東方人形誌   作:サイドカー

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自分が想像していた以上に長くなった(茫然)

だけど今日も上々に、あなたの隣人サイドカーでございます。
前回のあとがきのとおり、今回で永遠亭編は完結となります。

8000字くらいありますが、ごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。


第四十五話 「月に願いを」

 偶然なのかはたまた狙ったのか、霊夢と魔理沙が見舞いに来てくれたあの日以来、さながら日替わりメニューのごとく代わる代わる誰かしらが永遠亭を訪問するようになった。

 

 ○月□日△曜日、朝。

 病室でアリスと他愛のない話に花を咲かせていたら、彼女達がやってきた。

「お邪魔するよ。具合はどうかな?」

「あんれま、慧音さんじゃないっすか。それに……」

「ご無沙汰しております、天駆様。その節は本当にありがとうございました」

「どうも~、鈴奈庵の看板娘がお見舞いに来ましたよ! お元気でしたか?」

「こんにちは。優斗のお見舞いに来てくれたの? ありがとう」

 本日のお客さんは人里の主要人物たち。寺子屋の教師を務める慧音さん、稗田家の当主であらせられる阿求様、自称(といってもその通りなのだが)鈴奈庵の看板娘こと小鈴の三人。聞けば、永遠亭の門までは彼女達の護衛と道案内を兼ねて妹紅が一緒にいたらしいが、目的地まで送り届けたら仕事は済んだと言わんばかりに一人先に帰ってしまったらしい。なにそのイケメン。

 その後、彼女達が差し入れに持ってきてくれた果物詰め合わせセットを本日のおやつに、かぐや姫主催の人生ゲーム大会が行われた。阿求様がトップで上がったことに誰もが内心たまげたのは秘密である。ついでにいうと、リンゴはアリスがウサギさんカットにしてくれた。色んな意味でうまかった。

 

 ○月◇日▽曜日、昼。

 輝夜から借りたオセロでアリスと対戦(俺全敗中)していると、新聞屋さんがやってきた。

「毎度お馴染み清く正しい射命丸です! 今日は二人の可憐な少女を守り抜いたナイト様に突撃取材に来ました! とりあえず瀕死の重傷を負ったことにしときますね」

「待て待て待て、瀕死の重傷だったらインタビューできないだろう。そこは『掠り傷だ』つって夕暮れの街に去りゆく背中とかそんな感じでよろぴく」

「あやや、ハードボイルドな演出がお好みでしたか。悪くはないんですが、ちょっとインパクトに欠けますね。どうしたらいいと思いますアリスさん?」

「普通にありのままを書きなさいよ……」

 確かに。

 

 ○月O日0曜日、夜。

 中庭で兎達と戯れるアリスの可愛さに悶絶しているところに、吸血鬼とメイドさんがやってきた。

「天狗の新聞を見たから来てみたけど、本当に入院していたとはね。生身で雑魚と殴り合ったんですって? あまり優雅とは言えないわね」

「お嬢様、彼は霊夢と違って一般人である点をお忘れなく。優斗様、お加減はいかがですか?」

「いやー、ハハハ。咲夜さんの美しいお顔を見れたおかげで元気百倍――あででででッ!? ちょ、アリス!?」

「…………ふんっだ」

「やれやれ、どこにいっても貴方達は相変わらずね。とにかく、フランも会いたがっているから早く治して紅魔館に来なさい。これは命令よ」

「ら、らじゃー……」

 

 そこからさらにカレンダーが経過し、某日。ついに永琳先生から完治した旨を言い渡された俺は、いよいよ退院を翌日に控える次第と相成った。

 

 最終日in入院生活、その晩。

 俺の退院祝いと称したいつもより豪勢かつ賑やかな夕食も終えた。あとは明日に備えて寝るだけなのだが、すぐに寝るのもどこか勿体ない。

 というわけで、俺とアリスは二人で縁側に腰掛けて月見酒としゃれ込んでいた。すっかり夜も更けて辺りは静まり返っている。今宵は夜空もよく映えて、その中でもひときわ目立つ真ん丸のお月様が俺達を見下ろしていた。竹林と満月、まさに竹取物語の舞台だと思ったが、よくよく考えればご本人がいるんだった。うっかり、うっかり。

