしまう。子供におつかい頼んだら目的忘れて遊びに行ってしまいそうな、そんな感じ。補足すると、「お空」っていうのは愛称で本名は空と書いて「うつほ」と読むらしい。

 彼女の善意に甘えるべきか悩んでいると、さとりんが「大丈夫ですよ」と助言を差し出した。

「この子の仕事場なので無事に行けますよ。それに、パルスィさんもご一緒するそうですし、問題ないでしょう」

「……勝手に読むんじゃないわよ、妬ましいわね」

「マジっすか。だったら皆で行かないか? その方が楽しそうだし、アリスは構わないか?」

「ええ、良いと思うわ。反対する理由は特にないもの」

「決まりだ。んじゃ、幻想郷の秘湯を目指してレッツゴー!」

『おー!』

 俺の掛け声にお空とこいしが握り拳を掲げて応えた。その様子をアリスとさとりが優しげな笑顔で温かく見守る。パルスィは相変わらずの溜息だったが嫌ではなさそうだ。

 

 そんなわけで、さとりんとお空を新たな仲間に加え、俺達一行は地霊殿を出た。わいわいと道中を歩き始めて束の間、いきなり上空から聞き覚えのある声が降ってきた。

 

「天っち確保!!」

「ゲッチュ!?」

 

 宣言と同時に飛来した捕獲用ネットがバサッと被さってきて、サルを捕まえるゲームみたいな声が出てしまった。ちなみに俺が好きなガチャメカはダッシュフープです。あの疾走感がクセになる。閑話休題。

 声のおかげで、俺に狙いを定めて網を放ってきた犯人の見当はつく。パルスィも同じようで、絶賛俺を覆っている蜘蛛の巣状に編まれた糸を摘みながら、嘆息して上を向いた。

「ヤマメ、何してんのよ」

「あっはっは、さすがパルパル。よく私だとわかったね?」

「他に誰がいるのよ。その白々しさが妬ましいわ」

「気にしない、気にしない。やっほー、久しぶりだね天っち。地底に来てるなら言ってよー、水臭いじゃん。待ってたのはパルパルだけじゃないんだよ?」

「やっぱりヤマちゃんの仕業か。まぁ、アレだ。今回はこいしを連れてくるのが目的でな、地霊殿に行くのが先決だったんよ。ついでに言うと、パルスィがヤマちゃんのこと睨んどるで」

「え?」

「ヤ~マ~メ~? 変なこと言い出して、覚悟はできてるんでしょうね?」

「わわわ!? アイアンクローは勘弁して! パルパルのそれすごく痛いんだから!」

 奇襲に意表を突かれたものの、結果的にパルスィに続いて地底の知り合いと再会できた。その土蜘蛛は今、橋姫に追いかけられてわりとガチで逃げ回っている。とりあえず、このネットをどうにかしてほしい。

 捕獲状態のまま突っ立って動けない俺の姿がツボだったようで、アリスが声を出して笑った。

「あははっ、優斗の格好面白いことになっているわよ?」

「アリス……笑ってもいいから助けてください」

「ふふ、ごめんなさい。可笑しくてつい……ね? 今解くから」

 茶目っ気あるウインクで言われたら許すしかない。可愛いは正義だ。むしろその可愛さは反則だと思う。流石というべきか糸の扱いはお手の物で、アリスは網を絡ませることなく簡単に解いていった。地底コンビの方はといえば、とうとうパルスィに捕まったヤマちゃんが「ギブギブギブ!」と必死に降参を喚いていた。俺も巻き添えでくらったことあるけど、あれマジで痛いのよね。

 直後、ヤマちゃんだけでなく予想外の知り合いの声が聞こえた。

 

「知らない間に大所帯になってるわね」

「その中に私達も入るんだけどな」

 

「霊夢!? それに魔理沙も!?」

 意外な場所で会った親友二人にアリスが驚きの声を上げる。まさか地底で合流するとは思わなんだ。タイミングからみてヤマちゃんと同行していたっぽいな。地霊殿の前でバッタリということは、古明地姉妹に用事があるのかも。

 俺と同じ考えに至ったのか、さとりんが霊夢と魔理沙に質問を投げた。

「お二人とも、地霊殿にご用でしょうか?」

「残念だけど外れだぜ。アリス達が地底に行くのが見えたから追いかけてきたんだ。面白いことが起きそうな気がしたからな!」

「わざわざ神社まで私を呼びに来てからね」

「そう言うわりには霊夢もノリノリだったんだぜ?」

「うるさいわね。いいじゃない、気になったんだから」

「……なるほど、ヤマメとは途中で会ったのですね。彼女は天駆さんと知り合いだったので行動を共にしたと。地霊殿に居るとわかったのは……霊夢さんの勘ですか」

「あんた相手だと説明する手間が省けるから楽でいいわね」

「こういう時に便利だよな、さとりの能力は」

「貴方達も相変わらずですね」

 彼女達の目的は古明地ではなく俺とアリスだった。面白がって後をついてきたそうだが、どんなことを期待していたのやら。

 その後、やってきた三人に俺達がこれから一風呂いくことを教えると案の定、彼女達も一緒に行くこととなった。気が付けばメンバーがかなり増えている。もはやパーティと呼べる人数だ。加えて、この後も知り合いに会いそうな予感がするのは俺の気のせいだろうか。

