せめてアニメは見てみようかしら?
ご無沙汰しております。忘れた頃にサイドカーでございます。
一ヶ月をちょいと過ぎしまいましたが、最新話投稿でございます。
此度もごゆるりと楽しんでいただけると嬉しいです。
「こんにちは。アリスさん、優斗さん」
アリスと二人で人里の大通りを歩いていたときのこと。ふいに後ろから聞き覚えのある穏やかな声に呼びかけられ、足を止めた。振り返ると、緑色の長髪と青白カラーの巫女服の風祝がニコニコと微笑んでいた。いつ見ても愛想の良さが伝わってくる、イイ笑顔だ。
「あら、早苗。こんにちは」
「ヘイルトゥユー。なんかしばらくぶりな気がするな」
「そうですね。お二人ともここ最近は守矢神社に遊びに来ていませんから。あ、別に責めているわけではないですよ? 少し前に妖怪の山まで来ていたのも知っていますし……」
そう言って早苗は何やら気まずそうにチラチラと俺に視線を向けたり逸らしたりを繰り返す。多分、いつぞやの水難事故にまつわる記事が、念写使いの手によって彼女の元にも届けられたのだろう。もう過ぎた話だし、別に今さら気に病むほどのものでもない。
その旨を早苗にも伝えると、彼女はほっとした様子を見せる。エエ娘やねぇ。さらに、ポンと両手を重ねて楽しそうに声を弾ませた。
「もしよければ、立ち話もなんですし近くでお茶にしませんか? 私オススメのところがあるんですよ。きっとアリスさんも気に入ってくれると思います」
「へぇ、早苗のオススメなんて楽しみね。優斗もそれでいい?」
「Come one」
構わん、をネイティブに発音したらこんな風になった。もちろん、可愛い女の子からのお誘いを俺が断るはずがない。いつ行くの、今でしょ。
かくして、風祝のイチオシとやらでおしゃべりと洒落込むべく、俺たちは件のお店に向かって再び歩き出した。
珈琲豆を淹れたとき独特の芳醇でほろ苦い匂いが仄かに漂う。
しっとりと、かつ軽やかなピアノの旋律が滑らかに流れていた。音は店内に置かれたレコード機材から生まれる。CDですらないというのが、いかにも幻想郷らしい。あいにく音楽には詳しくないので、ジャズなのかクラシックなのかも分からない。誠に遺憾である。
しかしながら、そっと耳を澄ませてようやく聞こえる程度の繊細なメロディーが店の空気に溶け込んでいくのは、そこいらでは味わえない上品さがあった。なかなか大人っぽい雰囲気を醸し出している場所じゃないか。
四人掛けのテーブル席に着き、軽く店内を見渡す。人里では団子もしくは饅頭に緑茶がベタなのもあって、こういう茶屋は意外と珍しい。西洋風、というよりは、
「現代にありそうな個人経営の喫茶店……か?」
「さすが優斗さんですね。ほぼ正解です。鈴奈庵に現代のカフェに関する雑誌があったそうで、ここの主人がそれを読んで店をリニューアルしたんですよ。すっかり影響されたみたいです」
「なるほどね。早苗、妙に詳しいじゃない。どうしてそんなことまで知っているのかしら?」
アリスが早苗に尋ねると、彼女は照れくさそうに答えた。
「えへへ、実を言うと私もちょっとだけ手伝ったんです。といっても、『外』のお店の特徴や品書きを教えたくらいですけど。これでも一応は外来人ですから」
「はっはー、そげな裏事情があったんか。しかしなぁ……店が洋風だってのに店員さんが和服なのはいささかミスマッチじゃね? なんなら執事服貸そうか」
かつて袖を通した高級な黒服を思い返す。とある吸血鬼の思いつきに付き合ったときの思い出の品。あの後、館の主に「あげるわ」と言われて受け取っていたりする。もっとも、持って帰っても普段着にできるものじゃないんで、結局そのまま預けてきた。
