これって二股になるのかしら……?
翌朝、アリスの部屋でまだ寝ているであろう、仲良し三人娘を起こさないように気を配りつつ、俺は玄関の扉を開いた。
外に出ると、いい感じに朝日が差し込んでおり、森がキラキラと輝いているように見えた。風も爽やかだし、実に良い一日の始まりだ。ラジオ体操でもしようかしら。
ちなみに俺の部屋だが、客間代わりに使っていた部屋を使わせてもらうことになった。もともとアリス一人で住んでいたため、部屋が余っていたらしい。いやはや、ありがたいことだ。
俺はすぐそこの井戸まで歩くと、そこから水を汲み、バシャバシャと勢いよく顔を洗った。ついでに頭も濡らし、ブラウンカラーの髪を整える。
「うっほー、冷てぇー! 目ぇ覚めるわこりゃ」
冷水で眠気を吹き飛ばした後、タオルで顔に付いた水を拭き取る。うむ、さっぱり!
これまた驚いたことに、幻想郷の生活レベルは、かなり田舎染みているということが分かった。田舎というより昔といった方が近いかもしれない。何せ水道も無ければ、電気も無いときたもんだ。いや、電気は本当に極めてごく一部にあるとかないとか。あったとしても、そのくらいレアらしい。まさかチャリンコで自家用発電でもしてんのか?
「にしても……幻想郷か。夢じゃないんだなぁ」
俺は昨日の出来事を思い返してみる。主にアリスの笑顔とか、アリスの照れ顔とか。
しばらく一人でニンマリしていたが、ふと、あることを思いついた。
「もしかしたら、俺も能力発現してんじゃね?」
何の変哲もない一般人が、異世界に飛ばされて力に目覚めるというのは、RPGの王道的展開だ。そして今まさに、俺のポジションはそれに近い。コレは、いけるんじゃないか?
「よし、まずは空を飛んでみるか」
自分が空を飛んでいる映像を、脳内シアターで公開する。視聴者は俺一人だが。参考資料は、かの有名な武闘家たちがやっている、舞空術。
イメージができたところで、ピョンピョンと飛び跳ねてみる。
「とうっ! おりゃっ! ぬぬぬ……シュワッチ!!」
ビックリするくらい何も起きなかった。何処からか聞こえるスズメの鳴き声が、もの悲しい。
どうやら空は飛べないらしい。誠に遺憾である。
「まだだ。まだ終わらんよ……!」
今度は、両足を大きく開き腰を低く落とす。そして、両手をかの有名な構えにし、全力で叫んだ!
「かぁー、めぇー、はぁー、めぇー、波ァアアアアアアアアア!!」
…………嗚呼、本日も晴天なり。ワタクシ、とても清々しい気分で候。
「……何をしているのよ、もう」
仏のような気持ちで空を見上げていると、不意に背後から声をかけられた。
振り返ると、いつからそこに居たのか、アリスが痛々しいものを見る目をして立っていた。もしかしなくても見られていたようだ。まったくもって、お恥ずかしい。
「ああ、アリスか。おっはー」
「ええ、おはよう。それで、何だったのよ今のは」
「いやぁ、俺の隠された力が目覚めていないか確かめていたのさ。何も起きなかったがな」
「はぁ、そんなことだろうと思ってたけど。ほら、バカなことやってないで、霊夢と魔理沙を起こして朝ご飯にしましょ?」
「そうだな。朝から無駄にエネルギーを消耗してしまったわい」
「自業自得でしょ」
他愛のないやり取りを楽しみながら、俺達は家に戻った。
朝食は、昨日の残りのパンにミルクというシンプルなものにした。飲んだ翌日にガッツリ食べるのも消化に悪そうだし。
「ふわぁ……まだ寝足りないぜ」
朝に弱いのか、魔理沙が大きな欠伸をする。食欲も湧かないようで、パンを小さく千切ってチマチマと食べている。反対に霊夢は朝に強いのか、しっかり食べているどころか、いつの間にかアリスからおかわりをもらっていた。
二個目のパンを頬張りつつ、霊夢が俺に視線を向ける。
「で、今日はどうするのよ?」
「うむ、折角来たんだ。色々と見て回りたいところだな。二人はどうするんだ?」
霊夢と魔理沙を交互に見る。先に答えたのは魔理沙だった。ミルクを飲み干し「ふぅ……」と一息つく。
「私は帰って寝直すことにするぜ。眠くして仕方ないや」
「私も神社に戻るわ。といっても寝るわけじゃないけど」
魔理沙も霊夢も帰るのか。じゃあ二人には案内を頼めそうにないな。
というわけで、俺はアリスに向き直り、パンッと手を合わせてお願いする。
「アリス、幻想郷を案内してくれないか? このとーり!」
「ふふ、大げさねぇ。ええ、もちろんよ」
くすくすと笑うアリスが可愛くて、それだけで十分元気が出る。
その後、朝食を食べ終わり、魔理沙達を見送ってから、俺達も家を出た。
まさかアリスに抱えられて運ばれるわけにもいかないので、アリスと二人、肩を並べて歩く。自転車でもあれば二人乗りできるんだけどな。誠に遺憾である。
魔法の森を抜け、辺りが緑一面の平原に出る。その中を突っ切るように、どこまでも続く一本の道を、のんびりと進む。長閑な日和が温かく、時折聞こえる小鳥のさえずりが耳に心地よい。今更だが、これってデートっぽくないか? 今まで合コンやらナンパやらは結構やってきたけど、デートというのは珍しい。しかも相手はアリスときたもんだ。ヤバいね。
「いやぁ、素晴らしい天気だなー」
