東方の公式本は、一通り揃えてみたいですね。三月精の話とか、読んでみたいですなぁ。
現れたのは、レミリアよりも更に体格の小さい女の子だった。赤を基調とした服に、レミリアと同じような帽子。サイドテールにまとめられた髪は、タンポポのような黄色。そして何より注目するのが、背中に生えている宝石みたいな羽。
おそらく、話に出ていたレミリアの妹だろう。とにかく、名前を聞かれた以上、答えなくてはなるまい。
「ジョン・スミス」
「ウソ教えない!」
ごんっ! とアリスの拳骨が炸裂した。何という驚異的反応速度。あまりの速さにレミリアですら唖然としている。俺は殴られた頭をさする。あかん、こぶできたかも。
「いたた……優斗ってんだ。よろしく。レミリアの妹か?」
「そうだよ。わたしはフランドールっていうの。皆はフランって呼ぶんだ」
「そうか、フラン。じゃ、俺も呼びやすい名前で呼んでくれ。その方がフェアでいいじゃん?」
「んっとねー。じゃあ『ユウ』って呼ぶね」
そこでアリスが何かに気付き、フランを呼び止めた。
「あら、フラン」
「なぁにー?」
「ボタン取れそうじゃない。直してあげるから、こっちいらっしゃい」
見れば確かに、フランの服の一部がほつれていて、ボタンが外れそうになっている。よく気付いたな。
アリスに手招きされ、フランは「うん!」と大きく頷くと、トテトテと彼女の元へ向かう。アリスは懐から、俺が人里でプレゼントした裁縫セットを取り出した。そして、慣れた手つきで服を修繕していく。にしても、服を着せたまま直せるとは器用だ。それに、プレゼントの出番がこんなに早く来るとは思わなかった。
あっという間にボタンをつけ直し、アリスは裁縫セットを再度懐にしまった。
「はい、おしまい」
「えへへー、ありがとー」
「うふふ、あらあら、甘えん坊さんね」
フランは服を直してもらうと、ピョンッとアリスの膝の上に座った。そのままテーブルの上に用意されていたおやつに手を伸ばす。アリスも満更でもないようで、ニコニコと柔らかい笑顔で、フランの頭を優しくなでていた。ひじょーに微笑ましい。姉妹みたいだ。どっちも金髪だし。いや、フランの姉はレミリアなんだけどさ。
「手間をかけるわね、アリス」
「別にいいわよ。気にしないで」
レミリアとアリスが話していると、さっきまで席を外していた咲夜さんが戻ってきた。というか、いつからいなくなってたんだ? まるで気付かなかった。
「お嬢様、パチュリー様にもおやつを届けてまいります」
「ええ」
咲夜さんの左手にはトレイが乗っている。その上には、グルメ漫画とかでしか見たことないような、半円形の蓋が被さっていた。
パチュリー……美鈴の話では、アリスと同じ魔法使いなんだっけ。そういえば、まだ挨拶していなかったな。ここは同行させてもらえないだろうか。
俺の考えを読んだのか、偶然にも考えていたことが同じだったのか、アリスが咲夜さんに確認を取る。
「咲夜、私達も一緒に行っていいかしら? パチュリーにも優斗を紹介したいし」
「ええ、いいわよ」
「そういうわけだから、私達は行くわね」
咲夜さんからの同行許可が出たところで、俺達はスカーレット姉妹と別れることとなった。姉であるレミリアが、まだアリスの膝の上にいるフランを呼ぶ。
「そう、わかったわ。フラン、ちゃんと自分の席で食べなさい」
「はーい、お姉様。アリス、ユウ、またね!」
フランは素直な良い子だ。レミリアもしっかりお姉ちゃんしている。姉妹の仲が良いのは微笑ましいことだ。キマシタワー。
大図書館は地下にあるため、長い階段を下りていく必要があった。地下の廊下を進み、奥にある一際大きな扉を開けると、賢者の石とか秘密の部屋とかのサブタイトルが付く魔法使いの映画みたいな空間が広がっていた。
高い天井に届いてしまうほどに大きな本棚がいくつも並び、それぞれに本がびっしりと詰まっている。この部屋だけで一体何冊の本があるのだろうか。ブック・○フも真っ青だ。