「女の子いっぱいで嬉しい? お兄ちゃん」

「オフコース。まぁ、現地に着いたら俺は仲間外れだけど」

「こっち来る?」

「こいし……混浴以外でそれやったら湯煙殺人事件が起きるからな?」

 

 

 総勢九名でぞろぞろと移動することしばらくして、我々は目的の場所にたどり着いた。俺の眼前には昔ながらの銭湯を彷彿とさせる和風な建築物が構えている。入口に吊るされている「湯」と記された大きな暖簾。瓦屋根から飛び出ている一本の高い煙突からは蒸気が立ち上っている。建物は相当大きく、銭湯というより温泉旅館の規模だ。想像以上に立派なテルマエでござる。ルシウスでもいるんじゃなかろうか。

 と、先客がちょうど出てくるところだったようだ。向こう側から話し声が近づいてきたかと思うと、暖簾がパサッと捲られて相手が姿を見せた。そこには、

 

「あら~? ゆう君じゃない、久しぶりねぇ」

「こんにちは皆さん。ここで会うなんて奇遇ですね」

 

「こりゃたまげた。ゆゆ様と妖夢も来ていたとは、お二人も秘湯巡りっすか?」

 偶然とはこれほどまでに重なるものなのか。現れたのは冥界の白玉楼に住む二人だった。片やおっとり美人の西行寺幽々子様ことゆゆ様、片やまっすぐ生真面目で可愛い系の魂魄妖夢のナイスコンビ。彼女らに会うのはあの一件後の宴会以来か。

 ゆゆ様は扇子で自らを煽ぎつつ、ついつい見惚れてしまう柔らかな笑みを浮かべた。動作ひとつとっても優雅で、美しゅうございます。

「なんだか温泉まんじゅうが食べたくなってねぇ~、せっかくだから温泉も楽しみに来たのよ」

「それはそれは。俺達は……まぁ、なんか色々あってこうなった次第です」

「説明が困難なほどなんですか……」

 妖夢が若干引きつった苦笑いをしている。そう言われても、こいしがアリス宅にいたところから現在までのアレコレを、立ち話で簡潔に話すのは難しいのだから仕方あるまい。

 ゆゆ様は俺達にゆっくりと視線を巡らし、口元に扇子を当てて楽しそうに言った。

「女の子をこんなに連れちゃって、『紳士』なのは変わってないみたいね~」

「アリスさんは平気なんですか?」

「なっ!? へ、平気もなにも私と優斗はそもそも何でもないんだから!」

 妖夢に質問を振られ、アリスは焦ったように言葉を強める。すぐ傍で霊夢と魔理沙がやれやれと言わんばかりに肩をすくめて首を横に振っていた。ところでゆゆ様、女の子を沢山連れているイコール紳士みたいに言われると、全国のジェントルマンが誤解されますぞ。

 ふいに、亡霊姫は微笑のまま俺に一歩近寄って、どこか含みのある声でそっと耳打ちしてきた。

「紫がよく言うのだけれど、幻想郷は全てを受け入れるそうよ~」

「……なぜ今そのことを?」

「なんでかしらねぇ~? それじゃあ行きましょうか、妖夢」

「はい、幽々子様。それでは失礼します」

 彼女は謎の発言を残し、従者を連れて去っていった。彼女達と入れ替わるように皆が次々と暖簾を潜って中に入っていく。それを見ていながらも、俺は先ほどのゆゆ様の言葉が気になって立ち尽くしていた。

 彼女の意図を推理してみよう。まず、幻想郷は全てを受け入れるという。そして現在、俺は温泉施設の前にいて、彼女は俺だけに聞こえるように小声でそう言った。以上のことから導き出される結論は……まさか!?

「優斗? どうしたの?」

「いやいやいやいや、何でもないぞアリス! 何も考えてないし実行する気もない!」

「? 変なの。ほら、こんなところで立ち止まってないで早く行きましょう」

「もちろんさぁ!」

 俺が来なかったことに気付いたアリスがわざわざ呼びに戻ってきていた。ビビった、めっちゃビビった。幸いにも想像していたことは勘付かれていない。これがさとりんだったらヤバかったぜ。うん、この推理は間違いだな。

 アリスが不思議そうな顔で青い瞳を俺に向けている。詮索される前にこの件はひとまず切り上げよう。少なくとも覗いたり乱入したりすることを勧めていたわけではないはず。思い返してみれば結構マジなトーンだったし、実は真剣な内容だったのかもしれない。その辺についても、風呂に浸かりながらじっくり考えてみようか。

 アリスと一緒に布の入り口を通り抜ける。その先では、

 

「いらっしゃーい! お兄さんのことは聞いてるよ。ゆっくりしていっておくれ」

「旦那! オ久シブリデゴザイヤス!」

 

 赤髪の猫耳娘と、何か見覚えのある狸が番台に座っていた。

 

 

つづく

 




入浴シーンは次回に持ち越すという暴挙
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