 ふと俺とアリスが仲直りした日の宴会の記憶が蘇った。あの夜も縁側に座って満月を眺めていたっけ。彼女と二人きりで……野次馬はいたけど。

「何だかあっという間だったわね」

「そうだなぁ。皆で飯食ってゲームして霊夢達が遊びに来たりもして、今思えば完全にホームステイだったけど、おかげでスゲー楽しかったよ」

「もう、ちゃんと反省してる? 次また同じようなことやったら本気で怒るからね」

「イエス、マム。っと、アリスの空になってるじゃないか。ささ、どうぞどうぞ」

「ありがと。ほら、私からもお酌してあげるからお猪口出して?」

「サンキュ」

 古き良き日本を体現した情緒ある庭園と黄金の丸を肴に酒を嗜む。加えて、月明かりに照らされた少女の横顔はいつにも増して美しかった。

 ついつい見惚れていると、アリスも俺の視線に気付いてこちらを向く。不思議そうに首を傾げる仕草が、もうグレートに可愛いです。

「どうしたの?」

「ん、綺麗だと思ってさ」

「そう。確かに今夜は特に綺麗なお月様ね。まるで絵画みたい」

「……ま、いっか」

 わざわざ訂正するのもどうかと思い、あえて何も言わないでおく。なんとなく、今はこの心地良さを味わっていたい気分だった。

 

「話し声がするから来てみれば、良いもの持っているわね」

 

「おっす、鈴仙。一緒にどうだ?」

「いただくわ。アリス、となり失礼するわね」

「ええ、どうぞ」

 どうやら我々の会話が聞こえていたらしい。声をかけられ振り返れば、鈴仙・優曇華院・イナバが後ろに立っていた。せっかくなので彼女にもお誘いをかける。こんなこともあろうかとお猪口は余分に用意しておいたのだ。その辺は抜かりないぜ。

 律儀にもアリスに一言告げてから、ウサミミ少女は人形遣いの左側に腰を下ろした。むむむ、こりゃ失敗したか。俺とアリスのポジションが逆だったら両手に花だったのに。誠に遺憾である。

 己の浅はかさを悔いていると、鈴仙がこちらに酒の入ったお猪口を差し出してきた。

「一日早いけど、退院おめでとう。アリスも色々と手伝ってくれてありがとね」

「ああ、俺の方こそ世話になった。サンキューでした」

「ふふっ。それじゃあ、鈴仙も加わったことだし改めて――」

『乾杯』

 陶器を交わす軽やかな音が夜の空気に染み込んでいく。杯を口元に運べば、仄かに香るは日本酒特有の匂い。ちなみにこのお酒、永琳先生にもらった一品なのだがコレがまたビックリするほど上質でウマい。先生曰はく決して洗練させないであくまで複雑な味とのことだったが、なるほど納得こいつぁすげーや。こんなにイイ酒をもらってもいいのかと尋ねたところ、なんでもお詫びらしい。俺自身まったく身に覚えがないのでアリスに聞いてみたら、知らない!と顔を赤くしてそっぽを向かれてしまった。どゆことなの。

 意外にも真っ先に飲み干したのは鈴仙だった。立て続けに彼女は空になった杯を俺に向ける。

「天駆さん、もう一杯もらってもいい?」

「あたぼうよ、一杯と言わず好きなだけ飲んでくれ」

「言ったわね? だったら遠慮しないわよ」

「いいとも、今夜は無礼講だ。そもそも可愛い女の子の頼みを俺が断るわけないって」

 いやはや、美少女二人と月見酒とは素晴らしき哉。そう、本来なら文句などつけようもなく満足な筈なのだ。

 ところが、実を言うとひとつの小さな疑問が頭に引っかかっていた。

 鈴仙の飲む速度がやけに早い気がしてならない。いや、単純に今日は飲みたい気分なのかもしれないし、酒が反則級に美味だからというのも理由として考えられる。だが、その飲み方は正直いって彼女にしては珍しい。変、とまでは言わないが違和感に近いものがあった。まるで何かを忘れたくてヤケ酒しているみたいじゃないか。

 瞬く間に二杯目を飲み終えた鈴仙は、ほう、と一息つくとおもむろに夜空を仰ぎ見た。狂気を操るという彼女の眼に映っているもの。それが何であるのかを察するのは容易い。

 その横顔はどこか寂しげで、そして哀しげだった。

 やがて、憂いの表情とは裏腹に普段通りの軽い調子で少女は問いを投げかける。

「ね、知ってる? 月には兎が住んでいるのよ」

「俺がいた世界でも言われていたよ。まぁ、小さい子供に聞かせるおとぎ話の世界だけどさ。そういや鈴仙も月にいたんだっけ?」

 俺がそう返すと、彼女は遠く――月を見上げたまま答えた。

 

