東方人形誌   作:サイドカー

47 / 90
生きとったんかワレェ!! って言われてみたかった(切腹体勢)


サイドカーよりメッセージ
・長らくお待たせして申し訳ありませんでしたァ!
・今回もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです

では、どうぞ


第四十二話 「ホレグスリはイチゴ味?」

「――うん、もういいわよ」

「うぃっす」

 担当医の許可が出たので、膝かけ代わりにしていたシャツを広げて袖を通す。グレーのジャケットを羽織ればいつもの俺スタイルだ。永琳先生は今しがた俺に当てていた聴診器を外すと、机の上にあったカルテを手に取りサラサラと結果を綴り始めた。待っている間また椅子を回して遊ぼうとしたがアリスから窘められてしまったので断念する。なぜバレたし。

 数分とかからずカルテの項目をすべて書き終えた彼女は、いかにも頭脳明晰な余裕ある動作で顎に指を添えて軽く頷いた。

「ふむ、経過は順調のようね。というより思った以上に回復が早くて驚いたわ。まるで体が慣れているみたい。もしかして、こういう怪我は日常茶飯事だったりする?」

「いやー……まぁ、あったりなかったり時々だったりなら可能性も無きにしも非ずってくらいでございまする」

「長いうえにあからさまに誤魔化してきたわね。別に無理に話さなくてもいいわよ。もっとも、体が頑丈なのは大いに結構だけど、そこの彼女さんには心配かけないようにしなさい。診察は以上です、じゃあコレが今日の分ね」

「なんと、あのクレイジーな薬がまだ続くとおっしゃるか。救いはないとですか!?」

「男ならそのくらい我慢しなさい。よく言うでしょう、良薬は口に苦いものなのです」

 女医の有難いお言葉とともに、八意印の栄養剤を受け取る。顔が若干引きつってしまうのは仕方あるまい。なぜならこの薬、見た目こそファイト一発な栄養ドリンクなのだが、その味は筆舌に尽くしがたい苦みを持つ。しかもドロリと濃厚でしばらく口の中に残るという二重のトラップを展開し、口に入れたら最後、思わず歌舞伎の顔になってしまうのだ。永琳先生の言う通り、確かに効き目はバツグンなのですがね。

 無論俺に拒否権はない。レミリアっぽく言うならば避けられぬ運命、ならばさっさと終わらせるに限る。その場で飲んでいってしまおうと瓶を開封し口元に運ぶ。だがその直前、「ちょっと待って」とドクターストップをかけられた。いや、それだと意味が違うかしら。

 怪訝に思いながら先生を見ると、彼女は妙に温かみのある笑みを浮かべていらっしゃった。なんでや、何か企んでいるとか? いや、てゐじゃあるまいしそれはないか。

「どしたんすか先生?」

「この薬も一緒に飲んでもらえる? それとは違って小さな子供でも飲みやすい甘さよ。丁度良い口直しにもなると思うわ」

「ちょっと永琳。変なものじゃないわよね? 嫌な予感がするんだけど」

「いやね、心配いらないわよ。この手の類は珍しくないものだし、私も過去に何度か作っているもの。それに、アリスにとっても悪くない展開になるわよ」

「え? どういうこと?」

「まー、いいんじゃないか? ここにきて毒を盛るようなお方ではあるまいて。というか、口直しになるなら是非とも僕にくださいオナシャス」

「どれだけ苦い薬なのよ……」

 真顔で懇願する俺にアリスが冷ややかな反応をみせる。こればかりは体験した者にしかわからない苦行なのでござる。いやマジで。この薬を飲んだ後なら青汁だって爽やかフレーバーに感じることだろう。

 というわけで八意印のオクスリ(unknown)を受け取る。こちらも同じく瓶に入った液体タイプ。だがしかし、蓋を開ければ天と地ほどの差が広がった。飲み口からほのかに漂うのはマイルドなストロベリーの香り。本当に駄菓子だったりして。ちなみに俺はほたるさん派です。もちろんサヤ師もいいよ。

 どことなく心配そうな眼差しを向けるアリスに「大丈夫だ、問題ない」と一言告げ、まずは本日のノルマから喉に流し込む。苦いとか不味いとかそういう次元を突破したアンビリーバボーが押し寄せてくる前に、立て続けにイチゴ風味の不思議ドリンクを一息に煽った。するとなんということでしょう。プラスとマイナスが見事にぶつかり合って相殺されていくではありませんか。口の中に平穏が訪れた瞬間であった。第三部完。