以来、紅魔館を訪れるとたまに手伝いがてらに着ることもあるのだが、その辺もレミリアの狙いなのかしら。アリエール、ピュアクリーン。そのうち香霖堂と紅魔館のダブルワークになりそうでござる。
そんな俺の些細な一言に早苗が意外そうな顔で食いつく。
「え、優斗さん執事服持っているんですか?」
「おうよ、ちょいと前に紅魔館でお仕事体験したことがあってさ。おかげで俺の職歴に執事が追加されたってわけ。そんでもって何が一番だったかって、メイド服のアリスがメチャクチャ可愛かったのがもう! たまらん!」
「アリスさんがメイド服を着たんですか!? 私も見たかったです!」
「ちょ、ちょっと!? 恥ずかしいから二人とも大きな声出さないで!」
ガタッとテーブルから身を乗り出さんばかりに興味津々の巫女。俺が執事した件よりも反応が良いのが悲しき哉。でもいいんだ、わかっている。アリスみたいな美少女のメイド姿があったとなれば誰だってそうなる。俺だってそうなる。
すぐさま、慌てながらもアリスがこの話題を終わらせようとする。が、爛々と目を輝かせた早苗に苦戦を強いられ、しまいにはカァアアッと顔を赤らめて俯くしかなかった。天然属性だけじゃなくて意外とはっちゃけるタイプだった。早苗、恐ろしい子ッ。
お待たせしました、と頼んでいた品々がテーブルの上に並べられていく。
俺の前にはコーヒーとナッツ。人形遣いのところにはバウムクーヘンとカフェオレ。そして守矢巫女の方には、
「早苗、それ一人で食べるの……?」
「はい、そうですけど。ああ、アリスさんも食べます? 半分こしましょうか?」
「いいえ……遠慮しておくわ」
「そうですか? う~ん、やっぱり喫茶店と言えばこれですよね♪」
同性のアリスですら苦笑いでやんわりと断りを入れる。かくいう俺も初めて見るその存在にすっかりたまげて返す言葉が見つからない。
両手で持てそうなビッグなガラスの器がドドンと居座る。中には彩り豊かなフルーツやら白玉やら餡子やら、とにかく甘そうなアレコレがこれでもかってくらいギッシリと敷き詰められ、もはや山盛りと呼ぶにほかない。天辺からは黄金色の蜂蜜がトローリとかけられ、その様はさながら山を下る川のごとく。
風祝曰はく、店づくりのときに是非とも取り入れてほしいとお願いしたという特別メニュー。それがこちら、特盛サイズのパフェ『ミラクル☆スイーツパフェ』である。
うぅむ、見てるだけで微糖のコーヒーがコーヒー牛乳になりそうだ。いっそブラックでも良かったかもしれぬ。
「早苗ってかなりの甘党だったんだなぁ」
「いえいえ、私に限らず女の子はみんな甘いもの好きですよ」
「その意見は同意するけど、さすがにこの量はいくらなんでも多すぎると思うわよ。他に頼む人がいるのかしら?」
「ちゃんといるみたいですよ。この間は水色の着物を着たおっとりした感じの綺麗な女性が完食したとか」
「その女性間違いなくゆゆ様じゃなイカ?」
ともあれ注文した品が揃ったところでイタダキマス。お互いに最近あった出来事などを話しながら甘味を楽しんだ。早苗からは、八坂様が洩矢様のおやつを食べてしまったのが原因で弾幕勝負まで発展しただの、文とはたてが同時に取材にやってきたせいで取り合いになってしまっただのと不憫な内容もあれば、雑貨屋で可愛い小物を見かけて思わず買ってしまったなんていかにも女の子らしい一面も。特に後者にはほっこりさせられた。
もちろん彼女の次は俺たちのターンとなる。