「そう、私は月の兎。いいえ、月から逃げてきた臆病者……それが今の私よ」

 

「鈴仙……」

 アリスが悲しそうな声で彼女の名を呟く。たぶん永琳先生から何かしら聞いているのだろうと、彼女の様子をヒントに直感が告げる。だけどさ、だからってアリスまで辛そうな顔しないでくれよ。

 心配の眼差しを受けて鈴仙は大丈夫と言いたげに笑った。それはあまりに力なく、触れれば崩れてしまいそうなくらいに脆い、俺には泣き顔にしか見えない笑顔だった。

 

 ……すぐ目の前にいる女の子がそんな顔しているのを見て黙っているなんて、俺にできるわけないだろうが。

 

「あは……ごめん、気分悪くさせちゃったわね。私はもう行くからあとは二人でごゆっくり」

「あっ、あのね、鈴仙――」

「続けよ」

『え?』

 立ち去ろうとする鈴仙を引き留めるアリスの声が俺の声に上書きされる。少女達が意表を突かれた顔で揃ってこちらを見た。やべ、半ばノリで気取った言い方をしてしまったのが今さらになってハズくなってきたぞ。ええい、しっかりせんかい俺!

 気合入れに手元に残っていた酒をぐいっと一気に煽る。その勢いに任せて続きを促した。

「何か悩んでいるんだろ? 案外こういうのは話してみたらスッキリしたりするもんだ。言ったろ、今日は無礼講だって。内容が愚痴でも一向に構わん。少なくとも、ここで鈴仙が退場する方がよっぽど気分悪いっすよ僕ぁね」

「ねぇ、鈴仙。私からもお願い……話してくれない? 苦しいのなら、辛いのなら、私もあなたの力になりたいの」

「天駆さん……アリス……」

 俺達の気持ちが届いたのか、鈴仙は足を止めてその場に立ち尽くす。しばらくして、彼女は再びアリスの隣に座りなおした。それを見てアリスが安堵したように微笑む。が、すぐに真剣な顔つきになり鈴仙が話し始めるのを待った。

 そして、自らを臆病者だと評した少女は秘めていた胸の内を打ち明けていく。ぽつぽつと、少しずつ絞り出していく。

 

「ずっと前にね、戦争があったの。地上の民が月に攻め込んでくる……そういう話だった。月の兵隊は玉兎――ああ、月の兎のことね。もちろん私もそのうちの一人だったわ。その時が来たら戦わなきゃいけない。だけどね……」

 

 沈黙が訪れる。抑え込んでいた感情が言葉と一緒に詰まっているのだろう。うつむき、膝の上に乗せた拳は固く握りしめられていた。肩も震えている。俺もアリスも黙って彼女を待ち続けた。

 「だけど、ね……」間もなくして少女の口から告げられたのは、不安と後悔と悲哀と、どこまでも追いつめる自責の念だった。

 

「逃げちゃったの……ッ! 戦争が怖くて、死ぬかもしれないのが怖くて……ッ! 仲間も仕えていた主も見捨てて自分だけ助かろうとした! 結果からいえば月が滅ぶことはなかったわ。だけど私が裏切り者だってことは変わらない、もう誰も私を許してくれない……もう私の居場所なんてどこにもないのよ!!」

 

 慟哭。鈴仙の頬をいくつもの滴が伝っていき零れ落ちる。ようやく見せてくれた彼女の心の奥底にある気持ち。鈴仙はずっと自分を責めていたのだろう。みんなの前で見せる屈託のない笑顔の裏側で、この少女は涙を流さずに泣いていたのだろう。満月を見つめ、たった一人で。

 

 この少女に対して俺ができることは何だ? 何ができる?

