東方人形誌   作:サイドカー

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僕はね、アリスに耳掃除してもらいたかった……
ただ、それだけだったんだ……

WARNING!
サイドカーの発作が発症してしまったため、いつにも増してアレな感じになっています
「構わん、やれ」という方は、ゆっくりしていってくださいまし



第五十三話 「愛を込めた花束を」

 目が眩むような日本晴れが続く夏の昼下がり。博麗神社の家屋、その居間でアリスと霊夢が外の景色を楽しみながらお茶を啜っていた。障子を全開にして風通しを良くしたおかげで、時折涼しげな風が部屋に流れ込んでくる。軒先に吊るされた風鈴が高い音色を鳴らした。

 長閑なひとときにアリスが表情を和らげる。

「今日も良い天気ね」

「本当、洗濯物がよく乾きそうだわ。咲夜とか妖夢あたりが喜ぶわね」

「冥界も雨が降ったりするのかしら?」

「さあ? 空があるなら降るんじゃないの? ちゃんと朝も夜もくるし、その辺は一緒なんでしょ多分」

 二人が手にしている湯呑からは湯気が立っている。たとえ最高気温を更新する真夏日であろうとお茶は熱めにするのが霊夢のこだわりだ。ただし麦茶は例外。キンキンに冷やして飲むに限る。氷入りの麦茶が最高なのだが、氷精が神社に来たときくらいしか飲めないのが悔やまれる。

 と、渡り廊下の方からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。音から察するに相手は一人、誰なのか大体の見当はつく。

 ほどなくして、やはりというか金髪白黒ファッションの少女がひょっこりと顔を出した。太陽に負けず劣らずの元気スマイルが相変わらず彼女らしい。

「よっ、遊びに来たぜ! とりあえずアリス、喉乾いたからお茶くれ。霊夢に頼んでも自分でやれとしか言わないんだよ」

「だから自分でやりなさいっての。なにアリスにお願いしてるのよ、厚かましいわね」

「別にいいわよ。霊夢はお茶のおかわりいる?」

「いる!」

「霊夢お前、よく私に厚かましいとか言えるなオイ……?」

 ちょっと待っててね、と告げてアリスは調理場に向かう。勝手知ったる何とやら、たまにご飯を作ったりもするため家主と同じくらい台所を把握している。ちなみに優斗は香霖堂で仕事中につき、今は仲良し三人娘が揃った状況だ。

 お盆にお茶を乗せて戻ってきたアリスから湯呑を受け取る。ふーふーと冷まして適温にした後、ズズーッと大きな音を立てた。「ぷはーっ」とまるで風呂上りの牛乳を彷彿とさせる息を吐き、魔理沙は中身が半分以上減った湯呑を卓袱台に置いた。

「よし、お茶のお礼に私が有益な情報を教えてやるぜ」

「有益な情報?」

 アリスがオウム返しに尋ねる。魔理沙は持ち前の性格もあって探究心が強い。毎日のように箒に跨って幻想郷中を駆け巡り、色々なものを見つけたり拾い集めたりしている。そのせいで家が散らかり放題なのは年頃の乙女としてどうかと思うのだが、彼女自身は全く気にしていない。

 イタズラっぽい表情とともに魔理沙が続ける。

「さっき香霖堂で盗み聞きしてきたんだが」

「あんた本格的にドロボーになりつつあるわね」

「失敬だな。今日はたまたま窓から静かに入ろうとしただけだぜ」

「訂正するわ。あんたもう立派なドロボーよ」

「ところで魔理沙、また紅魔館から持ち出した本そろそろ返した方が良いわよ? この間咲夜が『今度取り立てに行きますわ』って言ってたから」

「げげ。あいつ時間止めて回収するからいつの間にか全部無くなってるんだよな。しかもたまに掃除もしていくから、せっかく集めたコレクションまで一緒に捨てられるしたまったもんじゃ……って違う! 今はそんなのはどうでもいいんだぜ!」

 まるで母親に自室を勝手に掃除されて怒る男子中学生みたいな言い分を繰り広げる白黒魔法使い。だが途中で当初の話題を思い出して半ば強引に路線を戻した。どのみち彼女の自宅にメイド長が家庭訪問する日はそう遠くなさそうだ。

 ごほん、と咳払いをして魔理沙が再び話し始める。

「いいから聞くんだぜ。優斗と香霖が面白い話をしててさ――」

 以下、普通の魔法使いによる回想シーンをお楽しみください。

 

 

『ときに霖之助さんや、可愛い女の子に耳掃除してもらいたいと思ったことはありませんかね?』

『いや別に。それよりも珍しい道具が手に入る方が僕にとっては有意義だと思うね』

『何ば言うとっとですか男のロマンっすよ! 偉い人(=店長=森近霖之助)にはそれが分からんのですか!? 全国の青少年が一度は夢見るイベントですぞ!』

『なんというか、今日も好調だね。要するに、君は女性から耳掃除を受けたくて仕方がないという解釈で合っているかい?』

『イエス、イグザクトリー! そりゃもう、俺ほどイチャラブ体験を今か今かと待ちわびている男はいないっすよ』

『うん、君は一度自分の日常生活を客観的に見てみるのをお勧めするよ』

 