「――ってなわけでチルノのダイレクトアタックで地底に突き落とされちまったのよな。ところがどっこいそいつが幸い。幾つもの色々があった結果、パルスィが俺の分も昼飯作ってくれたんだ。野菜炒めがマジ絶品だった」
「えっと、そもそも突き落とされた時点で幸いではないと思いますよ……? でも、パルスィさんですか。ここにきて強力なライバルが現れちゃいましたね、アリスさん?」
「ふぇえええ!? な、ななな何を言っているのかしら早苗ったら!?」
ちらっと早苗がアリスに謎のメッセージを投げたと思えば、受けた方は耳まで真っ赤にして取り乱す。俺だけ置いてけぼりなのが残念無念ハラキリジャパン。
やがて積もり積もった話題が一段落した頃。ふと、早苗が半分以上なくなったパフェをどこか懐かしそうに見つめた。片付けの途中で偶然見つけた卒業アルバムを捲っているかのような、少しだけ寂しそうな微笑を浮かべて。
誰に聞かせるでもない、本当に小さな呟きが彼女の口から漏れた。
「高校に通っていたときも友達と喫茶店に寄って、こんな風にお喋りしたっけ……ふふ、懐かしいなぁ」
気を抜けばうっかり聞き逃してしまいそうなくらいに、ぽつりと出た一粒の言葉。だが、俺の耳にはバッチリ届いていた。アリスにも聞こえていたはずだ。
早苗も俺と同じく『外』から来た人間。ただ、俺と違って彼女は自分の意思で此処に住み続けると決めた。向こうでの生活も、通っていた学校も、仲の良かった友人だっていたはず。その全部を手放して、今までの常識が通じない世界に飛び込んだ決意に、一体どれほどの覚悟が込められていたというのだろう。
青春真っ只中の女子高生が選ぶ道にしてはあまりにハードルが高い。あちらでの日々にキレイさっぱり別れを告げるなんざ簡単にできるものではあるまい。それでも、彼女は幻想郷を選んだ。だったら「現代に帰りたくなったか?」なんて尋ねるのは無粋ってもんだろう。
だがしかし。
女の子がそんな表情をしているのをスルーするってのは俺にはもっとムリなんですがね。
時間が経ってやや温くなったコーヒーで軽く口元を湿らせた後、一言だけ問う。
「寂しいか?」
直後、ほんの少しだけ間が生まれる。アリスもカップをテーブルに置く。青い瞳が正面の少女をじっと捉えていた。
少女が微かに首を横に振る。
「寂しくない、とは言い切れません。事情が事情とはいえ、キチンとお別れも言えずに皆の前から姿を消してしまいました。もちろん、そのあたりは紫さんがフォローしてくれましたから行方不明扱いにはなっていないでしょう。もしかしたら、皆の記憶から私に関する全てが消されているのかもしれませんね」
「早苗……」
アリスが思わず彼女の名を口にする。その悲しげな声色が相手への気持ちを物語っていた。まったく、この娘はどこまで優しい心を持っているというのか。
ところが、少女は「大丈夫ですよ」と人形遣いの心配を拭う。先ほどの寂しげなものとは違い、スッキリとした笑みで前を向いた。
「ですがそれ以上に、神奈子様と諏訪子様のお二方を失う方がもっと悲しくなっていたと思います。ずっと私のことを親身になって案じてくださいました。たくさんの愛情をもらいました。だから決めたんです。神奈子様と諏訪子様が行くところへ私も行こうと。お二人のために私にできることをやろうって……なにより、私の力で奇跡が起こせるこの世界が大好きですから。だから後悔はありません」
「……そっか。悪いな、我ながら野暮な質問だった」
「いえ、むしろお礼を言わせてください。こうして言葉にしたおかげで改めて自分の気持ちを確かめられました。やっぱり、本音では誰かに聞いてほしかったんだと思います」