空を仰ぎ見る。まるで今の俺の気持ちを代弁してくれるかのようだ。青い空。白い雲。そして……
「春ですよー」
真っ白い洋服と、同じく真っ白い帽子を被った、山吹色の長髪の女の子。
「……………何アレ」
俺の呟きに、アリスも空を見上げる。「あぁ……」と謎の浮遊少女に気付き、教えてくれた。
「春告げ精ね。リリーホワイトだったかしら。春になると、ああやって春の到来を告げて回っているのよ」
「ふむ、幻想郷特有の風物詩ってところか。いきなり変なのに遭遇してしまったな」
リリーとかいう女の子は、山の方へ向かって飛んでいき、やがて肉眼では認識できないところまで行ってしまった。
「此処が人里よ。お店とか、寺子屋なんかもあるわね」
「寺子屋? ああ、学校か」
アリスに連れられ、最初にやってきたのは人里だった。話には聞いていたけど、やっぱり実物は見てみたかったし。それに、今後とも頻繁に来ることになるだろう。
にしても、想像はしていたが、見渡す限り、自動車はもちろん走っておらず、和服を着た人々が歩き回っている。水戸黄門の時代を彷彿とさせる。そんな古き良き日本の光景が目の前に広がっていた。お、あそこにあるのは八百屋か。その隣が団子屋で、あっちにあるのは蕎麦屋か。
キョロキョロと視線を巡らしながら足を進める。ふと、気になる店を見つけたのか、不意にアリスが立ち止まった。
「ねぇ優斗、あそこ行きましょう?」
「どれどれ?」
俺は、彼女の指差した方向に視線を向ける。その先にあるのは、
「あれは、雑貨屋か?」
現代風に言い換えるなら、ファンシーショップってやつか。俺は行ったことないが。
というわけで、俺達は雑貨屋に向けて足を進めた。
「あははっ! 似合う似合う! 可愛いわよ、優斗」
嬉しそうに手を叩きながら、満面の笑みを浮かべるアリス。それ自体は非常に可愛いのだが……
「いやいやいや、んなわけないでしょーが。超恥ずかしいんですけど!」
何が起こっているか説明しなければなるまい。事の展開は以下の通りだ。
店内を物色していたら、いきなりアリスが「優斗、コレ付けてみて」と、俺に抵抗する暇さえ与えず、ある物を俺の頭に装着させてきたのだ。そのある物というのが、櫛状になっている髪飾りだった。しかも、めっちゃ花柄。どうみても間違いなく女性向け。
というわけで、現在店内には女物の装飾品を身に着けた成人男性という、色々と問題ありな存在が一匹ほど紛れ込んでいた。なんという羞恥プレイ。
「優斗の髪って面白いわね、ツンツンしてて。生まれつきこうなの?」
満足したのか、俺の頭に付いている髪飾りを外し、元の場所に戻しながら、アリスが聞いてきた。
「おう、そうだぞ。あー、だけど色は茶色く染めてあるんだ。元は黒なんよ」
「へぇ、そうなのね」
固い髪質が珍しいのか、感心した様子。それとも染めているのが珍しいのだろうか?
ふと、アリスがさっき戻した髪飾りの隣に置いてあった商品を見て「あ、コレいいわね」と興味を抱いた。そこにあったのは、
「裁縫セット?」
ポケットサイズの小さな裁縫セットだった。マッチ箱くらいの大きさの箱の中に、縫い針やら数色の糸やらミニマムなはさみやら、必要な道具が入っていた。
確かに、人形作り(なんと上海はアリスの手作りだそうだ。他にも家に何体もいた)を生業とするアリスにとって、これは便利な品かもしれない。
すると、さっきから俺達の様子を見ていた店主が、カウンターで頬杖を突きながら、営業スマイルとは程遠い、ニヤニヤとした笑みで声をかけてきた。
「兄ちゃん、買ってやんなよ。可愛い彼女にプレゼントしな」
「ふぇえええ!? か、彼女ってわけじゃ……!」
おっちゃんの言葉に、アリスは耳まで真っ赤になってしまった。両手をぶんぶんと振って、必死に否定しようとしている。だが残念なことに、テンパっているのが丸わかりだ。
ふむ……そうだな。よし、決めた! 俺は高らかに宣言する。
「その商品、買った!!」
「おっ! 兄ちゃんイイ男だねぇ~。毎度ありー」
俺の決断に満足したのか、豪快に笑うおっちゃん。裁縫セットを手に取り、カウンターまで持っていき会計を済ませる。会計の際、店主が「兄ちゃんの男気にサービスだ」と言って、こっそり割引してくれた。おっちゃん、あんたも漢だよ……
そして、俺は購入した裁縫セットをアリスに手渡した。
「ほい、アリス。俺からのプレゼントだ」
「優斗……いいの?」
アリスは、受け取ったものの、どうすればいいのか分からない、といった様子。突然の出来事に戸惑っているといった方が正しいのか。
だから俺は、ニヤリと笑い、ちょっとおどけて見せた。
「まぁ、アレだ。これから居候させてもらうお礼ってことにしといてくれ」
「うん……ありがとう」
そう言って、アリスは小さな箱を両手で大事そうに包み、野花が咲くような可愛らしい笑顔を見せた。もう、それだけで俺ァお腹いっぱいです。
……何か、おっちゃんの笑みが気持ち悪いくらいのニタニタしたものになっていたが、気にしないことにした。
つづく
片方のおみくじに「失物 出ない」と書かれていたせいか、最近よく物が紛失します。これが神の力か……!
これを読んでくださった貴公はおみくじ引きましたかな?