 気にしすぎだと、君のせいじゃないよと優しく慰める。そういうのもあるだろう。だがしかし、あいにく俺の答えは違った。

 話を聞いていてわかった。彼女もまた俺と似た者同士だと。ならば、俺にやれるのはただ一つ。そもそも気分屋で道化な自称紳士にそんなイケメンな方法できるかい。

 先ほど鈴仙が言っていた。自分は逃げたんだと。居場所はどこにもないと。だったら――

 

「ご、ごめんね。やっぱり私戻る――」

「ある部隊があってな」

「え……?」

「優斗……?」

 元軍人なのもあってか、「部隊」という単語に鈴仙のウサミミがピクリと反応した。いきなり話題を変えてきたせいでアリスも困惑している。彼女達の視線を受けながらも俺は話を続けた。カボチャとハサミのマークを思い返しながら。

「部隊っていっても敵兵を潰すガチな戦闘タイプじゃなくて、むしろ戦争が終わってからが本番なんだ。『戦災復興』――飢餓とか疫病とか、そういうので困っている人々を助けるのが任務だと」

「…………いいわね、それ。私なんかとは全然違う」

「ぬぁーに言ってんだ、同じだべ? 鈴仙が薬売りに人里に来てくれるから、怪我したり病気したりしても自宅で治療やら応急処置やらできるっしょ? 家に薬があるとないとじゃ状況が全く違うんやで。要するにだ、『みんな鈴仙に助けられているんだよ』。ついでにいえば、俺だってあのとき鈴仙がいなかったらどうなっていたか分からんしな」

「――ッ!!」

 おそらく本人にとっては思いがけなかったであろう発想に、鈴仙が息をのむ。

 よいしょ、と縁側から腰を上げて中庭に出る。それから今度は俺が満月を仰いだ。

「その部隊の少尉さんが言っていた、『遠くを見るな、前を見ろ』って。月ばかり見るな、そんで幻想郷で鈴仙に救われている連中がいるのも忘れたらいかん。アーユーオーケー? ……あ、間違えた。こほん、ドゥーユーアンダスタン?」

 なんてことない。俺にできることはこれくらい……じゃなくて、これだけでよかったんだ。

 鈴仙を必要としている人が幻想郷にいるのを、鈴仙の居場所が此処にあるのを気付かせるだけでいい。彼女が求めていたものはすでに揃っていたのだから。まるで幸せの青い鳥だな。

 そう思ったら可笑しくて、ふっと表情が緩んだ。最後に、依然背を向けたままなのだが言いたかったことを言わせてもらう。

「まぁ、どーしても月に心残りがあるなら一度行って謝ってくればいい。もし一人で不安なら俺達もついていくし、一緒に土下座でもなんでもしたる。で、すっきり仲直りしたら幻想郷に……永遠亭に帰ろうぜ。お前はもう月の兎じゃなくて心身ともに地上に降りてきた地上の兎だよ」

 全部言い切った達成感を胸に、ポケットからタバコを取り出し一本咥えて火をつける。深く息吐くと、一緒に出た紫煙が風に乗って流れてやがて霧散していった。

 結局のところ、こいしのときと一緒なんだよな。俺がやったのは彼女に自分の理想を押し付けたようなもんだ。本当、何やってんだろうね。自分自身が解決していないというのに。

 自嘲の笑みを浮かべそうになり、おっとこいつぁいかんと負の感情を振り払う。俺までネガティブフェイスになっていたら元も子もない。とはいえ、このクッサイ話が鈴仙の苦しみを和らげることができたのかちょっち不安だが。まぁ、あとはアリスにバトンタッチ。

 後ろを振り返れば、アリスが鈴仙に優しく微笑みかけていた。

「鈴仙、膝枕してあげる」

「ぃ、いいって……」

「いいから、いいから。いらっしゃい」

 鈴仙が戸惑っている間にアリスは自身の膝の上に彼女の頭を乗せる。穏やかな笑みを浮かべたまま、アリスは少女の長い髪に手櫛を入れていく。母親が子の頭を撫でるときにも似た、温もりと慈しみが籠っている手だった。手櫛を続けながらアリスもまた鈴仙に語りかける。

「永遠亭にはあなたがいないと。それは永琳達も同じ気持ち、あなた達は家族なんだもの。……本当言うとね、永琳に相談されていたの。鈴仙のことが心配だって」

「師匠に……?」

「ええ。だけどね、頼まれたからってだけじゃないのよ? 私だって鈴仙がいなくなったりしたら寂しいもの」

「…………もー、二人ともお人好しなんだから。このお似合いカップル」

「か、からかうんじゃないの」

「あはは、ゴメンゴメン」

 冗談っぽく笑う鈴仙の瞳からまたもや一筋の滴が流れる。だけど、今度は喜びを含む温かさがあった。見ればわかる。なぜなら、「本物の」いつもの笑顔に戻った少女の口が「ありがとう」と紡いでいたのだから。