部屋の一角で、机に向かって分厚い本を読んでいる人物が居た。パジャマみたいなダボッとした薄紫色の服と帽子。葡萄みたいな紫色のロングヘア。彼女が例の魔法使いか。
「パチュリー様、おやつをお持ちしました」
「もうそんな時間? こあ、休憩にしましょう」
パチュリーが奥のスペースに声をかける。「はーい」と返事がし、やがてそこから悪魔を連想させる黒い羽を背中に、その小っちゃいバージョンみたいなのを頭に付けた女子が、本を何段重ねにもして運びつつ現れた。その子が机の上に本を置いたのを見計らって、アリスがパチュリーに話しかけた。
「相変わらず本の虫ね」
「アリス、来てたのね。そちらは彼氏かしら?」
「か……っ!? ち、違うわよ! この人は――」
「偶然出会って、アリスが家で面倒を見ている外来人ってところかしら?」
「わかっているなら言わないでよ!!」
落ち着いた口調で、表情を変えることなくアリスをからかっている。こやつ、できる。
恨めしそうに睨むアリスを尻目に、「さて、と」とパチュリーが俺を見据える。
「私はパチュリー・ノーレッジ。この図書館の司書をしている魔女、とでも言っておこうかしら。この子は小悪魔。私の助手をしている使い魔よ」
パチュリーから紹介を受けた小悪魔が「はじめましてですー」とペコリ頭を下げる。それに軽く手を上げて応えた。
「俺は天駆優斗。残念ながらアリスとは恋人同士ではない」
「そう。残念ね」
というわりには、別に残念そうには見えないのだが。物静かな娘さんだ。
それに対し何故か、アリスがちょっと不満そうに頬を膨らませていた。が、何かを思い出し「あ、そうそう」と、ポンと手を叩く。
「この前借りた本なんだけど、もうすぐ読み終わるから。今度返しに来るわね」
「そう、了解したわ。まったく、魔理沙もアリスを見習ってほしいものね」
パチュリーが疲れたように溜息を吐く。何か問題でも生じているのだろうか? 首を傾げていると、「魔理沙は借りても返さないのよ」と、アリスがこそっと教えてくれた。おいおい、門を強行突破な上に本をパクリとか、もはや強盗じゃねーか。
「あなたも見たい本があったら借りていっても良いわよ。その時はこあに言ってちょうだい」
「俺も使って良いのか?」
「ええ、アリスにそれだけ信用されているなら十分よ」
ここ数日で分かったのだが、アリスは皆からかなり慕われているようだ。可愛い、優しい、面倒見も良いのだから当然か。俺も、幻想郷に来て最初に出会ったのがアリスで、本当に良かった。
図書館の利用許可が出たところで、アリスが俺を呼んだ。
「優斗、帰りも遅くなっちゃうし、そろそろ行きましょう」
「おお、そうだな」
「アリス、ちょっとだけ待ちなさい。こあ――」
パチュリーが小悪魔に何か耳打ちする。小悪魔は話を聞き終えると、「わかりましたー」と返事をしてどこかに飛んで行ってしまった。が、数刻もせずに戻ってきた。その手には一冊の本が抱えられている。小悪魔はそれをアリスに手渡した。
「アリスさん、どうぞ」
「何かしら?」
アリスは戸惑いつつも、本を受け取った。何の本だろうか。俺も気になり、後ろからタイトルを覗き込もうと試みるが……
「~~~~~っ!? もう! パチュリーのバカぁーーー!!」
アリスが顔をリンゴのように真っ赤にしたかと思うと、パチュリーに本を押し付け、両手で顔を隠しながら、そのまま脱兎の如く走り去ってしまった。この間わずか数秒。
「ってオイ!? 俺を置いてかないでくれー! 悪い、またな!」
スチャッと敬礼し、俺は急いでアリスの後を追って図書館を出た。
「少しからかい過ぎたかしら」
ぼそっと呟き、パチュリーはアリスから押し返された本を机の上に置いた。文庫本サイズのそれの表紙には、丸っこい字でこう書かれていた。
『大好きな彼と急接近する方法 ~恋の応援バイブル~』
それを横目に、咲夜が持ってきてくれたスコーンにジャムをたっぷりつけてから、一口齧る。
「…………甘い」