「ん、声に出すってのはそれだけで意味があったりするもんだ。言葉には魂が宿るっていうからな。人一倍強いのが宿ったんだろう、なんたってお前は二神に愛された守矢の巫女さんなんだからよ」
「はいっ」
そして早苗はまたスプーンを手に取ってパフェを突き始めた。あれだけの量を既に半分以上食べているはずなのに、さも当然のようにパクパクと口に運んでいく。むしろ先ほどよりもペースアップしているような。色々と吹っ切れたんだろう。そういうことにしとけ。
ふと、隣から袖をくいっと引かれる。引かれた方に顔を向けると、アリスが親指と人差し指で俺の衣服を摘まんでいた。控えめに、だけどしっかりと。
どうした、と俺が聞く前にアリスが口を開く。
「優斗は……? 向こうが恋しくなったりしない……?」
「俺?」
言われて考えてみる。俺は自ら此処に来た身ではない。何か知らんけど気が付いたら幻想郷に居たって立場だ。いってしまえばアクシデントでイレギュラーである。加えて、霊夢も言っていたが帰ろうと思えば帰れるらしい。つまるところ、あまり深刻に捉えていない。
ただ、最近になって揺れ動く自分がいた。
現代に帰るということは、それは同時にもうアリスに会えなくなることを意味する。
彼女と過ごすこの日々に区切りをつけなければならないということ。
はたして俺は、その日を選べるのだろうか?
「優斗……」
アリスの瞳が不安に揺れている。放したくないと指先に力が込められた、ような気がした。
だから俺はいつものように笑う。
始めっから答えなんて決まっていた。自らを気分屋と称する男の心情、俺が俺たる所以。
「いや? まだ帰る気にはならんよ。そういう気分じゃないんでね。つーわけで、まだしばらくは此処に居させてもらうぜ? アリス」
「……うん!」
ふわり、と。野に咲く花を思わせる柔らかな笑顔。どこまでも愛らしく、ただただ可愛いの一言に尽きた。この幸せを今すぐ手放すなんて冗談じゃない。ならば続けよう、この幸せが続く限り。
なーんて、カッコつけてるけど要するに俺がアリスと一緒に居たいだけである。理由は一つ、たった一つのシンプルな要因だ。だってアリスが可愛いんだもん。
あれからなんやかんやでしばらく経って。ふとした疑問が頭に浮かんだ。
「ところで、俺ってばそもそも外来人についてよく知らないんだけどよ。俺や早苗の他にも幻想郷に来ちゃった人がいるんだべ? その人たちって結局どうなったん?」
「でしたら専門家に聞いてみませんか?」
「専門家?」
「はい。幻想郷の歴史を綴り続けている、まさに歴史の証人がこの人里にいるんですよ。この手の話は彼女に聞くのが一番ではないかと」
俺の疑問に対し、ついにパフェを全て平らげた守矢巫女が一つの案を出した。って、ホントに完食しちゃったよこのお嬢さん。チャベス。
人知れず戦慄する傍ら、スイーツ完食系女子の提案にアリスが補足を入れる。
「阿求さんね、確かに適任だわ。優斗が入院したときの費用もお世話になったし、挨拶も兼ねて行くべきかもしれないわね」
「おろ、てっきり慧音さんかと思いきや阿求様だったか。確かに、遅くなったがお礼の一言でも伝えにいかねばなるまい。ほんじゃ、行きますか」
全員の意見が一致したところで、外来人について詳しく聞くべく我々は稗田邸に向かうため席を立った。目指すは人里一番の大屋敷だ。
何か知らんけど、お会計の時、店員さんが真ん中の俺と両サイドに立つアリスと早苗を交互に見て、無言でグッと親指を立ててきた。
いやいやいや、ダブルデートちゃうで! そもそもダブルデートってそういう意味じゃないィイイイーッ!
つづく
昔やったギャルゲーがまたやりたくなってきた症候群
顎バリア先生ェ……