 もう一度だけ夜空を見上げ、まだ見ぬ月の住民達に向けてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。顔も名前も知らないけれど、鈴仙の仲間だというなら悪い奴はおるまい。いるとすれば美人や美少女に決まっている。だから、

「あんた達の方から遊びに来てもええんやで?」

 

「あら、楽しそうね。主治医を差し置いて祝い酒かしら?」

「なにー? 三人でこっそり秘密の酒盛りなんかしちゃってズルいじゃない」

「抜け駆けは許さんウサ」

 

「お?」

 みんな寝静まった夜かと思いきや、永遠亭の皆さんが揃いも揃ってぞろぞろと集まってきた。何でぇ、起きてたんですかい。しかも追加の酒にお猪口にお団子と、各々が手にしている品々から察するに参加する気満々みたいっすね。

 ついでに、アリスに膝枕してもらっていたのを家族に見られたのが恥ずかしかったのか、鈴仙が慌てながら体を起こしたこともここに付け加えておこう。

「あーらら、なんだかんだで全員集合しちゃいましたなぁ」

「なに言っているのよ。ほら、私にお酌しなさい天駆。あとお団子取ってきて、一番大きいやつね」

「ほれほれ、姫様の次は私にもやるウサ」

「いきなりパシってきたよこの人達!? よかろうですとも!」

「天駆さんはそれでいいんだ……」

 

 やいのやいのと騒がしくなった縁側の一角にて。ニコニコと楽しげに皆を見守るアリス・マーガトロイドに八意永琳がこっそり近寄り、こそっと小さく耳打ちした。

「アリス、どうもありがとう」

「どういたしまして……と言いたいところだけど私は何もしていないわ。ほんのちょっと膝を貸しただけよ。それよりも飲みましょう?」

「ふふ、そうね。今夜のお酒は一段と美味しく頂けそうです」

 

 みんなで呑んで騒いで大いに笑って、月見酒というには趣もあったもんじゃなかったけれど。たくさんの笑顔に囲まれたその宴。シアワセは月よりも高く、もしかしたら彼らにも届いていたのかもしれない。

 

 

 翌朝。

 永琳先生や鈴仙、輝夜とてゐに見送られて俺達は永遠亭を後にした。ビックリなことに入院費とか治療費とかは稗田家が全額払ってくれたらしい。阿求様マジ感謝。

 屋敷を出てすぐ、大きな籠を背負った妹紅が俺達を待っていた。慧音先生が事前に俺の退院日を彼女に教え、道案内をするよう頼んでくれたそうな。いやはや面目ない。

 「焼き鳥屋もこたんの健康講義」に相槌を打ちつつ(ただし寒中水泳はご免こうむりたい)、妹紅を先頭に竹林を進むこと幾しばらく。ついに竹林を抜けた途端、眩しい日差しに思わず目を瞑った。目が、目がぁあ。

 そんな俺のリアクションなど気にも留めず、「ああそうだ」と妹紅は背負っていた籠を下ろし丸ごと俺に渡してきた。

「これは私からの退院祝い、新鮮とれたてのタケノコだよ」

「あ、あざっす」

「道案内してもらったうえに食材まで……ありがとう、ちゃんと今度お礼するからね」

「気にしなくていいよ、ここに居ればすぐに手に入るものだから。強いて言うなら、また店に来てほしいかな。それじゃ」

 そう言って妹紅は去って行った。ヒラヒラと片手を振りながら遠くなっていく背中を見送る。あらやだカッコいい。

 

 やがてクールな焼き鳥屋さんの後ろ姿が完全に見えなくなったところで、「うーん!」と盛大に体を伸ばした。あわせてコキコキと全身をほぐしながら、アリスに声をかける。

「さーてと、俺達も行くか」

「うん、今日はどこに行く?」

「そうだな……ちょうど食材が大量に手に入ったし、博麗神社でタケノコパーティーしようぜ。そんでもって魔理沙からキノコを持ってきてもらえば完璧なコラボレーションの出来上がりってな」

「タケノコパーティー、ね。いいんじゃない? きっと他にも集まってくるだろうから、全部使い切っちゃうかもしれないわね」

「いつものパターンですねわかります」

 容易に描ける未来予想図に二人で笑い合いながら、紅白巫女が住む神社を目指して歩き出す。どこまでも広い青空。日差しは強く、気温もさらに高くなりそうだ。

 

 俺が幻想郷に来てから最初の夏、その始まりはすぐそこまで訪れていた。

 

 

つづく

 




夏は近い ←久石譲「Summer」を聴きながら
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