 卒業式を迎える我が子を保護者席から見守る親のような面構えになっている俺がよほど危なく見えたのか、アリスが恐る恐る聞いてきた。

「優斗、大丈夫? 具合悪くなったりしてない?」

「いやいや、むしろ清々しい気分だぜ。あ、永琳先生ありがとうございました。とりあえずこれで良いっすかね?」

「ええ、ご苦労様。もし体調に変化が表れたらすぐに言ってちょうだい」

「了解っす。行こうぜ、アリス」

「うん。じゃあ私達は行くわね、永琳」

「あっ、悪いんだけどアリスは残ってくれる? あなたに相談したいことがあるのよ」

「相談? 私に?」

 同席していた人形遣いを連れて退出しようとした時、またしても永琳先生に引き留められてしまった。しかも今度はアリスをご指名ときた。俺はいない方が良い内容なのかもしれない。アリスもそれを察して、先に行ってて、とアイコンタクトを送ってきた。

 その先はもはや以心伝心。俺は彼女達に向けて「心得た」といわんばかりにビシッと親指を立てると華麗に背中を見せた。スピードワゴンはクールに去るぜ。

 

 

 さ、そんなわけで一足先に診察室を後にした現在、俺は廊下を歩きながら次の行き先について頭を悩ませていたのであった。アリスがいつ戻ってくるか分からないし……さて、どうしたものか。

「暇だし、輝夜のところにでも行こうかね。なんか面白いもの持っているかもしれないし、鈴仙かてゐとゲームしてたら混ぜてもらおうっと……?」

 目的地が決まればあとは移動するだけ。いざ、かぐや姫のもとへと参らんと足を進めた途端、ふと身体に奇妙な冒険……じゃなくて奇妙な違和感を覚えた。

 感じたのは熱っぽさだった。いや、熱っぽいというには語弊があり、正しくはドンドン体が熱くなってくる。イメージ映像を出すなら、心臓が活性化して全身の血液の流れが急激に速まったような状態。なんか知らんけどメッチャ漲ってきた。今なら衛宮切嗣の二倍速が使えるかもしれぬ。

 突然に訪れた謎の症状の影響により、ガンガン行こうぜなみにテンションもヒートアップしてきた俺はもう叫ばずにはいられなかった。

「ど、どうなってんだコリャぁああ!? はっ……まさか、まさかぁあああ!?」

 ふいに先ほどの永琳先生の言葉を思い出す。『もし体調に変化が表れたらすぐに言ってちょうだい』って、これを指していたのか。右手がうずいたり邪気眼が覚醒するタイプじゃなくてよかった。モノホンの中二病になったらアリスにドン引きされてしまう。

「ととと、とにかく永琳先生のところへ行かねば!」

 俺は踵を返すと、来た道をまさに文字通りに逆走し始めた。ドタバタと討ち入りさながらの喧しさで廊下を突き進み、やがて見えてきたのは先ほどの診察室の戸。勢いそのままに一時停止すらせずノックと開扉を同時にしながら中に飛び込んだ。

「先生! 殿中でござる、殿中でござ――」

 

 しかしながら、タイミングの悪いことに訪ねた部屋に目的の人物はいなかった。

 そこにいたのは『彼女』一人だけだった。

 

「あら、優斗。どうしたの? そんなに慌てちゃって」

 

「…………」

 彼女――アリス・マーガトロイドがこちらに歩み寄る。ついさっき退室したばかりの男が戻ってきたせいだろう、不思議そうに首を傾げながら俺を覗き込んだ。

「優斗? 聞いてる?」

「…………」

 おーい、と彼女が俺の顔の前で手を振るが、俺はすっかり魂が抜けてしまっていた。なぜならば、この世のものとは思えない神秘的な幻覚が広がっていたからだ。

 キラキラと眩い光を放つ数多の粒子が、アリスを囲みつつ風に乗っているかのごとく緩やかに舞っていた。彼女自身もまた、星にも似た煌めきを纏ったことで一段と輝いている。その姿は慈愛に満ちた女神を彷彿とさせた。一切の言葉を失うほどの美しさを前に周りの景色など目に入らず、ただただ彼女だけに見惚れた。何が言いたいかというと……

 