正門まで来て、ようやくアリスに追いついた。
「はぁ……ふぅ……急に走り出すなよ……」
「ご、ごめんなさい……」
「あっ、いや、まぁいいんだ。うん」
アリスがしゅんとしてしまったので、慌ててフォローする。
「優斗様」
と、またまた何処からともなく咲夜さんが現れた。この人は気配でも消せるのだろうか。
彼女の手には一本の傘が握られている。それを俺達に差し出した。
「道中、雨が降るかもしれません。どうぞお使いください」
「これはかたじけない。ありがとうございます、咲夜さん」
「いえ。こちらこそ、急でしたもので一本しかご用意できず、申し訳ありません」
「いえいえ! 十分ありがたいです!」
咲夜さんは、本当に丁寧な人だ。メイド・オブ・メイドですな。しかも超が付くほど美人だし。彼女から傘を受け取り、俺達は紅魔館を後にすることにした。咲夜さんは、最初に会った時のような、綺麗なお辞儀で見送ってくれた。
「またのお越しをお待ちしております」
「はい! お邪魔しました!」
「そこの居眠り門番にもよろしくね」
「ええ、もちろんですわ」
女神のような微笑をたたえる咲夜さん。その手にナイフが握られているように見えた俺は、きっと疲れているのだろう。今日は早めに休もうかしら。
帰り道。
「さっきパチュリーから何の本を渡されたんだ?」
「何でもないったら」
気になっていたことを聞いてみたが、教えてもらえなかった。まぁ、予想はしていたけどさ。さすがにエロ本ではないよな、いくらなんでも。そうであってほしい。
ぽつり……ぽつり……
「あ……雨」
「あちゃー、とうとう降ってきちまったか」
考えてみれば、今朝から山の方が曇っていたっけ。
最初は弱々しく落ちてきた水滴も、あっという間にどんどん量と威力を増していく。俺達は、さっき咲夜さんから借りた傘を使うことにした。使うことにしたのだが……
『……………』
皆さんお気づきであろう。一つの傘を、男女二人で仲良く肩を寄せ合い使う。それは世間一般で「相合傘」と呼ばれる代物。他人がやっているのを見たら、憎しみで人を殺せたらと、禍々しい気持ちが己を蝕むこと必至である。
だがしかし、いざ自分がやると、何とも言えない気恥ずかしさに身悶えしそうになるんだよ、知ってた? 俺は今知った。おかげでアリスと目が合わせられず、二人とも違う方に視線を向けてしまう。い、いかん! ここは俺がしっかりしなければ!
「あー、狭くないか?」
「うん……大丈夫」
「そっか」
「うん」
『……………』
ぬぉおお、何だこの気持ち!? 胸の奥がムズムズする!
お互い無言で帰り道を歩く。ザァーという雨脚だけが、やたら周囲に響く。森に続く道が、今は何だか妙に遠く感じる。ふと気になって、チラッとアリスの方を見た。そしたら、
『!!』
ばっちし目が合った。慌てて二人ともパッと目を逸らしてしまう。あ、あれぇ変だな~? 俺ってばこんなタイプだったっけ? 気のせいかもしれないが、顔が熱い気がする。風邪をひいた覚えもないし、一体どうしてしまったというんだ!?
『……………』
また無言になる。しかしさっきほど長い沈黙にはならなかった。なぜなら、
「……ぷっ」
「……くすっ」
何だか可笑しくなってきて、どちらからということもなく吹き出したからだ。
一度吹き出してしまうと、可笑しさが次から次へと湧き出してきて、しまいには雨音に負けないくらいの大きな笑い声を上げていた。
笑い疲れて若干腹が痛くなってきたところで、ようやく可笑しさが収まってきた。俺は腹を押さえ息を整えながら、アリスは目尻に浮かんだ涙を軽く拭いながら、お互いに悪戯っぽい笑みで相手を見つめた。
「どうしたんだよ?」
「別に何でもないわよ。優斗こそどうしたのよ?」
「べっつにぃ~?」
俺達は誤魔化すように茶化し合いつつ、でも何だか楽しい気分で並んで帰るのだった。
家に着く頃には雨はすっかり止んでいて、晴れた空には鮮やかな七色の虹ができていた。
つづく
早く春来ないかなー。色んな意味で。