 

「つまり優斗は『誰か』に耳掃除をしてもらいたくて密かに期待しているってわけだぜ」

「へー、思ってた以上にイイ情報じゃない。ね、アリス?」

「ふぇえ!? な、なんでそこで私に振るのよ?」

 魔理沙の回想を聞いて何やら考えに耽っていたアリスだったが、霊夢から急に話を向けられて驚いた反応で顔を上げた。声が上ずった辺り、明らかに挙動不審になっている。

 仄かに頬を赤らめている人形遣いを、紅白巫女は意味ありげなニヤケ顔とこれまた意味ありげなトーンでからかった。

「さー、なんでかしらねー?」

「も、もう! 霊夢の意地悪ッ!」

 

 

 夜、バイトから帰宅した俺は自室でダラダラと寛いでいた。

 本日も香霖堂は売上なし。掃除と講義(題目「萌えとはなんたるか」)くらいしかしていない。にも拘わらずバイト代を用意してくれるのはありがたい一方、店員としては心配である。大丈夫なのか、香霖堂。

 しかしまぁ、霖之助さんの花より団子もとい女の子より骨董品な性格にはたまげる。俺には到底たどり着けない領域だぜ。もし俺が美少女に興味を示さなくなったら……うむ、そいつぜってー偽物だわ。ばっかもーん、そいつがルパンだ! あとクラリスが正統派美少女すぎて生きるのが辛い。

 窓の外からはフクロウの高いとも低いともつかない鳴き声が聞こえてくる。カーテンを捲れば星がぽつぽつと散らばる夜空が目に映る。ハム太郎なら飼い主の少女が日記を書いて今日は楽しかったねとか言う時間帯をとっくに過ぎている。ところでハムスターってなしてあんなに脱走したがるの? 自由な俺たちは何者にも縛られねぇ的な熱いパッションの持ち主なの? レジスタンスやね。鉄華団できそう。

「今度さとりんに聞いてみるか、動物の心も読めるらしいし。……ふぁ~あ。さぁてと、ぼちぼち寝るとしますかね」

 そう思った矢先、部屋の入り口が外側からコンコンと叩かれた。

 

『優斗、まだ起きてる?』

 

「アリス? ああ、入ってきてくれ」

 夜更けにアリスが部屋を訪ねてくるとは珍しい。何かあったのかしら。

 部屋に入るように告げると、「お邪魔します……」となぜか控えめにアリスが扉を開けた。彼女が着ていたのは普段着の青い洋服ではなく薄桃色のパジャマ。淡い色合いがやさしく可愛らしいデザインがアリスの容姿によく似合う。ちょうど風呂から上がったばかりだったようで、ほんのり上気した柔肌としっとり濡れた金色の髪が目についた。やばい、可愛いだけじゃなくて色っぽい。湯上り姿のアリスに見つめられてうっかり鼻血が出そうになったのは皆には内緒だよ?

「どうしたね? 寝る前の一杯に付き合ってほしいとか?」

「ぇ、えっと、あっ、あのね……今日、魔理沙から聞いたんだけど、優斗が耳掃除されたがっているって……」

「おうふ、アレ聞かれてたんか。つーかご丁寧にもアリスに教えたのか」

 

「うん。だから……ね? その、私でよければしてあげようかな、なんて」

 

「なん……だと……ッ!?」

 見れば確かにアリスの手には綿玉つきの耳かきとちり紙があった。言った手前もあり、モジモジと照れ気味に佇んでいる。だけど恥ずかしさに耐え切れず「やっぱりなし!」と言ったりはしない。

 本当に、耳掃除するためにこんな時間にわざわざ俺のところまで来てくれたのか。アリスの……耳掃除……

 

 この世界に神はいたんだよ刹那!

 

 俺たち=ガンダムの名言を残したイノベーターに謎報告。思わずトランザムして夜空の向こう側へランナウェイしかけるが、そしたら舞い降りた奇跡をみすみす逃すはめになるので昂ぶる本能を全力で押さえつける。

 俺が口を開くよりも先に、アリスは部屋の中央にあるベッドまで移動して腰を下ろす。隣にちり紙を置くと、いつでもどうぞと言いたげに自分の膝をポンポンと叩いた。

「来て……?」

「行きまぁす!」

 ルパンダイブではないが、迷いの欠片もない一直線スライディングでベッドに横たわる。そのまま少女の太腿に頭を乗せた。

 柔らかい。ほんの少し前まで湯船に浸かっていたから、寝間着を通して伝わってくる体温が高く感じる。花の香りにも似た、ふわっと甘い匂いが鼻孔をくすぐる。着ているものも彼女が選んだ布地で作られただけあって、頬ずりしたくなるほどにスベスベな肌触りだ。

 これらがすべてアリスのものだと思うと、顔が火照るのとニヤけてくるのが抑えられない。横を向いているせいで分からないが、彼女の方は今どんな表情をしているのか気になる。