 アリスがいつも以上に綺麗で可愛く見えてヤバかった。

 

 そして気が付いた頃には、俺という名の暴走機関車はどこまでもオーバーランしていた。

「アリス、可愛い」

「ふぇええ!? なっ、何を言い出すのよ!?」

「光に照らされて輝く金髪も、空よりも青く澄んだ瞳も、陶器のように白い肌も、どんな芸術品よりも綺麗だ。容姿端麗とはアリスを示しているに違いない。いや、容姿だけじゃないな。その思いやりの心あふれる優しいところに、アリスは天使なんじゃないかと何度思ったことだろう。それに、照れ屋さんなところもすごく萌える。目が離せなくなる」

「~~~~~っ!!」

 次から次へと出てくるアリスへの賛辞に、彼女は瞬く間にカァアアッと耳まで真っ赤に染まる。先ほどとは正反対に、今度はアリスの方が言葉が出てこなくなっていた。顔を俯かせて、もじもじと身を揉んで恥じらっているのが反則過ぎる。

 その様子があまりにもいじらしくて、俺は思わず彼女の手をすくい上げた。不意の出来事に驚いたアリスが再び顔を上げる。この機を逃すまいと、俺は彼女の瞳をじっと見つめた。

「ぇ……ぁ……」

「素敵だよ、とっても素敵だ。声を大にして言おう、一万年と二千年前から――」

「みゃあああああ!!」

「どわぁ!?」

 アリスがいきなり叫びだしたかと思うと、次の瞬間には掴んでいた手を振り払い、目にも留まらぬスピードで俺の後ろに回り込んだ。射命丸もビックリだ。それから背中に両手を当てて、まるで棚を動かす要領でぐいぐいと押してきた。

「ちょっ、アリスッ、いきなりどういう」

「バカバカバカ出てってー! いいから出てってぇえええ!!」

「なんでさー!?」

 あれよあれよとされるがままに、部屋の出入り口まで連れて行かれる。その後、場外に押し出されたのも束の間、バタン! と大きな音を響かせながら戸を閉められてしまった。ご丁寧に施錠の音も聞こえる。

「お~い、アリス~。開けてはもらえないだろうか?」

『知らない! 優斗のバカッ!』

 取りつく島もなかった。もっと彼女と話したかったのに、誠に遺憾である。

 しかしこいつぁ困ったことになったぞ。アリスを見たのが起爆剤になったと推測されるのだが、実はさっきからある熱意がふつふつと湧き上がってきて俺を燻らせているのである。先ほどから燃え滾る感情、それは「無性に女の子に会いたい」という渇望にも近い衝動。

 そして厄介にも、アリスをお預けされたのがスイッチとなり俺の野生が目覚めてしまった。時は動き出した。

「ならば行くしかあるまい。震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート! 突撃ラブハートォ!」

 高ぶる気持ちを掛け声に乗せ、本能の赴くままに風と一体化したスタートダッシュを切る。当初の目的であった、体調を報告することなど頭からすっぽり抜け落ちていた。

 

 

 一方。

 

 ドッ、ドッ、ドッ……

 

 アリスは胸の動悸が全身に響き渡っていく感覚に戸惑っていた。胸に手を当ててみると、忙しなく乱れている心のリズムが直に伝わってくる。まぎれもなく自分が落ち着きを失っているのがわかってしまい、余計に恥ずかしくなる。

 気のせいだと己に言い聞かせても、顔が熱くなっているのが自覚できてしまう。事実、彼が陶器のようだと例えた白い肌は、今や誰の目にも明らかなほどに紅潮していた。

「~~~~っ」

 足腰に力が入らなくなったのか、アリスは施錠した扉を背もたれにして寄りかかった。あまりにも突然のこと過ぎて、彼女自身も頭の整理が追い付いていなかった。

 ほんの少し前にあったやり取りを思い返す。彼がいつになく真剣な表情で自分を可愛いと言ってきたこと。そのあとに繰り広げられた止まることを知らない褒め言葉の連鎖。まるでエスコートするかのように恭しく手を取ってきたとき。

 思い出せば思い出すほどアリスの中に羞恥心が募っていく。あわせて体温も上昇していく。朱に染まった頬はしばらく元に戻りそうになかった。

「もぉ……何なのよぉ……」

 

 

つづく

 




次回はちょっと早めに更新します ←フラグ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。