「くすぐったいかもしれないけど動いちゃダメよ」

「ああ、そもそも幸せすぎて動きたくない。ここが夢の世界だというのなら現実のアリスに起こしてもらうまでこのままがイイっす」

「へ、変なこと言わないの」

 叱りつつもアリスが耳掃除を始める。耳かきを動かして俺の耳の中をカリカリと掻いていく。くすぐったいが、それすらも含めて気分はまさに夢心地。なんつーかもう、耳が幸せです。

 これといった会話もなく、穏やかな時がゆったりと流れていく。安らぐ雰囲気と間近で感じられるアリスの温もりに身を委ねて瞼を閉じる。あまりの気持ちよさに、ついうとうとして……

 

「ふぅー……」

「あひゃひゃぁあ!?」

 

 いきなり耳に吹きかけられたアリスの吐息によって一気に目を開いた。さながら春風が素肌を撫でるようなむず痒さに我慢できず、アホの子っぽい反応をしてしまった。驚いた拍子に九十度の寝返りを打ってアリスを見ると、さも可笑しそうにクスクスと顔を綻ばせていた。

「ふふふ、優斗ったらビックリし過ぎよ。そんなにくすぐったかったの?」

「お、おう……あやうく天国へのカウントダウンが刻まれるところだったぜ」

「いくらなんでも大袈裟よ。ほら、今度は反対側だから」

 そう言ってコロンと反転させられる。されるがままに転がされたわけだが、ここで新たな懸案事項が浮上した。勘の鋭い方なら既にお気づきかもしれない。

 俺は先ほどとは逆向きで横になった。つまり、目と鼻の先どころか当たりそうなくらい至近距離にアリスのお腹があるのですね。さっき以上に彼女の体温とイイ匂いが感じられる気がしてならない。

 しかしそんなドキドキ悶絶も束の間。

「……ふぁあ、あふ」

 アリスの耳掃除が上手すぎるせいでまたしても睡魔がやってくる。その後、数分とかからず今度こそ俺の意識は沈んでいった。

 

 

「優斗……?」

 耳掃除が終わり、仕上げに軽く息を吹きかけようと顔を近づけると、スース―と規則正しい息遣いが聞こえてきた。もしかしてと思い覗いてみると、案の定すっかり眠りについている彼の寝顔があった。どうやら耳掃除が気持ちよくていつの間にか寝落ちしてしまったらしい。

「……もう少しだけ、寝かせてあげよう」

 膝の上に乗せられた青年の頭に手を添える。手のひらに当たる感触は以前触れたときとひとつも変わっていなかった。

「やっぱりチクチクしてるわね」

 耳掃除のきっかけは魔理沙と霊夢に唆されたから。でも本当はそれだけじゃない。二人には内緒にしていたが、アリス自身もまた、彼に耳掃除をしてあげたいと前から思っていた。風邪の看病と違って、する理由がないから今までチャンスはなかったけれど。

 ちょっとだけ頭を撫でてみる。すぐ傍に優斗がいて、こうして触れることもできるのがアリスは嬉しかった。

「んんー……む」

「ぁ……」

 もぞもぞと彼が身じろぎする。起きたかと思ったが、単なる寝相だったようだ。

 引き続き寝顔を眺めていると、優斗の口から寝言が発せられた。

「ん、ありすぅ……」

「!」

 まさか自分の名前が出てくるなんて思いもしなかったので、アリスは目を見開いた。一体どんな夢を見ているのやら。呼ばれたということは、ひょっとして夢の中でも一緒にいるのだろうか。

 鼓動が高鳴っていく。一度意識してしまうともうダメだった。お風呂上りとは違う熱が顔中に広がっているのがわかる。起きていても寝ていてもこちらを動揺させるなんてズルいと、アリスは頬を赤らめながらもジト目で優斗を睨んだ。

「もう、驚かせた仕返しにイタズラしちゃうんだから」

 誰にというわけでもなく言い訳して。優斗の横顔、その頬に人差し指を当ててスッと弧を描いた。それぞれの端を繋ぎ合わせるかたちで左右対称にもう一つ描く。直接は見えないけれど、線が浮かび上がれば一つのマークができるはず。指でなぞった時に込められた少女の一途な想いとして。

 もっとも、その本人はといえば、

「えへへ……な、なんてね! そ、それよりも優斗を起こさないと」

 自分にも羞恥という名のダメージがいく結果となったようで、やっぱり誰にというわけでもなく懸命に誤魔化していた。彼女がどんなイタズラをしたのか、された方には知る由もないのだが。

「こら、こんなところで寝ないの」

「んむむ……!?」

 責任転嫁とばかりに優斗の鼻を摘まむ。呼吸が苦しくなったのか眉間にしわが寄っている。数秒とかからずに目を覚ますのは間違いない。

 アリスは思う。このあと間抜けな表情で起きた彼に笑いながら言ってやるのだ。

 バカ、と。

 

 

つづく

 




アリスの寝間着を決める時、

a パジャマ
b ネグリジェ
c ワイシャツ

のどれにするかでクッソ悩んだ(妄想した)
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